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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C01F
管理番号 1329087
異議申立番号 異議2017-700241  
総通号数 211 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-07-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-03-07 
確定日 2017-05-26 
異議申立件数
事件の表示 特許第5993824号発明「熱伝導性樹脂組成物及びその製造方法並びに物品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5993824号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第5993824号の請求項1ないし6に係る特許についての出願は、平成25年9月17日に特許出願され、平成28年8月26日にその特許権の設定登録がされ、平成29年3月7日にその特許に対し、特許異議申立人日高賢治により特許異議の申立てがされたものである。


第2 本件発明

特許第5993824号の請求項1ないし6に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
熱伝導性樹脂組成物であって、
少なくとも酸化マグネシウム、酸化カルシウム及び酸化ケイ素を含有する焼結体を含む熱伝導性フィラーであって、前記焼結体の全組成中に含まれるカルシウム元素を酸化カルシウム(CaO)で換算したモル数をMCa、前記焼結体の全組成中に含まれるケイ素元素を酸化ケイ素(SiO_(2))で換算したモル数をMSiとしたとき、前記酸化ケイ素(SiO_(2))に対する前記酸化カルシウム(CaO)のMCa/MSiで示されるモル比が0.1以上、2.0未満の範囲内であることを特徴とする熱伝導性フィラーと、樹脂と、を含むことを特徴とする熱伝導性樹脂組成物。

【請求項2】
前記熱伝導性フィラーに含まれる前記酸化マグネシウムが94.0?99.7質量%、前記酸化カルシウムが0.1?1.5質量%、前記酸化ケイ素が0.1?3.0質量%の範囲内であることを特徴とする請求項1に記載の熱伝導性樹脂組成物。

【請求項3】
前記熱伝導性フィラーに含まれるB_(2)O_(3)が0.1質量%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の熱伝導性樹脂組成物。

【請求項4】
前記熱伝導性フィラーのメジアン径(D50)で示される粒子径が0.5?100μmであり、
温度85℃、湿度85%で48時間保持した後の下記式(1)で示される質量増加率が0.5質量%以下であることを特徴とする熱伝導性フィラーと、
質量増加率=(保持後の熱伝導性フィラーの質量増加分/保持前の熱伝導性フィラーの質量)×100(%) ・・式(1)
樹脂と、を含むことを特徴とする請求項1乃至3に記載の熱伝導性樹脂組成物。

【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の熱伝導性樹脂組成物の製造方法であって、
水酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化ケイ素を少なくとも含む原料を1400?2800℃の範囲内で焼成して、少なくとも酸化マグネシウム、酸化カルシウム及び酸化ケイ素を含有する焼結体を含む熱伝導性フィラーを得る焼成工程と、
該熱伝導性フィラーと樹脂とを混合する工程と、を含むことを特徴とする熱伝導性樹脂組成物の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の熱伝導性樹脂組成物を少なくとも含む物品であって、ランプソケット、電装部品、ヒートシンク、ダイパッド、プリント配線基板、半導体パッケージ用部品、冷却ファン用部品、ピックアップ部品、コネクタ、スイッチ、軸受け及びケースハウジングからなる群より選択されることを特徴とする物品。」

以下、特許第5993824号の請求項1ないし6に係る発明を、それぞれ、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明6」という。


第3 特許異議の申立ての概要

特許異議申立人日高賢治は、証拠として、
・特開2011-46760号公報(以下、「甲1」という。)
・特開昭62-296303号公報(以下、「甲2」という。)
を提出し、特許異議の申立てとして、本件特許発明1ないし6は、甲1に記載された発明と甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明1ないし6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、同法第113条第2項に該当し取り消すべきものである旨主張している。


第4 甲1及び2の記載並びに甲1に記載された発明

1.甲1の記載
甲1には、以下のとおりの記載がある。
(1-1)「【請求項1】
原料として、シリカ含有量が1?6質量%である酸化マグネシウムを使用し、これを1650?1800℃で焼成することにより、表面にシリカ膜を形成することを特徴とする酸化マグネシウム粉末の製造法。
【請求項2】
請求項1記載の方法により得た酸化マグネシウム粉末を含む熱硬化性樹脂組成物であって、
前記酸化マグネシウム粉末の平均粒径d1が、10μm≦d1≦50μmの範囲であり、
前記酸化マグネシウム粉末の含有量が、熱硬化性樹脂固形分と酸化マグネシウム粉末を合わせた体積中に、20?80体積%となるように混合することを特徴とする熱硬化性樹脂組成物。」(特許請求の範囲の請求項1、2)

