• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C07D
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C07D
管理番号 1309978
審判番号 不服2014-3713  
総通号数 195 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-03-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-02-27 
確定日 2016-01-13 
事件の表示 特願2007- 47636「抗酸化部分を含有するラパマイシン類似体」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 9月13日出願公開、特開2007-231017〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

この出願は,平成19年2月27日(パリ条約による優先権主張2006年2月28日 アメリカ合衆国(US))の出願であって,以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。

平成24年 9月 7日付け 拒絶理由通知
平成25年 1月10日 意見書提出・手続補正
平成25年 5月 1日付け 拒絶理由通知
平成25年 9月12日 意見書提出・手続補正
平成25年10月25日付け 拒絶査定
平成26年 2月27日 審判請求・手続補正

第2 本願発明の認定

本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,平成26年2月27日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものであると認める。

「以下の構造を有する化合物,または,前記化合物の薬学的に受容可能な塩において,
【化1】

式中,R1およびR2の一方が水素かつR1およびR2の他方がR3,または,R1およびR2の両方がR3であり,
R3が,次式からなる群から選択され,
【化2】

式中,n=1からn=10であり,R4がHである,
化合物,または,前記化合物の塩。」

第3 原査定の拒絶の理由

原査定の拒絶の理由である平成25年5月1日付けの拒絶理由通知における拒絶の理由は,その理由2,5,6である。
その理由6の概要は,この出願は,発明の詳細な説明の記載が当業者が発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないというものであり,「本願の発明の詳細な説明には,これらの請求項に記載の化合物の実施例がなんら具体的に記載されていない。」,「単に製造の方針が明細書中に記載がされていたり,参照公報の番号が明細書に記載されていたとしても,請求項1-5に記載の化合物を当業者が製造し,使用することができるように明細書が記載されていたものと認めることは困難である」と指摘されたものである。
その理由5の概要は,この出願は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないというものであり,「本願の発明の詳細な説明には,これらの請求項に記載の化合物の実施例がなんら具体的に記載されていない。」,「単に製造の方針が明細書中に記載がされていたり,参照公報の番号が明細書に記載されていたとしても,請求項1-5に記載の化合物を当業者が製造し,使用することができるように明細書が記載されていたものと認めることは困難である」,「請求項1-5に記載の発明は,発明の詳細な説明において裏付けられた範囲を超える発明を含むものであるから,発明の詳細な説明に記載された発明を記載したものとはいえない」と指摘されたものである。

第4 当審の判断

1 特許法第36条第4項第1号について

(1)特許法第36条第4項第1号について
特許法第36条第4項は,「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」とし,その第1号で,「経済産業省令の定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と規定している。特許法第36条第4項第1号は,明細書のいわゆる実施可能要件を規定したものであって,物の発明では,その物を作り,かつ,その物を使用する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか,そのような記載がない場合には,明細書及び図面の記載及び当業者の技術常識に基づき,当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく,その物を製造することができ,かつ,使用できなければならないと解される。
よって,以下,この観点に立って,本願発明の実施可能要件について検討する。

(2)発明の詳細な説明の記載について
本願明細書の発明の詳細な説明には,以下の事項が記載されている。
a「【0004】ラパマイシンは,図1に示されるように,ストレプトミセス・ハイグロスコピカス(Streptomyces hygroscopicus)によって産生される大環状トリエン抗生物質であり,生体外,生体内の両方で,特にカンジダ・アルビカンス(Candida albicans)に対する抗真菌活性を有することが判明している(C.ヴェジナ他(C. Vezina et al.),「ザ・ジャーナル・オブ・アンチバイオティクス(J. Antibiot.)」1975年,28巻,p.721;S.N.セーガル他(S. N. Sehgal et al.),「ザ・ジャーナル・オブ・アンチバイオティクス(J. Antibiot.)」1975年,28巻,p.727; H.A.ベーカー他(H. A. Baker et al.),「ザ・ジャーナル・オブ・アンチバイオティクス(J. Antibiot.)」1978年,31巻,p.539; 米国特許第3,929,992号; および米国特許第3,993,749号)。
【0005】図1は,発酵プロセスから産生された場合のラパマイシン構造を示す。
【0006】ラパマイシン単独(米国特許第4,885,171号)またはピシバニル(米国特許第4,401,653号)と組み合わせたラパマイシンは,抗腫瘍活性を有することが立証されている。1977年,ラパマイシンは,実験的アレルギー性脳脊髄炎モデル,多発性硬化症モデル,アジュバント関節炎モデル,慢性関節リウマチモデルにおいて免疫抑制剤として有効であることも立証され,IgE-様抗体形成を有効に抑制することが立証された(R.マーテル他(R. Martel et al.)「カナディアン・ジャーナル・オブ・フィジオロジカル・ファーマコロジー(Can. J. Physiol. Pharmacol.)」,1977年,55巻,p.48)。
【0007】ラパマイシンの免疫抑制作用は,組織不適合ゲッ歯類(histoincompatible rodents)における臓器移植片の生存時間延長能を有するとして,「FASEBジャーナル(FASEB)」,1989年,3巻,p.3411にも開示されている(R.モリス(R. Morris),「メディカル・サイエンス・リサーチ(Med. Sci. Res.)」,1989年,17巻,p.877)。ラパマイシンのT-細胞活性化抑制能は,M.ストラウチ(M. Strauch) (「FASEBジャーナル(FASEB)」,1989年,3巻,p.3411)によって開示された。ラパマイシンのこれらおよび他の生体作用は,「トランスプランテーション・レビューズ(Transplantation Reviews)」,1992年,6巻,p.39?87で概説されている。
【0008】ラパマイシンのモノエステルおよびジエステル誘導体(31位と42位のエステル化)は,抗真菌剤として(米国特許第4,316,885号),および,ラパマイシンの水溶性プロドラッグとして(米国特許第4,650,803号)有用であることが認められている。
【0009】ラパマイシンと30-デメトキシラパマイシンの発酵および精製は,文献に記述されている(C.ヴェジナ他(C. Vezina et al.)「ザ・ジャーナル・オブ・アンチバイオティクス(東京)(J. Antibiot. (Tokyo))」,1975年,28(10)巻,p.721;S.N.セーガル他(S. N. Sehgal et al.),「ザ・ジャーナル・オブ・アンチバイオティクス(東京)(J. Antibiot. (Tokyo))」,1975年,28(10)巻,p.727; 1983年,36(4)巻,p.351;N.L.パヴィア他(N. L. Pavia et al.),「ジャーナル・オブ・ナチュラル・プロダクツ(J. Natural Products)」,1991年,54(1)巻,p.167?177)。
【0010】ラパマイシンの多数の化学修飾が試みられている。これらは,ラパマイシンのモノエステル誘導体およびジエステル誘導体(PCT国際公開第WO 92/05179号), ラパマイシンの27-オキシム(欧州特許第0 467606号),ラパマイシンの42-オキソ類似体(米国特許第5,023,262号),二環式ラパマイシン(米国特許第5,120,725号),ラパマイシン二量体(米国特許第5,120,727号),ラパマイシンのシリルエーテル(米国特許第5,120,842号),および,アリールスルホン酸塩(arylsulfonates)およびスルファミン酸塩(米国特許第5,177,203号)の各調製を含む。ラパマイシンは,最近,自然発生の鏡像異性型(enantiomeric form)として合成された(K.C.ニコラウ他(K. C. Nicolaou et al.),「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(J. Am. Chem. Soc.)」,1993年,115巻,p.4419?4420;S.L.シュライバー(S. L. Schreiber),「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(J. Am. Chem. Soc.)」,1993年,115巻,p.7906?7907;S.J.ダニシェフスキー(S. J. Danishefsky),「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(J. Am. Chem. Soc.)」,1993年,115巻,p.9345?9346)。
【0011】ラパマイシンは,FK-506のように,FKBP-12に結合することが知られている(J.J.シーキールカ(Siekierka, J. J.);S.H.Y.ハン(Hung, S. H. Y.);M.ポー(Poe, M.);C.S.リン(Lin, C. S.);N.H.シーガル(Sigal, N. H.)「ネイチャー(Nature)」,1989年,341巻,p.755?757;M.W.ハーディング(Harding, M. W.);A.ギャラット(Galat, A.);D.E.ユーリン(Uehling, D. E.);S.L.シュライバー(Schreiber, S. L.)「ネイチャー(Nature)」,1989年,341巻,p.758?760;F.J.デュモン(Dumont, F. J.);M.R.メリノ(Melino, M. R.);M.J.ストラウチ(Staruch, M. J.);S.L.コプラック(Koprak, S. L.);P.A.フィッシャー(Fischer, P. A.);N.H.シーガル(Sigal, N. H.)「ジャーナル・オブ・イミュノロジー(J. Immunol.)」1990年,144巻,p.1418?1424;B.E.ビーラー(Bierer, B. E.);S.L.シュライバー(Schreiber, S. L.);S.J.ブラコフ(Burakoff, S. J.)「ヨーロピアン・ジャーナル・オブ・イミュノロジー(Eur. J. Immunol.)」1991年,21巻,p.439?445;H.フレッツ(Fretz, H.);M.W.アルバース(Albers, M. W.);A.ギャラット(Galat, A.);R.F.スタンダート(Standaert, R. F.);W.S.レーン(Lane, W. S.);S.J.ブラコフ(Burakoff, S. J.);B.E.ビーラー(Bierer, B. E.);S.L.シュライバー(Schreiber, S. L.)「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(J. Am. Chem. Soc.)」1991年,113巻,p.1409?1411)。最近,ラパマイシン/FKBP-12複合体が,FK-506/FKBP-12複合体が抑制するタンパクであるカルシニューリンと異なる,なおも別のタンパクに結合することが発見されている(E.J.ブラウン(Brown, E. J.);M.W.アルバース(Albers, M. W.);T.B.シン(Shin, T. B.);K.イチカワ(Ichikawa, K.);C.T.キース(Keith, C. T.);W.S.レーン(Lane, W. S.);S.L.シュライバー(Schreiber, S. L.)「ネイチャー(Nature)」1994年,369巻,p.756?758;D.M.サバティーニ(Sabatini, D. M.);H.アージュメント‐ブロマージュ(Erdjument-Bromage, H.);M.ルイ(Lui, M.);P.テンペスト(Tempest, P.);S.H.スナイダー(Snyder, S. H.)「セル(Cell)」,1994年,78巻,p.35?43)。
【0012】ラパマイシン類似体のある最近の例は,テトラゾール含有ラパマイシン類似体である(米国特許第6,015,815号)。テトラゾール複素環が使用され,ヒドロキシル基が置換され,当該類似体を生じる。
【0013】これらの修飾化合物の一部は,免疫抑制活性,特にステントコーティングに使用される場合,血管平滑筋の移動および増殖の抑制において抗再狭窄活性を発揮するが,調合物中での潜在的に増強された酸化力への耐性およびよりよい安定性を有するラパマイシン類似体が求められている。潜在的に増強された抗酸化性を達成するある方法は,ラパマイシン側鎖への1種類以上の既知抗酸化官能基の共役によるものである。」

