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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B23K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B23K
管理番号 1324887
異議申立番号 異議2016-701091  
総通号数 207 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-03-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-11-25 
確定日 2017-02-10 
異議申立件数
事件の表示 特許第5925703号発明「薄鋼板のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5925703号の請求項1、2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第5925703号の請求項1、2に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成25年 1月 8日の出願であって、平成28年 4月28日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許に対し、特許異議申立人森野 泰正により特許異議の申立てがされたものである。


第2 本件特許発明

特許第5925703号の請求項1、2に係る発明(以下、それぞれ、「本件特許発明1」、「本件特許発明2」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1、2に記載された事項により特定される以下のとおりのものであると認める。

「【請求項1】
溶融プールとコンタクトチップ間でワイヤの送給および通電制御をするCMT溶接に用いる薄鋼板のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.05?0.12%、Si:0.5?1.0%、Mn:1.2?1.8%、Cu:0.1?0.3%を含有し、P:0.030%以下、S:0.010%以下、N:0.010%以下、O:0.010%以下で、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、下記式に示すAの値が2以下であることを特徴とする薄鋼板のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
A=〔Cu+(S+0.5N+O)×10^(2) 〕/(Si+0.5Mn)・・・式
【請求項2】
薄鋼板の板厚は0.5?2mm、ワイヤ径は0.8?1.0mmであることを特徴とする請求項1に記載の薄鋼板のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。」


第3 申立理由の概要

特許異議申立人森野 泰正(以下、単に「特許異議申立人」という。)は、証拠として、甲第1号証?甲第19号証を提出し、請求項1に係る特許は特許法第29条第1項第3号に該当するものであり、請求項1、2に係る特許は同条第2項の規定に違反してされたものであるから、請求項1、2に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

すなわち、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された発明のそれぞれと同一であり、また、本件特許発明1は、甲第3号証に記載された発明と甲第1、7?17号証に記載された技術常識から、本件特許発明2は、甲第3号証に記載された発明と甲第1、7?19号証に記載された技術常識から、それぞれ当業者が容易になし得る発明である。

(証拠方法)
甲第1号証:溶滴形成・移行過程における銅めっきの挙動に関する考察、溶接学会論文集第23巻第1号p.37?47、平成17年2月5日、社団法人溶接学会
甲第2号証:特開2010-228000号公報
甲第3号証:特許第3219916号公報
甲第4号証:特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節
甲第5号証:鉄鋼中の窒素の微量比色定量方法の研究、分析化学第6巻第3号、昭和32年3月5日、日本分析化学会
甲第6号証:特開2011-235299号公報
甲第7号証:JIS Z3001-1988、平成8年 4月20日、財団法人日本規格協会
甲第8号証:CMT溶接機のモードおよび電圧・電流波形特性、溶接技術第57巻第6号、平成21年6月1日、産報出版株式会社
甲第9号証:神鋼溶接総合カタログ-溶接材料・システム-、平成15年6月、神鋼溶接サービス株式会社
甲第10号証:特許第5925703号公報
甲第11号証:特開2010-64140号公報
甲第12号証:高温界面化学(上)p.145?147、平成20年8月31日、株式会社アグネ技術センター
甲第13号証:特開平9-239583号公報
甲第14号証:特許第3404264号公報
甲第15号証:特許第3386224号公報
甲第16号証:特公平4-48553号公報
甲第17号証:COLD METAL TRANSFER-Robotics、平成24年5月、Fronius International GmbH
甲第18号証:CMTプロセスによる極薄金属板の高速溶接、溶接学会誌第75巻第8号、平成18年12月5日、社団法人溶接学会
甲第19号証:JIS Z3200:2005、平成17年3月20日、財団法人日本規格協会


第4 甲各号証の記載事項

(1)甲第1号証:溶滴形成・移行過程における銅めっきの挙動に関する考察、溶接学会論文集第23巻第1号p.37?47、平成17年2月5日、社団法人溶接学会
(1-ア)
「アーク溶接はCO_(2),Ar等のガスを用いて溶融鉄合金を大気中の酸素,窒素から保護する。」(第37頁右欄第19?20行)

(1-イ)
「またソリッドワイヤに,Si,Mn,Ti等の酸素親和力が高い元素を添加すると,溶滴,溶融池の揺動が抑制され,あたかも溶融鉄合金の表面張力が高くなったかのような現象が観察される.」(第38頁左欄第2?5行)

(1-ウ)
「2.1 供試材料
JIS YGW12相当の化学成分を有するソリッドワイヤを選択し,銅めっきを有するものと銅めっきを有しないものを準備した.実験に用いたワイヤの化学成分分析例をTable 1に示す.化学成分において特に配慮したのは表面張力低減元素であるP,S,Oおよび強脱酸元素であるAl,Caである.特にCaはソリッドワイヤに存在しても^(26),27)),また鋼板に存在しても^(28))顕著に溶滴移行安定性,アーク安定性に悪影響を与えるために,厳密に管理した.