(1-2)「本発明は、酸化マグネシウム粉末の製造法に関する。また、この酸化マグネシウム粉末を含む熱硬化性樹脂組成物に関する。さらには、この樹脂組成物を用いたプリプレグの製造法、当該プリプレグにより構成される絶縁層又は絶縁層となる積層板の製造法に関する。この絶縁層は、耐湿特性、加工性に優れかつ熱伝導性が良好で、発熱部品を実装する配線板の絶縁層として好適である。」(段落【0001】)

(1-3)「そのような現状において、配線板の絶縁層の熱伝導性を向上させるために、熱硬化性樹脂に無機充填材を添加することは広く行われている。例えば、熱伝導率の高いアルミナを使用することで、樹脂組成物の熱伝導性を向上させることは知られている。しかし、アルミナは硬度が非常に高く、樹脂組成物の加工性が劣るため、アルミナ以外の無機充填材を使用する例もある。

酸化マグネシウムは、熱伝導率がアルミナと同等であり、かつ硬度もアルミナより低く、これを配合した樹脂成形物の加工性が良好である。しかしながら、酸化マグネシウムには吸湿性があり、配線板等の電子材料用途に使用する場合には、耐湿特性(特に、吸湿処理後の絶縁性)が低下するという問題がある。」(段落【0003】、【0004】)

(1-4)「本発明が解決しようとする課題は、簡易な方法で吸湿性を改善できる酸化マグネシウム粉末を製造することである。また、この酸化マグネシウム粉末を含み、耐湿特性、加工性に優れかつ熱伝導性が良好な熱硬化性樹脂組成物を提供することである。さらには、この樹脂組成物を用いたプリプレグを製造し、当該プリプレグにより構成される積層板を提供することである。」(段落【0008】)

(1-5)「本発明に係る酸化マグネシウム粉末の製造法は、原料として、シリカ含有量が1?6質量%である酸化マグネシウムを使用し、これを1650?1800℃(シリカの融点付近)で焼成する。これにより、酸化マグネシウム粉末の表面に溶け出したシリカは、酸化マグネシウム粉末と完全に分離することなく、酸化マグネシウム粉末の表面を被覆して、シリカ膜を形成することができる。このため、特許文献1に記載されたような特殊な工程を必要とせず、従来の酸化マグネシウム粉末の焼成工程のみで済み、製造工程を簡略化することができる。また、酸化マグネシウム粉末の表面がシリカ膜で被覆されているので、酸化マグネシウム粉末の吸湿性を改善することができる。」(段落【0018】)

(1-6)「本発明の酸化マグネシウム粉末は、例えば、次のようにして製造することができる。まず、消石灰と海水を反応させ、水酸化マグネシウムとする。この水酸化マグネシウムを焼成することで原料となる酸化マグネシウムの1次粒子を製造する。そして、この原料となる酸化マグネシウムを焼成することにより、酸化マグネシウム粉末を製造する。

このとき、原料となる酸化マグネシウムは、シリカ含有量が1?6質量%であるものを使用する。シリカ含有量が1質量%より小さいと、溶融したシリカが酸化マグネシウム粉末の表面を充分に覆うことができず、酸化マグネシウム粉末の吸湿性を改善することができない。また、6質量%より大きいと、シリカ膜の厚みが厚くなるため、酸化マグネシウム本来の熱伝導率を発揮できず、樹脂成形物の熱伝導性が低下する。ここで、シリカ含有量とは、原料となる酸化マグネシウムの全質量(シリカ等を含む)を100質量%としたときの値をいう。なお、原料となる酸化マグネシウムのシリカ含有量は、例えば海水中の珪酸の量を変えることで調整することができる。また、水酸化マグネシウムを焼成するときの焼成温度や焼成時間を変えることで調整することもできる。

また、焼成温度は、1650?1800℃(シリカの融点付近)とする。焼成温度が1650℃より低いと、シリカが溶融しないため、酸化マグネシウム粉末の表面を覆うことができず、酸化マグネシウム粉末の吸湿性を改善することができない。また、1800℃より高いと、溶融したシリカが酸化マグネシウム粉末と分離するため、シリカ膜を形成できず、酸化マグネシウム粉末の吸湿性を改善することができない。」(段落【0022】?【0024】)


