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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1320154
審判番号 不服2014-24302  
総通号数 203 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-11-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-11-28 
確定日 2016-10-05 
事件の表示 特願2011-516743「経皮送達」拒絶査定不服審判事件〔平成21年12月30日国際公開、WO2009/158687、平成23年10月6日国内公表、特表2011-526302〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成21年6月26日(パリ条約による優先権主張:2008年6月26日(US)アメリカ合衆国)を国際出願とする特許出願であって、平成24年6月25日に手続補正書が提出され、平成25年10月4日付けで拒絶理由が通知され、平成26年4月8日に意見書及び手続補正書が提出され、同年7月24日付けで拒絶査定され、同年11月28日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、平成27年2月23日付けで前置審査の結果が報告されたものである。

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成26年11月28日付け手続補正書による補正を却下する。

[理由]
1.補正の内容
平成26年11月28日付け手続補正書による補正(以下、「本件補正」という。)は、特許法第17条の2第1項ただし書第4号に掲げる場合の補正であって、特許請求の範囲についてする補正であるところ、本件補正前の請求項1の
「皮膚の真皮レベルに関連する障害の少なくとも1つの症状を減少させる際に使用するためのナノエマルションであって、ここで、該ナノエマルションは、粒子の集団を含み、該粒子の50%より多くは、10から300ナノメートルの直径を有し、該ナノエマルションは、油、界面活性物質および少なくとも1つの治療薬を含み、該油および界面活性物質が、0.5?2.0に及ぶ比で存在し、該皮膚の真皮レベルに関連する障害が、ざ瘡、臭汗症、色汗症、酒さ、抜け毛、乾癬、光線性角化症、湿疹性皮膚炎、皮脂過剰生成障害、レイノー現象、エリテマトーデス、色素沈着過剰障害、色素脱失障害、皮膚癌および/または真皮の感染症である、ナノエマルション。」
を、
「皮膚の真皮レベルに関連する障害の少なくとも1つの症状を減少させる際に使用するためのナノエマルションであって、ここで、該ナノエマルションは、粒子の集団を含み、該粒子の50%より多くは、10から300ナノメートルの直径を有し、該ナノエマルションは、油、界面活性物質および少なくとも1つの治療薬を含み、該油および界面活性物質が、0.5?2.0に及ぶ比で存在し、該皮膚の真皮レベルに関連する傷害が、ざ瘡であり、該少なくとも1つの治療薬が、ボツリヌス毒素を含む、ナノエマルション。」
とする補正(以下、「補正事項1」という。)を含むものである。

2.本件補正の適否
(1)本件補正の目的について
補正事項1は、「該皮膚の真皮レベルに関連する障害」について、「ざ瘡、臭汗症、色汗症、酒さ、抜け毛、乾癬、光線性角化症、湿疹性皮膚炎、皮脂過剰生成障害、レイノー現象、エリテマトーデス、色素沈着過剰障害、色素脱失障害、皮膚癌および/または真皮の感染症」から「ざ瘡」に限定するとともに、「少なくとも1つの治療薬」を「ボツリヌス毒素を含む」ものに限定するものである。
この補正事項1は、請求項に記載した発明特定事項を限定するものであって、本件補正の前後で請求項1に記載された発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一であるから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(2)独立特許要件について
上記のとおり、補正事項1は特許法第17条の2第5項第2号の場合に該当するので、次に、補正事項1により請求項1に係る発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるか否か(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項に規定する要件の充足性)について検討する。

ア.本件補正後の請求項1に係る発明
本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「補正発明」という。)は、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次に記載のものである。
「皮膚の真皮レベルに関連する障害の少なくとも1つの症状を減少させる際に使用するためのナノエマルションであって、ここで、該ナノエマルションは、粒子の集団を含み、該粒子の50%より多くは、10から300ナノメートルの直径を有し、該ナノエマルションは、油、界面活性物質および少なくとも1つの治療薬を含み、該油および界面活性物質が、0.5?2.0に及ぶ比で存在し、該皮膚の真皮レベルに関連する障害が、ざ瘡であり、該少なくとも1つの治療薬が、ボツリヌス毒素を含む、ナノエマルション。」

