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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1303848
審判番号 不服2013-19170  
総通号数 189 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-09-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-10-03 
確定日 2015-08-04 
事件の表示 特願2009-527445「アルコール誘発性脳疾患の治療、予防および回復」拒絶査定不服審判事件〔平成20年3月13日国際公開、WO2008/030604、平成22年1月28日国内公表、特表2010-502719〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本願は、平成19年9月10日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2006年9月8日 米国)を国際出願日とする出願であって、以降の手続は次のとおりである。

平成24年 8月23日付け 拒絶理由通知書
平成25年 2月27日 意見書・手続補正書
平成25年 6月 3日付け 拒絶査定
平成25年10月 3日 審判請求書・手続補正書
平成25年11月28日 手続補正書(請求の理由の補充)
平成25年11月29日 手続補足書
平成26年 7月10日付け 審尋
平成27年 1月 9日 回答書

2 本願発明
本願の請求項1?5に係る発明は、平成25年10月3日付け手続補正書の請求項1?5に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「【請求項1】
慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性を治療するため、予防するため、または回復させるための薬学的組成物であって、PPAR-δアゴニストの治療的有効量を含む薬学的組成物。」

3 原査定の拒絶理由の概要
原査定の拒絶理由は、「この出願については、平成24年8月23日付け拒絶理由通知書に記載した理由3,4によって、拒絶をすべきものです。」というものである。

そして、平成24年8月23日付け拒絶理由通知書の理由3及び4には、それぞれ、「3.この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。」および「4.この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。」と記載され、「記」欄において、
「<理由 3>
請求項1に係る発明のペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)アゴニストの治療有効量を含む薬学的組成物について、本願明細書には、アルコール誘発性脳損傷モデルのラットと野生型のラットの脳における各種遺伝子の発現レベルの差を分析したことが記載されているものの、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)アゴニストに関しては何ら記載されていない。本願出願時の技術常識を参酌しても、実施例で示された各種遺伝子とペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)アゴニストとの関係は不明であるし、仮に関係が示されたとしても実際に上記アルコール誘発性脳損傷モデルのラットの脳損傷を治療、予防又は回復させられることが直ちに明らかであるとはいえない。そうすると、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)アゴニストがアルコール誘発性脳損傷モデルのラットの脳損傷を治療、予防又は回復させられることを確認することは、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤又は複雑高度な実験等を要するものである。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
請求項2-14に係る発明についても同様である。

<理由 4>
請求項1に係る発明のペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)アゴニストの治療有効量を含む薬学的組成物について、本願明細書には、アルコール誘発性脳損傷モデルのラットと野生型のラットの脳における各種遺伝子の発現レベルの差を分析したことが記載されているものの、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)アゴニストに関しては何ら記載されていない。本願出願時の技術常識を参酌しても、実施例で示された各種遺伝子とペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)アゴニストとの関係は不明であるし、仮に関係が示されたとしても実際に上記アルコール誘発性脳損傷モデルのラットの脳損傷を治療、予防又は回復させられることが直ちに明らかであるとはいえない。
よって、出願時の技術常識に照らしても、請求項1に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないので、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。
請求項2-14に係る発明についても同様である。」
と記載されている。

4 当審の判断
(1)特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)
ア 本願発明に係る実施可能要件
特許法第36条第4項第1号は、当業者が、明細書及び図面に記載した事項と出願時の技術常識とに基づき、請求項に係る発明を実施することができる程度に、発明の詳細な説明を記載しなければならない旨を意味する(「実施可能要件」という)。したがって、明細書及び図面に記載された発明の実施についての教示と出願時の技術常識とに基づいて、当業者が発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかが理解できないとき(例えば、どのように実施するかを発見するために、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとき)には、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていないこととなる。
そして、本願発明は、「慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性を治療するため、予防するため、または回復させるための薬学的組成物であって、PPAR-δアゴニストの治療的有効量を含む薬学的組成物。」であり、「PPAR-δアゴニスト」を有効成分とする「慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性を治療するため、予防するため、または回復させるための」医薬用途発明である。
医薬用途発明の実施とは、医薬用途として請求項に記載された薬理作用を生体内で発揮させることである。一般に、医薬用途発明においては、発明の詳細な説明の記載に、医薬用途の有用性(薬理作用)を客観的に検証する過程が明らかにされることが、多くの場合に妥当すると解すべきであって、検証過程を明らかにするためには,有効成分と医薬用途との関連性を示したデータによることが、最も有効、適切かつ合理的な方法であるといえるから、そのようなデータが記載されていないときには、その発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないとされる場合は多いといえる(知財高判平成22年1月28日平成21年(行ケ)10033号)。
すなわち、有効成分である化合物の名称や化学構造のみからは通常その薬理作用を知ることはできないから、医薬用途発明について、発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすといえるためには、「薬理作用」を裏付ける薬理試験結果によって請求項に係る化合物等に目的とする薬理作用があることを確認するか、又は、技術常識に基づく理論的な説明を行うことによって実際にその化合物を用いた場合に目的とする薬理作用を示すものであることを当業者が客観的に理解できるように記載されている必要がある。
そして、薬理試験結果の記載の程度は、原則、(i)どの化合物を、(ii)どのような薬理試験系において適用し、(iii)どのような結果が得られたのか、そして、(iv)その薬理試験系が請求項に係る発明の医薬用途とどのような関連性があるのか、のすべてが明らかにされなくてはならない。

