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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 H04B
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 取り消して特許、登録 H04B
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H04B
管理番号 1320535
審判番号 不服2015-20525  
総通号数 204 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-12-22 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-11-17 
確定日 2016-11-01 
事件の表示 特願2014-511121「送信機および送信方法」拒絶査定不服審判事件〔平成25年10月24日国際公開,WO2013/157282,請求項の数(13)〕について,次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は,特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,2013年1月28日(パリ条約による優先権主張日本国特許庁受理 2012年4月16日 日本国)を国際出願日とする出願であって,平成27年4月16日付けで拒絶理由(以下,「原審拒絶理由」という。)が通知され,これに対し,同年6月22日付けで手続補正がされ,同年8月13日付けで拒絶査定(以下,「原査定」という。)がされ,これに対し,同年11月17日に拒絶査定不服審判が請求され,その後,当審において平成28年6月28日付けで拒絶理由(以下,「当審拒絶理由」という。)が通知され,これに対し,同年9月2日付けで手続補正がされたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1ないし13に係る発明は,平成28年9月2日付けの手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1ないし13に記載された事項により特定されるものと認められる。
そして,本願の請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は次のとおりである。

「 送信RF(Radio Frequency)信号の電力を増幅する送信増幅器と,
前記送信増幅器にて増幅された送信RF信号に対し,所望の周波数成分以外の周波数成分を抑圧し,アンテナに出力するバンドパスフィルタと,
前記送信増幅器と前記バンドパスフィルタとの間に設けられ,前記送信増幅器にて増幅された送信RF信号の一部を進行波信号として取り出すと共に,該送信RF信号が前記アンテナにて反射した信号を反射波信号として取り出す取出部と,
前記取出部にて取り出された前記進行波信号および前記反射波信号の各々の信号レベルの二乗平均平方根を求めることでRMS(Root Mean Square)値を算出するRMS算出部と,
前記RMS算出部にて算出された前記進行波信号および前記反射波信号の各々のRMS値を基に,VSWR(Voltage Standing Wave Ratio)値を算出するVSWR算出部と,を有し,
前記VSWR算出部は,
前記進行波信号および前記反射波信号の各々のRMS値に応じた前記VSWR値が予め書き込まれた変換テーブルを具備し,
前記RMS算出部にて算出された前記進行波信号および前記反射波信号の各々のRMS値を基に,前記変換テーブルを用いて,前記VSWR値を算出し,
前記変換テーブルに予め書き込まれた,前記反射波信号のRMS値は,その本来の値に対して前記バンドパスフィルタの損失分低い値である,送信機。」

なお,本願発明は,拒絶査定時及び原審拒絶理由通知時における請求項12に係る発明に実質的に対応する。

第3 原査定の理由について
1.原査定の理由の概要
原審拒絶理由の概要は,次のとおりである。

「 理由

1.(新規性)(…中略…)

2.(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

3.(明確性)(…中略…)

記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)

●理由1(新規性),理由2(進歩性)について

・請求項 1-6,11,14
・引用文献等 1
・備考
引用文献1の図2には,送信増幅器(14)と,バンドパスフィルタ(17)と,進行波信号および反射波信号を取り出す取出部(15,16)と,VSWR算出部(25)とを備えた送信機が記載されている。また,引用文献1の[0034]-[0036]には,送信電力(進行波信号の電力)と反射波信号の電力の平方根を用いてVSWRを算出することが記載されているから,引用文献1に記載された送信機は,進行波信号および反射波信号の各々のRMS値を算出するRMS算出部を備えていると認められる。
さらに,引用文献1の図2には,切替部(19),ダウンコンバータ(20),A/Dコンバータ(23),歪み補正を行う補正部(11)が記載されている。また,取出部が,進行波信号を取出すカプラ(15)と反射波信号を取り出すサーキュレータ(16)で構成されることが記載されている。
してみれば,この出願の請求項1-6,11,14に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項との間に差異はない。

●理由2(進歩性)について

・請求項 7-10,12,13
・引用文献等 1-4
・備考
請求項7-9について,進行波信号を検出する回路(7)と反射波信号を検出する回路(8)とを別々に設けることは周知技術である。当該周知技術は引用文献2の図4に記載されている。
請求項12について,VSWRを算出する際に変換テーブルを用いることは周知技術である。当該周知技術は引用文献3の[0026]に記載されている。
請求項10,13について,VSWRを算出する送信器において,進行波信号と反射波信号を取り出すためにカプラを用いること(例えば引用文献4の図1に記載されている。),及び,進行波信号の電圧が閾値以上である場合に限りVSWR値を算出し,さらにVSWR値が閾値以上であればアラームを発生させること(引用文献4の[0009],[0035]が記載されている。),はいずれも周知技術である。
よって,請求項7-10,12,13に係る発明は,引用文献1及び周知技術に基づいて当業者が容易になし得たことである。

