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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01M
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01M
管理番号 1313678
審判番号 不服2015-10594  
総通号数 198 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-06-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-06-04 
確定日 2016-04-22 
事件の表示 特願2010-180483「燃料電池の運転方法」拒絶査定不服審判事件〔平成24年 2月23日出願公開,特開2012- 38689〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成22年 8月11日の特許出願であって,平成26年 2月12日付けで拒絶理由を通知し(発送日:同年 2月18日),同年 4月21日に意見書,手続補正書が提出され,同年 7月14日付けで最後の拒絶理由が通知され(発送日:同年 7月22日),同年 9月19日に意見書,手続補正書が提出されたが,平成27年 2月25日付けで平成26年 9月19日付けの手続補正が却下されるとともに,拒絶査定(発送日:平成27年 3月10日)がなされ,これに対して,同年 6月 4日に本件審判の請求がなされると同時に手続補正がなされたものである。

第2 平成27年 6月 4日付けの手続補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成27年 6月 4日付けの手続補正(以下,「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.補正後の本願発明
本件補正により,特許請求の範囲の請求項1は,
「【請求項1】
燃料ガスと酸化剤ガスの供給を受けて発電する燃料電池セルと,該燃料電池で発生する電力を外部に出力する電力出力端子と,を備える燃料電池スタックと,
該燃料電池スタックに近接して設けられ,該燃料電池スタックを加熱する加熱器と,
該燃料電池スタックから排出された未反応の前記燃料ガス及び前記酸化剤ガスを含む排ガスを燃焼させる燃焼器と,
を用い,
前記燃料電池スタックを始動させる際に,該燃料電池スタックを加熱して昇温させる固体酸化物形燃料電池の運転方法であって,
前記加熱器により,前記燃料電池スタックを加熱して,該燃料電池スタックを昇温させる第1昇温ステップと,
前記第1昇温ステップにより前記燃料電池スタックが加熱され,所定の第1温度に達した時点で,前記加熱器による加熱を継続した状態で,前記燃料電池スタックに前記燃料ガス及び前記酸化剤ガスの供給を開始し,前記燃焼器によって前記燃料電池スタックから排出される前記排ガスを燃焼させて,該燃料電池スタックを加熱して該燃料電池スタックを昇温させる第2昇温ステップと,
前記第2昇温ステップにより前記燃料電池スタックが加熱され,所定の第2温度に達した時点で,前記加熱器による加熱を停止し,前記燃焼器による加熱のみで前記燃料電池スタックを昇温させる第3昇温ステップと,
を有するとともに,
前記第2昇温ステップにおいて,
前記燃料電池スタックの前記電力出力端子を電力消費側に接続して該燃料電池スタックの発電を開始させて,前記燃料電池スタックが通電により発生するジュール熱を利用して該燃料電池スタックを昇温させるとともに,
前記燃料電池スタックの発電を開始する際に,該燃料電池スタックのスタック電圧を計測し,該スタック電圧が燃料電池セルあたり0.8Vの電圧以上となるように,前記燃料電池スタックに流れる電流を制御することを特徴とする固体酸化物形燃料電池の運転方法。」
と補正された(当審にて,補正された箇所に下線を付した。)。
本件補正は,本件補正前の請求項1を引用する請求項3に記載された発明を特定するために必要な事項である「燃料電池の運転方法」を「固体酸化物形燃料電池の運転方法」と,「前記燃料電池スタックの発電を開始する際に,該燃料電池スタックのスタック電圧を計測し,該スタック電圧が所定の電圧以上となるように,前記燃料電池スタックに流れる電流を制御すること」を「前記燃料電池スタックの発電を開始する際に,該燃料電池スタックのスタック電圧を計測し,該スタック電圧が燃料電池セルあたり0.8Vの電圧以上となるように,前記燃料電池スタックに流れる電流を制御すること」と,それぞれ限定することを含むものであって,本件補正後の請求項1に記載された発明は,本件補正前の請求項3に記載された発明と,産業上の利用分野及び解決しようとする課題が異なるものではないから,本件補正は,特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下,「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について以下に検討する。

2.引用例及びその記載事項
(1)原査定の拒絶の理由に引用された,本願の出願前に頒布された刊行物である特開2008-235286号公報(以下,「刊行物1」という。)には,「燃料電池およびその運転方法」に関し,図面とともに以下の事項が記載または示されている。

・「【技術分野】
【0001】
本発明は燃料電池およびその運転方法に関し,特に起動を迅速に行うことができる燃料電池およびその運転方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
次世代エネルギーとして,近年,燃料電池セルのスタックを収納容器内に収容した燃料電池が種々提案されている。
【0003】
固体電解質型燃料電池は,複数の固体電解質型燃料電池セルからなるセルスタックを収納容器内に収容して構成されている。
【0004】
固体電解質型燃料電池は作動温度が600?1000℃と高いため,この温度まで燃料電池セルを加熱する必要があり,実質的に発電するまでの時間が長いという問題があった。
【0005】
また,燃料電池セルを加熱するために長い時間を要するために,起動時間が長いという問題とともに,効率のよい加熱方法でなければエネルギーのロスも生じるため,総合的な発電効率が低下するという問題もある。」

・「【発明の効果】
【0041】
本発明の燃料電池によれば,収納容器内に,長手方向にガス流通路を有する燃料電池セルを所定間隔をおいて複数配列した燃料電池セルスタックを収納してなる燃料電池であって,前記収納容器は前記燃料電池セルを収納するための発電室と,前記燃料電池セルより排出される余剰の燃料ガスと前記発電室より排出される酸素含有ガスとを燃焼させるための燃焼室とを具備するとともに,前記発電室内に,前記燃料電池セルをその側方から加熱する加熱体を,前記燃料電池セルの側面と所定間隔をおいて設けることで,加熱部とこの加熱部から最も遠い燃料電池セルの部分との距離を小さくできるため,燃料電池セル全体を加熱するために要する時間を大幅に短縮することができ,起動時間を大幅に短縮できる。」

