• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B23B
管理番号 1318066
異議申立番号 異議2016-700014  
総通号数 201 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-09-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-01-08 
確定日 2016-08-10 
異議申立件数
事件の表示 特許第5757232号発明「硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性と耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5757232号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第5757232号に係る特許についての出願は,平成23年12月26日に出願され,平成27年6月12日にその特許権の設定登録がされ,平成27年7月29日に特許掲載公報が発行され,平成28年1月8日に,その特許に対し特許異議申立人株式会社タンガロイにより特許異議の申立てがされ,平成28年1月29日付けの手続補正書により,特許異議申立書が補正された。
その後,当審において平成28年3月15日付けで取消理由を通知し,平成28年5月13日付けで意見書が提出された。

2.特許発明
特許第5757232号の請求項1に係る発明(以下「特許発明」という。)は,その特許請求の範囲の請求項1に記載された,次のとおりのものであると認める。
「【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金で構成された工具基体の表面に,チタン化合物層からなる下部層と酸化アルミニウム層からなる上部層を硬質被覆層として蒸着形成した表面被覆切削工具において,
上記酸化アルミニウム層からなる上部層は,(006)面配向係数TC(006)が1.8以上であり,かつ,(104)面のピーク強度I(104)と(110)面のピーク強度I(110)の比I(104)/I(110)が0.5?2.0であり,さらに,酸化アルミニウム層内の残留応力値の絶対値が100MPa以下であることを特徴とする表面被覆切削工具。」

3.取消理由の概要
当審において通知した取消理由の概要は,特許発明は,本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された欧州特許第1288335号明細書(以下「刊行物1」という。)に記載された発明,及び特開平4-300104号公報(以下「刊行物2」という。)に記載された事項に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから,特許発明に係る特許は取り消すべきものである,というものである。

4.各刊行物の記載,刊行物発明及び刊行物事項
(1)刊行物1の記載及び刊行物1発明
刊行物1には,以下の記載がある。なお,この異議の決定では,読点は全て「,」で表記する。また,刊行物1の記載箇所を示す行数は,刊行物1の左端に記された行数を基準として数え,括弧内に当審での翻訳文を仮訳として付記する。

ア.第16ページ第19から28行まで
「1. A surface-coated cemented carbide alloy cutting tool comprising a hard coating layer and a cemented carbide alloy substrate, the hard coating layer comprising: a Ti compound layer, as a lower layer, formed by vapor deposition having an average thickness of 0.5 to 20 μm and comprising at least one layer chosen from among a layer of a carbide of Ti, a layer of a nitride of Ti, a layer of a carbonitride of Ti, a layer of a carboxide of Ti, and a layer of a carbonitroxide of Ti, and a first aluminum oxide layer and a second aluminum oxide layer, characterized in that the first aluminum oxide layer operates as an intermediate layer, has an average thickness of 1 to 25 μm, has a heat transformed α-type crystal structure derived from a vapor deposited κ- or θ-type aluminum oxide layer, and has cracks therein formed during heat transformation, whereby these cracks are uniformly dispersed; and
the second aluminum oxide layer, as an upper layer, is formed by vapor deposition has an average thickness of 0.3 to 10 μm and has an α-type crystal structure.」
(硬質被覆層と超硬合金基材とを含む表面被覆超硬合金切削工具であって,前記硬質被覆層が,0.5μm?20μmの平均厚さを有すると共に,Tiの炭化物層,Tiの窒化物層,Tiの炭酸化物層,及びTiの炭窒酸化物層から選択される少なくとも一つの層を含み,蒸着により形成された下層としてのTi化合物層と,第1酸化アルミニウム層と,第2酸化アルミニウム層とを含み,前記第1酸化アルミニウム層は,1μm?25μmの平均厚さを有すると共に,蒸着によるκ又はθ型酸化アルミニウム層から派生される熱変態α型結晶構造を有する中間層としての酸化アルミニウム層であり,前記第1酸化アルミニウム層は,熱変態中に形成された亀裂が均一に分散し,
第2酸化アルミニウム層は,上部層として,0.3μm?10μmの平均厚さを有すると共にα型結晶構造を有する上層として蒸着により形成された酸化アルミニウム層とを含むことを特徴とした,表面被覆超硬合金切削工具。)

