• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1329057
異議申立番号 異議2016-700654  
総通号数 211 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-07-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-07-29 
確定日 2017-04-25 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5866378号発明「冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5866378号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔2-4〕について訂正することを認める。 特許第5866378号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第5866378号の請求項1ないし4に係る特許についての出願は、2012年12月6日(優先権主張2011年12月9日 日本国)を国際出願日として出願され、平成28年1月8日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、特許異議申立人 尾田 久敏により特許異議の申し立てがされ、当審において同年10月26日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年12月26日に意見書の提出及び訂正の請求があったものである。

2.平成28年12月26日付け訂正請求(以下「本件訂正請求という。)による訂正の適否について
(1)訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は以下のとおりである。

a 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項2において、
「さらに、質量%で、
Nb:0.05%?0.70%以下、
Ti:0.05%?0.30%以下、
Mo:0.1%?2.5%、
Ni:0.1%?1.5%、
B:0.0001%?0.0025%、
Cu:0.1%?2.0%、及び
Sn:0.03%?0.35%
から選択される1種以上を含み、
Nb、Tiのいずれか一方または両方を含む場合は、下記式(1)を満足することを特徴とする請求項1に記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。
Nb/93+Ti/48≧C/12+N/14 ・・・(1)
但し、式(1)中の元素記号は、当該元素の質量%を単位とする含有量を意味する。」を
「質量%で、
C:0.0150%以下、
Si:0.01%?2.00%、
Mn:0.01%?2.00%、
P:0.040%未満、
S:0.010%以下、
Cr:10.0%?30.0%、
Al:0.001%?2.00%、及び
N:0.0200%以下、
をそれぞれ含有し、
さらに、質量%で、
Nb:0.05%?0.70%以下、
Ti:0.05%?0.30%以下、
Mo:0.1%?2.5%、
Ni:0.1%?1.5%、
B:0.0001%?0.0025%、
Cu:0.1%?2.0%、及び
Sn:0.03%?0.35%
から選択される1種以上を含み、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、
Nb、Tiのいずれか一方または両方を含む場合は、下記式(1)を満足し、
板厚の1/4?3/4における断面において方位差1°以上180°未満の全結晶粒界の長さLと、方位差1°以上15°未満の亜粒界長さLaが、La/L≧0.20を満足する関係にあることを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。
Nb/93+Ti/48≧C/12+N/14 ・・・(1)
但し、式(1)中の元素記号は、当該元素の質量%を単位とする含有量を意味する。」と訂正する(請求項2を引用する請求項3?4においても同様に訂正する。)。

b 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3において、「Al含有量が0.10%超?3.00%である」を「Al含有量が0.10%超?2.00%である」に訂正する(請求項3を引用する請求項4においても同様に訂正する。)。

c 訂正事項3
願書に添付した明細書の段落【0015】において、「(2)さらに、質量%で、Nb:0.05%?0.70%以下、Ti:0.05%?0.30%以下、Mo:0.1%?2.5%、Ni:0.1%?1.5%、B:0.0001%?0.0025%、Cu:0.1%?2.0%、及びSn:0.03%?0.35%から選択される1種以上を含み、Nb、Tiのいずれか一方または両方を含む場合は、下記式(1)を満足するように含むことを特徴とする前記(1)に記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。
Nb/93+Ti/48≧C/12+N/14 ・・・(1)
但し、式(1)中の元素記号は、当該元素の質量%を単位とする含有量を意味する。
(3)Al含有量が0.10%超?3.00%であることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。」を「(2)質量%で、C:0.0150%以下、Si:0.01%?2.00%、Mn:0.01%?2.00%、P:0.040%未満、S:0.010%以下、Cr:10.0%?30.0%、Al:0.001%?2.00%、及びN:0.0200%以下をそれぞれ含有し、さらに、質量%で、Nb:0.05%?0.70%以下、Ti:0.05%?0.30%以下、Mo:0.1%?2.5%、Ni:0.1%?1.5%、B:0.0001%?0.0025%、Cu:0.1%?2.0%、及びSn:0.03%?0.35%から選択される1種以上を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、Nb、Tiのいずれか一方または両方を含む場合は、下記式(1)を満足し、板厚の1/4?3/4における断面において方位差1°以上180°未満の全結晶粒界の長さLと、方位差1°以上15°未満の亜粒界長さLaが、La/L≧0.20を満足する関係にあることを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。
Nb/93+Ti/48≧C/12+N/14 ・・・(1)
但し、式(1)中の元素記号は、当該元素の質量%を単位とする含有量を意味する。
(3)Al含有量が0.10%超?2.00%であることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。」と訂正する。


(2)訂正の目的の適否、一群の請求項、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(2-1)訂正事項1について
訂正事項1による訂正は、訂正前の請求項2を請求項1を引用しないものとした上で、独立形式の請求項へ改めるとともに、訂正前の請求項2に記載されるAl含有量の上限を3.00%から2.00%とするものであるから、請求項間の引用関係の解消、及び、特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえる。
また、該訂正事項1による訂正は、特許請求の範囲の請求項1の記載及び願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の「…Al量は、好ましくは0.10%超?3.00%であり、更に好ましくは0.50%?2.00%である。…」(【0027】)という記載に基づくものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
そして、該訂正事項1による訂正は、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

(2-2)訂正事項2について
訂正事項2による訂正は、訂正前の請求項3に記載されるAl含有量の上限を3.00%から2.00%とするものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえる。
また、該訂正事項2による訂正は、願書に添付した明細書の前記【0027】の記載に基づくものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
そして、該訂正事項2による訂正は、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

(2-3)訂正事項3について
訂正事項3による訂正は、前記訂正事項1?2による訂正に伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載の整合を図るためのものであり、明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
そして、該訂正事項3による訂正は、前記訂正事項1?2と同様に、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であって、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

かつ、訂正事項1ないし3の訂正は一群の請求項に対して請求されたものである。

(3)まとめ
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項第1号、第3号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、適法な訂正と認める。

3.特許異議の申立てについて
(1)本件発明
本件特許請求の範囲の請求項1及び本件訂正請求により訂正された請求項2ないし4に係る発明(以下、それぞれ、「本件特許発明1」…「本件特許発明4」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
質量%で、
C:0.0150%以下、
Si:0.01%?2.00%、
Mn:0.01%?2.00%、
P:0.040%未満、
S:0.010%以下、
Cr:10.0%?30.0%、
Al:0.001%?3.00%、及び
N:0.0200%以下、
をそれぞれ含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、
板厚の1/4?3/4における断面において方位差1°以上180°未満の全結晶粒界の長さLと、方位差1°以上15°未満の亜粒界長さLaが、La/L≧0.20を満足する関係にあることを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。

【請求項2】
質量%で、
C:0.0150%以下、
Si:0.01%?2.00%、
Mn:0.01%?2.00%、
P:0.040%未満、
S:0.010%以下、
Cr:10.0%?30.0%、
Al:0.001%?2.00%、及び
N:0.0200%以下、
をそれぞれ含有し、
さらに、質量%で、
Nb:0.05%?0.70%以下、
Ti:0.05%?0.30%以下、
Mo:0.1%?2.5%、
Ni:0.1%?1.5%、
B:0.0001%?0.0025%、
Cu:0.1%?2.0%、及び
Sn:0.03%?0.35%
から選択される1種以上を含み、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、
Nb、Tiのいずれか一方または両方を含む場合は、下記式(1)を満足し、
板厚の1/4?3/4における断面において方位差1°以上180°未満の全結晶粒界の長さLと、方位差1°以上15°未満の亜粒界長さLaが、La/L≧0.20を満足する関係にあることを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。
Nb/93+Ti/48≧C/12+N/14 ・・・(1)
但し、式(1)中の元素記号は、当該元素の質量%を単位とする含有量を意味する。

【請求項3】
Al含有量が0.10%超?2.00%であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。

【請求項4】
請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板を製造する方法であって、
請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載の鋼組成を有するフェライト系ステンレス鋼を鋳造して鋼片とし、前記鋼片に対して、仕上げ温度が800℃?1000℃の条件で熱間圧延を施すことにより熱延鋼板とする工程と、
その後、650℃超?800℃で前記熱延鋼板をコイル状に巻き取る工程と、
コイル状に巻き取った前記熱延鋼板を、巻き取り後1時間以内に水槽に浸漬させ、水槽内で1時間以上保持し、次いで取り出す工程とを有することを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板の製造方法。」