ワイヤ直径は全て1.190mm(公称φ1.2mm)であり・・・」(第38頁左欄第33行?同右欄第1行)(なお、「・・・」は記載の省略を表す。以下、同様。)

(Table1についての当審訳)
「表1 供試ソリッドワイヤの化学成分(質量%)



(1-エ)
「・・・溶接条件をTable 3に,分析条件をTable 4に示す.・・・

」(第38頁右欄第28行?同欄最終行)

(Table 3についての当審訳)
「表3 銅拡散測定のための溶接条件



上記事項から、甲第1号証には、次の技術的事項が記載されている。

a.上記(1-ウ)の表1に記載されるソリッドワイヤは、上記(1-ア)、(1-エ)から、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤであるといえ、このソリッドワイヤの化学成分(質量%)は、技術常識から見て、ワイヤ全質量に対するものであり、また、C、Si、Mn、P、S、Al、O、Ca、Cuの他、「残部はFeおよび不可避的不純物からなる」ものといえる。
b.上記(1-イ)には、Si、Mn、Ti等の添加により溶融鉄合金の表面張力が高くなったかのような現象が生じることが記載されており、また、上記(1-ウ)には、P、S、Oが表面張力低減元素であり、Al、Caが強脱酸元素であることが記載されている。

そうすると、甲第1号証には、特に表1の銅被覆ソリッドワイヤに着目すると、次の発明が記載されていると認められる。

「ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.05%、Si:0.90%、Mn:1.49%、P:0.010%、S:0.010%、Al:0.005%、O:0.0035%、Ca:0.0003%、Cu:0.24%を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。」(以下、「甲1発明」という。)


(2)甲第2号証:特開2010-228000号公報
(2-ア)
「【請求項1】
レーザー溶接とガスシールドアーク溶接を併用して、板厚6?12mmの鋼板を、溶接速度100cm/min以上でレーザー・アークハイブリッド溶接をする方法において、・・・ソリッドワイヤとして、
C:0.03?0.15%、
Si:0.3?1.8%、
Mn:0.7?2.5%、
P:0.03%以下、
S:0.03%以下、
Cu:0.05?0.4%、
を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる溶接用ソリッドワイヤを用い・・・」

(2-イ)
「【0012】
そこで、本発明は、これら従来技術の問題点に鑑み、特に高速化の要求が大きい6?12mm板厚の鋼板を対象とし、この鋼板をレーザー・アークハイブリッド溶接する際において、溶接速度が100cm/min以上の場合でも、溶接部のビード形状が良好で、同じ溶接速度でレーザー・アークハイブリッド溶接によって作製された従来溶接継手より2倍以上の疲労寿命が得られるレーザー・アークハイブリッド溶接方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、以上の観点から、鋼板およびアーク溶接に用いられるソリッドワイヤの成分と、溶接部の形状、特に溶接ビードの止端形状の関係に関して鋭意研究をしてきた。」

(2-ウ)
「【0076】
・・・これら鋼板を用いて、図4にあるような、レーザー・アークハイブリッド溶接を行った。・・・そのときの板厚は11mmである。
・・・
【0078】
表2には、本実施例で使用したソリッドワイヤの成分および溶着金属試験での強度およびシャルピー吸収エネルギーを示している。・・・
【0079】
【表2】




上記事項から、甲第2号証には、次の技術的事項が記載されている。

a.上記(2-ウ)に記載されるソリッドワイヤは、レーザー・アークハイブリッド溶接用ソリッドワイヤであるといえる。
b.上記(2-ウ)の表2に記載されるソリッドワイヤの化学成分は、上記(2-ア)及び技術常識から見て、ワイヤ全質量に対するものであり、また、C、Si、Mn、P、S、Cuの他、「残部はFeおよび不可避的不純物からなる」ものといえる。

そうすると、甲第2号証には、特に表2のワイヤ記号W2に着目すると、次の発明が記載されていると認められる。

「ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.10%、Si:0.75%、Mn:1.35%、P:0.017%、S:0.008%、Cu:0.2%を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる、レーザー・アークハイブリッド溶接用ソリッドワイヤ。」(以下、「甲2発明」という。)


(3)甲第3号証:特許第3219916号公報
(3-ア)
「【請求項1】 ワイヤ表面にメッキ皮膜が施されているアーク溶接用メッキソリッドワイヤにおいて、ワイヤ組成が、重量%で(以下、同じ)、C:0.02?0.15%、Si:0.5?1.0%、Mn:1.0?2.0%、P:0.04%以下、S:0.03%以下、Cu:0.10?0.40%、残部:鉄及び不可避不純物であり、下記(1)式で定義されるワイヤ表面の比表面積値(以下、「ワイヤ比表面積」という)を0.01以下に抑制し、かつ、下記(2)式で定義されるメッキ厚指数を0.1?0.6に調整したことを特徴とするアーク溶接用メッキソリッドワイヤ。・・・」

(3-イ)
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は溶接作業性(アーク安定性、送給安定性を含む)を改善したアーク溶接用メッキソリッドワイヤに関し、軟鋼や高張力鋼を始めとする様々な金属材のアーク溶接に適用される。」

(3-ウ)
「【0036】Caは50ppmまで、Ni、Cr、Mo、Nb、Wはそれぞれ0.15%まで許容できる。また微量不純物としては、B≦0.05%、V≦0.05%、Zr≦0.05%、O(酸素)≦0.03%、N≦0.02%を許容できる。」