イ.第4ページ第41行
「Fig. 1 is an X-ray diffraction chart of the coated cemented carbide tool 17 of the present invention.」
(図1は,本発明の被覆超硬合金工具17のX線回折図である。)

ウ.第11ページの表


エ.第6ページの表1


オ.第18ページの図1


カ.第2ページ第38から44行まで
「[0005] With recent increases in demands for labor saving and energy saving as well as cost reduction in cutting operations, cutting operations tend to be conducted at high speed, along with the development of high performance cutting machines. When a conventional coated cemented carbide tool is used in continuous cutting or interrupted cutting of various types of steel and cast iron under normal conditions, no problem arise. However, when the coated cemented carbide tool is used in a high-speed cutting operation, thermoplastic deformation, which can cause abnormal wear at the cutting edge portion, is liable to occur due to high heat generated during the cutting operation. As a result, the process of wear is accelerated and failure occurs within a relatively short time. 」
([0005]切削作業のコスト削減と同様に省力化と省エネへの要求の最近の増加により,高パフォーマンスの切削機の発達に伴い,切削作業は高速度で行われる傾向にある。従来の被覆超硬合金工具が,通常の条件下で様々なスチールや鋳鉄の継続または断続的な切削に用いられた場合,問題は生じない。しかし,被覆超硬合金工具が高速切削作業に使用された場合,切削作業中の高温発生により,刃先部に異常な摩耗を引き越す熱可塑性変形が起きやすくなる。結果として,摩耗プロセスは加速し,不具合は比較的短い時間の間に起きる。)

キ.第2ページ第48行から第3ページ第12行まで
「[0006] From aforementioned point of view, the present inventors have studied about the conventional coated cemented carbide tool in order to develop a coated cemented carbide tool, which exerts an excellent thermoplastic deformation resistance during high-speed cutting operations, thus yielding the following results (1) to (3).

(1) When the Ti compound layer, as a lower layer, is formed on the surface of a cemented carbide substrate under normal deposition conditions and an Al_(2)O_(3)layer having a κ - or θ -type crystal structure is formed also under normal deposition conditions and then the resulting material is subjected to a heat treatment in this state, preferably, in an Ar atmosphere under the conditions of a temperature of 1000°C or higher for a predetermined time, the κ - or θ -type crystal structure is converted into an α-crystal structure. As a result, cracks formed during the heat transformation are uniformly dispersed and distributed in the resulting heat transformed α-type Al_(2)O_(3)layer and the heat transformed α-type Al_(2)O_(3)layer operates as a heat-insulating layer for high heat generated during high-speed cutting operations due to an action of a large number of cracks which are present in the heat transformed α-type Al_(2)O_(3)layer, and also suppresses high heat from being transferred to the cemented carbide substrate. Consequently, thermoplastic deformation of the cutting edge portion is markedly suppressed and the occurrence of abnormal wear is prevented, and therefore the cutting edge portion exhibits a normal wear pattern, thus enabling cutting operations for a long period.
(2) In a coated cemented carbide tool comprising a hard coating layer composed of the heat transformed α-type Al_(2)O_(3)layer, as an intermediate layer, and an α-type Al_(2)O_(3)layer, as an upper layer, deposited on the surface of the intermediate layer also under normal deposition conditions, some portion of the deposited Al_(2)O_(3)sufficiently enters into cracks formed during the heat transformation at the interface with the heat transformed α-type Al_(2)O_(3)layer, thereby making it possible to maintain the cracks formed during the heat transformation in a markedly stable state, thus enabling a cutting operation for a long period without causing chipping even if high-speed cutting is conducted under the interrupted conditions. 」
([0006]前述の見解から,本発明者は,高速切削動作中に優れた熱可塑性の変形性を発揮する被覆超硬合金工具を開発するために従来の被覆超硬合金工具を学び,以下の(1)から(3)の結果を得た。

