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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1318705
審判番号 不服2015-8127  
総通号数 202 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-10-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-05-01 
確定日 2016-08-25 
事件の表示 特願2010-214024「エタノールの製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成24年4月5日出願公開、特開2012-65604〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成22年9月24日の出願であって、以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。

平成26年 7月 9日付け 拒絶理由通知
平成26年 9月16日 意見書・手続補正書
平成27年 1月30日付け 拒絶査定
平成27年 5月 1日 審判請求書・手続補正書

第2 平成27年5月1日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成27年5月1日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1 補正前後の請求項1に記載された発明
本件補正は、補正前の特許請求の範囲の請求項1の
「【請求項1】
β-グルコシダーゼ遺伝子、キシロース代謝関連遺伝子及びβ-キシロシダーゼ遺伝子がゲノムに導入され、且つ上記β-グルコシダーゼ遺伝子及びβ-キシロシダーゼ遺伝子が細胞表層提示型遺伝子として導入された組換え酵母を、セルラーゼ製剤を含むセルロース及び/又はヘミセルロース含有培地に培養する工程と、上記セルロース及び/又はヘミセルロース含有培地からエタノールを回収する工程とを含むエタノールの製造方法。」
を、
「【請求項1】
β-グルコシダーゼ遺伝子、キシロース代謝関連遺伝子及びβ-キシロシダーゼ遺伝子がゲノムに導入され、且つ上記β-グルコシダーゼ遺伝子及びβ-キシロシダーゼ遺伝子が細胞表層提示型遺伝子として導入された組換え酵母を、セルラーゼ製剤を含むセルロース及び/又はヘミセルロース含有培地にエタノール発酵の至適温度範囲で培養する工程と、上記セルロース及び/又はヘミセルロース含有培地からエタノールを回収する工程とを含むエタノールの製造方法。」
(下線は補正箇所を示す。)とする補正を含むものである。

上記補正は、補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「培養する工程」における温度を「エタノール発酵の至適温度範囲で」と限定するものであって、その補正の前後において発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であると認められるから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

そこで、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定を満たすものであるか(独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下に検討する。

2 引用刊行物とその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された本出願前に頒布された刊行物(原査定の引用文献1)に係る、国際公開第2009/139349号には、以下の事項が記載されている。
なお、下線は当審が付したものである。

(刊1a)「[請求項9] β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素を発現するように組み換えられたセルロース分解性実用酵母。
[請求項10] 前記β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素が、β-グルコシダーゼ、エンドグルカナーゼ、およびセロビオヒドロラーゼの組み合わせである、請求項9に記載のセルロース分解性実用酵母。
[請求項11] エタノールを製造する方法であって、請求項9または10に記載のセルロース分解性実用酵母と、セルロース系物質とを反応させてエタノールを得る工程を含む、方法。」(請求の範囲)

(刊1b)「「実用酵母」とは、従来エタノール発酵に用いられる任意の酵母(例えば、清酒酵母、焼酎酵母、ワイン酵母、ビール酵母、パン酵母など)をいう。」(段落[0052])

(刊1c)「(エタノールの製造)
本発明によれば、上記β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素を発現する、好ましくは表層提示する、セルロース分解性実用酵母を用いてエタノールを製造する方法が提供される。この方法は、β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素を細胞表層に発現するように組み換えられたセルロース分解性実用酵母と、セルロース系物質とを反応させてエタノールを得る工程を含む。該セルロース分解性実用酵母によって、該セルロース系物質中のセルロースからグルコースが得られ、そして該生成したグルコースを用いてエタノールが生成される。」(段落[0077])

(刊1d)「木材の木質部、ならびに草本性植物の茎葉部および皮部は、セルロースを主成分の1つとする植物細胞壁成分を含み得る。植物細胞壁は、通常、セルロースに加え、ヘミセルロースおよびリグニンを成分に含む。植物種(特に、木材であるかまたは草本性であるか)または植物の生育程度などに依存してそれらの成分の含有量は変動し得るが、セルロースを含む限りいずれの種でも生育程度でも用いられ得る。
したがって、セルロース系物質としては、上述した植物細胞壁成分を含有する任意の物質および廃棄物および産物もまた挙げられる。」(段落[0079][0080])

