• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B22D
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B22D
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B22D
管理番号 1330581
審判番号 不服2015-20516  
総通号数 213 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-09-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-11-17 
確定日 2017-07-20 
事件の表示 特願2012-154669「造塊方法」拒絶査定不服審判事件〔平成25年3月14日出願公開,特開2013-49089〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 1 手続の経緯・本願発明

本願は,平成24年7月10日(優先権主張 平成23年8月2日)の出願であって,平成27年8月27日付けで拒絶査定(謄本送達日平成27年9月1日)がなされ,それに対して,平成27年11月17日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。
そして,当審において,平成29年2月21日付けで拒絶理由(発送日平成29年2月28日)を通知し,応答期間内である平成29年4月14日に意見書及び手続補正書が提出されたところである。
ここで,この出願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,平成29年4月14日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認める。

「【請求項1】
溶鋼を鋳型に注入して鋼塊を製造する造塊方法において、
式(1)と式(2)とを満たすような押湯比rと保温性指数yとを設定し、設定した保温性指数yとなるように、前記鋳型の押湯部の内側に耐火煉瓦を施工すると共に前記耐火煉瓦の外側に断熱煉瓦を施工して、押湯部を多層構造にしておき、
前記多層構造の押湯部とされた鋳型を用いて、押湯比rとなるように造塊を行うことを特徴とする造塊方法。
【数1】
3.74>y>f×押湯比r(%)+g (1)

各変数の定義は以下の通りである。


f×押湯比r(%)+g<1.62の場合には1.62とする
溶鋼重量80?120ton(適用範囲:H/D=1.0?2.0)の場合
f=4.821×(H/D)-9.1243
g=-106×(H/D)+201.36
H/D=1.5?1.8(適用範囲:溶鋼重量120超?250ton)の場合
f=-0.0134×(W)+0.412
g=0.286×(W)-7.44
H/D=1.4?1.6(適用範囲:溶鋼重量250超?420ton)の場合
f=3.64×10^(-5)×(W)^(2)-0.0254×(W)+1.249
g=-7.26×10^(-4)×(W)^(2)+0.5261×(W)-24.185

ただし、
h_(0):断熱ボードを用いた1層構造の熱伝達率(W/m^(2)・K),
h:多層構造の熱伝達率(W/m^(2)・K),
L_(1):耐火煉瓦の厚み(m) ,L_(2):断熱煉瓦の厚み(m),
λ_(1):耐火煉瓦の熱伝導率(W/m・K),λ_(2):断熱煉瓦の熱伝導率(W/m・K),
H:押湯部を除く鋳型の高さ(mm),D:押湯部を除く鋳型の平均幅(mm)
W:造塊する溶鋼重量(ton)」

2 当審拒絶理由の概要

当審で通知した拒絶の理由1,2及び4の概要は,次のとおりである。

(1)理由1(実施可能要件)
この出願は,発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

(2)理由2(サポート要件)
この出願は,特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

(3)理由4(進歩性)
この出願の請求項1に係る発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒布された下記の刊行物1-5に記載された発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用刊行物:
1.特開昭59-163054号公報(以下,「引用例1」という。)
2.特開昭60-37247号公報(以下,「引用例2」という。)
3.特開昭56-1249号公報(以下,「引用例3」という。)
4.実願昭53-036875号(実開昭54-140029号)のマイクロフィルム(以下,「引用例4」という。)
5.特開2000-135546号公報(以下,「引用例5」という。)


3 当審の判断
(1)特許法第36条第4項第1号
ア 保温性指数の算出について

請求項1には「式(1)と式(2)とを満たすような押湯比rと保温性指数yとを設定」するという事項があり,押湯比rに関する式(1)は保温性指数yを含む不等式であるから,押湯比rは式(2)の「保温性指数y」に依存して設定されるものであるといえる。ここで,保温性指数yは