・「【0042】
図1は,本発明の燃料電池の一形態を示すもので,符号1は断熱構造を有する収納容器を示している。
【0043】
収納容器1は耐熱性金属からなる枠体(図示せず)と,この枠体の内面に設けられた断熱材(図示せず)とから構成されている。
【0044】
この収納容器1の内部には複数の燃料電池セル2が集合した燃料電池セルスタック3が複数収納され,燃料電池セルスタック3を構成する燃料電池セル2の下端部は燃料電池セル2の支持体を兼ねた燃料ガスタンク5の上蓋6に支持固定され,上端部は仕切り板7に支持固定されている。
【0045】
この仕切り板7により,収納容器1内に発電室9と燃焼室11が形成されている。また,この仕切り板7には酸素含有ガスを発電室9から燃焼室11に導入する酸素含有ガス排出孔13が形成されている。
【0046】
燃料電池セルスタック3は,例えば,図2に示すように,複数の燃料電池セル2を2列に整列させ,隣設した2列の最外部の燃料電池セル2の電極同士が導電部材15で接続され,これにより2列に整列した複数の燃料電池セル2が電気的に直列に接続している。
【0047】
なお,図2では燃料電池セル2の詳細な構造は省略した。
【0048】
図3は燃料電池セル2および燃料電池セルスタック3の構造を具体的に説明するもので,燃料電池セル2は,断面が扁平状で,全体的に見て楕円柱状であり,その内部には長手方向に複数の燃料ガス通路17が形成されている。この燃料電池セル2は燃料ガス通路17方向に長い形状であり,長手方向の長さは,長手方向と直交する幅方向長さよりも長く形成されている。
【0049】
この燃料電池セル2は,断面が扁平状で,全体的に見て楕円柱状の多孔質な金属を主成分とする燃料側電極2aの外面に,緻密質な固体電解質2b,多孔質な導電性セラミックスからなる酸素側電極2cを順次積層し,酸素側電極2cと反対側の燃料側電極2aの外面にインターコネクタ2dを形成して構成されており,燃料側電極2aが支持体となっている。
【0050】
一方の燃料電池セル2と他方の燃料電池セル2との間には,金属フェルト及び/又は金属板からなる集電部材19を介在させ,一方の燃料電池セル2の燃料側電極2aを,該燃料側電極2aに設けられたインターコネクタ2d,集電部材19を介して他方の燃料電池セル2の酸素側電極2cに電気的に接続して,燃料電池セルスタック3が構成されている。
【0051】
燃料電池セルスタック3において燃料側電極2a,固体電解質2b,酸素側電極2cが重畳した部分が発電する部分である。
【0052】
燃料電池セル2の長手方向において,燃料側電極2a,固体電解質2b,酸素側電極2cが重畳した部分は,発電室9の中央部に存在し,燃料電池セル2の長手方向における両端部は,固体電解質2bの上面に酸素側電極2cが形成されていない領域が形成されており,燃料電池セル2の両端部は発電に寄与していない。この酸素側電極2cが形成されていない燃料電池セル2の両端部が燃料タンク5の上蓋6,仕切り板7に支持されている。また,緻密な固体電解質2bにより,発電室9内における固体電解質2bの内外のガス混合を防止している。
【0053】
燃料ガスタンク5は上蓋6と底板並びに側板とで構成されており,その内部には燃料ガスタンク室21が形成され,この燃料ガスタンク室21には燃料電池セル2の発電に要する燃料ガスを導入する燃料ガス導入管22が接合されている。
【0054】
燃料電池セル2と燃料ガスタンク5の上蓋6にはガス通路が形成され(図示せず),このガス通路は燃料電池セル2の燃料ガス通路17に連通しており,燃料ガスは,燃料ガス導入管22,燃料ガスタンク室21を介し,ガス通路,燃料電池セル2の燃料ガス通路17を通過し,燃料電池セル2の上端から,燃焼室11へと導入される。
【0055】
そして,本発明の燃料電池では,燃料電池セル2の側方,すなわち,燃料電池セル2の側面と所定間隔をおいて燃料電池セルの側面を加熱する加熱体23が配置されている。
【0056】
図4に加熱手段として燃料ガスの燃焼を利用した加熱体23の断面構造を示す。
【0057】
加熱体23は対向して設けられた燃焼プレート23aと,これらの燃焼プレート23aを保持する外枠25と,この外枠25に接続され燃料プレート23a間の燃焼用ガス供給路23c内に燃料ガスと酸素含有ガスを供給する配管27とから構成されている。
【0058】
この配管27は収納容器1外部からの燃焼用ガス導入管28に接続されている。
【0059】
燃焼用ガスはプロパン等の燃料ガスと空気等の酸素含有ガスの混合ガスとされている。燃焼プレート23aは通気性を有する多孔質のセラミックスであり,燃焼プレート23aの外面である燃焼面(加熱部)23dにおいて,燃料ガスを燃焼させることにより加熱体としての機能を発現するものである。この燃焼プレート23aは,発電室9内における燃料電池セル2の側面のほぼ全体に対向するように形成されている。
【0060】
このとき,配管27を通じて燃焼用ガス供給路23cへ導入された燃料ガスと酸素含有ガスは,燃焼プレート23aの細孔を通過し,燃焼面23dで燃焼する。この燃焼により加熱体23,燃料ガス,酸素含有ガス,燃料電池セル2,収納容器1が同時に加熱されることになる。
【0061】
燃焼に寄与しなかった酸素含有ガスは燃料ガスの燃焼により加熱され,燃料電池セル2間へと供給される。
【0062】
このとき,燃焼面23dに到達した燃料ガスに,着火装置(図示せず)を用いて着火し,燃焼面23dの全面を燃焼領域としている。
【0063】
なお,図4の例で用いる燃焼プレート23aの細孔径は燃料ガスおよび酸素含有ガスを通過させうるものであればよい。また,燃焼プレートの補強のため,耐熱金属による網などを複合化させたものなどを用いてもよい。
【0064】
以上のように構成された燃料電池は,例えば以下のようにして運転される。
燃料電池が停止している状態から,燃料電池が発電を開始するまでの状態,すなわち,燃料電池セル2が発電を開始しない温度領域では,加熱体23に燃料ガスと,燃料電池セル2を加熱するために利用される燃料ガスを燃焼させるために必要な量の酸素を含む酸素含有ガスを導入する。
【0065】
加熱体23の燃焼プレート23aの燃焼面23dで,燃焼用ガスを燃焼させ,発生した燃焼熱で加熱体23,燃料ガス,酸素含有ガス,燃料電池セル2,収納容器1を加熱する。
燃料電池セル2が加熱され,発電を開始する温度に達すると,燃料ガスを完全燃焼させるために必要な酸素に加え,燃料電池セル2が発電のために消費する酸素を導入しなければならないため,この温度領域では起動直後に比べ,酸素含有ガスの導入量を増加させる。
【0066】
さらに燃料電池セル2の温度が上昇し,定常運転状態になった場合には加熱に要する燃料ガスの量は減少する。もしくは不要となる。従って,この温度領域では保温に要する燃料ガスのみを導入する。あるいは加熱が不要な場合には燃料ガスの供給を停止する。
【0067】
燃料ガスを燃焼させるために必要な酸素含有ガスの量も同時に減少するが,燃料電池セルが発電で消費する酸素含有ガスは増加する。そのため,定常運転時には保温に要する燃料ガスを燃焼させるために必要な酸素含有ガスの量と,燃料電池セルが発電で消費する酸素含有ガスの量との合量を導入する。
【0068】
燃料電池セル2における発電は,燃料ガス導入管22,燃料ガスタンク室21を介して,燃料電池セル2の燃料ガス通路17に導入される燃料ガスと,加熱体23を介して発電室9に導入される酸素含有ガスにより行われる。
【0069】
発電に関与しなかった余剰の燃料ガス,例えば水素は燃料電池セル2の上端から燃焼室11へ排出される。
【0070】
また,発電に関与しなかった余剰の酸素含有ガス,例えば空気は発電室9と燃焼室11を仕切る仕切り板7に設けられた酸素含有ガス排出孔13より,燃焼室11へ排出される。
【0071】
余剰の燃料ガスと余剰の酸素含有ガスは燃焼室11で燃焼させられ,排気ガス排出管29より外部へ排出される。
【0072】
なお,燃焼室11においても,余剰燃料に着火するための着火装置(図示せず)が設けられている。
【0073】
以上のように構成された燃料電池では,加熱体23により燃料電池セル2をその側方から側面全体をほぼ均一に急速に加熱することができるとともに,余剰の燃料ガスと余剰の酸素含有ガスとの燃焼熱を用いて燃料電池セル2を加熱することができ,加熱時間を大幅に短縮できる。」