(2)特許異議申立理由の概要
特許異議申立人が主張する特許異議申立理由の要旨は、以下のとおりである。
(a)本件特許発明1は、甲第1号証及び甲第2号証の記載並びに甲第3号証に記載される周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(b)本件特許発明2は、甲第1号証及び甲第2号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(c)本件特許発明3は、甲第1号証及び甲第2号証の記載並びに甲第3号証に記載される周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(d)本件特許発明4は、甲第1号証及び甲第2号証の記載並びに甲第3号証ないし甲第5号証に記載される周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)取消理由の概要
当審において、訂正前の請求項2ないし4に係る特許に対して平成28年10月26日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、以下のとおりである。
(a)本件特許発明2及び3は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(b)本件特許発明4は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項、さらには甲第3?5号証に記載される周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)甲号証の記載
(ア)本件の優先日前に日本国内において頒布された刊行物である甲第1号証(特開2004-270026号公報)には、次の記載がある。
(ア1)
「【請求項1】
質量%で、
Cr:12?30%、
Al:3?8%、
Nb:0.05?0.5%を含有し、
C:0.025%以下、
N:0.025%以下、
C+N:0.030%以下であり、
残部がFeおよび不可避的不純物よりなる高Al含有フェライト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼帯であって、少なくとも該鋼帯の中央部と表面から1/4厚さの部位との間の領域における金属組織が未再結晶組織であることを特徴とする靭性に優れた高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯。 【請求項2】
さらにV:0.05?0.4質量%を含有することを特徴とする請求項1に記載の靭性に優れた高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯。【請求項3】
さらにTi:0.02?0.2質量%、Zr:0.02?0.2質量%の1種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の靭性に優れた高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯。…」(【特許請求の範囲】)

(ア2)
「近年、耐熱材料としてAlを含有するフェライト系ステンレス鋼が注目されている。このような高Al含有フェライト系ステンレス鋼は、耐熱性においてオーステナイト系ステンレス鋼よりもはるかに優れた耐酸化性を有する他、高い電気比抵抗を有している。この材料は、電気抵抗器等の高電気比抵抗が要求される電磁用部品や優れた耐酸化性が必要な自動車用排ガス部品、ストーブ部品、加熱炉炉壁等に使用されるが、最近では使用環境の過酷化に伴ってより一層の耐熱性が要求されており、Alの含有量は増加しつつある。」(【0002】)

(ア3)
「しかしながら、Alを含有するフェライト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼帯は靱性が著しく低いので、室温でコイルを巻き戻すとき、あるいは冷間圧延するときに、割れや板破断等を生じ、甚だしいときには冷間圧延ができない場合がある。…」(【0003】)

(ア4)
「本発明は、Alを含有する高耐熱性フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯の靱性をより一層改善することによって、特に厚手の熱間圧延鋼帯の冷間圧延を可能にし、かつ作業性を改善し、さらに製品の加工性を向上させることを目的としている。」(【0007】)

(ア5)
「本発明はこの目的のため、成分、金属組織、熱延条件、冷延条件および巻き取り条件を検討した結果、完成したものであり、高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯の靱性を改善するためにNbさらにV,Ti,Zrの最適添加および巻き取り温度を最適化することが、このような目的に合致することを見出したものである。その要旨とするところは以下の通りである。」(【0008】)

(ア6)
「本発明の高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱延鋼帯は、板厚の大小にかかわらず高耐熱性と高靱性を同時に実現するものであり、熱間圧延鋼帯の冷間圧延を可能にするものである。本発明に従い、高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯を製造すれば、熱間圧延鋼帯の巻き戻しおよび冷間圧延での割れや板破断を防止し、さらにこれら鋼帯を製品として使用するに際して、曲げ、切断、打ち抜き等を施す場合、割れ発生を解消し、作業性が大幅に改善される。本発明鋼は高電気比抵抗用途と高耐熱用途等に使用可能な極めて優れたフェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯であり、その工業的価値は著しく大なるものである。」(【0011】)

(ア7)
「Al:Alは、フェライト系ステンレス鋼の耐酸化性や電気比抵抗を著しく向上させる元素である。本発明においては、この元素が3%未満では耐酸化性を向上させるには十分でない。8%を超えて含有すると熱間圧延鋼帯の靭性が著しく低下する。従って、Alの成分範囲は3?8%とした。好ましい範囲は4?6%である。」(【0019】)

(ア8)
「Nb:Nbは窒化物あるいは炭化物を形成して固溶C,Nを減少させるとともに熱間圧延中の加工により導入される転位上に析出して組織を微細化させ、熱延鋼帯の靭性を一層向上させる。この効果は、0.05%未満では十分でなく、0.5%を超えると冷間での加工性を著しく劣化させる。従って、成分範囲を0.05?0.5%とした。好ましい範囲は0.1?0.3%である。」(【0020】)

(ア9)
「次に、本発明が対象とするステンレス鋼の金属組織について述べる。本発明の高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯は、少なくとも板厚の中央部と表面から1/4厚さの部位との間の領域における金属組織は未再結晶組織である。金属組織を再結晶させるには、再結晶温度以上の高温での熱間圧延が必要であり、望ましくは該熱間圧延後の熱処理が必要である。この場合には結晶粒が非常に粗大化してしまい、高Al含有フェライト系ステンレス鋼が本来持つ低靭性の性質が顕在化し、靱性が劣化する。表面近傍部は熱間圧延でのせん断歪みによる加工度が高いので微細再結晶組織が形成されやすいが、少なくとも板厚の中央部と表面から1/4厚さの部位との間の領域においては加工歪みが蓄積され難いので微細再結晶組織を熱間圧延で形成することは難しい。そこで、少なくとも板厚の中央部と表面から1/4厚さの部位との間の領域における金属組織を未再結晶でかつ回復組織にすることによって軟質化して、熱間圧延鋼帯の靭性を向上させる。」(【0024】)

(ア10)
「本発明が対象とする高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯の製造方法においては、鋳片を700℃以上、再結晶温度Ts以下の温度域で熱間圧延を終了し、続いてコイルに巻き取り、続いて冷却する。熱間圧延において最終段階の圧延を再結晶温度Ts(℃)以下の回復温度域で行うことにより、該圧延パス中に導入された転位はエネルギー的に安定な再配列構造としてサブ粒界を形成し、熱間圧延組織は結晶粒内にサブグレインを有するようになると考えられる。従って、高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯の靭性改善のためには、結晶粒界への転位集積による応力集中を微細なサブグレイン組織により緩和することが効果的である。」(【0025】)

(ア11)
「高Al含有フェライト系ステンレス鋼鋳片の熱間圧延終了温度を700℃以上とした理由は、700℃未満の熱間圧延ではステンレス鋼の変形抵抗が高くなりミルパワー不足が生じるため現実的でないのに加え、熱間圧延終了温度が著しく低い場合には、熱間圧延で導入された加工歪みが多量に残存し、転位の回復が十分に進行しないからである。熱間圧延終了温度の好ましい値は850℃以上である。」(【0030】)

(ア12)
「本発明の高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯の巻き取り温度は、500℃超850℃未満が望ましい。巻き取り温度が500℃以下では、熱間圧延加工で導入された転位の回復が十分に進行しないので、熱延鋼帯の靭性の向上が期待できない。一方、850℃以上では熱間圧延によって形成された加工組織の再結晶や粒成長が進行するものの、微細組織は形成されずに高Al含有フェライト系ステンレス鋼が本来持つ低靭性の性質が顕在化するため、熱間圧延材の靱性を劣化させる。実用的により好ましい巻き取り温度は、600℃?750℃である。再結晶温度以下で熱間圧延を終了した場合に、空冷により自然に到達する温度であり、かつ靱性向上効果が高い巻き取り温度領域だからである。」(【0031】)

