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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 D04H 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 D04H 審判 全部申し立て 2項進歩性 D04H |
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管理番号 | 1332227 |
異議申立番号 | 異議2017-700002 |
総通号数 | 214 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2017-10-27 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2017-01-04 |
確定日 | 2017-07-27 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第5948537号発明「柔軟性のある長繊維不織布」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第5948537号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。 特許第5948537号の請求項1、5?9に係る特許を維持する。 特許第5948537号の請求項2?4に係る特許についての申立てを却下する。 |
理由 |
第1.手続の経緯 特許第5948537号の請求項1?9に係る特許についての出願は、平成23年5月17日(優先権主張平成22年8月30日、日本国)に特許出願され、平成28年6月17日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、特許異議申立人岡林茂(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、平成29年2月20日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である平成29年4月17日に意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正請求」といい、訂正自体を、「本件訂正」という。)があり、その訂正の請求に対して申立人から平成29年5月19日付けで意見書が提出されたものである。 第2.訂正の適否についての判断 1.訂正の内容 本件訂正請求による訂正の内容は、訂正箇所に下線を引いて示すと、以下のとおりである。 (1)訂正事項1 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に、 「平均単糸繊度が0.7dtex以上3.0dtex以下のポリオレフィン系繊維からなる長繊維不織布であって、融点が70℃以上であるエステル化合物を繊維重量に対し1.25wt%以上5.0wt%以下で含有し、更にMFRが70g/10分以下で融点が105℃以下であるポリオレフィン系樹脂を繊維重量に対し10wt%以上30wt%以下で含有し、タテ方向とヨコ方向の曲げ柔軟度の平均値が53mm以下であり、そして結晶化度が55%以下であることを特徴とする前記長繊維不織布。」とあるのを、 「平均単糸繊度が0.7dtex以上3.0dtex以下のポリプロピレン繊維からなる長繊維不織布であって、融点が70℃以上であるオクタデカン酸のグリセリドを繊維重量に対し1.25wt%以上5.0wt%以下で含有し、更にMFRが10g/10分以上40g/10分以下で融点が105℃以下であるポリプロピレン樹脂を繊維重量に対し10wt%以上30wt%以下で含有し、タテ方向とヨコ方向の曲げ柔軟度の平均値が53mm以下であり、そして結晶化度が55%以下であることを特徴とする前記長繊維不織布。」に訂正する。 (2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項2を削除する。 (3)訂正事項3 特許請求の範囲の請求項3を削除する。 (4)訂正事項4 特許請求の範囲の請求項4を削除する。 (5)訂正事項5 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項5に、 「前記長繊維不織布の目付が10g/m^(2)以上40g/m^(2)以下である、請求項1?4のいずれか一項に記載の長繊維不織布。」とあるのを、 「前記長繊維不織布の目付が10g/m^(2)以上40g/m^(2)以下である、請求項1に記載の長繊維不織布。」に訂正する。 (6)訂正事項6 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項6に、 「前記長繊維不織布の摩擦係数が0.50以下である、請求項1?5のいずれか一項に記載の長繊維不織布。」とあるのを、 「前記長繊維不織布の摩擦係数が0.50以下である、請求項1、及び5のいずれか一項に記載の長繊維不織布。」に訂正する。 (7)訂正事項7 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項7に、 「前記長繊維不織布に凹凸の賦型加工がなされている、請求項1?6のいずれか一項に記載の長繊維不織布。」とあるのを、 「前記長繊維不織布に凹凸の賦型加工がなされている、請求項1、5及び6のいずれか一項に記載の長繊維不織布。」に訂正する。 (8)訂正事項8 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項8に、 「請求項1?7のいずれか一項に記載の長繊維不織布を用いてなる吸収性物品。」とあるのを、 「請求項1、5、6及び7のいずれか一項に記載の長繊維不織布を用いてなる吸収性物品。」 2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否、一群の請求項 (1)訂正事項2?4について 事案に鑑み、まず、訂正事項2?4について検討する。 訂正事項2?4は、それぞれ請求項2?4を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして、これらの訂正事項が新規事項を追加するものでなく、特許請求の範囲の拡張・変更するものでもないことは明らかである。 (2)訂正事項5?8について 次に、訂正事項5?8について検討する。 上記(1)に示したとおり、訂正事項2?4は、それぞれ請求項2?4を削除するものであるところ、それらと整合を図るために、訂正事項5?8は、引用する請求項から請求項2?4を削除するものであるから明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。そして、これらの訂正事項が新規事項を追加するものでなく、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことは明らかである。 (3)訂正事項1について そして、訂正事項1について検討する。 ア.訂正事項1の内容 訂正事項1は、以下の訂正事項(1-1)?(1-3)からなるものである。 訂正事項(1-1):本件訂正前の請求項1に、「平均単糸繊度が0.7dtex以上3.0dtex以下のポリオレフィン系繊維からなる長繊維不織布」とあるのを、「平均単糸繊度が0.7dtex以上3.0dtex以下のポリプロピレン繊維からなる長繊維不織布」と訂正する。 訂正事項(1-2):本件訂正前の請求項1に、「長繊維不織布」が、「融点が70℃以上であるエステル化合物を繊維重量に対し1.25wt%以上5.0wt%以下で含有し」、とあるのを、「融点が70℃以上であるオクタデカン酸のグリセリドを繊維重量に対し1.25wt%以上5.0wt%以下で含有し」、と訂正する。 訂正事項(1-3):本件訂正前の請求項1に、「長繊維不織布」が、「更にMFRが70g/10分以下で融点が105℃以下であるポリオレフィン系樹脂を繊維重量に対し10wt%以上30wt%以下で含有し」、とあるのを、「更にMFRが10g/10分以上40g/10分以下で融点が105℃以下であるポリプロピレン樹脂を繊維重量に対し10wt%以上30wt%以下で含有し」、と訂正する。 イ.訂正事項(1-1)について 訂正事項(1-1)は、本件訂正前の本件請求項1に記載された「ポリオレフィン系」繊維からなる長繊維不織布について、ポリオレフィン系繊維がポリプロピレン繊維であると、技術的に限定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 本件特許明細書の段落【0039】には、実施例1について、 「〔実施例1〕 MFRが33g/10分のポリプロピレン樹脂、MFRが33g/10分ポリプロピレン樹脂と融点が86?90℃(平均融点88℃)のオクタデカン酸のグリセリド(水添動植物油脂)とからなるマスターバッチおよび融点が104℃でMFRが18g/10分の低融点ポリプロピレン樹脂(Exxon mobil社製 Vistamaxx6202)を低融点ポリプロピレン樹脂が20wt%となるように混合し、スパンボンド法により、吐出量0.56g/分・Hole、紡糸温度255℃で、フィラメント群を移動捕集面に向けて押し出し、長繊維ウェブを調整した(紡糸速度5000m/分、平均単糸繊度1.1dtex)。 次いで、得られたウェブを、フラットロールとエンボスロール(パターン仕様:直径0.425mm円形、千鳥配列、横ピッチ2.1mm、縦ピッチ1.1mm、圧着率6.3%)の間に通して熱と圧力を温度と線圧で調整して繊維同士を接着し、オクタデカン酸のグリセリドを1.25wt%含有した目付17g/m^(2)長繊維不織布を得た。」 との記載がある。すなわち、本件特許明細書にも、上記実施例1に係る長繊維不織布が、「MFRが33g/10分のポリプロピレン樹脂」と「MFRが18g/10分の低融点ポリプロピレン樹脂」とからなるものであることが記載されていることを踏まえると、訂正事項(1-1)は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。 また、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。 