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審決分類 |
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09K |
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管理番号 | 1321945 |
審判番号 | 不服2015-12216 |
総通号数 | 205 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2017-01-27 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2015-06-29 |
確定日 | 2016-11-24 |
事件の表示 | 特願2008-280414号「制振材用エマルション及び制振材配合物」拒絶査定不服審判事件〔平成22年5月13日出願公開、特開2010-106168号〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
I.手続の経緯 この出願は、平成20年10月30日を出願日とする出願であって、平成25年9月3日付けの拒絶理由通知に対して同年11月11日に意見書・手続補正書が提出され、平成26年7月18日付けの拒絶理由通知に対して同年9月16日に意見書・手続補正書が提出され、平成27年3月25日に拒絶査定がなされ、これに対して同年6月29日に審判請求がなされるとともに手続補正書が提出され、同年9月11日に上申書が提出され、その後、平成28年4月22日付けの当審による拒絶理由を通知したところ、同年6月27日に意見書・手続補正書が提出されたものである。 II.本願発明 本願請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成28年6月27日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。 「【請求項1】 モノマー成分を重合して得られる単一種のポリマーから構成される制振材用エマルションであって、 該ポリマーは、重合される全モノマー成分100質量%に対して50?100質量%の(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸の金属塩、メチルアクリレート、メチルメタクリレート、エチルアクリレート、エチルメタクリレート、プロピルアクリレート、プロピルメタクリレート、イソプロピルアクリレート、イソプロピルメタクリレート、ブチルアクリレート、ブチルメタクリレート、イソブチルアクリレート、イソブチルメタクリレート、tert-ブチルアクリレート、tert-ブチルメタクリレート、ペンチルアクリレート、ペンチルメタクリレート、イソアミルアクリレート、イソアミルメタクリレート、ヘキシルアクリレート、ヘキシルメタクリレート、シクロヘキシルアクリレート、シクロヘキシルメタクリレート、オクチルアクリレート、オクチルメタクリレート、イソオクチルアクリレート、イソオクチルメタクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート、2-エチルヘキシルメタクリレートから選択される(メタ)アクリル系モノマーと、50?0質量%のギ酸ビニル、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、塩化ビニル、フッ化ビニル、スチレン、ジビニルベンゼン、α-メチルスチレン、ビニルトルエン、エチルビニルベンゼン、クロロメチルスチレン、フルオロメチルスチレン、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、アクリルアミド、メタクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、N-メチロールアクリルアミド、N-メチロールメタクリルアミドから選択されるその他の共重合可能なエチレン系不飽和モノマーとを含有するモノマー成分を重合してなるものであって、 該ポリマーは、ポリマー密度が1.13g/cm^(3)以上であり、かつ重量平均分子量が20000?400000であり、 該制振材用エマルションは、基材に塗布して制振性塗膜を形成する制振材配合物の必須成分として用いられることを特徴とする制振材用エマルション。」 III.