イ.引用する文献及びその記載事項
本願の出願前(優先日前)に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった国際公開第2008/045107号(原査定の引用文献1である。以下、「引用文献1」という。)には、次の事項が記載されている。(なお、引用文献1は英語で記載されているところ、その訳文として特表2009-518307号公報の記載を援用する。)

a.「1. 粒子の集団を含むナノエマルジョンであって、粒子の大部分が約10ナノメートルから約300ナノメートルの直径を有し、かつ該ナノエマルジョンが少なくとも1つのボツリヌス毒素を含む、ナノエマルジョン。
……
8. 粒子の集団が300nmを超える直径を有する粒子を実質的に含まない、請求項1記載のナノエマルジョン。
……
93. 皮膚透過促進剤または研磨剤の使用なしに皮膚の最上層を透過できる、請求項1記載のナノエマルジョン。
94. 皮膚の最上層が角質層の表面である、請求項93記載のナノエマルジョン。
95. 皮膚の最上層が皮膚小孔を含む、請求項93記載のナノエマルジョン。
96. 皮膚の最上層が皮脂腺を含む、請求項93記載のナノエマルジョン。
……
113. 油および界面活性剤を含む、請求項1記載のナノエマルジョン。
114. 油と界面活性剤が0.5?2.0の範囲の比率で存在する、請求項113記載のナノエマルジョン。
……
150. 請求項1、21、31、または41記載のナノエマルジョンのいずれか1つを含む薬学的組成物。
151. クリーム、ローション、ジェル、軟膏、スプレー、粉末、皮膚軟化剤、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される、請求項150記載の組成物。
……
174. 以下の段階を含む、ボツリヌス毒素を被験体へ経皮的に投与する方法:
(a)以下を提供する段階:
(i)被験体;
(ii)請求項1、21、31、または41のいずれか一項記載のナノエマルジョンを含む組成物;および
(b)組成物を被験体の皮膚に投与する段階。」(61?79頁のクレーム:公表公報の特許請求の範囲)

b.「背景
[0002] ボツリヌス毒素は、様々な皮膚状態および障害を処置するために化粧品の皮膚科学において用いられている。例えば、ボツリヌス毒素は、しわ(例えば、運動過剰性の顔のしわの線)、広頚筋帯、デコルテ帯、多汗症、および特定の神経筋障害を処置するために用いられている。典型的には、ボツリヌス毒素は、対象となる部位へ(すなわち、しわまたは帯形成の原因である関連筋群へ、汗腺を含む皮膚へなど)の注射により送達される。」(公表公報の【0002】)

c.「発明の概要
[0005] 本発明は、ボツリヌス毒素を含むナノ粒子組成物(例えば、ナノエマルジョン)を提供する。そのような組成物は、例えば、様々な化粧品および医療の適用に、有用である。本発明のいくつかの態様において、ボツリヌス菌ナノ粒子組成物は、しわを伸ばすために利用される。本発明のいくつかの態様において、ボツリヌス菌ナノ粒子組成物は、多汗症を処置するために利用される。本発明のいくつかの態様において、ボツリヌス菌ナノ粒子組成物は、筋拘縮症および/または活動亢進を処置するために利用される。本発明のボツリヌス菌ナノ粒子組成物の他の使用は、本明細書に記載されている、および/または当業者にとって明らかであると思われる。
……
[0007] 本発明のボツリヌス菌ナノ粒子組成物は、限定されるわけではないが、経皮的および注射(例えば、静脈、皮下、または筋内注射)によることを含む任意の利用可能な手段により投与されうる。本発明は、特定のボツリヌス菌ナノ粒子組成物が、皮膚の構造を変化させる、または変更することなく、経皮的に送達されうるという所見を含む。例えば、研磨剤、または皮膚の表層を腐食するもしくは崩壊させる作用物質は、本発明によるボツリヌス毒素の経皮的送達を達成するのに必要とされない。従って、多くの態様において、ボツリヌス毒素の経皮的送達は、皮膚への有意な刺激なしに達成される。
[0008] 本発明により、経皮的送達は、様々な形式のいずれかで達成されうる。いくつかの態様において、本発明のボツリヌス菌ナノ粒子組成物は、クリーム内に組み入れられ、ボツリヌス毒素は、クリームの皮膚への塗布により被験体に投与される。いくつかの態様において、本発明のボツリヌス菌ナノ粒子組成物は、経皮パッチ内に組み入れられ、ボツリヌス毒素はパッチから被験体へ投与される。」(公表公報の【0005】?【0008】)