イ 本願明細書の記載事項
本願の明細書には、次のような記載がある。
なお、下線は当審で付した。

(記載事項1)「【発明の概要】
【0008】
アルコール誘発性脳損傷とインスリン抵抗性との関係は、慢性的にアルコールを摂取した動物の脳内およびアルコールに曝露された胎児動物の脳内でのインスリン応答障害およびインスリン/IGF経路の変化という所見によって実証されている。これらの所見は、成体におけるアルコール誘発性脳損傷および胎児アルコール症候群(FAS)の両者と、治療目的に利用しうる可能性のあるインスリン/IGFシグナル伝達経路とのつながりを明確にするものである。
【0009】
本発明は、アルコール誘発性脳損傷の動物モデルを用いた、ある種のペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)アゴニストの投与が脳内の酸化ストレスおよびDNA損傷を著しく抑制するという驚くべき発見に関する。その正味の効果は、エタノールによって生じる継続的な脳損傷を減弱させること、または予防することである。本発明は、アルコールに関連した成体および胎児脳損傷の治療のために大きな意味を有する。
【0010】
したがって、本発明の1つの局面は、動物におけるアルコール誘発性脳疾患を治療するため、予防するため、または回復させるための方法であって、前記動物にPPARアゴニストの治療的有効量を投与する段階を含む方法を対象とする。
・・・
【0013】
1つの態様において、本発明は、慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性を治療するため、予防するため、または回復させるための方法であって、前記動物にPPARアゴニストの治療的有効量を投与する段階を含む方法に関する。」

(記載事項2)「【0034】
1つの態様において、本発明は、慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性を治療するため、予防するため、または回復させるための方法に関する。ある態様において、本方法は、動物に対するPPARアゴニストの治療的有効量の投与を含む。PPARアゴニストはインスリン抵抗性の発現の前に投与しても後に投与してもよい。インスリン抵抗性は、インスリン/IGFシグナル伝達経路に沿った任意の箇所でのアルコール誘発性変化に起因してよく、これには例えば、インスリンもしくはIGF-Iの発現の低下、IGF-IIの発現の増大、インスリン、IGF-IもしくはIGF-IIの受容体の発現の低下、インスリン、IGF-IもしくはIGF-IIの各々の受容体に対する結合の低下、またはAAHなどのインスリン応答性遺伝子の発現の低下がある。
【0035】
インスリン抵抗性は、インスリン/IGFシグナル伝達経路内の少なくとも1つの因子のレベルまたは機能の変化を検出することによって測定することができる。1つの態様において、変化の検出はインビボで行われる。例えば、対象におけるインスリン/IGFシグナル伝達経路内の少なくとも1つの因子のレベルまたは機能を決定するために、画像化手法(例えば、磁気共鳴画像法、コンピュータ体軸断層撮影、単光子放出コンピュータ断層撮影、ポジトロン放出断層撮影、X線、超音波)を、検出可能なように標識された抗体、リガンド、酵素基質などと組み合わせて用いてもよい。検出可能な標識の例には、放射性、蛍光性、常磁性および超常磁性標識が非限定的に含まれる。当技術分野で公知の任意の適したインビボ画像化手法を本発明に用いることができる。画像化手法の例は、米国特許第6,737,247号、第6,676,926号、第6,083,486号、第5,989,520号、第5,958,371号、第5,780,010号、第5,690,907号、第5,620,675号、第5,525,338号、第5,482,698号および第5,223,242号に開示されている。
【0036】
もう1つの態様において、変化の検出はインビトロで、例えば生物試料を用いて行われる。生物試料は、インスリン/IGFシグナル伝達経路内の少なくとも1つの因子のレベルまたは機能を検出するために適した、対象からの任意の組織または流体であってよい。有用な試料の例には、生検組織、血液、血漿、漿液、脳脊髄液、脳室内液、唾液、尿およびリンパ液が非限定的に含まれる。
【0037】
検出および測定を行いうるインスリン/IGFシグナル伝達経路内の因子には、インスリン、インスリン様成長因子-I(IGF-I)、IGF-II、インスリン受容体、IGF-I受容体、IGF-II受容体、チロシンリン酸化インスリン受容体、チロシンリン酸化IGF-I受容体、チロシンリン酸化IGF-II受容体、インスリン受容体基質-1(IRS-1)、IRS-2、IRS-4、チロシンリン酸化IRS-1、チロシンリン酸化IRS-2、チロシンリン酸化IRS-4、ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3キナーゼ)、PI3キナーゼのp85サブユニット、Akt、ホスホ-Akt、グリコーゲンシンターゼキナーゼ-3β(GSK-3β)およびホスホ-GSK-3βが非限定的に含まれる。測定を行いうる機能には、インスリン受容体、IGF-I受容体またはIGF-II受容体のリガンド結合能、インスリン受容体、IGF-I受容体またはIGF-II受容体のキナーゼ活性、PI3キナーゼのp85サブユニットとリン酸化IRS-1、IRS-2またはIRS-4との相互作用、成長因子受容体に結合したタンパク質2(Grb2)、SHPTP-2タンパク質チロシンホスファターゼまたはPI3キナーゼのp85サブユニットに対するリン酸化IRS-1、IRS-2またはIRS-4の結合、マイトジェン活性化プロテインキナーゼキナーゼ(MAPKK)、Erk MAPK、Akt/プロテインキナーゼB、GSK-3βの酵素活性が非限定的に含まれる。
【0038】
インスリン/IGFシグナル伝達経路内の因子のレベルは、タンパク質またはRNA(例えば、mRNA)のレベルで測定することができる。生物試料中の特定のタンパク質を定量するための当技術分野で公知の任意の方法を本方法に用いることができる。その例には、イムノアッセイ、ウエスタンブロット法、免疫沈降、免疫組織化学、ゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動、カラムクロマトグラフィー、リガンド結合アッセイおよび酵素アッセイが非限定的に含まれる。例えば、Harlow et al., Antibodies: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY, (1988);Ausubel et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York 3rd Edition, (1995)を参照のこと。
【0039】
特定のRNAのレベルを測定するためには、核酸の検出のための当技術分野で公知の任意のアッセイを用いることができる。その例には、逆転写および増幅アッセイ、ハイブリダイゼーションアッセイ、ノーザンブロット法、ドットブロット法、インサイチューハイブリダイゼーション、ゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動およびカラムクロマトグラフィーが非限定的に含まれる。例えば、Ausubel et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York 3rd ed., (1995);Sambrook et al., Molecular Cloning-A Laboratory Manual, 2nd ed., Vol. 1-3 (1989)を参照のこと。アッセイは、RNAそれ自体を、またはRNAの逆転写によって生成されるcDNAを検出することができる。アッセイは生物試料に対して直接行うこともでき、または試料から単離された核酸に対して行うこともできる。」

