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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K |
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管理番号 | 1328984 |
審判番号 | 不服2015-22162 |
総通号数 | 211 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2017-07-28 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2015-12-15 |
確定日 | 2017-06-08 |
事件の表示 | 特願2010-278550「筋萎縮性側索硬化症の予防および治療用医薬組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成23年 6月23日出願公開、特開2011-121949〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、平成22(2010)年12月14日(パリ条約による優先権主張 2009年12月14日 米国(US))の出願であって、平成27年9月4日付けで拒絶査定がされたところ、同年12月15日に拒絶査定不服審判の請求がされ、当審による平成28年12月7日付け拒絶理由(以下、単に「拒絶理由」という)に応答して、平成29年3月13日に意見書および手続補正書が提出されたものである。 第2 本願発明 本願請求項1?2に係る発明は、平成29年3月13日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?2に記載された発明特定事項により特定されるものであるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という)は、以下のとおりのものと認める。 「【請求項1】 以下の工程; (1)SOD1の106番目のロイシンに変異を有するiPS細胞から分化誘導されたアストロサイトと試験化合物を接触させる工程、 (2)該アストロサイトの内因性SOD1の発現量を測定する工程、および (3)試験化合物と接触させなかった対照と比較して、該SOD1の発現量を減少させる試験化合物を選択する工程 を含む、筋萎縮性側索硬化症の予防および治療薬をスクリーニングする方法であって、 該アストロサイトが、以下の工程: (a)iPS細胞からニューロスフェアを形成する工程、および (b)前記ニューロスフェアをLIFとBMP-4を含有する培地で培養する工程 を含む方法で分化誘導されたものである、方法。」 第3 特許法第29条第2項について 1.引用例 (1)引用例2 拒絶理由において「引用例2」として引用された、本願の優先日前である2009年11月に頒布された刊行物である、ファルマシア,Nov.2009,Vol.45,No.11,p.1109-1112には、次の事項が記載されている。 なお、下線は強調のため当審で付与したものである。以下、同様である。 (1-a)「筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療戦略」(タイトル) (1-b)「4 SOD1タンパク質量制御による家族性ALSの治療法 変異SOD1トランスジェニックマウスでは,トランスジーンのコピー数が多いほど表現型が重篤である.^(16))また,変異SOD1トランスジェニックラットでは,トランスジーンのコピー数の多いラットのみがALSを発症し,コピー数の少ないラットでは発症しない.^(17))したがって,変異SOD1に関連したALSでは,変異SOD1の量を減らすことが治療につながる可能性がある.」(1110頁右欄17?26行目) (1-c)「以上から,我々はSOD1の転写を抑制してSOD1タンパク質量を減少する低分子を,低分子化合物・既存薬ライブラリのハイスループット・スクリーニングシステム(図2)を構築して,家族性ALS治療薬スクリーニングを行っている.我々はSOD1の本来のプロモーターの支配下にレポーター遺伝子としてルシフェラーゼを発現するコンストラクトを構築した. 化合物がプロモーターに作用し転写を抑制すれば,ルシフェラーゼの発現量が低下しルシフェラーゼの基質から産生される蛍光物質の量が低下する.アストロサイトが非自律性神経細胞死,疾患の進行に関連することから,ヒトアストロサイト由来の細胞株を使用している.