d.「[00069] 本発明はさらに、ボツリヌス毒素が、現在投与されている自由溶液と比較した場合、皮膚を透過する能力が改善している、ボツリヌス毒素ナノ粒子組成物(例えば、ナノエマルジョン)を提供する。例えば、本発明によるマイクロ流動化ナノエマルジョン内に組み入れられたボツリヌス毒素は、そのような自由溶液と比較した場合、膜透過性が改善している。一つの態様において、投与と細胞内蓄積の間の最小時間は、結果として、効力の向上および副作用の減少を示す投与方法を生じる。
[00070] さらに、本明細書に実証されているように、本発明は、ボツリヌス毒素が、皮膚構造の変化または崩壊を必要とすることなく皮膚を渡ることができる、ボツリヌス毒素ナノ粒子組成物を提供する。例えば、生物活性物質の経皮投与のための市販されているテクノロジーは、伝統的に、皮膚の少なくとも外層の化学的、物理的、電気的、または他の崩壊を必要とする。そのような崩壊は、刺激、望ましくない医学的副作用、および/または好ましくない審美的結果を引き起こしうる。本発明は、皮膚に投与された場合、有意もしくは顕著には、皮膚を刺激しない、および/または角質層を腐食しない、かつそれにもかかわらず、ボツリヌス毒素が皮膚を透過してその生物学的効果を生じるのを可能にする、ボツリヌス毒素ナノ粒子組成物を提供する。」(公表公報の【0066】?【0067】)

e.「[000132] 本発明は、改善されたボツリヌス毒素組成物(例えば、ボツリヌス毒素ナノ粒子組成物)を提供し、さらに、ボツリヌス毒素を送達する改善された方法を提供する。特に、本発明は、ボツリヌス菌ナノ粒子組成物を送達する(任意の利用可能な経路により)方法を提供し、さらに、注射以外の経路によりボツリヌス毒素を送達する方法を提供する。」(公表公報の【0129】)

f.「[000141] 本発明は、とりわけ、研磨剤または他の破壊剤(化学的、機械的、電気的、磁気的などにかかわらず)の使用を必要としないボツリヌス毒素を経皮的に投与する方法を提供する。それどころか、本発明者らは、驚くべきことに、本発明のナノ粒子組成物へ組み入れられたボツリヌス毒素が、角質層を透過処理する、または崩壊させるためのさらなる段階なしに、効果的に経皮送達されることを見出している。そのような作用物質または段階の、本発明のボツリヌス菌ナノ粒子組成物との使用は、必ずしも本発明の全態様において排除されるわけではないが、必要とはされない。
[000142] 本発明は、それゆえに、本発明のボツリヌス菌ナノ粒子組成物の局所適用を通してボツリヌス毒素を投与する方法を提供する。いくつかの態様において、本発明のボツリヌス菌ナノ粒子組成物は、皮膚へ直接、かつ表皮層を通しての吸収のために、適用される。いくつかの態様において、ボツリヌス菌ナノ粒子組成物は、化学的もしくは機械的皮膚透過促進剤または表皮剥脱を引き起こす他の作用物質の使用なしに、角質層、皮層小孔、および/または皮腺を含む皮膚の最上層を透過することができる。」(公表公報の【0138】?【0139】)

ウ.引用文献1に記載の発明
摘示b?fの記載を踏まえれば、摘示aの記載から、引用文献1には、
「経皮的に投与するために用いる、粒子の集団を含むナノエマルジョンであって、粒子の大部分が約10ナノメートルから約300ナノメートルの直径を有し、かつ該ナノエマルジョンが少なくとも1つのボツリヌス毒素を含み、さらに油および界面活性剤を含み、油と界面活性剤が0.5?2.0の範囲の比率で存在する、ナノエマルジョン。」
に係る発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

