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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B60B
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B60B
審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 B60B
管理番号 1325674
審判番号 不服2016-3689  
総通号数 208 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-03-09 
確定日 2017-03-06 
事件の表示 特願2011-121462号「車輪用軸受装置およびその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成24年12月13日出願公開、特開2012-245946号〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成23年5月31日の出願であって、平成26年4月10日に手続補正がなされ、平成27年3月27日付けで拒絶理由が通知され、これに対して、同年5月18日に意見書が提出されるとともに手続補正がなされたが、同年11月30日付けで拒絶査定がなされた。これに対して、平成28年3月9日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに手続補正がなされたものである。

第2 平成28年3月9日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成28年3月9日にされた手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
1 補正の内容
(1)本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおり補正された(下線部は、補正箇所である。)。
「外周に固定ボルトを介して車体に取り付けられるための車体取付フランジを一体に有し、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、
一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジと、この車輪取付フランジからアウター側に延びる円筒状のパイロット部を一体に有し、外周に前記複列の外側転走面の一方に対向する内側転走面と、この内側転走面から軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に嵌合され、外周に前記複列の外側転走面の他方に対向する内側転走面が形成された内輪からなる内方部材と、
この内方部材と外方部材間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体とを備えた車輪用軸受装置において、
前記車輪取付フランジが円周方向複数に分割された複数の部分フランジで構成され、当該車輪取付フランジの根元部と先端部が略均一な肉厚に形成され、前記ハブ輪が炭素0.40?0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成され、熱間鍛造面と冷間鍛造面を備え、当該冷間鍛造面が少なくとも前記車輪取付フランジの根元部に形成されると共に、
前記ハブ輪が、前記車輪取付フランジのインナー側の基部から前記小径段部に亙って硬化層が形成され、前記基部における当該硬化層の最大外径が、前記部分フランジ間の凹底部の外径よりも外径側になるように設定され、前記冷間鍛造面とそれ以外の部位との硬度差がHRCスケールで6ポイントまたはHVスケールで47ポイント以上に設定されていることを特徴とする車輪用軸受装置。」

(2)本件補正前の特許請求の範囲の記載
本件補正前の、平成27年5月18日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。
「外周に固定ボルトを介して車体に取り付けられるための車体取付フランジを一体に有し、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、
一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジと、この車輪取付フランジからアウター側に延びる円筒状のパイロット部を一体に有し、外周に前記複列の外側転走面の一方に対向する内側転走面と、この内側転走面から軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に嵌合され、外周に前記複列の外側転走面の他方に対向する内側転走面が形成された内輪からなる内方部材と、
この内方部材と外方部材間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体とを備えた車輪用軸受装置において、
前記車輪取付フランジが円周方向複数に分割された複数の部分フランジで構成され、前記ハブ輪が炭素0.40?0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成され、熱間鍛造と冷間鍛造によって形成されて当該冷間鍛造が少なくとも前記車輪取付フランジの根元部に施されると共に、
前記ハブ輪が、前記車輪取付フランジのインナー側の基部から前記小径段部に亙って高周波焼入れによって所定の硬化層が形成され、前記基部における当該硬化層の最大外径が、前記部分フランジ間の凹底部の外径よりも外径側になるように設定され、前記冷間鍛造された部位と冷間鍛造されていない部位との硬度差がHRCスケールで6ポイントまたはHVスケールで47ポイント以上に設定されていることを特徴とする車輪用軸受装置。」

2 補正の適否
(1)本件補正により、補正前の請求項1に係る発明の「硬化層」が「高周波焼入れ」によって形成されていたものであるのに対し、本件補正後の請求項1に係る発明の「硬化層」の形成手段については何らの技術的限定は付されていないから、高周波焼入れ以外の手段によって形成された硬化層も含まれることとなった。
しかしながら、「硬化層」に高周波焼入れ以外の手段によって形成された硬化層も含まれる点については、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面には記載されていないし、記載された事項から自明な事項であるともいえない。なお、この点について補足すれば、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面には、ハブ輪4に対して、高周波コイル32とコンセント治具33を適切に配置することにより、ハブ輪を高周波焼入れする際のオーバーヒートを防止するものが、発明を実施するための形態として記載されており、オーバーヒートが起こりうる硬化層の形成手段、つまり、高周波焼入れ、が発明の前提となっているものといえる。そうだとすれば、硬化層の形成手段とし高周波焼入れ以外の手段が周知・慣用であるとしても、その周知・慣用の手段の採用が、本件補正後の請求項1に係る発明の「硬化層」の形成手段として自明な事項であるとはいえない。
よって、本件補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものとはいえない。

