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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F04C
審判 査定不服 特174条1項 特許、登録しない。 F04C
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F04C
管理番号 1332771
審判番号 不服2016-11851  
総通号数 215 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-11-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-08-05 
確定日 2017-09-21 
事件の表示 特願2014- 39064「ロータリ圧縮機」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 9月 7日出願公開、特開2015-161295〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯

本願は、平成26年2月28日の出願であって、平成27年4月7日付けで拒絶理由が通知され、平成27年6月10日付けで意見書が提出されるとともに手続補正がなされ、平成27年11月12日付けで最後の拒絶理由が通知され、平成27年12月16日付けで意見書が提出されるとともに手続補正がなされたが、平成28年6月7日付けで平成27年12月16日付けの手続補正の却下の決定がされるとともに拒絶査定がなされ、この査定に対して平成28年8月5日付けで拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに手続補正がなされたものである。

第2 平成28年8月5日付けの手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
平成28年8月5日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.補正の内容

1-1.本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正により、特許請求の範囲の記載は、次のとおり補正された(下線部は、補正箇所である。)。
「【請求項1】
上部に冷媒の吐出部が設けられ下部側面に冷媒の吸入部が設けられ密閉された縦置きの圧縮機筐体と、
前記圧縮機筐体の下部に配置され、環状のシリンダと、軸受部及び吐出弁部を有し前記シリンダの一端部を閉塞する端板と、軸受部を有し前記シリンダの他端部を閉塞する端板又は中間仕切板と、前記軸受部に支持された回転軸の偏芯部に嵌合され前記シリンダのシリンダ内壁に沿って該シリンダ内を公転し前記シリンダ内壁との間に作動室を形成する環状ピストンと、前記シリンダに設けられたベーン溝内から前記作動室内に突出して前記環状ピストンに当接し前記作動室を吸入室と圧縮室とに区画するベーンと、を備える圧縮部と、
前記圧縮機筐体の上部に配置され、前記回転軸を介して前記圧縮部を駆動するモータと、
を備え、前記吸入部を通して冷媒を吸入し、前記圧縮機筐体内を通して前記吐出部から冷媒を吐出するロータリ圧縮機において、
前記冷媒は、R32冷媒、若しくは、R32冷媒を少なくとも25重量%以上含む混合冷媒であり、
ベーン幅をW、偏心部の偏心量をe、ベーン先端曲率半径をRv、環状ピストン半径をRro、ベーン先端両側部の非摺動領域幅をWtとすると、ベーン幅Wを3.2mmとするとともに、次の(A)式により定義されるベーン先端両側部の非摺動領域幅Wtが、(B)式を満足する値となるように、ベーン幅W及びベーン先端曲率半径Rvを設定することを特徴とするロータリ圧縮機。
Wt=(W/2)-e×Rv/(Rv+Rro)・・・(A)
0.3mm≦Wt≦0.5mm・・・・・・・・・(B)」

1-2.本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の、平成27年6月10日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の記載は次のとおりである。
「【請求項1】
上部に冷媒の吐出部が設けられ下部側面に冷媒の吸入部が設けられ密閉された縦置きの圧縮機筐体と、
前記圧縮機筐体の下部に配置され、環状のシリンダと、軸受部及び吐出弁部を有し前記シリンダの一端部を閉塞する端板と、軸受部を有し前記シリンダの他端部を閉塞する端板又は中間仕切板と、前記軸受部に支持された回転軸の偏芯部に嵌合され前記シリンダのシリンダ内壁に沿って該シリンダ内を公転し前記シリンダ内壁との間に作動室を形成する環状ピストンと、前記シリンダに設けられたベーン溝内から前記作動室内に突出して前記環状ピストンに当接し前記作動室を吸入室と圧縮室とに区画するベーンと、を備える圧縮部と、
前記圧縮機筐体の上部に配置され、前記回転軸を介して前記圧縮部を駆動するモータと、
を備え、前記吸入部を通して冷媒を吸入し、前記圧縮機筐体内を通して前記吐出部から冷媒を吐出するロータリ圧縮機において、
ベーン幅をW、偏心部の偏心量をe、ベーン先端曲率半径をRv、環状ピストン半径をRro、ベーン先端両側部の非摺動領域幅をWtとすると、ベーン幅Wを3.2mm以下とするとともに、次の(A)式により定義されるベーン先端両側部の非摺動領域幅Wtが、(B)式を満足する値となるように、ベーン幅W及びベーン先端曲率半径Rvを設定することを特徴とするロータリ圧縮機。
Wt=(W/2)-e×Rv/(Rv+Rro)・・・(A)
0.3mm≦Wt≦0.5mm ・・・・・・・・・(B)
【請求項2】
前記冷媒は、R32冷媒、若しくは、R32冷媒を少なくとも25重量%以上含む混合冷媒であることを特徴とする請求項1に記載のロータリ圧縮機。」

2.補正の適否
特許請求の範囲についての本件補正は、本件補正前の請求項2に記載された事項を請求項1に加入するとともに請求項2を削除して請求項数を2から1にし、かつ本件補正前の請求項1に記載された「ベーン幅Wを3.2mm以上とする」を「ベーン幅Wを3.2mmとする」に変更するものであるから、特許法第17条の2第5項第1号の請求項の削除及び同条同項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に記載された発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について以下に検討する。

2-1.本件補正発明
本件補正後の請求項1に係る発明は、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりのものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本件補正発明」という。)は、前記「1-1.」に記載したとおりのものである。

