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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B01J
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B01J
管理番号 1332216
異議申立番号 異議2016-700882  
総通号数 214 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-10-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-09-16 
確定日 2017-07-26 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5890729号発明「水素化脱窒素触媒、水素化脱窒素触媒の製造方法、及び軽油基材の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5890729号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?8〕について訂正することを認める。 特許第5890729号の請求項1?4及び6?8に係る特許を維持する。 特許第5890729号の請求項5に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5890729号の請求項1?8に係る特許についての出願は、平成24年3月30日に特許出願され、平成28年2月26日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、特許異議申立人成田隆臣(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、同年12月6日付けで取消理由が通知され、平成29年2月7日に特許権者から意見書及び訂正請求書の提出があり、同年3月30日に申立人から意見書が提出され、そして、当審より特許権者に対して同年4月21日付けで審尋を通知し、同年6月26日に特許権者から審尋に対する回答書が提出されたものである。

第2 訂正の適否についての判断
(1)訂正の内容
ア 訂正事項1
請求項1の「多孔質アルミナを主成分とする担体と、」を「多孔質アルミナを主成分とする担体とし、ボリアを担体全質量に対して4?8質量%含有する担体と、」に訂正する。
請求項1の訂正に伴い、請求項1を引用する請求項2?4及び6?8も同様に訂正する。

イ 訂正事項2
請求項5を削除する。

(2)訂正の目的の適否
ア 訂正事項1について
訂正事項1は、「多孔質アルミナを主成分とする担体」を、さらに「ボリアを担体全質量に対して4?8質量%含有する」多孔質アルミナを主成分とする担体に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえる。
同様に、請求項1を引用する請求項2?4及び6?8に対しても特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえる。

イ 訂正事項2について
訂正事項2は、請求項を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえる。

(3)新規事項の有無
ア 訂正事項1について
訂正事項1は、「ボリアを担体全質量に対して4?8質量%含有する」多孔質アルミナを主成分とする担体に限定するものであるが、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「特許明細書等」という。)の【0016】に
「<担体>
(担体の構成)
担体は、脱窒素活性成分が担持可能な多孔質アルミナを主成分として用いて形成される。担体を構成する混合物としては、アルミナ、シリカ-アルミナ、アルミナ-ボリア、及びこれらの混合物が使用できる。なかでも、アルミナ-ボリア混合物を用いることが好ましい。アルミナ-ボリアに含まれるボリア(酸化ホウ素)の含有量は、後述する塩基性水酸基割合に寄与する。すなわち、塩基性水酸基割合を4.5%以下にするという観点から、担体全質量に対して4?8質量%とすることが好ましく、より好ましくは、5?7質量%である。」(下線は当審において付与した。)と記載されており、特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
したがって、訂正事項1は、特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であって、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものである。

イ 訂正事項2について
訂正事項2は、請求項を削除するものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものである。

(4)特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1及び2は、いずれも、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。

(5)一群の請求項について
訂正前の請求項1?8は、訂正事項1に係る請求項1の記載を請求項2?8がそれぞれ引用しているものであるから一群の請求項であり、訂正事項1及び2は、この一群の請求項について訂正を請求するものと認められ、これらの訂正は、特許法120条の5第4項に適合する。

