• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
管理番号 1320209
異議申立番号 異議2016-700620  
総通号数 203 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-11-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-07-14 
確定日 2016-09-26 
異議申立件数
事件の表示 特許第5845352号発明「ポリビニルアルコール水溶液」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5845352号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第5845352号の請求項1ないし7に係る特許についての出願は、平成26年4月30日(優先権主張 平成25年5月1日(2件) 平成26年3月6日)を国際出願日として特許出願され、平成27年11月27日に特許の設定登録がされ、平成28年7月14日にその特許に対し、特許異議申立人松村朋子から特許異議の申立てがされたものである。



第2 本件発明

特許第5845352号の請求項1ないし7に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
ポリビニルアルコール、表面張力調整剤及び水を含有するポリビニルアルコール水溶液であって、
前記表面張力調整剤は、ポリエーテルシリコーン系化合物、グリセリン系化合物、プロピレングリコール系化合物及び脂肪酸エステル系化合物からなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記ポリエーテルシリコーン系化合物は、シリコーンの両末端にポリエーテル構造を有するシリコーン界面活性剤、又は、シリコーンの側鎖にポリエーテル構造を有するシリコーン界面活性剤であり、かつ、HLBが9以上、12.0以下であり、
前記グリセリン系化合物は、下記式(1)で表される界面活性剤であり、
前記プロピレングリコール系化合物は、プロピレングルコールモノメチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノエチルエーテルアセテート及びプロピレングルコールブチルエーテルアセテートからなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記脂肪酸エステル系化合物は、下記式(2)で表される構造を有する化合物であり、
前記プロピレングリコール系化合物又は脂肪酸エステル系化合物は、液体状の有機溶剤であり、かつ、沸点が60℃以上かつ160℃以下であり、かつ、溶解度パラメータが7以上かつ12以下であり、
ポリビニルアルコール100重量部に対して、水を500?10000重量部含有し、かつ、
表面張力が45?72mN/mである
ことを特徴とするポリビニルアルコール水溶液。
【化1】

式(1)中、R1は炭素数12?17のアルキル基を表し、nは1?8の整数を表す。
【化2】

式(2)中、R2は水素原子又は炭素数1?3のアルキル基を表し、R3は炭素数1?6のアルキル基を表す。
【請求項2】
ポリビニルアルコールと水の合計量100重量部に対して、表面張力調整剤を0.0001?3重量部含有することを特徴とする請求項1記載のポリビニルアルコール水溶液。
【請求項3】
ポリビニルアルコール100重量部に対して、表面張力調整剤を0.01?20重量部含有することを特徴とする請求項1又は2記載のポリビニルアルコール水溶液。
【請求項4】
更に防腐剤を含有することを特徴とする請求項1、2又は3記載のポリビニルアルコール水溶液。
【請求項5】
包装用フィルム又は延伸加工用フィルムを形成するためのポリビニルアルコールフィルムを得るために用いられる請求項1、2、3又は4記載のポリビニルアルコール水溶液。
【請求項6】
請求項1、2、3、4又は5記載のポリビニルアルコール水溶液を、流延し、乾燥することを特徴とするポリビニルアルコールフィルムの製造方法。
【請求項7】
支持部材と、前記支持部材上に、請求項1、2、3、4又は5記載のポリビニルアルコール水溶液を用いて形成されたポリビニルアルコール樹脂層が積層されていることを特徴とする積層フィルム。」

以下、特許第5845352号の請求項1ないし7に係る発明を、それぞれ、本件発明1ないし7という。



第3 特許異議の申立ての概要

特許異議申立人松村朋子(以下、単に「異議申立人」という。)は、証拠として特開2006-102993号公報(以下、「甲1」という。)、特開平11-293589号公報(以下、「甲2」という。)、中西鉄雄「機能性シリコーンの開発事例」(Journal of Society of Cosmetic Chemists of Japan、Vol.34(2000)、No.2、pp.120-126)(以下、「甲3」という。)、吉田時行ら編「新版 界面活性剤ハンドブック」(工学図書株式会社、平成8年5月1日第3版発行、pp.16、17、22、23、69、190、505)(以下、「甲4」という。)、特開2012-171988号公報(以下、「甲5」という。)、特公平3-12924号公報(以下、「甲6」という。)、特開2001-81009号公報(以下、「甲7」という。)、特開2011-218684号公報(以下、「甲8」という。)及び特開2007-161795号公報(以下、「甲9」という。)を提出し、特許異議の申立てとして要旨以下のとおりの主張している。

1.特許法第29条第1項第3号について
請求項1ないし3に係る発明は、甲1に記載された発明と同一であるから、請求項1ないし3に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであり、取り消すべきものである。

2.特許法第29条第2項について
(1)請求項1ないし3に係る発明は、甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1ないし3に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、取り消すべきものである。

(2)請求項1ないし3に係る発明は、甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1ないし3に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、取り消すべきものである。

(3)請求項4ないし7に係る発明は、甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項4ないし7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、取り消すべきものである。

3.特許法第36条第4項第1号
請求項1ないし7に係る特許は、その明細書が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、取り消すべきものである。