(1)下位層としてのチタン化合物層が,通常の析出条件下で超硬合金基板の表面に形成されており,κまたはθ型結晶構造をもつAl_(2)O_(3)層もまた通常の析出条件下で形成され,その上,得られた物質がこの段階,できれば所定時間で1000°C以上での条件下でのアルゴン雰囲気の中で熱処理される場合,κまたはθ型結晶構造はα型結晶構造に変換される。結果として,熱変態の間に形成される亀裂は,結果として生じる熱変態されたα型Al_(2)O_(3)層の中で,一様に分散されており,熱変態したα型Al_(2)O_(3)層は,熱変態したα型Al_(2)O_(3)層内に存在する多くの亀裂の作用のための高速切削作業の間,高熱処理のための断熱層として機能し,そしてまた超硬合金基板へ移行されることからの高熱を抑える。これにより,刃先部分の熱可塑性変形が著しく抑制され,異常摩耗の発生が妨げられる。従って,その刃先部分は通常の摩耗模様を示し,長期にわたり作業が可能となる。
(2)中間層としての熱変態したα型Al_(2)O_(3)層と,通常の付着状況でのこの中間層の表面にある上位層であるα型Al_(2)O_(3)からなるハードコーティング層を含む超硬合金工具では,蒸着したAl_(2)O_(3)の一部が,熱変態したα型Al_(2)O_(3)層をもつ接合部分で,熱変態の間に形成された亀裂に十分に入り込む。これにより,非常に安定した状態での熱変態の間に形成亀裂の維持を可能にし,このようにもし断続的な条件下で高速切削が行われても,刃が欠けることなく長期間の切削作業を実現させることができる。)

ク,第4ページ第1から8行まで
「(c) Upper layer (α-type Al_(2)O_(3)layer)

[0012] The upper layer has a function of sufficiently entering into cracks formed during the heat transformation at the interface with the heat transformed α-type Al_(2)O_(3)layer, thereby making it possible to maintain the cracks formed during the heat transformation in a markedly stable state. However, when the average thickness is less than 0.3 μm, the function described above cannot be sufficiently exerted. On the other hand, when the average thickness is up to 10 μm, the function can be sufficiently exerted. Therefore, the average thickness of this layer is preferably within a range from 0.3 to 10 μm. 」
((c)上位層(α型Al_(2)O_(3)層)

[0012]上位層には,熱変態α型Al_(2)O_(3)層との接触面で,熱変態の間に形成される亀裂に入り込む十分な機能があり,これにより,熱変態の間に形成される亀裂を,非常に安定した状態に維持することを可能にする。しかし,平均の厚さが0.3μmより薄い場合,前述のような機能は十分に発揮されない。一方,平均の厚さが10μmまでのとき,機能を十分に発揮できる。従って,平均の厚さは0.3から10μmが望ましい。)

ケ.刊行物1発明
上記ウ.に示す表において,「17」の超硬合金工具は,超硬合金基材が「A」であり,その上の硬質被覆層について,第1層が「TiN」,第2層が「1-TiCN」,第3層が「TiCNO」,第4層が「heat transformed α-type Al_(2)O_(3) deriverd from κ-type one」(κ型Al_(2)O_(3)から派生される熱変態α型Al_(2)O_(3)),第5層が「Deposited α-type Al_(2)O_(3) 」(蒸着により形成されたAl_(2)O_(3))であると理解できる。
また,上記ア.の記載からみて,これらの硬質被覆層がいずれも蒸着により形成されていること,及び超硬合金工具が切削工具であることを理解できる。
また,上記エ.に示す表から,超硬合金基材Aは,「Co」,「TiC],「TaC」,「NbC」,「TiN」及び「WC」で構成されていることを理解できる。
そして,上記イ.に示す記載からみて,超硬合金工具「17」は,上記オ.に図1として示すX線回折を有すると理解できるところ,図1の記載からみて,「α-Al_(2)O_(3)」の各面のピーク強度は,左から,(012)面が約1198,(104)面が約2602,(110)面が約2368,(006)面が約1254,(113)面が約2104,(024)面が約613,(116)面が約1412であると看取できる。
以上から,刊行物1には,次の発明(以下「刊行物1発明」という。)が記載されていると認める。