(6)小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?8〕について訂正を認める。

第3 本件訂正発明
本件訂正請求により訂正された請求項1?4、6?8に係る発明(以下、項番に従い「本件訂正発明1」?「本件訂正発明8」という。)は、その訂正特許請求の範囲の請求項1?4、6?8に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。ここで、請求項5は、本件訂正請求による訂正で削除されている。
「【請求項1】
多孔質アルミナを主成分とする担体とし、ボリアを担体全質量に対して4?8質量%含有する担体と、
該担体に担持された脱窒素活性成分とを有し、
該担体の比表面積が250m^(2)/g以上であり、該担体の孔径が5.0?10.0nmであり、該担体の塩基性水酸基割合が4.5%以下、及び該担体の塩基性面積が15m^(2)/g以下であり、
該脱窒素活性成分が、周期表第6族の金属元素から選ばれた少なくとも1種、周期表第9族の金属元素から選ばれた少なくとも1種、及び第10族の金属元素から選ばれた少なくとも1種のうちから選ばれた活性金属とリン酸であり、
該脱窒素活性成分を含む含浸液の動粘度を該担体の孔径で除した値が0.40×10^(3)m/s以下である含浸液に該担体を浸漬した後、焼成して得られた水素化脱窒素触媒。
【請求項2】
前記第6族の金属元素が、モリブデンまたはタングステンのうち少なくとも1種であり、酸化物換算で該水素化脱窒素触媒の全質量比で15?25質量%含まれ、
前記第9族と第10族の金属元素が、コバルトとニッケルのうち少なくとも1種であり、酸化物換算で該水素化脱窒素触媒の全質量比で2?5%含まれ、
リン酸化物が、該水素化脱窒素触媒の全質量比で1?3%含まれた請求項1に記載の水素化脱窒素触媒。
【請求項3】
前記担体の比表面積が、300m^(2)/g以上である請求項1又は2に記載の水素化脱窒素触媒。
【請求項4】
昇温還元法に基づき、当該水素化脱窒素触媒の室温から1000℃まで10℃/minで昇温したときの200℃?500℃の水素消費量のピーク面積割合が200℃?1000℃における水素消費量のピーク面積の40%以上である請求項1?3のいずれかに記載の水素化脱窒素触媒。
【請求項6】
高芳香族炭化水素油を、請求項1?4のいずれかに記載の水素化脱窒素触媒に接触させ
て水素化処理及び脱窒素化処理することにより軽油基材を製造する方法。
【請求項7】
前記高芳香族炭化水素油の沸点が、190?400℃であり、エングラー蒸留による90%点が345℃以上、ピレン含有量が0.6質量%以上である請求項6記載の軽油基材の製造方法。
【請求項8】
前記高芳香族炭化水素油のピレン含有量が1.4質量%以上である請求項7に記載の軽油基材の製造方法。」

第4 取消理由の概要について
本件訂正請求書による訂正前の本件特許の請求項1?8に係る発明を、以下「本件特許発明1」?「本件特許発明8」という。

1 特許法第36条第4項第1号違反について
本件特許発明1の「担体の塩基性水酸基割合」及び「担体の塩基性面積」について、本件特許明細書には、
「(塩基性水酸基割合及び塩基性面積)
本実施形態において、塩基性水酸基割合とは、担体に赤外線を照射して得られる吸収スペクトルのうち、3680cm^(-1)、3690cm^(-1)、3730cm^(-1)、3772cm^(-1)、3780cm^(-1)に現れるピークのピーク強度の合計値に対する3780cm^(-1)に確認できる最も塩基性よりの水酸基を表すピークのピーク強度の割合である。
すなわち、{(3780cm^(-1)に確認できる最も塩基性よりの水酸基を表すピークのピーク強度)/(3680cm^(-1)、3690cm^(-1)、3730cm^(-1)、3772cm^(-1)、3780cm^(-1)に現れるピークのピーク強度の合計値)}×100(%)で表される。
また、塩基性面積とは、担体の比表面積に、上記塩基性水酸基割合を掛け合わせたものである。」(【0024】)と記載されている。
ピークのピーク強度とは、一般には、申立人が提出した甲5(田隅三生著、「FT-IRの基礎と実際」、第1版、株式会社東京化学同人、1989年12月1日、第22-23頁)の以下の図2.7にも示されているように、ベースラインの取り方によって、ピークのピーク強度の値も異なってくるものである。

しかしながら、本件特許明細書及び図面には、本件特許発明1の担体に対する赤外線吸収のスペクトルが添付されておらず、本件特許明細書には、ピークに対してどのようなベースラインをとってピーク強度を求めるのかについても記載されていないことから、本件特許発明1の「担体の塩基性水酸基割合」を求める際のピークのピーク強度が一義的に定まらず、発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1及びそれに従属する本件特許発明2?8を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。
よって、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているとはいえない。

