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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  G03F
審判 全部申し立て 2項進歩性  G03F
管理番号 1331207
異議申立番号 異議2016-701110  
総通号数 213 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-09-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-11-30 
確定日 2017-07-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5928453号発明「感光性導電ペーストおよび導電パターンの製造方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第5928453号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1ないし6,9〕,〔7,10,11〕について訂正することを認める。 特許第5928453号の請求項1ないし11に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5928453号(請求項の数9。以下,「本件特許」という。)に係る出願は,平成25年3月4日(優先権主張 平成24年3月28日)を国際出願日とする出願であって,平成28年5月13日に特許権の設定登録がされたものである(同年6月1日特許掲載公報の発行)。
これに対し,同年11月30日に特許異議申立人より本件特許の請求項1ないし9に係る特許について特許異議の申立てがされ,平成29年2月21日付けで特許権者に取消理由が通知され,同年4月19日に特許権者より意見書が提出されるとともに訂正の請求(以下,当該訂正の請求を「本件訂正請求」といい,本件訂正請求による訂正を「本件訂正」という。)がされた。
なお,平成29年6月9日に特許異議申立人より意見書が提出されている。


第2 本件訂正の適否についての判断
1 本件訂正の内容
(1)訂正前後の記載
本件訂正請求は,本件特許の特許請求の範囲を,訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項1ないし7及び9ないし11について訂正することを求めるものであるところ,訂正後の請求項1ないし7及び9ないし11に対応する訂正前の請求項1ないし7及び9は一群の請求項を構成しているから,本件訂正請求は一群の請求項ごとに請求するものである。
しかるに,本件訂正前後の明細書及び特許請求の範囲の記載は次のとおりである。(下線は訂正箇所を示す。)
ア 本件訂正前の特許請求の範囲の記載
「【請求項1】
ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A),光重合開始剤(B),および導電フィラー(C)を含む感光性導電ペーストであって,
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)がビスフェノールA骨格,ビスフェノールF骨格,ビフェニル骨格,または,水添ビスフェノールA骨格を有し,
前記導電フィラー(C)はAg,Au,Cu,Pt,Pb,Sn,Ni,Al,W,Mo,酸化ルテニウム,Cr,Ti,およびインジウムの少なくとも1種を含むものである感光性導電ペースト。
【請求項2】
導電フィラー(C)が感光性導電ペーストの全固形分に対し70?95重量%である請求項1記載の感光性導電ペースト。
【請求項3】
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)がカルボキシル基を有する請求項1または2記載の感光性導電ペースト。
【請求項4】
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)の酸価が40?250mgKOH/gの範囲内である請求項1?3いずれかに記載の感光性導電ペースト。
【請求項5】
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)が不飽和二重結合を含む請求項1?4のいずれかに記載の感光性導電ペースト。
【請求項6】
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)のガラス転移温度が-10?60℃の範囲内である請求項1?5のいずれかに記載の感光性導電ペースト。
【請求項7】
さらにジカルボン酸またはその酸無水物(D)を含む請求項1?6のいずれかに記載の感光性導電ペースト。
【請求項8】
ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A),光重合開始剤(B),および導電フィラー(C)を含む感光性導電ペーストであって,
さらに,ジカルボン酸またはその酸無水物(D)を含む感光性導電ペースト。
【請求項9】
請求項1?8のいずれかに記載の感光性導電ペーストを基板上に塗布し,乾燥し,露光し,現像した後に100℃以上300℃以下の温度でキュアする導電パターンの製造方法。」

イ 本件訂正後の特許請求の範囲の記載
「【請求項1】
ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A),光重合開始剤(B),および導電フィラー(C),さらにジカルボン酸またはその酸無水物(D)を含む感光性導電ペーストであって,
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)がビスフェノールA骨格,ビスフェノールF骨格,ビフェニル骨格,または,水添ビスフェノールA骨格を有し,
前記導電フィラー(C)はAg,Au,Cu,Pt,Pb,Sn,Ni,Al,W,Mo,酸化ルテニウム,Cr,Ti,およびインジウムの少なくとも1種を含むものである感光性導電ペースト。
【請求項2】
導電フィラー(C)が感光性導電ペーストの全固形分に対し70?95重量%である請求項1記載の感光性導電ペースト。
【請求項3】
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)がカルボキシル基を有する請求項1または2記載の感光性導電ペースト。
【請求項4】
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)の酸価が40?250mgKOH/gの範囲内である請求項1?3いずれかに記載の感光性導電ペースト。
【請求項5】
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)が不飽和二重結合を含む請求項1?4のいずれかに記載の感光性導電ペースト。
【請求項6】
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)のガラス転移温度が-10?60℃の範囲内である請求項1?5のいずれかに記載の感光性導電ペースト。
【請求項7】
ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A),光重合開始剤(B),および導電フィラー(C)を含む感光性導電ペーストであって,
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)がビスフェノールA骨格,ビスフェノールF骨格,ビフェニル骨格,または,水添ビスフェノールA骨格を有し,
前記導電フィラー(C)はAg,Au,Cu,Pt,Pb,Sn,Ni,Al,W,Mo,酸化ルテニウム,Cr,Ti,およびインジウムの少なくとも1種を含むものであり,
さらにジカルボン酸またはその酸無水物(D)を含む感光性導電ペースト。
【請求項8】
ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A),光重合開始剤(B),および導電フィラー(C)を含む感光性導電ペーストであって,
さらに,ジカルボン酸またはその酸無水物(D)を含む感光性導電ペースト。
【請求項9】
請求項1?6のいずれかに記載の感光性導電ペーストを基板上に塗布し,乾燥し,露光し,現像した後に100℃以上300℃以下の温度でキュアする導電パターンの製造方法。
【請求項10】
請求項7に記載の感光性導電ペーストを基板上に塗布し,乾燥し,露光し,現像した後に100℃以上300℃以下の温度でキュアする導電パターンの製造方法。
【請求項11】
請求項8に記載の感光性導電ペーストを基板上に塗布し,乾燥し,露光し,現像した後に100℃以上300℃以下の温度でキュアする導電パターンの製造方法。」

(2)訂正事項
本件訂正は,次の訂正事項からなる。
ア 訂正事項1
請求項1に「導電フィラー(C)を含む」とあるのを,「導電フィラー(C),さらにジカルボン酸またはその酸無水物(D)を含む」に訂正する。

