• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09C
管理番号 1301063
審判番号 不服2014-3155  
総通号数 187 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-07-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-02-20 
確定日 2015-05-21 
事件の表示 特願2006-103127「タイヤトレッドゴム配合用カーボンブラック」拒絶査定不服審判事件〔平成19年10月25日出願公開、特開2007-277339〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成18年4月4日の出願であって、手続の経緯は概略以下のとおりである。
平成24年 1月20日付け 拒絶理由通知
平成24年 3月22日 意見書・手続補正書
平成25年 1月18日付け 拒絶理由通知
平成25年 2月 8日 意見書
平成25年11月29日付け 拒絶査定
平成26年 2月20日 本件審判請求
平成26年 9月26日付け 拒絶理由通知
平成26年11月 6日 意見書

第2 平成26年9月26日付け拒絶理由通知について

当審は、平成26年9月26日付けで拒絶理由を通知したが、その内容は以下のとおりである。
『1.手続の経緯
本願は、平成18年4月4日の出願であって、平成24年1月20日付けで拒絶理由が通知され、その指定期間内である同年3月22日に意見書及び手続補正書が提出され、さらに、平成25年1月18日付けで拒絶理由が通知され、その指定期間内である同年2月28日に意見書が提出されたが、同年11月29日付けで拒絶査定されたので、平成26年2月20日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

2.本願の請求項に記載された事項
平成24年3月22日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1及び2には、以下の事項が記載されている。
「 【請求項1】
窒素吸着比表面積(N_(2)SA)が130m^(2)/gを越え210m^(2)/g未満、DBP吸油量(DBPA)が100?180cm^(3)/100gの基本特性を有するカーボンブラックにおいて、
(A)遠心沈降分析により測定したアグリゲート特性でストークス相当径の分布曲線の最多頻度値(Dst)が35?65nmであり、
(B)表面自由エネルギーの分散成分(γd)が
【数1】

を満たすことを特徴とするタイヤトレッドゴム配合用カーボンブラック。
【請求項2】
(C)N_(2)SAとヨウ素吸着量(IA)の比(N_(2)SA/IA)の値が0.83?0.98m^(2)/mgであり、
(D)Dstに対する分布曲線の半値幅(ΔD50)の比(ΔD50/Dst)が0.50?0.75である、
請求項1記載のタイヤトレッドゴム配合用カーボンブラック。」
(以下、各請求項に記載された事項で特定される特許を受けようとする発明をまとめて「本願発明」という。)

3.拒絶理由
本願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備であるから、特許法第36条第6項1号に適合しておらず、同項に規定する要件を満たしていない。
(3-1)前提
特許法第36条第6項には、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定され、同条同項第1号には、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定されている。
そして、特許請求の範囲の記載が、上記「第1号」に係る規定(いわゆる「明細書のサポート要件」)に適合するものであるか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁特別部判決平成17年(行ケ)第10042号参照)から、以下当該観点に基づいて検討する。
(3-2)本願発明の課題
本願発明の解決しようとする課題は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載(特に【0012】)からみて、「カーボンブラック配合ゴム組成物においてゴム組成物の粘度上昇のための加工性低下を解消するとともに、ドライ路面での操縦安定性の向上とを両立させること」と認められる。
(3-3)発明の詳細な説明の記載内容と特許請求の範囲の記載内容の対比
本願発明の課題は、上記のとおり、ゴム組成物の粘度上昇のための加工性低下の解消と、ドライ路面での操縦安定性の向上との両立にあるところ、これらは、カーボンブラック自体の性状ではなく、カーボンブラックが配合されたタイヤトレッドの性状というべきものである。
そして、このようなタイヤトレッドの性状は、カーボンブラックの特性のみならず、配合されるゴムの種類や、カーボンブラックの配合割合に左右されることはいうまでもない。
これらの点を踏まえて、まず、本願の特許請求の範囲の記載をみると、そこには、上記したゴムの種類や、カーボンブラックの配合割合については何ら特定されていないから、本願発明は、広範なゴムを対象とし、かつ、広範なカーボンブラックの配合割合を許容するものであることが理解できる。
一方、本願明細書の発明の詳細な説明をみると、上記本願発明の課題が解決できることを具体的に記載した実施例はすべて、段落【0053】の【表6】に記載されたように、特定の油展SBR、かつ、特定のカーボンブラック配合割合のものであって、これ以外のゴム及びカーボンブラックの配合割合の場合について、上記課題が解決できることを当業者が認識し得る具体例は何ら示されていない。また、実施例以外の発明の詳細な説明を仔細にみても、ゴムの種類及びカーボンブラックの配合割合に依存することなく、上記課題が解決できることを当業者が認識するに足りる記載は見当たらない。
このように、本願明細書の発明の詳細な説明には、極限られた具体例が実施例として記載されているのみであり、その具体例に基づき、本願の特許請求の範囲に記載された発明(本願発明)のすべての場合につき、上記課題が解決できると当業者が認識し得るとは到底いえない。加えて、上記のとおり、タイヤトレッドの性状は、カーボンブラックの特性のみならず、配合されるゴムの種類や、カーボンブラックの配合割合にも左右されることは技術常識であるから、このような技術常識に照らしてみても、本願発明全体につき、当業者が上記課題を解決できると認識することはできない。
したがって、本願発明は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものではないし、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでもないから、本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定に適合するとはいえない。』

