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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
管理番号 1323531
異議申立番号 異議2016-700916  
総通号数 206 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-02-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-09-23 
確定日 2017-01-12 
異議申立件数
事件の表示 特許第5902410号発明「外用組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5902410号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1.手続の経緯
特許第5902410号の請求項1?8に係る特許についての出願は、平成23年7月15日に特許出願され、平成28年3月18日にその特許権の設定登録がなされ、その後、その特許に対し、特許異議申立人 田中俊子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。


第2.本件発明
特許第5902410号の請求項1?8に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される次のとおりものである(以下、特許第5902410号の請求項1?8に係る発明を、その請求項に付された番号順に、「本件特許発明1」等という。)。

「【請求項1】
(a)組成物の全量に対して0.5?2重量%のビタミンA類、(b)エデト酸又はその塩、及び(c)ヘパリン類似物質を含む皮膚外用組成物。
【請求項2】
ビタミンA類の含有量に対するヘパリン類似物質の含有量が、重量比で、1:0.01?10である請求項1に記載の皮膚外用組成物。
【請求項3】
エデト酸又はその塩の含有量に対するヘパリン類似物質の含有量が、重量比で、1:0.01?10である請求項1又は2に記載の皮膚外用組成物。
【請求項4】
ビタミンA類の含有量に対するエデト酸又はその塩の含有量が、重量比で、1:0.001?2である請求項1?3の何れかに記載の皮膚外用組成物。
【請求項5】
ビタミンA類がパルミチン酸レチノールである請求項1?4の何れかに記載の皮膚外用組成物。
【請求項6】
エデト酸又はその塩の含有量が、組成物の全量に対して、0.0001?1重量%である請求項1?5の何れかに記載の皮膚外用組成物。
【請求項7】
ヘパリン類似物質の含有量が、組成物の全量に対して、0.005?10重量%である請求項1?6の何れかに記載の皮膚外用組成物。
【請求項8】
組成物の全量に対して0.5?2重量%のビタミンA類を含有する皮膚外用組成物に、エデト酸又はその塩、及びヘパリン類似物質を添加する、この組成物の炎症誘発作用を抑制しつつビタミンA類の安定性を向上させる方法。」

第3.申立理由の概要及び提出した証拠
1.申立理由の概要
申立人は、甲第1?4号証を提出し、本件特許は、以下の理由1?4により、取り消されるべきものである旨主張している。
(1)申立理由1
請求項1?8に係る特許は、請求項の記載が明確でなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第113条第4号に該当する。
(2)申立理由2
請求項1?8に係る特許は、発明の詳細な説明に記載されたものではなく、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第113条第4号に該当する。
(3)申立理由3
請求項1?8に係る特許は、発明の詳細な説明が、当業者がその実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第113条第4号に該当する。
(4)申立理由4
請求項1?8に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第113条第2号に該当する。

2.証拠方法
(1)甲第1号証:日本医薬品集 一般薬 2009-10年版、第761頁、株式会社じほう発行、平成20年9月1日
(2)甲第2号証:医薬品製造販売指針 2008,71頁、株式会社じほう発行、平成20年10月10日
(3)甲第3号証:特開2004-307491号公報
(4)甲第4号証:岩波 理化学辞典 第4版、1042頁、株式会社岩波書店発行、1987年10月12日
(以下、「甲第1号証」ないし「甲第4号証」をそれぞれ「甲1」ないし「甲4」という。)


