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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B41F
管理番号 1320014
審判番号 無効2016-800034  
総通号数 203 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-11-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-03-10 
確定日 2016-10-03 
事件の表示 上記当事者間の特許第4400792号発明「湿し水循環処理装置および湿し水循環処理方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4400792号は、平成17年4月11日に出願され、平成21年11月6日に設定登録がなされたものである。
そして、本件無効審判請求に係る手続の経緯は、以下のとおりである。
平成28年3月10日 無効審判請求書提出
平成28年7月13日 回答書提出(請求人)
なお、平成28年3月30日付けで請求書副本の送付通知を行い、被請求人に対し、答弁を求めたが、答弁書は提出されなかった。また、平成28年6月30日付けで審尋を行い、請求人、及び被請求人に対し、回答を求めたが、被請求人から回答書は提出されなかった。


第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1ないしに記載された次のとおりのものである(以下、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明3」という。また、これらを総称して「本件特許発明」という。)。
「【請求項1】
オフセット印刷に用いられる湿し水を水舟と冷却装置との間および前記冷却装置と浄化処理装置との間でそれぞれ循環させ浄化処理する湿し水循環処理装置であって、
前記冷却装置と浄化処理装置との間で前記湿し水を循環させる循環路の途中に、
電気絶縁材からなる管状部材と、同管状部材の外周面に電気化学的電位の異なる2種の導電材からなる正極および負極とから構成され、外部電源を用いることなく電位差を生じさせ、前記湿し水を前記管状部材の流路内に流通させることによって、前記湿し水を介して前記正極および負極の導電結合を生じさせて前記湿し水の流れ方向と交差する方向に静電界を発生させ、前記湿し水および湿し水の溶解成分をイオン化させる自己電位差発生装置
を備えた湿し水循環処理装置。
【請求項2】
前記浄化処理装置は、ゼータ電位の吸着作用を利用した電位吸着フィルタ装置と、活性炭の吸着作用を利用した活性炭フィルタ装置とを備えたものであり、前記自己電位差発生装置が、前記電位吸着フィルタ装置および活性炭フィルタ装置よりも下流側に配置されたものである請求項1記載の湿し水循環処理装置。
【請求項3】
オフセット印刷に用いられる湿し水を水舟と冷却装置との間および前記冷却装置と浄化処理装置との間でそれぞれ循環させ浄化処理する湿し水循環処理方法であって、
前記冷却装置と浄化処理装置との間で前記湿し水を循環させる循環路の途中に備えられた電気絶縁材からなる管状部材と、同管状部材の外周面に電気化学的電位の異なる2種の導電材からなる正極および負極とから構成され、外部電源を用いることなく電位差を生じさせ、前記湿し水を前記管状部材の流路内に流通させることによって、前記湿し水を介して前記正極および負極の導電結合を生じさせる自己電位差発生装置により、前記湿し水に対し、前記湿し水および湿し水の溶解成分をイオン化させるために前記湿し水の流れ方向と交差する方向に静電界を印加することを特徴とする湿し水循環処理方法。」


第3 請求人の主張及び証拠方法
請求人は、「特許第4400792号発明の特許請求の範囲の請求項1乃至請求項3に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求めている。
また、無効理由の概要は以下の1、及び2のとおりであって、本件特許は無効とすべきである旨主張している。
1.本件特許発明1、及び3は、甲第1号証、及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、特許出願前に容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とすべきものである(以下「無効理由1」という。)。
2.本件特許発明3は、甲第1号証乃至甲第3号証に記載された発明に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、特許出願前に容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とすべきものである(以下「無効理由2」という。)。

また、上記無効理由を立証するための証拠方法は、以下のとおりである。
(証拠方法)
[書証]
甲第1号証:特開平9-239947号公報
甲第2号証:特許第3097813号公報
甲第3号証:特開2000-351193号公報
甲第4号証:特許第4400792号公報


