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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C10M 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C10M |
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管理番号 | 1326188 |
審判番号 | 不服2014-25863 |
総通号数 | 209 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2017-05-26 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2014-12-18 |
確定日 | 2017-03-13 |
事件の表示 | 特願2011-542261「潤滑油組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成22年 7月 8日国際公開、WO2010/077756、平成24年 5月31日国内公表、特表2012-512309〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 出願の経緯 本願は、平成21年12月10日(パリ条約による優先権主張 2008年12月17日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、平成25年11月27日付け拒絶理由通知に対し、平成26年4月28日に意見書及び手続補正書が提出されたが、同年8月14日付けで拒絶査定がされ、その後、同年12月18日に当該査定に対する不服審判の請求がされ、そして、平成27年11月26日に、当審から拒絶理由を通知したところ、平成28年3月25日に意見書が提出され、さらに、同年6月3日付けで拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)を通知をしたところ、同年9月6日付けで意見書及び手続補正書が提出されたものである。 第2 本願に係る発明について 本願に係る発明は、平成28年9月6日に提出された手続補正書の特許請求の範囲の請求項1ないし11に記載された事項により特定されるとおりのものであり、そのうち、請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下の事項により特定されるものである。 「【請求項1】 硫黄分が0.4質量%以下、かつASTM D874で測定した硫酸灰分が0.3質量%以下の潤滑油組成物であって、(a)主要量の潤滑粘度の油、(b)組成物の全質量に基づくホウ素量が40ppm以上600ppm以下となる量の、少なくとも一種の油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物、および(c)組成物の全質量に基づくモリブデン量が800ppm以下となる量の、少なくとも一種の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物を含む潤滑油組成物、ただし、潤滑油組成物の硫黄対モリブデン比は20:1乃至100:1であり、該潤滑油組成物はジアルキルジチオリン酸亜鉛を含まない。」 第3 当審拒絶理由の概要 当審拒絶理由の概要は、要するに、 1. 本願の特許請求の範囲の記載が、発明の詳細な説明に記載させたものでないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない(以下、「理由1」という。)、 2. 本願発明は、国際公開第2008/050717号に記載された発明に基いて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項に規定により、特許を受けることができない(以下、「理由2」という。)、 というものである。 第4 当審の判断 (1) 理由1(特許法第36条第6項第1号の規定について) (1-1)本願発明が解決しようとする課題 本願明細書の段落【0002】に、「様々な種類の後処理装置の耐久性を確実にするために、例えば硫黄やリン、硫酸灰分のレベルが比較的低いことを特徴とする特別な潤滑油が開発されつつある」ことが記載され、同段落【0008】に、「内燃機関において使用したときに摩耗防止の改善を示す改良された潤滑油組成物の開発が望まれている」ことが記載されていることから、本願発明が解決しようとする課題は、「後処理装置の耐久性を確実にするために、例えば硫黄やリン、硫酸灰分のレベルが比較的低い潤滑油において、さらに摩耗防止の改善も示された改良された潤滑油組成物の開発」であると認められる。 (1-2)本願明細書に記載された事項 (A) 「【0013】 本発明は、硫黄分が約0.4質量%以下、かつASTM D874で測定した硫酸灰分が約0.5質量%以下の潤滑油組成物であって、(a)主要量の潤滑粘度の油、および(b)組成物の全質量に基づくホウ素量が約600ppm以下となる量の、少なくとも一種の油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物、および(c)組成物の全質量に基づくモリブデン量が約800ppm以下となる量の、少なくとも一種の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物を含む潤滑油組成物(ただし、潤滑油組成物の硫黄対モリブデン比は約5:1乃至約500:1である)に関する。ある態様では、本発明の潤滑油組成物の硫黄分が約0.3質量%以下であり、および/またはASTM D874で測定した硫酸灰分が約0.4質量%以下である。本発明の潤滑油組成物における硫黄、ホウ素、モリブデンまたはリンの量は、ASTM D4951に従って測定される。」 (B) 「【0040】 本発明の潤滑油組成物は、一種以上の油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物から供給されるホウ素を、組成物の全質量に基づき約600ppm以下で含む。ある態様では本発明の潤滑油組成物は、一種以上の油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物から供給されるホウ素を、組成物の全質量に基づき約500ppm以下で含む。別の態様では本発明の潤滑油組成物は、一種以上の油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物から供給されるホウ素を、組成物の全質量に基づき約400ppm以下で含む。