2-2.引用例の記載事項
(1)引用例1
(1-1)平成27年4月7日付けで通知された拒絶理由及び平成27年12月16日付けの手続補正に対して平成28年6月7日付けでされた補正の却下の決定の理由で引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である特開2007-92575号公報(以下、「引用例1」という。)には、図面とともに、次の記載がある(下線は、当審で付加した。)。
(ア)「【請求項1】
密閉容器内に、圧縮要素と、この圧縮要素の駆動源となる電動要素とを有する回転式圧縮機において、
前記圧縮要素は、前記シリンダ内を偏心回転するローリングピストンと摺接し、シリンダ溝内を往復摺動するベーンを有し、前記ベーンは少なくとも前記ローリングピストンとの摺接面に耐摩耗性のコーティングを施すと共に、前記ローリングピストンと摺接する摺接部の形状を、断面が長手方向に同一の円弧形状で形成し、前記円弧の半径が該ベーンの厚さの2倍以上としたことを特徴とする回転式圧縮機。」
(イ)「【0001】
この発明は、冷凍サイクル等に使用される回転式圧縮機に関するもので、特に回転式圧縮機のベーンの耐摩耗性を向上させる技術に関する。」
(ウ)「【0004】
代替冷媒の一つであるHFC冷媒(例えば、R410A)は、R22のようにその分子内に塩素原子を含んでいないため、摺動部において、耐摩耗性に優れる塩化鉄膜を形成しない。そのため、HFC冷媒導入に伴い、ベーンの耐摩耗性向上のため、ベーンに窒化処理やコーティングを施すことが行われている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
さらに、HFC冷媒、特に自然冷媒では、圧縮機運転圧力が従来よりも高くなるため、ベーンに高い耐摩耗性を有するコーティングが施される傾向にある。
【特許文献1】特許第3666894号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の回転式圧縮機のベーンは、ベーン先端R半径が比較的小さく、ベーン先端R半径のベーン厚さに対する比は1.10?1.90程度である。ベーンとローリングピストンの二つの弾性体が押し付けられると、一般にそれらは点や線接触ではなく面接触をし、その接触部にヘルツ応力が発生する(ヘルツの弾性接触理論)。ベーン先端R半径のベーン厚さに対する比が小さくなると、ヘルツ応力は大きくなる。ベーンの耐摩耗性を改善するために種々のコーティングが施されるが、ヘルツ応力が大きいとコーティングが剥離することがある。HFC冷媒程度の作動圧力では、コーティングが剥離することは少ないが、作動圧力が高くなる炭酸ガス冷媒下では、コーティングの剥離が発生しやすくなるという課題があった。
【0007】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたもので、冷媒として炭酸ガス等の自然冷媒を用いた用途においても、十分な摺動耐力を有するベーンを備えた回転式圧縮機を提供することを目的とする。」
(エ)「【0011】
図1に示すように、回転式圧縮機は、胴部1と、上皿容器2と、下皿容器3とからなる密閉容器4内に、圧縮要素10と、電動要素13と、図示しない冷凍機油とを収納している。圧縮要素10は、内部に圧縮室を形成するシリンダ5の両端開口部を閉塞する上軸受け6、下軸受け7、駆動軸8の偏芯部に嵌合するローリングピストン9、シリンダ5の溝内を往復運動し、先端がローリングピストン9と接するベーン14等で構成される。電動要素13は、胴部1に固定されるステータ12と、ステータ12の内部で回転するロータ11とを有する。
【0012】
図2に示すように、ベーン14、ローリングピストン9、シリンダ5、シリンダ5の両端開口部を閉塞する上軸受け6及び下軸受け7に囲まれて圧縮室が形成される。駆動軸8が図2で反時計廻りに回転すると、ローリングピストン9がシリンダ5内で偏心回転し、吸入口15から吸込まれた冷媒ガスは圧縮され、吐出口16から吐出される。この吸込み-圧縮-吐出行程において、ベーン14とローリングピストン9の接触部に、押付力が発生する。」
(オ)「【0013】
ベーン14は、ベーンスプリング及びシリンダ5内外の圧力差によりローリングピストン9に押し付けられている。回転式圧縮機では、ベーン14がローリングピストン9の偏心回転運動に応じて、シリンダ5の溝に沿って往復運動を行うときに、ベーン14の先端部は、ベーンスプリングのばね力及びシリンダ5内外の圧力差により付勢された状態で、ローリングピストン9の外周面と摺動するので、ベーン14の先端とローリングピストン9の外周面に摩耗が生じる。
・・・(中略)・・・
【0016】
コーティングしたベーン14の一例を説明する。ベーン14はローリングピストン9との摺接部が、断面が長手方向に同一の円弧形状で形成されている。このベーン14の耐摩耗性を改善するために、コーティングが施される。基材(材料は高速度工具鋼:SKH51(JIS))に窒化処理を施して窒化拡散層を形成し、さらに、その上にDLC-Si(ダイヤモンドライクカーボン-シリコン)コーティング層を形成する。DLC-Siコーティング層は、シリコンを含有したアモルファスカーボンである。コーティングは、ローリングピストン9との摺接部は少なくとも施す必要がある。全体にコーティングを施せば、シリンダ5、上軸受け6及び下軸受け7との摺接部の耐摩耗性も向上する。
・・・(中略)・・・
【0018】
本実施の形態では、ベーン14の先端Rを大きくすると、既に述べたヘルツ応力が小さくなる点に注目した。ベーン14にコーティングを施さない場合は、ベーン14の摩耗が進行してベーン14の角がローリングピストン9に摺接することを避けるために、ベーン14の先端Rは比較的小さく設計される。ベーン14にコーティングを施すときは、ベーン14が摩耗しないことが期待できるため、最初からベーン14の先端Rを大きく設計し、ヘルツ応力が小さくなるようにしてコーティングのはがれを抑制することが考えられる。
【0019】
そこで、図3に示すように、ベーン14の先端Rが異なる3種類の耐久試験用の回転式圧縮機を試作した。ベーン14の幅(厚さ)は3.2mm、ローリングピストン9の外径は34mm、駆動軸8の偏芯量は3mmで、これらは3種類の回転式圧縮機全て同じである。さらに、3種類の全ての回転式圧縮機のベーン14にコーティングを施した。そして、ベーン14の先端R半径が、9mm、6.7mm、5.4mmのものを用意した。これらの、ベーン先端R半径のベーン幅に対する比は、それぞれ2.8、2.1、1.7である。」
(カ)「【0023】
以上のように、ベーン先端R半径のベーン幅に対する比が2以上で、コーティングをすれば、コーティングがはがれないため、摩耗しないことが解る。ベーン先端R半径のベーン幅に対する比が2以下では、ヘルツ応力が大きくなるため、コーティングがはがれ、摩耗する。」
(キ)「【0025】
炭酸ガス以外の冷媒では、コーティングを施したベーン14のベーン先端R半径のベーン幅に対する比が2以上であれば、コーティングがはがれないことは言うまでもない。」

