• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  651
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
管理番号 1315684
異議申立番号 異議2015-700002  
総通号数 199 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-07-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2015-07-13 
確定日 2016-06-17 
異議申立件数
事件の表示 特許第5705562号発明「カンデサルタンシレキセチル含有錠剤及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5705562号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯及び本件特許発明
特許第5705562号の請求項1及び2に係る特許についての出願は、平成23年1月25日に特許出願され、平成27年3月6日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、特許異議申立人木村 耕太郎(申立番号01、申立日;平成27年7月13日)、特許異議申立人 大野 詩木(申立番号02、申立日;平成27年7月31日)、特許異議申立人 特許業務法人 藤央特許事務所(申立番号03、申立日;平成27年10月21日)、特許異議申立人 一入 章夫(申立番号04、申立日;平成27年10月21日)、特許異議申立人 松下 満(申立番号05、申立日;平成27年10月22日)により特許異議の申立てがされた。
その後、当審において平成28年1月28日付けで取消理由を通知し、これに対し、同年4月4日付けで特許権者より意見書が提出された。
更に、同年5月31日付けで、特許異議申立人 一入 章夫(申立番号04)により、上申書が提出された。
第2 本件特許発明
本件特許第5705562号の請求項1?2に係る発明(以下、「本件特許発明1」?「本件特許発明2」ともいう。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
カンデサルタンシレキセチル及び錠剤全重量に対して1?20重量%のステアリン酸を含有することを特徴とするカンデサルタンシレキセチル含有錠剤。」
「【請求項2】
カンデサルタンシレキセチルに、錠剤全重量に対して1?20重量%のステアリン酸を配合することを特徴とするカンデサルタンシレキセチル含有錠剤の製造方法。」

第3 取消理由の概要
当審において、請求項1及び2に係る特許に対して通知した取消理由は、要旨次のとおりである。
(1)請求項1?2に係る発明は、以下の刊行物1に記載された発明及び以下の刊行物3?6に示される本件特許出願の優先日当時の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、請求項1?2に係る特許は取り消されるべきものである。(以下、「取消理由1」という。)
(2)請求項1?2に係る発明は、以下の刊行物2に記載された発明及び以下の刊行物3?6に示される本件特許出願の優先日当時の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、請求項1?2に係る特許は取り消されるべきものである。(以下、「取消理由2」という。)
(3)本件請求項1?2に係る特許は、本願明細書の発明の詳細な説明において、発明が解決しようとする課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているものであって、特許法第36条第6項第1号に記載する要件を満たしていない出願に対してなされたものであり、取り消されるべきものである。(以下、「取消理由3」という。)
・刊行物1.国際公開2005/079751号
(特許異議申立人 松下 満(申立番号05)による特許異議申立書(以下、「特許異議申立書5」という。)の甲第1号証である。)
・刊行物2.特開平5-194218号公報
(特許異議申立人 木村 耕太郎(申立番号01)による特許異議申立書の甲第1号証、特許異議申立人 大野 詩木(申立番号02)による特許異議申立書(以下、「特許異議申立書2」という。)の甲第1号証、特許異議申立人 一入 章夫(申立番号04)による特許異議申立書の甲第1号証、特許異議申立書5の甲第14号証である。)
・刊行物3.「医薬品添加物事典」 薬事日報社、p150-151、2007年7月25日 第1刷発行
(特許異議申立人 特許業務法人藤央特許事務所(申立番号03)による特許異議申立書の甲第2証、特許異議申立書5の甲第5号証である。)
・刊行物4.Handbook of Pharmaceutical Excipients,Sixth edition, 2009, 697?699頁 (特許異議申立書5の甲第11号証である。)
・刊行物5.医薬品インタビューフォーム(ブロプレス錠R2.4.8.12)(改訂第4版:2009年10月改訂) (特許異議申立書2の甲第5号証である。なお、刊行物5の刊行物名において、上付き文字で表記した「R」は、実際の刊行物5では、Rが○で囲まれた文字の上付き文字表記となっているが、この通知中においては、表示できないため、「R」とのみ記載した。)
・刊行物6.「平成13年5月31日 医薬審発第786号一部改正 後発医薬品の生物学的同等性試験ガイドラインについて」 1?11頁 (特許異議申立書5の甲第7号証である。)

また、特許異議申立書5に添付して、参考資料1(「ウェルチのt検定の結果」と題する異議申立人による作成資料)が提出された。)


第4 取消理由1(刊行物1を主引用例とする場合)について
(刊行物1は、英語の文献であるので、以下において、刊行物1の引用においては、審判合議体による訳文を記載した。)

1.刊行物1に記載された発明
刊行物1の請求項1には、「カンデサルタンシレキセチルと、約0.5重量%?約10重量%の濃度で存在する1種以上の脂肪性物質とを含む医薬組成物。」と、また、請求項11には、「医薬組成物は、錠剤またはカプセルの形態である、請求項1に記載の医薬組成物。」と記載され、実施例1?3には、カンデサルタンシレキセチルを含有する錠剤が記載されている。
してみると、刊行物1には、
「カンデサルタンシレキセチルと、約0.5重量%?約10重量%の濃度で存在する1種以上の脂肪性物質とを含む錠剤の形態である医薬組成物。」の発明(以下「引用例1発明」という。)が記載されている。

また、刊行物1の請求項13及び実施例1?3によれば、刊行物1には、「医薬組成物を調製する方法であって、カンデサルタンシレキセチルと、約0.5重量%?約10重量%の濃度の1種以上の脂肪性物質とを、バインダー溶液中に分散させて、分散液を形成すること;前記分散液を1種以上のフィラー及び1種以上の崩壊剤とともに粒状化し、顆粒を形成すること;前記顆粒を乾燥し、寸法で分類し、潤滑化し、かつ圧縮して錠剤とすること、を含む方法。」の発明(以下「引用例1製法発明」という。)が記載されている。