b「【0014】〔発明の概要〕
従って,本発明の目的は,ラパマイシン分子の31位もしくは42位の一方または両方でヒドロキシル基に結合する所望の抗酸化部分を有する新規半合成ラパマイシン類似体を提供することである。」

c「【0036】化合物の調製
本発明の化合物およびプロセスは,本発明の化合物が調製されることができる方法を示す以下の合成スキームと関連付けることによってさらに良く理解される。
【0037】本発明の化合物は,様々な合成経路によって調製されることができる。ラパマイシンの,42-および/または31-ヒドロキシル位置での一般的共役反応の大半は,先のラパマイシン特許に開示されている。代表的手順は,図4に示される。
【0038】図4は,42-位に1個の抗酸化部分を有する一置換ラパマイシン類似体の反応スキームを示す。Rは,以下に詳述するように,抗酸化機能を有する有機部分である。先のラパマイシン特許に挙げられている反応などの一般的共役反応を使用して前記共役反応を引き起こすことができる。前記Rドメインが,抗酸化機能を含有し,Rの別の構成部分が,当該共役反応を妨害しないことが不可欠である。一置換ラパマイシン類似体を二置換類似体から分離するために,フラッシュクロマトグラフィーが必要な場合がある。
【0039】同様に,図5に示される反応スキームで示されるように,42-位および31-位ヒドロキシル基双方でラパマイシンとRCOOHの間に共役を引き起こすように,反応条件が調整されることができる。
【0040】図5は,42-位,31-位のそれぞれに周知の官能基など(共役ポリ不飽和酸,フェノール類,トリアゾールおよびテトラゾールなど)の抗酸化部分1個を有する二置換ラパマイシン類似体の反応スキームである。」

d「【0041】〔実施例1〕
本発明のある典型的化合物が,以下の反応スキームに従って合成された。
【0042】乾燥THF 2.5 mL中3-ヒドロキシフェニル酢酸(1.25 g 0.0082 mol)懸濁液に,塩化チオニル(1 mL,0.014 mol)およびDMF(0.1 mL)が添加された。当該混合物は,室温で30?60分間攪拌された。このようにして,約5 mLの酸塩化物が得られ,次の段階で使用する準備ができた。
【0043】ジクロロメタン(3 mL)中ラパマイシン(0.3 g,0.00033 mol)および1.2当量ピリジンの溶液に,1.0当量の上記酸塩化物が15分間に亘ってゆっくりと添加された。添加完了後,当該混合物は,室温で約1時間攪拌された。次に,反応混合物は,シリカゲルカラムにかけられた。精製溶媒は,1:1のへキサン/酢酸エチルである。最初の分画が収集され,真空中で濃縮され,オレンジ色の油状物質を生じた(200 mg)。
【0044】質量分析により,約1.735×10^(-21)g(1045ダルトン)で対象物本体を確認した。」