(刊1e)「本発明によれば、例えば、β-グルコシダーゼ(特にアスペルギルス・アクレアータス由来のBGL1)、エンドグルカナーゼ(特にトリコデルマ・リーセイ由来のEGII)、およびセロビオヒドロラーゼ(特にトリコデルマ・リーセイ由来のCBH2)のそれぞれあるいはこれらの2種以上が細胞表層に発現されるように組み換えられている実用酵母が提供される。このような酵母は、エタノール製造用酵母として好適である。
セルロース系物質からのエタノールの製造のために、セルロース分解性に加え、キシロース資化性をさらに利用することもできる。キシロースは、セルロースを主成分の1つとする植物細胞壁成分に含まれるヘミセルロースから、酵素分解により得られる。キシロース資化性のために、キシロース資化性遺伝子および/またはキシラン分解酵素をコードする遺伝子を発現する実用酵母を別に作製するかまたはセルロース分解性実用酵母に該遺伝子をさらに発現させることによって、ヘミセルロースに由来するキシロースをもエタノール発酵に利用し得る。ヘミセルロースを分解する酵素(例えば、キシラン分解酵素)が実用酵母の細胞表層に提示していることが好ましい。キシラン分解酵素としては、例えば、キシラナーゼ(特にトリコデルマ・リーセイ由来のXYLII)およびβ-キシロシダーゼ(アスペルギルス・オルゼ由来のXylA)が挙げられる。キシロース資化性遺伝子としては、キシロース代謝系酵素の遺伝子、例えば、キシロースレダクターゼ(XR)遺伝子およびキシリトールデヒドロゲナーゼ(XDH)遺伝子(ともにピチア・スチピチス(Pichia stipitis)由来)ならびにキシルロキナーゼ(XK)遺伝子(サッカロマイセス・セレビシエ由来)が挙げられる。
例えば、キシラン分解(ヘミセルロース分解)およびキシロース資化性の両方を有する実用酵母を作製するために、キシラナーゼ(特にトリコデルマ・リーセイ由来のXYLII(INSDアクセッション番号X69574;S51975))およびβ-キシロシダーゼ(アスペルギルス・オルゼ由来のXylA(INSDアクセッション番号AB013851))を細胞表層に発現し、かつキシロース資化性遺伝子(特に、ピチア・スチピチス由来のキシロースレダクターゼ(XR)遺伝子XYL1(INSDアクセッション番号X59465)、ピチア・スチピチス由来のキシリトールデヒドロゲナーゼ(XDH)遺伝子であるXYL2(INSDアクセッション番号X55392)、およびサッカロマイセス・セレビシエ由来のキシルロキナーゼ(XK)遺伝子であるXKS1(INSDアクセッション番号X82408))を発現するように実用酵母を組み換え調製し得る。このために、上記の遺伝子破壊および遺伝子組み込みのためのフラグメントを利用した遺伝子導入法を利用し得る。」(段落[0084]?[0086])

(刊1f)「本発明の方法では、セルロース分解性実用酵母、および基質としてセルロース系物質を用いて、通常エタノール発酵を行う条件下で発酵させて、エタノールを生産させる。キシラン分解(ヘミセルロース分解)および/またはキシロース資化性の実用酵母もまた、上記発酵の際に添加し得る。セルロース分解性実用酵母がまた、キシラン分解(ヘミセルロース分解)および/またはキシロース資化性をさらに有し得る。この発酵工程の形式としては、回分(バッチ)工程、流加回分工程、繰り返し回分工程、連続工程などが挙げられるが、これらのいずれであってもよい。また、発酵時の温度は、約30?35℃であり得る。」(段落[0092])

(刊1g)「組換え実用酵母のセルロースの糖化および発酵によるエタノールの製造を促進するために、セルラーゼ酵素をさらに添加してもよい。市販のセルラーゼ酵素が使用可能である。」(段落[0094])