2.対比・判断
(1)対比
本件特許発明1と引用例1発明を対比すると、刊行物1の2頁6?9行の「例えば、脂肪性物質は脂質やリン脂質であってもよい。脂質は脂肪酸や脂肪酸エステルであってもよい。脂肪酸はラウリン酸、・・・ステアリン酸・・・アラキドン酸及びそれらの混合物のうちの1種以上であってもよい。」との記載から明らかなように、本件特許発明1の「ステアリン酸」は引用例1発明において、「脂肪性物質」とされているものであるし、本件特許発明1の錠剤におけるステアリン酸の含有量「1?20重量%」と、引用例1発明の「1種以上の脂肪性物質」の含有量「約0.5重量%?約10重量%」とは、「1?10重量%」の範囲で重複一致している上、刊行物1の4頁12?13行には、脂肪性物質の濃度について、「特に、組成物全量に基づいて1?5%w/w」との記載もある。

してみると、本件特許発明1と引用例1発明とは、「カンデサルタンシレキセチル及び錠剤全重量に対して1?10重量%の脂肪性物質を含有するカンデサルタンシレキセチル含有錠剤。」において一致し、以下の点で相違する。
<相違点>
カンデサルタンシレキセチル含有錠剤に含有される脂肪性物質が、本件特許発明1では、「ステアリン酸」と特定されているのに対し、引用例1発明においては、「1種以上の脂肪性物質」とされている点。(以下、「相違点1」という。)

次に、本件特許発明2と引用例1製法発明を対比すると、両者は、本件特許発明1と引用例1発明との対比で述べたと同様の理由で、「カンデサルタンシレキセチルに、錠剤全重量に対して1?10重量%の脂肪性物質を配合するカンデサルタンシレキセチル含有錠剤の製造方法。」で一致している。
そして、両者は、以下の点で、相違している。
<相違点>
本件特許発明2の製造方法では、錠剤に配合される脂肪性物質が、「ステアリン酸」に特定されているのに対し、引用例1製法発明においては、「1種以上の脂肪性物質」とされている点。(以下、「相違点1’」という。)、及び、
引用例1製法発明の製造方法では、カンデサルタンシレキセチルに、脂肪性物質を配合する方法について、「カンデサルタンシレキセチルと、・・・1種以上の脂肪性物質とを、バインダー溶液中に分散させて、分散液を形成すること;前記分散液を1種以上のフィラー及び1種以上の崩壊剤とともに粒状化し、顆粒を形成すること;前記顆粒を乾燥し、寸法で分類し、潤滑化し、かつ圧縮して錠剤とすること、を含む」と特定されているのに対し、本件特許発明2では、かかる特定はなされていない点。(以下、「相違点2」という。)

(2)本件特許発明1についての判断
刊行物1には、引用例1発明の錠剤に含有される「1種以上の脂肪性物質」について、2頁6?9行に、「例えば、脂肪性物質は脂質やリン脂質であってもよい。脂質は脂肪酸や脂肪酸エステルであってもよい。脂肪酸はラウリン酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、パルミトレイン酸、オレイン酸、カプリン酸、カプリル酸、オレイン酸、リノレン酸、アラキドン酸及びそれらの混合物のうちの1種以上であってもよい。」と記載され、この例示の中に、「ステアリン酸」も含まれてはいる。
しかしながら、刊行物1の「脂肪性物質」としては、脂質の他にリン脂質も例示されているし、脂質には、脂肪酸のみならず脂肪酸エステルも含まれ、脂肪酸としても10種の化合物が例示されている。また、発明の具体例である実施例1-3に脂肪性物質として記載されているのは、脂肪性物質として、カプリン酸グリセリル又は大豆レシチンを使用した例のみであって、刊行物1の記載からは、脂肪性物質として、特にステアリン酸を選択する動機付けがあるとまではいえない。
さらに、本件特許発明1において、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤にステアリン酸を配合することの技術的意義に関し、本件特許明細書」(【0007】)に、「本発明の目的は、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤中のカンデサルタンシレキセチルの分解が抑制され安定化されているのみならず、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収が抑制され、ひいては急激な血圧低下に伴う副作用が抑制されて、患者の苦痛が改善されたカンデサルタンシレキセチル含有錠剤及びその製造方法を提供することにある。」と記載されているように、本件特許発明1において、ステアリン酸は、カンデサルタンシレキセチルの分解を抑制して安定化するのみならず、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収を抑制して副作用を抑制する効果が発揮されることを期待して配合されるものである。
一方、後述の、本件特許発明1の効果についての検討の記載からも明らかなとおり、刊行物1では、1種以上の脂肪性物質は、カンデサルクンシレキセチル含有錠剤に、カンデサルタンシレキセチルの分解を抑制して安定化する効果を期待して配合されているに過ぎず、本件特許発明1で配合されているステアリン酸のように、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収を抑制して副作用を抑制する効果も発揮されることを期待して配合されるものではない。
してみると、引用例1発明において、「1種以上の脂肪性物質」として記載された多数の例示化合物から、カンデサルタンシレキセチルの分解を抑制して安定化する効果のみならず、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収を抑制して副作用を抑制する効果も期待できるものとして、「ステアリン酸」を選択することが、当業者にとって容易に想到し得たということはできない。
なお、刊行物3には、医薬品添加物としてのステアリン酸が、安定(化)剤、滑沢剤、基剤等として用いられることが記載され、また、刊行物4には、ステアリン酸は、経口用及び局所用医薬配合物において広く用いられることや、錠剤及びカプセル剤の潤滑剤として経口用配合物に主に用いられること等が記載されており、ステアリン酸は、医薬組成物に添加される成分として、本件特許出願の優先日当時、汎用されていたものではあるが、刊行物3、4には、ステアリン酸をカンデサルタンシレキセチルに配合することについての記載はないし、刊行物3、4には、ステアリン酸を、本件特許発明1のように、カンデサルタンシレキセチルの血漿中濃度を抑制する効果を有することは記載されておらず、刊行物3、4を参酌しても、引用例1発明において、ステアリン酸を、カンデサルタンシレキセチルの分解の抑制のみならず、カンデサルタンシレキセチルの血漿中濃度を抑制する効果も発揮されることを期待して、組み合わせる動機付けがあるとはいえない。