第3 当審の判断

上記拒絶理由通知に対して請求人から提出された、平成26年11月6日付けの意見書を勘案しても、当審は、上記「第2 平成26年9月26日付け拒絶理由通知について」で示した拒絶理由が依然として妥当すると判断する。
以下、その判断理由につき詳述する。

1 特許法第36条第6項第1号の規定について

特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している(以下、「明細書のサポート要件」ともいう。)。
特許制度は、発明を公開させることを前提に、当該発明に特許を付与して、一定期間その発明を業として独占的、排他的に実施することを保障し、もって、発明を奨励し、産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして、ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は、本来、当該発明の技術内容を一般に開示するとともに、特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから、特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには、明細書の発明の詳細な説明に、当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。特許法第36条第6項第1号の規定する明細書のサポート要件が、特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは、発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について独占的、排他的な権利が発生することになり、一般公衆からその自由利用の利益を奪い、ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ、上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。
そして、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、明細書のサポート要件の存在は、出願人(拒絶査定不服審判の請求人)が証明責任を負うと解するのが相当である(知財高裁特別部判決平成17年(行ケ)第10042号参照)。
以下、上記の観点に立って、本件について検討することとする。

2 特許請求の範囲の記載

平成24年3月22日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1及び2には、以下の事項が記載されている。


「 【請求項1】
窒素吸着比表面積(N_(2)SA)が130m^(2)/gを越え210m^(2)/g未満、DBP吸油量(DBPA)が100?180cm^(3)/100gの基本特性を有するカーボンブラックにおいて、
(A)遠心沈降分析により測定したアグリゲート特性でストークス相当径の分布曲線の最多頻度値(Dst)が35?65nmであり、
(B)表面自由エネルギーの分散成分(γd)が
【数1】

を満たすことを特徴とするタイヤトレッドゴム配合用カーボンブラック。
【請求項2】
(C)N_(2)SAとヨウ素吸着量(IA)の比(N_(2)SA/IA)の値が0.83?0.98m^(2)/mgであり、
(D)Dstに対する分布曲線の半値幅(ΔD50)の比(ΔD50/Dst)が0.50?0.75である、
請求項1記載のタイヤトレッドゴム配合用カーボンブラック。」
(以下、各請求項に記載された事項で特定される特許を受けようとする発明をまとめて「本願発明」という。)

3 発明の詳細な説明の記載

平成24年3月22日付けの手続補正書により補正された明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。

(1) 「【技術分野】
【0001】
本発明は、IGC〔インバース ガス クロマトグラフィー(Inverse Gas Chromatography)〕により測定された特定の表面エネルギーをある特定範囲よりも大きくすることにより耐摩耗性などの補強性、機械的特性を保持しながら加工性における性能低下を解消するとともに、ドライ路面での操縦安定性能を顕著に向上することのできるタイヤトレッドゴム配合用、特に高性能タイヤトレッドゴム配合用カーボンブラックに関するものである。」

(2) 「【背景技術】
・・・
【0004】
タイヤの接地面(トレッド部)に用いられるゴム組成物では、高速度で回転して道路面と接触することによる摩損に対する耐性(耐摩耗性)に優れていると同時に、接触で生じる繰り返し変形によるゴム組成物のヒステリシス特性(発熱性)も重要な要素であり、この特性はドライ路面におけるタイヤ装着車両の操縦安定性確保に重要である。
【0005】
タイヤトレッド部におけるゴム組成物の耐摩耗性の向上は、タイヤ寿命、特に走行距離の増大をもたらすので、タイヤの耐性にとって非常に大きなメリットをもたらす。
・・・
【0007】
このようにタイヤトレッドゴム配合用カーボンブラックを用いて耐摩耗性を向上させる手段を採用した場合、耐摩耗性向上の反面でゴム組成物の発熱性が大きくなり、またティアー性(伸び特性)や加工性などの性能が低下するという欠点を招来する。すなわち、耐摩耗性と発熱性や加工性は互いに相反する特性として背反事項であり、これを解決するために種々の技術が提案されている。
・・・
【0009】
このように、高い耐摩耗性と低位の発熱性という背反事項を両立(完全に両立させることは不可能で、ある程度の点で妥協せざるを得ない)させる目的で前述のような種々の手段が提唱されてはいるが、未だ十分な性能を兼備した配合ゴム組成物を与えることのできる特性を持つカーボンブラックは見いだされていないのが現状であり、本出願人はこれらの特性の両立を目指すとともに、これに加えてゴム組成物のティアー性(伸び特性)および加工性を改良することを目的として特願平9-111839号(特許文献19)発明を出願した。
この発明は、窒素吸着比表面積(N_(2)SA)が140m^(2)/gを越え200m^(2)/g未満、DBP吸油量(DBP)が110cm^(3)/100gを越え160cm^(3)/100g未満という基本的特性を有するカーボンブラックにおいて、
(i)N_(2)SAとよう素吸着量(IA)の比(N_(2)SA/IA)の値が0.85?0.98m^(2)/mgであり、
(ii)遠心沈降分析により測定したアグリゲート特性で
(イ)ストークス相当径の分布曲線の最多頻度値(Dst)が70?90nmであり、
(ロ)Dstに対する分布曲線の半値幅(△D50)の比(△D50/Dst)が0.81を越え1.30未満であるタイヤトレッド配合用カーボンブラック
に係わるものであり、配合ゴム組成物に対して発熱特性を低下させることなく、タイヤトレッド配合用として有用な、耐摩耗性、ティアー性(伸び特性)および加工性を大幅に改良するという優れた特性をゴム配合物に付与することのできるカーボンブラックを提供した。
前述の発明は、カーボンブラックとゴムマトリックスとの相互作用(この結果として耐摩耗性、引張り強さなどの機械的性質、ゴムの加工性、粘弾性特性などに影響を及ぼす)、すなわち結合状態に着目するという原点に戻り、これとカーボンブラックと物理化学特性との関連性について研究を進め、その結果としてゴムとカーボンブラックの結合における物理的結合と化学的結合の割合を変化させることにより従来のカーボンブラックがゴムマトリックスに及ぼす性能とはまったく異なる性能を与えることができることを見いだして完成されたものである。
しかしながら、ストラクチャー特性(DBP吸収量で評価)の上限が160cm^(3)/100gに限定されていたために、ゴムマトリックスへの分散性、特に表面積範囲で180m^(2)/gを上回った場合のゴムへの分散性および高苛酷条件下での耐摩耗性向上という問題点を残していた。
ゴム配合特性、特にタイヤトレッド組成物においてはより高度な性能の要求があり、上記の問題点を解決するためにはゴム中への最小分散単位であるアグリゲート特性での最多頻度値のDst特性をより小さな側、すなわち70nm未満、より基本的には40?60nmの範囲に設定する必要が生じた。
【0010】
しかしながら、このような小さなDst特性をもつカーボンブラック配合ゴム組成物はタイヤトレッド配合時でのゴム組成物の粘度上昇のために加工性低下を招来するという欠陥を有することが判明し、この課題を解決する必要が生じた。」