e「【0045】治療法
本発明の化合物は,実施例で詳述されるものを含むが,それに制限されず,哺乳動物(特にヒト)において免疫調節活性を保有する。本発明の化合物は,免疫抑制剤として,臓器または組織(心臓,腎臓,肝臓,骨髄,皮膚,角膜,肺,膵臓,小腸(intestinum tenue),四肢,筋肉,神経,十二指腸,小腸(small bowel),膵島細胞など)の移植による抵抗性などの免疫介在疾患,骨髄移植によって引き起こされる移植片対宿主疾患,自己免疫疾患(慢性関節リウマチ,全身性エリテマトーデス(紅斑性狼瘡),橋本甲状腺炎,多発性硬化症,重症筋無力症,I型糖尿病,ブドウ膜炎,アレルギー性脳脊髄炎,糸球体腎炎など)の治療および防止に有用である。さらなる使用は,炎症性および過剰増殖性皮膚疾患および免疫介在疾患の皮膚発現(乾癬,アトピー性皮膚炎,接触性皮膚炎,さらに,湿疹性皮膚炎,脂漏性皮膚炎,扁平苔癬,天疱瘡,水疱性類天疱瘡,表皮水疱症,蕁麻疹,血管浮腫,血管炎,紅斑,皮膚好酸球増多症(cutaneous eosinophilia),エリテマトーデス,にきび,および円形脱毛症など),各種眼疾患(自己免疫性他)(角結膜炎,春季結膜炎,ベーチェット病に伴うブドウ膜炎,角膜炎,単純ヘルペス性角膜炎(herpetic keratitis),円錐角膜,角膜上皮ジストロフィー,角膜白斑および眼性天疱瘡など)の治療および予防を含む。さらに,喘息(例えば,気管支喘息,アレルギー性喘息,内因性喘息,外因性喘息,および塵埃喘息),特に慢性または難治性喘息(例えば,遅発型喘息および気道過敏症(airway hyper-responsiveness)),気管支炎,アレルギー性鼻炎などの病態を含む可逆性閉鎖性気道疾患は,本発明の化合物の対象とされる。胃潰瘍などの粘膜および血管の炎症,虚血性疾患および血栓症によって引き起こされる血管損傷。さらに,内膜平滑筋細胞過形成などの過剰増殖性血管疾患,特に生物または機械介在血管負傷(biologically- or mechanically-mediated vascular injury)後の再狭窄および血管閉塞は,本発明の化合物によって治療または防止されることができる。他の治療可能な病態は,虚血性腸疾患,炎症性腸疾患,壊死性腸炎,腸炎症/アレルギー(小児脂肪便症,直腸炎,好酸球性胃腸炎,肥満細胞過剰増殖,クローン病,および潰瘍性大腸炎など),神経疾患(多発性筋炎,ギラン-バレー症候群,メニエール病,多発性神経炎(polyneuritis),多発性神経炎(multiple neuritis),単神経炎および神経根障害など),内分泌疾患(甲状腺機能亢進症およびバセドー氏病など),血液疾患(赤芽球癆,無形成貧血(aplastic anemia),再生不良性貧血(hypoplastic anemia),突発性血小板減少性紫斑病,自己免疫溶血性貧血,無顆粒球症,悪性貧血,巨大赤芽球性貧血,および赤血球形成不全など),骨疾患(骨粗鬆症など),呼吸器疾患(サルコイドーシス,肺線維症,および突発性間質性肺炎など),皮膚疾患(皮膚筋炎,尋常性白斑(leukoderma vulgaris),尋常性魚鱗癬,光アレルギー性過敏症,および皮膚T細胞リンパ腫など),循環器疾患(動脈硬化症,アテローム性動脈硬化症,大動脈炎症候群,結節性多発動脈炎,および心筋症など),膠原病(強皮症,ウェゲナー肉芽腫,およびシェーグレン症候群など),脂肪症,好酸球性筋膜炎,歯周病(歯肉,歯根膜組織,歯槽骨およびセメント質などの病変など),ネフローゼ症候群(糸球体腎炎など),脱毛の防止または毛芽(hair germination)提供ならびに/または発毛および育毛促進による男性型脱毛症または老人性脱毛症,筋ジストロフィー,膿皮症およびセザリー症候群,アジソン病,臓器保存(preservation),移植または虚血性疾患(例えば,血栓症および心筋梗塞)の際に起こる臓器(心臓,肝臓,腎臓,および消化管など)の虚血-再還流損傷などの例えば臓器損傷としての活性酸素介在疾患,腸疾患(内毒素ショック,薬物または放射線によって引き起こされる偽膜性結腸炎および結腸炎),腎臓疾患(虚血性急性腎不全および慢性腎不全など),肺疾患(肺-酸素または薬物(例えばパラコート,およびブレオマイシン)によって引き起こされる中毒症など),肺癌および肺気腫,眼疾患(白内障,鉄沈着症,網膜炎,色素変性症(pigmentosa),老人性黄斑変性症,硝子体瘢痕および角膜アルカリ火傷(corneal alkali burn)など),皮膚炎(多形滲出性紅斑,線状IgA水疱性皮膚炎,およびセメント皮膚炎など),および,その他(歯肉炎,歯周炎,敗血症,膵炎,環境汚染(例えば,大気汚染)によって引き起こされる疾患),加齢,発癌現象,癌転移および高山病,ヒスタミンまたはロイコトリエン-C.sub.4(leukotriene-C.sub.4)放出によって引き起こされる疾患,ベーチェット病(腸ベーチェット病,血管ベーチェット病,または神経ベーチェット病など,および,口腔,皮膚,眼球,外陰,関節,副睾丸,肺,腎臓などに作用するベーチェット病)を含む。さらに,本発明の化合物は,免疫原性疾患などの肝臓疾患(例えば,慢性自己免疫肝臓疾患(自己免疫肝炎,原発性胆汁肝硬変および硬化性胆管炎),肝臓の部分的切除,急性肝臓壊死(例,毒素,ウイルス性肝炎,ショックまたは無酸素症を原因とする壊死),B型ウイルス性肝炎,非A/非B肝炎,肝硬変(アルコール性肝硬変など),および肝不全(劇症肝不全,遅発性肝不全,および「アキュート・オン・クロニック(acute-on-chronic)」肝不全(慢性肝臓疾患への急性肝不全の併発))の治療および防止に有用であり,さらに,化学療法効果の増強などの有用な活性により各種疾患,サイトメガロウイルス感染症,特にHCMV感染症,抗炎症活性,硬化性疾患および線維症(ネフローゼ,強皮症,肺線維症,動脈硬化症,うっ血性心不全,心室肥大,術後癒着および瘢痕形成),卒中,心筋梗塞,虚血および再還流に伴う損傷などに有用である。
【0046】さらに,本発明の化合物は,FK-506拮抗作用を保有する。よって,本発明の化合物は,免疫抑制または免疫抑制が関与する疾病の治療に使用されることができる。免疫抑制が関与する疾病の例は,エイズ,癌,真菌感染症,老人性痴呆,外傷(創傷治癒,手術およびショックを含む),慢性細菌感染症および特定の中枢神経系障害を含む。治療対象の免疫抑制は,免疫抑制大環状化合物,例えば,FK506やラパマイシンなどの12-(2-シクロへキシル-1-メチルビニル)-13,19,21,27-テトラメチル-11,28-ジオキサ-4-アザトリシクロ[22.3.1.0.sup.4.9]オクタコス-18-エン誘導体,の過剰投与によって引き起こされる場合がある。患者による当該薬物の過剰投与は,患者が所定時間に服用を忘れてしまったことを気付いた時にかなり頻発し,重篤な副作用を招く可能性がある。
【0047】本発明の化合物の増殖性疾患を治療する能力は,バンチマンE TおよびC Aブルックシャー(Bunchman E T and C A Brookshire)の「トランスプランテーション・プロシーディングス(Transplantation Proceed.)」23巻,p.967?968 (1991年); ヤマギシ他(Yamagishi, et al)の「バイオケミカル・バイオフィジカル・リサーチ・コミュニケーション(Biochem. Biophys. Res. Comm.)」191巻,p.840?846 (1993年); and シチリ他(Shichiri, et al.),「ジャーナル・オブ・クリニカル・インベスティゲーション)J. Clin. Invest.)」87巻,p.1867?1871 (1991年)に記述されている方法に従って実証されることができる。増殖性疾患は,平滑筋増殖,全身性硬化症,肝硬変,成人呼吸窮迫症候群,突発性心筋症,エリテマトーデス,糖尿病性網膜症または他の網膜症,乾癬,強皮症,前立腺肥大,心臓肥大,動脈損傷または他の病的血管狭窄後の再狭窄を含む。さらに,これらの化合物は,数種の増殖因子への細胞応答に拮抗し,そのため,血管形成阻害特性を保有し,それによりそれら化合物を,特定の腫瘍の増殖,ならびに,肺,肝臓および腎臓の線維症を制御または逆転させるための有用な物質にする。
【0048】本発明の化合物および天然ラパマイシン(native rapamycin)は,バルーン血管形成術またはステント配置の後の再狭窄の治療に使用される場合,ラパマイシンの哺乳類標的すなわちmTORの抑制を介して,その治療機能を発揮すると考えられる。本化合物は,FKBPレセプターにも結合できる。
【0049】本発明の水性液体化合物は,(例えば円錐角膜,角膜炎,角膜上皮ジストロフィー,白斑,ムーレン潰瘍,強膜炎,グレーブス眼症を含む)自己免疫疾患,および角膜移植の拒絶反応などの各種眼疾患の治療と防止に特に有用である。これらの液体調合物は,再狭窄病巣または不安定プラークを治療するために,外膜経路または血管周囲経路によって投与されることもできる。
・・・・・
【0051】ヒトまたはヒト以外の哺乳動物に投与される本発明の化合物の1日の総投与量は,約0.01?約10 mg/kg/日の範囲であってよい。経口投与のためには,さらに好ましい投与量は,約0.001?約3 mg/kg/日の範囲とすることができる。必要ならば,有効な1日の投与量は,投与の目的上,複数回に分割されることができ,その結果,1回に投与する組成物は,1日の投与量を構成するために前述の量またはその約数を含有することができる。局所投与は,適用部位に応じて,0.001?3%mg/kg/日の範囲の投与量を含むことができる。再狭窄および不安定プラークの治療のために局所投与される場合,投与量は,約1マイクログラム/mmステント長?約100マイクログラム/mmステント長の範囲とすることができる。」

f「【0073】〔実施の態様〕
・・・・・
(3)以下の構造を有する化合物,または,前記化合物の薬学的に受容可能な塩もしくはプロドラッグにおいて,
【化5】

式中,R1およびR2が,それぞれ,独立して,水素またはR3であり,
R3が,テトラゾール部分,もしくは前記テトラゾール部分の誘導体を含有する,
化合物,または,前記化合物の塩もしくはプロドラッグ。
(4)実施態様3に記載の化合物において,
前記テトラゾール,もしくは前記テトラゾールの誘導体が,次式から成る群から選択され,
【化6】