であって,hは「多層構造の熱伝達率」であり,h_(0)は「断熱ボードを用いた1層構造の熱伝達率」であるから,「断熱ボードを用いた1層構造の熱伝達率」に対して「多層構造の熱伝達率」が何倍の保温性を示すか,という指標であるといえる。
一方で,押湯部の保温構造としては種々の材質や厚みが検討されており(例えば,引用例2第2ページ左上欄第4行から右上欄第3行を参照されたい。),断熱ボード自体の熱伝導率もある程度幅を持った値(例えば,当審拒絶理由で引用した特開昭50-139518号公報における表1,表2の熱伝導率の数値,特開昭57-68246号公報における第3ページ左上欄第2?5行を参照されたい。)であることから,同じ押湯比で造塊を行っても,断熱ボードを用いた1層構造の押湯部の鋳型として種々のものが存在する以上,その造塊された鋼塊の品質は,鋳型によって相違する(例えば,本願明細書で品質の基準としているC濃度は鋳型によって変化し得る。)といえる。
そして,1層の鋳型を多層化することにより,熱伝達率を一定の割合で変化させた場合,多層化した鋳型によって造塊される鋼塊の品質は,多層化前の1層の鋳型での鋼塊の品質に依存すると考えられる(例えば,1層の異なる鋳型が2種類あって,同じ押湯比で造解した場合,一方の鋼塊のC濃度が他方より高かったのであれば,同じ保温性指数となるようにこの2種類の鋳型を多層化したとしても,一方の鋳型による鋼塊のC濃度は他方よりも高いと考えられる。)のが技術常識であるといえる。
しかしながら,式(1)が示すのは,保温性指数yによって押湯比rが設定できる,というものであって,同じ保温性指数であれば同様の押湯比が設定される,というものである。そうすると,1層の時のC濃度が異なるものであった鋳型が,同様の保温性指数となるように多層化しただけ(すなわち,多層化された押湯部の熱伝達率は鋳型によって異なる)で同じ押湯比で良好な品質(明細書によればC濃度1.0%以下)の鋼塊が製造できる,ということになる。
これは,上記の技術常識に反する。そうすると,本願発明を実施するには,ある特定の構造である鋳型を用い,特定の条件で行う際の造塊方法において,ある特定製品かつある厚みの「断熱ボード」で構成された1層構造の押湯部を,特定製品の「耐火煉瓦」及び「断熱煉瓦」によって多層構造とする必要があるといえる。
この点に関し,審判請求人は,平成29年4月14日付け意見書(以下,単に「意見書」という。)の2.(2)(i)(c)において,「このとき、断熱ボードを用いた1層構造の押湯部の鋳型としては、現場に存在する『従来の鋳型(改造前の鋳型)』であり、その従来の鋳型に設けられている1層構造の押湯部の熱伝達率h_(0)は一意に決まっております。すなわち、1層構造の押湯部には、種々のものが存在するものではありません。」とし,意見書の2.(i)(d)で「すなわち、補正後の請求項1においては、特定の構造である鋳型を用いた際の造塊方法において、特定製品かつある厚みの『断熱ボード』で構成された1層構造の押湯部を、特定製品の『耐火煉瓦』及び『断熱煉瓦』によって多層構造とし、所望とする押湯比rとなる保温性指数yを実現するものとなっています。」と主張している。
しかしながら,本願明細書には「特定の構造である鋳型」がどのようなものであって,「特定製品かつある厚みの『断熱ボード』」としてどのようなものを対象としているのか,具体的に開示がなされていない。そうすると,本願発明を適用する上で前提となる「特定の構造である鋳型」や「特定製品かつある厚みの『断熱ボード』」が何であるかは,本願明細書に接した当業者が理解できず,どのような鋳型に適用できるかが明らかでないため,本願発明を実施することができない。一方で,本願発明が,なんら構造や断熱ボードの種類を問わない任意の鋳型に適用できる技術でないことは,当審拒絶理由1での指摘事項及び審判請求人の上記主張のとおりである。
したがって,この出願の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。

イ 特定の条件下での押湯比の算出について

請求項1には,「式(1)と式(2)とを満たすような押湯比rと保温性指数yとを設定」するものであって,式(1)は「3.74>y>f×押湯比r(%)+g」であることから,押湯比rは「f×押湯比r(%)+g」の値から逆算して得られると考えられる。ここで,「溶鋼重量80?120ton(適用範囲:H/D=1.0?2.0)の場合」において「f=4.821×(H/D)-9.1243」であるから,適用範囲内のH/D値のうち,H/Dが1.8926(すなわち,9.1243/4.821)においてf=0となる。この場合,押湯比rが逆算できない。
また,式(1)は「3.74>y>f×押湯比r(%)+g」であり,「f×押湯比r+g<1.62の場合は1.62とする」という記載から「f×押湯比r(%)+g」の取り得る範囲を想定すると,「3.74>f×押湯比r(%)+g≧1.62」となる。ここで,当該H/D値よりもわずかに小さな値の場合,例えば,H/Dが1.89の時のf,gを求め,押湯比rを逆算すると,「-215.702<r<-47.5813」となり,押湯比r(%)が負の値となる。段落【0018】によると押湯比rとは,装入した溶鋼量に対する押湯の量(押湯重量/装入溶鋼重量)であって,「押湯重量」及び「装入溶鋼重量」はどちらも物体の重量であって正の値であることから,負の押湯比rを実現することができない。
なお,段落【0030】には「なお,H/Dが1.0?2.0となる多層鋳型2を用いて80ton?120tonを製造した場合であっても第1実施例と同じ結果(直線L1や第1適正範囲A1が変化しない)が得られたことを確認している。」と記載されているが,上述のH/Dの場合に,押し湯比rをどのように設定するかという点については何ら説明がなされていない。
そうすると,本願発明において,適用範囲内とされている条件の一部で現実的な押湯比rが算出できず,その際に押湯比をどのように設定するかが理解できない。
ここで,審判請求人は,意見書の2.(2)(ii)において,「さて、式(1)、式(2)だけを見据えて、考えを及ばすならば、ある保温性指数yを満たす押湯比rが逆算できない場合が考えられます。
しかしながら、本願発明は、所望とする鋼材の品質を実現可能な押湯比rを実現する保温性指数yを求めるものであり、万が一、押湯比rや保温性指数yが求まらない状況(例えば、負の値になる状況)は、本願の権利範囲外のものとなると思料いたします。」と主張している。また,審判請求人は,意見書の2.(2)(i)(d)において「すなわち、補正後の請求項1においては、特定の構造である鋳型を用いた際の造塊方法において、特定製品かつある厚みの『断熱ボード』で構成された1層構造の押湯部を、特定製品の『耐火煉瓦』及び『断熱煉瓦』によって多層構造とし、所望とする押湯比rとなる保温性指数yを実現するものとなっています。」とも主張している。
しかしながら,本願発明は,特許請求の範囲に記載された発明特定事項によって特定されるべきところ,意見書とともになされた手続補正の後も,本願発明は依然として解が得られない数式を含んだものとなっており,鋳型の構造や断熱ボード,耐火煉瓦及び断熱煉瓦として「特定のもの」を用いていると限定解釈できる理由も認められない。そして,当該請求項1に対応して本願明細書に開示された数式の意義を当業者が理解し,その内容を実施可能かどうか,という事項を検討するに,本願明細書で説明している数式は解が得られない範囲を含んでいる事項に変わりは無く,また,審判請求人の上記主張とは異なり,解の得られない数値範囲が本願発明から除外されていない以上,本願発明が実施できないことは明らかである。