したがって、本件補正は、特許法第17条の2第3項の規定に違反してなされたものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

(2)仮に、上記「硬化層」を高周波焼入れによって形成されたものを意味すると解釈し、本件補正が、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものとして以下、本件補正についてさらに検討する。
そうすると本件補正は、補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「車輪取付フランジ」について「当該車輪取付フランジの根元部と先端部が略均一な肉厚に形成され」との限定事項を付加する補正を含むものであって、本件補正により、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載された発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とする補正を含むものに該当する。
そこで、補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本件補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かについて以下検討する。

(3)本件補正発明
本件補正発明は、上記1(1)に記載したとおりのものである。

(4)引用例の記載事項
ア 引用例1
(ア)原査定の拒絶の理由で引用された、本願の出願日前に頒布された刊行物である、特開2005-337311号公報(以下、「引用例1」という。)には、図面とともに、次の記載がある(下線は、当審で付した。)。
「【0001】
本発明は、自動車等の車輪を懸架装置に対して回転自在に支承する車輪用軸受装置、詳しくは、車輪取付フランジに植設されるハブボルトの固定力を高めた車輪用軸受装置に関するものである。」
「【0023】
外方部材2は、外周に車体(図示せず)に取り付けるための車体取付フランジ2bを一体に有し、内周には内方部材1の複列の内側転走面4a、5aに対向する複列の外側転走面2a、2aが形成されている。そして、それぞれの転走面4a、2aと5a、2a間に複列の転動体3、3が収容され、保持器8、8によりこれら複列の転動体3、3が転動自在に保持されている。また、外方部材2の端部にはシール9、9が装着され、軸受内部に封入した潤滑グリースの漏洩を防止すると共に、外部からの雨水やダスト等が軸受内部に侵入するのを防止している。」
「【0032】
図3は、本発明に係る車輪用軸受装置の第2の実施形態を示す縦断面図、図4は、図3の側面図である。この実施形態はハブ輪と外方部材が除肉されたもので、その他前述した実施形態と同一部品同一部位には同じ符号を付してその詳細な説明を省略する。
【0033】
この車輪用軸受装置は、従動輪を回転自在に支承する車輪用軸受装置であって、内方部材10と外方部材11、および両部材10、11間に転動自在に収容された複列の転動体(ボール)3、3とを備えている。ここで、内方部材10は、ハブ輪12と、このハブ輪12に圧入された内輪5とを指す。
【0034】
ハブ輪12は、外周のアウトボード側の端部に円周方向複数(4つ)に分割された車輪取付フランジ13を一体に有し、この車輪取付フランジ13の円周等配位置には車輪を締結するためのハブボルト7が植設されている。車輪取付フランジ13は、ハブボルト挿通孔6aの近傍を除く部分を切欠いて、各ボルト挿通孔6aの形成部分と略同じ幅でもって、環状の基部、すなわち、後述するブレーキパイロット部16から放射状に突出するように形成されている。さらに、車輪取付フランジ13のインボード側の側面には、その基部に向って漸次肉厚になるようにリブ13aが形成されている。これにより、ハブ輪12の剛性を損なうことなく軽量化を達成することができる。」