第4 甲1ないし9の記載及び甲1及び2に記載された発明

1.甲1の記載
甲1には、以下のとおりの記載がある。
(1)「【請求項1】
少なくとも、微粒子、結合剤、及び架橋剤を含有するインク受容層用塗布液を、下地層上に塗布してプリンタブル層を形成する工程を有するディスク状の情報媒体の製造方法であって、
前記インク受容層用塗布液の表面張力が5×10^(-2)N/m以下であることを特徴とする情報媒体の製造方法。
【請求項2】
前記微粒子が、気相法シリカ、擬ベーマイト、及び酸化アルミニウムから選択される少なくとも1種であること、前記結合剤がポリビニルアルコールであること、前記架橋剤がホウ素化合物であること、及び前記インク受容層用塗布液がさらに媒染剤を含むことを特徴とする請求項1に記載の情報媒体の製造方法。」(特許請求の範囲請求項1及び2)

(2)「近年、このようなCDやDVDにおいて、情報の再生面とは反対側の面に、インクジェットプリンターで画像の印画ができるようにプリンタブル層が形成された情報媒体が開発されている・・・
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、前記従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、
本発明の目的は、ニジミが少なく高画質で印画することができるプリンタブル層を有し、反りの発生が少ない情報媒体の製造方法を提供することにある。」(段落【0004】?【0006】)

(3)「-インク受容層用塗布液-
本発明において、少なくとも、微粒子、結合剤、及び架橋剤を含有するインク受容層用塗布液は、例えば、以下のようにして調製することができる。以下の例は、微粒子として気相法シリカを、結合剤としてポリビニルアルコールを用いた場合である。
即ち、気相法シリカを水中に添加して(例えば、10?20質量%)、高速回転湿式コロイドミル(例えば、クレアミックス(エム・テクニック(株)製))を用いて、例えば10000rpm(好ましくは5000?20000rpm)の高速回転の条件で20分間(好ましくは10?30分間)分散させた後、ポリビニルアルコール水溶液(例えば、気相法シリカの1/3程度の質量のPVAとなるように)を加え、上記と同じ回転条件で分散をおこなうことで調製することができる。得られた塗布液は均一ゾルであり、これを下記塗布方法で基板上に塗布形成することにより、三次元網目構造を有する多孔質性のインク受容層を形成することができる。なお、上記分散の処理方法としては、高速回転分散機、媒体攪拌型分散機(ボールミル、サンドミルなど)、超音波分散機、コロイドミル分散機、高圧分散機等従来公知の各種の分散機を使用することができるが、本発明では形成されるダマ状微粒子の分散を効率的におこなうという点から、コロイドミル分散機または高圧分散機が好ましく用いられる。
本発明においては、前記インク受容層用塗布液の表面張力を5×10^(-2)N/m以下としている。前述のように、インク受容層の層厚を必要以上に厚くすると、層の内部応力による影響でディスク(情報媒体)の反りが発生するという問題がある。そこで、本発明においては、インク受容層用塗布液の表面張力を5×10^(-2)N/m以下と小さくすることにより、乾燥時における塗膜の体積変化が小さくなり、塗膜の内部応力を小さくすることができる。その結果、ディスクの反りが抑制されて、良好なディスク機械特性が得られる。インク受容層用塗布液の表面張力が5×10^(-2)N/mを超えると、乾燥時における塗膜の体積変化が大きくなり、ひいては、良好なディスク機械特性が得られない。
インク受容層用塗布液の表面張力は、4.5×10^(-2)N/m以下であることがより好ましく、4.0×10^(-2)N/m以下であることがさらに好ましい。また、インク受容層用塗布液の表面張力の下限としては、2.0×10^(-2)N/mであることが好ましい。
インク受容層用塗布液の表面張力を前記範囲に調整するには、界面活性剤を添加させる方法が挙げられ、該界面活性剤としてはカチオン系、アニオン系、ノニオン系、両性、フッ素系、シリコン系界面活性剤のいずれも使用可能である。以下に、本発明に使用可能な界面活性剤の具体例を挙げる。
上記ノニオン系界面活性剤としては、・・・グリセリン脂肪酸エステル類(例えば、グリセロールモノオレート等)、・・・等が挙げられ、就中ポリオキシアルキレンアルキルエーテル類が好ましい。また、上記ノニオン系界面活性剤は、単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
上記両性界面活性剤としては、・・・が挙げられる。上記両性界面活性剤は1種で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
前記アニオン系界面活性剤としては、・・・などが挙げられる。
前記フッ素系界面活性剤としては、・・・などが挙げられる。
前記シリコーン系の界面活性剤としては、例えばポリジメチルシロキサンなどのオルガノポリシロキサン部を有する化合物(シリコーン系化合物)の側鎖、及び/又は末端に親水性の基や親水性ポリマー鎖を有する化合物がー般的である。前記親水性の基や親水性ポリマー鎖としては例えばポリエーテル結合(ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキンドやこれらの共重合体など)、ポリグリセリン(C_(3)Η_(6)O(CH_(2)CH(OH)CH_(2)O)_(n)-Hなど)、ピロリドン、ベタイン(C_(3)Η_(6)N^(+)Me_(2)-CH_(2)COO?など)、硫酸塩(C_(3)H_(6)O(C_(2)H_(4)O)_(n)-SO_(3)Naなど)、リン酸塩(C_(3)Η_(6)O(C_(2)H_(4)O)_(n)-P(=O)OHONaなど)、4級塩(C_(3)H_(6)N^(+)Me_(3)Cl^(-)など)が挙げられる。なお、上記化学式中nは1以上の整数を表す。
・・・
これらの中でも本発明においてはオルガノポリシロキサン部を有する化合物に親水性ポリマー鎖を有する化合物が好ましく、前記親水性ポリマー鎖としては、ポリエーテル結合を含有するものが特に好ましい。
具体的に本発明に好適の界面活性剤としては、信越シリコーン(株)社製の、KF640、KF642、KF351A、KF352A、KF353A、KF354A、KF355A、KF-615,KF-945,KF-618,KF-6004、東レダウコーニングシリコン社製の、SH3746オイル、SH3748オイル、SH3749オイル、SH3771オイル、SH8400などが挙げられる。
以上の界面活性剤のうち好ましいものとしては、シリコーン系界面活性剤、テロマー型フッ素系界面活性剤が挙げられる。
本発明において、インク受容層用塗布液の表面張力を5×10^(-2)N/m以下とするため、以上の界面活性剤を適宜選択し、例えば、インク受容層用塗布液に対して0.001?2.0%(好ましくは0.01?1.0%)の添加量を調整することが好ましい。」(段落【0109】?【0138】)

