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審決分類 審判 一部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  H03H
審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H03H
審判 一部申し立て 判示事項別分類コード:857  H03H
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  H03H
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H03H
審判 一部申し立て 2項進歩性  H03H
管理番号 1325855
異議申立番号 異議2016-700417  
総通号数 208 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-04-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-05-12 
確定日 2017-02-01 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5815329号発明「弾性波デバイス」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5815329号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項3、4、6、7、8、9について訂正することを認める。 特許第5815329号の請求項3、4、6、7、8、9に係る特許を維持する。 
理由
第1.手続の経緯

特許第5815329号の請求項3、4、6、7、8及び9に係る特許についての出願は、平成23年8月22日に特許出願され、平成27年10月2日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、特許異議申立人尾田久敏及び特許異議申立人河原田隆により特許異議の申立てがされ、平成28年7月27日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である平成28年9月7日に意見書の提出及び訂正の請求があり、その訂正の請求に対して特許異議申立人河原田隆から平成28年12月2日付けで意見書が提出されたものである。


第2.訂正の適否についての判断

1.訂正の内容

本件訂正の請求(以下単に「本件訂正請求」という。)による訂正の内容は以下のとおりである。

ア 特許請求の範囲の請求項3に「前記圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、を具備することを特徴とする弾性波デバイス」とあるのを「前記圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、を具備する共振子を備えることを特徴とする弾性波デバイス」と訂正する。

イ 特許請求の範囲の請求項4に「前記圧電膜は無添加の窒化アルミニウムからなり、前記圧電膜の残留応力は引張応力であることを特徴とする請求項3記載の弾性波デバイス」とあるのを「基板と、前記基板上に設けられた下部電極と、前記下部電極上に設けられ、c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウムからなる圧電膜と、前記圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、を具備し、前記圧電膜は無添加の窒化アルミニウムからなり、前記圧電膜の残留応力は引張応力であることを特徴とする弾性波デバイス」と訂正する。

ウ 特許請求の範囲の請求項6に「前記圧電膜には温度補償膜が挿入されていることを特徴とする請求項1から5いずれか一項記載の弾性波デバイス」とあるのを「前記圧電膜には温度補償膜が挿入されていることを特徴とする請求項1、2、4および5のいずれか一項記載の弾性波デバイス」と訂正する。

エ 特許請求の範囲の請求項6に「前記圧電膜には温度補償膜が挿入されていることを特徴とする請求項1から5いずれか一項記載の弾性波デバイス」とあるうち、請求項3の記載を引用するものを、請求項3を引用しない請求項とし、「基板と、前記基板上に設けられた下部電極と、前記下部電極上に設けられ、c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウムからなる圧電膜と、前記圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、を具備し、前記圧電膜には温度補償膜が挿入されていることを特徴とする弾性波デバイス。」と、特許請求の範囲の請求項6の一部を新たに請求項8とする。

オ 特許請求の範囲の請求項7に「前記温度補償膜は酸化シリコンを含むことを特徴とする請求項6記載の弾性波デバイス」とあるうち、請求項6の一部を分離した請求項8を引用する請求項とし、「前記温度補償膜は酸化シリコンを含むことを特徴とする請求項8記載の弾性波デバイス。」と、特許請求の範囲の請求項7の一部を新たに請求項9とする。

2.訂正の目的の適否、一群の請求項、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否

上記「ア」の訂正事項について

「弾性波デバイス」が具備する、「基板」と、「下部電極」と、「圧電膜」と、「上部電極」が、「弾性波デバイス」の構成要素である「共振子」が備えるものであることを明らかにすることで、「弾性波デバイス」の構成を限定するものであるから、該訂正事項は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し、また実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。
また、特許明細書の【0052】に「実施例1又は実施例2は、共振子を備えるフィルタ及びデュプレクサ、並びにフィルタ及びデュプレクサ等を含むモジュール等の弾性波デバイスにも適用可能である。」と記載され、【0002】に「圧電薄膜共振子はBAWを利用するデバイスであり、FBAR(Film Bulk Acoustic Resonator)、SMR(Solidly Mounted Resonator)等のタイプがある。」と記載されるように、実施例1及び実施例2におけるFBARは、圧電薄膜共振子であるから、「共振子を備える弾性波デバイス」は、特許明細書に記載された事項である。

上記「イ」の訂正事項について

訂正前の請求項4の記載が、訂正前の請求項3の記載を引用する記載であったものを、請求項3の記載を引用しないものとすることを目的とするものである。
単なる記載の変更であるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。
また、特許明細書に記載された事項である。

上記「ウ」の訂正事項について

訂正前の請求項6の記載は、訂正前の請求項1から5いずれか一項の記載を引用する記載であったものを、請求項1、2、4、5いずれか一項の記載を引用する記載とするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
実質的な内容の変更を行うものでないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。
また、特許明細書に記載された事項である。

上記「エ」の訂正事項について

訂正前の請求項6の記載が、訂正前の請求項1から5いずれか一項の記載を引用する記載であったものを、請求項3の記載を引用する記載とするものとし、さらに請求項3の記載を引用しないものとしたものである。
実質的な内容の変更を行うものでないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。
また、特許明細書に記載された事項である。

上記「オ」の訂正事項について

訂正前の請求項7の記載が、訂正前の請求項1から5いずれか一項の記載を引用する請求項6を引用する記載であったものを、請求項3の記載を引用する請求項8を引用する記載とするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
実質的な内容の変更を行うものでないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。
また、特許明細書に記載された事項である。

そして、これら訂正は一群の請求項に対して請求されたものである。

3.小括

以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項第1号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第6項、及び、同条第9項において準用する同法第126条第5項から第7項までの規定に適合するので、請求項3、4、6、7、8及び9について訂正を認める。


第3.特許異議の申立てについて

1.本件特許発明

上記「第2.訂正の適否についての判断」のとおり、本件訂正請求による訂正は認められるものである。
本件訂正請求により訂正された請求項3、4、6、7、8及び9に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明3、4、6、7、8及び9」という。)は、その特許請求の範囲の請求項3、4、6、7、8及び9に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項3】
基板と、
前記基板上に設けられた下部電極と、
前記下部電極上に設けられ、c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウムからなる圧電膜と、
前記圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、を具備する共振子を備える ことを特徴とする弾性波デバイス。
【請求項4】
基板と、
前記基板上に設けられた下部電極と、
前記下部電極上に設けられ、c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウムからなる圧電膜と、
前記圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、を具備し、
前記圧電膜は無添加の窒化アルミニウムからなり、
前記圧電膜の残留応力は引張応力であることを特徴とする弾性波デバイス。」

「【請求項6】
前記圧電膜には温度補償膜が挿入されていることを特徴とする請求項1、2、4、5いずれか一項記載の弾性波デバイス。
【請求項7】
前記温度補償膜は酸化シリコンを含むことを特徴とする請求項6記載の弾性波デバイス。
【請求項8】
基板と、
前記基板上に設けられた下部電極と、
前記下部電極上に設けられ、c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウムからなる圧電膜と、
前記圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、を具備し、
前記圧電膜には温度補償膜が挿入されていることを特徴とする弾性波デバイス。
【請求項9】
前記温度補償膜は酸化シリコンを含むことを特徴とする請求項8記載の弾性波デバイス。」


2.取消理由の概要

訂正前の請求項3に係る特許に対して平成28年7月27日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

1.本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。

請求項3について、

特許第5815329号の請求項3に係る発明(以下「本件特許3」という。)は、その特許請求の範囲の請求項3に記載された事項により特定されるとおりのものである。

(1)甲3号証の記載

特許異議申立人河原田隆による甲第3号証である、国立研究開発法人 産業技術総合研究所「高い圧電性を示す複合窒化物圧電体薄膜を作製-高温環境下での振動・圧力センサーへの応用へ-」2008年11月21日掲載 URL:http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2008/pr20081121/pr20081121.html(下線は当審が付与。)には、下記の記載がある。

