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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
管理番号 1324350
審判番号 不服2015-63  
総通号数 207 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-03-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-01-05 
確定日 2017-01-25 
事件の表示 特願2009-188539「β-ヒドロキシカルボン酸の誘導体の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成22年 1月14日出願公開、特開2010- 6819〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、2003年3月25日(パリ条約による優先権外国庁受理 2002年3月25日(US)米国)を国際出願日とする出願である特願2003-580264号の一部を平成21年8月17日に新たな特許出願としたものであって、平成21年9月7日付けで上申書および手続補正書が提出され、平成24年3月16日付けで拒絶理由が通知され、同年9月27日に意見書および手続補正書が提出され、同年10月19日付けで拒絶理由が通知され、平成25年4月23日付けで意見書および手続補正書が提出され、同年9月19日付けで拒絶理由が通知され、平成26年3月20日付けで意見書および手続補正書が提出され、同年8月25日付けで拒絶査定され、平成27年1月5日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、当審にて、平成28年2月1日付けの補正の却下の決定により、平成27年1月5日付けの手続補正は却下されるとともに、平成28年2月1日付けで拒絶理由が通知され、平成28年7月28日に意見書が提出されたものである。
なお、刊行物提出書が平成22年11月22日、平成24年11月12日、平成25年6月7日、平成26年5月12日、平成26年5月16日にそれぞれ提出されている。

第2 本願発明
この出願の特許請求の範囲の記載は、平成26年3月20日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?9に記載されたとおりであるところ、その請求項1に記載された特許を受けようとする発明(以下「本願発明」という。)は以下のとおりである。

「【請求項1】
アクリル酸の製造方法であって:(a)3-ヒドロキシプロピオン酸を含む発酵ブイヨンを準備し;(b)前記発酵ブイヨンから前記3-ヒドロキシプロピオン酸を含む水溶液を形成し;そして(c)前記水溶液を加熱することにより、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を蒸発させ、そして脱水触媒の存在下で蒸気相反応において、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水し、アクリル酸を形成することを含むことを特徴とする、アクリル酸の製造方法。 」

なお、本願発明は、平成28年2月1日付け拒絶理由の対象となった、平成26年3月20日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された発明に対応するものである。

第3 審判合議体が通知した拒絶の理由
平成28年2月1日付けで審判合議体が通知した拒絶の理由(以下「当審拒絶理由」という)の一つは概略以下のとおりである。

「アクリル酸水溶液を蒸発後、蒸気相反応で、脱水触媒の存在下、アクリル酸を形成する発明や、アクリル酸の製造方法として、3-ヒドロキシプロピオン酸を含む発酵ブイヨンの準備、水溶液形成(又は3-ヒドロキシプロピオン酸を含む水溶液の準備)、加熱蒸発の各工程と、脱水触媒の存在下で蒸気相反応において、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水し、アクリル酸を形成する工程を順に含む方法に関しても裏付けをもって実質的に記載されていない。
また、それらの記載や示唆がなくとも、反応が進行しアクリル酸が提供でき、上記課題が解決できると認識できる本願出願時の技術常識も存在しない以上、請求項1・・・に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえない。」

第4 当審の判断
当審は、当審拒絶理由のとおり、本願発明について、発明の詳細な説明に記載されたものではなく、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていないと判断する。
その理由は以下のとおりである。

1 特許請求の範囲の記載

請求項1は、「アクリル酸の製造方法であって:(a)3-ヒドロキシプロピオン酸を含む発酵ブイヨンを準備し;(b)前記発酵ブイヨンから前記3-ヒドロキシプロピオン酸を含む水溶液を形成し;そして(c)前記水溶液を加熱することにより、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を蒸発させ、そして中性、酸性又は塩基性材料から選ばれる脱水触媒の存在下で蒸気相反応において、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水し、アクリル酸を形成することを含むことを特徴とする、アクリル酸の製造方法。」と特定され、アクリル酸の製造方法として、3-ヒドロキシプロピオン酸を含む発酵ブイヨンの準備、水溶液形成、加熱蒸発の各工程と、脱水触媒の存在下で蒸気相反応において、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水し、アクリル酸を形成する工程を含む方法の発明が記載されている。

