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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特17 条の2 、4 項補正目的 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1316511
審判番号 不服2015-3598  
総通号数 200 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-08-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-02-25 
確定日 2016-06-30 
事件の表示 特願2010- 56428「関節リウマチ薬」拒絶査定不服審判事件〔平成23年 9月29日出願公開、特開2011-190199〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯
本願は、平成22年3月12日の出願であって、平成25年3月12日に手続補正書が提出され、平成26年3月6日付けで拒絶理由が通知され、これに応答して、同年5月8日に意見書が提出されたが、同年10月24日付けで拒絶査定がなされた。これに対し、平成27年2月25日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、同年7月24日に審査官により前置報告書が作成された。

第2.平成27年2月25日付け手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成27年2月25日付け手続補正を却下する。

[理由]
1.本件補正の内容
平成27年2月25日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)は、本件補正前の特許請求の範囲(平成25年3月12日提出の手続補正書に記載された特許請求の範囲)に、
「【請求項1】
メトトレキサートを有効成分として含有する関節リウマチ薬であって、関節リウマチ患者に対して、就寝前に投与されるように用いられるものにおいて、前記投与が午後9時?午前3時であることを特徴とする関節リウマチ薬。
【請求項2】
前記投与が午前1時?午前3時であることを特徴とする請求項1に記載の関節リウマチ薬。」
とあったものを、

「【請求項1】
メトトレキサートを有効成分として含有する関節リウマチ薬であって、関節リウマチ患者に対して、就寝前に投与されるように用いられるものにおいて、炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して、前記投与が午後9時?午前3時であることを特徴とする関節リウマチ薬。
【請求項2】
前記投与が午前1時?午前3時であることを特徴とする請求項1に記載の関節リウマチ薬。」
とする補正を含むものである。

上記の特許請求の範囲についての本件補正は、補正前の請求項1に係る発明において、メトトレキサートを有効成分として含有する関節リウマチ薬であって、関節リウマチ患者に対して、就寝前に投与されるように用いられるものの投薬時間について、「前記投与が午後9時?午前3時である」と特定されていたのを、「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して、前記投与が午後9時?午前3時である」(下線は審判合議体による。)と、関節リウマチ薬の投与や投薬時間が、「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して」導き出されたものであるとの発明特定事項を追加するものである。

2.補正の目的および補正の適否
この補正は、本件出願の願書に最初に添付した明細書の【0009】の、「本発明のMTXを含有する関節リウマチ薬は、炎症性サイトカインの概日リズムにあわせて就寝前に投与することによって、投与量及び投与回数を変更することなく、安全性を維持しつつRA症状、特に関節痛を軽減することができる。」なる記載、及び、【0014】の、「本発明の関節リウマチ薬は、就寝前、午後9時から午前3時に投与され、さらに好ましいのは、午前1時から午前3時に投与されることである。炎症性サイトカインは、深夜(午前2時)から早朝(午前5時)にかけて増加する概日リズムを有しており、この時間帯にMTXを服用することで血中のMTX濃度をこの時間帯に保つようにできれば、炎症性サイトカインの増加を抑えることができ、朝のこわばりを抑えることができるからである。」との記載からみて、出願当初の明細書に記載された事項の範囲内においてなされたものであると認められる。
(なお、上記の本願明細書に記載される「RA」は、本願明細書の【0002】に「リウマチ性疾患の代表である関節リウマチ(rheumatoid arthritis;以下、「RA」という」と記載されるとおり、「関節リウマチ」を意味し、また、「MTX」は、【0004】に、「メトトレキサート(methotrexate;以下、「MTX」という)」と記載されているとおり、「メトトレキサート」を意味する。以下、この審決中において、これらの略語で表記する場合がある。)

そして、上記の補正は、請求項1に記載された就寝前に投与されるように用いられる関節リウマチ薬の投薬時間についての発明特定事項である、「午後9時?午前3時」が、「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して」導き出されたものであるとの発明特定事項を追加したものであるが、補正後の、「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して」導き出された投薬時間も、補正前の、かかる発明特定事項の特定を伴わないで特定される投薬時間も、結局、就寝前に投与されるように用いられる関節リウマチ薬の投薬時間が「午後9時?午前3時」である点で変わりはなく、補正によって特許請求の範囲は減縮されていない。
してみると、この補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものではない。
また、この補正は、同第17条の2第5項第1号に掲げる請求項の削除、同法同条同項第3号に掲げる誤記の訂正、同法同条同項第4号に掲げる明りょうでない記載の釈明のいずれの事項を目的とするものでもない。

したがって、かかる補正を含む本件補正は、特許法第17条の2第5項の規定に違反するものであることは明らかであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

特許請求の範囲についての本件補正は、上述のとおり、特許法第17条の2第5項各号に掲げる事項を目的とするものとはいえないが、仮に、この補正が、請求項1に記載された関節リウマチ薬の投薬時間についての発明特定事項である、「前記投与が午後9時?午前3時」が、「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して」導き出されたものである点を限定したものであり、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一のものであって、特許法17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するとした場合であっても、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)は、以下で述べる理由により、特許出願の際独立して特許を受けることができるものとはいえないので、本件補正は、却下されるべきものである。

以下、本願補正発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものといえるか否か(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか否か)についての検討を記載する。

3.独立特許要件違反について

(1)本願補正発明
本願補正発明は、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「メトトレキサートを有効成分として含有する関節リウマチ薬であって、関節リウマチ患者に対して、就寝前に投与されるように用いられるものにおいて、炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して、前記投与が午後9時?午前3時であることを特徴とする関節リウマチ薬。」

(2)引用例及び引用発明
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である、藤秀人,週刊薬事新報,2010年,No.2610,p.6-12(原審における引用文献1。以下、「引用例」という。)には、以下の事項が記載されている。 なお、下線は、当審による。