また,ルシフェラーゼ反応基質を96-ウェル・プレート上で自動分注後吸光度を測定する装置を用いて測定している.このような方法でこれまでに9,600種類の化合物をスクリーニングし、蛍光物質の産生を減少させる、すなわちSOD1の転写を抑制する化合物を177種類見いだしており,これからさらにALSモデル細胞やALSモデル動物での効果を確認して,臨床的に有用な化合物を絞り込んでいく予定である.低分子化合物は,大量生産が可能であり,安価で安定した供給を行うことが可能となる.また,既存薬を用いればヒトへの使用における安全性も既に確認されており,速やかな臨床への応用も可能となる.我々の開発した方法は,ALS治療開発における新たなアプローチの1つとなるものと考える.」(1111頁左欄22行目?右欄8行目) (1-d)「 図2 我々のALS治療開発戦略の概要 SOD1プロモータ下にルシフェラーゼを発現するコンストラクトを導入した,ヒトアストロサイト由来細胞株を用いて,SOD1転写を抑制する化合物をスクリーニングする.ELISAやウェスタン・ブロッティングでSOD1タンパク質量を特異的に減少する化合物を抽出する.変異SOD1トランスジェニックマウスでその効果を確認する.」(図2) (2)引用例3 拒絶理由において「引用例3」として引用された、本願の優先日前である2009年8月20日に頒布された刊行物である、特表2009-529498号公報には、次の事項が記載されている。 (2-a)「ALSおよびタンパク質のミスフォールディング 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、北米において患者約30,000人に罹患する致死的な神経筋疾患であり、毎年5,000人の新たな症例が存在する。「ルー・ゲーリグ病」としても知られるALSでは、四肢、言語および嚥下、ならびに呼吸の筋肉が、脊髄および脳からそれらに供給する運動神経細胞の変性により弱化して萎縮する。罹患患者の半数が3年以内に死亡し、5年より長く生存するのは20%未満である。 ALSは、プリオン病、アルツハイマーおよびパーキンソン病が含まれる致死的な神経変性障害ファミリーに属し、それらの障害では、凝集したミスフォールドタンパク質が進行性の脳細胞の殺細胞を引き起こすと考えられている。家族性(遺伝性)ALSの約20%が、細胞内フリーラジカル防御酵素であるスーパーオキシドジスムターゼ1(SOD1)をコードする遺伝子の変異に関連する(公知の変異の一覧に関して73および表1を参照されたい)。凝集したミスフォールドSOD1の細胞内沈着は、家族性ALSにおいて、同様により一般的な非家族性(散発性)ALSにおいても観察されており、SOD1凝集が全てのALSの根底にある可能性があることを示唆している。」(【0007】?【0008】) (2-b)「(表1)FALSにおいて検出されたSOD1の変異 」(表1) (3)引用例4 拒絶理由において「引用例4」として引用された、本願の優先日前である2008年に頒布された刊行物である、国際公開第2008/127974号には、次の事項が記載されている。 なお、翻訳は当審によるものである。以下、同様である。 (3-a)「薬剤開発のための幹細胞ベースの培養システム」(タイトル) (3-b)「変性を促進するアストロサイトがどこにSOD1変異を有するかについて、SOD1変異は[3,4,5,40-50]に参照される変異を含むが、限定されない公知の変異であってよい。例えば、限定されるものではないが、SOD1遺伝子におけるSOD1変異は、位置93におけるグリシンからアラニンへの置換(G93A)、位置93におけるグリシンからシステインへの置換(G93C)、位置37におけるグリシンからアルギニンへの置換(G37R)、位置85におけるグリシンからアルギニンへの置換(G85R)、位置106におけるロイシンからバリンへの置換(L106V)、位置113におけるイソロイシンからスレオニンへの置換(I113T)、位置100におけるグルタミン酸からグリンへの置換(E100G)、位置43におけるヒスチジンからアルギニンへの置換(H43R)、位置41におけるグリシンからセリン、又はグリシンからアスパラギン酸への置換(G41S又はG41D)、位置38におけるロイシンからバリンへの置換(L38V)、の1つ以上であり得る。」(14頁14?25行目) (3-c)「13.筋萎縮性軸索硬化症を治療するのに有用な物質を同定する方法であって、 (i)(a)運動ニューロン及び(b)変性を促進するアストロサイト又はそれから得られる培養上清を含む、培養システムを樹立すること、 (ii)試験物質を培養システムに添加すること、 (iii)培養システムにおける運動ニューロンが試験物質の存在下で変性するか否かを評価すること、を含み、 ここで、運動ニューロンの変性を妨害又は減少させる試験物質の能力は、その試験物質が筋萎縮性軸索硬化症を治療するのに有用であることを示す、方法。 