また別の態様では本発明の潤滑油組成物は、一種以上の油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物から供給されるホウ素を、組成物の全質量に基づき約200ppm以下で含む。さらに別の態様では本発明の潤滑油組成物は、ホウ素量が実質的に存在しない。別の態様では本発明の潤滑油組成物は、一種以上の油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物から供給されるホウ素を、組成物の全質量に基づき約40ppm乃至約600ppm以下で含む。」 (C) 「【0088】 本発明の潤滑油組成物は、一種以上の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物から供給されるモリブデンを、組成物の全質量に基づき約800ppm以下で含む。ある態様では本発明の潤滑油組成物は、一種以上の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物から供給されるモリブデンを、組成物の全質量に基づき約500ppm以下で含む。別の態様では本発明の潤滑油組成物は、一種以上の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物から供給されるモリブデンを、組成物の全質量に基づき約300ppm以下で含む。また別の態様では本発明の潤滑油組成物は、一種以上の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物から供給されるモリブデンを、組成物の全質量に基づき約150ppm以下で含む。さらに別の態様では本発明の潤滑油組成物は、一種以上の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物から供給されるモリブデンを、組成物の全質量に基づき約100ppm以下で含む。別の態様では本発明の潤滑油組成物は、一種以上の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物から供給されるモリブデンを、組成物の全質量に基づき約45ppm乃至約800ppm以下にて含む。 【0089】 ある態様では油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物は、本発明の潤滑油組成物の硫黄対モリブデン比が約5:1乃至約500:1となるように、潤滑油組成物中に存在する。別の態様では潤滑油組成物の硫黄対モリブデン比は約15:1乃至約240:1である。別の態様では潤滑油組成物の硫黄対モリブデン比は約20:1乃至約100:1である。 【0090】 本発明の潤滑油組成物は、硫黄分を約0.4質量%迄、好ましくは約0.3質量%迄の量で含む。硫黄分は、元素硫黄または硫黄含有化合物に由来するものであってよい。硫黄または硫黄含有化合物は、潤滑油組成物に意図的に添加してもよいし、あるいは基油にもしくは潤滑油組成物用添加剤のうちの一種以上に存在していてもよい。ある態様では潤滑油組成物中の硫黄の主要量、すなわち50%より多い量が、活性硫黄化合物に由来している。「活性硫黄」は、耐摩耗作用のある、好ましくは耐食性である硫黄化合物を意味する。硫黄含有化合物は、無機硫黄化合物であっても有機硫黄化合物であってもよい。硫黄含有化合物は、次の基のうちの一つ以上を含む化合物であってよい:スルファモイル、スルフェナモイル、スルフェノ、スルフィド、スルフィナモイル、スルフィノ、スルフィニル、スルホ、スルホニオ、スルホニル、スルホニルジオキシ、スルフェート、チオ、チオカルバモイル、チオカルボニル、チオカルボニルアミノ、チオカルボキシ、チオシアナト、チオホルミル、チオキソ、チオケトン、チオアルデヒド、およびチオエステル等。また、硫黄は、鎖または環に炭素原子と硫黄原子(および任意に酸素や窒素など他のヘテロ原子)を含むヘテロ基又は化合物中に存在していてもよい。好ましい窒素含有化合物としては、アルキル又はアルケニルスルフィド及びポリスルフィド類などの二炭化水素スルフィド及びポリスルフィド類、硫化脂肪酸又はそれらのエステル類、無灰ジチオリン酸エステル類、環状有機硫黄化合物、ポリイソブチルチオチオン化合物、無灰ジチオカルバメート類、およびそれらの混合物を挙げることができる。」 (D) 「【実施例】 【0118】 [実施例1] 下記の成分を一緒にブレンドして粘度グレードSAE15W-40の配合物を得ることにより、潤滑油組成物を製造した。 【0119】 (1)メチレンビスジ-n-ブチルジチオカルバメート(最終油中0.7質量%)と一種以上の清浄剤の組合せ、硫黄分で2300ppm、ただし、硫黄1900ppmは活性硫黄(すなわち、メチレンビスジ-n-ブチルジチオカルバメート)に由来し、硫黄400ppmは非活性硫黄化合物(すなわち、清浄剤)に由来する。 【0120】 (2)ホウ酸化分散剤(最終油中5.2質量%)およびTBNが160のホウ酸化カルシウムスルホネート(最終油中カルシウム基準で3mmol/kg)の組合せ、ホウ素量で400ppm 【0121】 (3)モリブデンコハク酸イミド錯体、モリブデン量で90ppm 【0122】 (4)分散剤、2.6質量% 【0123】 (5)ジフェニルアミン酸化防止剤、1質量% 【0124】 (6)ヒンダードフェノール酸化防止剤、1質量% 【0125】 (7)流動点降下剤、0.5質量% 【0126】 (8)分散型粘度指数向上剤、4.5質量% 【0127】 (9)消泡剤、ケイ素量で10ppm 【0128】 (10)残りは、III種基油およそ56質量%と、II種基油およそ44質量%とからなる希釈油であった。 【0129】 得られた潤滑油組成物の硫酸灰分は、ASTM D874で測定して0.2質量%であった。 【0130】 [比較例A] 下記の成分を一緒にブレンドして粘度グレードSAE15W-40の配合物を得ることにより、潤滑油組成物を製造した。 【0131】 (1)非活性硫黄化合物(すなわち、清浄剤)、硫黄分で400ppm 【0132】 (2)ホウ酸化分散剤(最終油中5.2質量%)と、全塩基価(TBN)が160のホウ酸化スルホネート(最終油中3mmol/kg)との組合せ、ホウ素量で400ppm 【0133】 (3)モリブデンコハク酸イミド錯体、モリブデン量で90ppm 【0134】 (4)分散剤、2.6質量% 【0135】 (5)ジフェニルアミン酸化防止剤、1質量% 【0136】 (6)ヒンダードフェノール酸化防止剤、1質量% 【0137】 (7)流動点降下剤、0.3質量% 【0138】 (8)分散型粘度指数向上剤、6.6質量% 【0139】 (9)消泡剤、ケイ素量で10ppm 【0140】 (10)残りは、II種基油シェブロン220Nおよそ82質量%と、II種基油シェブロン600Nおよそ18質量%とからなる希釈油であった。 