そして、特に記載事項(ウ)、(エ)及び図1、2の記載からみて、次の事項が理解できる。
(ク)密閉容器4は、縦置きされており、上部に冷媒ガスの吐出部が設けられ、下部側面に冷媒ガスの吸入部が設けられ、
圧縮要素10は、密閉容器4の下部に配置され、
電動要素13は、密閉容器4の上部に配置される。
特に記載事項(ア)、(エ)及び図1の記載からみて、次の事項が理解できる。
(ケ)電動要素13は、駆動軸8を介して圧縮要素10を駆動する。
特に図1の記載からみて、次の事項が理解できる。
(コ) 駆動軸8は、上軸受け7及び下軸受け8に支持されている。
(1-2)そうすると、これらの記載からみて、本件補正発明に倣って整理すれば、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「上部に冷媒ガスの吐出部が設けられ、下部側面に冷媒ガスの吸入部が設けられ、縦置きされた密閉容器4と、
密閉容器4の下部に配置され、内部に圧縮室を形成するシリンダ5の両端開口部を閉塞する上軸受け6、下軸受け7、駆動軸8の偏芯部に嵌合するローリングピストン9、シリンダ5の溝内を往復運動し、先端がローリングピストン9と接するベーン14等で構成される圧縮要素10と、
密閉容器4の上部に配置され、駆動軸8を介して圧縮要素10を駆動する電動要素13と、を備え、
ベーン14、ローリングピストン9、シリンダ5、上軸受け6及び下軸受け7に囲まれて圧縮室が形成され、駆動軸8が回転すると、ローリングピストン9がシリンダ5内で偏心回転し、吸入口15から吸込まれた冷媒ガスは圧縮され、吐出口16から吐出され、
駆動軸8は、上軸受け7及び下軸受け8に支持されており、
ベーン14は、ローリングピストン9と摺接する摺接部の形状を、断面が長手方向に同一の円弧形状で形成し、前記円弧の半径が該ベーンの厚さの2倍以上とされており、
ベーン14の幅(厚さ)は3.2mm、ローリングピストン9の外径は34mm、駆動軸8の偏芯量は3mmとしたとき、例えばベーン14の先端R半径が9mmである
回転式圧縮機。」

(2)引用例2
(2-1)平成27年4月7日付けで通知された拒絶理由及び平成27年12月16日付けの手続補正に対して平成28年6月7日付けでされた補正の却下の決定の理由で引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である特開平8-14175号公報(以下、「引用例2」という。)には、図面とともに、次の記載がある。
(サ)「【請求項15】 偏心軸上に装架されたローラと、該ローラを転動可能に収納するシリンダと、該シリンダに対して進退自在に設けられ且つ前記ローラの外側面に付勢状態で摺接されるベーンとを備えたロータリー圧縮機であって、前記ベーンの母材を、表面硬度600Hv?800Hvの合金鋼あるいは窒化等の表面処理により表面硬度800Hv?1200Hvに調整された合金鋼で構成し、ベーン先端部の表面に窒化クロムのセラミックコーティングを施したことを特徴とするロータリー圧縮機。
・・・(中略)・・・
【請求項17】 前記ベーンの先端には凸曲面部を形成するとともに、該凸曲面部の曲率半径をr、ベーン先端幅をb、ローラの半径をR、ローラの公転半径をe、ベーン先端のエッジにおける非接触幅をαとしたとき、r=(b-2α)/(2e-b+2α)となるように設定し、しかもα=0.1?0.8mmとしたことを特徴とする前記請求項15および16のいずれか一項記載のロータリー圧縮機。」
(シ)「【0003】ところで、オゾン層破壊の元凶といわれるCFC・HCFC系フロンに対する規制(製造・使用の禁止)により、今後CFC・HCFC系フロンの代替品であるHFC系フロンを冷凍装置用冷媒として使用することを余儀なくされている」
(ス)「【0006】例えば、実開昭57ー3892号公報に開示されているように、ベーン先端の凸曲面の曲率半径を大きくし且つベーンにおける背圧受圧面積を縮小せしめることによってベーンとローラとの接触面圧を低下させることが考えられ」
(セ)「【0027】本願発明の第3の基本構成におけるベーン先端部は、自己潤滑性および耐摩耗性に優れているため、前記ベーンの先端を凸曲面部とした場合においても摩耗による形状変形がほとんど生じないところから、該凸曲面部の曲率半径をr、ベーン先端幅をb、ローラの半径をR、ローラの公転半径をe、ベーン先端のエッジにおける非接触幅をαとしたとき、r=(b-2α)/(2e-b+2α)となるように設定(即ち、曲率半径rを最大値に設定)し、しかもα=0.1?0.8mmとしても、ベーン先端のエッジとローラ外周面との接触が生ずるおそれはなく、結果としてベーン先端とローラとの接触面圧の低下が図れる。
・・・(中略)・・・
【0037】本願発明の第3の基本構成におけるベーン先端部は、自己潤滑性および耐摩耗性に優れているため、前記ベーンの先端を凸曲面部とした場合においても摩耗による形状変形がほとんど生じないところから、該凸曲面部の曲率半径をr、ベーン先端幅をb、ローラの半径をR、ローラの公転半径をe、ベーン先端のエッジにおける非接触幅をαとしたとき、r=(b-2α)/(2e-b+2α)となるように設定(即ち、曲率半径rを最大値に設定)し、しかもα=0.1?0.8mmとしても、ベーン先端のエッジとローラ外周面との接触が生ずるおそれはなく、結果としてベーン先端とローラとの接触面圧の低下が図れることとなり、ベーン先端部の焼付き・異常摩耗の防止による信頼性の向上と摩擦損失低減により高効率化が図れるという効果が得られる。」
(ソ)「【0096】実施例15
図17には、本願発明の実施例15にかかるロータリー圧縮機の要部が示されている。
【0097】本実施例の場合、ベーン4の先端に凸曲面部4aを形成しており、ベーン4およびローラ2の材質を以下のように規定している。
【0098】実施例1と同様に、ベーン4の母材を、表面硬度600Hv?800Hvの合金鋼あるいは窒化等の表面処理により表面硬度800Hv?1200Hvに調整された合金鋼により構成し、ベーン4の先端部表面に、窒化クロムのセラミックコーティングを施す一方、ローラ2を、表面硬度400Hv?600Hvに調整した合金鋳鉄あるいは表面硬度600Hv?800Hvに調整されたダイス鋼により構成している。
【0099】ところで、ベーン4の先端を凸曲面部4aとした場合、凸曲面部4aの曲率半径rは、ベーン先端幅をb、ローラの半径をR、ローラの公転半径をe、ベーン先端のエッジにおける非接触幅をαとしたとき、r=(b-2α)/(2e-b+2α)となるように設定されるが、ベーン4の摩耗が進行して、接触部が拡大して行き、α=0となると、ベーン4のエッジ部とローラ2の外周面とが接触して潤滑不良を起こす。そこで、従来のベーンにおいては、摩耗代を考慮して非接触部の幅αを大きく(例えば、α=0.9?1.0mm)していた。従って、凸曲面部4aの曲率半径rを大きくすることが難しくなり、接触面圧の低下にも限界があった。
【0100】ところが、本実施例の場合、上記した構成により、実施例1において述べたように耐摩耗性が著しく向上するところから、ベーン4先端の摩耗を保証寿命中において0.01mm以下にできるところから、非接触部の幅αを0.1?0.8mmにまで縮小しても、摩耗限界においてもベーン4のエッジ部とローラ2の外周面とが接触することはなくなる。つまり、非接触部の幅αの縮小が可能となるため、凸曲面部4aの曲率半径rの拡大が可能となり、接触面圧が低減できるのである(図19の曲線X参照)。」
そして、図17の記載は、以下の参考図のとおりである(ただし、図中の直線を区別するために記号A?Dを、図中の点を区別するために記号O_(1)?O_(3),P_(1),P_(2)をそれぞれ当審で付加している。さらに、直線D-Dは、ベーン4の先端に形成された凸曲面部4aとローラ2の外周面との接触点である点P_(1)を通りかつ直線A-Aと平行な直線であって、説明のために当審で付加したものである。)。