2 特許法第36条第6項第1号違反について
(1)本件特許発明1の「多孔質アルミナを主成分とする担体」について
本件特許明細書には、本件特許発明1の担体について、
「<担体>
(担体の構成)
担体は、脱窒素活性成分が担持可能な多孔質アルミナを主成分として用いて形成される。担体を構成する混合物としては、アルミナ、シリカ-アルミナ、アルミナ-ボリア、及びこれらの混合物が使用できる。なかでも、アルミナ-ボリア混合物を用いることが好ましい。アルミナ-ボリアに含まれるボリア(酸化ホウ素)の含有量は、後述する塩基性水酸基割合に寄与する。すなわち、塩基性水酸基割合を4.5%以下にするという観点から、担体全質量に対して4?8質量%とすることが好ましく、より好ましくは、5?7質量%である。」(【0016】)
「また、担体を製造する際に、アルミナと混合するシリカ又はボリアの混合量を担体全質量に対して4?8質量%、より好ましくは、5?7質量%の範囲内において、より多く混合することにより、短い時間で、650℃以上750℃以下の焼成を行うことにより、塩基性水酸基割合を4.5%以下、及び担体の塩基性面積を15m^(2)/g以下の担体が得られる。」(【0028】)(下線は当審において付与した。)と記載され、そして、実施例が以下の【表2】に記載されており、

実施例1としてAl_(2)O_(3)が95質量%でB_(2)O_(3)が5質量%の担体Aが、実施例2として同じくAl_(2)O_(3)が95質量%でB_(2)O_(3)が5質量%の担体Bが記載されるのみである。
してみれば、本件特許発明1の「該担体の塩基性水酸基割合が4.5%以下、及び該担体の塩基性面積が15m^(2)/g以下」となる「多孔質アルミナを主成分とする担体」として、上記実施例の記載から発明の詳細な説明に記載されているといえるものは、「多孔質アルミナを主成分としボリアを担体全質量に対して4?8質量%混合した担体」のみである。
この点、技術常識を参酌しても、例えば、申立人が提出した甲1(特開2000-93804号公報)及び甲2(特開平11-179208号公報)には、アルミナを主成分(80mass%以上)とする担体には塩基性水酸基が十分に多く存在することが記載されており、ボリアを含有させる以外の手段により、多孔質アルミナを主成分とする担体において、担体の塩基性水酸基割合を4.5%以下に抑える具体的手段が本願明細書に記載されているとはいえない。
したがって、実施例であるAl_(2)O_(3)が95質量%でB_(2)O_(3)が5質量%の担体から拡張できる範囲は、上記「多孔質アルミナを主成分としボリアを担体全質量に対して4?8質量%混合した担体」までであり、これ以外のすべての「多孔質アルミナを主成分とする担体」まで技術常識に鑑みてもサポートされているとはいえないことから、本件特許発明1及びそれに従属する本件特許発明2?8は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。
(2)本件特許発明5の「含浸液に浸漬した後、前記担体を650℃以上750℃以下の温度で焼成する」ことについて
本件特許明細書の【実施例】には、含浸液に浸漬した後、担体を500℃の温度で焼成することが記載されているが、この500℃は、上記本件特許発明5の「650℃以上750℃以下」を満たすものではない。
本件特許明細書のその余の部分に、「含浸液に浸漬した後、担体を650℃以上750℃以下の温度で焼成する工程とを有する」(【0026】)、「650℃以上750℃以下の焼成を行うことにより、塩基性水酸基割合を4.5%以下、及び担体の塩基性面積を15m^(2)/g以下の担体が得られる」(【0028】)との記載はあるものの、実際に裏付けのある含浸液に浸漬した後の担体の焼成温度は、「650℃以上750℃以下」ではなく、実施例における500℃の方といえることから、「含浸液に浸漬した後、前記担体を650℃以上750℃以下の温度で焼成する」ことはサポートされているとはいえず、本件特許発明5は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。