エ.対比
補正発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「粒子の大部分が約10ナノメートルから約300ナノメートルの直径を有し」は、請求項8の「粒子の集団が300nmを超える直径を有する粒子を実質的に含まない」との記載を踏まえると、補正発明の「粒子の50%より多くは、10から300ナノメートルの直径を有し」に相当するものと言える。
なお、ナノエマルジョンとナノエマルションは同義である。
そうすると、両者は、
「ナノエマルションであって、ここで、該ナノエマルションは、粒子の集団を含み、該粒子の50%より多くは、10から300ナノメートルの直径を有し、該ナノエマルションは、油、界面活性物質および少なくとも1つの治療剤を含み、該油および界面活性物質が、0.5?2.0に及ぶ比で存在し、該少なくとも1つの治療薬が、ボツリヌス毒素を含む、ナノエマルション。」
の点で一致し、次の点で相違している。

相違点1:
ナノエマルションについて、補正発明が「皮膚の真皮レベルに関連する障害の少なくとも1つの症状を減少させる際に使用するため」のものであって、「該皮膚の真皮レベルに関連する障害が、ざ瘡」であると特定しているのに対し、引用発明では、「経皮的に投与するために用いる」と特定しているにすぎない点

オ.相違点についての判断
上記相違点1について検討する。
補正発明のエマルションは、「皮膚の真皮レベルに関連する障害の少なくとも1つの症状を減少させる際に使用するため」のものとしているが、「該皮膚の真皮レベルに関連する障害が、ざ瘡」であることから、結局、補正発明のエマルションは、ざ瘡の少なくとも1つの症状を減少させる際に使用するためのものである。

