• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A63G
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A63G
管理番号 1308286
審判番号 不服2014-22040  
総通号数 193 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-01-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-10-30 
確定日 2015-12-01 
事件の表示 特願2011-508031「感情を伝達する方法及びシステム」拒絶査定不服審判事件〔平成21年11月12日国際公開、WO2009/136345、平成23年 8月11日国内公表、特表2011-523364〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本件出願は,平成21年5月4日(パリ条約による優先権主張外国庁受理,2008年5月9日,EP)を国際出願日とする出願であって,平成25年8月27日付けの拒絶理由の通知に対して同年11月27日付けで手続補正書が提出され,平成26年6月26日付けで拒絶の査定がなされ,これに対し,同年10月30日付けで拒絶査定に対する審判請求がなされると同時に手続補正書が提出されて特許請求の範囲を補正する手続補正がなされたものである。

2 平成26年10月30日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成26年10月30日付けの手続補正を却下する。

[理由]
(1) 補正の内容
平成26年10月30日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)により,特許請求の範囲は,
「【請求項1】
マルチメディア情報に露呈されている人に,その人の身体の近傍に配される複数のアクチュエータを使用して触覚刺激を通じて感情を伝達する方法であって,前記複数のアクチュエータを制御するための触覚刺激情報を供給するステップを含み,
前記複数のアクチュエータは,身体領域の複数の身体部位を刺激するように適応され,
前記触覚刺激情報は,触覚刺激パターンのシーケンスを含み,各触覚刺激パターンは,人に特定の感情を誘導するために前記特定の感情に属する生理学的反応をシミュレーションするための前記身体領域の触覚刺激を可能にするように前記複数のアクチュエータを時間的且つ空間的に制御し,前記特定の感情は,恐怖の感じ,人が恋に落ちるときに感じるようなどきどきした感じ,悲しい感じ,幸せな感じ,怒り,及び,悲しみの感じのうち少なくとも1つを有し,
前記触覚刺激情報は,前記マルチメディア情報と同期される,方法。
【請求項2】
前記身体領域は,肩,背部,胸部,胴,首,背骨,心臓領域,肺領域,腹部,腕のグループから選択される前記身体の一部である,請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記触覚刺激情報は更に,信号形状の組を含み,各信号形状は,アクチュエータ用の駆動信号を供給する,請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記触覚刺激パターンのうちの少なくとも1つは,前記複数のアクチュエータのうち第1及び第2のアクチュエータが,これらのアクチュエータの間に仮想アクチュエータが生じるようにタイミングを合わせられるように構成される,請求項1乃至3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
センサ装置を使用して,前記人の感情状態を記録するステップを更に含む,請求項1乃至4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
オーディオ情報及びビデオ情報の少なくとも1つを含むメディア情報と,
触覚刺激情報と,
を含み,前記メディア情報及び前記触覚刺激情報は,時間的に同期されており,前記触覚刺激情報は,
各信号形状がアクチュエータ用の駆動信号を規定する信号形状の組と,
どのアクチュエータが特定の時間にアクティブであるかを制御するとともに,各アクティブなアクチュエータごとに,どの信号形状を適用するべきかを特定するように構成される触覚刺激パターンと,
どの触覚刺激パターンが特定の時間に適用されるべきかを制御するパターンシーケンスと,
を含み,
前記触覚刺激パターンは,人に特定の感情を誘導するために前記特定の感情に属する生理学的反応をシミュレーションするように前記アクチュエータを制御するように構成され,
前記特定の感情は,恐怖の感じ,人が恋に落ちるときに感じるようなどきどきした感じ,悲しい感じ,幸せな感じ,怒り,及び,悲しみの感じのうち少なくとも1つを有する,メタデータファイル。
【請求項7】
各形状が,感情を誘導するための或る時間にわたる振幅をもつ,請求項6に記載のメタデータファイル。
【請求項8】
メディアクリップに露呈されている人に感情を伝達するための触覚刺激システムであって,
請求項6に記載のメタデータファイルを処理する制御ユニットと,
請求項1に記載の方法によって使用される複数のアクチュエータと,
を有する触覚刺激システム。
【請求項9】
請求項5に記載の方法によって使用される複数のセンサを更に有する,請求項6に記載の触覚刺激システム。
【請求項10】
前記複数のアクチュエータが繊維衣服に設けられている,請求項8又は9に記載の触覚刺激システム。」
と補正された。(下線は審決で付した。以下同じ。)