●理由3(明確性)について
(…中略…)

<引用文献等一覧>
1.国際公開第2012/042625号
2.特開2006-197545号公報(周知技術を示す文献)
3.特開2005-303651号公報(周知技術を示す文献)
4.特開2011-109451号公報(周知技術を示す文献)」
(以下省略)

原査定の理由の概要は,次のとおりである。

「 この出願については,平成27年 4月16日付け拒絶理由通知書に記載した理由2によって,拒絶をすべきものです。
なお,意見書並びに手続補正書の内容を検討しましたが,拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせません。

備考
●理由2(特許法第29条第2項)について

・請求項 1-14
・引用文献等 1-4
先に通知した引用文献1には,請求項1及び図2に,増幅器14と,BPF17と,前記増幅器14と前記BPF17との間に設けられたカプラ15及びサーキュレータ16とを備え,アンテナからの反射波と増幅器14によって増幅された信号のいずれか一方を出力するスイッチ部と,前記スイッチ部から出力される前記反射波と前記信号とから,VSWR値を算出するVSWR算出部25とを有する送信機が記載されている。また,引用文献1の[0035],[0036]には送信電力と反射波電力とからVSWRを算出する式(1),(2)が記載されている。

平成27年6月22日付け手続補正書に係る発明と引用文献1に記載された発明とを対比すると,両者の一致点及び相違点は以下の通りである。
(一致点)
送信RF(Radio Frequency)信号の電力を増幅する送信増幅器と,
前記送信増幅器にて増幅された送信RF信号に対し,所望の周波数成分以外の周波数成分を抑圧し,アンテナに出力するバンドパスフィルタと,
前記送信増幅器と前記バンドバスフィルタとの間に設けられ,前記送信増幅器にて増幅された送信RF信号の一部を進行波信号として取り出すと共に,該送信RF信号が前記アンテナにて反射した信号を反射波信号として取り出す取出部と,前記取出部にて取り出された前記進行波信号および前記反射波信号を基にVSWR(Voltage Standing Wave Ratio)値を算出するVSWR算出部と,を有する送信機。

(相違点)
本願発明は,進行波信号および反射波信号の各々のRMS(Root Mean Square)値を算出するRMS算出部を備え,前記RMS算出部にて算出された前記進行波信号および前記反射波信号の各々のRMS値を基に,VSWR値を算出するのに対して,引用文献1にはRMS算出部は記載されていない点。

上記相違点について検討すると,引用文献1の[0035],[0036]には送信電力と反射波電力とからVSWR値を算出することが記載されており,式(1)及び式(2)から,VSWRは送信電力の平方根と反射波電力の平方根とに基づいて算出されるといえる。
したがって,引用文献1に記載された発明において,送信電力の平方根と反射波電力の平方根とを算出するためにRMS算出部を設けることは,当業者が容易に想到しえたことである。

出願人は,平成27年6月22日付け意見書において,「引用文献1の式(2)には平方根の式が開示されていますが,この式は,VSWR値の算出過程の途中で反射係数γを求めるための式にすぎません」と主張している。しかし,上述の通り,VSWR値の算出過程の途中で反射係数γを求めるために送信電力の平方根と反射波電力の平方根を用いることから,当該送信電力の平方根と反射波電力の平方根とを算出するためにRMS算出部を設けることは当業者が容易に想到しえたことである。
また,出願人は「本願明細書の段落[0021]および図2に開示されているように,反射波がバンドパスフィルタで位相が回転してしまった場合,引用文献1に開示されたVSWR算出方法では,反射波の抽出のために位相に関して合成波と干渉波のベクトル演算を行う必要があり,反射波電力の算出のために合成波と干渉波の位相差角を求める必要があります。」と主張しているが,引用文献1に記載された発明の合成波と干渉波のベクトル演算を行う構成は,サーキュレータ16から漏れる信号を除去して正確な反射波電力を算出するための構成であり,VSWR値を算出する際に反射波電力の平方根を用いる構成とは直接関係しない。
したがって,出願人の主張は採用できない。