(記載事項3)「【0042】
本発明に用いうるPPARアゴニストには、米国特許第6,713,514号、第6,677,298号、第6,462,046号、第5,925,657号および第5,326,770号、ならびにCombs et al., J. Neurosci. 20:558 (2000)に開示されているようなPPAR-α、PPAR-γおよびPPAR-δの選択的アゴニスト、ならびに複数のPPARサブタイプのアゴニストである化合物が含まれる。選択的という用語は、1つのPPAR受容体サブタイプに対して、別のPPAR受容体サブタイプに対するよりも10倍を上回る、好ましくは100倍を上回る、最も好ましくは1,000倍を上回る活性を有する作用物質を記述するために用いられる。PPAR受容体サブタイプに対する作用物質の受容体親和性および機能的活性の特性決定は、WO 2005049572号に記載されたような方法を用いて行うことができる。脳疾患患者におけるPPAR-δアゴニストの使用にはI型筋繊維の数を増加させるというさらなる利点も考えられ、それは運動をしない場合でさえも、肥満に対する抵抗性を付与し、代謝プロフィールを改善する可能性がある(Wang et al., PLoS Biol. 2:3294 (2004))。
【0043】
有用なPPAR-α選択的アゴニストには、クロフィブラート、ベザフィブラート、シプロフィブラート、2-ブロモヘキサデカン酸、エトモキシル水酸化ナトリウム、N-オレオイルエタノールアミン、GW-9578、GW-7647、WY-14643、ならびに米国特許第7,091,225号、第7,091,230号、第7,049,342号、第6,987,118号、第6,750,236号、第6,699,904号、第6,548,538号、第6,506,797号、第6,306,854号、第6,060,515号および第6,028,109号に開示された化合物が非限定的に含まれる。
【0044】
有用なPPAR-γ選択的アゴニストには、シグリタゾン、ロシグリタゾン、ピオグリタゾン、トログリタゾン、GW-1929、F-L-Leu、JTT-501、GI-262570、ならびに米国特許第7,090,874号、第7,060,530号、第6,908,908号、第6,897,235号、第6,852,738号、第6,787,651号、第6,787,556号、第6,713,514号、第6,673,823号、第6,646,008号、第6,605,627号、第6,599,899号、第6,579,893号、第6,555,536号、第6,541,492号、第6,525,083号、第6,462,046号、第6,413,994号、第6,376,512号、第6,294,580号、第6,294,559号、第6,242,196号、第6,214,850号、第6,207,690号、第6,200,995号、第6,022,897号、第5,994,554号、第5,939,442号および第5,902,726号に開示された化合物が非限定的に含まれる。
【0045】
有用なPPAR-δ選択的アゴニストには、GW-501516、GW-0742、L-165041およびカルバプロスタサイクリンが非限定的に含まれ、それらは構造的には以下のように定義される。
・・・
【0046】
他の有用なPPAR-δアゴニストには、RWJ-800025、L-160043、ならびに米国特許第7,091,245号、第7,015,329号、第6,869,967号、第6,787,552号、第6,723,740号、第6,710,053号および第6,300,364号ならびにEP 1586573号、US 20050245589号およびWO 2005049572号に開示された化合物が非限定的に含まれる。
【0047】
有用な混合型PPAR-α/γアゴニストには、GW-1556、AVE-8042、AVE-8134、AVE-0847、DRF-2519、ならびに米国特許第7,091,230号、第6,949,259号、第6,713,508号、第6,645,997号、第6,569,879号、第6,468,996号、第6,465,497号および第6,380,191号に開示された化合物が非限定的に含まれる。
【0048】
すべてのPPAR受容体に対してアゴニストとして作用する有用な化合物には、LY-171883およびプソイドラリン酸B(pseudolaric acid B)が非限定的に含まれる。」

