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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C12N
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12N
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12N
管理番号 1320220
異議申立番号 異議2015-700181  
総通号数 203 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-11-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2015-11-13 
確定日 2016-10-07 
異議申立件数
事件の表示 特許第5717311号発明「霊長類の胚幹細胞の無血清培養」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5717311号の請求項1ないし11に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5717311号の請求項1?11に係る特許についての出願は、平成13年3月2日(パリ条約による優先権主張 平成12年3月9日、米国)を国際出願日とする出願であって、平成27年3月27日に特許の設定登録がされ、その特許に対し、平成27年11月13日に特許異議申立人 特許業務法人虎ノ門知的財産事務所により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第5717311号の請求項1?11に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?11に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】 血清を含まない定義された培地中で霊長類の胚幹細胞を培養する方法であって、
霊長類の胚幹細胞を培養培地中で培養して、幹細胞が培地中で増殖し、かつ、培地中における血清の不存在下で未分化状態を維持するようにする工程を含み、
培養培地が、
アルブミン、アミノ酸、ビタミン、無機物、一種以上のトランスフェリン又はトランスフェリン置換体、及び、一種以上のインスリン又はインスリン置換体を含み、
血清及びLIFを含まず、
線維芽細胞支持細胞層以外の源から供給され、かつ、外因的に供給されたヒト塩基性線維芽細胞成長因子を含む
ことを特徴とする方法。
【請求項2】 培地が、更に、線維芽細胞支持細胞層を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】 ヒト塩基性線維芽細胞成長因子が、組換え遺伝子から造られたヒト塩基性線維芽細胞成長因子である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】 ヒト塩基性線維芽細胞成長因子が、該方法の少なくとも一部に対して少なくとも0.1ng/mlの濃度で培地中に存在する、請求項1に記載の方法。
【請求項5】 霊長類の胚幹細胞がヒト胚幹細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】 血清を含まない定義された培地中で霊長類の胚幹細胞を培養する方法であって、
霊長類の胚幹細胞を培養培地中で培養する工程を含み、
培養培地が、
アルブミン、アミノ酸、ビタミン、無機物、一種以上のトランスフェリン又はトランスフェリン置換体、及び、一種以上のインスリン又はインスリン置換体を含み、
血清及びLIFを含まず、
線維芽細胞支持細胞層以外の源から供給され、かつ、外因的に供給された哺乳類塩基性線維芽細胞成長因子を含み、
培養工程が、胚幹細胞を1ヶ月以上にわたって増殖することを可能にする、
ことを特徴とする方法。
【請求項7】 血清を含まない定義された培地中で霊長類の胚幹細胞を培養する方法
であって、
霊長類の胚幹細胞を培養培地中で培養して、幹細胞が培地中で増殖し、かつ、培地中における血清の不存在下で未分化状態を維持するようにする工程を含み、
培養培地が、
アルブミン、アミノ酸、ビタミン、無機物、一種以上のトランスフェリン又はトランスフェリン置換体、及び、一種以上のインスリン又はインスリン置換体を含み、
血清及びLIFを含まず、
塩基性線維芽細胞成長因子の存在下にあり、
塩基性線維芽細胞成長因子が、線維芽細胞支持細胞層以外の源から培地へと外因的に供給される、
ことを特徴とする方法。
【請求項8】 培地が、更に、線維芽細胞支持細胞層を含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】 霊長類の胚幹細胞がヒト胚幹細胞である、請求項7に記載の方法。
【請求項10】 血清を含まない定義された培地中で霊長類の胚幹細胞を培養する方法であって、
霊長類の胚幹細胞を培養培地中で培養する工程を含み、
培養培地が、
アルブミン、アミノ酸、ビタミン、無機物、一種以上のトランスフェリン又はトランスフェリン置換体、及び、一種以上のインスリン又はインスリン置換体を含み、
血清及びLIFを含まず、
塩基性線維芽細胞成長因子の存在下にあり、
塩基性線維芽細胞成長因子が、線維芽細胞支持細胞層以外の源から培地へと外因的に供給され、
培養工程が、胚幹細胞を1ヶ月以上にわたって増殖することを可能にする、
ことを特徴とする方法。
【請求項11】 血清なしに、霊長類の胚幹細胞を培養する方法であって、
霊長類の胚幹細胞を培養培地中で培養して、幹細胞が培地中で増殖し、かつ、培地中における血清の不存在下で未分化状態を維持するようにする工程を含み、
培養培地が、
血清及びLIFを含まず、
アルブミン、ビタミン、無機物、インスリン及びトランスフェリンを含み、
線維芽細胞支持細胞層以外の源から培地へと外因的に供給される塩基性線維芽細胞成長因子の存在下にある
ことを特徴とする方法。」(以下、「本件特許発明1」、「本件特許発明2」等といい、併せて「本件特許発明」という。)

