• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C10L
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 C10L
管理番号 1316920
審判番号 不服2014-21601  
総通号数 200 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-08-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-10-24 
確定日 2016-07-12 
事件の表示 特願2011-536955「燃料添加組成物の改良又はそれに関する改良」拒絶査定不服審判事件〔平成22年 6月 3日国際公開、WO2010/061223、平成24年 4月26日国内公表、特表2012-509953〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件審判請求に係る出願(以下、「本願」という。)は,特許法第184条の3第1項の規定により,2009年11月25日(パリ条約による優先権主張 2008年11月26日(GB)英国)を国際出願日とする特許出願であって,以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。

平成23年 5月12日 国内書面(翻訳文(請求の範囲、明細書等 )提出)
平成24年11月21日 出願審査請求
同日 手続補正書
平成25年 6月27日付け 拒絶理由通知
平成25年11月 5日 意見書
同日 手続補正書
平成26年 6月23日付け 拒絶査定
平成26年10月24日 本件審判請求
同日 手続補正書
平成26年11月17日付け 手続補正指令書(方式)
平成27年 1月 8日 手続補正書(方式)
平成27年 1月19日付け 審査前置移管
平成27年 2月20日付け 前置報告書
平成27年 2月27日付け 審査前置解除

第2 平成26年10月24日付けの手続補正についての補正却下の決定
〔補正の却下の決定の結論〕
平成26年10月24日付けの手続補正を却下する。

〔理由〕
1 本件補正の内容
(1)平成26年10月24日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)は、特許請求の範囲についてするもので,本件補正の前後の記載は次のとおりである。

ア 補正前(すなわち、平成25年11月 5日付け手続補正書に記載)の特許請求の範囲
「 【請求項1】
二環性モノテルペン、置換二環性モノテルペン、アダマンタン、プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物からなる、燃料組成物中又は燃料組成物に付加される前駆体液中における、固形で燃料可溶性である鉄化合物の可溶化向上剤であって、鉄化合物の有機化合物に対する比率が、19:1?1:1であり、前記鉄化合物がビス-シクロペンタジエニル鉄、置換ビス-シクロペンタジエニル鉄、過塩基性鉄石鹸、及びこれらの混合物から選択される、鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項2】
有機化合物が置換二環性モノテルペンであり、置換基が、アルデヒド官能基、ケトン官能基、アルコール官能基、アセタート官能基及びエーテル官能基の1又は2以上から選択される、請求項1に記載の鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項3】
鉄化合物及び有機化合物が固形添加物として、燃料組成物中又は燃料組成物に付加される前駆体液中に付加される、請求項1又は2に記載の鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項4】
燃料組成物が少なくとも0.1ppmの鉄化合物を含む、請求項1?3のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項5】
燃料組成物が1000ppmまでの鉄化合物を含む、請求項1?4のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項6】
燃料組成物が少なくとも0.02ppmの有機化合物を含む、請求項1?5のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項7】
燃料組成物が1000ppmまでの有機化合物を含む、請求項1?6のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項8】
燃料組成物が5?50ppmの鉄化合物及び前記鉄化合物の重量に対して5?30重量%の重量の有機化合物を含む、請求項1?7のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項9】
鉄化合物が顆粒又はペレットに含まれる、請求項1?8のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項10】
鉄化合物がビス-シクロペンタジエニル鉄、置換ビス-シクロペンタジエニル鉄、鉄タラート及びこれらの混合物から選択される鉄錯体である、請求項1?9のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項11】
鉄化合物が、アダマンチルビス-シクロペンタジエニル鉄、ビス(ジシクロペンタジエニル-鉄)ジカルボニル及びこれらの混合物から選択される置換ビス-シクロペンタジエニル鉄である、請求項1?10のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項12】
鉄化合物がビス-シクロペンタジエニル鉄である、請求項1?10のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項13】
有機化合物が、樟脳、カンフェン、イソボルニルアセタート、ジプロピレングリコール-イソボルニルエーテル及びこれらの混合物から選択される、二環性モノテルペン又は置換二環性モノテルペンである、請求項1?12のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤

【請求項14】
有機化合物が樟脳である、請求項1?13のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤。
【請求項15】
固形で燃料可溶性である鉄化合物、及び請求項1?14のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤を付加した燃料を含む燃料組成物の燃焼方法であって;前記鉄化合物及び前記鉄化合物の可溶化向上剤が、前記鉄化合物及び前記鉄化合物の可溶化向上剤によって前記燃料の燃焼を向上させるのに十分な量で、且つ、前記鉄化合物の可溶化向上剤によって前記燃料中又はそれ自体が前記燃料に付加される前駆体液中における前記鉄化合物の可溶化が向上するように前記燃料に付加される、排気を伴う燃焼系における前記燃料組成物の燃焼方法。
【請求項16】
固形で燃料可溶性である鉄化合物、及び請求項1?14のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤を付加した燃料を含む燃料組成物。
【請求項17】
a)5?50ppmの鉄化合物、並びにb)0.5?10ppmの量で存在し、二環性モノテルペン、置換二環性モノテルペン、アダマンタン、プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物を含有する、請求項16に記載の燃料組成物。
【請求項18】
請求項16又は17に記載の燃料組成物の燃焼方法であって;鉄化合物及び鉄化合物の可溶化向上剤が、前記鉄化合物及び前記鉄化合物の可溶化向上剤によって前記燃料の燃焼を向上させるのに十分な量で、且つ、前記鉄化合物の可溶化向上剤によって前記燃料中又はそれ自体が前記燃料に付加される前駆体液中における前記鉄化合物の可溶化が向上するように前記燃料に付加される、排気を伴う燃焼系における前記燃料組成物の燃焼方法。
【請求項19】
固形で燃料可溶性である鉄化合物、及び請求項1?14のいずれかに記載の鉄化合物の可溶化向上剤を含む、燃料添加用固形濃縮組成物。
【請求項20】
a)5?50ppmの鉄化合物、並びにb)0.5?10ppmの量で存在し、二環性モノテルペン、置換二環性モノテルペン、アダマンタン、プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物を含有する、請求項19に記載の燃料添加用固形濃縮組成物。」