ウ.訂正事項(1-2)について 訂正事項(1-2)は、本件訂正前の本件請求項1に記載された長繊維不織布が、融点70℃以上のエステル化合物を、繊維重量に対し1.25wt%以上5.0wt%以下で含有するものであるところ、当該エステル化合物が、オクタデカン酸のグリセリドであることを技術的に限定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 上記イ.に摘記された本件特許明細書の段落【0039】には、融点70℃以上であって、繊維重量に対し1.25wt%以上5.0wt%以下で含有されるエステル化合物として、長繊維不織布に対して「1.25%含有される」、「融点が86?90℃(平均融点88℃)のオクタデカン酸のグリセリド(水添動植物油脂)」が記載されている。したがって、訂正事項(1-2)は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。 また、特許請求の範囲を拡張し、又は変更をするものではないことは明らかである。 エ.訂正事項(1-3)について 訂正事項(1-3)は、本件訂正前の本件請求項1に記載された長繊維不織布が、「MFRが70g/10分以下」である「融点が105℃以下であるポリオレフィン系樹脂」を含有するものであるところ、MFRについて「10g/10分以上40g/10分以下」と数値範囲を狭め、「ポリオレフィン系樹脂」が、ポリオレフィン系樹脂の一種ある「ポリプロピレン樹脂」であることを限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 上記イ.に摘記された本件特許発明の段落【0039】には、「融点が104℃でMFRが18g/10分の低融点ポリプロピレン樹脂(Exxon mobil社製 Vistamaxx6202)を低融点ポリプロピレン樹脂」を混合する旨の記載がある。また、本件特許明細書の段落【0025】には、「・・・低融点ポリオレフィン系樹脂のMFRは・・・特に好ましくは10g/10分以上40g/10分以下である。MFRがこの範囲内にあると糸切れなどが非常に少なく紡糸性が優れる。」との記載もある。したがって、訂正事項(1-3)は、したがって、訂正事項(1-3)は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。 また、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。 (4)一群の請求項について 本件訂正前の請求項2?9は、請求項1を直接あるいは間接に引用するものであるから、本件訂正は、一群の請求項毎に請求されるものである。 3.小括 上記2.(1)?(4)に示したとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、本件訂正後の請求項〔1-9〕について訂正を認める。 第3.特許異議申立てについて 1.本件発明 本件訂正請求により訂正された請求項1、5?9に係る発明(以下「本件発明1」等という。)は、その本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1、5?9に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。 「【請求項1】 平均単糸繊度が0.7dtex以上3.0dtex以下のポリプロピレン繊維からなる長繊維不織布であって、融点が70℃以上であるオクタデカン酸のグリセリドを繊維重量に対し1.25wt%以上5.0wt%以下で含有し、更にMFRが10g/10分以上40g/10分以下で融点が105℃以下であるポリプロピレン樹脂を繊維重量に対し10wt%以上30wt%以下で含有し、タテ方向とヨコ方向の曲げ柔軟度の平均値が53mm以下であり、そして結晶化度が55%以下であることを特徴とする前記長繊維不織布。 【請求項5】 前記長繊維不織布の目付が10g/m^(2)以上40g/m^(2)以下である、請求項1に記載の長繊維不織布。 【請求項6】 前記長繊維不織布の摩擦係数が0.50以下である、請求項1、及び5のいずれか一項に記載の長繊維不織布。 【請求項7】 前記長繊維不織布に凹凸の賦型加工がなされている、請求項1、5及び6のいずれか一項に記載の長繊維不織布。 【請求項8】 請求項1、5、6及び7のいずれか一項に記載の長繊維不織布を用いてなる吸収性物品。 【請求項9】 前記吸収性物品が使い捨てオムツ、生理用ナプキンまたは失禁パットのいずれかである、請求項8に記載の吸収性物品。」 2.取消理由の概要 本件訂正前の請求項1?9に係る特許に対して平成29年2月20日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、以下のとおりである。なお、申立人が特許異議申立書において記載した全ての取消理由が通知された。 