第3 異議申立の理由
異議申立人の主張する、申立の理由は、概略、次のとおりのものである。

1 取消理由1(特許法第29条の2)
LIFが霊長類ES細胞の分化を防がないことは、甲第6?10号証に示されるように甲第1号証優先日当時の技術常識であるか、あるいは周知技術であり、LIFが霊長類ES細胞の分化を防がないのであれば、霊長類ES細胞の未分化増殖においてLIFを含む培養培地を用いる必要はなく、LIFを含まない培養培地を用いてもよいのであるから、甲第1号証には、LIFを含まない培養培地を用いる方法が記載されているに等しいか、あるいは課題解決のための具体化手段における微差に該当するもの(実質同一)である。
したがって、本件特許発明1?11は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないので、取り消されるべきものである。

2 取消理由2(特許法第29条第2項)
甲第7号証には、ヒトEC細胞は霊長類ES細胞と最も類似し、同じ増殖条件が使用できることが記載されているから、甲第7号証に記載される霊長類胚幹細胞の未分化増殖法について、ヒトEC細胞の未分化増殖法を開示する甲第11号証に記載の方法を採用することは、当業者であれば容易に想到することができる。また、霊長類の胚幹細胞として甲第6号証に記載のヒト胚幹細胞を用いることは、当業者であれば容易に想到することができる。
したがって、本件特許発明1?4、6?8、10、11は、甲第7号証及び甲第11号証に記載の発明に基づいて、当業者が容易に想到することができるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず、また、本件特許発明5、9は、甲第7号証、甲第11号証及び甲第6号証に記載の発明に基づいて、当業者が容易に想到することができるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないので、取り消されるべきものである。

3 取消理由3(特許法第36条第4項)
本件特許発明1、3?7、9?11は、構成要件「線維芽細胞支持細胞層」で特定されていないが、本願出願時の技術常識を考慮しても、「線維芽細胞支持細胞層」を構成要件としない発明について、発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとは認められない。
したがって、本件特許発明1、3?7、9?11について、本件は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないから、取り消されるべきものである。

4 取消理由4(特許法第36条第6項1号)
本件特許発明1、3?7、9?11は、構成要件「線維芽細胞支持細胞層」で特定されていないが、本願出願時の技術常識に照らしても、「線維芽細胞支持細胞層」を構成要件としない発明まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないので、この出願の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものでない。
したがって、本件特許発明1、3?7、9?11について、本件は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項1号に規定する要件を満たしていないから、取り消されるべきものである。