本件補正は,補正前(平成25年11月27日付け手続補正による補正)の請求項1及び6に係る発明を特定するための必要な事項である「特定の感情」に関し,「前記特定の感情は,恐怖の感じ,人が恋に落ちるときに感じるようなどきどきした感じ,悲しい感じ,幸せな感じ,怒り,及び,悲しみの感じのうち少なくとも1つを有し」と限定するものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の請求項1に記載された発明(以下,「本願補正発明」という。)が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否か(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について,以下検討する。

(2) 刊行物に記載された事項
平成25年8月27日付け拒絶の理由に引用し,本願の優先日前である平成12年2月2日に頒布された特表2000-501033号公報(以下「刊行物1」という。)には,図面と共に次の事項が記載されている。
なお,以下に(ア),(イ)…と片仮名を付した刊行物1の摘記事項を,摘記事項ア,摘記事項イ…とする。
ア 「23.振動触覚ユニット(該ユニットはシャフトおよび該シャフトに装着された偏心マスを有し,且つ前記シャフトを回転させるマス運動アクチュエータを含む)を具備する装置を用いることにより,状態信号に関連して検知する身体部分に触覚感覚を与えるための方法であって,前記振動触覚ユニットは,シャフトおよび該シャフトに装着された偏心マスを有し,且つ前記シャフトを回転させるマス運動アクチュエータを具備し,
前記方法は,前記振動触覚ユニットを検知する身体部分に装着することと;
前記状態信号を解釈して,駆動信号を発生させることと;
前記シャフトの回転を変化させて前記検知する身体部分に触覚感覚を与えるために,前記駆動信号を前記マス運動アクチュエータに伝達することとを具備する方法。
24.請求項23に記載の方法であって,前記装着する工程は,複数の振動触覚ユニットを異なった前記検知する身体部分に装着することを含み;
前記伝達する工程は,個々の駆動信号を夫々の前記振動触覚ユニットに伝達して,複雑な触覚感覚を生じさせることを含む方法。」(4頁15行?5頁1行)

イ 「本発明の目的は,相互作用コンピュータアプリケーション,遠隔ロボット工学,ジェスチャー認識,音楽発生,娯楽,医療的応用などのような領域に用いることができる,人間/機械インターフェースである。本発明の他の目的は,使用者が感じることができる振動を発生する「マス運動アクチュエータ(mass-movingactuator」によって動かされるマスである。本発明の更に別の目的は,駆動信号を発生させて,使用者の仮想状態または物理的状態の結果として,または環境条件の結果として振動を発生させることである。本発明の更にもう一つの目的は,皮膚の物理的刺激受容体と同様に,検知する身体部分の骨格構造を振動させてフィードバックを与えることである。本発明の更に別の目的は,振動装置を複雑に駆動させることである。」(8頁10行?19行)

ウ 「使用者が感じる触覚感覚は,固定手段によって使用者の検知する身体部分の上に装着され,または機能的にこれと関連して装着された振動触覚ユニットによって発生される。一実施例において,振動触覚装置は,マス運動アクチュエータのシャフトに偏心して接続されたマス(即ち,マスの中心は回転軸から外れている)を具備している。マスアクチュエータに電圧を与えるとシャフトが回転し,これによって偏心マスが回転する。この回転するマスは,これに対応した回転する力ベクトルを生じる。遅く回転する力ベクトルは,一連の個々の刺激のように感じられる。少数の迅速な回転については,回転する力ベクトルは単一の衝撃のように感じられる。我々は,力ベクトルの変化(即ち,方向または大きさ)を言うために,「振動」の用語を用いる。振動の例には,単一の衝撃,サイン曲線の力の大きさ,および他の関数の力ベクターが含まれるが,これらに限定されない。使用者の検知する身体部分が振動触覚ユニットによって誘起される振動を受けるときに,使用者が受け取る感じを言うために,我々は「触覚感覚」の用語を用いる。」(8頁20行?9頁5行)