第4 被請求人の主張及び証拠方法
被請求人は、上記無効理由に対する反論を何ら行わず、証拠も提出していない。


第5 主な各甲号証に記載されている事項
1.甲第1号証
甲第1号証には、以下のとおり記載されている(なお、下線は審決で付した。以下同じ。)。
(1)「【請求項5】 湿し水タンクに付設した水出し入れ系路中にアルミニウム製または内面をアルミニウムで被覆した管の周囲に複数の磁石を対向させてなる磁気処理装置と濾過器を介装した電解水を湿し水の原料とするオフセット印刷における湿し水循環系の濾過処理装置。」
(2)図5から、以下の事項が看取できる。
「オフセット印刷機の湿し水供給装置は、湿し水2を溜める水舟3と、水舟3に湿し水2を供給する湿し水タンク5とを有しており、
湿し水タンク5は、湿し水2を上記水舟3に送るための供給ポンプ7、湿し水2を冷却するための冷却機8等を有しており、
湿し水タンク5内の湿し水2は、供給ポンプ7により水舟3へと送られ、余剰の湿し水2は水舟3からオーバーフローし中継タンク9を経て湿し水タンク5に戻り、再び水舟3に供給ポンプ7で送られることになり、
水タンク5と水源との間に、該水源からの水である一次側補給水を電解により酸性イオン水及びアルカリ性イオン水とする電解槽10が介装され、該酸性イオン水及びアルカリ性イオン水はそれぞれ貯蔵タンク11に蓄えられ、該酸性イオン水及びアルカリ性イオン水のいずれかが上記湿し水タンク5に供給されるように構成し、
湿し水タンク5に付設の湿し水出し入れ系路が設けられており、湿し水出し入れ系路中に磁気処理装置を介装した湿し水供給装置。」

上記(1)、及び(2)の開示事項を総合すると、甲第1号証には、以下のとおりの発明が示されていると認められる(以下「甲第1号証発明」という。)。
「オフセット印刷機の湿し水供給装置は、湿し水2を溜める水舟3と、水舟3に湿し水2を供給する湿し水タンク5とを有しており、
湿し水タンク5は、湿し水2を上記水舟3に送るための供給ポンプ7、湿し水2を冷却するための冷却機8等を有しており、
湿し水タンク5内の湿し水2は、供給ポンプ7により水舟3へと送られ、余剰の湿し水2は水舟3からオーバーフローし中継タンク9を経て湿し水タンク5に戻り、再び水舟3に供給ポンプ7で送られることになり、
水タンク5と水源との間に、該水源からの水である一次側補給水を電解により酸性イオン水及びアルカリ性イオン水とする電解槽10が介装され、該酸性イオン水及びアルカリ性イオン水はそれぞれ貯蔵タンク11に蓄えられ、該酸性イオン水及びアルカリ性イオン水のいずれかが上記湿し水タンク5に供給されるように構成し、
湿し水タンク5に付設の湿し水出し入れ系路が設けられており、湿し水出し入れ系路中にアルミニウム製または内面をアルミニウムで被覆した管の周囲に複数の磁石を対向させてなる磁気処理装置と濾過器を介装した電解水を湿し水の原料とするオフセット印刷における湿し水循環系の濾過処理装置を備えた湿し水供給装置。」