よって,請求項1-14に係る発明は,引用文献1-4に基づいて,当業者であれば容易になし得たものであるから,依然として,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

<引用文献等一覧>
1.国際公開第2012/042625号
2.特開2006-197545号公報(周知技術を示す文献)
3.特開2005-303651号公報(周知技術を示す文献)
4.特開2011-109451号公報(周知技術を示す文献)

なお,補正後の請求項12には,「変換テーブルに予め書き込まれた,前記反射波信号のRMS値は,前記バンドパスフィルタの損失分低い値である」と記載されているが,当該事項は発明の詳細な説明に記載されていない。
(以下省略)」

そうすると,原査定の拒絶の理由の趣旨は,補正前の特許請求の範囲の請求項12に係る発明は,当業者が引用文献1(国際公開第2012/042625号)に記載された発明に基づいて引用文献3(特開2005-303651号公報)に記載された周知技術を参酌することにより容易に発明することができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない,というものである。

2.原査定の判断
(1)引用発明及び周知技術
ア 引用発明
原査定で引用された国際公開第2012/042625号(以下,「引用例」という。)には,「無線通信装置および反射波取得方法」(発明の名称)について,図面とともに次の事項が記載されている。

(ア)「[0020] [第2の実施の形態]
次に,第2の実施の形態を,図面を参照して詳細に説明する。
図2は,第2の実施の形態に係る無線通信装置を示した図である。図2に示すように,無線通信装置は,歪補償処理部11,D/A(Digital/Analog)コンバータ12,乗算器13,20,増幅器14,21,カプラ15,サーキュレータ16,BPF(Band Pass Filter)17,22,アンテナ18,スイッチ19,A/D(Analog/Digital)コンバータ23,記憶部24,VSWR算出部25,および制御部26を有している。図2に示す乗算器20,増幅部21,BPF22,およびA/Dコンバータ23は,帰還部30を形成している。無線通信装置は,例えば,基地局に搭載され,携帯電話と無線通信を行う。
[0021] 歪補償処理部11には,アンテナ18を介して無線送信する送信信号が入力される。また,歪補償処理部11には,増幅器14によって増幅された送信信号が,カプラ15,スイッチ19,および帰還部30を介してフィードバックされる(以下,この信号をフィードバック信号と呼ぶことがある)。歪補償処理部11は,送信信号とフィードバック信号とに基づいて歪補償係数を更新し,入力される送信信号に歪補償係数を施して,増幅器14で生じる送信信号の歪を補償する。
[0022] D/Aコンバータ12は,歪補償処理部11から出力されるデジタルの送信信号をアナログの送信信号に変換する。 乗算器13は,D/Aコンバータ12から出力される送信信号に,図示しない発振器によって生成された無線周波数を有する発振信号を乗算する。これにより,送信信号は,無線周波数の信号に変換される。
[0023] 増幅器14は,無線周波数に変換された信号を増幅する。 カプラ15は,増幅器14から出力される信号をサーキュレータ16に出力するとともに,その一部をスイッチ19に出力する。
[0024] サーキュレータ16は,カプラ15から出力される信号をBPF17に出力する。また,サーキュレータ16は,アンテナ18で反射した信号をスイッチ19に出力する。以下では,アンテナ18で反射した信号を反射波と呼ぶことがある。
[0025] BPF17は,サーキュレータ16から出力される信号の所定帯域の信号成分を通過させ,無線送信する信号の不要な信号成分を除去する。 アンテナ18は,BPF17から出力される信号を通信相手の無線通信装置に無線出力する。
[0026] スイッチ19には,カプラ15から出力される信号と,サーキュレータ16から出力される反射波とが入力される。スイッチ19は,制御部26の制御に基づいて,カプラ15から出力される信号と,サーキュレータ16から出力される反射波との一方を,帰還部30に出力する。
[0027] 帰還部30の乗算器20は,スイッチ19から出力されるカプラ15からの信号に,図示しない発振器によって生成された発振信号を乗算する。これにより,カプラ15から出力される送信信号は,例えば,ベースバンド信号(歪補償処理部11に入力される送信信号)の周波数にダウンコンバートされる。また,乗算器20は,スイッチ19から出力されるサーキュレータ16からの反射波に,図示しない発振器によって生成された発振信号を乗算する。これにより,サーキュレータ16から出力される反射波は,例えば,ベースバンド信号の周波数にダウンコンバートされる。
[0028] 増幅部21は,乗算器20から出力される信号を増幅する。 BPF22は,乗算器20から出力される信号の所定帯域の信号成分を通過させ,不要な信号成分を除去する。
[0029] A/Dコンバータ23は,BPF22から出力されるアナログの信号をデジタルの信号に変換する。A/Dコンバータ23から出力される信号は,歪補償処理部11およびVSWR算出部25に出力される。
[0030] すなわち,帰還部30は,無線周波数の反射波および増幅器14によって増幅された信号の周波数をダウンコンバートし,VSWR算出部25がデジタル信号処理によってVSWRを算出し,歪補償処理部11がデジタル信号処理によって歪補償係数を更新できるように,アナログ#デジタル変換する。つまり,帰還部30は,反射波をVSWR算出部25に出力する回路と,フィードバック信号を歪補償処理部11にフィードバックする回路とを共通化している。
[0031] 記憶部24には,サーキュレータ16から漏れる信号の情報が予め記憶される。例えば,記憶部24には,工場出荷時にサーキュレータ16から漏れる信号のベクトル(振幅と位相)が記憶される。
[0032] ここで,サーキュレータ16は,上記したように,カプラ15から出力される信号をBPF17に出力し,アンテナ18からの反射波をスイッチ19に出力するが,本来出力すべきでないカプラ15からの信号の一部をスイッチ19に出力してしまう。記憶部24は,このサーキュレータ16から漏れる信号に情報を予め記憶する。以下では,サーキュレータ16から漏れる信号を干渉波と呼ぶことがある。
[0033] VSWR算出部25は,帰還部30から出力される反射波の反射波電力と,送信信号の送信電力とに基づいてVSWRを算出する。送信信号の送信電力は,例えば,設計時において予め知ることができる。
[0034] VSWR算出部25は,次の式(1),式(2)によってVSWRを算出できる。
[0035][数1]

