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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07D
管理番号 1325259
審判番号 不服2015-13896  
総通号数 208 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-07-23 
確定日 2017-02-15 
事件の表示 特願2013-209803「(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]ヘキサン、その組成物および使用」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 2月13日出願公開、特開2014- 28847〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、2002年1月11日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2001年1月11日 米国(US))を国際出願日とする特願2002-565944号の一部を平成21年7月29日に新たな特許出願とした特願2009-176050号の一部をさらに平成25年10月7日に新たな特許出願としたものであって、平成25年10月7日に上申書が提出され、平成26年9月2日付けで拒絶理由が通知され、平成27年3月6日に意見書および手続補正書が提出され、同年3月20日付けで拒絶査定がされ、同年7月23日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

第2 本願発明
この出願の特許を受けようとする発明は、平成27年3月6日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?36に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、その請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)は次のとおりである。

「【請求項1】
それぞれその対応する(-)-エナンチオマーを実質的に含まない、(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩。」

第3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由の概略は以下のとおりである。

理由:この出願の請求項1?19,28,29に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された、引用文献1?2に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

1:特開昭58-13568号公報
2:社団法人日本化学会編,光学異性体の分割[季刊化学総説No.6],株式会社学会出版センター,1989年,pp.2-3,5-7,9,212-213

拒絶査定の対象となった平成27年3月6日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1は、平成26年9月2日付け拒絶理由の対象となった願書に最初に添付された特許請求の範囲の請求項1に対応するものである。

第4 当審の判断
当審は、原査定のとおり、本願発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された引用文献1及び2(以下「刊行物1」及び「刊行物2」という。)に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないと判断する。
その理由は以下のとおりである。

1 引用刊行物およびその記載
(1)刊行物
刊行物1:特開昭58-13568号公報(原審における引用文献1)
刊行物2:社団法人日本化学会編,光学異性体の分割[季刊化学総説No.6],株式会社学会出版センター,1989年,pp.2-3,5-7,9,212-213(原審における引用文献2)
刊行物3:Journal of Neurochemistry,1987,48(2),pp.560-565(原審における引用文献3)
刊行物4:特開平4-211638号公報(原審における引用文献4)
刊行物5:国際公開第99/49857号(原審における引用文献5)

なお、刊行物3?5は、本願優先日時点での技術常識を示すためのものである。

(2)刊行物の記載事項
ア 刊行物1:特開昭58-13568号公報
本願優先日前頒布された刊行物1には以下の記載がある。

(1a)「更に本発明は上記式Iの新規化合物を用いる且つまた下記式II?VIの公知の光学的活性化合物を用いる温血動物における抑うつ症及びストレスを処置する方法に関する:

式中、R_(3)、R_(4)及びR_(5)は各々独立して水素、ハロ、C_(1)?C_(6)アルキル、C_(1)?C_(6)アルコキシ、トリフルオロメチル、ニトロ、アミノ、アセトアミド及びヒドロキシルからなる群より選らばれ:X_(2)は水素、C_(1)?C_(6)アルキル及び式 C_(m)H_(2m)Aの基から選らばれ、ここにmは0?3の整数であり、そしてAはフエニル、ハロフエニル、ナフチル、ノルボルネニル、アダマンチル及びp-フルオロベンゾイルからなる群より選らばれる、
の化合物;そのラセミ混合物;その鏡像体;及びその無毒性の製剤上許容し得る塩;」(9頁左下欄下から4行?右下欄末行)

(1b)「これらの化合物の抗抑制剤特性を、塩基として表わされたテトラベナジンヘキサメートの30mg/kgの投薬量で投与して誘発された抑うつ症及び下垂症を妨げるその能力を測定することによつて試験した。・・・3匹またはそれ以上のマウスが診査行動のテトラベナジン誘発抑うつ症から保護された場合に、化合物は活性であるとみなした。本発明の代表的な化合物についてのこの試験結果を第I表に示した。」(15頁右下欄8行?16頁左上欄6行)

(1c)16頁右上欄の第I表には、「化合物」の欄に「1-(3,4-ジクロロフエニル)-3-アザビシクロ[3・1・0]ヘキサン塩酸塩」との記載があり、結果の欄には「活性」と記載されている。