(a)(タイトル)
「抗リウマチ薬の時間薬物療法を目指して」

(b)(7頁右欄下から13行?9頁左欄1行及び図1)
「RAは関節滑膜を病変の主座とする進行性の全身性炎症性疾患です。図1に示したようにRAの症状の特徴としては早朝に高発現する朝のこわばりがあります。また,RAの病態には関節滑膜における血管新生や炎症性細胞湿潤,滑膜細胞増殖,軟骨・骨破壊などが挙げられ,これらの病態形成には過剰に産生されるサイトカインが大きく関与すると言われています。なかでも炎症性サイトカインであるtumor necrosis factor- α(TNF-α)やinterleukin-1β(IL-1β),interleukin-6(IL-6)はRA患者の血中や関節滑液中で高濃度に発現しており,これらのサイトカインの複合的な作用の結果,関節炎は改善と増悪を繰り返しながら進行し,さらに軟骨・骨破壊を起こし関節の変形に至ります。これにより患者の日常労作は障害され,生活の質(QOL)は著しく低下します。
RAは未だ明確な発症機序が解明されていない疾患ですが,われわれはこの解明の切り口としてRA患者特有の“朝のこわばり”に着目しました。早朝に現れる四肢の関節痛である“朝のこわぱり”は,古くからよく知られているRAの特徴的な症状のーつです(図1)。近年,朝のこわばりに対応するように血中IL-6やTNF-αなどが早朝に増加することが報告され(図1),炎症によるこわばりの発症機序に少なからず炎症性サイトカインの概日リズムが関与しているのではないかと考えられています。
現在,多くのRA患者に用いられているメトトレキサート(MTX)は,週ごとにl日目朝・夕,2日目朝を基本とした投薬スケジュールにて投薬が行われています(図1)。しかし,ヒトの炎症性サイトカインの概日リズムを基盤に,RA患者におけるMTXの投薬時刻を考察すると,夕方から夜間にかけて投与することでより効果的な治療が可能になると推察されます。
そこで,当研究室では,RAモデル動物を対象に炎症性サイトカインの概日リズムを考慮してMTXを投薬することで,抗リウマチ効果の向上が可能か否か評価しました。図2には,自然発症型RAモデル動物であるMRL/lprマウスのRA発症後における血中の血清アミロイド(SAA)濃度及びTNF-α濃度を示しました。SAAは,C-reactive protein(CRP)と同様に急性期の炎症反応を評価する指標でIL-1やIL-6,TNF-αなどの炎症性サイトカインによって惹起されます。RA発症後の血漿中SAA濃度及びTNF-α濃度はともに,9:00に最高値(SAA:146.6μg/mL,TNF-α:54.4pg/mL(平均値)),5:00に最低値(SAA:68.7μg/mL,TNF-α:19.7pg/mL(平均値))を示す明瞭な概日リズムを示しました。一方,RA発症前のMRL/lprマウスではSAA及びTNF-α濃度に明瞭な概日リズムは認められず,全サンプリング時刻の平均的なSAA及びTNF-α濃度は85μg/mL及び17.3pg/mLとRA発症時の最小濃度付近でした。これらの結果より,RA未発症時は血中の炎症指標や炎症性サイトカイン濃度に概日リズムは認められず,RAを発症することでこれらに明瞭な概日リズムは発現することが明らかとなりました。したがって,RAの特徴である関節の痛みや朝のこわばりなどの炎症の概日リズムには,炎症性サイトカインの概日リズムが密接に関連していると考えられました。
次に,MRL/lprマウスを対象にMTXを投薬し,投薬時刻の違いによる抗リウマチ効果への影響を評価しました。MRL/lprマウスにMTX(10mg/kg)を1:00または13:00のいずれかの時刻に3日間連日腹腔内投与した後4日間休薬し,投薬開始後14日目の血漿中SAA濃度を測定しました(図3)。1:00投薬群のSAA濃度は,control群及び13:00投薬群と比較し有意に低値を示しました(P<0.01,P<0.05)。以上より,MTXの投薬時刻の違いによって炎症や関節炎に差異が現れることが明らかとなりました。また,このような現象は,他のRAモデルであるII型コラーゲンを感作したラットにおいても同様に,MTXの投薬時刻の違いによって抗リウマチ効果が変化することが分かりました。非常に興味深いことに,治療効果が高かった時刻は,いずれのRAモデル動物においても1日の中でTNF-αが増加し始める時間帯にMTXを投薬した時間帯でした。
以上のような実験結果を携え,われわれは抗リウマチ薬の時間治療の有用性を医師に訴え,臨床研究に協力いただくことを了解いただきました。




(c)(10頁右欄18行?11頁右欄5行及び図4,5)
「3)臨床研究の実施について
これまでに実施した臨床研究計画と症例データの一部を図4,5に示します。本試験の特徴としては,従来のMTXの1週間における投与量と投与間隔を変更することなく,MTXの服用を1日1回夜とするにあります。薬の服用時刻が,時間治療開始前後でRAの診断の指標のーつであるdisease activity score(DAS)28に影響を与えるかどうかを評価しました(図4)。現在,臨床研究の実施期間中ですので,ここでは1人の被験者の結果を報告します。
症例1は,61歳女性で平成15年に関節リウマチと診断されMTX(2mg)を1,2日目の朝・夕に投薬(8mg/週)されていました。時間治療ではこれまでの投与量・投与回数(1回2mgを4回投薬)を変更せずにMTXを夕食後のみ投薬しました。その結果,試験前の白血球数は,6000/μlで,試験開始3ヵ月後も6000/μlと白血球減少は認められず,また他の有害事象も認められませんでした。一方,DAS28は,変更時4.48,1.5ヵ月目で3.85,3ヵ月目で3.48,7.5ヵ月目で3.41と経時的に減少し,時間治療開始時から7.5ヵ月間の試験成績はEURAR改善基準でmoderate response(1.07減少)でした(図5)。本症例の特徴的な変化としては,腫脹関節痛が6から6と変化しなかったにもかかわらず,圧痛関節痛が6から1へ,また全般的健康状態も大幅に改善したことであります。同様の効果が多くの被験者でも認められでいます。投与量や投与回数を変更することなく,投薬時刻のみの変更で安全性を維持しつつ治療効果の向上が得られるMTXの時間治療は,RAの薬物療法にとって有用な治療法になると考えられます。今後,多くの被験者を対象にMTXの時間治療の効果を検証し,明確なエビデンスを確立したいと考えています。




引用例には、多くのRA患者(審判合議体注;「RA」が「関節リウマチ」を意味することは、引用例の6頁右欄2行にも記載されている。)に、週ごとにl日目朝・夕、2日目朝を基本とした投薬スケジュールで、メトトレキサート(MTX)が投与されていること(記載事項(b)の3段落)、及び、従来のMTXの1週間における総投与量と投与回数を変更することなく、投薬時間のみを1日1回夜間投与とする、投薬時間のみを変更した時間治療の臨床研究において、61歳女性で平成15年に関節リウマチと診断された患者に、これまでの投与量・投与回数を変更せずにMTXを夕食後のみ投薬したこと(記載事項(c)の本文および図4の「・用法・用量」の項目)が記載されている。
ここで、メトトレキサートが関節リウマチ薬の有効成分であることは当業者に明らかであるから、