2.甲第2号証
甲第2号証には、以下のとおり開示されている。
(1)「【請求項1】 外周面と液体通路となる内周面とを有する電気絶縁材からなる管状部材を液体管路に接続して該液体管路を流通する液体が該管状部材の該内周面側液体通路のみを流通するようにし、
該管状部材の該外周面に電気化学的電位の異なる2種の導電材からなる正極と負極とを配設することによって外部電源を用いることなく電位差を生じさせ、
導電性液体を該液体管路と電気絶縁性の該液体通路内に流通させることによって該液体を介して該両電極の導電結合を生じさせてなることを特徴とする外部電極を用いた液体の処理方法。」
(2)「【請求項2】 外周面と液体通路となる内周面とを有する電気絶縁材からなる管状部材と、正極と負極とを含み外部電源を用いることなく電位差を生じさせる自己電位差発生手段とからなり、該正極は導電材からなり該管状部材の外周に配設され、該負極は導電材からなり該管状部材の外周に配設され、該両電極の該導電材は異なった電気化学的電位を有し、処理される導電性液体が該液体通路を流通したときに、該導電性液体を介して該両電極の導電結合が生じるようにしてなることを特徴とする外部電極を用いた液体の処理装置。」
(3)「【0012】
【作用】内部に水などの流体が流通するプラスチックのような電気絶縁性物質からなる管状部材の外周部に電気化学的電位の異なる導電性物質からなる正極、例えばカーボン、と負極、例えばアルミニウム、とを配設することによって、内部を流通する水がイオン化され、優れた効果を奏する理由について検討すると、本発明者の考えるところによれば、水がプラスチックパイプを流れるときにその摩擦によって形成される静電気による影響が最も大きなものと思われる。即ち、プラスチックパイプと接触する水の摩擦によってプラスチックパイプの水と接触しない外表面に静電荷が生ずる。そして、この電荷はパイプの端部を除きパイプの外表面全体にほぼ均一に分布すると思われる。しかしながら、ほぼ均一に電荷が分布されたパイプの外表面に導電性部材を配設することは静電荷の均一な分布を妨げることになると考えられる。例えば、カーボン部材を静電電界中に置くと、カーボンは負の電子を吸着してカーボン部材の周りに正の電荷を多く分布させ、またアルミニウム部材を静電界中に置くと、アルミニウム部材はその周りに負の電荷を多く分布させることになる。アルミニウムはよく知られているように、電子を放出しやすく、この電子は静電界中に既に形成されている電子密度を高めることになる。これにより、例えば、プラスチックパイプの外周囲にアルミニウムとカーボンの電極を配設すると、負の電荷の密度の濃い電界部分と正の電荷の密度の濃い電界部分とが形成され、これらの電界は水が流れているパイプの中央部まで拡がり、水並びに水の溶解成分をイオン化することになるものと思われる。」

上記(1)、ないし(3)の開示事項を総合すると、甲第2号証には、以下のとおりの事項が示されていると認められる(以下「甲第2号証発明」という。)。
「外周面と液体通路となる内周面とを有する電気絶縁材からなる管状部材と、電気化学的電位の異なる2種の導電材からなる正極と負極とを含み外部電源を用いることなく電位差を生じさせる自己電位差発生手段とからなり、該正極は該管状部材の外周に配設され、該負極は該管状部材の外周に配設され、該両電極の該導電材は異なった電気化学的電位を有し、処理される導電性液体が該液体通路を流通したときに、該導電性液体を介して該両電極の導電結合が生じるようにしてなる外部電極を用いた液体の処理装置であって、
プラスチックのような電気絶縁性物質からなる管状部材の外周囲に負極、例えばアルミニウムと正極、例えばカーボンの電極を配設すると、負の電荷の密度の濃い電界部分と正の電荷の密度の濃い電界部分とが形成され、これらの電界は水が流れているパイプの中央部まで拡がり、水並びに水の溶解成分をイオン化する外部電極を用いた液体の処理装置。」

3.甲第3号証
甲第3号証には、以下のとおり開示されている。
(1)「【請求項1】 オフセット印刷に用いられる湿し水を循環させ浄化処理する湿し水循環処理装置であって、前記湿し水を循環させる循環路の途中に、ゼータ電位の吸着作用を利用した電位吸着フィルタ装置と、活性炭の吸着作用を利用した活性炭フィルタ装置とが備えられたことを特徴とする湿し水循環処理装置。」
(2)「【請求項2】 前記循環路の上流側に前記電位吸着フィルタ装置が、下流側に前記活性炭フィルタ装置がそれぞれ配置された請求項1記載の湿し水循環処理装置。」

上記(1)、及び(2)の開示事項を総合すると、甲第3号証には、以下のとおりの発明が示されていると認められる(以下「甲第3号証記載事項」という。)。
「オフセット印刷に用いられる湿し水を循環させ浄化処理する湿し水循環処理装置であって、前記湿し水を循環させる循環路の途中に、ゼータ電位の吸着作用を利用した電位吸着フィルタ装置と、活性炭の吸着作用を利用した活性炭フィルタ装置とが備えられ、
前記循環路の上流側に前記電位吸着フィルタ装置が、下流側に前記活性炭フィルタ装置がそれぞれ配置された湿し水循環処理装置。」


