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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B41M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B41M
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B41M
管理番号 1327872
異議申立番号 異議2016-700716  
総通号数 210 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-06-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-08-09 
確定日 2017-03-30 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5868765号発明「画像保護方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5868765号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-3〕について訂正することを認める。 特許第5868765号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5868765号の請求項1ないし3に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願は、平成24年4月2日に特許出願され、平成28年1月15日に特許の設定登録がされ、平成28年2月24日に特許掲載公報が発行されたところ、特許掲載公報の発行の日から6月以内である平成28年8月9日に特許異議申立人伊村友彰により特許異議の申立てがなされ、平成28年10月20日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である平成28年12月22日に意見書の提出及び訂正請求(以下「本件訂正請求」といい、本件訂正請求による訂正を「本件訂正」という。)がなされたものである。
また、本件訂正に関し、特許異議申立人は平成29年2月21日に意見書を提出した。

第2 訂正の適否についての判断
本件訂正請求は、本件特許の特許請求の範囲について、以下のとおり訂正することを求めるものである。
1 訂正の内容
特許権者は、本件特許の請求項1に、
「画像層の上に当該画像層を保護するための保護層を形成する保護層形成工程を含み、
上記画像層は、
水又は親水性有機溶媒及び樹脂を含み、当該樹脂が当該水又は当該親水性有機溶媒に乳濁又は懸濁している水性ラテックスインクによりインクジェット方式を用いて形成されたものであり、
上記保護層は、
形成された上記画像層が乾燥した後に、水又は親水性有機溶媒及び樹脂を含み、当該樹脂が当該水又は当該親水性有機溶媒に乳濁又は懸濁している水性ラテックスインクによりインクジェット方式を用いて形成され、かつ
形成された当該水性ラテックスインクの層から上記水又は上記親水性有機溶媒が蒸発して樹脂層を形成して硬化するまでの間に、当該樹脂層のレベリングがなされることによりその表面が平滑化されたものである、画像保護方法。」とあったものを、
「画像層の上に当該画像層を保護するための保護層を形成する保護層形成工程を含み、
上記画像層は、
水又は親水性有機溶媒及び樹脂を含み、当該樹脂が当該水又は当該親水性有機溶媒に乳濁又は懸濁している水性ラテックスインクによりインクジェット方式を用いて形成されたものであり、
上記保護層は、
形成された上記画像層が乾燥して硬化し水性ラテックスインクにより侵食されなくなった後に、水又は親水性有機溶媒及び樹脂を含み、当該樹脂が当該水又は当該親水性有機溶媒に乳濁又は懸濁している水性ラテックスインクによりインクジェット方式を用いて形成され、かつ
形成された当該水性ラテックスインクの層から上記水又は上記親水性有機溶媒が蒸発して樹脂層を形成して硬化するまでの間に、当該樹脂層のレベリングがなされることによりその表面が平滑化されたものである、画像保護方法。」(下線は審決で付した。以下同じ。)と訂正することを請求する。
なお、請求項1の記載を引用する請求項2及び3も、請求項1の記載の訂正に伴い訂正されたこととなる。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
本件訂正は、本件特許の請求項1において、「保護層」が形成されるのが、「画像層が乾燥した後」であるものから、「画像層が乾燥して硬化し水性ラテックスインクにより侵食されなくなった後」であるものへと限定をするものであり、当該限定に係る本件訂正は、本件特許の明細書の段落【0034】、【0036】、【0037】及び【0081】に記載されていた事項に基づくものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

3 訂正における一群の請求項の存否
本件特許の請求項2及び3は、本件訂正後の請求項1の記載を引用するものであるから、請求項1ないし3は一群の請求項である。
したがって、本件訂正請求は、一群の請求項ごとに請求されたものである。

4 むすび
したがって、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項の規定及び同条第9項で準用する同法第126条第4項ないし第7項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1-3〕について訂正を認める。

第3 特許異議の申立てについて
1 本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1ないし3に係る発明(以下それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明3」といい、本件発明1ないし3を総称して「本件発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
画像層の上に当該画像層を保護するための保護層を形成する保護層形成工程を含み、
上記画像層は、
水又は親水性有機溶媒及び樹脂を含み、当該樹脂が当該水又は当該親水性有機溶媒に乳濁又は懸濁している水性ラテックスインクによりインクジェット方式を用いて形成されたものであり、
上記保護層は、
形成された上記画像層が乾燥して硬化し水性ラテックスインクにより侵食されなくなった後に、水又は親水性有機溶媒及び樹脂を含み、当該樹脂が当該水又は当該親水性有機溶媒に乳濁又は懸濁している水性ラテックスインクによりインクジェット方式を用いて形成され、かつ
形成された当該水性ラテックスインクの層から上記水又は上記親水性有機溶媒が蒸発して樹脂層を形成して硬化するまでの間に、当該樹脂層のレベリングがなされることによりその表面が平滑化されたものである、画像保護方法。
【請求項2】
前記インクジェット方式としてピエゾ方式を用いる、請求項1に記載の画像保護方法。
【請求項3】
上記保護層は紫外線吸収剤を含む、請求項1又は2に記載の画像保護方法。」

2 取消理由の概要
請求項1ないし3に係る特許に対して平成28年10月20日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は次のとおりである。

理由1:本件特許の請求項1?3に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。あるいは、この出願の請求項1?3に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲1及び甲2に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本件特許は、特許法第29条第1項第3号又は第2項の規定に違反してされたものである。


甲1:特開2010-221670号公報
甲2:特開2012-51124号公報

理由2:本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
したがって、本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。


請求項1には「形成された当該水性ラテックスインクの層から上記水又は上記親水性有機溶媒が蒸発して樹脂層を形成して硬化するまでの間に、当該樹脂層のレベリングがなされることによりその表面が平滑化されたものである、」と記載されているが、当該記載では、どの程度「レベリング」がなされることにより、どの程度「平滑化」されたものが本件発明1に含まれるのかが明確でない。本件発明1の発明特定事項を全て含む本件発明2,3についても同様である。