2.甲1に記載された発明
甲1は、摘示(1-2)、(1-4)に基づくと、耐湿特性、加工性に優れかつ熱伝導性が良好で、発熱部品を実装する配線板の絶縁層として好適な、酸化マグネシウム粉末を含む熱硬化性樹脂組成物の技術に関するものであることが理解できる。
甲1の摘示(1-1)における酸化マグネシウム粉末の製造方法とそれによって得られる酸化マグネシウム粉末を含む熱硬化性樹脂組成物の記載を総合すると、甲1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

甲1発明:
「原料として、シリカ含有量が1?6質量%である酸化マグネシウムを使用し、これを1650?1800℃で焼成することにより、表面にシリカ膜を形成することを特徴とする酸化マグネシウム粉末を含む熱硬化性樹脂組成物であって、
前記酸化マグネシウム粉末の平均粒径d1が、10μm≦d1≦50μmの範囲であり、
前記酸化マグネシウム粉末の含有量が、熱硬化性樹脂固形分と酸化マグネシウム粉末を合わせた体積中に、20?80体積%となるように混合することを特徴とする熱硬化性樹脂組成物。」


3.甲2の記載
甲2には、以下のとおりの記載がある。
(2-1)「(1)耐消化性の優れたマグネシア焼結粉体で絶縁抵抗が600℃で10^(7)Ω・cm以上であることを特徴とする電気絶縁用マグネシア焼結粉体。
(2)マグネシア焼結粉体の耐消化性が重量増加率で5wt%以下である特許請求の範囲第(1)項記載の電気絶縁用マグネシア焼結粉体。
(3)さらに破砕したマグネシア粉体であって、その耐消化性が重量増加率:5wt%以下である特許請求の範囲第(1)項記載の電気絶縁用マグネシア焼結粉体。」(特許請求の範囲の請求項1?3)

(2-2)「[産業上の利用分野]
本発明はマグネシアを主成分とする耐消化性の優れた電気絶縁用マグネシア焼結粉体に関するもので、特にシースヒーターの絶縁充填材として適するものである。
[従来の技術]
マグネシアは高周波電気絶縁抵抗および高温下での電気絶縁抵抗が非常に高いという特性がある。従来電気絶縁材料、特にシースヒーターの絶縁充填材として、電融マグネシアを破砕した粉体が使用されている。また、シースヒーターの充填材の特性として、粉体の耐消化性が重要なファクターである。つまりマグネシア粉体は熱伝導性、電気絶縁抵抗に優れた特性があるが、吸湿性が高く、吸湿によって、電気絶縁抵抗が劣化する。」(第1頁左欄第17行?同頁右欄第12行)

(2-3)「ここでいうマグネシア焼結粉体はMgO以外にCaO、SiO_(2)、Fe_(2)O_(3)、Al_(2)O_(3)、B_(2)0_(3)のいずれかを含むとともに、焼結助剤ZrO_(2)等を含むものや、ざらにマグネシア焼結粉体の表面にシリカやジルコニア等をコーティングしてもよい。
また、本発明のマグネシア焼結粉体は破砕して、その消化性が重量増加率で5wt%以下であるものでもよい。5wt%を越えると、吸湿のためヒーターの寿命が著しく短くなる。その製造方法は例えば1600?1800℃以上の温度で焼成された1mm以下の組成調整して得た高純度マグネシア粉を風力分級等により500?25μmの分布に粒度調整するものでおる。
ここにおいてMgOの純度は95wt%以上が望ましく、マグネシア以外の化学成分のうち、CaO/SiO_(2)(モル比) に1.2以下、好ましくは0.8以下であることが望ましく、CaO/SiO_(2)のモル比が大きくなると耐消化性が悪くなり、その結果、絶縁抵抗の劣化も早くなる。一方、SiO_(2)の含有率は0.6wt%以上、特に1.5wt%以上が望ましい範囲である。さらに他のFe_(2)O3、Al_(2)O_(3)、B_(2)O_(3)の含有率の合計は1wt%以下、特にFe_(2)O_(3)の含有率は0.5wt%以下である必要がおる。なお、この範囲以外の化学組成を持つマグネシア焼結粉体ではヒーターの寿命が短く、実用に支障を来たす。」(第2頁左下欄第1行?同頁右した欄第8行)

(2-4)「

」(第4頁右上欄)


