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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B63B
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B63B
管理番号 1321954
審判番号 不服2015-18235  
総通号数 205 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-01-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-10-07 
確定日 2016-11-24 
事件の表示 特願2013-137341号「船舶の気泡保持装置」拒絶査定不服審判事件〔平成25年10月24日出願公開、特開2013-216323号〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成20年4月8日に出願した特願2008-100894号(以下、「原出願」という。)の一部を平成25年6月28日に新たな特許出願としたものであって、平成26年4月14日付けで1回目の拒絶理由が通知され、これに対して同年7月14日に1回目の意見書及び手続補正書が提出され、平成26年12月25日付けで2回目の拒絶理由が通知され、これに対して平成27年3月9日に2回目の意見書及び手続補正書が提出され、同年7月1日付けで同年3月9日付けの2回目の手続補正が決定をもって却下されるとともに、2回目に通知された拒絶理由によって同年7月1日付けで拒絶査定がなされ、同査定の謄本は同年7月7日に請求人に送達された。これに対して、同年10月7日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に3回目の手続補正書が提出されたものである。

第2 平成27年10月7日付け手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成27年10月7日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
1 本件補正の内容
(1)本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりに補正された。(下線部は、補正箇所を示す。)

「船舶の船底に設けた前記船底に沿って気泡を噴出する気体噴出口と、この気体噴出口に気体を送気する送気手段と、この送気手段を駆動する駆動装置とを備え、少なくとも前記気体噴出口以降の前記船舶の前記船底に係る長手方向に底辺の断面幅が高さに対して1以上の凸部を隣接させて凹凸断面を形成するとともに、前記凹凸断面を横に連なる形状として構成し、噴出された前記気泡が、前記凹凸断面の前記凸部の頂点を連ねるラインの内側の凹部の水流に付随して船尾方向に流れるとともに前記ラインの外側にも流れるように前記凸部の高さを前記船舶が航行上の安定化のために備えたビルジキールの高さよりも低く構成したことを特徴とする船舶の気泡保持装置。」

(2)本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の平成26年7月14日の手続補正による特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである。

「船舶の船底に設けた前記船底に沿って気泡を噴出する気体噴出口と、この気体噴出口に気体を送気する送気手段と、この送気手段を駆動する駆動装置とを備え、少なくとも前記気体噴出口以降の前記船舶の前記船底に係る長手方向に底辺の断面幅が高さに対して1以上の凹凸断面を形成し、かつ前記凹凸断面を横に連なる形状として構成し、噴出された前記気泡が、前記凹凸断面の凸部の頂点を連ねるラインの内側の凹部に付随して流れるとともに前記ラインの外側にも流れるように前記凹凸断面の高さを構成したことを特徴とする船舶の気泡保持装置。」

2 本件補正の適否
上記補正は、請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「凹凸断面」に関し、「凸部を隣接させて」との限定を付加し、「気泡」に関し、「凹部の水流に付随して船尾方向に流れる」との限定を付加し、「凹凸断面の高さ」を「凸部の高さ」と限定するとともに、該「凸部の高さ」を「前記船舶が航行上の安定化のために備えたビルジキールの高さよりも低く構成」するとの限定を付加するものであり、かつ、補正前の請求項1に記載された発明と、補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるので、本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また、特許法第17条の2第3項、第4項に違反するところはない。
そこで、本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下、「本件補正発明」という。)が特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について以下に検討する。

3 独立特許要件(特許法第29条第2項)
(1)本件補正発明は、上記1(1)に記載したとおりのものである。

(2)引用文献の記載事項
(2-1)原査定の拒絶の理由において引用文献1として引用し、本願の原出願の出願日前に頒布された刊行物である特開平8-268377号公報(以下「引用文献」という。)には、以下の事項が記載されている。(下線は、当審で付与。以下同様。)