3 当審の判断
(1)理由2について
本件発明の解釈にも関係するため、理由2について、先に判断を示す。
ア 理由2は、どの程度の「レベリング」又は「平滑化」が、本件発明1の「レベリング」又は「平滑化」に含まれるのか不明であったことを前提として通知したものである。
イ しかしながら、本件特許の明細書には、「【0006】・・・つまり、UVインクを着弾直後に硬化させると、インク表面が平滑にならずに硬化されるので、着弾したインクドットの粒状感が残り、印刷表面が平滑にならない。」と記載されており、当該記載からみて、本件発明1の「レベリング」又は「平滑化」が意味するところは、UVインクを着弾直後に硬化させる場合と比較して、着弾したインクドットの粒状感が残っておらず、印刷表面が平滑である状態であると解される。
ウ してみると、本件発明1の「レベリング」又は「平滑化」は不明りょうな記載であるとはいえないから、本件発明1は明確である。
エ よって、本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たす特許出願に対してされたものである。

(2)理由1について
ア 甲1について
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲1(特開2010-221670号公報)には、次の事項が記載されている。
(ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
インク非吸収性および/または低吸収性の記録媒体に、水性インクセットを用いたインクジェット記録方式により画像を形成する印刷方法であって、
(1)前記水性インクセットは、着色剤を含む色インクと、着色剤を含まない樹脂インクとを備え、
(2)前記色インクは、水不溶性の前記着色剤と、樹脂成分と、水溶性溶剤と、界面活性剤とを含み、
(3)前記樹脂インクは、水溶性樹脂溶剤と、樹脂成分とを含み、当該樹脂成分は、水には不溶であるが当該水溶性樹脂溶剤には相溶し、粒子径が30nm以上100nm以下で、ガラス転移温度が40℃以上である熱可塑性の樹脂粒子と、融点が100℃以上のワックスとを含み、
(4)前記樹脂インクの表面張力が、前記色インクより高く、かつ35mN/m以下であり、
(5)印刷工程は、前記色インクで記録する工程と、少なくとも前記色インクで記録する工程の後に、前記樹脂インクで記録する工程とを含み
(6)印刷中および/または印刷後に乾燥工程を含む、ことを特徴とするインクジェット記録方式の印刷方法。
【請求項2】
前記色インクは、前記樹脂インク中に含まれる熱可塑性樹脂粒子およびワックスと同じ熱可塑性樹脂粒子およびワックスを前記樹脂成分として含む、請求項1に記載の印刷方法。」
(イ)「【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット記録方法およびその記録物に関する。さらに詳しくは、インク吸収性および吸水性の記録媒体にインクジェット記録方式で画像を形成する印刷方法に関する。
【背景技術】
・・・略・・・
【0004】
しかし、インク吸収性の高いインクジェット記録用媒体に印刷する場合、に比べて、インクが吸収されないか又は吸収されにくいため、乾燥後のインクが磨耗により剥離しやすいという問題がある。
乾燥後のインクの耐擦性を高めるためには、インク中の着色剤や樹脂成分の量を増大させればよいが、この場合には、インク粘度が高くなり、高速印刷において吐出安定性を確保することが難しくなる。また、インクジェットヘッドの目詰まりが起こりやすくなる。このため、高速印刷やインクジェットヘッドの目詰まり防止を考慮すると、インク中に添加する着色剤や樹脂成分の量には限界がある。
・・・略・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明は、インク非吸収性および低吸収性の記録媒体に対して、高速印刷が可能であって、耐擦性に優れ、インクジェットヘッドの目詰まりを生じにくいインクジェット記録方式の印刷方法を提供することを目的とする。」
(ウ)「【0015】
[水性インクセット]
本実施形態に係る印刷方法に用いる水性インクセットは、着色剤を含む色インクと、着色剤を含まない樹脂インクを備える。色インクとは、記録媒体にカラー及びモノクロの画像を形成するためのインクである。さらに、樹脂インクとは、前述の色インクの印刷前、印刷中の同時、あるいは印刷後に印刷して、主に印刷物に耐擦性を付与する目的に使われる。以下、各インクについて説明する。
・・・略・・・
【0023】
さらに、樹脂成分として、水には不要であるが水溶性樹脂溶剤には相溶する熱可塑性樹脂粒子と、ワックスとを含むことが好ましい。熱可塑性樹脂粒子を含むことにより、乾燥後の色インクの耐擦性を向上させることができる。また、ワックスを含むことにより、乾燥後の色インクの滑り性を向上させることができ、結果的に、耐擦性を向上させることができる。この熱可塑性樹脂粒子およびワックスの具体例については、樹脂インクの項で説明する。
また、色インクが、樹脂成分として熱可塑性樹脂粒子およびワックスを含む場合には、樹脂インクに含まれるものと同じ熱可塑性樹脂粒子およびワックスを含むことが好ましい。このように、樹脂インクに含まれるものと同じ熱可塑性樹脂粒子およびワックスを含むことにより、樹脂成分同士の相性が良好となることから、色インクと樹脂インクの界面での剥離が生じることを防止できる。」
(エ)「【0031】
[樹脂インク]
樹脂インクは、水溶性樹脂溶剤と、樹脂成分として、水には不溶であるが前記水溶性樹脂溶剤には相溶する熱可塑性の樹脂粒子およびワックスを含んでいる。相溶とは、樹脂溶剤中に樹脂粒子を混ぜると溶解あるいは粒子が膨潤する組み合わせを指す。以下、各成分について説明する。
【0032】
(水溶性樹脂溶剤)
水溶性樹脂溶剤は、樹脂インクに同時に添加している樹脂粒子と相溶する水溶性溶剤から選ばれる。用いる樹脂によって最適な組み合わせはあるが、例えば、水溶性の複素環式化合物、水溶性のアルキレングリコールアルキルエーテル等が好ましく、具体的には、N-メチル-2-ピロリドン、N-エチル-2-ピロリドン、N-ビニル-2-ピロリドン、2-ピロリドン等のピロリドン類、ジメチルスルホキシド、ε-カプロラクタム、乳酸メチル、乳酸エチル、乳酸イソプロピル、乳酸ブチル、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールエチルメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールイソプロピルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールジメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールジメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル、1,4-ジオキサン等が好ましい。特に、樹脂インクの保存安定性、十分な乾燥速度、と樹脂粒子の皮膜化促進の点で、ピロリドン類、プロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル等のアルキレングリコールモノアルキルエーテル類が特に好ましい。
・・・略・・・
【0034】
(熱可塑性樹脂粒子)
熱可塑性樹脂粒子は、水溶性樹脂溶剤と相溶することで、樹脂インクの乾燥後に強固な樹脂膜を形成することができ、かつ樹脂粒子の元々のガラス転移温度より低い温度で造膜することができる。水に不要な樹脂粒子を用いることで、樹脂インク中に十分な量の樹脂成分を添加しつつ、各インクの粘度を低く抑えることができ、高速印刷において吐出安定性を確保することができるため好ましい。
熱可塑性樹脂粒子は、通常の保存状態(室温)では、インク中で水溶性樹脂溶剤に溶解することなく、存在していると考えられる。すなわち、インク中の半分以上の主成分は水であり、水溶性樹脂溶剤の添加量は20質量%以下と薄い為、熱可塑性樹脂粒子と水溶性樹脂溶剤がインク中で共存しても、熱可塑性樹脂粒子が直ぐに溶解状態になることはない。しかしながら、インクが、記録媒体上にインクジェットヘッドから吐出され、乾燥されると、まずインク中の主成分である水が蒸発しはじめ、その結果インク中での水溶性樹脂溶剤が濃縮されることで、熱可塑性樹脂粒子が溶解状態となる。次に水が全て蒸発すると、次に蒸発しやすい、溶剤成分が蒸発し始め、溶解していた熱可塑性樹脂粒子(溶解しているため、粒子ではなくなっている)が、水溶性樹脂溶剤が蒸発とともに、今度は強固な皮膜を形成して固化する。最終的に記録媒体上に固形分である着色成分とそれを覆うように皮膜化した熱可塑性樹脂粒子等の固形分のみが存在することとなる。
【0035】
