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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H04R
管理番号 1315247
審判番号 不服2014-19816  
総通号数 199 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-10-02 
確定日 2016-06-01 
事件の表示 特願2013-118760「耳鳴り緩和のための音質向上システム」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 1月16日出願公開、特開2014- 7740〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成25年6月5日(パリ条約に基づく優先権主張 平成24年6月26日 デンマーク(DK) 欧州特許庁(EP))を出願日とする出願であって、平成26年1月29日付けで拒絶理由が通知され、同年5月2日付けで意見書が提出されたが、同年5月30日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年10月2日付けで拒絶査定不服の審判が請求され、平成27年7月24日付けで当審による拒絶理由が通知され、同年11月27日付けで手続補正がなされたものである。

2.本願発明
本願の請求項1ないし15に係る発明は、平成27年11月27日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし15に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「【請求項1】
補聴器のユーザに耳鳴り緩和を提供する音質向上システム(1)であって、
キャリア信号を提供する、信号生成器(2)と、
前記キャリア信号を変調済み信号に変調する、第1の信号変調器(4)を含む少なくとも1つの信号変調器と、
前記変調済み信号を前記ユーザに提示される音響信号に変換する、出力トランスデューサ(8)と、
メモリ(6)を備えており、
前記メモリ(6)が、自然界の音声信号を示す少なくとも1つの特徴を格納するように構成されており、自然界の音声信号を示す前記少なくとも1つの特徴が、第1の特徴を含んでおり、
前記変調済み信号から変換された前記音響信号が、前記ユーザにとって自然界の音声信号のように聞こえるように、前記少なくとも1つの信号変調器(4)が、前記少なくとも1つの特徴に従って、前記キャリア信号を変調するように構成されている、音質向上システム。」

3.引用例
平成27年7月24日付け拒絶理由で引用した特表2010-520682号公報(以下「引用例1」という。)には、「耳鳴りの軽減のための音質向上」について、図面とともに以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与した。

ア.「【0001】
本発明は、耳鳴り(tinnitus)を軽減(relief)することに適応された新規な音質向上(sound enrichment)システムに関する。更に、本発明は、音質向上システムの一部を実行するソフトウエアプログラムに関する。更に付加的には、本発明は、耳鳴りを軽減するための音質が向上された音声信号を与えるための方法に関する。」