<参考図>

記載事項(ソ)にあるように、引用例2には、実施例15として、凸曲面部の曲率半径をr、ベーン先端幅をb、ローラの半径をR、ローラの公転半径をe、ベーン先端のエッジにおける非接触幅をαとしたとき、
r=(b-2α)/(2e-b+2α) ・・・(式1-1)
となるように設定することが記載されている。式1-1を変形すると、
α=(b/2)-e×r/(1+r) ・・・(式1-2)
となるから、ベーン先端のエッジにおける非接触幅αは、ローラの半径Rとは無関係に定め得ることとなる。
引用例2に記載された実施例15は、ベーン4の先端に凸曲面部4aが形成されたものであって、該凸曲面部4aの曲率半径rは一定であるから、前記凸曲面部4aとローラ2の外周面との接触は、実施例15の要部を示す図17に記載されているように、円と円との外接接触とみなすことができ、点接触となる。そして、前記凸曲面部4aとローラ2の外周面との接触点をP_(1)とすれば、点P_(1)は、ローラ2の公転に伴い凸曲面部4a上を移動し、直線A-Aと直線Bとの角度が直角となるときにベーン先端のエッジに最も近接することになる。そして、図17の記載から明らかなように、ベーン先端のエッジにおける非接触幅αは、ベーン先端幅bの半分から、点P_(1)がベーン先端のエッジに最も近接したときの点P_(1)と直線Bとの距離を減ずることにより定まる。
先に述べたとおり、式1-2によれば、図17において、前記凸曲面部4aの曲率半径r、ベーン先端幅b、ローラの公転半径eを定めれば、ローラの半径Rにかかわらず、ベーン先端のエッジにおける非接触幅αは一定とすることができる、ひいては、ベーン先端のエッジに最も近接したときの点P_(1)の位置も一定にすることができるということになる。しかしながら、円と円との外接接触において、接触点は、両方の円の中心を結ぶ線分の上の、当該線分を両方の円の半径の比に分割する点となるから、図17において、点P_(1)の位置は、ローラの半径Rの大きさに応じて変化する。したがって、式1-2、ひいては式1-1が誤りであることは、明らかである。
そして、前記のとおり、点P_(1)は、直線A-Aと直線Bとの角度が直角となるときにベーン先端のエッジに最も近接し、このとき、直線D-Dは直線A-Aと平行であるから、直線D-Dと直線Bとの角度も直角となり、直線Bと直線D-Dの交点をP_(2)とすれば、点P_(1)と直線Bとの距離は、線分P_(1)P_(2)の長さと等しくなる。そして、三角形O_(3)O_(1)O_(2)と三角形O_(3)P_(2)P_(1)は、いずれも、直角三角形となりかつ互いに相似となるから、線分P_(1)P_(2)の長さ=e×r/(R+r)となる。したがって、ベーン先端のエッジにおける非接触幅αは、
α=(b/2)-e×r/(R+r) ・・・(式2-2)
となり,前記凸曲面部4aの曲率半径r、ベーン先端幅b、ローラの半径R、ローラの公転半径eを定めれば、式2-2により一義的に定まる。
そして、式2-2を変形すると、
r=R×(b-2α)/(2e-b+2α) ・・・(式2-1)
となる。
ここで、式1-1と式2-1の右辺は等しくないが、前記の検討のとおり、式1-1が誤りであることは明らかであり,かつベーン先端幅b、ローラの半径R、ローラの公転半径e、ベーン先端のエッジにおける非接触幅αを定めれば、前記凸曲面部4aの曲率半径rは一義的に定まるといえるから、引用例2に記載された式1-1は式2-1の誤記である、すなわち右辺から「R×」の記載が抜けていたと認める。
(なお、図17において、点O_(1),O_(2),O_(3)が、それぞれ、ローラ2の公転中心、ローラ2の中心、ベーン4の先端に形成された凸曲面部4aの曲率中心であり、直線A-Aがローラの交点中心とローラの中心を結ぶ直線、直線Bがベーン先端の幅方向でみた中心軸であることは、その記載から明らかである。)
(2-2)以上のとおりであるから、引用例2には、実質的に、次の技術(以下,「引用例2に開示された技術」という。)が開示されている。
「偏心軸上に装架されたローラと、該ローラを転動可能に収納するシリンダと、該シリンダに対して進退自在に設けられ且つ前記ローラの外側面に付勢状態で摺接されるベーンとを備え、前記ベーンの先端には凸曲面部を形成したロータリー圧縮機であって、
ベーンの先端を凸曲面部とした場合においても摩耗による形状変形がほとんど生じないものにおいて、
凸曲面部の曲率半径をr、ベーン先端幅をb、ローラの半径をR、ローラの公転半径をe、ベーン先端のエッジにおける非接触幅をαとしたとき、
α=(b/2)-e×r/(R+r)
により定まるベーン先端のエッジにおける非接触幅α=0.1?0.8mmとすることにより、凸曲面部4aの曲率半径rの拡大が可能となり、ベーン先端とローラとの接触面圧が低減できる。」
(2-3)さらに、そして、図1、3?14、16の記載からみて、ロータリー圧縮機のシリンダが環状であることが理解できる。

