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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
管理番号 1325834
異議申立番号 異議2016-700622  
総通号数 208 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-04-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-07-15 
確定日 2017-01-19 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5845068号発明「アルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5845068号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?3〕について訂正することを認める。 特許第5845068号の請求項1?3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5845068号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?3に係る特許は、その出願(特願2011-256459)が、平成23年11月24日に特許出願され、その特許権の設定の登録が、平成27年11月27日にされたものである。
その後、本件特許の請求項1?3に係る特許について、特許異議申立人葛西文枝(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、平成28年 8月30日付けで当審より取消理由が通知され、これに対し、特許権者より同年11月 2日付けで訂正請求書が提出されるとともに、意見書が提出され、同年11月22日付けで申立人より意見書が提出された。

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
平成28年11月 2日付けの訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、以下の(訂正事項1)?(訂正事項10)の訂正事項からなる。

(訂正事項1)
特許請求の範囲の請求項1に「・・・からなるアルミニウム-マグネシム合金に、
0.002質量%以上0.1質量%以下のCaのみを添加したものであり、
前記Pの含有量に対するCaの添加量の比(前記Caの添加量/前記Pの添加量)が2/5以上であることを特徴とするアルミニウム-マグネシウム合金。」と記載されているのを、
「・・・からなるアルミニウム-マグネシム合金に、
前記アルミニウム-マグネシウム合金を鋳型に注入するまでにおいて0.002質量%以上0.1質量%以下のCaのみを添加し、
前記Pの含有量に対するCaの添加量の比(前記Caの添加量/前記Pの添加量)を2/5以上とすることを特徴とするアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法。」に訂正する。
(請求項1の記載を引用する請求項2及び3についても同様に訂正する。)

(訂正事項2)
特許請求の範囲の請求項2に「・・・アルミニウム-マグネシウム合金板であって、・・・アルミニウム-マグネシウム合金板。」と記載されているのを、
「・・・アルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法であって、・・・アルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法。」に訂正する。

(訂正事項3)
特許請求の範囲の請求項3に「・・・アルミニウム-マグネシウム合金板であって、・・・アルミニウム-マグネシウム合金板。」と記載されているのを、
「・・・アルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法であって、・・・アルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法。」に訂正する。

(訂正事項4)
願書に添付した明細書の発明の名称に「アルミニウム-マグネシウム合金およびその合金板」と記載されているのを、
「アルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法」に訂正する。

(訂正事項5)
願書に添付した明細書の【0001】に「本発明は、アルミニウム-マグネシウム合金およびその合金板に係り、特に、Pを不可避的不純物として含有する原料から製造されたアルミニウム-マグネシウム合金およびその合金板に関する。」と記載されているのを、
「本発明は、アルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法に係り、特に、Pを不可避的不純物として含有する原料から製造するアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法に関する。」に訂正する。

(訂正事項6)
願書に添付した明細書の【0012】に「本発明は、前記の問題に鑑みてなされたものであり、その課題は、Beを添加しなくても溶湯酸化を抑制することが可能なアルミニウム-マグネシウム合金およびその合金板を提供することにある。」と記載されているのを、
「本発明は、前記の問題に鑑みてなされたものであり、その課題は、Beを添加しなくても溶湯酸化を抑制することが可能なアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法を提供することにある。」に訂正する。

(訂正事項7)
願書に添付した明細書の【0015】に「すなわち、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金は、Mgを0.8?5.5質量%含有するとともに、Pを不可避的不純物の1つとして0.001質量%以上0.01質量%以下含有し、Si:0.6質量%以下、Fe:0.8質量%以下、Cu:0.25質量%以下、Mn:1.5質量%以下、Zn:0.30質量%以下、Cr:0.1質量%以下、Ti:0.1質量%以下、Zr:0.01質量%以下、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム-マグネシウム合金に、0.002質量%以上0.1質量%以下のCaのみを添加したものであり、前記Pの含有量に対する前記Caの添加量の比(前記Caの添加量/前記Pの含有量)が2/5以上であることを特徴とする。」と記載されているのを、
「すなわち、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法は、Mgを0.8?5.5質量%含有するとともに、Pを不可避的不純物の1つとして0.001質量%以上0.01質量%以下含有し、Si:0.6質量%以下、Fe:0.8質量%以下、Cu:0.25質量%以下、Mn:1.5質量%以下、Zn:0.30質量%以下、Cr:0.1質量%以下、Ti:0.1質量%以下、Zr:0.01質量%以下、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム-マグネシウム合金に、前記アルミニウム-マグネシウム合金を鋳型に注入するまでにおいて0.002質量%以上0.1質量%以下のCaのみを添加したものであり、前記Pの含有量に対する前記Caの添加量の比(前記Caの添加量/前記Pの含有量)を2/5以上とすることを特徴とする。」に訂正する。

(訂正事項8)
願書に添付した明細書の【0017】に「また、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板(缶胴用)は、前記合金からなるアルミニウム-マグネシウム合金板であって、前記Mgの含有量が0.8?2.1質量%であることを特徴とする。」と記載されているのを、
「また、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板(缶胴用)の製造方法は、前記合金からなるアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法であって、前記Mgの含有量が0.8?2.1質量%であることを特徴とする。」に訂正する。

(訂正事項9)
願書に添付した明細書の【0019】に「また、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板(缶蓋用)は、前記合金からなるアルミニウム-マグネシウム合金板であって、前記Mgの含有量が4.0?5.5質量%であることを特徴とする。」と記載されているのを、
「また、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板(缶蓋用)の製造方法は、前記合金からなるアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法であって、前記Mgの含有量が4.0?5.5質量%であることを特徴とする。」に訂正する。

(訂正事項10)
願書に添付した明細書の【0021】に「本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金およびその合金板によれば、溶湯においてMg-P酸化物がほとんど形成されず、溶湯酸化を抑制することができる。その結果、介在物がほとんど形成しない高品質のアルミニウム-マグネシウム合金およびその合金板を提供することができる。」と記載されているのを、
「本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法によれば、溶湯においてMg-P酸化物がほとんど形成されず、溶湯酸化を抑制することができる。その結果、介在物がほとんど形成しない高品質のアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法を提供することができる。」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、一群の請求項、新規事項の有無、及び、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)一群の請求項について
訂正事項1?3に係る本件訂正前の請求項1?3について、請求項2及び3は請求項1を引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、本件訂正前の請求項1?3に対応する本件訂正後の請求項1?3は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

(2)訂正事項1について
ア 訂正事項1は、本件訂正前の請求項1に係る発明が、「物」の発明であったのを、「方法」の発明であるようにする訂正(以下、「訂正事項1-1」という。)と、Caの添加に関し「前記アルミニウム-マグネシウム合金を鋳型に注入するまでにおいて」という発明特定事項を追加する訂正(以下、「訂正事項1-2」という。)とからなる。

イ 訂正事項1-1は、本件訂正前の請求項1に係る発明が、「物」の発明であって、「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合」に該当し、「発明が明確であること」という要件を欠くおそれがあるものであったものを、本件訂正後の請求項1に係る発明が、「方法」の発明であるように訂正することにより、「発明が明確であること」という要件を満たすようにするものであるから、訂正事項1-1は、「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。
また、訂正事項1-2は、本件訂正前の請求項1に係る発明に、Caの添加に関し「前記アルミニウム-マグネシウム合金を鋳型に注入するまでにおいて」という発明特定事項を追加するものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
よって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書きに掲げる「明瞭でない記載の釈明」及び「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

ウ 訂正事項1-1は、本件訂正前の請求項1に係る発明が、「物」の発明であったのを、「方法」の発明であるようにする訂正であるが、本件特許の願書に添付した明細書の【0028】?【0029】、【0032】、【0043】?【0053】の記載事項によれば、訂正事項1-1は、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
また、訂正事項1-2により追加される、「前記アルミニウム-マグネシウム合金を鋳型に注入するまでにおいて」という発明特定事項について、本件特許の願書に添付した明細書の【0032】に、「Caは」「本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金」が、「前記合金(原材料)を鋳型に注入するまでの、どの工程において添加されてもよい」ことが記載されているから、訂正事項1-2は、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
よって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

エ さらに、訂正事項1-1が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについての検討を、特許法第36条第4項第1号の規定により委任された特許法施行規則の第24条の2の規定から、本件訂正前の請求項1に係る発明と本件訂正後の請求項1に係る発明とにおいて、発明が解決しようとする課題及びその解決手段が、実質的に変更されたものであるか否かにより行うと、本件訂正前の請求項1に係る発明と本件訂正後の請求項1に係る発明とは、両者の課題及び課題解決手段は、実質的な変更がないから、本件訂正後の請求項1に係る発明の技術的意義は、本件訂正前の請求項1に係る発明の技術的意義を実質上拡張し、変更するものではない。
また、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第6項の規定が、訂正前の発明の「実施」に該当しないとされた行為が、訂正後の発明の「実施」に該当する行為となる場合、第三者にとって不測の不利益が生じるおそれがあるため、そうした事態が生じないことを担保したものであることを踏まえて、訂正事項1-1が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについての検討を行うと、本件訂正前の請求項1に係る発明と本件訂正後の請求項1に係る発明とにおいて、それぞれの発明の「実施」に該当する行為の異同により、本件訂正後の請求項1に係る発明の「実施」に該当する行為が、本件訂正前の請求項1に係る発明の「実施」に該当する行為を実質上拡張し、又は変更するものであるか否かにより検討すると、本件訂正後の請求項1に係る発明の「実施」に該当する行為は、本件訂正前の請求項1に係る発明の「実施」に該当する行為に全て含まれるので、第三者にとって不測の不利益が生じるおそれはないから、「実施」に該当する行為を実質上拡張し、又は変更するものでもない。
さらに、訂正事項1-2は、Caの添加について、その時期を「前記アルミニウム-マグネシウム合金を鋳型に注入するまでにおいて」とさらに特定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。
よって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合する。