当審による拒絶理由の概要 平成28年4月22日付けの当審による拒絶理由は、「平成27年3月25日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし5に係る発明は、本願明細書に記載されている範囲を超えているものであり、特許法第36条第6項1号に規定する要件を満たしていない。」旨を理由の一つにするものである。 IV.サポート要件に関する当審の判断 1.序 特許請求の範囲の記載は、特許請求の範囲に記載された発明が、本願明細書に記載された発明で、本願明細書の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである、または、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであることが必要であり、本願明細書のいわゆるサポート要件については、本願出願人、即ち、審判請求人が証明責任を負うと解するのが相当である(知財高裁特別部判決平成17年(行ケ)第10042号参照)。 2.本願明細書の記載 (ア)「【発明が解決しようとする課題】 【0006】 本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、より高いレベルで制振性に優れる制振材を形成することができる制振材用エマルション及び制振材配合物を提供することを目的とするものである。」 (イ)「【0007】 本発明者は、モノマー成分を重合して得られるポリマーから構成される制振材用エマルションを用いて、優れた制振性を有する制振材を製造する方法について種々検討したところ、ポリマー密度と該エマルションを用いて形成される膜の制振性とに相関性があるという知見を見いだした。すなわち、ポリマー密度がある特定値以上となるように高く設計することによって、制振材において際立って優れた制振性を示すエマルションを得ることができることを見いだした。このような知見は従来技術にはまったく認められず、本発明者によって見いだされた新たな知見であり、ポリマー密度が制振性能に大きく影響することを見いだしたこと自体に重要な技術的意義があるといえる。ポリマー密度は、計算によって求めることができ、これを1.11g/cm^(3)以上とすることによって、制振性の指標となる、制振材用エマルションから形成される膜の動的粘弾性の損失正接(tanδ)、制振材用エマルションを含む制振材配合物の損失係数をこれまでにない高いものとすることができる。また、ポリマーの重量平均分子量を制御することや、アクリル系モノマーを主体として合成したポリマーを用いることによって、加熱乾燥性や、制振材配合物中に含まれる他の原料の分散性を高め、より優れた制振材とすることができることを見いだした。そして、このような制振材用エマルションを用いて形成される制振材は、制振性を要する各種構造体に対して好適に用いることができ、上記課題をみごとに解決することができることに想到し、本発明に到達したものである。 なお、本発明は、ポリマー密度の計算によって、制振材用エマルションのポリマー設計を可能にするという新たなポリマー設計手法を提供するものでもある。ポリマー設計をいわゆるシミュレーションできる手法として、これまでにない効率性、有用性を有するものであるといえる。」 (ウ)「【0012】 上記ポリマーは、ポリマー密度が1.11g/cm^(3)以上である。ポリマー密度は、より高い方が優れた制振性を発揮することとなるが、これは、ポリマー鎖が密に詰まっていることによって、ポリマー鎖同士の摩擦が起こりやすく、振動エネルギーを熱エネルギーに変換する効率が向上したためと考えられる。上記ポリマー密度は、制振材用エマルションに含まれるポリマー全体として1.11g/cm^(3)以上であればよい。すなわち、制振材用エマルションに含まれるポリマー密度の平均が1.11g/cm^(3)以上であればよく、本発明の制振材用エマルションの中には、ポリマー密度が1.11g/cm^(3)未満のポリマーが含まれていてもよい。ポリマー密度としてより好ましくは、1.13g/cm^(3)以上であり、更に好ましくは、1.19g/cm^(3)以上であり、特に好ましくは、1.22g/cm^(3)以上である。」 (エ)「【0016】 上記ポリマーは、ポリマー密度が1.11g/cm^(3)以上であるが、これによれば、従来の制振材用エマルションから製造されるものでは得ることができない、より優れた制振性能を有する制振材を形成することができる。例えば、制振性は動的粘弾性測定における損失正接によって評価することができ、上記ポリマー密度を1.11g/cm^(3)以上とすることで、この制振材用エマルションから形成される膜の損失正接のピーク値を2.5以上と優れたものとすることができる。