(1d)「式I?Vの化合物は偏光中心を有することができる。従ってこれらの化合物はその光学的活性型またはラセミ混合物として製造することができる。特記せぬ限り、本明細書に述べた化合物は全てラセミ型である。しかしながら、本発明の範囲はラセミ型に限定されるものと考えるべきではなく、式I?Vの化合物の個々の光学的異性体を包含するものである。
必要に応じて、個々のジアステレオマー及び光学的異性体化合物を、ジアステレオマーの場合には普通の分離及び精製によつて、光学的異性体の場合には普通の分割方法によつて単離することができる。最適の物理的、または物理化学的分離方法及び分割方法は当該分野に精通せる者にとつては十分にその範囲内にある慣例の試行錯誤によつて見出すことができる。」(15頁左上欄11行?右上欄9行)

(1e)「実施例23
1-(3,4-ジクロロフエニル)-3-アザビシクロ[3・1・0]ヘキサン塩酸塩 無水エタノール500ml中の3,4-ジクロロフェニル酢酸59.5gの溶液を無水塩化水素で飽和し次に2時間還流させた。この混合物を減圧下で200mlに濃縮し、水200mlで希釈し、濃水酸化アンモニウムで中和した。この水性混合物をクロロホルムで3回抽出した。クロロホルム抽出液を脱色及び濃縮し、黄色油としてエチル3,4-ジクロロフェニルアセテートを得た。
ニクロム攪拌子及び還流冷却器を備えた3つ口フラスコ中に、エチル3,4-ジクロロフェニルアセテート7.0g、N-ブロモコハク酸イミド5.9g、過酸化ベンゾイル0.1g及び四塩化炭素150mlを入れた。この反応混合物を還流下で18時間加熱し、冷却し、そしてろ過(審決注:「ろ」は原文は漢字(さんずいに戸)、以下同様)した。四塩化炭素ろ液を減圧下で濃縮し、濃い橙色の液体を得た。このものを115?120℃(0.5mm)で真空蒸留し、淡黄色液体としてエチルa-ブロモ-3,4-ジクロロフェニルアセテートを得た。
この生成物を・・・に記載の方法によって、ジエチルシス-1-(3,4-ジクロロフエニル)-1,2-シクロプロパンジカルボキシレートに転化した。
水500ml及びエタノール500ml中の上記のジエステル150g及び85%水酸化カリウム66gの混合物を6時間還流させ、次に氷中で冷却した。油状の物質をエ-テルで抽出し、水層を12N塩酸100mlで酸性にした。油状の底層は徐々に結晶して無色の結晶性ケーキを生じた。このものをエタノール及び酢酸エチルの混合物から再結晶し、1-(3,4-ジクロフエニル)-1,2-シクロプロパンジカルボン酸の無色の結晶を得た。
キシレン1l中の上記の二酸30.3g及び尿素12.6gの混合物を6時間還流させた。溶媒を減圧下でストリッピングし、結晶性残渣を水でスラリにした。無色の結晶をろ過によって捕集し、水で洗浄し、空気乾燥し、1-(3,4-ジクロフェニル)-1,2-シクロプロパンジカルボキシイミドを得た。
1Mボラン-テトラヒトロフラン40mlに、0℃で窒素下にて攪拌しながら、テトラヒドロフラン50mlの上記イミド256gの溶液を15分間にわたって加えた。この溶液を蒸気浴上で1時間加温し、次に氷で冷却した。6N塩酸20mlを加え、テトラヒドロフランを減圧下で除去した。
残液を5N水酸化ナトリウム75mlで塩基性にし、これをエーテルで抽出した。抽出液を硫酸マグネシウム上で乾燥し、ろ過し、ろ液を塩化水素で飽和させた。沈殿した結晶をろ過によって捕集し、イソプロピルアルコールから再結晶し、融点180?181℃の無色の結晶として1-(3,4-ジクロロフエニル)-3-アザビシクロ[3・1・0]ヘキサン塩酸塩を得た。」(33頁左上欄4行?右下欄下から4行)