【0141】 得られた潤滑油組成物の硫酸灰分は、ASTM D874で測定して0.2質量%であった。 【0142】 [比較例B] 下記の成分を一緒にブレンドして粘度グレードSAE15W-40の配合物を得ることにより、潤滑油組成物を製造した。 【0143】 (1)非活性硫黄化合物(すなわち、清浄剤)、硫黄分で400ppm 【0144】 (2)ホウ酸化分散剤(最終油中5.2質量%)、TBNが160のホウ酸化カルシウムスルホネート(最終油中カルシウム基準で3mmol/kg)および分散性水和ホウ酸ナトリウム(最終油中0.5質量%)の組合せ、ホウ素量で750ppm 【0145】 (3)モリブデンコハク酸イミド錯体、モリブデン量で90ppm 【0146】 (4)分散剤、2.6質量% 【0147】 (5)ジフェニルアミン酸化防止剤、1質量% 【0148】 (6)ヒンダードフェノール酸化防止剤、1質量% 【0149】 (7)流動点降下剤、0.5質量% 【0150】 (8)分散型粘度指数向上剤、4.1質量% 【0151】 (9)消泡剤、ケイ素量で10ppm 【0152】 (10)残りは、III種基油およそ55質量%と、II種基油およそ45質量%とからなる希釈油であった。 【0153】 得られた潤滑油組成物の硫酸灰分は、ASTM D874で測定して0.6質量%であった。 【0154】 [比較例C] 下記の成分を一緒にブレンドして粘度グレードSAE15W-40の配合物を得ることにより、潤滑油組成物を製造した。 【0155】 (1)メチレンビスジ-n-ブチルジチオカルバメート(最終油中0.7質量%)と一種以上の清浄剤の組合せ、硫黄分で2300ppm、ただし、硫黄1900ppmは活性硫黄(すなわち、メチレンビスジ-n-ブチルジチオカルバメート)に由来し、硫黄400ppmは非活性硫黄化合物(すなわち、清浄剤)に由来する。 【0156】 (2)ホウ酸化分散剤(最終油中5.2質量%)TBNが160のホウ酸化カルシウムスルホネート(最終油中カルシウム基準で3mmol/kg)および分散性水和ホウ酸ナトリウム(最終油中0.5質量%)の組合せ、ホウ素量で750ppm 【0157】 (3)モリブデンコハク酸イミド錯体、モリブデン量で90ppm 【0158】 (4)分散剤、2.6質量% 【0159】 (5)ジフェニルアミン酸化防止剤、1質量% 【0160】 (6)ヒンダードフェノール酸化防止剤、1質量% 【0161】 (7)流動点降下剤、0.5質量% 【0162】 (8)分散型粘度指数向上剤、6.7質量% 【0163】 (9)消泡剤、ケイ素量で10ppm 【0164】 (10)残りは、II種基油シェブロン220Nおよそ72質量%と、II種基油シェブロン600Nおよそ28質量%とからなる希釈油であった。 【0165】 得られた潤滑油組成物の硫酸灰分は、ASTM D874で測定して0.4質量%であった。 【0166】 [試験] API CJ-4カミンズISM試験 実施例1および比較例A-Cの潤滑油組成物について、耐摩耗性能の評価を行った。検査機用のCJ-4カミンズエンジン試験によって、インジェクタ調整ねじの質量損失(IASWL)を測定することにより、高荷重ディーゼル・バルブトレーン耐摩耗性能を測定した。CJ-4カミンズ試験はEGRを備えたカミンズISMエンジンを用いた。エンジン試験時間は100時間である。下記第1表に、この試験の結果を示す。 【0167】 第1表 【0168】 データが示すように、実施例1の潤滑油組成物は、比較例A-Cの潤滑油組成物に比べて、インジェクタねじ摩耗を著しく低下させた。従って、本発明の潤滑油組成物は、耐摩耗効果の改善をもたらすほど充分な表面膜をインジェクタねじに付与することができると考えられる。」 (1-3)検討 本願発明は、硫黄とモリブデン量の比(硫黄対モリブデン比)を発明特定事項の一つとする、所謂パラメータ発明に関するものである。このようなパラメータ発明のサポート要件につき、平成17年(行ケ)第10042号 特許取消決定取消請求事件大合議判決は次のように説示している。 「本件発明は,特性値を表す二つの技術的な変数(パラメータ)を用いた一定の数式により示される範囲をもって特定した物を構成要件とするものであり,いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ,このような発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明は,その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である。」 そして、当該説示中の「得られる効果(性能)」、「所望の効果(性能)」とは、本願発明においては、上記(1-1)における課題を解決できるという効果(性能)をいうと認められる。 そこで、まず、「発明の詳細な説明は,各パラメータの数値範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載」されているか否かについてみると、上記摘示事項(A)ないし(C)によれば、本願明細書には、硫黄分、硫酸灰分、ホウ素量、モリブデン量及び硫黄対モリブデン比それぞれの数値範囲に関する記載がされているものの、ここには、それぞれの数値範囲を外れると、上記課題との関係でどのようになるか(臨界的意義)が記載されておらず、それぞれの数値範囲を満たすこと、及び、各数値範囲を同時に満たすことと、上記課題解決(効果)との技術的関係(作用機序)を把握するに足りる記載(技術的根拠)は見当たらない。 特に、上記課題解決(効果)との関係で硫黄対モリブデン比を20:1?100:1に特定することにどのような技術的意義があるのかについて客観的根拠に基づいた説明があるとは認められない。 次に、「特許出願時の技術常識を参酌して,各パラメータの数値範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載」されているか否かについてみると、上記摘示事項(D)の【実施例】には、本願発明の要件を満たす唯一の実施例(実施例1)と満たさない3つの比較例(比較例A?C)が開示されており、実施例1は比較例A?Cのいずれよりも摩耗が防止されることが示されている。ここで、実施例1と比較例A?Cは、いずれもモリブデンコハク酸イミド錯体に由来するモリブデン量及び清浄剤(非活性硫黄化合物)由来の硫黄分が同一とされ、ホウ素含有化合物及びメチレンビスジ-n-ブチルジチオカルバメート(活性硫黄化合物)の配合量を調整することで、ホウ素量及び硫黄分を調整し、併せて硫酸灰分を調整し、その効果の差異を検討するものである。