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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A21D
審判 全部申し立て 2項進歩性  A21D
管理番号 1315664
異議申立番号 異議2015-700253  
総通号数 199 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-07-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2015-12-02 
確定日 2016-06-03 
異議申立件数
事件の表示 特許第5730834号「アメリカンドッグ用ミックス」の請求項1、2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第5730834号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5730834号(以下「本件特許」という。)の請求項1及び2に係る特許についての出願は、平成27年4月17日付けでその特許権の設定登録がされ、その後、特許異議申立人石丸光男より特許異議の申立てがされ、平成28年2月8日付けで取消理由を通知し、その指定期間内である平成28年4月6日に意見書が提出されたものである。
なお、平成28年5月23日に提出された上申書における特許異議申立人の主張は、特許異議の申立て期間経過後に提出された証拠に基づくものであり、採用しない。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1及び2に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
粗蛋白質含量9?12質量%の薄力系小麦粉を80?100℃で湿熱処理してなり、グルテンバイタリティが45?55%でありかつ実質的にα化されていない熱処理薄力小麦粉を50質量%以上含有することを特徴とするアメリカンドッグ用ミックス。
【請求項2】
湿熱処理が常圧条件下で飽和水蒸気により行われるものである請求項1記載のアメリカンドッグ用ミックス。」

第3 取消理由の概要
平成28年2月8日付け取消理由通知の概要は、以下のとおりである。
1 理由1
本件特許の請求項1及び2に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物(下記引用文献)に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
[引用文献]
1.特開2008-278786号公報(甲第1号証)
2.特開2000-69926号公報(甲第2号証)
3.特開昭58-101634号公報(甲第3号証)
4.「改訂版 小麦粉 -その原料と加工品-」,日本麦類研究会,昭和51年1月31日,p.522-523(甲第4号証)

2 理由2
本件特許は、特許請求の範囲の請求項1及び2の記載が以下の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

請求項1に係る発明は、「アメリカンドッグ用ミックス」という物の発明であるが、同請求項1中の「粗蛋白質含量9?12質量%の薄力系小麦粉を80?100℃で湿熱処理してなり」との記載は、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当するため、当該請求項1にはその物の製造方法が記載されているといえる。
また、請求項2に係る発明も「アメリカンドッグ用ミックス」という物の発明であるが、同請求項2中の「湿熱処理が常圧条件下で飽和水蒸気により行われるものである」との記載は、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当するため、当該請求項2にはその物の製造方法が記載されているといえる。
ここで、物の発明に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という)が存在するときに限られると解するのが相当である(最高裁第二小法廷平成27年6月5日 平成24年(受)第1204号、平成24年(受)第2658号)。
しかしながら、本願明細書等には不可能・非実際的事情について何ら記載がなく、当業者にとって不可能・非実際的事情が明らかであるともいえない。
したがって、請求項1及び2に係る発明は明確でない。