イ 刊行物2:社団法人日本化学会編,光学異性体の分割[季刊化学総説No.6],株式会社学会出版センター,1989年

本願優先日前頒布された刊行物2には、以下の記載がある。
(2a)「研究の精密化に伴い,医薬品,農薬,食品,飼料,香料などの分野で光学活性体を扱うことの重要性が日ごとに増大していることはいうまでもない.光学活性体が対掌体により生理活性をまったく異にする場合が多いからである.たとえばグルタミン酸の場合,L体(S)には旨味があるが,D体(R)には旨味はなく,酸味が感じられるだけである.不幸な事件のために有名になってしまったサリドマイド(N-phthaloylglutamimide)も,(R)体は催奇形性をもたないが(S)体には強い催奇形性があり,ラセミ体を実用に供したことが悲惨な薬害事件(Wiedrmann syndromeの爆発的出現)をひき起こす原因となった.さらに,対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌体に対して競合阻害(competitive inhibition)をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があることは,医薬品の開発研究でしばしば体験するところである.」(2頁3行?12行)

(2b)「その後,ラセミ体を光学活性体に分割することは飛躍的に進歩し,現在では実用性の高いさまざまな方法が開発されている.それらの方法を分類すると,以下のようになる.
○1(審決注:原文は、丸数字、以下同様)
結晶化法-自然分晶法を含め次の方法がある.
優先晶出法
ジアステレオマー法
○2 クロマトグラフィーを用いる方法-カラム中の不斉中心との相互作用を利用するという意味で,ジアステレオマー法と同じ原理に基づくといえる.
○3 酵素を用いる方法-対掌体の一方が消失してまう場合もあるので必ずしも「分ける」とはいえない面もあるが,必要なものを取出す観点からはきわめて有効である.
○4 包接化合物法-本章では省略する」(3頁下から21行?下から12行)

(2c)「1.2 ジアステレオマー法
カルボン酸のラセミ体に光学活性の塩基(たとえばアルカロイド)を加えると,形成された塩には塩基に由来するもう一つの不斉中心が存在するため,右旋性のカルボン酸と左旋性のカルボン酸が鏡像関係でなくなる.新たに生じた両者の立体関係をジアステレオマー(diastereomer)という.通常,ジアステレオマーは融点,結晶形,溶解度などの物理的諸性質が異なり,分別結晶で分離できる場合が多い.・・・
ラセミ塩基を分割する場合もまったく同じことであり,分割剤として光学活性な酸性物質を用いればよい.酒石酸,ジベンゾイル酒石酸,マンデル酸,リンゴ酸などの光学活性カルボン酸がよく用いられるが,時として塩基性の弱いアミンのカルボン酸塩が結晶しにくい場合がある.カンファースルホン酸,ブロモカンファースルホン酸あるいはビナフトール(2,2'-dihydroxy-1,1'-binaphthalene)から容易に合成できるビナフチルリン酸の(+)体,(-)体は,官能基として酸性の強い無機オキシ酸部分をもっているので,塩基性の弱いアミンの分割に効果的である.・・・」(5頁下から9行?6頁末行)

(2d)「薬理活性の発現には医薬品と受容体の双方の立体構造が重要な役割を演じ,不斉をもつ薬物ではその鏡像体によって受容体との結合のしやすさに差があり,これにより薬理活性の強さに差を生じることになる.場合によっては,まったく異なった薬理作用を示すこともある.さらに薬物が受容体に到達するまでに各種の酵素によって分解されて活性を失ったり,逆により活性の強い形に変換される場合もあり,その分解あるいは変換の速さが鏡像体によって大きく異なることがしばしば認められていて,これも薬理活性の差となって現れる.また,分解物が毒性をもつ場合には,鏡像体によって異なった副作用を示すこととなる.・・・最近では製造承認を得るために,ラセミ体の薬物については,それぞれの光学異性体の吸収,分布,代謝,排泄など薬物動態を検討した資料の提出が求められている.」(212頁13行?213頁表の下10行)

ウ 刊行物3:Journal of Neurochemistry,1987,48(2),pp.560-565
本願優先日時点での技術常識を示す刊行物3には、以下の記載がある。
訳文にて示す。
(3a)「人血小板中の[^(3)H]イミプラミン(IMI)によって標的化されたサイトと5-ヒドロキシトリプタミン(5-HT、セレトニン)輸送体との相互作用特性が調べられた。・・・イミプラミン結合やセレトニン再取り込みの取り込み阻害剤として選択されたものののIC_(50)値が決定された。・・・」(要約)

(3b)「1-(3,4-ジクロロフエニル)-3-アザビシクロ[3・1・0]ヘキサン塩酸塩(CL216303)」(試薬)