2 発明の詳細な説明の記載

一方、発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
(ア)「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
・・・【0002】
本発明はβ-ヒドロキシカルボン酸の誘導体の製造に関する。
【背景技術】
【0003】
ヒドロキシカルボン酸(HCA)は特に興味深い有用なクラスの化合物である。ヒドロキシカルボン酸は本質的に二官能性であり、従って多数の化学変化を可能にする。両官能基、すなわちヒドロキシ基及びカルボン酸基は、或る特定の条件下で互いに独立して反応し、これにより各基の古典的な誘導体を生成するが、他のときには、相互作用することによりこれらの通常の化学反応性を混乱させることができる。また興味深いのは、2つの官能基間の反応が二量体材料、オリゴマー材料及び、これが重要なのであるが高分子材料をもたらすことが可能なことである。ベータ-ヒドロキシカルボン酸(β-HCA)の場合、ヒドロキシ基及び隣接する水素原子の損失によって、脱水も可能である。このような脱水は、α,β-不飽和型カルボン酸、これら自体の重要なクラスの化合物をもたらすことができる。
【0004】
極めて一般的な商業的に重要な2つのα,β-不飽和型カルボン酸は、アクリレート群及びメタクリレート群である。ポリアクリル酸、ポリアクリル酸塩及びポリアクリレートの製造に際しては、アクリル酸、アクリル酸塩及びアクリル酸のエステルが使用される。これらの材料は、表面コーティング、接着剤及びシーラント、吸収剤、生地及び不織布、並びにプラスチック変性剤として有用である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
β-HCAの誘導体及びこれらの塩の製造方法を提供する。」(下線は当審にて追加、以下同様)

(イ)「【0011】
特定の誘導体の調製を以下に論じる。
β-HCAのエステル
本発明による或る特定の方法を用いることにより、比較的穏やかな条件下でβ-HCAのカルボン酸のエステル又はこれらの塩を調製することができる。エステル化プロセスは、β-HCA又はその塩をアルコールと反応させることにより促進され、そしてエステル化触媒の存在及びアルコール以外の溶剤の不存在において達成することができる。あるいは、水不混和性抽出剤及び任意のエステル化触媒の存在において、β-HCA又はその塩を炭素原子数1?7の軽質アルコールと反応させることにより、カルボン酸エステルを調製することができる。この技術は、有機抽出剤を用いた抽出塩分解を介して発酵ブイヨンからβ-HCAを誘導する場合に特に有用である。抽出剤中のエステル化触媒の存在においてβ-HCAがアルコールと反応するのを可能にすることにより、エステルと抽出剤とを含む混合物が生成される。」

(ウ)「【0015】
アルコールを、β-HCAを含有する水性組成物に添加したあと、蒸留工程を実施することができる。このことは、残留β-HCA/アルコール混合物が実質的に乾燥するまで、水含有蒸留物を蒸留により除去することによって実施することができる。1つの技術の場合、有機溶剤、例えばトルエンを有する共沸蒸留を行うことができる。任意には、β-HCAのエステル化に使用されたアルコールを、蒸留工程で使用することもできる。
【0016】
実質的な無水条件を達成したら、続いてエステル化を添加することによって、エステル化を誘発することができる。このプロセスに好適なエステル化触媒は、酸性樹脂、酸性無機塩及び鉱物酸を含む。有用な鉱物酸は酸、例えば硫酸又はリン酸を含む。無機塩、例えば無水硫酸銅を使用することができる。酸樹脂触媒の一例としては、商業的に入手可能な化合物、例えば酸性AMBERLYST(商標)樹脂(Rohm and Haas Co.;Philadelphia, PAから入手可能)、NAFION(商標)樹脂(E.I. DuPont de Nemours and Co.;Wilmington DEから入手可能)、酸性DOWEX(商標)樹脂(Dow Chemical Co.;Midland, MI)が挙げられる。酸性樹脂とβ-HCAの蒸気又は液体との接触を可能にする形態で、酸性樹脂を使用することができる。例えば、樹脂はベッド又はカラムの形を成していてよい。
【0017】
所期のエステル生成物は蒸留によって精製することができる。本発明の或る方法を用いたエステルの収率は約80%を上回ることができる。」