ところで、本願出願前(優先日前)に頒布された刊行物である特表2004-538310号公報には、次の記載がある。
「【請求項1】
にきびを発症し易い被験者のにきび形成を抑制するための方法であって、該被験者の皮膚の一ヶ所以上に、ボツリヌス毒素Aの有効量を提供することを含む方法。
……
【請求項4】
前記ボツリヌス毒素Aの提供は、ボツリヌス毒素Aを含む組成物を皮膚の敏感領域に局所適用することを含む請求項1に記載の方法。
……
【請求項13】
にきびを発症し易い被験者のにきび形成を抑制するための方法であって、該被験者の皮膚の一ヶ所以上に、ボツリヌス毒素の有効量を提供することを含む方法。
……
【請求項16】
前記ボツリヌス毒素の提供は、ボツリヌス毒素を含む組成物を皮膚の敏感領域に局所適用することを含む請求項13に記載の方法。」(特許請求の範囲)
「【技術分野】
【0001】
本発明は、にきび(ざ瘡)(……)を治療または防止するための方法に関し、より詳細には、にきびの治療または防止にボツリヌス毒素を使用することに関する。」
「【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明者らは、にきびに繋がる段階的な連続反応を抑制するために、ボツリヌス毒素を使用し得ることを見い出した。ボツリヌス毒素Aによる予備試験の結果は劇的なものであった。この理論に束縛されることなく、ボツリヌス毒素は、副交感神経効果を介して、汗腺の活動を抑制し、ケラチン合成細胞の移動(……)を刺激することにより、このような結果を達成するものと想定される。関連する抗炎症効果および坑男性ホルモン効果もまた寄与し得る。治療は、必要に応じて、一般的には約3ヶ月?約6ヶ月の期間を置いて繰り返されて、にきびの再発が抑制される。
【0026】
この理論に束縛されることなく、ボツリヌス毒素は、少なくとも3つの経路によりにきびの形成を抑制するものと思われる。第一に、ボツリヌス毒素は、汗腺による汗の生成を抑制する。減少した発汗はざ瘡桿菌を減少させるため、にきびを臨床的に改善し得る。従って、ボツリヌス毒素が発汗を減少させる能力は、にきびを減少させること繋がる。第二に、ケラチン形成細胞による濾胞の閉塞は、にきびに繋がる様々な道筋の各々における最終的な通常経路である。ケラチン形成細胞の移動は、ニコチン性アセチルコリン受容体の高い投与量による刺激により抑制される。ボツリヌス毒素は、アセチルコリンの放出を抑制することにより、間接的にケラチン形成細胞の移動を増加させて、濾胞の閉塞を減少させる。第三に、思春期における男性ホルモンの増加は、にきびの煽動物として知られ、研究により男性ホルモンは、アセチルコリン受容体の数を増加させることが明らかとなった。興味深いことに、男性ホルモン受容体は、毛嚢脂腺管のケラチン形成細胞上に存在し、このことは濾胞の閉塞にとって重要である。従って、思春期において、男性ホルモンが毛嚢脂腺のケラチン形成細胞上のアセチルコリン受容体数を増加させて、増加されたアセチルコリン刺激により、ケラチン形成細胞の移動がさらに抑制されるものと思われる。ボツリヌス毒素は、アセチルコリンの放出を抑制することにより、毛嚢脂腺のケラチン形成細胞上のアセチルコリン受容体数を減少させて、アセチルコリン刺激を低下させることにより、ケラチン形成細胞の移動を増大させる。さらに、ボツリヌス毒素は、抗炎症効果を有し得る。」
「【0041】
……
実施例10 投薬量および毒性
……
【0044】
これに代わって、ボツリヌス毒素は、局所または経皮クリーム、ジェル、軟膏、ローション、エアロゾルまたはスプレー、パウダー、ペースト、固定包帯または他の局所投与もしくは経皮投与として皮膚に塗布されて、同様の臨床的効果を供与することも可能である。ボツリヌス毒素の表面適用は、特に、面皰性にきび、即ちにきびの非炎症部の改善を助け、局所適用は、吸収の増加を助長し得る。……。局所賦形剤は、当該技術分野において局所投薬に使用される他の成分、例えばバニシング(……)賦形剤、皮膚軟化剤、緩和薬、化学的担体(例、DMSO)、および公知の緩衝剤等を含んでいてもよい。活性成分の一般的な濃度は、吸収率と毒素の抗原型に従って、1mL当たり5?200Uのオーダーであり得る。概して、濃度は、投与の有効率が、ボツリヌス毒素の注射の有効量と等価であるように調整される必要がある。……。局所投与された物質は、汗腺および皮脂腺に達して臨床的効果を与えることが知られている(他の病状を治療するために他の化合物を使用した場合でも)。……」
「【0045】
……
実施例11、12
2人のにきび患者について、ボツリヌス毒素Aを局所適用する予備治験を行った。局所治療によく反応するにきび型を確認するために、さらなる大規模局所適用治験を行った。この局所治療では、ボツリヌス毒素Aを、溶媒0.5mLにつき100ユニットの濃度に再構成した。背部中央の治療では、溶媒は、中性点眼薬としてのポリビニルアルコールの1.4%水溶液を使用し、背部左側の治療では、溶媒は、保存料を含有しない整理食塩水を使用した。溶液の0.2mL、即ち40U部分を、6cm×4cmの範囲に塗布し、障害を避けるためにTegaderm(登録商標)を4時間貼付した。結果を以下に示す。
【0046】
……
これらのデータは、ボツリヌス毒素の局所適用後、にきびが改善に向かう潜在的な上昇傾向を示している。さらなる試験が現在継続中である。これらの局所適用において、最初の実験の患者数は少ないため、現時点での統計的分析は殆ど意味をなさないであろう。にきび治療のためのボツリヌス毒素の局所適用は、適用の容易性、皮膚の硬い結合部の炎症または別の分裂を有する患部領域に直接提供する容易性とから、最終的には、望ましい適用方法となるであろう。」