第6 当審の判断
1.無効理由1について
(1)本件特許発明1について
ア.対比
本件特許発明1と甲第1号証発明とを対比すると、
後者における「湿し水2」は、その構造、機能、作用等からみて、前者における「湿し水」に相当し、以下同様に、「水舟3」は「水舟」に、「濾過器」は「浄化処理装置」に、それぞれ相当する。
また、後者における「湿し水タンク5」は、冷却機8を有しているから、前者の「冷却装置」に相当する。
また、後者における「オフセット印刷機の湿し水供給装置」は、湿し水タンク5内の湿し水2を、供給ポンプ7により水舟3へ送り、余剰の湿し水2を水舟3からオーバーフローさせて中継タンク9を経て湿し水タンク5に戻るようにし、再び水舟3に供給ポンプ7で送り、また湿し水タンク5には、湿し水出し入れ系路が設けられており、湿し水出し入れ系路中にオフセット印刷における湿し水循環系の濾過処理装置を備えているから、「オフセット印刷に用いられる湿し水2(湿し水)を水舟3(水舟)と湿し水タンク5(冷却装置)との間および前記湿し水タンク5(冷却装置)と濾過器(浄化処理装置)との間でそれぞれ循環させ浄化処理する湿し水循環処理装置といえる。
また、後者においては、湿し水タンク5に付設の湿し水出し入れ系路が設けられており、湿し水出し入れ系路中にアルミニウム製または内面をアルミニウムで被覆した管の周囲に複数の磁石を対向させてなる磁気処理装置と濾過器を介装した電解水を湿し水の原料とするオフセット印刷における湿し水循環系の濾過処理装置を備えているから、「湿し水タンク5(冷却装置)と濾過器(浄化処理装置)との間で湿し水2(湿し水)を循環させる循環路の途中に、磁気処理装置を備えている」といえる。
また、後者における「磁気処理装置」と前者における「自己電位差発生装置」とは、「液体処理装置」との概念で共通する。
したがって、両者は、
「オフセット印刷に用いられる湿し水を水舟と冷却装置との間および前記冷却装置と浄化処理装置との間でそれぞれ循環させ浄化処理する湿し水循環処理装置であって、
前記冷却装置と浄化処理装置との間で前記湿し水を循環させる循環路の途中に、
液体処理装置
を備えた湿し水循環処理装置。」
の点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点]
液体処理装置に関して、本件特許発明1は、「電気絶縁材からなる管状部材と、同管状部材の外周面に電気化学的電位の異なる2種の導電材からなる正極および負極とから構成され、外部電源を用いることなく電位差を生じさせ、湿し水を前記管状部材の流路内に流通させることによって、前記湿し水を介して前記正極および負極の導電結合を生じさせて前記湿し水の流れ方向と交差する方向に静電界を発生させ、前記湿し水および湿し水の溶解成分をイオン化させる自己電位差発生装置」であるのに対し、甲第1号証発明は、アルミニウム製または内面をアルミニウムで被覆した管の周囲に複数の磁石を対向させてなる磁気処理装置である点。