(エ)「【0018】
α,β-不飽和型カルボン酸及びその塩
β-HCAの脱水により、α,β-不飽和型カルボン酸生成物を提供することができる。一例としての方法の場合、α,β-不飽和型カルボン酸又はその塩は、β-HCA塩を有する水溶液を加熱し、これにより塩を脱水してα,β-不飽和型カルボン酸及び/又はその塩を形成することによって調製することができる。水溶液は発酵ブイヨン又はその他の酵素プロセスから誘導することができる。このプロセスの1つの利点は、β-HCA塩が水溶性である一方、α,β-不飽和型カルボン酸の対応塩が一般に水溶性ではないことである。こうして、α,β-不飽和型カルボン酸の塩は溶液から析出し、これにより出発材料からの不飽和型酸の分離を促進する。
【0019】
β-HCAの塩は、アルカリ金属塩、アルカリ土類塩又はこれらの組み合わせのうちのいずれか1つとなることができる。典型的な塩は例えばナトリウム塩及びカルシウム塩を含む。α,β-不飽和型カルボン酸又はその塩を生成するための脱水は、水性媒質中で発生することができる。それというのもβ-HCAは水溶液中に可溶性であるからである。
【0020】
任意には、水溶液を加熱するのに伴って脱水酵素をこれに添加し、これにより酸又は酸性塩の脱水を増強してα,β-不飽和型カルボン酸又はその塩を形成することができる。酸性又は塩基性材料を使用することにより、水性媒質中で脱水プロセスを触媒することができる。脱水触媒は、脱水を促進する中性、酸性又は塩基性材料であってよい。・・・
【0021】
蒸気転化(すなわち蒸気相反応)によって行われる脱水により、α,β-不飽和型カルボン酸を調製することもできる。このような方法において、β-HCAを有する水溶液を比較的高い温度で、好ましくは脱水触媒の存在において蒸発させ、これによりβ-HCAをα,β-不飽和型カルボン酸に転化することができる。」

(オ)「【実施例】
【0027】
全てのパーセンテージは、特に断りのない限り、重量パーセントである。
高性能液体クロマトグラフィ(HPLC)及びガス・クロマトグラフィ(GC)を用いて、下記の反応生成物を分析した。
【0028】
HPLC分析において使用される装置は、Waters 717及びオートサンプラを備えたWaters 1525バイナリHPLCポンプ、並びにWaters 2410屈折率及び2487デュアル・ラムダ吸光度検出器を含んだ。Bio-Rad HP87-Hカラムを使用した。移動相は0.004N硫酸であった。流量は0.6mL/分であり、そしてカラム温度は60℃であった。
【0029】
GC分析において使用された装置は、J&W DB-WAXETR 30m x 32mm, 0.5μmの膜カラムを含んだ。炉の初期温度は90℃であり、20℃/分の上昇を伴い、最終温度は200℃であった。試料を約12.5分間にわたって最終温度で維持した。注入温度は200℃であった。
【0030】
例1
この例は、樹脂酸で触媒された、3-HPから種々のアルキルエステルへの転化を説明する。3-HPは30%水溶液の形態を成していた。材料の70%は純粋3-HPモノマーであった。
【0031】
・・・
【0041】
例2
この例は、H_(2)SO_(4)を触媒として使用して室温で3-HPのメチルエステルを合成することを説明する。
・・・
【0044】
例3
この例は、酸樹脂触媒を使用して3-HPをそのメチルエステルに転化することを説明する。
・・・
【0047】
例4
この例は、H_(2)SO_(4)を触媒として使用して3-HPをそのメチルエステルに転化することを説明する。
・・・
【0050】
例5
この例は3-HPのカルシウム塩からアクリル酸カルシウムを調製することを説明する。
・・・
【0052】
例6
この例は3-HPのナトリウム塩からアクリル酸ナトリウムを調製することを説明する。
・・・
【0053】
例7
この例は、硫酸触媒を使用して3-HPからアクリル酸を蒸気相転化することを説明する。
0.8139gの水性30% 3-HPと、0.2800gの濃H_(2)SO_(4)とを(約1:1のモル比で)混合し、そしてただちにGC中に注入する。校正直線を使用して、アクリル酸の濃度を見極めた。アクリル酸の収率は97.8%であった。試験を繰り返すと、アクリル酸の収率99.97%を得た。3-HPとH_(2)SO_(4)との比を変化させることにより、同様の試験を行った。その結果を下記表に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
例8
この例は、リン酸触媒を使用して3-HPからアクリル酸に蒸気相転化することを説明する。
0.5005gの7.117% 3-HPと0.3525gの85% H_(3)PO_(4)とを混合し、そしてGC中にただちに注入した。第2の試験において、0.5041gの7.117% 3-HPと0.0505gの85% H_(3)PO_(4)とを使用した。その結果を下記表に報告する。
【0056】
【表2】