(4)「【実施例】
・・・
[実施例1]
・・・
-インク受容層用塗布液Aの調製-
下記組成中の(1)気相法シリカ微粒子、(2)イオン交換水を混合し、高速回転式コロイドミル(クレアミックス、エム・テクニック(株)製)を用いて、回転数10000rpmで20分間分散させた。その後、その水分散物に、(3)ポリオキシエチレンラウリルエーテル、(4)ポリビニルアルコール9%水溶液、及び(5)ジエチレングリコールモノブチルエーテルから構成される第1の溶液と、(6)硼酸、(7)媒染剤、及び(8)イオン交換水からなる第2の溶液と、をそれぞれ添加し、更に上記と同1条件で再分散を行い、インク受容層用塗布液Aを調製した。
シリカ微粒子と水溶性樹脂との質量比(PB比/(1):(4))は、3.5:1であり、インク受容層用塗布液AのpHは3.4であり、酸性を示した。
なお、インク受容層用塗布液Aの表面張力を協和界面科学(株)製、表面張力計CBVP-Zを用い、液温20℃にして測定した。測定結果を表1に示す。
〔インク受容層用塗布液Aの組成〕
(1)気相法シリカ微粒子(無機顔料微粒子) 10.0部
(平均一次粒子径7nm;アエロジル300、日本アエロジル(株)製)
(2)イオン交換水 55.2部
[第1の溶液]
(3)ポリオキシエチレンラウリルエーテル(界面活性剤) 0.04部
(エマルゲン109P(10%)、花王(株)製、HLB値13.6)
(4)ポリビニルアルコール9%水溶液(水溶性樹脂) 31.7部
(PVA420、(株)クラレ製、鹸化度81.8%、重合度2,000)
(5)ジエチレングリコールモノブチルエーテル 0.5部
(一般式(1)で表される化合物)」(段落【0157】?【0167】)

2.甲1に記載された発明
甲1には、摘示(1)?(4)から、インク受容層用塗布液に着目すれば、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

「少なくとも、微粒子、結合剤、及び架橋剤を含有する、ディスク状の情報媒体の下地層上に塗布してプリンタブル層を形成するためのインク受容層用塗布液であって、
前記微粒子が、気相法シリカ、擬ベーマイト、及び酸化アルミニウムから選択される少なくとも1種であり、
前記結合剤がポリビニルアルコールであり、
前記架橋剤がホウ素化合物であり、
前記インク受容層用塗布液がさらに界面活性剤と媒染剤とを含み、
前記インク受容層用塗布液の表面張力が5×10^(-2)N/m以下である、
インク受容層用塗布液。」

なお、異議申立人は、特許異議の申立てにおいて、甲1から、以下の発明を認定している。
「a1.ポリビニルアルコール
b1.界面活性剤(表面張力調整剤)
c1.水を含有するポリビニルアルコール水溶液であって、
d1.界面活性剤は、グリセリン脂肪酸エステル類、又はシリコーン系界面活性剤であり、
e1.前記シリコーン系界面活性剤は、シリコーンの側鎖にポリエーテル構造を有するシリコーン系界面活性剤(KF642)、又はシリコーンの両末端がポリエーテル構造を有するシリコーン系界面活性剤であり(KF-6004)、かつ、HLBが9以上、12.0以下であり、
f1.前記グリセリン脂肪酸エステル類は、グリセロールモノオレートであり、
j1.ポリビニルアルコール100重量部に対して、水を3149重量部含有し、
k1.表面張力が50mN/m以下であるポリビニルアルコール水溶液。」
しかしながら、上記発明特定事項のうち、d1?f1において、界面活性剤の種類の点は、甲1中に多数列挙されている界面活性剤の中から特に根拠もなく(実施例で使用されているものでもない)特定のものを選択するものであるし、HLBが9以上、12.0以下である点は、甲1にはどこにも記載されていない(実施例1ではHLB値13.6の界面活性剤を使用)から、斯かる認定をそのまま採用することはできない。