(記載事項4)「【0055】
PPARアゴニストは、例えば、脳室内(例えば、脳室内ステントを用いて)、頭蓋内、腹腔内、静脈内、動脈内、鼻腔内または経口的といった、任意の適した様式で投与することができる。1つの態様において、PPARアゴニストは血液脳関門を通過することができる。1つの態様において、作用物質は、血液脳関門に受容体が存在するトランスフェリンなどのターゲティング分子と結合させることができる。例えば、米国特許第4,902,505号を参照。1つのさらなる態様においては、疎水性の高い(極性の低い)作用物質は血液脳関門をより容易に通過するため、極性が低下するように、または疎水性が高くなるように作用物質を修飾してもよい。例えば、米国特許第5,260,308号を参照。1つのさらなる態様においては、疎水性(非極性)の作用物質を選択して用いることができる。さらにもう1つの態様において、作用物質はリポソーム中に、特に血液脳関門を標的とするリポソーム中にある状態で投与することができる。例えば、米国特許第6,372,250号を参照。リポソーム中にある薬学的作用物質の投与は公知である。」

(記載事項5)「【0091】
実施例5
エタノールによるインスリン受容体およびIGF受容体の結合の障害
成長因子および成長因子受容体の発現に対する、慢性的にエタノールを与えることの影響にばらつきがあったことから、エタノールが別の機構を通じてインスリン/IGFシグナル伝達を障害させうるか否かを明らかにすることが関心の対象となった。有効なリガンド結合はインスリンおよびIGFのシグナル伝達カスケードにとって決定的に重要であり、ニューロン生存性の低下を含む、エタノール曝露脳で報告されているインスリンシグナル伝達障害の下流での影響の多くは、CNSにおけるインスリンまたはIGF-Iの結合の低下によって媒介されうると考えられる。側頭皮質、視床下部および小脳の膜タンパク質抽出物をトレーサーとして[^(125)I]で標識したインスリン、IGF-IまたはIGF-IIとともに、過剰な非放射性リガンドの存在下または非存在下でインキュベートすることによって、平衡結合アッセイを行った。それらの試験により、側頭皮質および小脳よりも視床下部においてインスリン、IGF-IおよびIGF-II受容体結合(fmol/mg)がより高レベルであることが示された(図6)。慢性的にエタノールを与えることは、側頭葉、視床下部および小脳においてインスリンおよびIGF-I受容体結合を有意に低下させた(図6A?6F)。加えて、IGF-II受容体結合は対照ラットと比較してエタノール曝露の小脳において有意に低く(図6I)、一方、側頭葉および視床下部ではIGF-II受容体結合がエタノール曝露群において相対的に保持されていた(図6G?6H)。」