オ したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書きに掲げる事項を目的とするものであり、同法同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項までの規定に適合する

(3)訂正事項2及び3について
訂正事項2及び3は、それぞれ、本件訂正前の請求項2及び3に係る発明が、「物」の発明であったのを、「方法」の発明であるようにする訂正であるから、上記(1)の訂正事項1-1に対する理由と同様の理由により、訂正事項2及び3は、特許法第120条の5第2項ただし書きに掲げる事項を目的とするものであり、同法同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(4)訂正事項4?10について
訂正事項4?10は、それぞれ本件特許の願書に添付した明細書の記載を、訂正事項1?3により訂正された特許請求の範囲の記載の記載と整合させるための訂正であるから、訂正事項4?10は、特許法第120条の5第2項ただし書きに掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。
また、訂正事項4?10は、上記(2)及び(3)において、訂正事項1?3について検討したものと同様の理由により、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
さらに、訂正事項4?10は、一群の請求項1?3に関係する訂正であるから、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第4項の規定に適合する。

3 むすび
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書きに掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、本件訂正後の請求項〔1?3〕について訂正を認める。

第3 特許異議の申立てについて
1 本件特許発明
上記第2に記載したとおり、本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1?3に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明3」という。)は、それぞれ、平成28年11月 2日付けの訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

【請求項1】
Mgを0.8?5.5質量%含有するとともに、Pを不可避的不純物の1つとして0.001質量%以上0.01質量%以下含有し、
Si:0.6質量%以下、Fe:0.8質量%以下、Cu:0.25質量%以下、Mn:1.5質量%以下、Zn:0.30質量%以下、Cr:0.1質量%以下、Ti:0.1質量%以下、Zr:0.01質量%以下、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム-マグネシウム合金に、
前記アルミニウム-マグネシウム合金を鋳型に注入するまでにおいて0.002質量%以上0.1質量%以下のCaのみを添加し、
前記Pの含有量に対する前記Caの添加量の比(前記Caの添加量/前記Pの含有量)を2/5以上とすることを特徴とするアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の前記合金からなるアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法であって、
前記Mgの含有量が0.8?2.1質量%であることを特徴とする缶胴用のアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の前記合金からなるアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法であって、
前記Mgの含有量が4.0?5.5質量%であることを特徴とする缶蓋用のアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法。

2 取消理由の概要
本件訂正前の請求項1?3に係る特許に対して、平成28年 8月30日付けで当審より特許権者に通知した取消理由の概要は、以下のとおりである。
(1)本件特許発明1?3は、「アルミニウム-マグネシウム合金」という物の発明であるが、「0.002質量%以上0.1質量%以下のCaのみを添加した」という、その物の製造方法が記載されているものであって、不可能・非現実的事情が存在することについて、明細書に記載がなく、また、出願人から主張・立証がされていないため、その存在を認める理由は見いだせないから、本件特許発明1?3は、明確でないから、その特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

3 取消理由についての判断
(1)取消理由(1)について
本件特許発明1は、「・・・アルミニウム-マグネシウム合金の製造方法。」、本件特許発明2及び3は、それぞれ「・・・アルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法。」という、「物を生産する方法の発明」であるから、「物の発明」において、その物の製造方法が記載されていることを理由とする前記取消理由(1)は解消した。

4 特許異議申立理由の概要
申立人は、本件訂正前の請求項1?3に係る特許に対する特許異議申立理由として、前記2の理由に加えて、以下の主張をしている。

(申立理由1)本件訂正前の請求項1及び2に係る発明は、甲第1号証と、甲第3号証?甲第8号証に記載された周知技術等に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許の請求項1及び2に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
(申立理由2)本件訂正前の請求項1?3に係る発明は、甲第2号証と、甲第3号証?甲第8号証に記載された周知技術等に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許の請求項1及び2に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。。

甲第1号証:特開2003-80857号公報
甲第2号証:特開2010-180422号公報
甲第3号証:室町繁雄ら、「Al-Mg合金におよぼすCaの影響」、軽金属、1960、Vol.10、No.6、p.26?28
甲第4号証:特開2006-265702号公報
甲第5号証:特開平9-276948号公報
甲第6号証:特開2000-8133号公報
甲第7号証:特開2011-21228号公報
甲第8号証:電気陰性度について記載されたフリー百科事典『ウィキペディア(wikipedia)』の写し、<url:https://ja.wikipedia.org/wiki/>

5 甲各号証について
(1)甲第1号証
甲第1号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物である特開2003-80857号公報(公開日 平成15年 3月19日)であって、甲第1号証には、以下の事項が記載されている。

(1-ア)「【請求項1】MnおよびMgのうち少なくとも1種をMn:0.1?1.5質量%、Mg:0.1?1.5質量%の範囲で含有し、Fe含有量が1質量%以下、Si含有量が0.5質量%以下、Cu含有量が0.2質量%以下であり、更に、下記(a)?(d)に列挙された元素のうち少なくとも1種を下記含有量範囲で含有し、残部がAlと不可避不純物とからなるアルミニウム板に、粗面化処理および陽極酸化処理を施して得られる平版印刷版用支持体。
(a)Li、Be、Sc、Mo、Ag、Ge、Ce、Nd、DyおよびAuからなる群から選ばれる1種以上の元素:各1?100ppm
(b)K、Rb、Cs、Sr、Y、Hf、W、Nb、Ta、Tc、Re、Ru、Os、Rh、Ir、Pd、Pt、In、Tl、As、Se、Te、Po、Pr、SmおよびTbからなる群から選ばれる1種以上の元素:各0.1?10ppm
(c)Ba、Co、Cd、BiおよびLaからなる群から選ばれる1種以上の元素:各10?500ppm
(d)Na、Ca、Zr、Cr、V、PおよびSからなる群から選ばれる1種以上の元素:各50?1000ppm」

(1-イ)「【0022】以下、本発明の特徴である特定微量元素について説明する。本発明においては、アルミニウム板が下記(a)?(d)に列挙された元素のうち少なくとも1種を特定の含有量で含有する。
・・・
【0026】(d)Na、Ca、Zr、Cr、V、PおよびSからなる群から選ばれる1種以上の元素
これらの元素は、50ppm以上の添加で、耐苛酷インキ汚れ性を向上させる効果を示す。また、含有量が多すぎると、効果が飽和し、かつ、コスト的に不利になるので好ましくない。本発明においては、1000ppm以下とするが、コストを抑制する観点から500ppm以下とするのが好ましい。したがって、含有量は、50?1000ppmである。なお、アルミニウム板がこれらの元素のうち2種以上を含有する場合は、少なくとも1種が上記範囲を満たしていればよい。」

(1-ウ)「【0520】
【実施例】以下に実施例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限られるものではない。
(実施例1?98および比較例1?4)
1.平版印刷版原版の製造
第1表に示すように、第2表に示す各アルミニウム板(Al板)に、後述する各粗面化処理(粗面化処理以外にアルカリエッチング処理やデスマット処理を含む。)を施し、更に、後述する方法で陽極酸化処理を施した後、後述する方法で界面処理を行い、各平版印刷版用支持体を得た。ついで、各平版印刷版用支持体に、第1表に示すように各画像記録層を設け、各平版印刷版原版を得た。なお、第2表に示したアルミニウム板は、第3表に示す組成のベースAl合金に、所定の特定微量元素を所定量添加して得たものである。
・・・
【0600】
【表7】

・・・
【0602】
【表9】



甲第1号証の上記(1-ウ)には、「第2表に示したアルミニウム板は、第3表に示す組成のベースAl合金に、所定の特定微量元素を所定量添加して得た」ことが記載されており、第2表(【0600】)には、Al板の番号が43のものについて、ベースAl合金が3であり、特定微量元素について、元素がCa、添加量(ppm)が55であること、また、第3表(【0602】)には、ベースAl合金の番号が3のものについて、Mn(質量%)が1.100、Mg(質量%)が1.100、Fe(質量%)が0.30、Si(質量%)が0.1、Cu(質量%)が0.005、Ti(質量%)が0.02であることが示されており、また、この第3表には、ベースAl合金の組成が示されているから、第3表に記載される成分の残部は、Al及び不可避的不純物であると認められる。してみると、甲第1号証には、以下の発明が記載されていると認められる。

「質量%で、Mnが1.100、Mgが1.100、Feが0.30、Siが0.1、Cuが0.005、Tiが0.02、残部Al及び不可避的不純物である組成のベースAl合金に、
Caを55ppm添加してアルミニウム板を得る方法。」(以下、「甲1発明」という。)

(2)甲第2号証
甲第2号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物である特開2010-180422号公報(公開日 平成22年 8月19日)であり、甲第2号証には、以下の事項が記載されている。

(2-ア)「【0001】
本発明は、酸化減耗を抑制したアルミニウム合金の製造方法に関する。」

(2-イ)「【背景技術】
【0002】
従来、Mgを含有する合金を製造する過程においてBeを添加することが一般的であった。Beは少量添加することでMg含有合金溶湯の酸化減耗を抑制することが可能であり、反応性の高いMg合金溶湯をはじめ、その他のMgを含有する様々な合金溶湯の燃焼防止にしばしば使用されていた。
しかしながら、Beについては健康影響上の問題点が指摘されており、昨今、その使用を避ける手段が模索されている。
【0003】
他方、Be添加やカバーフラックスの代替的処置としてCaを添加する方法が知られている(非特許文献1)。
また特許文献1においては、Srの添加によるスラブの表面酸化減少効果が実証されている。しかし、高温の溶融状態における酸化減耗抑制効果については定かではない。
つまり、実用的にBeの代替案としてはCaしか実証されていない。」