第4 取消理由についての判断
1 理由1について
(1) 請求項1に対して
ア 引用発明
上記引用文献1(特開2008-278786号公報)には、以下の事項が記載されている。
(ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の湿熱処理小麦粉Aと、下記の湿熱処理小麦粉Bとを含有することを特徴とするベーカリー類用ミックス。
湿熱処理小麦粉A:含有澱粉が実質的にα化されておらず、しかもグルテン・バイタリティが未処理小麦粉のグルテン・バイタリティを100としたときに80?98で、かつグルテン膨潤度が未処理小麦粉のグルテン膨潤度を100としたときに105?155である湿熱処理小麦粉。
湿熱処理小麦粉B:α化度が12.5%以上、30%以下であり、かつ対粉300質量%に加水した場合の粘度が、1Pa・s以上、10Pa・s以下である湿熱処理小麦粉。」
(イ)「【技術分野】
【0001】
本発明は、ベーカリー類用ミックスおよびベーカリー類に関し、詳しくは、外観および食感が良好なベーカリー類、特にシュー皮(シュークリームの皮)が得られるベーカリー類用ミックスおよび該ミックスを用いて製造されたベーカリー類に関する。
【背景技術】
【0002】
ホットケーキ、パンケーキ、スポンジケーキ、蒸しパン、食パン、バターロール、菓子パン、シュー皮などに代表されるベーカリー類は、ボリュームがあり、内層のキメが細かく、柔らかく、しっとりと口溶けの良いものが好まれる。このような外観および食感を得るために、従来よりα化澱粉を配合する方法が数多く報告されてきた。」
(ウ)「【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような従来の問題点を解消し、ベーカリー類の製品ボリュームを向上させ、内層のキメが細かく、柔らかく、しっとり感および口溶け感に優れたベーカリー類が得られるベーカリー類用ミックスを提供することをその課題とする。」
(エ)「【0014】
湿熱処理小麦粉Aは、強力系、準強力系、中力系、薄力系などの小麦粉であって、含有澱粉が実質的にα化されておらず、しかもグルテン・バイタリティが未処理小麦粉のグルテン・バイタリティを100としたときに80?98、好ましくは80?92で、かつグルテン膨潤度が未処理小麦粉のグルテン膨潤度を100としたときに105?155である小麦粉である。このような湿熱処理小麦粉Aを得る方法としては、例えば、特開平9-191847号公報および特開平10-52232号公報に記載されている熱処理小麦粉の製造法を挙げることができる。即ち、飽和水蒸気が導入された加圧状態の密閉系高速攪拌機中に小麦粉を導入し、周速度5?20m/秒、滞留時間2?20秒間の条件で湿熱処理して該小麦粉の品温を65??92℃、好ましくは80℃超92℃以下にすることによって、上記湿熱処理小麦粉Aを得ることができる。」
(オ)「【0040】
本発明のベーカリー類用ミックスは、ベーカリー類用小麦粉として、上記の湿熱処理小麦粉Aおよび湿熱処理小麦粉Bを含有するものである。
湿熱処理小麦粉Aの含有量は、10?90質量%が好ましく、40?80質量%がより好ましい。
また、湿熱処理小麦粉Bの含有量は、5?80質量%が好ましく、5?50質量%がより好ましい。
また、湿熱処理小麦粉Aと湿熱処理小麦粉Bとの混合割合(質量比)はA/B=0.1?15が好ましく、0.2?7がより好ましい。」
(カ)「【0043】
本発明のベーカリー類用ミックスとしては、ホットケーキ、パンケーキ、スポンジケーキ、パウンドケーキ、クレープ、蒸しパン、食パン、バターロール、菓子パン、ドーナツ、アメリカンドッグ、シュー皮などのベーカリー類に対応した配合のミックスを挙げることができ、特に、シュー皮に対応した配合のシュー皮用ミックスが好ましい。」
(キ)「【0047】
(製造例1 湿熱処理小麦粉Aの製造)
湿熱処理小麦粉Aは、下記製法により得られたものを用いた。飽和水蒸気が12kg/時の割合で吹き込まれた加圧状態(絶対圧:1.2kg・重/cm^(2))の密閉系高速攪拌機(特開平3-83567号公報に開示の装置)中に、薄力粉を200kg/時の割合で供給し、周速度10.5m/秒、滞留時間5秒間の条件で湿熱処理し、該小麦粉の排出時品温を85℃程度にして湿熱処理小麦粉Aを得た。
【0048】
得られた湿熱処理小麦粉Aのα化度は5.8%、グルテン・バイタリティは58.5%、グルテン膨潤度は2.8倍であった。因に、熱処理前の薄力粉のα化度は4.0%、グルテン・バイタリティは68.8%、グルテン膨潤度は2.3倍であるので、未処理小麦粉のグルテン・バイタリティを100としたときに、得られた湿熱処理小麦粉Aのグルテン・バイタリティは85.0であり、未処理小麦粉のグルテン膨潤度を100としたときに、得られた湿熱処理小麦粉Aのグルテン膨潤度は121.7であった。
【0049】
(製造例2 湿熱処理小麦粉Bの製造)
湿熱処理小麦粉Bは、下記製法により得られたものを用いた。薄力粉を加水率90%にて加水を行った後、アルミパウチに封入密閉し、飽和水蒸気を用いて加圧(1気圧)状態で加熱処理(130℃で15分間)することにより、湿熱処理を行った。
湿熱処理後、湿熱処理された小麦粉を棚乾燥にて乾燥処理し、粉砕機にて粉砕処理を行い、粒径1.0mm以下の小麦粉の割合が100%で、粒径0.40mm以下の小麦粉の割合が90%である湿熱処理小麦粉Bを得た。
【0050】
得られた湿熱処理小麦粉Bのα化度は21%、対粉300質量%に加水した場合の粘度は3Pa・sであった。なお、α化度および粘度については、上記した手順で測定した。また、粒径については、マイクロトラックFRA9220(乾式)(日機装株式会社製)を用いて測定を行った。」
(ク)「【0051】
<実施例1?4および比較例1>
製造例1で得られた湿熱処理小麦粉A、製造例2で得られた湿熱処理小麦粉Bおよび未処理の小麦粉(薄力粉)を用い、表1に示すシュー皮ミックスの配合および表2に示す製造方法にてシュー皮をそれぞれ調製した。
【0052】
焼成前のシュー生地の状態、得られたシュー皮の形状及び食感を、以下の表3に示す評価基準にて、パネラー10名にて評価した。その結果を表1に示した。」
(ケ)「【0053】
【表1】