[0036][数2]

ここで,式(1)のρはVSWRである。式(2)のP_(r)は反射波電力であり,P_(f)は送信電力である。
[0037] 上記したように,サーキュレータ16からスイッチ19に出力される信号には,干渉波と反射波が含まれる。そのため,スイッチ19がサーキュレータ16からの信号を出力している場合の帰還部30から出力される信号には,干渉波と反射波の合成波が出力される。以下で詳細に説明するが,VSWR算出部25は,記憶部24に記憶された干渉波に基づいて合成波から反射波を抽出し,適切なVSWRを算出する。
[0038] 制御部26は,スイッチ19の切替えを制御する。また,制御部26は,歪補償処理部11およびVSWR算出部25の動作を制御する。制御部26は,スイッチ19の出力を交互に切替え,歪補償係数の更新とVSWRの算出とが時分割で行われるようにする。
[0039] 例えば,制御部26は,サーキュレータ16からの信号を帰還部30に出力するようにスイッチ19を制御した場合,VSWRを算出するようにVSWR算出部25を動作させる。また,制御部26は,カプラ15からの信号を帰還部30に出力するようにスイッチ19を制御した場合,歪補償係数を更新するように歪補償処理部11を動作させる。」(第5-8ページ)

前記(ア)及びこの分野における技術常識を参酌すると,引用例には,次の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認める。

「 送信信号の電力を増幅する増幅器と,
前記増幅器にて増幅された送信信号に対し,所定低域の信号成分を通過させ,無線送信する信号の不要な信号成分を除去してアンテナに出力するバンドパスフィルタと,
前記増幅器と前記バンドパスフィルタとの間に設けられ,前記増幅器にて増幅された送信信号の一部の信号を取り出すカプラと,前記送信信号が前記アンテナにて反射した信号を反射波信号として取り出すサーキュレータと,
前記カプラにて取り出された前記一部の信号および前記サーキュレータにて取り出された前記反射波信号の各々の信号レベルの平方根を基に,VSWRを算出するVSWR算出部と,を有する,無線通信装置。」

イ 周知事項
原査定で引用された特開2005-303651号公報(以下,「周知例」」という。)には,「信号検査方法および信号検査回路」(発明の名称)について,図面とともに次の事項が記載されている。