イ 補正後(すなわち、平成26年10月24日付け手続補正書に記載)の特許請求の範囲
「 【請求項1】
二環性モノテルペン、置換二環性モノテルペン、アダマンタン、プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物からなる、燃料組成物中又は燃料組成物に付加される前駆体液中における、固形で燃料可溶性である鉄化合物の可溶化向上剤であって、鉄化合物:有機化合物の比率が、19:1?1:1であり、前記鉄化合物がビス-シクロペンタジエニル鉄、置換ビス-シクロペンタジエニル鉄、過塩基性鉄石鹸、及びこれらの混合物から選択され、前記燃料組成物が0.5?10ppmの前記有機化合物を含む鉄化合物の可溶化向上剤。
(【請求項2】?【請求項16】は省略)」

2 本件補正内容の検討
(1)補正内容
本件補正のうち,【請求項1】について見ると,その内容は次のとおりである。

ア 補正前の請求項1に係る鉄化合物の可溶化向上剤について,「鉄化合物の有機化合物に対する比率が、19:1?1:1であり」との記載を,「鉄化合物:有機化合物の比率が、19:1?1:1であり」とすること。

イ 補正前の請求項1に係る燃料組成物について,「0.5?10ppmの前記有機化合物を含む」旨,新たに特定すること。

(2)補正の目的
上記補正内容のうち,アについては,本件補正前の請求項1の記載の「鉄化合物の有機化合物に対する比率が,19:1?1:1であり」について,「鉄化合物の有機化合物に対する比率」である記載を,「鉄化合物:有機化合物の比率」とすることによって,鉄化合物と有機化合物との比率の関係を明確にした。
また,イについては,本件補正前の発明特定事項である「有機化合物」に関し,燃料組成物中の含有量を限定するものといえ,そして、発明の産業上の利用分野,及び,解決しようとする課題を変更するものではない。
したがって,上記アについては,特許法第17条の2第5項第4号でいう明りょうでない記載の釈明に該当とするものといえ,また上記イについては、特許法第17条の2第5項第2号でいう特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえる。

3.独立特許要件
そこで,本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本件補正発明」という。)が,特許出願の際独立して特許を受けることができるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について以下検討する。

(1)引用刊行物及びその記載事項
刊行物A:国際公開第2008/084251号(原査定で引用された「引用文献1」)
該刊行物Aには,次の事項が記載されている。(英文につき訳文で記載する。)
(A-1)CLAIMS;第50?53頁
「請求の範囲
1.(i)鉄化合物,マンガン化合物,カルシウム化合物,セリウム化合物及びこれらの混合物から選択される金属化合物;
(ii)二環式モノテルペン,置換二環式モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物;並びに
(iii)安定剤
を含む燃料添加剤組成物。
・・・
8.燃料と,
(i)鉄化合物,マンガン化合物,カルシウム化合物,セリウム化合物,及びこれらの混合物から選択される金属化合物3?1000ppm;
(ii)二環式モノテルペン,置換二環式モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物1?600ppm;並びに
(iii)安定剤0.1?1000ppm
を含む燃料組成物。
・・・
14.以下の1又は複数の目的:
- 燃焼系の表面におけるコーキングを低減又は防止すること;
- 排気ガスの可視排煙を低減又は防止すること;
- (添加剤を含有しない場合に適切ではないであろう)燃料を燃焼系で用いるのに適したものにすること;
- 貯蔵及び/又は輸送中の燃料の安定性を向上させること;
- 燃料の燃焼効率を向上させること;
- 燃料の流動性を向上させること
のための,
(i)鉄化合物,マンガン化合物,カルシウム化合物,セリウム化合物,及びこれらの混合物から選択される金属化合物;
(ii)
二環式モノテルペン,置換二環式モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物;並びに
(iii)安定剤
の燃料燃焼系における使用。
・・・
16.成分(i)としてフェロセンが供給される,請求の範囲15に記載の発明。
・・・
18.成分(ii)として樟脳が供給される,請求の範囲17に記載の発明。
・・・
21.安定化剤(iii)が燃料酸化防止剤である,請求の範囲1?20のいずれかに記載の発明。
・・・
24.安定化剤(iii)がアスファルテン分散剤である,請求の範囲1?23のいずれかに記載の発明。
・・・」

(A-2)第37頁第4?12行
「燃料
本発明の一態様では,燃料は,好ましくは,バイオ燃料,ディーゼル油,揮発油,船舶用燃料,バンカー燃料,残渣油,暖房油,中間留分油及び重油から選択され,GTL(gas-to-liquid),CTL(coal-to-liquid),BTL(biomass-to-liquid),及びOTL(oil sands-to-liquid)も含まれる。燃料は,例えば,バイオ燃料と石油系燃料との混合(例えば通常のディーゼルとバイオディーゼルとの混合)又は別々の蒸留燃料の混合といった混合燃料であり得る。燃料についてのこの掲載は,しかしながら,非限定的ととるべきである。」