よって,この出願の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。

(2)特許法第36条第6項第1号

請求項1には,「f×押湯比r(%)+g<1.62の場合は1.62とする
溶鋼重量80?120ton(適用範囲:H/D=1.0?2.0)の場合
f=4.821×(H/D)-9.1243
g=-106×(H/D)+201.36
H/D=1.5?1.8(適用範囲:溶鋼重量120超?250ton)の場合
f=-0.0134×(W)+0.412
g=0.286×(W)-7.44
H/D=1.4?1.6(適用範囲:溶鋼重量250超?420ton)の場合
f=3.64×10^(-5)×(W)^(2)-0.0254×(W)+1.249
g=-7.26×10^(-4)×(W)^(2)+0.5261×(W)-24.185」
と記載されている。

段落【0010】,【0019】,【0036】,【0038】には,上記請求項1に記載されたものと同じ数式が記載されている。

第1実施例については,段落【0028】に「なお、図3(b)は、押湯部5を除く鋳型2の高さ(本体部4の高さ)をHとし、押湯部5を除く鋳型2の平均幅(本体部4の内側壁間の平均値)をDとして、H/Dが1.7となる多層鋳型2を用いて110tonの鋼塊(鋼塊)を製造した場合(第1実施例)についてまとめたものである。」と記載され,段落【0030】に「なお、H/Dが1.0?2.0となる多層鋳型2を用いて80ton?120tonを製造した場合であっても第1実施例と同じ結果(直線L1や第1適正範囲A1が変化しない。)が得られたことを確認している。」と記載されている。

第2実施例については,段落【0031】に「さて、発明者らは、多層鋳型2であっても本体部4の高さや幅、即ち、H/Dの値が変化すると、鋼塊の品質も変化する可能性があると考え、図4に示すように、H/Dが1.26である多層鋳型2で100tonの鋼塊を製造した場合(第2実施例)について検証を行った。」と記載されている。

第3実施例については,段落【0030】に「併せて、図5に示すように、H/Dが1.66である多層鋳型2で230tonの鋼塊を製造した場合(第3実施例)についても、図3と同様に保温性指数yと押湯比rとを変化させたときのC濃度比について調査を行った。」と記載され,段落【0033】に「なお、H/Dが1.5?1.8となる多層鋳型2を用いて120超ton?250tonを製造した場合であっても第3実施例と同じ結果(直線L5や第3適正範囲A3が変化しない。)が得られたことを確認している。」と記載されている。

第4実施例については,段落【0034】に「H/D=1.51とした第4実施例(図7(b))では、H/D=1.7である第1実施例に比べて、第4境界線L6と上限線L2と下限線L3とに囲まれた第4適正範囲A4内となる範囲が、点線で囲まれる第1適正範囲A1内よりも小さい。また、第4実施例では、C濃度比が良好とやや不良との境界を示す第4境界線L4(y=-3.18×押湯比r(%)+71.1)の傾きが、第1実施例に比べて大きくなると共に押湯比rが大きくなる側にシフトしている。なお、図4(b)中のポイントP4は、保温性指数yを2.84として造塊を行った例を示している。図7(a)では太丸内の数値(2.84)である。なお、H/Dが1.4?1.6となる多層鋳型2を用いて250超ton?420tonを製造した場合であっても第4実施例と同じ結果が得られたことを確認している。」と記載されている。

段落【0035】には,「図6は、上記した第1実施例?第4実施例を基に保温性指数yと押湯比rとを変化させたときの関係をまとめたものである。この図の関係から明らかなように、このように、H/Dの値が異なる様々な多層鋳型2を用いると、押湯比rによって鋼塊の品質が良好な範囲(A1?A4)も変化する。この範囲(A1?A4)を規定する直線(L1,L4,L5、L6)を実験結果より一般化して式で表すと、式(9)に示すものとなる。上述したように、第1実施例は80?120ton(適用範囲:H/D=1.0?2.0)の結果であって、H/Dにより適正な範囲が変化することから、直線Lを求めるパラメータf、gは、式(4)及び式(5)となる。また、第3実施例はH/D=1.5?1.8(適用範囲:120超?250ton)の結果であって溶鋼重量により適正な範囲が変化することから直線Lを求めるパラメータf、gは、式(6)及び式(7)となる。さらに、第4実施例はH/D=1.4?1.6(適用範囲:250超?420ton)の結果であって溶鋼重量により適正な範囲が変化することから直線Lを求めるパラメータf、gは、式(10)及び式(11)となる。」と記載されている。

しかしながら,H/Dや溶鋼重量と,押湯比や保温性指数との関係について実質的に結果が開示されているのは,第1?第4実施例のそれぞれにおいて特定のH/D及び溶鋼重量の例が1つあるのみである。そして,第1?第4実施例から,どのようにしてf,gに関する上記の式が得られるのかは,以下ア?ウの理由に示すとおり,開示されていない。