引用例には、
「メトトレキサートを有効成分とする関節リウマチ薬であって、メトトレキサートが、関節リウマチ患者に対して、時間治療として、従来のメトトレキサートの1週間における総投与量と投与回数を変更することなく、投薬時間のみを1日1回夕食後のみとして投薬されるものである、関節リウマチ薬」
の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

(3)対比
本願補正発明と引用発明を対比する。

本願補正発明の、「就寝前に投与されるように用いられるものにおいて、炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して、前記投与が午後9時?午前3時である」との発明特定事項に関し、本願明細書には、「本邦のMTXの投与方法は、1週間単位で1日目の朝食後・夕食後、2日目の朝食後の計3回投与することが基準となっている。」(【0004】)と記載され、実施例(【0018】)には、「(投与方法) 被験者が投与されていた既存のMTXの投与量及び投与回数を基準として設定し、MTXの1週間における総投与量及び投与回数は変更せず、投与時間を1日1回就寝前(午後9時から午前1時の間)のみに変更した。投与期間は、投与時間を1日1回就寝前とする時間治療実施から3ヶ月間とした。」と記載されている(下線は審判合議体による。)から、本願補正発明の上記発明特定事項は、関節リウマチ患者へ投与されるように用いられるメトトレキサートを有効成分として含有する関節リウマチ薬の、投薬時間についての発明特定事項であって、「時間治療として、従来のメトトレキサートの1週間における総投与量と投与回数を変更することなく、投薬時間のみを変更して投薬される場合の、1日1回での投薬時間が特定されて用いられるもの」について特定する事項である。
一方、引用発明の、「時間治療として、従来のメトトレキサートの1週間における総投与量と投与回数を変更することなく、投薬時間のみを変更して投薬する場合の1日1回夕食後のみとして投薬されるものである」という発明特定事項も、関節リウマチ患者へ投与されるように用いられるメトトレキサートを有効成分として含有する関節リウマチ薬の、投薬時間についての発明特定事項であって、「時間治療として、従来のメトトレキサートの1週間における総投与量と投与回数を変更することなく、投薬時間のみを変更して投薬される場合の、1日1回での投薬時間が特定されて用いられるもの」について特定する事項である。

してみると、本願補正発明と引用発明の、上記、メトトレキサートを有効成分とする関節リウマチ薬の投薬時間についての発明特定事項は、時間治療として、従来のメトトレキサートの1週間における総投与量と投与回数を変更することなく、投薬時間のみを変更して投薬される場合の、1日1回での投薬時間が特定されて用いられるものである点で、一致している。

そうすると、両発明は、
「メトトレキサートを有効成分として含有する関節リウマチ薬であって、関節リウマチ患者に対して投与されるように用いられるものにおいて、時間治療として、従来のメトトレキサートの1週間における総投与量と投与回数を変更することなく、投薬時間のみを変更して投薬される場合の、1日1回での投薬時間が特定されて用いられるものである、関節リウマチ薬。」
で一致し、次の点で相違する。

<相違点>
時間治療として、従来のメトトレキサートの1週間における総投与量と投与回数を変更することなく、投薬時間のみを変更して投薬される場合の、1日1回でのメトトレキサートを有効成分として含有する関節リウマチ薬の投薬時間について、本願補正発明においては、「就寝前に投与」されるように用いられ、「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して、前記投与が午後9時?午前3時である」と特定されているのに対して、引用発明では、「夕食後のみとして投薬される」と特定されている点。

(4)判断
上記相違点について検討する。

(ア) まず、引用発明において、関節リウマチ薬であるMTXを、時間治療として、従来のメトトレキサートの1週間における総投与量と投与回数を変更することなく、投薬時間のみを1日1回夕食後のみとして投与する目的について検討する。

引用例のタイトルに、「抗リウマチ薬の時間薬物療法を目指して」(記載事項(a))と記載され、また、リウマチ患者に対する臨床研究の結果を受けて、「投与量や投与回数を変更することなく,投薬時刻のみの変更で安全性を維持しつつ治療効果の向上が得られるMTXの時間治療は,RAの薬物療法にとって有用な治療法になると考えられます。」(記載事項(c)の最後の文。)と記載されているとおり、引用例の時間薬物療法(時間治療)は、従来から治療に用いられてきた抗リウマチ薬を、従来の療法と、投薬時間のみを変更することで、安全性を維持しつつ、治療効果の向上を得ることを目的として行われるものであって、引用発明の時間治療も、投薬時間を変更することで、安全性を維持しつつ、治療効果の向上を得ることを目的として行われたものである。

(イ) かかる時間治療の目的を達成可能なMTXの投与時間について引用例には、RA患者では、TNF-αやIL-1β、IL-6等の炎症性サイトカインが血中や関節滑液中で高濃度に発現しており、これらのサイトカインの複合的な作用の結果、関節炎は進行し関節変形に至ることや、近年、RAの症状の特徴である朝のこわばりに対応するように血中IL-6やTNF-αなどが早朝に増加することが報告されていること(記載事項(b)の図1参照)、炎症によるこわばりの発症機序に少なからず炎症性サイトカインの概日リズムが関与しているのではないかと考えられているとの知見(同(b)の1,2段落)に基づいて、「ヒトの炎症性サイトカインの概日リズムを基盤にRA患者におけるMTXの投薬時刻を考察すると、夕方から夜間にかけて投与することでより効果的な治療が可能になると推察されます。」(同(b)の3段落)と記載されている(下線は、審判合議体による。)。

ここで、引用例には、MTXの「夕方から夜間にかけて」の時間帯での投与が、「ヒトの炎症性サイトカインの概日リズムを基盤にRA患者におけるMTXの投薬時刻を考察する」ことで導き出されたものとされているから、引用例における「夕方から夜間にかけて」の投与時間は、「ヒトの炎症性サイトカインの概日リズムを考慮して」導き出されたものと言える。
そして、「ヒトの炎症性サイトカインの概日リズム」は、引用例の図1に示されており、図1によれば、ヒトの炎症性サイトカインの概日リズム(IL-6及びTNF-αの血中濃度)は、概ね21:00(午後9時)頃から上昇し始め1:00?5:00(午前1時?午前5時)の間の時間帯のピークを挟んで17:00(午後5時)頃まで減少していく傾向であることが読み取れ、これらの炎症性サイトカインは、特に、午前2時から午前5時にかけて高い濃度となっている。
してみると、引用例に「より効果的な治療が可能になると推察されます」と記載される、MTXの「夕方から夜間にかけて」の投薬時間は、本願補正発明の「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して」導き出されたものに相当するといえる。