式中,R4が,H,または,ラパマイシンの抗酸化部分とヒドロキシル基のうちの1個との間の共役反応を妨害しない任意の有機部分である,
化合物。」

g「【図4】図4は,本発明に従った,ラパマイシン分子の42-位に1個の抗酸化部分を導入するための典型的反応スキームを示す。
【図5】図5は,本発明に従った,ラパマイシン分子の31-位,42-位の両位置にそれぞれ1個の抗酸化部分を導入するための典型的反応スキームを示す。」

h「


(3)判断
ア 本願発明は,本願の請求項1に記載の一般式の構造を有する化合物,または,該化合物の薬学的に受容可能な塩であり,本願発明の「薬学的に受容可能な塩」との記載から,医薬化合物に関するものであると認められる。
ラパマイシンは,前記(2)a【0004】に記載のとおり,前記(2)hの図1に示される化合物であり,先行技術文献名を引用して説明されていることからみて,公知の化合物であると認められる。
一方,本願の請求項1において,該ラパマイシンの31位もしくは42位の一方又は両方のヒドロキシル基にテトラゾールを有する置換基を有する化合物の発明について特許を受けようとしていることからみて,本願発明は前記化合物が新規化合物であることを前提とするものであると認められる。

このような本願発明において,発明の詳細な説明の記載が,当業者が発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえるためには,当業者が,本願発明の化合物を生産することができ,かつ,使用することができるように,記載したものである必要がある。そして,生産することができるように記載したものであるというためには,本願発明の化合物を実際に製造することができるように記載されている必要があり,使用することができるように記載したものであるというためには,本願発明の化合物が薬理活性その他何らかの有用性を有すると当業者が理解できるように記載されている必要がある。
以下,この観点で,本願発明の化合物を,生産することができるように記載したものであるといえるか,かつ,使用することができるように記載したものであるといえるかについて,発明の詳細な説明の記載を検討する。

イ 本願発明の化合物を生産することができるように記載したものであるかについて
(ア)本願発明の化合物を包含する上位概念の化合物の化学構造式は記載されているものの(f【0073】),該化合物の具体的な製造方法は記載されておらず,実際に本願発明の化合物を製造し取得したことを確認した記載もない。

(イ)そこで,発明の詳細な説明には,本願発明以外の化合物から本件出願時の技術常識に基づき本願発明の化合物を製造することができるように記載されているか検討する。

a 発明の詳細な説明には,「化合物の調製」の項目(c【0036】ないし【0040】)において,図4に42位に1個の抗酸化部分を有する一置換ラパマイシン類似体の反応スキームが示されていること(c【0038】),図5に42位及び31位のそれぞれに抗酸化部分1個を有する二置換ラパマイシン類似体の反応スキームが示されていること(c【0040】)が記載され,図4及び図5(h)には,それぞれ該当する反応スキームが示されている。
しかし,これら反応スキームには,図1に示されるラパマイシンを原料として,42位に1個の抗酸化部分を有する一置換ラパマイシン類似体(図4),又は,42位及び31位のそれぞれに抗酸化部分1個を有する二置換ラパマイシン類似体(図5)を合成する,1段階の合成経路,主な試薬,反応温度及び反応時間が記載されているのみであり,合成反応の操作についての具体的な記載はない。
このような記載では,発明の詳細な説明の記載が,当業者が発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

b 本来,発明の詳細な説明に先行技術文献の文献番号のみを記載し,該先行技術文献に記載された内容が本願明細書に存在するものとして実施可能要件を満たすとすることは,通常,当業者が先行技術文献の中のどの記載に基づいて実際に本願発明を実施すればよいのか,当業者に過度の試行錯誤が要求されることとなるので,許されないものと解される。
しかし,発明の詳細な説明の前記「化合物の調製」の項目には,さらに,図4,5の反応スキームに関連して「【0037】・・ラパマイシンの,42-および/または31-ヒドロキシル位置での一般的共役反応の大半は,先のラパマイシン特許に開示されている。代表的手順は,図4に示される」(c)と記載され,この「先のラパマイシン特許」として,発明の詳細な説明の「関連技術」の項目(a【0004】ないし【0013】)に,ラパマイシン関連従来技術につき,特許(公開)公報が多数列挙されている。
そこで,次に上記段落【0037】の記載に基づき,図4,図5のスキーム及び発明の詳細な説明の「関連技術」(a【0004】ないし【0013】)の記載に従い,当該「関連技術」に列挙されているラパマイシン関連従来技術の各特許(公開)公報の記載内容を,仮に技術常識として参酌できるとした場合に,本願発明の化合物を製造することができるといえるかを,以下検討する。

(a)発明の詳細な説明の「関連技術」の段落【0004】には「ラパマイシンは,図1に示されるように,ストレプトミセス・ハイグロスコピカス・・によって産生される大環状トリエン抗生物質であり・・抗真菌活性を有することが判明している・・米国特許第3,929,992号;および米国特許第3,993,749号」と記載されている。

ここに記載の米国特許第3,929,992号公報及び米国特許第3,993,749号公報は,共に発明の名称が「ラパマイシンと製法」の米国特許公報であり,要約には共に「抗生物質ラパマイシンはストレプトミセス・ハイグロスコピカスNRRL5491を水性栄養培地で培養することにより生産される。ラパマイシンは抗真菌性を有する。その製法と使用方法を開示する。」(共に1頁右欄 要約)と記載されている。
これらの米国特許文献は共に,本願発明の化合物の合成原料であるラパマイシン,その製法及び医薬用途の使用が記載されているものであり,原料のラパマイシンは公知化合物で,ストレプトミセス・ハイグロスコピカスNRRL5491株を培養して当業者が取得できるものといえる。
しかし,当該米国特許文献は,本願発明の化合物の合成原料であるラパマイシン及びその取得方法について記載されているにとどまり,ラパマイシンから本願発明の化合物を製造する方法については,何ら記載されていない。

(b)発明の詳細な説明の「関連技術」の段落【0006】には「ラパマイシン単独(米国特許第4,885,171号)またはピシバニル(米国特許第4,401,653号)と組み合わせたラパマイシンは,抗腫瘍活性を有することが立証されている。」と記載されている。

そこで,2つの米国特許を検討してみると,米国特許第4,885,171号公報は発明の名称が「特定の腫瘍の治療におけるラパマイシンの使用」であり,「移植腫瘍を有する哺乳動物における移植腫瘍を治療する方法であって,該腫瘍がリンパ球性白血病,結腸腫瘍,乳癌,色素ガン性腫瘍及び上衣芽細胞腫から選択され,ラパマイシンの抗腫瘍有効量を前記哺乳動物に投与することを含む,方法」(第4欄 特許請求の範囲 請求項1)に関するものである。
また,米国特許第4,401,653号公報は,発明の名称が「腫瘍の治療のためのラパマイシンとピシバニルとの組み合わせ」であり,「腫瘍を有する哺乳動物における腫瘍サイズを縮小する又は腫瘍を有する哺乳動物の生存時間を延長する方法であって,該腫瘍がリンパ球性白血病,結腸腫瘍,乳癌,色素ガン性腫瘍及び上衣芽細胞腫からなる群から選択される移植可能な腫瘍であり,一日量体重1kgあたり10-250mgを投与するラパマイシンと,一日量体重1kgあたり0.5-5Kを投与するピシバニルとの組み合わせの抗腫瘍有効量を前記哺乳動物に投与することを含む,方法」(第4?5欄 特許請求の範囲 請求項1)に関するものである。
これらの米国特許文献は,本願発明の化合物の合成原料であるラパマイシン単独(米国特許第4,885,171号)又はラパマイシンとピシバニルとの組み合わせ(米国特許第4,401,653号)の抗腫瘍有効量を腫瘍を有する哺乳動物に投与する腫瘍の治療方法という,ラパマイシンの抗腫瘍活性について記載されているにとどまり,ラパマイシンから本願発明の化合物を製造する方法については,何ら記載されていない。