(2-ウ)「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、人体に影響を与えるおそれがあるBeを用いることなく、合金溶湯の酸化減耗を抑制したアルミニウム合金の製造方法を提供することを目的とする。」

(2-エ)「【発明の効果】
【0010】
本発明のアルミニウム合金の製造方法では、溶湯の酸化減耗抑制剤として、特定の配合比のCa、Srおよび/またはBaを添加するか、もしくは前記の特定の配合比のCa、Srおよび/またはBaからなる複合剤を用いている。このため、人体に対する影響が懸念されるBeに代わる無害な溶湯酸化減耗抑制剤の使用により、合金溶湯の酸化減耗を大幅に減少させることができる。
またBeの排ガス処理や溶湯カバーフラックス除去作業などに掛かるコストを低減することができるため、アルミニウム合金の製造コストを下げることができる。」

(2-オ)「【0013】
従来、アルミニウム合金溶湯の酸化減耗の防止策として、Be添加法が採用されていたが、健康影響上の問題により、Beフリーであることが望まれる。
Be代替技術としては無害なCa添加が公知である。しかしCaは、熱間割れや機械的特性・溶湯流動性を低下させるなど、添加量によっては合金特性に様々な悪影響を及ぼすことが知られている。
そこで、Ca、Srおよび/またはBaを組み合わせて添加することとした。Ca、Sr、Baはいずれも人体に無害な元素であり、複合添加とすることで、Ca、Sr、Baそれぞれの単独添加よりも酸化減耗抑制効果が高い。またCaの添加量を相対的に減らすことができるため、上記のCaの悪影響を減少させることにもなる。」

(2-カ)「【0014】
以下、本発明を詳しく説明する。
本発明の複合添加技術は、Mgを含有するアルミニウム合金溶湯であれば特に限定されることなく効果を発揮し、・・・用途を問わずほぼ全てのAl-Mg系合金の製造に適用可能である。
なお、Ca、Sr、Baの複合添加による効果は、アルミニウム合金溶湯中のMgの酸化減耗を抑制するためのものである。・・・。
・・・
【0015】
まず、Ca、Sr、Ba系の複合添加剤から説明する。
この複合添加剤として、図1に示す4つの点A(Ca:18原子%、Sr:0原子%、Ba:82原子%)、点B(Ca:14原子%、Sr:34原子%、Ba:52原子%)、点C(Ca:33.8原子%、Sr:66.2原子%、Ba:0原子%)、点D(Ca:100原子%、Sr:0原子%、Ba:0原子%)を結ぶ直線で囲まれたD点を除いた範囲内の組成比からなるCa、Sr、Baからなるものを用いる。
・・・
【0016】
上記Ca、Sr、Ba系複合添加剤を加えた後のアルミニウム合金溶湯中のCa、Sr、Ba量を所定値内に規制しないと所期の酸化減耗抑制効果は得られない。それらの合金中の含有量は次の通りとなる。
Ca:0.001?0.5質量%
Ca添加による酸化減耗抑制効果は、0.001質量%以上の含有によって得られる。したがって、Ca添加量下限値は0.001質量%とする。しかし、Ca含有量が0.5質量%を超える程に多くなると、用途に係らず熱間割れや機械的特性・溶湯の流動性低下など負の影響が強く出ることになるので、その上限値は0.5質量%とする。
【0017】
Sr:0.01?2.8質量%
・・・。
【0018】
Ba:0.01?7.83質量%
・・・。」

(2-キ)「【0019】
次に、本発明の複合添加技術を適用するアルミニウム合金について説明する。
本発明の複合添加技術を適用するAl-Mg系合金の具体例としては、Mg:0.5質量%以上、Si:0.1?24.0質量%、Cu:0.04?5.0質量%、Mn:0.1?2.0質量%、その他不可避元素から成るアルミニウム合金に適用可能である。
以下の元素およびその組成については、本発明の複合添加技術に影響を及ぼさない。言い換えれば、以下の元素を含有する範囲内のアルミニウム合金であれば、本発明の複合添加技術は適用可能である。
【0020】
Mg:0.5質量%以上
Mg含有量が0.5質量%よりも少ないと、本発明のMg酸化減耗抑制効果を得ることが困難であるため、下限値は0.5質量%とする。また展伸材用合金としては6.0質量%により耳割れや粒間腐食が起こされやすくなるため、6.0質量%を上限とする。また合金用途上、鋳物用合金においては11.0質量%、ダイカスト用合金では10.5質量%をそれぞれ上限値とするのが好ましい。11.0質量%を超える含有量では鋳造割れが引き起こされやすくなるほか、用途の幅が狭くなるという問題もあるため、上限値は11.0質量%であることが好ましい。
【0021】
Si:0.1?24.0質量%
・・・
【0022】
Cu:0.04?5.0質量%
・・・
【0023】
Mn:0.1?2.0質量%
・・・
【0024】
その他不可避的不純物として、Sn、Pb、B、V、Zrのそれぞれを0.1質量%以下に制限することが好ましい。
【0025】
このように、本発明の複合添加技術はMgを0.5質量%以上含有するアルミニウム合金であれば、展伸材用合金、鋳物用合金、ダイカスト用合金問わず効果を発揮することが可能である。それゆえ用途としても、建材や圧力容器、缶材、電気機器・部品、エンジン部品、自動車部品、OA機器など、幅広い部材の製造方法に適用できる。」

(2-ク)「【実施例1】
【0026】
Si:0.03質量%、Fe:0.05質量%、Cu:0.01質量%以下、Mn:0.01質量%以下、Mg:3.45質量%、残部はAlおよび不純物からなるAl-Mg系合金溶湯に、Ca、Ba、Srを表1に示す配合比で添加した。
得られた合金溶湯からインゴットを作成した後、・・・円柱型の試料にそれぞれ加工した。
・・・。
【0028】
参考として、酸化減耗抑制剤を全く添加しなかったもの、酸化減耗抑制剤として・・・Caを単独で添加した試料についても、・・・測定した。
各参考試料の成分組成および耐酸化性指標を表2に示す。
・・・。
表1および表2で示された結果を、Ca含有量を基準に耐酸化性指標を整理すると図2の通りとなる。
図2から、Ca単独添加に比べて、CaとSrおよび/またはBaの複合添加の方が耐酸化性に優れていることが理解できる。
【0029】
ところで、前記している通り、合金溶湯の酸化減耗を防止する目的でCaを添加する事例がよく知られているが、Caは添加量に応じて、熱間割れや機械的特性・溶湯の流動性を低下させるなど、様々な影響をもたらす。このため、添加可能なCaの最大添加量は合金の用途により様々に設定されている。
・・・。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】



(2-ケ)「【図2】



甲第2号証には、上記(2-ア)?(2-ケ)の記載事項(特に(2-ク)の【表1】の試料No.がDのもの、【表2】の試料No.がCa単独添加の○数字1?6のもの。)によれば、以下の発明が記載されていると認められる。

「Si:0.03質量%、Fe:0.05質量%、Cu:0.01質量%以下、Mn:0.01質量%以下、Mg:3.45質量%、残部はAlおよび不純物からなるAl-Mg系合金溶湯に、
Caを単独で0.0056?0.1質量%添加する
アルミニウム合金の製造方法。」(以下「甲2発明」という。)

(3)甲第3号証
甲第3号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物である「室町繁雄ら、「Al-Mg合金におよぼすCaの影響」、軽金属、1960、Vol.10、No.6、p.26?28」であり、甲第3号証には、以下の事項が記載されている。

(3-ア)「1.緒言
Al-Mg系合金は,適度な強度を有し,しかも耐食性に富んでいるため近年その需要が著しく伸びてきた。一方本系合金は,溶解中Mgが燃焼し,酸化減少するためその防止策として少量のBeを添加する方法が一般に採用されているが,Beは高価であるばかりでなく,その燃焼ガスは有毒とされているので,これに代る酸化防止剤が要求されている。
著者の一人は,かつてマグネシウム合金に少量のCaを添加する^(1))とその燃焼を防止するばかりでなく,鋳造性を改善し,更に耐食性を著しく向上させること,また一方少量のCaの添加は,アルミニウム合金中の含有ガスを低下し,添加後のガスの吸収をしがたくなる^(2))ことを知ったので,Mgを含むアルミニウム合金にもCaの効果が期待できるものと考え,本研究を実施した次第である。」(第394頁左欄第1行?第16行)

(3-イ)「3.実験結果ならびに考察
Fig.3に,溶解減量におよぼすCaの影響を示した。Mg2.5%を含む合金では,Caの著しい効果は認められないが,Mg5%となるとその効果が現れ,Mg10%になると溶解減量が著しく低下し,Caの効果の著しいことが判る。・・・。
・・・
以上の結果からCa0.05%程度添加すれば,Beに代り燃焼酸化防止剤としての効果のあることが判明したので・・・。」(第395頁左欄第1行?第396頁左欄末行)

(4)甲第4号証
甲第4号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物である特開2006-265702号公報(公開日 平成18年10月 5日)であり、甲第4号証には、以下の事項が記載されている。

(4-ア)「Mn:0.7?1.5%(質量%、以下同じ)、Mg:0.8?1.7%、Fe:0.1?0.7%、Si:0.05?0.5%、Cu:0.1?0.6%を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる組成を有し、かつ、結晶粒組織を、板厚方向中央部の上面観察による結晶粒の平均アスペクト比が3以上の圧延方向に伸長させた組織とし、この組織の0.5μm以上の分散粒子観察における分散粒子の平均粒子サイズが5μm以下であり、更に、アルミニウムの液相と固相の固液共存温度範囲を示すΔTが40℃以下であることを特徴とする、高温特性に優れたボトル缶用アルミニウム合金冷延板。」