(3) 「【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、カーボンブラック配合ゴム組成物においてゴム組成物の粘度上昇のための加工性低下を解消するとともに、ドライ路面での操縦安定性の向上とを両立させることを技術課題とするものである。」

(4) 「【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前述の課題、すなわちDst値を従来発明よりも小さい側とすることにより生じる加工性の低下回避を技術課題として種々の方向から研究を進めた結果、カーボンブラック表面の逆相ガスクロマトグラフィーにより評価される表面自由エネルギーの分散成分(γd)を従来よりも高い特定範囲に制御することによりこの課題を解決し、これとともにドライ路面での操縦安定性を顕著に向上させることができることを見出して本発明を完成させた。
【0014】
カーボンブラックとゴムマトリックスとの相互作用は配合ゴム組成物の特性、特に耐摩耗性、引張り強さなどの機械的特性や損失弾性率、損失正接などの動的特性に大きな影響を与えることはよく知られており、この相互作用の度合を評価する方法の1つがM.-J.WangとS.Wolffを中心とした研究者により行われた、カーボンブラックを担体とするカラム中に種々の成分を含むキャリアガスを導入してカーボンブラックと含有成分との相互作用を表面自由エネルギーの差異として評価する方法である。
本発明では、前述の表面自由エネルギーの分散成分γd値が従来よりも高いSAF級カーボンブラックを提供するものである。
【0015】
すなわち、本発明は窒素吸着比表面積(N_(2)SA)が130m^(2)/gを越え210m^(2)/g未満、DBP吸油量(DBPA)が100?180cm^(3)/100gの基本特性を有するカーボンブラックにおいて、
(A)遠心沈降分析により測定したアグリゲート特性において、ストークス相当径の分布曲線の最多頻度値(Dst)が35?65nmであり、
(B)表面自由エネルギーの分散成分(γd)〔単位は、ミリジュール(mJ)/m^(2)で表す〕が
【数3】

の条件を満たすタイヤトレッドゴム配合用カーボンブラックに係わるものである。
【0016】
これに加えて、(C)N_(2)SAとヨウ素吸着量(IA)の比(N_(2)SA/IA)の値が0.83?0.98m^(2)/mgであり、かつ(D)Dstに対する分布曲線の半値幅(ΔD50)の比(ΔD50/Dst)が0.50?0.75の関係を満たすことがゴム組成物により望ましい特性を付与し、これらの特性は配合ゴム組成物における機械的特性の向上に一層有効に作用する。
【0017】
N_(2)SAが130m^(2)/gを下回った場合には配合ゴム組成物をトレッド部に用いたタイヤ装着時に十分な操縦安定性を確保することが困難となるので好ましくなく、逆に210m^(2)/gを越えた場合にはたとえカーボンブラックの表面自由エネルギー値が特定の高い範囲にあり、そしてアグリゲート特性が本発明の範囲を満たしたとしてもゴムマトリックスへの分散性が低下し、その結果として配合ゴム組成物の粘度上昇が発生し、配合ゴムの加工性が低下するので、N_(2)SAの範囲は130m^(2)/gを越え210m^(2)/g未満の範囲とする。より望ましいN_(2)SAの範囲は140?190m^(2)/gである。
【0018】
DBP吸油量は本発明のもうlつの基本特性であり、100cm^(3)/100gを下回った場合には十分な操縦安定性が維持できず、また180cm^(3)/100gを上回った場合には通常のカーボンブラック配合量ではゴム組成物の粘度が上昇し、加工性において低下が見られるので好ましくない。DBP吸油量のより望ましい範囲は110?170cm^(3)/100gである。
【0019】
遠心沈降法により測定された特性は、カーボンブラックの最小分散単位であるアグリゲートの大きさを評価する方法の1つであり、ミクロストラクチャーを測定する手段としてかなり広く活用されている分析法である。
この特性は径の小さいサンプルほど遅く沈降するという原理を用いて高速回転下にある円盤中にサンプルを注入し、沈降に要する時間からアグリゲート径を測定するものであり、一般的にこの数値が小さいほど配合ゴム組成物の耐摩耗性や機械的特性が向上すると予測される。本発明においては、このアグリゲート分布の最多頻度値(Dst)が、本出願人が以前に出願した値よりも小さい側、すなわち35?65nmにあることが必要であり、65nmを越えた場合には高苛酷下での耐摩耗性が低下し、逆に35nmを下回る場合には配合ゴム組成物の粘度上昇、すなわち加工性の低下をもたらすので好ましくない。より望ましい範囲は40?60nmである。
【0020】
γdはプローブとしてn-アルカンを用い、カーボンブラックを固定相としたときの逆相ガスクロマトグラフィーでの吸着能力から評価されるカーボンブラック表面自由エネルギーの分散成分を示すものであり、この値が高いほどカーボンブラック表面の炭化水素成分への親和性が大きいことを意味する。
本発明においては、カーボンブラックのN_(2)SA値の関数として、
【数4】