3.甲2の記載
甲2には、以下のとおりの記載がある。
(1)「【請求項1】 鹸化度98モル%以上のポリビニルアルコール系樹脂(A)の水溶液の表面張力が、固形分濃度2重量%の水溶液を用いて20℃で測定したときに、45?55dyne/cmとなるように調整されてなることを特徴とする紙用コート剤。
【請求項2】 表面張力調整剤(B)を使用して表面張力が調整されてなることを特徴とする請求項1記載の紙用コート剤。」(特許請求の範囲請求項1及び2)

(2)「【発明が解決しようとする課題】本発明は、紙に塗工することによって優れたバリヤー性および表面強度を付与することができ、なおかつ、塗工後の乾燥時におけるロール等への付着汚れが少ないなど工業的生産性に優れた紙用コート剤を提供することを目的とするものである。」(段落【0005】)

(3)「本発明の紙用コート剤は、上記のPVA系樹脂を水に溶解して使用されるが、PVA水溶液の表面張力が、固形分濃度2重量%の水溶液を用いて20℃で測定したときに、45?55dyne/cmとなるように調整されていることが必要である。PVA水溶液の表面張力が45dyne/cm未満である場合および55dyne/cmを越える場合には、紙のバリヤー性が低下するという欠点がある。」(段落【0010】)

(4)「PVA水溶液の表面張力を調整する他の手段としては、例えば表面張力調整剤の使用をあげることができる。ここで、使用される表面張力調整剤としては、水溶性であって、該PVA系樹脂水溶液に対して実質的に相溶可能なものであればよく、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン、メチルグリコール、エチルグリコール、ポリエチレングリコール(以下PEGと略記)200、PEG600、PEG1000等のグリコール類や市販のアニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤、ノニオン界面活性剤等を挙げることができる。この中でも、グリコール類または消泡効果のある界面活性剤が好ましい。
また、上記の表面張力調整剤の配合量は、PVA系樹脂100重量部に対して0.001?0.3重量部が好ましく、0.003?0.2重量部がさらに好ましい。表面張力調整剤の配合量が0.001重量部未満の場合には、PVA系樹脂水溶液の表面張力の調整がしづらくなる。逆に0.3重量部を超えるとPVA系樹脂水溶液の表面張力が45?55dye/cmであってもバリヤー性および表面強度が低下する恐れがある。」(段落【0012】?【0013】)

4.甲2に記載された発明
甲2には、摘示(1)から、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているといえる。

「鹸化度98モル%以上のポリビニルアルコール系樹脂(A)の水溶液の表面張力が、固形分濃度2重量%の水溶液を用いて20℃で測定したときに、45?55dyne/cmとなるように、
表面張力調整剤(B)を使用して表面張力が調整されてなる、
紙用コート剤。」

5.甲3ないし9の記載
(1)甲3には、乳化剤として、種々のポリエーテル変性シリコーンが使用されており、低分子量でかつ高HLBのKF640、KF642が農薬などの展着剤として有効であることが記載されている。

(2)甲4には、界面活性剤として高級脂肪酸エステルやグリセリン脂肪酸エステルが知られたものであること、界面活性度が表面張力低下能であること、濃度の増加に伴って界面活性度が急激に増大すること、消泡剤の種類と用途として、脂肪酸エステル系としてモノグリセリドが、シリコーン系として有機変性ポリシロキサンが、各々記載されている。

(3)甲5には、インク組成物において、表面張力調整剤として、ノニオン系界面活性剤などが挙げられ、表面張力を20?60mN/mに調整する添加量が好ましいこと、その具体的な例として多数列挙された中にグリセリン脂肪酸エステル及びシリコーン系界面活性剤が挙げられ、これら表面張力調整剤は、消泡剤としても使用することができることが記載されている(段落【0140】?【0141】)。

(4)甲6には、シリコーン消泡剤が水系及び非水系の起泡物質に対して消泡及び抑泡のために多く使用されていたことが記載されている(1頁右欄)。

(5)甲7には、ポリエーテル変性シリコーンオイルが界面活性効果、潤滑性、整泡性があることが記載されている(段落【0006】)。

(6)甲8には、エマルジョン型シリコーン消泡剤として、ポリエーテル変性シリコーンオイルが挙げられている(段落【0034】)。

(7)甲9には、ガスバリアー性に優れ、水性塗工液としたときの発泡性が小さく、消泡性が良好であり、さらに多層構造体としたときに、隣接する熱可塑性樹脂との接着性に優れた樹脂組成物を提供することを目的とした、1,2-ジオール構造単位を有する水溶性ポリビニルアルコール系樹脂(A)、及び水膨潤性層状無機化合物(B)を含有する樹脂組成物が記載されている(特許請求の範囲請求項1及び【0003】)。



第5 対比・判断

1.特許法第29条第1項第3号について
(1)本件発明1について
ア 甲1発明との対比・判断
(ア)本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「結合剤としてのポリビニルアルコール」は、本件発明1の「ポリビニルアルコール」に相当する。
そして、本件発明1の「表面張力調整剤」が「ポリエーテルシリコーン系化合物」又は「グリセリン系化合物」である場合についてみると、「シリコーン界面活性剤」又は「式(1)(式及びその説明を省略する。以下同じ。)で表される界面活性剤」と特定されていることに鑑みれば、甲1発明の「界面活性剤」は、本件発明1の「表面張力調整剤」に、界面活性剤である限りにおいて相当するといえる。
そして、甲1発明の「塗布液」は、本件発明1の「ポリビニルアルコール水溶液」に、ポリビニルアルコール溶液である限りにおいて相当するといえる。