(A-3)第38頁第21行?第39頁第12行
「燃料組成物は,好ましくは少なくとも1ppmの有機化合物(ii),好ましくは少なくとも3ppmの有機化合物(ii);好ましくは少なくとも5ppm,好ましくは少なくとも8ppm,好ましくは少なくとも12ppmの有機化合物(ii)を含む。
燃料組成物は,好ましくは600ppm以下の有機化合物(ii);好ましくは200ppm以下,好ましくは100ppm以下の有機化合物(ii);好ましくは50ppm以下,好ましくは25ppm以下の有機化合物(ii)を含む。
・・・
本発明により,
(i)鉄化合物,マンガン化合物,カルシウム化合物,セリウム化合物,及びこれらの混合物から選択される3?1000ppm(好ましくは5?400,好ましくは10?200ppm,好ましくは15?100ppm,好ましくは20?50ppm)の金属化合物;
(ii)二環式モノテルペン,置換二環式モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される1?600ppm(好ましくは3?200ppm,好ましくは5?100ppm;好ましくは8?50ppm,好ましくは12?25ppm)の有機化合物;及び
(iii)0.1?1000ppm(好ましくは1(又は5,又は10)?320ppm,好ましくは15?160ppm,好ましくは18?80ppm,好ましくは20?40ppm)の安定剤;
を含有する燃料を含む燃料組成物が提供される。」

(A-4)第40頁第22行?第41頁第3行
「効果
本添加剤組成物は,これまでは比較的高粘度ゆえ輸送又は貯蔵中に分離し,「ダーティ」に燃える傾向があった燃料(エンジン部分さらには排気装置のコーキング並びにスモーク様排気ガスをもたらす)を,良好に用いることを可能にする。
具体的な効果としては;
効率的な送達及び燃焼に適している特性を維持することを含めた,燃料(及び混合燃料も)の安定化;
燃焼系統の排気の煤煙含量及び灰含量の低減;
メインテナンス休止期間の短縮(休止期間と休止期間の間におけるより長い運転可能期間);
燃焼系統の燃焼効率の向上;
燃焼系統の燃費の向上;
これまではそれ自体適していないと考えられていた燃料,或いはこれまでは既に燃料タンク内にある燃料と混合することが適していないと考えられていた燃料を選ぶことが可能なこと;
その時のマーケットで入手可能などんな燃料でも用いることが可能なこと;
が挙げられる。」

(A-5)第41頁第8行?第43頁第3行
「以下の実施例により本発明をより詳細に説明する。
本発明の第1の事例-船舶用燃料試験(船)
以下の組成を,燃料への添加剤として,船において,6カ月の期間の間,機密保持条件下で用いた。燃料は,粘度が140cSt(ISO3104:1994の手順により40℃において測定)の混合燃料であった。それまではこの船舶は60cSt(ISO3104:1994の手順により40℃において測定)の船舶用燃料で運航していた。この140cSt燃料は,60cSt燃料よりもより粘稠であるだけでなく,より多くの不純物を含んでいて,貯蔵中に分離又は沈殿して,すす燃焼を生じる傾向が大きいものであった。そしてこのすす燃焼は,エンジン及びその下流にコークス付着物を残し(特に熱回収装置中に),そこでの深刻な効率の低下やその故障をもたらすことがあり;またこのすす燃焼は排煙様排気としても見えることがあるものである。
フェロセン-船舶用燃料にフェロセンを30ppmの濃度で加えた
樟脳-船舶用燃料に樟脳を15ppmの濃度で加えた(炭化水素溶媒中で供給)
安定剤,即ちC_(20-24)アルキルフェノールとホルムアルデヒドのエステル反応生成物-船舶用燃料にこのエステルを25ppmの濃度で加えた(炭化水素溶媒中で供給)。
・・・
実験室での試験というよりむしろ実際の海での試行という性質により,煤煙含量,灰含量などについての「科学的」なデータは取得されなかった。その反面,海で6カ月の期間の間行われた試行の結果の経験に基づく観察は,「実際的」な価値を有する。
行われた試行に対しては指定されていなかった140cSt燃料は,60cSt燃料よりも安価であった。
添加剤は,60cSt燃料に代えて140cSt燃料を問題なく用いることを可能にすることが観察された。添加剤は,140cSt燃料を,沈殿や分離のない適度に流動性のあるものにし,また望ましくない煤煙や灰の生成を防止または,抑制したようであった。
この試行の期間の間,いずれのエンジン部分,フューエルインジェクター,ターボチャージャー或いは熱回収装置に対しても,悪い影響は認められなかった。
さらに,排気ガスは比較的透明なものであった。実際,この船では,この試行には古いエンジンが使われていたので,完全に透明な排気を生じる船舶用燃料などないだろうと思われていた。60cSt燃料でさえ多少の排煙を発生させるだろうと思われていた。添加剤なしの140cSt燃料は排煙様排気を生じるが,添加剤ありの140cSt燃料は,60cSt燃料よりもより少ない排煙様排気を生じることが観察され,きわめて印象的な結果であった。最新のエンジンでなら透明な排気を得ることができたであろうと考えられる。
さらに,140cSt燃料は,60cSt燃料よりもより高いエネルギー等級を有するので,平均燃料消費では,1主エンジンあたり825リットル/時から750リットル/時への,10%の低減をもたらした。これは,燃料購入コストにおけるトンあたりの節約に加えての大きなコスト節約に相当する。
これらの結果は非常に予想外である。より安価で,より重質の燃料を用いることができるというポジティブな経済効果に対抗して生じる多少のネガティブな効果があるだろうと予測されていたからである。」

