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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01L
管理番号 1319446
審判番号 不服2015-21060  
総通号数 203 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-11-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-11-27 
確定日 2016-09-15 
事件の表示 特願2011- 37182「受光素子およびその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成24年 9月10日出願公開、特開2012-174977〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続きの経緯
本願は、平成23年2月23日の出願であって、平成26年5月27日付けで拒絶理由が通知され、同年8月20日付けで意見書が提出されるとともに同日付けで手続補正がなされ、同年11月28日付けで最後の拒絶理由が通知され、平成27年3月4日付けで意見書が提出されるとともに同日付けで手続補正がなされたが、同年8月27日付けで平成27年3月4日付けの手続補正が却下されるとともに同日付けで拒絶査定がなされた。本件は、これに対して同年11月27日に該拒絶査定を不服として審判請求がなされ、同時に手続補正がなされたものである。


第2 平成27年11月27日付けの手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
平成27年11月27日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1 平成27年11月27日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)は、本件補正前の平成26年8月20日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1及び5を引用する請求項7である
「【請求項1】
InP基板上に形成されたIII-V族半導体による、波長1.5μmおよび1.75μmを含む波長域に受光感度を有する受光素子であって、
前記InP基板上に接して位置するバッファ層と、
前記バッファ層上に接して位置する受光層とを備え、
前記受光層が、バンドギャップエネルギ0.73eV以下の第1の半導体層と、該第1の半導体層のバンドギャップエネルギよりも大きいバンドギャップエネルギを持つ第2の半導体層とを交互に積層して50ペア以上含み、
前記第1の半導体層および第2の半導体層が歪補償量子井戸構造を形成し、該第1の半導体層および第2の半導体層の厚みが両方とも1nm以上10nm以下であり、
前記波長1.5μmの受光感度と前記波長1.75μmの受光感度との比が、0.8以上1.2以下であることを特徴とする、受光素子。」
「【請求項5】
前記第1の半導体層がIn_(x)Ga_(1-x)As(0.56≦x≦0.68)であることを特徴とする、請求項1?4のいずれか1項に記載の受光素子。」
「【請求項7】
前記第2の半導体層がGaAs_(z)Sb_(1-z)(0.54≦z≦0.66)であることを特徴とする、請求項1?5のいずれか1項に記載の受光素子。」を

「【請求項2】
InP基板上に形成されたIII-V族半導体による、波長1.5μmおよび1.75μmを含む波長域に受光感度を有する受光素子であって、
前記InP基板上に接して位置するバッファ層と、
前記バッファ層上に接して位置する受光層とを備え、
前記受光層が、バンドギャップエネルギ0.73eV以下であり前記InP基板より大きい格子定数を有するIn_(x)Ga_(1-x)As(0.56≦x≦0.68)である第1の半導体層と、該第1の半導体層のバンドギャップエネルギよりも大きいバンドギャップエネルギを持ち前記InP基板よりも小さい格子定数を有するGaAs_(z)Sb_(1-z)(0.54≦z≦0.66)である第2の半導体層とを交互に積層して50ペア以上含み、
前記第1の半導体層および第2の半導体層が歪補償量子井戸構造を形成し、該第1の半導体層および第2の半導体層の厚みが両方とも1nm以上10nm以下であり、
前記波長1.5μmの受光感度と前記波長1.75μmの受光感度との比が、0.8以上1.2以下であることを特徴とする、受光素子。」
とする補正を含むものである(下線は請求人が付与した。)。

2 本件補正の目的
本件補正は、補正前の請求項1及び5を引用する請求項7を新請求項2とし、さらに、「第1の半導体層」を「前記InP基板より大きい格子定数を有する」「第1の半導体層」に、また、「第2の半導体層」を「前記InP基板より小さい格子定数を有する」「第2の半導体層」に限定することを含むものであるから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものを含むものである。

3 独立特許要件
そこで、本件補正後の請求項2に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)を、進歩性要件(特許法第29条第2項)について以下に検討する。

(1)本願補正発明の認定
本願補正発明は、上記1において、補正後のものとして記載したとおりのものと認める。

(2)各刊行物の記載事項及び引用発明の認定
ア 原査定における拒絶理由通知に引用された、本願の出願前に頒布された、国際公開第2011/16309号(以下「引用文献」という。)には、以下の記載がある(下線は当審で付与した。)。