すなわち、上記制振材用エマルションから形成された膜は、動的粘弾性測定における損失正接(ピーク値)が2.5以上であることが好ましい。上記損失正接としては、2.6以上であることがより好ましく、更に好ましくは、2.7以上であり、特に好ましくは、2.8以上であり、最も好ましくは、2.9以上である。」 (オ)「【0066】 上記制振材配合物の制振性は、制振材配合物から形成される膜の損失係数を測定することにより評価することができる。 損失係数は、通常ηで表され、制振材に対して与えた振動がどの程度減衰したかを示すものである。上記損失係数は、数値が高いほど制振性能に優れていることを示す。上記制振材配合物から形成される膜の損失係数のピーク値として好ましくは、20%以上である。より好ましくは、21%以上であり、更に好ましくは、22%以上であり、特に好ましくは、23%以上である。 上記損失係数の測定方法としては、共振周波数付近で測定する共振法が一般的であり、半値幅法、減衰率法、機械インピーダンス法がある。本発明の制振材配合物において、制振材配合物から形成される膜の損失係数としては、片持ち梁法を用いた共振法(3dB法)により測定することが好適である。片持ち梁法を用いる測定は、例えば、株式会社小野測機製のCF-5200型FFTアナライザーを用いて行うことができる。 また、上記損失係数は、冷間圧延鋼板(SPCC-SD:250×10×1.6mm)上に200×10×3.0mmの塗膜容量で塗布し、95℃×30分乾燥後、130℃×60分焼付け乾燥することで被膜を形成して測定することが好ましい。損失係数の測定は、例えば、20℃、30℃、40℃、50℃及び60℃の各温度における損失係数を共振法(3dB法)により測定し、その中のピーク値により評価するのが好ましい。また、制振材配合物から形成される膜の実用温度範囲が通常では20?60℃であるので、20?60℃の各温度における損失係数を合計した値で制振性能を評価してもよい。」 (カ)「【0080】 なお、以下の実施例において、各種物性等は以下のように評価した。 <ポリマー密度> 上述した方法を用いて、Synthiaモジュール(Materials Studio^(R) Ver4.3、アクセルリス株式会社製)により計算したホモポリマー密度と、実施例、比較例及び参考例で用いた共重合体のポリマー密度とを算出した。なお、ポリマー密度の計算においては、温度を298K、分子量を100000と設定した。 以下に、実施例1?5、比較例1?3及び参考例1?2で用いた重合性モノマーについて、計算したそれぞれのホモポリマーのポリマー密度を示す。 酢酸ビニル(VAc):1.22g/cm^(3) メチルアクリレート(MA):1.24g/cm^(3) エチルアクリレート(EA):1.15g/cm^(3) 2-エチルヘキシルアクリレート(2EHA):1.00g/cm^(3) メチルメタクリレート(MMA):1.16g/cm^(3) ブチルメタクリレート(BMA):1.04g/cm^(3) スチレン(St):1.07g/cm^(3) アクリル酸(AA):1.35g/cm^(3) <Tg> 各段で用いたモノマー組成から、上述したFoxの式(上記計算式(1))を用いて算出した。なお、全ての段で用いたモノマー組成から算出したTgを「トータルTg」として記載した。重合性モノマー成分から合成したポリマーのガラス転移温度(Tg)を算出するのに使用した、それぞれのホモポリマーのTg値を下記に示した。なお、ホモポリマーのガラス転移温度については、上述したポリマーハンドブックを引用した。 酢酸ビニル(VAc):30℃ メチルアクリレート(MA):9℃ エチルアクリレート(EA):-22℃ 2-エチルヘキシルアクリレート(2EHA):-70℃ メチルメタクリレート(MMA):105℃ ブチルメタクリレート(BMA):20℃ スチレン(St):100℃ アクリル酸(AA):95℃ 【0081】 ・・・省略・・・ 【0084】 実施例1 撹拌機、還流冷却管、温度計、窒素導入管及び滴下ロートを取り付けた重合器に脱イオン水35部を仕込んだ。その後、窒素ガス気流下で撹拌しながら内温を70℃まで昇温した。一方、上記滴下ロートに酢酸ビニル 33部、メチルアクリレート 33部、エチルアクリレート 32部、アクリル酸 2部、連鎖移動剤であるt-ドデシルメルカプタン 0.4部、予め26%水溶液に調整したポリオキシエチレンアルキルエーテルの硫酸エステル塩(商品名:ラテムルWX、花王株式会社製) 9.6部及び脱イオン水 26部からなる単量体エマルションを仕込んだ。 