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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09K
管理番号 1310374
審判番号 不服2013-25572  
総通号数 195 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-03-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-12-26 
確定日 2016-01-26 
事件の表示 特願2010-503468「赤色に放射する蛍光体及びこの種の蛍光体を有する光源」拒絶査定不服審判事件〔平成20年10月23日国際公開、WO2008/125604、平成22年 7月22日国内公表、特表2010-525092〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、2008年4月11日(パリ条約による優先権主張外国庁受理、2007年4月17日、ドイツ(DE))を国際出願日とする出願であって、出願後の手続の経緯は、概略、以下のとおりである。
平成21年12月17日 翻訳文提出
平成24年 6月26日付 拒絶理由通知
平成24年11月12日 意見書・手続補正書
平成25年 8月21日付 拒絶査定
平成25年12月26日 審判請求書・手続補正書
平成26年 2月13日 手続補正書(方式)
平成26年 4月30日付 前置報告
平成26年 8月13日 上申書
平成26年12月12日付 拒絶理由通知(当審)
平成27年 6月 5日 意見書・手続補正書

第2 平成26年12月12日付け拒絶理由通知について

当審は、平成26年12月12日付けで拒絶理由を通知したが、その理由の一つは、本願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項1号(サポート要件)に適合しておらず、同項に規定する要件を満たしていない、というものである。

第3 当審の判断

当審は、上記拒絶理由通知に対して請求人から平成27年6月5日に提出された意見書及び手続補正書を勘案しても、上記の拒絶理由は妥当なものと認められるので、本願は、この拒絶理由によって拒絶すべきものであると判断する。
以下、その判断理由につき詳述する。

1 前提

特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に係る規定(いわゆる「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであるから(知財高裁特別部判決平成17年(行ケ)第10042号参照)、以下当該観点に立って検討する。

2 特許請求の範囲の記載

平成27年6月5日に提出された手続補正書により補正された、請求項1に係る特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「【請求項1】
赤色に放射する蛍光体であって、
カチオンMを有するM-Al-Si-N系
(式中、
Mは、Ca、Ba及びSrの群からの少なくとも1種の元素を表す)
で構成されており、かつ、
Mを部分的に置き換えるEuにより付活されている、
蛍光体であり、
該蛍光体は、
名目上の組成MEuLiAlSi(NF)で表され、ここで、Liイオンの割合が、Mに対して少なくとも1mol%?最大15mol%であり、かつ、Fイオンの割合が、Mに対して少なくとも1mol%?最大15mol%である
ことを特徴とする、蛍光体。」
(以下、この請求項に記載された発明を「本願発明」という。)

3 発明の詳細な説明の記載

本願明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。

(1) 「【技術分野】
【0001】
本発明は、有利に光源において使用するための、請求項1の上位概念に記載の赤色に放射する蛍光体に関する。本発明は、請求項1の上位概念に記載のニトリドシリケートの種類からなる高効率の蛍光体に関する。さらに、本発明はそれを用いて製造された光源及びこの種の蛍光体の製造方法に関する。
【0002】
背景技術
EP-A 1 568 753及びEP-A 1 614 738は、赤色に放射しかつMSiAlN_(3):Zの組成を有する蛍光体を開示している。この場合Mは特にCaであり、付活剤Zは特にEuである。この蛍光体はここではカルシン(Calsine)といわれる。この蛍光体はUV及び青色波長領域において良好に励起可能である。この蛍光体はLEDのような光源のために適している。
【0003】
EP-A 1 153 101は、窒化物M_(2)Si_(5)N_(8):Eu(式中、Mは特にCaであることができ、付活剤はEuである)のタイプの赤色に放射する蛍光体を開示している。」

(2) 「【0004】
発明の開示
本発明の課題は、赤色に放射する狭帯域の温度安定性の蛍光体を提供することであった。この場合、主波長は610nmより大きくあるべきで、蛍光体はUV-LED及び青色LEDと共に使用するために適しているべきである。」

(3) 「【0005】
前記課題は、請求項1の特徴部分に記載されている構成によって解決される。
【0006】
特に有利な実施形態は引用形式請求項に示されている。」

