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審決分類 審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  D06M
審判 一部申し立て 2項進歩性  D06M
管理番号 1330122
異議申立番号 異議2016-701008  
総通号数 212 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-08-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-10-21 
確定日 2017-06-30 
異議申立件数
事件の表示 特許第5908765号発明「複合材料の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5908765号の請求項1、4?8に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第5908765号の請求項1?8に係る特許についての出願は、平成24年3月21日に特許出願され、平成28年4月1日にその特許権の設定登録がされ、その後、請求項1、4?8に係る特許について、特許異議申立人特許業務法人朝日奈特許事務所(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審において平成29年2月7日付けで取消理由を通知し、その指定期間内である平成29年4月7日に意見書が提出されたものである。

2.本件発明
本件特許の請求項1?8に係る発明(以下、「本件発明1」?「本件発明8」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
炭素繊維束をカットした短繊維と樹脂とからなるランダムマットにおいて、炭素繊維束が高分子成分を主とするサイジング剤が付着した炭素繊維束であって、高分子成分が少なくとも変性ポリアミド系高分子及び/またはポリビニルアルコール系高分子を含み、かつ硬度が70g以下であり、樹脂が、繊維状、粉末状、または粒状の形状であり、当該ランダムマットを成形することを特徴とする複合材料の製造方法。
【請求項2】
変性ポリアミド系高分子がナイロン6のアミド基の水素原子の一部をメトキシメチル基で置換した高分子である請求項1記載の複合材料の製造方法。
【請求項3】
ポリビニルアルコール系高分子がポリ酢酸ビニルをけん化した高分子であって、けん化度が50?100モル%である請求項1または2記載の複合材料の製造方法。
【請求項4】
樹脂がポリアミド樹脂である請求項1?3のいずれか1項記載の複合材料の製造方法。
【請求項5】
サイジング剤の固形分付着量が0.01wt%以上0.5wt%未満である請求項1?4のいずれか1項記載の複合材料の製造方法。
【請求項6】
炭素繊維束をカットした短繊維が長さ2?100mmである請求項1?5のいずれか1項記載の複合材料の製造方法。
【請求項7】
炭素繊維束がカットする前にあらかじめ開繊されたものである請求項1?6のいずれか1項記載の複合材料の製造方法。
【請求項8】
成形する方法が加熱プレスする方法である請求項1?7のいずれか1項記載の複合材料の製造方法。」

3.取消理由の概要
当審において、本件発明1、4?8に係る特許に対して、通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
なお、当該取消理由の通知により、本件特許異議申立ての全ての理由が通知された。
(以下、甲第○号証を、単に「甲○」という。)

1)本件特許の下記の請求項に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
2)本件特許の下記の請求項に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

甲1.特開2002-88656号公報
甲2.特開2010-37358号公報
甲3.特開2010-37669号公報
甲4.国際公開第2007/097436号
甲5.長倉三郎,外5名,「岩波理化学辞典」,第5版,株式会社岩波書店,1998年2月20日,261頁
甲6.国際公開第2008/149615号