【0057】
例9
この例は、Cu-Ba-CrO触媒を使用して、3-HPからアクリル酸を調製することを説明する。
50.0gの5.13% 3-HPを、0.50gのCu-Ba-CrO触媒と共に、Parr反応器内に入れた。混合物を310psiの窒素下で22時間にわたって200℃で加熱した。反応混合物を室温まで冷却し、そしてGCによって分析した。3-HPの転化率は63%であり、アクリル酸への選択率は100%であった。
【0058】
例10
この例は、硫酸又はリン酸触媒を使用して、3-ヒドロキシイソ酪酸(3-ヒドロキシ-2-メチルプロピオン酸としても知られている)をメタクリル酸に蒸気相転化することを説明する。
【0059】
3-ヒドロキシイソ酪酸(3-HIBA)の15.5%水溶液を、種々の量の濃硫酸と混合し、そしてGC中に注入した。1つの試験を、濃リン酸でも実施した。その結果を下記表に報告する。
【0060】
【表3】
【0061】
例11
この例は3-ヒドロキシプロピオン酸アンモニウムからアクリル酸ブチルへの転化を説明する。
・・・
【0062】
例12
この例は、3-ヒドロキシプロピオン酸のカルシウム塩からアクリル酸ブチルへの転化を説明する。
・・・
【0063】
例13
この例は、酸触媒を使用して、3-HPからアクリル酸ブチルのワンポット合成を説明する。
・・・
【0064】
例14
この例は、塩基性触媒を使用して、3-アルコキシプロピオン酸エステルの調製を説明する。
・・・
【0067】
例15
この例は、塩基性触媒を使用した3-アルコキシプロピオン酸エステルの別の調製を説明する。
・・・
【0068】
例16
この例は、種々の触媒を使用して3-HPエステルを脱水することにより、種々のアクリル酸アルキルを調製することを説明する。
・・・
【0070】
出発材料として3-HPを使用し、GCの代わりに、加熱された触媒を含有するフラスコを使用して、同様の脱水反応を実施した:
(a) 水性3-HPをNaH_(2)PO_(4)-シリカゲル触媒上で180℃で脱水してアクリル酸にした。GC分析及びHPLC分析を基準にして、アクリル酸の収率は90?96%であった。
【0071】
(b) 水性3-HPをH_(3)PO_(4)-シリカゲル触媒上で180℃で脱水してアクリル酸にした。GC分析及びHPLC分析を基準にして、アクリル酸の収率は85?90%であった。
【0072】
(c) 水性3-HPをCuSO_(4)-シリカゲル触媒上で180℃で脱水してアクリル酸にした。GC分析及びHPLC分析を基準にして、アクリル酸の収率は73%であった。
【0073】
(d) 水性3-HPを、触媒としてのゼオライトH-β粉末及び85% H_(3)PO_(4)上で180℃で脱水してアクリル酸にした。GC分析及びHPLC分析を基準にして、アクリル酸の収率は71%であった。
【0074】
(e) 水性3-ヒドロキシイソ酪酸をNaH_(2)PO_(4)-シリカゲル触媒上で270℃で脱水してメタクリル酸にした。GC分析を基準にして、メタクリル酸の収率は79%であった。
【0075】
例17
この例は、Amberlyst-15樹脂触媒を使用して、アミド溶剤中で3-HPのメチルエステルを調製することを説明する。
・・・
【0076】
例18
この例は、Amberlyst-15樹脂触媒を使用して、トリブチルホスフェート(TBP)溶剤中で3-HPのメチルエステルを調製することを説明する。
・・・
【0078】
例19
この例は、H_(2)SO_(4)触媒を使用して、アミド溶剤中で3-HPのメチルエステルを調製することを説明する。
・・・
【0079】
例20
この例は、Amberlyst-15樹脂を触媒として使用して、アミド溶剤中で3-HPのメチルエステルを調製することを説明する。
・・・」

3 判断
(1)本願発明に関する特許法第36条第6項第1号の判断の前提
特許請求の範囲の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)本願発明の課題
本願明細書の【発明が解決しようとする課題】の【0005】の、「β-HCAの誘導体及びこれらの塩の製造方法を提供する。」との記載、【0020】【0021】の記載及び明細書全体の記載を参酌して、本願補正発明の課題は、発酵ブイヨンから3-ヒドロキシプロピオン酸を得て、蒸発後、蒸気相反応によって行われる触媒存在下の脱水によりアクリル酸を製造する方法の提供にあると認める。