(刊1h)「(実施例1:遺伝子破壊および遺伝子組み込みフラグメントを含むプラスミドの構築)
・・・他方、β-グルコシダーゼ発現カセットを、以下のように調製した。まず、アスペルギルス・アクレアータス由来β-グルコシダーゼ(BGL1)の細胞表層提示のためのプラスミドpIBG13を以下のようにして構築した。アスペルギルス・アクレアータス由来β-グルコシダーゼ1(BGL1)遺伝子をコードする2.5kbp NcoI-XhoI DNAフラグメントを、プラスミドpBG211(京都大学より贈与戴いた)を鋳型として使用し、bgl1プライマー1(配列番号11;Forward)およびbgl1プライマー2(配列番号12;Reverse)のプライマー対を用いてPCRによって調製した。このDNAフラグメントをNcoIおよびXhoIで消化し、リゾプス・オリゼ由来グルコアミラーゼ遺伝子の分泌シグナル配列をコードする遺伝子およびα-アグルチニン遺伝子の3’側半分の領域(非特許文献9)を含有する細胞表層発現プラスミドpIHCS(非特許文献10)のNcoI-XhoI部位に挿入した。得られたプラスミドをpIBG13と命名した。
次に、GAPDH AscI(配列番号8;Forward)およびGAPDH AscI Rev(配列番号9;Reverse)プライマーを用いて、pIBG13を鋳型として用いてPCR増幅を行った。これにより、サッカロマイセス・セレビシエ由来グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)プロモーター、リゾプス・オリゼ由来グルコアミラーゼ遺伝子の分泌シグナル配列(s.s.)、アスペルギルス・アクレタス由来β-グルコシダーゼ遺伝子、α-アグルチニンの320アミノ酸をコードする領域の3’側半分(AG)、および446bpの3’-フランキング領域、サッカロマイセス・セレビシエ由来GAPDHターミネーターを含むフラグメント(β-グルコシダーゼ発現カセット)が得られた(図1-2)。
このβ-グルコシダーゼ発現カセットをAscIによって切断し、そしてpBlue HUのAscI部位に導入した。得られたプラスミドをpBlue HU-BGL13と命名した(図1-2)。」(段落[0105]?[0111])

(刊1i)「(実施例3:ヒスチジン遺伝子が欠失しおよびβ-グルコシダーゼ遺伝子が組み込まれた実用酵母の作製)
ヒスチジン遺伝子(HIS3)破壊およびβ-グルコシダーゼ遺伝子の組み込みのスキームを図2に示す。図2中の略語および帯により表される遺伝子配列は図1と同様である。
実施例1で得られたpBlue HU-BGL13は、ターゲティングされるHIS3遺伝子座の近接領域(親染色体の中の黒の太い矢印で示される領域)から複写される40bpの反復配列(フラグメントの中の黒の太い矢印で示される領域)をβ-グルコシダーゼ細胞表層提示発現カセットの下流(3’末端側)にして、逆選択URA3マーカーおよび該マーカーの上流および下流に相同組換え配列を含むHIS3遺伝子破壊用フラグメントに挿入されている構築物を含む(図2の最上段に示される模式図)。
プラスミドpBlue HU-BGL13を制限酵素XbaIを用いて直線状にして、実施例2で作製したURA3マーカーが付与された(すなわち、ウラシル要求性の)サッカロマイセス・セレビシエNBRC1440株を形質転換し、ウラシルドロップアウト(ウラシル不含培地)プレート上でウラシル要求性を持たない株を選択した。この構築物が上記実用酵母NBRC1440の染色体に組み込まれると同時にHIS3遺伝子破壊が生じ、β-グルコシダーゼ細胞表層提示遺伝子発現カセットとURA3マーカーおよびその両側の反復配列とが染色体内に組み込まれる(図2の上から1番目の縦向きの矢印のすぐ下に示される模式図)。・・・
したがって、5-FOAによる選択により、HIS3遺伝子およびURA3遺伝子が欠失しかつβ-グルコシダーゼ遺伝子が組み込まれた実用酵母株が取得でき、これを「NBRC1440/HU-BGL13」と命名した。」(段落[0113]?[0125])