(ア)「【0026】
記憶部10は,検出された進行波電圧Vf のデジタル値と反射波電圧Vr のデジタル値に対応するVSWRの値をテーブル形式で格納し,VSWRの値を容易に導き出せるようになっている。
更に,記憶部10には,導き出されたVSWRの値に対するモータドライブ8の制御量もテーブル形式で格納するようにしてもよい。」(第5ページ)

前記(ア)及びこの分野における技術常識を参酌すると,周知例には,次の事項(以下,「周知事項」という。)が記載されていると認める。

「 検出された進行波電圧のデジタル値と反射波電圧のデジタル値に対応するVSWRの値をテーブル形式で格納し,VSWRの値を容易に導き出せるようにすること。」

(2)対比・判断
ア 対比
本願発明と引用発明とを対比する。

引用発明の「送信信号」,「増幅器」,「所定低域の信号成分を通過させ,無線送信する信号の不要な信号成分を除去してアンテナに出力するバンドパスフィルタ」はそれぞれ,本願発明の「送信RF信号」,「送信増幅器」,「所望の周波数成分以外の周波数成分を抑圧し,アンテナに出力するバンドパスフィルタ」に相当する。

引用発明の「一部の信号」は,本願発明の「進行波信号」に相当する。
そして,本願明細書の段落【0086】には,「本実施形態においては,カプラ6とサーキュレータ14とで取出部を構成している。」と記載されているように,本願発明の「取出部」は,「カプラ」と「サーキュレータ」とで構成される態様を包含している。
よって,引用発明の「カプラ」及び「サーキュレータ」は,本願発明の「取出部」に相当する。

引用発明の「VSWR」は,本願発明の「VSWR値」に相当する。
そして,引用発明の「VSWR算出部」と本願発明の「VSWR算出部」とは,取出部にて取り出された進行波信号及び反射波信号に基づいてVSWR値を算出する点において共通する。

引用発明の「無線通信装置」は,本願発明の「送信器」に含まれるものである。

イ 一致点及び相違点
以上を総合すれば,本願発明と引用発明1とは,以下の点において一致ないし相違する。

[一致点]
「 送信RF(Radio Frequency)信号の電力を増幅する送信増幅器と,
前記送信増幅器にて増幅された送信RF信号に対し,所望の周波数成分以外の周波数成分を抑圧し,アンテナに出力するバンドパスフィルタと,
前記送信増幅器と前記バンドパスフィルタとの間に設けられ,前記送信増幅器にて増幅された送信RF信号の一部を進行波信号として取り出すと共に,該送信RF信号が前記アンテナにて反射した信号を反射波信号として取り出す取出部と,
前記取出部にて取り出された前記進行波信号および前記反射波信号を基に,VSWR(Voltage Standing Wave Ratio)値を算出するVSWR算出部と,を有する,送信機。」

[相違点]
本願発明は,「前記取出部にて取り出された前記進行波信号および前記反射波信号の各々の信号レベルの二乗平均平方根を求めることでRMS(Root Mean Square)値を算出するRMS算出部」を備え,「VSWR算出部」が,「前記RMS算出部にて算出された前記進行波信号および前記反射波信号の各々のRMS値」を基にVSWR値を算出する,との前提の元で,「前記進行波信号および前記反射波信号の各々のRMS値に応じた前記VSWR値が予め書き込まれた変換テーブル」を具備し,「前記変換テーブルに予め書き込まれた,前記反射波信号のRMS値は,その本来の値に対して前記バンドパスフィルタの損失分低い値である」との特徴を備えるのに対し,
引用発明は,VSWR値を算出するにあたり,進行波信号および反射波信号の各々の平方根を用いるものの,二乗平均平方根による「RMS値」を用いるものではなく,また,「バンドパスフィルタの損失分」を考慮した「変換テーブル」を用いることについても言及がない点。

ウ 判断
前記[相違点]について,判断する。

周知事項にあるように「検出された進行波電圧のデジタル値と反射波電圧のデジタル値に対応するVSWRの値をテーブル形式で格納し,VSWRの値を容易に導き出せるようにすること。」は周知技術であることから,[相違点]に係る本願発明の構成のうち,「変換テーブル」を用いて「VSWR値」を算出すること自体は,当業者が容易に想到し得たものと認められる。
しかしながら,進行波信号及び反射波信号の各々の信号レベルの二乗平均平方根を求めることでRMS値を算出し,当該RMS値を基にVSWR値を算出することは,当審拒絶理由通知で提示した他の引用文献にも記載がない。仮に,当該事項が周知技術であり,かつ,前記周知事項に係る周知技術を採用し得たとしても,「前記変換テーブルに予め書き込まれた,前記反射波信号のRMS値は,その本来の値に対して前記バンドパスフィルタの損失分低い値である」との構成が,当業者にとって容易に想到し得たということはできない。