イ 訂正事項2
請求項7に「さらに」とあるのを,「ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A),光重合開始剤(B),および導電フィラー(C)を含む感光性導電ペーストであって,前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)がビスフェノールA骨格,ビスフェノールF骨格,ビフェニル骨格,または,水添ビスフェノールA骨格を有し,前記導電フィラー(C)はAg,Au,Cu,Pt,Pb,Sn,Ni,Al,W,Mo,酸化ルテニウム,Cr,Ti,およびインジウムの少なくとも1種を含むものであり,さらに」に訂正するとともに,「酸無水物(D)を含む請求項1?6のいずれかに記載の感光性導電ペースト」とあるのを「酸無水物(D)を含む感光性導電ペースト」に訂正する。

ウ 訂正事項3
請求項9に「請求項1?8のいずれかに記載の感光性導電ペースト」とあるのを,「請求項1?6のいずれかに記載の感光性導電ペースト」に訂正する。

エ 訂正事項4
「請求項7に記載の感光性導電ペーストを基板上に塗布し,乾燥し,露光し,現像した後に100℃以上300℃以下の温度でキュアする導電パターンの製造方法。」なる請求項10を追加する。

オ 訂正事項5
「請求項8に記載の感光性導電ペーストを基板上に塗布し,乾燥し,露光し,現像した後に100℃以上300℃以下の温度でキュアする導電パターンの製造方法。」なる請求項11を追加する。

2 訂正の目的の適否について
訂正事項1は,訂正前の請求項1について,感光性導電ペーストがジカルボン酸またはその酸無水物(D)を含むことを限定する訂正であるから(これに伴って請求項1を引用する形式で記載された訂正後の請求項2ないし6及び9にも同じ限定が付されることになる。),特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
また,訂正事項2は,請求項1ないし6の記載を引用する形式で記載されていた訂正前の請求項7を,独立形式の記載に改める訂正であって,当該訂正の前後で,請求項7の内容に何ら変更は生じていないから,同4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものに該当する。
また,訂正事項3ないし5は,請求項1ないし8の記載を引用する形式で記載されていた請求項9のうち,請求項1ないし6の記載を引用するものを訂正後の請求項9とし,請求項7の記載を引用するものを新たな請求項10とし,請求項8の記載を引用するものを新たな請求項11とするものであって,当該訂正の前後で請求項の内容に何ら変更は生じていないから(訂正後の請求項9に訂正事項1による限定事項は付加されているが,訂正事項3ないし5自体による内容の変更はない。),同4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものに該当する。
したがって,本件訂正は特許法120条の5第2項ただし書1号及び4号に掲げる事項を目的とするものである。

3 新規事項の追加の有無について
訂正事項1により付加される限定事項は,訂正前の請求項7に記載された事項であるから,本件訂正前の願書に添付された明細書,特許請求の範囲及び図面(特許された時点での明細書,特許請求の範囲及び図面である。以下,本件訂正前の願書に添付された明細書,特許請求の範囲及び図面を総称して「特許明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてするものである。
また,前記2で述べたように,訂正事項2ないし5による訂正の前後で,各請求項の内容に何ら変更は生じていないから,特許明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであることは明らかである。
したがって,本件訂正は,特許法120条の5第9項において準用する同法126条5項の規定に適合する。

4 特許請求の範囲の実質的拡張・変更の存否について
訂正事項1ないし5が,いずれも,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでないことは明らかであるから,本件訂正は,特許法120条の5第9項において準用する同法126条6項の規定に適合する。

5 小括
前記2ないし4のとおりであって,本件訂正は特許法120条の5第2項ただし書1号及び4号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するので,本件訂正請求は適法になされたものである。
しかるに,特許権者は,訂正後の請求項7,10及び11について訂正が認められるときは請求項1ないし6及び9とは別の訂正単位として扱われることを求めているところ,訂正後の請求項7,10及び11に係る訂正事項2,4及び5は,引用関係の解消を目的とする訂正であって,その訂正は認められるものであるから,訂正後の請求項〔1ないし6,9〕,〔7,10,11〕について請求項ごとに訂正することを認める。


第3 特許異議の申立てについて
1 本件特許の請求項1ないし11に係る発明
前記第2 5で述べたとおり,本件訂正は適法になされたものであるから,本件特許の請求項1ないし11に係る発明(以下,それぞれを「本件特許発明1」ないし「本件特許発明11」といい,これらを総称して「本件特許発明」という。)は,それぞれ,前記第2 1(1)イにおいて,本件訂正後の特許請求の範囲の記載として示した請求項1ないし11に記載された事項により特定されるとおりのものと認める。

2 平成29年2月21日付け取消理由通知の概要
平成29年2月21日付け取消理由通知により通知された取消理由(以下,当該取消理由を「本件取消理由」といい,平成29年2月21日付け取消理由通知を「本件取消理由通知」という。)は,概略次のとおりである。

取消理由1:本件特許の請求項1,3及び5(決定注:本件訂正前の請求項1,3及び5である。後述する取消理由2及び3についても同様。)に係る発明は,甲1(特開2005-187637号公報)に記載された発明と実質的に同一であり,特許法29条1項3号に該当するから,その特許は同項の規定に違反してされたものである。

取消理由2:本件特許の請求項1,3ないし6及び9に係る発明は,甲1に記載された発明(及び周知技術)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,その特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものである。

取消理由3:本件特許の請求項1ないし5に係る発明は,甲7(特開2004-292802号公報)に記載された発明(及び周知技術)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,その特許は特許法得29条2項の規定に違反してされたものである。

3 取消理由1及び2の成否についての判断
(1)甲1
ア 甲1の記載
甲1(特開2005-187637号公報)は,本件特許の優先権主張の日(以下,「本件特許の優先日」という。)より前に頒布された刊行物であって,当該甲1には,次の記載がある。(下線は,後述する甲1発明の認定に特に関係する箇所を示す。)
(ア) 「【請求項1】
被覆導電性微粒子と硬化性樹脂組成物とからなる異方導電性接着剤であって,硬化前における抽出水イオン伝導度が50μS/cm以下であることを特徴とする異方導電性接着剤。
【請求項2】
被覆導電性微粒子は,導電性の金属からなる表面を有する粒子と,前記粒子の表面を被覆する絶縁粒子とからなるものであって,溶出試験後のイオン濃度が10ppm以下であることを特徴とする請求項1記載の異方導電性接着剤。
【請求項3】
絶縁粒子は,導電性の金属に対して結合性を有する官能基(A)を介して導電性の金属からなる表面を有する粒子の表面に結合することにより,前記粒子を部分的に被覆していることを特徴とする請求項2記載の異方導電性接着剤。
【請求項4】
絶縁粒子は,硬化性樹脂組成物中の官能基と化学結合可能な官能基を有することを特徴とする請求項2又は3記載の異方導電性接着剤。
【請求項5】
硬化性樹脂組成物は,エポキシ基及び/又は(メタ)アクリル基を有する硬化性樹脂と,硬化剤及び/又はラジカル重合開始剤とを含有することを特徴とする請求項4記載の異方導電性接着剤。
・・・(中略)・・・
【請求項10】
硬化性樹脂組成物は,1分子内に(メタ)アクリル基とエポキシ基とをそれぞれ少なくとも1つ以上有する化合物を主成分とすることを特徴とする請求項8又は9記載の異方導電性接着剤。」