(4-イ)「【0030】
(Al合金冷延板組成)
先ず、本発明のAl合金冷延板の好ましい化学成分組成(単位:質量%)について、各元素の限定理由を含めて、以下に説明する。
【0031】
本発明の高温特性に優れたボトル缶用アルミニウム合金冷延板の組成は、Mn:0.7?1.5%、Mg:0.8?1.7%、Fe:0.1?0.7%、Si:0.05?0.5%、Cu:0.1?0.6%を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる組成とする。
【0032】
但し、本発明では、主要構成元素(Mn、Mg、Fe、Cu、Si)の成分バランスを、後述する通り、アルミニウムの固液共存温度範囲△Tが40℃以下になるように成分設計する必要がある。
・・・
【0052】
以上記載した元素以外は不可避的不純物であり、上記板特性を阻害しないために、含有量は基本的に少ない方が良いが、上記板特性を阻害しない範囲で、JIS規格などで記載された、3000系アルミニウム合金の各元素の上限値程度までの含有は許容される。」

(4-ウ)「【0079】
特に、近年のように、缶材に使用される溶解原料に占める、缶材スクラップなどの比率は、地金に比して、年々増加しており、基本成分元素以外に混入される不可避的な不純物元素が多くなってきている。これらの不可避的な不純物元素としては、Zr、Bi,Sn、Ga,V,Co,Ni,Ca、Mo,Be、Pb,Wなどである。これらの元素の含有量の総和(総量)は、従来は、0.01%以下であったが、近年スクラップ配合率が高くなるにつれて、0.015%以上、0.02%以上、場合によっては0.05%、あるいは0.1%以上、不可避的に混入する。」

(4-エ)「【実施例】
【0111】
アルミ地金の他に缶材スクラップなども溶解原料として用いて、下記表1に示すA?Nの成分組成のAl合金の溶湯を溶解し、DC鋳造法にて板厚600mm、幅2100mmの鋳塊を製造した。なお、表1において「-」で示す元素含有量は検出限界以下であることを示す。
【0112】
この鋳塊には、表1に示す通り、発明例、比較例ともに、その他元素の総量として、不可避的な不純物元素、Zr、Bi,Sn、Ga,V,Co,Ni,Ca、Mo,Be、Pb,Wを、これらの元素の含有量の総和で0.03%以上含んでいる。
・・・
【0136】
【表1】



(5)甲第5号証
甲第5号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物である特開平9-276948号公報(公開日 平成 9年10月28日)であり、甲第5号証には、以下の事項が記載されている。

(5-ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 重量%でMn:≦0.5%、Mg:2.8? 4.0%、不可避的不純物としてSi:≦0.3%、Fe:≦0.5%を含有し、かつ(Si+Fe):≦0.6%の関係を有する板厚:0.18?0.33 mm、降伏強度:220?400 N/mm^(2)のアルミニウム合金板の両面に、熱可塑性樹脂を被覆してなる絞りしごき缶用樹脂被覆アルミニウム合金板。」

(5-イ)「【0006】
【実施例】まず、本発明において樹脂被覆アルミニウム合金板の被覆基板となるアルミニウム合金板の合金成分などを限定する理由を以下に説明する。なお、各合金成分の%は重量%で示す。本発明においては、アルミニウム合金板の製造時に発生するスクラップや、使用後のアルミニウム缶のスクラップを混合し、溶解しての再使用を容易にするため、アルミニウムDI缶の缶胴材である3004合金、および蓋材である5182合金の合金成分、特にMnとMgの量を考慮し検討した。JIS規格においては3004材は Mn:1.0?1.5%、Mg:0.8 ?1.3%、5182材はMn:0.2?0.5%、Mg:2.2?2.8% と規定されている。本発明の樹脂被覆アルミニウム合金板の被覆基板となるアルミニウム合金板のMn量の好ましい範囲を(5182合金の上限のMn量?3004合金の下限のMn量)の範囲とすることを前提とした。このようにすることにより、本発明に使用するアルミニウム合金を製造する際に多量に存在する3004合金のスクラップの混合割合を格段に大きくすることが可能となる。さらに、Mgおよび他の合金成分の量は、蓋材と缶胴材を同一組成とするために、できる限り5182合金に近いものとした。」

(6)甲第6号証
甲第6号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物である特開2000-8133号公報(公開日 平成12年 1月11日)であり、甲第6号証には、以下の事項が記載されている。

(6-ア)「【請求項1】 Mg1.7?5.0wt%、Mn0.8wt%以下、Cr0.35wt%以下、Cu0.3wt%以下、Fe0.3wt%以下、Si0.3wt%以下を含有し、不純物としてのアルカリ金属を1ppm以下に規制し、残部がAlとその他の不可避不純物からなり、耐力が210?340N/mm^(2)であることを特徴とする、耐落下強度に優れる缶蓋用アルミニウム合金焼付塗装板。」

(6-イ)「【0010】
【発明の実施の形態】以下に、本発明を更に詳細に説明する。まず本発明の第1について合金元素の添加の意義とその添加範囲の限定理由について述べる。
・・・
【0015】Feは通常アルミニウム地金や原料スクラップに含まれる不純物であるが、その範囲を0.3wt%以下としたのは、0.3wt%を超えると金属間化合物が増加し、耐落下強度が低下したりリベット成形性が低下してしまうためである。
【0016】Siも通常アルミニウム地金や原料スクラップに含まれる不純物であるが、その範囲を0.3wt%以下としたのは、0.3wt%を超えると金属間化合物が増加し、耐落下強度が低下したりリベット成形性が低下してしまうためである。
【0017】以上述べた以外に、鋳塊組織の微細化材として必要に応じTi、またはTi及びB、またはTi及びCを添加しても良い。添加する場合はTiは0.001?0.05wt%、Bは0.0001wt%以下、Cは0.01wt%以下が適当である。
【0018】Naを始めとするアルカリ金属元素(Na,Li,K,Rb,Cs,Fr)は、缶用合金の主要成分であるMg地金から混入しやすく、これらの元素が微量でも含まれると鋳造や熱間圧延で割れが生じ易くなることは従来より知られており、その含有量は数10ppm以下、通常は5?10ppm程度に規制されている。・・・。
【0019】上記以外の不純物としては、Znは0.25wt%以下、その他の元素は0.05wt%以下であれば特に問題はない。」

(7)甲第7号証
甲第7号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物である特開2011-21228号公報(公開日 平成23年 2月 3日)であり、甲第7号証には、以下の事項が記載されている。

(7-ア)「【0001】
本発明は、超高純度(極低不純物含有量)が要求される高級ステンレス鋼や超合金などの合金鋳塊の製造方法に関し、特に、製品鋳塊の重量が10kg以上の実用規模鋳塊を製造するのに好適な製造方法に関する。」

(7-イ)「【0007】
1980年代には、・・・、水冷銅るつぼを用いる磁気浮揚型の誘導溶解装置(コールドクルーシブル式誘導溶解装置)を用いた還元精錬技術が報告されている。この精錬技術は、ステンレス鋼の溶解自体を誘導加熱して合金溶湯プールを形成させ、これに金属Caおよびフッ化カルシウム(CaF_(2))を精錬剤として添加して、リン[P]などの不純物元素を除去するものである。・・・。
【0008】
前記した還元精錬方式では、フッ化カルシウム(CaF_(2))をフラックスとして使用し、溶融フッ化カルシウム層を形成させて、これに金属Caを溶解させた状態を形成させる。そして、金属Caと合金溶湯プール中の[P]とを反応させてCa_(3)P_(2)化合物とし、フッ化カルシウム浴中にCa_(3)P_(2)化合物を吸収させる。これにより、脱リン[P]を行わせている。この精錬反応では、金属Caを溶解できるCaF_(2)などの溶融フラックスを用いることが不可欠であることから、反応容器として、溶融CaF_(2)やCaと反応しない容器である水冷銅るつぼを用いる必要がある。すなわち、この還元精錬技術は、通常の耐火物るつぼ方式真空誘導溶解法には適用できない。したがって、実用化のためには、大型のコールドクルーシブル式誘導溶解装置での還元精錬技術を確立することが必要となる。」

(7-ウ)「【0015】
すなわち、本発明が解決しようとする課題は、水冷銅るつぼを用いるコールドクルーシブル式浮揚溶解装置の実験室規模試験において原理確認されている、リン[P]などの不純物元素の金属Caによる還元精錬技術などを、製品鋳塊重量が例えば10kg以上となる実用規模の精錬技術にまで発展させるための具体的な方法を明示することにある。」

(7-エ)「【0061】
合金溶湯プール6に添加された金属CaおよびCaハライド組成フラックスの融解は、合金溶湯プール6からの伝熱により始まる。これにより、溶融スラグ層7(Ca+フラックスの層)が形成されてゆき、スラグ中に溶解した金属Caの量が増加するに伴って、次のような脱リン[P]反応および脱窒[N]反応が促進される。
2[P]+3(Ca)→(Ca_(3)P_(2))
2[N]+3(Ca)→(Ca_(3)N_(2))」

(8)甲第8号証
甲第8号証は、電気陰性度について記載されたフリー百科事典『ウィキペディア(wikipedia)』の写しであり、その第3頁下から第3行に「最終更新2016年6月16日(木)17:31(日時は個人設定で未設定ならばUTC)。」と記載されているから、本件特許に係る特許出願の出願日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった電子的記述情報ではないが、以下の事項が記載されている。

(8-ア)「ポーリングの電気陰性度(1932年)」の欄には、Al、Mg、P、Caの電気陰性度として、以下の値が明記されている。
Al:1.61
Mg:1.31
P :2.19
Ca:1.00」