「Co,TiC,TaC,NbC,TiN及びWCで構成された超硬合金基材Aの上に,第1層としてのTiN,第2層としての1-TiCN,第3層としてのTiCNO,第4層としてのκ型Al_(2)O_(3)から派生される熱変態α型Al_(2)O_(3),第5層としてのα型Al_(2)O_(3)からなる硬質被覆層を蒸着により形成した超硬合金切削工具17において,
超硬合金工具17のα型Al_(2)O_(3)のX線回折のピーク強度は,(012)面が約1198,(104)面が約2602,(110)面が約2368,(006)面が約1254,(113)面が約2104,(024)面が約613,(116)面が約1412である超硬合金切削工具17。」

(2)刊行物2の記載及び刊行物2事項
刊行物2には,以下の記載がある。

ア.「【0001】
【発明の詳細な説明】
【産業上の利用分野】この発明は,WC基超硬合金,Ti(CN)基サーメット,Si_(3)N_(4)系セラミックス,Al_(2)O_(3)系セラミックスのいずれか1種を基体とし,その表面に硬質層を被覆した切削工具に関するものであり,特に,被覆層と被覆層並びに被覆層と基体との付着力が高く,耐摩耗性に優れた表面被覆切削工具に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来,WC基超硬合金を基体とし,その表面に化学蒸着法で硬質層を被覆した切削工具が広く使用されており,一般に化学蒸着法で被覆した硬質層は,基体との熱膨張係数の関係より,コーティング後には熱応力に起因する引張り残留応力が作用していることおよびそれによって耐欠損性が低下していることも知られている。」

イ.「【0006】この発明は,かかる知見に基づいて成されたものであって,WC基超硬合金,Ti(CN)基サーメット,Si_(3)N_(4)基セラミックス,及びAl_(2)O_(3)基セラミックスのいずれか1種を基体とし,その表面に周期律表の4a,5aおよび6a族金属,Al,Siの群から選んだ1種または2種以上の金属元素と,炭素,窒素,酸素およびほう素からなる群より選んだ1種または2種以上の非金属元素の化合物の1種の単層または2種以上の多重層で構成された硬質層を被覆してなる切削工具において,被覆層の引張り残留応力あるいは圧縮残留応力が9kgf/mm^(2)以下である硬質層が少なくとも1層被覆されている表面被覆切削工具に特徴を有するものである。さらに,この発明の表面被覆切削工具は,全ての被覆層の引張り残留応力あるいは圧縮残留応力が9kgf/mm^(2)以下であることが一層好ましい。」

ウ.刊行物2事項
上記ア.及びイ.の記載からみて,刊行物2には,次の事項(以下「刊行物2事項」という。)が記載されていると認める。
「WC基超硬合金,Ti(CN)基サーメット,Si_(3)N_(4)基セラミックス,及びAl_(2)O_(3)基セラミックスのいずれか1種を基体とし,その表面に周期律表の4a,5aおよび6a族金属,Al,Siの群から選んだ1種または2種以上の金属元素と,炭素,窒素,酸素およびほう素からなる群より選んだ1種または2種以上の非金属元素の化合物の1種の単層または2種以上の多重層で構成された硬質層を被覆してなる切削工具において,被覆層の少なくとも1層の引張り残留応力あるいは圧縮残留応力を9kgf/mm^(2)以下とすること。」