ア 「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は船舶、液体輸送路、水中杭等の液体と接する構造物の表面構造に関するものである。
【0002】
【従来の技術】一般に船舶や液体輸送路又は水中杭等の如き液体と接する表面を有する構造物においては、その表面に沿った流れがある場合に流体摩擦抵抗が生じる。また、このような流れがない場合には水中生物がその表面に付着したり、あるいは腐食が生じる等の問題がある。」

イ 「【0007】
【発明が解決しようとする課題】ところで本発明者等は、この微細な凹凸を有する表面の特性について更に研究を進めた。その結果、構造物の表面、具体的には膜体表面に沿う液体の流れが速くなると空気膜は液体流れから大きなせん断力を受けて次第に不安定化し、例えば流速が3?4m/sになると、この表面が下向きであっても空気膜の一部が気泡となって表面から剥離し、空気膜が薄くなる傾向がでてくることが分かった。このことから周囲の液体の流れが速い構造物に前記方法を適用するときは、表面から剥離する空気を補うため余分な空気を供給する必要があり、その結果、動力費が増加することとなる。」

ウ 「【0012】
【実 施 例】以下図1乃至図10を参照して本発明による液体と接する構造物の表面構造の実施例を説明する。図1は液体と接する構造物が船舶である場合においてその船舶の概略側面図であり、1は船体で、この船体1の底部2及び船側部2aの没水表面は膜体3,3aで被覆され、その前方から後方に向って空気を噴出するようにノズル4が配設され、コンプレッサ5から供給された空気がこのノズル4から膜体3,3aに沿って噴出するように供給されるようになっている。
【0013】この膜体3,3aについて詳述すれば、底部2を被覆する膜体3は、その表面が図2に断面で示すように底部2の前後方向、即ち、略流れ方向に沿って配置された多数の断面がV型の細溝6を平行に配置している。そしてこのV型細溝6は、図2のように塗料を塗布した膜体3自体で構成することもできるが、図3に示すようにあらかじめ底部2表面にV型細溝6aを直接あるいは細溝加工をした表面部材を底部2の表面に積層し、その表面に塗料を塗布して細溝型の膜体3で構成することもできる。
【0014】このV型細溝6はノズル4から噴出する空気あるいは気体を細溝内に保持する機能を持たせる必要がある。従って、この細溝6は、その開口部7の間隔s(山と山の間の距離)が2.5mm以下で、深さ(山の高さ)hとの比である、s/hが2以下となるよう構成する。寸法比s/hを2以下としたのは、この値を超えると溝凹部に保持されている空気が液体流れのせん断力により持ち去られ易くなるためである。また、前記開口部7の間隔sは、液体の流速が大きくなるほど小さくする必要がある。」

エ 「【0017】このように凹部10内に空気aが薄いフイルムのように保持された状態で、その膜体表面12の表面に空気a’を図1のようにノズル4より噴出して供給すると、この空気a’は容易に空気膜13を形成する。なお、この図5は説明の都合で天地が逆転して描かれているが、この空気膜13を介して船体1の底部2あるいは船側部2aの表面に沿って水14が矢印Xのように流れることになる。この図には示されていないが、V型細溝6は前記矢印Xの方向に形成されており、その表面に微細な凹凸が形成されているのである。
【0018】そしてこのような作用をする微細な凹凸を有する膜体表面12を、液体の流れの方向に沿って形成したV型細溝6の表面に形成することにより、図3に示すように、このV型細溝6内及びこのV型細溝6を形成する頂部6b上にも空気膜15が形成されることになる。このようにして形成された空気膜15は流体である水14が速く流れたとしても(船速が増加)、V型細溝6の凹部では遅い流れが形成され、水14の流れによる空気膜15は剥離が極めて少なくなるのである。
【0019】本発明によれば、V型細溝6を形成している表面に微細な凹凸を形成してある膜体表面12によって図4に示すように薄い空気aの層を保持し、更に図5のようにその空気aの表面に空気a’を流すことによってこの空気aと空気a’とが合体した空気膜15を図3のように形成する。 そしてV型細溝6がその凹部6aで水の流れを遅くして空気膜15の剥離を抑制することによって、この空気膜15によって水14と船体1の底部あるいは船側部2a(図1)とが直接に接触しない状態を安定して保持することができるのである。」