仮に、引用例の「夕方から夜間にかけて」の投薬時間が、「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して」導き出されたものに相当するといえない場合であっても、引用例には、「治療効果が高かった時刻は、いずれのRAモデル動物においても1日の中でTNF-αが増加し始める時間帯にMTXを投与した時間帯でした」(記載事項(b)の下から2段落目)と記載されていることから、より高い治療効果を得るために、炎症性サイトカインの血中濃度の増加を考慮して、投薬時間を決定することは、当業者であれば容易になし得たことである。

すなわち、引用例には、治療効果が向上し、より効果的な治療が可能になることを目的とするMTXの時間治療における好適な投薬時間が「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して」導き出されたことが、記載(或いは示唆)されていると認められ、また、引用例には、該考慮の結果、「夕方から夜間にかけて」の投薬時間が、より効果的な治療に適した時間であることが示唆されていると認められる。

(ウ) そして、引用例では、MTXの時間治療の前提となる動物実験として、まず、RAモデル動物(MRL/lprマウス及びII型コラーゲン感作ラットモデル)を対象に、炎症性サイトカインの概日リズムを考慮してMTXを投薬することで、抗リウマチ効果の向上が可能か否か評価し(記載事項(b)の5段落)、該動物実験の結果を受けて、関節リウマチ患者を対象とした臨床研究を行っている。
そして、臨床研究では、関節リウマチ患者に、従来のMTXの1週間における投与量と投与間隔を変更することなく、MTXの服用を1日1回夜(具体的には、夕食後)とする時間治療を行い、薬の服用時刻が、時間治療開始前後でRAの診断指標のーつであるdisease activity score(DAS)28に影響を与えるかどうかを評価したところ、1人の被験者において、DAS28は経時的に減少し、時間治療開始時から7.5ヵ月間の試験成績はEURAR改善基準でmoderate response(1.07減少)となり、また、圧痛関節痛が6から1となり、全般的健康状態も大幅に改善し、同様の効果が多くの被験者でも認められたことが記載され、この結果から、引用例では、「投与量や投与回数を変更することなく,投薬時刻のみの変更で安全性を維持しつつ治療効果の向上が得られるMTXの時間治療は,RAの薬物療法にとって有用な治療法になると考えられます。」と結論付けている。(記載事項(c))

かかる引用例の記載に接した当業者であれば、引用発明において、関節リウマチ薬であるメトトレキサートを、従来のメトトレキサートの1週間における総投与量と投与回数を変更することなく、投薬時間を従来の投与時間から「夕方から夜間にかけて」の時間に変更した時間治療に用いられるものとすることが、効果的な治療に繋がることを認識することができるといえる。
そして、当業者であれば、「夕方から夜間にかけて」の時間治療において、より治療効果の向上が得られる投薬時間が見出されることを期待して、引用発明におけるメトトレキサートの投薬時間を、「夕食後」から、「夕方から夜間にかけて」の間の種々の時間の中で変化させて、より効果的な時間治療ができるようにすることを自然に着想するといえる。

ここで、「夕方から夜間にかけて」の「夜間」は、一般に、日没から日の出までの間を意味している(必要なら、新村出編、広辞苑(第5版)、岩波書店、1998年、p2671の「や-かん」参照。)から、引用例には、メトトレキサートを有効成分とする関節リウマチ薬の投薬時間として、本願発明の投与時間である午後9時?午前3時の範囲の時間帯での投与も示唆されていると解される。
そして、本願発明で特定される「就寝前」かつ「午後9時?午前3時」との時間帯については、一般的なヒトの就寝時間がこの時間帯に重なっていると解されることや、薬の服用時間として、食後のみならず、食前や食間、就寝前といった服用時間の存在も一般に広く知られていることに鑑みれば、「就寝前」かつ「午後9時?午前3時」との時間が当業者が想定し得ないような時間帯であるとも解されないから、引用発明におけるメトトレキサートを有効成分とする関節リウマチ薬の投薬時間を、引用例において、効果的な治療に繋がることが示唆される「夕方から夜間にかけて」の時間内で好適化し、「就寝前」かつ「午後9時?午前3時」の範囲内の時間に用いられるものとすることは、当業者が適宜なし得ることである。
また、引用例に、RAモデル動物においては、治療効果が高かった投与時刻が、1日の中でTNF-αが増加し始める時間帯にMTXを投薬した場合であったことが記載され(記載事項(b)の5段落)、ヒトのTNF-αが増加し始める時間帯が、図1によれば概ね21:00(午後9時)であり、そのピークが凡そ3:00(午前3時)であることが読み取れることからしても、「午後9時?午前3時」との投薬時間の選択が、当業者が想定し得ないような投薬時間であるとは解されない。

したがって、「夕方から夜間にかけて」時間治療の投薬時間として、「就寝前」の、「午後9時?午前3時」の間の時間を選択することは、当業者が容易になし得ることに過ぎない。

(エ) これに関し、審判請求人は、平成27年2月25日付け審判請求書の3.(c)において、1)?6)に分説して、反論している。(以下、それぞれの分説番号に合わせて、「主張1」等というが、6)についての主張は、効果についての主張なので、ここでは言及せず、(カ)で、後に検討する。2)は、引用文献2を引用発明とした拒絶理由についての反論なので、この審決では言及せず、「主張2」は欠番とした。また、請求人の反論中の「引用文献1」が、この審決における「引用例」である。)

<主張1>
「図1においては、血中サイトカイン濃度は午後5時が最低値であって、午前5時が最高値であることが示されています。この結果に基づき、その当時では、図1の時間治療に基づく投与スケジュールは、1日目夕方、2日目夕方、3日目夕方というように全て夕方の投与となっています。また、第10頁右第2欄?第11頁右第1欄の「3)臨床研究の実施について」の説明においても、MTXを夕食後のみ投与と記載されています。このような記載内容から、引用文献1の図4の研究計画書の「夜間投与」は、夕食後投与、即ち夕方の投与と理解するしかないものと思料します。」(審判請求書の3.(c)の1))