(ア13)
「なお、本発明のNbあるいはNbとV,Ti,Zrの1種以上を複合で含有する高Al含有フェライト系ステンレス鋼においては、従来技術に示されるTi添加鋼とは異なり、Nb添加又はNbとV,Ti,Zrの1種以上の複合添加で十分に炭素・窒素を粒内に固定できるので、炭窒化物の粒界析出や金属間化合物AlNの析出による脆化現象の影響は少ない。」(【0032】)

(ア14)
「また、巻き取り終了後の冷却速度は、可能な限り急速に強制的に冷却することが好ましい。具体的には、水冷が現実的である。巻き取り後の冷却中にいわゆる475℃脆性の影響を回避することは原理的に避け難く、冷却速度が遅いほど475℃脆性の原因組織である微細Crリッチ相の形成が促進される。その結果、熱間圧延材の靱性が劣化し、500℃超850℃未満の巻き取りによる回復組織形成促進による靱性向上効果を相殺するので、靱性向上に有効な巻き取り温度領域が狭くなる。空冷の場合がこれに相当する。」(【0033】)

(イ)本件の優先日前に日本国内において頒布された刊行物である甲第2号証(特開2010-106323号公報)には、次の記載がある。
(イ1)
「C:0.05?0.3%(質量%の意味。化学成分組成について、以下同じ。)、
Si:3.0%以下(0%を含まない)、
Mn:1.5?3.5%、
Al:0.005?0.15%、
P :0.1%以下(0%を含まない)、
S :0.05%以下(0%を含まない)
を含有し、残部は鉄および不可避不純物であって、
金属組織がフェライトとマルテンサイトを含有する複合組織であるとともに、フェライト組織において、結晶方位差が10°以上の粒界の単位面積あたりの長さをLa、結晶方位差が10°未満の粒界の単位面積あたりの長さをLbとしたとき、0.2≦(Lb/La)≦1.5を満たし、
結晶方位差が10°以上の粒界で囲まれたフェライト粒の円相当径をDとしたとき、Dの平均値が25μm以下であるとともに、結晶方位差が10°以上の粒界で囲まれたフェライト粒のうちD≦30μmを満たす結晶粒が面積率で50%以上であることを特徴とする、引張強度が980MPa以上の加工性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。」(【請求項1】)

(イ2)
「…鋼の成分組成を制御するとともに、(i)結晶方位差が10°以上の粒界の単位面積あたりの長さLaと、結晶方位差が10°未満の粒界の単位面積あたりの長さLbの比(Lb/La)(以下、「粒界頻度」と呼ぶ場合がある。)を所定の範囲内に制御することによって降伏比を向上させることができること、…」(【0014】)

(イ3)
「まず結晶方位差が10°未満の粒界は、焼鈍前の冷延工程で加工組織が導入され、その後の焼鈍工程で転位組織の回復によりサブグレイン化が生じることによって形成される。このような結晶方位差が10°未満の粒界は、低降伏強度化の原因となるフェライト中の可動転位の動きを抑制することができ、降伏強度を向上させ高降伏比とすることができる。このような効果を十分に発揮させるため、結晶方位差が10°以上の粒界の単位面積あたりの長さをLa、結晶方位差が10°未満の粒界の単位面積あたりの長さをLbとしたとき、LaとLbの比(Lb/La)を0.2以上と定めた。結晶方位差が10°以上の粒界の単位面積あたりの長さ(La)と結晶方位差が10°未満の粒界の単位面積あたりの長さ(Lb)の比は、一つのフェライト粒において可動転位の動きを抑制することのできる境界の割合を表しており、可動転位の抑制効果と降伏比との間に相関関係を見出したところに本発明の意義を有している。なお、本発明では弾性領域で転位の動きを止めることによって降伏強度を高めているので、その後の塑性領域における加工硬化の挙動には大きな影響を与えることはない。したがって、複合組織鋼板の優れた引張強度および伸び特性を維持しつつ、降伏強度を高めることができる。…」(【0032】)

(ウ)本件の優先日前に日本国内において頒布された刊行物である甲第3号証(特開平04-218623号公報)には、次の記載がある。
(ウ1)
「重量%にて、C:0.03%以下、N:0.03%以下、C(%)+N(%):0.03%以下、Cr:10?40%、Al,Si,Moから選ばれる元素の1種または2種以上を合計5.0超?15.0%含有する材料成分のフェライト系ステンレス鋼鋼片を、第1式で示される再結晶温度TS 以下の回復温度域で圧下率の総和Rが20%以上の強圧下圧延を行って熱間圧延を終了し、続いて10℃/sec以上の冷却速度で冷却し、続いて500℃以下で巻取ることを特徴とする耐熱性および耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼帯の製造方法。…」(【請求項2】)

(ウ2)
「請求項4,5では、請求項2の成分のほかに、さらにTi,Nb,V,Zr,Ta,Hf,Bを含有する。Ti,Nb,V,Zr,Ta,Hf,Bは、それぞれ窒化物あるいは炭化物を形成して固溶C,Nを減少させるとともに熱間圧延中の大圧下加工により導入される転位上に析出して組織を微細化させ、熱延鋼帯の靱性を一層向上させる。この効果は、1種または2種以上合計で0.005%未満では十分でなく、0.50%を超えると冷間での加工性を著しく劣化させる。従って、Ti,Nb,V,Zr,Ta,Hf,Bの成分範囲は、合計で0.005?0.50%とした。」(【0020】)
(エ)本件の優先日前に日本国内において頒布された刊行物である甲第4号証(特開2001-026826号公報)には、次の記載がある。
(エ1)
「この発明は、靱性と巻戻し性性に優れたフェライト系ステンレス鋼または二相ステンレス鋼の熱延鋼帯を製造する方法に関する。」(【0001】)

(エ2)
「巻取り後3時間以内に水槽に浸漬:鋼帯を550?650℃の温度範囲で巻取った後、コイル状鋼帯を水槽に浸漬することで200℃/時間以上の急冷を達成することができる。このように、急冷するのは、脆化の進行を防止するためである。通常は、巻取り後は放冷されるのでコイル状鋼帯中心部の冷却速度はおよそ60?20℃/時間となるが、この間に脆化が進行してしまう。巻取り後3時間以内に水冷するのは、3時間を超えるとコイル状鋼帯の温度が低下して時効脆化が速い温度域になり、靱性確保が困難になるためである。」(【0025】)

(エ3)
「巻取り後コイル状鋼帯の水冷までの時間は、靱性確保の観点より短ければ短い方が良く、1時間以内とすることが望ましい。そのために水槽の設置場所を巻取り設備に極力近い場所とし、コイル状鋼帯の取り扱い時間を短縮するのがよい。」(【0026】)

(オ)本件の優先日前に日本国内において頒布された刊行物である甲第5号証(特開平10-237602号公報)には、次の記載がある。
(オ1)
「本発明は、連続鋳造片を熱間圧延したままの、Nb含有フェライト系ステンレス鋼の鋼帯(以下,焼鈍を施した熱延焼鈍板と区別するため、熱延板と称す)の低温靭性に関するものである。」(【0001】)

(オ2)
「…熱間圧延は、800℃以上で終了してそののち少なくとも600℃以下まで水冷を施して、析出物の生成を可能な限り抑制するのが好ましい。」(【0020】)

(オ3)
「…熱間圧延を施して、板厚4.5mmの熱延鋼帯とした。熱間圧延は、1230℃で2時間加熱したのちに、800℃?850℃で熱間圧延を終え、その後水槽に浸漬して冷却した。…」(【0022】)

(5)対比、判断
(5-1)取消理由通知に記載した取消理由について
(a)本件特許発明2について
(a-1)甲第1号証に記載された発明
前記記載事項(ア1)の内容を本件特許発明2の記載ぶりに則して整理すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1-2発明」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、Cr:12?30%、Al:3?8%、Nb:0.05?0.5%を含有し、C:0.025%以下、N:0.025%以下、C+N:0.030%以下を含み、任意にV:0.05?0.4%、Ti:0.02?0.2%、Zr:0.02?0.2%の1種以上を含み、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる高Al含有フェライト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼帯であって、少なくとも該鋼帯の中央部と表面から1/4厚さの部位との間の領域における金属組織が未再結晶組織である、靭性に優れた高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯。」