(イ)そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「ポリビニルアルコール及び表面張力調整剤を含有するポリビニルアルコール溶液。」の点で一致し、以下の相違点1ないし3で相違する。

[相違点1]
表面張力調整剤(界面活性剤)について、本件発明1は、「ポリエーテルシリコーン系化合物又はグリセリン系化合物からなる群より選択される少なくとも1種であり、前記ポリエーテルシリコーン系化合物は、シリコーンの両末端にポリエーテル構造を有するシリコーン界面活性剤、又は、シリコーンの側鎖にポリエーテル構造を有するシリコーン界面活性剤であり、かつ、HLBが9以上、12.0以下であり、前記グリセリン系化合物は、式(1)で表される界面活性剤であ」ると特定しているのに対し、甲1発明は、「界面活性剤」の種類を特に特定していない点。

[相違点2]
液の表面張力の数値範囲について、本件発明1は、「表面張力が45?72mN/mである」と特定しているのに対し、甲1発明は、「5×10^(-2)N/m以下」と特定している点。

[相違点3]
溶液の溶媒について、本件発明1は、「水」と特定し、その割合を「ポリビニルアルコール100重量部に対して、水を500?10000重量部含有し」と特定しているのに対し、甲1発明は、溶液の溶媒及びその割合を特定していない点。

(ウ)相違点1及び2について
a 前提として、相違点2において、甲1発明の表面張力である「5×10^(-2)N/m」は、「50mN/m」と換算されるから、本件発明1の表面張力と一部重複一致する部分を包含するといえるものの、当該表面張力の値は溶液の溶媒の種類によって異なるものである。その点は措くとしても、本件特許明細書及び甲1の記載からみても、添加する表面張力調整剤(界面活性剤)の種類及び量によって、得られる溶液の表面張力は変化するものである。そうすると、相違点1と相違点2とは連関するものであるから、以下、相違点1と相違点2とを併せて検討する。
b 相違点1に係る構成の本件発明1における技術的意義は、本件特許明細書の記載(段落【0007】及び【0029】)からみて、ポリビニルアルコール水溶液の表面張力を45?72mN/mの範囲内とするとともに、ポリビニルアルコール以外の成分による汚染を抑制して、気泡が少なく、基材との密着性に優れる膜を形成することが可能であるというものであることが理解され、本件特許明細書の実施例と比較例(例えば、比較例7、8のエーテル構造を有しないシリコーン消泡剤や比較例9のポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレングリコールなどでは劣る結果が示されている。)とを対比すれば、使用する表面張力調整剤は何でも良いというわけではなく、本件発明1における特定事項を満たす特定の表面張力調整剤を使用することで、ポリビニルアルコール水溶液の表面張力を45?72mN/mの範囲内とするとともに、得られたフィルム中の気泡痕の数、剥離力及び汚染性の全てについて優れるものであると理解される。
c 一方、甲1には、第4 1.(3)で摘示したとおり、界面活性剤として「カチオン系、アニオン系、ノニオン系、両性、フッ素系、シリコン系界面活性剤のいずれも使用可能である」と記載されており、また好ましいものとして、シリコーン系界面活性剤、テロマー型フッ素系界面活性剤を挙げているものの、本件発明1の表面張力調整剤以外のものを多数包含する上位概念にあたるものであって、本件発明1のものと構造的に一致するものとはいえない。
確かに、本件発明1における「グリセリン系化合物」に相当するものとして、甲1の「ノニオン系界面活性剤」の例示中に「グリセリン脂肪酸エステル類」と記載されているものの、本件発明1で特定する「式(1)で表される界面活性剤」よりも上位概念にあたるものであって、本件発明1のものと構造的に一致するものとはいえない(甲1で具体的に例示される「グリセロールモノオレート」も式(1)に合致しないものである。)。
また、本件発明1における「ポリエーテルシリコーン系化合物」に相当するものとして、甲1の「シリコーン系の界面活性剤」の例示中に「オルガノポリシロキサン部を有する化合物に親水性ポリマー鎖を有する化合物が好ましく、前記親水性ポリマー鎖としては、ポリエーテル結合を含有するものが特に好ましい」と記載されているものの、本件発明1で特定する「シリコーンの両末端にポリエーテル構造を有するシリコーン界面活性剤、又は、シリコーンの側鎖にポリエーテル構造を有するシリコーン界面活性剤であり、かつ、HLBが9以上、12.0以下であ」るものよりも上位概念にあたるものであって、本件発明1のものと構造的に一致するものとはいえない。
d 次に、表面張力についてみると、甲1では、第4 1.(3)で摘示したとおり、インク受容層用塗布液の表面張力を5×10^(-2)N/m以下と小さくすることにより、乾燥時における塗膜の体積変化が小さくなり、塗膜の内部応力を小さくすることができ、その結果、ディスクの反りが抑制されると記載されており、インク受容層用塗布液の表面張力は、4.5×10^(-2)N/m以下であることがより好ましく、4.0×10^(-2)N/m以下であることがさらに好ましいとも記載されている。
e そして、甲1の実施例では、本件発明1の表面張力調整剤に相当しないポリオキシエチレンラウリルエーテルを界面活性剤として用いて、表面張力が本件発明1からは外れる4.5×10^(-2)N/m又は4.0×10^(-2)N/mである塗布液が得られたことが記載されている(段落【0166】?【0180】)。
f そうすると、本件発明1において、表面張力調整剤の種類を特定することにより、ポリビニルアルコール水溶液の表面張力を45?72mN/mの範囲内とするとともに、ポリビニルアルコール以外の成分による汚染を抑制して、気泡が少なく、基材との密着性に優れる膜を形成するという技術的意義について理解することができ、斯かる技術的意義については、甲1発明には何ら示されていないというべきである。
してみると、甲1発明は、本件発明1における、表面張力調整剤の種類を特定しつつ、ポリビニルアルコール水溶液の表面張力を45?72mN/mの範囲内とするという技術思想を示すものとはいえない。
確かに、甲1において、シリコーン系の界面活性剤として具体的に列挙するものの中に、本件発明1の特定事項を満たす、信越シリコーン(株)社製の「KF642」と「KF-6004」とが記載されていたとしても、それは、多種多様の界面活性剤の商品名が列挙されている中に、たまたま一致するものがあるにすぎないものといえる。
したがって、相違点1及び2は実質的な相違点である。