70℃に調整した重合器に、単量体エマルションを滴下することで反応を開始させ、75℃まで温度を上げた後、内温を75℃に維持しながら単量体エマルションを3時間かけて均一に滴下した。同時に、5%過硫酸カリウム水溶液 10部及び2%亜硫酸水素ナトリウム水溶液10部を3時間かけて均一に添加した。滴下終了後、75℃で2時間反応を続け、各モノマーを完全に消費させた。その後、反応溶液を25℃まで冷却して25%アンモニア水を適量添加し、制振材用エマルションを得た。 得られた制振材用エマルションの不揮発分は53.2%、pHは7.9、粘度は110mPa・sであった。 【0085】 実施例2?5、比較例1?3、及び、参考例1?2 下記表1及び2に示すモノマー組成にした以外は、実施例1と同様にして制振材用エマルションを得た。得られた制振材用エマルションについて、実施例1と同様にして各種物性を測定し、その結果を下記表1及び2に示した。 【0086】 制振材配合物の調製 実施例1?5、比較例1?3及び参考例1?2で得られた制振材用エマルションを下記の通り配合し、制振材配合物として損失係数及び加熱乾燥性について評価した。評価結果については、下記表1及び2に示す。 制振材用エマルション 100部 充填剤 炭酸カルシウム NN#200^(*1 )250部 分散剤 アクアリックDL-40S^(*2) 1部 増粘剤 アクリセットWR-650^(*3) 2部 消泡剤 ノプコ8034L^(*4) 0.3部 発泡剤 F-30^(*5) 2部 * 1:日東粉化工業株式会社製 充填剤 * 2:株式会社日本触媒製 特殊ポリカルボン酸型分散剤(有効成分44 %) * 3:株式会社日本触媒製 アルカリ可溶性のアクリル系増粘剤(有効成 分30%) * 4:サンノプコ株式会社製 消泡剤(主成分:疎水性シリコーン+鉱物 油) * 5:松本油脂社製 発泡剤 【0087】 【表1】 【0088】 【表2】 【0089】 この結果、ポリマー密度が1.11g/cm^(3)以上となる実施例1?5においては、損失正接のピーク値は、2.5以上となり、優れた制振性を有するものであった。また、損失係数のピーク値においても20%以上であった。比較例1?3では、ポリマー密度が1.11g/cm^(3)未満の数値であり、損失正接のピーク値についても2.40以下と低いものであった。また、参考例1ではポリマー密度が1.11g/cm^(3)以上であり、高い制振性は得られているものの、重量平均分子量が12000であり、20000よりも小さいものであったため、加熱乾燥時に塗膜の膨れが観察され、加熱乾燥性としては充分ではなかった。また、参考例2においては、重量平均分子量が560000であり、400000よりも大きいものであったため、加熱乾燥時に塗膜の割れや、基材からの剥離が多数観察された。また、重量平均分子量が大きいことによって、同様のモノマー組成で製造した実施例3と比較して制振性が低下することとなった。また、貯蔵安定性において、実施例1及び3?5のように、(メタ)アクリル系モノマーを主体として重合されたポリマーを用いた制振材用エマルションが優れているものであった。酢酸ビニルを主体として重合を行った実施例2においては、制振材配合物としたときに、25℃で1週間貯蔵した場合にポリマー粒子の凝集が生じたが、実施例1及び3?5では、同様にして25℃で1週間貯蔵した場合にも凝集は生じていなかった。 上記結果より、ポリマー密度が1.11g/cm^(3)以上であることによって、優れた制振性を有する制振剤を形成することができることが立証されている。更に、重量平均分子量を制御することによって加熱乾燥性をも両立することができることが立証されたものである。 【0090】 なお、参考として、他の化合物のホモポリマー密度についても以下に記載する。 ブチルアクリレート(BA):1.07g/cm^(3) シクロヘキシルアクリレート(CHA):1.14g/cm^(3) メタクリル酸(MAA):1.22g/cm^(3) アクリルニトリル(AN):1.18g/cm^(3) アクリルアミド(AAm):1.27g/cm^(3) ヒドロキシエチルアクリレート(HEA):1.30g/cm^(3) フッ化ビニル:1.31g/cm^(3) 塩化ビニル:1.38g/cm^(3)」 3.本願発明の課題 前記「2.」の(ア)で示した「本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、より高いレベルで制振性に優れる制振材を形成することができる制振材用エマルション及び制振材配合物を提供することを目的とするものである。」