(3c)表1の種々の化合物によるイミプラミン結合の置換やセレトニン取り込みの抑制の表において、CL216303の両IC_(50)の値や比が示されている。

エ 刊行物4:特開平4-211638号公報
本願優先日時点での技術常識を示す刊行物4には、以下の記載がある

(4a)「【発明の詳細な説明】
【0001】本発明は結晶性(S)-ノルフルオキセチン塩酸塩、更に詳しくは(S)-ノルフルオキセチンおよびこれに関連する化合物の改良による新規結晶性(S)-ノルフルオキセチン塩酸塩に関する。
【0002】過去10年間、モノアミン吸収と種々の疾病および症状との間の関係が認知されその研究がなされてきた。たとえばフルオキセチン(dl-N-メチル-3-[4-(トリフルオロメチル)フェノキシ]-3-フェニルプロピルアミン)の塩酸塩は、選択的セロトニン(5-ヒドロキシトリプタミン)吸収阻害剤である。フルオキセチン塩酸塩は抑うつ症処置のため商標プロザク(PROZACR)の名称の下に米国で市販されている。この化合物は、就中セロトニン吸収の有効な選択的遮断薬として米国特許第4,018,895、4,194,009、および4,314,081号に開示されている。
【0003】フルオキセチンは2種の鏡像異性体型のラセミ化合物である。各鏡像異性体の生物学的および薬理学的活性は同一であることが見いだされた(ロバートソン(Robertson)ら著、ジャーナル・オブ・メディシナル・ケミストリー(J.Med.Chem.)第31巻1412頁(1988年)参照、本明細書で引用)。
【0004】ノルフルオキセチン[3-(4-トリフルオロメチルフェノキシ)-3-フェニルプロピルアミン]は、フルオキセチンの代謝物質であって、モノアミン特にセロトニン吸収を遮断することで知られている。米国特許第4,313,896号参照。ノルフルオキセチンはラセミ化合物としてのみ評価されており、これはフルオキセチンの代謝物質であるから、この化合物はフルオキセチン投与後に見られる生物学的活性に部分的に寄与するものと考えられた。フルオキセチンのユウジスミク(eudismic)比、すなわちその2種の鏡像異性体の親和性または活性の比は、ほぼ一致するので、通常の知識から同様にノルフルオキセチンの個々の鏡像異性体は同等の活性を有することが示唆される。驚くべきことに本発明により、現在ノルフルオキセチンの(S)-鏡像異性体はその(R)-光学的対掌体より実質的に活性が大であることが見いだされた。」

(4b)「【0024】(S)-ノルフルオキセチン塩酸塩1型および3型は、肥満、大食症、強迫神経症、抑うつ症、攻撃性、アルコール中毒症、苦痛、月経前症候群(PMS)、記憶喪失、不安、パニック発作、喫煙、ニコチン禁断に付随する症候群、ナルコレプシーもしくは睡眠無呼吸のような睡眠不調、尿失禁、物質乱用(たとえばコカイン、ヘロイン、アンフェタミン類など)、痴呆、アルツハイマー病に付随する情動障害および偏頭痛のようなセロトニン系による影響を受ける哺乳類の種々の疾患を処置するのに効果を有する。この化合物は血栓崩壊治療または血管形成術に続く血管再疎通の速度を高めるための補助剤として使用することができ、また血栓崩壊治療または血管形成術に続く再狭窄もしくは血管けいれんを防止するために使用することができる。また(S)-ノルフルオキセチン塩酸塩1型および3型はフルオキセチンを除くバルビツール酸および塩類エステル類または三環式抗うつ病剤のような共同投与薬剤の代謝に影響することはほとんどない。(S)-ノルフルオキセチン塩酸塩1型および3型は比較的非毒性であってすぐれた治療指数を有する。またそれ故、本発明化合物は、哺乳類のセロトニン吸収を抑制するため前記のような速度で前記種々の疾病を処置する方法を提供する。」

エ 刊行物5:国際公開第99/49857号
本願優先日時点の技術常識を示す刊行物5には、以下の記載がある。
訳文にて示す。
(5a)「1.発明の分野
本発明は、化学的および物理的に安定な、フルオキセチンまたはそのエナンチオマーもしくは塩を含有する医薬組成物に関する。」(1頁4?7行)

(5b)「本発明に従えば、フルオキセチン、そのエナンチオマーまたは塩はラクトースを含まない医薬組成物で提供される。これらの組成物は、セロトニン再取込み抑制剤としての強力な活性を有し、種々の状態を治療するのに有用である。これらの状態のいくつかは、例えば、抑うつ、肥満、偏頭痛、強迫性障害、不安、過食症および関連した障害を含む。」(8頁24?31行)