ア パラメータf及びgが,溶鋼重量が80?120tonの場合には,(H/D)の関数となるにも関わらず,溶鋼重量が120超?420tonの場合には,(H/D)ではなく,溶鋼重量の関数となるという点が明らかでない。同様の事象を表すパラメータであるならば,通常,同じパラメータの関数となるものと考えられるが,請求項1に係る発明では,溶鋼重量が120tonを超えるものとなった結果,f,gを規定するための関数のパラメータが(H/D)ではなくWとなる。しかし,溶鋼重量が120tonの点で何らかの大きな変化が現れるとは考えにくく,このパラメータの変更について何ら説明がなされていない。

(ア)この点に関し,審判請求人は,意見書の2.(2)(iv)において「睡眠時間と死亡危険率の関係」についてのグラフを引用し,本願発明もこれに該当する事例である旨,主張している。

(イ)しかしながら,審判請求人の例示する上記グラフは,人間の生活習慣に関する統計データであって,疫学的証明を行うものであり,その結果は,同じ調査を行っても対象者の年代,性別,地域,調査時期等によって変化し得るものであり,必ずしもその結果の再現性を期待し得ないものである。一方,本願発明は,溶鋼内に拡散する不純物濃度が凝固時にどのように変化するかという物理化学の現象を測定したデータに基づくものである。そして,物理化学の現象であれば,同様の前提条件で実験を行うことである程度の再現性は得られるものである。また,物理化学の現象であれば,相変化や化学反応が生じるなどの特異点において大きな変化が生じることはあり得るものの,本願発明のように溶鋼の重量が多少異なるだけで生じる現象の特性が異なるものになってしまう,とも考えにくい。このように,物理化学に従う現象についての実験データと,疫学的証明のための統計データとは,その対象が根本的に異なるものであり,疫学的な統計データによって,物理化学についての実験データの特性の妥当性を説明することはできない。

(ウ)また,審判請求人の例示する上記グラフを参照しても,睡眠時間(横軸)という1つのパラメータと相対死亡危険率(縦軸)との関係を示すグラフであって,異なる2種類のパラメータである(H/D)及びW(当該グラフにおける横軸に相当)のいずれもがf,gという値(同じく縦軸に相当)と関係し得る,という事項を説明するものではない。

(エ)そうすると,審判請求人の上記主張は採用の限りではない。

イ パラメータf及びgを求めるための式において,溶鋼重量が120超?250tonの場合には,一次関数となり,溶鋼重量が250超?420tonの場合には,二次関数となる点が明らかでない。同様の事象を表すパラメータであるならば,通常,同じような関数式になると考えられるが,本願発明では,溶鋼重量が250tonを超えるものとなった結果,f,gを規定するための関数がWの一次関数ではなく,二次関数で表されるものとなる。しかし,溶鋼重量が250tonの点で何らかの大きな変化が現れるとは考えにくく,このパラメータの変更について何ら説明がなされていない。

(ア)審判請求人は,上記ア(ア)のとおり主張するが,上記ア(イ)のとおり,審判請求人の例示するグラフは本願発明とは前提が異なる。

(イ)さらに,グラフで示された実験データから,数式を導く場合,一般的に以下a,bの2通りの方法が考えられる。
a グラフを構成する変数の理論的な関係から,一般式を決定し,係数を定める方法
例えば,物体の速度vと時間tとのグラフにおいて,一定の加速度aのもとで,物体の速度vと時間tとは,比例関係にあることが知られていることから,v=at+v_(0)(ここで,v_(0)は初速度)という一次式を採用し,グラフにプロットされた実験データを用いて係数aやv_(0)を定めることで数式を導くことができる。
b さまざまな関数をプロットされたグラフに当てはめてみて,グラフ上の実験データと一致する度合いが高い関数及び係数を設定する方法
例えば,グラフのデータが,直線状であれば一次関数を,曲線状であれば二次関数や高次関数,指数関数や対数関数など,複数の関数を選択してみて,グラフ形状が似ている関数に決定し,係数を定めることで数式を導くことができる。。

(ウ)本願明細書に記載された数式は,本願明細書や意見書に上記(イ)aの手法について何ら言及がなされていないことと,本願明細書の記載並びに意見書2.(2)(iii)及び(iv)の主張からみて,上記(イ)bによって数式の選択及び係数の設定がなされたものと推認できる。そして,上記(イ)bの方法である場合,どのような種類の式(一次式や二次式)を採用するか,や,当該式の係数がどのような値をとるかは,グラフにプロットされたデータの精度やデータ点数,データ範囲に依存する。そうすると,グラフにプロットされたデータからどのような種類の式を採用するかは,実験データと実験をまとめる者の主観の影響を受け,必ずしも同じ種類の式が用いられるとは限らない。

(エ)一方,明細書には,各数式に対して1組ずつのデータ開示しかなく,また,図面にも,fやgと(H/D)やWとの関係を示したグラフは1個も記載されていない。その結果,グラフにプロットされた実験データから,請求項1に記載された,溶鋼重量が120超?250tonの場合には,一次関数となり,溶鋼重量が250超?420tonの場合には,二次関数となるという事項を裏付ける開示があるとは認められない。