・段落【0044】,【0046】,【0055】の記載事項と図1,図2の図示内容からみて,加熱体23が燃料電池セルスタック3に近接して設けられ,該燃料電池セルスタック3を加熱することが理解できる。

・段落【0064】?【0065】,【0068】?【0073】の記載事項から,燃料電池セルスタック3を始動させる際に,該燃料電池セルスタックを加熱して昇温させていることが理解できると共に,段落【0051】の記載事項により該燃料電池セルスタック3が固体電解質型のものであることが理解できる。

そうすると,これらの事項に基づいて,本願補正発明の表現に倣って整理すると,刊行物1には,以下の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「燃料ガスと酸素含有ガスの導入を受けて発電する燃料電池セル2と,を備える燃料電池セルスタック3と,
該燃料電池セルスタック3に近接して設けられ,該燃料電池セルスタック3を加熱する加熱体23と,
燃料電池セル2から排出された発電に関与しなかった余剰の前記燃料ガス及び前記酸素含有ガスを燃焼させる燃焼室11と,
を用い,
前記燃料電池セルスタック3を始動させる際に,該燃料電池セルスタック3を加熱して昇温させる固体電解質型燃料電池の運転方法であって,
燃料電池セル2が発電を開始しない温度領域では,前記加熱体23により燃料電池セル2を加熱し,
前記加熱体23により前記燃料電池セル2が加熱され,発電を開始する温度に達すると,起動直後に比べて酸素含有ガスの導入量を増加させるとともに,燃料電池セル2に燃料ガスと酸素含有ガスが導入され燃料電池セル2による発電が行われ,前記燃焼室11において燃料電池セル2から排出された発電に関与しなかった余剰の前記燃料ガス及び前記酸素含有ガスを燃焼させて該燃料電池セル2を加熱し,燃料電池セル2の温度が上昇し,
さらに前記燃料電池セル2が加熱され,定常運転状態になった場合には,加熱に要する燃料ガスの供給を停止し,前記燃焼室11における燃焼熱を用いて燃料電池セル2を加熱した,
固体電解質型燃料電池の運転方法。」

(2)原査定の拒絶の理由に引用された,本願の出願前に頒布された刊行物である特開2006-86019号公報(以下,「刊行物2」という。)には,「固体酸化物形燃料電池および運転開始時の予熱方法」に関し,図面とともに以下の事項が記載されている。

・「【技術分野】
【0001】
本発明は,シールレス構造を備えた固体酸化物形燃料電池の予熱構造および予熱方法に関するものである。」

・「【0032】
本実施形態の予熱制御は,既述したシールレス型固体酸化物形燃料電池の構造的な特徴を利用して,燃料電池スタック1(特に発電セル5)の予熱を行うものであって,予熱開始と同時に発電セル5に燃料ガスと酸化剤ガスを供給すると共に,燃料電池スタック1の外周部から外に放出される燃料ガスをスタック周辺に設けた燃焼手段20により燃焼し,その燃焼熱を利用して発電セルを加熱し,運転温度に昇温することを特徴としている。
ここで,運転温度とは,定格発電時に保たれる発電セル5の温度であり,例えば,低温作動型の固体酸化物形燃料電池では650?800℃程度である。
【0033】
図3に示す予熱方法では,運転開始時に燃料電池スタック1に対して所定量の燃料ガス(水素,もしくは,炭化水素と水蒸気の混合ガス)と酸化剤ガス(空気)が供給される。運転開始時の燃料供給量は定格発電時の燃料供給量の約20%程度である。また,空気の供給量は燃料ガスの燃焼反応に見合った必要量に制御される。
そして,燃料電池スタック1の外周部より放出された燃料ガス(この時点では供給された燃料ガスの全てが未反応ガスとして放出される)が,コントローラにより通電制御されたイグナイタ21の放電火花,もしくはヒータ21のジュール熱(700℃程度)によってスタック周辺部において着火すると共に,その近傍に配した燃焼触媒22により燃料ガスの燃焼反応が促進されて燃料電池スタック1(すなわち,発電セル5)を外側より加熱する。
【0034】
コントローラは,温度センサ23からの検出情報よりセパレータ8の温度(即ち,発電セル5の温度)を監視しつつ,燃料ガスの流量調整バルブ24の流量調整バルブを制御し,温度上昇に応じて燃料ガスの供給量を定格発電時の燃料供給量まで徐々に増加していく制御を行う。
この際の燃料ガスの増加は,安全性等を考慮してスタック外雰囲気中の残留燃料(水素)濃度を爆発限界未満の濃度4%以下に維持しながら行う。また,燃料ガスの増加と並行して酸化剤ガスの流量調整バルブ25を制御し,燃焼反応に必要な酸素量(空気量)も逐次増加していく。
【0035】
セパレータ8の温度が約200?250℃程度に達した時点で,燃料供給量は定格発電時の供給量に固定・保持され,以降,当供給量をもって燃料電池スタック1の加熱・昇温が継続される。
このように,燃料電池スタック1の温度上昇に応じて燃料ガスの供給量を増加していくことにより,スタック周辺部での急激な燃焼を防止したスムースな昇温が得られる。
【0036】
燃料ガスの燃焼反応が継続し,セパレータ8の温度が発電セル5に発電反応が生じ得る反応開始温度(500?600℃)に達すると,発電反応(電気化学反応)が開始される。この発電は所定出力が得られない未定格発電であって,以降,発電セル内部に電気化学反応によるジュール熱が発生し,発電セル5は内部からも加熱されるようになり,燃料ガスの燃焼熱と共に燃料電池スタック1の加熱・昇温は加速される。
尚,発電反応開始後は,発電セル5に供給された燃料ガスの内,発電反応で消費されなかった余剰ガス分がスタック周辺で燃焼することになる。
【0037】
これにより,燃料電池スタック1の外周部と内部との温度差を小さく抑えながら,発電セル5の昇温を促進することができ,発電セル5の割れを防ぎながら,発電セル5を効率良く運転温度に昇温させることができ,セパレータ温度約700℃前後で定格出力発電が可能となる。
【0038】
因みに,従来のヒータ予熱方式では,運転温度700℃まで昇温するのに約10時間程度を要していたが,上記した本発明の予熱方法によれば,約30分といった急速昇温が可能となった。」