5.当審の判断
(1)特許発明と刊行物1発明との対比
特許発明と刊行物1発明を対比すると,刊行物1発明の「Co,TiC,TaC,NbC,TiN及びWCで構成された超硬合金基材A」が特許発明の「炭化タングステン基超硬合金で構成された工具基体」に相当することは明らかであり,同様に,「上」が「表面」に相当し,「第1層としてのTiN,第2層としての1-TiN,第3層としてのTiCNO」が「チタン化合物層からなる下部層」に相当し,「第4層としてのκ型Al_(2)O_(3)から派生される熱変態α型Al_(2)O_(3),第5層としてのα型Al_(2)O_(3)」が「酸化アルミニウム層からなる上部層」に相当し,「蒸着により形成」したことが「蒸着形成」したことに相当し,「超硬合金切削工具17」が「表面被覆切削工具」に相当する。
以上から,特許発明と刊行物1発明は,以下の点で一致及び相違する。

<一致点>
「炭化タングステン基超硬合金で構成された工具基体の表面に,チタン化合物層からなる下部層と酸化アルミニウム層からなる上部層を硬質被覆層として蒸着形成した表面被覆切削工具。」である点。

<相違点1>
特許発明では,「上記酸化アルミニウム層からなる上部層は,(006)面配向係数TC(006)が1.8以上」であるのに対して,刊行物1発明では,超硬合金切削工具17の「第4層としてのκ型Al_(2)O_(3)から派生される熱変態α型Al_(2)O_(3),第5層としてのα型Al_(2)O_(3)」の配向係数TC(006)が不明な点。

<相違点2>
特許発明では,「上記酸化アルミニウム層からなる上部層は,」「(104)面のピーク強度I(104)と(110)面のピーク強度I(110)の比I(104)/I(110)が0.5?2.0」であるのに対して,刊行物1発明では,超硬合金切削工具17の「第4層としてのκ型Al_(2)O_(3)から派生される熱変態α型Al_(2)O_(3),第5層としてのα型Al_(2)O_(3)」のI(104)/I(110)が不明である点。

<相違点3>
特許発明は,「酸化アルミニウム層内の残留応力値の絶対値が100MPa以下」であるのに対して,刊行物1発明は「第4層としてのκ型Al_(2)O_(3)から派生される熱変態α型Al_(2)O_(3),第5層としてのα型Al_(2)O_(3)」の残留応力値が不明である点。

(2)相違点の判断
ア.相違点1について
特許発明における酸化アルミニウム層からなる上部層の(006)面配向係数TC(006)について,明細書を参照すると,段落【0012】に


と定義され,(hkl)は,(012),(104),(110),(006),(113),(202),(024)及び(116)の8面とされている。
これを,刊行物1発明の超硬合金切削工具17についてみると,
標準回折強度I_(0)が,
I_(0)(012)=45
I_(0)(104)=100
I_(0)(110)=21
I_(0)(006)=2
I_(0)(113)=66
I_(0)(202)=1
I_(0)(024)=34
I_(0)(116)=89
であることは,当業者にとって自明である。
また,超硬合金切削工具17の「第4層としてのκ型Al_(2)O_(3)から派生される熱変態α型Al_(2)O_(3),第5層としてのα型Al_(2)O_(3)」のX線回折のピーク強度は,
I(012)≒1198
I(104)≒2602
I(110)≒2368
I(006)≒1254
I(113)≒2104
I(024)≒613
I(116)≒1412
である。刊行物1の図1には,(202)面のピークが明示されていないが,α型Al_(2)O_(3)の(202)面の回折角2θが,46.175°付近に存在することは,当業者にとって自明であるから,刊行物1の図1の回折角2θ≒46°を参照すると,そのピークは約0であると看取でき,
I(202)≒0
として,上記の式に各数値を代入して計算すると,


となる。
結局,刊行物1発明の超硬合金切削工具17の「第4層としてのκ型Al_(2)O_(3)から派生される熱変態α型Al_(2)O_(3),第5層としてのα型Al_(2)O_(3)」のTC(006)は,約5.84であって,特許発明の「1.8以上」を満たすから,相違点1は,実質的な相違点ではない。