第4 当合議体の判断
当合議体は、以下に述べるとおり、取消理由1、2、3及び4は、いずれも理由がないと判断する。

1 取消理由1(特許法第29条の2)について
(1)甲第1号証に記載された事項
甲第1号証(国際公開第00/70021号)には、以下の事項が記載されている。
(甲1-1)「本発明によるhEBは、好ましくは、細胞またはその集合体が容器壁に付着しない条件下、容器内におけるhES細胞の生体外培養により得られる。」(3頁10?12行)
(甲1-2)「別の態様によると、本発明は、(a)ヒト胚性幹(hES)細胞を用意し、(b)該細胞が分化を受けそして該細胞またはその集合体が容器壁に付着しない条件下、容器内において液体培養培地内でhES細胞を生体外で培養し、そして、(c)該細胞からhEBを発生させるために十分な時間にわたってインキュベーションすることを含んでなる、少なくとも1個のヒト由来胚様体(hEB)を得るための方法を提供する。
hES細胞が容器壁に付着しない条件は、容器壁などへの細胞の付着を妨げる媒体内に1種またはそれ以上の因子を加えて、細胞またはその集合体が付着不可能とする材料から作製された壁を有する容器内で細胞を培養することを含む。hESが分化を受ける条件は、分化の阻害剤、例えば白血病阻害因子および繊維芽細胞増殖因子が存在しないことを含む。」(3頁13?26行)
(甲1-3)「ヒトES細胞(H9クローン10)を、80%ノックアウト(KnockOut)^(TM)DMEM(ES細胞のための最適化したダルベッコの変更イーグル培地、Gibco-BRL)、20%ノックアウト(KnockOut)^(TM)SR(血清を含まない処方、Gibco-BRL)、1mMグルタミン(Gibco-BRL)、0.1mMβ-メルカプトエタノール(Sigma)、1%非必須アミノ酸ストック(Gibco-BRL)、10^(3)単位/ml白血病阻害因子(LIF)(Gibco-BRL)、および4ng/ml塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)(Gibco-BRL)からなる培養培地内のマウス胚線維芽細胞上で増殖させた。この条件下で大部分の細胞は未分化状態に保たれる。hEBの形成を誘導するために、ES細胞をプラスチックペトリ皿へ移行させ、これらの皿への付着を防止し、そしてこれらの集合を促進した。細胞の濃度は約10^(5)細胞/mlであった。このhEBを、次いで、白血病阻害因子または塩基性線維芽細胞増殖因子を含まない上記の培地内で培養した。」(5頁22行?6頁3行)

(2)判断
上記記載事項(甲1-3)の「ノックアウト(KnockOut)^(TM)SR培地」は、本件特許明細書【0004】及び【0011】の記載から、アルブミン又はアルブミン置換体、一種以上のアミノ酸、1種以上のビタミン、一種以上のトランスフェリン又はトランスフェリン置換体、1種以上の耐酸化剤、一種以上のインスリン又はインスリン置換体、一種以上のコラーゲン前駆体及び一種以上の微量元素を含んでいる培地であると認められる。また、上記記載事項(甲1-3)の「塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)(Gibco-BRL)」は、ヒトES細胞の培養に使用していることから、ヒト塩基性線維芽細胞成長因子であると認められる。
本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明(以下、「甲1発明」という)とを対比すると、両者は、「血清を含まない定義された培地中で霊長類の胚幹細胞を培養する方法であって、霊長類の胚幹細胞を培養培地中で培養して、幹細胞が培地中で増殖し、かつ、培地中における血清の不存在下で未分化状態を維持するようにする工程を含み、培養培地が、アルブミン、アミノ酸、ビタミン、無機物、一種以上のトランスフェリン又はトランスフェリン置換体、及び、一種以上のインスリン又はインスリン置換体を含み、血清を含まず、線維芽細胞支持細胞層以外の源から供給され、かつ、外因的に供給されたヒト塩基性線維芽細胞成長因子を含むことを特徴とする方法。」である点で一致し、本件特許発明1は、LIFを含まない培養培地であるのに対し、甲1発明は、LIFを含む培養培地である点で相違する。
そこで、上記相違点について検討する。
上記記載事項(甲1-3)において、ヒトES細胞をLIFを含む培養培地で培養しているのは、上記記載事項(甲1-2)の記載から明らかなように、LIFを分化の阻害剤として使用しているからであって、分化の阻害剤であるLIFを含まない培養培地を使用することは甲第1号証には記載も示唆もされていない。また、LIFをヒト塩基性線維芽細胞成長因子と併用している場合に、LIFを除いても、霊長類の胚幹細胞を未分化状態を維持することができることが、甲第1号証優先日当時の技術常識であったとも周知技術であったとも認めることができない。
したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない、ということはできない。
また、本件特許発明2?11は、本件特許発明1と同様に「LIFを含まず」という事項を含むものであるから、本件特許発明1と同様に、甲第1号証に記載された発明と同一であるから特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない、ということはできない。