【理由1】本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許に係る出願(優先日)前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その出願(優先日)前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 記 ・本件発明1?9について 以下の、<刊行物一覧>に記載した甲第1号証等を、以下、「甲1」等という。また、各甲号証に記載た発明や事項を、以下、「甲1発明」、「甲2事項」等という。 本件発明1ないし9は、甲1発明及び甲2ないし4事項から、当業者が容易に発明をすることができたものである。 < 刊 行 物 一 覧 > 1.特開2009-138311号公報(本件特許異議申立ての甲第1号証) 2.米国特許第6342565号明細書(同甲第2号証) 3.「プラスチック・機能性高分子材料事典」編集委員会編、「プラスチック・機能性高分子材料事典」、産業調査会 事典出版センター、2005年8月1日初版第2刷、863?868ページ(同甲第3号証) 4.特表2009-538394号公報(同甲第4号証) 【理由2】本件特許の特許請求の範囲の記載は、下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 記 (1)本件特許の請求項1に記載された「融点が70℃以上であるエステル化合物」として、本件特許明細書の発明の詳細な説明に具体的に効果が示されているのは、「オクタデカン酸のグリセリド」だけであるから、本件特許明細書の記載から、上記請求項1の記載にまで、拡張ないし一般化できるとは認められない。 (2)本件特許の請求項1には、「融点が70℃以上であるエステル化合物」を、繊維重量に対し、「1.25wt%以上5.0wt%以下で含有し」との記載がある。ここで、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、「融点が70℃以上であるエステル化合物」が、「オクタデカン酸のグリセリド」以外の場合において、「1.25wt%以上5.0wt%以下」において、同様な効果が奏されるか否かが、明確に記載されていない。 (3)本件特許の請求項1には、「ポリオレフィン系樹脂」の「MFRが70g/10分以下」との記載がある。しかし、本件特許明細書の発明の詳細な説明に具体的な効果が記載されているものは、「MFR」が、「18g/10分」及び「25g/10分」のものだけであり、これら以外のMFRのものであっても、同様な効果が奏されるか不明である。 (4)本件特許の請求項1には、「ポリオレフィン系繊維」及び「ポリオレフィン系樹脂」が記載されているが、本件特許明細書の発明の詳細な説明に、具体的な効果が示されているものは、ポリプロピレン系の繊維及び樹脂のみであり、その他のポリオレフィンにおいても同様な効果が奏されるのか不明である。 (5)本件特許の請求項1には、本件特許発明1の「長繊維不織布」の「結晶化度が55%以下」であるとの記載がある。しかし、甲5によれば、繊維の結晶化度は、繊維形成段階における冷却温度に依存し、その他、冷却条件や延伸条件の影響を受けるにもかかわらず、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、どのような繊維形成条件等を採用すれば、課題を解決できるのか、当業者が認識できる程度に具体例又は説明が記載されていない。 【理由3】本件特許明細書の、発明の詳細な説明の記載は、下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。 記 本件特許の請求項1には、本件特許発明1の「長繊維不織布」の「タテ方向とヨコ方向の曲げ柔軟度の平均値が53mm以下であり、」との記載がある。しかし、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、当該記載に係る技術的事項を、どのようにすれば実現できるのかが記載されておらず、かつ、当該事項が当業者にとって自明な事項であるとも認められない。 3.理由1(特許法第29条第2項)についての当審の判断 (1)本件発明1について ア.甲1 甲1には、【請求項1】?【請求項4】の記載があり、段落【0029】に実施例3について記載されている。これらの記載から甲1には、以下の甲1発明が記載されている。 「平均単糸繊度が2.0dtexのポリプロピレン繊維からなる長繊維不織布であって、 融点が86?90℃以上であるオクタデカン酸グリセリドを繊維重量に対し3.5%で含有する長繊維不織布」 イ.対比 本件発明1と甲1発明とを対比すると、以下の点で相違し、その余で一致する。 <相違点1> 本件発明1の長繊維不織布は、MFRが10g/10分以上40g/10分以下であるポリプロンピレン樹脂を、繊維重量に対し10wt%以上30wt以下で含有するものであるのに対し、甲1発明の長繊維不織布はそのような樹脂を含有しない点。 <相違点2> 本件発明1の長繊維不織布は、タテ方向とヨコ方向の曲げ柔軟度の平均値が53mm以下であるのに対し、甲1発明の長繊維不織布の曲げ柔軟度の平均値は不明である点。 <相違点3> 本件発明1の長繊維不織布の結晶化度は55%以下であるのに対し、甲1発明の長繊維不織布の結晶化度が不明である点。 ウ.