イ.「【0015】
本発明によれば、上記及びその他の目的は、耳鳴りの軽減を与えるために適応された、音質向上システムによって実現されるものであって、音質向上システムは、雑音信号を与えるための雑音発生器と、音質向上システムを使用する間は、前記雑音信号を、このユーザーに与えられる音響信号に変換するように適応された出力トランスデユーサーとから構成されており、音質向上システムは、更に、雑音信号を、ランダムに、あるいは、擬似ランダムに、変調(modulate)するように適応されている、少なくとも一つの信号変調器(modulator)から構成される。このように、雑音信号を変換することは、好ましくは、変調された雑音信号を変換することである。本発明の一実施例によれば、少なくとも一つの信号変調器により変調された雑音信号のみが、音響信号へと変換される。
【0016】
発生した雑音信号を、ランダムに、あるいは、擬似ランダムに、変調するように適応された信号変調器を、音質向上システムに備えることによって、前記雑音信号の単調さが無くなり、その結果、変調された前記雑音信号は、多くのユーザーが、長期間に亘ってさえも、それを聴くことが快適であることが、実現される。
【0017】
前記変調器及び前記雑音信号発生器は、一つのユニットとして構成してもよく、それにより、ランダムに、又は、擬似ランダムに、変調された前記雑音信号を発生することが可能になる。本発明の一実施例では、更に、前記雑音発生器及び前記変調器は、動作的には、相互に接続される2つの別々のユニットとして構成してもよい。
【0018】
本発明の好ましい一実施例では、前記雑音発生器は、白色雑音信号を発生する雑音発生器である。ここで、「白色雑音」とは、白色雑音発生器の動作周波数レンジにおいて実質的にフラットなパワースペクトル密度を有する、ランダムな信号(またはプロセス)である。換言すれば、前記信号のパワースペクトル密度は、与えられた帯域幅を有し、いかなる周波数帯域においても、いかなる中心周波数においても、実質的に等しいパワーを有する。白色雑音は、すべての周波数を含む白色電灯に類似したものと考えられる。
【0019】
「白色雑音」という用語は、零次自己相関係数(zero autocorrelation)を有する雑音信号に対して一般的に使用される用語である。従って、雑音信号は、周波数ドメインにおいて、“白色”である。本発明の一実施例では、前記雑音発生器は、周波数ドメインにおいて、白色雑音信号を発生する。しかし、時間と非相関なので、信号が取ることのできる値を制限しない。値のいかなる分布も可能である(ただし、これは零次の直流成分でなければならない)。
【0020】
例えば、1又は0の値のみ取ることが出来る2値信号は、もし、0と1の数列が、統計的に、非相関であれば、白色となる。正規分布(normal distribution)のような連続的な振幅分布を有する雑音は、白色ともなる。ガウス雑音(Gaussian noise)(即ち、ガウス振幅分布をもった雑音)は、必ず、白色雑音であると、しばしば、間違って考えられている。しかし、どちらの特性も他の特性を意味はしない。「ガウス」という用語は、信号の値が分布している方法に関係している。一方、「白色」という用語は、前記雑音信号の振幅の分布には依存せずに、2つの区別される時間における相関に関係している。本発明の別の実施例では、前記雑音発生器は、ガウス白色雑音、又は、ポアソン(Poissonian)白色雑音を発生する。これによって、多くの実際の世界の状況と良好な近似となり、かつ、標準的な数学的モデルを使用することによって発生できる、白色雑音を発生するのに適応した雑音発生器が、実現できる。ガウス白色雑音の更なる利点は、その値が独立していることである。
【0021】
本発明の音質向上システムのユーザーにとっては、雑音の周波数重み付け(一般的に、色合い(coloration)と呼ぶ)を使用することは、有益である。本発明の他の実施例では、前記雑音発生器は、白色以外の別の色、例えば、ピンク、ブルー、または、ブラウンの色、を有する雑音信号を発生する。」

ウ.「【0047】
多くの耳鳴りの被害者は、聴覚の損失の被害にも合っているので、本発明の好ましい一実施例の音質向上システムは、補聴器の一部を形成している。これによって、補聴器は、ユーザーが感知した耳鳴りを軽減するのと同様に、ユーザーの聴覚の損失に対しても対応できるように、適応してもよい。本発明の一実施例では、補聴器の出力トランスデューサーは、音質向上システムの出力トランスデューサーと同じである。」

エ.「【0074】
図2は、分離された信号変調器12を備える、本発明の音質向上システム2の一実施例を示すブロック図である。信号変調器12は、雑音発生器4により発生された雑音信号を、ランダムに、又は、擬似ランダムに、変調するよう適応されている。本発明の音質向上システム2の一実施例によれば、信号変調器12は、雑音信号の振幅を変調するように適応されている。本発明の音質向上システム2の代替的な一実施例によれば、信号変調器12は、雑音信号の選択されたスペクトル特性を変調するように適応されている。本発明の音質向上システム2の更に代替的な一実施例によれば、信号変調器12は、雑音信号の振幅と、選択されたスペクトル特性の両方を変調するように適応されている。」

オ.「【0079】
図1-5のいずれかのブロック図に示された本発明の音質向上システム2(好ましくは、出力トランスデューサー6を除外する)は、単一の補聴器、又は、両耳用の補聴器システムのような、少なくとも一つの補聴器と、リンクするよう適応されたパーソナル携帯装置として構成してもよい。好ましくは、そのようなリンクは無線がよいが、本発明の一実施例としては、そのリンクは、有線でもよい。
【0080】
図6は、補聴器24の一部を構成する、本発明の音質向上システム2の一実施例を示している。
(中略)
【0081】
変調された雑音信号は、スイッチ36により、加算器34に接続されてもよい。スイッチ36は、ソフトウエアで実行されてもよい。このように、使用されている間に、スイッチ36が駆動されれば、変調された雑音信号は、聴覚障害補正出力信号に加算され、その後、トランスデューサー6において、音響的な雑音信号に変換される。」