(3)引用例3
本願の出願前に頒布された刊行物である特開2005-98611号公報(以下、「引用例3」という。)には、図面とともに、次の記載がある。
(タ)「【請求項1】
密閉容器内に冷凍機油を貯留するとともに、回転子及び、固定子から構成される電動モーターと前記電動モーターによって駆動される圧縮要素を収容し、前記圧縮要素は圧縮室で圧縮された冷媒を吐出する吐出バルブを備え、前記冷媒はR32を含むHFC混合冷媒であり、前記冷凍機油は直鎖アルキルベンゼンである冷媒圧縮機。
・・・(中略)・・・
【請求項6】
密閉容器内が高圧側になる請求項1から5のいずれか一項に記載の冷媒圧縮機。」
(チ)「【0020】
請求項6記載の発明は、請求項1から5いずれか一項に記載の発明の冷媒圧縮機を、密閉容器内が高圧側になるロータリー式コンプレッサーとしたものである。」
(ツ)「【0026】
圧縮要素26は圧縮室27で圧縮されたガスを吐出するとともに逆流を阻止する吐出バルブ29を備えている。
【0027】
本実施の形態の冷凍装置は冷媒圧縮機20、凝縮器31、乾燥器32、膨張機構33、蒸発器34が順次パイプにて接続されることで構成されている。混合冷媒35はRA407CでR32/R125/R134aとから構成され、本実施の形態の冷凍装置に封入されてある。
【0028】
以上のように構成された冷媒圧縮機について、以下その動作、作用を説明する。
電動モーター25が圧縮要素26を駆動することで、圧縮室27で圧縮された混合冷媒28は吐出バルブ29から密閉容器21内に吐出され、凝縮器31、乾燥器32、膨張機構33、蒸発器34を順次まわって周知の冷凍サイクルの動作がなされる。」
(テ)「【0029】
・・・(中略)・・・(表1)に示したのは各冷媒混合比率における吐出ガス温度を示したものである。」
そして、記載事項(タ)、(チ)、(テ)及び表1の記載からみて、次の事項が理解できる。
(ト)ロータリー式コンプレッサーである冷媒圧縮機において、冷媒は、R32の比率が50%又は45%であるHFC混合冷媒である。
また、記載事項(タ)、(チ)、(ツ)及び図1の記載からみて、以下の事項が理解できる。
(ハ)吐出バルブ29は、シリンダの一端部を閉塞する端板に設けられる。