(刊1j)「(実施例4:形質転換実用酵母を用いたセロビオースからのエタノール発酵)
実施例3で最終的に得られた形質転換体(「NBRC1440/HU-BGL13」)を、必須アミノ酸を添加したSD培地中で24時間好気的に前培養し、次いで30℃にて48時間YPD培地中で培養した。・・・この結果を図5に示す。図5は、NBRC1440/HU-BGL13およびNBRC1440による発酵におけるセロビオースおよびエタノール量の経時変化を示すグラフである。図5において、右の縦軸はエタノール濃度(g/L)、左の縦軸はセロビオース濃度(g/L)、そして横軸は経過時間(時間)を表す。黒丸はNBRC1440のセロビオース濃度、白丸はNBRC1440/HU-BGL13のセロビオース濃度、黒三角はNBRC1440のエタノール濃度、そして白三角はNBRC1440/HU-BGL13のエタノール濃度を表す。NBRC1440/HU-BGL13は、図5に示されるように、セロビオースからグルコースへの加水分解およびグルコースからエタノールへの発酵生成を同時に行っていた。」(段落[0127]?[0128])

(刊1k)「


」(図5)

3 対比
(1)引用刊行物に記載された発明
摘示(刊1a)の請求項11において引用された請求項9の記載を取り込んで記載すると、引用刊行物には、「エタノールを製造する方法であって、β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素を発現するように組み換えられたセルロース分解性実用酵母と、セルロース系物質とを反応させてエタノールを得る工程を含む、方法。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

(2)本願補正発明と引用発明の対比
ア β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素
摘示(刊1a)の請求項10に記載されているように、本願補正発明の「β-グルコシダーゼ」は、引用発明の「β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素」に含まれる。
また、生化学辞典第3版(東京化学同人発行)347?348頁に、「β-キシロシダーゼ」は「β-キシロシドを加水分解してキシロースを生じる酵素活性の総称」であって「エキソ-1,4-β-キシロシダーゼ」又は「キシラン-1,4-β-キシロシダーゼ」が含まれ、「β-1,4?キシランにも作用するエキソ-1,4-β-キシロシダーゼがよく研究されており、D-キシロースを非還元末端からはずしていく」と記載されているように、本願補正発明の「β-キシロシダーゼ」は、狭義の「β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素」には含まれないものの、少なくとも「糖鎖のβ1,4-結合を切断し得る酵素」という点では共通している。
したがって、引用発明の「β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素」には、本願補正発明の「β-グルコシダーゼ」が包含され、本願補正発明の「β-キシロシダーゼ」とは「糖鎖のβ1,4-結合を切断し得る酵素」という点で共通していると認められる。

イ 実用酵母
摘示(刊1b)に記載されているように、引用発明の「実用酵母」とは、従来エタノール発酵に用いられる任意の酵母(例えば、清酒酵母、焼酎酵母、ワイン酵母、ビール酵母、パン酵母など)であるから、引用発明の「組み換えられたセルロース分解性実用酵母」は、本願補正発明の「組換え酵母」に相当する。

ウ ゲノムに導入
摘示(刊1i)において「β-グルコシダーゼ細胞表層提示遺伝子発現カセットとURA3マーカーおよびその両側の反復配列とが染色体内に組み込まれる」と記載されているように、引用発明の「β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素を発現するように組み換えられたセルロース分解性実用酵母」において、当該酵素をコードした遺伝子は染色体、すなわち本願補正発明と同様に「ゲノムに導入され」ている。

エ 培地からエタノールを回収する工程
酵母を用いてエタノールを製造する方法において、発酵培地からエタノールを回収する工程が必然的に伴うことは当業者に自明のことである。

オ 一致点と相違点
以上をまとめると、本願補正発明と引用発明の間には、以下の一致点及び相違点が存在する。

(一致点)
β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素であるβ-グルコシダーゼをコードする遺伝子がゲノムに導入された組換え酵母を、培地で培養する工程と、上記培地からエタノールを回収する工程とを含むエタノールの製造方法。