「【0036】
また、ハブ輪12における車輪取付フランジ13のインボード側の外周には内側転走面4aと、この内側転走面4aから軸方向に延びる円筒状の小径段部4bが形成され、この小径段部4bに内輪5が所定のシメシロを介して圧入されている。そして、小径段部4bの端部を径方向外方に塑性変形させて加締部4cが形成されている。
【0037】
外方部材11は、外周に懸架装置を構成するナックル(図示せず)に取り付けられる車体取付フランジ14を一体に有し、この車体取付フランジ14の外周部に複数のボルト挿通孔15が穿設されている。この車体取付フランジ14は、その外周部のうちボルト挿通孔15の近傍を除く部分を切欠いて、各ボルト挿通孔15の形成部分だけが外径側に放射状に突出するように形成されている。すなわち、車体取付フランジ14は、円周方向に離れた複数の部分フランジ14aに分割されている。そして、ボルト挿通孔15に貫通するナックルボルト(図示せず)によりナックルに固定される。さらに、外方部材11のインボード側の端部には、前記車体取付フランジ14から軸方向に延びる円筒状のナックルパイロット部14bが形成され、このナックルパイロット部14bの外径面にナックルが嵌合される。」
「【0039】
このように、外方部材11は、外周に車体取付フランジ14を一体に有し、この車体取付フランジ14から放射状に延びる複数の部分フランジ14aが形成されているので、外方部材11の剛性を損なうことなく軽量化を達成することができる。なお、前記ナックルパイロット部14bが、その円周方向の複数箇所に切欠きが設けられ、断続して突片状に形成されていても良い。これにより、外方部材11の軽量化を一層図ることができる。」
「【0041】
ハブ輪12は、S53C等の炭素0.40?0.80wt%を含む中炭素鋼で形成され、車輪取付フランジ13のインボード側の基部から内側転走面4aおよび小径段部4bに亙り高周波焼入れによって表面硬さを58?64HRCの範囲に硬化処理されている。また、外方部材11は、ハブ輪12と同様、S53C等の炭素0.40?0.80wt%を含む中炭素鋼で形成され、複列の外側転走面2a、2aに高周波焼入れによって表面硬さを58?64HRCの範囲に硬化処理されている。
【0042】
本実施形態では、図3に示すように、ハブ輪12の車輪取付フランジ13の基部にアウトボード側に延びる円筒状のブレーキパイロット部16が形成され、ブレーキロータ17の内径面を案内している。また、このブレーキパイロット部16からさらにアウトボード側に延びるホイールパイロット部18が形成されている。このホイールパイロット部18は、ブレーキロータ17に重ねて装着されるホイールハブ19の内径面を案内するもので、前記ブレーキパイロット部16よりも僅かに小径に形成されている。そして、その円周方向の複数箇所に切欠きが設けられ、断続して突片状に形成されている。ここでは、この断続したホイールパイロット部18は、複数に分割された車輪取付フランジ13間に形成されている。これにより、ハブ輪12の剛性を低下させることなく軽量化を図ることができる。
【0043】
本実施形態では、ハブ輪12は前述した実施形態よりも一段と除肉され、その車輪取付フランジ13が複数に分割されると共に、その肉厚自体も薄く形成されているので、鍛造後の冷却速度が速くなって表面が一層硬化される恐れがある。しかしながら、ハブボルト7とボルト挿通孔6aの内周面との硬度差が12HRC以上に設定されているので、装置の軽量・コンパクト化を図りつつ、ハブボルト7の固定力を増大かつ安定化させ、信頼性を向上させることができる。」