(イ) 「【技術分野】
【0001】
本発明は,液晶基板の導電接続に用いたときに,液晶中への成分の流出が少なく液晶を汚染しない異方導電性接着剤,液晶表示素子用上下導通材料及び液晶表示素子に関する。
【背景技術】
【0002】
通常,液晶表示セル等の液晶表示素子は,2枚の電極付の透明基板を,所定の間隔をおいて対向させ,その周囲をシール剤で封着してセルを形成し,その一部に設けられた液晶注入口からセル内に液晶を注入し,その液晶注入口をシール剤又は封口剤を用いて封止することにより作製されている。このとき,2枚の基板同士を導電接続する場合には,透明基板の貼り合わせ時に異方導電性接着剤からなる上下導通材料が用いられる。このような異方導電性接着剤としては,例えば,導電性微粒子と硬化性樹脂組成物とからなるもの等が挙げられる。
【0003】
しかし,通常異方導電性接着剤に用いられている硬化性樹脂組成物は,液晶材料と近い極性値を示す傾向があり,両者は親和しやすい性質を持つ。従って,このような異方導電性接着剤によって組み立てられた液晶表示素子では,液晶中に硬化性樹脂組成物の成分が溶出し,上下導通材料の周辺部に液晶の配向乱れが生じ,色むら等の表示不良を引き起こすことがある。とりわけ,近年提案されている滴下工法により液晶表示装置を製造する場合には,未硬化の硬化性樹脂組成物が直接液晶と接する工程があることから,このような硬化性樹脂組成物成分による液晶汚染が大きな問題となっていた。
【0004】
また,硬化後の異方導電性接着剤に含まれる未反応の重合開始剤,硬化剤等の残存物;塩素等のイオン性不純物も問題となっている。近年の液晶パネルはモバイル用途等の低消費電力化により,液晶の駆動電圧の低いもの(低電圧型液晶)を使用する傾向にある。この低電圧型液晶は,特に誘電率異方性が大きいため不純物を取り込みやすく,配向の乱れや電圧保持率の経時低下を引き起こすやすくなっている。すなわち,異方導電性接着剤に含まれる未反応の重合開始剤,硬化後開始剤等の残存物;塩素等のイオン性不純物が液晶に取り込まれることにより,配向の乱れや電圧保持率の経時低下を引き起こされることが問題になっていた。
【0005】
これに対して,異方導電性接着剤に含まれる重合開始剤量を減らしたり,重合開始剤を高分子量化したりするといった手法が検討されている。しかしながら,このような方法では,充分に液晶への溶出が押さえられないばかりでなく,反応性が低下し,硬化に多くの光量が必要になり,液晶に悪影響を与えるといった問題があった。
また,イオン性不純物に対しては,特許文献1等には,液晶封止用シール剤及びその原料物質を水や有機溶媒で洗浄し,減圧乾燥させることにより,イオン性不純物を取り除く方法が開示されている。この方法を異方導電性接着剤に応用することも考えられた。しかしながら,このような方法は作業が非常に煩雑であることに加え,洗浄された異方導電性接着剤の乾燥が不充分な場合には溶剤が残留したり,乾燥工程においての減圧時ゲル化等が起ったりするという問題があった。
【0006】
一方,近年,上下導通用異方導電性接着剤に用いられる導電性微粒子としては,隣接する導電性微粒子間のリークを防止するために,表面を絶縁樹脂で被覆したものが用いられるようになってきた。しかしながら,通常の絶縁被覆では,被覆層の厚み,被覆密度の制御が困難であり,導通不良やリークを起こすといった問題があった。また,被覆導電性微粒子中に含有されるイオンより,液晶に悪影響を及ぼすといった問題が起こっている。
・・・(中略)・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は,上記現状に鑑み,液晶基板の導電接続に用いたときに,液晶中への成分の流出が少なく液晶を汚染しない異方導電性接着剤,液晶表示素子用上下導通材料及び液晶表示素子を提供することを目的とする。」