エ 「信号処理装置は状態信号を解釈して,マス運動アクチュエータを駆動するための駆動信号を発生する。状態信号の可変成分は,物理的なもの(例えば測定されたもの)でもよく,または仮想のもの(例えばシミュレートされたまたは内部で作成された)でもよい;これらは時間と共に変化するものでもよい(例えば状態変数はプロセスを表してもよい);それらは整数値でもよく(例えば,二元性のまたは不連続な),または実数(例えば連続的)であってもよい。信号処理装置は,状態信号を解釈し更に加工するコンピュータを具備してもよく,または具備しなくてもよい。この信号処理装置は信号ドライバを具備し,該ドライバは振動触覚ユニットにエネルギーを供給する駆動信号,または該ユニットが消費するエネルギーを制御する駆動信号を生じる。」(9頁6行?15行)

オ 「状態信号は,種々の条件に応答して発生され得る。一つの実施例では,使用者の物理的条件および/または使用者の環境を測定する1以上のセンサ類が,物理的状態信号の1以上の成分を発生し得る。他の実施例では,コンピュータシミュレーションが,シミュレートされた(例えば仮想の)状態または条件から,仮想状態信号の1以上の成分を決定し得る。仮想状態は,物理的状態によって任意に影響され得る。仮想状態にはコンピュータシステムまたはタイミングシステムが作成できる如何なるものも含まれ,これには以前のの事象からの固定された時間;シミュレーションにおける1以上の仮想物体の位置,速度,加速(または他のダイナミック量);シミュレーションにおける二つの仮想物体の衝突;コンピュータのジョブまたは処理の開始または終了;他の処理またはシミュレーションによるフラッグの設定;状態の組合せなどが含まれるが,これらに限定されるものではない。仮想状態信号は,仮想状態変数の機械読み取り可能な測定である。」(9頁21行?10頁3行)

カ 「状態信号が信号処理装置に与えられ,該処理装置は状態を解釈して,振動触覚ユニットを如何にして駆動するか,また何時駆動するかを決定する。信号処理装置は,状態信号から解釈される事象に応答し得る駆動信号を発生する。事象の例には,接触,ジェスチャー,話された言葉,パニックまたは気絶の発作などが含まれる。」(10頁22行?26行)

キ 「駆動信号の関数形態を変化させることにより,振動触覚装置が発生するフィードバックの種類もまた変化し得る。この装置は,単一または複数の振動触覚ユニットからの非二元性信号として定義される,複雑な触覚を発生させることができる。複雑な触覚感覚の例には,(1)振動の振幅を変化させて経時的に均一でないプロファイルをもたせること;(2)振動の周波数を変化させること;(3)衝撃の持続時問を変化させること;(4)振幅および周波数の組合せを変化させること;(5)2以上の振動触覚ユニットを,均一または不均一な振幅プロファイルで振動させること;(6)複数の振動触覚ユニットを異なった振幅または周波数プロファイルでシーケンスすること等が含まれる。
振動または衝撃の周波数および振幅は,マス運動アクチュエータに供給される駆動信号を修飾することによって変化させることができる。周波数および振幅はまた,マスを増大し,または旋回半径を変化させること(例えばその偏心性を変化させる)によって制御することができる。使用者が感じる周波数の感覚は,可変周波数で振動触覚ユニットに与えられる出力(パワー)を修飾することによって,振幅とは独立に変化させることができる。この技術は振幅調節と呼ばれており,当業者の常識である。この周波数および振幅における変化は,複雑な複合形態または他の形態の情報を使用者に伝達するために使用することができる。」(11頁3行?19行)

ク 「センサは,使用者に感得される振動の周波数および振幅を決定するために,振動触覚ユニットまたは検知する身体部分に装着することができる。この情報を用いるフィードバック制御ループを加えることにより,周波数および振幅をより緊密に制御し,または全体の振動装置/身体システムの共鳴周波数において効率的にピークに到達することができる。
その上に振動触覚ユニットが装着され,または振動触覚ユニットと機能的に関連付けられた検知する身体部分の例には,四肢の先端部分,ファランクスまたは中手骨の背面,手掌,前腕,上腕,下腕,肩,背中,胸部,乳首,腹部,頭部,鼻,顎,鼠踵,性器,大腿,太股,脹ら脛,脛,足,足指などが含まれるが,これらに限定されるものではない。複数の振動触覚ユニットを,異なった検知する身体部分またはその近傍に配置してもよく,また一致させて,または独立に駆動させてもよい。」(11頁20行?12頁2行)