第5 取消理由についての判断
1 取消理由1について
(1)上記第4の取消理由の1について、特許権者は、平成29年2月7日付けの意見書で、「赤外線吸収スペクトルにおけるピーク強度の算出は、赤外線吸収スペクトルの測定時に、前もってベースラインが調整されてはおりますが、ベースラインからの各ピークの強度を求めたものである点で、異議申立書における、ベースラインの選定方法に関する図(17頁、図2.7 各種ベースラインの取り方)でいえば、下段の左の図に相当するものになり、最もシンプルな手法ということができます。」、「赤外線吸収スペクトルを測定することとデータ処理自体につきましては、「透過法により赤外線吸収スペクトルを測定した」と記載されていれば、当業者であれば、通常の測定装置を用いて測定することにより、ベースラインが調整されている赤外線吸収スペクトルのチャートを得ることができるとともに、各ピークのピーク強度を算出することができます。」、「以上のように、赤外線吸収スペクトルの測定による各ピーク強度の値は、明細書の記載のようにしてサンプルを調製するとともに、通常の赤外線吸収スペクトル測定装置により赤外線吸収スペクトルを測定することにより、測定時に調整されたベースラインに対する値として、一義的に定めることができるものであります。」と説明し、同年6月26日付け回答書において、本件特許明細書の実施例1及び2について、赤外線スペクトルの測定装置(JASCO社製FT/IR-550と、解析ソフトとして、JASCO社製、測定解析ソフト Jasco FT for Windows ver1.20.00)で実際に測定したスペクトル図を添付した上で、そのスペクトル図について、
「4000?3800cm^(-1)の範囲が、吸収強度が0となるようにベースラインを補正し、次に3000cm^(-1)の点も吸収強度が0となるようにベースラインを補正します。すなわち、ピークの立ち上がりはじめの3800cm^(-1)からブロードのピークが消失する3000cm^(-1)の間で、3800cm^(-1)と3000cm^(-1)の各々の点を直線で結ぶことにより、ベースラインの補正を行うことになります。
そしてこの場合、3800cm^(-1)から3000cm^(-1)の範囲で設定されたベースラインに基づいて、それぞれの波数のピーク値がベースラインからの差し引き値として求められることになります。要するに、本件特許発明1における塩基性水酸基割合を求めるには、上記した3800cm^(-1)から立ち上がりはじめ、3000cm^(-1)で消失する山形のピークにつきまして、山形を構成するそれぞれのピーク値(高さ)を求めれば良いことになります。これにより塩基性水酸基の割合を算出することになります。」と説明し、
「算出に必要とする波数がわかっていれば、このような波数を含むスペクトル図から、波数範囲を例えば4000?3000cm^(-1)のように定めることや、この範囲で対応する波数のピーク強度を直線で結ぶことにより、ベースラインを設定して、各波数に対するピーク強度を測定することは、当業者が通常行う技術常識なのであります。」と主張している。
当該回答書の内容を参酌するに、本件特許明細書において、3680cm^(-1)、3690cm^(-1)、3730cm^(-1)、3772cm^(-1)、3780cm^(-1)のピーク強度とは、3800cm^(-1)及び3000cm^(-1)の点で吸収強度が0となるようにベースラインを直線で補正し、それぞれ3680cm^(-1)、3690cm^(-1)、3730cm^(-1)、3772cm^(-1)、3780cm^(-1)の波数位置における、そのベースラインからの値(高さ)であることは、赤外線スペクトル測定の技術常識を参酌すれば、当業者において明らかなことといえる。
してみれば、本件訂正発明1の「担体の塩基性水酸基割合」を求める際の3680cm^(-1)、3690cm^(-1)、3730cm^(-1)、3772cm^(-1)、3780cm^(-1)のピーク強度が一義的に定まるものといえ、発明の詳細な説明は、当業者が本件訂正発明1及びそれに従属する本件訂正発明2?4、6?8を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものといえる。