(【発明が解決しようとする課題】【0006】)からして、本願発明は、「より高いレベルで制振性に優れる制振材を形成することができる制振材用エマルション及び制振材配合物を提供する」ことを目的とするものであり、そして、本願発明の課題は、この目的を達成することにあるということができる。 ここで、本願発明の課題である「より高いレベルで制振性に優れる制振材を形成することができる制振材用エマルション及び制振材配合物を提供する」ことの達成は、前記「2.」の(イ)で示した「本発明者は、モノマー成分を重合して得られるポリマーから構成される制振材用エマルションを用いて、優れた制振性を有する制振材を製造する方法について種々検討したところ、ポリマー密度と該エマルションを用いて形成される膜の制振性とに相関性があるという知見を見いだした。すなわち、ポリマー密度がある特定値以上となるように高く設計することによって、制振材において際立って優れた制振性を示すエマルションを得ることができることを見いだした。このような知見は従来技術にはまったく認められず、本発明者によって見いだされた新たな知見であり、ポリマー密度が制振性能に大きく影響することを見いだしたこと自体に重要な技術的意義があるといえる。ポリマー密度は、計算によって求めることができ、これを1.11g/cm^(3)以上とすることによって、制振性の指標となる、制振材用エマルションから形成される膜の動的粘弾性の損失正接(tanδ)、制振材用エマルションを含む制振材配合物の損失係数をこれまでにない高いものとすることができる。また、ポリマーの重量平均分子量を制御することや、アクリル系モノマーを主体として合成したポリマーを用いることによって、加熱乾燥性や、制振材配合物中に含まれる他の原料の分散性を高め、より優れた制振材とすることができることを見いだした。」(【0007】)からして、「損失正接(tanδ)および損失係数が高い制振材を形成することができる制振材用エマルション及び制振材配合物を提供する」ことの達成に相当すると認められる。そして、この損失正接(tanδ)および損失係数の値は、前記(エ)で示した「すなわち、上記制振材用エマルションから形成された膜は、動的粘弾性測定における損失正接(ピーク値)が2.5以上であることが好ましい。」(【0016】)および同(オ)で示した「損失係数は、通常ηで表され、制振材に対して与えた振動がどの程度減衰したかを示すものである。前記損失係数は、数値が高いほど制振性能に優れていることを示す。前記制振材配合物から形成される膜の損失係数のピーク値として好ましくは、20%以上である。より好ましくは、21%以上であり、更に好ましくは、22%以上であり、特に好ましくは、23%以上である。」(【0066】)からして、それぞれ2.5以上および20%以上であると解される。 したがって、本願発明の課題は、「2.5以上の損失正接(tanδ)および20%以上の損失係数を有する制振材を形成することができる制振材用エマルション及び制振材配合物を提供する」ことの達成を意味しているということができる。 4.検討・判断 本願発明の「重合される全モノマー成分100質量%に対して50?100質量%の(メタ)アクリル系モノマーと、その他の共重合可能なエチレン系不飽和モノマーとを含有するモノマー成分を重合してなるポリマー」について、前記「2.」の(ウ)で示した「上記ポリマーは、ポリマー密度が1.11g/cm^(3)以上である。ポリマー密度は、より高い方が優れた制振性を発揮することとなるが、これは、ポリマー鎖が密に詰まっていることによって、ポリマー鎖同士の摩擦が起こりやすく、振動エネルギーを熱エネルギーに変換する効率が向上したためと考えられる。上記ポリマー密度は、制振材用エマルションに含まれるポリマー全体として1.11g/cm^(3)以上であればよい。すなわち、制振材用エマルションに含まれるポリマー密度の平均が1.11g/cm^(3)以上であればよく、本発明の制振材用エマルションの中には、ポリマー密度が1.11g/cm^(3)未満のポリマーが含まれていてもよい。ポリマー密度としてより好ましくは、1.13g/cm^(3)以上であり、更に好ましくは、1.19g/cm^(3)以上であり、特に好ましくは、1.22g/cm^(3)以上である。」(【0012】)との記載があるが、これは、単なる推論でしかなく、その推論の正当性に対する合理的な裏付けがあるものとはいえない。 