しかしながら、これらの数少ない実験結果の比較から、本願発明を規定する各数値範囲と上記課題解決(効果)との関係を、客観的に把握することができない。 例えば、実施例1及び比較例Aに着目すると、実施例1は比較例Aと比較し、メチレンビスジ-n-ブチルジチオカルバメート(活性硫黄化合物)由来の硫黄分が追加された点で主に相違し(他に、流動点降下剤、分散型粘度指数向上剤の配合量で相違し、また、基油の種類でも相違する。)、硫黄分の合計量が増えることにより、硫黄対モリブデン比が4.4:1から25.5:1に変わって20:1を越え、そして、耐摩耗性能が改善されたことが示されている。しかしながら、上記摘示事項(C)の段落【0090】には、『「活性硫黄」は、耐摩耗作用のある、好ましくは耐食性である硫黄化合物を意味する』と記載されており、メチレンビスジ-n-ブチルジチオカルバメート(活性硫黄化合物)が追加で配合されている実施例1が比較例Aよりも耐摩耗性能が改善されるのは、メチレンビスジ-n-ブチルジチオカルバメート(活性硫黄化合物)の単なる増量効果であるとみることができ、少なくとも、この実験結果のみから、硫黄対モリブデン比が20:1を臨界点とし、それ以上でありさえすれば、硫黄分、モリブデン量それぞれの具体的な配合量にかかわらず(しかも、これらのいずれの配合量も、下限値が定められていない。)、耐摩耗性能に顕著な効果の差異が生じるということはできない〔例えば、比較例Aにおいて、硫黄分(400ppm)、硫酸灰分(0.2質量%)及びホウ素量(400ppm)をそのままにした上で、モリブデン量を90ppmから20ppm以下に削減したとき、硫黄対モリブデン比は20:1以上となるから、本願発明の要件のすべてを満たすこととなる。しかしながら、このような態様(比較例Aの変形)であっても、上記課題が解決し得るといえるとまでは断定できない。〕。 したがって、本願発明を規定する硫黄分、硫酸灰分、ホウ素量、モリブデン量及び硫黄対モリブデン比の数値範囲を同時に満たしさえすれば、上記課題が解決されることの技術的根拠が当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載されているとは認められない。 (1-4) 審判請求人の主張について 審判請求人は、平成28年9月6日付け意見書の3?4頁「(3)特許法第36条第6項第1号に基づく拒絶理由(理由1)について」の中で、「本願請求項1に規定する本発明の潤滑油組成物の硫酸灰分の上限は、0.3質量%に限定されました。本願実施例1は、硫酸灰分が0.2質量%であり、この条件を満たすものでありますが、比較例B及びCは、この条件を満たさないものであり、本願明細書の記載の実施例と比較例との相違点に対応する限定が追加されたことになります。この結果、上記補正後の請求項1に係る発明の範囲は、本願明細書記載の実施例、及び比較例により実証された、本願請求項1に記載の特定の硫黄分、硫酸灰分、ホウ素量、モリブデン量、及び硫黄対モリブデン比の組み合わせにより実現される顕著な技術的効果、とりわけ、特定の硫酸灰分、ホウ素量、及び硫黄対モリブデン比の組み合わせにより得られる顕著な技術的効果と一層良く対応するものとなりました。」と述べている。 しかしながら、硫酸灰分の量だけ、実施例1により近い数値に限定したとしても、本願発明を規定する硫黄分、硫酸灰分、ホウ素量、モリブデン量及び硫黄対モリブデン比の数値範囲を同時に満たすことにより上記課題が解決されることの技術的根拠が明確になるとはいえない。 (1-5)まとめ 以上のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明に、上記課題を解決するための技術的事項として開示されていると認められるのは、実施例1として開示された特定の潤滑油組成物その物のみであり、その特定の潤滑油組成物を特許請求の範囲に記載の請求項1に係る発明にまで拡張乃至一般化し得る技術的根拠は開示されておらず、また、本願出願時の技術常識を踏まえても開示されているとは認められない。 よって、本願の特許請求の範囲の請求項1は、上記技術課題を解決し得るものとして、発明の詳細な説明に記載されたものとは認められないので、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものでない。 (2) 理由2(特許法第29条第2項の規定について) (2-1)本願の優先日前に頒布されたことが明らかな刊行物 A.国際公開第2008/050717号(以下、「引用例A」という。 B.特開昭61-285292号公報(以下、「引用例B」という。) C.特開平6-271885号公報(以下、「引用例C」という。) (2-2)刊行物に記載の事項 A.引用例Aに記載の事項 (A1) 「請求の範囲 [1] 基油と、(A)一般式(I) R^(1)OOC-A^(1)-S-S-A^(2)-COOR^(2) ・・・(I) (式中、R^(1)及びR^(2)は、それぞれ独立に、酸素原子、硫黄原子、又は窒素原子を含んでいてもよい炭素数1?30のヒドロカルビル基、A^(1)及びA^(2)は、それぞれ独立にCR^(3)R^(4)またはCR^(3)R^(4)-CR^(5)R^(6)で表される基であって、R^(3)?R^(6)はそれぞれ独立に水素原子又は炭素数1?20のヒドロカルビル基を示す。)で表されるジスルフィド化合物 及び一般式(II) R^(7)OOC-CR^(9)R^(10)-CR^(11)(COOR^(8))-S-S-CR^(16)(COOR^(13))-CR^(14)R^(15)-COOR^(12)・・・・・・・・・・・・・・・・・(II) (式中、R^(7)、R^(8)、R^(12)及びR^(13)は、それぞれ独立に、酸素原子、硫黄原子、又は窒素原子を含んでいてもよい炭素数1?30のヒドロカルビル基、R^(9)?R^(11)及びR^(14)?R^(16)はそれぞれ独立に、水素原子又は炭素数1?5のヒドロカルビル基である。)で表されるジスルフィド化合物の中から選ばれる少なくとも一種を含み、さらに(B)アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属系清浄剤の中から選ばれる少なくとも一種を金属量として10?2000質量ppmを含むことを特徴とする内燃機関用潤滑油組成物。 [2] 前記(A)成分のジスルフィド化合物の中から選ばれる少なくとも一種を硫黄量として0.01?0.50質量%を含む請求項1に記載の内燃機関用潤滑油組成物。」 (A2) 「[0001] 本発明は内燃機関用潤滑油組成物、特にガソリンエンジン、ディーゼルエンジン又はガスエンジンなどの内燃機関用として好適な潤滑油組成物に関するものであり、さらに詳しくは、低灰分量、低リン含有量及び低硫黄含有量でありながら耐摩耗性を維持し、耐熱性に優れ、さらに、潤滑油の更油間隔を延長しうる長寿命の潤滑油組成物に関するものである。」 (A3) 「[0009] 本発明者は、前記の好ましい性質を有する内燃機関用潤滑油組成物を開発すべく鋭意研究を重ねた結果、特定の構造を有するジスルフィド化合物と特定量の清浄剤とを組み合わせて用いることで上記目的を達成し得ることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成したものである。 すなわち、本発明は、 (1) 基油と、(A)一般式(I) R^(1)OOC-A^(1)-S-S-A^(2)-COOR^(2 )・・・(I) (式中、R^(1)及びR^(2)は、それぞれ独立に、酸素原子、硫黄原子、又は窒素原子を含んでいてもよい炭素数1?30のヒドロカルビル基、A^(1)及びA^(2)は、それぞれ独立にCR^(3)R^(4)またはCR^(3)R^(4)-CR^(5)R^(6)で表される基であって、R^(3)?R^(6)はそれぞれ独立に水素原子又は炭素数1?20のヒドロカルビル基を示す。)で表されるジスルフィド化合物 及び一般式(II) R^(7)OOC-CR^(9)R^(10)-CR^(11)(COOR^(8))-S-S-CR^(16)(COOR^(13))-CR^(14)R^(15)-COOR^(12)・・・・・・・・・・・・・・・・・(II) (式中、R^(7)、R^(8)、R^(12)及びR^(13)は、それぞれ独立に、酸素原子、硫黄原子、又は窒素原子を含んでいてもよい炭素数1?30のヒドロカルビル基、R^(9)?R^(11)及びR^(14)?R^(16)はそれぞれ独立に、水素原子又は炭素数1?5のヒドロカルビル基である。)で表されるジスルフィド化合物の中から選ばれる少なくとも一種を含み、さらに(B)アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属系清浄剤の中から選ばれる少なくとも一種を金属量として10?2000質量ppmを含むことを特徴とする内燃機関用潤滑油組成物、 (2) 前記(A)成分のジスルフィド化合物の中から選ばれる少なくとも一種を硫黄量として0.01?0.50質量%を含む上記(1)の内燃機関用潤滑油組成物、 (3) 前記(B)成分のアルカリ金属もしくはアルカリ土類金属系清浄剤がサリチレートもしくはスルホネートからなる上記(1)又は(2)の内燃機関用潤滑油組成物、及び (4) 前記(B)成分の金属がCaもしくはMgである上記(1)?(3)いずれかの内燃機関用潤滑油組成物、 を提供するものである。」 (A4) 「[0023] 本発明の潤滑油組成物における(A)成分のジスルフィド化合物の含有量は、該組成物の使用目的や使用条件などに応じて適宜選定されるが、通常、硫黄量として0.01?0.50質量%を含むことが好ましく、より好ましくは0.01?0.30質量%の範囲である。 [0024] また、本発明の潤滑油組成物においては、(B)成分としてアルカリ金属もしくはアルカリ土類金属系清浄剤の中から選ばれる少なくとも一種を金属量として10?2000質量ppmを含むことを要する。好ましくは100?2000質量ppm、よりこのましくは200?2000質量ppmである。 金属量として(B)成分の含有量を上記範囲にすることによって、酸中和性能を維持し、灰分の増加を抑えることで、DPFの目詰まりを防ぐと共に、デポジットの生成を抑え潤滑油の更油間隔の延長が可能となる。」 (A5) 「[0033] 製造例2 油溶性モリブデン含有組成物 ポリブテニル(分子量1000)コハク酸無水物(PIBSA)と、ハンツマン・ケミカル社からE-100ポリエチレンアミンとして市販されているポリエチレンポリアミンオリゴマーの混合物とから、アミンとPIBSAのモル比0.5:1で合成したビスコハク酸イミド250g、およびニュートラル油162.5gを温度調節器、機械攪拌器および水冷冷却器を備えたガラス製反応器に入れた。混合物をモリブデン酸塩化反応の温度を70℃に過熱した。反応温度に保ちながら、酸化モリブデン26.6g及び水45.8gを反応器に加えた。次いで、反応器を反応温度70℃で28時間維持した。モリブデン酸塩化反応の終了後に、温度99℃、圧力25mmHg(絶対値)以下で約30分間蒸留を行なって水分を除去した。生成物は、モリブデン4.01質量%と窒素1.98質量%を含んでいた。 実施例1?3、比較例1 第1表に記載の配合組成に基づいて潤滑油組成物を調製した。 得られた潤滑油組成物それぞれについてリン濃度、硫黄濃度及び硫酸灰分を測定し、ホットチューブ試験、LFW-1摩擦試験及びISOT試験を行った。測定結果及び評価結果を第1表に示す。 [0034] [表1] 注」 *1.100N鉱油:水素化精製鉱油、100℃動粘度4.5mm^(2)/s,硫黄分0.01質量%以下 *2.500N鉱油:水素化精製鉱油、100℃動粘度10.9mm^(2)/s,硫黄分0.01質量%以下 *3.粘度指数向上剤:ポリメタクリレート(重量平均分子量;90,000) *4.流動点降下剤:ポリアルキルメタクリレート(重量平均分子量;69,000) *5.ジスルフィド:ビス(n-オクトキシカルボニルメチル)ジスルフィド、硫黄含有量15.8質量%(製造例1で調製) *6.金属系清浄剤:カルシウムスルホネート(塩基価300mgKOH/g、カルシウム含有量;12質量%) *7.ヒンダードフェノール系酸化防止剤:4,4'-メチレンビス(2,6-ジ-t-ブチルフェノール) *8.アミン系酸化防止剤:ジアルキルジフェニルアミン(アルキル基はブチル基とオクチル基の混合物) *9.モリブデン系酸化防止剤:製造例2で調製した油溶性モリブデン含有組成物 *10.無灰分散剤:ポリブテニルコハク酸イミド(窒素含有量;0.7質量%)*11.無灰分散剤:ホウ素変性ポリブテニルコハク酸イミド(ホウ素含有量;0.2質量%、窒素含有量;2.1質量%) *12.銅不活性剤:ベンゾトリアゾール *13.消泡剤:シリコーン油 [0035] 第1表より以下のことがわかる。 実施例1は、比較例の処方の内、ZnDTPの硫黄量を基準に本発明に係わるジスルフィド化合物に置き換えたものであり、実施例1の耐摩耗性は、比較例と同等であり、耐熱性(ホットチューブ試験)は比較例より良好である。 実施例2は、比較例の処方の内、ZnDTP対比硫黄量を減量して本発明に係わるジスルフィド化合物に置き換えたものであり、実施例2の耐摩耗性及び塩基価維持特性は比較例対比同等であり耐熱性は良好である。 