(a-2)対比
本件特許発明2と甲1-2発明とを対比すると、甲1-2発明の「靭性に優れた高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯」は、前記記載事項(ア3)、(ア4)、(ア6)の記載からみれば、冷間圧延での割れや板破断を防止できるものであるから、本件特許発明1の「冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板」に相当する。
また、質量%基準で、甲1-2発明の「C:0.025%以下」は本件特許発明2の「C:0.0150%以下」とC:0.0150%以下の範囲で重複し、甲1-2発明の「Cr:12?30%」は本件特許発明2の「Cr:10.0%?30.0%」とCr:12?30%の範囲で重複し、甲1-2発明の「N:0.025%以下」は本件特許発明2の「N:0.0200%以下」とN:0.0200%以下の範囲で重複し、甲1-2発明の「Nb:0.05?0.5%」は本件特許発明2の「Nb:0.05%?0.70%」とNb:0.05?0.5%の範囲で重複し、甲1-2発明の「Ti:0.02?0.2%」は本件特許発明2の「Ti:0.05%?0.30%」とTi:0.05?0.2%の範囲で重複する。
してみると、両者は、
「質量%で、
C:0.015%以下、
Cr:12%?30%、及び
N:0.0200%以下、
をそれぞれ含有し、さらに、
Nb:0.05%?0.5%、
を含み、さらに、任意に
Ti:0.05?0.2%
を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有する、冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。」
である点で一致し、以下の点で相違している。

・相違点1-1:金属組織に関して、本件特許発明2は、「板厚の1/4?3/4における断面において方位差1°以上180°未満の全結晶粒界の長さLと、方位差1°以上15°未満の亜粒界長さLaが、La/L≧0.20を満足する関係にある」と特定されるのに対し、甲1-2発明は、「少なくとも該鋼帯の中央部と表面から1/4厚さの部位との間の領域における金属組織が未再結晶組織である」と特定されており、前記亜粒界長さLaと前記全結晶粒界の長さLとの比で規定された前記の関係にあるのか明らかでない点。

・相違点1-2:鋼組成に関して、本件特許発明2は、「Al:0.001%?2.00%」を含有するのに対し、甲1-2発明は、「Al:3?8%」を含有する点。

・相違点1-3:鋼組成に関して、本件特許発明2は、「Si:0.01%?2.00%、Mn:0.01%?2.00%、P:0.040%未満、S:0.010%以下」を含有するのに対し、甲1-2発明は、Si、Mn、P、Sの含有量が特定されていない点。

・相違点1-4:鋼組成に関して、本件特許発明2は、「Nb、Tiのいずれか一方または両方を含む場合は、下記式(1)を満足する
Nb/93+Ti/48≧C/12+N/14 ・・・(1)
但し、式(1)中の元素記号は、当該元素の質量%を単位とする含有量を意味する。」のに対し、甲1-2発明は、前記式(1)を満足することが明らかではない点。

(a-3)相違点1-1についての判断
甲第1-2発明には、「少なくとも該鋼帯の中央部と表面から1/4厚さの部位との間の領域における金属組織が未再結晶組織であること」が特定されており、そのような未再結晶組織に亜粒界が多く存在することは明らかであるが、甲第1号証には、前記亜粒界長さLaと前記全結晶粒界の長さLの比については記載も示唆もされていない。
一方、訂正後の本件明細書の段落【0020】及び願書に添付した図面の【図1】の記載をみれば、本件特許発明2においてLa/L≧0.20とすることによりシャルピー衝撃値が著しく上昇していることが認められ、そのような作用、効果は、前記甲第1号証?甲第5号証に記載も示唆もされるものではなく、当業者といえども予測し得るものではない。
そうすると、未再結晶組織に亜粒界が多く存在することは明らかであるとしても、前記甲第1号証には、前記亜粒界長さLaと前記全結晶粒界の長さLの比や前記シャルピー衝撃値に関して記載されていないから、甲1-2発明において、前記亜粒界長さLaと前記全結晶粒界の長さLがLa/L≧0.20を満足しているとはいえないし、前記亜粒界長さLaと前記全結晶粒界の長さLをLa/L≧0.20を満足する関係とすることを当業者が容易になし得るともいえない。

(a-4)相違点1-2についての判断
前記記載事項(ア2)及び(ア7)の記載からみれば、甲1-2発明は、3%以上のAlを含む高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯に係るものであって、3%以上のAlを含有することにより、オーステナイト系ステンレス鋼よりもはるかに優れた耐熱性、耐酸化性を有するものである。
してみれば、甲1-2発明における「Al:3?8%」を、「Al:0.001%?2.00%」とすることが、当業者が適宜になし得る設計的事項といえるものではないし、甲第1号証?甲第5号証の記載をみても、甲1-2発明における「Al:3?8%」を、「Al:0.001%?2.00%」とする動機付けが存在するものでもない。
したがって、前記相違点1-2は、当業者が容易になし得るものとはいえない。

(a-5)まとめ
以上のとおりであるので、相違点1-3及び1-4について判断するまでもなく、本件特許発明2は、前記甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証?甲第5号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(b)本件特許発明3及び4について
本件特許発明3及び4は、本件特許発明2を引用するものである。そして、本件特許発明2は、前記甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証?甲第5号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないことは前記のとおりであるから、同様の理由により、本件特許発明3及び4も、前記甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証?甲第5号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5-2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
(a)本件特許発明1について
(a-1)甲第1号証に記載された発明
前記記載事項(ア1)の内容を本件特許発明1の記載ぶりに則して整理すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1-1発明」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、Cr:12?30%、Al:3?8%、Nb:0.05?0.5%を含有し、C:0.025%以下、N:0.025%以下、C+N:0.030%以下を含み、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる高Al含有フェライト系ステンレス鋼の熱間圧延鋼帯であって、
少なくとも該鋼帯の中央部と表面から1/4厚さの部位との間の領域における金属組織が未再結晶組織である、
靭性に優れた高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯。」

(a-2)対比
本件特許発明1と甲1-1発明とを対比すると、甲1-1発明の「靭性に優れた高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯」は、前記記載事項(ア3)、(ア4)、(ア6)の記載からみれば、冷間圧延での割れや板破断を防止できるものであるから、本件特許発明1の「冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板」に相当する。
また、質量%基準で、甲1-1発明の「C:0.025%以下」は本件特許発明1の「C:0.0150%以下」とC:0.015%以下の範囲で重複し、甲1-1発明の「Cr:12?30%」は本件特許発明1の「Cr:10.0%?30.0%」とCr:12?30%の範囲で重複し、甲1-1発明の「Al:3?8%」は本件特許発明1の「Al:0.001%?3.00%」とAl:3%の点で重複し、甲1-1発明の「N:0.025%以下」は本件特許発明1の「N:0.0200%以下」とN:0.0200%以下の範囲で重複する。
してみると、両者は、
「質量%で、
C:0.015%以下、
Cr:12%?30%、
Al:3%、及び
N:0.0200%以下、
をそれぞれ含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有する、冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。」
である点で一致し、以下の点で相違している。

・相違点2-1:金属組織に関して、本件特許発明1は、「板厚の1/4?3/4における断面において方位差1°以上180°未満の全結晶粒界の長さLと、方位差1°以上15°未満の亜粒界長さLaが、La/L≧0.20を満足する関係にある」と特定されるのに対し、甲1-1発明は、「少なくとも該鋼帯の中央部と表面から1/4厚さの部位との間の領域における金属組織が未再結晶組織である」と特定されており、前記亜粒界長さLaと前記全結晶粒界の長さLとの比で規定された前記の関係にあるのか明らかでない点。

・相違点2-2:鋼組成に関して、本件特許発明1は、Nbを含有しないのに対し、甲1-1発明は、Nb:0.05?0.5%を含有する点。

・相違点2-3:鋼組成に関して、本件特許発明1は、「Si:0.01%?2.00%、Mn:0.01%?2.00%、P:0.040%未満、S:0.010%以下」を含有するのに対し、甲1-1発明は、Si、Mn、P、Sの含有量が特定されていない点。