したがって、「より高いレベルで制振性に優れる制振材(2.5以上の損失正接(tanδ)および20%以上の損失係数を有する制振材)を形成することができる制振材用エマルション及び制振材配合物を提供する」ことを達成せしめるという本願発明の課題を解決する作用機序が、本願明細書に示されているとはいえない。 また、本願発明の「重合される全モノマー成分100質量%に対して50?100質量%の(メタ)アクリル系モノマーと、その他の共重合可能なエチレン系不飽和モノマーとを含有するモノマー成分を重合してなるポリマー」について、前記「2.」の(カ)には、ポリマーが「1.13g/cm^(3)以上のポリマー密度」を有し、制振材が「2.5以上の損失正接(tanδ)」および「20%以上の損失係数」を有する実施例1、3ないし5、参考例1、2が示されており、これらの例における「(メタ)アクリル系モノマー」の組合せは、「メチルアクリレート(33部)、エチルアクリレート(32部)、アクリル酸(2部)」(実施例1)、「メチルアクリレート(72部)、アクリル酸(2部)」(実施例3)、「メチルアクリレート(50部)、アクリル酸(2部)」(実施例4)、「メチルアクリレート(33部)、エチルアクリレート(32部)、ブチルメタクリレート(33部)、アクリル酸(2部)」(実施例5)および「エチルアクリレート(72部)、ブチルメタクリレート(26部)、アクリル酸(2部)」(参考例1、2)の6つであり、これは、「(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸の金属塩、メチルアクリレート、メチルメタクリレート、エチルアクリレート、エチルメタクリレート、プロピルアクリレート、プロピルメタクリレート、イソプロピルアクリレート、イソプロピルメタクリレート、ブチルアクリレート、ブチルメタクリレート、イソブチルアクリレート、イソブチルメタクリレート、tert-ブチルアクリレート、tert-ブチルメタクリレート、ペンチルアクリレート、ペンチルメタクリレート、イソアミルアクリレート、イソアミルメタクリレート、ヘキシルアクリレート、ヘキシルメタクリレート、シクロヘキシルアクリレート、シクロヘキシルメタクリレート、オクチルアクリレート、オクチルメタクリレート、イソオクチルアクリレート、イソオクチルメタクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート、2-エチルヘキシルメタクリレート」から選択される「(メタ)アクリル系モノマー」(当審注:下線部のモノマーは、実施例1、3ないし5、参考例1、2において用いられているもの)の組合せの内のごく一部である、つまり、本願明細書には、本願発明の課題である「2.5以上の損失正接(tanδ)および20%以上の損失係数を有する制振材を形成することができる制振材用エマルション及び制振材配合物を提供する」ことを達成せしめる「(メタ)アクリル系モノマー」の組合せとして、メチルアクリレート(エステル部分の炭素数が1つのもの)、エチルアクリレート(エステル部分の炭素数が2つのもの)、ブチルメタクリレート(エステル部分の炭素数が4つのもの)およびアクリル酸(エステル部分の炭素数がゼロのもの)の4種から選ばれた、前記6つの組合せ(わずかな組合せ)しか示されていない。 さらに、「(メタ)アクリル系モノマー」の組合せについて、組合される(メタ)アクリル系モノマーの種類(モノマーの主鎖の炭素数、モノマーのエステル部分の炭素数等)、組合される(メタ)アクリル系モノマーの配合割合によってポリマーの物性が大きく変わることは、本願出願時の技術常識であるということができる。 そうすると、本願明細書には、本願発明の課題を解決する作用機序が示されておらず、また、本願発明の課題を解決する「(メタ)アクリル系モノマー」の組合せの例として前記6つの組合せ(僅かな組合せ)しか示されておらず、さらに、前記技術常識からすると、「(メタ)アクリル系モノマー」の組合せを「(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸の金属塩、メチルアクリレート、メチルメタクリレート、エチルアクリレート、エチルメタクリレート、プロピルアクリレート、プロピルメタクリレート、イソプロピルアクリレート、イソプロピルメタクリレート、ブチルアクリレート、ブチルメタクリレート、イソブチルアクリレート、イソブチルメタクリレート、tert-ブチルアクリレート、tert-ブチルメタクリレート、ペンチルアクリレート、ペンチルメタクリレート、イソアミルアクリレート、イソアミルメタクリレート、ヘキシルアクリレート、ヘキシルメタクリレート、シクロヘキシルアクリレート、シクロヘキシルメタクリレート、オクチルアクリレート、オクチルメタクリレート、イソオクチルアクリレート、イソオクチルメタクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート、2-エチルヘキシルメタクリレート」から選択される「(メタ)アクリル系モノマー」の組合せに限定したとしても、これの全般にまで拡張・一般化することはできない。 