(理由1)
・請求項1、4?6、8に対し
甲1発明、甲2発明又は甲3発明と同一である。

(理由2)
・請求項1、4?8に対し
甲1、甲2又は甲3発明に、甲4?甲6記載事項を適用し、容易想到である。

4.甲各号証の記載
ア.甲1(特開2002-88656号公報)
甲1には、以下の事項が記載されている。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、製織性に優れ、かつ、RIM成形に好適な成形用炭素繊維束に関する。
【0002】
【従来の技術】従来、反応射出成形(以下RIM成形とする)は繊維強化プラスチックを製造する方法として知られており、金型内に繊維強化材を配置した状態でポリアミド(ナイロン)、エポキシ、ウレタン等からなるマトリックス樹脂の未反応原料液を注入し、金型方内で繊維強化に上記原料液を含浸させながら反応を起こして固化させる成形法である。RIM成形においてマトリックス樹脂として用いられるのはポリウレタン、ポリウレア、ポリアミド、エポキシ、不飽和ポリエステル、ジシクロペンタジエンなどがあるが、その中でRIMポリアミドは、ε-カプロラクタムのアニオン重合法によって生成され、触媒としてカプロラクタムとアルカリ金属、アルカリ土類金属、グリニア試薬等との反応生成物であるアニオン触媒が用いられている。」
「【0004】また、フィラメント数の多い炭素繊維束で拡がり性、製織性の高いサイジング剤にするには、軟らかい性質を持ち、かつ高い樹脂伸度をもたないと少ないサイズ剤付着量で十分な集束性を同時に維持することができない。
【0005】一方、強化繊維は、通常はその表面にサイジング剤が付着している。このサイジング剤は繊維同士を緩く接着して、繊維が互いに分離しにくい状態を保ち、プロセス性を向上させるという働きと、繊維とマトリックス樹脂との濡れ性を良好にして、その界面の接着性を向上させるという効果を発現している。FRPの補強繊維として使用される炭素繊維のサイジング剤には水溶性エポキシ樹脂を主剤とするものや、ポリアミド樹脂を主剤とするものなどがある。」
「【0018】さらに、RIM成形で使用される炭素繊維は、繊維自体が脆いため、集束性を高めて束で取り扱う必要があり、かつ柔軟性を有することが実用上重要である。フィラメント数の多い炭素繊維束で拡がり性、製織性の高いサイジング剤にするには、ガラス転移温度≦25℃と軟らかい性質を持ち、かつ、高い樹脂伸度をもたないと、少ないサイズ剤付着量で十分な集束性を同時に維持することができない。
【0019】炭素繊維束の集束性を保ち、かつ、製織性を良好にするには、水溶性ポリアミド樹脂が好ましい。ここで水溶性ポリアミド樹脂とは、ナイロン6、ナイロン6,6などの通常のポリアミド樹脂が水に不溶であるのに対して、親水性の化学構造を付与したり、乳化剤を用いたりして、水に可溶としたポリアミド樹脂のことである。」
「【0022】本発明の水溶性ポリアミド樹脂の水溶液であるサイジング剤は、単独で使用するのが好ましく、かかるサイジング剤は、ディップ法、スプレー法あるいはローラー法等の通常の方法によりサイジングされる。サイジングされた炭素繊維束は、100以上250℃以下の熱風乾燥炉で乾燥される。このときの水溶性ポリアミド樹脂の付着率(重量%)は、前記飽和吸水率(重量%)と付着量との積が40以下であるとの関係式から、40を飽和吸水率で除した値以下であればよいのであるが、概して0.1?1重量%程度の少量範囲に制御するのが、硬さやRIM硬化時の硬化剤を失活化問題の上から好ましい。」
「【0024】本発明の成形用炭素繊維束は、かかるRIM成形に拘ることなく、たとえば該成形用炭素繊維束をカットファイバー化して、これを成形用樹脂に混合させて、型に投入して成形することもできる。このような場合には、3?20mmのカットファイバーが好ましく用いられる。」
「【0028】飽和吸水率(%)=100×重量B/重量A
2)RIM重合評価
窒素雰囲気下においてε-カプロラクタム(15g)とジシクロヘキシルカルボジイミド(0.55g)を試験管に入れ、さらに上記1)で得た炭素繊維束3gを加えた。(試験管A)
窒素雰囲気下において別の試験管にε-カプロラクタム(15g)と水素化ナトリウム(0.07g)を加えた。(試験管B)
試験管Aと試験管Bを200℃のオイルバスで20分間加熱し、ε-カプロラクタムを溶融させ、試験管Aと試験管Bの内容物を混合し、150℃で重合反応を行った。重合反応阻害の判定は何も被覆していない炭素繊維束を加えた系での硬化時間に対してどの程度硬化時間が長くなったかを評価した。すなわち、何も付与しない炭素繊維束使用時の硬化時間に対して、1.1倍未満の硬化時間では○、1.1?1.5倍の硬化時間では△、1.5倍以上の硬化時間では×と判定した。
3)拡がり性評価
炭素繊維束を1メートルとり、片端に100gのおもりを吊す。地面と水平に設置した直径4.5cmの円柱形鉄棒の曲面上に該炭素繊維束の端から50cmの部分を繊維方向が円柱形鉄棒と垂直になるようにかける。」

上記記載事項(特に、【0022】、【0024】)によれば、甲1には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「成形用炭素繊維束を3?20mmのカットファイバー化して、これを成形用樹脂に混合させたものにおいて、水溶性ポリアミド樹脂の水溶液であるサイジング剤を単独で使用し、サイジング剤が付着した炭素繊維束であって、該水溶性ポリアミド樹脂の付着率(重量%)は概して0.1?1重量%程度であり、成形用炭素繊維束を成形用樹脂に混合させて、型に投入して成形する、繊維強化プラスチックの製造方法。」