このような水不溶性の熱可塑性樹脂の具体例としては、ポリアクリル酸、ポリメタアクリル酸、ポリメタアクリル酸エステル、ポリエチルアクリル酸、スチレン-ブタジエン共重合体、ポリブタジエン、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体、クロロプレン共重合体、フッ素樹脂、フッ化ビニリデン、ポリオレフィン樹脂、セルロース、スチレン-アクリル酸共重合体、スチレン-メタアクリル酸共重合体、ポリスチレン、スチレン-アクリルアミド共重合体、ポリイソブチルアクリレート、ポリアクリロニトリル、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアセタール、ポリアミド、ロジン系樹脂、ポリエチレン、ポリカーボネート、塩化ビニリデン樹脂、セルロース系樹脂、酢酸ビニル樹脂、エチレン-酢酸ビニル共重合体、酢酸ビニル-アクリル共重合体、塩化ビニル樹脂、ポリウレタン、ロジンエステル等が挙げられるがこれらに限定されるものではない。
【0036】
熱可塑性樹脂粒子は、微粒子粉末として水性インク中の他の成分と混合されても良いが、樹脂エマルジョンの形態でインク中に含まれることが好ましい。その理由は、樹脂粒子のままインク中に添加しても該樹脂粒子の分散が不十分となる場合があるため、分散性の観点からはエマルジョンの形態が好ましいからである。また、エマルジョンとしては、樹脂インクの保存安定性の観点から、アクリルエマルジョンが好ましく、スチレン-アクリル酸共重合体エマルジョンがさらに好ましい。
【0037】
本願明細書において、「樹脂粒子」とは、水に不溶性の樹脂が主として水からなる分散媒中に粒子状に分散しているもの、あるいは水に不溶性の樹脂を主として水からなる分散媒中に粒子状に分散させたもの、更にはその乾燥物をも包含したものを意味する。また、「エマルジョン」というときは、ディスパージョン、ラテックス、サスペンジョンと呼ばれる固/液の分散体をも包含したものを意味するものとする。
樹脂をエマルジョンの状態で得る場合には、樹脂粒子を場合により界面活性剤と共に水に混合することによって調製することができる。例えば、アクリル系樹脂またはスチレン-アクリル酸共重合体系樹脂のエマルジョンは、(メタ)アクリル酸エステルの樹脂又はスチレン-(メタ)アクリル酸エステルの樹脂と、場合により(メタ)アクリル酸樹脂と、界面活性剤とを水に混合することによって得ることができる。樹脂成分と界面活性剤との混合の割合は、通常50:1?5:1程度とするのが好ましい。界面活性剤の使用量が前記範囲に満たない場合には、エマルジョンが形成されにくく、また前記範囲を越える場合には、インクの耐水性が低下したり、密着性が悪化する傾向があるので好ましくない。
・・・略・・・
【0041】
一方、樹脂インク中に含まれる熱可塑性樹脂粒子の平均粒子径は、印刷画像の耐摩耗性、および、樹脂インクの目詰まり特性や吐出安定性の点から30nm?100nmであることが好ましい。すなわち、粒子径が30nmより小さくなると、特に紙系のメディアでのオーバーコート層としての効果が小さくなる。これは、メディア表面の凹凸に対してコート層の厚みが不十分となることによると推定される。一方、粒子径が100nmより大きくなると、今度は、フィルム系メディアでの耐擦性が得られにくくなり、さらに樹脂インクの目詰まり特性が低下する。平均粒径は、たとえば、MicrotracUPA150(Microtrac社製)を使用して測定することができる。」
(オ)「【0046】
[印刷方法]
本実施形態に係る印刷方法は、インクジェット記録方式を用いて、記録媒体に色インクと樹脂インクとを印字する工程を含んでなるものである。
印刷工程では、色インクを記録媒体上に印刷した後に、色インク上に樹脂インクが印刷される。色インクを印刷した後に、色インク上に樹脂インクを印刷することにより、印刷面の表面側に樹脂インクの成分が多く含まれることとなり、印刷面の耐擦性を上げることができる。
インクジェット記録方法を用いることにより、色インクを付着させる場所にのみ選択的に樹脂インクを付着させることができ、樹脂インクの消費量を必要最小限に抑えることができる。また、紙面全体に大量の樹脂インクを付着させてしまう場合に乾燥後に観察されるカールの発生を抑制できる。
【0047】
また、記録媒体に色インクと樹脂インクを記録する方法は、マルチパスでも1パスでも良いが、高速印刷の観点から、1パス又は2パスで記録することが好ましい。ここで1パスとは、記録ヘッドの1回の走査で、その走査領域に形成すべきドット全てを記録する記録方法のことである。すなわち、色インクと樹脂インクが1パスで印字されるということは、記録ヘッド走査領域内に記録すべき色インクと樹脂インクのドットが、1回の記録ヘッドの走査で記録を完了するということである。2パスとは、記録ヘッド走査領域に記録するドットを、2回の記録ヘッド走査によって記録する方法である。さらに、1パス記録方法には、記録ヘッドを主走査方向に1回走査してドットを記録した後、副走査方向に記録媒体を記録領域分だけ移動させることを繰り返すことで、画像全体を形成する方法と、記録ヘッドは固定し、記録媒体を走査することで画像を形成する方法などがあるが、いずれも好適に用いることができる。1パスまたは2パスで記録することで高速な印刷が可能となり、記録物の生産性が高まる。
例えば、各色あたりの印刷解像度が360dpi(ドットパーインチ)以上で、印刷解像度に対するインクジェットノズルの解像度比が1倍から2倍の範囲であり、インク粘度が1.5mPa・s?15mPa・s(20℃)である。高画質を得るためには360dpi以上の高い印刷解像度が望ましく、かつ印刷解像度に対するインクジェットノズルの解像度比が1倍から2倍の範囲であれば高速に印刷することができ、さらにインクタンクからヘッドに安定にインク供給するためにはインク粘度は1.5mPa・s?15mPa・s(20℃)であることが好ましい。例えば、360dpiのノズル解像度の場合は、360dpi?720dpiで印刷する場合は、上述の要件が好ましい。
【0048】
上述したような高速印刷では、インク粘度は低いことが好ましい。本実施形態では、色インクと樹脂インクとを分けることにより、色インク中に十分な量の着色剤、樹脂インク中に十分な量の樹脂成分を添加しつつ、各インクの粘度を低く抑えることができ、高速印刷において吐出安定性を確保することができる。
例えば、樹脂インクおよびインク組成物の20℃における粘度は1.5mPa・s?15mPa・sの範囲にあるのが好ましく、より好ましくは1.5mPa・s?10mPa・sの範囲である。また、好適には樹脂インクとインク組成物との粘度をほぼ等しいものとする。例えば一方の粘度が他方の粘度の50%?200%となるようにする。これによって、樹脂インクおよびインク組成物を共にインクジェット記録ヘッドから吐出する場合、記録ヘッド、流路構造、および駆動回路を同一のものとすることができる点で有利である。
【0049】
本実施形態に係る印刷方法は、印刷中および/または印刷後に乾燥工程を含むことが好ましい。乾燥工程を加えることで、色インク及び樹脂インク中の液媒体(具体的には、水、水溶性溶剤)の蒸発が促され、印刷ムラ・滲みが少ない高画質な画像や耐擦性を持つ記録物を短時間で得ることができ、また記録媒体のしわの発生を防ぎ、さらに記録媒体のカールの発生を有効に防止することもできる。
さらにまた、乾燥時の加熱により、色インクや樹脂インクに含まれる樹脂粒子の融着を促し、優れた皮膜を形成することが可能となって、記録物の耐擦性がより一層向上する。加熱温度は、色インク及び樹脂インク中に存在する液媒体が蒸発し、かつ樹脂剤の皮膜を形成することができれば特に制限はないが、40℃以上であればその効果が得られ、40℃?150℃程度が好ましく、より好ましくは、40℃?80℃程度である。温度が100℃を超えてくると、記録媒体が変形等を生じ搬送に不具合を生じたりする場合があり、また、インクジェットヘッドのノズル近傍のインクが熱の影響を受け、水が蒸発してインク中の水溶性樹脂溶剤が濃縮されると、ノズル近傍のインク中に存在する熱可塑性樹脂粒子が溶解、乾燥固化するため、ヘッドのノズル詰まり等の不具合が頻発するようになる。
なお、乾燥/加熱時間は、色インク及び樹脂インク中に存在する液媒体が蒸発し、かつ樹脂剤の皮膜を形成することができれば特に制限はなく、用いる液媒体種・樹脂種・印刷速度を加味して適宜設定することができる。
【0050】
乾燥方式としては、色インク及び樹脂インクに含まれる液媒体の揮発を促進させる方法であれば特に限定されない。印刷前後の記録媒体に熱を加える方法、印刷後の記録媒体に風を吹き付ける方法、さらにそれらを組み合わせる方法等が挙げられる。具体的には、強制空気加熱、輻射加熱、伝導加熱、高周波乾燥、マイクロ波乾燥、乾燥空気送風等が挙げられる。」