(記載事項6)「【0114】
実施例12
エタノールによるインスリン受容体およびIGF受容体の結合の障害
成長因子および成長因子受容体の発現に対する慢性的エタノール乱用の影響にばらつきがあったことから、アルコール依存患者の脳が別の機構を通じてのインスリン/IGFシグナル伝達の障害を有しうるか否かを明らかにすることが関心の対象となった。有効なリガンド結合はインスリンおよびIGFのシグナル伝達カスケードにとって決定的に重要であり、ニューロン生存性の低下を含む、エタノール曝露ラット脳で報告されているインスリンシグナル伝達障害の下流での影響の多くは、CNSにおけるインスリンまたはIGF-Iの結合の低下によって媒介されうると考えられる。帯状回および小脳虫部の膜タンパク質抽出物を、トレーサーとして[^(125)I]で標識したインスリンIGF-IまたはIGF-IIとともに、過剰な非放射性リガンドの存在下または非存在下でインキュベートすることによって、平衡結合アッセイを行った。それらの試験により、IGF-II受容体の結合(fmol/mg)がIGF-I受容体およびインスリン受容体の結合と比較してより高レベルであること、ならびにインスリン受容体に対する結合が最も低いレベルであることが示され、これは帯状回および虫部のいずれにおいてもインスリン受容体発現のレベルが相対的に低いことに一致した(図11)。慢性的アルコール乱用は、帯状回および小脳虫部におけるインスリン、IGF-IおよびIGF-II受容体結合を有意に低下させた(図11A?11F)。」

(記載事項7)「【0138】
実施例20
インスリン受容体およびIGF-I受容体のチロシンキナーゼ活性に対する、妊娠中のエタノールに対する曝露の影響
エタノールに伴う受容体結合の障害がインスリン受容体およびIGF-I受容体のチロシンキナーゼ活性、ならびにインスリン受容体およびIGF-I受容体タンパク質の発現の低下と関連づけられる度合いを特徴づけるための試験を行った。受容体タンパク質レベルはデジタル画像デンシトメトリーを用いるウエスタンブロット法によって測定した。免疫沈降物における受容体チロシンキナーゼ活性を、非放射性発光を利用するアッセイを用いて測定した。これらの試験により、インスリン受容体およびIGF-I受容体チロシンキナーゼ活性のレベルはいずれも有意に低下しているが、エタノール曝露仔からの小脳組織におけるインスリン受容体およびIGF-I受容体タンパク質発現のレベルは対照と比較して同程度であることが示された。結合アッセイの結果に一致して、エタノールに伴う受容体チロシンキナーゼ活性の低下は用量依存的ではなく、種々の子宮内レベルの食餌性エタノールに曝露された仔からの小脳において同程度に低下した。結果は免疫沈降物中のインスリン受容体およびIGF-I受容体のタンパク質レベル(デンシトメトリーを用いるウエスタンブロット分析により検出した)に対して標準化されているため、エタノールに伴うインスリン受容体およびIGF-I受容体のチロシンキナーゼ活性の低下は、成長因子受容体発現の変化に起因するのではなかった。CNSニューロンにおけるエタノールで障害されたインスリンおよびIGF-Iシグナル伝達の主な転帰は、グルコース利用およびATP産生の不足に起因するエネルギー代謝の低下である(de la Monte et al., Cell. Mol. Life Sci. 62:1131(2005))。種々のレベルのエタノールに対する慢性的な子宮内曝露の影響をエネルギー代謝に関連して明らかにするために、小脳組織ホモジネート中のATP含有量を、発光を利用するアッセイを用いて測定した。それらの試験により、小脳ATP含有量のエタノール用量依存的な進行性の低下が示され、18%、26%または37%のエタノールを含む食餌に曝露された仔から得た試料では対照との有意差が検出された。」

(記載事項8)「【0141】
実施例22
インビトロでの短期的エタノール曝露による、インスリン、IGF-IおよびIGF-II受容体の結合、受容体チロシンキナーゼ活性、ならびに対応する成長因子により刺激されるChAT発現の障害
インビボ観察所見を検証し、エタノールがインスリン/IGF抵抗性を引き起こす考えられる機序を特徴づけるために、初代小脳ニューロン培養物を用いるインビトロ実験を行った。以前の研究により、エタノールに曝露させた小脳ニューロン培養物では、インスリンおよびIGF-Iにより刺激される受容体チロシンキナーゼ活性のレベルの低下が示されている(de la Monte et al., Cell. Mol. Life Sci. 62:1131(2005))。エタノールのこの影響がリガンド-受容体結合の障害によって媒介されるか否かを明らかにするために、初代ラット小脳対照またはエタノール曝露させた(50mMに96時間)ニューロン培養物から採取した膜タンパク質を用いて平衡結合アッセイを行った。用いるエタノールの濃度は、ヒトアルコール依存患者で検出されている範囲内とした(Fulop et al., Am. J Med. 80:191 (1986);Jagger et al., Neurosurgery 15:303 (1984))。ChATおよびAChEの免疫反応性はMICEアッセイ(細胞ELISA)を用いて培養細胞において直接測定し、その値を細胞密度に対して標準化した。これらの結果から、インスリン受容体(図17A)、IGF-I受容体(図17B)およびIGF-II受容体(図17C)の結合のレベルの有意な低下が実証された。加えて、エタノール処置したニューロン細胞では、ATPの基礎レベル、およびインスリン、IGF-IまたはIGF-IIによる刺激下でのレベル(図17D)、ならびに基礎的な、インスリンおよびIGF-Iによる刺激下でのChAT免疫反応性(図17E)も、対照と比較して有意に低下していた。AChE免疫反応性は成長因子刺激によって顕著には変化しなかったが、AChE発現はIGF-IIで刺激したものの方が対応する非刺激対照細胞と比べて高く、非刺激エタノール曝露細胞の方が非刺激対照細胞と比較して高かった(図17F)。」