イ.甲2(特開2010-37358号公報)
甲2には、以下の事項が記載されている。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
強化繊維束を分散させて強化繊維ウェブを得る工程(I)、前記工程(I)で得られる強化繊維ウェブにバインダーを付与する工程(II)および、前記工程(II)において得られるバインダーの付与された強化繊維ウェブにマトリックス樹脂を複合化する工程(III)を有してなる繊維強化成形基材の製造方法であって、前記工程(I)?(II)がオンラインで実施されてなり、前記強化繊維束が10?80質量%、前記バインダーが0.1?10質量%、前記マトリックス樹脂が10?80質量%である繊維強化成形基材の製造方法。」
「【0025】
成形基材の原料である強化繊維束の長さは、1?50mmであることが好ましく、3?30mmであることがより好ましい。・・・」
「【0042】
バインダーとは、強化繊維ウェブとマトリックス樹脂との間に介在し両者を連結するバインダーを意味する。バインダーは通常、熱可塑性樹脂である。熱可塑性樹脂としては、アクリル系重合体、ビニル系重合体、ポリウレタン、ポリアミド及びポリエステルが例示される。本発明においてはこれらの例より選ばれる1種、または2種以上が好ましく用いられる。また、熱可塑性樹脂は、アミノ基、エポキシ基、カルボキシル基、オキサゾリン基、カルボン酸塩基及び酸無水物基から選択される少なくとも1種の官能基を有することが好ましく、2種以上を有していてもよい。中でも、アミノ基を有する熱可塑性樹脂がより好ましい。
【0043】
バインダーの強化繊維ウェブへの付与は、バインダー(例えば上記熱可塑性樹脂)の水溶液、エマルジョンまたはサスペンジョンの形態で行うことが好ましい。・・・」
「【0046】
マトリックス樹脂は、熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂であることが好ましい。熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、ジアリルフタレート樹脂、フェノール樹脂、マレイミド樹脂、シアン酸エステル樹脂が例示される。熱可塑性樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリトリメチレンテレフタレート(PTT)、ポリエチレンナフタレート(PENp)、液晶ポリエステル等のポリエステル系樹脂や、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリブチレン等のポリオレフィンやその酸変性物、スチレン系樹脂、ウレタン樹脂の他や、ポリオキシメチレン(POM)、ポリアミド(PA)、ポリカーボネート(PC)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリフェニレンエーテル(PPE)、変性PPE、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリスルホン(PSU)、変性PSU、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリケトン(PK)、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリアリレート(PAR)、ポリエーテルニトリル(PEN)、フェノール系樹脂およびフェノキシ樹脂が例示される。このうち、リサイクル性やリペア性の観点から熱可塑性樹脂が好ましく、なかでも力学特性の観点からポリアミド樹脂、軽量性の観点からポリプロピレン系樹脂、耐熱性の観点からはPPS樹脂がより好ましい。
【0047】
バインダーの付与された強化繊維ウェブへのマトリックス樹脂の複合化は、マトリックス樹脂を強化繊維ウェブに接触させることにより行うことができる。この場合のマトリックス樹脂の形態は特に限定されないが、例えばマトリックス樹脂が熱可塑性樹脂の場合、布帛、不織布及びフィルムから選択される少なくとも1種の形態であることが好ましく、不織布であることがより好ましい。接触の方式は特に限定されないが、マトリックス樹脂の布帛、不織布またはフィルムを2枚用意し、バインダーの付与された強化繊維ウェブの上下両面に配置する方式が例示される。」
「【0051】
強化繊維束、バインダー及びマトリックス樹脂の配合量は、強化繊維束が10質量%以上80質量%以下、バインダーが0.1質量%以上10質量%以下、マトリックス樹脂が10質量%以上80質量%以下であることが好ましく、強化繊維束が20質量%以上60質量%以下、バインダーが1質量%以上8質量%以下、マトリックス樹脂が32質量%以上79質量%以下であることがより好ましい。この範囲とすることにより、強化繊維の補強を効率良く発揮可能な成形基材が得られ易い。」
「【0063】
実施例に用いた原料
炭素繊維A1(PAN系炭素繊維)
炭素繊維A1は、下記のようにして製造した。・・・
サイジング種類 ポリオキシエチレンオレイルエーテル
サイジング付着量(注4) 1.5質量%
【0064】
炭素繊維A2(PAN系炭素繊維)
炭素繊維A2は、下記のようにして製造した。・・・
サイジング種類 ポリオキシエチレンオレイルエーテル
サイジング付着量(注4) 0.6質量%
【0065】
炭素繊維A3(PAN系炭素繊維)
炭素繊維A3は、下記のようにして製造した。・・・
サイジング種類 ポリオキシエチレンオレイルエーテル
サイジング付着量(注4) 1.5質量%」