(3)小括
したがって,本願発明は,当業者が引用発明に基づいて周知技術を参酌することにより容易に発明をすることができたものではない。
本願の請求項13に係る発明は,本願発明を方法の発明として特定したものであり,本願発明の技術的特徴を全て包含しているから,当業者が引用発明に基づいて周知技術を参酌することにより容易に発明をすることができたものではない。
本願の請求項2乃至12に係る発明は,本願発明をさらに限定したものであるので,当業者が引用発明に基づいて周知技術を参酌することにより容易に発明をすることができたものではない。

(4)まとめ
よって,原査定の理由によっては,本願を拒絶することはできない。

(5)補足
原査定の理由ではないが,原査定には,
「 なお,補正後の請求項12には,「変換テーブルに予め書き込まれた,前記反射波信号のRMS値は,前記バンドパスフィルタの損失分低い値である」と記載されているが,当該事項は発明の詳細な説明に記載されていない。」
との記載不備に関する指摘がある。
この指摘に関しては,実質的に,当審拒絶理由の理由1(明確性)の(2)において,拒絶の理由としていることから,後述する。

第4 当審拒絶理由について
1.当審拒絶理由の概要
当審拒絶理由の概要は,次のとおりである。

「 理 由

1.(明確性)この出願は,特許請求の範囲の記載が下記の点で,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
2.(実施可能要件)この出願は,発明の詳細な説明の記載が下記の点で,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
3.(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)

●理由1(明確性)について
(1)請求項1及び14に記載の「…信号の各々のRMS値」において,「信号」の「RMS値」とは,「信号」のどの成分をどのように処理ないし計算した値であるのか,明細書(特に,段落【0057】および【0061】)及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても明確でない。
(2)請求項12に記載の「前記変換テーブルに予め書き込まれた,前記反射波信号のRMS値は,前記バンドパスフィルタの損失分低い値である」において,「反射波信号のRMS値」は,何を基準にして「バンドパスフィルタの損失分低い」値であるのか日本語として明確でない。

よって,従属項も含め,請求項1ないし14に係る発明は,明確でない。

●理由2(実施可能要件)について
明細書の段落【0057】の記載「信号レベルの絶対値が同じである反射波信号R1,R2,R3は,位相が異なっているものの,そのRMS値は同じ値となる。すなわち,RMS値は,図4の円周の大きさに相当し,位相には依存しない。」からすると,「RMS値」は,信号レベルの絶対値,すなわち,信号の振幅(電圧)であると解される。
一方,明細書の段落【0061】の記載「このとき,進行波信号および反射波信号は,A/Dコンバータ10にてデジタル値に変換されているため,VSWR算出部12は,このデジタル値の二乗和を求めることで,算術演算によってRMS値を求めることができる。」(ここで,「VSWR算出部12」は,「RSM算出部」の誤記と解される。)からすると,「RMS算出部」は,A/Dコンバータの出力である「デジタル値」を「二乗和」して「RMS値」を求めるものと解されるが,A/Dコンバータは,各信号のどの成分を「デジタル値」として出力するのか不明である。よって,その「デジタル値」を「二乗和」すると,信号の振幅(電圧)が算出される理由も不明である。
よって,発明の詳細な説明は,請求項1ないし14に係る発明の「RMS値」の算出に関し,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。(実施可能要件)
なお,請求人は,審判請求書において,「例えば,送信電力をPfとすると,PfのRMSは,[{(Pf_(1))^(2)+・・・+(Pf_(N))^(2)}/N]^(1/2)で表されます(Nはサンプル数なので,任意の正の整数)。RMSは,対象の値を一度,二乗した後,平方根で元の次元に戻すものです。」と主張しており,当該主張によると,「RMS値」は,複数のサンプルの二乗和をサンプル数で割ったものを平方根で元の次元に戻したものであるが,このことは,明細書及び図面には記載されていない。

よって,この出願の発明の詳細な説明は,当業者が請求項1ないし14に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。