(A-6)第44頁第7行?第45頁第13行
「第2の事例-実施形態B
この実施形態では,バイオ燃料成分含有の燃料に対する添加剤の影響を測定した。「第2の事例,実施形態A」と同じ装置とプロトコルを用いて,バーナーを,測定可能な排煙が生じるポイントまで調節することによって,添加剤なしだが5%バイオ燃料(菜種油メチルエステル)含有の暖房油での初期排煙数を,およそ3に設定した。
この後,以下に明示されている添加剤A及び添加剤Bを,2000リットルの燃料に対して1リットルの添加剤の添加量で含有する同じ燃料を試験した。
添加剤A
添加剤Aは炭化水素溶媒に加えられた添加剤の組合せであり,上記の添加率で加えられる場合以下の各活性成分を含有する:
フェロセン:0.5ppm w/w
樟脳:40ppm w/w
安定剤1:20ppm w/w(ラウリルメタクリラートとジメチルアミノエチルメタクリラートのコポリマー)
安定剤2:37ppm w/w(モノ-,ジ-及びトリ-第三級-ブチルフェノールの混合物)
安定剤3:17ppm w/w(2,6-ジ-第三級-ブチル-4-メチルフェノール)。
添加剤B
添加剤Bは炭化水素溶媒に加えられた添加剤の組合せであり,上記の添加量で加えられる場合以下の各活性成分を含有する:
フェロセン:0.5ppm w/w
樟脳:40ppm w/w
安定化剤1:20ppm w/w(ラウリルメタクリラート及びジメチルアミノエチルメタクリラートのコポリマー)
安定化剤2:37ppm w/w(モノ-,ジ-及びトリ-第三級-ブチルフェノールの混合物)
安定化剤3:17ppm w/w(2,6-ジ-第三級-ブチル-4-メチルフェノール)
安定化剤4:118ppm w/w(コールドフロー改善剤エチレン酢酸ビニルコポリマー)
安定化剤5:22.5ppm w/w(追加反応性オレフィン無水マレイン酸コポリマー(ワックス沈降防止剤))。」

(A-7)第45頁第17行?第47頁第16行
「本発明の第3の事例-船舶用燃料試験
・・・
・燃料1:580cSt混合用ストック品を船舶用ディーゼル燃料で希釈してCCAI値が821で40℃における粘度がおよそ85cStの燃料を得ることによって調製した「クリーン」な試験用燃料混合物
・燃料2:同じ580cSt混合用ストック品を軽質分解由来蒸留油(light cycle oil)で希釈してCCAI値が856で40℃における粘度がおよそ275cStの燃料を得ることによって調製した「ダーティ」な試験用燃料混合物
・燃料3:燃料2と同じ燃料混合物であるが,以下に記載されている添加剤パッケージを含有する。
添加剤組成:
フェロセン-燃料3にフェロセンを33ppmの濃度で加えた。
樟脳-燃料3に樟脳を13ppmの濃度で加えた
(炭化水素溶媒中で供給)
分散剤,即ちC_(20-24)アルキルフェノールとホルムアルデヒドのエステル反応生成物-燃料3にこのエステルを25ppmの濃度で加えた(炭化水素溶媒中で供給)。」

(2)刊行物に記載された発明

ア 上記刊行物Aの摘示(A-1)の請求の範囲1には,
「1.(i)鉄化合物,マンガン化合物,カルシウム化合物,セリウム化合物及びこれらの混合物から選択される金属化合物;
(ii)二環式モノテルペン,置換二環式モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物;並びに
(iii)安定剤
を含む燃料添加剤組成物。」
と記載されている。
(なお,請求の範囲1の(i)の成分を単に「金属化合物」と,(ii)の成分を単に「有機化合物」ということもある。)

イ また,請求の範囲1.の「鉄化合物」に関し,
「16.成分(i)としてフェロセンが供給される,」と記載されていて,さらに,刊行物Aの実施例において,
「本発明の第1の事例-船舶用燃料試験(船)
以下の組成を,燃料への添加剤として,船において,6カ月の期間の間,機密保持条件下で用いた。
・・・
フェロセン-船舶用燃料にフェロセンを30ppmの濃度で加えた
樟脳-船舶用燃料に樟脳を15ppmの濃度で加えた(炭化水素溶媒中で供給)
安定剤,即ちC_(20-24)アルキルフェノールとホルムアルデヒドのエステル反応生成物-船舶用燃料にこのエステルを25ppmの濃度で加えた(炭化水素溶媒中で供給)。」(摘示(A-5))
と具体的な燃料添加剤組成物の例において「フェロセン」が使用されていて,引き続く「第2の事例-実施形態B」や「本発明の第3の事例」(摘示(A-6)?摘示(A-7))においても,同様に「フェロセン」が,請求の範囲1の(i)の「金属化合物」に対応するものとして使用されている唯一の化合物である。
このような記載からみて,「フェロセン」は,請求の範囲1の(i)の「金属化合物」の代表例であると解される。

ウ また,刊行物Aの請求の範囲1の「有機化合物」に関して,
「18.成分(ii)として樟脳が供給される,」(摘示(A-1))
と記載されていて,さらに,刊行物Aの「本発明の第1の事例」では,
「本発明の第1の事例-船舶用燃料試験(船)
以下の組成を,燃料への添加剤として,船において,6カ月の期間の間,機密保持条件下で用いた。
・・・
フェロセン-船舶用燃料にフェロセンを30ppmの濃度で加えた
樟脳-船舶用燃料に樟脳を15ppmの濃度で加えた(炭化水素溶媒中で供給)
安定剤,即ちC_(20-24)アルキルフェノールとホルムアルデヒドのエステル反応生成物-船舶用燃料にこのエステルを25ppmの濃度で加えた(炭化水素溶媒中で供給)。」(摘示(A-5))
として,具体的な燃料添加剤組成物の例における唯一のものとして「樟脳」が使用されているものである。そして,引き続く「第2の事例-実施形態B」や「本発明の第3の事例」(摘示(A-6)?摘示(A-7))においても,同様に「樟脳」が,請求の範囲1の(i)の「有機化合物」に対応するものとして使用されている唯一の化合物である。
したがって,「樟脳」は,請求の範囲1の(ii)の「有機化合物」の代表例であると解される。