「研究の内容
耐熱性が高く、高い圧電性を示す圧電体を見出すために、一般的によく知られた複合酸化物の圧電体ではなく、これまで圧電体としてはほとんど研究されてこなかった複合窒化物の探索を行った。圧電性は低いが、高い耐熱性を示す窒化アルミニウム(AlN)にさまざまな元素を置換固溶させた薄膜を作製して、圧電性の向上を図った。複合窒化物は二元同時反応性スパッタリング法を用いて、アルミニウムと置換元素を同時にスパッタリングし、窒素と反応させることによって作製した。」

「複合窒化物の結晶構造を調べた結果、図3に示すように、Sc濃度が高くなるとともに結晶のa軸は長くなり、逆にc軸は短くなることがわかった。その他の弾性率の測定などから、この複合窒化物は、主に次の二つの要因によって圧電性が向上したものと考えられる。一つは、アルミニウムが電気陰性度の低いScに置換されることによって、電子の偏りが大きくなるためである。もう一つは、Scの置換量が増加するに連れて複合窒化物の弾性率が低下し、変形しやすくなるためであると考えられる。
この複合窒化物薄膜は、圧電性や耐熱性に優れているばかりでなく、鉛などの有害な元素を全く含んでいないため、環境にもやさしい圧電体であり、また薄膜として作製できるため、既存の半導体製造プロセスが利用でき、量産性にも優れていることから、新しいセンサーやアクチュエーターなどのデバイス用薄膜として有利である。」

また、図3は下記のとおり。

図3 スカンジウムアルミニウム窒化物薄膜の格子定数のスカンジウム濃度依存性

そして、図3によれば、Sc濃度が40%を越える領域では、c軸の格子定数が0.495nm未満となることが理解できる。

したがって、甲3号証には以下の発明が記載されている。

「デバイス用薄膜として有利である圧電体である、窒化アルミニウムにScを置換固溶させた複合窒化物薄膜において、
Sc濃度が高くなるとともにc軸は短くなり、Scの置換量が40%を越える領域では、c軸の格子定数が0.495nm未満になる。」(以下「甲3発明」という。)

(2)本件特許3と甲3発明の比較

甲3発明の「窒化アルミニウムにScを置換固溶させた複合窒化物薄膜」は、「圧電体」であるから、「窒化アルミニウムからなる圧電膜」である。
そして、甲3発明の「複合窒化物薄膜」において、Sc置換量が40%を越える領域では、c軸の格子定数が0.495nm未満になることが記載されているから、本件特許3の「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウムからなる圧電膜」が記載されているといえる。

したがって、本件特許3と甲3発明は、

「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウムからなる圧電膜」

である点で一致し、下記の点で相違する。

本件特許3は、「基板と、前記基板上に設けられた下部電極」を有し、圧電膜が「下部電極上に設けられ」ており、「圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、」を具備する弾性波デバイスであるのに対し、甲3発明は、どのようなデバイス構造であるか明記が無く、「弾性波デバイス」であるかどうかも明記が無い点。

(3)相違点の検討

圧電膜を用いたデバイスとして、「基板と、前記基板上に設けられた下部電極」を有し、圧電膜が「下部電極上に設けられ」ており、「圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極」を具備する「弾性波デバイス」は一般的なデバイスにすぎない。

したがって、甲3発明に基づいて本件特許3は、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

(4)まとめ

上記のように、本件特許3は、甲3発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

3.甲号証の記載

(1)特許異議申立人尾田久敏による甲第1号証(特開2003-198319号公報)


実施例1?14と比較例1?4として、上記表2の条件によりAlN薄膜を形成して表3に示すFBARの特性を得たことが記載され、格子定数c軸長の最小値は、実施例3と実施例8の0.4976nmであることが記載されている。

(2)特許異議申立人尾田久敏による甲第2号証(PHYSICAL REVIEW B Vol.59 No.8(15 Feb.1999) p5521-5535,C.Stampfl and C.G.Van de Walle,"Density-functional calculations for III-V nitrides using the local-density approximation and the generalized gradient approximation")


参考文献を含む様々な試料のAlNの基底状態構造を様々な方法で計算した結果が表5であることが記載されている。

(3)特許異議申立人尾田久敏による甲第3号証(特開2006-270506号公報。下線は当審が付与。)

「【0001】
本発明は、圧電共振素子およびその製造方法に関し、特に、圧電体層が示す電気音響効果を利用した薄膜バルク音響共振器(Thin Film Bulk Acoustic Resonator、以下FBARと記す)の製造方法およびFBARに関する。」

「【0017】
上述したような課題を解決するために、本発明における圧電共振素子は、基板上に、空気層を介して、下部電極と、圧電体層と、上部電極とがこの順に設けられ、これらの積層構造を少なくとも一部に有する圧電共振素子において、圧電体層の内部応力が-300MPa以上90MPa以下であることを特徴としている。
【0018】
ここで、本発明では、圧縮応力をマイナス(-)で示し、引張り応力をプラス(+)で示すこととする。このような圧電共振素子によれば、圧電体層における内部応力の範囲を-300MPa以上90MPa以下に規定することで、内部応力による圧電体層のクラックが防止される。」

「【0027】
ここで、本発明の特徴的な構成として、圧電体層14は、内部応力が-300Pa以上90Pa以下となるように形成されている。具体的には、後述する上部電極15よりも外側の領域の圧電体層14が、上記範囲内の内部応力を有することとする。これにより、内部応力による圧電体層14のクラックが防止される。ここで、本発明では、圧縮応力をマイナス(-)で示し、引張り応力をプラス(+)で示すが、圧縮応力の方がクラック防止の許容範囲が広いため、圧電体層14に圧縮応力を内在させる方が好ましい。」

「【0035】
次いで、図2(c)に示すように、例えばDCパルススパッタリング法により、下部電極13を覆う状態で、基板11の全域に、例えばAlNを1.2μmの膜厚で堆積することで、圧電体層14を形成する。この際、成膜条件は、処理雰囲気の圧力を約0.27Pa、アルゴンガスと窒素ガスの流量比1:7、スパッタパワーを5kW?10kW、基板バイアス電圧32V?40Vに調整する。ここで、圧電体層14の内部応力は、上記成膜条件のうち、処理雰囲気の圧力とスパッタパワーとを調整することで、制御することが可能である。処理雰囲気の圧力とスパッタパワーとを上記範囲内とすることで、圧電体層14の内部応力を-300Pa以上90MPa以下とすることができる。」

と記載されるように、FBARの圧電体層として、内部応力が圧縮応力300MPaから引張り応力90MPaとなるようにすることが記載され、圧縮応力を内在させる方が望ましく、AlNを用いた場合、処理雰囲気を0.27Pa、アルゴンガスと窒素ガスの流量比を1:7、スパッタパワーをとスパッタパワー5kW?10kW、基板バイアス電圧32V?40Vに調整することで制御することが可能であることが記載されている。

(4)特許異議申立人尾田久敏による甲第4号証(特開2009-231858号公報。下線は当審が付与。)

「【0019】
以上説明したように、本発明によれば、歪み印加層の上にこれより小さい格子定数の振動部形成層を結晶成長した後、振動部形成層に振動部を形成するようにしたので、機械共振器の共振周波数をより高くし、加えて、Q値をより高くできるようになるという優れた効果が得られる。」