(ウ) 「【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は,被覆導電性微粒子と硬化性樹脂組成物とからなる異方導電性接着剤であって,硬化前における抽出水イオン伝導度が50μS/cm以下である異方導電性接着剤である。
以下に本発明を詳述する。
【0010】
本発明の異方導電性接着剤は,液晶表示素子用上下導通材料として用いた場合に硬化前の状態で液晶と接触することもあることから,硬化前においても液晶への成分の混入をできる限り抑制することが重要である。
即ち,本発明の異方導電性接着剤は,硬化前における抽出水イオン伝導度が50μS/cm以下である。50μS/cmを超えると,本発明の異方導電性接着剤がイオン性の不純物を含有していることを意味し,本発明の異方導電性接着剤を液晶表示素子用上下導通材料として用いた場合にイオン性不純物が液晶中に溶出し,液晶駆動電圧に影響を与え,表示ムラの原因となる。好ましくは30μS/cm以下である。
なお,上記抽出水イオン伝導度は,本発明の異方導電性接着剤12.5gを溶媒12.5gに溶解させ,その溶液を純水50mLで抽出し,その純水の伝導率を導電率計(例えば,堀場製作所社製「ES-12」等)を用いて測定することにより得ることができる。
【0011】
このような性能を有する異方導電性接着剤は,特に限定されないが,以下に説明する被覆導電性微粒子と硬化性樹脂組成物とを用いることにより得ることができる。
上記被覆導電性微粒子は,導電性の金属からなる表面を有する粒子(以下,金属表面粒子ともいう)と,上記金属表面粒子の表面を被覆する絶縁粒子とからなるものであることが好ましい。
【0012】
上記金属表面粒子の表面を被覆する金属としては,導電性を有するものであれば特に限定されず,例えば,金,白金,銀,銅,鉄,ニッケル,アルミニウム,クロム,亜鉛,錫,鉛,コバルト,インジウム,チタン,アンチモン,ビスマス,ゲルマニウム,カドミウム,珪素等の金属;錫ドープ酸化インジウム(ITO),ハンダ等の金属化合物等が挙げられる。なかでも,抵抗値が低いことから,金が好適に用いられる。
【0013】
上記金属表面粒子は,その最表層が上記導電性の金属からなるものであれば特に限定されず,例えば,上記導電性の金属のみからなる粒子であってもよく,有機又は無機材料からなるコア粒子の表面に,蒸着,メッキ,塗布等により上記導電性の金属の層が形成されたものであってもよい。
・・・(中略)・・・
【0015】
上記金属表面粒子の表面を被覆する絶縁粒子としては特に限定されず,例えば,(不)飽和炭化水素,芳香族炭化水素,(不)飽和脂肪酸,芳香族カルボン酸,(不)飽和ケトン,芳香族ケトン,(不)飽和アルコール,芳香族アルコール,(不)飽和アミン,芳香族アミン,(不)飽和チオール,芳香族チオール,有機珪素化合物,これらの誘導体,これらの1種以上からなる縮合体,及び,これらの1種以上からなる重合体等が挙げられる。
・・・(中略)・・・
【0020】
上記絶縁粒子は,導電性の金属に対して結合性を有する官能基(A)を介して上記金属表面粒子の表面に結合されていることが好ましい。なかでも上記金属に対して結合性を有する官能基(A)を介して上記金属表面粒子と絶縁粒子とが化学結合されていることが好ましい。化学結合されることにより,物理吸着力や静電気力のみによる結合に比べて結合力が強く,後述する硬化性樹脂組成物に混練する際に上記絶縁粒子が剥がれ落ちたり,導電接続時に隣接粒子との接触により上記絶縁粒子が剥がれ落ちてリークが起こったりするのを防ぐことができる。また,この化学結合は金属表面粒子と絶縁粒子との間にのみ形成され,絶縁粒子同士が結合することはないので,絶縁粒子による被覆層は単層となる。
・・・(中略)・・・
【0025】
本発明では,上記金属表面粒子の表面が完全に上記絶縁粒子によって覆われていてもよいが,部分的に被覆されることが好ましい。部分的に被覆されていることにより,上記被覆導電性微粒子を液晶表示素子用上下導通材料として用いる場合に,確実な導通を行うことができる。すなわち,隣接する被覆導電性微粒子間では上記絶縁粒子により確実に絶縁するとともに,上下方向には熱圧着することにより容易に絶縁粒子が変形又は排除され金属表面粒子の金属表面が露出し確実に導通することができ,高い接続信頼性が得られる。
【0026】
上記絶縁粒子によって上記金属表面粒子の表面を部分的に被覆する場合における,上記絶縁粒子で被覆される面積としては,被覆させる絶縁粒子の分子量,構造,厚さ等により変動し特に限定されないが,一般的に好ましい下限は金属の表面積の5%,好ましい上限は90%である。この範囲であると上記被覆導電性微粒子を液晶表示素子用上下導通材料として用いる場合に,隣接する被覆導電性微粒子間での絶縁性が確保され,かつ,上記被覆導電性微粒子を電極間で圧着する際に導通が発現される。より好ましい上限は50%である。
・・・(中略)・・・
【0032】
また,上記絶縁粒子は,後述する硬化性樹脂組成物中の官能基と化学結合可能な官能基を有することが好ましい。・・・(中略)・・・
【0034】
本発明の異方導電性接着剤に用いる硬化性樹脂組成物は,エポキシ基及び/又は(メタ)アクリル基を有する硬化性樹脂と,硬化剤及び/又はラジカル重合開始剤とを含有することが好ましい。
【0035】
上記硬化性樹脂は,1分子内に(メタ)アクリル基とエポキシ基とをそれぞれ少なくとも1つ以上有する化合物を主成分とすることが好ましい。1分子内に(メタ)アクリル基又はエポキシ基のみを有する化合物を含有してもよい。このような化合物を硬化性樹脂として用いることにより,得られる本発明の異方導電性接着剤は,光硬化と熱硬化との併用タイプとすることができ,予め光硬化で仮留めした後,熱硬化で完全に硬化させることにより,従来の熱硬化の異方導電性接着剤と比較してギャップ精度が優れた液晶表示素子を作製することができる。
なお,本明細書において(メタ)アクリル酸とは,アクリル酸又はメタクリル酸のことをいう。
【0036】
上記1分子内に(メタ)アクリル基とエポキシ基とをそれぞれ少なくとも1つ以上有する化合物としては特に限定されず,例えば,(メタ)アクリル酸変性エポキシ樹脂,ウレタン変性(メタ)アクリルエポキシ樹脂等が挙げられる。・・・(中略)・・・
【0039】
上記ウレタン変性(メタ)アクリルエポキシ樹脂は,例えば,以下の方法によって得られるものである。すなわち,ポリオールと2官能以上のイソシアネートとを反応させ,更にこれに水酸基を有する(メタ)アクリルモノマー及びグリシドールを反応させる方法;ポリオールを用いずに2官能以上のイソシアネートに水酸基を有する(メタ)アクリルモノマーやグリシドールを反応させる方法;イソシアネート基を有する(メタ)アクリレートにグリシドールを反応させる方法等により作製することができる。具体的には,例えば,まずトリメチロールプロパン1モルとイソホロンジイソシアネート3モルとをスズ系触媒下で反応させ,得られた化合物中に残るイソシアネート基と,水酸基を有するアクリルモノマーであるヒドロキシエチルアクリレート及び水酸基を有するエポキシであるグリシドールとを反応させることにより作製することができる。
【0040】
・・・(中略)・・・上記イソシアネートとしては,2官能以上であれば特に限定されず,例えば,イソホロンジイソシアネート,2,4-トリレンジイソシアネート,2,6-トリレンジイソシアネート,ヘキサメチレンジイソシアネート,トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート,ジフェニルメタン-4,4’-ジイソシアネート(MDI),水添MDI,ポリメリックMDI,1,5-ナフタレンジイソシアネート,ノルボルナンジイソシネート,トリジンジイソシアネート,キシリレンジイオシアネート(XDI),水添XDI,リジンジイソシアネート,トリフェニルメタントリイソシアネート,トリス(イソシアネートフェニル)チオフォスフェート,テトラメチルキシレンジイソシアネート,1,6,10-ウンデカントリイソシアネート等が挙げられる。
【0041】
上記水酸基を有する(メタ)アクリルモノマーとしては特に限定されず,例えば,分子内に水酸基を1つ有するモノマーとしては,ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート,ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート,ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート等が挙げられ,分子内に水酸基を2つ以上有するモノマーとしては,ビスフェノールA変性エポキシ(メタ)アクリレート等のエポキシ(メタ)アクリレートが挙げられる。これらは,単独で用いても,2種以上を併用してもよい。
・・・(中略)・・・
【0043】
上記1分子内に(メタ)アクリル基とエポキシ基とをそれぞれ少なくとも1つ以上有する化合物は,液晶との相溶性を低め汚染を無くす点で水酸基及び/又はウレタン結合を有することが好ましい。
上記1分子内に(メタ)アクリル基とエポキシ基とをそれぞれ少なくとも1つ以上有する化合物は,ビフェニル骨格,ナフタレン骨格,ビスフェノール骨格,ノボラック型エポキシ樹脂の部分(メタ)アクリル化物より選択される少なくとも1つの分子骨格を有することが好ましい。これにより,得られる硬化性樹脂組成物の耐熱性が向上する。
・・・(中略)・・・
【0052】
上記ラジカル重合開始剤としては,熱又は光によって重合反応可能なラジカルを生成する化合物であれば特に限定されない。
【0053】
光によって重合可能なラジカルを生成する化合物(以下,光重合開始剤ともいう)としては特に限定されないが,反応性二重結合と光反応開始部とを有するものが好適である。このような光重合開始剤を用いれば,上記硬化性樹脂組成物に配合した場合に充分な反応性を付与することができるとともに,液晶中に溶出し液晶を汚染することがない。なかでも,反応性二重結合と水酸基及び/又はウレタン結合とを有するベンゾイン(エーテル)類化合物が好適である。なお,ベンゾイン(エーテル)類化合物とは,ベンゾイン類及びベンゾインエーテル類を表す。
・・・(中略)・・・
【0064】
上記硬化剤は,加熱により硬化性樹脂組成物中のエポキシ基及び/又はアクリル基を反応させ,架橋させるためのものであり,硬化後の硬化性樹脂組成物の接着性,耐湿性を向上させる役割を有する。上記硬化剤としては,融点が100℃以上の潜在性硬化剤が好適に用いられる。融点が100℃以下の硬化剤を使用すると保存安定性が著しく悪くなることがある。」