カ.「【0098】
本発明の一実施例によれば、第1と第2の補聴器52と54は、図6、図7、又は、図9に示した補聴器24である。これにより、雑音信号の振幅及び/又は、選択されたスペクトル特性を変調することが、更に、2つの補聴器52と54の間の、協調的でおそらくは、非同期の仕方で、実行される。変調は、例えば、2つの補聴器52と54における、振幅変調とバンドパスフィルターリングの変調とから構成される。2つの補聴器52と54の間における、振幅包絡線と周波数バンドパスフィルターリングとのわずかな非同期の関係は、変調された雑音信号の音声を、あたかも、両耳用の補聴器システム56のユーザーが、浜辺に立ち、波音を聴いているように、砕ける波を聴くような音声にさせる。これにより、更に、一層快適な耳鳴りを軽減するための雑音信号が与えられる。」

・上記ア及びウには、音質向上システムが補聴器の一部を構成しており、前記音質向上システムはユーザーが感知した耳鳴りを軽減することが記載されている。

・上記イ及びエには、白色雑音信号、ピンク雑音信号を発生する雑音発生器4について記載されている。

・上記イ及びエには、白色雑音信号、ピンク雑音信号を変調する信号変調器12について記載されている。

・上記オには、変調された雑音信号は、トランスデューサー6において音響的な雑音信号に変換されることが記載されている。

・上記カには、2つの補聴器の間で雑音信号をわずかに非同期で変調することにより、変調された雑音信号の音声を、あたかもユーザーが浜辺に立ち波音を聞いているように、砕ける波を聴くような音声にさせ、これにより、一層快適な耳鳴りを軽減するための雑音が与えられることが記載されている。

したがって、引用例1には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。

「補聴器のユーザーが感知した耳鳴りを軽減する音質向上システムであって、
白色雑音信号、ピンク雑音信号を発生する雑音発生器4と、
前記白色雑音信号、ピンク雑音信号を変調する信号変調器12と
変調された雑音信号を音響的な雑音信号に変換するトランスデューサー6とを備えており、
2つの補聴器の間で雑音信号をわずかに非同期で変調することにより、変調された雑音信号の音声を、あたかもユーザーが浜辺に立ち波音を聞いているような音声にさせ、これにより一層快適な耳鳴りを軽減するための雑音を与える、音質向上システム。」

また、平成27年7月24日付け拒絶理由で引用した特開2004-70267公報(以下「引用例2」という。)には、「音響装置および音響発生方法」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。

キ.「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、AV機器やリラクゼーション機器など生活環境の改善等に使用される音響装置および音響発生方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来、自然環境音などを疑似的に発生させる手段としては、例えば「波の音」を発生するには、通常ROM、光ディスクあるいは磁気テープ等の大容量メモリに、自然の「波の音」をPCM記録しておき、D/Aコンバータで再生する手段が最も汎用されている。
【0003】
このような従来の自然環境音を発生する手段は、サンプリング周波数が高くなると大容量メモリを必要とし、更にI/O等の周辺機器が大掛かりとなって、結果として高価な装置となるという問題点がある。
【0004】
そこで、例えば特許文献1によれば、上記従来例に付する欠点を解消し、安価で手軽な疑似音源用信号発生器として、自然環境音を完全に人工的に発生させる手段が示されている。
(中略)
【0011】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら上記のような従来の音響装置では、ホワイトノイズの振幅の増減において、増幅する時間と減少する時間の割合は一定となるか、もしくはランダムに増減し、いずれも擬似的に自然環境音を発生させているが、依然として不自然さが残るという問題点を有していた。
【0012】
本発明は、上記従来の問題点を解決するもので、従来方式に比べて、より自然に近い自然環境音を人工的に発生することができる音響装置および音響発生方法を提供する。」