「【0021】
まず、図1(a)に示すように、GaAsの結晶からなる基板101の上に、In0.1Ga0.9Asからなる膜厚3μmのバッファ層102が形成され、バッファ層102の上にIn0.1Al0.9Asからなる膜厚2μmの歪み印加層103が形成され、歪み印加層103の上にGaAsからなる膜厚200nmの振動部形成層104が形成された状態とする。これらは、よく知られた有機金属気相成長法,分子線エピタキシー法,液相エピタキシー法などの結晶成長方法により順次積層することで形成すればよい。」

「【0024】
なお、振動部形成層104は、歪み印加層103との格子不整合による引っ張り歪みが残留する状態に形成されていることが重要である。例えば、本実施の形態のように、臨界膜厚より薄い状態に振動部形成層104が形成されていればよい。なお、振動部形成層104が臨界膜厚程度に形成されていてもよい。このような場合でも、振動部形成層104の全てにおいて、歪みが緩和されるわけでなく、部分的に歪みが緩和されるようになる場合は、上述同様に引っ張り歪みが残留する状態が得られる。」

と記載されるように、GaAsの結晶基板の上にIn0.1Ga0.9Asからなるバッファ層を形成し、バッファ層の上にIn0.1Ga0.9Asからなる歪み印加層を形成し、歪み印加層の上にGaAsからなる振動部形成層を形成する構成として、振動部形成層が引っ張り歪みが残留する状態に形成することで、共振周波数をより高くし、Q値をより高くできる微小機械共振器が記載されている。

(5)特許異議申立人尾田久敏による甲第5号証(特開2003-51732号公報。下線は当審が付与。)

「【0011】
【課題を解決するための手段】本発明の圧電共振子は、上下一対の対向電極間に少なくとも圧電膜を含む1層ないし複数層の内側薄膜が介装され、上側電極の上面か下側電極の下面の少なくとも一方に1層ないし複数層の外側薄膜が存在し、前記各薄膜により共振部位を構成するとともに、前記各薄膜は、少なくとも一つは正の共振周波数温度係数、少なくとも一つは負の共振周波数温度係数を有するとともに、n倍波(ただし、nは2以上の整数)の節が少なくとも前記外側薄膜に存在するような膜厚比に設定されていることを特徴とする。
【0012】本発明によると、n倍波で励振される膜厚比に設定されているから、それら各膜における膜厚比が変動しても、共振周波数の温度変化が少ない領域を使うことができることにより、温度変化に対しての共振応答が安定するものとなる。また、両圧電膜の間に中間膜が設けられているから、前記領域において、中間膜の膜厚設定でその共振周波数温度係数をほぼゼロに設定することができる。」

「【0028】図1を参照して、本実施の形態の圧電共振子10においては、(100)面Si基板のような基板12の上面に外側薄膜として少なくとも1層よりなる下層膜14が形成され、その中央部が開口されて空洞16が設けられている。
【0029】この下層膜14の上面には、積層体18が形成されている。
【0030】積層体18は、下層膜14と共に共振部位20を構成するものであり、上下一対の電極22,24間に内側薄膜として少なくとも下側圧電膜26、中間膜28、上側圧電膜30がこの順序で積層されて構成されている。」

「【0033】共振部位20はまた、下層膜14、下側と上側の圧電膜26,30および中間膜28それぞれの共振周波数温度係数の符号が正負に組み合わせられており、かつ、中間膜28の膜厚設定により当該圧電共振子10全体の共振周波数温度係数をゼロ近傍に調整ないしは調整可能とされている。」

と記載されるように、基板の上面に下層膜が形成され、下層膜の上面に上下一対の電極間に下側圧電膜、中間膜、上側圧電膜の順序で積層されて構成されている積層体が形成され、下層膜、志賀田和圧電膜、中間膜、上側宛得電膜それぞれの共振周波数温度係数の符号が正負に組み合わせられており、中間膜の膜圧設定により圧電共振子全体の共振周波数温度係数をゼロ近傍に調整可能とされている圧電共振子が記載されている。

(6)特許異議申立人河原田隆による甲第1号証(Journal of Applied Physics Vol.89 No.11(Jun.2001) p6389-6395,Marc-Alexandre Dubois and Paul Muralt,"Stress and piezoelectric properties of aluminum nitride thin films deposited onto metal electrodes by pulsed direct current reactive sputtering"。下線は当審が付与。)

「Surface acoustic wave technology was for many years the strongest driving force for the research on AlN thin films.」(6389頁左欄2-3行目)
(仮訳:
表面弾性波技術は長年にわたるAlN薄膜の研究における大きな原動力となった。)

「However, besides SAW and optoelectronic applications, there are new potential applications such as microelectromechanical systems or thin film bulk acoustic wave resonators, where piezoelectric thin films need to be grown on a polycrystalline surface such as a metal electrode film.」(6389頁左欄13-18行目)
(仮訳:
しかしながら、SAWおよび光電子用途のほかに、圧電薄膜が金属電極のような多結晶表面に成長する必要のある微小電気機械システムや薄膜バルク弾性波共振器などといった新しい潜在的な用途がある。)

「The purpose of the present investigation is to discuss to which extent the internal stress and the piezoelectric properties of AlN thin films are influenced by the processing conditions or by the substrate nature. For that matter, both stress and the d33,f coefficient of polycrystalline aluminum nitride thin films, prepared with reactive pulsed direct current (dc) magnetron sputtering, were measured.」(6389頁右欄18-24行目)
(仮訳:
本研究の目的は、AlN薄膜の圧電特性や内部応力がどの程度、正常条件や基板の性質に影響されるのかを調べることである。そこでDCパルスマグネトロンスパッタ法を用いて調整された結晶性窒化アルミニウム薄膜の圧電定数d33,fおよび応力の両方を測定した。)

「It was observed that the piezoelectric d33,f coefficient is very much influenced by both the electrode material and the processing conditions. The Pt electrode yielded excellent coefficients, whereas Al and Ti gave only moderate values.」(6394頁右欄5-8行目)
(仮訳
これは、圧電定数d33,fが非常に電極材料及び製造条件の両方によって影響されることを示している。AlおよびTiは中程度の値のみであったのに対し、Pt電極は、優れた圧電定数を示した。)

と記載されるように、弾性表面波技術はAlN薄膜の研究における大きな原動力であり、薄膜バルク弾性波共振器といった用途があり、AlN薄膜の圧電定数はp=4mTorrでAr/N2が5/20より多い場合、Pt電極とTi電極ではStressがプラスであることが記載されている。

(7)特許異議申立人河原田隆による甲第2号証(特開2009-10926号公報。下線は当審が付与。)

「【0055】
〔実施形態1〕
本発明に係る圧電体薄膜の一実施形態について、実施形態1として、図1および2を参照して以下に説明する。」

「【0057】
また、本明細書等における「原子%」とは、原子百分率を指しており、具体的には、スカンジウム原子数とアルミニウム原子数との総量を100原子%としたときのスカンジウム原子の数またはアルミニウム原子の数を表す。すなわち、スカンジウムを含有した窒化アルミニウムにおけるスカンジウム原子およびアルミニウム原子の濃度と言い換えることもできる。また、本実施形態においては、スカンジウムの原子%を、窒化アルミニウムに対するスカンジウムの含有率として以下に説明する。
【0058】
本実施の形態に係るスカンジウムを含有した窒化アルミニウム薄膜(以下、Sc含有窒化アルミニウム薄膜とも称する)は、一般式を用いて、ScxAl1-xN(式中、xはスカンジウムの含有率(濃度)を示し、0.005?0.5の範囲である)と表すこともできる。例えば、スカンジウムの含有率が10原子%である窒化アルミニウム薄膜の場合には、Sc0.1Al0.9Nと表す。
【0059】
(圧電応答性を向上するスカンジウムの含有率)
図1に示すように、Sc含有窒化アルミニウム薄膜に含有されるスカンジウムの含有率を変化させることによって、Sc含有窒化アルミニウム薄膜の圧電応答性(圧電性)を向上することができる。図1は、スカンジウムの含有率とSc含有窒化アルミニウム薄膜の圧電応答性との関係を示す図である。図1に示すように、スカンジウムの含有率が0%である場合に比べて、スカンジウムをわずかでも含有する場合は圧電応答性が向上している。具体的には、スカンジウムの含有率を0.5?35原子%または40?50原子%の範囲内とすることによって、Sc含有窒化アルミニウム薄膜の圧電応答性を向上することができる。スカンジウムの含有率を上記範囲とすることによって、Sc含有窒化アルミニウム薄膜の圧電応答性は6?24.6pC/N程度となる。一般的な窒化アルミニウム薄膜の圧電応答性は、5.1?6.7pC/N程度であるため、スカンジウムの含有率を上記範囲内とすることによって、圧電応答性を1.4?4倍程度向上することができる。」