<主張3>
「被験者の了解が得られなければ行い得ない劇薬、処方箋医薬品に分類されるメトトレキサートを用いての臨床試験に関する論文内容を理解する場合、夜間投与を日没から日の出までの間の投与と理解する筈がなく、当業者であれば、引用文献1に記載の通り夕食後のみ投与と理解するものと思料します。
尚、「メトトレキサートカプセル リウマトレックスカプセル2mg ファイザー(株))<添付文書>」(参考文献1)の10.適用上の注意(2)服用時の項に、「特に就寝直前の服用は避けさせること。」と記されているように、メトトレキサートは午後9時?午前3時の服用を避けるのが通常です。」(同3.(c)の3))

<主張4>
「引用文献1の記載内容がメトトレキサートの投与が夕食後のみであったことを立証するために次の参考文献2及び3を提出します。・・・
参考文献2の記載内容が引用文献1の開示内容に相当し、夕食後投与の場合は、10頁の「C.研究結果」の項の「しかし、CRPなどの炎症マーカーやRFなどの因子の顕著な減少は認められなかった。」との記載や、11頁の「D.考察」の項の「今後、多くの被験者を対象にMTXの時間治療の効果を検証し、明確なエビデンスを確立したい」との記載から、明確な治療効果が得られていないものであったことが明らかです。
その後、参考文献3の「研究要旨」から明らかなように、・・・メトトレキサートの夕食後の投与から就寝前の投与に変更することで本願発明が完成された経過が明らかです。」(同3.(c)の4))

<主張5>
「引用文献1には、夕食後の投与例しか記載がなく、これら引用文献1及び2を組み合わせてみても、夕食後の投与が導きだされるに過ぎません。・・・引用文献1及び2には、そもそも炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムについてすら記載も示唆もなく、従って、この概日リズムを考慮しての午後9時?午前3時の投与が引用文献1或いは2に記載されている筈がなく、また、これら引用文献1及び2に基づいて本願発明が当業者において容易になされるものではありません。」(同3.(c)の5))

請求人の主張について検討する。

(i)主張1について
請求人は、引用例の図1の「時間治療投与スケジュール」には、薬の投与は「夕」とあり、これは「夕方」の投与であると主張しているが、引用例には、図1の「夕」が「夕方」であるとの記載はない。むしろ、引用例では、図1に言及して、「現在,多くのRA患者に用いられているメトトレキサート(MTX)は,週ごとにl日目朝・夕,2日目朝を基本とした投薬スケジュールにて投薬が行われています(図1)。しかし,ヒトの炎症性サイトカインの概日リズムを基盤に,RA患者におけるMTXの投薬時刻を考察すると,夕方から夜間にかけて投与することでより効果的な治療が可能になると推察されます。」(引用例8頁左欄15?22行)と、「夕方」と「夜間」とを区別して記載していることからすると、図1の「夕」は夕方のみではなく、夕方から夜間にかけてを含んだものとして表記されている蓋然性が高いといえる。
しかも、そのような理解は、請求人の指摘する引用例の10頁右欄の「3)臨床研究の実施について」の説明に、「本試験の特徴としては,・・・MTXの服用を1日1回夜とするにあります。薬の服用時刻が,時間治療開始前後でRAの診断の指標のーつであるdisease activity score(DAS 28に影響を与えるかどうかを評価しました(図4)」(記載事項(c)の1段落、下線は、審判合議体による。)と記載され、図4の「・用法・用量」の欄には、「1日1回夜間投与」と明示されていることとも符合する。また、「夕食」が、「夕方」のみに摂取され、夜間には摂取されないことが本出願時の技術常識であるともいえない。
したがって、主張1についての請求人の主張には根拠がない。

(ii)主張3について
請求人は、被験者の了解が得られなければ行い得ない劇薬、処方箋医薬品に分類されるメトトレキサートを用いての臨床試験に関する論文内容を理解する場合、夜間投与を日没から日の出までの間の投与と理解する筈がなく、当業者であれば、夕食後のみ投与と理解する旨主張する。
しかしながら、引用例で行われた臨床研究自体が、夕食後のみの投与で実施されたものであったとしても、既に(イ)(ウ)で述べたとおり、引用例の記載(上記(2)で摘示した引用例についての記載事項。特に、記載事項(b)の3段落の「ヒトの炎症性サイトカインの概日リズムを基盤にRA患者におけるMTXの投薬時刻を考察すると、夕方から夜間にかけて投与することでより効果的な治療が可能になると推察されます。」との記載。)に接した当業者であれば、「夕方から夜間にかけて」の時間治療において、より治療効果の向上が得られる投与時間帯を見出すべく、引用発明におけるメトトレキサートの投薬時間を、「夕食後」から、「夕方から夜間にかけて」の間の種々の時間に変化させ、より好適な投与時間を見出すべく創意工夫するものと認められるし、引用例に、メトトレキサートの投与時間は「夕食後」でなければならないといった記載がなされているわけではなく、引用例全体の記載を検討しても、引用発明において、メトトレキサートの投薬時間を「夕食後」から、「夕方から夜間にかけて」の時間内で種々に変更し、より治療効果の高い時間治療の行える時間を見出すことを妨げるような事情があったとも認められない。
なお、このことは、請求人が本願明細書で従来技術として記載している非特許文献1(Arthritis & Rheumatism,Vol.56,No.2,p.399-408,February 2007;この文献は、「関節リウマチにおける概日リズム:病態生理と治療管理のための示唆」と題する総説であって、本願出願時に関節リウマチの治療分野の当業者に技術常識となっていた事項を記載しているといえる。)の404頁右欄下から4行?405頁左欄下から8行及び図5に、関節リウマチ患者へのグルココルチコイドの投与時間を午前2:00とした場合には、午前7:30の場合と比べて朝のこわばり等の関節リウマチの症状に対する治療効果が顕著であったことが記載され、夜間投与の臨床研究が行われていたことからも理解できる。また、原査定における引用文献2(藤秀人,時間生物学,2009年,Vol.15, No.2,p.33-39)の要約や36-38頁の「4.関節リウマチの時間薬理・時間治療」においても、種々の抗リウマチ薬において、時間治療に関する基礎研究や臨床研究が次々と行われ、多くの薬物で時間治療の有用性が示されていることが記載されていることからも理解できる。