ウ 本願明細書の実施例における実験結果
本願の明細書及び図面には、本願発明に関連して、以下の実験結果が記載されている。
(a)ラットにエタノールを与えることにより、小脳等においてインスリン受容体結合が有意に低下したこと(記載事項5)
(b)アルコール依存患者の脳において、小脳等におけるインスリン受容体結合が有意に低下したこと(記載事項6)
(c)種々の子宮内レベルの食餌性エタノールに曝露された仔からの小脳において、結合アッセイの結果に一致して、エタノールに伴う受容体チロシンキナーゼ活性が低下したこと(記載事項7)
(d)エタノール曝露させた初代小脳ニューロン培養物を用いるインビトロ実験において、インスリン受容体の結合のレベルが有意に低下したこと(記載事項8)

すなわち、本願の明細書及び図面において、本願発明の「慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性」に関して、エタノールが脳におけるインシュリンとインシュリン受容体の結合のレベルを低下することが実験結果により確認されているものの、低下したインシュリンとインシュリン受容体の結合のレベル(インシュリン抵抗性)を改善するための実験については一切記載されていない。

ここで、本願の発明者等のグループが優先日前に公表した「Cell.Mol.Life Sci., 2005, Vol.62, pp.1131-1145」(平成24年8月23日付け拒絶理由通知書の引用文献2;以下「引用文献2」という)には、「エタノール誘導された小脳形成不全症がインシュリン刺激シグナルの阻害と関連している。・・・受容体発現に影響がないにもかかわらず、インシュリンおよびインシュリン様増殖因子(IGF-I)受容体チロシンキナーゼ(RTK)活性がエタノール暴露により低下する・・・局所のインシュリン産生とインシュリンRTK活性の低下により発達中の脳においてエタノールがインシュリン仲介活性を阻害し、グルコース輸送とATP産生の阻害を導く」(1131頁の要約欄)こと、エタノール暴露された生後1日の仔ラットの小脳培養物においてインシュリン受容体チロシンキナーゼ活性が低下したこと(1138頁のFigure 3)、「インシュリン受容体を介するシグナル伝達のエタノールによる阻害は、エネルギー代謝とニューロンの生存にネガティブなインパクトを持つ」(1142頁左欄下から2行?右欄1行)ことが記載されている。
また、同じく本願の発明者等のグループが優先日前に学会発表した要旨集である「FASEB Journal, 2006年3月, Vol.20, No.5, Part 2, pp.A1089, 685.11」(平成26年7月10日付け審尋の引用文献3;以下「引用文献3」という)には、「妊娠中の慢性エタノール被曝が成長している脳にインスリンとインスリン様増殖因子抵抗性を引き起こす:損なわれたアセチルコリン生合成への関連」と題する報告において、「仔ラット小脳(P0)の試験の後に、結果は 小脳形成不全、DNA損害と神経細胞喪失の程度においてエタノール用量依存的な増加を示した。加えて、脳インスリンとコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)発現のエタノール用量に依存する縮小およびアセチルコリンエステラーゼの増加した発現が観察された。標準的な受容体発現レベルにもかかわらず、インスリンとIGF受容体に結合するリガンドは際立って減少していた。さらなる研究は、エタノールによって損なわれた受容体結合とChATの刺激を減少した膜コレステロール含有量に関連づけた。結論として、FASに関連づけられた小脳形成不全は、損なわれた神経細胞生存およびChAT発現の減少レベルと関連づけられ、損なわれたリガンド-受容体結合をもたらす膜脂質構成における病的な変異によって仲介される。」と記載されている。

してみれば、本願発明に関連して、本願の明細書および図面に記載された実験結果(a)?(d)は、その実験データの多寡に相違はあるものの、基本的に優先日前に既に公知となっている技術的事項を確認する実験データに過ぎない。

一方で、本願発明に係る「PPAR-δアゴニスト」を有効成分とした「慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性を治療するため、予防するため、または回復させるための」薬理作用を確認する薬理試験結果は、本願の発明の詳細な説明には一切記載されていない。