(3)対比判断
ア 前記1 に記載したとおり、特許請求の範囲の請求項1には、
アクリル酸の製造方法であって:(a)3-ヒドロキシプロピオン酸を含む発酵ブイヨンを準備し;(b)前記発酵ブイヨンから前記3-ヒドロキシプロピオン酸を含む水溶液を形成し;そして(c)前記水溶液を加熱することにより、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を蒸発させ、そして脱水触媒の存在下で蒸気相反応において、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水し、アクリル酸を形成することを特定した方法の発明が記載されているといえる。

イ 一方、発明の詳細な説明には、アクリル酸の製造方法に関して、特許請求の範囲の繰り返し記載を除くと、前記2(ア)には、ベータ-ヒドロキシカルボン酸(β-HCA)がヒドロキシ基及び隣接する水素原子の損失によって、脱水され、α,β-不飽和型カルボン酸をもたらすこと(【0003】)の記載がある。
また、前記2(イ)には、β-HCAのエステルに関して、特定の方法を用いることにより、比較的穏やかな条件下でβ-HCAのカルボン酸のエステル又はこれらの塩を調製することができ、エステル化プロセスは、β-HCA又はその塩をアルコールと反応させることにより促進され、エステル化触媒の存在及びアルコール以外の溶剤の不存在において達成することができること、有機抽出剤を用いた抽出塩分解を介して発酵ブイヨンからβ-HCAを誘導する場合に特に有用であることが記載されている(【0011】)。
そして、前記2(ウ)には、アルコールを、β-HCAを含有する水性組成物に添加したあと、蒸留工程を実施することができ(【0015】)、エステル生成物は蒸留によって精製することができ、エステルの収率は約80%を上回ることができること(【0017】)、が記載されている。
さらに、前記2(エ)には、α,β-不飽和型カルボン酸及びその塩に関して、β-HCAの脱水により、α,β-不飽和型カルボン酸生成物を提供することができること(【0018】)、酸触媒は、気体状又は液状の強鉱酸、例えば塩酸、硫酸又はリン酸であってよいこと、特に有用な酸触媒はリン酸であることが記載されている(【0020】)。そして、蒸気転化(すなわち蒸気相反応)によって行われる脱水により、α,β-不飽和型カルボン酸を調製することもできる。このような方法において、β-HCAを有する水溶液を比較的高い温度で、好ましくは脱水触媒の存在において蒸発させ、これによりβ-HCAをα,β-不飽和型カルボン酸に転化することができる ことが記載されている(【0021】)。
前記2(オ)には、実施例として、高性能液体クロマトグラフィ(HPLC)及びガス・クロマトグラフィ(GC)を用いて、下記の反応生成物を分析したこと(【0027】)、HPLC分析において使用される装置に関しての記載(【0028】)、GC分析において使用された装置に関する記載で、炉の初期温度は90℃であり、20℃/分の上昇を伴い、最終温度は200℃であったこと、試料を約12.5分間にわたって最終温度で維持したこと、注入温度は200℃であったこと(【0029】)の記載がある。
そして、例7に、硫酸触媒を使用して3-HPからアクリル酸を蒸気相転化することの説明として、水性30% 3-HPと、濃H_(2)SO_(4)とを(約1:1のモル比で)混合し、そしてただちにGC中に注入し、校正直線を使用して、アクリル酸の濃度を見極め、アクリル酸の収率は97.8%であったこと、試験を繰り返すと、アクリル酸の収率99.97%を得たこと、3-HPとH_(2)SO_(4)との比を変化させることにより、同様の試験を行ったことと、その結果である【表1】(【0053】【0054】)、例8に、リン酸触媒を使用して3-HPからアクリル酸に蒸気相転化することの説明として、3-HPとH_(3)PO_(4)とを混合し、そしてGC中にただちに注入し、第2の試験において、7.117% 3-HPと85% H_(3)PO_(4)とを使用したことと、その結果である【表2】(【0055】【0056】)の記載がある。