14.クレーム13の方法であって、変性を促進するアストロサイトは、SOD1変異を有するか、または筋萎縮性軸索硬化症に罹患している患者から得られたものである、方法。」(クレーム13,14) (4)引用例5 拒絶理由において「引用例5」として引用された、本願の優先日前である2008年に頒布された刊行物である、Science,2008,Vol.321,p.1218-1221 (Supporting Online Material)には、次の事項が記載されている。 (4-a)「ALS患者から生成された誘導多能性幹細胞は運動ニューロンに分化することができる」(タイトル) (4-b)「個々の患者からの多能性幹細胞の生成は、その患者の疾患により影響される細胞型の大規模な生産を可能とする。これらの細胞は、今度は、疾患モデルの作製、薬物の発見、そして最終的には患者自身の細胞を用いての再生療法に使用することができる。最近の研究では、ヒトの線維芽細胞を再プログラム化することによって多能性の状態にすることが実証されているが、これらの誘導多能性幹(iPS) 細胞が、慢性疾患を有する年配の患者から直接生成されるかどうかは不明のままである。我々は家族性の筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された82歳の女性患者からiPS細胞を生成した。これらの患者に特異的なiPS細胞は、胚性幹細胞の特性を保持しており、ALSで損傷される細胞型すなわち運動ニューロンへの分化を指向させることに成功した。」(要約) (4-c)「図1.iPS細胞は生検後の患者の線維芽細胞から樹立できる。(A)82歳の女性のALS患者A29由来の初期の皮膚線維芽細胞(hFib,ヒト線維芽細胞)。(B) 患者A29から製造されたiPS細胞。(C)患者A29の姉妹である第二の患者A30から製造されたiPS細胞。(D)優性のL144FのSOD1対立遺伝子の1コピーの存在を確認する、A29iPS細胞からのPCR産物の直接シークエンシング。(E-F)A29iPS細胞におけるSSEA-4及びNANOGタンパク質の発現。スケール・バー、200μm。 」(図1) (4-d)「それに加えて、グリアのマーカーであるGFAP(グリア細胞繊維性酸性タンパク質)及びS100を発現する細胞がすぐに同定された(図4D,図S10)。」(1220頁中央欄11?14行目) (4-e)「図4.ALS患者から生成されたiPS細胞は運動ニューロンに分化させることができる。・・・(D)分化した患者特異的iPS細胞培養物において、TuJ1を発現するニューロンに加えて、GFAPを発現するグリア細胞が見いだされる。 」(図4D) (5)引用例6 拒絶理由において「引用例6」として引用され、引用例5の最終著者を発明者とする対応特許文献であって、本願の優先日前である2009年12月3日に頒布された刊行物である、国際公開第2009/146098号には、次の事項が記載されている。 (5-a)「1つの局面において、本開示は、例えば、細胞を修飾する能力のための、若しくは薬剤又は治療薬の候補としての、化合物を評価する方法であって、 ここに記載される未分化の細胞調製物のパネルを提供すること、 当該パネルからの複数の調製物のそれぞれからの細胞に化合物を接触させること、 当該細胞における化合物の影響を評価すること、 それにより、化合物を評価すること、 を含む方法を特徴とする。 1つの局面において、本開示は、未分化細胞(例えば、iPS細胞)の調製物を特徴とする。」(13頁15?23行目) (5-b)「ここでの方法は、個々の患者からの多能性幹細胞の生成が、その患者の疾患により影響される細胞型の大規模な生産を可能とする。これらの細胞は、今度は、疾患モデルの作製、薬物の発見、そして患者自身の細胞を用いての再生療法に使用することができる。ここに開示された方法により、慢性疾患を有する患者から直接単離された材料からの誘導多能性幹(iPS) 細胞を生成させ、そして例えば病気を治療またはモデリングするのに必要とされる、特異的な細胞型へと分化させることができる。以下の説明は、家族性の筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された患者から収集された皮膚線維芽細胞のレトロウイルス導入により、iPS細胞がまさに生成されたことを示す。