「【0062】
(圧電応答性をさらに向上させるスカンジウムの含有率)
圧電応答性のさらなる向上の観点によれば、スカンジウムの含有率は、40?50原子%の範囲内であることが好ましい。図1に示すように、Sc含有窒化アルミニウム薄膜の圧電応答性は、スカンジウムの含有率が45原子%(Sc0.45Al0.55N)であるとき、最大値を示し(約24.6pC/N)、スカンジウムを含有しない窒化アルミニウムの圧電応答性の約4倍となる。なお、圧電応答性を最大とするスカンジウムの含有率は、測定条件などの条件により±5原子%程度の誤差を示す。」

「【0065】
(圧電体薄膜1の構成)
ここで、本発明に係る圧電体薄膜の一例について、図2を参照してより具体的に説明する。圧電体薄膜1は、図2に示すように、基板2上にスカンジウムを含有した窒化アルミニウム薄膜(以下、Sc含有窒化アルミニウム薄膜とも称する)3を備えている。Sc含有窒化アルミニウム薄膜3は、スカンジウムの原子数とアルミニウムの原子数との総量を100原子%としたとき、0.5??50原子%の範囲内のスカンジウムを含有している。図2は、圧電体薄膜1の概略断面図である。」

「【0102】
〔実施形態4〕
本発明に係る圧電体薄膜を備えている圧電体薄膜共振子の一実施形態について、実施形態4として以下に説明する。本発明に係る圧電体薄膜を備えた圧電体薄膜共振子の具体的な用途は、特に限定されるものではない。本実施形態では、Sc含有窒化アルミニウム薄膜3を備えている圧電体薄膜1を、RF-MEMSデバイスの一つであるFBARフィルタに利用した場合を例に挙げて説明する。なお、本実施形態では圧電体薄膜1を用いたFBARフィルタについて説明しているが、もちろん圧電体薄膜1bを用いることもできる。また、本実施形態において、実施形態1?3と同一の用語は、同一の意味として用いる。
【0103】
本実施形態に係るFBARフィルタ10(圧電体薄膜共振子)について、図9を参照して以下に説明する。
【0104】
(FBARフィルタ10の構成)
FBARフィルタ10は、図9に示すように、基板11、および基板11上に形成された圧電積層構造体12を備えている。図9は、FBARフィルタ10の概略断面図である。」

「【0108】
(圧電積層構造体12の構成)
圧電積層構造体12は、下部電極13および上部電極15と、下部電極13と上部電極15とに挟まれた圧電体薄膜14とからなる。各部材について以下に説明する。
【0109】
(下部電極13および上部電極15)
下部電極13および上部電極15は、圧電体薄膜14に交流電界を加えるための電極である。下部電極13および上部電極15の材質としては、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、アルミニウム(Al)、白金とチタンとの積層膜(Pt/Ti)、および金とクロムとの積層膜(Au/Cr)などを用いることができる。これらの中でも、散弾性損失が少ないモリブデンを用いることが好ましい。
【0110】
また、下部電極13および上部電極15の厚みは、50?200nmの範囲内であることが好ましい。下部電極13および上部電極15の厚みを上記範囲内とすることによって、損失を小さくできることができる。下部電極13および上部電極15の形成方法としては、従来公知の方法を用いることができる。例えば、スパッタ法または蒸着法などを用いることができる。
【0111】
(圧電体薄膜1)
圧電体薄膜1については、実施形態1および3において詳述したため、本実施形態ではその説明を省略する。なお、圧電体薄膜1の厚みは、0.1?30μmの範囲内であることが好ましい。圧電体薄膜1の厚みを上記範囲内とすることによって、密着性に優れた薄膜とすることができる。
【0112】
(付記事項)
なお、FBARフィルタ10は、基板11と下部電極13との間に下地膜を備えていてもよい。下地膜は、絶縁膜であり、例えば、酸化シリコン(SiO2)、窒化シリコンおよび酸化シリコンと窒化シリコンとの積層膜を主成分とする誘電体膜などを用いることができる。ここで、本明細書等における「主成分」とは、誘電体膜に含まれる全成分のうち、50質量%を越える成分であることを意味している。」

の記載があるから、スカンジウムの原子数とアルミニウムの原子数との総量を100原子%としたとき、0.5??50原子%の範囲内のスカンジウムを含有し、圧電応答性のさらなる向上の観点によれば、スカンジウムの含有率は、40?50原子%の範囲内であることが好ましく、Sc含有窒化アルミニウム薄膜を基板上に備えた圧電体薄膜を備えた圧電体薄膜共振子として、スパッタ法を用いて形成された下部電極と上部電極とに挟まれた圧電体薄膜とからなる圧電積層構造体が基板上に形成され、基板と下部電極との間に酸化シリコンを主成分とする誘電体膜を用いる下地膜を備えたFBARフィルタが記載されている。

(8)特許異議申立人河原田隆による甲第3号証(国立研究開発法人 産業技術総合研究所「高い圧電性を示す複合窒化物圧電体薄膜を作製-高温環境下での振動・圧力センサーへの応用へ-」2008年11月21日掲載 URL:http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2008/pr20081121/pr20081121.html)

「2.取消理由の概要」の「(1)甲3号証の記載」に記載されたとおりである。

(9)特許異議申立人河原田隆による甲第4号証(特開2003-37469号公報。下線は当審が付与。)

「【0028】本実施の形態においては、圧電体薄膜としてAlN薄膜を用いた圧電薄膜振動子について説明する。
【0029】図1は、圧電薄膜振動子の構造の断面図である。図1において、11は(100)シリコン(Si)基板、12及び13はSi基板11の両面に形成されたシリコン窒化膜からなる絶縁層、14はSi基板11に形成された空隙領域、15は金(Au)薄膜からなる下部電極、16はAlNからなる圧電体薄膜、17はAu薄膜からなる上部電極、18はAlN薄膜からなる調整層である。」

「【0033】次に、以上のように構成された圧電薄膜振動子の製造方法及び周波数調整方法について、図2を用いて具体的に説明する。まず、Si基板11の両面に、CVD法によりシリコン窒化膜よりなる絶縁層12及び13を形成する。次に、絶縁層12上にレジスト層21を形成し、さらに写真製版法を用いて開口22をレジスト層21に形成する(図2(a))。このようにして形成したレジスト層21をエッチングマスクとして、圧電体薄膜を堆積する位置のSi基板11の上面部を異方性エッチングすることにより、空隙領域14を形成する(図2(b))。なお、こうして空隙領域14を形成した後、レジスト層21を除去しておく。次に、蒸着法等で下部電極15としてAu薄膜を選択的に形成し、その上に、圧電体薄膜16としてスパッタリング法でAlN薄膜を形成し、さらにその圧電体薄膜16上に、上部電極17としてAu薄膜を蒸着法等で形成する。そして、さらに、調整層18’としてAlN薄膜をスパッタリング法で形成する(図2(c))。その後調整層18’として形成された層の厚みを、圧電薄膜振動子の共振周波数を調整するべく、適切な厚み寸法になるように余分な部分を除去して完成された調整層18とすることにより(図2(d))、圧電薄膜振動子が製造される。」