ケ 「夫々の振動触覚ユニットは,固定手段によって身体に固定すればよい。固定手段は,振動触覚ユニットを検知する身体部分に取り付け,振動触覚ユニットによって発生された振動を伝達する(また,おそらくは修飾する)手段として定義される。この手段は,布または軟質ポリマーでできたストリップのような可撓性のもの,或いは金属または硬質ポリマーのような剛性のもので,肉,皮膚または毛髪を掴み,またはピンチするものであってもよい。この固定手段にはまた,皮膚もしくは毛髪に接着またはテーピングし,または糸もしくはロープで四肢に結び付け,或いはべルクロRまたは同様に機能する手段で衣服に取り付けるものも含まれる。振動触覚ユニットはまた,他の構造体に取り付け,次いで上記で述べたのと同じ手段でこれを身体部分に取り付けてもよい。アクチュエータによって発生した振動は,この構造体(剛性または非剛性)によって,またはリンクトランスミッションまたは液体トランスミッションを介して,検知する身体部分に伝達することができる。」(12頁3行?15行)

コ 「もう一つの応用において,使用者は,必ずしも使用者の動作または状態とは関連しないコンピュータシミュレートされた環境条件の結果として,触覚フィードバックを受け取ることができる。可変駆動レベルをもった振動触覚ユニットは,種々の接触状態,例えば液体および固体との接触および瞬間的もしくは連続的な接触をシミュレートするために使用することができる。例えば,コンピュータシミュレートされた仮想環境に没頭している使用者は,彼の身体を横切るシミュレートされた流体(空気または水のような)を感じることができる。このようなシミュレーションにおいて,振動触覚ユニットのアレイを,身体の対応部分を刺激する圧力波に対応した配列で振動させることができる;その振動の振幅は,シミュレートされた圧力の異なったレベルに対応するように変化させることができる。使用者はまた,彼の仮想の身体の一部と接触する仮想物体を感じることができる。使用者は,振動触覚ユニットのアレイをシーケンシングすることによって,彼の仮想の腕を這い上がる仮想の虫を感じることができる。使用者が受け取る彼の動作に関連付けられていない触感を伴うために,使用者は,視覚,聴覚,味覚,嗅覚,力,温度および他の形態のフィードバックを与えて,シミュレートされた環境の現実性を高めることができる。
」(13頁29行?14頁15行)

サ 「図23は,くつろぎへの応用を示している。この場合,振動触覚ユニットのアレイは水の流れまたは風をシミュレートする。この例において,使用者はコーチ(2301)に横になり,頭部に装着したディスプレイ(2302)を通して仮想ビーチシーンの中に没入し,ビーチに座る。使用者は頭部に装着したイヤホーン(2301)を通して海の音を聞き,ヒートランプ(2303)を通して日光の暖かさを感じる。次いで,振動触覚ユニットが連続的にパルス駆動されて感覚の「波」を創造するときに,使用者は,該ユニットによって刺激された風を感じる。例えば,頭部(2304)から出発して爪先(2305)で終わるように,振動触覚ユニットを交互にパルス駆動することによって,風は頭部から爪先へと流れることができる。同様に,使用者が仮想の水を通して泳ぐときに,パルス駆動の波(おそらく大きな振幅ではあるが)として水を感じる。このようにして,使用者はくつろぎまたは娯楽を得ることができる。」(29頁10行?21行)(なお,「水の流れまたは風をシミュレート」について,公報においては「水の流れまたは風邪をシミュレート」と記載されているが,「風」の誤記と認めて,上記のとおり認定した。)

シ 上記「サ」の記載から符号2304は頭部に装着された振動触覚ユニットを示しており,符号2305は爪先に装着された振動触覚ユニットを示しているから,図23において使用者の体の各所に載置されている複数の直方体状の部材も,2304や2300と同様の「振動触覚ユニット」であることは,自明である。
したがって,図23には,「使用者の身体の各所に載置された複数の振動触覚ユニット」が記載されていることが看取できる。