エ 刊行物Aの請求の範囲1の「燃料添加剤組成物」については,その添加目的に関して,請求の範囲14において,
「14.以下の1又は複数の目的;
- 燃焼系の表面におけるコーキングを低減又は防止すること;
- 排気ガスの可視排煙を低減又は防止すること;
- (添加剤を含有しない場合に適切ではないであろう)燃料を燃焼系で用いるのに適したものにすること;
- 貯蔵及び/又は輸送中の燃料の安定性を向上させること;
- 燃料の燃焼効率を向上させること;
- 燃料の流動性を向上させること
のための,
(i)鉄化合物,マンガン化合物,カルシウム化合物,セリウム化合物,及びこれらの混合物から選択される金属化合物;
(ii)二環式モノテルペン,置換二環式モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物;並びに
(iii)安定剤
の燃料燃焼系における使用。」(摘示(A-1))
などと記載され,また,摘示(A-4)において,
「効果
・・・
具体的な効果としては;
効率的な送達及び燃焼に適している特性を維持することを含めた,燃料(及び混合燃料も)の安定化;
燃焼系統の排気の煤煙含量及び灰含量の低減;
メインテナンス休止期間の短縮(休止期間と休止期間の間におけるより長い運転可能期間);
燃焼系統の燃焼効率の向上;
燃焼系統の燃費の向上;
これまではそれ自体適していないと考えられていた燃料,或いはこれまでは既に燃料タンク内にある燃料と混合することが適していないと考えられていた燃料を選ぶことが可能なこと;
その時のマーケットで入手可能などんな燃料でも用いることが可能なこと;
が挙げられる。」
とも記載されている。
これらの記載から,刊行物Aの請求の範囲1の「燃料添加剤組成物」は,「燃焼系統の排気の煤煙含量及び灰含量の低減」や「燃焼系統の燃焼効率の向上」を始めとする多機能の添加剤として用いられているものと解される。

オ 以上のことから,刊行物Aには,次の発明が記載されているものといえる。
「(i)フェロセンを代表例とする「鉄化合物,マンガン化合物,カルシウム化合物,セリウム化合物及びこれらの混合物から選択される金属化合物」;
(ii)樟脳を代表例とする「二環式モノテルペン,置換二環式モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物」;並びに
(iii)安定剤
を含む燃料多機能添加剤組成物。」(以下,「引用発明」という。)

(3)対比
本件補正発明と引用発明とを対比する。

ア 対比に先立ち,引用発明について,「有機化合物」の用途の観点から表現すると,次のように言い換えることができる。
「(ii)樟脳を代表例とする「二環式モノテルペン,置換二環式モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物」からなる,
(i)フェロセンを代表例とする「鉄化合物,マンガン化合物,カルシウム化合物,セリウム化合物及びこれらの混合物から選択される金属化合物」,並びに,(iii)安定剤,
とともに添加される,燃料多機能添加剤。」
これを踏まえて,以下,本件補正発明との対比を行う。

イ 本件補正発明における「二環性モノテルペン,置換二環性モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物」(ここで規定される「有機化合物」は,引用発明と同じであり,これについても,以下,単に「有機化合物」ということもある。)としては,本願明細書の【0026】?【0031】において,
「【0026】
有機化合物
上で述べた通り,有機化合物は,二環性モノテルペン,置換二環性モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される。
・・・
【0031】
好ましくは,有機化合物は樟脳である。樟脳は,1,7,7-トリメチルビシクロ[2.2.1]ヘプタン-2-オンという系統名を有する。」
と記載されていて,また,本件補正発明の具体的な使用例が記載されている【実施例1】及び【実施例2】において,本件補正発明における「有機化合物」の唯一の例として樟脳が使用されているものである。このような記載からみて,「樟脳」は,本件補正発明における「有機化合物」としての代表例であると解される。
よって,本件補正発明の「有機化合物」と,引用発明の(ii)の「有機化合物」とは,ともに「樟脳を代表例とする有機化合物」という点で共通する。

ウ 次に,本件補正発明では,「燃料組成物中又は燃料組成物に付加される前駆体液中における」とするものであるが,引用発明も,「燃料組成物中における『有機化合物』に関する発明」であるといえるから,この点,本件補正発明の「又は」の前の選択肢と一致する。
また,この場合の燃料の種類についても,本件補正発明に関しては,例えば,明細書【0050】に,
「本発明における使用に適した燃料には,重油燃料,ガソリン,ディーゼル燃料,船舶用燃料,バンカー燃料並びに,例えば軽油及びケロセン等の暖房油;そして一般に,石油精製に由来する又はその生成物としての中間留分油及び重油燃料,又は,植物油,硬化植物油,使用済み調理油,及びこれらに由来するもの等のバイオ燃料;並びに,Fischer-Tropsch法等の現代的方法に由来する,GTL(gas-to-liquid),CTL(coal-to-liquid),BTL(biomass-to-liquid)及びOTL(oil sands-to-liquid)等の様々な燃料,又はこれらの燃料の混合物が含まれる。」
と記載され,一方,引用発明における燃料に関しても,刊行物Aの摘示(A-2)に,
「燃料
本発明の一態様では,燃料は,好ましくは,バイオ燃料,ディーゼル油,揮発油,船舶用燃料,バンカー燃料,残渣油,暖房油,中間留分油及び重油から選択され,GTL(gas-to-liquid),CTL(coal-to-liquid),BTL(biomass-to-liquid),及びOTL(oil sands-to-liquid)も含まれる。燃料は,例えば,バイオ燃料と石油系燃料との混合(例えば通常のディーゼルとバイオディーゼルとの混合)又は別々の蒸留燃料の混合といった混合燃料であり得る。燃料についてのこの掲載は,しかしながら,非限定的ととるべきである。」
と記載されていることから,この点に関しても両発明に差異はない。