さらに、主張3に関し、なお書きで、請求人が指摘しているメトトレキサートカプセルの添付文書(参考文献1)の記載は、具体的には、「10.適用上の注意」の(2)の「食道に停留し、崩壊すると食道潰瘍を起こすおそれがあるので、多めの水で服用させ、特に就寝直前の服用は避けること。」という記載であるが、当該記載は、「就寝直前」(いわゆる、「就寝時」)の服用を避けた方が好ましいことが記載されているのみで、「就寝前」の服用が禁止されていることを意味するものではないし、「多めの水で服用」して、食道にカプセルが停留しないように服用すれば足りるのであるから、このことから直ちに、引用発明において、より高い治療効果の観点から、「就寝前」投与を選択することが妨げられるとまではいえない。

(iii)主張4について
請求人が主張するように、参考文献2から引用例における臨床研究がメトトレキサートの夕食後投与であったことが理解でき、参考文献3の研究が、メトトレキサートの投与を夕食後から就寝前の投与に変更したものであって、本願補正発明が参考文献3に対応するものである場合であっても、そのことをもって、引用発明から本願補正発明を導き出すことが当業者に容易でなかったことにはならない。
むしろ、参考文献2のp2右欄1?6行に「動物実験による研究成果およびヒトの炎症性サイトカインの概日リズムを基盤にRA患者におけるMTXの投薬時刻を考察すると、夕方から夜間にかけて投与することでより効果的な治療が可能になると推察される。」と記載され、参考文献2で「夕のみ」投薬が行われた(p10の「C.」の11行)にもかかわらず、参考文献3では、投薬時間を「就寝前」に変更して研究が行われたことからすると、引用例の記載に接した当業者は、「夕食後」での臨床研究結果に基づく引用発明から、夕食後以外の「夕方から夜間にかけて」の時間内での時間治療を検討することといえる。

(iv)主張5について
請求人は、引用例には、そもそも炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムについて記載も示唆もなく、この概日リズムを考慮しての午後9時?午前3時の投与が引用例に記載されている筈がなく、また、引用例に基づいて本願補正発明が当業者において容易になされるものではない旨主張する。
しかしながら、(イ)で述べたとおり、引用例には、時間治療における薬の投薬時間を、「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して」行うことが記載或いは示唆されているといえるし、本願補正発明は、炎症性サイトカインの概日リズムを考慮して、引用発明から当業者が容易になし得たものであると認められることも、(ウ)で述べたとおりである。
したがって、この点の請求人の主張も採用できない。

(オ) 次に、本願補正発明の効果について検討すると、本願明細書には、次の記載がある。(下線は、審判合議体による。)

本願明細書には、背景技術として、「近年、炎症性サイトカインには概日リズムが存在し、この概日リズムはRA患者に現れる「朝のこわばり」に対応するように早朝にピークを示すことが報告されている」こと(【0003】)、「現在、ヒトのRA治療薬における第一選択薬は、メトトレキサート(methotrexate;以下、「MTX」という)を含有する薬剤であ」り、そのMTXの投与方法は、「1週間単位で1日目の朝食後・夕食後、2日目の朝食後の計3回投与することが基準となっている」こと(【0004】)、「早朝にピークを迎える炎症性サイトカインを抑えるために、炎症性サイトカインの概日リズムとヒトの日常生活行動を考慮して、MTXを既存の投与方法から夕食後のみに服用する時間治療に変更することで、リウマチ症状を改善できるという症例報告もなされている」こと(【0005】)が記載されている。
そして、本願明細書には、発明が解決しようとする課題として、「夕食後のみにMTXを服用する時間治療においても、その薬理効果は不十分であった。その理由は、MTXの半減期と炎症性サイトカインの概日リズムとの乖離にある。MTXの半減期は2?4時間とされており、夕食後のみにMTXを服用したとしても、深夜から早朝に向けて増加する炎症性サイトカイン等に対しては最大許容量のMTXを投与した場合でも十分な薬効を示せず、顕著な効果改善には至らなかった。従って、本発明は、RAの症状緩和及び抑制に有効であり、かつ効率的に抑えるための関節リウマチ薬を提供することを課題とする。」(【0007】)と記載されている。
本願明細書では、この課題を解決するために、「抗リウマチ薬であるMTXの投与量や投与回数を変更することなく、投与時刻を種々検討した結果、生体リズムに合わせてMTXを投与する投与タイミングを見出し、MTXの薬理効果を安全かつ効率的に高めることができることを確認し、本発明を完成するに至った」(【0008】)ことが記載され、発明の効果として、「本発明のMTXを含有する関節リウマチ薬は、炎症性サイトカインの概日リズムにあわせて就寝前に投与することによって、投与量及び投与回数を変更することなく、安全性を維持しつつRA症状、特に関節痛を軽減することができる。また、RAの重症化の遅延効果及び臨床的寛解を得ることができる。また、MTXの過剰な投与を防止し、患者の身体への負担や治療費の削減ができる。」(【0009】)と記載され、「本発明の関節リウマチ薬は、就寝前、午後9時から午前3時に投与され、さらに好ましいのは、午前1時から午前3時に投与されることである。炎症性サイトカインは、深夜(午前2時)から早朝(午前5時)にかけて増加する概日リズムを有しており、この時間帯にMTXを服用することで血中のMTX濃度をこの時間帯に保つようにできれば、炎症性サイトカインの増加を抑えることができ、朝のこわばりを抑えることができるからである。」(【0014】)と載されている。
さらに、本願明細書には、具体的な実施例(【0017】?【0026】)として、「外来にて通院している年齢20歳以上のRA患者で、すでにRAに対する治療としてMTXを投与され、投与による改善が認められず、RAの疾患活動性を示すDAS28が3.2以上、生物学的製剤を現在使用していない患者17名を被験者とし」(【0020】)、「被験者が投与されていた既存のMTXの投与量及び投与回数を基準として設定し、MTXの1週間における総投与量及び投与回数は変更せず、投与時間を1日1回就寝前(午後9時から午前1時の間)のみに変更し」、「投与期間は、投与時間を1日1回就寝前とする時間治療実施から3ヶ月間とした」こと(【0018】)、具体的には、「投与量が6mgの場合、時間治療開始前では、1日目朝食後2mg、夕食後2mg、2日目朝食後2mgの投与を、時間治療後では1日目就寝前2mg、2日目就寝前、2mg、3日目就寝前2mgに変更した」こと(同左)、その結果、「時間治療1ヶ月後からDAS28の平均値の値は下がり、時間治療開始3ヶ月後のDAS28の平均値は3.31となり、中等度疾患活動性であるものの、RAの症状が軽くなったことが確認され」、「DAS28の平均値は時間治療開始前と比較し1ヶ月目で0.462、2ヶ月目で0.506、3ヶ月目で0.521とそれぞれ有意に減少し」、「DAS28に使用するすべての項目で減少傾向が示され、特に腫脹関節数(S28)が顕著に減少し、RA症状が低減されたことが確認され」、「DAS28は時間治療開始1ヶ月目から有意に低下し、この抑制効果は3ヶ月間継続することが確認された」ことが記載され、これらの結果を受けて、「MTXの時間治療では、投与量の増量や投薬回数の変えることなく、MTXの投薬時刻を変更することで、従来の投与方法と比較してより高い治療効果が得られることが明らかとなった。」と記載されている。(【0022】)
また、「EULAR改善基準によるMTXの有効性評価」の結果について、「17例中7例(41.2%)で中等度反応を示すまでに改善し、このうち4例(23.5%)ではDAS28における臨床的寛解に到達したことが確認された」こと(【0023】?(【0025】)、「3ヶ月間の本発明による時間治療において17名の患者には副作用は認められなかった」ことが記載されている。(【0022】)