(3)本願の出願前に頒布された刊行物である特開2009-26529号公報(以下,「刊行物3」という。)には,「燃料電池装置及び燃料電池装置の制御方法」に関し,図面とともに以下の事項が記載されている。

・「【0008】
この燃料電池装置は,固体酸化物型や高分子電解質型など様々なタイプの燃料電池装置であってよい。本明細書における「低温」とは,燃料電池装置の動作下限温度と比較して温度が低いという意味である。従って本発明は,特に固体酸化物型や溶融炭酸塩型などの動作下限温度の高い燃料電池装置(いわゆる高温作動型燃料電池装置)に適する。」

・「【0022】
上述したように,燃料電池装置100は,スタック10の温度が動作下限温度以上に上昇してから通常の動作を行う。ここでいう通常の動作とは,外部の装置から要求される電力を外部へ出力する動作をいう。従って燃料電池装置100の起動時は,スタック10を動作下限温度以上に昇温する必要がある。燃料電池装置100は,スタック10を動作下限温度以上に昇温してから燃料を供給するのではなく,動作下限温度まで昇温する間にも燃料を供給して電気を生成する化学反応を起こさせる。スタック10は化学反応の発熱によってその内部から加熱されるため,ヒータ等によって外部から加熱するよりも素早く昇温する。
スタック10の温度が動作下限温度以下の場合には,スタック10の出力(化学反応によって生じる電力)を適切に制御する(スタック10の電圧が異常に低下しないように制御する)必要がある。燃料電池装置100の起動時において,スタック10の温度が動作下限温度以上となるまでのスタック10の出力の制御を起動制御と称する。
【0023】
次に,燃料電池装置100の起動制御について説明する。図2は,統括制御器20が実行する起動制御のフローチャート図である。なお,燃料電池装置100が起動されると,スタック10への燃料供給が開始される。図2は,スタック10の電力の制御についてのフローチャート図であるため,燃料を供給する処理については図示していない。
電圧・電流制御器14a,14bは,統括制御器20によって,同じ制御状態(スタック10a,10bが出力する電流を目標電流に維持する電流制御の状態,又は,スタック10a,10bの夫々の電圧を目標電圧に維持する電圧制御の状態)に制御される。
以下の説明に表れる第1温度T0,第2温度T1,動作下限温度Tokの大小関係は,T0<T1<Tokである。以下の説明に表れる第1電圧V1,第2電圧V2,最大電圧Vmaxの大小関係は,V1<V2<Vmaxである。
【0024】
燃料電池装置100が起動されると,統括制御器20はまず,夫々の電圧・電流制御器14に対して電圧制御を動作させる指令を出力する(ステップS100)。このとき,スタック10の目標電圧Vsetは,最大電圧Vmaxに設定される。最大電圧Vmaxは,スタック10が発生できる最大の電圧値である。燃料電池装置100の起動時にまず目標電圧Vsetを最大電圧Vmaxに設定する理由は後述する。
なお,燃料電池装置100の起動前は,当然に電圧・電流制御器14は停止状態であるので,ステップS100の処理が実行される時点では電圧制御と電流制御はともに停止している。にもかかわらず図2のステップS100には「電流制御 OFF」と示してある。これは,統括制御器20が電圧・電流制御器14に対して電圧制御と電流制御のいずれかを選択的に実行させることを明示するためである。
【0025】
スタック10の温度は,化学反応の熱によって上昇する。統括制御器20は,スタック10の温度が第1温度T0を超えるまで,目標電圧VsetをVmaxに設定した状態で電圧・電流制御器14に電圧制御を維持させる(ステップS102:NO)。なお,図2における記号Tx_minは,スタック10aの温度とスタック10bの温度の低い方の温度を意味する。従って図2のステップS102は,スタック10aの温度とスタック10bの温度がともに第1温度T0を超える場合にステップS104に移行することを意味している。
スタック10a,10bの温度がともに第1温度T0を超える場合(ステップS102:YES),統括制御器20は,スタック10a,10bの温度がともに動作下限温度Tokを超えているか否かを判断する(ステップS104)。ここで,スタック10a,10bの温度がともに動作下限温度Tokを超えている場合とは,スタック10a,10bがともに定常動作が可能な温度に達していることを意味する。この場合(ステップS104:YES)には,起動制御を終了することができるのでステップS114へ処理を移行する。ステップS114の処理については後述する。
ステップS104がNOの場合,即ち,スタック10a,10bの少なくとも一方の温度が動作下限温度Tokに達していない場合には,電圧・電流制御器14における電圧制御の目標電圧Vsetを第1電圧V1に変更する(ステップS106)。なお,ステップS102の処理とステップS104の処理を合わせて数式で表現すると,T0<T_min<Tokの場合にステップS106を実行すると表現できる。
【0026】
次に統括制御器20は,スタック10a,10bの温度がともに第2温度T1を超えるまで,目標電圧Vsetを第1電圧V1に設定したまま,電圧・電流制御器14に電圧制御を維持させる(ステップS108:NO)。
スタック10a,10bの温度がともに第2温度T1を超えた場合(ステップS108:YES),統括制御器20は,電圧・電流制御器14における電圧制御の目標電圧Vsetを第2電圧V2に変更する(ステップS110)。
統括制御器20は,スタック10a,10bの温度がともに動作下限温度Tokを超えるまで,目標電圧Vsetを第2電圧V2に設定したまま,電圧・電流制御器14に電圧制御を維持させる(ステップS112:NO)。
スタック10a,10bの温度がともに動作下限温度Tokを超えた場合(ステップS112:YES),統括制御器20は,電圧・電流制御器14に対して次の指令を出力する。即ち,電圧・電流制御器14に対して,電圧制御を停止し,目標電流Isetをゼロに設定して電流制御を開始させる指令を出力する(ステップS114)。これにより,スタック10(スタック10a及びスタック10b)は,その出力電流が目標電流Iset=ゼロに維持される。
【0027】
ステップS114が実行された段階でスタック10a,10bの温度はともに動作下限温度Tokを超えているので,統括制御器20は起動制御を終了する。なお,起動制御が終了した後は,統括制御器20は,燃料電池装置100に対して外部から要求されている電圧を出力端40から出力するために次の処理を実行する。
統括制御器20は,起動制御が終了すると,燃料電池装置100に要求される出力電圧に応じて目標電流Isetを所定の値に設定する。電圧・電流制御器14は,スタック10が出力する電流をIsetに維持する電流制御を行う。
【0028】
統括制御器20による起動制御の意味を,図3を参照しながら説明する。図3は,スタック10のI-V特性(電流-電圧特性)のグラフである。図3のグラフの縦軸はスタック10の電圧であり,横軸はスタック10が出力する電流である。図3には,スタック10の温度が第1温度T0,第2温度T1,及び動作下限温度TokのときのI-V特性が実線で示してある。また図3には,スタックの温度が(T1-ΔT)のときのI-V特性が破線で示してある。
【0029】
スタック10が出力する電流と電圧の関係は,図3に示す通り,出力する電流(スタック10から引き出す電流)が大きくなるほどスタックの電圧が低下する関係となる。スタック10が出力する電流の大きい領域では,スタック10の出力電流が大きくなるにつれてスタック10の電圧が急激に低下する。
また,スタック10のI-V特性は,スタック10の温度に対する依存性が強い。即ち,同じ電流を出力する場合であっても,温度が低いほどスタックの電圧は低くなり,かつ,電圧のばらつきが大きくなる。
スタック10は,供給する燃料のうちの水素がイオン化するときに発生する電子を電流として出力する。従って,定常状態ではスタックは電流制御される。ここで,目標電流IsetをI1に設定してスタックを電流制御する場合を想定する。図3より,スタックの出力電流がI1のときに,スタックの温度が第2温度T1であればスタック電圧は第1電圧V1となり,スタックの温度が(T1-ΔT)であればスタックの電圧はVeとなる。温度変化に対する電圧の変化率ΔV/ΔTは,目標電流I1及びスタック温度T1の付近で大きい。従って,目標電流IsetをI1に設定してスタックを電流制御すると,スタックの温度が第2温度T1まで上昇する間にスタックの電圧が急激に変化する。このとき,目標電流I1に対してスタックの能力が予定外に低いと,スタックの電圧が異常に低下してしまう(スタックの電圧が所定の電圧より低下してしまう)。スタックの能力が予定外となり得ることが,スタックの電圧がばらつく要因である。燃料電池のスタックは,電圧が異常に低い状態で電流を出力させ続けると劣化することが知られている。スタックの温度が低い状態で燃料電池装置を起動するときにスタックを電流制御する場合は,スタックの温度上昇にともなってI-V特性が変化するため,電圧の異常低下を回避するための目標電流を定めることは困難である。