(カ)上記(ア)ないし(オ)から、甲1には次の発明が記載されているものと認められる。
「インク非吸収性および/または低吸収性の記録媒体に、水性インクセットを用いたインクジェット記録方式により画像を形成する印刷方法であって、
前記水性インクセットは、着色剤を含み前記記録媒体にカラー及びモノクロの画像を形成する色インクと、着色剤を含まない樹脂インクとを備え、
前記樹脂インクは、水溶性樹脂溶剤と、樹脂成分とを含み、当該樹脂成分は、水には不溶であるが当該水溶性樹脂溶剤には相溶し、粒子径が30nm以上100nm以下で、ガラス転移温度が40℃以上である熱可塑性樹脂粒子と、融点が100℃以上のワックスとを含み、
前記色インクは、水不溶性の前記着色剤と、樹脂成分と、水溶性溶剤と、界面活性剤とを含み、前記樹脂成分として、前記樹脂インク中に含まれる熱可塑性樹脂粒子およびワックスと同じ熱可塑性樹脂粒子およびワックスを含み、
印刷工程は、前記色インクで記録する工程と、少なくとも前記色インクで記録する工程の後に、前記色インク上に前記樹脂インクで記録する工程とを含み、
印刷中および/または印刷後に乾燥工程を含み、
前記熱可塑性樹脂粒子は、樹脂エマルジョン、すなわちラテックスの形態で水性インク中に含まれる、
インクジェット記録方式の印刷方法。」(以下「甲1発明」という。)