(3-エ)
「【0039】各種の原線を用い、原線→中間伸線→焼鈍→酸洗→メッキ→仕上伸線→製品の製造条件により、表1に示す化学成分でワイヤ径1.0?2.0mmφのソリッドワイヤを試作した。それらのワイヤを用いて、軟鋼母材上で溶接を行い、一部は送給系条件を2水準に変えて溶接を行い、溶接作業性を評価した。溶接条件を表2に示す。
・・・
【0044】
【表1】


【0045】
【表2】




上記事項から、甲第3号証には、次の技術的事項が記載されている。

a.上記(3-ア)に記載されるアーク溶接用ソリッドワイヤは、(3-エ)の表2から、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤであるといえる。
b.上記(3-ア)に記載されるソリッドワイヤの化学成分は、技術常識から見て、ワイヤ全質量に対するものであり、上記(3-ウ)から、不可避的不純物として、O≦0.03%、N≦0.02%が許容されるものといえる。

そうすると、甲第3号証には、次の発明が記載されていると認められる。

「ワイヤ全質量に対する重量%で、C:0.02?0.15%、Si:0.5?1.0%、Mn:1.0?2.0%、P:0.04%以下、S:0.03%以下、Cu:0.10?0.40%、O:0.03%以下、N:0.02%以下、残部:鉄及び不可避不純物からなる、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。」(以下、「甲3発明」という。)

(4)甲第4号証:特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節
摘記を省略する。

(5)甲第5号証:鉄鋼中の窒素の微量比色定量方法の研究、分析化学第6巻第3号、昭和32年3月5日、日本分析化学会
(5-ア)
「普通鉄鋼中の窒素含有量は0.001?0.01%程度で・・・」(第150頁右欄第4行)

(6)甲第6号証:特開2011-235299号公報
(6-ア)
「【0002】
ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ(以下、単に溶接ワイヤとも言う)には、通常では、多くの場合にCaが含まれる。
【0003】
この溶接ソリッドワイヤの素材となる鋼材は、溶鋼をCa脱酸する製鋼の段階や、介在物形態制御などのためにCa系パウダーを添加する連続鋳造によるビレットの製造段階などで、Caが含まれやすい(混入しやすい)。更に、鋼線材の伸線加工中の割れの原因となるS(硫黄)をCaSとして生成させて固定し、耐割れ性や靭性を向上させるために、鋼に意図的にCaを含有させる場合もある。
【0004】
また、溶接ソリッドワイヤの製造では、前記ビレットを熱間圧延により例えば5.5mmφ程度の鋼線材に加工した後、中間伸線として2.4mmφ程度の鋼線にまで冷間伸線され、焼鈍、酸洗、必要により銅メッキが施され、さらに溶接ソリッドワイヤの使用径の鋼線にまで仕上げ伸線される。これら中間伸線もしくは仕上げ伸線においては、潤滑剤として優れた伸線性を有するステアリン酸カルシウムなどのCaを含む潤滑剤を用いて伸線される場合が多いが、この場合、最終製品である溶接ソリッドワイヤ表面上などに、意図せずとも、Caが残留することになる。
【0005】
炭酸ガスシールドアーク溶接あるいはマグ溶接に一般的に用いられるガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤは、例えば、JIS Z 3312、Z 3315、Z 3317およびZ 3325等に、溶接性や溶接品質の保証のために、鋼成分が種々規定されている。
【0006】
しかし、素材鋼の内部または溶接ワイヤの表面にCaが存在すると、前記ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤにおいては、アーク溶接時にアークが不安定になり、スパッタが増加する(非特許文献1参照)。このようにスパッタが増加すると、ビード周辺のスパッタ付着による外観不良やノズル付着によるシールドガス不良などの問題を引き起こし、溶接作業性が極端に劣化する。したがって、溶接ワイヤへのCaの含有は溶接をする上で有害となる。
・・・
【0012】
・・・前記した素材鋼を含めた溶接ワイヤの製造工程において、ソリッドワイヤ中へのある程度のCaの含有(混入)は不可避でもあり、ある程度のCaの含有を前提とした、溶接ワイヤのスパッタ改善が不可欠となる。」

(6-イ)
「【0043】
Ca:0.0005?0.0060%(5?60ppm)
前記した通り、溶接ワイヤ中には不可避的にCaが含有される。このCaが含有された溶接ワイヤでは、溶接中にアーク安定性が粗悪になり、粗大なスパッタが増加する。」

(7)甲第7号証:JIS Z3001-1988、平成8年 4月20日、財団法人日本規格協会
(7-ア)


」(第65頁第10行?同頁最終行)

(8)甲第8号証:CMT溶接機のモードおよび電圧・電流波形特性、溶接技術第57巻第6号、平成21年6月1日、産報出版株式会社
(8-ア)
「CMTプロセスはマグ/ミグ溶接法の一種で,ディップ・トランスファ(短絡)型の溶的移行が行われているが,従来型の溶摘移行が電気的制御によって行われているのに対し,CMT法はまったく異なる機械的な制御によって行われている。」(第108頁左欄第8?12行)