ウ しかしながら、本願発明であるアクリル酸の製造方法として、3-ヒドロキシプロピオン酸を含む発酵ブイヨンの準備、水溶液形成、加熱蒸発の各工程と、脱水触媒の存在下で蒸気相反応において、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水し、アクリル酸を形成する工程を含む方法に関しては、2(エ)【0021】に、蒸気転化(すなわち蒸気相反応)によって行われる脱水により、α,β-不飽和型カルボン酸を調製することもできる。このような方法において、β-HCAを有する水溶液を比較的高い温度で、好ましくは脱水触媒の存在において蒸発させ、これによりβ-HCAをα,β-不飽和型カルボン酸に転化することができるとの一般的記載があるだけで、例7、例8のそれぞれ、硫酸触媒、リン酸触媒を用いた3-HPからアクリル酸を蒸気相転化することの説明として、水性3-HPと、濃H_(2)SO_(4)やH_(3)PO_(4)とを混合し、ただちにGC中に注入、最終的にアクリル酸の生成を確認した具体例の記載があるに留まる。
3-ヒドロキシプロピオン酸を含む発酵ブイヨンの準備、水溶液形成、加熱蒸発の各工程と、脱水触媒の存在下で蒸気相反応において、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水し、アクリル酸を形成したことのうち、特に加熱蒸発させ、蒸気相反応において、3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水し、アクリル酸を形成することは、GC中に注入して最終的にアクリル酸の生成を確認しただけでは、どの段階で3-ヒドロキシプロピオン酸の蒸気相反応において、脱水反応が生じたかは不明である。また、原料の3-ヒドロキシプロピオン酸として、3-ヒドロキシプロピオン酸を含む発酵ブイヨンを用いた場合にどのような現象が生じるかも不明である。
そして、液相段階で、3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水触媒の存在下で脱水反応させるアクリル酸の製造方法自体は本願優先日時点において技術常識である(米国特許第2469701号明細書Example2参照)ことを考慮すると、それらの技術常識と区別して特定された請求項1に係る3-ヒドロキシプロピオン酸を蒸発させ、そして脱水触媒の存在下で蒸気相反応によって行われる脱水により、アクリル酸を形成する方法の発明は、発明の詳細な説明において、裏付けをもって記載されているとはいえない。

4 請求人の主張の検討
(1)請求人のサポート要件に関する主張
請求人は、平成28年7月28日付け意見書において、サポート要件に関する主張として以下の点について述べている。

ア「明細書中に記載されている実施例は、いずれも、3-ヒドロキシプロピオン酸が得られた後からの説明しか記載されていないが、当業者であれば、上記明細書の[0009]、[0010]、[0018]、[0020]の記載から、実施例に記載されている3-ヒドロキシプロピオン酸が、請求項1に記載の3-ヒドロキシプロピオン酸を含む発酵ブイヨンから得られることを容易に理解できると思料する。
請求項1の「(b)前記発酵ブイヨンから前記3-ヒドロキシプロピオン酸を含む水溶液を形成」することについては、上掲の[0010]に、β-HCAを発酵ブイヨンから分離する手順が記載されている。ここには、3-ヒドロキシプロピオン酸を含む発酵ブイヨンにアンモニウム及びアミンを使用し、酸を中和してアンモニウム塩を形成し、これに有機抽出剤を添加して混合物を加熱することによってアンモニウム塩を分解し、そして酸を有機溶剤中に分配し、酸と有機抽出剤との組み合わせを、残留する水性発酵ブイヨンから分離して逆抽出することにより、酸から抽出剤を分離し、これにより純粋(すなわち遊離)酸を生成することができると具体的に記載されている。また、当業者は、・・・を参照して、抽出塩分解法の詳細情報を得ることができる。したがって、当業者であれば、請求項1に記載の発酵ブイヨンから前記3-ヒドロキシプロピオン酸を含む水溶液の形成を、容易に理解できると思料する。」(意見書2頁40行?3頁5行)

イ「請求項1の「(c)前記水溶液を加熱することにより、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を蒸発させ、そして脱水触媒の存在下で蒸気相反応において、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水し、アクリル酸を形成すること」することについては、明細書の[0021]に、『蒸気転化(すなわち蒸気相反応)によって行われる脱水により、α,β-不飽和型カルボン酸を調製することもできる。このような方法において、β-HCAを有する水溶液を比較的高い温度で、好ましくは脱水触媒の存在において蒸発させ、これによりβ-HCAをα,β-不飽和型カルボン酸に転化することができる』との記載がある。明細書の[0053]の例7、明細書の[0054]の例8に具体的な操作が記載されており、ここでは、触媒と3-HPを混合した後、ただちにGC中に注入することが記載されている。尚、ガス・クロマトグラフィ(GC)においては、[0029]に『炉の初期温度は90℃であり、20℃/分の上昇を伴い、最終温度は200℃であった。試料を約12.5分間にわたって最終温度で維持した。注入温度は200℃であった。』と、具体的な操作が記載されている。したがって、当業者であれば、請求項1に記載の(c)の工程を、これらの記載から容易に理解できると思料する。」(意見書3頁6行?19行)