(コ)「【0056】
表1に示す結果から明らかなように、本発明の2種類の湿熱処理小麦粉を含有するミックスを用いた場合(実施例1?4)は、シュー生地の形成性がよく、且つ形状および食感の良好なシュー皮が得られる。特に、本発明の2種類の湿熱処理小麦粉に加えて、さらにα化澱粉を含有するミックスを用いた場合は、その効果が顕著である。これに対し、未処理の小麦粉を用いた場合(比較例1)は、シュー生地の形成性があまり良くなく、また、得られるシュー皮は、膨らみがなく、食感も重く、ねちゃつく感じがあり、品質のよくないものである。」

上記記載事項(ア)?(コ)を総合すると、引用文献1には、
「強力系、準強力系、中力系、薄力系などの小麦粉であって、飽和水蒸気が導入された加圧状態の密閉系高速攪拌機中に前記小麦粉を導入し、周速度5?20m/秒、滞留時間2?20秒間の条件で湿熱処理して該小麦粉の品温を80℃超92℃以下にすることによって、含有澱粉が実質的にα化されておらず、しかもグルテン・バイタリティが未処理小麦粉のグルテン・バイタリティを100としたときに80?98で、かつグルテン膨潤度が未処理小麦粉のグルテン膨潤度を100としたときに105?155である湿熱処理小麦粉Aを40?80質量%含有し、
α化度が12.5%以上、30%以下であり、かつ対粉300質量%に加水した場合の粘度が、1Pa・s以上、10Pa・s以下である湿熱処理小麦粉Bを5?50質量%含有する、
ベーカリー類用ミックス。」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。

イ 対比
請求項1に係る発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「飽和水蒸気が導入された加圧状態の密閉系高速攪拌機中に前記小麦粉を導入し、周速度5?20m/秒、滞留時間2?20秒間の条件で湿熱処理して該小麦粉の品温を80℃超92℃以下にする」「湿熱処理小麦粉A」は、請求項1に係る発明の「小麦粉を80?100℃で湿熱処理」した「熱処理」「小麦粉」に相当する。
そして、引用発明の「含有澱粉が実質的にα化されて」いない「湿熱処理小麦粉A」は、請求項1に係る発明の「実質的にα化されていない」「熱処理」「小麦粉」に相当する。
また、引用発明の「ベーカリー類用ミックス」は、ホットケーキ、パンケーキ、スポンジケーキ、パウンドケーキ、クレープ、蒸しパン、食パン、バターロール、菓子パン、ドーナツ、アメリカンドッグ、シュー皮などのベーカリー類に対応した配合のミックスを挙げることができ、特に、シュー皮に対応した配合のシュー皮用ミックスが好ましい(上記記載事項(カ)参照)とされるところ、請求項1に係る発明の「アメリカンドッグ用ミックス」とは、「ベーカリー類用ミックス」という概念で共通する。
また、引用発明の「湿熱処理小麦粉Aを40?80質量%含有」することと、請求項1に係る発明の「湿熱処理」した「熱処理」「小麦粉」を「50質量%以上含有する」こととは、「50?80質量%」の範囲において重複する。
したがって、両者は、
「小麦粉を80?100℃で湿熱処理してなり、実質的にα化されていない熱処理小麦粉を50?80質量%含有する、ベーカリー類用ミックス。」である点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点1]
ミックスの用途について、請求項1に係る発明は、アメリカンドッグ用であるのに対して、引用発明は、ベーカリー類用である点。
[相違点2]
請求項1に係る発明は、粗蛋白質含量9?12質量%の薄力系小麦粉を用いた熱処理小麦粉のグルテンバイタリティが45?55%であるのに対して、引用発明は、強力系、準強力系、中力系、薄力系などの小麦粉を用いた湿熱処理小麦粉Aのグルテン・バイタリティが未処理小麦粉のグルテン・バイタリティを100としたときに80?98である点。