5.審判請求人の主張の検討 請求人は、当審における拒絶理由に対する意見書において、「(メタ)アクリル系モノマーについては、(メタ)アクリル酸やその金属塩と、2-エチルヘキシルアクリルレート等の(メタ)アクリル酸のアルキルエステルであって、エステル部分の炭素数が1?8までのものに特定しています。本願明細書の実施例1?5では、(メタ)アクリル酸エステルとしてエステル部分の炭素数が1?4までのものが使用され、エステル部分の炭素数が8の2-エチルヘキシルアクリルレートは比較例1?3で使用されています。比較例1?3のポリマーはいずれも実施例のものに比べて制振性に劣る結果になっていますが、それは2-エチルヘキシルアクリルレートを用いた場合には制振性に劣るポリマーとなるということではなく、あくまで本願発明の特徴であるポリマー密度が1.13g/cm^(3)未満であることによるものです。実施例1?5と比較例1?3で使用されているモノマーの種類や配合割合を比べれば、2-エチルヘキシルアクリルレートを使用した場合であっても、使用するモノマーの種類や配合割合を調整することでポリマー密度が1.13g/cm^(3)以上のポリマーを製造することが可能であり、そのようなポリマーが制振性に優れたものとなることを当業者であれば理解することができるものと思料します。」との主張をしている、つまり、(メタ)アクリル系モノマーと、その他の共重合可能なエチレン系不飽和モノマーとを含有するモノマー成分を重合してなるポリマーの密度が1.13g/cm^(3)以上でありさえすれば、ポリマーが制振性に優れたものとなる旨を主張していると認められる。 しかしながら、前記で示したように、本願明細書には、「より高いレベルで制振性に優れる制振材(2.5以上の損失正接(tanδ)および20%以上の損失係数を有する制振材)を形成することができる制振材用エマルション及び制振材配合物を提供する」ことを達成せしめるという本願発明の課題を解決する作用機序が示されておらず、また、本願発明の課題を解決する「(メタ)アクリル系モノマー」の組合せの例として前記6つの組合せ(僅かな組合せ)しか示されておらず、さらに、前記技術常識からすると、(メタ)アクリル系モノマーと、その他の共重合可能なエチレン系不飽和モノマーとを含有するモノマー成分を重合してなるポリマーの密度を1.13g/cm^(3)以上にしさえすれば、ポリマーが制振性に優れたものとなるかは、不明であるといわざるを得ない。 したがって、前記請求人の主張を採用することはできない。 6.小括 平成28年6月27日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載は、本願明細書に記載されている範囲を超えているものであり、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものではない。 なお、平成28年6月17日に補正案が提出されたが、これの特許請求の範囲の請求項1の記載は、平成28年6月27日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載と同じであるので、補正案の請求項1の記載についても、前記「判断」と同じ判断となる。 IV.結論 以上のとおり、本願は、特許法第36条第6項第1項に規定する要件を満たすものではないので、拒絶をすべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2016-09-23 |
結審通知日 | 2016-09-27 |
審決日 | 2016-10-11 |
出願番号 | 特願2008-280414(P2008-280414) |
審決分類 |
P
1
8・
537-
WZ
(C09K)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 井上 恵理 |
特許庁審判長 |
冨士 良宏 |
特許庁審判官 |
豊永 茂弘 橋本 栄和 |
発明の名称 | 制振材用エマルション及び制振材配合物 |
代理人 | 特許業務法人 安富国際特許事務所 |