そして、上記本願明細書の記載によれば、従来、炎症性サイトカインの概日リズムとヒトの日常生活行動を考慮して、MTXを既存の投与方法から夕食後のみに服用する時間治療に変更することで、リウマチ症状を改善できるという症例報告もあったが、夕食後のみにMTXを服用したとしても、深夜から早朝に向けて増加する炎症性サイトカイン等に対しては十分な薬効を示せず、顕著な効果改善には至らなかったことから、請求人は、よりRAの症状緩和及び抑制に有効であり、かつ効率的に抑えるための関節リウマチ薬を提供することを課題として、投与時刻を種々検討し、「炎症性サイトカインは、深夜(午前2時)から早朝(午前5時)にかけて増加する概日リズムを有しており、この時間帯にMTXを服用することで血中のMTX濃度をこの時間帯に保つようにできれば、炎症性サイトカインの増加を抑えることができ、朝のこわばりを抑えることができる」(【0014】)ことに着想して、関節リウマチ薬を「就寝前、午後9時から午前3時に投与され」るものとする本願補正発明をしたことは理解できる。
また、実施例の記載から、従来の基準での投与(例えば、6mgであれば、1週間単位で1日目の朝食後・夕食後、2日目の朝食後の計3回投与)を、投与時間のみを、本願補正発明の投与時間の範囲内である、1日1回就寝前(午後9時から午前1時の間)に変更して(例えば、6mgであれば、1日目就寝前2mg、2日目就寝前2mg、3日目就寝前2mgとして)、時間治療を実施した結果、DAS28の平均値、特に腫脹関節数(S28)が減少し、RA症状が有意に低減され、EULAR改善基準によるMTXの有効性評価でも、17例中7例(41.2%)で中等度反応を示すまでに改善し、このうち4例(23.5%)ではDAS28における臨床的寛解に到達したことや、3ヶ月間の時間治療において17名の患者には副作用は認められなかったことは理解できる。

そして、本願明細書の記載からは、本願補正発明のメトトレキサートを有効成分として含有する関節リウマチ薬を、時間治療として、本願補正発明の投与時間の範囲内である、1日1回就寝前(午後9時から午前1時の間)の投与時間で用いるものとすることで、従来の基準投与(1日目の朝食後・夕食後、2日目の朝食後の計3回投与等)で改善が見られなかった患者が、「安全性を維持しつつRA症状、特に関節痛を軽減することができ」、「RAの重症化の遅延効果及び臨床的寛解を得ることができ」ることや(【0009】)、「MTXの過剰な投与を防止」した場合には、「患者の身体への負担や治療費の削減ができ」、従来の基準投与に比べてより高い治療効果が得れることまでは理解できるものの、本願明細書の記載から、本願補正発明の時間治療が、本願明細書に背景技術として記載されている「夕食後」投与の従来技術や、引用発明における「従来のメトトレキサートの1週間における総投与量と投与回数を変更することなく、投薬時間のみを1日1回夕食後のみ」とする時間治療の場合と比べて、どの程度の効果上の差異を有しているのかは明らかではない。
また、本願明細書(【0014】)には、「炎症性サイトカインは、深夜(午前2時)から早朝(午前5時)にかけて増加する概日リズムを有しており、この時間帯にMTXを服用することで血中のMTX濃度をこの時間帯に保つようにできれば、炎症性サイトカインの増加を抑えることができ、朝のこわばりを抑えることができる」との記載はあるが、本願明細書には、「午後9時?午前3時」にMTXを投与することで、「深夜(午前2時)から早朝(午前5時)にかけて増加する概日リズムを有」する「炎症性サイトカインの増加を抑えることができ」ることや、朝のこわばりが抑えられるのが、該炎症性サイトカインの抑制の結果であることについて、そのことを裏付けるデータは示されていない。

一方で、(イ)、(ウ)で述べたとおり、メトトレキサートの時間療法において、「夕方から夜間にかけて」がより効果的な治療に適した時間帯であることが示唆される引用例の記載に接した当業者であれば、引用発明の、関節リウマチ薬であるメトトレキサートを、従来のメトトレキサートの1週間における総投与量と投与回数を変更することなく、投薬時間のみ「夕方から夜間にかけて」の時間に変更することで、従来の投与に比べてより治療効果の向上が得られることを期待するといえるのであるから、本願補正発明の効果は、引用例の記載から、当業者が予期し得る範囲内の効果に過ぎない。

また、仮に、本願補正発明で特定される投薬時間に投与することで、引用発明の「夕食後」投与に比べて治療効果の向上が得られる場合であっても、(イ)で述べたとおり、この投薬時間は、本願補正発明と同様に、炎症による朝のこわばりの発症機序に少なからず炎症性サイトカインの概日リズムが関与しているのではないかと考えられているとの従来の知見に基づいて導き出されたものであり、当業者であれば、時間治療において、より治療効果の向上が得られる投薬時間が見出されることを期待して、引用発明のメトトレキサートの投薬時間を「夕食後」から、「夕方から夜間にかけて」の間の種々の時間に変化させて、より好適な時間治療ができる投薬時間を見出すことを自然に着想するといえるし、「夕方から夜間にかけて」の間の投薬時間として、「就寝前」かつ「午後9時?午前3時」を満たす投薬時間の選択に格別の困難性があるとは解されないこともすべに述べたとおりであるから、「夕方から夜間にかけて」の中で、「就寝前」かつ「午後9時?午前3時」の場合に、「夕食後」投与の場合に比べてより好適な時間治療が行える場合であっても、そのことをもって直ちに本願補正発明の効果が、引用発明の記載から当業者が予期し得ない格別の効果であるとまでは言えない。