次に、本件特許発明1の効果について検討する。

本件特許明細書には、ステアリン酸を用いることにより得られる本件特許発明1の効果に関連して、以下の記載がある。
(ア)「カンデサルタンシレキセチルには、製剤化工程において圧力、摩擦、熱等により結晶の歪みが生じ、経日的な含量低下がみられることもあり・・・。・・・カンデサルタンシレキセチルは、上記の通り、圧力等によって結晶の歪みが生じるので製剤化工程において結晶が変形し、純度低下、経時的な分解を引き起こす。」(【0003】?【0004】)
(イ)「本発明のカンデサルタンシレキセチル含有錠剤によれば、カンデサルタンシレキセチルに、ステアリン酸を配合したことによって、以下の如き格別顕著な効果を得ることができる。
(1)カンデサルタンシレキセチル含有錠剤中のカンデサルタンシレキセチルの分解が抑制され安定化されたカンデサルタンシレキセチル含有錠剤が提供される。
(2)カンデサルタンシレキセチル含有製剤中のカンデサルタンシレキセチルの分解が抑制されるのに加えて、更に、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収が抑制され、ひいては急激な血圧低下に伴う悪心、嘔吐、めまい、発疹等の副作用が抑制されて、患者の苦痛が改善されたカンデサルタンシレキセチル含有錠剤が提供される。」(【0013】?【0015】)
(ウ)【0043】?【0047】に、実施例1?3及び比較例1で得たカンデサルタンシレキセチル含有錠剤の安定性試験について記載され、安定性試験の試験開始時並びに安定性試験を2週間行った試験終了後のカンデサルタンシレキセチルの純度(%)についてのデータが表2に記載され、純度低下率は、ステアリン酸を配合した実施例1で0.2%であるのに対し、ステアリン酸を配合していない比較例1では、1.5%の低下となったことが示されている。また、【0048】には、「表2より、ステアリン酸を配合した実施例1の錠剤は、ステアリン酸を配合していない比較例1の錠剤に比して、カンデサルタンシレキセチルの安定性が顕著に優れていることが明らかである。」と記載されている。
(エ)【0049】?【0055】に、実施例1及び比較例1で得た各カンデサルタンシレキセチル含有錠剤について、ヒトに投与したときのカンデサルタンの血漿中濃度について記載され、結果が表3に、また、図1に、表3についてのグラフが示され、ステアリン酸を配合した実施例1では、投与後4時間での血漿中カンデサルタン濃度が51.38ng/mLであるのに対し、ステアリン酸を配合していない比較例1では、61.78ng/mLとなっている。また、【0056】に、「表3及び図1より、ステアリン酸を配合した実施例1のカンデサルタンシレキセチル含有錠剤は、ステアリン酸を配合していない比較例1のカンデサルタンシレキセチル含有錠剤に比して、カンデサルタンの血漿中濃度が抑制されていることが明らかである。」と記載されている。
(オ)【0057】?【0063】に、実施例1及び比較例1で得たカンデサルタンシレキセチル含有錠剤について、溶出試験を行ったことが記載され、結果が表4に示され、また、図2に、表4についてのグラフが示されている。また、【0064】には、「表4及び図2より、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤において、ステアリン酸の含有の有無に拘わらず、溶出率には実質的な差がないことが明らかである。また、この溶出率の試験結果と、前記表3及び図1のカンデサルタンの血中濃度の試験結果とから、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤において、ステアリン酸を含有させることによって、溶出率には差がないのにも拘わらず、血中濃度を抑制できることが明らかである。」と記載されている。

本件特許明細書の上記記載によれば、本件特許明細書には、ステアリン酸を用いることにより得られる本件特許発明1の効果に関連して、主に以下の(i)?(iii)の3点が記載されていると言える。

(i)カンデサルタンシレキセチル含有錠剤中のカンデサルタンシレキセチルの分解(純度低下)が抑制され、安定化されること (上記(ア)、(イ)(1)及び(ウ)参照;以下、「効果1」という。)
)
(ii)カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収が抑制され、ひいては急激な血圧低下に伴う副作用が抑制されて、患者の苦痛が改善されること (上記(イ)(2),(エ)及び(オ)参照;以下、「効果2」という。)
(iii)カンデサルタンシレキセチル含有錠剤に、ステアリン酸を含有させても、溶出率には差が生じないこと (上記(オ)参照;以下、「効果3」という。)