(3)異議申立人の主張に対して
異議申立人は、LIFが霊長類ES細胞の分化を防がないことは、甲第6?10号証に示されるように甲第1号証優先日当時の技術常識であるかあるいは周知技術であり、LIFが霊長類ES細胞の分化を防がないのであれば、霊長類ES細胞の未分化増殖においてLIFを含む培養培地を用いる必要はなく、LIFを含まない培養培地を用いてもよいのであるから、甲第1号証には、LIFを含まない培養培地を用いる方法が記載されているに等しいか、あるいは課題解決のための具体化手段における微差に該当するもの(実質同一)である旨主張しているが、上記1(2)で述べたように、上記記載事項(甲1-2)の記載から、LIFを分化の阻害剤として使用していることは明らかであり、また、甲第6?10号証は、LIFをヒト塩基性線維芽細胞成長因子と併用している場合について何ら記載されていないので、甲第1号証には、LIFを含まない培養培地を用いる方法が記載されているに等しいということはできず、また、課題解決のための具体化手段における微差に該当するもの(実質同一)であるということはできない。
また、異議申立人は、甲第1号証の「このhEBを、次いで、白血病阻害因子または塩基性線維芽細胞増殖因子を含まない上記の培地内で培養した。」という記載を引用し、hES細胞のhEBへの分化培養において、「または」という記載が用いられているから、LIFが任意成分にすぎない旨主張しているが、異議申立人の主張によれば、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)も任意成分にすぎないことになるが、そのようなことが甲第1号証優先日当時の技術常識あるいは周知技術であったとはいえず、また、上記記載事項(甲1-2)の記載からすると、甲第1号証の上記記載は、hEBを、白血病阻害因子及び塩基性線維芽細胞増殖因子を含まない培地で培養していると解される。
したがって、異議申立人の上記主張はいずれも採用できない。

(4)小括
以上のとおりであるから、特許異議申立の理由及び証拠(甲第1号証)によっては、本件特許発明1?11が、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないということはできない。

2 取消理由2(特許法第29条第2項)について
(1)甲号証に記載された事項
ア 甲第7号証(米国特許第5,843,780号)
本件優先日前に頒布された刊行物である甲第7号証には、以下の事項が記載されている。
(甲7-1)「上記技術を用いて、我々は、2匹のアカゲザルの胚盤胞から3種の独立した胚幹細胞株を誘導した(R278.5、R366、及びR367)。」(14欄16?18行)
(甲7-2)「クローニングされたヒトLIFは細胞株の誘導の際に、及び初回継代のために培地中に存在していたが、外因性LIFを用いずにマウス胚線維芽細胞上で増殖したR278.5細胞は未分化のまま増殖し続けた。」(14欄66行?15欄2行)
(甲7-3)「霊長類ES細胞と最も密接に似ている現在利用可能な細胞株は、奇形癌由来の多能性不死細胞であるヒト胚癌細胞(EC)である(・・・・・・)。」(3欄4?10行)
(甲7-4)「アカゲザルとヒトの密接な進化的距離、及び霊長類ES細胞株を支持する条件と同様のものにおいて支持細胞依存性ヒトEC細胞株が増殖できるという事実を考慮すると、同じ増殖条件がヒトES細胞の単離及び増殖を可能にする。」(6欄66行?7欄4行)
(甲7-5)「霊長類胚幹細胞は、霊長類ICM及び多能性ヒト胚癌細胞と特性を共有する。したがって、推定霊長類ES細胞は、形態により、及びヒトEC細胞に特有の細胞表面マーカーの発現により特徴付けられてもよい。」(9欄31?35行)
(甲7-6)「表1で以下に開示するように、アカゲザル及びマーモセット細胞株は、5種の記述したマーカーについてヒトEC細胞株と同一である。したがって、成功した霊長類ES細胞培養物もまた、ヒトEC細胞を模倣する。」(10欄58?61行)
(甲7-7)「胚幹細胞を単離するのに最適な培地は、「ES培地」である。ES培地は、80%ダルベッコの変更イーグル培地(DMEM;ピルビン酸を含まない、高グルコース処方、Gibco ERL)、20%胎児ウシ血清(FBS;Hyclone)、0.1mMβ-メルカプトエタノール(Sigma)、1%非必須アミノ酸ストック(Gibco BRL)。」(7欄39?44行)