ウ 判断
上記各相違点について検討する。
まず、上記相違点1について検討する。
引用発明のベーカリー類用ミックスは、「特に、シュー皮に対応した配合のシュー皮用ミックスが好ましい」とされるものの、「ホットケーキ、パンケーキ、スポンジケーキ、パウンドケーキ、クレープ、蒸しパン、食パン、バターロール、菓子パン、ドーナツ、アメリカンドッグ、シュー皮」という具体例が示されているところ(上記記載事項「ア(カ)」参照)、請求項1に係る発明と同じ用途である、アメリカンドッグ用としても利用できるものである。
また、引用発明は、「ベーカリー類の製品ボリュームを向上させ、内層のキメが細かく、柔らかく、しっとり感および口溶け感に優れたベーカリー類が得られるベーカリー類用ミックスを提供することをその課題とする」ところ、当該課題は、例えば、本件特許明細書に「アメリカンドッグの衣材として、衣付けの際には、粘らずスムースな衣付けが可能なバッター液となり、調理後はボリュームのある外観と、表面はなめらかで歯もろくサクサクとし、内相は口溶けのよい食感の衣が得られる、アメリカンドッグ用ミックスを提供することにある。」(【0008】)と記載されるように、ベーカリー類用の具体的用途のひとつであるアメリカンドッグ用としても当てはまるものである。
そうすると、引用発明のベーカリー類用ミックスは、「特に、シュー皮に対応した配合のシュー皮用ミックスが好ましい」とされるものであっても、アメリカンドッグ用として利用してみようとする動機づけはあるといえる。
よって、引用発明において、上記相違点1の請求項1に係る発明のようにすることは、当業者が容易になし得ることである。

次に、上記相違点2について検討する。
引用発明は、「未処理小麦粉のグルテン・バイタリティを100としたときに80?98である」という相対的な特定をする点で、湿熱処理後の小麦粉についての実際のグルテンバイタリティを45?55%と特定する請求項1に係る発明とは、技術思想を異にするものである。そして、引用文献1には、薄力粉を使用した湿熱処理小麦粉Aのグルテン・バイタリティが「58.5%」である実施例が記載されているが(上記記載事項(キ)参照)、該「58.5%」は請求項1に係る発明において特定された範囲外であるし、また、使用した薄力粉の粗蛋白質含量も明らかにされていない。引用文献4記載の「表4.1.14」からは、一般的な薄力粉のたん白量は7.0?9.5%であるという事項は把握できるものの、当該事項を踏まえても、引用発明からは、「粗蛋白質含量9?12質量%の薄力系の小麦粉」を用いて、「熱処理小麦粉のグルテンバイタリティが45?55%」とする動機づけを見出すことはできない。
引用文献2には、粗蛋白質含量が6.0?11.0重量%の熱処理小麦粉を用いたアメリカンドッグ用ミックスが記載されているが(【0014】?【0015】、【0039】?【0041】、【表5】参照)、当該熱処理小麦粉は、薄力系の小麦粉であるとの特定はなく、また湿熱処理されたものかどうかも明らかでないから、請求項1に係る発明の「粗蛋白質含量9?12質量%の薄力系の小麦粉」に相当するとはいえない。
引用文献3には、市販薄力1等粉を用いたアメリカンドッグのバッターが記載されているが(3頁右下欄下から5行?4頁左下欄)、当該市販薄力1等粉は、引用文献4記載の「表4.1.14」からは、7.0%程度のものであるから、請求項1に係る発明の「粗蛋白質含量9?12質量%の薄力系の小麦粉」に相当するとはいえない。
また、引用文献2?4には、熱処理後の小麦粉についてのグルテンバイタリィティに関して何らの記載もない。
そうすると、引用発明及び引用文献2?4に記載された事項からは、「粗蛋白質含量9?12質量%の薄力系小麦粉を用いた熱処理小麦粉のグルテンバイタリティが45?55%である」ことは容易に想到し得るものではない。
よって、引用発明において、上記相違点2の請求項1に係る発明の構成となすことは、当業者が容易に想到し得るものではない。

そして、請求項1に係る発明は、「本発明のアメリカンドッグ用ミックスは、衣付けの際には、粘らずスムースな衣付けが可能なバッター液となり、調理後はボリュームのある外観と、表面はなめらかで歯もろくサクサクとし、内相は口溶けのよい食感の衣を形成する。」(【0010】)という本件特許明細書記載の効果を奏するものである。

よって、請求項1に係る発明は、引用発明及び引用文献2?4に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2) 請求項2に対して
請求項2に係る発明は、請求項1に係る発明の発明特定事項をすべて含むものであるところ、請求項2に係る発明と引用発明とは、上記「(1)イ」に示したとおり、少なくとも請求項1に係る発明と引用発明との上記相違点1及び2において相違する。
そして、上記相違点1及び2についての判断は上記「(1)ウ」に示したとおりであるから、請求項2に係る発明は、引用発明及び引用文献2?4に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3) 小括
以上のとおり、請求項1及び2に係る発明は、引用発明及び引用文献2?4に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものとすることはできない。