エ 本件補正発明では,「鉄化合物がビス-シクロペンタジエニル鉄,置換ビス-シクロペンタジエニル鉄,過塩基性鉄石鹸,及びこれらの混合物から選択され」(ここでいう鉄化合物を,以下,単に「鉄化合物」ということもある。)とするものであるが,本願明細書【0017】で,
「好ましい鉄錯体はフェロセン(すなわち,ビス-シクロペンタジエニル鉄)である。」と記載されていて,また,本件補正発明の具体的な使用例が記載されている【実施例1】及び【実施例2】においても,本件補正発明における「鉄化合物」の唯一の例としてフェロセンが使用されているものである。このような記載からみて,「フェロセン」は,本件補正発明における「鉄化合物」としての代表例であると解される。
よって,本件補正発明の「鉄化合物」と,引用発明の(i)の「金属化合物」とは,ともに「フェロセンを代表例とする鉄化合物」という点で共通するものである。

オ 本件補正発明も,引用発明も,ともに「樟脳を代表例とする有機化合物」を,燃料組成物中において,フェロセンを代表例とする鉄化合物とともに使用する点では共通する。

カ 引用発明では,「樟脳を代表例とする有機化合物」を,フェロセンを代表例とする鉄化合物のほか,さらに「安定剤」とともに,燃料組成物に添加するものである。
しかしながら,「安定剤」に関して,刊行物Aには,
「21.安定化剤(iii)が燃料酸化防止剤である,請求の範囲1?20のいずれかに記載の発明。
・・・
24.安定化剤(iii)がアスファルテン分散剤である,請求の範囲1?23のいずれかに記載の発明。」(摘示(A-1))
などと記載され,酸化防止剤や分散剤などが「安定剤」に対応する成分として添加される態様をも意味するものと解されるし,また,本願明細書【0089】では,
「さらなる添加物
添加組成物及び/又は燃料組成物はさらに,性能増強添加物等のさらなる添加物を含んでいてもよい。これに限定するものではないが,かかるさらなる添加物には,腐食抑制剤,防錆剤,ガム化防止剤,抗酸化剤,溶媒油,静電防止剤,染料,防氷剤,無灰分散剤及び洗浄剤が含まれる。」
と記載されており,かかる記載から,本件補正発明では,「抗酸化剤」や「無灰分散剤」が「さらなる添加物」として含まれる態様も許容されているものと解されることから,引用発明において,「樟脳を代表例とする有機化合物」が「安定剤」とともに燃料組成物中で使用されることは,両発明の相違点とはならないものといえる。

キ 以上のことから,本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,それぞれ次のとおりとなる。
<一致点>
「樟脳を代表例とする有機化合物からなる,燃料組成物中における,鉄化合物とともに使用される添加剤であって,前記鉄化合物がフェロセンを代表例とするものである,燃料添加剤。」
<相違点>
樟脳を代表例とする有機化合物について,本件補正発明は,「鉄化合物:有機化合物の比率が,19:1?1:1であり,燃料組成物が0.5?10ppmの有機化合物を含む」という使用態様が特定された「固形で燃料可溶性である鉄化合物の可溶化向上剤」であるのに対して,引用発明は,使用態様が特定されていない「多機能添加剤」である点。

(4)相違点の検討
ア まず,「鉄化合物:有機化合物の比率が,19:1?1:1であり」なる特定事項について検討する。
刊行物Aには,フェロセンなどの鉄化合物と樟脳などの有機化合物との,燃料組成物における比率に関して直接言及した記載は見当たらない。しかしながら,「本発明の第1事例」(摘示(A-5))において,
「フェロセン-船舶用燃料にフェロセンを30ppmの濃度で加えた
樟脳-船舶用燃料に樟脳を15ppmの濃度で加えた(炭化水素溶媒中で供給)」
との記載がなされていて,ここにおける両者の比率は,フェロセン(鉄化合物):樟脳(有機化合物)=2:1となって,本件補正発明で特定する範囲に対応するものとなる。
このように,刊行物Aにはフェロセン等の鉄化合物と樟脳等の有機化合物との,燃料組成物中の比率に関して直接言及した記載はないものの,具体例として本件補正発明に対応する比率を有する例が示されていることから,本件補正発明で「鉄化合物:有機化合物の比率が,19:1?1:1であり」と特定されていることによっては,引用発明と実質的な差異があるとすることはできない。

イ 次に,「燃料組成物が0.5?10ppmの有機化合物を含む」なる特定事項について検討する。

イ-1 最初に,本件補正発明における,この特定事項についての技術的意義に関し,本願明細書の記載を検討する。
ここで規定されている範囲の下限値又は上限値に言及した【0065】,【0066】並びに下限値及び上限値の両方に言及した【0077】,【0079】の記載を見ても,このような下限値や上限値とすることの技術的な意味,或いは,これらの値により特定された範囲とすることについての格別の効果などといった記載は見当たらないものである。