(オ)加えて,実験で得られたデータは,実験の手法や条件にもよるが,誤差を含むことが一般的であって,同じ実験を複数繰り返したからといって,必ずしも同じ数式,係数が得られるとはいえない。そのような前提のもと,鋳型形状や断熱ボードの材質が必ずしも同じとはいえない当業者が独自の操業データを用いても,請求項1に記載されたf,gと完全に同じ式が得られるとする理由はない。
なお,意見書2.(2)(iii)において審判請求人は,当業者自身における操業データを用いることで,本願発明の式における係数を容易に決定できることが可能である旨主張するが,請求項1に記載されているのは特定の数値,例えば,溶鋼重量80?120ton(適用範囲:H/D=1.0?2.0)の場合に,f=4.821×(H/D)-9.1243,となる数式であり,どのような操業データであっても請求項1に記載された数式と同じ係数が得られるものでないことは上述のとおりであるから,当該主張を考慮しても,請求項1に記載された数式が明細書で開示されているとはいえない。
また,企業秘密に該当するという理由があれば,不十分な開示の明細書が特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合する,ということはないから,意見書2.(2)(iii)及び(iv)の上記主張は採用の限りではない。

ウ y=ax+bという一般式で表される一次関数の場合,係数a,bを定めるにはx,yについて少なくとも2組のデータが必要であり,y=ax^(2)+bx+cという一般式で表される二次関数の場合,係数a,b,cを定めるためには少なくとも3組のデータが必要であるが,溶鋼重量が120超?250tonの場合に対応する第3実施例と,溶鋼重量が250超?420tonの場合に対応する第4実施例とのそれぞれで,1組のデータしか開示されておらず,明細書に開示された情報からでは,この一次関数及び二次関数の係数を定めることができない。
また,上記イ(ウ)に鑑みれば,請求項1に記載された数式を導出するためには,当該数式の根拠としたそれなりの数のデータが必要となると考えられるところ,明細書には,上述のとおり各数式に対して1組ずつのデータ開示しかなく,また,図面にもfやgと(H/D)やWとの関係を示したグラフは1個も記載されていない。
そして,上記イ(エ)及び(オ)で指摘したとおり,意見書2.(2)(iii)の審判請求人の主張は採用の限りではない。

その結果,第1?第4実施例の実験データから,請求項1に記載されたf,gを定義するための式まで拡張し,一般化することはできない。また,上述のとおり,発明の詳細な説明には,請求項1に記載されたf,gを定義する式と同じ式が記載されているが,同じ記載が単にあるだけでは,実質的な説明とはいえず,また,実施例に開示された実験データから当該定義式をどのように得ることができるかが開示されていない以上,これら実験データから当該定義式に拡張する点について十分な裏付けがなされているとはいえない。

したがって,出願時の技術常識に照らしても,本願発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
よって,本願発明は,発明の詳細な説明に記載したものでない。

(3)特許法第29条第2項
ア 引用例の記載
(ア)引用例1及び引用発明
a 当審の拒絶理由で引用した引用例1には図面とともに,次の記載がある。

「下注キルド鋼塊は鋳込中の酸化防止および介在物を吸収するために被覆剤又は被覆板を使用し、又押湯部には内装又は上置式の押湯煉瓦を設置し、押湯効果を上げる方式を取っているのが通常である。」(第1ページ左欄下から5行-最終行)

「これまで浸炭現象による割れ等の製品欠陥の対策として鋼塊の頂部切捨量を増やすか又はホットスカーファーによる溶剤量を増やす等の方法を採用しているが、いずれの方法も歩留の低下をまねいていた。」(第2ページ左上欄本文第1-5行)

「本発明のキルド鋼の造塊方法は、浸炭現象を防止するために炭素含有量1.0%以下の被覆剤と同じく炭素含有量1.0%以下の押湯耐火物を使用することにある。
以下、添付の図面を参照して本発明の好ましい実施例について説明する。溶鋼2は鋳型1の底部3から鋳型1の内部へ注入される。鋳型1の上部には上置式の押湯煉瓦が設置され、この押湯煉瓦は炭素含有量の少ない煉瓦層4および通常シャモット煉瓦である煉瓦層5の二層構造を有している。なお第1図において炭素含有量の少ない煉瓦層4は下部の一部の面のみに配置されているが、破線で示すように全面に配置してもよい。鋳型1の内部には溶鋼2を覆うようにして被覆剤6が使用されている。」(第2ページ右上欄第2-16行)

「本発明法と従来法の浸炭現象を比較するために鋳型に被覆剤と押湯煉瓦を種々組合せ、押湯比率を8%と同一にして鋳込み、分塊圧延後鋼塊頂部より7%から9%位置を0.5%置きに鋼片断面のマクロで浸炭調査を実施した。」(第2ページ右下欄本文第1-5行)

第1図には,鋳型の縦断面図であって,鋳型1の上部に,炭素含有物の少ない煉瓦層4を内側とし,5と付された部材(煉瓦層)を外側とした鋳型であり,内側にある4の領域と外側にある5の領域との間の境界から延びる破線が鋳型上端に到達している事項が看取される。

b 上記記載から,引用例1には次の技術的事項が記載されている。
溶鋼2を鋳型1の内部へ注入するキルド鋼の造塊方法において,鋳型1の上部である押湯部には上置式の押湯煉瓦が設置され,この押湯煉瓦は炭素含有量の少ない煉瓦層4および通常シャモット煉瓦である煉瓦層5の二層構造を有しており,炭素含有物の少ない煉瓦層4を内側とし,煉瓦層5が外側である鋳型を用い,押湯比率を8%と同一にして鋳込んだ造塊方法。

c これらのことから,引用例1には,次の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
溶鋼を鋳型の内部へ注入するキルド鋼の造塊方法において,鋳型の押湯部の内側に炭素含有量の少ない煉瓦層を設置すると共に前記炭素含有量の少ない煉瓦層の外側に通常シャモット煉瓦である煉瓦層を設置して,押湯部を二層構造にしておき,前記二層構造の押湯部とされた鋳型を用いて,押湯比8%となるように造塊を行う造塊方法。