(4)引用例4
本願の出願前に頒布された刊行物である特開平7-293468号公報(以下、「引用例4」という。)には、図面とともに、次の記載がある。
(ヒ)「【請求項34】 密閉ケース内に電動機と圧縮機械とを収容し、この圧縮機械で圧縮される冷媒にHFC冷媒を用いた密閉形ロータリコンプレッサにおいて、このコンプレッサの摺動部を潤滑する冷凍機油に4価以上のエステル油を用い、このエステル油を形成する4価以上のアルコールがヒンダードタイプアルコールであることを特徴とする密閉形コンプレッサ。」
(フ)「【0069】請求項34記載の密閉形コンプレッサでは、4価以上のエステル油を形成するアルコールがヒンダードタイプアルコールとすることにより、熱安定性や耐熱性に優れたものとなり、特にジフルオロメタン(R32冷媒)を多く含むHFC冷媒のようにコンプレッサ温度の高い場合に必要となる。」
(ヘ)「【0102】図3に示された密閉形コンプレッサは、空気調和機の冷凍サイクルに組み込まれる縦置タイプの高温用ロータリコンプレッサを示すものである。・・・(中略)・・・
【0103】この密閉形コンプレッサ60はツインタイプのロータリコンプレッサを示すものである。密閉形コンプレッサ60は密閉ケース11内に電動機12とこの電動機12により駆動される圧縮機械13とが収容され、電動機12は上部に、圧縮機械13は下部にそれぞれ設置される。
【0104】電動機12は密閉ケース11内の上部に圧入されるステータ16とこのステータ16に回転自在に設けられるロータ17とを有し、ロータ17にはクランクシャフト18が回転一体に設けられる。
【0105】クランクシャフト18はロータ17より下方に突出して延び、圧縮機械13のメインベアリング41とサブベアリング42により回転自在に支持される。
【0106】圧縮機械13は2個のシリンダ(シリンダブロック)43,43を有し、各シリンダ43,43のシリンダ室44,44内にピストンローラ45,45が収容される。ピストンローラ45はクランクシャフト18のクランク部18a,18bに軸装され、このクランクシャフト18の回転によりピストンローラ45,45が偏心回転せしめられるようになっている。
【0107】圧縮機械13の各シリンダ43,43間は仕切プレート61で仕切られている。この圧縮機械13はメインベアリング41側のシリンダ43を断面コの字状固定フレーム62にボルト固定し、このフレーム62を密閉ケース11内周部に溶接にて固定している。各シリンダ43,43のシリンダ室はブレード46により吸込側と吐出側とに分けられる。ブレード46は各シリンダ43,43に形成されたブレード溝47に摺動自在に収容され、スプリング48により常時ピストンローラ45側にばね付勢される。
【0108】密閉ケース11内に収容されたロータリ式圧縮機械13の各シリンダ43,43に対向して吸込用貫通孔64,64が形成され、この吸込用貫通孔64,64を介してアキュムレータ65からの吸込管66が、各シリンダ43の吸込孔にそれぞれ連通される。
【0109】吸込管66を通って吸い込まれたHFC冷媒のコンプレッサ用冷媒は、圧縮機械13の各シリンダ室44,44の吸込側に吸い込まれ、ここで圧縮作用が行われる。シリンダ室44で圧縮された冷媒は各吐出室55から第2吐出室56を経て密閉ケース11に放出され、その後、吐出管56を経て密閉ケース11外の冷凍サイクルに吐出されるようになっている。」
(ホ)「【0151】実施例1によると、コンプレッサ用冷媒にR134aのHFC単冷媒と、R32(25wt%)/R125(25wt%)/R134a(50wt%)のHFC混合冷媒を使用し、冷凍機油として3価のエステル油と4価のエステル油を用いて評価試験を行なった。」
(マ)「【0187】図14は密閉形コンプレッサをロータリコンプレッサに適用した例を示す。・・・(中略)・・・
【0188】実施例8および9の密閉形コンプレッサは、図2に示す低温用ロータリコンプレッサ40や図3に示す高温用ロータリコンプレッサ60に適用した例を示すもので、・・・(中略)・・・
【0189】密閉形コンプレッサのコンプレッサ用冷媒には、R134a冷媒あるいはR32/R134a混合冷媒のHFC冷媒を使用した。」
(ミ)「【0204】図15および図16に示す実施例10?14は、密閉形コンプレッサとして低温用ロータリコンプレッサと高温用ロータリコンプレッサを用いて、吐出圧力Pdが2.5MPa,吸込圧力が0.5MPaの圧力条件、コンプレッサ運転周波数90Hz,コンプレッサ用冷媒にR134a冷媒あるいはR32/R134a混合冷媒を使用し、」
(ム)「【0205】図18は密閉形コンプレッサの実施例15?17を示すものである。実施例15?17に示すものは、コンプレッサ摺動部を構成する一方の摺動部材(ピン)を相手材である他方の摺動部材(ディスク)に押し付け、摩擦摩耗試験機のテーブルテストにより評価試験を行なったものである。」
(メ)「【0208】図19および図20も図18と同じ方法でテーブルテストにより評価試験を行なった実施例18?20と実施例21?23をそれぞれ示すものである。
・・・(中略)・・・
【0211】この密閉形コンプレッサは、ロータリコンプレッサやヘリカルコンプレッサのコンプレッサ摺動部に適用することが望ましく、・・・(中略)・・・
【0217】さらに、この密閉形コンプレッサにおいて、HFC冷媒とともに使用される4価以上のエステル油を構成するアルコールに、ヒンダードタイプアルコールを用いることが望ましい。4価のヒンダードタイプアルコールを用いた4価のヒンダードタイプエステル油は、熱安定性や耐熱性に優れたものとなるので、特にジフルオロメタン(R32冷媒)を多く含むHFC冷媒のようにコンプレッサ温度の高い場合に必要となる。」
そして、これらの記載事項及び図14?16、18?20の記載からみて、以下の事項が理解できる。
(モ)密閉ケース内に電動機とこの電動機により駆動される圧縮機械とが収容され、電動機は上部に、圧縮機械は下部にそれぞれ設置され、この圧縮機械で圧縮される冷媒にHFC冷媒を用いた、縦置タイプの密閉型ロータリコンプレッサにおいて、HFC冷媒は、R32を25重量%、30重量%又は60重量%含むHFC混合冷媒である。