(エ) 「【発明の効果】
【0073】
本発明の異方導電性接着剤は,液晶基板の導電接続に用いたときに,液晶中への成分の流出が少なく液晶を汚染しないことから,液晶表示素子用上下導通材料に好適に用いることができる。
本発明の異方導電性接着剤を用いてなる液晶表示素子用上下導通材料もまた,本発明の1つである。
本発明の異方導電性接着剤又は本発明の液晶表示素子用上下導通材料を用いてなる液晶表示素子もまた,本発明の1つである。」

イ 甲1に記載された発明
甲1の【0035】等の記載から,請求項3の記載を引用する請求項4の記載を引用する請求項5に対応する発明において,硬化性樹脂として,1分子内に(メタ)アクリル基とエポキシ基とをそれぞれ少なくとも1つ以上有する化合物を主成分とし,硬化剤及び光重合開始剤を含有することで光硬化と熱硬化の併用タイプとした異方導電性接着剤についての発明を把握することができるところ,当該発明は次のとおりのものである。

「被覆導電性微粒子と硬化性樹脂組成物とからなり,硬化前における抽出水イオン伝導度が50μS/cm以下であり,前記被覆導電性微粒子は,導電性の金属からなる表面を有する金属表面粒子と,前記金属表面粒子の表面を被覆する絶縁粒子とからなるものであって,溶出試験後のイオン濃度が10ppm以下であり,前記絶縁粒子は,導電性の金属に対して結合性を有する官能基(A)を介して前記金属表面粒子の表面に結合することにより,前記金属表面粒子を部分的に被覆しているとともに,前記硬化性樹脂組成物中の官能基と化学結合可能な官能基を有しており,前記硬化性樹脂組成物は,エポキシ基及び/又は(メタ)アクリル基を有する硬化性樹脂と,加熱により当該硬化性樹脂組成物中のエポキシ基及び/又は(メタ)アクリル基を反応させ架橋させるための硬化剤と,光によって重合反応可能なラジカルを生成する光重合開始剤とを含有する,光硬化と熱硬化の併用タイプの異方導電性接着剤であって,
前記金属表面粒子の表面を被覆する金属としては,金,白金,銀,銅,ニッケル,アルミニウム,クロム,錫,鉛,インジウム,チタン等が挙げられ,
前記硬化性樹脂は,1分子内に(メタ)アクリル基とエポキシ基とをそれぞれ少なくとも1つ以上有する化合物を主成分とするものであり,当該化合物としては2官能以上のイソシアネートにビスフェノールA変性エポキシ(メタ)アクリレートを反応させる方法により得られるウレタン変性(メタ)アクリルエポキシ樹脂等が挙げられる,
異方導電性接着剤。」(以下,「甲1発明」という。)

(2)本件特許発明1について
ア 対比
(ア) 甲1発明の硬化性樹脂の主成分である「1分子内に(メタ)アクリル基とエポキシ基とをそれぞれ少なくとも1つ以上有する化合物」は,本件特許発明1の「ビスフェノールA骨格,ビスフェノールF骨格,ビフェニル骨格,または,水添ビスフェノールA骨格を有」する「ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)」と,「硬化可能な(メタ)アクリル系化合物」である点で共通する。(なお,甲1発明の硬化性樹脂の主成分の例として挙げられた,2官能以上のイソシアネートにビスフェノールA変性エポキシアクリレートを反応させるという方法により得られるウレタン変性アクリレートは,ウレタン結合を有し,ビスフェノールA骨格を有するエポキシアクリレートであるから,本件特許発明1の「ビスフェノールA骨格,ビスフェノールF骨格,ビフェニル骨格,または,水添ビスフェノールA骨格を有」する「ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)」に該当する物質である。)