上記記載事項(特に、【請求項1】、【0025】、【0047】、【0063】?【0065】)によれば、甲2には、以下の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
「サイジング種類としてポリオキシエチレンオレイルエーテルが0.6質量%又1.5質量%付着した、長さが1?50mmである、炭素繊維の強化繊維束を分散させて強化繊維ウェブを得る工程(I)、前記工程(I)で得られる強化繊維ウェブにバインダーを付与する工程(II)および、前記工程(II)において得られるバインダーの付与された強化繊維ウェブにマトリックス樹脂を複合化する工程(III)を有してなる繊維強化成形基材の製造方法であって、前記マトリックス樹脂の形態は、布帛、不織布及びフィルムから選択される少なくとも1種の形態であり、前記工程(I)?(II)がオンラインで実施されてなり、前記強化繊維束が10?80質量%、前記バインダーが0.1?10質量%、前記マトリックス樹脂が10?80質量%である繊維強化成形基材の製造方法。」

ウ.甲3(特開2010-37669号公報)
甲3には、以下の事項が記載されている。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維基材の製造方法であって、水溶性ポリウレタンおよび/または水溶性ポリアミドが0.1?10質量%付着した炭素繊維束を分散媒体に投入する工程(I)、前記炭素繊維束を構成する炭素繊維が前記分散媒体中に分散したスラリーを調製する工程(II)、前記スラリーを輸送する工程(III)及び前記スラリーより分散媒体を除去して抄造し炭素繊維基材を得る工程(IV)の少なくとも4つの工程を有する炭素繊維基材の製造方法。・・・
【請求項16】
前記炭素繊維束の長さが1?50mmである、請求項1?15のいずれかに記載の炭素繊維基材の製造方法。・・・」
「【0009】
本発明は、抄造時の炭素繊維の分散性に優れ、成形品とした場合に力学特性に優れる炭素繊維基材を短時間で得ることのできる製造方法を提供することを目的とする。」
「【0027】
炭素繊維束は、連続した強化繊維から構成されるもの、あるいは不連続な炭素繊維から構成されるもののどちらでも良いが、より良好な分散状態を達成するためには、不連続な炭素繊維束が好ましく、チョップド炭素繊維がより好ましい。
また、炭素繊維束を構成する単繊維の本数には、特に制限はないが、生産性の観点からは24,000本以上が好ましく、48,000本以上がさらに好ましい。単繊維の本数の上限については特に制限はないが、分散性や取り扱い性とのバランスも考慮して、300,000本程度もあれば生産性と分散性、取り扱い性を良好に保つことができる。
【0028】
炭素繊維束の長さは、1?50mmであることが好ましく、3?30mmであることがより好ましい。」
「【0070】
製造例6(A6:PAN系炭素繊維)
アクリロニトリル(AN)99.4モル%とメタクリル酸0.6モル%からなる共重合体を用いて、乾湿式紡糸方法により単繊維デニール1d、フィラメント数12,000のアクリル系繊維束を得た。得られたアクリル系繊維束を240?280℃の温度の空気中で、延伸比1.05で加熱し、耐炎化繊維に転換し、次いで窒素雰囲気中300?900℃の温度領域での昇温速度を200℃/分とし10%の延伸を行った後、1,300℃の温度まで昇温し焼成した。この炭素繊維束に硫酸を電解質とした水溶液で、炭素繊維1gあたり3クーロンの電解表面処理を行い、さらに浸漬法によりサイジング剤を付与し、120℃の温度の加熱空気中で乾燥しPAN系炭素繊維を得た。
総フィラメント数 12,000本
単繊維直径 7μm
単位長さ当たりの質量 0.8g/m
比重 1.8g/cm^(3)
引張強度(注1) 4.2GPa
引張弾性率(注2) 230GPa
サイジング種類 水溶性ポリアミド樹脂(松本油脂(株)製A-774)
ポリエチレングリコールユニット(分子量4000)
サイジング付着量(注3) 1.5質量%・・・」
「【0076】
・成形品力学特性の評価
抄紙により得られた炭素繊維ウェブを200mm×200mmに切り出して、120℃で1時間乾燥させた。乾燥後の炭素繊維ウェブと、酸変性ポリプロピレン樹脂フィルムFを、樹脂フィルムF/炭素繊維ウェブ/樹脂フィルムFとなるように3層積層した。この積層物を温度200℃、圧力30MPaで5分間プレス成形し、圧力を保持したまま50℃まで冷却して厚み0.12mmの炭素繊維強化樹脂シートを作製した。・・・」