の関係を満たすことが重要である。
γdの値が上記の関係式を満足しない小さな値の場合にはゴム成分との相互作用の低下により貯蔵弾性率および損失正接(タンジェントδ)の特性が低下する。
しかしながら、この分散成分γdの値は滞留時間を長くするなどの手段で大きくすることができるが、より大きくする、すなわちグラファイト構造に近いまでにγdを上げると、カーボンブラックが本来有しているゴムへの補強性が低下するので、この上限値を800とする必要がある。
【0021】
本発明では前述の条件に加えて、表面活性度の指標であるN_(2)SAとIAとの比、N_(2)SA/IAの値を少し低い側にある0.83?0.98m^(2)/mgの範囲とし、かつDstに対する分布曲線の半値幅(ΔD50)の比(ΔD50/Dst)を小さな側の0.50?0.75とすることが好ましい条件である。
・・・
【0029】
本発明において開示された従来よりも高い表面自由エネルギーの分散成分γdを有するカーボンブラックは、特許3483686号〔出願人:東海カーボン(株)〕に記載されたような酸化処理は全く行う必要はないが、この分散成分γdの値はカーボンブラックの表面の結晶化度に大きな影響を受けることから、反応炉内でのカーボンブラックの滞留時間、反応温度などの反応条件を結晶化度を向上させる方向、すなわち滞留時間を長くする、反応温度を上げるなどの方法により制御することができる。
【0030】
本発明のカーボンブラックは、図1?4のカーボンブラック製造炉を用いて製造することができる。
・・・・」

(5) 「【発明の効果】
【0037】
本発明によりIGCにより測定された特定の表面エネルギー、すなわち表面自由エネルギーの分散成分をある特定範囲よりも大きくすることにより耐摩耗性などの補強性、機械的特性を保持しながら加工性における性能低下を解消するとともに、ドライ路面での操縦安定性能を顕著に向上することのできるタイヤトレッドゴム配合用、特に高性能タイヤトレッドゴム配合用カーボンブラックを提供することができた。」

(6) 「【実施例】
【0038】
以下に本発明の実施例を比較例と対比しながら詳しく説明するが、これにより本発明の範囲が限定されるものではないことはいうまでもない。
【0039】
実施例および比較例
特開平4-264165号(出願人:旭カーボン株式会社)で開示されたとほぼ同様構造のカーボンブラック製造炉(図1?4)を用いてRunNo.1?13のカーボンブラックを製造した。
【0040】
可燃性流体導入室(内径450nmφ、長さ400nm)2の内部に炉頭部外周から導入される酸素含有ガスを整流する整流板5を有する酸素含有ガス導入用円筒(内径250nmφ、長さ300nm)4とその中心軸に燃料導入装置を備え、前記円筒の下流側は次第に収れんする収れん室8(上流端内径370nmφ、下流端内径80nmφ、収れん角度5.3°)となり、かつ収れん室8の下流側には図2に示した4つの原料油噴霧口(10B-1、10B-2、10B-3、10B-4)を同一平面上に設置した4つの個別の平面を形成する原料油噴霧口(10A?10D)を含む原料油導入室11を有し、この下流側は反応室12および反応停止用急冷水圧入噴霧装置(a?h)を備えた反応継続兼冷却室13(内径140nmφ、長さ5500mm)からなる、全体が耐火物で覆われた製造炉を用いた。
【0041】
燃料には比重0.8622(15℃/4℃)のA重油を用い、原料油としては表1に示した性状の重質油を使用した。なお、15℃/4℃とは、15℃のときのA重油の質量と4℃の水の質量との比が0.8622であることを示すものである。
【0042】
【表1】