(ア)「[0004]非特許文献1:R.Sidhu,"ALong-Wavelength Photodiode on InP Using Lattice-Matched GaInAs-GaAsSb Type-II Quantum Wells, IEEE Photonics Technology Letters, Vol.17, No.12(2005), pp.2715-2717
非特許文献2:M.Peter,“Light-emitting diodes and laser diodes based on a Ga1-xInxAs/GaAs1-ySbytype II superlattice on InP substrate”Appl. Phys. Lett., Vol.74,No.14(1999), pp.1951-1953 上記の非特許文献1において、さらに長波長化するには歪み補償が必要であるとして、Ga(In)AsSb-GaInAs(Sb)の歪み補償量子井戸構造によるカットオフ波長2μm?5μmのフォトディテクタが、提案されている。」

(イ)「[0016] 半導体素子が受光素子であり、該受光素子は、受光層に、In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)とGaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)のペア、または、Ga_(1-u)In_(u)N_(v)A_(1-v)(0.4≦u≦0.8、0<v≦0.2)とGaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)のペア、で構成されるタイプII型の多重量子井戸構造を備えることができる。これによって、2μm?5μmの波長領域に受光感度を持つフォトダイオード等を、良好な結晶性を保持した上で、能率良く、大量に製造することができる。」

(ウ)「[0040] 図1に示すウエハ10の製造方法について説明する。まず、Sドープn型InP基板1に、n型InPバッファ層2を、厚み10nmに、エピタキシャル成長させる。n型のドーピングには、TeESi(テトラエチルシラン)を用いた。このときの原料ガスには、TMIn(トリメチルインジウム)およびTBP(ターシャリーブチルホスフィン)を用いる。このInPバッファ層2の成長には、無機原料のPH 3 (ホスフィン)を用いて行っても良い。このInPバッファ層2の成長では、成長温度を600℃程度あるいは600℃程度以下で行っても、下層に位置するInP基板の結晶性は600℃程度の加熱で劣化することはない。しかし、実施の形態2で説明するInP窓層を形成するときには、下層にGaAsSbを含む多重量子井戸構造が形成されているので、基板温度は、たとえば温度400℃以上かつ560℃以下の範囲に厳格に維持する必要がある。その理由として、600℃程度に加熱すると、GaAsSbが熱のダメージを受けて結晶性が大幅に劣化する点、および、400℃未満の温度としてInP窓層を形成すると、原料ガスの分解効率が大幅に低下するため、InP層内の不純物濃度が増大し高品質なInP窓層を得られない点があげられる。次いで、InPバッファ層2の上に、n型ドープしたInGaAs層を、厚み0.15μm(150nm)に成長する。このInGaAs層も図1中ではバッファ層2に含まれる。
[0041] 次いで、InGaAs/GaAsSbを量子井戸のペアとするタイプIIの多重量子井戸構造3を形成する。量子井戸におけるGaAsSb3aは5nmの厚み、またInGaAs3bは厚み5nmとするのがよい。図1では、250ペアの量子井戸を積層して多重量子井戸構造3を形成している。GaAsSb3aの成膜では、トリエチルガリウム(TEGa)、ターシャリーブチルアルシン(TBAs)およびトリメチルアンチモン(TMSb)を用いる。また、InGaAs3bについては、TEGa、TMIn、およびTBAsを用いることができる。これらの原料ガスは、すべて有機金属気体であり、化合物の分子量は大きい。このため、400℃以上かつ560℃以下の比較的低温で完全に分解して、結晶成長に寄与することができる。多重量子井戸構造3を全有機MOVPEによって、量子井戸の界面の組成変化を急峻にするすることができる。」