また、段落【0034】の「車輪取付フランジ13のインボード側の側面には、その基部に向かって漸次肉厚になるようにリブ13aが形成されている。」との記載および図3の記載より、車輪取付フランジ13のリブ13aが形成されていない部分であるボルト挿通孔6a近傍における肉厚が車輪取付フランジ13a先端部まで略均一に形成されているという事項が看て取れる。

(イ)これらの記載事項、看取事項および図面の内容を総合し、本件補正発明の発明特定事項に倣って整理すると、引用例1には、以下の発明が記載されていると認められる(以下、「引用発明」という。)。

「外周にナックルボルトを介して車体に取り付けられるための車体取付フランジ14を一体に有し、内周に複列の外側転走面2a、2aが一体に形成された外方部材11と、
一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジ13と、この車輪取付フランジ13からアウトボード側に延びるホイールパイロット部18を一体に有し、外周に前記複列の外側転走面2a、2aの一方に対向する内側転走面4aと、この内側転走面から軸方向に延びる小径段部4bが形成されたハブ輪12、およびこのハブ輪12の小径段部4bに嵌合され、外周に前記複列の外側転走面2a、2aの他方に対向する内側転走面が形成された内輪5からなる内方部材10と、
この内方部材10と外方部材11間に保持器8、8を介して転動自在に収容された複列の転動体3、3とを備えた車輪用軸受装置において、
前記車輪取付フランジ13が円周方向複数に分割された複数のフランジで構成され、前記車輪取付フランジ13の、ボルト挿通孔6a近傍の肉厚は輪取付フランジ13a先端部まで略均一に形成されると共に、インボード側の側面には、その基部に向って漸次肉厚になるようにリブ13aが形成され、前記ハブ輪12が炭素0.40?0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成され、
前記ハブ輪12が、前記車輪取付フランジ13のインボード側の基部から前記小径段部4bに亙って硬化処理され、
ている車輪用軸受装置。」