オ 「【0027】前記供試平板26の表面(下面)には開口部の間隔sが1.0mm、深さhが1.0mmのV型溝を形成した表面層と、比較用として表面が平坦な表面層の2種類のものを用意して空気膜形成能を付与するために次のような表面処理を行なった。・・・」

カ 「【0031】前記のような多数の試験を行った結果、V型細溝の効果は、開口部の間隔sが2.5?0.3mm、好ましくは1.5?0.5mmである上に、深さhとの比s/hが2?0.5、好ましくは1.5?0.7であることが多数の試験結果より得られている。」


キ 上記ア?カ(以下「摘記事項ア」などという。)及び各図面の図示内容に基づき、以下の事項が認定できる(以下「認定事項(ア)」などという。)。

(ア)摘記事項ウ(段落【0012】)の「図1は液体と接する構造物が船舶である場合においてその船舶の概略側面図であり、1は船体で、この船体1の底部2及び船側部2aの没水表面は膜体3,3aで被覆され、その前方から後方に向って空気を噴出するようにノズル4が配設され、コンプレッサ5から供給された空気がこのノズル4から膜体3,3aに沿って噴出するように供給される」との記載、及び【図1】の図示内容により、ノズル4は、船舶の底部2に設けた前記底部2に沿って空気を噴出するものであることが理解できる。また、コンプレッサ5が何らかの駆動装置によって駆動されていることは技術常識であるから、船舶は、コンプレッサ5を駆動する駆動装置を備えていることは明らかである。

(イ)摘記事項ウ(段落【0013】)の「図2に断面で示すように底部2の前後方向、即ち、略流れ方向に沿って配置された多数の断面がV型の細溝6を平行に配置している。」との記載、同(段落【0014】)の「この細溝6は、その開口部7の間隔s(山と山の間の距離)が2.5mm以下で、深さ(山の高さ)hとの比である、s/hが2以下となるよう構成する」との記載、摘記事項エ(段落【0019】)の「V型細溝6がその凹部6aで水の流れを遅くして空気膜15の剥離を抑制する」との記載、及び【図1】、【図3】から、ノズル4以降の船舶の底部2の前後方向、即ち、略流れ方向に沿って配置された断面が開口部7の間隔s(山と山の間の距離)が、深さ(山の高さ)hとの比である、s/hが2以下となる山と凹部6aを有する多数のV型の細溝6を平行に配置していることが理解できる。

以上の摘記事項、図示内容、及び認定事項を総合し、請求項1の記載に則って整理すると、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

「船舶の底部2に設けた前記底部2に沿って空気を噴出するノズル4と、このノズル4に空気を供給するコンプレッサ5と、このコンプレッサ5を駆動する駆動装置とを備え、前記ノズル4以降の前記船舶の底部2の前後方向、即ち、略流れ方向に沿って配置された断面が開口部7の間隔s(山と山の間の距離)が、深さ(山の高さ)hとの比である、s/hが2以下となる山と凹部6aを有する多数のV型の細溝6を平行に配置し、噴出された前記空気を細溝内に保持するとともに、このV型細溝6内及びこのV型細溝6を形成する頂部6b上にも空気膜15が形成される船舶の表面構造。」

(2-2)原査定の拒絶の理由において引用文献2として引用し、本願の原出願の出願日前に頒布された刊行物である特開昭60-139586号公報(以下「引用文献2」という。)には、以下の事項が記載されている。

ク 2頁左上欄13行?16行
「そして突起7相互の間に浮上しようとする気泡粒は船尾方向に導かれつつも集合されると共に粗粒化されて、空気の混合率の多い気泡層から空気層へと成長してゆく」

ケ 2頁左下欄9行?12行
「なおローリングに対しても第10図に示すように船底外板5がたえず空気層につつまれているようにビルジキール15の高さを充分高くすることも考えられる。」