(c)発明の詳細な説明の「関連技術」の段落【0008】には,「ラパマイシンのモノエステルおよびジエステル誘導体(31位と42位のエステル化)は,抗真菌剤として(米国特許第4,316,885号),および,ラパマイシンの水溶性プロドラッグとして(米国特許第4,650,803号)有用であることが認められている」と記載されている。

(c-1)上記米国特許第4,316,885号公報は,発明の名称が「ラパマイシンアシル誘導体」で,「炭素数1?10個の脂肪族アシル;ベンゾイル;低級アルキル,ハロゲン,低級アルコキシ,ヒドロキシまたはトリフルオロメチルでモノまたはジ置換されたベンゾイル:フェニル置換脂肪族アシル(ただし,脂肪族アシル部分は2?10個の炭素原子を有し,フェニルは非置換あるいは低級アルキル,ハロゲン,低級アルコキシ,ヒドロキシまたはトリフルオロメチルでモノまたはジ置換されたものである)から選ばれるアシルを有するラパマイシンのモノアシルまたはジアシル誘導体」(第4欄 特許請求の範囲 請求項1)に関するものである。

このラパマイシンのモノ又はジアシル誘導体の製法の具体例として,モノ又はジアセチル誘導体の製法が実施例1として記載され,次の記載がある。
「実施例1 ラパマイシンのモノアセチルおよびジアセチル誘導体
ラパマイシン300mgを無水ピリジン5mlにとかした溶液を氷浴中で冷却し,これに無水酢酸25mlを加え,0?5℃にて2時間撹拌する。過剰の無水物をメタノールを注意深く加えて分解し,その混合物を2N塩酸を含む氷中に注ぐ。析出した固体を酢酸エチルで抽出し,酢酸エチル抽出液を水洗,硫酸ナトリウムにて乾燥し,蒸発させる。油状残渣をベンゼン中20%酢酸エチルを用いシリカゲルにてクロマトグラフイにかける。適当な初期フラクションを集め,蒸発後,クロロホルム-ヘキサンより結晶化させてラパマイシンジアセテート0.165gを得る。融点92?93℃;IR(CHCl_(3))3400,1730,1640および1620cm^(-1);UV_(max)(MeOH)288(ε=366),227(ε=484)および267nm(ε=368);およびNMR(CDCl_(3))δ2.05(s,3H)。
適当な残りのフラクションを集め,蒸発後,ベンゼン-ヘキサンより結晶化させてラパマイシンモノアセテート0.058gを得る。融点101?102℃;IR(CHCl_(3))3400,1730,1640および1620cm^(-1);UV_(max)(MeOH)288(ε=374),277(ε=494)および267nm(E=372);およびNMR(CDCl_(3))δ2.05(s,3H)および2.1(s,3H)。」(第4欄8?33行)

この記載によれば,製造されているラパマイシンのアシル誘導体は,モノアセチル及びジアセチル誘導体であり,その手順は,次のとおりである。
原料のラパマイシンを無水ピリジンに溶かした溶液に,無水酢酸を過剰に加え,0?5℃で2時間撹拌後,過剰の無水物をメタノールを加えて分解し,その混合物を塩酸を含む氷中に注ぎ,析出した固体を酢酸エチルで抽出,酢酸エチル抽出液を水洗,硫酸ナトリウムで乾燥,蒸発させる。油状残渣をベンゼン中酢酸エチルを用いシリカゲルにてクロマトグラフイにかけ,適当な初期フラクションを集め,蒸発後,クロロホルム-ヘキサンより結晶化させラパマイシンジアセテートを得る。適当な残りのフラクションを集め,蒸発後,ベンゼン-ヘキサンより結晶化させラパマイシンモノアセテートを得る。
このように,原料のラパマイシンをモノアセチル及びジアセチル化するのに,適当な溶媒中の溶液とし,試薬を適切な順序で加え,適切な時間反応させ,適切な精製,濃縮,結晶化等の後処理を行っている。

これに対し,本願明細書の図4,5に示されている溶媒・試薬[DIC(ジイソプロピルカルボジイミド),DMAP(ジメチルアミノピリジン),CH_(2)Cl_(2)]は,上記米国特許の実施例で用いている溶媒・試薬とは異なるものである。
そして,アシル誘導体の置換基として,上記米国特許の実施例のアセチル基とは異なるものであり,本願発明のR3として示される3種のテトラゾールのいずれかを有するアシル基を適用する場合,該3種のアシル基を導入するアシル化剤をどのように入手するのか(本願明細書にも記載されていない),溶媒の種類や量,反応条件(反応温度,反応時間,攪拌の有無と強度),反応の後処理,目的物の単離精製等について,当該文献の前記記載は何ら指針を与えるものではない。

(c-2)上記米国特許第4,650,803号公報は,発明の名称が「ラパマイシンのプロドラッグ」で,「(1)式:

〔式中,mは1?3の整数,R_(1)およびR_(2)は各々水素または1?3個の炭素原子を有するアルキル基,あるいはR_(1)およびR_(2)はそれらが結合している窒素と一緒になって4?5個の炭素原子を有する飽和複素環を形成する〕
で示される構造を有する置換基でラパマイシンの28位がモノ置換された誘導体または28および43位がジ置換された誘導体であるラパマイシンの水溶性誘導体またはその誘導体の医薬上許容される塩。」(第6欄 特許請求の範囲 請求項1)に関するものである。
ここで,「ラパマイシンの28位がモノ置換された誘導体または28および43位がジ置換された誘導体」という置換されたラパマイシンの水酸基の位置につき,当該特許公報に図として示されているラパマイシンの化学構造式

より,前記28位は本願発明の31位,前記43位は本願発明の42位に相当することが分かる。このことは,以下の(d)に示す国際公開第92/05179号の記載「ラパマイシンのモノ-およびジアシル化誘導体(28および43位でエステル化されている)は,抗真菌剤として有用であることが示されており(米国特許第4,316,885号),ラパマイシンの水溶性プロドラッグを作るのに使用されている(米国特許第4,650,803号)。最近,ラパマイシンの位置番号の決まりが変わり,従ってケミカル・アブストラクト命名法に従うと上記エステルは31および42位になる。」(1頁25?末行)からも理解される。

このラパマイシンモノアシル又はジアシル誘導体の製造法の具体例として,モノアシル及びジアシル誘導体の実施例である実施例1,3ないし5が記載されており,各実施例で用いている溶媒・試薬は基本的に同じであることから,モノアシル及びジアシル誘導体の詳細な製造方法が記載されている実施例1をみると,次の記載がある。
「実施例1 ラパマイシンのモノ-(28)-N,N-ジメチルグリシネートエステルの合成
乾燥した100ml丸底フラスコ中にラパマイシン2.80g(3,07×10^(-3)モル),N,N-ジメチルグリシン0.616g(5,98×10^(-3)モル)およびジシクロへキシルカルボジイミド1.40g(6,80×10^(-3)モル)を入れた。該フラスコを窒素雰囲気下に置き,(P_(2)O_(5)上で乾燥した)無水塩化メチレン60ml,続いて4-ジメチルアミノピリジン60mg加えた。反応物を室温で一晩攪拌した。反応物の薄層クロマトグラム(TLC)(溶媒系,1:1のアセトン:塩化メチレン)をとり,反応が完了していることが示された。モノグリシネートプロドラッグのRfは0.32であった。いくらかのビスグリシネートもRfが0.09の位置に存在していた。まずジシクロへキシルウレア(DCU)をろ過して除去することにより反応物を仕上げ処理した。ロートペイパー上で溶媒を除去して白色固体を得た。粗生成物を酢酸エチル300mlを用いるシリカゲル18g上のクロマトグラフィーに付し,ラパマイシンと残存するDCUを溶出した。生成物を1:1の塩化メチレン:アセトンで溶出して生成物1.67gを得た(収率55%)。」(第3欄1?24行)