第4.本件特許の発明の詳細な説明の記載
(1)摘記a
「【0004】
本発明は、ビタミンA類を安定して含有する外用組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は上記課題を解決するために研究を重ね、以下の知見を得た。
(i) ビタミンA類を含む外用組成物に、エデト酸又はその塩を配合すると、ビタミンA類の安定性が向上するが、皮膚の炎症を起し易い組成物となる。
(ii) ビタミンA類を含む外用組成物に、エデト酸又はその塩、及びヘパリン類似物質を配合すると、ビタミンA類の安定性が向上するとともに、皮膚の炎症が抑制される。
【発明の効果】
【0007】
本発明の外用組成物は、ビタミンA類、エデト酸又はその塩、及びヘパリン類似物質を含有することにより、組成物中のビタミンA類が安定であり、かつ皮膚炎症誘発性が抑制された組成物である。」
(2)摘記b
「【0010】
ビタミンA類
本発明におけるビタミンA類には、レチノール、レチナール、レチノイン酸、これらのデヒドロ体、これらのエステル、及びプロビタミンAが含まれる。
エステルとしては、酢酸レチノール、プロピオン酸レチノール、酪酸レチノール、オクチル酸レチノール、ラウリル酸レチノール、パルミチン酸レチナール、ステアリン酸レチノール、ミリスチン酸レチノール、オレイン酸レチノール、リノレン酸レチノール、リノール酸レチノール、パルミチン酸レチノール、酢酸レチナール、プロピオン酸レチナール、レチノイン酸メチル、レチノイン酸エチル、レチノイン酸レチノール、レチノン酸トコフェロール(α、β、γ、δのいずれの異性体であってもよい。)などが挙げられる。プロビタミンAとしては、α-カロチン、β-カロチン、γ-カロチン、δ-カロチン、リコピン、ゼアキサンチン、β-クリプトキサンチン、エキネノン等が挙げられる。
中でも、レチノール又はレチノイン酸、及びそのエステルが好ましく、酢酸レチノール、パルミチン酸レチノール、δ-レチノイン酸トコフェロール、オールトランスレチノールがより好ましい。
ビタミンA類は1種を単独で、又は2種以上を組合わせて使用できる。
ビタミンA類は、動物材料などの天然物から単離したもの、化学合成したものの何れであってもよい。また、ビタミンA類は、ビタミンA油の形態で用いることもできる。ビタミンA油は、動物から抽出、精製した天然油でもよく、また、ビタミンA類を植物油などに溶解させたものでもよい。後者の代表例として、日本薬局方記載のビタミンA油(1gにつき30000ビタミンA単位(IU)以上を含む)が挙げられる。
【0011】
本発明の外用組成物中のビタミンA類の含有量は、組成物の全量に対して、0.0001重量%以上が好ましく、0.001重量%以上がより好ましく、0.01重量%以上がさらにより好ましい。また、2重量%以下が好ましく、1重量%以下がより好ましく、0.5重量%以下がさらにより好ましい。
上記範囲であれば、ビタミンA類の有する角化抑制作用や抗酸化作用などの生理作用を発揮できると共に、ビタミンA類の過剰使用による副作用(重篤な紅斑などの炎症やスティンギングなど)が生じない。
上記のビタミンA類の含有量及び比率は、ビタミンA類がビタミンA油の形態で組成物に含まれる場合は、ビタミンA類を植物油などに溶解させたビタミンA油の重量である。」
(3)摘記c
「【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例を挙げてより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
ヒト表皮角化細胞によるIL-8産生に与える影響
ヒト表皮角化細胞を6ウェルプレートに4,000細胞/ウェルの密度で播種し、10%FCS含有DMEM培地中で24時間培養した。次いで、ヘパリン類似物質を添加する例に使用する培地をヘパリン類似物質及び0.5%FCS含有DMEM培地に交換し、ヘパリン類似物質を添加しない例に使用する培地を0.5%FCS含有DMEM培地に交換して、さらに24時間培養した。次いで、培地を以下に示す薬剤を含む0.5%FCS含有DMEM培地に交換し、さらに24時間培養した。ヘパリン類似物質は、日本薬局方外医薬品規格に収載されているヘパリン類似物質を用いた。
培養後、上清中のIL-8をELISA(Quantikine Human CXCL8/IL-8、R&D Systems)により定量した。
【0042】
(1)実験1
コントロール:薬剤添加なし
比較例1:10-2重量% EDTA
比較例2:10-6重量% オールトランスレチノイン酸
比較例3:10-2重量% EDTA
10-6重量% オールトランスレチノイン酸
比較例4:10-2重量% ヘパリン類似物質
実施例1:10-2重量% EDTA
10-6重量% オールトランスレチノイン酸
10-2重量% ヘパリン類似物質
【0043】
結果を図1に示す。ヒト表皮角化細胞によるIL-8産生量は、ヒト皮膚における炎症の指標となる。
EDTAを添加した場合(比較例1)は、薬剤を添加しないコントロールに比べて、IL-8産生量がやや増大した。一方、オールトランスレチノイン酸を添加した場合(比較例2)、及びヘパリン類似物質を添加した場合(比較例4)は、IL-8産生量は、薬剤を添加しないコントロールと同程度であった。
また、EDTAとオールトランスレチノイン酸の両方を添加した場合(比較例3)は、EDTAを添加した場合(比較例1)より一層顕著に、IL-8の産生量が増大した。さらに、EDTA、オールトランスレチノイン酸、及びヘパリン類似物質を添加した場合(実施例1)は、IL-8産生量は、薬剤を添加しないコントロールと同等であった。
ビタミンA類とエデト酸又はその塩とを配合することによる炎症誘発性は、さらにヘパリン類似物質を添加することにより、効果的に抑制されることが分かった。
【0044】
(2)実験2
実験2で使用したビタミンA油は、パルミチン酸レチノールを100万IU/g含有する。
コントロール:薬剤添加なし
比較例5 :10-4重量% ビタミンA油
10-4重量% EDTA
実施例2 :10-4重量% ビタミンA油
10-4重量% EDTA
10-5重量% ヘパリン類似物質
・・・
【0045】
結果を図2?5に示す。図2?5から明らかなように、パルミチン酸レチノールを含有するビタミンA油及びEDTAにヘパリン類似物質を添加することにより、IL-8産生量が効果的に抑制された。」
(4)摘記d
「【0046】
処方例
本発明の外用組成物の処方例を以下の表2、3に示す。処方例中の数値の単位は「重量%」である。表2、3中のヘパリン類似物質は、日本薬局方外医薬品規格に収載されているヘパリン類似物質である。
【0047】


