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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C10M
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C10M
管理番号 1330863
審判番号 不服2015-6493  
総通号数 213 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-09-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-04-06 
確定日 2017-08-03 
事件の表示 特願2008-261070「潤滑油基油及びその製造方法、潤滑油組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成22年 4月22日出願公開、特開2010- 90251〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成20年10月7日の出願であって、出願後の手続の経緯は、概略、以下のとおりである。
平成25年 6年27日付 拒絶理由通知
同年 8月30日 意見書・手続補正書提出
平成26年 3月19日付 拒絶理由通知
同年 5月23日 意見書・手続補正書提出
同年12月24日付 拒絶査定
平成27年 4月 6日 審判請求書提出
平成28年12年20日付 拒絶理由通知(当審)
平成29年 3月 6日 意見書・手続補正書提出

第2 特許請求の範囲の記載

特許請求の範囲の記載は、平成29年3月6日提出の手続補正書により補正された、次のとおりのものである。
【請求項1】
尿素アダクト値が4質量%以下であり、40℃における動粘度が14.5?17mm^(2)/sであり、粘度指数が130以上であり、ASTM D 2786-91に準拠して測定される飽和分に占める環状飽和分の割合が、0.1?50質量%であり、電界脱離イオン化質量分析により測定されるシクロパラフィンの含有量が飽和分全量基準で30?60質量%であることを特徴とする炭化水素系潤滑油基油。
【請求項2】
ノルマルパラフィンを含有する原料油について、得られる被処理物の尿素アダクト値が4質量%以下、40℃における動粘度が14.5?17mm^(2)/s、粘度指数が130以上、ASTM D 2786-91に準拠して測定される飽和分に占める環状飽和分の割合が、0.1?50質量%であり、電界脱離イオン化質量分析により測定されるシクロパラフィンの含有量が飽和分全量基準で30?60質量%となるように、
ノルマルパラフィンを含有する原料油について、水素化処理触媒を用いて水素化処理する第1工程と、
第1工程により得られる被処理物について、水素化脱ロウ触媒を用いて水素化脱ロウする第2工程と、
第2工程により得られる被処理物について、水素化精製触媒を用いて水素化精製する第3工程と、
を備える水素化分解/水素化異性化工程を備えることを特徴とする潤滑油基油の製造方法。
【請求項3】
前記原料油が所定の潤滑油基油の溶剤脱ロウによって得られるスラックワックスを50質量%以上含有することを特徴とする、請求項2に記載の潤滑油基油の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の潤滑油基油を基油全量基準で70?100質量%含む潤滑油基油、を含有することを特徴とする潤滑油組成物。
(以下、各請求項に記載した事項により特定された、特許を受けようとする発明を、項番号に合わせて「本願発明1」などといい、まとめて「本願発明」という。)

第3 平成28年12月20日付けの当審拒絶理由

標記拒絶理由は、要するに、以下の点について指摘するものである。
・(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
・(実施可能要件)この出願は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

第4 サポート要件についての当審の判断

1 前提
特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に係る規定(いわゆる「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、明細書のサポート要件の存在は、出願人(審判請求人)が証明責任を負う(知財高裁特別部判決平成17年(行ケ)第10042号参照)。
以下、当該観点に立って検討する。