イ 甲2について
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲2(特開2012-51124号公報)には、次の事項が記載されている。
(ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
記録媒体に、樹脂成分を含有する樹脂インクを塗布する第1の塗布工程を行うことにより第1の樹脂インク層を生成し、前記生成した第1の樹脂インク層に対して樹脂インクを塗布する第2の塗布工程を行うことにより第2の樹脂インク層を生成して、樹脂インク層を形成し、前記第1の塗布工程及び前記第2の塗布工程は、それぞれ、塗布した樹脂インクを乾燥する乾燥工程を含む、インクジェット記録方法。」
(イ)「【0024】
1.2.インクジェット記録方法
1.2.1.樹脂インクの層の形成
本実施形態にかかるインクジェット記録方法における樹脂インクの層の形成は、後述の樹脂インクを記録媒体に対して塗布し層を形成する工程である。形成手段については、公知の技術を選択することができる。例えば、前述のインクジェット記録装置を用いて形成すればよい。インクジェット記録装置を用いる場合には、任意の箇所に層を形成可能である点で優れている。
【0025】
本工程で形成される層の特性の一つとしては、樹脂インク層によって記録媒体に光沢性を付与することがある。また、樹脂インク層上に、光輝性顔料や色材などを含有させたインク組成物を印刷した際のこれらインク組成物による層の耐擦性などの優れた特性を発現させることにある。また、種々の記録媒体に樹脂インクによって樹脂インク層を形成した場合でも上記の特性を発現させることにある。このような特性を発現する樹脂インク層の機能としては、記録媒体上に形成する樹脂インク層の平坦性を向上させることが考えられる。また、光輝性顔料や色材を含有するインク組成物中の溶媒が樹脂インク層に浸透することによって、樹脂インク層の表面に迅速に、光輝性顔料や色材を定着させることが考えられる。また、樹脂インク層の表面に形成される光輝性顔料の層の平坦性を向上させることが考えられる。なお、樹脂インク層は、光輝性顔料や色材の層との界面が明確に分離している場合と、該界面が必ずしも明確に分離していない場合とがある。
【0026】
樹脂インクの層の形成は、形成された最終の樹脂インクの層の表層の表面粗さ(Ra)が15以内であることが好ましい。これによって、より表面が粗い普通紙のような記録媒体であっても、樹脂インク層が平坦になり、また、光輝性顔料が平滑に配列し高い光沢(光輝性)を発揮するようになる。
・・・略・・・
【0031】
本発明において、樹脂インク層の形成においては、少なくとも2回の樹脂インクの塗布工程が行われる。記録媒体における樹脂インク層を形成すべき領域に該当する各画素に対して、まず、第1の塗布工程における塗布によって樹脂インクが記録媒体に付着される。塗布は、インクジェットヘッドからインクの液滴を吐出して記録媒体にインクを付着させる工程である。画素は、記録解像度によって規定されるインクの塗布をおこなう最小塗布単位領域(最小インク滴吐出領域)である。第1の塗布工程は、この、第1の塗布工程の塗布によって付着された樹脂インクを乾燥させる第1の乾燥工程を含むものである。第1の乾燥工程によって乾燥させることにより、第1の塗布工程による第1の樹脂インク層の生成がされる。なお、第1の樹脂インク層は、最終の樹脂インク層と比較して樹脂インク塗布量が少なく、平坦な層であるとは限らない。この第1の樹脂インク層によって、記録媒体が粗面を有するものであり微小な凹凸が存在する場合に、これの目詰めを行う。及びあるいは、記録媒体の表面に樹脂インクの薄い層を生成することにより、この後で行なわれる第2の塗布工程によって最終的な樹脂インク層を形成した際の樹脂インク層の表面の平坦性をより向上させることができる。なお、塗布工程が乾燥工程を含む、とは、塗布と並行して乾燥工程を行う場合、及び、塗布を終えた後に乾燥工程を行う場合をいう。つまり、乾燥工程を含めた一体的な工程が塗布工程となる。
【0032】
第1の塗布工程の後、第2の塗布工程を行なう。第2の塗布工程はインクジェットヘッドからの樹脂インクの吐出により樹脂インクを記録媒体に付着して、上述の樹脂インク層を形成すべき領域に該当する各画素に対して、樹脂インクの塗布を行なうものである。よって、記録媒体上の同一の場所(画素)に2回の塗布工程が行なわれる。第2の塗布工程は、この第2の塗布工程の塗布で付着した樹脂インクを乾燥する第2の乾燥工程を含む。第2の塗布工程によって第2の樹脂インク層が生成され、第1の樹脂インク層と第2の樹脂インク層とからなる平坦な層である最終の樹脂インク層が形成される。第2の樹脂インク層は、最終の樹脂インク層としての充分な溶媒吸収性を確保し、かつ充分な表面平坦性を確保するように設けるものである。最終の樹脂インク層においては、第1の樹脂インク層と第2の樹脂インク層の境界が明確に存在しているとは限らない。なお、第1の塗布工程の塗布は、インクジェットヘッドを記録媒体に対して行う走査動作を1回で行なっても良いし複数回でおこなってもよい。第2の塗布工程の塗布も同様である。なお、塗布工程は第1の塗布工程と第2の塗布工程を含む少なくとも2回の塗布工程によって樹脂インク層の形成を行なえばよく、第2の塗布工程の後にさらに塗布工程を行い、合計3回以上の塗布工程により樹脂インク層の形成を行ってもよい。
【0033】
第1の塗布工程によって生成される樹脂インク層の量は、樹脂インクの樹脂の量として、0.4?10mg/inch^(2)が好ましい。特に、記録媒体が粗面を有する記録媒体の場合は、2?10mg/inch^(2)が好ましく、また、上記以外の記録媒体である場合は、0.4?10mg/inch^(2)が好ましい。第1の樹脂インク層の樹脂の量が下限に満たない場合は、第1樹脂インク層による目詰めや平坦化の効果が不十分であり、第1樹脂層の上に第2樹脂層を生成しても光沢感が劣る。何れの記録媒体の場合でも、特に4?10mg/inch^(2)とすることが特に好ましい。また、上限値を超える場合は、第1の乾燥工程による第1の樹脂インク層の生成に長時間を要し作業性が劣る。なお、上述の樹脂インクの樹脂とは、後述の樹脂インクに含有する樹脂の他に、樹脂インクがワックスを含有する場合はワックスも含めたものであり、実質的に樹脂インク層を構成し、樹脂インク層の平坦化に寄与する成分である。塗布した樹脂の量は、樹脂インク層の単位面積当たりにヘッドから吐出した樹脂インクの吐出量と樹脂インクに含有する樹脂の含有量から求められる。後述の乾燥工程において、不揮発成分の質量が乾燥時間によらず一定になった時点の不揮発成分の質量のうち、界面活性剤など樹脂以外の微量の不揮発成分の質量を除いたものであると考えてもよい。界面活性剤などは微量であるため、ほぼ、不揮発成分の質量が乾燥時間によらず一定になった時点の不揮発成分の質量を樹脂の質量と考えてもよい。
【0034】
第1の塗布工程に続く少なくとも第2の塗布工程を行うことにより最終的に形成される樹脂インク層の合計の量は、樹脂インクの樹脂の量として、0.6?15mg/inch^(2)が好ましい。特に、記録媒体が粗面を有する記録媒体の場合は、3?10mg/inch^(2)が好ましく、また、記録媒体が上記以外の記録媒体である場合は、0.6?10mg/inch^(2)が好ましい。樹脂インク層の量が下限に満たない場合は、樹脂インク層による記録媒体の平坦化が不足し光沢性付与の効果が充分得られない。また、樹脂インク層の上にインク組成物を印刷した際の、インク組成物の溶媒の吸収能力が不足し印刷物の画質が得られない。また、上限値を超える場合は、第2の乾燥工程に長時間を要し樹脂インク使用量が無駄になる。第1の塗布工程では記録媒体に対して最終的に形成される樹脂インク層の塗布量よりも少ない量を塗布し、乾燥させることによって、記録媒体に対する目詰めや薄い樹脂層の生成による光沢性付与の効果をより効果的に発現させることができる。