(a-3)相違点2-1についての判断
甲1-2発明において、前記亜粒界長さLaと前記全結晶粒界の長さLがLa/L≧0.20を満足しているとはいえないし、前記亜粒界長さLaと前記全結晶粒界の長さLをLa/L≧0.20を満足する関係とすることを当業者が容易になし得るともいえないことは、前記「(5-1)(a)(a-3)相違点1-1についての判断」に記載のとおりであるので、同様の理由により、甲1-1発明において、前記亜粒界長さLaと前記全結晶粒界の長さLがLa/L≧0.20を満足しているとはいえないし、前記亜粒界長さLaと前記全結晶粒界の長さLをLa/L≧0.20を満足する関係とすることを当業者が容易になし得るともいえない

(a-4)相違点2-2についての判断
前記記載事項(ア4)?(ア6)、(ア8)及び(ア13)の記載からみれば、甲1-1発明は、高Al含有フェライト系ステンレス鋼熱間圧延鋼帯の靱性を改善するためにNbを添加するものであって、そうすることにより、当該甲第1号証に記載される作用、効果を奏するものであるから、甲1-1発明におけるNbは必須成分であるといえる。
してみれば、甲1-1発明においてNbを除くことは、甲1-1発明の技術的意義を損なうことになるから、当業者が適宜になし得るものであるとはいえないし、甲第1号証?甲第5号証の記載をみても、甲1-1発明においてNbを添加しない鋼組成とする動機付けが存在するものでもない。
したがって、前記相違点2-2は、当業者が容易になし得るものとはいえない。

(a-5)まとめ
以上のとおりであるので、相違点2-3について判断するまでもなく、本件特許発明1は、前記甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証?甲第5号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(b)本件特許発明3及び4について
本件特許発明3及び4は、本件特許発明1を引用するものである。そして、本件特許発明1は、前記甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証?甲第5号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないことは前記のとおりであるから、同様の理由により、本件特許発明3及び4も、前記甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証?甲第5号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。