2 理由2について
請求項1に係る発明は、「アメリカンドッグ用ミックス」という物の発明であるが、同請求項1中の「粗蛋白質含量9?12質量%の薄力系小麦粉を80?100℃で湿熱処理してなり」との記載は、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当するため、当該請求項1にはその物の製造方法が記載されているといえる。
また、請求項2に係る発明も「アメリカンドッグ用ミックス」という物の発明であるが、同請求項2中の「湿熱処理が常圧条件下で飽和水蒸気により行われるものである」との記載は、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当するため、当該請求項2にはその物の製造方法が記載されているといえる。

ここで、物の発明に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という。)が存在するときに限られると解するのが相当である(最高裁第二小法廷平成27年6月5日 平成24年(受)第1204号、平成24年(受)第2658号)、とされている。
そこで、請求項1及び2の記載が上記事情に該当するものであるかについて、以下検討する。

請求項1に係る発明は、上記のとおり「粗蛋白質含量9?12質量%の薄力系小麦粉を80?100℃で湿熱処理してなり」という製造方法の限定のほか、「熱処理薄力小麦粉」について、「グルテンバイタリティが45?55%でありかつ実質的にα化されていない」という限定を付して、当該熱処理薄力小麦粉の成分である蛋白質及び澱粉の特性を直接特定するものである。
そして、本件特許明細書(【0024】?【0027】、【表1】)に示されるように、「熱処理薄力小麦粉」が「グルテンバイタリティが45?55%でありかつ実質的にα化されていない」ものであっても、「80?100℃で湿熱処理」したもの(【表1】製造例2?6参照)と、「75℃で湿熱処理」したもの(【表1】製造例1参照)とでは、得られたアメリカンドッグ用ミックスの評価に差が生じることからも分かるように(【表1】評価欄参照)、熱処理薄力小麦粉について直接特定した上記特性のほか、「粗蛋白質含量9?12質量%の薄力系小麦粉を80?100℃で湿熱処理してなり」という製造方法は、熱処理薄力小麦粉の構造又は特性に何らかの変化を生じさせていることは明らかである。
そうすると、請求項1に係る発明においては、「グルテンバイタリティが45?55%でありかつ実質的にα化されていない」という特性のほか、「粗蛋白質含量9?12質量%の薄力系小麦粉を80?100℃で湿熱処理してなり」という製造方法により生じる熱処理薄力小麦粉の何らかの構造又は特性によって、所望のアメリカンドッグ用ミックスが得られるものと考えられる。
しかしながら、小麦粉は、蛋白質や澱粉などの複雑で多種多様な構造を有する高分子が成分として混在したものであるところ、湿熱処理により変化が生じた後の構造を表記することは到底できないものであるし、また、小麦粉の評価指標として従前用いられていた上記グルテンバイタリィティやα化度のほか、アメリカンドッグ用ミックスに好適なものとして区別し得る成分特性の評価指標が確立していない現状からは、本件特許の出願時において、請求項1の「アメリカンドッグ用ミックス」をその構造又は特性により直接特定することは、困難な事情があったものと認められる。
したがって、本件特許の出願時において、上記製造方法により変化が生じた後の構造又は特性を分析し、特定した上で、請求項に直接明記することは、「不可能」であるか、又はそのために、時間、手間、費用をかけることは「非実際的」であるといえ、また、そのために出願時期が遅くなることは、先願主義の見地からも「非実際的」であるといえる。
そうすると、「アメリカンドッグ用ミックス」という物の発明に係る請求項1の記載に「粗蛋白質含量9?12質量%の薄力系小麦粉を80?100℃で湿熱処理してなり」というその物の製造方法が記載されている場合において、上述のとおり「不可能・非実際的事情」が存在すると認められるから、請求項1の記載は、特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するものである。

また、請求項2中の「湿熱処理が常圧条件下で飽和水蒸気により行われるものである」との記載についても、上記と同様の理由があるといえるから、請求項2の記載は、特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえる。

したがって、請求項1及び2の記載は、特許法36条6項2号の要件に適合するものと認められる。

第5 むすび
以上のとおり、上記取消理由1及び2によっては、請求項1及び2に係る特許を取り消すことができない。
また、他に請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-05-26 
出願番号 特願2012-214771(P2012-214771)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (A21D)
P 1 651・ 537- Y (A21D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 水野 浩之  
特許庁審判長 鳥居 稔
特許庁審判官 千壽 哲郎
佐々木 正章
登録日 2015-04-17 
登録番号 特許第5730834号(P5730834)
権利者 日清フーズ株式会社
発明の名称 アメリカンドッグ用ミックス  
代理人 特許業務法人翔和国際特許事務所  
代理人 羽鳥 修  

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