これに対して、第1の塗布工程によって、形成すべき最終の樹脂インク層の塗布量を塗布し、第2の塗布工程を行わない場合は、形成した樹脂インク層の塗布量は同じであったとしても、充分な目詰めや光沢性付与の効果が得られない。
【0035】
第1の乾燥工程及び第2の乾燥工程は、それぞれ、樹脂インクを所定の乾燥状態(乾燥量)まで乾燥させるものであり、乾燥機構として、ヒーターなどの加熱機構による加熱やファンなどの送風手段により記録媒体を加熱するか、あるいは特に乾燥機構を用いずに環境温度で所定時間記録媒体を乾燥させることにより行なわれる。所要時間を短縮するために乾燥機構を用いることが好ましい。また、乾燥機構は、プラテンを加熱するものの他に、記録媒体に対して、直接的に乾燥を促すエネルギーを付与する放射線などを放射するものでもよい。乾燥工程を設けることで、乾燥して表層が良好な平滑性を有した樹脂インクの層を生成することが可能となり、乾燥工程を設けない場合に比べて樹脂インク層の高い光沢(あるいは光輝性顔料を含有するインク組成物による光輝性)を有する記録物を得ることが出来る。乾燥機構としては、他の公知の加熱手段を用いてもよい。乾燥機構による加熱温度は記録媒体の耐熱性等に応じて適宜決定することができる。例えば、記録媒体として、普通紙を選択した場合は、プラスチック等の熱に弱い層を有さないので、高い温度、たとえば、20?150℃、好ましくは25?110℃、さらに好ましくは30?100℃、特に好ましくは40?90℃で行われることができる。このようにすれば、樹脂インクの乾燥速度を高めることができる。
【0036】
第1の塗布工程によって含む乾燥工程によって生成する記録媒体上の樹脂インク層の、第2の塗布工程を行う時点の乾燥量Dとしては、好ましくは、下記の式を満たすことが好ましい。
D=Vo/Unvo≦1・・・(1)
(式中、Unvoは記録媒体上の樹脂インク層の所定面積当たりの不揮発成分の質量、Voは記録媒体上の樹脂インク層の所定面積当たりの揮発成分の残存質量)
【0037】
上記の式を満たさない場合、生成した樹脂インク層の上に第2の塗布工程で樹脂インク層を生成した場合に、第2塗布工程を行なうにもかかわらず最終の樹脂インク層の平坦性が不十分となり、光沢性が劣り、最終的に形成した樹脂インク層の上にインク組成物を記録した際の記録物の画質が劣る。記録媒体上の樹脂インク層を指で軽く触れても、樹脂インク層に触った痕が残らない状態まで乾燥させることが特に好ましく、この状態における乾燥量Dは、0.1以下である。また、第1の塗布工程における塗布が完了するまではD≦1を満たさず、塗布が完了した後に満たすことが好ましい。塗布の完了とは、塗布が1回の走査で行われる場合は走査の完了、塗布を複数回の走査で行う場合は、最後の走査の完了である。
【0038】
形成した樹脂インク層の上にインク組成物を塗布する場合は、インク組成物を塗布する際の、形成された樹脂インク層全体について、D≦1を満たすことが望ましく、特にD≦0.1を満たすことが特に好ましい。D≦1を満たさない場合、インク組成物による光輝性やむらが劣る。なお、形成した樹脂インク層の上にインク組成物を塗布しない場合は、樹脂インク層全体についてD≦0.1にすることが好ましい。D≦0.1とすることで、記録物を使用するのに適した状態とすることができる。
【0039】
式(1)を満たすように、インクジェット式プリンターの乾燥工程における温度及び乾燥時間を予め調整する。乾燥工程を調整する方法としては、例えば、以下の方法で行なうことができる。まず、図2のようなインクジェット式プリンターのプラテンに記録媒体をセットし、ヘッドにて記録媒体の樹脂インク層を形成する領域に樹脂インクを塗布する。塗布後、乾燥を行い、所定の時間が経過した時における記録媒体の質量を測り、これから、塗布前の記録媒体の質量を引いた値が、時間の経過によらず一定になった時点の値を式(1)のUnvoとする。次に、塗布後の所定の時間H1を経過した状態の記録媒体の質量から記録前の記録媒体の質量を引いた値を求め、これから更に上記Unvoの値を引いた値を、時間H1における式(1)のVoとし、時間H1におけるVo/Unvoの値が、1以下になるような所定の時間H1を求める。ヘッドにて第1の塗布工程における塗布が完了してから、第2の塗布工程の塗布を開始するまでのヘッドの休止時間を、上記で求めた所定の時間H1に設定し、この時間H1をインクジェット式プリンターの記憶部に記憶させる。この所定時間H1は、樹脂インクの種類や、記録媒体の種類、乾燥温度によって変る可能性があるため、これらの条件ごとに求める。また必要に応じて、第1の塗布工程、第2の塗布工程、後述する光輝性層あるいは色材層の形成に係わる塗布工程ごとに所定時間を求める。求めた各所定時間も同様にインクジェット式プリンターの記憶部に記憶させる。
次に、樹脂インク層の形成方法を説明する。図2のインクジェット式プリンターを使う場合は、ホットプラテン41に吸着された記録媒体の記録領域に、まず、ヘッド31の1回または複数回の走査による樹脂インクの塗布を行い、ヘッド31を時間H1休止させて第1の樹脂インク層を生成する。次に、記録媒体をホットプラテン41にあるままとして、ヘッド31の1回または複数回の走査による樹脂インクの塗布を行い、ヘッド31を所定時間休止させて第2の樹脂インク層を生成する。次に、後述する光輝性層あるいは色材層の形成を行なう場合は、記録媒体をホットプラテン41にあるままとして、それらに係わるインク組成物の塗布を同様にヘッド31によって行い、ヘッド31の休止時間を設けて光輝性層あるいは色材層を形成した後に、記録媒体の記録領域をホットプラテン41から搬送方向下流側に搬送させる。あるいは、光輝性層あるいは色材層の形成を行なわない場合は、樹脂インク層の形成後、直ちに記録媒体の記録領域をホットプラテン41から搬送方向下流側に搬送させる。
また、図1のインクジェット式プリンターを使う場合は以下の様に行なえばよい。第1の方法として、プラテン3に位置する、ヘッド9の1回の走査によって対向しうる記録媒体の記録領域に対して、ヘッド9による樹脂インクの塗布と必要に応じヘッド9の休止とによる第1の塗布工程を行い、次に、同様に樹脂インクの塗布とヘッド9の休止による第2の塗布工程を行なって樹脂インク層を形成する。この間、記録媒体の記録領域はプラテン3にある。次に、記録媒体を搬送して、記録媒体の次の記録領域へ、同様に樹脂インク層の形成を行なわせれば良い。光輝性層あるいは色材層の形成を行なう場合は、同様に、ヘッド9の1回の走査によって対向しうるプラテン3上の記録媒体の記録領域ごとに層の形成を行なえば良い。あるいは、第2の方法として、ヘッド9による走査と記録媒体の搬送とを繰り返し行い、1枚の記録媒体へ樹脂インクの塗布を行い、記録媒体をプリンターから排出させて、プリンターとは別体の図示しない乾燥装置にて乾燥工程を行い第1の樹脂インク層を生成した後、記録媒体を再度プリンターに搬入し、同様に樹脂インク層の塗布を行い、記録媒体をプリンターから排出させて、乾燥装置にて乾燥工程を行い第2の樹脂インク層の生成を行なう。光輝性層あるいは色材層の形成を行なう場合は、同様に、記録媒体をプリンターに再度、搬入して行なう。なお、樹脂インク層の形成方法(及び光輝性層あるいは色材層の形成方法)は、上記の形成方法に限られず、乾燥工程を含む塗布工程により行なえばよい。」
(ウ)上記(ア)及び(イ)から、甲2には次の事項(段落番号はそのまま併記する。)が記載されている。
「記録媒体に、樹脂成分を含有する樹脂インクを塗布する第1の塗布工程を行うことにより第1の樹脂インク層を生成し、前記生成した第1の樹脂インク層に対して樹脂インクを塗布する第2の塗布工程を行うことにより第2の樹脂インク層を生成して、樹脂インク層を形成し、前記第1の塗布工程及び前記第2の塗布工程は、それぞれ、塗布した樹脂インクを乾燥する乾燥工程を含む、インクジェット記録方法であって(【請求項1】)、
記録媒体上に形成する樹脂インク層の平坦性を向上させた(【0025】)、
インクジェット記録方法。」(以下「甲2の記載事項」という。)