(3)対比
本件補正発明と引用発明とを対比すると、その意味、機能または構造からみて、
ア 後者の「底部2」は「船底」に相当する。また、「空気を噴出するノズル4」から水中で空気が噴出される際に、該空気が気泡の状態になることは技術常識であるから、後者の「空気を噴出する」「ノズル4」は前者の「気泡を噴出する」「気体噴出口」に相当するといえる。

イ 後者の「空気を供給する」「コンプレッサ5」は前者の「気体を送気する」「送気手段」に相当する。

ウ 後者の「山」は前者の「凸部」に相当するところ、後者の「山と凹部6aを有する多数のV型の細溝6」の断面は凹凸断面となっていることは明らかである。
そして、後者の「底部2の前後方向、即ち、略流れ方向に沿って配置された・・・山と凹部6aを有する多数のV型の細溝6を平行に配置」することは、引用文献の摘記事項エ(段落【0017】)の「船体1の底部2あるいは船側部2aの表面に沿って水14が矢印Xのように流れることになる。この図には示されていないが、V型細溝6は前記矢印Xの方向に形成されており」との記載からみて、前者の「少なくとも前記気体噴出口以降の前記船舶の前記船底に・・・凸部を隣接させて凹凸断面を形成するとともに、前記凹凸断面を横に連なる形状として構成」することに相当する。
そうすると、後者の「前記ノズル4以降の前記船舶1の底部2の前後方向、即ち、略流れ方向に沿って配置された断面が開口部7の間隔s(山と山の間の距離)が、深さ(山の高さ)hとの比である、s/hが2以下となる山と凹部6aを有する多数のV型の細溝6を平行に配置」することと前者の「少なくとも前記気体噴出口以降の前記船舶の前記船底に係る長手方向に底辺の断面幅が高さに対して1以上の凸部を隣接させて凹凸断面を形成するとともに、前記凹凸断面を横に連なる形状として構成」することとは、「少なくとも前記気体噴出口以降の前記船舶の前記船底に凸部を隣接させて凹凸断面を形成するとともに、前記凹凸断面を横に連なる形状として構成」することの限度で共通するといえる。

エ 後者の「船舶の表面構造」と前者の「船舶の気泡保持装置」とは、「船舶の表面構造」の限度で共通するといえる。

以上のことから、本件補正発明と引用発明とは以下の点で一致し、また、以下の点で相違する。

[一致点]
「船舶の船底に設けた前記船底に沿って気泡を噴出する気体噴出口と、この気体噴出口に気体を送気する送気手段と、この送気手段を駆動する駆動装置とを備え、少なくとも前記気体噴出口以降の前記船舶の前記船底に凸部を隣接させて凹凸断面を形成するとともに、前記凹凸断面を横に連なる形状として構成した船舶の表面構造。」

[相違点1]
「凸部」に関し、
本件補正発明は、「底辺の断面幅が高さに対して1以上」であるのに対し、
引用発明は、「断面が開口部7の間隔s(山と山の間の距離)が、深さ(山の高さ)hとの比である、s/hが2以下」である点。

[相違点2]
本件補正発明は、「噴出された前記気泡が、前記凹凸断面の前記凸部の頂点を連ねるラインの内側の凹部の水流に付随して船尾方向に流れるとともに前記ラインの外側にも流れるように前記凸部の高さを前記船舶が航行上の安定化のために備えたビルジキールの高さよりも低く構成した」「船舶の気泡保持装置」であるのに対し、
引用発明は、「噴出された前記空気を細溝内に保持するとともに、このV型細溝6内及びこのV型細溝6を形成する頂部6b上にも空気膜15が形成される」「船舶の表面構造」である点。