本発明者は、家族性ALSと診断された82歳の女性からiPS細胞を生成した。これらの患者に特異的なiPS(PS-iPS)細胞は、ヒト胚性幹(hES)細胞に類似した遺伝子発現の特徴を有し、ALSにおいて選択的に失われる細胞型である運動ニューロンを含む、3つの胚葉にそれぞれに由来する細胞型に分化することができる。」(13頁24行目?14頁4行目) (5-c)「図1は、iPS細胞が生検後の患者の線維芽細胞から樹立できることを示す。(A)82歳の女性のALS患者A29由来の初期の皮膚線維芽細胞。(B) 患者A29から製造されたiPS細胞。(C)患者A29の姉妹である第二の患者A30から製造されたiPS細胞。(D)優性のL144FのSOD1対立遺伝子の1コピーの存在を確認する、A29iPS細胞からのPCR産物の直接シークエンシング。(E,F)A29iPS細胞におけるSSEA-4及びNANOGタンパク質の発現。スケール・バーは全て200μm。」(14頁5?11行目) (5-d)「図4は、ALS患者から生成されたiPS細胞が運動ニューロンに分化させることができることを示す。・・・(D)分化した患者特異的iPS細胞培養物において、TuJ1を発現するニューロンに加えて、GFAPを発現するグリア細胞が見いだされる。」(15頁1?2,9?10行目) (5-e)「それに加えて、グリアのマーカーであるGFAP及びS100を発現する細胞がこれらの培養物において同定された(図4D,S10)。」(22頁12?13行目) (5-f)「1.存在しないか、疾患状態であるか、不活性化されているか、または一般的に望まれない表現型を有するニューロンを有する患者の体細胞からニューロン又はグリア細胞を製造する方法であって、 (1)患者の体細胞からiPS細胞を変換すること;そして (2)当該iPS細胞をニューロン又はグリア細胞に変換すること を含む方法。」(クレーム1) (5-g)「8.クレーム1の方法であって、体細胞は少なくとも1つの望まれないSOD1対立遺伝子を有する、方法。」(クレーム8) (5-h)「111.クレーム1又は31の方法によって作られる、それぞれが異なる患者からのもの(審決注:‘form’は‘from’の誤記と認める)である、未分化細胞の複数の調製物のパネルであって、少なくとも2,4,10,20,50又は100の調製物を含む、パネル。」(クレーム111) (5-i)「115.化合物を評価する方法であって、 クレーム111の未分化の細胞調製物のパネルを提供すること、 当該パネルからの複数の調製物のそれぞれからの細胞に化合物を接触させること、 当該細胞における化合物の影響を評価すること、 それにより、化合物を評価すること、 を含む方法。」(クレーム115) (5-j)「 」(図1) (5-k)「 」(図4D) (6)引用例7 拒絶理由において「引用例7」として引用された、本願の優先日前である2005年に頒布された刊行物である、Development,2005,Vol.132,No.24,p.5503-5514には、次の事項が記載されている。 (6-a)「骨形態形成タンパク質(BMP)及び白血病抑制因子(LIF)シグナリングは双方とも、神経幹/前駆細胞の、グリア細胞繊維性酸性タンパク質(GFAP)免疫反応性細胞への分化を促進する。」(要約の左欄1?4行目) (6-b)「初期の胚性脳室帯における神経幹/前駆細胞(NSCs)は古典的なアストロサイトのマーカーであるGFAPを発現しないものの、後期の胚の発達までにNSCsは発現を始める(Imuraら,2003)。」(5503頁左欄1?4行目) (6-c)「図1.LIF及びBMPの双方はGFAP発現を増加させるが、異なる形態を促進する。・・・(D-F,H,I)免疫蛍光は、7日のLIF及びBMP4の処理が、異なるGFAP発現細胞の形態を促進する。赤,GFAP;青の差し込み,ヘキスト核対比染色。 」(図1D,E) 2.引用発明 引用例2記載事項(1-a)?(1-d)の下線部分より、引用例2には、次の発明(以下、「引用発明」という)が記載されていると認められる。 「アストロサイトを用いた家族性の筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬のスクリーニング方法であって、SOD1の本来のプロモーターの支配下にレポーター遺伝子としてルシフェラーゼを発現するコンストラクトを含むヒトアストロサイトの細胞株に、低分子・既存薬ライブラリを適用し、該細胞株のルシフェラーゼの発現量を測定し、ルシフェラーゼの発現量が低下する化合物を、SOD1の転写を抑制してSOD1タンパク質の発現を減少させるALSの治療薬とする、方法。」 3.対比 本願発明1と引用発明を対比する。 