(4) 「【0007】
この今まで公知の系は、窒化物の場合のように、極めて高い効率及び温度安定性を特徴とするが、広帯域の放射の欠点を有する。公知のカルシンは、窒化物よりも狭帯域で放射し、前記カルシンは青色においてより良好な吸収を示す。ただし、この蛍光の温度安定性は窒化物よりも悪い。さらに、特により高い視覚的効率を達成するために、所定の適用においてより短波長の放射が望ましい。」

(5) 「【0008】
本発明の場合には、カルシンの合成の際にフッ化物を融剤として添加する。これは前記蛍光体の相形成、結晶粒形状及び均質性を改善する。異種イオンによる汚染を受けないために、実際には大抵のフッ化物は、目的化合物中に存在するカチオンと共に使用される。CaSiAlN_(3):Euの場合に、これはCaF_(2)、AlF_(3)又はEuF_(3)である。LiFは原則としては、融剤として、つまり典型的にこのために適当な少量において、同様に公知である。意外にも、LiFを有意な量で目的化合物中に組み込みかつこの場合に前記カルシンの特性を明らかに改善することが明らかになった。」

(6) 「【0009】
この新規蛍光体は、例えばカラーオンデマンドLEDのため又は白色LEDのため又は他の光源、例えばランプのためにも適している。多様な色温度及び高効率及び良好な演色での適用のために前記蛍光体をオーダーメイドすることができる。」

(7) 「【0010】
前記の格子中へのLiイオンの組み込みにより、前記蛍光体の温度安定性、いわゆる熱消光(thermal quenching)は、前記蛍光体の他の特性を不利に変更することなく明らかに改善される。前記発光の重点及びピークは、意外にも一定のEu含有量の場合により短波長方向へシフトする。これは、一般の傾向に従って効率を高める。理論的には、それに対してむしろ長波長へのシフトが期待される。この理由は、理論的により大きな結晶粒にあり、及びLiFの使用の場合に短波長の発光成分のより高い自己吸収にある。この考察は、しかしながら真実ではないことが明らかになった。
【0011】
それどころか、この量子効率及び放射安定性が改善される傾向が示された。」

(8) 「【0012】
以下では実施例に基づき本発明を詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】フッ化物添加されたカルシン蛍光体の放射スペクトル及び反射スペクトルを示す。
【図2】LiF含有量の関数としてのフッ化物添加されたカルシン蛍光体の温度消光挙動を示す。
【図3】カルシン蛍光体の酸化安定性に関するLiF含有量の効果を示す。
【0014】
発明を実施するための形態
図1は、バッチ化学量論の範囲で名目上の組成Ca_(0.88)Eu_(0.02)Li_(0.1)AlSi(N_(0.967)F_(0.033))_(3)を有するフッ化物添加されたカルシン蛍光体の発光スペクトル及び反射スペクトルを示す。この放射極大は約655nmである。
【0015】
図2は、温度の関数としての多様な割合のLiFについての温度消光挙動を示す。曲線1は、LiFを混合していないカルシンCa_(0.98)Eu_(0.02)AlSiNである。曲線2は、Mに対して1Mol%の割合のLiを有するカルシンの安定性を示し、この場合、M=Ca。曲線3は、Mに対して5Mol%の割合のリチウムを示し、及び曲線4はMに対して10Mol%の割合のLiを示す。この場合それぞれ、上記の式の範囲内で、同じモル量のFが同様にNの代わりに持ち込まれることを意味する。
【0016】
図3は、カルシン蛍光体の酸化安定性に関するLiF含有量の効果を示す。この場合、複雑な挙動パターンが示される。酸化試験前(波線)及び酸化試験後(実線)の相対的量子効率が示される。少量のLiFの使用は量子効率をむしろ悪化させるが、5Mol%のLiF含有量からは酸化安定性の測定可能な改善が示される。この改善は、LiFの含有量の増加と共に、LiFの割合が10Mol%までさらに増加する。より高い割合では、前記安定性は再び悪化する。15Mol%では、両方の曲線は同じになる。」
なお、上記図1ないし3は次のとおりである。
【図1】