2 刊行物1に記載された発明
摘記(1e)によれば、刊行物1には、1-(3,4-ジクロロフエニル)-3-アザビシクロ[3・1・0]ヘキサン塩酸塩を製造したことが記載され、摘記(1a)における一般式のビシクロ環構造は、3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンで表されるものと一致し、刊行物1には、1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン塩酸塩が製造方法を伴って記載されているといえる。
したがって、刊行物1には、「1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン塩酸塩」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。

3 対比・判断
(1)対比
本願発明と引用発明を対比すると、引用発明の「1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン塩酸塩」とは、本願発明の「1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンの製薬上許容される塩」に該当するので、両者は、「1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩」である点で一致しており、以下の点で相違している。

相違点:本願発明が、(-)-エナンチオマーを実質的に含まない、(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩であるのに対し、引用発明は、いずれのエナンチオマーの含有量も明らかでない点

(2)相違点の判断
1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンが1対のエナンチオマーとして存在することは、その化学構造から当業者に明らかである。また、1対のエナンチオマーのそれぞれは(+)と(-)の反対符号の旋光性を示す、すなわち、光学活性なものであることは、化学の分野における技術常識である。そして、刊行物1においては、エナンチオマーを特定して記載していないこと及びその製造方法からみて(摘記(1d)(1e))、引用発明の化合物は、エナンチオマーの等量混合物であるラセミ体であると認められる。
刊行物1に記載された式IIで表される化合物は、抑うつ症及びストレスを処置する方法に用いられるものであり(摘記(1a))、引用発明の化合物は、一般式IIにおけるX_(2)が水素で、R_(3)?R_(5)が、水素、3-クロロ、4-クロロである場合に該当する化合物の塩酸塩である。そして、刊行物1には、化合物の薬理作用を、テトラベナジンヘキサメートで誘発された抑うつ症及び下垂症を妨げるその能力を測定することによつて試験し(摘記(1b))、1-(3,4-ジクロロフエニル)-3-アザビシクロ[3・1・0]ヘキサン塩酸塩は「活性」であったこと(摘記(1c))が記載されている。これらの記載からみて、引用発明の化合物は、抑うつ症の処置などに有用な医薬化合物であるといえる。
刊行物2は、光学活性体、すなわち、エナンチオマー(対掌体)に関する総説であり、当該分野における本願優先日における技術常識を示すものであると認められる。刊行物2の記載によれば、エナンチオマーの性質については、「対掌体により生理活性をまったく異にする場合が多い」ことに加え、「対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌体に対して競合阻害(competitive inhibition)をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があること」(摘記(2a))、「薬物が受容体に到達するまでに各種の酵素によって分解されて活性を失ったり,逆により活性の強い形に変換される場合もあり,その分解あるいは変換の速さが鏡像体によって大きく異なることがしばしば認められ」ることが知られ、「製造承認を得るために,ラセミ体の薬物については,それぞれの光学異性体の吸収,分布,代謝,排泄など薬物動態を検討した資料の提出が求められ」(摘示(2d))るようになっていた。そうすると、本願優先日において、化学物質の薬理活性や副作用などの生物活性や代謝、排泄などの薬物動態には、様々な相関関係があることから、エナンチオマーの存在する医薬化合物については、ラセミ体だけでなく、各エナンチオマーについても、目的とする薬理効果や副作用等について検討を行うことが普通に行われるようになっていたことが認められる。
また、引用発明が記載された刊行物1の摘記(1d)にも記載されるとおり、「必要に応じて、個々の・・・光学的異性体化合物を、・・・光学的異性体の場合には普通の分割方法によつて単離することができる。最適の物理的、または物理化学的分離方法及び分割方法は当該分野に精通せる者にとつては十分にその範囲内にある慣例の試行錯誤によつて見出すことができる」と記載され、刊行物2の摘記(2b)に記載されるように、エナンチオマーを分離する実用性の高いさまざまな方法が既に開発され、本願明細書において本願発明の物を得た2つの方法のそれぞれに相当する結晶化法、クロマトグラフィーを用いる方法が挙げられ、結晶化法について、摘記(2c)には、本願明細書に記載された結晶化法でも用いている「ジベンゾイル酒石酸」が「よく用いられる酸」として具体的に挙げられている。
以上のことから、その化学構造から1対のエナンチオマーの存在が明らかな医薬化合物である引用発明について、その各エナンチオマーを薬理効果や副作用等の観点から評価するために、刊行物2に例示されたような周知慣用の方法によってこれらを分離精製して、(+)-エナンチオマーについては、(-)-エナンチオマーを実質的に含有しないものとすることは、当業者が容易になし得たことである。