引用発明の「アストロサイトを用いた家族性の筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬のスクリーニング方法」は、本願発明1の「筋萎縮性側索硬化症の予防および治療薬をスクリーニングする方法」に相当し、引用発明の「低分子・既存薬ライブラリ」は、本願発明1の「試験化合物」に相当し、 引用発明の「ヒトアストロサイトの細胞株」は、本願発明1の「iPS細胞から分化誘導されたアストロサイト」と、アストロサイトである点で共通すると認められる。 また、本願発明1における内因性SOD1の発現は、SOD1遺伝子の上流にあるSOD1プロモーターにより発現制御されていると認められるから、引用発明における「ルシフェラーゼの発現量を測定」は、本願発明1の「内因性SOD1の発現量を測定する」と、(SOD1プロモーター支配下の遺伝子からの)タンパク質の発現量を測定する点で共通すると認められる。 さらに、引用発明の「ルシフェラーゼの発現量が低下する化合物を、SOD1の転写を抑制してSOD1タンパク質の発現を減少させるALSの治療薬とする」は、本願発明1の「試験化合物と接触させなかった対照と比較して、該SOD1の発現量を減少させる試験化合物を選択する工程」と、「試験化合物と接触させなかった対照と比較して、タンパク質の発現量を減少させる試験化合物を選択する工程」である点で共通する。 加えて、引用発明において「ルシフェラーゼの発現量が低下する化合物を、SOD1の転写を抑制してSOD1タンパク質の発現を減少させるALSの治療薬とする」、「アストロサイトを用いた家族性の筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬のスクリーニング方法」を実施する場合、 (1)ヒトアストロサイトの細胞株と低分子・既存薬ライブラリを接触させ、 (2)該ヒトアストロサイトの細胞株のSOD1のプロモーターの支配下に配置したレポーター遺伝子としてのルシフェラーゼの発現量を測定し、 (3)低分子・既存薬ライブラリと接触させなかった対照と比較して、該SOD1の発現量を減少させる低分子・既存薬ライブラリを選択する ことは当然に行う工程であって、自明のことであるといえる。 そうすると、本願発明1と引用発明の両者は 「以下の工程; (1)アストロサイトと試験化合物を接触させる工程、 (2)該アストロサイトのSOD1の発現量を測定する工程、および (3)試験化合物と接触させなかった対照と比較して、タンパク質の発現量を減少させる試験化合物を選択する工程 を含む、筋萎縮性側索硬化症の予防および治療薬をスクリーニングする方法。」 である点で一致し、以下の2点で相違する。 相違点1: スクリーニングに用いるアストロサイトが、本願発明1では、「SOD1の106番目のロイシンに変異を有するiPS細胞から分化誘導されたアストロサイト」であり、 「該アストロサイトが、以下の工程: (a)iPS細胞からニューロスフェアを形成する工程、および (b)前記ニューロスフェアをLIFとBMP-4を含有する培地で培養する工程 を含む方法で分化誘導されたもの」であるのに対して、 引用発明では「SOD1の本来のプロモーターの支配下にレポーター遺伝子としてルシフェラーゼを発現するコンストラクトを含むヒトアストロサイトの細胞株」である点。 相違点2: 本願発明1は、アストロサイトの「内因性SOD1の発現量を測定」するのに対して、引用発明は、アストロサイトの「ルシフェラーゼの発現量を測定」する点。 4.当審の判断 上記相違点1,2について、以下にまとめて検討する。 引用例3記載事項(2-a)?(2-b)、及び引用例4記載事項(3-a)?(3-c)にあるように、ALSの発症に関連するSOD1の変異としてのL106Vは、当業者に広く知られていたものと認められ、さらに、下記に示す引用例A記載事項(A-1)及び引用例B記載事項(B-1)?(B-2)にもあるとおり、本願優先日前当業者に周知であったものと認められる。 引用例A(Lancet,1994,Vol.343,p.1501): (A-1)「日本の家族性筋萎縮性側索硬化症の患者におけるスーパーオキシドジスムターゼ-1遺伝子のLeu^(106)→Val(CTC→GTC)変異」(タイトル) 引用例B(Science,1993,Vol.261,p.1047-1051): (B-1)「銅,亜鉛スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)遺伝子(SOD1)における単一部位の変異は、致死性の神経変性疾患である家族性筋萎縮性側索硬化症(FALS)を有する患者に起こる。」