また,ひとつのスタックの内部でも温度分布が存在する。例えば,スタックの内部で温度がT1の領域と温度が(T1-ΔT)の領域が存在すると,温度が(T1-ΔT)の領域で局所的に電圧がVeまで低下する。スタックの内部にΔTの温度分布がある場合,スタック内部の電気的状態の分布(この場合は電圧の分布)が不均一となる。スタック内部の電気的状態の不均一は,スタックを劣化させる一因となる。
【0030】
本実施例の燃料電池装置100では,スタックの温度が動作下限温度Tokより低い場合には,スタックを電圧制御する。具体的には,スタック10の温度が第2温度T1より低い場合(かつスタック10の温度が第1温度T0よりも高い場合)には,目標電圧Vsetを第1電圧V1に設定してスタック10を電圧制御する(図2のステップS106)。第1電圧V1(目標電圧)は,スタックの特性から予め定められる値であり,スタックの劣化が急激に進行しないレベル以上の値に設定される。スタック10はその電圧が第1電圧V1に一致するように出力電流が調整されるため,スタック10の電圧は第1電圧V1より低くなることはない(但し,電圧制御とはいえ多少の電圧変動は起こり得る)。燃料電池装置100の起動時にスタックの温度が低いためにスタックの電圧が急激に低下することを防止できる。スタックの劣化を低減することができる。
さらに,スタック10の電圧が目標電圧Vset=V1となるように電圧制御すると,図3に示すように,スタック10の温度が第2温度T1まで上昇していればスタック10が出力する電流はI1となる。スタック10の温度が(T1-ΔT)の場合にはスタック10が出力する電流はIeとなる。I1とIeの電流差ΔIは小さい。従って,スタック10の内部でΔTの温度分布がある場合でも,スタックの内部で電気的状態の分布(ここでは電流の分布)の不均一さは小さくなる。スタック10を電圧制御すると,スタックの内部の温度分布による電気状態の不均一さを電流制御時の不均一さよりも小さくすることができる。スタック10を電圧制御すると,スタックの内部の温度分布による劣化を低減することができる。
【0031】
スタックの温度が動作下限温度Tokより低い場合にスタックを電圧制御することによって次の効果も得ることができる。
図3に示す通り,スタックを電流制御する場合でも,目標電流を小さく設定すればスタックの電圧が極端に低下することはない。しかしながら,スタックからは所定の電流を引き出す(出力させる)方がよい。これは次の理由による。前述した通り,燃料電池装置のスタックは,燃料がイオン化する際に放出する電子を電流として出力する。スタックから出力される電流を小さくすると,イオン化されない燃料がスタック内で局所的に燃焼するため,温度分布の不均一や局所的な劣化が生じる虞がある。そのような事象を生じさせないためにスタックからは所定の電流を引き出す方がよい。さらに,スタックから所定の電流を引き出すことで,化学反応による発熱を増加させることができる。スタック内での発熱を増加させることで,スタックを素早く昇温することができる。燃料電池装置では,スタックの異常な電圧低下を回避しながら所定の電流を出力させることが望まれている。
本実施例の燃料電池装置100は,温度が動作下限温度Tok以下の場合にスタック10をあえて電圧制御する。燃料電池装置100は,スタック10の温度が動作下限温度Tokまで上昇するまでの過渡期において,スタック10の目標電圧を適切に選定すれば電圧制御であっても所定の電流をスタック10から引き出すことができる。これによってスタック10の異常な電圧低下を回避しながら所定の電流をスタック10から引き出すことができる。
【0032】
実施例の燃料電池装置100では,スタック10の温度上昇にともなって目標電圧を段階的に増加させる。スタック10aの温度とスタック10bの温度の低い方の温度Tx_minがT0<Tx_min≦T1の場合は,目標電圧Vsetは第1電圧V1に設定される(ステップS106)。T1<Tx_min≦Tokの場合は,目標電圧Vsetは第2電圧V2に設定される。
スタック10の温度が動作下限温度Tokに上昇するまでにスタック10のI-V曲線上の動作点は次の通り変化する。なお,ここではひとつのスタックのみを考える。即ち,図2では複数のスタック10a,10bの温度のうち低い温度をTx_minで表したが,ここではひとつのスタックの温度Txのみを考える。
スタック10の温度Txが第1温度T0に達すると,目標電圧Vsetが第1電圧V1に設定される(ステップS106)。このときスタック10の動作点は図3の点P1である。スタック10の温度が第1温度T0から第2温度T1まで上昇するにつれて,スタック10の動作点は点P1から点P2へ移動する。スタック10の温度が第2温度T1を超えると目標電圧Vsetが第1電圧V1から第2電圧V2に変更される(ステップS108:YES,及びステップS110)。このときスタック10の動作点は点P2から点P3へ移動する。スタック10の温度が第2温度T1から動作下限温度Tokまで上昇するにつれて,スタック10の動作点は点P3から点P4へ移動する。
起動制御中に電圧制御されているスタック10が出力する電流は,図3のIminからImaxの範囲となる。スタック10の温度上昇にともなって段階的に増加させる目標電圧の値(上記の例では第1電圧V1と第2電圧V2)を適宜調整することによって,起動制御中にスタック10が出力する電流を所定の範囲内とすることができる。このことは即ち,擬似的な電流制御を実現できることを意味する。しかもスタックは実際には電圧制御されているので,スタックの電圧が目標電圧より低くなることはない(但し,電圧制御とはいえ多少の電圧変動は起こり得る)。スタック10の温度上昇にともなって電圧制御の目標電圧を段階的に増加させることによって,スタック10の電圧が異常に低くなることを回避しながら(即ち,スタックの劣化を抑制しながら),擬似的な電流制御を行うことができる。
上記の「所定の範囲」は,スタック10に供給する燃料(水素)の量に見合った電流の範囲に設定されることが好ましい。電圧制御であっても,スタック10の出力電流をスタック10に供給される燃料に見合った範囲内とすることができる。これによって,イオン化されない燃料がスタック内で局所的に燃焼する現象を抑制することができる
【0033】
実施例の燃料電池装置100は,複数のスタック(スタック10a,10b)を備えており,全てのスタックの温度が動作下限温度Tokを超えるまでは全てのスタックが電圧制御される。そして,全てのスタックの温度が動作下限温度Tokを超えた時点で,目標電流をゼロに設定した電流制御に切換える(ステップS114)。全てのスタックが定常動作可能となって時点で,全てのスタックを同じ状態(出力電流ゼロ)から一斉に定常動作へ移行することができる。また,夫々のスタックの温度が異なっていても,最も低い温度Tx_minに応じて目標電圧Vsetを段階的に増加する(ステップS108)。即ち,複数のスタックを同一の目標電圧で電圧制御する。これにより,制御指示形態を簡略化できるとともに,複数のスタックの温度が異なっていても最も温度の低いスタックにおける電圧の異常低下を回避することができる。
【0034】
なお,スタック10の温度が第1温度T0以下の場合に目標電流Vset=Vmaxとして電圧制御するのは次の理由による。図3からわかる通り,Vmaxはスタック10が出力できる最大電圧であり,スタック10の電圧が最大電圧Vmaxの場合には電流は流れない。目標電圧Vset=Vmaxとして電圧制御することは,事実上,スタック10から電流を引き出さないことを意味する。スタック10の温度が極端に低い場合(スタックの温度が第1温度T0以下の場合)とは,スタック内での化学反応の開始直後を意味する。化学反応の開始直後はスタックの内部の温度分布が大きい。そのような状態でスタックから電流を引き出すとスタック内部の電気状態がひどく不均一となり,スタックが劣化し易いからである。」