(4) 相違点についての判断
ア 相違点1について
引用発明の「開口部7の間隔s」は、山と山の間の距離を示す値であるが、引用文献1の図2を参酌すれば、当該間隔sは、山の底辺の幅の値に等しいといえる。また、引用発明の「深さ(山の高さ)h」は、本件補正発明の凸部の「高さ」に相当する。そうすると、引用発明の「開口部7の間隔s(山と山の間の距離)が、深さ(山の高さ)hとの比である、s/h」は、本件補正発明の「底辺の断面幅が高さ」に対する比となる。
そして、当該比に関し、引用発明はその数値範囲を2以下とするものであり、本件補正発明は1以上とするものではあるから、引用発明における前記比s/hの数値範囲は、1以上且つ2以下の範囲において、本件補正発明における「底辺の断面幅が高さ」に対する比の数値範囲を充足している。
このことから、両者における前記比の数値範囲は、1以上且つ2以下の範囲において一致しており、上記相違点1として示した事項に関して、本件補正発明と引用発明とに実質的な差異はないといえる。
仮に実質的な相違点であるとしても、引用発明は「V型細溝6を形成する頂部6b上にも空気膜15が形成される」ものであるから、山の頂部を越えて気泡が流れていくことが必要であり、山の断面幅に対して高さを制限すること、すなわち比s/hに下限を設けることは当然考慮に入れる事項であるところ、引用文献1の摘記事項オには実験例として「開口部の間隔sが1.0mm、深さhが1.0mmのV型溝」と記載され、比s/hを1にすることが例示され、加えて、引用文献1の摘記事項カの「深さhとの比s/hが2?0.5、好ましくは1.5?0.7であることが多数の試験結果より得られている。」との記載から、下限値が0.5より0.7とする方が好ましく、 比s/hの下限値は1を範囲にいれつつも、大きくする方が好ましい傾向であることが示唆されているといえる。
以上を踏まえると、引用発明において船速及び波の状況並びに空気の単位時間当たりの噴出量に見合うように比s/hを適正化する際に、比s/hの下限値を1以上にすることは、当業者であれば適宜に設定し得る程度のものである。
よって、引用発明において、上記相違点1に係る本件補正発明の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

イ 相違点2について
(ア)引用文献1には、ノズル4により船底2に沿って噴出された空気がV型細溝6内及び頂部6b上に空気層15を形成する際の空気の流れについて明記はされていないが、ノズル4から船底2に沿って噴出された空気は気泡の状態であることは上述したように技術常識であり、噴出されたは気泡が、V型細溝6の山の頂部6bを連ねるラインの内側の凹部6aに付随して流れてV型細溝6内に保持されるとともに前記ラインの外側にも流れていきV型細溝6内及び頂部6b上に空気層15を形成することは自明なことである。ここで、「V型細溝6の山の頂部6bを連ねるライン」は本願発明の「凹凸断面の凸部の頂点を連ねるライン」に該当するところ、気泡が前記ラインの外側に流れるようにV型細溝6の高さを構成していることも自明な事項である。また、引用文献2(摘記事項ケを参照。)には、「船底外板5がたえず空気層につつまれているようにビルジキール15の高さを充分高くする」ことが記載されている。(以下、「引用文献2に記載されている事項」という。)そして、引用発明の船舶においても、船舶の安定化のためにビルジキールを備える動機付けは存在し、その際に引用文献2に記載されている事項を参考にして、山の高さを船舶が航行上の安定化のために備えたビルジキールの高さよりも低く構成することは、当業者であれば適宜になし得ることである。