(要約の1?3行目) (B-2)「テーブル1.ヒトSODにおけるFALS変異 」(テーブル1) また、引用例5記載事項(4-a)?(4-e)によれば、引用例5には、患者由来の多能性幹細胞が薬剤発見に使用できること、SOD1に変異を有するALS患者由来の細胞からiPS細胞を樹立したこと、さらに、樹立したiPS細胞を分化させ、GFAPマーカーを発現する神経系の細胞を同定したことが記載されている。 そして、引用例6記載事項(5-a)?(5-k)によれば、引用例6にも、SOD1に変異を有するALS患者由来の細胞からiPS細胞を樹立したこと、さらに、樹立したiPS細胞を分化させ、GFAPマーカーを発現する神経系の細胞を同定したこと、薬剤又は治療候補として、当該細胞に影響を与える化合物を評価することが記載されている。 引用例5,6の上記記載より、ALSを治療できる薬剤のスクリーニングを目的として、SOD1に変異を有するALS患者由来の細胞からiPS細胞を樹立し、樹立したiPS細胞を分化させてGFAPマーカーを発現する神経系の細胞を得る方法は、本願優先日前当業者により既に知られていたものと認められる。 さらに、引用例7記載事項(6-a)?(6-b)にあるとおり、GFAPがアストロサイトのマーカーであることは古くから知られていることであり、さらに、引用例7記載事項(6-c)にあるとおり、LIF及びBMP4がGFAP陽性細胞に分化させる因子であることも、本願優先日前当業者に知られていたものと認められる。 そして、疾患の治療薬をスクリーニングする場合に、該疾患の患者由来の組織や細胞を用いた方が、より好適なスクリーニングを行えると考えられるから、引用発明の「ヒトアストロサイトの細胞株」をALS患者由来のアストロサイト、例えば、ALS患者由来のiPS細胞から誘導されたアストロサイトに代えることは、当業者が容易になし得るといえる。 実際、上記したとおり、引用例5記載事項(4-b)及び引用例6記載事項(5-b)にも、ALS患者由来のiPS細胞から誘導された細胞を薬剤のスクリーニングに用いることが示唆されている。 また、引用例7記載事項(6-a)?(6-b)にあるように、神経幹/前駆細胞(ニューロスフェア)からGFAP陽性細胞、すなわちアストロサイトを分化させる際に、LIF及びBMP4を用いることは公知であり、iPS細胞から神経系細胞へ分化させる際に、初期の段階でニューロスフェアを形成すること、およびそのための方法は、当該技術分野の周知技術であるから、 iPS細胞からアストロサイトを誘導する方法としての、 「(a)iPS細胞からニューロスフェアを形成する工程、および (b)前記ニューロスフェアをLIFとBMP-4を含有する培地で培養する工程」 を含む方法は、当業者が容易に採用し得る方法である。 さらに、ALS患者の疾患の原因となるSOD1遺伝子の変異としてのL106V、すなわち「SOD1の106番目のロイシンに変異を有する」ことは、上記したとおり、本願優先日前において周知である。 つまり、引用発明において、「SOD1の本来のプロモーターの支配下にレポーター遺伝子としてルシフェラーゼを発現するコンストラクトを含むヒトアストロサイトの細胞株」に代えて、 「SOD1の106番目のロイシンに変異を有するiPS細胞から」 「(a)iPS細胞からニューロスフェアを形成する工程、および (b)前記ニューロスフェアをLIFとBMP-4を含有する培地で培養する工程 を含む方法で分化誘導された」、 「アストロサイト」を用いることは、当業者が容易になし得るといえる。 そして、引用発明では、「SOD1の本来のプロモーターの支配下にレポーター遺伝子としてルシフェラーゼを発現するコンストラクトを含むヒトアストロサイトの細胞株」におけるルシフェラーゼの発現量を測定しているが、引用例2記載事項(1-c)に「化合物がプロモーターに作用し転写を抑制すれば,ルシフェラーゼの発現量が低下しルシフェラーゼの基質から産生される蛍光物質の量が低下する」と記載されるように、引用発明においては、SOD1の本来のプロモーターを含む細胞株に適用された化合物の作用により、SOD1遺伝子の転写・発現への影響を直接的に測定することに代えて、タンパク質発現量の測定が容易であるレポーター遺伝子を用いる、いわば間接的な測定系である「SOD1の本来のプロモーターの支配下にレポーター遺伝子としてルシフェラーゼを発現するコンストラクトを含む、ヒトアストロサイトの細胞株」を用いてルシフェラーゼの発現量を測定する系が採用されていることは、当業者であれば明らかである。 