(相違点1)
本願補正発明では、「β-グルコシダーゼ遺伝子、キシロース代謝関連遺伝子及びβ-キシロシダーゼ遺伝子がゲノムに導入され、且つ上記β-グルコシダーゼ遺伝子及びβ-キシロシダーゼ遺伝子が細胞表層提示型遺伝子として導入された組換え酵母」が用いられているのに対して、引用発明では、「β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素であるβ-グルコシダーゼをコードする遺伝子がゲノムに導入された組換え酵母」である点。

(相違点2)
本願補正発明では、「セルラーゼ製剤を含むセルロース及び/又はヘミセルロース含有培地」が用いられているのに対して、引用発明では、そのことが明らかでない点。

(相違点3)
本願補正発明では、「エタノール発酵の至適温度範囲で培養する」のに対して、引用発明では、そのことが明らかでない点。

そこで、これらの相違点について、以下に検討する。

4 判断
(1)相違点1について
摘示(刊1e)には、引用発明の「β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素であるβ-グルコシダーゼをコードする遺伝子」が「細胞表層提示型遺伝子として」ゲノムに導入されることが記載されており、具体的な方法として摘示(刊1h)(刊1i)が記載されており、その効果についても摘示(刊1j)(刊1k)に記載されている。
また、同じ摘示(刊1e)において、「セルロース系物質からのエタノールの製造のために、セルロース分解性に加え、キシロース資化性をさらに利用することもできる。」および「キシロース資化性のために、キシロース資化性遺伝子および/またはキシラン分解酵素をコードする遺伝子を発現する実用酵母を別に作製するかまたはセルロース分解性実用酵母に該遺伝子をさらに発現させることによって、ヘミセルロースに由来するキシロースをもエタノール発酵に利用し得る。ヘミセルロースを分解する酵素(例えば、キシラン分解酵素)が実用酵母の細胞表層に提示していることが好ましい。」と更に指摘し、具体的な方法として、「キシラン分解(ヘミセルロース分解)およびキシロース資化性の両方を有する実用酵母を作製するために、・・・β-キシロシダーゼ(アスペルギルス・オルゼ由来のXylA(INSDアクセッション番号AB013851))を細胞表層に発現し、かつキシロース資化性遺伝子(特に、ピチア・スチピチス由来のキシロースレダクターゼ(XR)遺伝子XYL1(INSDアクセッション番号X59465)、ピチア・スチピチス由来のキシリトールデヒドロゲナーゼ(XDH)遺伝子であるXYL2(INSDアクセッション番号X55392)、およびサッカロマイセス・セレビシエ由来のキシルロキナーゼ(XK)遺伝子であるXKS1(INSDアクセッション番号X82408))を発現するように実用酵母を組み換え調製し得る。」と詳細に記載している。
ここで、上記3(2)アに記載したように、「β-キシロシダーゼ」は、「β-グルコシダーゼ」と同様に、「糖鎖のβ1,4-結合を切断し得る酵素」であって、摘示(刊1c)(刊1d)に記載されるように引用発明のエタノールの製造の原料である「セルロース系物質」に含まれるヘミセルロースであるキシランを分解する酵素である。
したがって、摘示(刊1h)(刊1i)に記載された「β-グルコシダーゼ」に関する具体的な方法を上述した摘示(刊1e)の記載に従って「β-キシロシダーゼ」に適用して「β-キシロシダーゼ遺伝子が細胞表層提示型遺伝子として導入された組換え酵母」を得ること、並びに、「β-キシロシダーゼ」が産生したキシロースを資化するために上述した摘示(刊1e)の記載に従って「キシロース資化性遺伝子」すなわち、本願補正発明の「キシロース代謝関連遺伝子」を上記「β-キシロシダーゼ遺伝子が細胞表層提示型遺伝子として導入された組換え酵母」に更に導入して「キシロース代謝関連遺伝子」の発現産物を併せて用いることは、当業者であれば容易になし得たことである。
そして、摘示(刊1e)の「キシロース資化性のために、キシロース資化性遺伝子および/またはキシラン分解酵素をコードする遺伝子・・・セルロース分解性実用酵母に該遺伝子をさらに発現させる」および摘示(刊1f)の「セルロース分解性実用酵母がまた、キシラン分解(ヘミセルロース分解)および/またはキシロース資化性をさらに有し得る。」との記載もあるように、1つの酵母に全ての遺伝子を組み込んで本願補正発明の「β-グルコシダーゼ遺伝子、キシロース代謝関連遺伝子及びβ-キシロシダーゼ遺伝子がゲノムに導入され、且つ上記β-グルコシダーゼ遺伝子及びβ-キシロシダーゼ遺伝子が細胞表層提示型遺伝子として導入された組換え酵母」とすることも当業者であれば適宜なし得たことである。