そこで、これらの本件特許発明1の効果について検討する。

(i)効果1について
刊行物1には、カンデサルタンシレキセチルの安定性に関し、以下の記載がある。
「カンデサルタンシレキセチルは、単独で固体状態では、温度、湿度、光に対して安定である。しかしながら、錠剤化され、他の添加剤を配合された場合には、活性成分の経日的な分解が見られる。
米国特許5534534号明細書は、医薬組成物中のカンデサルタンシレキセチルの経日的な含量低下は、低融点油脂状物質を組成物に組み入れられることで低下させることができる。特許によると、油脂状物質が活性成分に組み入れられると、安定な組成物が形成され、圧縮による経時分解を抑制する。生じた組成物は、結晶の歪みが最小限となり安定であるとされている。」(1頁14?24行)

上記刊行物1の記載によれば、引用例1発明は、本件特許発明1と同様に、製剤化工程を経たカンデサルタンシレキセチルが分解することから安定化することを目的としている。そして、刊行物1では、脂肪性物質として、具体的に、カプリン酸グリセリル(実施例1)と大豆レシチン(実施例3)を安定化剤として含有したカンデサルタンシレキセチル含有錠剤が、これらを含有していない錠剤に比べて、カンデサルタンシレキセチルの分解物が少ないことが具体的に示されている(表1)のであるから、脂肪性物質であるステアリン酸を含ませることでカンデサルタンシレキセチル含有錠剤のカンデサルタンシレキセチルの含量低下を抑制して安定化できることは、刊行物1の記載から、当業者が予測し得る事項であるといえる。
また、ステアリン酸自体は、刊行物3、4に記載されるように、錠剤製造工程の改善に資することが自明な滑沢剤としても使用されるものであって、ステアリン酸の添加により錠剤製造工程が改善できることが期待できるし、安定化剤としても知られている(刊行物3)ことからも、ステアリン酸を含ませることでカンデサルタンシレキセチル含有錠剤のカンデサルタンシレキセチルの含量低下を抑制して安定化できることを当業者は推認できるものと認められる。
したがって、効果1は、刊行物1、3、4の記載から当業者が予測し得たものである。

(ii)効果2について
本件特許明細書の表3及び図1に示される実験結果によれば、ステアリン酸を含む錠剤(実施例1)では、カンデサルタンの血漿中濃度が、ステアリン酸を含まない錠剤(比較例1)に比べて抑制されている傾向を読み取ることができ、本件特許明細書の記載から、ステアリン酸を含ませることで、カンデサルタンの血漿中濃度が抑制されることが理解できる。そして、カンデサルタンの血漿中濃度が抑制されることで、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収が抑制されれば、急激な血圧低下に伴う副作用が抑制されて、患者の苦痛が改善されることも期待できるといえる。
一方、刊行物1には、カンデサルタンシレキセチルを含む錠剤を、1種以上の脂肪性物質を含むものとすることで、カンデサルタンの血漿中濃度が抑制されること(ひいては、急激な血圧低下に伴う副作用が抑制されて、患者の苦痛が改善されること)については全く記載されておらず、上記効果2は、刊行物1の記載から当業者が予測し得ない効果であるといえる。
さらに、効果2は、刊行物3、4の記載からも当業者が予測し得ないものである。
効果2に関し、特許異議申立人松下満(申立番号05)は、参考資料1を示し、本件特許明細書に記載の実験データ(実施例1及び比較例1)について、統計学的に両者のCmaxの平均値を比較して評価するために、一般的に用いられるウェルチのt検定を行ったところ、両者の間には統計的に有意な差は見られなかったから、効果2は奏されない旨主張している(特許異議申立書5のp25?26)。
しかしながら、上記参考資料1における計算では、Cmaxの平均値の値として、本件特許明細書の表3に記載された投与後4時間の血漿中濃度の値を使用して計算しているところ、表3が示す血漿中カンデサルタン濃度は、投与後の各時間における全被験者の血漿中カンデサルタン濃度の平均値であって、投与後4時間の値はこのうちの一番高い値に過ぎず、各被験者のCmaxの平均値ではないことから、異議申立人の上記主張は、その前提において間違っている。また、参考資料1で適用されているウェルチのt検定は、データ間に対応がなく、かつ母集団が非等分散であるときに用いられる検定法であるところ、本件特許明細書の【0050】によれば、表3の結果はクロスオーバー試験の結果であって、実施例1と比較例1の被験者は同じであり、両者のデータは対応のあるデータであって、統計学的に比較する場合には、対応のあるt検定を行うことが妥当であると解される。にもかかわらず、参考資料1では、ウェルチのt検定を適用している点でも、上記参考資料1のデータは適切とはいえない。
そして、本件特許発明が進歩性の要件を満たさないことについては、異議申立人が証明責任を負うと解するのが相当であるところ、本件特許明細書の記載から、本件特許発明1により上記効果2が奏されることが理解できる一方で、異議申立人の、効果2が奏されない旨の主張の根拠とされたデータは適切とは言えないのであるから、参考資料1をもって、本件特許発明の効果2が当業者が予期し得る程度のものに過ぎないとすることはできない。