(2)申立人の主張について
申立人は、平成29年3月30日付けの意見書で、
「ベースラインの取り方によって『ピークのピーク強度』の値が異なり、『担体の塩基性水酸基割合』を求める際の赤外線吸収スペクトルのピーク強度が一義的に定まらず、発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1及びそれに従属する本件特許請求項2?8の特許に係る発明(本件特許発明2?8)を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえず、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないというものである。」と上記取消理由1に対してのみ主張を行っている。
そして、具体的には「FT-IRで得られたスペクトルについて、ベースライン補正を行なうこと自体は、以下に示す資料に開示されているように当業者にとっては技術常識である。しかしながら、その補正方法について、当業者間で決まりきった常識的な手法がある訳ではない。本件特許で測定対象となるのは、3600?3800cm^(-1)という比較的狭い波数範囲に現れる水酸基に起因するピークである(段落[0024]参照)。そのような特定の官能基に由来するピーク強度解析では、測定機器のソフトウェアにベースラインの設定を全て任せるより、寧ろ波数範囲等を限定してベースラインを補正する方法を用いるのが一般的であり、特許明細書では当業者が特許発明を実施できるようにそうしたベースラインの補正方法について明確に記載することが常識である。」と説明している。
しかしながら、上記(1)で説示したように、ベースラインの補正方法について本件特許明細書に明確に記載されていないにしろ、本件特許明細書において、3680cm^(-1)、3690cm^(-1)、3730cm^(-1)、3772cm^(-1)、3780cm^(-1)のピーク強度とは、3800cm^(-1)及び3000cm^(-1)の点で吸収強度が0となるようにベースラインを直線で補正し、それぞれ3680cm^(-1)、3690cm^(-1)、3730cm^(-1)、3772cm^(-1)、3780cm^(-1)の波数位置における、そのベースラインからの値(高さ)であることは、赤外線スペクトル測定の技術常識を参酌すれば、当業者において明らかなことといえる以上、上記申立人の主張をもってして、発明の詳細な説明が、当業者が本件訂正発明1及びそれに従属する本件訂正発明2?4、6?8を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないとはいえない。

(3)小括
よって、発明の詳細な説明は、当業者が本件訂正発明1及びそれに従属する本件訂正発明2?4、6?8を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものといえることから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしているといえる。

2 取消理由2について
(1)取消理由2の(1)について
本件訂正請求により、本件特許発明1の「多孔質アルミナを主成分とする担体と、」が「多孔質アルミナを主成分とする担体とし、ボリアを担体全質量に対して4?8質量%含有する担体と、」に訂正されたため、上記第4の取消理由2の(1)については解消された。

(2)取消理由2の(2)について
上記第4の取消理由2の(2)は本件特許発明5に対するものであるが、本件訂正請求により請求項5は削除され、本件特許発明5は存在しないものとなった。

3 取消理由についてのまとめ
以上のことより、取消理由によっては、本件訂正発明1?4及び6?8に係る特許を取り消すことはできない。

第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由の概要について
取消理由通知において採用しなかった申立理由としては、以下の申立理由1?3がある。
1 申立理由1
申立理由1は、上記取消理由2の(1)に関連するものであり、それを以下のように特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものとして申し立てたものである。
特定の焼成温度で得られた特定のボリア含有率を有するアルミナ-ボリア以外のアルミナ酸化物において、塩基性水酸基割合が4.5%以下、及び該担体の塩基性面積が15m^(2)/g以下となる無機酸化物を調製することは、当業者に過度の試行錯誤を求めるものであるから、発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1及びこれを引用する本特特許発明2?8を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえず、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