この記載によれば,ラパマイシンのモノ-(28)-N,N-ジメチルグリシネートエステルの製造手順は,次のとおりである。
原料のラパマイシンに,アシル化剤のN,N-ジメチルグリシン及びジシクロへキシルカルボジイミドを入れ,窒素雰囲気下に置き,無水塩化メチレン,4-ジメチルアミノピリジンを加え,室温で一晩攪拌,薄層クロマトグラムで反応完了を確認後,ジシクロへキシルウレア(DCU)をろ過し除去,溶媒除去し白色固体の粗生成物を得,酢酸エチルを用いシリカゲルにてクロマトグラフィーに付し,生成物を酢酸エチルで溶出し生成物を得る。
このように,ラパマイシンの31位をN,N-ジメチルグリシネートエステルとするのに,溶媒・反応試薬として,ジシクロへキシルカルボジイミド,塩化メチレンすなわちCH_(2)Cl_(2),4-ジメチルアミノピリジンを用い,室温で一晩攪拌後,適切な精製,濃縮等の後処理を行っている。

これに対し,本願明細書の図4,5には,大まかな合成スキームが示されているのみであり,本願明細書の図4,5に示されている溶媒・試薬[DIC(ジイソプロピルカルボジイミド),DMAP(ジメチルアミノピリジン),CH_(2)Cl_(2)]について,前記米国特許の実施例で用いられている主な溶媒・試薬(ジシクロへキシルカルボジイミド,CH_(2)Cl_(2),4-ジメチルアミノピリジン)の内,CH_(2)Cl_(2)及び4-ジメチルアミノピリジンは共通しているものの,DIC(ジイソプロピルカルボジイミド)は異なっている。
そして,アシル誘導体の置換基として,本願発明の置換基と前記米国特許の請求項1に示される構造を有する置換基とは,窒素原子を有するアシル基である点で共通するものの,本願発明のR3として示される3種のテトラゾールを有するアシル基は,窒素原子が4つ存在するヘテロ環で,窒素原子が1つ存在するアシル基(シクロ環も含む)とは大きく異なるものであり,そのような3種のテトラゾールを有するアシル基を適用する場合,該3種のアシル基を導入するアシル化剤をどのように入手するのか(本願明細書にも記載されていない),溶媒の種類や量,反応条件(反応温度,反応時間,攪拌の有無と強度),反応の後処理,目的物の単離精製等について,当該文献の前記記載は指針を与えるものではない。

(d)本願の発明の詳細な説明の「関連技術」の段落【0010】には,「ラパマイシンの多数の化学修飾が試みられている。これらは,ラパマイシンのモノエステル誘導体およびジエステル誘導体(PCT国際公開第WO 92/05179号), ラパマイシンの27-オキシム(欧州特許第0467606号),ラパマイシンの42-オキソ類似体(米国特許第5,023,262号),二環式ラパマイシン(米国特許第5,120,725号),ラパマイシン二量体(米国特許第5,120,727号),ラパマイシンのシリルエーテル(米国特許第5,120,842号),および,アリールスルホン酸塩(arylsulfonates)およびスルファミン酸塩(米国特許第5,177,203号)の各調製を含む。」と記載されている。
この中で,ラパマイシンのエステル誘導体に関するものは,国際公開第WO 92/05179号のみであり,その他はラパマイシンの化学修飾がエステルとは異なる誘導体であるので,ここでは国際公開第WO 92/05179号のみを検討する。

この国際公開第WO 92/05179号は,発明の名称が「ラパマイシンのカルボン酸エステル」で,「1.構造式

[式中,R^(1),R^(2)およびR^(3)はそれぞれ独立して,水素またはR^(4);
R^(4)は

;
R^(5)は水素,炭素数1?6のアルキル,炭素数7?10のアラルキル,-(CH_(2))_(q)CO_(2)R_(5),-(CH_(2))_(r)NR^(9)CO_(2)R^(10),炭素数2?3のカルバミルアルキル,炭素数1?4のアミノアルキル,炭素数1?4のヒドロキシアルキル,炭素数2?4のグアニルアルキル,炭素数1?4のメルカブトアルキル,炭素数2?6のアルキルチオアルキル,インドリルメチル,ヒドロキシフェニルメチル,イミダゾリルメチルまたはフェニル(これは所望により炭素数1?6のアルキル,炭素数1?6のアルコキシ,ヒドロキシ,シアノ,ハロ,ニトロ,炭素数2?7のカルバルコキシ(carbalkoxy),トリフルオロメチル,アミノまたはカルボン酸から選ばれる置換基でモノ-,ジ-またはトリ-置換されていてもよい);R^(6)およびR^(9)はそれぞれ独立して,水素,炭素数1?6のアルキルまたは炭素数7?10のアラルキル;
R^(7),R^(8)およびR^(10)はそれぞれ独立して,炭素数1?6のアルキル,炭素数7?10のアラルキル,フルオレニルメチルまたはフェニル(これは所望により炭素数1?6のアルキル,炭素数1?6のアルコキシ,ヒドロキシ,シアノ,ハロ,ニトロ,炭素数2?7のカルバルコキシ(carbalkoxy),トリフルオロメチル,アミノまたはカルボン酸から運ばれる置換基でモノ-,ジ-またはトリ-置換されていてもよい);
R^(11)およびR^(12)はそれぞれ独立して,炭素数1?6のアルキル,炭素数7?10のアラルキル,またはフェニル(これは所望により炭素数1?6のアルキル,炭素数1?6のアルコキシ,ヒドロキシ,シアノ,ハロ,ニトロ,炭素数2?7のカルバルコキシ(carbalkoxy),トリフルオロメチル,アミノまたはカルボン酸から選ばれる置換基でモノ-,ジ-またはトリ-置換されていてもよい);Xは

,OまたはS;
R^(13)およびR^(14)はそれぞれ独立して,水素または炭素数1?6のアルキル;
YはCHまたはN;
mは0?4;
nは0?4;
pは1?2;
qは0?4;
rは0?4;
tは0?4;
uは0?4;
pが2の場合,

の部分の各々において,R^(5),R^(6),mおよびnは独立している。
ただし,R^(1),R^(2)およびR^(3)は必ずしもすべてが水素でなく,R^(1),R^(2)およびR^(3)は必ずしもすべてが

でなく,さらにXがOまたはSの場合,tおよびuは必ずしも共に0でない。]
で表される化合物またはその医薬上許容しうる塩。」(31?33頁 特許請求の範囲 請求項1)に関するものである。

このラパマイシンのカルボン酸エステルの製造法の具体例として,実施例1ないし24が記載されており,各実施例で用いている溶媒・試薬は基本的に同じであることから,該カルボン酸エステルの詳細な製造方法が記載されている実施例1,2をみると,次の記載がある。
「実施例1
N-[(1,1-ジメチルエトキシ)カルボニル]-グリシルグリシンとのラパマイシン-42-エステル
無水条件下,ラパマイシン(3g,3.28mmol)およびN-[(1,1-ジメチルエトキシ)カルボニル3-グリシルグリシン(3,04g,13.1mmol)の無水ジクロロメタン(40ml)溶液を,ジシクロへキシルカルボジイミド(1,35g,6.56mmol)ついで4-ジメチルアミノピリジン(0,8g,6.56mmol)で処理した。外界温度で48時間撹拌後,沈殿した固体を集め,ジクロロメタンで洗浄した。シリカゲルメルク(Merck)60を加え蒸発乾固させることにより,集めた濾液を該ゲル上に直接吸収させた。前吸収物質を,酢酸エチル-トルエン(2:1?1:0(v/v))のグラジェント溶出を用いるフラッシュクロマトグラフィーに付して,4分の3トルエン溶媒和物として単離された1,05g(28,3%)の表題化合物および実施例2の31,42-ジエステルを得た。HPLC分析は,モノエステルが2個の配座異性体の8.3:1混合物であることを示した。