2 特許請求の範囲の記載
本願の特許請求の範囲の記載は、上記「第2」のとおりである。

3 発明の詳細な説明の記載
本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、平成29年3月6日付け手続補正後の明細書の発明の詳細な説明に記載されたとおりであり(摘示省略)、以下の点を開示するものと認められる。
(1) 本願発明が解決しようとする課題・効果について
本願明細書の【0001】?【0020】には、本願発明の【技術分野】、【背景技術】、【発明が解決しようとする課題】、【課題を解決するための手段】及び【発明の効果】について記載され、本願発明が解決しようとする課題及び効果に関し、以下の点を理解することができる。
ア 従来、高粘度指数基油の製造方法としては、天然や合成のノルマルパラフィンを含む原料油について水素化分解/水素化異性化による潤滑油基油の精製を行う方法が知られ(【0002】)、潤滑油基油及び潤滑油の低温粘度特性の評価指標としては、流動点、曇り点、凝固点などが一般的で、ノルマルパラフィンやイソパラフィンの含有量に基づき評価する手法も知られていた(【0003】)。
しかしながら、近時、潤滑油の低温粘度特性の向上、さらには低温粘度特性と粘度-温度特性との両立に対する要求は益々高くなっており、上記従来の評価指標に基づき低温性能が良好であると判断された潤滑油基油を用いた場合であっても、かかる要求特性を十分に満足させることが困難となっている(【0004】)。また、従来の水素化分解/水素化異性化による潤滑油基油の精製方法においては、ノルマルパラフィンのイソパラフィンへの異性化率の向上及び潤滑油基油の低粘度化により低温粘度特性を改善する観点から、水素化分解/水素化異性化の条件の最適化が検討されているが、粘度-温度特性(特に高温での粘度特性)と低温粘度特性とは相反する関係にあるため、これらを両立することは非常に困難であり(例えば、ノルマルパラフィンのイソパラフィンへの異性化率を高くすると、低温粘度特性は改善されるものの、粘度指数が低下するなど粘度-温度特性が不十分となる。)、上記の流動点や凝固点等の指標が潤滑油基油の低温粘度特性の評価指標として必ずしも適切でないことも上記最適化が困難となっている一因となっている(【0006】)。一方、環境配慮の観点から、特に内燃機関用潤滑油等の分野では、排気ガスの触媒への悪影響を抑えるため蒸発特性の向上及び省燃費性の向上が求められている(【0007】)。
イ 本願発明は、前記アの事情に鑑みて、粘度-温度特性と低温粘度特性とを高水準で両立することができ、蒸発特性及び省エネルギー性の点で優れた潤滑油基油及びその製造方法、並びに当該潤滑油基油を含有する潤滑油組成物を提供することを目的として(【0008】)、かかる課題を解決する手段として、本願発明の構成を採用したものである(【0009】、【0016】?【0018】)。
ウ 本願発明によれば、粘度-温度特性と低温粘度特性とを高水準で両立することができ、蒸発特性及び省エネルギー性の点で優れた潤滑油基油及びその製造方法、並びに当該潤滑油基油を含有する潤滑油組成物が提供される、という効果を奏する(【0020】)。
(2) 「粘度-温度特性」・「低温粘度特性」・「蒸発特性」・「省エネルギー性」の影響因子について
前記(1)のとおり、本願発明は、「粘度-温度特性」と「低温粘度特性」とを高水準で両立することができ、「蒸発特性」及び「省エネルギー性」の点で優れた潤滑油基油等の提供を課題とするところ、本願明細書の【発明を実施するための最良の形態】(【0021】?【0097】)には、当該「粘度-温度特性」、「低温粘度特性」、「蒸発特性」あるいは「省エネルギー性」に影響を与える諸因子について詳述されており、それによると、これらの特性は、潤滑油基油に関する以下の物性や組成などと密接な関係があることを理解することができる。
・尿素アダクト値(【0023】)
・粘度指数(【0024】)
・シクロパラフィンの含有量、1環シクロパラフィンの含有量、2環以 上のシクロパラフィンの含有量、非環状パラフィンの含有量、非環状 パラフィンの含有量と1環シクロパラフィンの含有量との比率、非環 状パラフィンの含有量と2環以上のシクロパラフィンの含有量との比 率(【0025】、【0030】)
・飽和分の含有量、飽和分に占める環状飽和分の割合、イソパラフィン の割合【0056】?【0058】)
・芳香族分(【0064】)
・%C_(P)、%C_(N)、%C_(A)、%C_(P)/%C_(N)(【0066】?【006
9】)
・ρ15とρの大小関係(【0079】)
・APとAの大小関係(【0082】)
・NOACK蒸発量(【0084】)
・RBOT寿命(【0090】)
(3) 実施例について
本願明細書の【実施例】(【0098】?【0110】)には、WAX1?3を原料油とし、本願発明2あるいは3に係る製造方法により製造した、本願発明1に係る潤滑油基油が、従来の製造方法により製造された比較例とともに実施例として開示され、【表4】、【表5】には、当該潤滑油基油の組成・物性(尿素アダクト値、40℃における動粘度、粘度指数、シクロパラフィンの含有量をはじめ、飽和分の含有量、密度といった種々の組成・物性)が示されている。
ただし、当該【表4】、【表5】に、本願発明が規定する「飽和分に占める環状飽和分の割合」の具体的数値は掲載されていない。