上記記載事項によれば、甲3には、以下の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。
「炭素繊維基材の製造方法であって、サイジング種類として水溶性ポリアミドが0.1?10質量%付着した、長さが1?50mmである、炭素繊維束を分散媒体に投入する工程(I)、前記炭素繊維束を構成する炭素繊維が前記分散媒体中に分散したスラリーを調製する工程(II)、前記スラリーを輸送する工程(III)及び前記スラリーより分散媒体を除去して抄造し炭素繊維基材を得る工程(IV)の少なくとも4つの工程を有し、抄紙により得られた炭素繊維ウェブに樹脂フィルムを積層した、炭素繊維基材の製造方法。」

エ.甲4(国際公開第2007/097436号)
「15. 請求の範囲9?14のいずれかに記載の成形材料を、次の少なくとも (I) ? (V) の工程を含む圧縮成形法で成形する繊維強化熱可塑性樹脂成形体の製造方法。
(I) 成形材料に含まれる熱可塑性樹脂を加熱溶融する工程
(II) 金型に成形材料を配置する工程
(III) 金型で成形材料を加圧する工程
(IV) 金型内で成形材料を固化する工程
(V) 金型を開き、繊維強化熱可塑性樹脂成形体を脱型する工程 」(41頁17行?24行)

オ.甲5(「岩波理化学辞典」第5版)
甲5には、以下の事項が記載されている。
「カプロラクタム・・・融点69℃の葉状晶」(261頁)

カ.甲6(国際公開第2008/149615号)
甲6には、以下の事項が記載されている。
「[0038] 本発明のチョップド繊維束の製造方法において、前記連続強化繊維束供給工程が、前記連続強化繊維束の横断面における前記多数本の強化繊維の配列状態が扁平となるように、前記連続強化繊維束を開繊する連続強化繊維束開繊工程を含んでいることが好ましい。」
「[0224] 実施例1と同様の連続強化繊維束に、振動を加えて、開繊し、繊維束の幅を当初の5mmから20mmに拡幅した。拡幅された連続強化繊維束を、実施例1と同様の切断手法を用いて、強化繊維の繊維長が25mm、連続強化繊維束の切断方向が強化繊維の配列方向に対し角度12°を有する直線になるように、切断して、チョップド繊維束を得た。」

5.判断
(1)理由1(第29条第1項第3号)について
ア.甲1に基づく理由1
(ア)本件発明1
本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「成形用炭素繊維束」、「水溶性ポリアミド樹脂」、「繊維強化プラスチック」は、それぞれ、本件発明1の「炭素繊維束」、「変性ポリアミド系高分子」、「複合材料」に相当する。

両者は、少なくとも以下の相違点1及び相違点2で相違する。
〈相違点1〉本件発明1では、炭素繊維束をカットした短繊維と樹脂とからなるランダムマットにおいて、樹脂が、繊維状、粉末状、または粒状の形状であるのに対して、甲1発明では、成形用炭素繊維束を3?20mmのカットファイバー化して、これを成形用樹脂に混合させたものが、ランダムマットであるのか不明であり、成形用樹脂の形態も不明である点。
〈相違点2〉本件発明1では、炭素繊維束の硬度が70g以下であるのに対して、甲1発明では、成形用炭素繊維束の硬度は不明である点。