イ 甲第11号証(BBRC,Vol.191,No.1,p.188-195)
本件優先日前に頒布された刊行物である甲第11号証には、以下の事項が記載されている。
(甲11-1)「細胞増殖速度
無血清アッセイを用いて、FGFが未分化EC細胞の増殖速度に影響するか決定した。P19及びTera2クローン13 EC細胞のほぼコンフルエントの培養物を、EDTA(0.74mg/ml)を含有するCa2+及びMg2+不含リン酸緩衝化生理食塩水(PBS)中で10分間インキュベートし、BSA(0.2%)、トランスフェリン(10μg/ml)、Na_(2)SeO_(3)(30nM)、及びインスリン(5μg/ml)を含むDMEM:ハムF12培地の1:1混合液中に再懸濁し、他者(24)により記載されるように、ラミニン(2.5μg/ウェル)で被覆された6ウェルフレート培養皿(1ウェルあたり100,000細胞)中に蒔いた。一皿あたりの細胞数を4日間毎日決定した。次いで、指数関数的増殖期の増殖速度を決定し、FGF又はFCSの存在の相対効果を血清の不在下と比較した。」(189頁24?32行)
(甲11-2)「:Tera2クローン13 EC細胞
このヒトEC細胞は、ラミニン被覆基材上で、無血清培地において接着効率のより小さい低下を示した(データ示さず)ので、因子添加3日後の細胞数を、FGFの細胞分裂活性を調べるために用いることができた。代表的な実験の結果を図4に示す。P19 EC細胞のように、FGFl及びFGF2は、Tera2クローン13 EC細胞に対して細胞分裂性であったが、この場合、ヘパリンは何ら効果を有しないか(FGF1)、又は僅かに阻害的であったか(FGF2)のいずれかであった。」(192頁7?12行)
(甲11-3)「図4.無血清培地における、ラミニン上のTera2クローン13 EC細胞の増殖に対するFGFの効果
ラミニン被覆組織培養ウェルに細胞をゼロ時間で蒔き、細胞が接着した6時間後に因子を添加した。細胞を蒔いた75時間後に計数した。図は、3回の同様の実験のうちの1回の実験を示す。1、ゼロ時に蒔いた細胞数;2、血清無し; 3、10%FCS;4及び5、それぞれヘパリン無し及び有りのFGFl;6及び7、それぞれヘパリン無し及び有りのFGF2;8及び9、それぞれヘパリン無し及び有りのFGF4;10、KGF(部分的に精製);11、10のコントロール;12、END-2細胞により馴化された無血清培地。各点は3連で決定した。平均からの標準偏差を各値に示す。」(193頁、図4脚注)

ウ 甲第6号証(SCIENCE,Vol.282,p.1145-1147)
本件優先日前に頒布された刊行物である甲第6号証には、以下の事項が記載されている。
(甲6-1)「ヒトES細胞株は、3種全ての胚生殖層の誘導体を形成する能力を維持した。・・・・・・インビトロでは、このES細胞は、マウス胚線維芽細胞支持細胞層の不存下で培養した場合、ヒト白血病阻害因子(LIF)の存在及び不在下の双方において分化した(図1)」(1146頁左欄30?46行)