(4)本願の出願前に頒布された刊行物である特開2004-55192号公報(以下,「刊行物4」という。)には,「固体電解質形燃料電池装置の運転方法及び運転システム」に関し,図面とともに以下の事項が記載されている。

・「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は,シールレス構造の固体電解質型燃料電池の運転方法及び運転システムに関する。」

・「【0026】
ここで,固体電解質層4はイットリアを添加した安定化ジルコニア(YSZ)等で構成され,燃料極層5はNi,Co等の金属あるいはNi-YSZ,Co-YSZ等のサーメットで構成され,空気極層6はLaMnO3 ,LaCoO3 等で構成され,燃料極集電体8はNi基合金等のスポンジ状の多孔質焼結金属板で構成され,空気極集電体9はAg基合金等のスポンジ状の多孔質焼結金属板で構成され,セパレータ10はステンレス等で構成されている。
【0027】
また,燃料電池スタック3の側方には,各セパレータ10の燃料通路11に接続管13を通して燃料ガスを供給する燃料用マニホールド15と,各セパレータ10の酸化剤通路12に接続管14を通して空気(酸化剤ガス)を供給する酸化剤用マニホールド16とが,発電セル7の積層方向に延在して設けられている。
【0028】
また,この燃料電池では,セパレータ10の中心部から供給する燃料ガス及び空気を外周方向に拡散させながら,燃料極層5及び空気極層6の全面に良好な分布で行き渡らせることができるようになっている。しかも,この燃料電池では,発電セル7の外周部にガス漏れ防止シールを設けていないので,発電に使用されない余剰ガスを,発電セル7の外周部から外に自由に放出できるようになっている。
【0029】
図1を用いてガスの流れを説明すると,燃料ガスG1と空気(酸化剤ガス)G2は,発電セル7の中心部から外周方向に拡散するように流れながら,固体電解質層4との界面に到達して電気化学反応を起こす。そして,発電に使用されなかったガスの余剰分Y1,Y2は,そのまま発電セル7の外周部から外へ放出されていく。ここで問題となるのは,燃料ガスの余剰分Y1である。燃料ガスの余剰分Y1が大量に発電セル7の外に放出されると,発電セル7外での燃焼温度が上昇し過ぎる可能性がある。」

・「【0039】
しかも,負荷の変動に応じたガス供給量の変動にかかわらず,発電セル7のセル電圧が一定にコントロールされるので,セル電圧が例えば0.5V以下に下がることによって,発電性能の低下をきたす発電セル7の劣化現象を防止することができる。
例えば,セル電圧を常に0.8Vに一定に保ちながら負荷の大小により,ガス供給量G1を制御するようにすれば,発電セル7の劣化を抑え,長期にわたり良好な発電性能を維持することができる。」