ウ 本願発明の効果について
本願明細書には、ノルエピネフリン輸送体結合アッセイ及びセロトニン輸送体結合アッセイの結果が以下のとおり記載されている。

「【0064】
6.1.2.結果
【表1】


表1のデータは、(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンHClが、(±)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンHClと比べて有意に大きいノルエピネフリン取り込み部位に対する親和性を有することを示している。・・・(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩は、(±)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩と比較して、患者のうつ病の治療または再発予防に対して有意に高い活性を有するであろう。」

「【0067】
6.2.2.結果
【表2】


表2のデータは、(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンHClが、(±)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンHClと比べて有意に大きいセロトニン取り込み部位に対する親和性を有することを示している。・・・(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩は、(±)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサンまたはその製薬上許容される塩と比較して、患者のうつ病の治療または再発予防に対して有意に高い活性を有するであろう。」

上記表1及び2に記載されたKiについて、ラセミ体と(+)-エナンチオマーとで比をとると、ノルエピネフリン輸送体及びセロトニン輸送体に対するラセミ体のKiは、それぞれ、(+)-エナンチオマーのKiの1.73倍及び2.32倍であると認められる。しかし、刊行物2の摘記(2a)の「対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌体に対して競合阻害(competitive inhibition)をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があることは,医薬品の開発研究でしばしば体験するところである.」との技術常識を示す記載からみると、化合物の塩としての本願発明において、ラセミ体と(+)-エナンチオマーとで、1.73倍及び2.32倍程度のKi値の違いがあることは、当業者の予測を超えるものではない。
したがって、本願発明の効果は、引用発明及び刊行物1?2に記載された技術的事項から予測可能なものにすぎない。

エ 審判請求人の主張について
審判請求人は、平成27年3月6付け意見書及び平成27年7月23日付け審判請求書において、下記の主張をしているので検討する。

(ア)「本発明は、光学活性な(+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン(以下、「(+)-エナンチオマー」と称する)に関するものであり、この化合物の光学異性体(-)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン(以下、「(-)-エナンチオマー」と称する)や、そのラセミ体(±)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン(以下、「(±)-ラセミ体」と称する)に比べ、活性の作用機序の点でより選択的で、かつ、その活性についてより優れていることを見出したことによって得られた発明であります(本願明細書段落[0015]参照)。
本発明の化合物においては、ノルエピネフリン(NE)、セロトニン(5-HT)、およびドパミン(DA)の3つの神経伝達物質に対し、再取り込み阻害活性を有しており、このことは本願明細書および後述の参考文献1により詳しく記載されております。これら3つの神経伝達物質の再取り込みへの作用に対して、(+)-エナンチオマー、(-)-エナンチオマーおよび(±)-ラセミ体の選択によって、各作用への強弱に差があることは本発明者らによって見出されました。
・・・光学異性体によって活性の強弱の差があることはよくあることですが、上記のような作用する複数のターゲットに対して、各異性体がそれぞれ異なる作用点に対し差を生ずることは予測できないことであり、通常の試行錯誤で得られる知見ではありません。」(上記意見書1頁下から9行?2頁19行参照、審判請求書2頁5?34行、下線は当審にて追加、以下同様)