(iii)効果3について
本件特許明細書の表4及び図2から、当業者は、ステアリン酸を含む錠剤(実施例1)の溶出率が、ステアリン酸を含まない錠剤の溶出率と同等であることを理解できる。
そして、前述のとおり、本件特許明細書には、「カンデサルタンシレキセチル含有錠剤において、ステアリン酸を含有させることによって、溶出率には差がないのにも拘わらず、血中濃度を抑制できる」(上記(オ))と記載されているところ、刊行物6の6?7行の記載や、特許権者が提出した乙第2号証(「医薬品製剤化方略と新技術」、2007年3月31日第1刷発行、発行者 島健太郎、発行所 株式会社シーエムシー出版)のp85の6?7行目、p85の5.1放出速度の制御の1行目?p86の3行目等の記載からも明らかなように、従来、薬物の溶出挙動と薬物の血中濃度には一般的には関連があると認識されていることに鑑みれば、ステアリン酸を含有するカンデサルタンシレキセチル含有錠剤とすることで、カンデサルタンの血漿中濃度が抑制される(効果2)にもかかわらず、溶出率には影響がなかった(同等であった)との結果(効果3)もまた、当業者が予測し得ない効果であるといえる。
なお、刊行物6は、後発医薬品の生物学的同等性試験について記載するガイドラインであり、また、刊行物5は、ステアリン酸は含有していない市販のカンデサルタンシレキセチル含有錠剤についての医薬品インタビューフォームであるが、いずれも、カンデサルタンシレキセチル錠剤にステアリン酸を含有させること、及び、ステアリン酸を含有するカンデサルタンシレキセチル錠剤が、溶出率に差が無いにもかかわらず、カンデサルタンの血漿中濃度が抑制される効果を奏することを示唆するものではない。
よって、本件特許発明1は、引用例1発明及び刊行物3?6に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明2についての判断
まず、相違点2について検討する。
引用例1製法発明の製造方法では、カンデサルタンシレキセチルに、脂肪性物質を配合する方法について、「カンデサルタンシレキセチルと、・・・1種以上の脂肪性物質とを、バインダー溶液中に分散させて、分散液を形成すること;前記分散液を1種以上のフィラー及び1種以上の崩壊剤とともに粒状化し、顆粒を形成すること;前記顆粒を乾燥し、寸法で分類し、潤滑化し、かつ圧縮して錠剤とすること、を含む」と特定されているが、本件特許発明2は、「カンデサルタンシレキセチルに、錠剤全重量に対して1?20重量%のステアリン酸を配合することを特徴とするカンデサルタンシレキセチル含有錠剤の製造方法。」であって、製造方法としては、カンデサルタンシレキセチルに、「錠剤全重量に対して1?20重量%のステアリン酸を配合すること」のみが特定されており、その配合手法についての特段の限定はなされていないことから、任意の配合方法を含みうると認められ、相違点2は、実質的には相違点とはならない。(なお、このことは、本件特許明細書の【0030】の製造方法についての具体的な記載からも理解できる。)

一方、相違点1’については、(2)において、本件特許発明1と引用例1発明との相違点1について述べたと同様の理由により、引用例1製法発明において、「1種以上の脂肪性物質」として記載された多数の例示化合物から、カンデサルタンシレキセチルの分解を抑制して安定化する効果のみならず、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収を抑制して副作用を抑制する効果も期待できるものとして、「ステアリン酸」を選択することが、当業者にとって容易に想到し得たということはできない。

次に、本件特許発明2の効果については、本件特許明細書に、「(3)また、本発明のカンデサルタンシレキセチル含有錠剤の製造方法によれば、カンデサルタンシレキセチルに、ステアリン酸を配合するという簡便な方法で、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤中のカンデサルタンシレキセチルの分解が抑制され安定化されるのみならず、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収が抑制され、ひいては急激な血圧低下に伴う副作用が抑制されて、患者の苦痛が改善されたカンデサルタンシレキセチル含有錠剤を容易に調製できる。」(【0016】)と記載されていることからすれば、本件特許発明2の効果は、本件特許発明1について効果1?3として述べた効果及び、製造方法が簡便であるというものであると認められる。
そして、製造方法が簡便である点の効果は、製造方法として、本件特許発明2と引用例1製法発明は、錠剤に含有される脂肪性物質が、「ステアリン酸」に特定されているか、「1種以上の脂肪性物質」とされているかの違いしかないのであるから、この点で、効果上の差異があるとは認められないし、効果1が、刊行物1、3、4の記載から当業者が予測できたものであることは既に(2)で記載したとおりである。
しかしながら、(2)で述べた通り、効果2は、刊行物1の記載から当業者が予測し得ない効果であるといえるし、カンデサルタンの血漿中濃度が抑制される(効果2)にもかかわらず、溶出率には影響がなかったとの結果(効果3)もまた、当業者が予測し得ない効果であるといえる。
よって、本件特許発明2も、引用例1製法発明及び刊行物3?6に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)小括
以上述べたとおり、本件特許発明1及び2は、刊行物1に記載の発明及び刊行物3?6に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。


第5 取消理由2(刊行物2を主引用例とする特許法第29条第2項)について

1.刊行物2に記載された発明
刊行物2の請求項1には、「抗AII(審判合議体注;「AII」とは、「アンジオテンシンII」のことである。)作用を有する式(I)
【化1】 (審判合議体注;化学式の記載は省略する。)
(式中、環Wは置換されていてもよい含窒素複素環残基を示し、R3は陰イオンを形成しうる基またはそれに変じ得る基を示し、Xはフェニレン基とフェニル基が直接または原子鎖2以下のスペーサーを介して結合していることを示し、nは1または2の整数を示す)で表される化合物および低融点油脂状物質を配合してなる経口用医薬組成物。」と記載され、また、請求項9には、「式(I)で表される化合物が(±)-1-(シクロヘキシルオキシカルボニルオキシ)エチル 2-エトキシ-1-[[2′-(1H-テトラゾール-5-イル)ビフェニル-4-イル]メチル]-1H-ベンズイミダゾール-7-カルボキシラート (当審合議体注;当該化合物は、カンデサルタンシレキセチルである。)である請求項1記載の組成物」と記載されている。
また、刊行物2の【0015】には、「本発明は、成型(造粒,加圧成型など)により製造される固型剤(顆粒剤,錠剤など、好ましくは錠剤)」と記載され、実施例1?5に、カンデサルタンシレキセチルであることが、【0011】の「(±)-1-(シクロヘキシルオキシカルボニルオキシ)エチル 2-エトキシ-1-[[2′-(1H-テトラゾール-5-イル)ビフェニル-4-イル]メチル]-1H-ベンズイミダゾール-7-カルボキシラート(以下、化合物(V)と称することがある。・・・)」なる記載から明らかな化合物(V)を含有する錠剤の具体例が、記載されている。
してみると、刊行物2には、
「カンデサルタンシレキセチルと、低融点油脂状物質を配合してなる錠剤」の発明(以下「引用例2発明」という。)が記載されている。