一方、細胞系を用いたスクリーニングにおいて、レポーター遺伝子を使用せず、遺伝子の発現を直接的な測定系で測定する方法は、レポーター遺伝子を用いる間接的な測定系と同様に、本願優先日当時の当業者の周知技術である。 したがって、上記で述べたとおり、引用発明において、「SOD1の本来のプロモーターの支配下にレポーター遺伝子としてルシフェラーゼを発現するコンストラクトを含むヒトアストロサイトの細胞株」を、 「SOD1の106番目のロイシンに変異を有するiPS細胞から」 「(a)iPS細胞からニューロスフェアを形成する工程、および (b)前記ニューロスフェアをLIFとBMP-4を含有する培地で培養する工程 を含む方法で分化誘導された」、 「アストロサイト」に代えた場合に、レポーター遺伝子を用いることなく、106番目のロイシンに変異を有するSOD1遺伝子からの内因性SOD1の発現を直接的に測定することも、当業者が容易になし得ることである。 以上のとおり、使用するアストロサイトとしてレポーター遺伝子を導入した細胞株を用い、試験化合物のSOD1の発現への影響を、レポーター遺伝子の発現を測定することで間接的に測定する引用発明において、該細胞株に代えて、公知の方法でALS患者由来のiPS細胞から誘導されたアストロサイト(レポーター遺伝子は導入しない)を用い、試験化合物のSOD1の発現への影響を、内因性SOD1の発現を測定することで直接的に測定する方法を採用することは、当業者が容易になし得ることであるから、相違点1,2は当業者が容易になし得ることである。 そして、本願発明1の効果が、引用例2?7の記載から予測できないものであるとは認められない。 よって、本願発明1は、引用例2?7に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 5.審判請求人の主張 平成27年12月15日付け審判請求書及び平成29年3月13日付け意見書において、審判請求人は主に以下の3点を主張している。 主張1: ALS患者由来のiPS細胞のSOD1の配列を解析した結果、たまたまSOD1の106番目のロイシンに変異を有していただけであって、他の内因性変異SOD1を有するアストロサイトでも同様にALS治療活性を有する化合物の薬効評価が可能であったであろうとする、合理的な根拠を何ら示しておられません。 そうである以上、引用例3、4に記載された49箇所という多様な変異SODの中で、106番目のロイシンの変異が内因性レベルのSOD1の発現の変化を指標に薬効評価が可能であることについて、同文献を含むいずれの引用例にも、開示はおろか示唆すらないのであるから、数多ある変異SOD1の中から106番目のロイシンの変異を選択することについては、当業者といえども到底予測不可能であったことは明らかです。 主張2: 引用例1で用いたHTSアッセイ系の細胞は、SOD1遺伝子のプロモーターの下流に、ルシフェラーゼ遺伝子と、開始コドンを欠失させた変異SOD1(G93A)をコードするゲノムDNAとを連結した発現ベクターを導入したトランスジェニックマウス由来の細胞株であり、導入遺伝子を高コピー数で有するものです。そのため、SOD1遺伝子のネイティブなプロモーターの制御下にあるといっても、ルシフェラーゼと変異SOD1の融合タンパク質を過剰発現しており、本願発明で使用されるSOD1の106番目のロイシンの変異を生来的に有するiPS細胞から請求項1に記載の(a)及び(b)の工程により分化誘導されたアストロサイトとは、ベースとなるSOD1発現レベルが全く異なります。従って、内因性レベルのSOD1発現をベースとするアストロサイトでも同様に、ALS治療薬のスクリーニング系に使用できるか否かは全く予測不可能であったといえます。 主張3: 本願発明のスクリーニング系は、薬効のない基剤、薬効が既知の化合物に対して、相応の内因性SOD1発現量の差を呈することにより、薬効のある候補化合物を選別できることが実施例で示されており、薬効スクリーニング系として十分にその効果を奏するものです。 そもそも、ALSは未だ有効な治療薬のない難病であり、膨大な化合物ライブラリーをスクリーニングにかけたとしても、in vivoで治療活性を示す化合物が必ずしも得られるとは限りません。通常、本願発明のようなin vitroのハイスループットスクリーニング系は、化合物ライブラリーの初期スクリーニング用に利用されるものであり、可能性のある候補化合物がある程度の数ヒットする方が望ましく、その中からより高次のスクリーニングを通じて最終的に治療薬となり得る化合物を絞り込むというのがより合理的です。