【図2】

【図3】


(9) 「【0017】
ベース蛍光体として、基本的にM-Al-Si-N系(カチオンMを有し、MはCa又はBa又はSr単独で又は混合した形で存在するか又は付加的にMg、Zn、Cdのグループからの少なくとも1種の他の元素と組み合わせられていてもよく、前記蛍光体はEuで付活されている)からなる赤色に発光する蛍光体が適している。
【0018】
前記のLiFの割合は、Mに対して最大で15Mol%であるのが好ましい。
【0019】
前記のLiFの割合は有利に、Mに対して少なくとも1Mol%であるのが好ましい。
【0020】
Mについては、有利にCa単独、又はほとんど、つまり70Mol%より多くのCaが使用されるのが好ましい。」

(10) 「【0021】
この新規の蛍光体の製造は、例えば次のように行うことができ、例えば(Ca,Eu)AlSiN_(3)-LiF(2Mol%)を説明する:
出発物質のCa_(3)N_(2)(6.02g)、AlN(6.02g)、LiF(0.57g)、Si_(3)N_(4)(6.87g)及びEu_(2)O_(3)(0.52g)を、グローブボックス中で、ミキサーを用いて混合する。前記出発物質を、管型炉中で不活性雰囲気下で、有利にN_(2)のもとで、FGを添加して、1450?1680℃の温度で数時間冷却した。加熱速度及び冷却速度は、この場合、約150?300K/hである。」

4 特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との対比・検討

(1) 本願発明の課題と技術常識
明細書のサポート要件の適合性を判断するにあたっては、上記1の前提に従い、上記2の特許請求の範囲の記載と上記3の発明の詳細な説明の記載を対比して、発明の詳細な説明の記載に基づいて、当業者が出願時の技術常識に照らして本願発明の課題を解決できると認識できる範囲と、特許請求の範囲に記載された範囲(本願発明の技術的範囲)との広狭関係を検討することになることから、はじめに、本願発明の課題、及び、蛍光体の技術分野における出願時の技術常識について整理しておく。
ア 本願発明の課題
発明の詳細な説明の上記3(2)、(4)には、本願発明が解決しようとする課題に関して、次のように説明されている。
(i)「本発明の課題は、赤色に放射する狭帯域の温度安定性の蛍光体を提供することであった。」(【0004】)
(ii)「この今まで公知の系は、窒化物の場合のように、極めて高い効率及び温度安定性を特徴とするが、広帯域の放射の欠点を有する。公知のカルシンは、窒化物よりも狭帯域で放射し、前記カルシンは青色においてより良好な吸収を示す。ただし、この蛍光の温度安定性は窒化物よりも悪い。さらに、特により高い視覚的効率を達成するために、所定の適用においてより短波長の放射が望ましい。」(「【0007】)
そうすると、本願発明の課題は、公知の窒化物蛍光体(Ca_(2)Si_(5)N_(8):Eu、【0003】参照)及びカルシン蛍光体(CaSiAlN_(3):Eu、【0002】参照)の利点を維持したまま、それらの欠点を克服すること、すなわち、赤色の狭帯域で放射(発光)し、かつ、極めて高い効率で温度安定性に優れた蛍光体を提供することにあるということができる。
イ 蛍光体の技術分野における出願時の技術常識
一般に、発光中心元素としての希土類元素などを無機母体結晶に付活した蛍光体は、当該発光中心元素の周りの電子状態により発光色と輝度が変化し(例えば、2価のEuを発光中心とする蛍光体では、母体結晶を換えることにより、青色、緑色、黄色、赤色の発光がみられる。)、似た組成であっても母体の結晶構造や発光中心元素が取り込まれる結晶構造中の元素位置に応じて発光色や輝度はまったく違ったものとなることが知られている(例えば、特開2006-8721号公報の段落【0018】参照)。
このように、蛍光体の場合、その発光特性は、母体の結晶構造や発光中心元素が取り込まれる結晶構造中の元素位置(以下、単に「母体結晶」という。)に大きく左右されることは、当該技術分野における技術常識というべき事項である。