ク.「【0025】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態を示す音響装置および音響発生方法について、図面を参照しながら具体的に説明する。
(実施の形態1)
本発明の実施の形態1の音響装置および音響発生方法を説明する。
【0026】
図1は本実施の形態1の音響装置の基本構成を示すブロック図である。図1において、11はホワイトノイズ発生源、12はホワイトノイズ発生源11から出力された信号を増幅する増幅回路、13は増幅回路12からの出力の振幅に変調を与える変調器、14は変調器13により変調された信号に対して周波数帯域の制限をするためのフィルタであり、フィルタ14を通過した音は、スピーカ15から空間へと伝達される。
(中略)
【0031】
図4は変調器13の具体的構成例を示した回路図であり、非対称性の三角波を信号源として発生し、その三角波の入力電圧値によって出力が切り替わる増幅回路を利用して、音響装置からの音圧を時間の経過と共に増減させる。このとき三角波の対称性をいろいろ変化させることで、増幅時間Tuと減少時間Tdとの比率を変化させることができる。また、音響装置から発生する増減する音の時間変動周期Tは、三角波の周期Ttを決めることにより、いろいろな周期にすることが可能である。なお、三角波の周期Ttは一定としても、また0.05Hz≦Tt≦0.5Hzの範囲内で適宜変化していても良い。
【0032】
ここで自然環境における「波の音」についての音圧の時間変化を図5に示す。これは実際に音をきいた被験者の申告により最も心理的に心地よいと感じられる「波の音」について分析したもので、これによると、音圧の最大ピークの間隔の平均は約4sで、また音圧が増幅する時間Tuと減少する時間Tdの比率の平均はTu/Td=約3である。この分析に基づき、本実施の形態では、三角波の周期Tを0.25Hzとし、増幅時間Tuと減少時間Tdの比率を3:1とする。
【0033】
なお、増幅時間Tuと減少時間Tdとの比率Tu/Tdが1.25未満で1に近づくと、押し寄せた波がなかなか引かないような不自然さがある。Tu/Tdが1未満の場合は実施の形態2にて説明する。
【0034】
また、増減する音の時間変動周期Tは、0.05Hz未満になると大波が来たような印象になり、0.5Hzより大きいと忙しく感じる。0.25Hz程度の周期は、人間がゆっくり呼吸する時の周期にも近いため、安心感が得られる。
【0035】
次にフィルタについて説明する。
図6は図1におけるフィルタ14(ここでは、フィルタ14aと示す)の具体的構成例を示した回路であり、このフィルタ14aは減衰傾度3dBのローパスフィルタ特性を有しており、このフィルタ14aを通過すると、ホワイトノイズはピンクノイズと言われる周波数特性に変換される。ピンクノイズは自然界に多く存在する音で、「川のせせらぎ」や「鳥の鳴き声」などは周波数分析を行うとピンクノイズになっている。本実施の形態においてもピンクノイズとすることで「波の音」がより自然に聞こえる。
【0036】
このような音響装置において音を発生させると、自然環境の「波の音」に近い音が発生し、人間に鎮静効果をもたらせる。図7は従来のようにランダムな音圧の増減によってホワイトノイズを呈示した場合と、本実施の形態で発生させた音を呈示した場合における心拍数変化を示している。心拍数は一般に鎮静やリラックスした場合に低下が認められるが、本実施の形態による呈示音が従来例より相対的に心拍数が低下した。これはすなわち、本実施の形態によって発生した音が鎮静効果をもたらしていることを示している。
(実施の形態2)
本発明の実施の形態2の音響装置および音響発生方法を説明する。
【0037】
図8は自然環境における「風の音」についての音圧の時間変化を示している。これは実際に音をきいた被験者の申告により最も心理的に心地よいと感じられる「風の音」について分析したもので、これによると、音圧の最大ピークの間隔の平均は約10sで、また音圧が増幅する時間Tuと減少する時間Tdとの比率の平均はTu/Td=約0.25である。この分析に基づき、本実施の形態では、実施の形態1で述べた変調器の三角波の周期Tを0.1Hzとし、増幅時間Tuと減少時間Tdとの比率を1:4とする。なお、Tu/Tdが0.8より大きくなって1に近づくと、台風のような大きな風が起こる印象があり、心理的にも快適感が少なかった。
【0038】
このような変調の設定値で、他は実施の形態1に示したものと同様の構成の音響装置で音を発生させれば、自然環境の「風の音」に近い音が発生し、人間に鎮静効果をもたらせることができる。」