「【0035】次に、本発明の圧電薄膜振動子の周波数調整方法について述べる。共振周波数の調整は、上記調整層18’にパルスレーザ等を照射して生じるアブレーションを用いて除去する。なお、レーザアブレーション法とは、高いエネルギー密度(パルスエネルギー:0.1J/cm2 程度又はそれ以上)のレーザ光をターゲット材に照射し、被照射ターゲット材表面を溶融・脱離させる方法である。」

「【0038】上記実施例によれば、圧電体薄膜16及び上部電極17の構造を変化させることなく、共振周波数の調整が可能となる。また、上部電極17の上に形成された調整層18が保護層として働くため、電極の酸化等の化学変化による質量の変化を考慮する必要もない。さらに、共振周波数の調整は、電子機器における使用状態と同じ条件で、大気中で連続的に行うことができ、1パルスでの除去量も少ないため微調整が可能であり、極めて正確に共振周波数を合わせ込むことができる。」

「【0040】以上述べてきたように、本実施の形態の圧電薄膜振動子の周波数調整方法により、共振周波数を正確に合わせ込むことができた。この方法を用いれば、真空装置を必要とすることも無いため、製造工程の簡略化と低コスト化を図ることができる。また、電子機器における使用状態と同じ条件で、大気中で連続的に共振周波数の調整を行うことができ、1パルスでの除去量も少ないため微調整が可能であり、極めて正確に共振周波数を合わせ込むことができる。したがって、以上により得られた圧電薄膜振動子により、従来にない高周波用フィルタの実現が可能となる。また、本実施の形態で得られた共振周波数調整された圧電薄膜振動子は、圧電フィルタ、表面波フィルタ、圧電センサ、アクチュエータ等の各種圧電デバイスへの応用を図ることができる。」

の記載があるから、上面部に空隙領域が形成された基板の両面に絶縁層を形成し、上面の絶縁層に下部電極を形成し、その上に圧電体薄膜としてAlN薄膜を形成し、その上に上部電極を形成し、さらに調整層としてAlN薄膜を形成した圧電薄膜振動子の調整層にパルスレーザを照射して除去することで共振周波数を合わせ込むことができ、圧電フィルタ、表面波フィルタ、圧電センサ、アクチュエータへの応用を図ることができることが記載されている。


4.判断

(1)取消理由通知に記載した取消理由について

(1-1).特許法第29条第2項について

本件特許発明3と甲3発明を対比すると、

「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウムからなる圧電膜」

である点で一致し、下記の点で相違する。

本件特許3は、「基板と、前記基板上に設けられた下部電極」を有し、圧電膜が「下部電極上に設けられ」ており、「圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、」を具備する共振子を備える弾性波デバイスであるのに対し、甲3発明は、どのようなデバイス構造であるか明記が無く、「共振子を備える弾性波デバイス」であるかどうかも明記が無い点。

特許異議申立人河原田隆による甲第3号証は、「センサーやアクチュエーター」などのデバイス用薄膜について記載されており、「共振子を備える弾性波デバイス」へ用いることは記載されていない。

したがって、本件特許発明3は特許異議申立人河原田隆による甲第3号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた、とすることはできない。

(1-2).特許異議申立人河原田隆の意見について

(1-2-1)申立人の主張に対する意見について

特許異議申立人河原田隆は、甲3発明の圧電体薄膜を弾性波デバイスの共振子に容易に適用できる旨主張しているが、特許異議申立人河原田隆の甲第2号証に記載される圧電体薄膜は、0.5?35原子%または40?50原子%の範囲を使用する圧電体薄膜であるから、甲3発明の圧電体薄膜と異なる薄膜について、異なる領域を使用した弾性波デバイスに用いることが記載されているに過ぎない。
したがって、甲3発明の圧電体薄膜が弾性波デバイスの共振子に容易に適用できるとすることはできない。

特許異議申立人河原田隆の甲第4号証は、共振周波数調整された圧電薄膜振動子が圧電フィルタ、表面波フィルタ、圧電センサ、アクチュエータ等の各種圧電デバイスへの応用を図ることができることが記載されているだけであって、甲3発明の圧電膜を用いた「センサーやアクチュエーター」が、圧電薄膜振動子を備えていることは記載されていない。

(1-2-2)その他の取消理由について

ア.本件特許発明3について

(ア)新規性欠如について

特許異議申立人河原田隆は、特許異議申立の理由では、甲第1号証に基づいた新規性欠如を主張しているだけであって、甲第3号証に基づいた新規性欠如の主張はしていないから、特許異議申立の理由にない新たな主張であって採用できない。

(イ)甲第2号証を主引用例とする進歩性欠如について

特許異議申立人河原田隆は、甲第2号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に想到し得たものといえる旨主張している。

一般に、薄膜Aと薄膜Bが同じ条件で作成された等の特別な事情がない限り、薄膜Aの測定結果に基づいて、薄膜Aとは異なる薄膜である薄膜Bの測定結果を推測することはできない。
ここで、甲第2号証に記載されるスカンジウムアルミニウム窒化物薄膜のc軸方向の格子定数がどのような値であるのかは記載されていない。
また、甲第2号証に記載されるスカンジウムアルミニウム窒化物薄膜と甲第3号証に記載されるスカンジウムアルミニウム窒化物薄膜は異なる薄膜であって、甲第2号証の薄膜の作成条件も、甲第3号証の薄膜の作成条件も記載されておらず、同じ条件で作成された膜について測定した結果であるとはいえない。
そうすると、甲第3号証に記載されるスカンジウムアルミニウム窒化物薄膜のc軸方向の格子定数の測定結果に基づいて、甲第2号証のスカンジウムアルミニウム窒化物薄膜のc軸方向の格子定数を推測することはできない。。
したがって、甲第2号証に記載されるスカンジウムアルミニウム窒化物薄膜のc軸方向の格子定数がどのような値であるのか容易に想到しうることとはいえない。

(ウ)特許法第36条第6項第1号違反について

特許異議申立人河原田隆は、当業者が本件特許明細書の記載内容及び出願時の技術常識を考慮しても、実施例の内容を特許請求の範囲の全範囲に拡張ないし一般化できるものではない旨主張している。

特許明細書【0006】に「本発明は上記課題に鑑み、大きな電気機械結合定数を有する弾性波デバイスを提供することを目的とする。」と記載されるように、本件特許は、「大きな電気機械結合係数」を有する弾性波デバイスを提供することが目的である。

一方、【0039】に「大きな電気機械結合定数k332を得るためには、格子定数の比c/aがバルク値である1.6より小さくてもよいし、格子定数cがバルク値である0.498nmより小さくてもよい。また、例えばc/aは1.5、1.4、又は1.3のそれぞれより小さくすることができる。格子定数cは例えば0.495nm、0.49nm、又は0.485nmのそれぞれより小さくすることができる。」と記載されるように、電気機械結合定数を大きくするのは格子定数cがバルク値である0.498nmよりも小さくなることが必要であることが記載されているから、少なくとも0.498nmを臨界値として、0.498nmよりも小さい場合に特性の良い弾性波デバイスを得ることができることが明記されている。
そして、さらに、0.498nmよりも小さい0.495nmを臨界値としても良いことが記載されているから、c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい場合の全ての領域で「大きな電気機械結合定数」を有する弾性波デバイスを提供することが可能であることは特許明細書に記載されている。