(2) 母体結晶に着目した、特許請求の範囲に記載された範囲について
ア 上記本願発明の課題は蛍光体の発光特性に係るものであるところ、上記技術常識のとおり、当該発光特性は、蛍光体の母体結晶に依拠して発現するものであるから、明細書のサポート要件の適合性を判断するにあたっては、蛍光体の母体結晶が重要な要素となることが理解できる。そこで、請求項1に係る特許請求の範囲の記載について、蛍光体の母体結晶に着目してみるに、「カチオンMを有するM-Al-Si-N系」、あるいは「名目上の組成MEuLiAlSi(NF)」と特定されていることが分かる。
イ ここで、蛍光体の母体結晶に関する用語について整理しておく。一般に、蛍光体の母体結晶は、当該母体結晶を構成する元素の実際のモル比を示す、「化学量論的組成」で表記されるところ、本願の特許請求の範囲及び明細書における蛍光体の母体結晶(組成)は、当該「化学量論的組成」ではなく、「名目上の組成MEuLiAlSi(NF)」(【請求項1】)、「バッチ化学量論の範囲で名目上の組成Ca_(0.88)Eu_(0.02)Li_(0.1)AlSi(N_(0.967)F_(0.033))_(3)」(【0014】)という表記手法により表現されている。そこで、平成27年6月5日提出の意見書における審判請求人の説明を参酌しながら、これらの表記手法についてみるに、「名目上の組成MEuLiAlSi(NF)」とは、「蛍光体の成分を、この成分の割合なしで表したもの」(上記意見書2頁34、35行参照)であって、蛍光体を構成する元素の単なる羅列というべきものであり、「バッチ化学量論の範囲で名目上の組成Ca_(0.88)Eu_(0.02)Li_(0.1)AlSi(N_(0.967)F_(0.033))_(3)」とは、「多様な元素の出発物質の含有量(秤量分)のモル割合」(上記意見書の2頁17?21行参照)であって、原料段階での各元素のモル比であることが理解できる。なお、「カチオンMを有するM-Al-Si-N系」とは、蛍光体中に元素M、Al、Si、Nが存在することを意味するのであって、カルシン蛍光体のみを指すものではない(応対記録に添付した、平成27年7月30日提出のファクシミリによる回答を参照)。
ウ そうすると、上記4(2)アの請求項1の記載は、蛍光体がどのような成分(元素)により構成されているかを特定するにとどまり、母体結晶、すなわち母体の結晶構造や発光中心元素が取り込まれる結晶構造中の元素位置についてまで特定するものではないということができ、言い換えれば、当該請求項1の記載により特定しようとする蛍光体の母体結晶は、上記した公知のカルシン蛍光体をベースとするものに限らず、カルシン蛍光体以外の蛍光体をベースとするものも対象としていることが理解できる。