○本願明細書【0065】,【0066】の記載:
「【0065】
好ましくは,燃料組成物は,少なくとも0.02ppm,好ましくは少なくとも0.1ppm,好ましくは少なくとも0.5ppm,好ましくは少なくとも1ppm,最も好ましくは少なくとも2ppmの有機化合物を含む。
【0066】
好ましくは,燃料組成物は,1000ppmまでの,好ましくは100ppmまでの,好ましくは70ppmまでの,好ましくは50ppmまでの,好ましくは40ppmまでの,好ましくは30ppmまでの,好ましくは10ppmまでの,好ましくは5ppmまでの,最も好ましくは3ppmまでの有機化合物を含む。」
○本願明細書【0077】,【0079】の記載:
「【0077】
組成物
本発明の第3の態様によれば,5?50ppm(好ましくは10?40ppm,好ましくは20?30ppm)の鉄化合物並びに0.5?10ppm(好ましくは1?5ppm)の二環性モノテルペン,置換二環性モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物を含有する燃料組成物が提供される。」,
「【0079】
本発明の第5の態様によれば,5?50ppm(好ましくは10?40ppm,好ましくは20?30ppm)の鉄化合物並びに鉄化合物の重量に対し5?30重量%の量で,且つ,0.5?10ppm(好ましくは1?5ppm)の絶対量の,二環性モノテルペン,置換二環性モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物を含有する燃料組成物が提供される。」

さらに,本願明細書の実施例の記載について検討すると,【実施例1】では,「3重量%」の濃度で付加された添加剤組成物中に「10重量%」の樟脳が含まれていたとのことから,その濃度は「0.3%(=3000ppm)」と算出される。また,【実施例2】では,「5%w/w」の濃度で付加された添加剤組成物中に,それぞれ「15%重量」,「25%重量」,「42.5%重量」の3種類の量で樟脳が含まれていたということから,これら各ケースにおける樟脳の濃度は,「0.75%(=7500ppm)」,「1.25%(=12500ppm)」,「2.125%(=21250ppm)」と算出され,何れの実施例においても,本件補正発明の「0.5?10ppm」とは大きく乖離した濃度となっているものであり,これら全ての実施例は,本件補正発明でいう『燃料組成物に付加される前駆体液中』に溶解した例であると解すべきものと判断されるものではある。しかしながら,何れにしても,本件補正発明における「燃料組成物が0.5?10ppmの有機化合物を含む」といった特定の濃度範囲とすることに対応する格別な効果といったことが示されているというものではない。
そうすると,本件補正発明における「有機化合物」に関し,例えば,「0.5?10ppm」という濃度範囲で使用されることによって,例えば,初めて「可溶化向上剤」という効果を奏するものとも解し得ず,また,当該特定の濃度範囲において,「可溶化向上剤」という用途に直接関連する何らか有益な効果を奏するものとも解し得ないものである。したがって,「0.5?10ppm」という濃度範囲は,燃料組成物中に添加する際の有機化合物(樟脳)の濃度についての使用態様を,単に特定したに過ぎないものと解さざるを得ない。

イ-2 そこで,このような前提の下,改めて,刊行物Aの記載を検討すると,樟脳を含む有機化合物の含有量に関して,「1?600ppm」(摘示(A-1)の請求の範囲8及び摘示(A-3))や「8?50ppm」(摘示(A-3))などという一般的な添加量に関する記載に加えて,その「本発明の第1の事例」において,樟脳を「15ppm」という濃度で添加する具体例についても記載されている(摘示(A-5))ことから,これらの記載に基づいて,樟脳を燃料組成物中に添加する際の一使用態様として,(「12?25ppm」(摘示(A-3))という最も狭い範囲の記載に必要以上に拘泥されることなく)例えば10ppmという濃度の態様についても,刊行物Aの記載から,当業者が理解する技術事項の範囲内とすべきものといえる。

イ-3 したがって,本件補正発明において「燃料組成物が0.5?10ppmの有機化合物を含む」といった特定事項があることによっては,刊行物Aの記載によって示された技術思想の範囲外とすべきものとはいえないので,この点でも,本件補正発明は引用発明と差異があるものとすることはできない。

ウ 次に本件補正発明で,「固形で燃料可溶性である鉄化合物の可溶化向上剤」とされている点について検討する。
本件補正発明の骨子は「(樟脳等の)有機化合物からなる・・・燃料組成物中・・・における,固形で燃料可溶性である(フェロセン等の)鉄化合物の可溶化向上剤」であって,樟脳等の有機化合物を,フェロセン等の鉄化合物とともに燃料組成物中で使用することを基本的な構成とする用途発明である。
しかしながら,樟脳等の有機化合物を,フェロセン等の鉄化合物とともに燃料組成物中で使用することを内容とする用途発明に関するという点では差異がないばかりでなく,さらに,上記「(3)対比」の「ウ」に記載したように,両発明とも,「燃料」については差異があるとはいえないし,また,上記「(4)相違点の検討」の「ア」及び「イ」に記載したように,本件補正発明で「鉄化合物(フェロセン):有機化合物(樟脳)の比率が,19:1?1:1であり,燃料組成物が0.5?10ppmの前記有機化合物(樟脳)を含む」と特定されている使用態様の点でも差異があるものとはいえないものである。
このことは,すなわち,これらの事項が,何れも刊行物Aにおいて既に開示されている技術事項であることを意味するものであって,しかも,これらの事項の組み合わせによって,「燃焼系統の排気の煤煙含有量及び灰含量の低減」や「燃料系統の燃焼効率の向上」などといった複数の有用性が示されることも,刊行物Aに記載されているものである(摘示(A-4))。
このように,本件補正発明は,基本的な構成の点で引用発明において既に提供されていた事項であるばかりでなく,添加剤の使用態様の点でも引用発明とは差異があるものといえないものであることから,本件補正発明は,既に引用発明によって提供されていたと同じ実施の態様において,付随的に生じる属性を発見したに過ぎないといわざるを得ず,本件補正発明に係る「可溶化向上剤」という事項によって,「燃料組成物に対してフェロセン等の鉄化合物とともに使用される添加剤」という基本的な用途の点のみならず,その実施の態様においても引用発明と何らの差異も見いだせないものである。 そうすると,本件補正発明は,既に刊行物Aにおいて示されている樟脳等の有機化合物についての,燃料組成物に対してフェロセン等の鉄化合物とともに使用される添加剤としての有用性について,追加的な一効果を見いだしたものに過ぎないと評価せざるを得ないものである。
したがって,本件補正発明によって,実質的に,引用発明とは異なる新たな用途が見いだされたものとすることができない。