(8-イ)
「2.1 溶接装置
CMTプロセスは・・・
2.3.1 母材
軟鋼材 板厚3mm
2.3.2 溶接材料
溶接ワイヤ MG-50(神鋼製)1.2mmφ径」(第108頁右欄第10?27行)

(9)甲第9号証:神鋼溶接総合カタログ-溶接材料・システム-、平成15年6月、神鋼溶接サービス株式会社
(9-ア)
「MG-50
軟鋼・490N/mm^(2)級高張力鋼の高電流溶接用
・・・
炭酸ガスアーク溶接ワイヤです。」(第77頁第1?9行)

(10)甲第10号証:特許第5925703号公報
(10-ア)
「【0015】
その結果、CMT溶接時に発生するスパッタの発生形態は、アークにより溶融した金属が溶融プールに接触して移行する前に、溶融金属がワイヤ先端から離脱し、溶融金属が跳びはねることが要因であることが判明した。そこで、溶融金属の表面張力と粘性を低下させるS、N、O、Cu量と、溶融金属の表面張力と粘性を増加させるSi、Mn量を最適化することで、ワイヤ先端からの溶融金属の離脱を防止し、安定した溶滴移行形態とすることで、アークが安定し、スパッタの発生量を減少し、溶け落ちがない良好なビード形状が得られることを見出した。」

(11)甲第11号証:特開2010-64140号公報
(11-ア)
「【請求項1】
質量%で、Se:0.005?0.100%、C:0.02?0.15%、Si:0.10?1.00%、Mn:1.00?2.00%、S:0.005?0.070%を含有し、P:0.030%以下、O:0.010%以下で、その他がFeおよび不可避的不純物からなり、下記(1)式において各元素を質量%としたとき、Aの値が15以下であることを特徴する薄鋼板のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。
A={Se+1.25(S+O)}/(Si+0.5Mn)×100 ・・・(1)」

(11-イ)
「【0017】
なお、表2の溶接条件AはCO_(2)溶接、溶接条件BはAr-10%CO_(2)ガスを用いたMAG溶接、溶接条件CはAr-20%CO_(2)ガスを用いたMAG溶接、溶接条件DはAr-10%CO_(2)ガスを用いたパルスMAG溶接および溶接条件EはAr-20%CO_(2)ガスを用いたパルスMAG溶接である。」

(11-ウ)
「【0025】
[Aの値:15以下]
さらに、溶融金属の表面張力と粘性のバランスをとるために、溶融金属の表面張力を低下させるSe、SおよびOそれぞれの含有量が表面張力に作用する割合と、溶融金属の粘性を高めるSiおよびMnそれぞれの含有量が粘性に作用する割合との比として下記(1)式を得た。下記(1)式において各元素を質量%としたとき、Aの値が15以下になるように各合金成分の添加量を調整すると、表面張力と粘性のバランスが最適となり、ビード形状が平滑で安定すると共に良好な耐ギャップ性能が得られ、高温割れが生じず良好な溶接継手が得られる。
A={Se+1.25(S+O)}/(Si+0.5Mn)×100 ・・・(1)」

(12)甲第12号証:高温界面化学(上)p.145?147、平成20年8月31日、株式会社アグネ技術センター
(12-ア)
「それらの元素はすでに示したようにFe,CuではVIB族,O,S,Se,Teであり,またVB族,Sb,Bi,IVB族,SnもVIB族元素ほど顕著ではないが,表面張力を大きく低下させる.」(第145頁第19?20行)

(13)甲第13号証:特開平9-239583号公報
(13-ア)
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、主としてCO_(2)あるいはAr-CO_(2)混合ガスをシールドガスとして使用する薄板用鋼ワイヤに関し、詳しくは亜鉛めっき鋼板、非表面処理の冷延および熱延の薄板のガスシールドアーク溶接に使用して優れた連続溶接性を得るためのワイヤに係わるものである。」

(13-イ)
「【0023】また、OにはSと同様に耐ギャップ性向上効果もありSとOの共存が高速溶接の耐ギャップ性確保に有効である。このようなS,Oの溶込み減少やビード幅を拡大による耐ギャップ性への効果は、S,Oが共に表面活性元素であり、溶融金属の表面張力を減少させることによると考えられる。特に高速溶接においては、S,Oの共存による効果が有効に発揮される。またこの様な表面張力低下は、ワイヤ先端の溶融金属にも作用してアークの安定化させ、スパッタ発生量低減にも寄与する。」

(14)甲第14号証:特許第3404264号公報
(14-ア)
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、ワイヤ表面に銅メッキを施していないマグ溶接用ソリッドワイヤであって、鋼板(軟鋼・490 N/mm^(2) 級高張力鋼)のマグ溶接においてスパッタ発生量が少なくアークの安定性が良いなど溶接作業性に優れたマグ溶接用ソリッドワイヤに関するものである。」

(14-イ)
「【0028】Cuは、ワイヤの耐錆性を向上させる元素である。しかし、Cu量が0.001 重量%未満ではその効果が十分に発揮されず、一方、0.05重量%を超えると溶滴の表面張力の低下を招いて瞬間短絡現象に起因するスパッタの発生量が増える。よって、Cu量は0.001 ?0.05重量%の範囲がよい。」