ウ 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明において、画像を形成する「色インク」は、記録する工程を経た後、記録媒体上で層状をなしていることが技術常識からみて明らかであるから、甲1発明の「色インク」は、本件発明1の「画像層」に相当する。
(イ)甲1発明において、「樹脂インク」は、記録する工程を経た後、色インク上で層状をなしていることが技術常識からみて明らかであり、甲1の段落【0046】(上記ア(オ))に記載されているように、印刷面の耐擦性を上げているから、甲1発明の「樹脂インク」は、本件発明1の「保護層」に相当する。
(ウ)甲1発明は、「色インク」(本件発明1の「画像層」に相当。以下「」に続く()内に、相当する本件発明1の構成要素を記す。)で記録する工程の後に、前記「色インク」(画像層)上に「樹脂インク」(保護層)で記録する工程を含む。そうすると、甲1発明は、本件発明1の「画像層の上に当該画像層を保護するための保護層を形成する保護層形成工程」を備えるといえる。
(エ)甲1発明の「インクジェット記録方式の印刷方法」において、「色インク」(画像層)は、水不溶性の着色剤と、樹脂成分と、水溶性溶剤と、界面活性剤とを含み、前記樹脂成分として、熱可塑性樹脂粒子およびワックスを含み、前記熱可塑性樹脂粒子は、樹脂エマルジョン、すなわちラテックスの形態で水性インク中に含まれるのであるから、甲1発明は、本件発明1の「画像層は、水又は親水性有機溶媒及び樹脂を含み、当該樹脂が当該水又は当該親水性有機溶媒に乳濁又は懸濁している水性ラテックスインクによりインクジェット方式を用いて形成された」との構成を備える。
(オ)甲1発明の「インクジェット記録方式の印刷方法」において、「樹脂インク」(保護層)は、水溶性樹脂溶剤と、樹脂成分とを含み、当該樹脂成分は、熱可塑性樹脂粒子と、ワックスとを含み、前記熱可塑性樹脂粒子は、樹脂エマルジョン、すなわちラテックスの形態で水性インク中に含まれるのであるから、甲1発明は、本件発明1の「保護層」が「水又は親水性有機溶媒及び樹脂を含み、当該樹脂が当該水又は当該親水性有機溶媒に乳濁又は懸濁している水性ラテックスインクによりインクジェット方式を用いて形成され」ている構成を備える。
(カ)甲1発明の「インクジェット記録方式の印刷方法」は、上記(イ)のように、「画像」を「樹脂インク」(保護層)により保護しているといえるのであるから、本件発明1の「画像保護方法」であるといえる。
(キ)上記(ア)ないし(カ)からみて、本件発明1と甲1発明とは、
「画像層の上に当該画像層を保護するための保護層を形成する保護層形成工程を含み、
上記画像層は、
水又は親水性有機溶媒及び樹脂を含み、当該樹脂が当該水又は当該親水性有機溶媒に乳濁又は懸濁している水性ラテックスインクによりインクジェット方式を用いて形成されたものであり、
上記保護層は、
水又は親水性有機溶媒及び樹脂を含み、当該樹脂が当該水又は当該親水性有機溶媒に乳濁又は懸濁している水性ラテックスインクによりインクジェット方式を用いて形成されたものである、
画像保護方法。」である点(以下「一致点」という。)で一致し、次の点で相違する。