(イ)引用例2
a 当審の拒絶理由で引用した引用例2には図面とともに,次の記載がある。

「溶融金属の凝固塊を製造する方法としては、タンディッシュ内に移した溶融金属を連続的に鋳型内に供給し、鋳型下部より凝固塊(内部は溶融状態にあることが多い)を連続的に引出す連続鋳造法や、上端が開口する鋳型を定盤上に設置して、溶融金属を上部開口から供給したり(上注造塊法の場合)、あるいは溶融金属を定盤部分に設けた湯道から供給したり(下注造塊法の場合)する鋳型造塊法などがある。
これらのうち、鋳型造塊法では、造塊時に溶融金属の凝固収縮に伴う引け巣や偏析が凝固塊の内部に形成されないように、鋳型上部に発熱性あるいは断熱性の押湯保温枠を設け、溶融金属の凝固がこの押湯部分で最終的に終了するようにして、当該押湯部分で引け巣や偏析を生じさせ、造塊後に押湯部分を除去するのが普通である。」(第1ページ左欄第13行-右欄第8行)

「このような押湯保温枠2,5を設けるに際し、押湯による保温効果を高めると共に、歩留りの向上をはかるために、押湯保温枠の材質を考慮するほか、押湯比を最適なものとすることが望ましいことは当然である。この押湯比の変更は、押湯高さを増減したり、あるいは押湯枠厚さを増減したりすることによって行うことができるが、押湯高さが大きくなると引け巣部分や偏析部分が押湯部に余裕をもって形成されるため品質は良好なものとなるが、切捨て部分が多くなるため、歩留りの低下を招き、押湯高さが小さくなると上記引け巣部分や偏析部分が押湯部に入り切らないため品質の低下を招くという欠点を有している。そこで、押湯保温枠の厚さを増加して保温効果の増大ならびに歩留りの向上をはかることも考えられるが、この場合には、押湯保温枠の交換コストが増大すると共に、重量が大きくなるため取扱いにくくなって作業性が低下し、溶融金属から受ける浮力が増大するため安定性にも難があるなどの欠点を有していた。」(第2ページ左上欄第4行-右上欄第3行)

b 上記記載から,引用例2には次の技術的事項が記載されている。
上端が開口する鋳型を定盤上に設置して,溶融金属を上部開口から供給したり(上注造塊法の場合),あるいは溶融金属を定盤部分に設けた湯道から供給したり(下注造塊法の場合)する鋳型造塊法において,造塊時に溶融金属の凝固収縮に伴う引け巣や偏析が凝固塊の内部に形成されないように,鋳型上部に発熱性あるいは断熱性の押湯保温枠を設け,溶融金属の凝固がこの押湯部分で最終的に終了するようにして,当該押湯部分で引け巣や偏析を生じさせ,造塊後に押湯部分を除去するのが普通であり,押湯による保温効果を高めると共に,歩留りの向上をはかるために,押湯保温枠の材質を考慮するほか,押湯比を最適なものとすることが望ましいことは当然である。
ここで,押湯高さが大きくなると引け巣部分や偏析部分が押湯部に余裕をもって形成されるため品質は良好なものとなるが,切捨て部分が多くなるため,歩留りの低下を招き,押湯高さが小さくなると上記引け巣部分や偏析部分が押湯部に入り切らないため品質の低下を招く。
また,押湯保温枠の厚さを増加して保温効果の増大ならびに歩留りの向上をはかることも考えられる。

(ウ)引用例3
a 当審の拒絶理由で引用した引用例3には図面とともに,次の記載がある(なお,○で囲まれた数字1-5については,(1)-(5)で代用した。)。

「鋳物における押湯は、鋳物本体の凝固にともなう体積収縮によって生じる引け巣および成分偏析が鋳物の本体に残ることを防止する目的で設けられている。このため、従来より押湯部は鋳物本体より遅く凝固するように工夫されており、その方法としては、(1)発熱性保温材による押湯上面の保温による方法、(2)断熱スリーブによる押湯側面の断熱保温による方法、(3)電弧加熱法による押湯上面の加熱による方法、(4)凝固途中に押湯部に追加鋳湯する方法(いわゆる後押法による押湯部の加熱と成分偏析の軽減)、(5)E.S.R法により鋳物全体を製造する方法等がある。
ところで、このような従来の方法にあっては、(1)および(2)の場合は、押湯部を消極的に保温する方法であり、鋳物本体が砂型という断熱性のよい材料でおおわれているため、十分な効果が期待できず、通常押湯量は鋳込み重量の30?50%程度になっており、歩留りが非常に悪いものであった。」(第1ページ左欄下から4行から右欄第15行)

b 上記記載から,引用例3には次の技術的事項が記載されている。
鋳物における押湯は,鋳物本体の凝固にともなう体積収縮によって生じる引け巣および成分偏析が鋳物の本体に残ることを防止する目的で設けられており,このため,従来より押湯部は鋳物本体より遅く凝固するように工夫されていて,従来の方法のうち,発熱性保温材による押湯上面の保温による方法や断熱スリーブによる押湯側面の断熱保温による方法では,通常押湯量は鋳込み重量の30?50%程度であった。