●理由3(進歩性)について
(1)請求項1,14について
引用文献1,2,3,4,5

引用文献1(特に,[0023],[0025],[0029],[0072]?[0081],図11?図13参照。)には,増幅器11と,アンテナ15から増幅された送信信号を出力するデュプレクサDUP14と,増幅器11とデュプレクサDUP14との間に設けられ,送信信号の一部を取り出すカプラ41及びサーキュレータ12と,アンテナからの反射波を取り出すサーキュレータ13と,送信信号の電力(送信電力)及び反射波の電力(反射波電力)を測定するディテクタDET19と,送信電力の平均値と,反射波電力の平均値を算出し,算出した各平均値に基づいてVSWRを算出するVSWR算出部45とからなる無線通信装置,が記載されている。
引用文献1に記載の「増幅器11」,「アンテナ15」,「送信信号」,「反射波」,「VSWR」,「無線通信装置」は,それぞれ,請求項1に係る発明の「送信増幅器」,「アンテナ」,「進行波信号」,「反射波信号」,「VSWR値」,「送信機」に相当する。
また,引用文献1に記載の「カプラ41」,「サーキュレータ12」及び「サーキュレータ13」は,進行波信号又は反射波信号を取り出す機能を有しているから,これらは全体として請求項1に係る発明の「取出部」に相当する。
さらに,引用文献1に記載の「VSWR算出部45」は,進行波信号と反射波信号とから算出される値に基づいてVSWR値を算出する機能を有する点において,請求項1に係る発明の「VSWR算出部」と共通する。
そうすると,請求項1に係る発明と,引用文献1に記載のものとは,以下の点で相違し,その余の点で一致している。

[相違点1]
請求項1に係る発明は,進行波信号と反射波信号の各々の「RMS値」を算出する「RMS算出部」を有し,「VSWR算出部」は,進行波信号と反射波信号の各々の「RMS値」を基に「VSWR値」を算出するのに対し,引用文献1に記載のものにおいては,VSWR算出部45が,進行波信号と反射波信号の各々の電力の平均値を算出し,進行波信号と反射波信号の各々の電力の平均値を基にVSWR値を算出する点。

[相違点2]
請求項1に係る発明は,「増幅されたRF信号に対し,所望の周波数成分以外の周波数成分を抑圧し,アンテナに出力するバンドパスフィルタ」を有し,「取出部」が,「送信増幅器」と「バンドパスフィルタ」との間に設けられるのに対し,引用文献1に記載のものにおいては,「取出部」に相当する「カプラ41」,「サーキュレータ12」及び「サーキュレータ13」は,増幅器11とデュプレクサ14の間に設けられている点。

以下,上記各相違点について検討する。

・[相違点1]について
引用文献2(特に,【0002】,【0029】参照。)及び引用文献3(特に,【0061】参照。)に記載されているように,送信電力の測定に,「RMS」(二乗平均平方根)を用いることは,この分野における周知技術である。
よって,引用文献1において,周知技術を適用することにより,進行波信号と反射波信号の各々の電力の平均値を算出し,進行波信号と反射波信号の各々の電力の平均値を基にVSWR値を算出することに替えて,RMS値算出部を設け,当該RMS値算出部により,進行波信号と反射波信号の各々の電力のRMS値を算出し,VSWR算出部により,進行波信号と反射波信号の各々の電力のRMS値を基にVSWR値を算出するよう構成することは当業者が容易に想到し得たことである。

・[相違点2]について
引用文献4(特に,【0011】,図1参照。)に記載のように,デュプレクサ内にバンドパスフィルタを設けることは,この分野における周知技術である。
また,引用文献5(特に,図2参照。)に記載のように,VSWRを算出するために,進行波信号及び反射波信号を取り出すカプラ及びサーキュレータを,増幅器とバンドパスフィルタとの間に設ける構成は公知である。
また,「バンドパスフィルタ」が,「増幅されたRF信号に対し,所望の周波数成分以外の周波数成分を抑圧し,アンテナに出力する」という機能を備えることは技術常識である。
したがって,引用文献1において,引用文献4に記載のような周知技術又は引用文献5に記載の公知技術を適用することにより,「増幅されたRF信号に対し,所望の周波数成分以外の周波数成分を抑圧し,アンテナに出力するバンドパスフィルタ」を設け,「取出部」(カプラ及びサーキュレータ)を,「送信増幅器」と「バンドパスフィルタ」との間に設けるよう構成することは,当業者が容易に想到し得たことである。