また、刊行物2の請求項16には、
「抗AII作用を有する式(I)
【化3】 (当審合議体注;化学式の記載は省略する。)
(式中、環Wは置換されていてもよい含窒素複素環残基を示し、R3は陰イオンを形成しうる基またはそれに変じ得る基を示し、Xはフェニレン基とフェニル基が直接または原子鎖2以下のスペーサーを介して結合していることを示し、nは1または2の整数を示す)で表される化合物に低融点油脂状物質を配合した後成型することを特徴とする経口用医薬組成物の製造法。」が記載され、【0011】、【0015】には、上記した記載があり、実施例1?5に、カンデサルタンシレキセチル(化合物(V))を含有し、低融点油脂状物質として、ポリエチレングリコール6000を配合した錠剤の製造例(実施例1?4)や、ステアリルアルコール(刊行物2の表8に、「ステアリ-ルアルコール」と記載されているのは、「ステアリルアルコール」の誤記と認める。)、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステルを配合した錠剤の製造例(実施例5)が記載されている。
してみると、刊行物2には、「カンデサルタンシレキセチルに低融点油脂状物質を配合した後成型する錠剤の製造法」の発明(以下「引用例2製法発明」という。)が記載されていると認められる。

2.対比・判断
(1)対比
本件特許発明1と引用例2発明を対比すると、刊行物2の【0012】に、「本発明に用いる低融点油脂状物質としては、たとえば・・・ステアリン酸・・」と記載されていることから明らかなように、本件特許発明1の「ステアリン酸」は引用例2発明において、「低融点油脂状物質」とされているものである。
よって、本件特許発明1と引用例1発明とは、「カンデサルタンシレキセチル及び低融点油脂状物質を含有するカンデサルタンシレキセチル含有錠剤。」において一致し、以下の点で相違している。

<相違点>
本件特許発明1では、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤に含有される低融点油脂状物質が、「ステアリン酸」に限定され、その含有量も「錠剤全重量に対して1?20重量%」と特定されているのに対し、引用例2発明では、低融点油脂状物質及びその含有量の特定がなされていない点。(以下、「相違点3」という。)

次に、本件特許発明2と引用例2製法発明を対比すると、両者は、本件特許発明1と引用例2発明との対比で述べたと同様の理由で、「カンデサルタンシレキセチルに、低融点油脂状物質を配合するカンデサルタンシレキセチル含有錠剤の製造方法。」で一致している。
そして、両者は、以下の点で、相違している。
<相違点>
本件特許発明2の製造方法では、錠剤に配合される低融点油脂状物質が、「ステアリン酸」に限定され、その含有量も「錠剤全重量に対して1?20重量%」と特定されているのに対し、引用例2発明では、低融点油脂状物質及びその含有量の特定がなされていない点。(以下、「相違点3’」という。)

(2)本件特許発明1についての判断
刊行物2には、引用例2発明の錠剤に含有される「低融点油脂状物質」について、【0012】に、「油脂状を呈し、通常その融点が20?90℃程度のもの」と記載され、「たとえば」として、「炭化水素,高級脂肪酸,高級アルコール,多価アルコールの脂肪酸エステル,多価アルコールの高級アルコールエーテル,アルキレンオキサイドの重合体もしくは共重合体」など、非常に広範な種類の化合物が列記され、その具体例として【0012】?【0015】に渡って膨大な数の化合物群が例示されている。そして、「ステアリン酸」については、【0012】に、高級脂肪酸の具体的な例示の1つとして記載されてはいるが、それは膨大な数の具体的化合物の例示の1つとして記載されているに過ぎないし、発明の具体例である実施例1-5に低融点油脂状物質として、ポリエチレングリコール、ステアリルアルコール、ショ糖脂肪酸エステル、或いは、ソルビタン脂肪酸エステルといった各種物質を配合した錠剤は記載されているが、ステアリン酸のような脂肪酸を配合した例は記載されていない。
してみると、刊行物2の記載からは、低融点油脂状物質として、特にステアリン酸に着目して選択する動機付けがあるとはいえない。
さらに、第4 2.(2)において、取消理由1に関する「本件特許発明1についての判断」で記載したとおり、本件特許発明1においては、ステアリン酸は、カンデサルタンシレキセチルの分解を抑制して安定化するのみならず、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収を抑制して副作用を抑制する効果が発揮されることを期待して配合されるものである。
一方、後述の、本件特許発明1の効果についての検討の記載からも明らかなとおり、刊行物2では、低融点油脂状物質は、カンデサルクンシレキセチル含有錠剤に、カンデサルタンシレキセチルの分解を抑制して安定化する効果を期待して配合されるものではあっても、本件特許発明1で配合されているステアリン酸のように、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収を抑制して副作用を抑制する効果も発揮されることを期待して配合されるものではない。
してみると、引用例2発明において、「低融点油脂状物質」として記載された膨大な数の例示化合物から、カンデサルタンシレキセチルの分解を抑制して安定化する効果のみならず、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収を抑制して副作用を抑制する効果も期待できるものとして、「ステアリン酸」を採用することが、当業者にとって容易に想到し得たということはできない。
なお、第4 2.(2)に、なお書きで記載したとおりの理由で、刊行物3,4の記載を参酌しても同様である。