【0048】




第5.甲1?4及び本件特許出願に対する拒絶査定不服審判の審判請求書の記載
1.甲1
(1)摘記1a
「ダイアフラジンA軟膏(東光薬品工業一内外薬品)
・・・
剤型・成分 ・・・,ビタミンA油5g(レチノールパルミチン酸エステル 200000I.U.)」(第761頁右欄「ダイアフラジンA軟膏」の項)
(2)摘記1b
「ダイアフラジン軟膏(東光薬品工業一内外薬品)
・・・
剤型・成分 ・・・,ビタミンA油5g(パルミチン酸レチノール 200000I.U.)」(第761頁右欄「ダイアフラジン軟膏」の項)

2.甲2
(1)摘記2a
「日本薬局方のビタミンA油のように、含有しているビタミンAの単位に幅のある場合には、次のようにその含有量を明記する。
日本薬局方 ビタミンA油(1g中50,00I.U.含有) ××g」(第71頁第25?27行)

3.甲3
(1)摘記3a
「【請求項1】
ヘパリン類似物質と、リドカインと、アミノアルコールとを含むことを特徴とする皮膚外用剤。
・・・
【請求項5】
ビタミンE及び/またはビタミンAを含むことを特徴とする請求項1?4のいずれかに記載の皮膚外用剤。」
(2)摘記3b
「【0001】
本発明は、皮膚の炎症や疾患、肌荒れ等に対処するための皮膚外用剤に関する。特には、乾燥性疾患等に対処すべく保湿性成分を含む皮膚外用剤に関する。
【0009】
本発明は、上記問題点に鑑みなされたものであり、保湿性成分等の有効成分を含む皮膚外用剤において、長期保存後もpH上昇その他の品質劣化を防ぐことができ、保湿等の効果を持続することのできる皮膚外用剤を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の皮膚外用剤は、ヘパリン類似物質と、リドカインと、アミノアルコール(アルカノールアミン)とを含むことを特徴とする。また、本発明の皮膚外用剤は、別の態様において、ヘパリン類似物質と、ピロリドンカルボン酸塩とを含むことを特徴とする。
【0011】
好ましい態様においては、ヘパリン類似物質と、リドカインと、アミノアルコールと、ピロリドンカルボン酸塩とを含む。また、特に好ましい態様においては、保湿効果等に優れた尿素が含まれる。また、好ましくは、ビタミンE及び/またはビタミンAを含む。すなわち、好ましくは、ビタミンE及びビタミンAの一方または両者を含む。
【発明の効果】
【0012】
皮膚炎症を治癒または改善する効果に優れ、かつ、保存安定性に優れる。」
(3)摘記3c
「【0021】
本発明の皮膚外用剤には、ビタミンAまたはビタミンEを適宜配合することができ、これら両者を組み合わせて配合することもできる。ビタミンAは、レチノール(ビタミンA1)の他、3-デヒドロレチノール(ビタミンA2)、レチノイン酸(ビタミンA酸)等の形態であっても良い。また、パルミチン酸塩等のカルボン酸塩の形態をはじめ種々の形態をとることができる。一方、ビタミンEは、天然ビタミンや、α?トコフェロール、β?トコフェロール、γ?トコフェロールの他、酢酸トコフェロールやニコチン酸トコフェロール等の誘導体の形態であっても良い。
【0022】
ビタミンAは、生体の代謝機構を促進することで、皮膚を若々しく保つ等の効果を有する。また、ビタミンEは、血行促進等の作用を行う他、他の有効成分を保護する酸化防止剤ないし劣化防止剤としての作用を行う。」
(4)摘記3d
「【0031】
ビタミンA?パルミチテート(パルミチン酸レチノール)の定量:パルミチン酸レチノール2000単位に相当する試料を精秤し、フィトナジオンを内標準溶液として添加しつつ、所定量の2-プロパノールに溶解し、試料溶液とする。」
(5)摘記3e
「【0032】