したがって、上記キないしクによれば、引用例2には、「音響装置において、所定のパラメータTu、Tdに基づいてホワイトノイズを変調することにより波の音、風の音などの自然環境音を人工的に発生する」技術事項が記載されている。

4.対比・判断
本願発明と引用発明とを対比する。

a.引用発明の「補聴器のユーザーが感知した耳鳴りを軽減する」は、本願発明の「補聴器のユーザに耳鳴り緩和を提供する」に相当する。よって、引用発明の「補聴器のユーザーが感知した耳鳴りを軽減する音質向上システム」は、本願発明の「補聴器のユーザに耳鳴り緩和を提供する音質向上システム(1)」に相当する。

b.本願の段落【0042】を参照すると、本願の「キャリア信号」には、ホワイトノイズキャリア信号、ピンクノイズキャリア信号が含まれるから、引用発明の「白色雑音信号、ピンク雑音信号」は本願発明の「キャリア信号」に相当する。また、引用発明の白色雑音信号、ピンク雑音信号を「発生」することは、本願発明のキャリア信号を「提供」することに相当する。よって、引用発明の「白色雑音信号、ピンク雑音信号を発生する雑音発生器4」は、本願発明の「キャリア信号を提供する、信号生成器(2)」に相当する。

c.引用発明の「前記白色雑音信号、ピンク雑音信号を変調する信号変調器12」は、本願発明の「前記キャリア信号を変調済み信号に変調する、第1の信号変調器(4)を含む少なくとも1つの信号変調器」に相当する。

d.引用発明の「変調された雑音信号を音響的な雑音信号に変換するトランスデューサー6」は、本願発明の「前記変調済み信号を前記ユーザに提示される音響信号に変換する、出力トランスデューサ(8)」に相当する。

e.本願発明は、メモリ(6)を備えており、該メモリ(6)が自然界の音声信号を示す少なくとも1つの特徴を格納するように構成されており、変調済み信号から変換された音響信号が、ユーザにとって自然界の音声信号のように聞こえるように、前記少なくとも1つの特徴に従ってキャリア信号を変調するのに対し、引用発明はこのような特定を有していない点で相違する。

よって、本願発明と引用発明とは、以下の点で一致ないし相違している。

(一致点)
「補聴器のユーザに耳鳴り緩和を提供する音質向上システム(1)であって、
キャリア信号を提供する、信号生成器(2)と、
前記キャリア信号を変調済み信号に変調する、第1の信号変調器(4)を含む少なくとも1つの信号変調器と、
前記変調済み信号を前記ユーザに提示される音響信号に変換する、出力トランスデューサ(8)と、
を備えた音質向上システム。」

(相違点)
本願発明は、メモリ(6)を備えており、該メモリ(6)が自然界の音声信号を示す少なくとも1つの特徴を格納するように構成されており、変調済み信号から変換された音響信号が、ユーザにとって自然界の音声信号のように聞こえるように、前記少なくとも1つの特徴に従ってキャリア信号を変調するのに対し、引用発明はこのような特定を有していない。

そこで、上記相違点について検討する。
ホワイトノイズを所定のパラメータ(本願発明の「少なくとも1つの特徴」に相当)を用いて変調し、自然環境音を生成することは、引用例2(上記「3.引用例」の引用例2に関する記載事項を参照。)に記載されているように、通常行われている技術事項である。
よって、引用発明の変調された雑音信号(波音を聞いているような音声)の生成手段として、引用例2の技術事項を採用することは当業者であれば容易に想到し得る事項である。
そして、その場合に、パラメータをメモリに格納することは、特開平5-23396号公報(第3の実施例、図5)、特公昭62-32427号公報(第1ページ右欄第17行-第2ページ左欄第15行、第4ページ右欄第12-22行)、特開2008-264681号公報(請求項2,段落【0031】)に記載されているとおり周知技術であるから、引用発明にパラメータを格納したメモリを備えるようにしたことも当業者であれば容易になし得た事項である。
したがって、相違点の構成は、引用発明、引用例2の技術事項及び周知技術により当業者が容易に想到し得る事項である。