6 申立理由1について
(1)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲1発明とを対比する。

イ 甲1発明のベースAl合金は、Mg、Si、Fe、Cu、Mn、Tiの組成が、本件特許発明1のこれらの元素の組成範囲に含まれる。また、甲1発明のCaの添加量は、本件特許発明1のCaの添加量の範囲に含まれる。さらに、甲1発明は、Caの添加時期について特定されていないが、技術常識からみて、溶融状態のベースAl合金に対して、すなわち、鋳型に注入するまでにCaを添加することは明らかである。

ウ 甲1発明のベースAl合金は、Zn、Cr、Zrの含有量が特定されていないが、これらの元素は含有されていないか、含有されていても不可避不純物としての含有量であるから、本件特許発明1のこれらの元素の組成範囲に含まれると認められる。

エ また、甲1発明のベースAl合金は、Mgを1.100質量%含有するから、本件特許発明1の「アルミニウム-マグネシウム合金」に相当する。

オ してみると、両者は、「Mgを1.100質量%含有するとともに、Si:0.1質量%、Fe:0.30質量%、Cu:0.005質量%、Mn:1.100質量%、Ti:0.02質量%、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウムーマグネシウム合金に、
前記アルミニウム-マグネシウム合金を鋳型に注入するまでにおいて0.0055質量%のCaを添加する
アルミニウム-マグネシウム合金の製造方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1:Caを添加する前のアルミニウム-マグネシウム合金について、本件特許発明1が「Pを不可避的不純物の1つとして0.001質量%以上0.01質量%以下含有」するのに対して、甲1発明は、Pの含有量が特定されていない点。
相違点2:Pの含有量に対するCaの添加量の比(Caの添加量/Pの含有量)について、本件特許発明1が「2/5以上とする」のに対して、甲1発明は、このことが特定されていない点。

カ これらの相違点について、相違点1から検討する。

キ 甲第4号証の上記(4-ウ)、(4-エ)には、缶材に使用される溶解原料に占める、缶材スクラップなどの比率は、地金に比して、年々増加してきており、基本成分元素以外に混入される不可避的な不純物元素が多くなってきており、これらの不可避的な不純物元素としては、Zr、Bi、Sn、Ga、V、Co、Ni、Ca、Mo、Be、Pb、Wなどであることが記載されている。してみると、甲第4号証の記載事項から、缶材に使用される溶解原料において、缶剤スクラップの比率が増加していること、及び、これに伴い不可避的な不純物元素が多くなってきているといえるが、甲第4号証には、スクラップにPが含有されており、これが不可避的な不純物となることについて記載も示唆もされていない。

ク 甲第5号証の上記(5-ア)、(5-イ)には、絞りしごき缶用樹脂被覆アルミニウム合金板において、アルミニウム合金板の製造時に発生するスクラップや、使用後のアルミニウム缶のスクラップを混合し、アルミニウムDI缶の缶胴材である3004合金、および蓋材である5182合金の合金成分、特にMnとMgの量を考慮し検討したことが記載されている。してみると、甲第5号証の記載事項から、缶用のアルミニウム合金板に、アルミニウム合金板の製造時に発生するスクラップや、使用後のアルミニウム缶のスクラップを使用するといえるが、甲第5号証には、スクラップにPが含有されており、これが不可避的な不純物となることについて記載も示唆もされていない。

ケ 甲第6号証の上記(6-ア)、(6-イ)の記載事項によれば、缶蓋用アルミニウム合金焼付塗装板において、Fe及びSiが通常アルミニウム地金や原料スクラップに含まれる不純物であるといえるが、甲第6号証には、原料スクラップに、スクラップにPが含有されており、これが不可避的な不純物となることについて記載も示唆もされていない。

コ また、他のいずれの文献にも、スクラップにPが含有されており、これが不可避的な不純物となることについて記載も示唆もされていない。

サ してみると、缶材に使用される溶解原料として、スクラップなどを用いること、及び、スクラップの利用により、不可避的な不純物元素が多くなってきていることは、本件特許に係る特許出願の出願日前に周知の事項であったと認められるが、いずれの文献にも、スクラップにPが含有されており、これが不可避的な不純物となることについて記載も示唆もされていない。

シ 一方、甲1発明のアルミニウムは、平板印刷用支持体に用いるものであり、缶材に用いるものではない。してみると、缶材に使用される溶解原料としてスクラップを用いることが周知であるとしても、甲1発明のアルミニウム原料としてスクラップを用いる動機付けがあるとはいえない。

ス 仮に、甲1発明において、スクラップを用いるという動機付けを得て、周知技術を適用したとしても、上記のとおり、スクラップにPが含有しており、これが不可避的な不純物となることは、いずれの文献にも記載も示唆もされていないから、甲1発明において、Pを不可避的不純物の1つとして0.001質量%以上0.01質量%以下含有するとはいえない。

セ してみると、甲1発明と、甲第1号証?甲第8号証の記載事項とに基づいて相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができない。

ソ したがって、相違点2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明と、甲第1号証?甲第8号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

タ なお、相違点1について、申立人は、特許異議申立書第18頁下から第3行?第20頁第3行において、本件特許明細書の記載を根拠として、「本件出願当初においては、原料としてアルミニウムスクラップを使用することにより、必然的にPが不可避的不純物として含有され、その含有量は0.001質量%(10ppm)以上0.01質量%(100ppm以下)となりうることを特許権利者自らが明らかにしている旨主張しているが、当該主張は、特許出願前に頒布された刊行物ではない本件特許明細書の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができると主張するものであるから、採用することができない。

チ また、申立人は、特許異議申立書第20頁第4行?第14行において、甲第4号証?甲第6号証の記載を根拠に、スクラップの利用が本件出願前から周知技術であるから、本件出願当初において、Al-Mg合金を製造するに当たって、原料としてアルミニウムスクラップを使用すること、及びそのために「Pを不可避的不純物の1つとして0.001質量%以上0.01質量%以下含有」することは、一種の周知技術あるいは技術常識であり、当業者がAl-Mg合金を製造する際にこの要件を実現させることに、何ら困難性はない旨主張しているが、上記サ及びスで検討したように、甲第4号証?甲第6号証の記載からは、スクラップの利用が本件出願前から周知技術であるといえるものの、そのために「Pを不可避的不純物の1つとして0.001質量%以上0.01質量%以下含有」されるとはいえないから、当該主張は採用することができない。

ツ してみると、これらの申立人の主張を踏まえても、本件特許発明1は、甲1発明と、甲第1号証?甲第8号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件特許発明2及び3について
ア 本件特許発明2及び3は、それぞれ本件特許発明1の全ての発明特定事項を含むものであるから、上記(1)において本件特許発明1について検討した理由と同様の理由により、甲1発明と、甲第1号証?甲第8号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

7 申立理由2について
(1)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲2発明とを対比する。

イ 甲2発明のAl-Mg系合金は、Mg、Si、Fe、Cu、Mnの組成が、本件特許発明1のこれらの元素の組成範囲に含まれる。また、甲2発明のCaの添加量は、本件特許発明1のCaの添加量の範囲に含まれる。さらに、甲2発明は溶湯にCaを添加するから、鋳型に注入するまでにCaを添加することは明らかである。

ウ 甲2発明のAl-Mg系合金は、Ti、Zn、Cr、Zrの含有量が特定されていないが、これらの元素は含有されていないか、含有されていても不可避不純物としての含有量であるから、本件特許発明1のこれらの元素の組成範囲に含まれると認められる。

エ してみると、本件特許発明1と甲2発明とを対比すると、両者は、「Mgを3.45質量%含有するとともに、Si:0.03質量%、Fe:0.05質量%、Cu:0.01質量%以下、Mn:0.01質量%以下、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウムーマグネシウム合金に、
前記アルミニウム-マグネシウム合金を鋳型に注入するまでにおいて0.0056?0.1質量%のCaを添加する
アルミニウム-マグネシウム合金の製造方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点2-1:Caを添加する前のアルミニウム-マグネシウム合金について、本件特許発明1が「Pを不可避的不純物の1つとして0.001質量%以上0.01質量%以下含有」するのに対して、甲2発明は、Pの含有量が特定されていない点。
相違点2-2:Pの含有量に対するCaの添加量の比(Caの添加量/Pの含有量)について、本件特許発明1が「2/5以上とする」のに対して、甲2発明は、このことが特定されていない点。

オ これらの相違点について検討すると、相違点2-1は、前記6(1)で検討した相違点1と同様の相違点であるから、同様の理由により、甲2発明において、相違点2-1に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができない。

カ したがって、相違点2-2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2発明と、甲第1号証?甲第8号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

キ なお、相違点2-1について、申立人は、平成28年11月22日付け意見書の第4頁第15行?第5頁第22行において、JIS H4000:2006を参考資料1として提示し、Mgを含有する5000系のAl合金は、化学成分について、多くのものがMgのみを必須含有元素とし、その他は、上限だけを規定した任意元素のものが多いから、実質的に本件特許発明1の要件(A)及び(B)のアルミニウム-マグネシウム合金と同じと言えると主張し、これらの規定において、不純物として個々の元素としては0.05%以下の範囲で許容されることが示されているから、JISに記載されているような一般的なAl-Mg合金を製造するに当たって、不純物として許容される上限値0.05%の1/50である0.001%程度或いはそれ以上の極微量のPが不可避不純物として含有されることは、従来から当然予定されていることと言えると主張し、原料としてアルミニウムスクラップを使用することは周知であり、それによって含有されるP量は、JISに規定された不可避不純物として十分に許容される範囲である旨主張し、本件特許発明1における、不可避的不純物としてPを0.001質量%(10ppm)以上0.01質量%(100ppm)以下の範囲とする要件は、一般的なAl-Mg合金を製造するに当たって、アルミニウムスクラップを原料として使用するという要件と実質的に同義である旨主張している。
この主張について、参考資料1には、その表2に記載される「その他の化学成分」としてPが含まれることは記載されていないから、参考資料1のAl合金が「Pを不可避的不純物の1つとして0.001質量%以上0.01質量%以下含有」する本件特許発明1のアルミニウム-マグネシウム合金と同じとはいえず、極微量のPが不可避不純物として含有されることが従来から予定されているともいえない。さらに、上記6(1)で検討したとおり、甲第1号証?甲第8号証のいずれの文献をみてもスクラップにPが含有しており、これが不可避的な不純物となるといえないから、アルミニウムスクラップを原料として使用するという要件と不可避的不純物としてPを0.001質量%(10ppm)以上0.01質量%(100ppm)以下の範囲とする要件とが実質的に同義ともいえない。
してみると、この主張を採用することができない。