しかしながら、本願明細書において、ノルエピネフリン輸送体結合アッセイとセロトニン輸送体結合アッセイに関するKi値が示されているが、抗うつ特性を評価するために代表的な結合アッセイを評価したものにすぎず、いずれの結果も対照として示された(±)-デスメチルイミプラミンHClのKi値を下廻っており、(+)体がラセミ(±)体よりもKi値が相対的に優れていたことが示しているもので、ラセミ体と比較して患者のうつ病の治療または再発予防に対して有意に高い活性を有するであろうと評価しているものであり、審判請求人が主張の根拠として挙げている【0015】にも(+)体がラセミ(±)体よりもうつ病の治療または再発予防に対して活性が高いことを発見したと記載されているだけである。
したがって、審判請求人の主張するような、ノルエピネフリン(NE)、セロトニン(5-HT)、およびドパミン(DA)の3つの神経伝達物質に対し、再取り込み阻害活性を有しておりこれら3つの神経伝達物質の再取り込みへの作用に対して、(+)-エナンチオマー、(-)-エナンチオマーおよび(±)-ラセミ体の選択によって、各作用への強弱に差があること、作用する複数のターゲットに対して、各異性体がそれぞれ異なる作用点に対し差を生ずることは、本願出願後公知になった参考文献1で明らかになった事項であり、同様のラセミ体と比較したうつ病の治療等に対する活性を有するであろうと評価している本願明細書に記載された効果として、審判請求人主張の効果を参酌することはできない。

また、本願発明は、そもそも化合物又はその塩に関する発明であって、化合物又はその塩が本来有する特性によって発明として進歩性を生じるものではないし、1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]へキサン塩酸塩が、セロトニン(5-HT)再取り込み阻害活性や、セレトニン以外にも、セロトニンの再取り込み阻害活性と関連する他の阻害活性物質であるイミプラミンとの結合特性を有している点が、刊行物3摘記(3a)?(3c)にも記載されているとおり本願優先日時点で技術常識であり、セレトニン再取り込み抑制がうつ病の治療だけでなく、多くの疾患の処置に利用されることも刊行物4摘記(4a)(4b),刊行物5摘記(5a)(5b)にも記載されるように技術常識である。

以上のとおりであるので、上記審判請求人の主張は採用できない。

(イ)「本出願の優先日は2001年1月11日であるのに対し、引用文献1は1981年7月1日に出願された出願を優先権主張したものであり、本出願の優先日より20年も前の出願であります。引用文献1が出願された当時は、ラセミ体からエナンチオマーを分離、分析することは医薬品業界においてルーチンではありませんでした。例えば、米国FDAの立体異性体のポリシーステートメントは1992年5月まで発行されておらず、またヨーロッパMEAのガイドラインは1993年10月まで発行されておらず、どちらも引用文献1の優先日の10年以上後であります。さらに、引用文献2は引用文献1の優先日の8年後の1989年に公開されております。ここで引用文献1の優先日と本発明の優先日の間に合成された化合物は莫大な数があり、当業者が引用文献1に着目して、光学分割がそれ程ルーチンでなかった状況下、ラセミ体よりも作用が選択的で強い(+)-エナンチオマーを単離する動機付けはありません。」(上記意見書2頁下から2行?3頁10行参照、審判請求書3頁16?下から5行)

しかしながら、ラセミ体からのエナンチオマーを光学分割することの動機付け及び光学分割する手段が、本願優先日当時技術常識になっていたのは上記検討のとおりであり、本願発明の進歩性は、引用発明、刊行物2記載の技術的事項、本願優先日当時技術常識に基づいて、当業者が容易に発明することができたものかどうかで判断すべきものである。

したがって、刊行物1に係る出願の優先日と本願優先日の間が20年あり、刊行物1に係る出願の優先日(又は出願日)当時ラセミ体からエナンチオマーを分離、分析することが医薬品業界においてルーチンではなかったことや、刊行物1に係る出願の優先日と本願優先日の間に合成された化合物が莫大であることを前提とした、引用発明に、本願優先日時点で技術常識といえる刊行物2記載の技術的事項を適用することの動機付けを否定する旨の審判請求人の主張は採用できない。

(ウ)したがって、審判請求人の上記主張はいずれも採用することができない。

4 まとめ
以上のとおり、本願発明は、刊行物1に記載された発明、刊行物1?2に記載された技術的事項、及び本願優先日当時の技術常識に基いて、本願優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

5 むすび
以上のとおり、本願発明は、本願の優先日前に日本国内において頒布された刊行物1?2に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明することができたものであるから、その余の請求項について検討するまでもなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-09-07 
結審通知日 2016-09-13 
審決日 2016-10-04 
出願番号 特願2013-209803(P2013-209803)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 伊藤 幸司  
特許庁審判長 中田 とし子
特許庁審判官 加藤 幹
瀬良 聡機
発明の名称 (+)-1-(3,4-ジクロロフェニル)-3-アザビシクロ[3.1.0]ヘキサン、その組成物および使用  
代理人 鮫島 睦  
代理人 水原 正弘  
代理人 品川 永敏  

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