エ 技術常識に基づく理論的な説明の可否
そこで、技術常識に基づく理論的な説明を行うことによって、実際に「PPAR-δアゴニスト」を用いた場合に「慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性を治療するため、予防するため、または回復させるための」薬理作用を示すものであることを当業者が客観的に理解できるように本願の発明の詳細な説明が記載されているか否かを検討する。
本願の発明の詳細な説明には、「ある種のペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)アゴニストの投与が脳内の酸化ストレスおよびDNA損傷を著しく抑制するという驚くべき発見に関する。」(記載事項1)との一般的な記載が存在するものの、「PPAR-δアゴニスト」はおろか「PPARアゴニスト」を用いた実験結果は一切記載されていない。そして、「PPAR-δアゴニスト」については、本願の発明の詳細な説明には、PPAR-α、PPAR-γおよびPPAR-δの選択的アゴニストに属する化合物が羅列され、いずれも本願発明に使用可能であることが一般的に記載されるのみである。

ここで、優先日当時の技術常識について検討するに、例えば、優先日前に公表された「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 2003年, Vol.100, No.26, pp.15924-15929」(平成26年7月10日付け審尋の引用文献4;以下「引用文献4」という)には、「PPARδは、骨格筋での脂肪酸酸化のプログラムを制御するのに重要であり、肥満動物におけるその活性化を通して肥満やインシュリン抵抗性を改善することをこれらのデータは示唆している」(15924頁の要約下から4?1行)こと、「GW501516(審決注:PPARδアゴニスト化合物)のHFD(審決注:高脂肪食)およびob/ob(審決注:糖尿病モデル)マウスへの投与は双方ともに、血糖値調節能およびインシュリン感受性を顕著に改善した」(15929頁左欄15?16行)ことが記載されており、一般論としては、PPARδアゴニストをインシュリン抵抗性の改善に使用することに格別の創意工夫は必要でなかったとも判断される。
なお、上記引用文献3との対比において唯一の相違点であるPPARδアゴニストを用いてインシュリン抵抗性を改善しようと試みることは、上記引用文献4に記載された発明により動機づけられている旨の進歩性欠如に係る拒絶理由は、平成26年7月10日付け審尋において指摘したところである。

しかしながら、請求人は、平成27年1月9日付け回答書において、
(a)「引用文献4の結果から、PPAR-α、PPAR-δ、PPAR-γの3つのPPARのアゴニストは互いに異なる作用をもたらすものであることが明りょうに理解されます。してみれば、まず第一に、当業者はこれら3種のPPARおよびそれらのアゴニストは決して互いに置き換え可能なものではなく、当技術分野において承認されている均等物に該当するものではないと判断するものと請求人は思量いたします。」および
(b)「このような組織ごとの構造的、生理学的、および機能的な違いは当業者には周知の事項であり、係る認識に基づけば、ある組織に対して特定の作用を奏するPPARアゴニストを別の組織にそのまま適用することはありません。」と主張している。

なるほど、請求人も主張するように、一概に「PPARアゴニスト」と言ってもそのサブタイプによって作用機序が異なることは技術常識であって、本願発明に係る「PPAR-δアゴニスト」の適用対象である組織に関しても、個々の組織は、構造的、生理学的、機能的に相違しており、さらに特定の組織においてもその病的な状態の種類に応じて個々に状態が異なっているものである。そして、個々の組織の特定の(病的な)状態ごとに「PPAR-δアゴニスト」の作用効果も相違するであろうというのが当業者の技術常識である。
したがって、「慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性を」示す特定の病的な状態の組織に対して「PPAR-δアゴニスト」を適用した場合に、所望の薬理作用が得られること(インスリン抵抗性が改善されて胎児アルコール症候群等の脳損傷が治療できること)は、一般論として実験で確認する価値のある「仮定」であっても、実際に所望の薬理作用が奏されることは、薬理試験を行ってみるまでは真偽不明であると判断される。

なお、もし薬理試験を行うまでもなく薬理作用が奏されることが明らかであれば、引用文献2及び3並びに引用文献4から本願発明は進歩性が否定されるべきことを更に検討する必要がある。

してみれば、技術常識に基づく理論的な説明を行うことによって、実際に「PPAR-δアゴニスト」を用いた場合に「慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性を治療するため、予防するため、または回復させるための」薬理作用を示すものであることを当業者が客観的に理解できるように本願の発明の詳細な説明が記載されているとも言えない。

オ 結論
以上、本願発明に係る「PPAR-δアゴニスト」を有効成分とした「慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性を治療するため、予防するため、または回復させるための」薬理作用を確認する薬理試験結果が本願の発明の詳細な説明には一切記載されておらず、技術常識に基づく理論的な説明を行うことによって、当該薬理作用を示すものであることを当業者が客観的に理解できるように本願の発明の詳細な説明が記載されているとも認められない。
よって、発明の詳細な説明は、本願発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないので、特許法第36条第4項第1号に規定した要件(実施可能要件)を満たしていない。