(2)検討
ア (1)の主張アについて
審判請求人は、明細書中に記載されている実施例は、いずれも、3-ヒドロキシプロピオン酸が得られた後からの説明しか記載されていないが、当業者であれば、明細書の他の一般的記載から、実施例に記載されている3-ヒドロキシプロピオン酸が、請求項1に記載の3-ヒドロキシプロピオン酸を含む発酵ブイヨンから得られることを容易に理解できる旨主張している。
しかしながら、発酵ブイヨンに含まれる種々の不純物成分がどのようにその後の反応に作用するか不明である以上、たとえ3-ヒドロキシプロパン酸の分離技術が公知であるからといって、特許請求の範囲において、発酵ブイヨンから3-ヒドロキシプロピオン酸を含む水溶液を形成することを特定し、種々の不純物を含むと考えられる水溶液から、発酵ブイヨン由来の3-ヒドロキシプロパン酸が蒸気相反応を通じて脱水できるかどうかまでは不明といわざるを得ない。
したがって、一連の製造方法として特定した本願発明は、実際に発酵ブイヨンから3-ヒドロキシプロピオン酸を得て、アクリル酸を製造した例が示されていなければ、蒸気相反応によって行われる触媒存在下の脱水反応によってアクリル酸が形成できるかどうか不明であり、特許請求の範囲に特定された、「(a)3-ヒドロキシプロピオン酸を含む発酵ブイヨンを準備し;(b)前記発酵ブイヨンから前記3-ヒドロキシプロピオン酸を含む水溶液を形成し;そして(c)前記水溶液を加熱することにより、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を蒸発させ、そして脱水触媒の存在下で蒸気相反応において、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水し、アクリル酸を形成することを含む・・・アクリル酸の製造方法。」が発明の詳細な説明に記載されているとはいえない。

イ (1)の主張イについて
また、明細書の【0021】の一般的記載、例7、例8の具体的な操作、【0029】のガス・クロマトグラフィ(GC)の具体的な操作から、当業者であれば、請求項1に記載の(c)の工程を、容易に理解できる旨主張している。
しかしながら、上述のとおり、どの段階で3-ヒドロキシプロピオン酸の脱水反応が生じたかが不明な例の記載や【0029】のGC分析に関する初期温度、最終温度、試料注入温度の記載のみでは、特許請求の範囲で特定された、「(c)前記水溶液を加熱することにより、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を蒸発させ、そして脱水触媒の存在下で蒸気相反応において、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水し、アクリル酸を形成すること」に対応した裏付け記載があるとはいえない。
また、審判請求人は、上述した米国特許第2469701号明細書に開示された本願優先日時点での技術常識である液相転化を用いるアクリル酸の製造方法は、本願発明が蒸気相反応によりアクリル酸に転化される点で明らかに異なる旨主張(平成26年3月20日付け意見書2頁3?16行参照)する一方、「蒸気相反応において、前記3-ヒドロキシプロピオン酸を脱水し、アクリル酸を形成する」ことに関しては、その現象を実験によって明らかにしていない。
以上のとおり、請求項1に係る特許を受けようとする、蒸気相反応において脱水反応でアクリル酸を製造する方法の発明は、発明の詳細な説明に記載されていない。

エ したがって、上記、審判請求人の主張はいずれも本願の特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たしていることの主張としては採用することはできない。

5 まとめ
以上のとおり、請求項1記載の特許を受けようとする発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではなく、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、この出願は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。

第5 むすび
以上のとおり、本願は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしておらず、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-08-29 
結審通知日 2016-08-30 
審決日 2016-09-12 
出願番号 特願2009-188539(P2009-188539)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 前田 憲彦  
特許庁審判長 佐藤 健史
特許庁審判官 加藤 幹
瀬良 聡機
発明の名称 β-ヒドロキシカルボン酸の誘導体の製造方法  
代理人 出野 知  
代理人 古賀 哲次  
代理人 青木 篤  
代理人 小林 良博  
代理人 蛯谷 厚志  
代理人 石田 敬  

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