【0043】
前記のカーボンブラック製造炉を用い、表2?3に示した操作条件によりSAF級カーボンブラックを製造した。なお、ストラクチャー(アグリゲート)の制御には水酸化ナトリウムの規定量を原料油に添加して行った。
【0044】
実施例カーボンブラックおよび比較例カーボンブラックの製造条件は、前述の製造装置を用いて実施例カーボンブラックおよび比較例カーボンブラックを原料油導入位置、導入総空気量、原料油導入量、原料油導入圧力および温度、反応停止用冷却水導入位置、燃料導入量などの条件を表2?3記載の条件に調製して製造したものである。
【0045】
より詳しく製造条件を説明すると、表面積(N_(2)SA)の制御は原料油導入量と総空気導入量との比率を変化させることで行い、総空気量の増加または原料油の減少により表面積は増大する。2つの表面積指標の比、N_(2)SA/IAならびに表面自由エネルギーの分散成分γdの制御は、カーボンブラック生成反応後のカーボンブラックへの熱履歴を大きくすること、すなわち原料油が炉内に導入されてから冷却されるまでの時間を長くする(より下流側で冷却媒を導入する)、あるいは少量の冷却媒を導入して反応を停止させない程度まで低下させてこの状態を長時間維持するという手段を用いて行うのが好適である。本発明カーボンブラックは、原料油導入位置(複数平面使用時は最下流側)から冷却位置までの反応時間が200ミリ秒を上回るという操業条件を用いることにより本発明に好適なカーボンブラックを得ることができる。アグリゲート特性におけるストークス径のモード径(Dst)およびΔD50/Dstを従来よりも小さく制御することが本発明の重要ポイントであるが、この制御は原料油の導入位置および原料油の特性(導入時の温度、粘度および圧力)により行うことができ、導入位置を下流側にする、原料油温度を上昇させる(粘度を下げる)ことによりDst値およびΔD50/Dstの数値を小さくすることができる。また、導入時の原料油温度は粘度に大きな影響を与え、粘度が低く(温度が高く)なると原料油滴の粒径は小さくなり、加えて粒子のつながり(ストラクチャー)は小さい方向に移動する。原料油の圧力を高くしても液滴粒径は小さくなる。本発明にかかる実施例カーボンブラックおよび比較例カーボンブラックの製造条件を表2?3に、製造された各カーボンブラックおよび対照カーボンブラックの物理化学的特性を表4?5に示した。
なお、対照例のカーボンブラックはSAF級グレードの商品名旭#90(旭カーボン株式会社製)である。
【0046】
【表2】

【0047】
【表3】

【0048】
【表4】

【0049】
【表5】

【0050】
本発明記載のカーボンブラックを充填剤として用いたゴム組成物の性能評価は、下記の方法により実施される。
【0051】
ゴム配合方法
表6に示す配合処方のゴム組成物をバンバリーミキサーを用いて混練し、更に加圧型加硫装置で145℃で30分間加硫して加硫ゴムを得た。
【0052】
(ゴム性能試験)
表4?5に示したカーボンブラックの性能を評価するために、表6に示した配合比率でゴム組成物を調製し、そのカーボン特性の試験を行った。
その結果を表7?8および図5?6に示した。
【0053】
【表6】

【0054】
【表7】

【0055】
【表8】

【0056】
なお、各配合ゴム組成物のゴム特性は、次の試験条件により測定した。
1)配合ゴム組成物の加硫条件:145℃、30分
2)ムーニー粘度:JIS K6300-1994の「未加硫ゴム物理試験方法」第6項の記載に従って測定され、対照カーボンブラック(旭#90)に対する指数で表示される。この数値は小さいほど望ましく、この数値が大きくなるとゴムの粘性が高くなるために作業性、加工性が低下する。
3)貯蔵弾性率(E′)、損失弾性率(E″)および損失正接(tan δ):(株)岩本製作所製粘弾性スペクトロメーター(型式VES-F-III)を用い、下記の測定条件で貯蔵弾性率(E′)、損失弾性率(E″) および損失正接(tan δ:E″/E′)を測定し、対照カーボンブラックに対する指数で表示した。
測定条件
周波数 :50Hz
動的歪み率:±1%
測定温度 :25℃
初期荷重 :160g重
【0057】
表4?5に示したカーボンブラック物理化学特性およびゴム組成物性能評価の結果から、本発明カーボンブラックの効果を説明する。Run No.1?7のカーボンブラックは本発明にかかるものであり、Run No.8?12のカーボンブラックは本発明の特定要件のlつまたはそれ以上の要件を外れた比較例である。なお、Run No.6および7はより好ましい請求項2?3の要件のいずれかが外れた実施例である。
【0058】
本発明の目的であるゴム組成物の加工性の評価はムーニー粘度で行う。この数値が小さいほど加工性が良く、この数値が大きくなるとゴムの粘性が高くなるため作業性、加工性が低下する。また、ドライ路面での操縦安定性の評価は粘弾性特性(貯蔵弾性率と損失正接)で行い、いずれも数値が大きいほど操縦安定性が良いことを示す。
前述したように、ゴム組成物の特性は配合されるカーボンブラックの特性に大きく影響され、あるゴム特性が向上すると他の特性は低下するという背反事項が見られ、本発明においても一般的ムーニー粘度が上昇すると粘弾性特性(貯蔵弾性率と損失正接)も大きくなることが知られている。
したがって、本発明におけるゴム組成物性能の評価はムーニー粘度の特性を介して行うことにする。
【0059】
実施例1?7は本発明に係わるカーボンブラックであるが、これらは、対照カーボンブラックであるSAF級カーボンブラック(商品名:旭#90)と比較して、ムーニー粘度の数値は基本特性の変化により変動しているが、貯蔵弾性率および損失正接の特性の指数はいずれも前述のムーニー粘度のそれよりも大きくなっており、いいかえれば、本発明はムーニー粘度の上昇の割合に較べて、貯蔵弾性率および損失正接の数値の上昇割合が大きいことが明らかであり、このことから本発明の効果は明らかである。
なお、実施例6および7のカーボンブラックは望ましい条件であるΔD50/DstとN_(2)SA/IAの特性で好ましい範囲を外れた例であり、いずれもムーニー粘度指数レベルに対して貯蔵弾性率及び損失正接は大きい側にあるが上回り比率は小さくなっている。
【0060】
比較例8?12は本発明における要件のいずれかが外れた例であり、このため貯蔵弾性率および損失正接での指数はムーニー粘度指数レベルに対して下回るか、同等の値しか示していない。
例えば、基本特性においてほぼ同等の表面積を有し、DBP値では大きい数値を有する実施例5と比較例8の比較では実施例5のムーニー粘度の方が逆に比較例8よりも低くなっており、本発明の効果一層明らかである。」