イ 引用例2
(ア)同じく、原査定の拒絶の理由で引用された、本願の出願日前に頒布された刊行物である、特開2006-142916号公報(以下、「引用例2」という。)には、図面とともに、次の記載がある。
「【0006】
このような車輪支持用転がり軸受ユニットにおいては、転がり疲れ寿命,曲げ疲れ強度,引っ張り降伏強度,耐摩耗性等の強度を確保しつつ、旋削性,穿孔性等の切削性や、内輪20を固定する際のかしめ加工性等の冷間加工性を備える必要がある。
このため、ハブ輪10及び外輪30は、S55C等の機械構造用炭素鋼を熱間鍛造・放冷した後に旋削等により所定形状に加工されるとともに、ハブ輪10の車輪取付用フランジ120のインボード側の付け根部から内輪軌道面10a,20aを経て小径段部130に至るまでの領域には、高周波焼入れが施され、表面硬さがHRC58以上の入れ硬化層70を形成することが一般的に行われている。」
「【0009】
ここで、車輪取付用フランジ120の薄肉化を実現しつつ、フランジ面に塑性変形を生じ難くするための手段として、素材をなす鋼中のC含有率を高くしたり、強度向上元素であるSi,Mn,Vを添加することにより、車輪取付用フランジ120をなす鋼の降伏強度を高くする手段が考えられるが、コストの上昇が避けられない。
特許文献1には、低コストでフランジ面の塑性変形を生じ難くするために、車輪取付用フランジのアウトボード側付け根部分(例えば、フランジ面からパイロット部に延びる隅部)に表面硬化層を形成することが提案されている。」
「【0011】
しかしながら、上述した特許文献1に記載の手段では、表面硬化層を形成する際の熱処理の条件によっては、フランジ面に塑性変形が生じるという不具合がある。
また、上述した特許文献2及び特許文献3に記載の手段では、冷間鍛造時の成形量の大きな部分に割れが生じて十分な強度が得られないおそれがある。また、ハブ輪及び外輪の全面を冷間鍛造で成形することで、最終的に完成するユニットが現行のユニット形状と異なってしまい、現行形状のユニットの代換品として使用できないという不具合がある。
そこで、本発明は、このような不具合を解消するためになされたものであり、フランジの薄肉化を実現しつつフランジの面振れを抑制でき、且つ、現行形状のユニットの代換品としても使用可能な車輪支持用転がり軸受ユニットを低コストで提供することを課題としている。」
「【0019】
〔オーステナイト結晶粒の長軸/短軸比:2以上20以下〕
フェライト/パーライト組織を有する炭素鋼に対して冷間加工を施すと、炭素鋼の結晶粒が変形して、オーステナイト結晶粒の長軸/短軸比が変化する。通常の熱間加工(例えば、熱間鍛造や熱間ローリング)を施した後に放冷した場合には、オーステナイト結晶粒の長軸/短軸比が1となるが、結晶粒が変形して上述した長軸/短軸比が大きくなるほど強度が向上する。本発明では、車輪支持用転がり軸受ユニットのフランジとして必要な強度(転がり疲れ寿命や変形抵抗)を得るために、フランジをなす鋼のオーステナイト結晶粒の長軸/短軸比を2以上とする。」
「【0021】
本発明に係る車輪支持用転がり軸受ユニットによれば、ハブ輪及び外輪のうち回転側となる軌道輪を、特定の鋼に対して熱間加工により所定形状に成形した後、この軌道輪の外周面に形成されるフランジに対してさらに冷間加工による成形を施し、その後焼入れ処理及び焼戻し処理を施すことで、フランジをなす鋼のオーステナイト結晶粒の長軸/短軸比を特定したことにより、フランジの塑性変形を抑制し、且つ、フランジの加工精度が向上するため、フランジの面振れを防止できる。
【0022】
また、軌道輪を特定の合金鋼から形成したことにより、車輪支持用転がり軸受ユニットには、転がり疲れ寿命,曲げ疲れ強度,引っ張り降伏強度,耐摩耗性等の強度も付与できる。
さらに、軌道輪全体ではなく、特にフランジの成形を冷間加工で行っているため、フランジの切削性を向上できるとともに、車輪支持用転がり軸受ユニット全体の形状を現行形状に維持できる。
すなわち、本発明に係る車輪支持用転がり軸受ユニットによれば、フランジの薄肉化を実現しつつフランジの面振れを抑制でき、且つ、現行形状のユニットの代換品として使用可能な車輪支持用転がり軸受ユニットを低コストで得ることができる。」
「【0026】
本実施形態では、ハブ輪1及び外輪3を、表1に示す各組成の鋼からなる素材に対して、1100?1200℃の熱間鍛造(熱間加工)にて粗成形した後、ハブ輪1のアウトボード側に位置するパイロット部11と車輪取付用フランジ12に対して、表2に示す各温度で冷間鍛造(冷間加工)して成形を行った。そして、ハブ輪1及び外輪3の各軌道面1a,3aに対して、1000℃で3秒間保持することによる高周波焼入れを行った後、160?180℃で2時間保持することによる焼戻しを行い、さらに最終研削仕上げを行った。なお、表2に示すNo.28では、表1に示す組成の鋼からなる素材に対して、500℃の温間鍛造(温間加工)にて成形した後放冷し、さらに切削加工を行うことで仕上げた。」
「【0029】
〔変形抵抗試験について〕
車輪支持用フランジ12のフランジ面振れを検証するために、ハブボルト6の締結時に加わるトルクによるフランジ面の変形抵抗値を測定する変形抵抗試験を行った。具体的にはまず、車輪取付け用フランジ12に、ハブボルト6を介してハブ輪1のみを、トルク120N・mで締結した。その後、ハブボルト6を取りはずして、ハブボルト6のボルト孔のPCD位置においてフランジ面の変形抵抗値を測定した。そして、その最大変位値と最小変位値の差を最大面振れ量とし、その逆数を変形抵抗値として定義した。この結果は、No.28の変形抵抗値を1.0とした時の比として、表2に併せて示した。」
「【0031】
〔曲げ疲れ寿命試験について〕
車輪取付け用フランジ12にハブボルト6を介して車輪を固定し、アウトボード側から車輪に対して0.9G相当の旋回荷重(図1に示すL1)を付与した状態で、100時間を上限として、車輪取付用フランジ12に疲労破壊が生じるまで車輪を回転させた。そして、疲労破壊が生じるまでの時間を曲げ疲れ寿命として定義した。この結果は、No.28の曲げ疲れ寿命を1.0とした時の比として、表2に併せて示した。」