(エ)「[0046](実施の形態2)
図5は、本発明の実施の形態2における半導体素子を示す断面図である。この半導体素子10は、フォトダイオードの受光素子である。n型InP基板1/バッファ層2/タイプIIの多重量子井戸構造3(InGaAs3a/GaAsSb3b)、の段階までは、実施の形態1の図1の構造と同じである。タイプIIの多重量子井戸構造3の上には、あとで詳しく説明する拡散濃度分布を調整する作用を担うInGaAs層4が位置し、そのInGaAs層4の上にInP窓層5が位置している。InP窓層5の表面から、所定領域にp型不純物のZnが導入されてp型領域15が設けられ、その先端部にpn接合またはpi接合が形成される。このpn接合またはpi接合に、逆バイアス電圧を印加して空乏層を形成して、光電子変換による電荷を捕捉して、電荷量に画素の明るさを対応させる。p型領域15またはpn接合もしくはpi接合は、画素を構成する主要部である。p型領域15にオーミック接触するp側電極11は画素電極であり、共通の接地電位にされるn側電極(図示せず)との間で、上記の電荷を画素ごとに読み出す。p型領域15の周囲の、InP窓層表面は絶縁保護膜9によって被覆される。
多重量子井戸構造を形成したあと、InP窓層5の形成まで、全有機MOVPE法によって同じ成膜室または石英管35の中で成長を続けることが、一つのポイントになる。すなわち、InP窓層5の形成の前に、成膜室からウエハ10aを取り出して、別の成膜法によってInP窓層5を形成することがないために、再成長界面を持たない点が一つのポイントである。すなわち、InGaAs層4とInP窓層5とは、石英管35内において連続して形成されるので、界面17は再成長界面ではない。このため、酸素および炭素の濃度がいずれも所定レベル以下であり、p型領域15と界面17との交差線において電荷リークが生じることはない。」

(オ)図1


(カ)図5


(キ)上記(カ)より、n型InP基板1上に形成された多重量子井戸構造3が看取できる。また、n型InP基板1上に接して位置するバッファ層2と、前記バッファ層2上に接して位置する多重量子井戸構造3とを備えることが看取できる。

上記(ア)?(キ)より、引用文献には以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「n型InP基板1上に形成された、受光層に、In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)とGaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)のペアで構成される多重量子井戸構造を備えることによって、2μm?5μmの波長領域に受光感度を持つ受光素子であって、
n型InP基板1上に接して位置するバッファ層2と、前記バッファ層2上に接して位置する多重量子井戸構造3の受光層とを備え、
前記受光層は、In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)とGaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)のペアであって、前記In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)は5nmの厚み、前記GaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)は厚み5nmとし、250ペアの量子井戸を積層した多重量子井戸構造3である、受光素子。」

イ 本願の出願前に頒布された刊行物である、特開2004-273562号公報(以下「周知例」という。)には、以下の記載がある。

(ア)「【0032】
まず、化合物半導体材料の格子定数と、バンドギャップエネルギー(禁制帯幅)との関係を図3に示す。本実施の形態のストライプレーザー100などの発光素子においては、活性領域130(特に、量子井戸構造の場合は井戸層134)の材料組成が素子の発光波長を決める要因のひとつとなっている。
【0033】
そして、図3においては、3元系混晶であるAl_(X)Ga_(1-X)Asであれば、組成Xの変調によりバンドギャップエネルギーの変化があるが、その格子定数については、組成Xの値にかかわらず、ほとんど影響がないことがわかる。一方で、同じ3元系混晶であるIn_(X)Ga_(1-X)AsやGa_(X)N_(1-X)Asの場合、組成Xが変調されると、約0.1Åの範囲で格子定数の変動が生じ、それに伴いバンドギャップエネルギーもAl_(X)Ga_(1-X)Asに比べて大きく変動する。また、4元系混晶であるIn_(X)Ga_(1-X)As_(Y)P_(1-Y)やGa_(X)In_(1-X)N_(Y)As_(1-Y)の場合は、組成Xおよび組成Yの変動により、格子定数およびバンドギャップエネルギーがともに広範囲で変化することが分かる。」

(イ)図3


(3)対比・判断
ア 本願補正発明と引用発明を対比する。
(ア)引用発明の「n型InP基板1」、「In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)とGaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)のペア」、「バッファ層2」及び「受光層」は、本願補正発明の「InP基板」、「III-V族半導体」、「バッファ層」及び「受光層」に、それぞれ相当する。

(イ)電磁波のエネルギE(eV)と波長λ(μm)との関係は、E=1.24/λであることが知られている(特開2002-164568号公報の【0021】、特開2004-200480号公報の【0017】参照。)。
ここで、引用発明の「多重量子井戸構造の受光素子」は「2μm?5μmの波長領域に受光感度を持つ」ことから、波長2μmに相当する0.62eV(1.24/2=0.62)以下のバンドギャップエネルギを有する。そして、0.62eVのバンドギャップエネルギを有する引用発明の「多重量子井戸構造の受光素子」が、波長2μmの光よりも大きなエネルギを有する波長1.5μmや1.75μmの光にも感度を有することは、当業者にとって明らかである。
すると、引用発明の「n型InP基板1上に形成された、受光層に、In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)とGaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)のペアで構成される多重量子井戸構造を備えることによって、2μm?5μmの波長領域に受光感度を持つ受光素子」は、本願補正発明の「InP基板上に形成されたIII-V族半導体による、波長1.5μmおよび1.75μmを含む波長域に受光感度を有する受光素子」に相当する。