(3) 発明の詳細な説明の記載に基づいて、当業者が出願時の技術常識に照らして本願発明の課題を解決できると認識できる範囲について
ア 上記3のとおりの発明の詳細な説明の記載を俯瞰すると、3(1)には、技術分野及び背景技術について、3(2)、(4)には、公知の系の欠点と本願発明の課題について、3(3)には、当該課題は、本願請求項に係る構成によって解決できること、3(5)、(7)には、有意な量でLiFあるいはLiイオンを組み込むとカルシン蛍光体の特性(温度安定性)が改善すること、3(6)には、本願発明の蛍光体は白色LED等にも適していること、3(8)には、発明を実施するための形態として、カルシン蛍光体にLiFを混合したときの具体的な放射(発光)スペクトルのデータ、温度消光挙動(温度安定性)のデータ、及び量子効率(酸化安定性)のデータが示されていること、3(9)には、ベース蛍光体として、基本的にM-Al-Si-N系(MはCa又はBa又はSr単独で又は混合した形で、Euで付活されている)からなる赤色に発光する蛍光体が適しており、LiFの割合はMに対して1ないし15mol%が好ましいこと、及び、3(10)には、(Ca,Eu)AlSiN_(3)-LiF(2Mol%)の製造方法、がそれぞれ説明されていると認めることができる。
イ ところで、蛍光体の発光特性(本願発明の場合、赤色狭帯域での発光と高効率・温度安定性がこれに当たる。)に係る課題が解決できることを、発明の詳細な説明の記載に接した当業者が認識できるというためには、当然のことながら、発明の詳細な説明に、当該発光特性が改善された(改善される)という根拠の開示が必要となるが、ここで要求される根拠について考えてみる。上記4(1)イに示した技術常識のとおり、蛍光体の発光特性は、その母体結晶に依拠するのであるから、当該発光特性が改善された(改善される)という根拠として、もとより母体結晶に関する情報は不可欠であるということができ、当該発光特性が改善されたことを、具体例(母体結晶と発光特性に関する実験データ)をもって実証しようとする場合には、その実験に供された(実際に製作された)蛍光体の母体結晶の情報が提示されてはじめて、当該具体例(実験データ)は発明の根拠となると解すべきである。なお、このような具体例(実験データ)に代わり、当該発光特性が改善される仕組み(作用機序)を理解するに足りる十分な証拠を示すことも可能であるが、一般に、このような作用機序は、種々の母体結晶からなる蛍光体の発光特性実験の積み重ねによりはじめて確証が得られるものであるから、結局のところ、相当程度の実験データ(具体的な母体結晶の提示を含む)の開示が必須であるといえる。
ウ そこで、上記4(3)アのとおり認定される発明の詳細な説明の記載を仔細にみて、本願発明の課題に係る蛍光体の発光特性が改善された(改善される)という根拠、すなわち、本願発明の課題は、上記4(1)アのとおり、赤色の狭帯域で放射(発光)し、かつ、極めて高い効率で温度安定性に優れた蛍光体を提供することであるから、当該赤色狭帯域での放射と高効率・温度安定性という発光特性が改善された(改善される)という根拠の有無について精査する。
エ まず、具体例(実験データ)についてみると、発明の詳細な説明の上記3(8)に記載された「発明を実施するための形態」には、「バッチ化学量論の範囲で名目上の組成がCa_(0.88)Eu_(0.02)Li_(0.1)AlSi(N_(0.967)F_(0.033))_(3)であるフッ化物添加されたカルシン蛍光体」について、その放射(発光)スペクトル及び反射スペクトルを示す実験データが示され(【0014】、【図1】)、さらに、LiFを特定mol%含有するカルシン蛍光体について、その温度消去挙動(温度安定性)と相対的量子効率(酸化安定性)を示す実験データが示されているから(【0015】、【0016】、【図2】、【図3】)、一応、前者の実験データからは赤色の狭帯域で発光することを、後者の実験データからは温度安定性と量子効率に優れていることを、それぞれ確認することができる。
しかし、これらの実験に供された蛍光体はいずれも、カルシン蛍光体をベースとして作成されたものであり、当該カルシン蛍光体以外の蛍光体をベースとするものについては、本願発明の課題に係る上記発光特性の確認はなされていない。
加えて、上記4(2)イにて整理したとおり、前者の実験に供された「バッチ化学量論の範囲で名目上の組成がCa_(0.88)Eu_(0.02)Li_(0.1)AlSi(N_(0.967)F_(0.033))_(3)であるフッ化物添加されたカルシン蛍光体」は、あくまで、原料段階での構成元素のモル比を示すものであり、蛍光体の母体結晶を構成する元素の実際のモル比である化学量論的組成を明示するものではなく、後者の実験に供された「LiFを特定mol%含有するカルシン蛍光体」も同様に、その化学量論的組成は不明であるから、結局のところ、発明の詳細な説明には、実際に発光特性が確認された蛍光体の母体結晶(母体の結晶構造や発光中心元素が取り込まれる結晶構造中の元素位置)の詳細につき何ら開示されていないというほかないのであって、これらの実験データを発明の根拠として認識することもできない(上記4(3)イ参照)。その上、一般に、蛍光体の化学量論的組成は、審判請求人も認めるとおり(上記意見書3頁16?18行参照)、荷電されていない(電気的に中性である)ことを要するものであるから、上記実験に供された、カルシン蛍光体にLiFを混合した蛍光体においても電気的に中性であるという条件を満足する必要があるところ、発明の詳細な説明には、このような条件を満足する化学量論的組成(電気的な中性を保ったまま、カルシン蛍光体にLiFを混合して得られる蛍光体の結晶構造)に関する情報は何ら開示されていないのであるから、LiF混合後もカルシン蛍光体の結晶構造(格子骨格)がそのまま維持されることすら不明であるといわざるを得ない。
以上を総合すると、発明の詳細な説明に記載された具体例(実験データ)は、そもそも蛍光体の母体結晶(結晶構造等)の詳細を明示するものではなく、本願発明の課題に係る発光特性の改善を示す発明の根拠として認めることはできないのであるから、当該具体例(実験データ)に接した当業者が、出願時の技術常識に照らして、本願発明の課題が解決できると認識できる範囲を認定することはできないし、仮に当該具体例(実験データ)を発明の根拠と解し、上記範囲を広く見積もったとしても、その実験に供された蛍光体の母体結晶は、カルシン蛍光体をベースとするもの(正確には、カルシン蛍光体の結晶構造が維持されているかは不明であるから、カルシン蛍光体から派生した母体結晶)のみであって、他の母体結晶をベースとする蛍光体についてまで、その発光特性を類推することはできないのであるから、カルシン蛍光体をベースとする蛍光体の範囲内にとどまるというべきである。
オ 次に、発明の詳細な説明のうち、上記具体例が示された「発明を実施するための形態」以外の記載をみると、上記4(3)アにて認定したとおり、上記3(5)、(7)には、有意な量でLiFあるいはLiイオンを組み込むとカルシン蛍光体の発光特性(高効率・温度安定性等)が改善することについての説示を認めることができるものの、当該説示により、本願発明の課題に係る発光特性の改善に関する作用機序までを理解することはできず、ましてや、当該説示は、カルシン蛍光体をベースとする蛍光体についてのものであって、それ以外の蛍光体におけるLiFあるいはLiイオンによる作用機序をそこから把握することは到底不可能である。
カ 以上のとおりであるから、発明の詳細な説明の記載に基づいて、当業者が出願時の技術常識に照らして本願発明の課題を解決できると認識できる範囲は、広く見積もってもカルシン蛍光体をベースとするものにとどまるといえ、これを拡張ないし一般化した範囲(カルシン蛍光体以外の蛍光体をベースとするもの)についてまで、本願発明の課題が解決できることを当業者が認識することはできないと考えるが合理的である。