イ.本件特許発明4及び本件特許発明8について

新規性及び進歩性についての具体的な取消理由は記載されていない。
特許法第36条第6項第1号違反については、「ア.本件特許発明3について」の「(ウ)特許法第36条第6項第1号違反について」に記載したとおりである。

(1-2-3)まとめ

したがって、特許異議申立人河原田隆の主張は、いずれも理由がない。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について

(2-1)特許異議申立人尾田久敏の主張する特許異議申立理由について

ア.特許法第29条第1項第3号について

(ア)本件特許発明3について

(i)特許異議申立人尾田久敏は、訂正前の本件特許発明3は、甲第1号証に記載された発明である旨主張している。

「3.甲号証の記載」の「(1)特許異議申立人尾田久敏による甲第1号証」に記載されるように、「特許異議申立人尾田久敏による甲第1号証」は、格子定数c軸長の最小値は、実施例3と実施例8の0.4976nmであって、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」ではないことは明らかである。
特許異議申立人尾田久敏は、甲第2号証に記載されるような他の測定・計算方法によれば、c軸方向の格子定数は0.495nm未満である旨主張しているが、測定方法が異なったところで、「測定結果」は同じであるから、甲第1号証の実施例について、c軸方向の格子定数が0.495nm未満にならないことは明らかである。
さらに、甲第2号証に記載される測定・計算方法は、そもそも甲第1号証の実施例とは異なる試料についての測定・計算結果であるから、甲第2号証に記載される測定・計算方法を用いた場合に、甲第1号証に記載される実施例のc軸方向の格子定数が0.495nmより小さくなるとはいえない。

(ii)特許異議申立人尾田久敏は、訂正前の本件特許発明3は、甲第3号証に記載された発明である旨主張している。

「3.甲号証の記載」の「(3)特許異議申立人尾田久敏による甲第3号証」に記載されるように、「特許異議申立人尾田久敏による甲第3号証」には、FBARの圧電体層として、内部応力が圧縮応力300MPaから引張り応力90MPaとなるようにし、圧縮応力を内在させる方が望ましいことが記載されているものの、甲第3号証の圧電体層のc軸方向の格子定数が0.495nmより小さいことは記載されていない。
特許異議申立人尾田久敏は、本願明細書の記載を考慮すれば、300MPaの引張応力を付与することとc軸方向の格子定数が0.495nmより小さいことは同じ意味である旨主張している。
しかし、甲第3号証に記載される圧電体層は、処理雰囲気が0.27Pa、アルゴンガスと窒素ガスの流量比を1:7で作成されるのに対し、本件発明の詳細な説明には、

「【0036】
図6(c)に示すように、例えばスパッタリング法を用いて、圧電薄膜14を形成する。圧電薄膜14は、膜厚が例えば400nm、c軸を主軸とするAlNからなる。スパッタリング法は、例えば約0.3Paの圧力下、アルゴン/窒素(Ar/N2)混合ガス雰囲気中において行う。Ar/N2混合ガス中のAr流量比を増加させることにより圧電薄膜14の応力は引張応力となり、Ar流量比を減少させることにより圧電薄膜14の応力は圧縮応力となる。実施例1ではAr流量比を例えばAr流量/(Ar流量+N2流量)=0.25に増加させることで、圧電薄膜14の応力を引張応力とする。なお、Ar流量比は装置に応じて変更してもよい。」

と記載されるように明らかに圧力とアルゴンガスと窒素ガスの流量比が異なる条件で作成しているから、甲第3号証に記載される圧電体層のc軸方向の格子定数が0.495nmより小さいとはいえない。

さらに、甲第3号証に記載される圧電体層はAr流量/(Ar流量+N2流量)=0.125で作成されているが、本件発明によれば、「Ar流量比を減少させることにより圧電薄膜14の応力は圧縮応力となる」から、甲第3号証に記載される圧電体層は、「圧縮応力」で作成されているといえ、これは甲第3号証に記載される「圧縮応力を内在させる方が望ましい」ことと一致する。
上記は、甲第3号証に記載される圧電体層が本件発明とは明らかに異なる条件で作成された圧電体層であることを示しているといえる。

なお、甲第3号証に記載される圧電体層は「圧縮応力300MPaから引張り応力90MPa」であって、かつ「圧縮応力を内在させる方が望ましい」のであるから、「圧縮応力」が望ましく、また記載される範囲の引張応力は300MPaでなく90MPaであるから、異議申立人の主張する「300MPaの引張応力を付与することとc軸方向の格子定数が0.495nmより小さいことは同じ」が、仮に正しいとしても、そもそも甲第3号証に「300MPaの引張応力を付与すること」が記載されていない。

上記によれば、本件特許発明3が、甲第3号証に記載された発明であるとはいえない。

(イ)本件特許発明4について

特許異議申立人尾田久敏は、訂正前の本件特許発明4は、甲第3号証に記載された発明である旨主張している。

本件特許発明4は、本件特許発明3を引用して記載されている発明であるから、本件特許発明3と同様の理由により、本件特許発明4が甲第3号証に記載された発明であるとはいえない。


イ.特許法第29条第2項について

(ア)本件特許発明3について

(i)特許異議申立人尾田久敏は、本件特許発明3は、c軸方向の格子定数は実質的なものではないから、甲第1号証に記載された発明から容易である旨主張している。

本件特許発明3は弾性波デバイスとして「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」からなる圧電膜をその構成要件としている。
そして、本願特許明細書の【0039】に「大きな電気機械結合定数k332を得るためには、格子定数の比c/aがバルク値である1.6より小さくてもよいし、格子定数cがバルク値である0.498nmより小さくてもよい。また、例えばc/aは1.5、1.4、又は1.3のそれぞれより小さくすることができる。格子定数cは例えば0.495nm、0.49nm、又は0.485nmのそれぞれより小さくすることができる。」と記載され、【0002】に「圧電膜の電気機械結合定数が大きくなることで、弾性波デバイスの周波数特性が改善し、また広帯域化も可能となる。」と記載されるように、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」を用いることで、弾性波デバイスの周波数特性を改善し、広帯域化を可能とするものである。
一方、特許異議申立人尾田久敏は、「実質的なものではない」とする根拠については何も主張していない。
したがって、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」を「実質的なものではない」とする根拠は無く、容易に発明をすることができた、とすることはできない。

(ii)特許異議申立人尾田久敏は、甲第3号証には、c軸方向の格子定数が0.495より小さいこと、及び振動周波数の特性が記載されていることからみて振動子に用いられることが予定されていることは明らかであるから、甲第2号証に記載された圧電膜を甲第1号証、甲第3号証?甲第5号証に記載の、基板、下部電極、上部電極を備える弾性波デバイスに適用することは当業者であれば当然に考慮することであるから、甲第2号証及び周知技術に基づき進歩性を有しない旨主張している。

しかし、甲第2号証には、ウルツ鉱型AlNの格子定数を理論上の格子定数で計算し、比較のために様々な試料の実験値と共に記載しているが、単にウルツ鉱型AlNの格子定数の計算値の確からしさを記載しているに過ぎず、振動子に用いられることは何も記載されていない。
一方、本件特許発明3は、弾性波デバイスの圧電膜として「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」を用いることで、弾性波デバイスの周波数特性を改善させるものであるから、単に「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」が記載されているからといって、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」を用いた弾性波デバイスを容易に発明することができたとすることはできない。

(iii)特許異議申立人尾田久敏は、本件特許発明3は、c軸方向の格子定数は実質的なものではないから、甲第3号証に記載された発明から容易である旨主張している。

上記(i)に記載したとおり、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」を「実質的なものではない」とする根拠は無く、容易に発明をすることができた、とすることはできない。