(イ)本件補正発明の「気泡保持装置」は、本願明細書の段落【0001】に記載されているように、船体の摩擦低減の目的で水中に噴出される気泡を船底部分に保持させるものであるところ、引用発明の「空気膜15が形成される船舶の表面構造」も、引用文献1の摘記事項アに「一般に船舶や液体輸送路又は水中杭等の如き液体と接する表面を有する構造物においては、その表面に沿った流れがある場合に流体摩擦抵抗が生じる。」と記載されているように、船舶の液体と接する表面に生じる流体摩擦抵抗の低減を課題とし、「噴出された前記空気を細溝内に保持する」ものであるから、両者は、気泡と空気膜との違いがあるものの、船体の摩擦低減を目的とし、かつ、気泡若しく空気膜を船底に保持することでその目的を達成する点で軌を一にしているといる。
そして、例えば引用文献2の摘記事項クに「そして、突起7相互の間に浮上しようとする気泡粒は船尾方向に導かれつつも集合されると共に粗粒化されて、空気の混合率の多い気泡層から空気層へと成長してゆく」と記載されているように、気泡が集合されると空気層に変化することは技術常識として認識できるところ、本件補正発明の「気泡保持装置」も水中に噴出される気泡を船底部分に保持させるものであるから、気泡が集合している状態であり、水流の速度が低い等で気泡の保持量が高まると空気層へと変化することも可能な状態といえる。
他方、引用発明の「空気膜15が形成される船舶の表面構造」は空気層を形成するものといえるところ、引用文献1の摘記事項イの「膜体表面に沿う液体の流れが速くなると空気膜は液体流れから大きなせん断力を受けて次第に不安定化し、例えば流速が3?4m/sになると、この表面が下向きであっても空気膜の一部が気泡となって表面から剥離し、空気膜が薄くなる傾向がでてくることが分かった。このことから周囲の液体の流れが速い構造物に前記方法を適用するときは、表面から剥離する空気を補うため余分な空気を供給する必要があり、その結果、動力費が増加することとなる。」との記載を参考にすると、液体の流れがより一層速く保持性能が落ちる場合または動力費の軽減を優先して空気の供給を減じた場合等には、空気膜15の一部が気泡に変化してしまう状態といえる。
そうすると、本件補正発明の「船舶の気泡保持装置」と引用発明の「空気膜15が形成される船舶の表面構造」とは、作用的に明確に区別がつかない状態となることを含むものであるから、実質的な差異はないといえる。

以上総合すると、引用発明において、上記相違点2に係る本件補正発明の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

ウ そして、本件補正発明の効果についても、引用発明及び引用文献2に記載されている事項から予測し得る程度のものであり、格別のものとはいえない。

(5)まとめ
以上のとおり、本件補正発明は、引用発明及び引用文献2に記載されている事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。
よって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反してなされたものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1.平成27年10月7日付け手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?3に係る発明は、平成26年7月14日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、特許請求の範囲、明細書及び図面の記載からみて、その請求項1に記載された事項により特定される、上記「第2[理由]1(2)」に記載のとおりのものである。

2.引用文献の記載事項及び引用発明
原査定の拒絶の理由において引用文献1として引用し、本願の原出願の出願日前に頒布された刊行物である特開平8-268377号公報(以下「引用文献」という。)には、上記「第2[理由]3(2)(2-1)」に記載したとおりの事項及び引用発明が記載されている。

3 対比
本願発明と引用発明とを対比すると、その意味、機能または構造からみて、
ア 後者の「底部2」は「船底」に相当する。また、「空気を噴出するノズル4」から水中で空気が噴出される際に、該空気が気泡の状態になることは技術常識であるから、後者の「空気を噴出する」「ノズル4」は前者の「気泡を噴出する」「気体噴出口」に相当する。