(イ)以上の記載から、引用例2には、次の技術が記載されている。
「車輪支持用転がり軸受ユニットのハブ輪を熱間鍛造にて粗成形した後、ハブ輪の外周面に設けられた車輪取付用フランジに対して冷間鍛造する技術。」(以下、「引用例2の技術1」という。)
また、引用例2の段落【0006】の記載から、引用例2には、「車輪支持用転がり軸受ユニットにおいて、その車輪取付フランジの曲げ疲れ強度を確保するために、車輪取付用フランジのインボード側の付け根部からハブ輪の小径段部に至るまでの領域に、高周波焼入れを施す技術」(以下、「引用例2の技術2」という。)も記載されている。

(5)引用発明との対比
ア 本件補正発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「車輪用軸受装置」は、本件補正発明の「車輪用軸受装置」に相当する。
引用発明の「ナックルボルト」、「車体取付フランジ14」、「外側転走面2a、2a」および「外方部材11」は、機能的にみて、それぞれ本件補正発明の「固定ボルト」、「車体取付フランジ」、「外側転走面」および「外方部材」に相当する。
よって、引用発明の「外周にナックルボルトを介して車体に取り付けられるための車体取付フランジ14を一体に有し、内周に複列の外側転走面2a、2aが一体に形成された外方部材11」は、本件補正発明の「外周に固定ボルトを介して車体に取り付けられるための車体取付フランジを一体に有し、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材」に相当する。
引用発明の「車輪取付フランジ13」、「アウトボード側」、「内側転走面4a」、「小径段部4b」および「ハブ輪12」は、機能的にみて、それぞれ本件補正発明の「車輪取付フランジ」、「アウター側」、「内側転走面」、「小径段部」および「ハブ輪」に相当する。また、引用発明の「ホイールパイロット部18」は、円筒状のブレーキパイロット部16よりも僅かに小径に形成されされているから、円筒状であるといえるし(引用例1の段落【0042】、図3-4、参照。)、本件補正発明の「円筒状のパロット部」と同様にホイールハブの内径面を案内するものである(本願明細書段落【0041】、引用例1の段落【0042】、参照。)。よって、引用発明の「パイロット部18」は本件補正発明の「円筒状のパイロット部」に相当する。
したがって、引用発明の「一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジ13と、この車輪取付フランジ13からアウトボード側に延びるホイールパイロット部18を一体に有し、外周に前記複列の外側転走面2a、2aの一方に対向する内側転走面4aと、この内側転走面から軸方向に延びる小径段部4bが形成されたハブ輪12」は、本件補正発明の「一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジと、この車輪取付フランジからアウター側に延びる円筒状のパイロット部を一体に有し、外周に前記複列の外側転走面の一方に対向する内側転走面と、この内側転走面から軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪」に相当する。
引用発明の「内側転走面」、「内輪5」および「内方部材10」は、機能的にみて、それぞれ本件補正発明の「内側転走面」、「内輪」および「内方部材」に相当する。
よって、引用発明の「ハブ輪12の小径段部4bに嵌合され、外周に前記複列の外側転走面2a、2aの他方に対向する内側転走面が形成された内輪5からなる内方部材10」は、本件補正発明の「このハブ輪の小径段部に嵌合され、外周に前記複列の外側転走面の他方に対向する内側転走面が形成された内輪からなる内方部材」に相当する。
そして、引用発明の「保持器8、8を介して転動自在に収容された複列の転動体3、3」は、本件補正発明の「保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体」に相当する。よって、引用発明の「この内方部材10と外方部材11間に保持器8、8を介して転動自在に収容された複列の転動体3、3とを備えた車輪用軸受装置」は、本件補正発明の「この内方部材と外方部材間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体とを備えた車輪用軸受装置」に相当する。
また、引用発明の「車輪取付フランジ13が円周方向複数に分割された複数のフランジで構成され」ることは、本件補正発明の「車輪取付フランジが円周方向複数に分割された複数の部分フランジで構成され」ることに相当する。
さらに、引用発明の「前記ハブ輪12が炭素0.40?0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成され」は本件補正発明の「前記ハブ輪が炭素0.40?0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成され」に相当することは明らかである。
加えて、引用発明の「インボード側の基部」は、機能的にみて本件補正発明の「インナー側の基部」に相当し、引用発明の「車輪取付フランジ13のインボード側の基部から前記小径段部4bに亙って硬化処理され」ることにより硬化層が形成されるものである。
よって、引用発明の「前記ハブ輪12が、前記車輪取付フランジ13のインボード側の基部から前記小径段部4bに亙って硬化処理され」ることは、本件補正発明の「前記ハブ輪が、前記車輪取付フランジのインナー側の基部から前記小径段部に亙って硬化層が形成され」ることに相当する。

イ 以上のことから、本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は次のとおりである。
【一致点】
「外周に固定ボルトを介して車体に取り付けられるための車体取付フランジを一体に有し、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、
一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジと、この車輪取付フランジからアウター側に延びる円筒状のパイロット部を一体に有し、外周に前記複列の外側転走面の一方に対向する内側転走面と、この内側転走面から軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に嵌合され、外周に前記複列の外側転走面の他方に対向する内側転走面が形成された内輪からなる内方部材と、
この内方部材と外方部材間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体とを備えた車輪用軸受装置において、
前記車輪取付フランジが円周方向複数に分割された複数の部分フランジで構成され、前記ハブ輪が炭素0.40?0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成されると共に、
前記ハブ輪が、前記車輪取付フランジのインナー側の基部から前記小径段部に亙って硬化層が形成され、
ている車輪用軸受装置。」