4.むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1ないし4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1ないし4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板およびその製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板およびその製造方法に関する。
本願は、2011年12月9日に、日本に出願された特願2011-270092号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼は、家電、建材、自動車部品等、幅広い用途に用いられている。従来から該鋼には、耐食性や高温特性等の必要特性に応じて種々の元素が適量に添加されている。
耐食性向上を目的とする場合は、Cr,MoやNiを添加することが有効であることが知られている。また高温特性(強度、耐酸化性)を向上させるためには、Nb,Al,Si等の添加が有効である。
【0003】
一般的にこれらの添加元素の添加量が多いほど、特性は向上するが、逆に製造性、特に冷間割れ性は低下する。このため、その添加量の上限が決められている。
冷間割れとは、熱延板のコイル(コイル状に巻かれた熱延板)を巻き解き、次いで、熱延板を連続酸洗ライン、連続焼鈍酸洗ライン、冷間圧延ライン等に通した際に生じる割れを指し、熱延板の靱性が不足しているために生じると考えられている。
フェライト系ステンレス鋼の多くの添加元素を含有する鋼種において、温度が低い冬季に生じやすい。
【0004】
Cr量の多いフェライト系ステンレス鋼やAlが添加されたステンレス鋼からなる熱延板の靱性を向上させるために、解決手段としては特許文献1および特許文献2が公知である。
特許文献1には、Crが25?35重量%添加された鋼種からなる熱延板の靱性値を向上させる技術として、仕上げ熱間圧延を終了してから、400?600℃で巻き取り、直ちに水冷以上の冷却速度で急冷する技術が開示されている。
特許文献2には、鋼板を550?650℃の巻き取り温度で巻き取ってコイル状鋼帯とし、巻き取り後3時間以内にコイル状鋼帯を水槽に浸漬する方法が開示されている。
【0005】
このように熱延板の靱性を改善する技術として、特許文献1乃び特許文献2の技術が開示されている。しかしながら、本願発明者らが上記従来の知見を、各種フェライト系ステンレス鋼に対して適用したところ、冷間割れが発生する場合があり、必ずしも靭性の改善に対して有効ではないことが分かった。即ち、従来技術は十分に有効ではなく、更なる改善が必要とされるものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5-320764号公報
【特許文献2】特開2001-26826号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の実情に鑑みなされたものであって、冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、フェライト系ステンレス鋼熱延板の巻き取り条件と熱延板の靱性との関係を調査した。
まず、成分を変化させたフェライト系ステンレス鋼を実験室で5mm厚まで熱間圧延して熱延鋼板を得た。次いで、炉内の温度が巻き取り温度に制御された炉の中に熱延鋼板を挿入し、巻き取り処理を模擬した。巻き取り温度(炉内の温度)を550℃?950℃の範囲で変化させ、かつ巻き取り処理(炉内での加熱)の時間を0.1h?100hの範囲で変化させた。その後に、水冷によって室温まで冷却して熱延鋼板を作製した。
【0009】
得られた熱延鋼板に対してシャルピー試験を実施し、室温(25℃)における衝撃値(靱性)を評価した。
また、上記種々の条件で製造した熱延鋼板の金属組織を光学顕微鏡並びにEBSP(電子後方散乱解析像法)にて調査した。光学顕微鏡では、鋼板の再結晶状態を調査した。さらにEBSPを用いて、結晶粒内における亜粒界(サブグレイン粒界)の有無を調査した。
【0010】
EBSPにおける測定は、後述する実施形態に記載の方法によって行った。詳細には、圧延方向に平行であり、かつ板面方向に垂直な断面(L断面)を有するように測定用サンプルを採取した。測定用サンプルのL断面に対して、電解研磨又はコロイダルシリカによる研磨を施した。L断面において、板厚tの1/4tから3/4t(板厚の1/4?3/4)の範囲を測定範囲とした。この測定範囲のうち、100μm×100μmの範囲において、0.2μmの測定ステップ(ピッチ)で結晶方位を測定した。結晶粒界と亜粒界の判断は、以下のように行った。隣接する測定点での方位差が1°以上180°未満の界面を粒界とみなした。このうち方位差が1°以上15°未満の粒界を亜粒界とした。得られた知見を下記に列挙する。
【0011】
(1)得られた熱延鋼板のシャルピー衝撃値は、製造条件によって5J/cm^(2)から約100J/cm^(2)の範囲で大きく変化した。
(2)得られた熱延鋼板の金属組織を光学顕微鏡で観察したところ、未再結晶組織、完全再結晶組織、及び未再結晶と再結晶の混合組織の3種類の場合が認められた。完全再結晶組織の場合、熱延鋼板のシャルピー衝撃値は20J/cm^(2)未満であった。未再結晶粒の場合、及び未再結晶と再結晶の混合組織の場合、シャルピー衝撃値が20J/cm^(2)以上となる場合が認められた。
【0012】
(3)EBSPによる結晶粒界の調査より、方位差1°以上180°未満の結晶粒界の長さの合計(全結晶粒界長さL)と、方位差1°以上15°未満の亜粒界の長さの合計(亜粒界長さLa)を求めた。そして、比La/Lと、シャルピー衝撃値との関係を求めた。
図1は、種々のフェライト系ステンレス鋼において巻き取り条件(温度及び時間)を変化させたときの靱性値(シャルピー衝撃値)とLa/Lとの関係を示す。図1より、La/Lが0.20以上のときにシャルピー衝撃値は20J/cm^(2)以上と高く、La/Lが0.20未満のときに20J/cm^(2)未満となる。
【0013】
一般的に、結晶粒界は、隣接する結晶粒間の方位差を示している。完全再結晶組織の場合、結晶粒界を挟んだ両側の結晶粒は、ほぼ全てが15°以上の方位差を有している。すなわち完全再結晶組織には、方位差1°から15°未満の範囲の結晶粒界がほとんど存在しないため、La/Lは0に近くなる。
本試験においては、巻き取り温度が900℃の場合においては、いずれの鋼種でも完全再結晶組織が得られ、シャルピー衝撃値はいずれも20J/cm^(2)未満であった。一方、巻き取り温度が800℃以下であり、シャルピー衝撃値が20J/cm^(2)以上となる場合の金属組織は、いずれも光学顕微鏡組織では未再結晶粒が多く存在しているように見え、EBSPでの解析により亜粒界が多く存在していた。
【0014】
本発明は、これらの知見に基づいて得られたものであり、本発明の一態様の要旨は、以下の通りである。
(1)質量%で、C:0.0150%以下、Si:0.01%?2.00%、Mn:0.01%?2.00%、P:0.040%未満、S:0.010%以下、Cr:10.0%?30.0%、Al:0.001%?3.00%、及びN:0.0200%以下をそれぞれ含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、板厚の1/4?3/4における断面において方位差1°以上180°未満の全結晶粒界の長さLと、方位差1°以上15°未満の亜粒界長さLaがLa/L≧0.20を満足する関係にあることを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。
【0015】
(2)質量%で、C:0.0150%以下、Si:0.01%?2.00%、Mn:0.01%?2.00%、P:0.040%未満、S:0.010%以下、Cr:10.0%?30.0%、Al:0.001%?2.00%、及びN:0.0200%以下をそれぞれ含有し、さらに、質量%で、Nb:0.05%?0.70%以下、Ti:0.05%?0.30%以下、Mo:0.1%?2.5%、Ni:0.1%?1.5%、B:0.0001%?0.0025%、Cu:0.1%?2.0%、及びSn:0.03%?0.35%から選択される1種以上を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、Nb、Tiのいずれか一方または両方を含む場合は、下記式(1)を満足し、板厚の1/4?3/4における断面において方位差1°以上180°未満の全結晶粒界の長さLと、方位差1°以上15°未満の亜粒界長さLaが、La/L≧0.20を満足する関係にあることを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。
Nb/93+Ti/48≧C/12+N/14 ・・・(1)
但し、式(1)中の元素記号は、当該元素の質量%を単位とする含有量を意味する。
(3)Al含有量が0.10%超?2.00%であることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。
【0016】
(4)前記(1)乃至(3)の何れか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板を製造する方法であって、前記(1)乃至(3)の何れか一つに記載の鋼組成を有するフェライト系ステンレス鋼を鋳造して鋼片とし、前記鋼片に対して、仕上げ温度が800℃?1000℃の条件で熱間圧延を施すことにより熱延鋼板とする工程と、その後、650℃超?800℃で前記熱延鋼板をコイル状に巻き取る工程と、コイル状に巻き取った前記熱延鋼板を、巻き取り後1時間以内に水槽に浸漬させ、水槽内で1時間以上保持し、次いで取り出す工程とを有することを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
以上のように、本発明の一態様によれば、種々の元素を含有するフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板の靭性に影響を及ぼす亜粒界の割合を高めることにより、熱延鋼板の冷間割れを防ぐことができる。
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板によれば、熱間圧延後に連続焼鈍あるいは酸洗工程が施されても冷間割れは生じない。
また、本発明の一態様によれば、各種フェライト系ステンレス熱延鋼板の冷間割れを抑制することで、製造歩留りの増加及び生産効率の向上をもたらすことができる。その結果、製造コストの低減などの面で産業上非常に有用な効果を発揮することができる。また、生産効率の向上により、使用エネルギーを抑制できるため、地球環境保全に貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施形態におけるフェライト系ステンレス熱延鋼板の全結晶粒界の長さLと方位差1°以上15°未満の亜粒界の長さLaの割合(La/L)と、シャルピー衝撃値との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本実施形態のフェライト系ステンレス熱延鋼板について詳細に説明する。
本実施形態のフェライト系ステンレス熱延鋼板は、質量%で、C:0.0150%以下、Si:0.01%?2.00%、Mn:0.01%?2.00%、P:0.040%未満、S:0.010%以下、Cr:10.0%?30.0%、Al:0.001%?3.00%、及び、N:0.0200%以下をそれぞれ含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、板厚の1/4?3/4における断面において方位差1°以上180°未満の全結晶粒界の長さLと、方位差1°以上15°未満の亜粒界長さLaが、La/L≧0.20を満足する関係にある。
【0020】
以下、本実施形態の熱延鋼板の鋼組成を限定した理由について説明する。なお、組成についての%の表記は、特に断りがない場合は質量%を意味する。
【0021】
C:0.0150%以下
Cが固溶状態で存在すると、溶接部の粒界腐食性が劣化するため、多量のCの添加は好ましくない。C量の上限を0.0150%とする。また、粒界腐食性の影響を及ぼさないようにC量を低減するには、精錬時間の増加等、製造コストの増加をもたらす。このため、C量の下限を0.0010%とすることが好ましい。なお、溶接部の粒界腐食性及び製造コストの観点から考えると、C量は、0.0020?0.0070%とすることが好ましい。
【0022】
Si:0.01?2.00%
Siは、耐酸化性を向上させる元素である。しかし多量のSiを添加すると、製品の加工性が劣化するため、Si量の上限を2.00%とする。一方、脱酸剤として不可避的にSiを混入するため、Si量の下限を0.01%とする。なお、Si量は、好ましくは0.02%?0.97%である。
【0023】
Mn:0.01?2.00%
Mnは、高温強度、耐酸化性を向上させる元素であるが、多量のMnの添加は、Siと同様に製品の加工性劣化を招く。このため、Mn量の上限を2.00%とする。また、不可避的に混入する場合があるため、Mn量の下限を0.01%とする。なお、Mn量は、好ましくは0.02%?1.95%である。
【0024】
P:0.040%未満
Pは、Crの原料等から不可避的に混入するため、0.005%以上のPが混入する場合が多いが、Pは延性や製造性を低下させる。このため、P量は、可能な限り少ないほうが好ましい。しかし、過度に脱りんを行うことは非常に困難であり、さらには製造コストも増加するため、P量を0.04%未満とする。
【0025】
S:0.010%以下
Sは、溶解しやすい化合物をつくり、耐食性を劣化させる場合があるため、S量は少ない方が好ましく、S量を0.010%以下とする。また、耐食性の観点からはS量は低い方が好ましく、S量は0.0050%未満とすることが好ましい。近年では脱硫技術が発達しているため、S量の下限を0.0001%とするのがより好ましい。安定製造性を考慮すると、S量の下限は0.0005%とすることがさらに好ましい。
【0026】
Cr:10.0?30.0%
Crは、耐食性、高温強度、及び耐酸化性を確保するために必要な基本元素であり、その効果を発揮するために10.0%以上のCrの添加が必須である。一方、多量のCrの添加により、靱性の劣化を招くため、Cr量の上限を30.0%とする。なお、Cr量が多いほど、高強度化し、また「475℃脆化」と呼ばれる多量のCrを含有する鋼に特有の脆化現象が生じやすくなる。このため、Cr量は20.0%以下とすることが好ましい。