第5 対比・判断

(1)本件特許発明1について
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。
甲1の摘示(1-3)によれば、酸化マグネシウムは、配線板の絶縁層の熱伝導性を向上させるために、種々の無機充填剤を熱硬化性樹脂に添加するという技術が知られており、その無機充填剤の一例として酸化マグネシウムを用いることが記載されている。このことを踏まえると、甲1発明の「酸化マグネシウム粉末」は、熱伝導性を向上させるために用いられていることは明らかであるから、本件特許発明1の「熱伝導性フィラー」に相当するものである。
また、甲1発明の「シリカ」とは酸化ケイ素を意味するものであることは技術常識から明らかであるため、これは本件特許発明1の「酸化ケイ素」に相当する。
また、甲1発明の「熱硬化性樹脂組成物」は、先にも述べたとおり熱伝導性を向上させるために酸化マグネシウム粉末が混合されたものであるから、本件特許発明1の「熱伝導性樹脂組成物」に相当する。
そして、甲1発明の「酸化マグネシウム粉末」も本件特許発明1の「熱伝導性フィラー」も、いずれも酸化マグネシウムと酸化ケイ素を含有するものであることを踏まえると、本件特許発明1と甲1発明1とは、
「少なくとも酸化マグネシウム及び酸化ケイ素を含有する熱伝導性フィラーと、樹脂と、
を含むことを特徴とする熱伝導性樹脂組成物」
の点で一致し、以下の相違点で相違する。

[相違点]
熱伝導性フィラーについて、本件特許発明1は、成分として「酸化カルシウム」をさらに含有する「焼結体」であることに加え、酸化ケイ素と酸化カルシウムの量比に関して、「焼結体の全組成中に含まれるカルシウム元素を酸化カルシウム(CaO)で換算したモル数をMCa、前記焼結体の全組成中に含まれるケイ素元素を酸化ケイ素(SiO_(2))で換算したモル数をMSiとしたとき、前記酸化ケイ素(SiO_(2))に対する前記酸化カルシウム(CaO)のMCa/MSiで示されるモル比が0.1以上、2.0未満の範囲内であること」が特定されたものであるのに対し、甲1発明は、「原料として、シリカ含有量が1?6質量%である酸化マグネシウムを使用し、これを1650?1800℃で焼成することにより、表面にシリカ膜を形成すること」と特定されたものである点。

上記相違点について検討する。
甲1発明は、摘示(1-3)に基づくと、配線板等の電子材料用途に使用するための熱硬化性樹脂に関して、当該熱硬化性樹脂に含ませる熱伝導性フィラーの主成分である酸化マグネシウムの耐湿特性を改善するという技術的課題に基づき、これを解決しようとするものである。

一方、甲2は、「電気絶縁用マグネシア粉体」に関する文献であり、摘示(2-1)の請求項1には、「耐消化性の優れたマグネシア焼結粉体で絶縁抵抗が600℃で10^(7)Ω・cm以上であることを特徴とする電気絶縁用マグネシア焼結粉体」と記載されている。そして、その具体的な組成としては、摘示(2-3)において、MgO以外にCaO、SiO_(2)、Fe_(2)O_(3)、Al_(2)O_(3)、B_(2)O_(3)のいずれかを含んでもよい旨に加え、「MgOの純度は95wt%以上が望ましく、マグネシア以外の化学成分のうち、CaO/SiO_(2)(モル比)に1.2以下、好ましくは0.8以下であることが望ましく、CaO/SiO_(2)のモル比が大きくなると耐消化性が悪くなり、その結果、絶縁抵抗の劣化も早くなる」とCaO/SiO_(2)のモル比の好ましい具体的な値が記載されている。
これらの甲2の記載に基づくと、単に、酸化マグネシウムを含む焼結粉体という物に限ってみれば、甲2のマグネシア焼結粉体における酸化ケイ素に対する酸化カルシウムの比は、本件特許発明1の焼結体におけるそれに照らし合わせて、「0.1以上1.2以下」の範囲で共通していることになる。
また、甲2の摘示(2-4)の表1に示された実施例1から3の「C/S(モル比)」の欄を参照すると、実際に調製されたマグネシア焼結粉体についても、CaO/SiO_(2)のモル比が「0.38」、「0.79」及び「1.13」であり、本件特許発明1の焼結体における比の範囲に含まれるものである。