イ 後者の「空気を供給する」「コンプレッサ5」は前者の「気体を送気する」「送気手段」に相当する。

ウ 後者の「山」は前者の「凸部」に相当するところ、後者の「山と凹部6aを有する多数のV型の細溝6」の断面は凹凸断面となっていることは明らかである。
そして、後者の「底部2の前後方向、即ち、略流れ方向に沿って配置された・・・頂部6bと凹部6aを有する多数のV型の細溝6を平行に配置し」は、引用文献1の段落【0017】の「船体1の底部2あるいは船側部2aの表面に沿って水14が矢印Xのように流れることになる。この図には示されていないが、V型細溝6は前記矢印Xの方向に形成されており」との記載からみて、前者の「船底に係る長手方向に・・・凹凸断面を形成し、かつ前記凹凸断面を横に連なる形状として構成」することに相当する。
そうすると、後者の「少なくとも前記ノズル4以降の前記船舶1の底部2の前後方向、即ち、略流れ方向に沿って配置された断面が開口部7の間隔s(山と山の間の距離)が、深さ(山の高さ)hとの比である、s/hが2以下となる頂部6bと凹部6aを有する多数のV型の細溝6を平行に配置」することと前者の「少なくとも前記気体噴出口以降の前記船舶の前記船底に係る長手方向に底辺の断面幅が高さに対して1以上の凹凸断面を形成し、かつ前記凹凸断面を横に連なる形状として構成」することは、「少なくとも前記気体噴出口以降の前記船舶の前記船底に係る長手方向に凹凸断面を形成し、かつ、前記凹凸断面を横に連なる形状として構成」とする限度で共通するといえる。

エ 後者の「船舶の表面構造」と本願発明の「船舶の気泡保持装置」とは、「船舶の表面構造」の限度で共通するといえる。

以上のことから、本願発明と引用発明とは以下の点で一致し、また、以下の点で相違する。

[一致点]
「船舶の船底に設けた前記船底に沿って気泡を噴出する気体噴出口と、この気体噴出口に気体を送気する送気手段と、この送気手段を駆動する駆動装置とを備え、少なくとも前記気体噴出口以降の前記船舶の前記船底に係る長手方向に凹凸断面を形成し、かつ前記凹凸断面を横に連なる形状として構成した船舶の表面構造。」

[相違点1]
凹凸断面に関し、
本願発明は、「底辺の断面幅が高さに対して1以上」であるのに対し、
引用発明は、「断面が開口部7の間隔s(山と山の間の距離)が、深さ(山の高さ)hとの比である、s/hが2以下」である点。

[相違点2]
本願発明は、「噴出された前記気泡が、前記凹凸断面の凸部の頂点を連ねるラインの内側の凹部に付随して流れるとともに前記ラインの外側にも流れるように前記凹凸断面の高さを構成した」「船舶の気泡保持装置」であるのに対し、
引用発明は、「噴出された前記空気を細溝内に保持するとともに、このV型細溝6内及びこのV型細溝6を形成する頂部6b上にも空気膜15が形成される」「船舶の表面構造。」である点。

4 相違点についての判断
(1)相違点1について
引用発明の「開口部7の間隔s」は、山と山の間の距離を示す値であるが、引用文献の図2を参酌すれば、当該間隔sは、山の底辺の幅の値に等しいといえる。また、引用発明の「深さ(山の高さ)h」は、本願発明の凸部の「高さ」に相当する。そうすれば、引用発明の「開口部7の間隔s(山と山の間の距離)が、深さ(山の高さ)hとの比である、s/h」は、本願発明の「底辺の断面幅が高さ」に対する比となる。
そして、当該比に関し、引用発明はその数値範囲を2以下とするものであり、本願発明は1以上とするものではあるから、引用発明における前記比の数値範囲は、1以上且つ2以下の範囲において、本願発明における前記比の数値範囲を充足している。
このことから、両者における前記比の数値範囲は、1以上且つ2以下の範囲において一致しており、上記相違点1として示した事項に関して、本願発明と引用発明とに実質的な差異はないといえる。
仮に実質的な相違点であるとしても、かかる事項は、上記「第2[理由]3(4)ア」の相違点1で述べたように、引用発明に基いて、当業者が容易に想到し得る事項といえる。そして、本願発明の効果についても、引用発明から予測し得る程度のものであり、格別のものとはいえない。