3.発明の対比
本願補正発明と引用発明とを対比すると,後者の「酸素含有ガス」は前者の「酸化剤ガス」に相当し,以下同様に,「導入」は「供給」に,「燃料電池セル2」は「燃料電池セル」に,「燃料電池セルスタック3」は「燃料電池スタック」に,「加熱体23」は「加熱器」に,「発電に関与しなかった余剰の」は「未反応の」に,「燃焼室11」は「燃焼器」に,「固体電解質型燃料電池」は「固体酸化物形燃料電池」に,「発電を開始する温度に達すると」は「所定の第1温度に達した時点で」に,「定常運転状態になった場合」は「所定の第2温度に達した時点」に,それぞれ相当する。
後者において,「燃料電池セルスタック3」は「燃料電池セル2」の集合体であるから,後者の「燃料電池セル2から排出された発電に関与しなかった余剰の前記燃料ガス及び前記酸素含有ガスを燃焼させる燃焼室11」は,「燃料電池スタックから排出された未反応の前記燃料ガス及び前記酸化剤ガスを含む排ガスを燃焼させる燃焼器」に相当する。
後者において,「燃料電池セルスタック3」は「燃料電池セル2」の集合体であって,燃料電池セル2を加熱すれば,燃料電池セルスタック3を加熱して昇温させることになるから,後者の「燃料電池セル2が発電を開始しない温度領域では,加熱体23により燃料電池セル2を加熱」させるステップは,前者の「前記加熱器により,前記燃料電池スタックを加熱して,該燃料電池スタックを昇温させる第1の昇温ステップ」に相当する。
後者の「前記加熱体23により前記燃料電池セル2が加熱され,発電を開始する温度に達すると,起動直後に比べて酸素含有ガスの導入量を増加させるとともに,燃料電池セル2に燃料ガスと酸素含有ガスが導入され燃料電池セル2による発電が行われ,前記燃焼室11において燃料電池セル2から排出された発電に関与しなかった余剰の前記燃料ガス及び前記酸素含有ガスを燃焼させて該燃料電池セル2を加熱し,燃料電池セル2の温度が上昇」させるステップは,前者の「前記第1昇温ステップにより前記燃料電池スタックが加熱され,所定の第1温度に達した時点で,前記加熱器による加熱を継続した状態で,燃料電池スタックに前記燃料ガスと前記酸化剤ガスの供給を開始し,前記燃焼器によって燃料電池スタックから排出された前記排ガスを燃焼させて,該燃料電池スタックを加熱して該燃料電池スタックを昇温させる第2昇温ステップ」に相当する。
後者の「さらに前記燃料電池セル2が加熱され,定常運転状態になった場合には,加熱に要する燃料ガスの供給を停止し,前記燃焼室11における燃焼熱を用いて燃料電池セル2を加熱」するステップは,「前記第2昇温ステップにより前記燃料電池スタックが加熱され,所定の第2温度に達した時点で,前記加熱器による加熱を停止し,前記燃焼器による加熱のみで前記燃料電池スタックを昇温させる第3の昇温ステップ」に相当する。
そうすると,両者は,
「燃料ガスと酸化剤ガスの供給を受けて発電する燃料電池セル,を備える燃料電池スタックと,
該燃料電池スタックに近接して設けられ,該燃料電池スタックを加熱する加熱器と,
該燃料電池スタックから排出された未反応の前記燃料ガス及び前記酸化剤ガスを含む排ガスを燃焼させる燃焼器と,
を用い,
前記燃料電池スタックを始動させる際に,該燃料電池スタックを加熱して昇温させる固体酸化物形燃料電池の運転方法であって,
前記加熱器により,前記燃料電池スタックを加熱して,該燃料電池スタックを昇温させる第1の昇温ステップと,
前記第1昇温ステップにより前記燃料電池スタックが加熱され,所定の第1温度に達した時点で,前記加熱器による加熱を継続した状態で,燃料電池スタックに前記燃料ガスと前記酸化剤ガスの供給を開始し,前記燃焼器によって前記燃料電池スタックから排出される前記排ガスを燃焼させて,該燃料電池スタックを加熱して,該燃料電池スタックを昇温させる第2昇温ステップと,
前記第2昇温ステップにより前記燃料電池スタックが加熱され,所定の第2温度に達した時点で,前記加熱器による加熱を停止し,前記燃焼器による加熱のみで前記燃料電池スタックを昇温させる第3の昇温ステップと,
を有する,固体酸化物形燃料電池の運転方法。」
の点で一致し,以下の各点で相違する。
<相違点1>
燃料電池スタックが,本願補正発明では,「該燃料電池で発生する電力を外部に出力する電力出力端子」を備えるのに対して,引用発明では,そのような特定はなされていない点。
<相違点2>
前記第2昇温ステップにおいて,本願補正発明では,「前記燃料電池スタックの前記電力出力端子を電力消費側に接続して該燃料電池スタックの発電を開始させて,前記燃料電池スタックが通電により発生するジュール熱を利用して該燃料電池スタックを昇温させる」のに対して,引用発明では,該燃料電池セルの発電を開始させるものの,それ以上の特定はなされていない点。
<相違点3>
本願補正発明では,「前記燃料電池スタックの発電を開始する際に,該燃料電池スタックのスタック電圧を計測し,該スタック電圧が燃料電池セルあたり0.8Vの電圧以上となるように,前記燃料電池スタックに流れる電流を制御する」のに対して,引用発明では,そのような特定はなされていない点。

4.相違点の検討
<相違点1,2について>
(1)燃料電池で発生する電力を外部に出力すること自体は,通常採用される技術的事項なのであって,その際に燃料電池スタックに電力を外部に出力するための電力出力端子を設けることは,常套手段といえる。
また,電力出力端子を電力消費側に接続して発電を開始することも通常採用される技術的事項である。
(2)刊行物2には,「固体酸化物形燃料電池の運転方法において,運転温度に達するまでの時間を短縮するために,燃料電池スタックの外周に放出された未反応ガスを燃焼して燃料電池スタックを外側から加熱すると共に,発電反応が開始されると,発電セル内部に電気化学反応によるジュール熱が発生し,発電セルは内部からも加熱されるようになり,燃料ガスの燃焼熱と共に燃料電池スタックの加熱・昇温が加速される運転方法。」が記載されている。
(3)引用発明と刊行物2に記載された事項は,固体電解質型(固体酸化物形)燃料電池の運転方法において,運転温度に達するまでの時間を短縮するという課題で共通しているから,上記(1)で指摘した事項をふまえれば,引用発明に刊行物2に記載された運転方法を適用して,相違点1,2に係る本願補正発明の構成を採用することは,当業者が容易になし得たことである。