(2)判断
上記記載事項(甲7-2)において使用した「培地」の成分について、甲第7号証には、明確に記載されていないが、甲第7号証には、ES細胞の培養に使用する培地の成分について、上記記載事項(甲7-7)に示す記載しかないので、上記記載事項(甲7-2)において使用した「培地」は、上記記載事項(甲7-7)に示す「ES培地」であると認められる。そして、上記記載事項(甲7-7)中の「DMEM」は、アミノ酸、ビタミン、無機物を含む培地として周知のものであるから、上記記載事項(甲7-7)中の「ES培地」は、アミノ酸、ビタミン、無機物を含み、血清を含む培地であると認められる。
本件特許発明1と甲第7号証に記載された発明(以下、「甲7発明」という)とを対比すると、両者は、「定義された培地中で霊長類の胚幹細胞を培養する方法であって、霊長類の胚幹細胞を培養培地中で培養して、幹細胞が培地中で増殖し、かつ、未分化状態を維持するようにする工程を含み、培養培地が、アミノ酸、ビタミン、無機物を含み、LIFを含まない、ことを特徴とする方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1:定義された培地が、本件特許発明1は、血清を含まないのに対し、甲7発明は、血清を含む点
相違点2:本件特許発明1は、培地中における血清の不在下で未分化状態を維持するのに対し、甲7発明は、培地中における血清の存在下で未分化状態を維持する点
相違点3:培養培地が、本件特許発明1は、アルブミン、一種以上のトランスフェリン又はトランスフェリン置換体、及び、一種以上のインスリン又はインスリン置換体を含むのに対し、甲7発明は、そのような成分を含まない点
相違点4:培養培地が、本件特許発明1は、「線維芽細胞支持細胞層以外の源から培地へと外因的に供給され、かつ、外因的に供給されたヒト塩基性線維芽細胞成長因子」を含むのに対し、甲7発明は、そのような塩基性線維芽細胞成長因子を含まない点

そこで、上記相違点について検討する。
甲第7号証は、霊長類胚幹細胞の未分化増殖法に関するものであるが、その未分化増殖法に使用する培養培地は、甲第11号証に記載されている培養培地とは血清の有無、トランスフェリン、インスリン等の培養培地の成分の有無などの点で大きく異なっており、また、上記記載事項(甲7-2)の「アカゲザルとヒトの密接な進化的距離、及び霊長類ES細胞株を支持する条件と同様のものにおいて支持細胞依存性ヒトEC細胞株が増殖できるという事実を考慮すると、同じ増殖条件がヒトES細胞の単離及び増殖を可能にする。」という記載は、ヒトEC細胞株の任意の培養条件が、ヒトES細胞の培養に適用できることを意味していると解することはできないから、甲第7号証に記載されている霊長類胚幹細胞の未分化増殖法について、ヒトEC細胞の未分化増殖法を開示する甲第11号証に記載の方法を採用することは、当業者といえども容易に想到し得ることであるとはいえない。
したがって、本件特許発明1は、甲第7号証及び甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
また、本件特許発明2?11は、本件特許発明1と同様に「培養培地が、アルブミン、アミノ酸、ビタミン、無機物、一種以上のトランスフェリン又はトランスフェリン置換体、及び、一種以上のインスリン又はインスリン置換体を含み、血清及びLIFを含まず、線維芽細胞支持細胞層以外の源から供給され、かつ、外因的に供給されたヒト塩基性線維芽細胞成長因子を含む」という事項を含むものであるから、本件特許発明1と同様に、甲第7号証及び甲第11号証に記載された発明に基づいて、あるいは、甲第7号証、甲第11号証及び甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(3)異議申立人の主張に対して
異議申立人は、甲第7号証には、上記記載事項(甲7-3)?(甲7-6)に示したように、ヒトEC細胞は霊長類ES細胞と最も類似し、同じ増殖条件が使用できることが記載されているから、霊長類ES細胞の未分化増殖を可能にする培養条件として、ヒトEC細胞の未分化増殖法の培養条件を採用する動機付けがあり、そして、ヒトEC細胞の未分化増殖法を開示する甲第11号証には、上記相違点1?4全てが記載されているので、甲第7号証に記載される霊長類胚幹細胞の未分化増殖法について、甲第7号証自体に明示された動機付けに基づいて甲第11号証に記載の方法を採用することは、当業者であれば容易に想到することができる旨主張しているが、上記2(2)で述べたように、甲第7号証に記載されている霊長類胚幹細胞の未分化増殖法に使用する培養培地は、甲第11号証に記載されている培養培地とは血清の有無、トランスフェリン、インスリン等の培養培地の成分の有無などの点で大きく異なっており、また、上記記載事項(甲7-2)の「アカゲザルとヒトの密接な進化的距離、及び霊長類ES細胞株を支持する条件と同様のものにおいて支持細胞依存性ヒトEC細胞株が増殖できるという事実を考慮すると、同じ増殖条件がヒトES細胞の単離及び増殖を可能にする。」という記載は、ヒトEC細胞株の任意の培養条件が、ヒトES細胞の培養に適用できることを意味していると解することはできないから、異議申立人の上記主張は採用できない。