イ.判断
上記相違点について以下検討する。
甲第2号証発明は、上記「第5 2.」のとおりであって、甲第2号証発明における「液体の処理装置」は、本件特許発明1における「自己電位差発生装置」に、相当する。
また、後者における「湿し水」と前者における「水」とは、「水」との概念で共通する。
また、後者における「液体の処理装置」は、プラスチックのような電気絶縁性物質からなる管状部材の外周囲に負極、例えばアルミニウムと正極、例えばカーボンの電極を配設すると、負の電荷の密度の濃い電界部分と正の電荷の密度の濃い電界部分とが形成され、これらの電界は水が流れているパイプの中央部まで拡がり、水並びに水の溶解成分をイオン化するから、「水を介して正極および負極の導電結合を生じさせて前記水の流れ方向と交差する方向に静電界を発生させ、前記水および水の溶解成分をイオン化させている」といえる。
してみると、甲第2号証発明は、上記相違点に係る本件特許発明1の「電気絶縁材からなる管状部材と、同管状部材の外周面に電気化学的電位の異なる2種の導電材からなる正極および負極とから構成され、外部電源を用いることなく電位差を生じさせ、水を前記管状部材の流路内に流通させることによって、前記水を介して前記正極および負極の導電結合を生じさせて前記水の流れ方向と交差する方向に静電界を発生させ、前記水および水の溶解成分をイオン化させる自己電位差発生装置」との発明特定事項を備えている。
次に、甲第1、及び2号証発明の課題、及び作用・機能について、検討する。
甲第1号証の「叙上の如く酸性水の浄化等に利点を有する電解水を湿し水の原料とする方式であるが、その優位を永く持続することはできない。何故ならば、印刷を継続している間に水舟3と湿し水タンク5との間の湿し水2循環系に版胴1に付着したインクや紙粉が混入する他、雑菌が繁殖して湿し水2を汚濁し、この湿し水2に混入した異物が版胴1に付着して画像の汚れが発生するからである。この異物除去は既述の如く簡易フィルターに由るだけなので、この汚れは阻止できないのが実情である。」(段落【0011】)、「本発明は、上述の問題点に鑑みなされたもので、その目的とするところは、湿し水循環系に混入した異物を有効に捕集除去し得、長期にわたって画像の汚れを防ぐことができる電解水を湿し水の原料とするオフセット印刷方式を実現することを目的とする。」(段落【0012】)、「湿し水タンクから取り出された一定の流速を確保し得る(水舟から湿し水タンクに向かう少量水には不可能)湿し水に磁気処理が加えられると電気分解作用が生じ、イオンを核とした異物の凝集が促進される。またアルミニウム製の管とこのアルミニウム製の管の周囲に対向せしめて配設した複数の磁石から構成した磁気処理装置を介して行なうと、磁力により起電力が発生し、該アルミニウム製の管の表面からアルミニウムイオンが溶射され水と反応して水酸化アルミニウムとなり、湿し水に含まれる紙粉やインク等の異物を吸着する。単なる上記の磁気処理作用に加えて、上記吸着作用も働らく。」(段落【0016】)、「しかして、一定の流速のもと濾過器を経て湿し水タンクに戻される水の異物除去効果は著しく高まり、湿し水タンク中の湿し水は高い清浄度を維持することができる。」(段落【0018】)、及び「水酸化アルミニウムは紙粉やインク等の異物を容易に吸着し、また、比較的大きな塊となり易いので湿し水2が濾過器18を通過する際に該水酸化アルミニウムは異物と共に容易に除去され、濾過された湿し水2が湿し水タンク5に戻る。・・・」(段落【0022】)との記載からみて、甲第1号証発明は、湿し水循環系に混入したインクや紙粉といった異物を有効に捕集除去し得、長期にわたって画像の汚れを防ぐことを課題とし、また甲第1号証発明の磁気処理装置により、アルミニウム製または内面をアルミニウムで被覆した管の表面からアルミニウムイオンが溶射され水と反応して水酸化アルミニウムとなり、湿し水に含まれる紙粉やインク等の異物を吸着して、比較的大きな塊となって、濾過器において容易に除去できるという作用・機能を有するものである。
また、甲第2号証には、「本発明は上記の問題点を解決するもので、その目的は両電極が流体の流れを阻害したりまた流体と物理的に接触したりすることがないようにし、電極が流体によって摩耗されたり腐食されることのない自己起電式流体処理方法並びに装置を提供するにある。」(段落【0008】)、「上記の目的を達成するため、本発明の流体処理方法並びに装置によれば、正極並びに負極が電気絶縁材からなる管状部材の外周面に配設され、非処理流体が前記管状部材の内部に流通せられ、上記電極と物理的に接触されないようになっている。この管状部材には厚い壁体を持たせたり、また流体の流れが乱れることがないように滑らかにして直線的な流路を画成することができる。このようにして装置に対する摩滅を最小に減少させて装置の作動寿命を延長することができる。」、及び「・・・本発明は水の流通システム中においてカルシウム及びあるいはマグネシウムの成長を阻止するための水処理方法並びに装置として説明したが・・・」(段落【0035】)との記載からみて、甲第2号証発明は、流体の流通システム中におけるカルシウムやマグネシウムの成長を阻止すること、及び両電極が、流体の流れを阻害したりまた流体と物理的に接触したりすることがないようにして電極が流体によって摩耗されたり腐食されることのないことを課題とし、また甲第2号証発明の液体の処理装置により、管状部材内を流れる流体と電極とを物理的に接触されないようにして、装置に対する摩滅を最小に減少させて装置の作動寿命を延長する、及び流体の流通システム中におけるカルシウム及びあるいはマグネシウムの成長を阻止するという作用・機能を有するものである。
してみると、甲第1号証発明の課題、及び作用・機能と甲第2号証発明の課題、及び作用・機能とは、共通するものではない。
また、仮に、甲第1号証発明の磁気処理装置に甲第2号証発明の液体の処理装置を適用すると、湿し水に溶解されたカルシウムやマグネシウムをイオン化することはできるが、甲第2号証発明の液体の処理装置の管状部材は、プラスチックのような電気絶縁性の物質からなるから、管状部材の表面からアルミニウムイオンが溶射することはできず、当然水と反応して水酸化アルミニウムを生成することはできないから、インクや紙粉といった異物を吸着して比較的大きな塊となって、濾過器において容易に除去することはできない。
してみると、甲第1号証発明に甲第2号証発明を適用すると、甲第1号証発明の上記の課題を解決することはできないし、また上記の作用・機能を奏することもできない。
したがって、甲第1号証発明に甲第2号証記載事項を適用する動機付けをすることはできない。
よって、甲第1号証発明において、甲第2号証記載事項を適用することにより、相違点に係る本件特許発明1の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得るものではない。
また、上記相違点に係る本件特許発明1の発明特定事項が、当業者にとって設計事項であるとする根拠もない。
そして、甲第1号証発明において、他に相違点に係る本件特許発明1の発明特定事項を備えるものとなすことを、当業者が容易に想到し得たといえる根拠も見当たらない。
なお、甲第3号証発明は、上記「第5 3.」のとおりであって、上記相違点に係る本件特許発明1の発明特定事項を備えるものではない。
以上のとおりであるから、甲第1号証発明において、上記相違点に係る本件特許発明1の発明特定事項を備えるものとすることについて、当業者が容易に想到し得るものではない。