次に、本件特許発明1の効果について検討すると、第4 2.(2)で記載したとおり、本件特許明細書には、ステアリン酸を用いることにより得られる本件特許発明1の効果として、第4 2.(2)で記載した効果1?効果3が記載されている。

そして、刊行物2の【0003】及び【0004】の記載によれば、刊行物2発明は、従来、錠剤の製造における造粒あるいは加圧成型の際に加えられる圧力、摩擦、熱等により、カンデサルタンシレキセチル等の式(I)で表される有効成分化合物の結晶に歪みが生じ、有効成分の経日的な分解や含量低下が生じる問題があったのを、解決し、有効成分を安定化することを目的としているといえるところ、刊行物2には、低融点油脂状物質として、ポリエチレングリコール等の各種物質を配合した錠剤が、低融点油脂状物質を含有していない錠剤と比べて、カンデサルタンシレキセチル(化合物(V))の残存率が高くなり、安定性が優れていることが具体的に記載されている(実施例1?5)のであるから、低融点油脂状物質として刊行物2に記載されているステアリン酸を含ませることで、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤のカンデサルタンシレキセチルの分解(純度低下)が抑制され、安定化できること(効果1)は、刊行物2の記載から、当業者が予測し得る事項である。
また、ステアリン酸自体が、刊行物3、4に示されるように、錠剤製造工程の改善に資することが自明な滑沢剤としても使用されるものであって、ステアリン酸の添加により錠剤製造工程が改善できることが期待できるし、ステアリン酸が安定化剤としても知られている(刊行物3)ことからも、効果1は、当業者が推認できるものと認められる。

効果2、3に関しては、第4 2.(2)において、本件特許発明1の効果についての検討の(ii)、(iii)で記載したとおり、本件特許明細書の記載から、ステアリン酸を含有するカンデサルタンシレキセチル含有錠剤とすることで、カンデサルタンの血漿中濃度が抑制されること、(ひいては、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収による急激な血圧低下に伴う副作用が抑制されて、患者の苦痛が改善されること(効果2))や、それにもかかわらず、溶出率には影響がないこと(効果3)を当業者は理解できる。
一方、刊行物2には、カンデサルタンシレキセチルを含む錠剤に低融点油脂状物質を配合することによるカンデサルタンシレキセチルの吸収性への影響や、溶出率への影響については全く記載がないのであるから、効果2、3の効果は、当業者が刊行物2からは予測し得ない効果であるといえるし、刊行物3?6を参酌しても同様である。
なお、刊行物2発明に基づく取消理由2に関しても、特許異議申立人(申立番号05)は、参考資料1を根拠として、本件特許発明1の効果2は奏されないと主張しているが、これが採用できないことは、既に第4 2.(2)で述べたとおりである。

よって、本件特許発明1は、引用例2発明及び刊行物3?6に記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明2についての判断
相違点3’については、(2)において、本件特許発明1と引用例2発明との相違点3についての判断において述べたと同様の理由により、引用例2発明において、「低融点油脂状物質」として記載された膨大な数の例示化合物から、カンデサルタンシレキセチルの分解を抑制して安定化する効果のみならず、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収を抑制して副作用を抑制する効果も期待できるものとして、「ステアリン酸」を採用することが、当業者にとって容易に想到し得たということはできない。
また、本件特許発明2の効果は、第4 2.(3)において、本件特許発明2の効果についての検討で記載したとおり、効果1?3及び、製造方法が簡便であるというものであるが、これらの効果のうち、効果2及び3が、刊行物2の記載及び刊行物3?6に記載の事項からは当業者が予測し得ない効果であることは、(2)で述べたとおりである。

よって、本件特許発明2も、引用例2製法発明及び刊行物3?6に記載の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)小括
以上述べたとおり、本件特許発明1及び2は、刊行物2に記載された発明及び刊行物3?6に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

第6 取消理由3(特許法第36条第6項第1号)について
特許法第36条第6項第1号には、特許請求の範囲の記載は、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」と規定されており、当該規定を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、また、その記載がなくとも、当業者が出願時の技術常識に照らし、当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、そして、請求項に係る発明が、本願明細書の発明の詳細な説明において、発明が解決しようとする課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えていると判断された場合には、該請求項に係る発明は、発明の詳細な説明に実質的に記載されているとはいえず、特許法第36条第6項第1号の規定に反するものとなる。

これを本件特許出願についてみると、本件特許発明1及び2は、上記第1に記載したとおりのものであるところ、本件特許明細書には、従来技術及び本件特許発明1及び2が解決しようとする課題に関し、以下の記載がある。
「カンデサルタンシレキセチルには、製剤化工程において圧力、摩擦、熱等により結晶の歪みが生じ、経日的な含量低下がみられることがあり・・・。」(【0003】)
「カンデサルタンシレキセチルは、上記の通り、圧力等によって結晶の歪みが生じるので製剤化工程において結晶が変形し、純度低下、経時的な分解を引き起こす。そのため、種々のカンデサルタンシレキセチル製剤の安定化方法が提案されている(特許文献1及び特許文献2参照)。例えば、特許文献1では、カンデサルタンシレキセチル製剤の安定化のために、低融点油脂状物質を添加して有効成分の分解を抑制することが提案されている。また、特許文献2では、同様の目的で、親水コロイド特性を有する親水性物質を添加して、錠剤化における劣化に対して、有効成分を適切に安定化させることが提案されている。しかし、これらのカンデサルタンシレキセチル製剤についての特許文献には、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収の抑制についての記載、示唆は全く無い。」(【0004】)
「【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤中のカンデサルタンシレキセチルの分解が抑制され安定化されているのみならず、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収が抑制され、ひいては急激な血圧低下に伴う副作用が抑制されて、患者の苦痛が改善されたカンデサルタンシレキセチル含有錠剤及びその製造方法を提供することにある。」(【0007】)