(15)甲第15号証:特許第3386224号公報
(15-ア)
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、Arなどの不活性ガスを主とした混合ガスをシールドガスとして用いるガスシールドアーク溶接用ワイヤであって、高張力鋼を溶接するに当たり、スパッタ発生量が少なく、インバータ制御及びパルス電源を用いるガスシールドアーク溶接法に適用され、高速溶接も可能な溶接用ソリッドワイヤに関するものである。」

(15-イ)
「【0035】O、N:O、Nは溶滴の表面張力を低下させる元素として知られるが、多すぎると溶滴形成から離脱まで時間がかかり、かつ溶滴の離脱が不安定となるため、その含有量をそれぞれ80ppm以下とする。また、Si含有量を低レベルに抑えてあるので、O、Nがそれぞれ80ppmを超えるとブローホールが発生し易くなる。」

(16)甲第16号証:特公平4-48553号公報
(16-ア)
「本発明はガスシールドアーク溶接用ソリツドワイヤに関し、殊にアーク点までの送給性が良好で且つ溶滴移行性の優れた同ワイヤに関するものである。」(第1頁左欄第10?13行)

(16-イ)
「要は素ワイヤ表面に粒界酸化層を形成してその表層酸素濃度を1100ppm以上にすることによつて、めつきワイヤの表面に適度の微小亀裂を形成することができ、それにより潤滑油の保持能力を向上させてワイヤの表面潤滑性を高め送給性を改善すると共に、表層酸素の存在によつて溶滴移行性を高めることができ、これら両者の効果が相まつてアーク安定性を大幅に改善し得ることになつた。その結果、溶接時のスパツタ発生量が激減すると共にビード形状や外観の改善され・・・」(第3頁左欄第22?32行)

(17)甲第17号証:COLD METAL TRANSFER-Robotics、平成24年5月、Fronius International GmbH
(17-ア)
「Higher welding speeds
/ Dip-transfer arc I: 185 A, U: 17.6V
/ CMT I: 200A, U: 16.2V
50% faster
/ Dip-transfer arc Vweld=70cm/min
Vweld =27in/min
/ CMT Vweld=150 cm/min
Vweld =59in/min」(第13頁右欄第1?8行)

(当審訳:甲17号証添付の訳文を参照した。以下同じ。)
「速い溶接速度
/短絡移行 電流:185A、電圧:17.6V
/CMT 電流:200A、電圧:16.2V
50%速度向上
/短絡移行 溶接速度=70cm/min
溶接速度=27in/min
/CMT 溶接速度=150cm/min
溶接速度=59in/min」

(17-イ)
「・99,5% less spatter
/ Dip-transfer arc 0,376 g/m
/ Pulsed 0,264 g/m
/ CMT 0,002 g/m」(第14頁右欄第4?7行)

(当審訳)
「・スパッタが99.5%減少
/短絡移行 0.376g/m
/パルスアーク 0.264g/m
/CMT 0.002g/m」

(18)甲第18号証:CMTプロセスによる極薄金属板の高速溶接、溶接学会誌第75巻第8号、平成18年12月5日、社団法人溶接学会
摘記を省略する。

(19)甲第19号証:JIS Z3200:2005、平成17年3月20日、財団法人日本規格協会
摘記を省略する。


第5 対比・判断
(1)本件特許発明1について
A.本件特許発明1と甲1発明について
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。

(ア)甲1発明の「ガスシールドアーク溶接」において「溶融プールとコンタクトチップ間でワイヤの送給および通電制御をする」ことは技術常識から明らかであるから、甲1発明の「ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ」は、本件特許発明1の「溶融プールとコンタクトチップ間でワイヤの送給および通電制御をする」「溶接に用いる」「ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ」に相当する。

(イ)甲1発明のワイヤ組成は、本件特許発明1で特定されるワイヤ組成において、「ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.05%、Si:0.90%、Mn:1.49%、P:0.010%、S:0.010%、O:0.0035%、Cu:0.24%を含有」する点及び「Feおよび不可避的不純物」を含有する点で一致する。

そうすると、本件特許発明1と甲1発明の一致点及び相違点は、次のとおりである。

(一致点)
「溶融プールとコンタクトチップ間でワイヤの送給および通電制御をする溶接に用いるガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.05%、Si:0.90%、Mn:1.49%、P:0.010%、S:0.010%、O:0.0035%、Cu:0.24%を含有し、Fe及びその他不可避的不純物を含有する、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。」

(相違点1-1)
本件特許発明1は、薄鋼板のCMT溶接に用いるものであるのに対して、甲1発明は、そのような特定がない点。

(相違点1-2)
ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤについて、本件特許発明1では、「N:0.010%以下」であり、下記式に示すAの値が2以下であるのに対し、甲1発明では、Nについて技術常識から見て不可避的不純物に該当するといえるものの具体的な含有量が不明であり、Nを係数とする下記式Aの値も不明である点。
A=〔Cu+(S+0.5N+O)×10^(2) 〕/(Si+0.5Mn)・・・式