(ウ)引用発明の「In_(x)Ga_(1-x)As」は、本願補正発明の「In_(x)Ga_(1-x)As」「である第1の半導体層」に相当する。
そして、上記(イ)で示したように、引用発明の「多重量子井戸構造の受光素子」は、波長2μmに相当する0.62eV以下のバンドギャップエネルギを有する。ここで、化合物半導体の組成比によりバンドギャップエネルギ及び格子定数が求められることは、周知技術(周知例の(上記「(2)]「イ」)参照。)である。
周知例の図3から、GaAsSbのバンドギャップエネルギは0.62eV以下とはならないので、引用発明の「In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)」を0.62eV以下のバンドギャップエネルギとすることは自明のことである。そして、周知例の図3から、0.62eV以下のバンドギャップエネルギとなるInGaAsは、InPの格子定数より大きいことが看取できる。
また、引用発明の「In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)」は、本願補正発明の「In_(x)Ga_(1-x)As(0.56≦x≦0.68)である第1の半導体層」と、xの範囲が0.56≦x≦0.68の点で重複する。
すると、引用発明の「In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)」は、本願補正発明の「バンドギャップエネルギ0.73eV以下であり前記InP基板より大きい格子定数を有するIn_(x)Ga_(1-x)As(0.56≦x≦0.68)である第1の半導体層」に相当する。

(エ)引用発明の「GaAs_(1-y)Sb_(y)」は、本願補正発明の「GaAs_(z)Sb_(1-z)」「である第2の半導体層」に相当する。
そして、上記(ウ)で示したように、GaAsSbのバンドギャップエネルギは0.62eV以下とはならず、引用発明の「In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)」は0.62eV以下のバンドギャップエネルギであることから、引用発明の「GaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)」のバンドギャップエネルギは、「In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)」のバンドギャップエネルギよりも大きいことは自明のことである。
また、引用発明の 「GaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)」は、0.38≦1-y≦0.64となり、本願補正発明の「GaAs_(z)Sb_(1-z)(0.54≦z≦0.66)である第2の半導体層」と、zの範囲が0.54≦z≦0.64の点で重複する。
すると、引用発明の「GaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)」は、本願補正発明の「該第1の半導体層のバンドギャップエネルギよりも大きいバンドギャップエネルギを持」つ「GaAs_(z)Sb_(1-z)(0.54≦z≦0.66)である第2の半導体層」に相当する。

(オ)引用発明の「In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)とGaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)のペアであって、」「250ペアの量子井戸を積層した」ことは、本願補正発明の「In_(x)Ga_(1-x)As(0.56≦x≦0.68)である第1の半導体層と、」「GaAs_(z)Sb_(1-z)(0.54≦z≦0.66)である第2の半導体層とを交互に積層して50ペア以上含」むことに相当する。

(カ)引用発明の「前記In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)は5nmの厚み、前記GaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)は厚み5nmと」することは、本願補正発明の「該第1の半導体層および第2の半導体層の厚みが両方とも1nm以上10nm以下であ」ることに相当する。

上記(ア)?(カ)より、本願補正発明と引用発明は、
「InP基板上に形成されたIII-V族半導体による、波長1.5μmおよび1.75μmを含む波長域に受光感度を有する受光素子であって、
前記InP基板上に接して位置するバッファ層と、
前記バッファ層上に接して位置する受光層とを備え、
前記受光層が、バンドギャップエネルギ0.73eV以下であり前記InP基板より大きい格子定数を有するIn_(x)Ga_(1-x)As(0.56≦x≦0.68)である第1の半導体層と、該第1の半導体層のバンドギャップエネルギよりも大きいバンドギャップエネルギを持つGaAs_(z)Sb_(1-z)(0.54≦z≦0.66)である第2の半導体層とを交互に積層して50ペア以上含み、
該第1の半導体層および第2の半導体層の厚みが両方とも1nm以上10nm以下である、受光素子。」
の点で一致し、以下の点で相違するものと認められる。