(6)摘記3f
「【0045】



4.甲4
(1)摘記4a
「ビタミンAの国際単位(IU)は1IU=0.3μgレチノール」
(第1042頁左欄下から第3?2行)

5.本件特許出願に対する拒絶査定不服審判の審判請求書
(1)摘記5a
「(4-2)予測できない効果
上記のとおり、引用文献5に基づいて本願発明の構成に想到することは容易ではなく進歩性を備えることは明らかですが、更にいえば、以下に述べるとおり、本願発明は引用文献5から予測できない効果をも奏します。
ビタミンA類の皮膚刺激性は、0.5重量%以上の濃度で特に強くなります。従って、強い炎症を抑制するという本願発明の効果は、ビタミンA類0.5重量%以上で奏されます。このことは、下記実験により実証されています。
・・・
このマウスのドライスキンモデル部位に、基剤(白色ワセリン 20重量%、軽質流動パラフィン 20重量%、ステアリルアルコール 5重量%、セタノール 5重量%、ポリソルベート60 3重量%、モノステアリン酸ソルビタン 2重量%、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油50 1重量%、水 残部)、又は基剤に0.1?3重量%のビタミンA油を配合したものを塗布した。
塗布は3日目のA/E処理後より開始し、1日2回50mL、2日間連続でマウスの背部に塗布した(n=7)。
塗布開始2日目(48時間後)に、下記表Bに従って皮膚炎症スコアを評価し、平均値を求めた。
・・・
【図D】


上記実験より、ビタミンA類濃度が0.5重量%以上になると、格段に強く炎症を誘発することが分かります。一方、引用文献5のビタミンA類濃度0.118%では、皮膚炎症スコアは基剤とほぼ同等であり、炎症は殆ど誘発されません。この結果は、「(2-1)構成の困難性」の項目で述べたビタミンA類の使用濃度の現状と合致しています。
従って、炎症を殆ど誘発しない引用文献5の発明では、本願発明の課題が発生せず、それゆえ本願発明の効果も奏されないのに対して、格段に強い炎症を誘発する0.5重量%以上のビタミンA類を含有する本願発明において、初めて本願発明の課題が発生し、その効果が奏されます。
なお、ビタミンA類濃度が3重量%になると炎症が強くなりすぎるため、本発明では、ビタミンA類濃度を、ヘパリン類似物質による炎症抑制効果が効果的に奏される2重量%以下としています。

このように、ビタミンA類濃度を0.5?2重量%にしたことにより、強い炎症を効果的に抑制するという効果を奏します。このことは、ビタミンA類濃度0.118%のローションしか教えていない引用文献5から予測できない格別顕著な効果です。」
(審判請求書の「(4)引用文献5に対する進歩性」の「(4-2)予測できない効果」の項)