相違点についての検討。 まず、<相違点1>について検討する。 本件特許明細書には以下の記載がある。 「【0011】 更に、120℃以下の融点を有し、70g/10分以下のMFRを有する低融点ポリオレフィン系樹脂には、ポリオレフィン繊維の紡糸時の延伸配向結晶化を抑制し、繊維構造を柔軟にする効果がある。 即ち本発明の長繊維不織布は、繊維径を特定範囲とし、特定温度の融点を有するエステル化合物により摩擦係数を小さくすることで不織布表面のすべすべ感が発現され、更に、特定温度の融点を有し特定MFRを有する低融点ポリオレフィン系樹脂によりポリオレフィン系繊維の結晶化を抑制することで繊維自体の柔らかさを発現させる。更に、低融点ポリオレフィン系樹脂によって増加した非晶領域にエステル化合物が更に入り込みやすくなるという相乗効果によって、曲げ柔らかさを高めた、柔軟性、風合いおよび肌触り性に優れたポリオレフィン系長繊維不織布を得ることができ、特に吸収性物品の肌に触れる部分に好適に用いることができる。」 上記記載から、本件発明1は、ポリプロピレン繊維(ポリオレフィン系繊維)にMFRが10g/10分以上40g/10分以下であるポリプロンピレン樹脂(ポリオレフィン系樹脂)を含有せしめることで、非晶領域を増加せしめ、オクタデカン酸グリセリド(エステル化合物)が、増加した非晶領域に更に入り込みやすくなるとの相乗効果によって、曲げ柔らかさを高めた、柔軟性、風合いおよび肌触り性に優れたポリオレフィン系長繊維不織布を得ることができるとの格別な作用効果を奏するものである。したがって、本件発明1において、<相違点1>に係る構成である長繊維不織布が、MFRが10g/10分以上40g/10分以下であるポリプロンピレン樹脂を含有する点は、オクタデカン酸グリセリドを含有する点と一体不可分な構成である。 また、他の証拠をみても、<相違点1>に係る構成を有する長繊維不織布が、MFRが10g/10分以上40g/10分以下であるポリプロンピレン樹脂を含有するとともに、オクタデカン酸グリセリドを含有する点は記載されていないし示唆する記載もない。 そして、本件特許発明1は、<相違点1>に係る構成を有する長繊維不織布が、MFRが10g/10分以上40g/10分以下であるポリプロンピレン樹脂を含有するとともに、オクタデカン酸グリセリドを含有することで、上記に示した格別な作用効果を奏するものである。 よって、甲1発明において、<相違点1>に係る構成を備えたものとすることは、当業者が容易になし得たものであるとはいえない。 エ.小括 以上のとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲2?4事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 したがって、本件発明1は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとすることはできない。 (2)本件発明5?9について 本件発明5?9は、上記1.に示したとおりのものである。 本件発明5?9は、いずれも本件発明1を引用するものであって、本件発明1に、さらに別の発明特定事項が付加されて、技術的に限定されたものである。 そうすると、上記(1)に示したように、本件発明1は、甲1発明及び甲2?4事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明1の発明特定事項を備え、さらに別の発明特定事項が付加されて技術的に限定された本件発明5?9のいずれも、甲1発明及び甲2?4事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 したがって、本件発明1は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとすることはできない。 4.理由2(特許法第36条第6項第1号)についての当審の判断 上記2.に示した当審が通知した取消理由のうち、特許法第36条第6項第1号についてのものは、理由2(1)?(5)にそれぞれ示したとおりのものである。それらについて、検討する。 (1)理由2の(1)及び(2)について 本件訂正の訂正事項(1-2)によって、訂正前の「エステル化合物」は、上記第2.の2.(3)ウ.に示したとおり、「オクタデカン酸のグリセリド」と本件特許明細書の段落【0039】の実施例1に記載されたエステル化合物に限定された。 よって、本件特許の請求項1、5?9の記載は、上記理由2(1)及び(2)により、特許法第36条第6項第1号の要件を満たさないとはいえない。 (2)理由2の(3)について 本件訂正の訂正事項(1-3)によって、訂正前の「融点が105℃以下であるポリオレフィン系樹脂」の「MFRが70g/10分以下」との記載のうち、「MFR」は、「10g/10分以上40g/10分以下」と更に限定された。そして、上記第2.の2.(3)エ.に示したとおり、本件特許明細書の段落【0025】には、「低融点ポリオレフィン系樹脂のMFRは・・・特に好ましくは10g/10分以上40g/10分以下である。」