<相違点1>
「GaAs_(z)Sb_(1-z)(0.54≦z≦0.66)である第2の半導体層」が、本願補正発明では、「前記InP基板より小さい格子定数を有する」のに対して、引用発明の「GaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)」の格子定数は、明らかでない点。

<相違点2>
「前記第1の半導体層および第2の半導体層」が、本願補正発明では、「歪補償量子井戸構造を形成」するのに対して、引用発明では、「In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)とGaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)のペアであ」ることにとどまり、歪補償量子井戸構造を形成することは明らかでない点。

<相違点3>
本願補正発明では、「前記波長1.5μmの受光感度と前記波長1.75μmの受光感度との比が、0.8以上1.2以下である」のに対して、引用発明では、このような限定がなされていない点。

イ 判断
上記相違点について検討する。
(ア)相違点1、2について
引用文献の上記「(2)」「ア」「(ア)」において従来例として歪補償量子井戸構造が記載されており、また、異なる組成を有する半導体を歪補償量子井戸構造とすることは慣用手段(特開2007-12688号公報の【0034】、図8、特開2010-171262号公報の【0031】、【0032】、図2参照。)である。
さらに、歪補償量子井戸構造として、InP基板に対して圧縮歪みを有する層と引っ張り歪みを有する層を積層する構造、すなわち、InP基板の格子定数より大きい格子定数を有する層と、InP基板の格子定数より小さい格子定数を有する層を積層する構造が、特開平6-188449号公報の【0004】に記載されているように周知技術である。
してみると、引用発明の異なる組成を有する半導体である「In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)」と「GaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)」とを歪補償量子井戸構造とすること、また、その際、「In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)」と「GaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)」との格子定数の一方をInP基板より大きく、他方を小さくすることは、当業者が容易に想到し得ることである。
そして、上記「ア」「(ウ)」で述べたように、「In_(x)Ga_(1-x)As(0.38≦x≦0.68)」の格子定数はInP基板よりも大きいものであるから、「GaAs_(1-y)Sb_(y)(0.36≦y≦0.62)」の格子定数をInP基板よりも小さくすることは、当然のことである。
よって、引用発明において、相違点1、2に係る構成とすることは、当業者が容易になし得ることである。

(イ)相違点3について
一般的に、受光素子において、どの波長域の受光感度をどの程度とするかは設計事項にすぎない。また、近赤外域にフラットな量子効率(受光感度)を有することは、周知の課題(特開2010-171178号公報の【0020】、図3参照。)である。
してみると、引用発明において、受光層の化合物半導体の組成比等を調整して、相違点3に係る構成とすることは、当業者が容易に想到し得ることである。

そして、本願補正発明が奏する作用効果も、当業者が予測できる域を超えるものではない。

(4)結論
よって、本願補正発明は、引用発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

4 本件補正の却下の決定についての結び
以上のとおり、本願補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。


第3 本願発明について
1 本願発明
上記のとおり、本件補正は却下されたので、本願の請求項に係る発明は、平成26年8月20日付けの手続補正により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?13に記載された事項によって特定されると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、上記「第2」[理由]「1」において、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1として示したとおりのものである。

2 刊行物の記載事項及び引用発明の認定
上記「第2」[理由]「3」「(2)」のとおりである。

3 対比・判断
上記「第2」[理由]「2」「本件補正の目的」のとおり、本願発明は、本願補正発明の「第1の半導体層」から「前記InP基板より大きい格子定数を有するIn_(x)Ga_(1-x)As(0.56≦x≦0.68)である」ことを削除し、「第2の半導体層」から「前記InP基板よりも小さい格子定数を有するGaAs_(z)Sb_(1-z)(0.54≦z≦0.66)である」ことを削除したものである。
そして、本願発明の構成要件をすべて含み、さらに限定を付加した本願補正発明が、引用発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである以上、上記「第2」[理由]「3」での検討と同様の理由により、本願発明は引用発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 結び
以上のとおり、本願発明は、引用発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。
したがって、その余の請求項について言及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-07-14 
結審通知日 2016-07-19 
審決日 2016-08-01 
出願番号 特願2011-37182(P2011-37182)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (H01L)
P 1 8・ 121- Z (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 森江 健蔵  
特許庁審判長 伊藤 昌哉
特許庁審判官 井口 猶二
森林 克郎
発明の名称 受光素子およびその製造方法  
代理人 後 利彦  
代理人 小村 修  
代理人 木村 成利  
代理人 緒方 大介  
代理人 二島 英明  

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