以上,ア乃至シの記載,及び図面を総合すると,刊行物1には,
「振動触覚ユニットを具備する装置を用いることにより,状態信号に関連して検知する身体部分に触覚感覚を与えるための方法であって,
前記振動触覚ユニットは,シャフトおよび該シャフトに装着された偏心マスを有し,且つ前記シャフトを回転させるマス運動アクチュエータを備え,
前記方法は,複数の振動触覚ユニットを異なった前記検知する身体部分に,布または軟質ポリマーでできたストリップのような可撓性のもの,或いは金属または硬質ポリマーのような剛性のもので肉,皮膚または毛髪を掴み,またはピンチするものや,皮膚もしくは毛髪に接着またはテーピングし,または糸もしくはロープで四肢に結び付け,或いはべルクロまたは同様に機能する手段で衣服に取り付ける固定手段によって装着することと;
信号処理装置が前記状態信号を解釈して,駆動信号を発生させることと;
前記シャフトの回転を変化させて前記検知する身体部分に触覚感覚を与えるために,個々の駆動信号を夫々の前記振動触覚ユニットに伝達して,複雑な触覚感覚を生じさせることを含む方法であって,
具体例として,頭部に装着したディスプレイ(2302)を通して仮想ビーチシーンの中に没入し,頭部に装着したイヤホーン(2301)を通して海の音を聞く使用者において,
該使用者の頭部に装着された振動触覚ユニット(2304)から出発して,爪先に装着された振動触覚ユニット(2305)で終わるように,使用者の身体の各所に載置された複数の振動触覚ユニットが交互にパルス駆動すると,
使用者は,風が頭部から爪先へと流れるように感じて,くつろぎまたは娯楽を得る方法。」
の発明が開示されていると認めることができる。
(以下,この発明を「刊行物1発明」という。)

(3)対比
そこで,本願の請求項1に記載された発明(以下,「本願発明1」という。)と刊行物1発明とを対比する。
1 後者の「頭部に装着したディスプレイ(2302)を通して仮想ビーチシーンの中に没入し,頭部に装着したイヤホーン(2301)を通して海の音を聞く使用者」について検討する。
「頭部に装着したディスプレイ(2302)を通して仮想ビーチシーンの中に没入」するとは,使用者の現在の動作または状態とは関連しないビーチシーンの映像もしくは画像が映し出されているディスプレイ(2302)を見ることを意味していることは自明である。
さらに使用者は,装着したイヤホーン(2301)を通して海の音を聞いており,「ビーチシーンの映像もしくは画像」及び「海の音」は,後者の「状態信号」のことであり,前者の「マルチメディア情報」に相当する。
したがって,後者の上記記載は,前者の「マルチメディア情報に露呈されている人」に相当する。