【0027】
Al:0.001?3.00%
Alは、脱酸元素として活用するため、適量のAlを添加する。0.001%未満のAlの添加では、脱酸能力が不十分であるため、0.001%を下限とする。一方、0.100%のAlで、十分に酸素量を低減でき、それを超える添加量でも脱酸能力はほぼ飽和する。このため、脱酸の目的のみでAlを添加する場合、Al量の上限は、0.100%で良い。この場合、Al量は、好ましくは、0.002%?0.095%である。
また、Alは、高温強度や耐食性を向上させる効果も有する。高温強度や耐食性を向上させる目的でAlを添加する場合、Al量は、好ましくは0.10%超?3.00%であり、更に好ましくは0.50%?2.00%である。なお、多量のAlを添加すると、製品の加工性の劣化を招くため、Al量の上限をAl:3.00%とする。Al量の上限は、好ましくは2.00%以下である。
【0028】
N:0.0200%以下
Nは、Cと同様、固溶状態で存在すると、溶接部の粒界腐食性が劣化するため、多量のNの添加は好ましくない。このためN量の上限を0.0200%とする。またN量を低減するには、精錬時間の増加等、製造コストの増加をもたらす。このため、N量の下限を0.0030%とすることが好ましい。なお、溶接部の粒界腐食性及び製造コストの観点から考えると、N量を0.0050?0.0120%とすることが好ましい。
【0029】
また、本実施形態では、上記元素に加えて、Nb:0.05?0.70%、Ti:0.05?0.30%のうちいずれか一方または両方を、下記式(1)を満足するように含むことが好ましい。
Nb/93+Ti/48≧C/12+N/14 ・・・ (1)
但し、式(1)中の元素記号は、質量%を単位とする当該元素の含有量を意味する。
【0030】
Nb及びTiは、CやNと析出物を作り、固溶C,Nを低減する作用がある。加えて、Nb及びTiが固溶状態で存在する場合には、高温においては固溶強化により部材の高温強度、熱疲労特性を向上させる。Nbを含有させる場合、C,Nを固定するためには0.05%以上含有させる必要があり、0.10%以上含有させることが好ましい。また、Tiを含有させる場合、C,Nを固定するためには0.05%以上含有させる必要がある。
また、鋼中に存在するC,Nをすべて析出状態とするためには、化学量論的には上記式(1)を満足することが必要である。
【0031】
一方、Tiを多量に添加し過ぎると、製造途中の靱性の劣化を招き、また表面疵の発生が顕著になる場合がある。このため、上限はTi:0.30%とする。
また、Nbの多量添加は、製品の加工性が劣化する。このため、上限をNb:0.70%とし、0.55%以下とすることがより好ましい。
【0032】
また、本実施形態では、上記元素に加えて、Mo:0.1?2.5%、Ni:0.1?1.5%、B:0.0001?0.0025%、Cu:0.1?2.0%、Sn:0.03?0.35%のうち1種以上を含むことが好ましい。
Mo,Ni,Cu,及びSnは、高温強度や耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて添加しても良い。またNiは、靱性向上の効果も持つ。
【0033】
高温強度の増加が顕著になるのは、それぞれMo:0.1%以上、Ni:0.1%以上、Cu:0.1%以上、Sn:0.03%以上であるため、それを下限とする。高温強度および耐食性をより一層向上させるために、Mo:0.3%以上、Ni:0.25%以上、Cu:0.4%以上、Sn:0.10%以上とすることがより好ましい。
多量のMo、Ni、Cuの添加は、酸洗性の劣化を招き、生産性低下につながるため、上限を、それぞれMo:2.5%、Ni:1.5%、Cu:2.0%とし、Mo:2.2%以下、Ni:1.2%以下、Cu:1.4%以下とすることがより好ましい。多量のSnの添加は、靱性劣化及び表面疵の発生を招くため、上限をSn:0.35%とし、0.20%以下とすることがより好ましい。
【0034】
Bは、二次加工性を向上させる元素である。二次加工性が必要とされる用途に用いる場合には、必要に応じて添加しても良い。二次加工性の向上効果は、Bの添加量が0.0001%以上から発現するので、これを下限とし、0.0003%以上とすることがより好ましい。また、多量のBの添加は、熱延板の靱性や加工性を低下させる場合があるため、B量の上限を0.0025%とし、0.0015%以下とすることがより好ましい。
【0035】
また、本実施形態の重要な特徴として、板厚の1/4?3/4における断面において、方位差1°以上180°未満の全結晶粒界の長さLと、方位差1°以上15°未満の亜粒界長さLaの割合がLa/L≧0.20を満たす。
全結晶粒界の長さL及び亜粒界長さLaの割合は、以下の方法により測定される。まず、熱延鋼板の任意の10箇所から測定用サンプルを採取する。この採取箇所は、特に限定されるものではない。しかし、実際には熱延鋼板をコイルに巻き取る際、巻取り始めの部分(トップ部)と巻取り終了間際の部分(ボトム部)では、巻き取られる温度に差が生じる場合がある。そのため、このような場合は鋼板全体の平均値を得るという意味から熱延鋼板のトップ部、ミドル部、ボトム部などを網羅するように測定用サンプルを採取することが望ましい。熱延鋼板の幅方向に関して、略中央部から測定用サンプルを採取することが望ましい。また、圧延方向に平行であり、かつ板面方向に垂直な断面(L断面)を有するように測定用サンプルを採取する。
測定用サンプルのL断面に対して、電解研磨又はコロイダルシリカによる研磨を施す。
表層近傍は、比較的微細な結晶粒が生成し易く、靱性が良好な場合がある。このため、測定範囲を、L断面のうち、板厚tの中心近傍、すなわち1/4tから3/4tの範囲とする。
次に、以下の方法によりEBSPを用いて結晶粒界長さを測定する。上記測定範囲のうち、100μm×100μmの範囲において、0.2μmの測定ステップ(ピッチ)で結晶方位を測定する。そして、隣接する測定点での方位差が1°以上180°未満の界面を粒界とみなす。このうち方位差が1°以上15°未満の粒界を亜粒界とする。
全ての結晶粒界の長さの合計を「全結晶粒界長さL」として算出し、亜粒界の長さの合計を「亜粒界長さLa」として算出する。そして、比La/Lを求める。
10個の測定用サンプルについて、同様に比La/Lを求め、10個のLa/Lの値の平均値を算出する。
【0036】
La/Lが0.20未満の場合には、熱延鋼板の靱性が20J/cm^(2)未満と低くなるため、La/Lは0.20以上である必要がある。前述の図1に示すように、サブグレイン粒界(亜粒界)の割合が高いほど、熱延鋼板の靱性は高くなる傾向にある。このため、La/Lは0.35以上であることが好ましい。La/Lの上限は、特に定める必要はないが、全ての粒界の方位差が1°から15°未満であれば、La/L=1となる。本発明者らの実験では0.80以上のLa/Lは得られていない。
【0037】
次に、本実施形態におけるフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法について説明する。
本実施形態におけるフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法は、以下の工程を有する。
(1)上記組成を有するフェライト系ステンレス鋼を鋳造して鋼片とする。次いで前記鋼片に対して、仕上げ温度が800℃?1000℃の条件で熱間圧延を施すことにより熱延鋼板(圧延材)とする工程。
(2)熱間圧延後、650℃超?800℃の巻き取り温度で前記熱延鋼板をコイル状に巻き取る工程。
(3)コイル状に巻き取った前記熱延鋼板を、巻き取り後1時間以内に水槽に浸漬させ、水槽内で1時間以上保持し、次いで取り出し、熱延鋼板とする工程。
以下に、本実施形態におけるフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法について詳細に説明する。
【0038】
まず、上記鋼組成を有するフェライト系ステンレス鋼を鋳造して鋼片とし、この鋼片に対して、熱間圧延を施して熱延鋼板とする。次いで熱間圧延(仕上げ圧延)が施された熱延鋼板を、水冷で巻き取り温度まで冷却し、巻き取り温度にてコイル状に巻き取る。本実施形態においては、熱間圧延の仕上げ温度を800℃?1000℃とし、巻き取り温度を650℃超?800℃とする。
仕上げ温度が800℃未満あるいは1000℃超であると、巻き取り後に方位差1°から15°未満の結晶粒界の生成が非常に困難となる。このため、800℃及び1000℃を、それぞれ下限及び上限とする。
【0039】
なお、本実施形態においては、熱間圧延中にオーステナイト相を生成させないことが好ましい。熱間圧延時にオーステナイト相が生成するかどうかは、鋼中のオーステナイト生成元素の量、特にオーステナイト生成能の大きいC,Nの量によって決定される。本実施形態の熱延鋼板は、C,Nの量は共に少なく、熱間圧延中のオーステナイト相の生成は認められない。
巻き取り温度が650℃以下の場合も、方位差が1°から15°未満の結晶粒界の生成が困難となる。巻き取り温度が800℃超の場合は、逆に巻き取り時の再結晶が進行し、方位差が15°から180°未満の結晶粒界の割合が増加するため、靱性は劣化する。
【0040】
次に、コイル状に巻き取った熱延鋼板を水槽に浸漬する。これは巻き取り後の緩冷工程において靱性を劣化させる析出物が生成することを抑制するためである。ここで、仕上げ圧延後の水冷により熱延鋼板の温度が巻き取り温度に到達してから、前述の析出物が生成し粗大化する過程は、巻き取り後の鋼板の温度及び時間に強く依存する。なお、通常の条件で熱間圧延を行い、巻き取り温度650℃超?800℃で巻き取る場合、熱間圧延してから巻き取り温度に達するまでの時間は1min以内であり、この間の冷却速度は3℃/sec以上である。このような冷却速度条件の場合、仕上げ圧延の終了から巻き取りの開始までの間に、靱性に影響を与える析出物が生成することはない。
【0041】
靱性を劣化させる析出物の生成には、上述した巻き取り温度において保持される時間が重要な因子となる。本実施形態では、巻き取り後1時間以内に熱延鋼板を水槽に浸漬させる必要がある。巻き取りが完了してから水槽への浸漬までの時間が1時間を超えると、巻き取りの完了から水槽への浸漬までの間に析出物が生成し、この生成した析出物によって靱性が劣化する場合がある。
また、熱延鋼板を水槽に浸漬してから水槽内で保持する時間も重要な項目である。本実施形態において熱延鋼板を水槽内で保持する浸漬時間は、1時間以上であることが好ましい。
水槽内での熱延鋼板の浸漬時間が1時間未満と短い場合は、冷却が不十分となり、その後の復熱等により熱延鋼板に靱性を劣化させる析出物が生成する場合がある。
【0042】
以上説明した本実施形態に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板によれば、上記成分及び結晶粒界に係る要件により、熱延鋼板の靭性に影響を及ぼす金属組織を制御することが可能となり、その結果、熱延鋼板の冷間割れを防ぐことができる。
また、本実施形態に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板によれば、熱間圧延後の連続焼鈍あるいは酸洗工程を通っても冷間割れは生じない。
【0043】
また、本実施形態に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板によれば、冷間割れを抑制できるため、製造歩留りの増加、及び生産効率の向上をもたらすことができる。その結果、製造コストの低減などの面で産業上非常に有用な効果を発揮することができる。また、生産効率の向上により、製造工程における使用エネルギーを抑制できるため、地球環境保全に貢献できる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例により本実施形態の効果を説明するが、本実施形態は、以下の実施例で用いた条件に限定されない。
【0045】
本実施例では、まず、表1に示す組成の各鋼を溶製して鋳造し、鋼塊(鋼片)を得た。
この鋼塊を90mm厚まで研削した。表2,3に示す仕上げ温度(FT)にて熱間圧延を行い、鋼塊を板厚5mmまで圧延し、熱延鋼板とした。次に、圧延後の鋼板温度を放射温度計でモニターしながら、水冷によって表2,3に示す巻き取り温度(CT)まで冷却した。なお、この時の冷却速度は約20℃/secであった。
【0046】
次に、炉内の温度が表2,3の巻き取り温度(CT)に制御された炉の中に熱延鋼板を挿入し、巻き取り処理を模擬した。その後、表2,3の時間(t)が経過した後に熱延鋼板を水槽に浸漬した。次いで、水槽内に、表2,3に示す浸漬時間(tx)の間保持し、そして熱延鋼板を取り出した。
【0047】
得られた各熱延鋼板は、全てフェライト単相組織であった。
また、実施形態に記載の測定方法と同様にして、EBSPを用いて結晶粒界特性(全結晶粒界長さLに対する亜粒界長さLaの比La/L)を算出した。
熱延鋼板よりサブサイズシャルピー衝撃試験片をJIS Z 2202に準拠して採取し、圧延方向の垂直方向を衝撃方向としてJIS Z 2242に準拠した金属材料の衝撃試験を実施した。試験温度を25℃として衝撃吸収エネルギーを調査した。
【0048】
また、得られた結果より、熱延鋼板の冷間割れ性(靭性)を下記の方法により評価した。
本実施例において、シャルピー衝撃値が20J/cm^(2)未満の熱延鋼板では、その後の工程である、連続焼鈍や酸洗工程において、冷間割れ等が発生し、歩留まりが低下した。これに対して、シャルピー衝撃値が20J/cm^(2)以上の熱延鋼板では、このような冷間割れは発生しなかった。従って、シャルピー衝撃値が20J/cm^(2)未満の熱延鋼板の冷間割れ性を“不良”と評価し、シャルピー衝撃値が20J/cm^(2)以上の熱延鋼板の冷間割れ性を“良好”と評価した。表2,3では、シャルピー衝撃値が20J/cm^(2)未満の値に下線を付した。
以上の製造条件及び評価結果を表2,3に示す。
なお、表2,3において、FTは、熱間圧延の仕上げ温度(℃)を示し、CTは、熱延鋼板の巻き取り温度(℃)を示す。tは、巻き取りの完了から水冷の開始(浸漬の開始)までの時間(h)を示し、txは、水冷の開始から完了(浸漬開始から取り出し)までの時間(h)を示す。
また、表1?3では、本実施形態で規定された範囲外の数値には、下線を付した。
【0049】
【表1】