(エ)引用例4
a 当審の拒絶理由で引用した引用例4には図面とともに,次の記載がある。

「一般にキルド鋼の造塊作業においては、溶鋼の冷却の際に内部よりも先に表面が凝固するときは、鋼塊の初期凝固核内に気泡あるいは空洞または不純物の封じ込めが生ずることがある。この封じ込めを避ける手段として溶鋼の表面のうち特に上部を最後まで溶融状態に保ち、溶鋼の上部の一定容積の凝固を遅らせて溶鋼中の不純物の浮上を促進し、この不純物と溶鋼との置換を計り鋼塊の成分を良好な状態に保つことが通例である。このように、溶鋼の凝固は純度の高いところから順に生じ、不純物は溶鋼に比し比重が小さいので次第に上昇して溶鋼の上部にたまりここに気泡あるいは巣を生ずるので、このような部分は圧延後に切捨てることとなる。したがつて、不純物の浮上を助けるために、凝固途中の溶鋼の上部を最後まで保温する必要から、溶鋼の上方部分と鋳型との間に断熱スリーブを設ける上に、溶鋼の上面を保温材で被う構成が従来用いられている。この場合の、断熱スリーブと保温材とに取巻かれた溶鋼の上方部分(押湯部分という)と鋳型に接している溶鋼の下方部分との比は、すなわち、押湯比は通常9%から14%程度であるのを例とする。」(明細書第2ページ第3行-第3ページ第9行)

b 上記記載から,引用例4には次の技術的事項が記載されている。
キルド鋼の造塊作業において凝固途中の溶鋼の上部を最後まで保温する必要から,溶鋼の下方部分と鋳型との間に断熱スリーブを設ける構成が従来用いられており,断熱スリーブを設けられた溶鋼の上方部分である押湯部分と鋳型に接している溶鋼の下方部分との比,すなわち押湯比,は通常9%から14%程度である。

(オ)引用例5
a 当審の拒絶理由で引用した引用例5には図面とともに,次の記載がある。

「【0009】
【実施例】図1に示す前記鍛造鋼塊用鋳型Aにおいて、D/D_(1) =0.7であり、H/D=0.7とし、且つ押湯比=9.5%とした本発明の方法と、D/D_(1) =0.95、H/D=0.3、押湯比=12.4%である従来の方法を用いて、40t電気炉で溶解,精錬したS55C・ALキルド鋼で、8t鋼塊を溶製した。この両者の鋼塊D_(1) /2位置、及びD_(1) /4位置のC分析を、鋼塊押湯側から高さ方向1/2まで50mmピッチにて行った。その結果を図2に示す。」

b 上記記載から,引用例5には次の技術的事項が記載されている。
鋼塊を溶製するにあたり,押湯比=9.5%とした方法と押湯比=12.4%とした方法。

イ 対比

本願発明と引用発明とを対比する。

引用発明における「キルド鋼の造塊方法」,「炭素含有量の少ない煉瓦層」及び「通常シャモット煉瓦である煉瓦層」はそれぞれ,本願発明における「鋼塊を製造する造塊方法」,「耐火煉瓦」及び「断熱煉瓦」に相当する。
また,引用発明における「二層構造」は,「二層」が「多層」に含まれる点で,本願発明の「多層構造」に相当する。
さらに,鋳型の施工は,溶鋼を鋳型に注入する前に当然行われているものであるから,引用発明において「炭素含有量の少ない煉瓦層」及び「通常シャモット煉瓦である煉瓦層」である「煉瓦層を設置」する事項は,本願発明における「耐火煉瓦」及び「断熱煉瓦」を「施工」する事項に相当する。
加えて,引用発明において「押湯比8%となるように造塊を行う」事項は,特定の押湯比で造塊を行うものであり,ここでの押湯比は造塊に先立って設定されたものにほからならないことから,当該事項は,本願発明において「式(1)と式(2)とを満たすような押湯比rと保温性指数yとを設定」し,「押湯比rとなるように造塊を行う」という事項と対比して,「押湯比rを設定し,押湯比rとなるように造塊を行う」という点で一致する。

したがって,両者の一致点及び相違点は次のとおりである。

<一致点>
溶鋼を鋳型に注入して鋼塊を製造する造塊方法において,押湯比rを設定し,前記鋳型の押湯部の内側に耐火煉瓦を施工すると共に前記耐火煉瓦の外側に断熱煉瓦を施工して,押湯部を多層構造にしておき,前記多層構造の押湯部とされた鋳型を用いて,設定した押湯比rとなるように造塊を行う造塊方法。

<相違点>
本願発明は「式(1)と式(2)とを満たすような押湯比rと保温性指数yとを設定し,設定した保温性指数yとなるように押湯部を多層構造にしてお」くものであって,ここで式(1)及び式(2)は
「3.74>y>f×押湯比r(%)+g (1)