2 後者の「使用者の頭部に装着された振動触覚ユニット(2304)から出発して,爪先に装着された振動触覚ユニット(2305)で終わるように,使用者の身体の各所に載置された複数の振動触覚ユニットが交互にパルス駆動すると,使用者は,風が頭部から爪先へと流れるように感じ」ることについて検討する。
上記記載のうち「振動触覚ユニット」とは,後者の「シャフトおよび該シャフトに装着された偏心マスを有し,且つ前記シャフトを回転させるマス運動アクチュエータ」を含み,「状態信号に関連して検知する身体部分に触覚感覚を与える」ためのユニットであるから,前者の「アクチュエータ」に相当する。
また,後者の「駆動信号」とは,「信号処理装置が前記状態信号を解釈して,駆動信号を発生」させるものであり,具体的には,信号処理装置に与えられた状態信号を解釈して,振動触覚ユニットを如何にして駆動するか,何時駆動するかを決定するための信号であり,状態信号から解釈される事象に応答し得る駆動信号のこと(摘記事項オ参照)であるから,前者の「触覚刺激情報」に相当する。
さらに,後者の「個々の駆動信号を夫々の前記振動触覚ユニットに伝達して,複雑な触覚感覚を生じ」させることは,具体的には,「使用者の頭部に装着された振動触覚ユニット(2304)から出発して,爪先に装着された振動触覚ユニット(2305)で終わるように,使用者の身体の各所に載置された複数の振動触覚ユニットが交互にパルス駆動」することであるから,「駆動信号は,振動触覚パターンのシーケンスを含」んでいるといえる。
さらに,後者の「使用者の頭部に装着された振動触覚ユニット(2304)から出発して,爪先に装着された振動触覚ユニット(2305)で終わるように,使用者の身体の各所に載置された複数の振動触覚ユニットが交互にパルス駆動すると,使用者は,風が頭部から爪先へと流れるように感じ」ることは,使用者に「複雑な触覚感覚を生じさせ」ることで,「使用者の動作または状態とは関連しないコンピュータシミュレートされた環境条件の結果として,触覚フィードバックを受け取ること」(上記摘記事項コ参照)であり,「使用者の頭部に装着された振動触覚ユニット(2304)から出発して,爪先に装着された振動触覚ユニット(2305)で終わるように,使用者の身体の各所に載置された複数の振動触覚ユニットが交互にパルス駆動すること」,つまり,「風を感じるための振動の刺激」は,前者の「生理学的反応をシミュレーションするための身体領域の触覚刺激」に他ならない。
そして,使用者が頭部から爪先へと流れるように感じる「風」は,「仮想ビーチシーンや海の音」に合わせたものであることは自明であるから,「駆動信号は,状態信号と同期される」といえる。
したがって,後者は「複数の振動触覚ユニットは,使用者の身体の各所を振動して刺激するように適応され,駆動信号は,振動触覚パターンのシーケンスを含み,各振動触覚パターンは,人の生理学的反応をシミュレーションするための前記使用者の身体の各所の振動の刺激を可能にするように前記複数の振動触覚ユニットを時間的且つ空間的に制御し,
前記駆動信号は,状態信号と同期される」ものといえる。
以上のことから,両者は,
〈一致点〉
マルチメディア情報に露呈されている人に,その人の身体の近傍に配される複数のアクチュエータを使用して触覚刺激を与える方法であって,前記複数のアクチュエータを制御するための触覚刺激情報を供給するステップを含み,
前記複数のアクチュエータは,身体領域の複数の身体部位を刺激するように適応され,
前記触覚刺激情報は,触覚刺激パターンのシーケンスを含み,各触覚刺激パターンは,人に生理学的反応をシミュレーションするための前記身体領域の触覚刺激を可能にするように前記複数のアクチュエータを時間的且つ空間的に制御し,
前記触覚刺激情報は,前記マルチメディア情報と同期される,方法。
である点で一致し,以下の点で相違している。

〈相違点〉
本願補正発明が,触覚刺激を通じて「感情を伝達する」方法であって,各触覚刺激パターンは,人に「特定の感情を誘導するために特定の感情に属する生理学的反応をシミュレーションする」ためのもので,「前記特定の感情は,恐怖の感じ,人が恋に落ちるときに感じるようなどきどきした感じ,悲しい感じ,幸せな感じ,怒り,及び,悲しみの感じのうち少なくとも1つを有する」ものであるのに対し,
刊行物1発明では,そのような方法であるかが不明である点。