4 本願発明の課題が解決できると認識できる範囲
前記3(2)のとおり、本願発明の課題に関連する潤滑油基油の「粘度-温度特性」、「低温粘度特性」、「蒸発特性」あるいは「省エネルギー性」は、「尿素アダクト値」、「40℃における動粘度」、「粘度指数」、「飽和分に占める環状飽和分の割合」及び「シクロパラフィンの含有量」のみならず、飽和分の含有量をはじめとする種々の因子(以下、単に「諸因子」という。)に影響されるものであることから、例え、新たな評価指標として導入された「尿素アダクト値」(後記「第5 1」参照)が、上記「低温粘度特性」の評価指標として優れたものであるとしても、当該「尿素アダクト値」、「40℃における動粘度」、「粘度指数」、「飽和分に占める環状飽和分の割合」及び「シクロパラフィンの含有量」のみに基づいて、潤滑油基油の「粘度-温度特性」と「低温粘度特性」とが高水準で両立し、「蒸発特性」及び「省エネルギー性」の点で優れたものであるかを評価することはできないと解するのが合理的である。
そして、本願明細書の実施例及び比較例の結果(【表4】、【表5】)をみても、その結果が「尿素アダクト値」、「40℃における動粘度」、「粘度指数」、「飽和分に占める環状飽和分の割合」及び「シクロパラフィンの含有量」のみを最適化したことに依るものであるか否か(「諸因子」に影響を受けないものであるか否か)は判然としない(そもそも【表4】、【表5】の諸データと本願発明の課題との関係についても正確に理解することができないし、当該【表4】、【表5】には、本願発明が規定する「飽和分に占める環状飽和分の割合」の具体的数値は示されていない。)。加えて、「尿素アダクト値」、「40℃における動粘度」、「粘度指数」、「飽和分に占める環状飽和分の割合」及び「シクロパラフィンの含有量」を最適化しさえすれば、当該「諸因子」についても必然的に最適化されることになり、結果として「諸因子」の最適化をことさら要しない、という技術常識も存しない。
そうすると、本願発明の課題に関連する上記「粘度-温度特性」、「低温粘度特性」、「蒸発特性」及び「省エネルギー性」は、単に「尿素アダクト値」、「粘度指数」及び「シクロパラフィンの含有量」のみを評価指標として評価し得るものではなく、「諸因子」にも照らして総合的に評価されるべきものであって、当該「尿素アダクト値」、「40℃における動粘度」、「粘度指数」、「飽和分に占める環状飽和分の割合」及び「シクロパラフィンの含有量」のみが最適化されていることをもって、潤滑油基油の「粘度-温度特性」と「低温粘度特性」とが高水準で両立し、「蒸発特性」及び「省エネルギー性」の点で優れたものであると判断することはできないというほかない(「諸因子」も最適化されてはじめて、潤滑油基油の「粘度-温度特性」と「低温粘度特性」とを高水準で両立し、「蒸発特性」及び「省エネルギー性」の点で優れたものとすることができる。)。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識を参酌して、当業者において、本願発明の課題が解決できると認識できる範囲は、「尿素アダクト値」、「40℃における動粘度」、「粘度指数」、「飽和分に占める環状飽和分の割合」及び「シクロパラフィンの含有量」はもとより、それ以外の上記「諸因子」についても最適化された潤滑油基油であって、「尿素アダクト値」、「40℃における動粘度」、「粘度指数」、「飽和分に占める環状飽和分の割合」及び「シクロパラフィンの含有量」のみが最適化されただけの潤滑油基油についてまで、本願発明の課題を解決できるものとして当業者が認識できるとはいえない。

5 本願発明のサポート要件適合性
本願発明は、前記2のとおり、「尿素アダクト値」、「40℃における動粘度」、「粘度指数」、「飽和分に占める環状飽和分の割合」及び「シクロパラフィンの含有量」を所定範囲にすることが特定された潤滑油基油(本願発明1)、これを製造するための製造方法(本願発明2、3)及びこれを含有する潤滑油組成物(本願発明4)であるが、前記4のとおり、当業者において、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、「尿素アダクト値」、「40℃における動粘度」、「粘度指数」、「飽和分に占める環状飽和分の割合」及び「シクロパラフィンの含有量」のみが最適化されただけの潤滑油基油であっても、本願発明の課題を解決できると認識するということはできない。
また、「尿素アダクト値」、「40℃における動粘度」、「粘度指数」、「飽和分に占める環状飽和分の割合」及び「シクロパラフィンの含有量」のみが最適化されただけの潤滑油基油であっても、本願発明の課題を解決できることを示す、本願の出願当時の技術常識の存在を認めるに足りる証拠もない。
したがって、本願発明の特許請求の範囲は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により、当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものということはできず、サポート要件を充足しないといわざるを得ない。