また、本願出願前(優先日前)に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった国際公開第2006/094263には、次の記載がある。(なお、この文献は英語で記載されているところ、その訳文として特表2008-531732号公報の記載を援用する。)
「1. ボツリヌス毒素と、
正に荷電した骨格と、
分散剤、オリゴ架橋及びポリアニオン架橋からなる群から選択される少なくとも1種と
を含む製剤であって、ボツリヌス毒素が、正に荷電した骨格と非共有結合性の複合体を形成している製剤。」(66頁のクレーム:公表公報の特許請求の範囲の請求項1)
「[00022] ……。さらに本発明は、有効量のそのような組成物を、そのような治療を必要とする対象又は患者の、好ましくは、皮膚に局所塗布することによって、筋肉の麻痺、分泌過多若しくは発汗の軽減、神経性疼痛若しくは偏頭痛の治療、筋痙攣の軽減、ざ瘡の予防若しくは軽減、又は免疫応答の低下若しくは増強等、生物学的効果を生じさせる方法にも関する。また、本発明は、例えば、ボツリヌス毒素を、顔面の筋肉に注射する代わりに、顔面に局所塗布することによって、美観的又は美容的な効果を生じさせる方法にも関する。」(公表公報の【0022】)
「[00065] 本明細書に記載の組成物を使用して、ボツリヌス毒素を、皮膚の下にある筋肉又は皮膚内の腺構造に、有効量で送達して、麻痺を起こすこと、弛緩を起こすこと、収縮を軽減すること、痙攣を予防若しくは軽減すること、腺分泌を減少させること又はその他の所望の効果をもたらすことができる。このようなボツリヌス毒素の局所送達によって、用量を減らすこと、毒性を低下させること、及び注射用又は埋め込み用の材料に比べ、所望の効果を得るためのより正確な用量の最適化が可能となるであろう。
[00066] 本発明の組成物は、有効量のボツリヌス毒素を投与するように塗布される。本明細書で使用する「有効量」という用語は、所望の筋肉の麻痺又はその他の生物学的若しくは美観的効果をもたらすのに十分であるが、言うまでもなく安全な量、即ち重大な副作用を避けるのに十分なだけ低い、上で定義したボツリヌス毒素の量を意味する。……。本発明の組成物は、単回投与治療として塗布するために適当な有効量のボツリヌス毒素を含むことができ、又は、投与の場所で希釈するため、若しくは複数回塗布で使用するために、より濃縮することができる。本発明の正に荷電した担体の使用により、ボツリヌス毒素は、望ましくない顔筋若しくはその他の筋肉の痙攣等の状態、多汗症、ざ瘡、又は筋肉の痛み若しくは痙攣の軽減が望まれる体内のその他の場所の状態を治療するために、対象に経皮投与することができる。ボツリヌス毒素は、筋肉に又は他の皮膚関連構造に経皮送達するために局所投与される。例えば、脚、肩、背中(腰背部を含む)、腋窩、手掌、足、頚部、鼠径部、手及び足の甲、肘、上腕、膝、太腿、殿部、胴、骨盤、又はボツリヌス毒素の投与が望まれる任意の他の身体部分に投与を行うことができる。
[00067] また、本発明のボツリヌス毒素の製剤を投与して、その他の状態を治療することもでき、例として、神経性疼痛の治療、偏頭痛若しくはその他の頭痛の予防若しくは軽減、ざ瘡の予防若しくは軽減、(主観的若しくは臨床的な)ジストニア若しくはジストニア性の収縮の予防若しくは軽減、主観的若しくは臨床的な多汗症に伴う症状の予防若しくは軽減、分泌過多若しくは発汗の軽減、免疫応答の低下若しくは増強、又は注射によるボツリヌス毒素の投与が示唆若しくは実施されてきているその他の状態の治療が挙げられる。」(公表公報の【0047】?【0049】)

上記文献の記載からみて、ボツリヌス毒素を、ざ瘡(にきび)の治療、改善のために経皮投与することは、本願前(優先日前)における周知の技術として把握することができる。
そうすると、引用発明の経皮的に投与するために用いる「ボツリヌス毒素を含むナノエマルション」を、ざ瘡の症状を減少させる際に使用することは、当業者が容易に想到し得ることである。

そして、本願明細書の詳細な説明の実施例5(ざ瘡を処置するためのボツリヌスナノ粒子組成物:【0436】?【0442】)の記載をみても、ボツリヌス毒素の皮膚への塗布によりざ瘡が改善されたことを示す程度のことであって、上記したとおりざ瘡の改善が本願出願前(優先日前)におけるボツリヌス毒素の周知の用途であることに鑑みれば、補正発明が奏する効果が格別予想外のものということもできない。

カ.むすび
したがって、補正発明は、当業者が引用例に記載の発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。