(2)相違点2について
摘示(刊1c)には、「この方法は、β1,4-グルコシド結合を切断し得る酵素を細胞表層に発現するように組み換えられたセルロース分解性実用酵母と、セルロース系物質とを反応させてエタノールを得る工程を含む。」と記載されており、摘示(刊1d)には、「植物細胞壁は、通常、セルロースに加え、ヘミセルロースおよびリグニンを成分に含む。・・・セルロース系物質としては、上述した植物細胞壁成分を含有する任意の物質および廃棄物および産物もまた挙げられる。」と記載されており、エタノールの発酵培地には、セルロースに加え、ヘミセルロースおよびリグニンが含まれているので、本願補正発明の「セルロース及び/又はヘミセルロース含有培地」と区別することができない。
また、摘示(刊1g)には、「組換え実用酵母のセルロースの糖化および発酵によるエタノールの製造を促進するために、セルラーゼ酵素をさらに添加してもよい。市販のセルラーゼ酵素が使用可能である。」と記載されており、本願補正発明の「セルラーゼ製剤を含むセルロース及び/又はヘミセルロース含有培地」を用いることに当業者において創意工夫が必要であったものでもない。

(3)相違点3について
本願補正発明の「エタノール発酵の至適温度範囲」について、本願明細書の段落【0036】では、「培養温度としては特に限定されないが、エタノール発酵の効率を考慮して25?45℃とすることができ、30?40℃とすることが好ましい。」と記載されていることから、「30?40℃」の温度範囲であると考えられる。
一方、摘示(刊1f)には、「本発明の方法では、セルロース分解性実用酵母、および基質としてセルロース系物質を用いて、通常エタノール発酵を行う条件下で発酵させて、エタノールを生産させる。・・・セルロース分解性実用酵母がまた、キシラン分解(ヘミセルロース分解)および/またはキシロース資化性をさらに有し得る。・・・発酵時の温度は、約30?35℃であり得る。」と記載されており、相違点3は実質的な相違点ではない。

(4)本願補正発明の効果について
本願明細書の段落【0061】には、「図8から判るように、TX3411株は、セルロース系バイオマスの同時糖化発酵のモデル系においてもTX1株よりも約20%高いエタノール生産性を達成することができた。」と記載されているが、キシロシダーゼによってヘミセルロースがエタノールの製造に利用できるようになったことによりエタノールの生産性が20%程度向上することは当業者であれば予測し得る範囲内のことであり、本願補正発明が格別に顕著な効果を奏するものとも認められない。

(5)まとめ
したがって、本願補正発明は、引用刊行物に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(6)審判請求人の主張について
なお、審判請求書において、以下のように主張しているので、念のために検討する。
ア「引用文献1には、上述したように、キシラン分解を可能とするため、セルロース分解性実用酵母に対してキシラナーゼ遺伝子及びβ-キシロシダーゼ遺伝子を導入することが開示されるものの、キシラン分解酵素遺伝子のうちβ-キシロシダーゼ遺伝子のみをセルロース分解性実用酵母に導入することは記載されていない。」
イ「引用文献1には、段落〔0094〕に「組換え実用酵母のセルロースの糖化および発酵によるエタノールの製造を促進するために、セルラーゼ酵素をさらに添加しても良い」と記載されているに過ぎない。特に、引用文献1の実施例8(原審の審査官殿が30℃で発酵を行う例として指摘した実施例)においても、市販のセルラーゼ製剤は培地に含まれていない。したがって、引用文献1からは、セルラーゼ製剤におけるβ-キシロシダーゼ活性が微弱であるといった知見、これに起因してセルラーゼ製剤を用いた同時糖化発酵工程ではエタノール生産性が低いといった問題を知ることはできない。・・・原審の審査官殿の指摘する「引用文献1に記載された発明においても、エタノール発酵を行う温度範囲内であっても、セルラーゼ活性を高めることができる」は、技術的に飛躍があり誤った認定である。」