エ 以上,換言するならば,本件補正発明は,引用発明とは,
(a)添加対象である燃料において差異がない「燃料組成物中」で使用される点で共通するのみならず,
(b)「鉄化合物(フェロセン)」とともに使用されることでも差異はなく,
(c)さらに,「鉄化合物(フェロセン):有機化合物(樟脳)の比率が,19:1?1:1であり,燃料組成物が0.5?10ppmの前記有機化合物(樟脳)を含む」といった使用態様でも,ともに差異があるものとはいえないものであって,
(d)しかも,「固形で燃料可溶性である鉄化合物の可溶化向上剤」という点も,引用発明で示される従来技術とは異なる新たな用途を提供したとはいえないものである。
したがって,本件補正発明は,たとえ,未知の属性の発見に基づくものであったとしても,この分野の技術常識を考慮すると,引用発明と区別し得る新たな用途が提供されたとはいえない。
よって,上記相違点によって,本件補正発明が引用発明と実質的に差異があるものとすべきものとはいえない。

(5)小括
以上のように,本件補正後の【請求項1】に係る発明は,刊行物Aに記載された発明といわざるを得ないものであるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
よって,本件補正は,特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので,同法第159条第1項の規定において準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
平成26年10月24日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので,本願請求項1に係る発明は,平成25年11月5日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである。
「【請求項1】
二環性モノテルペン,置換二環性モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物からなる,燃料組成物中又は燃料組成物に付加される前駆体液中における,固形で燃料可溶性である鉄化合物の可溶化向上剤であって,鉄化合物の有機化合物に対する比率が,19:1?1:1であり,前記鉄化合物がビス-シクロペンタジエニル鉄,置換ビス-シクロペンタジエニル鉄,過塩基性鉄石鹸,及びこれらの混合物から選択される,鉄化合物の可溶化向上剤。」(以下,「本願発明」という。)

2 刊行物に記載された発明
原査定で「引用文献1」として引用された刊行物A(国際公開第2008/084251号)に記載された発明は,上記「第2」の「3.独立特許要件」の「(2)刊行物に記載された発明」に記載した引用発明のとおりの,次のものである。
「(i)フェロセンを代表例とする「鉄化合物,マンガン化合物,カルシウム化合物,セリウム化合物及びこれらの混合物から選択される金属化合物」;
(ii)樟脳を代表例とする「二環式モノテルペン,置換二環式モノテルペン,アダマンタン,プロピレンカーボネート及びこれらの混合物から選択される有機化合物」;並びに
(iii)安定剤
を含む燃料多機能添加剤組成物。」(以下,「引用発明」という。)

3 対比
本願発明と引用発明とを,上記「第2」の「3.独立特許要件」の「(3)対比」に記載した事項を踏まえて対比すると,一致点及び相違点は次のとおりとなる。
<一致点>
「樟脳を代表例とする有機化合物からなる,燃料組成物中における,鉄化合物とともに使用される添加剤であって,前記鉄化合物がフェロセンを代表例とするものである,燃料添加剤。」
<相違点>
樟脳を代表例とする有機化合物について,本願発明は,「鉄化合物の有機化合物に対する比率が,19:1?1:1であり」という使用態様が特定された「固形で燃料可溶性である鉄化合物の可溶化向上剤」であるのに対して,引用発明は,使用態様が特定されていない「多機能添加剤」である点。

4 相違点の検討
上記した,本願発明と引用発明との相違点は,本件補正発明と引用発明との相違点と対比すると,その実質的な違いは,後者における「燃料組成物が0.5?10ppmの前記有機化合物を含む」との事項が,前者にはないことのみである。
しかしながら,このような違いがあることによっては,上記「第2」の「3.独立特許要件」の「(4)相違点の検討」で示した判断を変更すべきものとはいえないから,本願発明は,同様な理由により引用発明と差異があるものとはいえない。

5 小括
したがって,本願発明は,刊行物Aに記載された発明といえる。

第4 むすび
以上のとおり,本願発明は,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができないものであるので,本願は拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-12-11 
結審通知日 2016-01-12 
審決日 2016-02-08 
出願番号 特願2011-536955(P2011-536955)
審決分類 P 1 8・ 113- Z (C10L)
P 1 8・ 575- Z (C10L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 福山 則明  
特許庁審判長 冨士 良宏
特許庁審判官 國島 明弘
菅野 芳男
発明の名称 燃料添加組成物の改良又はそれに関する改良  
復代理人 園元 修一  
代理人 廣田 雅紀  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