ク してみると、申立人の主張を踏まえても、本件特許発明1は、甲2発明と、甲第1号証?甲第8号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件特許発明2及び3について
ア 本件特許発明2及び3は、本件特許発明1の全ての発明特定事項を含むものであるから、上記(1)において本件特許発明1について検討したものと同様の理由により、甲1発明と、甲第1号証?甲第8号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、本件請求項1?3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1?3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
アルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法に係り、特に、Pを不可避的不純物として含有する原料から製造するアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム溶湯は、大気に曝されると容易に酸化して多量の酸化物等の介在物を形成させる。この介在物としては、Al_(2)O_(3)、MgO、MgAl_(2)O_(4)、SiO_(2)、珪酸塩、Al・Si・O、FeO、Fe_(2)O_(3)などの酸化物の他に、炭化物(Al_(4)C_(3)、Al_(4)O_(4)C、黒鉛炭素)、ボライド(AlB_(2)、AlB_(12)、TiB_(2)、VB_(2))、Al_(3)Ti、Al_(3)Zr、CaSO_(4)、AlN及び各種のハロゲン化物がある。
【0003】
一方、アルミニウム-マグネシウム合金(以下、適宜、Al-Mg合金という)溶湯は、Mgの酸化物生成自由エネルギーがAlよりも小さいため、Mgが優先的に酸化され、MgO(マグネシア)、Al_(2)O_(3)-MgO(スピネル)を形成させると考えられている。そして、前記酸化物はAl-Mg合金溶湯(以下、適宜、溶湯という)との濡れ性が高いため、溶湯中に沈降又は浮遊する介在物として存在することとなる。
【0004】
これらの介在物が溶湯中に存在すると、最終的に非金属介在物となって、展伸材、鍛造品、ダイカスト品などの製品の品質低下を招いてしまう。
したがって、溶解炉、保持炉等による各製造段階において溶湯から介在物を分離除去するために、ガスやフラックスによる炉内溶湯処理、フィルター濾過や回転ノズル処理といったインライン処理等が行われている。
しかし、前記処理後に処理槽から溶湯を鋳造鋳型に移す工程、及び鋳造鋳型により鋳造を行う工程では、溶湯が大気に曝されるため、溶湯表面において酸化物が生成してしまう。
【0005】
そこで、Al-Mg合金におけるMgの溶湯酸化を抑制するため、一般的にBe(ベリリウム)を数ppm添加する処理が行われている。そして、この処理を行うことで、MgO、Al_(2)O_(3)-MgOの生成が抑制されることが確認されている(非特許文献1)。
【0006】
しかしながら、作業者が前記Beを微粉末やヒュームとして継続的に吸引し続けると、慢性呼吸機能障害を引き起こす原因となる恐れがある。そのため、作業者の安全や作業環境の向上のため、Beの添加を抑制する必要があった。
【0007】
また、近年の省エネルギー化・環境負荷軽減の観点から、リサイクルへの意識が高まっており、アルミニウムスクラップを含有することで所定量のPを含む原料から製造されたAl-Mg合金が使用されている。したがって、このような所定量のPを含む原料を用いた場合であっても、溶湯酸化を抑制できる技術の創出が望まれている。
【0008】
そこで、特許文献1には、Al-Mg合金において、Beを添加しなくてもMgの溶湯酸化を抑制できる方法が提案されている。詳細には、Al-Mg合金中におけるBi(ビスマス)の含有量を30ppm(0.003質量%)以下とすることによって、溶湯面におけるBiの存在を少なくしてBiによるMgに対する酸素の供給を防止するとともに、溶湯面を酸素の拡散速度の遅いAlやMgの酸化膜によって覆うことで、溶湯中におけるMgOの形成を抑制するという方法である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】 軽金属、No.21(1956)第68頁
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】 特開2008-260975号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、工業的によく使用されるAl、Mg新塊や再生アルミニウムの原料となるアルミニウムスクラップにはそもそも不純物としてBiは含まれておらず、従来から使用されている原料により製造されたAl-Mg合金のBi含有量は30ppm(0.003質量%)以下となっていた。つまり、Al-Mg合金のBiの含有量を30ppm以下と規定したとしても、従来のAl-Mg合金とは何ら違いがなかった。
また、詳細な結果については後記するが、Al-Mg合金に含まれるBiの含有量を30ppm以下に抑制したとしても、溶湯酸化により介在物が多数形成される場合があった。
したがって、特許文献1に記載された従来技術では、溶湯酸化を十分には抑制できていないのが現状である。
【0012】
本発明は、前記の問題に鑑みてなされたものであり、その課題は、Beを添加しなくても溶湯酸化を抑制することが可能なアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するため、本発明の発明者らは、従来、Al-Mg合金溶湯では、Mgの酸化物生成自由エネルギーがAlよりも小さいため、Mgが優先的に酸化され、MgO、Al_(2)O_(3)-MgOを形成させると考えられていたことに関し、以下のような検討を行った。
すなわち、本発明の発明者らは溶湯酸化のメカニズムについて鋭意検討した結果、Al-Mg合金溶湯中のP(リン)の存在が溶湯酸化に大きな影響を与えることを見出した。詳細には、Al-Mg合金溶湯中に所定量を超えるPが存在すると、当該PはMgと化合物(以下、適宜、P化Mgという)を形成するとともに溶湯内を浮上し、大気雰囲気にて酸化することでMgとPの複合酸化物(以下、適宜、Mg-P酸化物という)を形成させることがわかった。一方、Al-Mg合金溶湯中のPが所定量以下であると、Mg-P酸化物がほとんど形成されず、溶湯酸化を抑制できることがわかった。
また、前記Mg-P酸化物は溶湯との濡れ性が高いため、溶湯中に沈降又は浮遊する介在物として存在してしまうこともわかった。これは、MgとPの化合物が、AlとPの化合物よりも酸化物生成自由エネルギーが低く安定に溶湯中で存在し得るとともに、MgとPの化合物がAl溶湯よりも比重が小さく浮上するためである。
【0014】
なお、Al-Mg合金溶湯中のPの存在に着目し、溶湯からのP(P化合物)の除去を試みる技術は存在する。
例えば、特定温度下で溶湯を濾過してAl-P化合物を濾過する方法(特開平4-276031号公報)や、溶湯中にMgOと共に酸素を吹き込んでP酸化物或いはMg-P酸化物を生成させてこれを分離する方法(特開平7-207366号公報)が提案されている。しかし、何れもアルミニウムロスが大きく経済的でないだけでなく、濾過に時間が掛かりすぎるため実用化には適用不可能である。
また、溶湯にMg等を添加して、塩素ガス或いは塩化物を吹き込みPとMgとの化合物を浮上させて除去する方法(特許第3524519号公報)も提案されているが、当該方法もマグネシウムロスが大きく経済的でないだけでなく、塩素使用量が増加するため実用化への適用は難しい。
以上の事項に鑑み、本発明を創出した。
【0015】
すなわち、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法は、Mgを0.8?5.5質量%含有するとともに、Pを不可避的不純物の1つとして0.001質量%以上0.01質量%以下含有し、Si:0.6質量%以下、Fe:0.8質量%以下、Cu:0.25質量%以下、Mn:1.5質量%以下、Zn:0.30質量%以下、Cr:0.1質量%以下、Ti:0.1質量%以下、Zr:0.01質量%以下、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム-マグネシウム合金に、前記アルミニウム-マグネシウム合金を鋳型に注入するまでにおいて0.002質量%以上0.1質量%以下のCaのみを添加し、前記Pの含有量に対する前記Caの添加量の比(前記Caの添加量/前記Pの含有量)を2/5以上とすることを特徴とする。
【0016】
このように、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金は、Pを含有していても、Caを所定量添加していることから、Pは優先的にCaと結合し(P化Caを形成し)、Mgと結合する割合が減少する。その結果、P化Mgの発生を抑制することができ、最終的には、Mg-P酸化物(介在物)の発生の抑制に繋がる。つまり、溶湯においてMg-P酸化物がほとんど形成されず、溶湯酸化を抑制することができる。
また、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金は、Caを添加させているだけであるため、別途、濾過等の工程も必要とせず、また、アルミニウムやマグネシウムロス等の問題も存在しないことから、実用化にも適している。
【0017】
また、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板(缶胴用)の製造方法は、前記合金からなるアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法であって、前記Mgの含有量が0.8?2.1質量%であることを特徴とする。
【0018】
このように、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板(缶胴用)は、Pを含有していても、前記合金からなることにより、Pは優先的にCaと結合し、Mg-P酸化物(介在物)の発生を抑制することができる。
【0019】
また、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板(缶蓋用)の製造方法は、前記合金からなるアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法であって、前記Mgの含有量が4.0?5.5質量%であることを特徴とする。
【0020】