上記の記載によれば、従来から、カンデサルタンシレキセチルは、製剤化工程において圧力、摩擦、熱等により結晶の歪みが生じ、純度低下、経時的な分解を引き起こすことが知られていた。そして、カンデサルタンシレキセチル製剤の安定化のために、従来、低融点油脂状物質を添加して有効成分の分解を抑制することも提案されていたが、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収の抑制について記載、示唆するものはなかった。
また、上記の本件特許明細書の記載によれば、本件特許発明1,2が解決しようとする課題は、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤中のカンデサルタンシレキセチルの分解が抑制され、安定化されているのみならず、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収が抑制され、ひいては急激な血圧低下に伴う副作用が抑制されて、患者の苦痛が改善されたカンデサルタンシレキセチル含有錠剤及びその製造方法を提供することであると認められる。

そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、「課題を解決するための手段」として、
「本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究した結果、カンデサルタンシレキセチルを安定化する物質として、特にステアリン酸を選択・使用することによって、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤中のカンデサルタンシレキセチルの分解が抑制され安定化された上で、しかもカンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収が抑制されることを見出した。本発明者は、かかる知見に基づいて、更に検討を重ねて、本発明を完成するに至った。」(【0008】)
と、記載されており、本件特許発明1,2が解決しようとする課題は、上記本件特許明細書の記載によればカンデサルタンシレキセチル含有錠剤中のカンデサルタンシレキセチルを安定化する物質としてステアリン酸を選択・使用(含有)することで達成できるものとされている。

ここで、本件特許明細書の発明の詳細な説明から、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤中にステアリン酸を含有することで、本件特許発明1,2が解決しようとする課題である、「カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収が抑制され、ひいては急激な血圧低下に伴う副作用が抑制されて、患者の苦痛が改善されたカンデサルタンシレキセチル含有錠剤及びその製造方法を提供すること」が達成できるといえるかについて検討する。
発明が解決しようとする課題の解決に関し、本件特許明細書の発明の詳細な説明(特に、【0049】?【0056】)には、第4 2.(2)の(エ)で記載したとおり、「実施例1及び比較例1で得た各カンデサルタンシレキセチル含有錠剤について、ヒトに投与したときのカンデサルタンの血漿中濃度」についての結果が、表3に記載され、また、表3についての結果が図1にグラフとして示されている。そして、表3によれば、ステアリン酸を配合した実施例1では、表中における血漿中カンデサルタン濃度の最高値は投与後4時間の値で、51.38ng/mLであるのに対し、ステアリン酸を配合していない比較例1では、61.78ng/mLとなっている等、本件特許明細書の表3及び図1に示される実験結果によれば、ステアリン酸を含む錠剤(実施例1)では、カンデサルタンの血漿中濃度が、ステアリン酸を含まない錠剤(比較例1)に比べて抑制されている傾向を読み取ることができる。
また、【0056】には、「表3及び図1より、ステアリン酸を配合した実施例1のカンデサルタンシレキセチル含有錠剤は、ステアリン酸を配合していない比較例1のカンデサルタンシレキセチル含有錠剤に比して、カンデサルタンの血漿中濃度が抑制されていることが明らかである。」と記載されている。
そうすると、これら本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤にステアリン酸を含ませることで、カンデサルタンの血漿中濃度が抑制されることが理解できると認められる。そして、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤にステアリン酸を含ませることで、カンデサルタンの血漿中濃度が抑制されれば、カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収を抑制できること、ひいては、急激な血圧低下に伴う副作用が抑制されて、患者の苦痛が改善されることを当業者は、推認できるといえる。
してみると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から、カンデサルタンシレキセチル含有錠剤中にステアリン酸を含有することで、「カンデサルタンシレキセチルの過剰な吸収が抑制され、ひいては急激な血圧低下に伴う副作用が抑制されて、患者の苦痛が改善されたカンデサルタンシレキセチル含有錠剤及びその製造方法を提供する」という本件特許発明1,2の解決しようとする課題が解決できることを、当業者は認識できるといえる。
したがって、本件特許が、特許法第36条第6項第1号に記載する要件を満たしていない出願に対してなされたものであるとすることはできない。
第7 むすび
以上述べたとおり、上記取消理由1?3によっては、請求項1?2に係る特許を取り消すことができない。
また、他に請求項1?2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-06-08 
出願番号 特願2011-12556(P2011-12556)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (A61K)
P 1 651・ 537- Y (651)
最終処分 維持  
前審関与審査官 高橋 樹理  
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 渕野 留香
松澤 優子
登録日 2015-03-06 
登録番号 特許第5705562号(P5705562)
権利者 沢井製薬株式会社
発明の名称 カンデサルタンシレキセチル含有錠剤及びその製造方法  
代理人 市川 さつき  
代理人 森田 隼明  
代理人 山崎 一夫  
代理人 田中 伸一郎  
代理人 弟子丸 健  
代理人 志村 将  
代理人 箱田 篤  
代理人 西島 孝喜  
代理人 浅井 賢治  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