(4)小括
以上のとおりであるから、特許異議申立の理由及び証拠(甲第7号証、甲第11号証及び甲第6号証)によっては、本件特許発明1?11が、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないということはできない。

3 取消理由3、4(特許法第36条第4項第36条第6項第1号)について
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、「認知された結果は、特に、クローン細胞に適用可能である。この事について、拡張の為のクローンが、直接顕微鏡観察の下で、96ウエルプレートのウエル中に個々に細胞を配置する為に選択された。96ウエルプレートのウエル中に配置された192H-9細胞の内の二つのクローンが順番に拡張された(H-9.1及びH-9.2)。これらのクローンの両方を、血清代替物とbFGFで補充された培地で順番に連続して培養した。 H9.1及びH9.2細胞共に、クローン化後の8ヶ月を超える連続培養後でも正常なXX核型を維持した。H9.1及びH9.2クローンは、無血清培地における長期間培養後でも、三つの胚の胚葉全ての誘導体を形成する能力を維持した。培養6ヶ月後では、H9.1及びH9.2クローンは正常な核型を持つ事が確認され、次いで、SCID-ベージュマウスに注射された。」と記載されており(【0016】)、該記載は、線維芽細胞支持細胞層を用いることなく霊長類の胚幹細胞を培養したところ、培養後の細胞が未分化状態を維持していたことを示すものである。
したがって、本件特許発明1、3?7、9?11について、発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない、とすることはできず、また、本件特許発明1、3?7、9?11は、発明の詳細な説明に記載されたものではない、とすることはできない。
以上のとおりであるから、特許異議申立の理由によっては、本件が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないとすることはできず、また、本件が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないとすることはできない。

第5 むすび
以上のとおり、異議申立人が主張する取消理由1、2、3及び4によっては、請求項1?11に係る特許を取り消すことはできない。
したがって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-09-29 
出願番号 特願2001-565854(P2001-565854)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C12N)
P 1 651・ 536- Y (C12N)
P 1 651・ 121- Y (C12N)
最終処分 維持  
前審関与審査官 六笠 紀子荒木 英則  
特許庁審判長 中島 庸子
特許庁審判官 山崎 利直
高堀 栄二
登録日 2015-03-27 
登録番号 特許第5717311号(P5717311)
権利者 ウィスコンシン アラムニ リサーチ ファンデーション
発明の名称 霊長類の胚幹細胞の無血清培養  
代理人 星野 貴光  
代理人 山崎 一夫  
代理人 浅井 賢治  
代理人 熊倉 禎男  
代理人 箱田 篤  
代理人 市川 さつき  
代理人 辻居 幸一  

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