第5 実施可能要件についての当審の判断

1 「尿素アダクト値」の技術上の意義
本願発明は、「尿素アダクト値が4質量%以下」である点を発明特定事項とすることから、本願発明の実施にあたっては、当該「尿素アダクト値」をどのようにして所定範囲内に調整するか(尿素アダクト値の調整手法)が重要となる。
そこで、はじめに、本願発明における「尿素アダクト値」の技術上の意義について確認しておくと、本願明細書の記載から、当該「尿素アダクト値」は、(i)従来の水素化分解/水素化異性化による潤滑油基油の精製方法においては、当該水素化分解/水素化異性化により生成するイソパラフィンの中にも低温粘度特性に悪影響を及ぼす成分は含まれるが、従来の評価方法(流動点、凝固点、ノルマルパラフィン・イソパラフィン含有量などを評価指標としたもの)においてはその点について十分に認識されていないこと(【0011】)、(ii)本願発明における「尿素アダクト値」は、その測定において、尿素アダクト物として、イソパラフィンのうち低温粘度特性に悪影響を及ぼす成分、さらには潤滑油基油中にノルマルパラフィンが残存している場合の当該ノルマルパラフィンを精度よく且つ確実に捕集することができるため、潤滑油基油の低温粘度特性の評価指標として優れており、また、当該尿素アダクト物の主成分は、GC及びNMRを用いた分析により、ノルマルパラフィン及び主鎖の末端から分岐位置までの炭素数が6以上であるイソパラフィンの尿素アダクト物であることを確認していること(【0012】)、を踏まえ、潤滑油基油の低温粘度特性を評価する優れた評価指標であるとして導入されたものであることを理解することができる。
このように、「尿素アダクト値」は、従来認識されていなかった「イソパラフィンのうち低温粘度特性に悪影響を及ぼす成分」及び「潤滑油基油中に残存しているノルマルパラフィン」(具体的にはノルマルパラフィン及び主鎖の末端から分岐位置までの炭素数が6以上であるイソパラフィン)を定量化することができるという点において、その技術上の意義を有するということができる。

2 「尿素アダクト値」を4質量%以下に調整する手法について
前記1に照らすと、「尿素アダクト値」を4質量%以下に調整するということは、とりもなおさず、潤滑油基油中に存在する、「ノルマルパラフィン」及び「主鎖の末端から分岐位置までの炭素数が6以上であるイソパラフィン」(以下、単に「特定イソパラフィン」という。)の含有量を所定量に調整することにほかならないから、本願発明が実施可能要件に適合するというためには、本願明細書の記載及び本願の出願当時の技術常識に基づき、当業者が、これらノルマルパラフィンと特定イソパラフィンの含有量を(さらには「40℃における動粘度が14.5?17mm^(2)/s」、「粘度指数が130以上」、「飽和分に占める環状飽和分の割合が0.1?50質量%」、「シクロパラフィンの含有量が飽和分全量基準で30?60質量%」という条件下で)調整することができる必要がある。