2 申立理由2
申立理由2は、上記取消理由1に関連するものであり、それを以下のように特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないものとして申し立てたものである。
本件特許発明1の「塩基性水酸基割合」の求め方である「{(3780cm^(-1)に確認できる最も塩基性よりの水酸基を表すピークのピーク強度)/(3680cm^(-1)、3690cm^(-1)、3730cm^(-1)、3772cm^(-1)、3780cm^(-1)に現れるピークのピーク強度の合計値)}×100(%)」について、甲4(J.Phys.Chem. 1990, 94, p.5275-5282)のFigure.2、甲3(伊藤征司郎、”粉体の表面化学”、[online]、近畿アルミニウム表面処理研究会会誌、97号、8-14頁、1982年11月01日発行、[2016年9月7日検索]、インターネット、<URL:https://kindai. repo. nii.ac. jp/? action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1702&item_no=1&page_id=13&block_id=21>)のTable3の記載をみると、アルミナ担体であっても水酸基に由来するスペクトルのピーク位置(ピークの波数値)は厳密には一致しておらず、このように水酸基に由来するピーク位置が明確に定まらない状況で、上記本件特許明細書で記載されている波数値でピーク強度を求めることは妥当でないことから、本件特許明細書でのIRスペクトルに係る規定は不明確であり、そこから求められる本件特許発明1の「該担体の塩基性水酸基割合が4.5%以下、及び該担体の塩基性面積が15m^(2)/g以下」も不明確なものと言わざるを得ないことから、本件特許発明1及びこれを引用する本件特許発明2?8は不明確であり、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

3 申立理由3
申立理由3は、上記取消理由2の(2)に関連するものであり、それを以下のように特許法第36条第6項第2号及び同条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものとして申し立てたものである。
(1)申立理由3-1
本件特許発明5で「650℃以上750℃以下の温度」で焼成することについて、発明の詳細な説明の実施例に記載された500℃と矛盾し不明確であるから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
(2)申立理由3-2
発明の詳細な説明の実施例に記載された500℃の焼成温度以外の温度で、本件特許発明の水素化脱窒素触媒を製造できることが記載されておらず、発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明5を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえないことから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

第7 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由についての判断
1 申立理由1について
本件訂正請求により、本件特許発明1の「多孔質アルミナを主成分とする担体と、」が「多孔質アルミナを主成分とする担体とし、ボリアを担体全質量に対して4?8質量%含有する担体と、」に訂正され、その焼成温度について、本件特許明細書の【実施例】では実施例1の触媒Aは500℃の焼成温度で焼成する、実施例2の触媒Bも500℃の焼成温度で焼成すること記載されていることから、焼成温度について過度の試行錯誤を求めるものではなく、発明の詳細な説明は、当業者が本件訂正発明1及びこれを引用する本件訂正発明2?4、6?8に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものといえることから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないとはいえない。

2 申立理由2について
本件訂正請求により、本件特許発明1の「多孔質アルミナを主成分とする担体と、」が「多孔質アルミナを主成分とする担体とし、ボリアを担体全質量に対して4?8質量%含有する担体と、」に訂正されたことにより、上記甲4及び甲3に記載されている「アルミナ担体」とは異なる担体となった。また、一般に、赤外線吸収スペクトルによる官能基のピーク位置は、その官能基の伸縮振動あるいは変角振動のエネルギーの吸収によって現れるもので、同じ官能基でもその官能基がいかなる物質に付いているかによってピーク位置(波数値)は異なることが技術常識といえ、本件訂正発明1の「担体の塩基性水酸基割合」を求める際のピーク位置(ピークの波数値)が甲4及び甲3に記載されているピーク位置と厳密には一致しないものであることは担体が異なるからであり、ピーク位置が一致しないことをもってして、本件特許明細書でのIRスペクトルに係る規定が不明確であるとはいえない。
そして、上記第5「取消理由についての判断」の1で説示したとおり、本件訂正発明1の「担体の塩基性水酸基割合」を求める際のピークのピーク強度が、技術常識を参酌すれば一義的に定まることから、{(3780cm^(-1)に確認できる最も塩基性よりの水酸基を表すピークのピーク強度)/(3680cm^(-1)、3690cm^(-1)、3730cm^(-1)、3772cm^(-1)、3780cm^(-1)に現れるピークのピーク強度の合計値)}×100(%)で表される本件訂正発明1の「担体の塩基性水酸基割合」も明確に定まるものである。そして、「担体の塩基性水酸基割合」が明確に定まることにより、担体の比表面積にこの塩基性水酸基割合を掛け合わせたものである本件訂正発明1の「塩基性面積」も明確に定まるものである。
してみれば、本件訂正発明1の「該担体の塩基性水酸基割合が4.5%以下、及び該担体の塩基性面積が15m^(2)/g以下」は明確であり、本件訂正発明1及びこれを引用する本特特許発明2?4、6?8に係る発明が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないとはいえない。