高分解能MS(負イオン(neg,ion)FAB)
C_(60)H_(93)N_(3)O_(17)としての計算値:1127.6504
実験値:1127.6474
元素分析:C_(60)H_(93)N_(3)O_(17)・0.75PhCH_(3)としての
計算値:C,65.45;H,8.33;N,3.51
実験値:C,65.23;H,8.32;N,3.86
実施例1の表題化合物の製造に用いた方法を用いて,ラパマイシンおよび適当な末端N-置換アミノ酸から,以下の代表的化合物を製造することができる。
N-[(フルオレニルメトキン)カルボニル]-アラニルセリンとのラパマイシン-42-エステル
N-((フルオレニルメトキシ)カルボニル]-グリンルグリシンとのラパマイシン-42-エステル
N-[(エトキン)カルボニル]-アルギニルメチオニンとのラパマイシン-42-エステル
N-[(4’-クロロフェノキシ)カルボニル]-ヒスチジルアルギニンとのラパマイシン-42-エステル
N-[(フェノキン)カルボニルコートリブトファニルロインンとのラパマイシン-42-エステル
N-[(フェニルメトキシ)カルボニル]-N-メチルグリンルーN-エチルアラニンとのラパマイシン-42-エステル
N-[(フェニルメトキン)カルボニル]-N-メチルーβ-アラニルフェニルアラニンとのラパマイシン-42-エステル
N-[(1,1-ジメチルエトキシ)カルボニル]-システイニルグリシンとのラパマイシン-42-エステル

実施例2
N-[(1,1-ジメチルエトキシ)カルボニル]-グリシルグリシンとのラパマイシン-31,42-ジエステル
実施例1に記載のとおり,42-モノエステルから表題化合物(1.85g,42%)を分離し,4分の3トルエン溶媒和物として単離した。HPLC分析は,該ジエステルが配座異性体の8.1:1混合物であることを示した。


高分解能MS(負イオンFAB):
C_(69)H_(107)N_(5)O_(21)としての計算値:1341.7458
実験値:1341.7463
元素分析:C_(69)H_(107)N_(5)O_(21)・0.75PhCH_(3)としての
計算値:C,63.17;H,8.06;N,4.96
実験値:C,62.83;H,8.09;N,5.00
実施例2の表題化合物の製造に用いた方法を用いて,ラパマイシンおよび適当な末端N-置換アミノ酸から,以下の代表的化合物を製造することができる。
N-[(フルオレニルメトキン)カルボニル]-アラニルセリンとのラパマイシン-31.42ージエステル
N-4(フルオレニルメトキシ)カルボニル]-グリシルグリシンとのラパマイシン-31.42-ジエステル
N-[(エトキシ)カルボニル]-アルギニルメチオニンとのラパマイシン-31,42-ジエステル
N-[(4’-クロロフェノキシ)カルボニル]-ヒスチジルアルギニンとのラパマイシン-31,42-ジエステル
N-[(フェノキシ)カルボニル]-トリブトファニルロインンとのラバマイン-31,42ージエステル
N-[(フェニルメトキシ)カルボニル]-N-メチルグリシル-N-エチルアラニンとのラパマイシン-31,42-ジエステル
N-[(フェニルメトキシ)カルボニル]-N-メチル-β-アラニルフェニルアラニンとのラパマイシン-31,42-ジエステル
N-[(1,1-ジメチルエトキン)カルボニル]-システイニルグリシンとのラパマイシン-31,42-ジエステル」(11頁1行?12頁末行)

さらに,反応試薬についての一般的な実施の態様として,次の記載もある。
「本発明の化合物は、例えばジシクロへキシルカルボジイミドのようなカップリング試薬の存在下、ラパマイシンを一般構造式

[式中、ZはOHである]
で表されるアノル化剤でアシル化することにより製造することができる。また、本発明の化合物は,アシル化種として上記カルボン酸の無水物または混合無水物を使用して製造することができる。あるいは,該アシル化種は,ZがCl,BrまたはIである酸ハライドであってもよい。本発明の化合物を製造するのに使用するアシル化基は商業的に入手可能であるか,または文献に開示されている方法で製造することができる。
2または3個の異なるR^(4)基を有するアシル誘導体を製造したい場合は,上記のような適当なアシル化剤を使用して連続的なアノル化を行い,必要に応じて適当な精製技術により所望の生成物を単離してもよい。一般に,まず42位をアシル化し,かかるモノアシル化生成物を第二のアシル化などの前に単離してもよい。適当な保護基を使用してアシル化を要さないいずれかの位置を保護してもよい。」(4頁12行?5頁3行)

この国際公開の実施例1,2の記載によれば,ラパマイシンのN-[(1,1-ジメチルエトキシ)カルボニル]-グリシルグリシンとの,ラパマイシン-42-エステル,ラパマイシン-31,42-ジエステルの製造手順は,次のとおりである。
原料のラパマイシン及びアシル化剤のN-[(1,1-ジメチルエトキシ)カルボニル3-グリシルグリシンを,ジシクロへキシルカルボジイミドついで4-ジメチルアミノピリジンで処理し,外界温度で48時間撹拌後,ジクロロメタンで洗浄,乾燥,酢酸エチル-トルエンを用いるクロマトグラフィーに付し,生成物(ラパマイシン-42-エステル,ラパマイシン-31,42-ジエステル)を得る。
このように,ラパマイシンの31,42位をN-[(1,1-ジメチルエトキシ)カルボニル3-グリシルグリシンでエステル化するのに,溶媒・反応試薬として,ジシクロへキシルカルボジイミド,4-ジメチルアミノピリジン,CH_(2)Cl_(2)を用い,外界温度すなわち室温で48時間攪拌後,適切な精製,濃縮等の後処理を行っている。

これに対し,引用特許文献を技術常識として参酌するための前提として対応しているべき本願明細書の図4,5には,大まかな合成スキームが示されており,溶媒・試薬[DIC(ジイソプロピルカルボジイミド),DMAP(ジメチルアミノピリジン),CH_(2)Cl_(2)]について,前記国際公開の実施例で用いられている主な溶媒・試薬(ジシクロへキシルカルボジイミド,CH_(2)Cl_(2),4-ジメチルアミノピリジン)の内,CH_(2)Cl_(2)及び4-ジメチルアミノピリジンは共通しているものの,DIC(ジイソプロピルカルボジイミド)は異なっている。そして,反応試薬についての一般的な実施の態様においても,ジシクロへキシルカルボジイミドに代えてジイソプロピルカルボジイミドを適用し得ることについての記載もない。
さらに,前記国際公開の実施例1,2には,前記製造方法を用いて,ラパマイシン及び適用な末端N-置換アミノ酸から同実施例1,2に列挙されている化合物を製造できる旨記載されているが,生成物名が列挙されているにとどまり,実際にそれらを製造し目的の生成物を得て確認した記載はないし,末端N-置換アミノ酸の種類にかかわらず,反応試薬や溶媒の種類や量,反応条件(反応温度,反応時間,攪拌の有無と強度)等を同じで良いとする根拠も不明である。
そして,アシル誘導体の置換基として,前記国際公開の請求項1に示される構造を有する置換基と異なり,本願発明の置換基はR3として【化2】に示される3種のテトラゾールを有するアシル基であり,そのような3種のテトラゾールを有するアシル基を適用する場合,該3種のアシル基を導入するアシル化剤をどのように入手するのか(本願明細書にも記載されていない),溶媒の種類や量,反応条件(反応温度,反応時間,攪拌の有無と強度),反応の後処理,目的物の単離精製等について,当該文献の前記記載は指針を与えるものではない。

(e)本願の発明の詳細な説明の「関連技術」の段落【0012】には,「ラパマイシン類似体のある最近の例は,テトラゾール含有ラパマイシン類似体である(米国特許第6,015,815号)。テトラゾール複素環が使用され,ヒドロキシル基が置換され,当該類似体を生じる。」と記載されている。

当該米国特許第6,015,815号公報は,発明の名称が「ラパマイシン類似体を含む医療装置」で,「支持構造、及び治療物質:

又は医薬適合性のその塩又はプロドラッグを含む医療装置」(第15欄 特許請求の範囲 請求項1)に関するものである。
このラパマイシン類似体は,該化学構造式を検討すると,トリアゾール環がラパマイシンの42位が存在するシクロ環に直接結合しており,ラパマイシンの42位の水酸基とエステル結合しているものではない。
したがって,化合物自体がラパマイシンのエステル誘導体と異なることから,この文献をエステル誘導体の製造方法の技術常識として参酌することはできない。