実施例3は、比較例の処方の内ZnDTP対比硫黄量を減量して本発明に係わるジスルフィド化合物に置き換え、硫酸灰分を0.6質量%以下となるように調整(Ca系清浄剤増量)した処方である。実施例3の耐摩耗性は比較例と同等であり、耐熱性、塩基価維持特性は良好である。 [0036] 実施例1?3の処方は、いずれも触媒被毒の原因であるリンを含まず、さらに、実施例2及び3で示したように耐摩耗性を損なうことなく触媒被毒の原因となりうる硫黄量の削減が可能である。また、一般にDPF詰まりとなる金属分の総量を表す硫酸灰分の上限が設定されている(API規格、JASO規格等)。そのため、DPFへの影響を考えると実施例3で示したように、本発明に係わるジスルフィド化合物をZnDTPの代替として用いた潤滑油組成物は、耐摩耗性を損なうことなく、耐熱性(ホットチューブ試験)及びISOT試験後の塩基価維持特性を良好にすることが可能である。」 B.引用例Bに記載の事項 (B1)2頁左下欄9行?右下欄11行 「従来、潤滑添加剤として有用な有機モリブデン化合物は、その分子内に硫黄原子を含有する事が必須とされていた。つまり、分子内に含有するモリブデンと硫黄により潤滑面に二硫化モリブデンが生成する事で潤滑性能が発揮されるとされていた。しかしながら、本発明者らは、この分子内に含有される活性な硫黄原子が金属の腐食という点では、悪影響を及ぼしているのではないかと考え、この相矛盾する2つの点を解決すべく鋭意研究を行なった。その結果、驚くべき事に、還元モリブデン酸とアミンの反応による生成物は単品では潤滑添加剤としての性能はほとんど有しないものの、硫黄含有化合物と組合せる事により非常に良好な潤滑性能を有する事が判明した。 つまり、本発明の潤滑剤組成物は三酸化モリブデン、モリブデン酸又はそのアルカリ塩を還元剤を使用して還元した後、アミノ性窒素原子含有化合物と反応させて製造した新規な油溶性モリブデン化合物と、硫黄含有化合物とを必須の成分として含有し、従来から使用されている、ZDTP、 Mo-DTP、 Mo-DTCと同等以上の潤滑性能を有し、かつ金属腐食性に優れたものである。」 (B2)4頁左上欄下から1行?右上欄4行 「アミンとしてポリアルキレンポリアミンのサクシンイミド等、通常無灰型分散剤として潤滑油に使用されるアミン類を使用した場合は、特にベースオイルへの溶解速度が速く、かつ分散剤としての機能も有する組成物が得られる。」 (B3)4頁右下欄11?16行 「モリブデン化合物と含硫黄化合物の割合は、モリブデンl原子に対して硫黄原子が0.5以上、好ましくは1.5以上であるのが良い。上限は特になく、含硫黄化合物が潤滑剤の添加剤として多量に添加される場合もある。しかしながら、通常上限はモリブデン/硫黄比が50程度である。」 C.引用例Cに記載の事項 (C1) 「【0012】上記の基材に配合される添加剤のうち、(A)成分である化2の一般式で示されるアミンモリブデンコンプレックス化合物は、例えば、酸化モリブデン、モリブデン酸またはそのアルカリ塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩)など、あるいはこれらを還元して得られるもの(以下、これらをまとめて「モリブデン化合物」と言う)を、アミン類と反応させることなどにより調製することができる。」 (C2) 「【0014】還元剤の使用量は、酸化モリブデン、モリブデン酸またはその塩の所望の還元程度に応じて適宜選定すればよいが、還元程度が少なすぎれば、アミンモリブデンコンプレックス化合物の腐食摩耗防止性を優れたものとすることができず、多すぎても、この効果は飽和してしまうため、酸化モリブデン、モリブデン酸またはその塩に対し、1:0.3?1:3当量程度、好ましくは1:1?1:1.5当量程度とすることが適している。」 (2-3)引用例A記載の発明 (ア) 上記摘示事項(A5)の段落[0034]の[表1]によれば、引用例Aには、実施例1として、「100N鉱油と500N鉱油の混合物に対し、ジスルフィド化合物を硫黄量で0.13質量%、Ca系清浄剤をCa量で1100質量ppm、Mo系酸化防止剤をMo量で100質量ppm、ホウ素化ポリブテニル琥珀酸イミドをB量で400質量ppm、他に、粘度指数向上剤、流動点降下剤、ヒンダードフェノール系酸化防止剤、アミン系酸化防止剤、ポリブテニル琥珀酸イミド、銅不活性化剤、消泡剤が適量鉱油に配合され、ZnDTPが配合されず、全体として硫黄分が0.15質量%、硫酸灰分が0.43質量%である潤滑油組成物」が開示されている。 (なお、上記[表1]の表記からは、ジスルフィド化合物の「質量%」が、硫黄量として示されているのか、ジスルフィド化合物そのものの質量として示されているのか定かでないが、上記摘示事項(A1)の[2]や上記摘示事項(A4)によれば、硫黄量として示されているとみるのが自然である。) (イ) 上記摘示事項(A2)によれば、引用例A記載の内燃機関用潤滑油組成物は、「低灰分量、低リン含有量及び低硫黄含有量でありながら耐摩耗性を維持し、耐熱性に優れ、さらに、潤滑油の更油間隔を延長しうる長寿命の潤滑油組成物」であるといえる。 上記検討事項(ア)、(イ)によれば、引用例Aには、実施例1として、 「鉱油と、(A)ジスルフィド化合物を硫黄量として0.13質量%を含み、さらに(B)Ca系清浄剤をCa量として1100質量ppmを含み、その上、Mo系酸化防止剤をMo量で100質量ppm、ホウ素化ポリブテニル琥珀酸イミドをB量で400質量ppm、他に、粘度指数向上剤、流動点降下剤、ヒンダードフェノール系酸化防止剤、アミン系酸化防止剤、ポリブテニル琥珀酸イミド、銅不活性化剤、消泡剤が適量鉱油に配合され、ZnDTPが配合されず、全体として硫黄分が0.15質量%、硫酸灰分が0.43質量%である、低灰分量、低リン含有量及び低硫黄含有量でありながら耐摩耗性を維持し、耐熱性に優れ、さらに、潤滑油の更油間隔を延長しうる長寿命の内燃機関用潤滑油組成物。」(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 (2-4)対比・判断 本願発明と引用発明とを対比する。 ○引用発明の「内燃機関用潤滑油組成物」は、本願発明の「潤滑油組成物」に相当する。 ○引用発明の「硫黄分が0.15質量%」と本願発明の「硫黄分が0.4質量%以下」は、「硫黄分が0.15質量%」である点で一致する。 ○引用発明の「鉱油」は、潤滑油の基油である、つまり、主要量含まれると共に潤滑粘度を有するものであるから、本願発明の「(a)主要量の潤滑粘度の油」に相当する。 ○本願明細書の段落【0030】に、油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物の一例として「ホウ酸化ポリイソブテニルコハク酸イミド」が挙げられていることからして、引用発明のホウ素化ポリブテニル琥珀酸イミドは、油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物に該当し、したがって、引用発明の「ホウ素化ポリブテニル琥珀酸イミドをB量で400質量ppm」と本願発明の「(b)組成物の全質量に基づくホウ素量が40ppm以上600ppm以下となる量の、少なくとも1種の油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物」とは、「(b)組成物の全質量に基づくホウ素量が400ppmとなる量の、1種の油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物であるホウ素化ポリブテニル琥珀酸イミド」である点で一致する。 ○Mo系酸化防止剤は、上記摘示事項(A5)の段落[0034]によれば、「油溶性モリブデン含有組成物」であるから、油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物に該当し、したがって、引用発明の「Mo系酸化防止剤をMo量で100質量ppm」と本願発明の「(c)組成物の全質量に基づくモリブデン量が800ppm以下となる量の、少なくとも1種の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物」とは、「(c)組成物の全質量に基づくモリブデン量が100ppmとなる量の、1種の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物であるMo系酸化防止剤」である点で一致する。 ○引用発明の「ZnDTPが配合されず」は、本願発明の「ジアルキルジチオリン酸亜鉛を含まない」に相当する。 したがって、本願発明と引用発明とは、 「硫黄分が0.15質量%の潤滑油組成物であって、(a)主要量の潤滑粘度の油、(b)組成物の全質量に基づくホウ素量が400ppmとなる量の、一種の油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物であるホウ素化ポリブテニル琥珀酸イミド、および(c)組成物の全質量に基づくモリブデン量が100ppmとなる量の、一種の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物であるMo系酸化防止剤を含む潤滑油組成物、ただし、該潤滑油組成物はジアルキルジチオリン酸亜鉛を含まない。」である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点1> ASTM D874で測定した硫酸灰分が、本願発明では、「0.3質量%以下」であることが特定されているのに対し、引用発明では、「0.43質量%」である点。 <相違点2> 硫黄対モリブデン比が、本願発明では、「20:1乃至100:1」であることが特定されているのに対し、引用発明では、硫黄が0.15質量%(1500ppm)であり、モリブデン量が100質量ppmであるから、「15:1」である点。 <相違点1>について 引用発明は、「低灰分量、低リン含有量及び低硫黄含有量でありながら耐摩耗性を維持し、耐熱性に優れ、さらに、潤滑油の更油間隔を延長しうる長寿命の内燃機関用潤滑油組成物」に関するものであるから、「低灰分量」であることが求められるところ、上記摘示事項(A4)の段落[0024]によれば、アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属系清浄剤を、金属量として「より好ましくは200?2000質量ppm」の範囲とすることにより、「酸中和性能を維持し、灰分の増加を抑えることで、DPFの目詰まりを防ぐと共に、デポジットの生成を抑え潤滑油の更油間隔の延長が可能となる」ことが記載されており、引用発明において、Ca系清浄剤の配合量を、Ca量としての1100質量ppmを200?2000質量ppmの範囲で調整可能であることが理解される。そして、上記摘示事項(A5)の段落[0034][表1]の実施例2(Ca量1100質量ppm)と実施例3(Ca量1600質量ppm)を比較すると、これらの成分組成は、Ca系清浄剤の配合量(硫酸灰分を除く)のみで相違し、Ca系清浄剤が500ppm少ない実施例2は、硫酸灰分が0.16質量%少なくなっている。すなわち、Ca系清浄剤の配合量を削減すれば顕著に硫酸灰分を減らせることが確認されている。そして、引用発明は、低灰分量であることを特徴の一つとするものであり、それにより、DPFの目詰まりを防ぐ等の作用効果を得ようとするものであるから、引用発明において、Ca系清浄剤の配合量を、酸中和性能が維持される許容範囲内で削減することで、硫酸灰分を削減しようとすることは、当業者が容易になし得ることである。 <相違点2>について 引用発明は、「低灰分量、低リン含有量及び低硫黄含有量でありながら耐摩耗性を維持し、耐熱性に優れ、さらに、潤滑油の更油間隔を延長しうる長寿命の内燃機関用潤滑油組成物」に関するものであるから、「低硫黄含有量」であることが求められるところ、上記摘示事項(A1)の[2]及び摘示事項(A4)によれば、引用発明において、ジスルフィド化合物は硫黄量としての0.13質量%を0.01?0.50質量%、より好ましくは0.01?0.30質量%の範囲で調整可能であることが理解されるから、引用例Aの発明者は、少なくとも0.30質量%レベルの硫黄量であれば「低硫黄含有量」と認識していると認められる(なお、上記摘示事項(A5)の段落[0034][表1]の実施例1?3を参照すると、ジスルフィド化合物の硫黄量と潤滑油組成物の全体硫黄量とで、0.02質量%の差が生じており、この差は、ジスルフィド化合物以外を由来とする硫黄分が存在するためと理解されるから、ジスルフィド化合物由来の硫黄量+0.02質量%を潤滑油組成物の硫黄量として、以下検討を進める。)。 そして、上記摘示事項(A3)によれば、引用発明のジスルフィド化合物は、「耐摩耗性を維持し、耐熱性に優れ、さらに、潤滑油の更油間隔を延長しうる」ことに寄与するものであるということができ、実際、上記摘示事項(A5)の段落[0034][表1]及び段落[0035]によれば、実施例1、2は、ジスルフィド化合物に関する事項以外は、全ての添加剤の種類及びその配合量を固定したものであり、それらの実験例の結果は摩耗痕幅(耐摩耗性能)を観察することで評価されている。そして、これによると、ジスルフィド化合物を硫黄量で0.13質量%配合した実施例1では、LFW-1摩擦痕幅が0.45mmであり、一方、ジスルフィド化合物を硫黄量で0.06質量%配合した実施例2では、LFW-1摩擦痕幅が0.50mmであるから、ジスルフィド化合物を硫黄量で、0.06質量%から0.13質量%に増加させると、LWF-1摩擦痕幅が抑制される、すなわち、耐摩耗性が向上することが示されていると認められる。 