(相違点1-3)
ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤについて、本件特許発明1では、Al及びCaを含有するものではないのに対し、甲1発明では、Al:0.005%、Ca:0.0003%を含有する点。

以下、相違点について検討する。

(相違点1-1)について
本件特許発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0002】?【0009】によれば、従来のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤを薄鋼板のCMT溶接に用いた際に生じる、「CMT溶接においては溶融金属の表面張力や粘性が低下すると、アークによって溶融した金属がワイヤ先端で維持できず、溶融金属と溶融プールが接触する前に溶融金属がワイヤ先端から離脱し、スパッタが発生する」という課題を解決するものであるから、本件特許発明1は従来のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤをCMT溶接に用いた際に生じる課題、すなわちCMT溶接特有の課題を解決するものであるといえる。
一方、甲第1号証には、甲1発明のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤを薄鋼板用のCMT溶接に用いることは、何ら記載も示唆もされていない。そして、甲第7号証の上記(7-ア)には、ガスシールドアーク溶接が、マグ溶接、ミグ溶接を含むことが記載され、甲第8号証の上記(8-ア)には、CMTプロセスはマグ/ミグ溶接法の一種であることが記載されていることから、CMT溶接は、ガスシールドアーク溶接の下位概念に該当するものであるにしても、上記のとおり、本件特許発明1は、CMT溶接特有の課題を解決するものであるから、本件特許発明1において「薄鋼板のCMT溶接に用いる」と特定した点は、実質的な相違点である。
したがって、相違点1-1は実質的なものである。

(相違点1-2)について
甲第1号証には、Nの含有量について何ら記載も示唆もされていない。そして、甲第5号証の上記(5-ア)には、「普通鉄鋼中の窒素含有量は0.001?0.01%程度」であることが記載されているが、この記載は、普通鉄鋼中の窒素含有量に関するものであって、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ中の窒素含有量に関するものではないから、この記載から甲1発明のNの含有量が0.01%以下であるとはいえない。また、その他の甲各号証及び技術常識を参酌しても、甲1発明において、Nの含有量について、「N:0.010%以下」であるとする合理的な理由はなく、Nを係数とするAの値についても、2以下であるとはいえない。
したがって、相違点1-2は実質的なものである。

(相違点1-3)について
甲第1号証の上記(1-ウ)には、Oが表面張力低減元素であること、及びAl、Caが強脱酸元素であり、特に配慮したこと、及び、特にCaはソリッドワイヤに存在しても、また鋼板に存在しても顕著に溶滴移行安定性、アーク安定性に悪影響を与えるために、厳密に管理したことが記載されている。そして、甲第6号証の上記(6-エ)には、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤにおいて、0.0005?0.0060質量%のCaが不可避的不純物であることが記載されている。
そうすると、Caについては、一般的なガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤにおいて不可避的不純物であるといえるが、本件明細書には、薄鋼板用のCMT溶接用のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤにおいてCaが不可避的不純物であることについて何ら記載されておらず、本件特許発明1における不可避的不純物に該当するとはいえない。また、Alについては、脱酸元素として表面張力を低減させるOの含有量を制御するために積極的に添加されている可能性を否定できないことから、甲1発明において、不可避的不純物であるということはできない。
したがって、相違点1-3は実質的なものである。

なお、上記相違点1-1に関し、特許異議申立人は、特許異議申立書の第13頁第15行?第14頁第18行において、甲第4号証として、特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節を引用し、「両者(本件特許発明1と甲1発明)の『形状、構造』は、細長い線状であり相違しない。・・・両者の『組成』も相違しない。したがって、本件特許発明1と甲1発明とは、「CMT溶接用」であるか否かで一応相違してはいるものの、ソリッドワイヤ自体の形状、構造、組成等は相違しない」と主張する。
しかし、上記相違点1-2、1-3の検討で述べたとおり、少なくとも組成が同一とはいえないことから、上記主張は採用できない。また、仮に、形状、構造、組成が同一であったとしても、本件特許発明1は、従来のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤのうち特定のものについて、薄鋼板用のCMT溶接における上記課題を解決できるという未知の属性を発見し、この属性により、その物が薄鋼板用のCMT溶接という新たな用途への使用に適することを見出した発明であるといえる。そして、CMT溶接がガスシールドアーク溶接の一態様であるとしても、CMT溶接は、ガスシールド溶接の下位概念であって、その特有の課題を有するといえるから、甲1発明と本件特許発明1とは、この点からも同一とはいえない。

また、上記相違点1-3に関し、特許異議申立人は、特許異議申立書の第14頁第19行?第15頁第7行において、本件特許発明1において含有量の下限値が設けられている必須の化学成分のうち、最も小さな下限値はCの0.05質量%であるから、当該数値から1桁以上小さい甲1発明のCa、Alは、明らかに積極的に添加されたものではなく、不可避的に含まれたものである旨主張する。
しかし、各元素の添加量の影響・作用は元素毎に異なるものであるから、本件特許発明1のCの下限値をもって甲1発明におけるAl、Caが不可避的不純物に該当するか否かを論ずることはできない。