<相違点3について>
刊行物3には,「固体酸化物形燃料電池に適したスタックの温度が動作下限温度以上となるまでのスタックの出力の制御において,スタックの劣化を低減するために,スタックの温度が動作下限温度よりも低い場合に,スタックの電圧が目標電圧V1に一致するように(燃料電池のスタック電圧を測定し,該スタック電圧が目標電圧V1となるように)出力電流が調整される(前記燃料電池スタックに流れる電流を制御する)こと」が記載されている(特に,段落【0008】,【0022】,【0030】,【0032】を参照のこと。)。
また,刊行物3には,段落【0029】に,スタック内部に温度分布が存在することによる電気的状態の不均一がスタックを劣化させる一因となることも開示されている。
そして,刊行物4には,固体電解質型(固体酸化物形)燃料電池の運転方法において,発電セルの劣化を抑えるために,セル電圧を0.8Vに一定に保つように制御するという事項が記載されている(特に,段落【0001】,【0039】を参照。)。
そうすると,引用発明と刊行物3に記載された事項とは,燃料電池スタックの温度を考慮した固体酸化物形燃料電池の運転方法で共通しているし,刊行物3に記載された事項と刊行物4に記載された事項とは,固体酸化物形燃料電池スタック(あるいはセル)の劣化を防止するという課題で共通しているから,引用発明において,刊行物4に記載された事項を考慮しつつ上記スタック内部の温度あるいは電気的状態の不均一による劣化についての示唆のある刊行物3に記載された事項を適用することにより,相違点3に係る本願補正発明の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たことである。

そして,本願補正発明の効果について検討しても,引用発明,刊行物2に記載された事項,刊行物3に記載された事項,及び刊行物4に記載された事項からみて格別顕著なものがもたらされるものではない。

以上を総合すると,上記相違点にかかわらず,本願補正発明は,引用発明,刊行物2に記載された事項,刊行物3に記載された事項,及び刊行物4に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。
したがって,本願補正発明は,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。

5.小括
以上のとおり,本件補正は,特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであり,同法第159条第1項で準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって,補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1.本願発明
平成27年 6月 4日付けの手続補正は,上記のとおり却下されたので,本願の請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は,平成26年 4月21日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものと認められる。
「【請求項1】
燃料ガスと酸化剤ガスの供給を受けて発電する燃料電池セルと,該燃料電池で発生する電力を外部に出力する電力出力端子と,を備える燃料電池スタックと,
該燃料電池スタックに近接して設けられ,該燃料電池スタックを加熱する加熱器と,
該燃料電池スタックから排出された未反応の前記燃料ガス及び前記酸化剤ガスを含む排ガスを燃焼させる燃焼器と,
を用い,
前記燃料電池スタックを始動させる際に,該燃料電池スタックを加熱して昇温させる燃料電池の運転方法であって,
前記加熱器により,前記燃料電池スタックを加熱して,該燃料電池スタックを昇温させる第1昇温ステップと,
前記第1昇温ステップにより前記燃料電池スタックが加熱され,所定の第1温度に達した時点で,前記加熱器による加熱を継続した状態で,前記燃料電池スタックに前記燃料ガス及び前記酸化剤ガスの供給を開始し,前記燃焼器によって前記燃料電池スタックから排出される前記排ガスを燃焼させて,該燃料電池スタックを加熱して該燃料電池スタックを昇温させる第2昇温ステップと,
前記第2昇温ステップにより前記燃料電池スタックが加熱され,所定の第2温度に達した時点で,前記加熱器による加熱を停止し,前記燃焼器による加熱のみで前記燃料電池スタックを昇温させる第3昇温ステップと,
を有するとともに,
前記第2昇温ステップにおいて,
前記燃料電池スタックの前記電力出力端子を電力消費側に接続して該燃料電池スタックの発電を開始させて,前記燃料電池スタックが通電により発生するジュール熱を利用して該燃料電池スタックを昇温させることを特徴とする燃料電池の運転方法。」

2.引用例の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された刊行物及びその記載事項は前記第2 2.(1)(2)に記載したとおりである。

3.対比・判断
本願発明と引用発明とを対比すると,引用発明の「固体電解質型燃料電池」は本願発明の「燃料電池」に相当し,その余の点は,前記第2 3.で検討した対比と同様であるから,両者は,
「燃料ガスと酸化剤ガスの供給を受けて発電する燃料電池セルと,を備える燃料電池スタックと,
該燃料電池スタックに近接して設けられ,該燃料電池スタックを加熱する加熱器と,
該燃料電池スタックから排出された未反応の前記燃料ガス及び前記酸化剤ガスを含む排ガスを燃焼させる燃焼器と,
を用い,
前記燃料電池スタックを始動させる際に,該燃料電池スタックを加熱して昇温させる燃料電池の運転方法であって,
前記加熱器により,前記燃料電池スタックを加熱して,該燃料電池スタックを昇温させる第1昇温ステップと,
前記第1昇温ステップにより前記燃料電池スタックが加熱され,所定の第1温度に達した時点で,前記加熱器による加熱を継続した状態で,前記燃料電池スタックに前記燃料ガス及び前記酸化剤ガスの供給を開始し,前記燃焼器によって前記燃料電池スタックから排出される前記排ガスを燃焼させて,該燃料電池スタックを加熱して該燃料電池スタックを昇温させる第2昇温ステップと,
前記第2昇温ステップにより前記燃料電池スタックが加熱され,所定の第2温度に達した時点で,前記加熱器による加熱を停止し,前記燃焼器による加熱のみで前記燃料電池スタックを昇温させる第3昇温ステップと,
を有する,燃料電池の運転方法。」
の点で一致し,以下の各点で相違する。
<相違点1’>
燃料電池スタックが,本願発明では,「該燃料電池で発生する電力を外部に出力する電力出力端子」を備えるのに対して,引用発明では,そのような特定はなされていない点。
<相違点2’>
前記第2昇温ステップにおいて,本願発明では,「前記燃料電池スタックの前記電力出力端子を電力消費側に接続して該燃料電池スタックの発電を開始させて,前記燃料電池スタックが通電により発生するジュール熱を利用して該燃料電池スタックを昇温させる」のに対して,引用発明では,該燃料電池セルの発電を開始させるものの,それ以上の特定はなされていない点。
上記<相違点1’>,<相違点2’>について検討すると, 前記第2 4.の<相違点1,2について>において検討したのと同様に,引用発明において,それら相違点1’及び相違点2’に係る本願発明の構成を採用することも当業者が容易に想到し得たものであって,本願発明は,引用発明及び刊行物2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.むすび
以上のとおり,本願発明は,引用発明及び刊行物2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そうすると,本願は,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,拒絶されるべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-02-15 
結審通知日 2016-02-17 
審決日 2016-03-01 
出願番号 特願2010-180483(P2010-180483)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (H01M)
P 1 8・ 121- Z (H01M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 武市 匡紘関口 哲生  
特許庁審判長 新海 岳
特許庁審判官 藤井 昇
矢島 伸一
発明の名称 燃料電池の運転方法  
代理人 青木 昇  

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