との記載があるから、本件特許の1、5?9の記載は、上記理由2(3)により、特許法第36条第6項第1号の要件を満たさないとはいえない。 (3)理由2の(4)について 本件訂正の訂正事項(1-1)によって、訂正前の「ポリオレフィン系繊維」は、上記第2.の2.(3)イ.に示したとおり、本件特許明細書の段落【0039】に示された実施例1に記載された「ポリプロピレン繊維」に限定された。 よって、本件特許の請求項1、5?9の記載は、上記理由2(4)により特許法第36条第6項第1号の要件を満たさないとはいえない。 (4)理由2(5)について 本件訂正後の本件特許の請求項1は、上記(1)?(3)に示したように、長繊維不織布の材質と長繊維不織布に含まれるエステル化合物や樹脂の材質が、本件特許明細書の段落【0039】の実施例1に示されたものに限定された。そして、実施例1について、段落【0039】及び【0058】の表1には、溶融樹脂の組成、紡糸温度、紡口hole当たりの溶融樹脂の吐出量、紡糸速度、単糸繊度について示されており、当業者であれば、本件発明の「曲げ柔軟性に優れた長繊維不織布を提供する」(段落【0007】)との課題を解決していることは理解できる。 よって、本件特許の請求項1、5?9の記載は、上記理由2(5)により特許法第36条第6項第1号の要件を満たさないとはいえない。 5.理由3(特許法第36条第4項第1号)についての当審の判断 本件特許明細書の段落【0011】には以下の記載がある。 「【0011】 更に、120℃以下の融点を有し、70g/10分以下のMFRを有する低融点ポリオレフィン系樹脂には、ポリオレフィン繊維の紡糸時の延伸配向結晶化を抑制し、繊維構造を柔軟にする効果がある。 即ち本発明の長繊維不織布は、繊維径を特定範囲とし、特定温度の融点を有するエステル化合物により摩擦係数を小さくすることで不織布表面のすべすべ感が発現され、更に、特定温度の融点を有し特定MFRを有する低融点ポリオレフィン系樹脂によりポリオレフィン系繊維の結晶化を抑制することで繊維自体の柔らかさを発現させる。更に、低融点ポリオレフィン系樹脂によって増加した非晶領域にエステル化合物が更に入り込みやすくなるという相乗効果によって、曲げ柔らかさを高めた、柔軟性、風合いおよび肌触り性に優れたポリオレフィン系長繊維不織布を得ることができ、特に吸収性物品の肌に触れる部分に好適に用いることができる。」 そして、上記第2.の2.(3)イ.に摘記したように、段落【0039】には、ポリオレフィン系繊維としてポリプロピレン繊維を、ポリオレフィン系樹脂としてポリプロピレン樹脂を、エステル化合物として、オクタデカン酸のグリセリドを採用した実施例1が記載されている。 以上の記載から、当業者であれば、不織布の曲げ柔軟度が、構成繊維の繊度を細くし、ポリオレフィン系繊維としてポリプロピレン繊維を、ポリオレフィン系樹脂としてポリプロピレン樹脂を、エステル化合物として、オクタデカン酸のグリセリドを採用しつつ、それらを特定の割合で配合することで、低融点ポリプロピレン樹脂によって増加した非晶領域にオクタデカン酸のグリセリドが更に入り込ませることにより曲げ柔らかさが高められることが理解できる。そうすると、本件特許の長繊維不織布の曲げ柔軟度は、上記構成繊維の繊度やポリプロピレン樹脂やオクタデカンのグリセリドのポリプロピレン繊維に対する含有せしめる割合等を変えることで、変化させることができることは明らかであるから、「長繊維不織布のタテ方向とヨコ方向の曲げ柔軟度の平均値が53mm以下」とすることが、本件特許明細書の発明の詳細な説明に、当業者が実施できる程度に記載されていない、ということはできない。 6.平成29年5月19日付け意見書での申立人の意見について 申立人は、本件発明1、5?9について、平成29年5月19日付け意見書において、以下の取消理由(1)及び(2)があるとの意見を述べているから検討する。 (1)特許法第29条第2項の取消理由について 申立人は、本件発明1、5?9に対する、特許法第29条第2項の取消理由について、参考資料1及び2を提出し、「訂正により新たに生じた相違点1’については、参考資料1及び2に記載される公知あるいは周知の技術から容易に想到できる」との意見を述べている。(2ページ下から7行?11ページ1行) しかし、参考資料1には、ポリプロピレン繊維からなる不織布の柔軟性を改善するために、ポリプロピレン樹脂を加えるとの記載はないし、示唆もない。そして、エステル化合物として、モノステアリン酸グリセロールを用いることが記載されているものの、それが、オクタデカン酸グリセリドを含ませたものと同様の作用を奏するかは参考資料1や他の証拠からは明らかではない。 また、参考資料2には、低立体規則性ポリプロピレンを加えて柔軟性を向上させる旨の記載はあるものの、エステル化合物として、オクタデカン酸グリセリドを含有せしめる旨の記載はないし、示唆もない。 そうすると、参考資料1及び2のいずれにも、<相違点1>に係る構成を有する長繊維不織布が、ポリプロピレン樹脂を含有するとともに、オクタデカン酸グリセリドを含有する点は記載されていないし示唆されていないから、申立人の意見を採用することはできない。 (2)特許法第36条第4項第1号の取消理由について 本件特許明細書の段落【0036】には、「曲げ柔軟度(mm)」の測定方法について、「・・・次に、図1の(3)に示したように、ステンレス製の定規を折り重ねて生じたループの方向へ、長手方向に直交した状態でゆっくりとスライドさせ、図1の(4)に示したように、試料の反発力でループが伸びて折り重ねが無くなったときの状態を終点とし、試験片の端と定規間の距離(L)をスケールで読む。・・・」との記載があるが、「ゆっくりとスライドさせる」とはどの程度であるのかが不明であり、これによって、発明の構成要件「タテ方向とヨコ方向の曲げの柔軟度平均値が53mm以下」の数値自体が変動してしまう虞がある。よって、本件発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の要件に違背するものである旨の意見を述べている。(11ページ2?24行) しかし、上記段落【0036】には、「図1の(4)に示したように、試料の反発力でループが伸びて折り重ねが無くなったときの状態を終点」とするとの記載があり、図1の(3)をみると定規スライドにおいて、定規のスライド方向先端は試料片の表面に接していないもかかわらず、試料片の折り重ねが解消していく状態の図示がある。ここで、あまりに定規を早くスライドさせると、定規のスライド方向先端が試料に衝突することによって折り重ねが拡げられることは明らかであるから、「ゆっくりとスライドさせる」とは、図1の(3)に図示されているように、定規のスライド方向先端部は試料片の表面に接していないもかかわらず、試料片の折り重ねが解消していくような程度のものであることが理解できる。 したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号の要件を満たしていない、ということはできない。 第4.むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知によって通知された取消理由によっては、本件発明1、5?9のそれぞれに係る特許を取り消すことはできない。 また、本件特許の請求項2?4に係る特許は、訂正により、削除されたため、本件特許の請求項2?4に対して、申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。よって、本件発明2?4に係る特許異議の申立ては不適法であって、その補正をすることができないものであるから、特許法第120条の8で準用する同法第135条の規定により、却下すべきものである。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 平均単糸繊度が0.7dtex以上3.0dtex以下のポリプロピレン繊維からなる長繊維不織布であって、融点が70℃以上であるオクタデカン酸のグリセリドを繊維重量に対し1.25wt%以上5.0wt%以下で含有し、更にMFRが10g/10分以上40g/10分以下で融点が105℃以下であるポリプロピレン樹脂を繊維重量に対し10wt%以上30wt%以下で含有し、タテ方向とヨコ方向の曲げ柔軟度の平均値が53mm以下であり、そして結晶化度が55%以下であることを特徴とする前記長繊維不織布。 【請求項2】(削除) 【請求項3】(削除) 【請求項4】(削除) 【請求項5】 前記長繊維不織布の目付が10g/m^(2)以上40g/m^(2)以下である、請求項1に記載の長繊維不織布。 【請求項6】 前記長繊維不織布の摩擦係数が0.50以下である、請求項1、及び5のいずれか一項に記載の長繊維不織布。 【請求項7】 前記長繊維不織布に凹凸の賦型加工がなされている、請求項1、5及び6のいずれか一項に記載の長繊維不織布。 【請求項8】 請求項1、5、6及び7のいずれか一項に記載の長繊維不織布を用いてなる吸収性物品。 【請求項9】 前記吸収性物品が使い捨てオムツ、生理用ナプキンまたは失禁パットのいずれかである、請求項8に記載の吸収性物品。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2017-07-19 |
出願番号 | 特願2011-110448(P2011-110448) |
審決分類 |
P
1
651・
536-
YAA
(D04H)
P 1 651・ 537- YAA (D04H) P 1 651・ 121- YAA (D04H) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 加賀 直人、佐藤 玲奈、福井 弘子、斎藤 克也 |
特許庁審判長 |
渡邊 豊英 |
特許庁審判官 |
久保 克彦 蓮井 雅之 |
登録日 | 2016-06-17 |
登録番号 | 特許第5948537号(P5948537) |
権利者 | 旭化成株式会社 |
発明の名称 | 柔軟性のある長繊維不織布 |
代理人 | 三間 俊介 |
代理人 | 中村 和広 |
代理人 | 齋藤 都子 |
代理人 | 三間 俊介 |
代理人 | 石田 敬 |
代理人 | 青木 篤 |
代理人 | 古賀 哲次 |
代理人 | 石田 敬 |
代理人 | 青木 篤 |
代理人 | 中村 和広 |
代理人 | 齋藤 都子 |
代理人 | 古賀 哲次 |