以上から、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえない。

B.本件特許発明1と甲2発明について
本件特許発明1と甲2発明とを対比する。

(ア)甲2発明の「レーザー・アークハイブリッド溶接」において「溶融プールとコンタクトチップ間でワイヤの送給および通電制御をする」ことは技術常識から明らかであるから、甲2発明の「溶接用ソリッドワイヤ」は、本件特許発明1の「溶融プールとコンタクトチップ間でワイヤの送給および通電制御をする」「溶接に用いる」「ソリッドワイヤ」に相当する。

(イ)甲2発明のワイヤ組成は、本件特許発明1で特定されるワイヤ組成において、「ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.10%、Si:0.75%、Mn:1.35%、P:0.017%、S:0.008%、Cu:0.2%を含有」する点及び「Feおよび不可避的不純物」を含有する点で一致する。

そうすると、本件特許発明1と甲2発明の一致点及び相違点は、次のとおりである。

(一致点)
「溶融プールとコンタクトチップ間でワイヤの送給および通電制御をする溶接に用いる溶接用ソリッドワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.10%、Si:0.75%、Mn:1.35%、P:0.017%、S:0.008%、Cu:0.2%を含有し、Fe及びその他不可避的不純物を含有する、溶接用ソリッドワイヤ。」

(相違点2-1)
本件特許発明1は、薄鋼板のCMT溶接に用いるものであるのに対して、甲2発明は、レーザー・アークハイブリッド溶接に用いるものである点。

(相違点2-2)
溶接用ソリッドワイヤにおいて、本件特許発明1では、「N:0.010%以下」、「O:0.010%以下」であり、下記式に示すAの値が2以下であるのに対し、甲2発明では、N、Oについて技術常識から見て不可避的不純物に該当するといえるものの具体的な含有量が不明であり、N、Oを係数とする下記式Aの値も不明である点。
A=〔Cu+(S+0.5N+O)×10^(2) 〕/(Si+0.5Mn)・・・式

以下、相違点について検討する。

(相違点2-1)について
甲2発明は、レーザー・アークハイブリッド溶接用のソリッドワイヤに関する発明であるところ、アークだけでなくレーザーを併用する点でCMT溶接とは全く異なる溶接方法である。そして、甲第2号証には、甲2発明のソリッドワイヤを薄鋼板用のCMT溶接に用いることは、何ら記載も示唆もされていない。
したがって、相違点2-1は実質的なものである。

(相違点2-2)について
甲第2号証には、N、Oの含有量について何ら記載も示唆もされていない。そして、甲第5号証の上記(5-ア)には、「普通鉄鋼中の窒素含有量は0.001?0.01%程度」であることが記載されているが、この記載は、普通鉄鋼中の窒素含有量に関するものであって、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ中の窒素含有量に関するものではなく、酸素含有量については何ら記載も示唆もないことから、この記載から甲1発明のN、Oの含有量が0.01%以下であるとはいえない。また、Oについて一応の例示のある甲第1号証やその他の甲各号証及び技術常識を参酌しても、甲2発明において、N、Oの含有量について、「N:0.010%以下」、「O:0.010%以下」であるとする合理的な理由はなく、Nを係数とするAの値についても、2以下であるとはいえない。
したがって、相違点2-2は実質的なものである。

以上から、本件特許発明1は、甲第2号証に記載された発明であるとはいえない。

C.本件特許発明1と甲3発明について
本件特許発明1と甲3発明とを対比する。

(ア)甲3発明の「ガスシールドアーク溶接」において「溶融プールとコンタクトチップ間でワイヤの送給および通電制御をする」ことは技術常識から明らかであるから、甲3発明の「ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ」は、本件特許発明1の「溶融プールとコンタクトチップ間でワイヤの送給および通電制御をする」「溶接に用いる」「ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ」に相当する。

(イ)甲3発明の「重量%」は、本件特許発明1の「質量%」に相当するから、甲3発明のワイヤ組成は、本件特許発明1で特定されるワイヤ組成において、「Si:0.5?1.0%、C、Mn、P、S、Cu、N、Oを含有し、残部Fe及びその他不可避的不純物からなる」点において一致し、「C:0.05?0.12%」、「Mn:1.2?1.8%」、「P:0.030%以下」、「S:0.010%以下」、「Cu:0.1?0.3%」、「N:0.010%以下」、「O:0.010%以下」である点で一部重複する。

(ウ)甲3発明におけるワイヤ組成から、A=〔Cu+(S+0.5N+O)×10^(2) 〕/(Si+0.5Mn)については、A=0.05?7.4と算出され、本件特許発明1のAの値である2以下と一部重複する。

そうすると、本件特許発明1と甲3発明の一致点及び相違点は、次のとおりである。

(一致点)
「溶融プールとコンタクトチップ間でワイヤの送給および通電制御をする溶接に用いるガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、Si:0.5?1.0%、C、Mn、P、S、Cu、N、Oを含有し、残部Fe及びその他不可避的不純物からなる、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ。」

(相違点3-1)
本件特許発明1は、薄鋼板のCMT溶接に用いるものであるのに対して、甲3発明は、そのような特定がない点。

(相違点3-2)
本件特許発明1のワイヤ組成における、C、Mn、P、S、Cu、N、Oの数値範囲について、甲3発明とそれぞれ一部重複するものの、甲3発明の数値範囲の方が広い点。