したがって,請求項1に係る発明は,引用文献1に記載された発明又は引用文献1及び引用文献5に記載された発明に基づいて,引用文献2ないし4に記載された周知技術を参酌することにより当業者が容易に想到し得たものである。
請求項1に係る発明とカテゴリが異なるにすぎない請求項14に係る発明についても同様である。

(2)請求項2について
引用文献1,2,3,4,5

(…中略…)

(3)請求項3について
引用文献1,2,3,4,5

(…中略…)

(4)請求項4について
引用文献1,2,3,4,5

(…中略…)

(5)請求項5について
引用文献1,2,3,4,5

(…中略…)

(6)請求項6ないし9,11について
引用文献1,2,3,4,5

(…中略…)

(7)請求項10について
引用文献1,2,3,4,5,6

(…中略…)

拒絶の理由が新たに発見された場合には拒絶の理由が通知される。

<引用文献等一覧>
1.国際公開第2011/111219号
2.特表2004-505575号公報
3.特表2011-515887号公報
4.特表2011-530243号公報
5.国際公開第2012/042625号
(以下省略)」

そうすると,当審拒絶理由の趣旨は,補正前の請求項1ないし14に係る発明は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件(明確性要件)を満たしておらず(理由1),及び,特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)を満たしておらず(理由2),並びに,補正前の請求項1ないし11及び14に係る発明は,引用文献1に記載された発明に基づいて引用文献2乃至6に記載されたような周知技術を参酌することにより当業者が容易に発明をすることができたものである(理由3)から,特許を受けることができない,というものである。
そして,補正前の請求項12及びこれを引用する請求項13に係る発明は,前記理由3の対象とはされていない。

2.当審拒絶理由の判断
(1)理由1(特許法第36条第2項:明確性)について
平成28年9月2日付けの手続補正により,明細書の段落【0061】に記載された「VSWR算出部12は,このデジタル値の二乗和を求めることで,算術演算によってRMS値を求めることができる。」が,「RMS算出部11は,このデジタル値で示される信号レベルの二乗平均平方根を求めることで,算術演算によってRMS値を求めることができる。」と誤記を正す補正がなされるとともに,請求項1及び請求項13(補正前の請求項14に相当)に記載された「RMS(…省略…)値を算出する」を,「信号レベルの二乗平均平方根を求めることでRMS(…(省略)…)値を算出すると補正されることにより,「RMS値」がいかなる値であるのかが明確となった。
また,前記手続補正により,請求項1(補正前の請求項12に相当)に記載の「前記バンドパスフィルタの損失分低い値」が,「その本来の値に対して前記バンドパスフィルタの損失分低い値である」に補正されることにより,「変換テーブル」の「反射波信号のRMS値」が,何を基準にして「バンドパスフィルタの損失分低い値」であるのかが明確となった。なお,当該補正された事項は,明細書の段落【0065】及び【0079】の記載によりサポートされている。
よって,理由1に係る拒絶の理由は,解消した。

(2)理由2(特許法第36条第4項第1号:実施可能要件)について
前記手続補正により,明細書の段落【0061】に記載された「VSWR算出部12は,このデジタル値の二乗和を求めることで,算術演算によってRMS値を求めることができる。」が,「RMS算出部11は,このデジタル値で示される信号レベルの二乗平均平方根を求めることで,算術演算によってRMS値を求めることができる。」と誤記を正す補正がなされ,発明の詳細な説明は,「RMS値」の算出に関し,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものとなった。
よって,理由2に係る拒絶の理由は,解消した。

(3)理由3(特許法第29条第2項:進歩性)について
請求項1ないし13に係る発明は,理由3に係る拒絶の理由の対象とされてない,補正前の請求項12に係る発明の技術的特徴をすべて備えている。
すると,請求項1ないし13に係る発明は,当業者が,当審拒絶理由通知で提示した各引用文献に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものとはいえない。
よって,理由3に係る拒絶の理由は,解消した。

第5 むすび
以上のとおり,原査定の理由によっては,本願を拒絶することはできない。
また,他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審決日 2016-10-17 
出願番号 特願2014-511121(P2014-511121)
審決分類 P 1 8・ 536- WY (H04B)
P 1 8・ 121- WY (H04B)
P 1 8・ 537- WY (H04B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 原田 聖子  
特許庁審判長 大塚 良平
特許庁審判官 山中 実
林 毅
発明の名称 送信機および送信方法  
代理人 緒方 雅昭  
代理人 宮崎 昭夫  

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