このように、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板(缶蓋用)は、Pを含有していても、前記合金からなることにより、Pは優先的にCaと結合し、Mg-P酸化物(介在物)の発生を抑制することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法によれば、溶湯においてMg-P酸化物がほとんど形成されず、溶湯酸化を抑制することができる。その結果、介在物がほとんど形成しない高品質のアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施例に係るアルミニウム-マグネシウム合金板の730℃大気雰囲気で1時間保持後に冷却した凝固試料の溶湯表面の走査型電子顕微鏡による観察結果である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金およびその合金板を実施するための形態について、詳細に説明する。
【0024】
[アルミニウム-マグネシウム合金]
本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金は、所定量のMgを含有するとともに、Pを不可避的不純物の1つとして含有するアルミニウム-マグネシウム合金に、0.002質量%以上のCaを添加したものであることを特徴とする。
以下に、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金に含まれる各合金成分を規定した理由について説明する。
【0025】
(Mg:0.8?5.5質量%)
Mgは、最終板製品或いは最終押出製品に高い強度及び耐力を付与するために必須の元素である。
Mgの含有量が0.8質量%未満では、最終板製品或いは最終押出製品を製造した場合に十分な強度及び耐力を得られない。一方、Mgの含有量が5.5質量%を超えると、熱間圧延時に割れが発生し易くなるため、製品加工に適さなくなる。
また、Mgの含有量を0.8?5.5質量%と規定することにより、本発明に係るAl-Mg合金を缶胴用または缶蓋用のAl-Mg合金板に問題なく適用することができる。
したがって、Mgの含有量は0.8?5.5質量%とする。
【0026】
(P:不可避的不純物)
Pは、不純物元素である。
Pの含有量が所定量以上であると前記のように、Mg-P酸化物の形成が促進してしまい、最終板製品或いは最終押出製品の品質を劣化させてしまう。
詳細には、Pの含有量が、0.001質量%以上であると、Mg-P酸化物(介在物)が多数発生することにより、最終板製品或いは最終押出製品に、割れ、巣等を発生させる可能性が高い。言い換えると、Pを含有するAl-Mg合金の中でも、特に、Pの含有量が0.001質量%以上のAl-Mg合金について、Pを除去(Pを減少)する必要がある。
したがって、本発明は、Pの含有量が0.001質量%以上のAl-Mg合金に対して適用するのが好ましく、顕著な効果を発揮することとなる。
【0027】
なお、市中屑や返り材などのアルミニウムスクラップには、通常、Pが0.0005?0.01質量%(5?100ppm)、またはそれ以上含有されている。よって、Al-Mg合金に前記アルミニウムスクラップの添加量が多いと必然的にP含有量が0.001質量%(10ppm)以上となる。
したがって、本発明は、アルミニウムスクラップを使用したAl-Mg合金に対して、適用するのが好ましく、特に効果を発揮する。
なお、Pの含有量の上限値については特に限定されないが、通常、アルミニウムスクラップ(缶蓋)100%で構成されるAl-Mg合金であっても、Pの含有量は100ppmとなることから100ppm以下である。また、Pが100ppm以下であれば、本発明で対応することができる。
【0028】
(Ca:0.002質量%以上)
Caは、Al-Mg合金(溶湯)中において、Pと結合し、P化Caを形成する元素である。
CaをAl-Mg合金に0.002質量%以上添加することにより、CaがPと優先的に結合し(P化Caを形成し)、MgとPとが結合する割合を減少させ、Mg-P酸化物の発生を抑制することができる。その結果、最終板製品或いは最終押出製品の品質の劣化を防止することができる。一方、Caの添加量が0.002質量%未満であると、前記効果を十分に発揮することができない。
したがって、Caの添加量は0.002質量%以上とする。
【0029】
なお、Caの添加量の上限については、特に限定しないが、熱間圧延時に耳割れが発生する場合があるため、0.1質量%以下であることが好ましい。
【0030】
(アルミニウム及びマグネシウムの含有量の合計:90質量%以上)
アルミニウム及びマグネシウムの含有量の合計が90質量%以上であると、規定していない他の元素の含有量を少なくすることができる。よって、他の元素による影響を受けにくくなるため、溶湯酸化の抑制の効果を適切に発揮することができる。一方、アルミニウム及びマグネシウムの含有量の合計が90質量%未満であると、Mg以外の他の元素を多量に含有することなり、他の元素の影響も大きくなるため、溶湯酸化の抑制の効果が低減してしまう。
したがって、アルミニウム及びマグネシウムの含有量の合計は90質量%以上であることが好ましい。
【0031】
(その他の成分)
アルミニウム-マグネシウム合金は、前記成分の他、用途に応じて、Si、Fe、Cu、Mn、Zn等を含有するとともに、残部としてAlおよび不可避的不純物を含有する。なお、このようなその他の成分は、単体での含有量が5質量%を超えないことが好ましい。
【0032】
[アルミニウム-マグネシウム合金の製造方法]
本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金は、所定のMgと不可避的不純物であるPを含有した合金(原材料)を、溶解して溶湯とし、その後、脱ガス処理、介在物除去処理等といった溶湯処理を施し、鋳型に注入することとなる。そして、Caは、前記合金(原材料)を鋳型に注入するまでの、どの工程において添加されてもよい。
【0033】
次に、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金からなる合金板について説明する。
[缶胴用のアルミニウム-マグネシウム合金板]
従来、アルミニウムスクラップを含有した原料から製造されたAl-Mg合金を缶胴用板材(キャンボディ材)に適用すると、所定量以上のPが存在することにより溶湯中に介在物(Mg-P酸化物)が多数発生し、最終的には、この介在物がしごき加工時のティアオフ(缶胴割れ)や巻締部での割れを生じさせてしまうという問題があった。
この問題に対して、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板は、以下に示すように対処することができる。
【0034】
すなわち、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板(缶胴用)によれば、Caが添加されていることにより、PはCaと優先的に結合し、Mgと結合する割合が減少する。したがって、P化Mgの発生を抑制することができ、最終的には、Mg-P酸化物(介在物)の発生を抑制することができる。その結果、しごき加工時のティアオフ(缶胴割れ)や巻締部での割れの問題を回避することができる。
【0035】
本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板(缶胴用)は、Mgを0.8?2.1質量%含有するとともに、Pを不可避的不純物の1つとして含有するAl-Mg合金に、0.002質量%以上のCaを添加したAl-Mg合金からなるAl-Mg合金板である。
なお、Caの含有量の数値限定した理由は前記のとおりである。
【0036】
(Mg:0.8?2.1質量%:缶胴用のAl-Mg合金板)
Mgの含有量が0.8質量%未満であると缶強度が不足し、Mgの含有量が2.1質量%を超えると、加工硬化が大きすぎ、しごき成形時の割れや、ネック成形時のシワ、スジ等の発生率が高く、加工性に劣り、実用に適さない。
したがって、Mgの含有量は0.8?2.1質量%とする。
【0037】
その他の成分については特に限定されないが、前記成分以外の成分は、JIS H4000に規定される合金番号3104、3004のような組成であればよい。例えば、Si:0.1?0.6質量%、Fe:0.1?0.8質量%、Cu:0.05?0.25質量%、Mn:0.2?1.5質量%、Zn:0.30質量%以下、Cr:0.1質量%以下、Ti:0.1質量%以下、Zr:0.01質量%以下、残部がAlおよび不可避的不純物から構成されていればよい。ここで、不可避的不純物としては、B、V等である。
なお、Al-Mg合金板(缶胴用)を製造する際の製造方法については、特に限定されず、従来公知の方法を用いればよい。
例えば、所定の合金を溶解し、そこに前記所定量のCaを添加し、DC鋳造法を用いて鋳塊(合金)を作製した後、この鋳塊に、均熱処理、熱間圧延(粗圧延、仕上げ圧延)を施し、さらに、この熱間圧延板に冷間圧延を施して、Al-Mg合金板(缶胴用)とするといった方法である。
【0038】
[缶蓋用のアルミニウム-マグネシウム合金板]
従来、アルミニウムスクラップを含有した原料から製造されたAl-Mg合金を缶蓋用板材(キャンエンド材)に適用すると、所定量以上のPが存在することにより溶湯中に介在物(Mg-P酸化物)が多数発生し、最終的には、開口部として設けられた蓋のスコア部で溝加工時に亀裂が発生し容物の漏れを起こす問題があった。
この問題に対して、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板は、以下に示すように対処することができる。
【0039】
すなわち、本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板(缶蓋用)によれば、Caが添加されていることにより、PはCaと優先的に結合し、Mgと結合する割合が減少する。したがって、P化Mgの発生を抑制することができ、最終的には、Mg-P酸化物(介在物)の発生を抑制することができる。その結果、前記のようなスコア破裂の問題を回避することができる。
【0040】
本発明に係るアルミニウム-マグネシウム合金板(缶蓋用)は、Mgを4.0?5.5質量%含有するとともに、Pを不可避的不純物の1つとして含有するAl-Mg合金に、0.002質量%以上のCaを添加したAl-Mg合金からなるAl-Mg合金板である。
なお、Caの含有量の数値限定した理由は前記のとおりである。
【0041】
(Mg:4.0?5.5質量%:缶蓋用のAl-Mg合金板)
Mgの含有量が4.0質量%未満であると缶強度が不足し、Mgの含有量が5.5質量%を超えると、鋳塊割れ、熱間圧延時の割れを引き起こし易くなる。
したがって、Mgの含有量は4.0?5.5質量%とする。
【0042】