3 申立理由3について
申立理由3-1及び3-2については、本件特許発明5に対するものであるが、本件訂正請求により請求項5は削除され、本件特許発明5は存在しないものとなった。

4 小括
以上のことより、申立理由1?3によっては、本件訂正発明1?4及び6?8に係る特許を取り消すことはできない。

第8 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1?4及び6?8に係る特許を取り消すことはできない。また、他に本件請求項1?4及び6?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
本件請求項5に係る特許に対してなされた特許異議申立については、訂正により申立の対象となる請求項が存在しないものとなった。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質アルミナを主成分とし、ボリアを担体全質量に対して4?8質量%含有する担体と、
該担体に担持された脱窒素活性成分とを有し、
該担体の比表面積が250m^(2)/g以上であり、該担体の孔径が5.0?10.0nmであり、該担体の塩基性水酸基割合が4.5%以下、及び該担体の塩基性面積が15m^(2)/g以下であり、
該脱窒素活性成分が、周期表第6族の金属元素から選ばれた少なくとも1種、周期表第9族の金属元素から選ばれた少なくとも1種、及び第10族の金属元素から選ばれた少なくとも1種のうちから選ばれた活性金属とリン酸であり、
該脱窒素活性成分を含む含浸液の動粘度を該担体の孔径で除した値が0.40×10^(3)m/s以下である含浸液に該担体を浸漬した後、焼成して得られた水素化脱窒素触媒。
【請求項2】
前記第6族の金属元素が、モリブデンまたはタングステンのうち少なくとも1種であり、酸化物換算で該水素化脱窒素触媒の全質量比で15?25質量%含まれ、
前記第9族と第10族の金属元素が、コバルトとニッケルのうち少なくとも1種であり、酸化物換算で該水素化脱窒素触媒の全質量比で2?5%含まれ、
リン酸化物が、該水素化脱窒素触媒の全質量比で1?3%含まれた請求項1に記載の水素化脱窒素触媒。
【請求項3】
前記担体の比表面積が、300m^(2)/g以上である請求項1又は2に記載の水素化脱窒素触媒。
【請求項4】
昇温還元法に基づき、当該水素化脱窒素触媒の室温から1000℃まで10℃/minで昇温したときの200℃?500℃の水素消費量のピーク面積割合が200℃?1000℃における水素消費量のピーク面積の40%以上である請求項1?3のいずれかに記載の水素化脱窒素触媒。
【請求項5】(削除)
【請求項6】
高芳香族炭化水素油を、請求項1?4のいずれかに記載の水素化脱窒素触媒に接触させて水素化処理及び脱窒素化処理することにより軽油基材を製造する方法。
【請求項7】
前記高芳香族炭化水素油の沸点が、190?400℃であり、エングラー蒸留による90%点が345℃以上、ピレン含有量が0.6質量%以上である請求項6記載の軽油基材の製造方法。
【請求項8】
前記高芳香族炭化水素油のピレン含有量が1.4質量%以上である請求項7に記載の軽油基材の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-07-14 
出願番号 特願2012-83126(P2012-83126)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (B01J)
P 1 651・ 537- YAA (B01J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 田澤 俊樹  
特許庁審判長 大橋 賢一
特許庁審判官 三崎 仁
永田 史泰
登録日 2016-02-26 
登録番号 特許第5890729号(P5890729)
権利者 出光興産株式会社 一般財団法人石油エネルギー技術センター
発明の名称 水素化脱窒素触媒、水素化脱窒素触媒の製造方法、及び軽油基材の製造方法  
代理人 東平 正道  
代理人 滝沢 喜夫  
代理人 高久 浩一郎  
代理人 平澤 賢一  
代理人 滝沢 喜夫  
代理人 平澤 賢一  
代理人 大谷 保  
代理人 東平 正道  
代理人 高久 浩一郎  
代理人 大谷 保  
代理人 大谷 保  
代理人 大谷 保  

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