・相違点1:
本件発明1では、「保護層」は、「形成された画像層が乾燥して硬化し水性ラテックスインクにより侵食されなくなった後」に形成されているのに対し、
甲1発明では、樹脂インクは、色インクが乾燥して硬化し前記樹脂インクにより侵食されなくなった後に記録されるものであるかどうかが明らかでない点。

・相違点2:
本件発明1では、「保護層」は、「形成された水性ラテックスインクの層から水又は親水性有機溶媒が蒸発して樹脂層を形成して硬化するまでの間に、当該樹脂層のレベリングがなされることによりその表面が平滑化されたものである」のに対し、
甲1発明では、樹脂インクは、硬化するまでの間に、レベリングがなされ、その表面が平滑化されたものであるかどうかも明らかでない点。

エ 判断
(ア)上記相違点1について検討する。
a 甲1には、発明の課題として、インクの耐擦性を高めるために、インク中の着色剤や樹脂成分の量を増大させると、インク粘度が高くなり、高速印刷において塗出安定性を確保することが難しくなること(段落【0004】(上記ア(イ)))が記載されており、当該課題を解決するために、段落【0048】(上記ア(オ))にも記載されているように、甲1発明のごとく、色インクと樹脂インクとを分けたものである。
b 甲1には、段落【0023】(上記ア(ウ))に、色インクが樹脂インクに含まれる樹脂成分と同じ樹脂成分を用いることにより、これらの樹脂成分同士の相性が良好となり、色インクと樹脂インクの界面で剥離が生じることを防止できることが記載されており、当該記載より、甲1発明は、前記界面での密着性を高めているといえ、樹脂インクが色インクへ侵食することを積極的に防止しようとはしていないものといえる。
c 甲1には、段落【0046】(上記ア(オ))に、色インク上に樹脂インク印刷した際に「印刷面の表面側に樹脂インクの成分が多く含まれる」ことが記載されている。当該記載より、印刷面の表面側に色インクの成分が存在することを排除しておらず、色インクが樹脂インクに及ぶことが予定されているだけでなく、印刷面の裏面側(記録媒体に近い側)に樹脂インクの成分が存在すること、すなわち、樹脂インクが色インクへ侵食する可能性があることを示唆しているといえる。
d 甲1には、段落【0047】(上記ア(オ))に、「記録媒体に色インクと樹脂インクを記録する方法は、マルチパスでも1パスでも良い」ことが記載されており、甲1発明は、色インクと樹脂インクとをほぼ同時に記録しており、色インクの乾燥及び硬化を積極的に待ってから、樹脂インクを記録しようとはしていないだけでなく、樹脂インクが色インクへ侵食することを防止していないものといえる。
e 上記aないしdからみて、当業者は、甲1発明において、樹脂インクが色インクへ侵食することを防止しないといえるから、上記相違点1に係る本件発明1の構成となすことは容易に想到し得たものとはいえない。
(イ)以上のとおり、上記相違点1は実質的な相違点であり、本件発明1は甲1発明と相違するから、本件発明1は甲1に記載された発明ではない。
また、甲1発明において、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、当業者が容易に想到し得たものではない。
(ウ)なお、特許異議申立人は、平成29年2月21日提出の意見書において、本件発明1の「上記画像層が乾燥して硬化し水性ラテックスインクより侵食されなくなった後」は、「自然乾燥した後」と区別することができないと主張する。しかしながら、本件特許の明細書には、段落【0009】に「水性インクなので溶剤系インクに用いられている揮発性有機溶剤に比較して画像層上に塗布しても当該画像層の侵食を抑制することができる。詳述すると、樹脂層がレベリングされる溶媒が蒸発するまでの間、溶媒によって画像層が浸食されることがなく、しかも、水性ラテックスインクの表面が平滑化するため、インク滴の着弾後、しばらくの間インク表面をレベリングする時間を確保するおことができる。」と記載されており、当該記載からすると、「侵食」とは、揮発性有機溶剤を使用する場合と比較して「侵食」されないことを意味すると解されるから、「上記画像層が乾燥して硬化し水性ラテックスインクより侵食されなくなった後」と「自然乾燥した後」とを区別することができる。

オ 小括
本件発明1は、甲1発明と同一ではなく、また、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明できたものでもない。本件発明1の発明特定事項をすべて含み、さらに他の発明特定事項を付加した本件発明2及び3についても、同様である。
したがって、本件特許は、特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定に違反して特許されたものであるとはいえない。

4 むすび
以上のとおり、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
画像層の上に当該画像層を保護するための保護層を形成する保護層形成工程を含み、
上記画像層は、
水又は親水性有機溶媒及び樹脂を含み、当該樹脂が当該水又は当該親水性有機溶媒に乳濁又は懸濁している水性ラテックスインクによりインクジェット方式を用いて形成されたものであり、
上記保護層は、
形成された上記画像層が乾燥して硬化し水性ラテックスインクにより侵食されなくなった後に、水又は親水性有機溶媒及び樹脂を含み、当該樹脂が当該水又は当該親水性有機溶媒に乳濁又は懸濁している水性ラテックスインクによりインクジェット方式を用いて形成され、かつ
形成された当該水性ラテックスインクの層から上記水又は上記親水性有機溶媒が蒸発して樹脂層を形成して硬化するまでの間に、当該樹脂層のレベリングがなされることによりその表面が平滑化されたものである、画像保護方法。
【請求項2】
前記インクジェット方式としてピエゾ方式を用いる、請求項1に記載の画像保護方法。
【請求項3】
上記保護層は紫外線吸収剤を含む、請求項1又は2に記載の画像保護方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-03-14 
出願番号 特願2012-84363(P2012-84363)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (B41M)
P 1 651・ 537- YAA (B41M)
P 1 651・ 113- YAA (B41M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 野田 定文  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 河原 正
鉄 豊郎
登録日 2016-01-15 
登録番号 特許第5868765号(P5868765)
権利者 株式会社ミマキエンジニアリング
発明の名称 画像保護方法  
代理人 特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK  
代理人 鈴木 守  
代理人 井上 義隆  
代理人 井上 義隆  
代理人 特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK  
代理人 鈴木 守  

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