in vitroのハイスループットスクリーニング系においてより重要なことは、真に治療活性のある化合物を取りこぼさないことであり、そのためには、in vivoで薬効を示すことが既知の化合物が、検証するスクリーニング系において、候補化合物として正しくヒットすることを確認すれば足りるものと思料致します。 また、「薬効スクリーニング」という語は、薬効のある化合物を見つけ出すというだけでなく、薬効の有無について、多数の化合物を試験するという意味もあるのですから、薬効のない化合物を篩い落とすこともまた「薬効スクリーニング」に他ならず、その観点からも「ALSの予防および治療薬となる化合物のスクリーニングであれば、最終的にスクリーニングされた化合物がALSの予防および治療薬とならなければならない」とのご見解は、妥当ではないと思料致します。 そこで、上記主張1?3について以下に検討する。 主張1について: 「第3 4.当審の判断」で述べたとおり、106番目のロイシンに変異を有するSOD1は、本願優先日前に種々知られているSODの変異の1つであり、当業者に周知であったのであるから、当該変異を含むALS患者由来の細胞を用いることに格別の技術的困難性はあったとまではいえない。 そして、本願発明1において、特にL106Vの変異SOD1を有する患者由来の細胞を用いたことにより、格別の効果が奏されたとは認められない。 主張2について: 上記主張2では拒絶理由の引用例1に言及しているが、引用例1と、審決で引用した引用例2は、同じ研究グループの発明者によるものであり、両者にはほぼ同じ内容が記載されている。したがって、上記引用例1についての主張2を、引用例2についてするものとして考慮した上で、特に「内因性レベルのSOD1発現をベースとするアストロサイトでも同様に、ALS治療薬のスクリーニング系に使用できるか否かは全く予測不可能であった」とする主張について、以下、反論する。 ALS患者由来のiPS細胞から誘導されたアストロサイトが薬剤スクリーニングに有用であること、試験化合物による、内因性SOD1の発現量の低下を検出することにより、スクリーニングが可能であることは、引用例2?7から当業者が十分に理解できると認められる。内因性SOD1の発現レベルが引用発明のルシフェラーゼの発現レベルと異なるとしても、試験化合物による発現量の低下が検出できれば、スクリーニングは行えるのであって、ベースとなる発現レベルが異なることは、スクリーニングの可否とは関係がない。 主張3について: 本願発明1は「ハイスループットスクリーニング系」であることは特定されていないから、審判請求人の主張は本願発明1の特定に基づくものではない。また、ハイスループットスクリーニング系は、引用例2記載事項(1-c)にあるとおり、引用例2においても採用され、9600種類の化合物をスクリーニングしてSOD1の転写を抑制する化合物を177種類見いだしたことが記載されているから、審判請求人が主張する、ハイスループットスクリーニング系に基づく効果は、引用発明でハイスループットスクリーニング系を採用すれば、同様の効果が奏されるといえる。 また、「薬効スクリーニング」という語が、薬効のある化合物を見つけ出すというだけでなく、薬効の有無について、多数の化合物を試験するという意味もあるという主張についても、そもそも「薬効スクリーニング」という語が、本願発明1の発明特定事項として存在しないので、当該主張は本願発明1の特定に基づくものではない。 よって、審判請求人の上記主張1?3はいずれも採用することができない。 第4 結び 以上のとおりであるから、本願請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないので、他の請求項に係る発明について論及するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2017-03-31 |
結審通知日 | 2017-04-04 |
審決日 | 2017-04-17 |
出願番号 | 特願2010-278550(P2010-278550) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
WZ
(A61K)
|
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 小森 潔 |
特許庁審判長 |
中島 庸子 |
特許庁審判官 |
三原 健治 高堀 栄二 |
発明の名称 | 筋萎縮性側索硬化症の予防および治療用医薬組成物 |
代理人 | 田村 弥栄子 |
代理人 | 土井 京子 |
代理人 | 土井 京子 |
代理人 | 高島 一 |
代理人 | 田村 弥栄子 |
代理人 | 鎌田 光宜 |
代理人 | 鎌田 光宜 |
代理人 | 高島 一 |