4 特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との対比・検討

(1) 明細書のサポート要件の充足性を検討するにあたっては、上記1の前提に従い、上記2の特許請求の範囲の記載と上記3の発明の詳細な説明の記載を対比しながら、発明の詳細な説明の記載により、出願時の技術常識に照らして当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲と、特許請求の範囲に記載された事項により特定される発明の技術的範囲との対応関係を検討することになることから、はじめに、(i)本願発明の課題を把握した上で、(ii)発明の詳細な説明の記載により、出願時の技術常識に照らして当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲について考察した後、(iii)特許請求の範囲の記載との対比・検討を行うこととする。

(2) 本願発明の課題
本願発明の課題は、上記3(3)の【発明が解決しようとする課題】の記載からみて、「カーボンブラック配合ゴム組成物においてゴム組成物の粘度上昇のための加工性低下を解消するとともに、ドライ路面での操縦安定性の向上とを両立させること」にあると認められる。

(3) 発明の詳細な説明の記載により、出願時の技術常識に照らして当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲
ア 技術常識
本願発明の課題は、上記(2)のとおり、ゴム組成物の粘度上昇のための加工性低下の解消と、ドライ路面での操縦安定性の向上との両立にあるところ、この課題は、カーボンブラック自体の性質改善に係るものではなく、カーボンブラックが配合されたゴム組成物(タイヤトレッドゴム)の性能改善に係るものと解される。
そして、このようなゴム組成物(タイヤトレッドゴム)の性能(加工特性や機械的特性など)は、カーボンブラックの性質はもとより、配合されるゴムの種類やカーボンブラックの配合比率など、多様な因子に左右されることは、当該技術分野における技術常識というべき事項である。
すなわち、当該ゴム組成物(タイヤトレッドゴム)の性能は、配合されるカーボンブラックの性質に応じて、一義的に定まるという単純なものではなく、配合されるゴムの種類(ゴム自体の性質)やカーボンブラックの配合比率、さらには、配合されるプロセス油や加硫促進剤などの配合剤によっても変化するのであるから、ゴム組成物(タイヤトレッドゴム)の性能を、単純にカーボンブラックの性質と関係づけることは困難であるといわざるを得ない。
なお、上記技術常識の検討にあたっては、下記文献を参照した。
<参考文献>
カーボンブラック協会編「カーボンブラック便覧」(昭和47年5月25日 2版発行)、株式会社図書出版社、特に、291頁の「2・1・3a」、292頁の「図2・29」、297頁の「2・2・2」、「表2・7」、「2・2・4」、299頁の「図2・44」、第306?315頁の「2・3・2」、「図2・57?図2・91」、第322?326頁の「2・4・4」、「図2・96」、「図2・97」、「表2・16」

イ 発明の詳細な説明の具体例(実施例)の記載、及び、当該記載により、出願時の技術常識に照らして当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲
上記3(6)の【実施例】をみると、表1及び表2、3にはそれぞれ、カーボンブラックの原料油及びカーボンブラックの製造条件が記載され、表4、5には、当該原料油と製造条件により得られた種々のカーボンブラック(実施例1?7、比較例8?12、対照例)の性質(窒素吸着比表面積、DBP吸油量、表面自由エネルギーの分散成分など)が記載されている。
また、表6には、上記種々のカーボンブラックを用いて実際に調製したゴム組成物の配合成分及び配合比率が記載され、表7、8には、当該ゴム組成物の性能(ムーニー粘度、貯蔵弾性率、損失正接)が記載されている。
しかしながら、上記実施例(あるいは比較例)において、ゴム組成物の性能までが確認されているのは、上記表6に示された、配合ゴム及びカーボンブラック配合比率が「油展SBR(ニポール1721)」及び「65重量部」である特定のゴム組成物のみであって、それ以外のゴムやカーボンブラック配合比率にて調製されたゴム組成物については、どのような性能を有するのかを客観的に認識するに足りる具体例は見当たらない。
一方、本願発明の課題は、上記(2)のとおり、「ゴム組成物の粘度上昇のための加工性低下の解消と、ドライ路面での操縦安定性の向上との両立」という、ゴム組成物(タイヤトレッドゴム)の性能改善にあることに加え、この技術分野には、上記アの技術常識、すなわち、ゴム組成物(タイヤトレッドゴム)の性能(ムーニー粘度、貯蔵弾性率、損失正接などから理解される加工特性や機械的特性など)は、カーボンブラックの性質のみならず、配合されるゴムの種類やカーボンブラックの配合比率などに左右されるという技術常識が存在する。
そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された上記具体例(実施例)に接した当業者が、上記本願発明の課題を解決できる(すなわち、ゴム組成物の性能を改善できる)と認識できる範囲は、上記技術常識に照らすと、あくまで、上記表6に示された特定のゴム組成物の範囲にとどまるというべきであって、その他のゴム組成物についてまで拡張ないし一般化できるとする根拠は認められない。