(エ)小括
以上のとおり、本件発明1は甲1発明と相違点1ないし3において相違するものであり、これらの相違点のうち相違点1及び2は実質的な相違点であるから、相違点3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明と同一であるとはいえない。

(2)本件発明2及び3について
本件発明2及び3は、本件発明1に係るポリビニルアルコール水溶液を直接的あるいは間接的に引用してなるものであるから、本件発明1と同様に、甲1に記載された発明と同一であるとはいえない。

2.特許法第29条第2項について
(1)本件発明1について
ア 甲1発明との対比・判断
(ア)本件発明1と甲1発明とを対比すると、1.(1)ア(ア)?(イ)で述べたとおり、本件発明1と甲1発明とは、
「ポリビニルアルコール及び表面張力調整剤を含有するポリビニルアルコール溶液。」の点で一致し、1.(1)ア(イ)で述べた相違点1ないし3で相違する。

(イ)相違点1及び2について
a 1.(1)ア(ウ)で述べたとおり、本件発明1において、表面張力調整剤の種類を特定することにより、ポリビニルアルコール水溶液の表面張力を45?72mN/mの範囲内とするとともに、ポリビニルアルコール以外の成分による汚染を抑制して、気泡が少なく、基材との密着性に優れる膜を形成するという技術的意義について理解することができる。
b 他方、甲1には、「本発明の目的は、ニジミが少なく高画質で印画することができるプリンタブル層を有し、反りの発生が少ない情報媒体の製造方法を提供すること」(第4 1.(2))と記載されており、界面活性剤の添加に関して、「本発明においては、インク受容層用塗布液の表面張力を5×10^(-2)N/m以下と小さくすることにより、乾燥時における塗膜の体積変化が小さくなり、塗膜の内部応力を小さくすることができる。その結果、ディスクの反りが抑制されて、良好なディスク機械特性が得られる。・・・
インク受容層用塗布液の表面張力を前記範囲に調整するには、界面活性剤を添加させる方法が挙げられ」(第4 1.(3))と記載されているものの、フィルム中の気泡痕の数、剥離力及び汚染性については記載も示唆もされていないし、そもそも、甲1の塗布液はインク受容層用に用いるものであって、フィルムに使用することについて記載も示唆もされていない。
c そうすると、甲1発明において、ポリビニルアルコール以外の成分による汚染を抑制して、気泡が少なく、基材との密着性に優れる膜を形成するという課題を認識し、斯かる課題を解決しようとする動機があるとはいえない。
d 本件発明1における相違点1及び2に係る効果は、1.(1)ア(ウ)で述べたとおり、ポリビニルアルコール以外の成分による汚染を抑制して、気泡が少なく、基材との密着性に優れる膜を形成する、特に(ポリビニルアルコール水溶液中の気泡数は変わらずに)ポリビニルアルコールフィルムにおける気泡痕の数を減少させるというものであり、そのような効果は、たとえ当業者であっても予測し得るものではない。
e そうである以上、たとえ、甲3ないし8に、第4 5.で述べたような技術の開示があったとしても、甲1発明において、インク受容層用塗布液の表面張力を45?72mN/mの範囲内とするための具体的な解決手段として、甲1に記載された界面活性剤として、甲3ないし8に開示の技術を甲1発明に組み合わせる動機がないし、そもそも、甲1発明において、インク受容層用塗布液の表面張力を好ましい範囲外である45?72mN/mの範囲内としようとすること自体、その動機付けに乏しいものといわざるを得ないことから、甲1発明において相違点1及び2に係る構成とすることは、たとえ当業者であっても到底容易であるとはいえない。
f 相違点1及び2についてのまとめ
以上のとおりであるから、相違点1及び2は想到容易とはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり、本件発明1は甲1発明と相違点1ないし3において相違するものであり、これらの相違点のうち相違点1及び2は想到容易とはいえないのであるから、相違点3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲3ないし8に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 甲2発明との対比・判断
(ア)本件発明1と甲2発明とを対比すると、甲2発明の「鹸化度98モル%以上のポリビニルアルコール系樹脂(A)」は、本件発明1の「ポリビニルアルコール」に相当する。
そして、甲2発明の「表面張力調整剤(B)」は、本件発明1の「表面張力調整剤」に、表面張力調整剤である限りにおいて相当するといえる。
そして、甲2発明の「紙用コート剤」は、本件発明1の「ポリビニルアルコール水溶液」に、ポリビニルアルコール溶液である限りにおいて相当するといえる。