第6.当審の判断
1.申立理由1(特許法第36条第6項第2号違反)
申立人は、申立理由1の具体的な理由として、甲1、2の記載を提示し(摘記1a、1b、2a)、
「本件特許の請求項に規定されている「0.5?2重量%のビタミンA類」における含有量(0.5?2重量%)について、通常の意味(即ち、ビタミンA油を使用する場合には、皮膚外用組成物に含まれるビタミンA類似体の含有量)と解すべきか、又は本願特許明細書に定義された独自の意味(即ち、ビタミンA油を使用する場合には、ビタミンA油自体の含有量)と解すべきか不明であり、特許発明を明確に理解することができなくなっており、本件特許発明1?8の記載は明確になっていない。」
と主張している。
しかしながら、本件特許の請求項1には、「(a)組成物の全量に対して0.5?2重量%のビタミンA類」とあるとおり、本件特許発明1の組成物の成分であるビタミンA類の含有量が明確に規定されており、さらに本件特許明細書には、本件特許発明1のビタミンA類の含有量について、ビタミンA油を用いる場合にはビタミンA油の重量であることが明確に示されているから(摘記b)、これが申立人が主張するところの通常の意味と異なるものであるとしても、本件特許発明1が不明確であるとまではいえない。
よって、本件特許発明1が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないとする申立理由1には理由がない。
本件特許発明1を引用する本件特許発明2?7、及びビタミンA類の含有量について同様の記載がある本件特許発明8についても、上述したところと同様であり、申立理由1には理由がない。


2.申立理由2、3(特許法第36条第6項第1号、同法同条第4項第1号違反)
申立人は、申立理由2、3の具体的な理由として、
「本件の請求項1?8では、ビタミンA油を使用する場合については、「ビタミンA類の含有量」はビタミンA油全体の重量から換算することとなっているため、本件特許発明において、ビタミンA類自体の濃度が低い場合については、皮膚外用組成物におけるビタミンA類自体の実際の含有量が極めて低く、本件特許発明の課題である「ビタミンA類によって誘発される皮膚炎症」が生じず、皮膚炎症抑制効果が奏されない範囲が包含されている。従って、本件特許の特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明に記載されたものとは認められない。また、本件特許の発明の詳細な説明には、当業者が本件発明について所期の効果を奏するものとして実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。」
と主張している。
しかしながら、本件特許明細書(摘記a)によれば、ビタミンA類を含む外用組成物にエデト酸(塩)を配合すると、ビタミンA類は安定するものの、皮膚炎症誘発性が生じることから、さらにこのエデト酸(塩)の配合に伴う皮膚炎症誘発性を抑制することによって、ビタミンA類の安定化と皮膚炎症の抑制がなされた外用剤組成物を提供することが、本件特許発明1の課題であり、その解決手段は、ビタミンA類にエデト酸(塩)とヘパリン類似体を配合することであると把握できる。そして、本件特許発明1により、上記の課題が実際に解決できることが具体的に示されている(摘記c)。さらに、本件特許明細書には、本件特許発明1の組成物の具体的な処方例の開示もある(摘記d)。
以上のことからすれば、本件特許発明1について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明の詳細な説明は記載されているといえ、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
ここで、申立人は、本件特許出願に対する拒絶査定不服審判の審判請求書の図Dの記載及び同審判の請求人(本件特許権者)の主張を根拠に上記の主張をするので、この点について以下に検討する。
まず、申立人は、図Dの記載(摘記5a)から、
「本件特許発明の課題の一つである、ビタミンA類によって誘発される皮膚炎症は、ビタミンA類の含有量が0.5重量%以上の場合に生じるものであって、本件特許発明の効果もビタミンA類が0.5重量%以上の範囲で奏されることが示されている。」
という。
しかしながら、本件特許発明の課題は、上記のとおり、ビタミンA類にエデト酸(塩)を配合してビタミンA類の安定化を図り、それに伴って生じる皮膚炎症の抑制にあり、これはエデト酸(塩)を配合しない処方に基づいた図Dの実験結果に現れるものではないから(摘記5a)、図Dの記載に基づく主張は上記判断に影響しない。
なお、確かに、上記審判請求書において、請求人(本件特許権者)は、「ビタミンA類濃度が0.5重量%以上になると、格段に強く炎症を誘発することが分かります。一方、引用文献5のビタミンA類濃度0.118%では、皮膚炎症スコアは基剤とほぼ同等であり、炎症は殆ど誘発されません。」と述べているが、これはいわゆる進歩性違反に対する反論であって、本件特許発明1の上記課題とは関係がないから、上記判断に影響しない。
よって、本件特許発明1が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないとする申立理由2、および、同法同条第4項第1号に規定する要件を満たしていないとする申立理由3は、ともに理由がない。
また、本件特許発明2?8の課題が本件特許発明1と同様であり、同様の手段によって課題が解決できることは本件特許発明1と同じであるから、これらの発明に対する申立理由2、3についても理由がない。