(イ) 甲1発明の「光によって重合反応可能なラジカルを生成する光重合開始剤」は本件特許発明1の「光重合開始剤(B)」に相当するから,甲1発明は,「光重合開始剤(B)」を含むとの本件特許発明1の発明特定事項に相当する構成を具備している。

(ウ) 甲1発明の「被覆導電性微粒子」は,絶縁粒子が金属表面粒子を部分的に被覆しているものであって,熱圧着することにより絶縁粒子が変形又は排除されて金属表面粒子の金属表面が露出し特定の方向に導通するという機能(【0025】)を有するものであるところ,異方的か等方的かを問わず電気的に導通する機能を「導電機能」と表現し,熱圧着等の何らかの処理によって「導電機能」が発現するものも最初から「導電機能」を有しているものも含めて「導電機能を有する」と表現すると,甲1発明の「被覆導電性微粒子」は,少なくとも「導電機能を有する粒子」である点で本件特許発明1の「導電フィラー(C)」と共通するといえる。
また,甲1発明の「異方導電性接着剤」は,硬化(熱圧着)後に特定の方向への「導電機能」を発現する光硬化と熱硬化の併用タイプの接着剤であるところ,当該接着剤は「感光性」であるといえ,かつ,ペースト状の形態であることは自明であるから,少なくとも「導電機能を有する感光性のペースト状組成物」である点で本件特許発明1と共通するといえる。

(エ) 前記(ア)ないし(ウ)によれば,本件特許発明1と甲1発明は,
「硬化可能な(メタ)アクリル系化合物,光重合開始剤(B),および導電機能を有する粒子を含み,導電機能を有する感光性のペースト状組成物。」
である点で一致し,次の点で一応相違すると認められる。

相違点1:
本件特許発明1の「硬化可能な(メタ)アクリル系化合物」が,「ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)」であって,「ビスフェノールA骨格,ビスフェノールF骨格,ビフェニル骨格,または,水添ビスフェノールA骨格を有」するのに対して,
甲1発明の「硬化可能な(メタ)アクリル系化合物」は,そのようなものに限定されるわけではない点。

相違点2
本件特許発明1が,「ジカルボン酸またはその酸無水物(D)」を含んでいるのに対して,
甲1発明は,「ジカルボン酸またはその酸無水物(D)」を含んでいない点。

相違点3
本件特許発明1の「導電機能を有する粒子」(導電フィラー(C))が,Ag,Au,Cu,Pt,Pb,Sn,Ni,Al,W,Mo,酸化ルテニウム,Cr,Ti,およびインジウムの少なくとも1種を含むものであるのに対して,
甲1発明の「導電機能を有する粒子」(被覆導電性微粒子)が含む金属(金属表面粒子の表面の導電性の金属)は,そのようなものに限定されるわけではない点。

相違点4:
本件特許発明1が,「導電フィラー(C)」を含有する「導電ペースト」であるのに対して,
甲1発明は,「被覆導電性微粒子」を含有する「異方導電性接着剤」であって,「被覆導電性微粒子」が「導電フィラー」といえるのか否かは定かでなく,「異方導電性接着剤」が「導電ペースト」といえるのか否かも定かでない点。

イ 判断
(ア)取消理由1について
相違点1ないし4のうち,少なくとも相違点2は実質的な相違点であるから,本件特許発明1と甲1発明は実質的に同一の発明ではない。

(イ)取消理由2について
相違点2に関し,甲1には,甲1発明にジカルボン酸またはその酸無水物を含有させることは,記載も示唆もされていない。
また,取消理由2において引用された周知技術は,「感光性導電ペーストにおいて,樹脂成分の酸価を40ないし250mgKOH/gを含む範囲で調整すること」,「感光性導電ペーストにおいて,乾燥後のタック性や屈曲性の調整のために,樹脂成分のガラス転移温度を-10ないし60℃を含む範囲で調整すること」及び「感光性導電ペーストを用いた導電パターンの製造において,感光性導電ペーストを基板に塗布したのちに,乾燥,露光,現像を経て,100ないし300℃を含む温度範囲でキュアすること」であるところ,たとえこれらの周知技術を甲1発明に適用したとしても,相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項に相当する構成には至らない。
したがって,他の相違点について検討するまでもなく,本件特許発明1は,甲1発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)本件特許発明2ないし11について
本件特許発明2,4,6ないし11は取消理由1の対象となされていない請求項に係る発明であり,本件特許発明2,7,8,10及び11は取消理由2の対象とはされていない請求項に係る発明であるものの,念のため,他の本件特許発明とあわせて取消理由1及び2の成否について検討すると,本件特許発明2ないし11は,いずれも,相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項と同様の発明特定事項を具備する発明であって,甲1発明との間に少なくとも相違点2と同様の相違点が存在するから,本件特許発明1と同様の理由で,甲1発明と実質的に同一の発明ではなく,かつ,甲1発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(4)小括
前記(2)及び(3)のとおりであるから,本件特許発明について取消理由1及び2は成り立たない。

4 取消理由3の成否についての判断
本件特許発明6ないし11は取消理由3の対象となされていない請求項に係る発明であるものの,念のため,他の本件特許発明とあわせて取消理由3の成否について検討する。
前記3でも述べたように,本件特許発明1ないし11は,いずれも,感光性導電ペーストがジカルボン酸またはその酸無水物(D)を含有する旨の発明特定事項を有している。
しかるに,取消理由3において引用された甲7(特開2004-292802号公報)は,本件特許の優先日より前に頒布された刊行物であって,当該甲7には,燃料電池用セパレータ等として有用な導電性樹脂組成物が開示されているが,当該導電性樹脂組成物がジカルボン酸またはその酸無水物を含有することは,記載も示唆もされていない。
また,取消理由3において引用された周知技術は,「感光性導電ペーストにおいて,樹脂成分にカルボキシル基を導入して,酸価を40?250mgKOH/gを含む範囲で調整すること」であるところ,当該周知技術を甲7に記載された導電性樹脂組成物に関する発明に適用しても,導電性樹脂組成物がジカルボン酸またはその酸無水物を含有するとの本件特許発明の発明特定事項に相当する構成には至らない。
したがって,本件特許発明について取消理由3は成り立たない。