(イ)本件特許発明4について

特許異議申立人尾田久敏は、訂正前の本件特許発明4は、甲第1号証及び甲第3号証、甲第4号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

「(ア)本件特許発明3について」に記載したように、甲第1号証は、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」ではないことは明らかであり、また甲第3号証、甲第4号証にも「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」を用いた弾性波デバイスは記載されていないから、甲第1号証及び甲第3号証、甲第4号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。

(ウ)本件特許発明6について

(i)特許異議申立人尾田久敏は、訂正前の本件特許発明3を引用する訂正前の本件特許発明6は、甲第1号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

本件特許発明6は、本件特許発明3を引用しないものとする訂正を行ったから、異議申立の理由は存在しない。

(ii)特許異議申立人尾田久敏は、訂正前の本件特許発明3を引用する訂正前の本件特許発明6は、甲第3号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

「(ア)本件特許発明3について」の(ii)及び(iii)に記載したように、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」からなる圧電膜を用いることは、甲第3号証には記載されていない。
また、甲第5号証にも、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」は記載されていない。
したがって、本件特許発明6は、甲第3号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。

(エ)本件特許発明7について

(i)特許異議申立人尾田久敏は、訂正前の本件特許発明6を引用する訂正前の本件特許発明7は、甲第1号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

本件特許発明7は、本件特許発明6を引用して記載されている発明であるから、本件特許発明6と同様の理由により、異議申立の理由は存在しない。

(ii)特許異議申立人尾田久敏は、訂正前の本件特許発明6を引用する訂正前の本件特許発明7は、甲第3号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

本件特許発明7は、本件特許発明6を引用して記載されている発明であるから、本件特許発明6と同様の理由により、異議申立の理由は存在しない。


(オ)本件特許発明8について

(i)特許異議申立人尾田久敏は、訂正前の本件特許発明3を引用する訂正前の本件特許発明6は、甲第1号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

「(ア)本件特許発明3について」に記載したように、甲第1号証は、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」ではなく、また甲第5号証にも「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」を用いた弾性波デバイスは記載されていないから、甲第1号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。

(ii)特許異議申立人尾田久敏は、訂正前の本件特許発明3を引用する訂正前の本件特許発明6は、甲第3号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

「(ア)本件特許発明3について」の(ii)及び(iii)に記載したように、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」からなる圧電膜を用いることは、甲第3号証には記載されていない。
また、甲第5号証にも、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」は記載されていない。
したがって、本件特許発明8は、甲第3号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。

(カ)本件特許発明9について

(i)特許異議申立人尾田久敏は、訂正前の本件特許発明6を引用する訂正前の本件特許発明7は、甲第1号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

本件特許発明9は、本件特許発明8を引用して記載されている発明であるから、本件特許発明8と同様の理由により、異議申立の理由は存在しない。

(ii)特許異議申立人尾田久敏は、訂正前の本件特許発明6を引用する訂正前の本件特許発明7は、甲第3号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

本件特許発明9は、本件特許発明8を引用して記載されている発明であるから、本件特許発明8と同様の理由により、異議申立の理由は存在しない。


ウ.特許法第36条第6項第1号及び第2号及び同法第36条第4項第1号について

(ア)特許異議申立人尾田久敏は、測定又は計算方法が定義されていないから、本件特許発明3、4、6、7は明確でない旨主張している。

そもそも、「測定方法」は、物理量を測定するにあたり、簡便性や誤差の大きさを考慮して様々な測定方法が存在するのであって、「物理量」は測定方法によらず、そのものの特性として存在する値である。
そして、本件特許発明3の「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい」のは、窒化アルミニウムの特性を示すものであって、「0.495nm」という値は明確である。
特許異議申立人尾田久敏は、平成16年(行ケ)第290号判決を用いて計算方法が定義されておらず、発明の詳細な説明に開示されていない場合、明確性及び実施可能要件に違反すると主張しているが、該判決は「平均粒径」という用語には「個数平均径」「長さ平均径」「体積平均径」といった複数の種類があって、「平均粒径」という用語だけでは明確でない場合の判示であって、本件特許発明3の「c軸方向の格子定数」は、その用語として明確であるから、本件と事案を異にするものであって、採用できない。

(イ)特許異議申立人尾田久敏は、本件発明の詳細な説明には、本件特許発明3が当業者が実施できる程度に記載されていない旨主張している。

特許異議申立人尾田久敏は、図2に記載されるc/a変化率に対する圧電定数及び電気機械結合係数の変化率は計算により求められたものであって、実際には図2のような結合係数は得られないから、当業者が実施できる程度に明確に記載されていない旨主張しているが、「計算」は実際の現象をモデル化したものであるから、「計算結果」は、近似や誤差により実際の現象と完全に同じではないものの、許容範囲であることが技術常識である。
そして、「計算」が実際の現象と異なっているという具体的な主張も無いから、机上の計算であるからといって、当業者が実施できる程度に記載されていないとはいえない。

また、c軸方向の格子定数が0.495nmを実現するための解決手段が記載されていない旨主張しているが、図2に圧電定数の変化率とc/aの変化率の関係が記載され、【0039】に格子定数cのバルク値が0.498nmでありc/aのバルク値が1.6であることが記載されているから、0.495nmを実現するためのc/aの値をどの程度とするかは当業者であれば理解できることが明らかであるから、解決手段が記載されていないとはいえない。


(2-2)特許異議申立人河原田隆の主張する特許異議申立理由について

ア.特許法第29条第1項第3号について

(ア)本件特許発明3について

特許異議申立人河原田隆は、訂正前の本件特許発明3は、甲第1号証に記載された発明とは実質的に同一である旨主張している。

「3.甲号証の記載」の「(6)特許異議申立人河原田隆による甲第1号証」に記載したように、甲第1号証には、「弾性表面波技術はAlN薄膜の研究における大きな原動力であり、圧電薄膜は、薄膜バルク弾性波共振器といった用途があり、「AlN薄膜の圧電定数はp=4mTorrでAr/N2が5/20より多い場合、Pt電極とTi電極ではStressがプラスであること」が記載されているだけであって、AlN薄膜が弾性波デバイスという用途があることは記載されているものの、「下部電極と、圧電膜と、上部電極と、を具備する振動子を備える弾性波デバイス」は記載されていない。
さらに圧電膜についても、AlN薄膜が、「p=4mTorrでAr/N2が5/20より多い場合」にStressがプラスとなることは記載されているが、c軸方向の格子定数が0.498nmより小さいことも記載されていない。

なお、特許異議申立人河原田隆は、本件特許の発明の詳細な説明の記載を根拠として、甲第1号証に記載された発明のAlNのc軸方向の格子定数は0.495nmより小さいと主張しているが、甲第1号証に記載された薄膜は圧力4mTorr、すなわち0.53Paであるのに対し、本件発明の詳細な説明では【0036】に記載されるように0.3Paの圧力下で形成しており、甲第1号証と本件発明の薄膜の生成条件は明らかに異なる。
一般に、薄膜Aと薄膜Bが同じ条件で作成された等の特別な事情がない限り、薄膜Aの測定結果に基づいて、薄膜Aとは異なる薄膜である薄膜Bの測定結果を推測することはできないから、甲第1号証に記載された発明のAlNのc軸方向の格子定数が0.495nmより小さいともいえない。

上記によれば、本件特許発明3は、甲第1号証に記載された発明とは実質的に同一であるとはいえない。

(イ)本件特許発明4について

特許異議申立人河原田隆は、訂正前の本件特許発明4は、甲第1号証に記載された発明とは実質的に同一である旨主張している。

「(ア)本件特許発明3について」に記載したように、甲第1号証に記載されたAlNは、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」ではないから、本件特許発明4は、甲第1号証に記載された発明とは実質的に同一であるとはいえない。