2-3.本件補正発明と引用発明との対比・判断
(1)対比
(ア)引用発明の「冷媒ガス」及び「密閉容器4」は、その構成及び機能からみて、それぞれ、本件補正発明の「冷媒」及び「圧縮機筐体」に相当するから、引用発明の「上部に冷媒ガスの吐出部が設けられ、下部側面に冷媒ガスの吸入部が設けられ、縦置きされた密閉容器4」は、本件補正発明の「上部に冷媒の吐出部が設けられ下部側面に冷媒の吸入部が設けられ密閉された縦置きの圧縮機筐体」に相当する。
(イ)引用発明の「シリンダ5」、「駆動軸8」、「ローリングピストン9」、「シリンダ5の溝」、「ベーン14」及び「圧縮要素10」は、その構成及び機能からみて、本件補正発明の「シリンダ」、「回転軸」、「環状ピストン」、「ベーン溝」、「ベーン」及び「圧縮部」に相当する。
引用発明の「内部に圧縮室を形成するシリンダ5の両端開口部を閉塞する上軸受け6、下軸受け7」の一方は、本件補正発明の「軸受部及び吐出弁部を有し前記シリンダの一端部を閉塞する端板」と、「軸受部を有し前記シリンダの一端部を閉塞する端板」である点で一致し、引用発明の「内部に圧縮室を形成するシリンダ5の両端開口部を閉塞する上軸受け6、下軸受け7」の他方は、本件補正発明の「軸受部を有し前記シリンダの他端部を閉塞する端板又は中間仕切板」に相当する。
引用発明の「駆動軸8が回転すると、ローリングピストン9がシリンダ5内で偏心回転」することは、本件補正発明の環状ピストンが「該シリンダ内を公転」することに相当する。そして、引用発明は、「ベーン14、ローリングピストン9、シリンダ5、上軸受け6及び下軸受け7に囲まれて圧縮室が形成され、駆動軸8が回転すると、ローリングピストン9がシリンダ5内で偏心回転し、吸入口15から吸込まれた冷媒ガスは圧縮され、吐出口16から吐出され」るものであるから、引用発明において、シリンダ5が、本件補正発明の「シリンダ内壁」に相当する部分を有し、ローリングピストン9が、当該部分に沿ってシリンダ5内で偏心回転し、ローリングピストン9、シリンダ5、上軸受け6及び下軸受け7に囲まれて形成される室が、ベーン14により、吸入口15に連通し、本件補正発明の「吸入室」に相当する一方の室と、吐出口16に連通し、本件補正発明の「圧縮室」に相当する他方の室と区画されることは、明らかである。
そうすると、引用発明の、「密閉容器4の下部に配置され、内部に圧縮室を形成するシリンダ5の両端開口部を閉塞する上軸受け6、下軸受け7、駆動軸8の偏芯部に嵌合するローリングピストン9、シリンダ5の溝内を往復運動し、先端がローリングピストン9と接するベーン14等で構成される圧縮要素10」を備え、「ベーン14、ローリングピストン9、シリンダ5、上軸受け6及び下軸受け7に囲まれて圧縮室が形成され、駆動軸8が回転すると、ローリングピストン9がシリンダ5内で偏心回転し、吸入口15から吸込まれた冷媒ガスは圧縮され、吐出口16から吐出され、駆動軸8は、上軸受け7及び下軸受け8に支持されて」いることは、
本件補正発明の「前記圧縮機筐体の下部に配置され、環状のシリンダと、軸受部及び吐出弁部を有し前記シリンダの一端部を閉塞する端板と、軸受部を有し前記シリンダの他端部を閉塞する端板又は中間仕切板と、前記軸受部に支持された回転軸の偏芯部に嵌合され前記シリンダのシリンダ内壁に沿って該シリンダ内を公転し前記シリンダ内壁との間に作動室を形成する環状ピストンと、前記シリンダに設けられたベーン溝内から前記作動室内に突出して前記環状ピストンに当接し前記作動室を吸入室と圧縮室とに区画するベーンと、を備える圧縮部」を備えることと、
「前記圧縮機筐体の下部に配置され、シリンダと、軸受部を有し前記シリンダの一端部を閉塞する端板と、軸受部を有し前記シリンダの他端部を閉塞する端板又は中間仕切板と、前記軸受部に支持された回転軸の偏芯部に嵌合され前記シリンダのシリンダ内壁に沿って該シリンダ内を公転し前記シリンダ内壁との間に作動室を形成する環状ピストンと、前記シリンダに設けられたベーン溝内から前記作動室内に突出して前記環状ピストンに当接し前記作動室を吸入室と圧縮室とに区画するベーンと、を備える圧縮部」
の点で一致する。
(ウ)引用発明の「電動要素13」は、その構成及び機能からみて、本件補正発明の「モータ」に相当するから、引用発明の「密閉容器4の上部に配置され、駆動軸8を介して圧縮要素10を駆動する電動要素13」は、本件補正発明の「前記圧縮機筐体の上部に配置され、前記回転軸を介して前記圧縮部を駆動するモータ」に相当する。
(エ)引用発明の圧縮要素10は、その構成からみて、ロータリ圧縮機構であるから、引用発明の「回転式圧縮機」は、本件補正発明の「ロータリ圧縮機」に相当する。そして、引用発明において、吸入口15から吸い込まれる冷凍ガスは、吸入部を通して回転式圧縮機内に吸入され、吐出口16から吐出された冷媒ガスは、吐出部を通して回転式圧縮機から吐出されることは、明らかであり、この点は、本件補正発明の「前記吸入部を通して冷媒を吸入し、前記圧縮機筐体内を通して前記吐出部から冷媒を吐出する」ことに相当する。
(オ)引用発明の「ベーン14の幅(厚さ)」、「ローリングピストン9の外径」、「駆動軸8の偏心量」及び「ベーン14の先端R半径」は、それぞれ、本件補正発明の「ベーン幅」、「環状ピストン半径」、「偏心部の偏心量」及び「ベーン先端曲率半径」に相当する。
以上のことから、本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。
【一致点】
「上部に冷媒の吐出部が設けられ下部側面に冷媒の吸入部が設けられ密閉された縦置きの圧縮機筐体と、
前記圧縮機筐体の下部に配置され、シリンダと、軸受部を有し前記シリンダの一端部を閉塞する端板と、軸受部を有し前記シリンダの他端部を閉塞する端板又は中間仕切板と、前記軸受部に支持された回転軸の偏芯部に嵌合され前記シリンダのシリンダ内壁に沿って該シリンダ内を公転し前記シリンダ内壁との間に作動室を形成する環状ピストンと、前記シリンダに設けられたベーン溝内から前記作動室内に突出して前記環状ピストンに当接し前記作動室を吸入室と圧縮室とに区画するベーンと、を備える圧縮部と、
前記圧縮機筐体の上部に配置され、前記回転軸を介して前記圧縮部を駆動するモータと、
を備え、前記吸入部を通して冷媒を吸入し、前記圧縮機筐体内を通して前記吐出部から冷媒を吐出するロータリ圧縮機において、
ベーン幅Wを3.2mmとするロータリ圧縮機。」
【相違点1】
本件補正発明は、シリンダが環状であるのに対し、引用発明は、シリンダの形状について特定されていない点。
【相違点2】
本件補正発明は、軸受部を有し前記シリンダの一端部を閉塞する端板が吐出弁部を有しているのに対し、引用発明は、冷媒ガスが吐出口16から吐出されるとしか特定されていない点。
【相違点3】
本件補正発明は、冷媒が、R32冷媒、若しくは、R32冷媒を少なくとも25重量%以上含む混合冷媒であるのに対し、引用発明は、冷媒の種類について特定されていない点。
【相違点4】
本件補正発明は、ベーン幅をW、偏心部の偏心量をe、ベーン先端曲率半径をRv、環状ピストン半径をRro、ベーン先端両側部の非摺動領域幅をWtとすると、次の(A)式により定義されるベーン先端両側部の非摺動領域幅Wtが、(B)式を満足する値となるように、ベーン幅W及びベーン先端曲率半径Rvを設定する
Wt=(W/2)-e×Rv/(Rv+Rro)・・・(A)
0.3mm≦Wt≦0.5mm・・・・・・・・・(B)
のに対し、
引用発明は、ベーン14は、ローリングピストン9と摺接する摺接部の形状を、断面が長手方向に同一の円弧形状で形成し、前記円弧の半径が該ベーンの厚さの2倍以上とされており、ローリングピストン9の外径は34mm、駆動軸8の偏芯量は3mmとしたとき、例えばベーン14の先端R半径が9mmである点。