(2)特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)
本願発明がサポート要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、本願発明が、発明の詳細な説明において発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるか否かを検討して判断すべきものである。
しかしながら、上記(1)に記載したように、本願の発明の詳細な説明には、本願発明に係る「PPAR-δアゴニスト」を有効成分とした「慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性を治療するため、予防するため、または回復させるための」薬理作用を確認する薬理試験結果が本願の発明の詳細な説明には一切記載されておらず、技術常識に基づく理論的な説明を行うことによって、当該薬理作用を示すものであることを当業者が客観的に理解できるように本願の発明の詳細な説明が記載されているとも認められない。
してみると、本願発明は、発明の詳細な説明において発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであって、発明の詳細な説明に記載したものとはいえず、特許法第36条第6項第1号に規定した要件(サポート要件)を満たしていない。

(3)請求人の主張について
請求人は、平成25年11月28日付け手続補正書(請求の理由の補充)および平成27年1月9日回答書において以下(a)?(d)のように主張している。
(a)本願明細書の実施例について、「これらの結果は、慢性的なエタノール摂取により、ラットまたはヒトの脳においてインスリン抵抗性が生じていることを明確に示すもの」であること
(b)添付資料1には、「PPARアゴニストであるトログリタゾンが、インスリン非依存型糖尿病の肥満性ヒト患者において、インスリン抵抗性を低下させ、グルコース耐性を改善したことが実証されてい」ること
(c)添付資料2には、「ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(-α、δ、-γ)アゴニストによる早期の治療により、脳内ストレプトゾトシン(ic-STZ)により誘導されたアルツハイマー病のラットモデルの脳におけるインスリン抵抗性が改善され、神経変性およびそれに伴う学習障害および記憶障害が効果的に予防されたことが実証されて」いること
(d)「添付資料3-5に示される結果は、エタノールの摂取により脳においてインスリン抵抗性が生じていることならびにそのインスリン抵抗性がPPAR-δにより回復されることを示している点において、出願時の技術常識ならびに本願明細書の記載に基づく、上述の推認、なわち、慢性的エタノール摂取により誘発される脳内インスリン抵抗性が、PPAR-δアゴニストで改善できるという推認、とよく符合していること」

主張(a)については、上記(1)ウに記載したように、請求人が根拠とする本願明細書の実施例の記載は、引用文献2および3によって優先日前に発明者らが公表した、いわゆる「従来技術」に過ぎないものであって、上記(1)ウおよびエに記載するように、本願発明の実施可能要件およびサポート要件を担保する根拠とはいえない。
主張(b)については、添付資料1のトログリタゾンは、PPAR-γおよびPPAR-αに作用するアゴニストであって本願発明に係る「PPAR-δアゴニスト」ではないから、本願発明の実施可能要件およびサポート要件を担保する根拠とはいえない。
主張(c)については、添付資料2では「脳内ストレプトゾトシン(ic-STZ)により誘導されたアルツハイマー病のラットモデルの脳におけるインスリン抵抗性」を適用対象とするものであって、本願発明に係る「慢性的アルコール摂取によって生じる、動物の脳におけるインスリン抵抗性」ではないから、(1)エに記載するように、特定の病的な状態ごとに「PPAR-δアゴニスト」の作用効果も相違するであろうという技術常識に鑑みれば、本願発明の実施可能要件およびサポート要件を担保する根拠とはいえない。
なお、添付資料2は優先日前に公表された文献でもない。
主張(d)については、添付資料3?5に示される結果は、出願後の実験に基づくものであって、上記(1)ウに記載したように、本願明細書には「PPAR-δアゴニスト」を用いた具体的な実験に関する記載は一切存在しないことから、本願明細書の記載に基づいて、当該データが推認できるとは認められないので、本願発明の実施可能要件およびサポート要件を担保する根拠とはいえない。
なお、請求人は、上記(d)のように主張するものの、本願の発明の詳細な説明には、「PPAR-δアゴニスト」は、PPAR-αアゴニストやPPAR-γアゴニストと同等物として記載されており(記載事項3)、本願発明に係る「PPAR-δアゴニスト」がインスリン抵抗性を改善するために特に好ましいものとして記載されていないことにも留意する必要がある。

よって、請求人の主張はいずれも理由がない。

5 結語
以上のことから、この出願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件も満たしていない。
したがって、他の請求項および他の拒絶理由について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-03-10 
結審通知日 2015-03-11 
審決日 2015-03-24 
出願番号 特願2009-527445(P2009-527445)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (A61K)
P 1 8・ 537- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 平林 由利子千葉 直紀瀬下 浩一  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 齋藤 恵
大久保 元浩
発明の名称 アルコール誘発性脳疾患の治療、予防および回復  
代理人 井上 隆一  
代理人 小林 智彦  
代理人 刑部 俊  
代理人 大関 雅人  
代理人 渡邉 伸一  
代理人 清水 初志  
代理人 新見 浩一  
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