【相違点1】
本件補正発明では、「ハブ輪」が「熱間鍛造面と冷間鍛造面を備え、当該冷間鍛造面が少なくとも前記車輪取付フランジの根元部に形成され」、「車輪取付フランジの根元部と先端部が略均一な肉厚に形成され」ているのに対し、引用発明の「ハブ輪12」は鍛造処理の有無が不明であるため「ハブ輪12」が熱間鍛造面と冷間鍛造面を備えているか否かについては不明であり、しかも、引用発明の「ハブ輪12」の「前記車輪取付フランジ13」の肉厚に関しては、「ボルト挿通孔6a近傍の肉厚は輪取付フランジ13a先端部まで略均一に形成されると共に、インボード側の側面には、その基部に向って漸次肉厚になるようにリブ13aが形成され」ている点。
【相違点2】
「硬化層」に関し、本件補正発明では、「インナー側の」「基部における当該硬化層の最大外径が、前記部分フランジ間の凹底部の外径よりも外径側になるように設定され」ているのに対し、引用発明の「硬化処理されている」部分(硬化層)の最大外径については不明である点。
【相違点3】
本件補正発明では、「前記冷間鍛造面とそれ以外の部位との硬度差がHRCスケールで6ポイントまたはHVスケールで47ポイント以上に設定されている」のに対し、引用発明では、鍛造処理の有無が不明であり、そのため、冷間鍛造面とそれ以外の部位との硬度差については硬度差の有無を含め不明である点。

(6)判断
以下、上記各相違点について検討する。
ア 相違点1について
引用例2には、上記(4)イ(イ)のとおり引用例2の技術1、すなわち、車輪支持用転がり軸受ユニット(機能的みて本件補正発明の車輪用軸受装置に相当する)において、車輪支持用転がり軸受ユニットのハブ輪を熱間鍛造にて粗成形した後、ハブ輪の外周面に設けられた車輪取付用フランジ(機能的にみて本件補正発明の車輪取付フランジに相当する)に対して冷間鍛造する技術が記載されている。よって、引用例2のハブ輪は熱間鍛造面と冷間鍛造面を備えているといえる。
上記、引用例2の技術1は、車輪支持用転がり軸受ユニットのハブ輪の車輪取付用フランジの薄肉化を実現しつつ、フランジ面に塑性変形を生じ難くする(車輪取付用フランジの変形抵抗を高めると共に、曲げ強度を高める)技術である(段落【0009】、【0021】、【0026】、【0029】、【0031】 )。
ところで、引用発明は、車輪取付フランジ13を放射状形状とすると共に、その基部にリブ13aを形成することにより、ハブ輪12の剛性を損なうことなく軽量化を図るものである(段落【0034】)。このように引用発明においては、車輪取付フランジ13を放射形状とすることによる軽量化にともなう剛性の低下に対し、車輪取付フランジ13の基部にリブ13aを形成することで対処している。
ここで、引用例1の段落【0034】、引用例2の段落【0009】にもあるように、ハブ輪の軽量化という課題は、当業者には周知の課題であるといえる。
とするならば、引用発明において、車輪取付フランジ13を放射形状とすることによる軽量化にともなう剛性の低下に対し、引用例2の技術1を適用することによる剛性の上昇を図れば、リブ13aを省くことができ、これによって、ハブ輪12の剛性を損なうことなく更に軽量化を図ることが可能であるということは、当業者が容易に想到し得たものであるといえる。
そして、車輪取付フランジ根元部にモーメント荷重が大きくかかることが当業者には周知の事項であることからすれば、引用発明に引用例2の技術1を適用する際に、冷間鍛造をする部位を車輪取付フランジ根元部とすることは、技術の適用に伴い当業者が適宜なし得る程度の設計変更にすぎないものであるといえる。
また、冷間鍛造における加工硬化の程度が冷間鍛造による変形の程度に比例するという技術常識からすれば、車輪取付フランジの根元部の冷間鍛造による変形量を大きくし、冷間鍛造後の車輪取付フランジの根元部の肉厚を先端部と略均一な厚さとすることは、車輪取付フランジの根元部に必要な強度(冷間鍛造による変形の程度)を考慮し当業者が適宜決定しうるものである。
結局、引用発明に引用例2の技術1を適用し、もって、相違点1にかかる本件補正発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得たものであるといえる。
イ 相違点2について
上記(4)イ(イ)のとおり、引用例2には上記引用例2の技術2、すなわち、その車輪取付フランジの曲げ疲れ強度を確保するために、車輪取付用フランジのインボード側の付け根部からハブ輪の小径段部に至るまでの領域に、高周波焼入れを施す技術も記載されている。これにより、車輪支持用転がり軸受ユニット(車輪用軸受装置)において、転がり疲れ寿命、曲げ疲れ強度、引っ張り降伏強度、耐摩耗性等の強度を確保している(引用例2の段落【0006】)。
ここで、高周波焼入れが、インボード側の付け根部から施されているのは、この部分にフランジに対する曲げによる応力(曲げ応力、引っ張り応力)がこの部分に集中するので、これに対処するためである。
一方、引用発明の硬化処理されている、車輪取付フランジ13のインボード側の基部部分も、フランジに対する曲げによる応力が集中する部分である。そして、フランジに対する曲げによる応力が集中する部分である車輪取付フランジ13のインボード側の基部とは、円周方向複数に分割された複数のフランジの間の凹部の外径に位置する部分に対応する部分である。よって、引用発明の硬化処理されている部分は、インボード側(インナー側)の基部における最大外径が、前記部分フランジ間の凹底部の外径よりも外径側になるように設定されているものといえる。
したがって、相違点2は実質的な相違点とはいえない。そうでないとしても、相違点2に係る本件補正発明の構成とすることは引用例2の技術2に基づき当業者が容易に想到し得たものといえる。