なお、請求人は平成27年11月27日付け意見書において下記の点を主張している。
「上記の相違点に関して、引用文献1に記載された発明では、原理的に、ユーザが両耳用の補聴器を用いていなければ、変調済み信号から変換された音響信号がユーザにとって自然界の音声信号のように聞こえるようにすることができません。すなわち、引用文献1に記載された発明は、2つの補聴器を用いることが必須となっています。
これに対して、補正後の請求項1の発明では、自然界の音声信号を示す少なくとも1つの特徴をメモリ(6)に格納しておき、少なくとも1つの信号変調器がその特徴に従ってキャリア信号を変調するので、1つの補聴器のみを用いる場合であっても、変調済み信号から変換された音響信号がユーザにとって自然界の音声信号のように聞こえるようにすることができます。」
しかしながら、請求項1に係る発明は変調器の数を一つに限定していないから、変調器を二つ含む両耳用の補聴器も請求項1に係る発明に含まれる。また、引用発明における波音を引用例2の音響装置にならって生成する場合、変調器の数は一つで足りることは当業者にとって自明な事項である。

また、請求人は同意見書において下記の点を主張している。
「しかしながら、引用文献2に記載された技術は、AV機器やリラクゼーション機器などの音響装置において音響を発生させる技術であって、補聴器のユーザに耳鳴りの緩和を提供する技術ではありません。従いまして、引用文献1に記載された発明と引用文献2の技術は、技術分野が相違しており、両者を組み合わせようとする動機付けがそもそも存在しません。」
しかし、引用発明には「変調された雑音信号の音声を、あたかもユーザーが浜辺に立ち波音を聞いているような音声にさせ、これにより一層快適な耳鳴りを軽減するための雑音を与える」ことが特定されているから、引用発明には、引用例2における「波音を人工的に生成する」技術事項を適用する動機が存在していると言える。

さらに、請求人は同意見書において下記の点を主張している。
「しかしながら、引用文献2に記載されているAV機器やリラクゼーション機器などの据え置き型の装置と、補正後の請求項1の発明や引用文献1に記載された発明が対象とする補聴器とでは、使用可能なリソースの制約に大きな違いがあります。補聴器はユーザに装着されて使用され、かつ可能な限り目立たないように装着可能とするために、他の音響装置とは異なり、補聴器そのものの大きさを可能な限り小さくする必要があります。このため、補聴器に搭載可能な基板のサイズにも制約があり、かつ補聴器に搭載される小型のバッテリから供給可能な電力にも制限があるため、音質向上システムで行なう処理に使用可能なリソースに大きな制約があります。
補正後の請求項1の発明では、このような制約のもと、自然界の音声信号を示す少なくとも1つの特徴を格納するメモリ(6)を備えており、少なくとも1つの信号変調器(4)がメモリに格納された少なくとも1つの特徴に従って、キャリア信号を変調する構成を採用することで、メモリの使用を低減または最小限度に抑えつつ、改善された耳鳴り緩和を補聴器のユーザに提供する(本願明細書の段落0007参照)ことを実現しています。」
しかしながら、引用例2には、据え置き型の装置を採用することは記載されておらず、また、段落【0058】には装置を小スペースに制作することが記載されている。そして、引用発明に引用例2の技術事項を適用する場合、AV機器等の全ての構成を適用する必要は無く、ホワイトノイズをパラメータに基づいて変調する手段のみを適用すれば良いことは明らかである。

よって、請求人の主張を採用することはできない。

5.むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その余の請求項について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-12-24 
結審通知日 2016-01-05 
審決日 2016-01-19 
出願番号 特願2013-118760(P2013-118760)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H04R)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 大野 弘  
特許庁審判長 酒井 朋広
特許庁審判官 ゆずりは 広行
関谷 隆一
発明の名称 耳鳴り緩和のための音質向上システム  
代理人 特許業務法人快友国際特許事務所  

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