相違点1を検討する。
成形用炭素繊維束と成形用樹脂の混合については、甲1には、【0024】に「本発明の成形用炭素繊維束は、かかるRIM成形に拘ることなく、たとえば該成形用炭素繊維束をカットファイバー化して、これを成形用樹脂に混合させて、型に投入して成形することもできる。このような場合には、3?20mmのカットファイバーが好ましく用いられる。」と記載されるだけで、「成形用炭素繊維束を3?20mmのカットファイバー化して、これを成形用樹脂に混合させたものが、ランダムマットである」点、及び「成形用樹脂の形態が樹脂が、繊維状、粉末状、または粒状の形状である」点は、記載されていない。
相違点1に関して、申立人は、甲1の 【0028】の記載から、「ε-カプロラクタム」がランダムマットを構成する樹脂にあたると主張するが、甲1の【0028】は、「サイジング剤の特性評価」に関連して、RIM重合評価(重合阻害)をするための実験についての記載であり、甲1の【0024】の「成形用樹脂」についての記載ではないから、申立人の主張には理由がない。

相違点2を検討する。
申立人は、甲1発明のサイジング剤の付着量が、本件発明1のものと同程度であるから、硬度も同程度である旨主張するが、炭素繊維束の硬度は、「サイジング剤の付着率」のみによって決まるのではなく、サイジング剤自身の硬さや、炭素繊維束の単糸間の拘束の程度等によって影響を受けるものであるから、甲1発明の炭素繊維束の硬度は、不明であるといえる。

そうすると、相違点1及び相違点2は実質的な相違点であるので、本件発明1は、甲1発明ではない。

(イ)本件発明4?6、8
本件発明4?6、8は、本件発明1の発明特定事項をすべてを含むものであるから、本件発明1と同様の理由により、本件発明4?6、8は、甲1発明ではない。

イ.甲2に基づく理由1
(ア)本件発明1
本件発明1と甲2発明とを対比すると、甲2発明の「炭素繊維の強化繊維束」、「繊維強化成形基材」は、それぞれ、本件発明1の「炭素繊維束」、「複合材料」に相当する。

両者は、少なくとも以下の相違点3及び相違点4で相違する。
〈相違点3〉炭素繊維束のサイジング剤が、本件発明1では、サイジング剤の高分子成分が少なくとも変性ポリアミド系高分子及び/またはポリビニルアルコール系高分子を含むのに対して、甲2発明では、ポリオキシエチレンオレイルエーテルである点。
〈相違点4〉本件発明1では、炭素繊維束の硬度が70g以下であるのに対して、甲2発明では、炭素繊維の強化繊維束の硬度は不明である点。


相違点3を検討する。
甲2発明の「ポリオキシエチレンオレイルエーテル」は、「変性ポリアミド系高分子」あるいは「ポリビニルアルコール系高分子」に当たらないので、甲2発明のサイジング種類は、本件発明のサイジング剤と実質的に相違している。
申立人は、相違点3に関して、甲2発明の「バインダー」が、本件発明1の「サイジング剤」に相当すると主張するが、甲2の【0042】に「バインダーとは、強化繊維ウェブとマトリックス樹脂との間に介在し両者を連結するバインダーを意味する。」とあるように、「バインダー」は、「サイジング剤」とは別のものであることは明らかであるから、申立人の主張は理由がない。

相違点4を検討する。
上記相違点2と同様に、炭素繊維束の硬度は、「サイジング剤の付着率」のみによって決まるのではなく、サイジング剤自身の硬さや、炭素繊維束の単糸間の拘束の程度等によって影響を受けるものであるから、甲2発明の炭素繊維束の硬度は、不明であるといえる。

そうすると、相違点3及び相違点4は実質的な相違点であるので、本件発明1は、甲2発明ではない。

(イ)本件発明4?6、8
本件発明4?6、8は、本件発明1の発明特定事項をすべてを含むものであるから、本件発明1と同様の理由により、本件発明4?6、8は、甲2発明ではない。

ウ.甲3に基づく理由1
(ア)本件発明1
本件発明1と甲3発明とを対比すると、甲3発明の「炭素繊維束」、「水溶性ポリアミド」、「炭素繊維基材」は、それぞれ、本件発明1の「炭素繊維束」、「変性ポリアミド系高分子」、「複合材料」に相当する。