3.むすび
以上のとおりであるから、本件手続補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法126条第7項の規定に違反するものであり、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1.本願発明
上記したとおり、平成26年11月28日付け手続補正書による補正は却下されたので、本願の請求項1?38に係る発明は、平成26年4月8日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?38に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。
「皮膚の真皮レベルに関連する障害の少なくとも1つの症状を減少させる際に使用するためのナノエマルションであって、ここで、該ナノエマルションは、粒子の集団を含み、該粒子の50%より多くは、10から300ナノメートルの直径を有し、該ナノエマルションは、油、界面活性物質および少なくとも1つの治療薬を含み、該油および界面活性物質が、0.5?2.0に及ぶ比で存在し、該皮膚の真皮レベルに関連する障害が、ざ瘡、臭汗症、色汗症、酒さ、抜け毛、乾癬、光線性角化症、湿疹性皮膚炎、皮脂過剰生成障害、レイノー現象、エリテマトーデス、色素沈着過剰障害、色素脱失障害、皮膚癌および/または真皮の感染症である、ナノエマルション。」

2.引用する文献に記載された発明
原査定において引用された国際公開第2008/045107号は、上記第2の2(2)イで提示した引用文献1と同一であり、同文献には同項で摘示したとおりの記載があるところ、同文献には同ウで示したとおりの引用発明が記載されている。

3.判断
本願発明は、「皮膚の真皮レベルに関連する障害」について「ざ瘡、臭汗症、色汗症、酒さ、抜け毛、乾癬、光線性角化症、湿疹性皮膚炎、皮脂過剰生成障害、レイノー現象、エリテマトーデス、色素沈着過剰障害、色素脱失障害、皮膚癌および/または真皮の感染症」とし、これには補正発明で特定された「ざ瘡」を含んでいる。
なお、本願発明では、「少なくとも1つの治療薬」については補正発明のように「ボツリヌス毒素を含む」ものに特定していない。しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明では、治療薬としてボツリヌス毒素が詳細に説明されており、実施例においてもボツリヌス毒素をざ瘡の処置に使用する例が具体的に記載されていることから(実施例5参照)、「少なくとも1つの治療薬」の点で本願発明と引用発明とは相違するものではない。

このことを踏まえて本願発明と引用発明とを対比すると、両者は、
「ナノエマルションであって、ここで、該ナノエマルションは、粒子の集団を含み、該粒子の50%より多くは、10から300ナノメートルの直径を有し、該ナノエマルションは、油、界面活性物質および少なくとも1つの治療剤を含み、該油および界面活性物質が、0.5?2.0に及ぶ比で存在する、ナノエマルション。」
の点で一致し、次の点で相違している。

相違点2:
ナノエマルションについて、本願発明が「皮膚の真皮レベルに関連する障害の少なくとも1つの症状を減少させる際に使用するため」のものであって、「該皮膚の真皮レベルに関連する障害が、ざ瘡、臭汗症、色汗症、酒さ、抜け毛、乾癬、光線性角化症、湿疹性皮膚炎、皮脂過剰生成障害、レイノー現象、エリテマトーデス、色素沈着過剰障害、色素脱失障害、皮膚癌および/または真皮の感染症である」と特定しているのに対し、引用発明では、「経皮的に投与するために用いる」と特定しているにすぎない点

相違点2について検討する。
本願発明では、「該皮膚の真皮レベルに関連する障害」として種々のものを列挙しているが、その中には明示的に「ざ瘡」が含まれている。
そして、「該皮膚の真皮レベルに関連する障害」が「ざ瘡」の場合における相違点2は、上記第2の2(2)エで認定した相違点1と同じであり、この相違点1については同オで判断したとおりである。
そうすると、本願発明は、同カで述べたことと同様に、引用文献1に記載の事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるといえる。

4.むすび
以上のとおりであるから、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、本願は、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、上記理由により拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-05-12 
結審通知日 2016-05-13 
審決日 2016-05-26 
出願番号 特願2011-516743(P2011-516743)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
P 1 8・ 575- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 横山 敏志辰己 雅夫杉江 渉  
特許庁審判長 松浦 新司
特許庁審判官 関 美祝
齊藤 光子
発明の名称 経皮送達  
代理人 細田 芳徳  

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