3.申立理由4(特許法第29条第2項違反)
(1)本件特許発明1-7について
甲3の摘記3a?3fによれば、甲3の実施例1?4には、以下の発明が記載されているものと認められる。
「ヘパリン類似物質 0.3重量%、ビタミンAパルミテート 0.118重量%、尿素 5.0重量%、d-ピロリドンカルボン酸ナトリウム液 3.0重量%、リドカイン 0又は2.0重量%、酢酸トコフェノール 0.1重量%、ポリオキシエチレンベヘニルエーテル(BB-20) 1.0重量%、ポリソルベート60 2.0重量%、プロピレングリコール 6.0重量%、パラオキシ安息香酸メチル 0.04重量%、パラオキシ安息香酸プロピル 0.02重量%、エデト酸ナトリウム 0.3重量%、ジブチルヒロドキシトルエン 0.3重量%、セトステアリルアルコール 3.0重量%、ジイソプロパノールアミン又はトリエタノールアミン 1.0重量%あるいは0重量%、l-メントール 0重量%又は0.15重量%、水酸化ナトリウム又は塩酸 適量、ミリスチン酸イソプロピル 1.0重量%、精製水 適量を含む皮膚外用剤」(以下、「甲3発明」という。)
本件特許発明1と甲3発明を比較すると、甲3発明の「ヘパリン類似物質」、「ビタミンAパルミテート」、「エデト酸ナトリウム」は、本件特許発明1の「ヘパリン類似物質」、「ビタミンA類」、「エデト酸又はその塩」にそれぞれ相当するので、両発明は
「ヘパリン類似物質0.3重量%、ビタミンA類、エデト酸塩0.3重量%を含む皮膚外用剤」
の発明である点で一致し、本件特許発明1では、ビタミンA類の配合量が0.5?2.0重量%であるのに対し、甲3では、ビタミンA類に相当するビタミンAパルミテートの配合量が0.118重量%である点(相違点1)、甲3発明は、リドカイン等の他の成分を含有しているのに対し、本件特許発明1ではそれらを含むことは規定されていない点(相違点2)で、両発明は相違している。
まず、上記相違点1について検討するに、甲3には、ビタミンA類の配合量について、表2、3に示される0.118重量%以外の記載はなく、ビタミンA類の配合量を変化させることを示唆する記載もない。また、ビタミンAとして、ビタミンA油を用いることの記載もない。
したがって、甲3の記載では、ビタミンAパルミテートを本件特許発明1のビタミンA類の配合量である0.5?2.0重量%の割合で配合することを想到し得ない。
なお、申立人は、本件特許明細書の摘示bにおけるビタミンA油(1gにつき30000ビタミンA単位(IU)以上のものを使用できるとの記載から、低い濃度でビタミンA油を使用することを想定した場合に、甲3発明のビタミンA類自体の実際の含有量は本件特許発明1のそれと重複し、ビタミンA油を使用する態様は当業者にとって設計変更の範疇である旨の主張をしているが、上述のとおり、甲3にはビタミンA油を用いることの動機付けとなる記載がないから、かかる主張は採用できない。
したがって、相違点2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲3発明から当業者が容易に発明をすることができたものではない。
本件特許発明2?7は、本件特許発明1をさらに限定するものであるから、本件特許発明1と同様に、甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件特許発明8について、
本件特許発明8も、本件特許発明1と同様に、「組成物の全量に対して0.5?2重量%のビタミンA類を含有する」ことを特徴とするものであり、この点は、上記(1)で検討したとおり、甲3から当業者が容易に想到し得たものではない。
したがって、本件特許発明8も、甲3から当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)小括
よって、本件特許発明1?8は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとする申立理由4には理由がない。


第7.むすび
以上、申立人が主張する申立理由及び証拠によっては、請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-12-26 
出願番号 特願2011-156421(P2011-156421)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (A61K)
P 1 651・ 121- Y (A61K)
P 1 651・ 537- Y (A61K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 井上 明子金田 康平  
特許庁審判長 關 政立
特許庁審判官 清野 千秋
福井 美穂
登録日 2016-03-18 
登録番号 特許第5902410号(P5902410)
権利者 ロート製薬株式会社
発明の名称 外用組成物  
代理人 岩谷 龍  

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