そうすると、引用発明において、耐摩耗性の向上を目的とし、ジスルフィド化合物の配合量を、低硫黄含有量の範囲内の0.30質量%(その場合、潤滑油組成物の硫黄量は合計で0.32質量%である。)を上限として増加させることは、当業者が容易になし得ることでしかない。 そして、その結果として、モリブデン量100質量ppmに対して、硫黄分を0.15質量%から0.32質量%の範囲にしたものの硫黄対モリブデン比は15:1?32:1となり、その大部分である20:1乃至32:1の範囲で本願発明と重複することとなる。 また、上記摘示事項(B1)によれば、「三酸化モリブデン、モリブデン酸又はそのアルカリ塩を還元剤を使用して還元した後、アミノ性窒素原子含有化合物と反応させて製造した新規な油溶性モリブデン化合物と、硫黄含有化合物とを必須の成分として含有」する潤滑油が「ZDTP、 Mo-DTP、 Mo-DTCと同等以上の潤滑性能を有」すること、上記摘示事項(B2)によれば、アミノ性窒素原子含有化合物には、イミド化合物も含まれること、そして、上記摘示事項(B3)によれば、その際の「モリブデン化合物と含硫黄化合物の割合は、モリブデンl原子に対して硫黄原子が0.5以上、好ましくは1.5以上であ」り、「通常上限はモリブデン/硫黄比が50程度である」ことが記載されている。 そして、上記摘示事項(A5)の段落[0033]によれば、酸化モリブデンとビスコハク酸イミドをモリブデン酸塩化反応させて油溶性モリブデン含有組成物を得て、それをモリブデン系酸化防止剤として用いており、技術常識からみて、この反応は、還元された酸化モリブデンとビスコハク酸イミドとの反応であると推察される(上記摘示事項(C1)、(C2)参照)。そして、そのように還元された酸化モリブデンとビスコハク酸イミドをモリブデン酸塩化反応させて得た油溶性モリブデン含有組成物と硫黄含有化合物とを、モリブデン1原子に対し硫黄原子が1.5以上と多くなるように用いることで、良好な潤滑性能が得られることが既知であるから、引用発明を実施するに際し、許容される範囲でモリブデン系酸化防止剤(油溶性モリブデン含有組成物)のモリブデン1原子に対し、硫黄含有化合物(ジスルフィド化合物)の硫黄原子を、上限50の範囲で1.5以上と多くなるようにすることで、潤滑性能の向上を図ることは、当業者が容易になし得ることである。そして、モリブデン1原子に対し、硫黄原子をどの程度多くするかは、潤滑性能、及び、その他の物性のバランスを考慮して、当業者が適宜なし得る好適化の範疇である。 <本願発明の効果>について 本願発明の効果は、明細書の段落【0012】によれば、「ホウ素及びモリブデンを比較的低いレベルでありながら、内燃機関に使用したときに高い摩耗防止性能を示す」ものと認められるが、引用発明も、本願発明と同程度に「ホウ素及びモリブデンを比較的低いレベル」に調整されており、また、摩耗防止性能を奏する点でも一致する。そして、上記「<相違点2>について」で検討したように、モリブデン1原子に対し硫黄原子の配合量を調整することで、潤滑性能(摩擦防止性能)の向上が図れることも公知の知見である。 とするならば、本願発明は引用発明と比して、異質又は顕著な効果の差異を奏するものとはいえない。 (2-5)審判請求人の主張について 審判請求人は、平成28年9月6日付け意見書の4?5頁の「(4)特許法第29条第2項に基づく拒絶理由(理由2)について」の中で、 a. 引用例Aの実施例/比較例では、硫黄対モリブデン比が8:1(実施例2)から17:1(比較例1)と大きく異なるのに対して、摩耗痕幅は0.50mmから0.51mmと、ほぼ同等であり、引用例Aを参照した当業者は、硫黄対モリブデン比を調整することが、摩耗性能に影響を与え得るとは認識しなかった、 b. 引用例Aの実施例1、2と、実施例3、比較例1とでは、硫酸灰分が0.43質量%から0.59質量%と大きく異なるのに対して、、摩耗痕幅は0.45mm及び0.50mmから0.49mm及び0.51mmと、ほぼ同等であり、引用例Aを参照した当業者は、硫酸灰分を調整することが、摩耗性能に影響を与え得るとも認識しなかった、 旨主張している。 しかしながら、上記aについて検討すると、引用例Aの実施例1と実施例2の結果を比較すれば、硫黄量を調整することで摩擦性能を調整することまでは記載乃至示唆されているといえることは、上記「<相違点2>について」で検討したとおりであり、そして、硫黄量を調整したとき、硫黄対モリブデン比も連動して調整されることとなるから、硫黄対モリブデン比に着目しなくても、結果として本願発明の硫黄対モリブデン比に到達することは、当業者にとって十分に想起し得ることである。また、上記「<相違点2>について」で述べたように、硫黄対モリブデン比に着目すること自体は、既に引用例Bに開示された公知技術にすぎないから、この点が、本願発明特有の技術事項とも認められない。 次に、上記bについて検討すると、上記「<相違点1>について」で検討したとおり、硫酸灰分と摩耗性との関係に着目しなくても、低灰分量が求められている引用発明において、Ca系清浄剤の配合量を削減すれば顕著に硫酸灰分を減らせることが確認されているので、Ca系清浄剤の配合量を許容される範囲で低減したとき、結果として、本願発明の硫酸灰分に到達することは、当業者にとって十分に想起し得ることである(なお、本願明細書にも、「硫酸灰分を調整することが、摩耗性能に影響を与え得る」との認識は示されていない。)。 したがって、審判請求人の主張を参酌しても、上記の結論を覆すことはできない。 (2-6)まとめ よって、本願発明は、引用発明、又は、引用発明及び引用例Bに記載の技術事項に基いて当業者であれば容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。 第5 結語 したがって、本願は、請求項2ないし11について検討するまでもなく、特許法49条第2号及び第4号の規定に該当し、拒絶すべきものである。 |
審理終結日 | 2016-10-19 |
結審通知日 | 2016-10-20 |
審決日 | 2016-11-01 |
出願番号 | 特願2011-542261(P2011-542261) |
審決分類 |
P
1
8・
537-
WZ
(C10M)
P 1 8・ 121- WZ (C10M) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 松原 宜史 |
特許庁審判長 |
豊永 茂弘 |
特許庁審判官 |
日比野 隆治 岩田 行剛 |
発明の名称 | 潤滑油組成物 |
代理人 | 特許業務法人浅村特許事務所 |