その他の成分については特に限定されないが、前記成分以外の成分は、JIS H4000に規定される合金番号5182のような組成であればよい。例えば、Si:0.2質量%以下、Fe:0.35質量%以下、Cu:0.15質量%以下、Mn:0.2?0.5質量%、Zn:0.25質量%以下、Cr:0.1質量%以下、Ti:0.1質量%以下、Zr:0.01質量%以下、残部がAlおよび不可避的不純物から構成されていればよい。ここで、不可避的不純物としては、B、V等である。
なお、Al-Mg合金板(缶蓋用)を製造する際の製造方法については、特に限定されず、従来公知の方法を用いればよい。
例えば、所定の合金を溶解し、そこに前記所定量のCaを添加し、DC鋳造法を用いて鋳塊(合金)を作製した後、この鋳塊に、均熱処理、熱間圧延、中間焼鈍工程を含む冷間圧延を施して、Al-Mg合金板(缶蓋用)とするといった方法である。
【実施例】
【0043】
次に、アルミニウム-マグネシウム合金およびその合金板について、本発明の要件を満たす実施例と本発明の要件を満たさない比較例とを比較して具体的に説明する。
[試料]
試料として、缶胴用板材に適用するAl-Mg合金を想定した試料A(Mg:0.8?2.1質量%)、缶蓋用板材に適用するAl-Mg合金を想定した試料B(Mg:4.0?5.5質量%)を用意した。そして、それぞれの試料に対して所定量のP、Caを添加してアルミニウム-マグネシウム合金を鋳込んだ。
【0044】
[試験方法]
所定量のP、Caを添加した後であって、前記アルミニウム-マグネシウム合金溶湯(試料)を鋳込む直前に樋から柄杓で採取した溶湯を約45mmφ×約30mm高さの鋳型に鋳込み冷却することでサンプル用の鋳片を作製し、その鋳片の鋳肌を旋盤等で切削して平滑化した表面に対しグロー放電質量分析法を用いP等の定量分析を行った。なお、厚板用板材および成形加工用板材(製品板)に対しグロー放電質量分析法を用いて定量分析を行ったが同じ値を示した。
【0045】
表1、2は、前記試験方法でグロー放電質量分析法を用いて定量分析を行った結果である。また、Bi含有量、Be含有量についても同様の方法により求めたが、全ての試料のBi含有量、Be含有量はいずれも0質量%(0ppm)であった。
【0046】
所定量のP、Caを添加した後の試料を50g溶解した後、溶解までに生成した溶湯面の酸化物を除去した。その後、730℃の大気雰囲気で1時間保持後に冷却し、溶湯面に生成した酸化物数及び平均酸化物サイズ(円相当径)を調べた。なお、酸化物数と平均酸化物サイズの測定は、走査型電子顕微鏡(SEM)にて、倍率350倍で20視野(合計2.4mm^(2))観察し、平均値を求めるという方法で行った。
【0047】
詳細な試料の組成、および試験結果を表1、2に示す。なお、表1、2において、本発明の構成を満たさないものについては、数値に下線を引いて示す。そして、走査型電子顕微鏡(SEM)観察の結果の一例を図1に示す。
また、図1の走査型電子顕微鏡(SEM)観察の結果における「SEM低倍」の結果は、350倍、「SEM高倍」の結果は、2000倍で観察した結果である。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
[結果の検討]
表1、2の結果に基づき、実施例に係る合金と比較例に係る合金との結果を比較すると、Caの添加量が本願の規定する値以上とした実施例に係る合金板は、溶湯面の酸化物数が10個/mm^(2)以下となるとともに、溶湯面の平均酸化物サイズ(μm)が10μm以下となった。
一方、Caの添加量が本発明の規定する値未満であった比較例に係る合金板は、溶湯面の酸化物数(個/mm^(2))が10個/mm^(2)を大きく超え20倍以上となるものが多かった。そして、溶湯面の平均酸化物サイズ(μm)も、10μmのものもあったが、25μmとなるものもあった。
【0051】
なお、走査型電子顕微鏡(SEM)に付属のエネルギー分散形X線分析装置(EDX)で、酸化物の同定を行った。比較例に係る合金の溶湯面に生成した酸化物をEDXにより測定したところ、形成された酸化物の成分はMg、P、Oであり、MgとPの複合酸化物であった。また、試料底部の断面をSEMにより観察した結果、前記MgとPの複合酸化物が観察されたことから、溶湯面の酸化物は溶湯中に沈降又は浮遊する介在物として存在していることがわかった。
【0052】
図1の走査型電子顕微鏡観察の結果から、Caを0.003質量%添加したもの(実施例2-1)については、Mg-P酸化物(介在物)の存在をほとんど確認できなかった。一方、Caを0.001質量%添加したもの(比較例2-4)については、表面に存在するMg-P酸化物(介在物)の数は多く、サイズも比較的大きいことがわかった。
【0053】
以上より、Caを所定量以上添加することで、Beを添加しなくてもMgの溶湯酸化を抑制し、高品質なAl-Mg合金を製造することができることがわかった。
【0054】
(缶胴用板材:結果)
表1に記載の合金を、溶解し、DC鋳造法を用いて厚さ600mmの鋳塊を作製した。この鋳塊に、500℃の均熱処理温度で4時間保持することにより均質化してから、冷却することなく連続して、熱間圧延(粗圧延、仕上げ圧延)を施して熱間圧延板とした。さらに、この熱間圧延板に冷間圧延を施して、板厚0.30mmのアルミニウム合金板とした。
得られたアルミニウム合金板に、アルカリ洗浄及びリン酸クロメート処理を施し、両面に厚さ16μmの樹脂フィルムをラミネートした。このフィルムラミネートを施されたアルミニウム合金板を、カッピング、DI成形(しごき加工率65?70%)し、開口部をトリミングして、外径約66mm、高さ(缶軸方向長)124mm、フィルムを含まない側壁厚さ0.1mm近傍の有底筒形状とした。そして、開口部を縮径し(ネッキング)、開口部の縁を外側に拡げて(フランジング)、別工程で作製された缶蓋を開口部に巻き締めアルミ缶を製造した。
【0055】
前記方法によりアルミ缶を10000個製造した。DI成形時に発生した割れ発生数が、0?3個の場合はDI成形性が「良好」、4個以上の場合は「割れ発生」(不良)と判断した。
フランジ成形時に発生した割れの発生数が、0?3個の場合はフランジ成形性が「良好」、4個以上の場合は「割れ発生」(不良)と判断した。
そして、巻き締め時に発生した割れの発生数が、0?3個の場合は巻き締め成形性が「良好」、4個以上の場合は「割れ発生」(不良)と判断した。
【0056】
表1に記載の実施例1-1?1-4に係る合金をキャンボディ材に適用したところ、DI成形性、フランジ成形性、および巻き締め成形性が良好なキャンボディ材を製造することができた。
一方、表1に記載の比較例1-5?1-7に係る合金をキャンボディ材に適用したところ、しごき加工時において缶胴割れとピンホールが発生し、フランジ割れ・巻き締め割れも発生した。
【0057】
(缶蓋用板材:結果)
表2に記載の合金を、溶解し、DC鋳造法を用いて厚さ500mmの鋳塊(スラブ)に鋳造し、鋳塊を均質化処理(510℃×4hr)し、熱間圧延を施して3.00mmの板厚とした後、中間焼鈍工程を含む冷間圧延を施し、0.26mmの製品板厚とした。
その後リン酸クロメート処理を施し、エポキシ系塗料を塗布して焼付けを行なった後、キャンエンド加工を行ない、204径(外径:2+4/16インチ)用の蓋を50枚形成した。
【0058】
スコア部の亀裂発生の有無を確認するため、前記缶蓋を供試体として、耐圧試験機(株式会社テクノネット製「WBT-500」)にセッティングし、水圧により49kPa/秒の速度で缶内圧を上昇させ、バックリングさせたとき、スコア破断による液漏れが発生しなかった場合は「スコア部亀裂なし」と判断した。そして、スコア破断による液漏れが1枚以上ある場合を「スコア部亀裂あり」と評価した。
【0059】
表2に記載の実施例2-1?2-3に係る合金のスコア部の亀裂発生を前記試験により評価したところ、スコア破断による液漏れが発生することなく良好なキャンエンド材を製造することができた。
一方、表2に記載の比較例2-4、2-5に係る合金のスコア部の亀裂発生を前記試験により評価したところ、スコア破断による液漏れが発生した。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mgを0.8?5.5質量%含有するとともに、Pを不可避的不純物の1つとして0.001質量%以上0.01質量%以下含有し、
Si:0.6質量%以下、Fe:0.8質量%以下、Cu:0.25質量%以下、Mn:1.5質量%以下、Zn:0.30質量%以下、Cr:0.1質量%以下、Ti:0.1質量%以下、Zr:0.01質量%以下、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム-マグネシウム合金に、
前記アルミニウム-マグネシウム合金を鋳型に注入するまでにおいて0.002質量%以上0.1質量%以下のCaのみを添加し、
前記Pの含有量に対する前記Caの添加量の比(前記Caの添加量/前記Pの含有量)を2/5以上とすることを特徴とするアルミニウム-マグネシウム合金の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の前記合金からなるアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法であって、
前記Mgの含有量が0.8?2.1質量%であることを特徴とする缶胴用のアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の前記合金からなるアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法であって、
前記Mgの含有量が4.0?5.5質量%であることを特徴とする缶蓋用のアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-01-10 
出願番号 特願2011-256459(P2011-256459)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C22C)
P 1 651・ 121- YAA (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 佐藤 陽一  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 富永 泰規
鈴木 正紀
登録日 2015-11-27 
登録番号 特許第5845068号(P5845068)
権利者 株式会社神戸製鋼所
発明の名称 アルミニウム-マグネシウム合金の製造方法およびアルミニウム-マグネシウム合金板の製造方法  
代理人 特許業務法人磯野国際特許商標事務所  
代理人 特許業務法人磯野国際特許商標事務所  

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