ウ 発明の詳細な説明の具体例(実施例)以外の記載、及び、当該記載により、出願時の技術常識に照らして当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲
本願明細書の発明の詳細な説明には、上記【実施例】以外に、【技術分野】(上記3(1)参照)、【背景技術】(上記3(2)参照)、【課題を解決するための手段】(上記3(4)参照)、及び【発明の効果】(上記3(5)参照)に関する記載が認められ、特に、【課題を解決するための手段】には、本願発明に係るカーボンブラックの性質(窒素吸着比表面積、DBP吸油量、表面自由エネルギーの分散成分などの各種指標)が、ゴム組成物(タイヤトレッドゴム)の加工特性や機械的特性といった性能にどのような影響を及ぼすのかについても言及されている。
しかしながら、上記アの技術常識によると、カーボンブラックが配合されたゴム組成物(タイヤトレッドゴム)の性能は、ゴムの種類やカーボンブラックの配合比率といった種々の因子に影響され、単純にカーボンブラックの性質と関係づけることは困難であることから、たとえ上記【課題を解決するための手段】に、本願発明に係るカーボンブラックの性質(各種指標)とゴム組成物の性能とのおおよその傾向が示されているとしても、この傾向は、上記種々の因子に左右されるものと解するのが相当であるから、カーボンブラックの性質(各種指標)を特定することが、広範なゴムの種類や広範なカーボンブラックの配合比率にわたって、ゴム組成物(タイヤトレッドゴム)の性能が一義的に定まることを客観的に裏付ける根拠とはなり得ない。また、この傾向を踏まえても、上記実施例の表6に示された特定のゴム組成物について確認された性能から、その他のゴム組成物全般の性能を予測することは到底不可能であるといわざるを得ない。
このように、実施例以外の発明の詳細な説明の記載を仔細にみても、種々の因子に依存することなく、広範なゴム組成物(タイヤトレッドゴム)に対して、上記本願発明の課題が解決できると当業者が認識できる、と認めるに足りる根拠は見い出せない。

エ 小括
以上をまとめると、発明の詳細な説明の記載により、出願時の技術常識に照らして当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲は、上記実施例の表6に示された特定のゴム組成物に係る範囲(当該特定のゴム組成物への配合を予定されたカーボンブラック)に画定されるといえる。

(4) 対比・検討
ア 「特許請求の範囲に記載された事項により特定される発明の技術的範囲」と、上記(3)にて検討した「発明の詳細な説明の記載により、出願時の技術常識に照らして当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲」とを対比する。
上記(3)のとおり、「発明の詳細な説明の記載により、出願時の技術常識に照らして当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲」は、上記実施例の表6に示された特定のゴム組成物に係る範囲(当該特定のゴム組成物への配合を予定されたカーボンブラック)に画定されるのに対して、本願発明は、上記2のとおり、単に、各種指標によってその性質を特定したカーボンブラックに係る発明であって、当該カーボンブラックを配合したゴム組成物の形態(ゴムの種類、カーボンブラックの配合比率など)についてまで特定するものではないから、「特許請求の範囲に記載された事項により特定される発明の技術的範囲」は、上記実施例に係る特定のゴム組成物への配合を予定されたカーボンブラックに限らず、これ以外のゴム組成物への配合を予定されたカーボンブラックをも許容するものと解するのが相当である。
してみると、「特許請求の範囲に記載された事項により特定される発明の技術的範囲」は、「発明の詳細な説明の記載により、出願時の技術常識に照らして当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲」を超えるものというほかなく、本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定に適合するとは認められない。

イ パラメータ発明の観点からみた明細書のサポート要件の検討
本願発明は、特性値を表す二つの技術的な変数(パラメータ)を用いた一定の数式により示される範囲をもって特定したもの、すなわち、窒素吸着比表面積(N_(2)SA)と表面自由エネルギーの分散成分(γd)との関係が、一定の式で示される範囲をもって特定したカーボンブラックに係るものであり、いわゆるパラメータ発明に属するものであることから、パラメータ発明の観点からも本件の明細書のサポート要件につき検討を加える。
ここで、パラメータ発明において、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するためには、発明の詳細な説明は、その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、又は、特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である(上記知財高裁特別部判決平成17年(行ケ)第10042号参照)。
これを本件に当てはめると、本件における所望の効果(性能)とは、上記3(3)の【発明が解決しようとする課題】及び(5)の【発明の効果】の記載などからみて、ゴム組成物の粘度上昇のための加工性低下の解消と、ドライ路面での操縦安定性の向上とが両立された、ゴム組成物(タイヤトレッドゴム)の性能と解され、また、本願発明に係るカーボンブラックは、上記アのとおり、特定のゴム組成物への配合のみを予定するものではないから、本願明細書の発明の詳細な説明が、上記した「特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載すること」という要件を満たすためには、本願発明の数式が示す範囲内のカーボンブラックであれば、いかなるゴム組成物に配合した場合であっても、上記ゴム組成物に係る所望の性能が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載する必要があるということができる。
このような点を踏まえて、本願明細書の発明の詳細な説明を再度俯瞰すると、そこには、本願発明に係るカーボンブラックを採用することの有効性を示すための具体例(実施例)としては、上記表6に示された特定のゴム組成物につき、当該ゴム組成物の性能(加工特性や機械的特性)が良好であることを示す実施例(表7参照)が記載されているにすぎず、このような記載だけでは、本件出願時の技術常識を参酌して、本願発明の数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載しているとはいえず、また、当該数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的意味が、本件出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できるものであったことを認めるに足りる証拠もないから、パラメータ発明の観点からみても、本願の特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するということはできない。