(相違点3-3)
Aの値について、本件特許発明1は、2以下であるのに対し、甲3発明では、0.05?7.4であって、甲3発明の数値範囲の方が広い点。

以下、相違点について検討する。

(相違点3-1)について
上記相違点1-1についての検討において述べたとおり、本件特許発明1は、従来のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤをCMT溶接に用いた際に生じる課題、すなわちCMT溶接特有の課題を解決するものであるといえる。
一方、甲第3号証には、甲3発明のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤを薄鋼板用のCMT溶接に用いることは、何ら記載も示唆もされていない。
したがって、相違点3-1は実質的なものである。

次に、甲第7?9号証について検討する。
甲第8号証の上記(8-イ)には、CMT溶接に用いられる溶接ワイヤとして、甲第9号証の上記(9-ア)に記載される、炭酸ガスアーク溶接用ワイヤであるMG-50(神鋼製)を用いることが記載されている。
しかし、上記相違点1-1についての検討において述べたとおり、甲第7号証及び甲第8号証の記載から、CMT溶接は、ガスシールドアーク溶接の下位概念に該当するものであるといえる。そして、上記のとおり、本件特許発明1は、CMT溶接特有の課題を解決するものである。
そうすると、甲第7?9号証に記載された技術的事項から、甲3発明を薄鋼板用のCMT溶接用とすることについて、当業者が容易になし得たということはできない。

(相違点3-2)、(相違点3-3)について
甲3発明のC、Mn、P、S、Cu、N、Oの含有量及びAの値の数値範囲は、いずれも、本件特許発明1よりも広い数値範囲をとるものであるところ、本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0017】?【0022】には、それぞれの元素の数値限定の理由として、薄鋼板用のCMT溶接に用いることを前提とした限定理由が記載され、実施例において裏付けられているといえる。
一方、上記相違点3-1についての検討で述べたとおり、甲第3号証には、甲3発明のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤを薄鋼板用のCMT溶接に用いることは、何ら記載も示唆もされていない。
そうすると、CMT溶接に用いるものでない甲3発明において、CMT溶接に特有の課題を前提として各元素の含有量及びAの値を最適化することは、当業者にとって容易になし得たということはできない。
また、本件特許発明1において、各元素の含有量及びAの値を最適化することにより、CMT溶接を用いた薄鋼板の溶接において、アークが安定し、スパッタ発生量が少なく、溶け落ちがない良好なビード形状が得られるという格別の作用効果が得られることは、当業者にとって想到し得ないものである。

特許異議申立人は、特許異議申立書の第21頁第16行?第24頁第23行において、甲第10号証(本件特許に係る特許公報)を引用して、「本件特許権者は、Aを算出するためのS、N、O、Cu、Si、Mnの含有量については、あくまで『最適化』しているに過ぎないと認識し」ていたとした上で、S、O、Cu、Nが溶融金属の表面張力と粘性を低下させる元素であること、及び、Si、Mnが溶融金属の表面張力と粘性を増加させる元素であること(甲第1号証、甲第11?15号証参照。以下、まとめて「技術的事項A」という。)は本件特許の出願時において技術常識であり、ガスシールドアーク溶接の分野において、当業者が、各化学成分が奏する表面張力に着目していたことから、表面張力に応じて各化学成分の含有量の数値範囲を最適化又は好適化するのは当業者にとって当然の行為である旨主張する。
しかし、仮に当該技術的事項Aが技術常識であったとしても、甲第1号証、甲第11?15号証の記載はいずれも、CMT溶接を前提としたものではないことから、当該主張は採用できない。
また、特許異議申立人は、特許異議申立書の第24頁第24行?第27頁第4行において、アークの安定性とスパッタ発生量・ビード形状の関係について述べる甲第16号証を引用して、本件特許発明1の効果は、甲3発明のアークの安定性についての効果と異質な効果ではなく、また、CMT溶接におけるスパッタ発生量を例示する甲第17号証を引用して、本件特許発明1のスパッタ発生量についての効果は際だって優れた効果ではない旨主張する。
しかし、甲3発明、甲第16号証のいずれも、CMT溶接に関するものではなく、甲第17号証はソリッドワイヤの組成を何ら示すものではないから、当該主張は採用できない。

したがって、本件特許発明1は、甲3発明および甲第1、7?17号証の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)本件特許発明2について
本件特許発明2は、本件特許発明1の発明特定事項を全て有しているから、本件特許発明2も、本件特許発明1と同様に、甲3発明および甲第1、7?19号証の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。


第6 むすび

以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件請求項1、2に係る特許を取り消すことはできない。

また、他に本件請求項1、2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-01-30 
出願番号 特願2013-1120(P2013-1120)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (B23K)
P 1 651・ 121- Y (B23K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 市川 篤  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 松本 要
河本 充雄
登録日 2016-04-28 
登録番号 特許第5925703号(P5925703)
権利者 日鐵住金溶接工業株式会社
発明の名称 薄鋼板のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤ  
代理人 椎名 彊  
代理人 松本 悦一  

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