(f)前記(a)ないし(e)によれば,本願明細書の図4,5に示されている反応試薬[DIC(ジイソプロピルカルボジイミド),DMAP(ジメチルアミノピリジン),CH_(2)Cl_(2)]を用いて,一段階で,ラパマイシンから42位一置換ラパマイシン類似体又は31位及び42位二置換ラパマイシン類似体を合成する方法は,記載されておらず,本願発明の化合物の合成原料であるラパマイシンが入手できるものであったとしても,該ラパマイシンのアシル誘導体の置換基として,前記(a)ないし(d)とは異なる,本願発明のR3として示される3種のテトラゾールを有するアシル基を具体的にどのように入手するのか,反応試薬や溶媒の種類と量を適切に選択し,反応条件(反応温度,反応時間,攪拌の有無と強度),反応の後処理,目的物の単離精製等の手順を,試行錯誤により決定して化合物を製造する必要があり,当業者に過度の負担を強いるものである。
したがって,発明の詳細な説明は,本願発明の化合物を,当業者が製造し得るように記載されているとはいえない。

c 次に,本願の発明の詳細な説明には,実施例1に「本発明のある典型的化合物が,以下の反応スキームに従って合成された」(d【0041】)として,ラパマイシンの水酸基と反応するカルボン酸として,本願発明のR3として示される3種のテトラゾールを有するカルボン酸とは異なる,3-ヒドロキシフェニル酢酸を用いた合成方法が記載されている。
そこで,本願発明の化合物が,該実施例1に記載の方法に従い,本願発明の化合物を製造することができるように記載されているかを検討する。

実施例1で具体的に記載されている方法は,第1段階として,THF(テトラヒドロフラン)中の3-ヒドロキシフェニル酢酸に塩化チオニル及びDMF(ジメチルホルムアミド)を添加して該酸を酸塩化物とした後,第2段階として,ジクロロメタン中ラパマイシン及びピリジンの溶液に該酸塩化物を添加し室温で約1時間攪拌し反応させて,最終生成物である「オレンジ色の油状物質」で「質量分析により,約1.735×10^(-21)g(1045ダルトン)で確認した」「対象物本体」を得たという方法である(d【0042】ないし【0044】)。
これは,本願明細書の図4,5に示される反応工程とは異なる。前記本願の実施例1の方法に従って,本願発明のR3として示される3種のテトラゾールを有するアシル基を有する化合物を合成しようとすれば,実施例1の3-ヒドロキシフェニル酢酸に代えて,本願発明のR3として示される3種のテトラゾールを有するカルボン酸を用いて反応させることが考えられるが,前記a,bで述べたように,該3種のテトラゾールを有するカルボン酸をどのように入手するのか(本願明細書にも記載されていない),仮に入手できたとしても,一般に置換基の異なる置換体を得ようとすれば,置換基の相違に基づき,試薬との反応性や溶媒への溶解性等が異なることから,該3種のテトラゾールを有するカルボン酸の反応に適用する試薬・溶媒の種類や量,反応条件(反応温度,反応時間,攪拌の有無と強度等),反応の後処理,目的物の単離精製等を決定するために,当業者は多くの試行錯誤をして決定しなければならず,当業者に過度な負担を強いるものである。
したがって,発明の詳細な説明は,本願発明の化合物を,当業者が製造し得るように記載されているとはいえない。

(ウ)以上によれば,本願明細書の記載を検討した場合はもちろん,仮に,本願明細書の「関連技術」に列挙されているラパマイシン関連従来技術の特許(公開)公報の記載内容を技術常識として参酌できるとした場合でも,発明の詳細な説明には,本願発明の化合物を当業者が製造できるように記載されているとはいえないから,発明の詳細な説明の記載は,当業者が本願発明の化合物を生産することができるように記載したものであるとはいうことはできない。

ウ 本願発明を使用することができるように記載したものであるかについて
(ア)前記イに示したように,発明の詳細な説明の記載は,当業者が本願発明の化合物を生産することができるように記載したものであるとはいえないが,以下,仮に,生産することができたとした場合について,使用することができるように記載したものであるかについて検討する。

(イ)本願発明の化合物が医薬化合物として薬理活性等何らかの有用性を有するものであることを当業者が理解できるように記載されているか検討する。
発明の詳細な説明には,ラパマイシンのモノエステル及びジエステル誘導体が,免疫調節活性を有し各種疾患に有用であることや増殖性疾患を治療する能力があることが文言上記載されてはいるものの(e),本願発明の化合物が医薬化合物として何らかの薬理作用を試験した実施例の記載はない。また,アッセイ法に関連し,本願発明の化合物の医薬化合物としての薬理活性等何らかの有用性をどのように評価するのかも記載されていない。
また,発明の詳細な説明には,従来技術として,本願発明の化合物の合成原料であるラパマイシンは,抗真菌活性,免疫調節活性,抗腫瘍活性等を有すること(a【0004】ないし【0007】)は記載されているものの,本願出願時の技術常識を検討しても,本願発明の31位又は42位の置換基は,本願発明のR3として示される3種のテトラゾールを有するアシル基で,該各基のnはn=1からn=10という多様な置換基を含むものであり,置換基が異なると生理活性は影響されるものであるから,本願発明の化合物の合成原料であるラパマイシンが免疫調節活性等の薬理作用を有するものであったとしても,本願発明の化合物が同様に医薬化合物として薬理作用等何らかの有用性を有するとは直ちにいえず,実際に試験してみなければ薬理作用を有するかを確認できない。
そうすると,発明の詳細な説明には,本願発明の化合物が医薬化合物として薬理活性等何らかの有用性を有するものであることを当業者が理解できるように記載されているとはいえない。

(ウ)したがって,発明の詳細な説明には,本願発明の化合物が医薬化合物として薬理活性等何らかの有用性を有するものであると当業者が理解できるように記載されていないから,発明の詳細な説明の記載は,当業者が本願発明の化合物を使用することができるように記載したものであるということはできない。

(4)小括
以上のとおり,発明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから,この出願の発明の詳細な説明の記載は,特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。

2 特許法第36条第6項第1号について

(1)はじめに
特許法第36条第6項は,「・・特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号に規定する要件(いわゆる,「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは,「特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもの」(知財高裁特別部平成17年(行ケ)第10042号判決)である。
以下,この観点に立って,検討する。

(2)発明の詳細な説明の記載について
前記1(2)に示したとおりである。

(3)本願発明の課題について
本願明細書の記載(b)から,本願発明の解決しようとする課題は,本願の請求項1に記載の一般式の構造を有するいずれかの化合物,または,該化合物の薬学的に受容可能な塩を提供することと認められる。

(4)本願発明と発明の詳細な説明との対比及び出願時の技術常識について
ア 本願発明の化合物は,前記第2に示したとおりである。

イ 発明の詳細な説明には,前記1(3)で述べたように,本願発明の化合物の具体的な製造方法や,実際に本願発明の化合物を製造し取得したことを確認した記載はなされていない。
また,前記1(3)で述べたように,本願発明の化合物はR3として示される3種のテトラゾール(R3中のnは1ないし10)を有する多様なアシル基を有するものであるところ、その化合物については、多数の文献の提示と共に、概念的にとり得る化学構造が一般式により記載されるだけであり,合成原料であるラパマイシンが入手できるものであったとしても,該ラパマイシンのアシル誘導体の置換基として、本願発明のR3として示される3種のテトラゾールを有するアシル基を導入するアシル化剤の入手方法や,ラパマイシンに該アシル基を導入して本願発明の化合物を製造する方法は,具体的に記載されているとはいえない。
そうすると,本願発明の化合物を製造することはできないのであるから,発明の詳細な説明の記載により当業者が本願の請求項1に記載の一般式の構造を有するいずれかの化合物,または,該化合物の薬学的に受容可能な塩の提供という課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。

ウ したがって,本願発明が,発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえず,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえず,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。

(5)小括
以上のとおり,本願発明が,発明の詳細な説明に記載したものであるとはいうことができないから,この出願の特許請求の範囲の記載は,特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。

第5 むすび

以上のとおり,この出願は,発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず,また,特許請求の範囲の記載は,特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから,特許法第36条第6項に規定する要件を満たしておらず,その余について検討するまでもなく,拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-08-11 
結審通知日 2015-08-18 
審決日 2015-09-01 
出願番号 特願2007-47636(P2007-47636)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C07D)
P 1 8・ 537- Z (C07D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田村 聖子  
特許庁審判長 中田 とし子
特許庁審判官 齊藤 真由美
瀬良 聡機
発明の名称 抗酸化部分を含有するラパマイシン類似体  
代理人 加藤 公延  
代理人 大島 孝文  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