(イ)そうすると、本件発明1と甲2発明とは、
「ポリビニルアルコール及び表面張力調整剤を含有するポリビニルアルコール溶液。」の点で一致し、以下の相違点1ないし3で相違する。

[相違点4]
表面張力調整剤について、本件発明1は、「ポリエーテルシリコーン系化合物又はグリセリン系化合物からなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記ポリエーテルシリコーン系化合物は、シリコーンの両末端にポリエーテル構造を有するシリコーン界面活性剤、又は、シリコーンの側鎖にポリエーテル構造を有するシリコーン界面活性剤であり、かつ、HLBが9以上、12.0以下であり、
前記グリセリン系化合物は、式(1)で表される界面活性剤であり、
前記プロピレングリコール系化合物は、プロピレングルコールモノメチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノエチルエーテルアセテート及びプロピレングルコールブチルエーテルアセテートからなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記脂肪酸エステル系化合物は、下記式(2)で表される構造を有する化合物であり、
前記プロピレングリコール系化合物又は脂肪酸エステル系化合物は、液体状の有機溶剤であり、かつ、沸点が60℃以上かつ160℃以下であり、かつ、溶解度パラメータが7以上かつ12以下であ」ると特定しているのに対し、甲2発明は、「表面張力調整剤」の種類を特に特定していない点。

[相違点5]
液の表面張力の数値範囲について、本件発明1は、「表面張力が45?72mN/mである」と特定しているのに対し、甲2発明は、「45?55dyne/cm」と特定している点。

[相違点6]
溶液の溶媒について、本件発明1は、「水」と特定し、その割合を「ポリビニルアルコール100重量部に対して、水を500?10000重量部含有し」と特定しているのに対し、甲2発明は、溶液の溶媒及びその割合を特定していない点。

(ウ)相違点4及び5について
a 前提として、相違点5において、甲2発明の表面張力である「45?55dyne/cm」は、「45?55mN/m」と換算されるから、本件発明1の表面張力と一部重複一致する部分を包含するといえるものの、本件特許明細書及び甲2の記載からみても、添加する表面張力調整剤の種類及び量によって、得られる溶液の表面張力は変化するものである。そうすると、相違点4と相違点5とは連関するものであるから、相違点1と相違点2と同様に、以下、相違点4と相違点5とを併せて検討する。
b 1.(1)ア(ウ)で相違点1及び2について述べたとおり、本件発明1において、表面張力調整剤の種類を特定することにより、ポリビニルアルコール水溶液の表面張力を45?72mN/mの範囲内とするとともに、ポリビニルアルコール以外の成分による汚染を抑制して、気泡が少なく、基材との密着性に優れる膜を形成するという技術的意義について理解することができる。
c 他方、甲2には、「本発明は、紙に塗工することによって優れたバリヤー性および表面強度を付与することができ、なおかつ、塗工後の乾燥時におけるロール等への付着汚れが少ないなど工業的生産性に優れた紙用コート剤を提供することを目的とするものである」(第4 2.(2))と記載されており、「本発明の紙用コート剤は、上記のPVA系樹脂を水に溶解して使用されるが、PVA水溶液の表面張力が、固形分濃度2重量%の水溶液を用いて20℃で測定したときに、45?55dyne/cmとなるように調整されていることが必要である。PVA水溶液の表面張力が45dyne/cm未満である場合および55dyne/cmを越える場合には、紙のバリヤー性が低下するという欠点がある。」(第4 2.(3))及び「PVA水溶液の表面張力を調整する他の手段としては、例えば表面張力調整剤の使用をあげることができる。ここで、使用される表面張力調整剤としては、水溶性であって、該PVA系樹脂水溶液に対して実質的に相溶可能なものであればよく、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン、メチルグリコール、エチルグリコール、ポリエチレングリコール(以下PEGと略記)200、PEG600、PEG1000等のグリコール類や市販のアニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤、ノニオン界面活性剤等を挙げることができる。この中でも、グリコール類または消泡効果のある界面活性剤が好ましい。」(第4 2.(4))と記載されているものの、フィルム中の気泡痕の数、剥離力及び汚染性については記載も示唆もされていないし、そもそも、甲2の紙用コート剤は紙のコートに用いるものであって、フィルムに使用することについて記載も示唆もされていない。
d そうすると、甲2発明において、ポリビニルアルコール以外の成分による汚染を抑制して、気泡が少なく、基材との密着性に優れる膜を形成するという課題を認識し、斯かる課題を解決しようとする動機があるとはいえない。
e 本件発明1における相違点4及び5に係る効果は、相違点1及び2に係る効果と同様に、1.(1)ア(ウ)で述べたとおり、ポリビニルアルコール以外の成分による汚染を抑制して、気泡が少なく、基材との密着性に優れる膜を形成する、特に(ポリビニルアルコール水溶液中の気泡数は変わらずに)ポリビニルアルコールフィルムにおける気泡痕の数を減少させるというものであり、そのような効果は、たとえ当業者であっても予測し得るものではない。
f そうである以上、たとえ、甲3ないし8に、第4 5.で述べたような技術の開示があったとしても、甲2発明において、紙用コート剤の表面張力を45?72mN/mの範囲内とするための具体的な解決手段として、甲2に記載された表面張力調整剤として、甲3ないし8に開示の技術を甲2発明に組み合わせる動機がないから、甲2発明において相違点4及び5に係る構成とすることは、たとえ当業者であっても到底容易であるとはいえない。
g 相違点4及び5についてのまとめ
以上のとおりであるから、相違点4及び5は想到容易とはいえない。