(4)判断
〈相違点〉について
まず,本願補正発明における「感情を伝達する」,「感情を誘導する」が,どのような技術的意義を有する発明特定事項であるかについて検討する。
まず「感情」とは,広辞苑第六版によれば「1 喜怒哀楽や好悪など,物事に感じて起こる気持。2 精神の働きを知・情・意に分けた時の情的過程全般を指す。情動・気分・情操などが含まれる。「快い」「美しい」「感じが悪い」などというような,主体が状況や対象に対する態度あるいは価値づけをする心的過程。」と定義されている。
そして,「感情を伝達する」,「感情を誘導する」の具体例として,本願明細書の実施例において,例えば「アクチュエータを通じて速く変化するパターン(「くすぐる指」)により,幸せな感じを向上させる。」,「アクチュエータ上の強く短い突然の活動により,怒りを増幅する」ことであると記載されている。
つまり,これらの記載から,本願補正発明において「感情を伝達する」,「感情を誘導する」とは,アクチュエータが人に与える触覚刺激を変化させることによって,人に何らかの情的な精神の働きを起こさせることであると認められる。
刊行物1発明においては,振動触覚ユニットが使用者に風または水を感じさせ,その結果「くつろぎ」を得させているものであるが,「くつろぎ」とは,広辞苑第六版によれば「くつろぐこと」と定義され,「くつろぐ」とは「安心する。落ち着く。」と定義されている。
つまり,「くつろぎ」とは,情的な精神の働きの一つに他ならず,感情であるといえる。
よって,刊行物1発明は,振動触覚ユニットを頭部から出発して,爪先で終わるように駆動することで,風や水を感じさせて,結果的に「くつろぎ」という「感情」を伝達または誘導しているから,「人に特定の感情を誘導するために前記特定の感情に属する生理学的反応をシミュレーション」するものといえる。
人は,恐怖の感じ,人が恋に落ちるときに感じるようなどきどきした感じ,悲しい感じ,幸せな感じ,怒り,及び,悲しみの感じ等,本願補正発明に列挙された感情以外にも様々な感情を有するものである。
そして、刊行物1発明のディスプレイの「仮想ビーチシーン」における振動触覚ユニットのパルス駆動は,使用者が「風」を感じ,「くつろぎ」を得るためのものであるが,この振動触覚ユニットのパルス駆動を,本願補正発明に列挙された感情のいずれかを「伝達」,「誘導」するパルス駆動に変えることは,当業者が容易になしえる程度の技術的事項である。
したがって,刊行物1発明において,相違点に係る本願補正発明とすることは,当業者が容易に想到し得たものである。
以上のように,本願補正発明は,刊行物1発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって,本願補正発明は,特許法第29条第2項の規定により,その特許出願の際に独立して特許を受けることができない。

(5)本願補正発明についてのまとめ
したがって,本件補正は,特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので,同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について
(1)本願発明及び刊行物1に記載された発明
平成26年10月30日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので,請求項に係る発明は,平成25年11月27日付け手続補正により補正された特許請求の範囲に記載されたとおりのものである。
そして,その請求項1により特定される発明(以下「本願発明」という。)は次のとおりである。
「【請求項1】
マルチメディア情報に露呈されている人に,その人の身体の近傍に配される複数のアクチュエータを使用して触覚刺激を通じて感情を伝達する方法であって,前記複数のアクチュエータを制御するための触覚刺激情報を供給するステップを含み,
前記複数のアクチュエータは,身体領域の複数の身体部位を刺激するように適応され, 前記触覚刺激情報は,触覚刺激パターンのシーケンスを含み,各触覚刺激パターンは,人に特定の感情を誘導するために前記特定の感情に属する生理学的反応をシミュレーションするための前記身体領域の触覚刺激を可能にするように前記複数のアクチュエータを時間的且つ空間的に制御し,
前記触覚刺激情報は,前記マルチメディア情報と同期される,方法。」

一方,原査定の拒絶の理由に引用された特表2000-501033号公報(刊行物1)に記載された発明は,前記「2.(2)」に記載したとおりである。

(2)対比・判断
本願発明は,前記2.で検討した本願補正発明から「前記特定の感情は,恐怖の感じ,人が恋に落ちるときに感じるようなどきどきした感じ,悲しい感じ,幸せな感じ,怒り,及び,悲しみの感じのうち少なくとも1つを有し」という技術事項を除いたものである。
そうすると,本願発明の構成要件をすべて含み,さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明が,前記2.(4)に記載したとおり,刊行物1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)むすび
以上のとおり,本願発明は,刊行物1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,本願は,他の請求項について検討するまでもなく,拒絶されるべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-06-30 
結審通知日 2015-07-02 
審決日 2015-07-22 
出願番号 特願2011-508031(P2011-508031)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (A63G)
P 1 8・ 121- Z (A63G)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 古屋野 浩志  
特許庁審判長 黒瀬 雅一
特許庁審判官 山本 一
吉村 尚
発明の名称 感情を伝達する方法及びシステム  
代理人 小松 広和  
代理人 津軽 進  
代理人 笛田 秀仙  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