【0050】
【表2】

【0051】
【表3】

【0052】
表2,3より明らかなように、本実施形態に係る本発明例によれば、シャルピー衝撃値が20J/cm^(2)以上であり、冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板、すなわち靱性が良好な熱延鋼板を得ることができる。
一方、本実施形態で規定された範囲外の比較例では、いずれもシャルピー衝撃値が低かった。これにより、比較例における熱延鋼板の冷間割れ性(靭性)が低下してしまったことが分かる。
これらの結果から、上述した知見を確認することができ、また、上述した各鋼組成及び構成を限定する根拠を裏付けることができた。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本実施形態のフェライト系ステンレス熱延鋼板は、20J/cm^(2)以上のシャルピー衝撃値を有し、冷間割れ性に優れる。このため、熱間圧延後に連続焼鈍あるいは酸洗工程が施されても冷間割れは生じない。従って、本実施形態のフェライト系ステンレス熱延鋼板は、フェライト系ステンレス鋼が用いられる家電、建材、自動車部品などの部材の製造工程に好適に適用できる。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.0150%以下、
Si:0.01%?2.00%、
Mn:0.01%?2.00%、
P:0.040%未満、
S:0.010%以下、
Cr:10.0%?30.0%、
Al:0.001%?3.00%、及び
N:0.0200%以下、
をそれぞれ含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、
板厚の1/4?3/4における断面において方位差1°以上180°未満の全結晶粒界の長さLと、方位差1°以上15°未満の亜粒界長さLaが、La/L≧0.20を満足する関係にあることを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。
【請求項2】
質量%で、
C:0.0150%以下、
Si:0.01%?2.00%、
Mn:0.01%?2.00%、
P:0.040%未満、
S:0.010%以下、
Cr:10.0%?30.0%、
Al:0.001%?2.00%、及び
N:0.0200%以下、
をそれぞれ含有し、
さらに、質量%で、
Nb:0.05%?0.70%以下、
Ti:0.05%?0.30%以下、
Mo:0.1%?2.5%、
Ni:0.1%?1.5%、
B:0.0001%?0.0025%、
Cu:0.1%?2.0%、及び
Sn:0.03%?0.35%
から選択される1種以上を含み、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、
Nb、Tiのいずれか一方または両方を含む場合は、下記式(1)を満足し、
板厚の1/4?3/4における断面において方位差1°以上180°未満の全結晶粒界の長さLと、方位差1°以上15°未満の亜粒界長さLaが、La/L≧0.20を満足する関係にあることを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。
Nb/93+Ti/48≧C/12+N/14 ・・・(1)
但し、式(1)中の元素記号は、当該元素の質量%を単位とする含有量を意味する。
【請求項3】
Al含有量が0.10%超?2.00%であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板を製造する方法であって、
請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載の鋼組成を有するフェライト系ステンレス鋼を鋳造して鋼片とし、前記鋼片に対して、仕上げ温度が800℃?1000℃の条件で熱間圧延を施すことにより熱延鋼板とする工程と、
その後、650℃超?800℃で前記熱延鋼板をコイル状に巻き取る工程と、
コイル状に巻き取った前記熱延鋼板を、巻き取り後1時間以内に水槽に浸漬させ、水槽内で1時間以上保持し、次いで取り出す工程とを有することを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-04-14 
出願番号 特願2013-548300(P2013-548300)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 小谷内 章  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 金 公彦
河本 充雄
登録日 2016-01-08 
登録番号 特許第5866378号(P5866378)
権利者 新日鐵住金ステンレス株式会社
発明の名称 冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板およびその製造方法  
代理人 寺本 光生  
代理人 志賀 正武  
代理人 山口 洋  
代理人 志賀 正武  
代理人 棚井 澄雄  
代理人 勝俣 智夫  
代理人 棚井 澄雄  
代理人 山口 洋  
代理人 寺本 光生  
代理人 勝俣 智夫  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