ウ 相違点3について
一般的に、熱間鍛造面と冷間鍛造面を比較した場合、後者の硬度が前者の硬度よりその数値が高くなることは当業者には自明な技術的事項であるといえる。そして、熱間鍛造面と冷間鍛造面の間に要求される硬度差については、車輪用軸受装置の適用される車両の用途や大きさなどによって必要な値が設定されるものであるといえる。また、本件補正発明における硬度差の数値(HRCスケールで6ポイントまたはHVスケールで47ポイント)に臨界的意義は見いだせない。
よって、引用発明に上記引用例2の技術1を適用した際に、その冷間鍛造面とそれ以外の部位との硬度差がHRCスケールで6ポイントまたはHVスケールで47ポイント以上に設定されているようにした点は、当業者が必要に応じて適宜設定し得たものといえる。

エ そして、これらの相違点を総合的に勘案してみても、本件補正発明の奏する作用効果は、引用発明および引用例2に記載された各技術の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず、格別顕著なものということはできない。

オ したがって、本件補正発明は、引用発明および引用例2に記載された各技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(7)本件補正についてのむすび
よって、本件補正が、仮に、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものとしても、本件補正は、特許法第17条の2第6項で準用する同法第126条第7項の規定に違反してなされたものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
平成28年3月9日にされた手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1-14に係る発明は、平成27年5月18日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1-14に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、前記第2の[理由]1(2)に記載のとおりのものである。

2 引用例の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用された引用例1ないし2およびその記載事項は、前記第2の[理由]2(4)に記載したとおりである。

3 対比・判断
本願発明は、実質的には、前記第2の[理由]2で検討した本件補正発明から、「車輪取付フランジ」について「当該車輪取付けフランジの根元部と先端部が略均一な肉厚に形成され」との限定事項を省いたものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに、他の事項を付加したものに相当する本件補正発明が、前記第2の[理由]2(5)、(6)に記載したとおり、引用発明および引用例2に記載された各技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用発明及び引用例2に記載された各技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-12-19 
結審通知日 2017-01-05 
審決日 2017-01-19 
出願番号 特願2011-121462(P2011-121462)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B60B)
P 1 8・ 561- Z (B60B)
P 1 8・ 575- Z (B60B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田々井 正吾  
特許庁審判長 和田 雄二
特許庁審判官 尾崎 和寛
氏原 康宏
発明の名称 車輪用軸受装置およびその製造方法  
代理人 越川 隆夫  

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