3 発明の詳細な説明の記載
(1) 前記ノルマルパラフィンと特定イソパラフィンの含有量の調整手法に着目しながら、本願明細書の発明の詳細な説明を仔細にみると、潤滑油基油の製造方法に関しては、【0016】、【0017】、【0031】?【0054】において詳述され、【実施例】の項においてその具体例が示されていることが分かる。
しかしながら、これらの記載を参酌しても、潤滑油基油の製造に際し、どのような条件を選択すれば、「40℃における動粘度が14.5?17mm^(2)/s」、「粘度指数が130以上」、「飽和分に占める環状飽和分の割合が0.1?50質量%」、「シクロパラフィンの含有量が飽和分全量基準で30?60質量%」という条件下で、ノルマルパラフィンと特定イソパラフィンの含有量を調整することができるのかを、理解することはできない。
すなわち、【0038】には、水素化分解/水素化異性化工程に関し、
・「上記の原料油について、得られる被処理物が上記条件(i)?(iii)を満たすように、水素化分解/水素化異性化を行う工程を経ることによって、本発明の潤滑油基油を得ることができる。水素化分解/水素化異性化工程は、得られる被処理物の尿素アダクト値及び粘度指数が上記条件を満たせば特に制限されない。本発明における好ましい水素化分解/水素化異性化工程は、
ノルマルパラフィンを含有する原料油について、水素化処理触媒を用いて水素化処理する第1工程と、
第1工程により得られる被処理物について、水素化脱ロウ触媒を用いて水素化脱ロウする第2工程と、
第2工程により得られる被処理物について、水素化精製触媒を用いて水素化精製する第3工程と
を備える。」(下線は当審が付したもの。以下同じ。)
と記載されるものの、ノルマルパラフィンと特定イソパラフィンの含有量を調整するための、具体的な指針となるような教示は見当たらない。
同様に、【0039】、【0042】には、上記「第1工程」に関し、
・「なお、従来の水素化分解/水素化異性化においても、水素化脱ロウ触媒の被毒防止のための脱硫・脱窒素を目的として、水素化脱ロウ工程の前段に水素化処理工程が設けられることはある。これに対して、本発明における第1工程(水素化処理工程)は、第2工程(水素化脱ロウ工程)の前段で原料油中のノルマルパラフィンの一部(例えば10質量%程度、好ましくは1?10質量%)を分解するために設けられたものであり、当該第1工程においても脱硫・脱窒素は可能であるが、従来の水素化処理とは目的を異にする。かかる第1工程を設けることは、第3工程後に得られる被処理物(潤滑油基油)の尿素アダクト値を確実に4質量%以下とする上で好ましい。」
・「水素化処理条件に関し、処理温度は、好ましくは150?450℃、より好ましくは200?400℃であり、水素分圧は、好ましくは1400?20000kPa、より好ましくは2800?14000kPaであり、液空間速度(LHSV)は、好ましくは0.1?10hr^(-1)、より好ましく0.1?5hr^(-1)であり、水素/油比は、好ましくは50?1780m^(3)/m^(3)、より好ましくは89?890m^(3)/m^(3)である。なお、上記の条件は一例であり、第3工程後に得られる被処理物の尿素アダクト値及び粘度指数がそれぞれ上記条件を満たすための第1工程における水素化処理条件は、原料、触媒、装置等の相違に応じて適宜選定することが好ましい。」
と記載されるものの、上記の具体的な指針について教示するといえる程のものではない。
上記「第2工程」及び「第3工程」について説明された【0049】、【0053】をみても同様である。
さらに、実施例をみると、【0099】?【0107】には、
・「[実施例1]
実施例1においては、まず、溶剤精製基油を精製する工程において減圧蒸留で分離した留分を、フルフラールで溶剤抽出した後で水素化処理し、次いで、メチルエチルケトン-トルエン混合溶剤で溶剤脱ろうした。溶剤脱ろうの際に除去され、スラックワックスとして得られたワックス分(以下、「WAX1」という。)を、潤滑油基油の原料油として用いた。・・・
次に、WAX1を原料油とし、水素化処理触媒を用いて水素化処理を行った。このとき、原料油の分解率が5質量%以上かつ、被処理油の硫黄分が10質量ppm以下となるように反応温度および液空間速度を調整した。・・・
次に、上記の水素化処理により得られた被処理物について、貴金属含有量0.1?5重量%に調整されたゼオライト系水素化脱ロウ触媒を用い、315℃?325℃の温度範囲で水素化脱ロウを行った。
更に、上記の水素化脱ロウにより得られた被処理物(ラフィネート)について、水素化生成触媒を用いて水素化精製を行った。その後蒸留により軽質分および重質分を分離して、表4に示す組成及び性状を有する潤滑油基油を得た。
・・・
[実施例2]
実施例2においては、WAX1をさらに脱油して得られたワックス分(以下、「WAX2」という。)を、潤滑油基油の原料として用いた。・・・
次に、WAX1の代わりにWAX2を用いたこと以外は実施例1と同様にして、水素化処理、水素化脱ロウ、水素化精製及び蒸留を行い、表4に示す組成及び性状を有する潤滑油基油を得た。・・・
[実施例3]
実施例3においては、パラフィン含量が95質量%であり、20から80までの炭素数分布を有するFTワックス(以下、「WAX3」という。)を用いた。・・・
次に、WAX1の代わりにWAX3を用いたこと以外は実施例1と同様にして、水素化処理、水素化脱ロウ、水素化精製及び蒸留を行い、表4に示す組成及び性状を有する潤滑油基油を得た。」
と記載されるものの、具体的にどのような条件を選択すれば、ノルマルパラフィンと特定イソパラフィンの含有量を調整することができるのかを、当該実施例の記載から当業者が理解することは困難である。
(2) さらにいうと、本願発明は、「飽和分に占める環状飽和分の割合が0.1?50質量%」、「シクロパラフィンの含有量が飽和分全量基準で30?60質量%」であるとも特定していることから、前記ノルマルパラフィンと特定イソパラフィンの含有量を調整するにあたっては、「飽和分に占める環状飽和分の割合が0.1?50質量%」、「シクロパラフィンの含有量が飽和分全量基準で30?60質量%」という条件をも満足しなければならない。
しかしながら、本願明細書記載の実施例は、いずれも原料油としてワックスを用いていることから、当該原料油中の飽和分に占める環状飽和分の割合及びシクロパラフィンの含有量はもともと少ないことが予想される。それにもかかわらず、当該実施例の水素化分解/水素化異性化工程において、「飽和分に占める環状飽和分の割合が0.1?50質量%」、「シクロパラフィンの含有量が飽和分全量基準で30?60質量%」としながら、かつ、上記ノルマルパラフィンと特定イソパラフィンの含有量を所定量に調整することが実現できているのは、その工程に何らかの工夫があったからにほかならないところ、本願明細書には、その工程上の工夫点について当業者が理解できるように説明されているとは到底いえない。