5 特許異議申立人の主張について
(1)本件取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
ア 特許異議申立人は,特許異議申立書において,本件訂正前の請求項1ないし9に係る発明について,甲1,甲6(特開昭61-221214号公報),甲7,甲2(特開2004-177562号公報)をそれぞれ主引例とする進歩性欠如の特許異議申立理由(以下,単に「申立理由」という。)を主張するとともに,感光性導電ペーストがジカルボン酸またはその酸無水物(D)を含有する旨の本件訂正前の請求項7及び8に記載の発明特定事項については,甲4(特開2009-237245号公報)又は甲5(特開2006-49148号公報)に記載された技術事項を適用することによって,当業者が容易に想到し得たことである旨主張している。

イ まず,甲6を主引例とする進歩性欠如という申立理由について検討すると,甲6には,塗料用,接着剤用,印刷インキ用,フォトレジスト用,製版用,粘着剤用,ラミネーション接着剤用,OPワニス用,磁気記録媒体バインダー用などとして広く利用できる放射線硬化性樹脂が記載されており(2ページ右上欄10ないし15行等),当該放射線硬化性樹脂を用いた組成物に配合する無機質充填剤や無機顔料の一例として,アルミニウム粉,しんちゅう粉,マグネシウム粉,鉄粉,金粉,銀粉,ニッケル粉などが挙げられている(8ページ左上欄末行ないし右上欄3行,及び同欄15ないし19行等)。
しかしながら,甲6に記載された放射線硬化性樹脂を用いた組成物において,これらの金属粉はあくまでも無機質充填剤や無機顔料として配合されているのであって,形成される構造物が「導電機能」を有するのに十分な量の金属粉を配合することが開示されているわけではないから,甲6に記載された放射線硬化性樹脂を用いた組成物を「導電ペースト」ということはできない。
また,甲6には,放射線硬化性樹脂を用いた組成物を用いて「導電機能」を有する構造物を形成することについての記載や示唆はないから,甲6に記載された放射線硬化性樹脂を用いた組成物において,「導電機能」を達成するのに十分な量の導電フィラーを配合して,本件特許発明のような「導電ペースト」として構成することには,何の動機付けもない。
したがって,本件特許発明が甲6に記載された発明に基づいて進歩性を欠如するということはできない。

ウ 次に,甲2を主引例とする進歩性欠如という申立理由について検討すると,甲2には,含有するセルロース系カルボキシル基変性感光性バインダー樹脂の親水性とカルボキシル基量をコントロールし,かつ十分な光重合性官能基を導入することにより,良好な印刷性や焼成時の脱バイ性を損なうことなく,照射光に対する感度を向上させ,解像度に優れたパターンを得ることができるようにした感光性樹脂組成物が記載されており(【0015】等),当該感光性樹脂組成物により形成するパターンに導電性を付与するために金属粉末等を含有させることが記載されているが(【0002】ないし【0006】,【0033】等),前記感光性樹脂組成物に「ウレタン結合を有するエポキシアクリレート」を含有させることは記載も示唆もされていない。
しかるに,甲2に記載された感光性樹脂組成物において,親水性とカルボキシル基量をコントロールし,かつ十分な光重合性官能基を導入した「セルロース系カルボキシル基変性感光性バインダー樹脂」に代えて,「ウレタン結合を有するエポキシアクリレート」を用いることは,甲2に記載された技術思想に反することであって,当該構成の変更には阻害要因が存在するというほかない。
また,甲2に記載された感光性樹脂組成物において,バインダー樹脂として,前記「セルロース系カルボキシル基変性感光性バインダー樹脂」に加えて,「ウレタン結合を有するエポキシアクリレート」をも含有させるという構成の変更を行うことには,たとえ甲1や甲7の記載を参酌しても,何の動機付けもない。
したがって,本件特許発明が甲2に記載された発明に基づいて進歩性を欠如するということはできない。

エ 次に,甲1又は甲7に記載された発明に,甲4に記載された技術事項を適用することによる進歩性欠如という申立理由について検討すると,甲4には,パターニング形成が可能な感光性導電ペーストにおいて,未露光部の現像液に対する親和性を向上し,現像残渣を除去でき,高解像度のパターンを形成することを可能とするために,脂肪族不飽和ジカルボン酸を0.5ないし5質量%含有させる技術が記載されているが(【0001】,【0030】,【0031】等),甲1発明や甲7に記載された導電性樹脂組成物は,どちらも,フォトリソグラフィー法によるパターン形成用のものではないから,甲1発明や甲7に記載された導電性樹脂組成物に,前述の甲4に記載された技術を適用し,脂肪族不飽和ジカルボン酸を含有させることには,何の動機付けもない。
したがって,本件特許発明が甲1又は甲7に記載された発明及び甲4に記載された技術事項に基づいて進歩性を欠如するということはできない。