各変数の定義は以下の通りである。

f×押湯比r(%)+g<1.62の場合には1.62とする
溶鋼重量80?120ton(適用範囲:H/D=1.0?2.0)の場合
f=4.821×(H/D)-9.1243
g=-106×(H/D)+201.36
H/D=1.5?1.8(適用範囲:溶鋼重量120超?250ton)の場合
f=-0.0134×(W)+0.412
g=0.286×(W)-7.44
H/D=1.4?1.6(適用範囲:溶鋼重量250超?420ton)の場合
f=3.64×10^(-5)×(W)^(2)-0.0254×(W)+1.249
g=-7.26×10^(-4)×(W)^(2)+0.5261×(W)-24.185

ただし,
h_(0):断熱ボードを用いた1層構造の熱伝達率(W/m^(2)・K),
h:多層構造の熱伝達率(W/m^(2)・K),
L_(1):耐火煉瓦の厚み(m) ,L_(2):断熱煉瓦の厚み(m),
λ_(1):耐火煉瓦の熱伝導率(W/m・K),λ_(2):断熱煉瓦の熱伝導率(W/m・K),
H:押湯部を除く鋳型の高さ(mm),D:押湯部を除く鋳型の平均幅(mm)
W:造塊する溶鋼重量(ton)」であるのに対し,引用発明はそのような数式を用いて押湯比rと保温性指数yとを設定するものではない点。

ウ 判断

以下,上記相違点について検討する。

上記相違点における本願発明の数式の技術的意義を検討するに,本願発明の式(1)からは,保温性指数yと押湯比rとが関連することは把握できるものの,上記(1)及び(2)で検討したとおり,本願発明の式(1)及び(2)で押湯比rを設定するために必要なfやgを求める定義に技術的な裏付けは認められない。また,fやgはそれぞれ正の値も負の値も取り得ることから,保温性指数yと押湯比rとの関係についても,例えば,保温性指数yが大きくなれば,押湯比rも大きな値が許容される,というような,一定の関係が本願発明の式(1)から把握できる,ともいえない。
そうすると,上記相違点は,保温性指数と押湯比とに何らかの関係を見出した際に,ある特定条件下の実験で得られたデータの一例を当業者が通常なし得る方法で数式化した程度,としか見ることができない。

そして,保温性指数,すなわち押湯部分での保温性,が押湯比に関係することは,上記ア(ア)aで摘記した引用例1の第1ページ左欄下から5行-最終行で説明されている「押湯効果」や上記ア(イ)bに記載した引用例2の技術的事項に示されているとおり,従来から当業者が用いていた技術的事項にすぎず,設定パラメータに関して,実験で得られたデータを基に,適切な数値範囲を定めたり,数式化することで,好適化を図ることについても,当業者が通常検討する事項にすぎない。
ここで,従来から押湯比としては大きな値から小さな値まで種々の数値(例えば,上記ア(ウ)b,ア(エ)b及びア(オ)bに記載した引用例3-5の技術的事項を参照されたい。)が用いられている。また,本願の実施例を参酌しても,良好な品質の基準としているC濃度は各種パラメータに対して連続的に変化しており,本願明細書において高品質な鋼塊の基準としている「1.0%」が技術的に特異な点であるとはいえない。そうすると,品質や歩留まりを考慮して押湯比を,本願発明の実施例で開示されているような数値範囲及び品質基準で実験を行う事項は当業者が適宜なすべき事項にすぎず,それらの実験データから上記相違点に係る数式化を行うことになんら困難性はみられない。

なお,審判請求人は,上記意見書2.(2)(vi)において「このように、押湯部を多層構造とすることによって当該押湯部の保温性が向上された鋳型を用いると共に、押湯比rにより造塊を行うことで、鋳込み後の鋼塊の品質を確実に向上させることができるようになるといった作用効果を奏」する旨,また,「『所望とする鋼材の品質→この品質を実現するための押湯比r、保温性指数yを、式(1)(2)を用いての決定→決定された多層構造(保温性指数y)を持つ鋳型を用いての、押湯比rでの造塊』といった構成の開示は、引用例1?引用例7のいずれにもなく、単なるパラメータの選定といった事項を超える技術的思想を有する構成である」旨,主張している。
しかしながら,「押湯部を多層構造とした鋳型」は引用発明も有しており,「押湯部の保温性」や「押湯比」を考慮し,鋳込み後の鋼塊の品質を向上させることは,上述のとおり従来から当業者が用いていた技術的事項であって引用発明も同様であるといえる。そして,押湯比r,保温性指数yを決定するための,本願発明の式(1)(2)に格別な技術的意義が認められないことは,上述のとおりである。
そうすると,上記審判請求人の主張は採用の限りではない。

したがって,引用例2-5で記載された事項から推認される当該分野の一般的な技術水準に鑑みると,引用発明から,希求する製品に応じてパラメータの好適化を行い,本願発明とすることは,当業者が容易になし得た事項である。


4 むすび
以上のとおりであるから,本願は,特許法第36条第4項第1号及び同条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから,特許を受けることができない。また,本願発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,本願は,拒絶されるべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-05-22 
結審通知日 2017-05-23 
審決日 2017-06-05 
出願番号 特願2012-154669(P2012-154669)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (B22D)
P 1 8・ 121- WZ (B22D)
P 1 8・ 536- WZ (B22D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 酒井 英夫  
特許庁審判長 平岩 正一
特許庁審判官 栗田 雅弘
長清 吉範
発明の名称 造塊方法  
代理人 安田 敏雄  
代理人 安田 幹雄  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