(4) 特許請求の範囲に記載された範囲(本願発明の技術的範囲)と、発明の詳細な説明の記載に基づいて、当業者が出願時の技術常識に照らして本願発明の課題を解決できると認識できる範囲との広狭関係について
上記4(2)のとおり、特許請求の範囲に記載された範囲(本願発明の技術的範囲)は、公知のカルシン蛍光体をベースとするものに限らず、カルシン蛍光体以外の蛍光体をベースにするものも対象としているのに対して、上記4(3)にて検討したとおり、発明の詳細な説明の記載に基づいて、当業者が出願時の技術常識に照らして本願発明の課題を解決できると認識できる範囲は、カルシン蛍光体をベースとするものにとどまるのであるから、特許請求の範囲に記載された範囲(本願発明の技術的範囲)が、発明の詳細な説明の記載によって裏付けられている範囲を超えるものであることは明らかである。
よって、本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定に適合するとはいえない。

第4 むすび

以上の検討のとおり、本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、本願は、同条同項に規定する要件を満たしていないから、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-08-19 
結審通知日 2015-08-24 
審決日 2015-09-04 
出願番号 特願2010-503468(P2010-503468)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (C09K)
P 1 8・ 537- WZ (C09K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 安藤 達也  
特許庁審判長 豊永 茂弘
特許庁審判官 國島 明弘
日比野 隆治
発明の名称 赤色に放射する蛍光体及びこの種の蛍光体を有する光源  
代理人 来間 清志  
代理人 久野 琢也  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
代理人 篠 良一  
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