(エ)小括
以上のとおり、本件発明1は甲2発明と相違点4ないし6において相違するものであり、これらの相違点のうち相違点4及び5は想到容易とはいえないのであるから、相違点6について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明及び甲3ないし8に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件発明2及び3について
本件発明2及び3は、本件発明1に係るポリビニルアルコール水溶液を直接的あるいは間接的に引用してなるものであるから、本件発明1と同様に、甲1発明あるいは甲2発明を主たる引用発明として、甲3ないし8に記載された事項を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明4について
本件発明4は、本件発明1に係るポリビニルアルコール水溶液を直接的あるいは間接的に引用してなるものであるから、本件発明1と同様に、甲2発明を主たる引用発明として、甲3ないし8に記載された事項を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件発明5について
本件発明5は、本件発明1に係るポリビニルアルコール水溶液を直接的あるいは間接的に引用してなり、ポリビニルアルコールフィルムを得るために用いられるものであるところ、たとえ甲9に、「ガスバリアー性に優れ、水性塗工液としたときの発泡性が小さく、消泡性が良好であり、さらに多層構造体としたときに、隣接する熱可塑性樹脂との接着性に優れた樹脂組成物を提供することを目的とした、1,2-ジオール構造単位を有する水溶性ポリビニルアルコール系樹脂(A)、及び水膨潤性層状無機化合物(B)を含有する樹脂組成物が記載されている」(第4 5.(7))としても、甲2発明は、紙用コート剤に係るものであって、甲2には、斯かる紙用コート剤をフィルムに使用することについて記載も示唆もされていないし、甲2と甲9とでは、それらの技術分野も課題も相違するものである。そうすると、甲2発明と甲9とを組み合わせることは困難であるといわざるを得ない。
仮に、組み合わせることができるとしても、本件発明1が、甲2発明を主たる引用発明として、甲3ないし8に記載された事項を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないことは、(1)イで述べたとおりであるから、本件発明5は、甲2発明を主たる引用発明として、甲3ないし9に記載された事項を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件発明6について
本件発明6は、本件発明1に係るポリビニルアルコール水溶液を直接的あるいは間接的に引用してなり、ポリビニルアルコールフィルムの製造方法に係るものであるから、(4)で述べたのと同様の理由により、甲2発明と甲9とを組み合わせることは困難であるといわざるを得ないし、仮に、組み合わせることができるとしても、本件発明6は、甲2発明を主たる引用発明として、甲3ないし9に記載された事項を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)本件発明7について
本件発明7は、本件発明1に係るポリビニルアルコール水溶液を直接的あるいは間接的に引用してなり、積層フィルムに係るものであるから、(4)で述べたのと同様の理由により、甲2発明と甲9とを組み合わせることは困難であるといわざるを得ないし、仮に、組み合わせることができるとしても、本件発明7は、甲2発明を主たる引用発明として、甲3ないし9に記載された事項を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3.特許法第36条第4項第1号について
異議申立人は、本件特許明細書には、ポリビニルアルコール水溶液中に表面張力調整剤を添加しない場合であっても表面張力の値が本件発明1で特定する数値範囲内である比較例が記載されているから、本件発明1をどのように実施するものか理解できないと主張している。
しかしながら、仮に、ポリビニルアルコール水溶液中に表面張力調整剤を添加しなくとも表面張力の値が本件発明1で特定する数値範囲内である場合であっても、本件発明1で特定する表面張力調整剤を所定量添加することにより、表面張力の値がなお依然として本件発明1で特定する数値範囲内であるようなポリビニルアルコール水溶液を製造することは、当業者であれば格別の困難なく実施することができるものと認められる。
そうすると、本件特許明細書の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているから、この主張は採用することができない。



第7 むすび

以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-09-15 
出願番号 特願2014-524213(P2014-524213)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C08L)
P 1 651・ 113- Y (C08L)
P 1 651・ 121- Y (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大▲わき▼ 弘子  
特許庁審判長 小柳 健悟
特許庁審判官 小野寺 務
大島 祥吾
登録日 2015-11-27 
登録番号 特許第5845352号(P5845352)
権利者 積水化学工業株式会社
発明の名称 ポリビニルアルコール水溶液  
代理人 特許業務法人 安富国際特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