イ.相違点2について
超硬合金切削工具17のα型Al_(2)O_(3)のX線回折のピーク強度は,刊行物1の図1からみて,
I(104)≒2602
I(110)≒2368
であるから,その比は,
I(104)/I(110)≒1.099
となる。
したがって,刊行物1発明の超硬合金切削工具17の「第4層としてのκ型Al_(2)O_(3)から派生される熱変態α型Al_(2)O_(3),第5層としてのα型Al_(2)O_(3)」の(104)面のピーク強度I(104)と(110)面のピーク強度I(110)の比I(104)/I(110)は,1.099であって,0.5?2.0の範囲内に存在するから,相違点2は,実質的な相違点ではない。

ウ.相違点3について
上記4.(2)ア.に示すように,刊行物2には,化学蒸着法で被覆した硬質層は,引張り残留応力が作用していることによって耐欠損性が低下しているという課題が示されており,刊行物2事項は,当該課題を解決するための事項ということができる。
そこで,刊行物1発明の「超硬合金切削工具17」に,刊行物2事項を適用することが,当業者にとって容易に想到できたかどうかを検討する。
上記4.(1)カ.からク.までを参照すると,刊行物1には,切削作業中の高温発生により,刃先部に異常な摩耗が生じることを解決課題として,熱変態したα型Al_(2)O_(3)層内に存在する多くの亀裂を断熱層として機能させることで,高熱を抑えて摩耗の発生を妨ぎ,さらに,上位層であるα型Al_(2)O_(3)が,熱変態したα型Al_(2)O_(3)層に形成された亀裂に入り込むことで,亀裂を安定的に維持させて,高速切削が行われても刃が欠けることなく,長期間の切削作業を実現できることが記載されているということができる。
そうすると,当該記載に接した当業者であれば,刊行物1発明の第4層としての熱変態α型Al_(2)O_(3)の層内には,多数の亀裂が存在し,第5層としてのα型Al_(2)O_(3)の被覆層の一部が,その亀裂に入り込んでおり,その結果,第4層の亀裂が安定的に維持されて,第4層及び第5層は,高速切削が行われても欠けることがなく,耐欠損性が高く維持されていることを当然に理解できる。
上記のとおり,刊行物2事項は,化学蒸着法で被覆した硬質層は耐欠損性が低下していることを解決課題としているところ,刊行物1発明の第4層及び第5層も化学蒸着法で被覆されてはいるものの,刊行物1の記載に接した当業者であれば,刊行物1発明の第4層及び第5層について,耐欠損性が低下していると理解することはないから,刊行物1発明の「超硬合金切削工具17」に,刊行物2事項を適用する動機がないといわざるを得ない。
したがって,刊行物1発明における「第4層としてのκ型Al_(2)O_(3)から派生される熱変態α型Al_(2)O_(3),第5層としてのα型Al_(2)O_(3)」の残留応力値の絶対値を100MPa以下とすることは,当業者が容易に想到できた事項とはいえない。

(3)小括
上記(2)ア.からウ.までに説示したように,相違点1及び2は実質的な相違点ではないものの,相違点3は刊行物1発明及び刊行物2事項に基づいて当業者が容易に想到することができたものとはいえないから,特許発明は,刊行物1発明及び刊行物2事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

6.むすび
したがって,上記取消理由によっては,特許発明についての特許を取り消すことができない。
また,他に,特許発明についての特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-07-27 
出願番号 特願2011-284553(P2011-284553)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (B23B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 山本 忠博  
特許庁審判長 久保 克彦
特許庁審判官 刈間 宏信
栗田 雅弘
登録日 2015-06-12 
登録番号 特許第5757232号(P5757232)
権利者 三菱マテリアル株式会社
発明の名称 硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性と耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具  
代理人 影山 秀一  
代理人 倉地 保幸  
代理人 山田 靖  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