イ.特許法第29条第2項について

(ア)本件特許発明3について

特許異議申立人河原田隆は、訂正前の本件特許発明3は、甲第2号証および甲第3号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

「(1-1-2).特許異議申立人の意見について」の「イ.その他の取消理由について」の「(イ)甲第2号証を主引用例とする、本件特許発明3の進歩性欠如について」に記載したとおりである。

(イ)本件特許発明4について

特許異議申立人河原田隆は、訂正前の本件特許発明4は、甲第2号証および甲第3号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張しているものの、具体的な理由については何も記載されていない。

なお、本件特許発明4は、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」からなる圧電膜をその構成要件としているが、「(1-1-2).特許異議申立人の意見について」の「イ.その他の取消理由について」の「(イ)甲第2号証を主引用例とする、本件特許発明3の進歩性欠如について」に記載したように、甲第2号証に記載されるスカンジウムアルミニウム窒化物薄膜のc軸方向の格子定数がどのような値であるのか容易に想到しうることとはいえない。

したがって、本件特許発明4は、甲第2号証および甲第3号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。

(ウ)本件特許発明6について

(i)特許異議申立人河原田隆は、訂正前の本件特許発明6は、甲第1号証および甲第2号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

本件特許発明6は、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」からなる圧電膜をその構成要件としているが、「ア.特許法第29条第1項第3号について」の「(ア)本件特許発明3について」に記載したように、甲第1号証に記載された発明のAlNのc軸方向の格子定数が0.495nmより小さいとはいえない。
また、甲第2号証にも「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」からなる圧電膜は記載されていない。

したがって、本件特許発明6は、甲第2号証および甲第3号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。

(ii)特許異議申立人河原田隆は、訂正前の本件特許発明6は、甲第2号証および甲第3号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

本件特許発明6は、本件特許発明4を引用して記載されている発明であるから、本件特許発明4と同様の理由により、異議申立の理由は存在しない。

(エ)本件特許発明7について

本件特許発明7は、本件特許発明6を引用して記載されている発明であるから、本件特許発明6と同様の理由により、異議申立の理由は存在しない。

(オ)本件特許発明8について

(i)特許異議申立人河原田隆は、訂正前の本件特許発明6は、甲第1号証および甲第2号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

本件特許発明8は、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」からなる圧電膜をその構成要件としているが、「ア.特許法第29条第1項第3号について」の「(ア)本件特許発明3について」に記載したように、甲第1号証に記載された発明のAlNのc軸方向の格子定数が0.495nmより小さいとはいえない。
また、甲第2号証にも「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」からなる圧電膜は記載されていない。

したがって、本件特許発明8は、甲第1号証および甲第2号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。

(ii)特許異議申立人河原田隆は、訂正前の本件特許発明8は、甲第2号証および甲第3号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた旨主張している。

本件特許発明8は、「c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウム」からなる圧電膜をその構成要件としているが、「(1-1-2).特許異議申立人の意見について」の「イ.その他の取消理由について」の「(イ)甲第2号証を主引用例とする、本件特許発明3の進歩性欠如について」に記載したように、甲第2号証に記載されるスカンジウムアルミニウム窒化物薄膜のc軸方向の格子定数がどのような値であるのか容易に想到しうることとはいえない。

したがって、本件特許発明8は、甲第2号証および甲第3号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。

(カ)本件特許発明9について

本件特許発明9は、本件特許発明8を引用して記載されている発明であるから、本件特許発明8と同様の理由により、異議申立の理由は存在しない。


ウ.特許法第36条第6項第1号について

「(1-1-2).特許異議申立人の意見について」の「イ.その他の取消理由について」の「(ウ)特許法第36条第6項第1号違反について」に記載したとおりである。

エ.その他の主張について

特許異議申立人河原田隆は、甲第1号証の窒化アルミニウムの格子定数cが0.495nmより小さくなっていないならば、本件特許明細書の発明の詳細な説明は当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない旨主張している。

しかし、「ア.特許法第29条第1項第3号について」に記載したように、甲第1号証の窒化アルミニウムの製造条件と本件特許発明の製造条件は異なるために、甲第1号証の窒化アルミニウムの格子定数cが0.495nmより小さくなっているとはいえないことを理由として、本件特許明細書の発明の詳細な説明は当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない、とすることはできないから、特許異議申立人河原田隆の主張は採用できない。

(3)小括

取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許発明3、4、6、7、8、9に係る特許を取り消すことはできない。


第4.むすび

以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項3、4、6、7、8及び9に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項3、4、6、7、8及び9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板上に設けられた下部電極と、
前記下部電極上に設けられ、a軸方向の格子定数とc軸方向の格子定数との比が1.6より小さく、チタン、ジルコニウム及びハフニウムの少なくとも1つが添加された窒化アルミニウムからなる圧電膜と、
前記圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、を具備することを特徴とする弾性波デバイス。
【請求項2】
基板と、
前記基板上に設けられた下部電極と、
前記下部電極上に設けられ、c軸方向の格子定数が0.498nmより小さく、チタン、ジルコニウム及びハフニウムの少なくとも1つが添加された窒化アルミニウムからなる圧電膜と、
前記圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、を具備することを特徴とする弾性波デバイス。
【請求項3】
基板と、
前記基板上に設けられた下部電極と、
前記下部電極上に設けられ、c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウムからなる圧電膜と、
前記圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、を具備する共振子を備えることを特徴とする弾性波デバイス。
【請求項4】
基板と、
前記基板上に設けられた下部電極と、
前記下部電極上に設けられ、c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウムからなる圧電膜と、
前記圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、を具備し、
前記圧電膜は無添加の窒化アルミニウムからなり、
前記圧電膜の残留応力は引張応力であることを特徴とする弾性波デバイス。
【請求項5】
前記チタン、ジルコニウム及びハフニウムの少なくとも1つの元素は前記窒化アルミニウムのアルミニウムサイトに配置されていることを特徴とする請求項1又は2記載の弾性波デバイス。
【請求項6】
前記圧電膜には温度補償膜が挿入されていることを特徴とする請求項1、2、4および5のいずれか一項記載の弾性波デバイス。
【請求項7】
前記温度補償膜は酸化シリコンを含むことを特徴とする請求項6記載の弾性波デバイス。
【請求項8】
基板と、
前記基板上に設けられた下部電極と、
前記下部電極上に設けられ、c軸方向の格子定数が0.495nmより小さい窒化アルミニウムからなる圧電膜と、
前記圧電膜上に設けられ、前記圧電膜を挟んで前記下部電極と対向する上部電極と、を具備し、
前記圧電膜には温度補償膜が挿入されていることを特徴とする弾性波デバイス。
【請求項9】
前記温度補償膜は酸化シリコンを含むことを特徴とする請求項8記載の弾性波デバイス。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-01-20 
出願番号 特願2011-180819(P2011-180819)
審決分類 P 1 652・ 113- YAA (H03H)
P 1 652・ 121- YAA (H03H)
P 1 652・ 851- YAA (H03H)
P 1 652・ 537- YAA (H03H)
P 1 652・ 857- YAA (H03H)
P 1 652・ 536- YAA (H03H)
最終処分 維持  
前審関与審査官 橋本 和志  
特許庁審判長 加藤 恵一
特許庁審判官 吉田 隆之
近藤 聡
登録日 2015-10-02 
登録番号 特許第5815329号(P5815329)
権利者 太陽誘電株式会社
発明の名称 弾性波デバイス  
代理人 片山 修平  
代理人 片山 修平  

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