(カ) 本願補正発明の効果について、審判請求人は、審判請求書の3.(c)の6)において、
「上記参考文献2の夕食後投与との比較によって本願発明の格別な効果をご理解いただけるものと思料します。」(主張6)
と、主張する。

ここで、参考文献2には、「夕投与」との記載はある(p4研究要旨等)が、「夕食後投与」なる記載はなく、主張6の「参考文献2の夕食後投与との比較」が参考文献2のどの記載部分を指すのかが必ずしも明らかではないが、上記(エ)で指摘した主張4についての、「参考文献2の記載内容が引用文献1の開示内容に相当し、夕食後投与の場合は、10頁の「C.研究結果」の項の「しかし、CRPなどの炎症マーカーやRFなどの因子の顕著な減少は認められなかった。」との記載や、11頁の「D.考察」の項の「今後、多くの被験者を対象にMTXの時間治療の効果を検証し、明確なエビデンスを確立したい」との記載から、明確な治療効果が得られていないものであったことが明らかです。」との主張していることから、主張4において記載されている参考文献2の上記記載部分を指していると仮定すると、参考文献2の10頁の「C.研究結果」の項には、症例1の被験者について上記の記載の他に、症例2の被験者では、CRPが減少したとの記載もある。そして、本願明細書には、本願補正発明の時間治療により、CRPなどの炎症マーカーやRFなどの因子の減少が起こったことを具体的に示すデータは記載されていない。
また、請求人が指摘する参考文献2の「D.考察」の記載は、「投与量や投与回数を変更することなく,投薬時刻のみの変更で安全性を維持しつつ治療効果の向上が得られるMTXの時間治療は,RAの薬物療法にとって有用な治療法になると考えらる。」との記載に続けて記載されているものであり、記載の前後を合わせて読めば、請求人の指摘する上記の記載が引用発明における「夕食後」投与では治療効果が得られていないことにはならないし、むしろ、参考文献2の「E.結論」において、「以上より、MTXの時間治療は、RA治療において有益であることを示された。」と記載されているのであるから、参考文献2からも時間治療の効果が確認できるといえる。

さらに、参考文献2の「C.研究結果」(10?11頁)として記載される、被験者である2名のRA患者についての時間治療としての、「MTXを夕のみ投薬」の結果についての結果からは、「夕のみの投与」でDAS28が低下したことが理解できる。一方、本願明細書の実施例においても、MTXの「就寝前」投与で患者のDAS28が低下したことが示されており、DAS28が低下するという点で、両者の効果に違いは無い。また、DAS28の具体的な数値を考慮する場合、本願明細書の実施例における試験結果は、効果を奏さなかった患者の数値を含めた平均値として示されており、参考文献2における被験者の結果とは、結果の表示方法も、患者も異なっており、その効果を直接比較することはできない。
したがって、参考文献2の記載を検討しても、請求人の主張するような、本願補正発明の格別の効果は理解できない。

(キ) 以上、(ア)?(カ)で述べたとおり、引用発明において、関節リウマチ薬であるメトトレキサートを関節リウマチ患者に対して時間治療として投与する際に、より治療効果の向上が得られるように、投薬時間帯を、「就寝前に投与」されるように用いられるものであって、「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して、前記投与が午後9時?午前3時である」ものとすることは、当業者が容易になし得ることである。

(5)独立特許要件の判断についてのむすび
以上のとおりの理由によって、本願補正発明は、本願の出願前に頒布された刊行物である引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

4.補正却下についてのむすび
以上述べたとおり、特許請求の範囲についての本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に揚げる特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものではないし、また、同法同条同項第1号に掲げる請求項の削除、同法同条同項第3号に掲げる誤記の訂正、同法同条同項第4号に掲げる明りょうでない記載の釈明のいずれの事項を目的とするものでもない。
したがって、特許請求の範囲についての本件補正は、特許法第17条の2第5項の規定に違反するものであって、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。
また、仮に、特許請求の範囲についての本件補正が、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の限定的減縮を目的とする場合であっても、特許法第17条の2第6項で準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであるから、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

第3.本願発明について
1.本願発明
平成27年2月25日付けの手続補正は、上記「第2.」に記載のとおり却下されたので、本願の請求項1?2に係る発明は、平成25年3月12日提出の手続補正書により補正された、特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定されるとおりのものであり、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものと認める。
「メトトレキサートを有効成分として含有する関節リウマチ薬であって、関節リウマチ患者に対して、就寝前に投与されるように用いられるものにおいて、前記投与が午後9時?午前3時であることを特徴とする関節リウマチ薬。」

2.引用例に記載された事項及び引用例に記載された発明
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1(引用例)の記載事項および引用例に記載された発明(引用発明)は、前記「第2」3.(2)で記載したとおりである。

3.対比、判断
本願発明は、メトトレキサートを有効成分として含有する関節リウマチ薬の時間治療における投薬時間について、本願補正発明において、「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して、前記投与が午後9時?午前3時である」と特定されていたのを、該発明特定事項から「炎症性サイトカインが午前2時から午前5時にかけて増加する概日リズムを考慮して」との特定を取り除いたものに相当する。

そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに他の発明特定事項を付加して特定されたものに相当する本願補正発明が、前記「第2」3.(4)に記載したとおり、その出願前に頒布された刊行物である引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
 
審理終結日 2016-04-22 
結審通知日 2016-04-26 
審決日 2016-05-17 
出願番号 特願2010-56428(P2010-56428)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
P 1 8・ 57- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 牧野 晃久荒巻 真介  
特許庁審判長 蔵野 雅昭
特許庁審判官 村上 騎見高
渕野 留香
発明の名称 関節リウマチ薬  
代理人 辻田 幸史  
代理人 清水 善廣  
代理人 阿部 伸一  
代理人 小松 悠有子  

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