(5) 審判請求人の主張について
ア 審判請求人は、平成26年11月6日付けの意見書において、本願発明の技術分野の審査例(〔イ〕?〔ト〕)を挙げ、以下に示す(i)、(ii)のとおり主張する。
(i) 『以上の審査例から分かるように、当該技術分野では「ゴムの種類や配合割合について複数の実施例を示さなければ当業者が当該発明を容易に実施できない」という考えに基づく審査プラクティスは行われていない。このことは、当該技術分野の技術的特徴、及び長年に亘って蓄積された特許庁の審査プラクティスや当業者の技術常識からみて極めて妥当であると言えるが、改めてその理由を説明する。
タイヤ用のカーボンブラックの製造には昭和初期から続く長い歴史があり、非常に古い技術であって膨大な技術蓄積がある。配合の対象となるタイヤ用のゴム材料としては合成ゴムと天然ゴムがある。合成ゴムはモノマーの種類と組み合わせによって多種多様なものが存在するが(例えば、〔イ〕の段落0008、〔ト〕の段落0036参照)、汎用されている合成ゴムの場合、通常の使用において検討が必要な物性等は既に研究済みであり、カーボンブラックを配合したゴム組成物についても、特に新規な特性について検討する必要がある場合以外は、その検討手法も確立されている。したがって、ゴム組成物について〔イ〕?〔ヘ〕及び本願に記載された程度の評価内容が開示されていれば、当業者は課題が解決できることを十分に理解できる。また、ゴム材料を他の汎用のものに変えた場合の影響やカーボンブラックの配合割合などは当業者が慣用手段で適宜実験的に調べることができる程度の事項にすぎない。なお、本願明細書にはタイヤトレッドゴムとして使用可能なゴムの例示はないが、当業者ならば、従来技術の知見に基づいて前述した汎用されている合成ゴムや天然ゴムの中から適宜選択して使用することが可能であり、実施に当たり特に問題はない。その証拠に、本願発明と同じタイヤトレッド用カーボンブラックに係る発明である〔ホ〕の場合も、使用可能なゴムの例示はないが特許されている。
また、カーボンブラックの配合割合は、前記した〔ト〕の段落0036の「ゴム100重量部に対してカーボンブラック30?150重量部が適当である」という記載からも分かるように、一般的に相当広い範囲から選択できるものである。
したがって、前記審査例のように、汎用されている1種乃至2種のゴム材料を選択し、一般的な配合割合の実施例を一つ示せば、当該技術分野の当業者にとっては技術情報として十分である。更に、これまでに審査例のような特許が多数認められているが、当業界の競業秩序の維持について大きな問題が生じたことはない。
即ち、従来行われている審査プラクティスは極めて適切なものであり、これを変える必要は全くないと言える。』
(ii) 『〔5〕判決について
前記拒絶理由の前提として引用された判決は「偏向フィルムの製造法」に係るものであり、本願発明とは技術分野が全く異なる。したがって、その判決内容は、一般論としては参考になるものの、各技術分野には、それぞれ特有の技術的特徴や技術常識などがあり、これらが36条の実際の適用に際して大きく影響するから、通常の場合、他の技術分野の個別的事例について判断する際の参考にはならない。
当該技術分野においても、上記審査例から分かるように、一貫した審査プラクティスが行われており、本願に係る36条の判断をするに当たり、敢えて一般論を持ち出すまでもないと思料する。』

イ しかしながら、上記(i)の主張は、その冒頭に「・・当業者が当該発明を容易に実施できない」と述べられているように、明細書のサポート要件についての反論ではなく、要するに、特許法第36条第4項第1号に規定される実施可能要件についての反論というべきものであって、当を得たものとはいえない。
また、過去の審査プラクティスの状況は、審査(審理)の予見性や衡平性の観点において確かに重要な事項ではあるが、本件の審理を拘束するものではない。そもそも、明細書のサポート要件の適否は、出願人(審判請求人)が証明責任を負うべきものであるから、本件が明細書のサポート要件に適合するものであることを、例えば、当業者であれば、本願明細書に記載された特定の実施例から、いかなるゴム及びカーボンブラック配合比率のゴム組成物であっても、本願発明の課題が解決できることを認識できるということを、これを裏付ける技術常識を挙証するなどして、拒絶理由に対する釈明をすべきところ、上記過去の審査プラクティスについての主張は、このような釈明とはかけ離れたものであって的を射たものとは到底いえない。
さらに、請求人は、引用判決につき、上記(ii)のように言及し、当該判決に係る事案の技術分野は、本件とは異なるものであるから参考にはならない旨主張するが、当該判決は、特許法第36条第6項第1号の立法趣旨を踏まえた法解釈に基づくものであって、明細書のサポート要件についての一般的な考え方を説示するものであるから(上記1参照)、本件についても当然に妥当するものである。
したがって、請求人のこれらの主張を採用することはできない。

第4 むすび

以上検討のとおり、本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定される明細書のサポート要件に適合しておらず、本願は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていないから、同法第49条第4号に該当し、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-03-17 
結審通知日 2015-03-24 
審決日 2015-04-06 
出願番号 特願2006-103127(P2006-103127)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C09C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 仁科 努  
特許庁審判長 山田 靖
特許庁審判官 日比野 隆治
橋本 栄和
発明の名称 タイヤトレッドゴム配合用カーボンブラック  
代理人 岡本 利郎  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