しかしながら、甲2における電気絶縁用マグネシア焼結粉体は、特に摘示(2-2)に記載されるとおり、用途に関して、シースヒーターにおける充填剤として使用することを意図したものである。通常、シースヒーターでは、熱伝導性の絶縁充填剤はニクロム線の外周にそのまま充填して用いられるものであると認められるため、甲2に記載の酸化マグネシウム焼結粉体については、樹脂などに混合して用いることは記載も示唆もされていない。
そうすると、甲1と甲2とでは、酸化マグネシウムを含む粉体を適用しようとする対象の技術分野が異なっており、かつ、甲1発明は熱硬化性樹脂に含ませて用いるという点において、甲2のシースヒータとは適用の態様も異なるものといえる。したがって、甲1発明において、「原料として、シリカ含有量が1?6質量%である酸化マグネシウムを使用し、これを1650?1800℃で焼成することにより、表面にシリカ膜を形成することを特徴とする酸化マグネシウム粉末」に代えて、甲2に記載されたマグネシア焼結粉体を適用することには動機があるとはいえず、当業者といえども容易に想到し得ないことである。

以上のとおり、本件特許発明1と甲1発明との相違点については、甲2に記載された事項から当業者が容易に想到するものとはいえないのであるから、本件特許発明1は、甲1発明と甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

なお、上記の相違点について、甲1発明及び甲1の記載のみに基づいて容易に想到し得るかどうかについても一応検討しておく。
本件特許発明1に係る焼結体の取得方法は、本件特許の明細書段落【0024】?【0026】を参照すると、まず海水と石灰とを反応させて水酸化マグネシウムを生成する方法が例として記載され、酸化カルシウムや酸化ケイ素については水酸化マグネシウムに不純物として含まれるものを使用することができる旨が記載されている。また、水酸化マグネシウムと酸化カルシウムと酸化ケイ素の混合物を、1400?2800℃の温度の範囲で焼成して得ることも記載されている。
一方で、甲1発明については、酸化マグネシウムと酸化ケイ素の混合物を1650?1800℃で焼成することにより酸化マグネシウム粉末を調製することが記載されているところ、さらに甲1の摘示(1-5)及び(1-6)によれば、消石灰と海水を反応させて水酸化マグネシウムを得て、これを当該温度で焼成することが記載されている。
そうすると、甲1発明についても、海水から出発して酸化マグネシウム粉末を調製しているのであるから、酸化ケイ素のみならず、酸化カルシウムも一定の量で含んでいる蓋然性が高い。したがって、先に示した相違点について、焼結体の成分の観点では、水酸化マグネシウムと酸化カルシウムと酸化ケイ素を含むという点で実質的には相違していないといえる。
また、本件特許の明細書段落【0007】において表面の被覆をしないという記載があるものの、両者とも酸化ケイ素を含んだ混合物を焼成して得られるものであって、かつ、甲1発明の焼成温度の範囲はすべて本件特許の明細書に開示された焼成温度の範囲に包含されていることを踏まえると、本件特許発明1に係る焼結体についても、実質的には酸化マグネシウムの表面に酸化ケイ素膜が形成されている蓋然性は高く、この点において、本件特許発明1と甲1発明は焼結体の表面構造の面で一致しているとみることができる。
しかしながら、甲1発明においては、海水由来の水酸化マグネシウムを利用したときに、酸化カルシウムも成分として含む可能性は否定できないものの、本件特許発明1は、甲1発明には記載のない酸化カルシウムと酸化ケイ素の比を特定の範囲とすることによって、本願特許の明細書の【表2】や【表4】にあるとおり一定の効果を発揮するものである。そして、当該比については、甲1には記載も示唆もされていないのであるから、上記相違点については甲1発明及び甲1の記載に基づいて容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件特許発明2ないし4及び6について
本件特許発明2ないし4は、請求項1を引用し、本件特許発明1に係る熱伝導性樹脂組成物をさらに限定したものであるから、上記第5(1)で検討したことと同様に、甲1発明と甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本件特許発明6は、請求項1を引用し、本件特許発明1に係る熱伝導性樹脂組成物を含む「物品」であるから、上記第5(1)で検討したことと同様に、甲1発明と甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明5について
本件特許発明5は、請求項1を引用し、本件特許発明1に係る熱伝導性樹脂組成物の製造方法に係る発明である。上記第5(1)で検討したとおり、「熱伝導性樹脂組成物」という「物」の発明について当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないのであるから、それを製造する方法についても、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。


第6 むすび

以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件特許発明1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許発明1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-05-18 
出願番号 特願2013-191546(P2013-191546)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C01F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 繁田 えい子  
特許庁審判長 小野寺 務
特許庁審判官 守安 智
佐久 敬
登録日 2016-08-26 
登録番号 特許第5993824号(P5993824)
権利者 宇部マテリアルズ株式会社
発明の名称 熱伝導性樹脂組成物及びその製造方法並びに物品  
代理人 きさらぎ国際特許業務法人  

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