ウ.小括
よって、甲第1号証発明において、上記相違点に係る本件特許発明1の発明特定事項を備えるものとすることが、当業者にとって容易に想到し得るものではないから、本件特許発明1についての特許は、無効理由1により無効とすることはできない。

(2)本件特許発明3について
ア.本件特許発明1は、湿し水循環処理装置であるのに対して、本件特許発明3は、湿し水循環処理方法であって、両者のカテゴリーは相違するものではあるが、両者に特定されている発明特定事項は、実質的に相違するものではない。
また、甲第1号証発明には、実質的に湿し水供給方法、つまり湿し水循環処理方法が示されているといえる。
してみると、上記「(1)」のとおり、本件特許発明1は、当業者にとって容易に発明することができたものとはいえないのであるから、同様に本件特許発明3は、当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

イ.小括
したがって、本件特許発明3についての特許は、無効理由1により無効とすることはできない。

2.無効理由2について
ア.本件特許発明2は、本件特許発明1の発明特定事項をその発明特定事項の一部とするものであって、上記「1.(1)」のとおり、本件特許発明1は、当業者にとって容易に発明することができたものとはいえないのであるから、同様に本件特許発明2は、当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

イ.小括
したがって、本件特許発明2についての特許は、無効理由2により無効とすることはできない。


第7 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件特許発明1ないし3についての特許を無効にすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-08-03 
結審通知日 2016-08-09 
審決日 2016-08-23 
出願番号 特願2005-113624(P2005-113624)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (B41F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 國田 正久  
特許庁審判長 吉村 尚
特許庁審判官 黒瀬 雅一
畑井 順一
登録日 2009-11-06 
登録番号 特許第4400792号(P4400792)
発明の名称 湿し水循環処理装置および湿し水循環処理方法  
代理人 有吉 修一朗  
代理人 大久保 秀人  
代理人 筒井 宣圭  

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