両者は、少なくとも以下の相違点5及び6で相違する。
〈相違点5〉本件発明1では、炭素繊維束をカットした短繊維と樹脂とからなるランダムマットにおいて、樹脂が、繊維状、粉末状、または粒状の形状であるのに対して、甲3発明では、抄紙により得られた炭素繊維ウェブに樹脂フィルムを積層したものである点。
〈相違点6〉本件発明1では、炭素繊維束の硬度が70g以下であるのに対して、甲3発明では、炭素繊維束の硬度は不明である点。

相違点5を検討する。
甲3発明の「樹脂フィルム」は、樹脂のフィルム状であるので、繊維状、粉末状、または粒状の形状であるとはいえない。

相違点6を検討する。
上記相違点2と同様に、炭素繊維束の硬度は、「サイジング剤の付着率」のみによって決まるのではなく、サイジング剤自身の硬さや、炭素繊維束の単糸間の拘束の程度等によって影響を受けるものであるから、甲3発明の炭素繊維束の硬度は、不明であるといえる。

そうすると、相違点5及び相違点6は実質的な相違点であるので、本件発明1は、甲3発明ではない。

(イ)本件発明4?6、8
本件発明4?6、8は、本件発明1の発明特定事項をすべてを含むものであるから、本件発明1と同様の理由により、本件発明4?6、8は、甲3発明ではない。

(2)理由2(第29条第2項)について
ア.甲1に基づく理由2
(ア)本件発明1
本件発明1と甲1発明とを対比すると、少なくとも上記相違点1及び相違点2(上記(1)ア.(ア))で相違する。
そして、炭素繊維束をカットした短繊維と樹脂とからなるランダムマットにおいて、樹脂が、繊維状、粉末状、または粒状の形状である点(相違点1)及び炭素繊維束の硬度が70g以下である点(相違点2)を両方満たすものは、甲1?甲6には、記載も示唆もされていない。
本件発明1は、相違点1及び相違点2に係る発明特定事項を有することにより、「マトリックス樹脂との高い親和性が有りながら柔軟で作業性に優れ、繊維強化複合材料に最適な補強繊維用の炭素繊維束が提供される」(本件特許明細書段落【0012】)との作用効果を奏するものである。
よって、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(イ)本件発明4?8
本件発明4?8は、本件発明1の発明特定事項をすべてを含むものであるから、本件発明1と同様の理由により、本件発明4?8は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ.甲2に基づく理由2
(ア)本件発明1
本件発明1と甲2発明とを対比すると、少なくとも上記相違点3及び相違点4(上記(1)イ.(ア))で相違する。
そして、炭素繊維束のサイジング剤が、サイジング剤の高分子成分が少なくとも変性ポリアミド系高分子及び/またはポリビニルアルコール系高分子を含む点(相違点3)及び炭素繊維束の硬度が70g以下である点(相違点4)を両方満たすものは、甲1?甲6には、記載も示唆もされていない。
本件発明1は、相違点3及び相違点4に係る発明特定事項を有することにより、「マトリックス樹脂との高い親和性が有りながら柔軟で作業性に優れ、繊維強化複合材料に最適な補強繊維用の炭素繊維束が提供される」(本件特許明細書段落【0012】)との作用効果を奏するものである。
よって、本件発明1は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(イ)本件発明4?8
本件発明4?8は、本件発明1の発明特定事項をすべてを含むものであるから、本件発明1と同様の理由により、本件発明4?8は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ.甲3に基づく理由2
(ア)本件発明1
本件発明1と甲3発明とを対比すると、少なくとも上記相違点5及び相違点6(上記(1)ウ.(ア))で相違する。
そして、上記相違点5及び相違点6は、上記相違点1及び相違点2と共通するので、相違点1及び相違点2の判断と同様な理由により、本件発明1は、甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(イ)本件発明4?8
本件発明4?8は、本件発明1の発明特定事項をすべてを含むものであるから、本件発明1と同様の理由により、本件発明4?8は、甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

6.むすび
以上のとおりであるから、本件特許異議申立ての全ての理由を含む、上記取消理由によっては、本件発明1、4?8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1、4?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-06-19 
出願番号 特願2012-64047(P2012-64047)
審決分類 P 1 652・ 121- Y (D06M)
P 1 652・ 113- Y (D06M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 平井 裕彰  
特許庁審判長 千葉 成就
特許庁審判官 谿花 正由輝
蓮井 雅之
登録日 2016-04-01 
登録番号 特許第5908765号(P5908765)
権利者 帝人株式会社
発明の名称 複合材料の製造方法  
代理人 為山 太郎  

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