(2)相違点2について
ア 引用文献には、ノズル4により船底2に沿って噴出された空気がV型細溝6内及び頂部6b上に空気層15を形成する際の空気の流れについて明記はされていないが、ノズル4から船底2に沿って噴出された空気は気泡の状態であることは上述したように技術常識であり、噴出されたは気泡が、V型細溝6の山の頂部6bを連ねるラインの内側の凹部6aに付随して流れてV型細溝6内に保持されるとともに前記ラインの外側にも流れていきV型細溝6内及び頂部6b上に空気層15を形成することは自明なことである。ここで、「V型細溝6の山の頂部6bを連ねるライン」は本願発明の「凹凸断面の凸部の頂点を連ねるライン」に該当し、またV型細溝6の高さ(山の高さ)は本願発明の「凹凸断面の高さ」に該当するところ、V型細溝6の高さを気泡が前記ラインの外側に流れるように構成していることも自明な事項である。
そうすると、引用発明の「V型細溝6内及びこのV型細溝6を形成する頂部6b上にも空気膜15が形成される」ことは、相違点2に係る本願発明の「噴出された前記気泡が、前記凹凸断面の凸部の頂点を連ねるラインの内側の凹部に付随して流れるとともに前記ラインの外側にも流れるように前記凹凸断面の高さを構成した」ことを充足しているといえる。

イ 本願発明の「気泡保持装置」は、明細書の段落【0001】に記載されているように、船体の摩擦低減の目的で水中に噴出される気泡を船底部分に保持させる」ものであるところ、引用発明の「空気膜15が形成される船舶の表面構造」も、引用文献1の摘示アに「一般に船舶や液体輸送路又は水中杭等の如き液体と接する表面を有する構造物においては、その表面に沿った流れがある場合に流体摩擦抵抗が生じる。」と記載されているように、船舶の液体と接する表面に生じる流体摩擦抵抗の低減を課題とし、空気を船底部分に保持するものであるから、両者は、気泡と空気膜との違いがあるものの、船体の摩擦低減を目的とし、かつ、気泡若しく空気膜を船底に保持することでその課題を解決する点で軌を一にしているといる。
そして、例えば引用文献2の摘記事項クに「そして、突起7相互の間に浮上しようとする気泡粒は船尾方向に導かれつつも集合されると共に粗粒化されて、空気の混合率の多い気泡層から空気層へと成長してゆく」と記載されているように、気泡が集合されると空気層に変化することは技術常識として認識できるところ、本願発明の「気泡保持装置」も水中に噴出される気泡を船底部分に保持させるものであるから、気泡が集合している状態であり、水流の速度が低い等で気泡の保持量が高い場合には空気層へと変化することも可能な状態といえる。
他方、引用発明の「空気膜15が形成される船舶の表面構造」は空気層を形成するものといえるところ、引用文献1の摘示イに「膜体表面に沿う液体の流れが速くなると空気膜は液体流れから大きなせん断力を受けて次第に不安定化し、例えば流速が3?4m/sになると、この表面が下向きであっても空気膜の一部が気泡となって表面から剥離し、空気膜が薄くなる傾向がでてくることが分かった。このことから周囲の液体の流れが速い構造物に前記方法を適用するときは、表面から剥離する空気を補うため余分な空気を供給する必要があり、その結果、動力費が増加することとなる。」と記載されているように、液体の流れがより一層速く保持性能が落ちる場合または動力費の軽減を優先して空気の供給を減じた場合等には、空気膜15の一部が気泡に変化することも可能な状態といえる。
そうすると、本願発明の「気泡保持装置」と引用発明の「空気膜15が形成される船舶の表面構造」とは作用的に明確に区別がつかない状態となることを含むものといえる。
以上のことから、上記相違点2として示した事項に関して、本願発明と引用発明とに実質的な差異はないといえる。

(3)まとめ
したがって、本願発明は、引用発明であるか、または、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5 結論
以上のとおりであるから、本願発明は引用発明であるから特許法第29条第1項第3号に該当し、または、本願発明は引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法同条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願の他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-09-20 
結審通知日 2016-09-27 
審決日 2016-10-11 
出願番号 特願2013-137341(P2013-137341)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (B63B)
P 1 8・ 121- Z (B63B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 岸 智章  
特許庁審判長 和田 雄二
特許庁審判官 島田 信一
一ノ瀬 覚
発明の名称 船舶の気泡保持装置  
代理人 友野 英三  

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