オ さらに,甲1又は甲7に記載された発明に,甲5に記載された技術事項を適用することによる進歩性欠如という申立理由について検討する。
(ア) 甲5には,導電性金属粉末とバインダ樹脂を主成分とする加熱硬化型導電性ペーストにおいて,導電性金属粉末として,分散性向上や安定化等のために,多価カルボン酸やその無水物によって表面処理したものを用いる技術が記載されている(【0001】,【0014】,【0022】等)。
(イ) 当該技術における加熱硬化型導電性ペーストが含有するのは,そもそも多価カルボン酸やその無水物が表面に付着した導電性金属粉末なのであって,加熱硬化型導電性ペーストが多価カルボン酸やその無水物を含有しているといえるのか否かは疑問ではあるが,それを措くとして,甲1発明が含有する被覆導電性微粒子は,絶縁粒子によって表面が部分的に被覆された金属表面粒子である。そして,甲1の【0015】に例示された絶縁粒子の材質からみて,このような絶縁粒子によって表面が部分的に被覆された金属表面粒子が,そもそもバインダー樹脂である「エポキシ基及び/又は(メタ)アクリル基を有する硬化性樹脂」中での分散性や安定性等に優れていることは,技術常識に照らして明らかであるから,当業者は,甲1発明において,甲5に記載された技術を適用し,多価カルボン酸やその無水物によって表面処理した被覆導電性微粒子を用いようと考えることはない。
したがって,本件特許発明は,甲1発明及び甲5に記載された技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(ウ) また,甲7に記載された導電性樹脂組成物への甲5に記載された技術の適用について検討すると,甲7の【0004】には,燃料電池のセパレータに要求される物性について,ガス不透過性及び導電性のほかに,作動環境下での耐食性,耐加水分解性などの耐久性が必要であることが記載され,【0005】ないし【0012】には,燃料電池のセパレータの材質に関する従来技術とその問題点が記載され,【0015】には「本発明の目的は,寸法精度,導電性,耐熱性,機械的強度,さらには特に耐加水分解性などの耐久性にも優れる燃料電池用セパレータを提供することにある。」と記載されていることから,甲7に記載された導電性樹脂組成物は,専ら燃料電池用セパレータの材質として用いられるものであり,燃料電池用セパレータとして使用するときの環境下での耐食性や耐加水分解性などの耐久性に優れたものとすることを解決課題の一つとしていると理解される。
しかるに,甲7に記載された導電性樹脂組成物に,甲5に記載された技術を適用して,含有する導電性充填剤として,多価カルボン酸やその無水物によって表面処理したものを用いたり,あるいは,導電性充填剤とは別に多価カルボン酸やその無水物を含有させたりした場合,分散性や安定性等を向上させることができるとしても,解決課題の一つである耐食性や耐加水分解性などの耐久性がどうなるのかは,甲5の記載からは把握することができない。
却って,甲7の【0009】には,エポキシ基とカルボキシル基との反応により生じたヒドロキシ基に無水多価カルボン酸を付加させてカルボキシル基を生成させ,マグネシウム,カルシウム等の金属の酸化物を増粘剤として用いて増粘させる従来の手法について,金属が溶出することにより耐水性が劣化したり,燃料電池特性に悪影響を及ぼす等の問題が生じることが記載されているところ,当該記載に接した当業者は,甲7に記載された導電性樹脂組成物に,甲5に記載された技術を適用して,含有する導電性充填剤として,多価カルボン酸やその無水物によって表面処理したものを用いたり,あるいは,導電性充填剤とは別に多価カルボン酸やその無水物を含有させたりした場合に,導電性充填剤が溶出することにより耐水性が劣化したり,燃料電池特性に悪影響を及ぼす等の問題が生じてしまうと予測すると考えられる。
そうであれば,当業者は,甲7に記載された導電性樹脂組成物に,甲5に記載された技術を適用しようとすることはないというべきであるから,本件特許発明は,甲7に記載された発明及び甲5に記載された技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)平成29年6月9日提出の意見書における特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は,平成29年6月9日提出の意見書において,感光性導電ペーストの分野において,ジカルボン酸又はその無水物を使用することは周知技術であって,甲1又は甲7に記載された発明に当該周知技術を適用して本件特許発明とすることが,当業者が容易に相当し得たことである旨主張し,周知技術の周知例として,甲8(特開2007-249113号公報),甲9(特開2011-256089号公報),甲10(特開2004-241238号公報),甲11(特開2006-30853号公報),甲12(特開2006-337707号公報)を新たに提出している。
これら周知例のうち,甲8(【0052】ないし【0054】),甲9(【0028】),甲10(【0014】)は,甲4に記載された技術事項と同様の技術事項を開示するのみであって,たとえ甲4に記載された技術事項が周知技術であるとしても,当該周知技術を甲1発明や甲7に記載された導電性樹脂組成物に適用することに動機付けがないことは,前記(1)エで述べたとおりである。
また,前記周知例のうち,甲11(【0027】),甲12(【0027】)は,甲5に記載された技術事項と同様の技術事項を開示するのみであって,たとえ甲5に記載された技術事項が周知技術であるとしても,本件特許発明が,甲1又は甲7に記載された発明と当該周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものといえないことは,前記(1)オで述べたとおりである。


第4 むすび
以上のとおり,本件取消理由通知に記載した本件取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては,本件特許の請求項1ないし11に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件特許の請求項1ないし11を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)、光重合開始剤(B)、および導電フィラー(C)、さらにジカルボン酸またはその酸無水物(D)を含む感光性導電ペーストであって、
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)がビスフェノールA骨格、ビスフェノールF骨格、ビフェニル骨格、または、水添ビスフェノールA骨格を有し、
前記導電フィラー(C)はAg、Au、Cu、Pt、Pb、Sn、Ni、Al、W、Mo、酸化ルテニウム、Cr、Ti、およびインジウムの少なくとも1種を含むものである感光性導電ペースト。
【請求項2】
導電フィラー(C)が感光性導電ペーストの全固形分に対し70?95重量%である請求項1記載の感光性導電ペースト。
【請求項3】
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)がカルボキシル基を有する請求項1または2記載の感光性導電ペースト。
【請求項4】
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)の酸価が40?250mgKOH/gの範囲内である請求項1?3いずれかに記載の感光性導電ペースト。
【請求項5】
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)が不飽和二重結合を含む請求項1?4のいずれかに記載の感光性導電ペースト。
【請求項6】
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)のガラス転移温度が-10?60℃の範囲内である請求項1?5のいずれかに記載の感光性導電ペースト。
【請求項7】
ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)、光重合開始剤(B)、および導電フィラー(C)を含む感光性導電ペーストであって、
前記ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)がビスフェノールA骨格、ビスフェノールF骨格、ビフェニル骨格、または、水添ビスフェノールA骨格を有し、
前記導電フィラー(C)はAg、Au、Cu、Pt、Pb、Sn、Ni、Al、W、Mo、酸化ルテニウム、Cr、Ti、およびインジウムの少なくとも1種を含むものであり、
さらにジカルボン酸またはその酸無水物(D)を含む感光性導電ペースト。
【請求項8】ウレタン結合を有するエポキシアクリレート(A)、光重合開始剤(B)、および導電フィラー(C)を含む感光性導電ペーストであって、
さらに、ジカルボン酸またはその酸無水物(D)を含む感光性導電ペースト。
【請求項9】
請求項1?6のいずれかに記載の感光性導電ペーストを基板上に塗布し、乾燥し、露光し、現像した後に100℃以上300℃以下の温度でキュアする導電パターンの製造方法。
【請求項10】
請求項7に記載の感光性導電ペーストを基板上に塗布し、乾燥し、露光し、現像した後に100℃以上300℃以下の温度でキュアする導電パターンの製造方法。
【請求項11】
請求項8に記載の感光性導電ペーストを基板上に塗布し、乾燥し、露光し、現像した後に100℃以上300℃以下の温度でキュアする導電パターンの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-06-30 
出願番号 特願2013-514479(P2013-514479)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (G03F)
P 1 651・ 121- YAA (G03F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 倉持 俊輔  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 清水 康司
中田 誠
登録日 2016-05-13 
登録番号 特許第5928453号(P5928453)
権利者 東レ株式会社
発明の名称 感光性導電ペーストおよび導電パターンの製造方法  

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