(主張アについて)
本願補正発明は、キシラン分解酵素遺伝子のうちβ-キシロシダーゼ遺伝子以外の遺伝子がセルロース分解性実用酵母に導入されたものを排除する記載とはなっていない。
また、キシラン分解酵素遺伝子が2つ例示されていても1つだけを用いてもある程度の効果が奏されることは当業者に明らかなことである。

(主張イについて)
摘示(刊1g)および摘示(刊1f)の記載を考慮すれば、相違点2および3に基づき進歩性を有する、とできないことは、上記(2)および(3)に記載した通りである。
特に、摘示(刊1f)には、「セルロース分解性実用酵母がまた、キシラン分解(ヘミセルロース分解)および/またはキシロース資化性をさらに有し得る。・・・発酵時の温度は、約30?35℃であり得る。」と記載されており、1種類の酵母を用いて糖化工程とエタノール発酵工程が同時に行われていることを考慮すると、引用刊行物に記載された温度範囲以外のものを敢えて採用するとは考えがたい。
加えて、市販のセルラーゼ製剤(例えば、三菱化学フーズ株式会社の「スクラーゼ^(R)C」;http://www.mfc.co.jp/product/kouso/sclase_c/index.html)が「30?40℃」の温度範囲で酵素の相対活性が「20?40%」であるものの、ある程度の酵素活性は期待できるので、当業者が引用刊行物の記載を実施できないとまでは言えない。
さらに、酵母の培養液から得たセルラーゼを「市販のセルラーゼ製剤」と組み合わせて用いることは、摘示(刊1g)に限らず、当該技術分野の常套手段(必要であれば、国際公開第2009/119252号の段落[0005]およびNippon Nogeikagaku Kaishi Vol.78, No.4, pp.382-393等参照)にすぎないので、引用刊行物に実施例の記載がなくとも当業者であれば適宜採用し得る実施の態様である。

よって、請求人の主張アおよびイには理由がない。

5 むすび
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
平成27年5月1日付けの手続補正は、上記のとおり却下されることになったので、本願の請求項1?8に係る発明は、平成26年9月16日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?8記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、そのうち請求項1は、次のとおりである。(以下、請求項1に係る発明を「本願発明」という。)
「【請求項1】
β-グルコシダーゼ遺伝子、キシロース代謝関連遺伝子及びβ-キシロシダーゼ遺伝子がゲノムに導入され、且つ上記β-グルコシダーゼ遺伝子及びβ-キシロシダーゼ遺伝子が細胞表層提示型遺伝子として導入された組換え酵母を、セルラーゼ製剤を含むセルロース及び/又はヘミセルロース含有培地に培養する工程と、上記セルロース及び/又はヘミセルロース含有培地からエタノールを回収する工程とを含むエタノールの製造方法。」

2 引用刊行物の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された刊行物及びその記載事項は、前記「第2 2」に記載したとおりである。

3 対比・判断
本願発明は、前記「第2」で検討した本願補正発明の「培養する工程」における「エタノール発酵の至適温度範囲で」との限定がなくなったものである。
そうすると、本願発明の構成要件を全て含んだ本願補正発明が、前記「第2 4」に記載したとおり、引用刊行物に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も同様の理由により、引用刊行物に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 むすび
以上のとおり、請求項1に係る発明(本願発明)は、引用刊行物に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、その他の請求項に係る発明についての判断を示すまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-06-27 
結審通知日 2016-06-28 
審決日 2016-07-11 
出願番号 特願2010-214024(P2010-214024)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (C12N)
P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 川合 理恵水野 浩之  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 山崎 利直
長井 啓子
発明の名称 エタノールの製造方法  
代理人 藤田 節  
代理人 平木 祐輔  

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