4 本願明細書の実施可能要件適合性
前記3のとおり、当業者は、本願明細書の記載により、ノルマルパラフィンと特定イソパラフィンの含有量を調整する手法を理解することはできない(ノルマルパラフィン含有量などに影響される「粘度指数を130以上」とし、かつ、「40℃における動粘度が14.5?17mm^(2)/s」、「飽和分に占める環状飽和分の割合が0.1?50質量%」、「シクロパラフィンの含有量が飽和分全量基準で30?60質量%」という条件下で、当該調整を行うことはなおのこと困難であるといえる。)。
そして、当業者であれば当該調整を行い得ることを示す、本願の出願当時の技術常識の存在を認めるに足りる証拠もない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということはできず、実施可能要件に適合しないといわざるを得ない。

第6 審判請求人の主張について

審判請求人は、平成29年3月6日提出の意見書の「(3-1)サポート要件について」の項目において、特願2008-261071号に係る平成28年(行ケ)第10042号審決取消請求事件(平成28年11月30日判決言渡)の判決文を引用しながら、本願のサポート要件適合性について主張するが、当該判決が、本件審判事件を拘束するものではないことはもとより、当該判決に係る出願の明細書及び特許請求の範囲の記載と、本願明細書及び特許請求の範囲の記載とは、発明が解決しようとする課題をはじめとして、記載内容が異なるのであるから、当該判決の説示に基づく主張は、当を得たものとはいえない。
また、審判請求人は、上記意見書の「(3-2)実施可能要件について」の項目において、「尿素アダクト値」は、脱ろう条件の緩厳(緩くすれば値は上昇)により調整可能である旨釈明するが(【0023】参照)、例えば、特願2014-158762号(特開2014-205860号)の明細書の実施例3と実施例6(実施例3の脱ろう条件を緩和した態様)における尿素アダクト値の数値は、上記説明と齟齬する結果となっているから、上記主張をそのまま受け入れることはできない。
以上のとおりであるから、上記意見書における審判請求人の主張は、前記「第4」及び「第5」において説示した、当審のサポート要件及び実施可能要件についての判断を左右するものではない。

第7 むすび

以上のとおり、本願は、特許法第36条第6項第1号及び同条第4項第1項に規定する要件を満たしていないから、同法第49条第4号に該当するため、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-05-31 
結審通知日 2017-06-06 
審決日 2017-06-19 
出願番号 特願2008-261070(P2008-261070)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (C10M)
P 1 8・ 537- WZ (C10M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 澤村 茂実  
特許庁審判長 冨士 良宏
特許庁審判官 豊永 茂弘
日比野 隆治
発明の名称 潤滑油基油及びその製造方法、潤滑油組成物  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 池田 正人  
代理人 黒木 義樹  
代理人 平野 裕之  
代理人 城戸 博兒  
代理人 清水 義憲  

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