(2)判断
以下、相違点について検討する。
相違点1及び2について検討すると、ロータリ圧縮機において、シリンダを環状とすること、及び端板に吐出弁部を設けることは、いずれも、例えば引用例2(前記「2-2.(2-3)」参照)又は引用例3(前記「2-2.(3)(ハ)」参照)に記載されているように、慣用手段であり、引用発明において、シリンダ(シリンダ5)を環状とするとともに、シリンダの一端部を閉塞する端板(上軸受け6又は下軸受け7)に吐出弁部を設けることは、当業者が容易になし得る事項である。
相違点3について検討すると、ロータリ圧縮機により吸入、吐出される冷媒として、R32冷媒、若しくは、R32冷媒を少なくとも25重量%以上含む混合冷媒は、例えば,引用例3(前記「2-2.(3)(ト)」参照)及び引用例4(前記「2-2.(4)(モ)」参照)に記載されているように、慣用されている。さらに、引用例1の記載、特に記載事項(ウ)、(キ)からみて、引用例1には、冷媒としてHFC冷媒を用いることが示唆されているといえる。そうすると、引用発明において、冷媒をR32冷媒、若しくは、R32冷媒を少なくとも25重量%以上含む混合冷媒とすることは、当業者が容易になし得る事項である。
相違点4について検討する。引用発明のベーン幅(ベーン14の幅(厚さ))3.2mm、環状ピストン半径(ローリングピストン9の外径)34mm、偏心部の偏心量(駆動軸8の偏芯量)3mm、ベーン先端曲率半径(ベーン14の先端R半径)9mmを本件補正発明の(A式)に当てはめて計算すると、ベーン先端両側部の非摺動領域幅は約0.56mmとなり、本件補正発明の(B式)を満足する値とはならない。
一方、相違点4について引用例2をみると、引用例2に開示された技術の「凸曲面部の曲率半径」、「ベーン先端幅」、「ローラの半径」、「ローラの公転半径」及び「ベーン先端のエッジにおける非接触幅」は、それぞれ、本件補正発明の「ベーン先端曲率半径」、「ベーン幅」、「環状ピストン半径」、「偏心部の偏心量」及び「ベーン先端両側部の非摺動領域幅」に相当するから、引用例2に開示された技術の「α=(b/2)-e×r/(R+r)」は、本件補正発明の「Wt=(W/2)-e×Rv/(Rv+Rro)」に相当する。
そして、前記「2-2.(2-1)」において検討したとおり、引用例2に開示された技術において、ベーン先端両側部の非摺動領域幅(ベーン先端のエッジにおける非接触幅)は、ベーン幅(ベーン先端幅)、偏心部の偏心量(ロータの公転半径)、ベーン先端曲率半径(凸曲面部の曲率半径)及び環状ピストン半径(ローラの半径)を定めることにより定まるから、引用例2に開示された技術は、
相違点4に係る本件補正発明を特定する事項である「ベーン幅をW、偏心部の偏心量をe、ベーン先端曲率半径をRv、環状ピストン半径をRro、ベーン先端両側部の非摺動領域幅をWtとすると、次の(A)式により定義されるベーン先端両側部の非摺動領域幅Wtが、(B)式を満足する値となるように、ベーン幅W及びベーン先端曲率半径Rvを設定する
Wt=(W/2)-e×Rv/(Rv+Rro)・・・(A)
0.3mm≦Wt≦0.5mm・・・・・・・・・(B)」ことと、
「ベーン幅をW、偏心部の偏心量をe、ベーン先端曲率半径をRv、環状ピストン半径をRro、ベーン先端両側部の非摺動領域幅をWtとすると、次の(A)式により定義されるベーン先端両側部の非摺動領域幅Wtが、所定の範囲を満足する値となるように、ベーン幅W及びベーン先端曲率半径Rvを設定する
Wt=(W/2)-e×Rv/(Rv+Rro)・・・(A)」点で一致しており、さらに当該所定の範囲も、本件補正発明の「0.3mm≦Wt≦0.5mm」の範囲を包含する、ベーン先端両側部の非摺動領域幅(ベーン先端のエッジにおける非接触幅)=0.1?0.8mmである。
引用発明と引用例2に開示された技術は、いずれも、ロータリ圧縮機に関するものであり、かつベーン先端曲率半径を大きくすることによりベーンと環状ピストンの接触部における応力を低減しようとするものである点においても共通する。さらに、引用例2に開示された技術は、ベーンの先端を凸曲面部とした場合においても摩耗による形状変形がほとんど生じないものであることを前提としているが、引用例1の記載、特に記載事項(ウ)、(カ)、(キ)からみて、引用発明は、ベーン先端の摩耗はほとんど生じないものといえる。してみれば、引用発明に引用例2に開示された技術を適用することは、当業者が容易になし得る事項である。
前記のとおり、引用発明と引用例2に開示された技術は、いずれも、ベーン先端曲率半径を大きくすることによりベーンと環状ピストンの接触部における応力を低減しようとするものであり、さらにベーン幅、偏心部の偏心量及び環状ピストン半径が一定であれば、ベーン先端曲率半径が大きくなる程ベーン先端両側部の非摺動領域幅は小さくなる。一方、引用例2の記載、特に記載事項(ソ)からみて、ベーン先端両側部の非摺動領域幅を小さくしすぎると、ベーン先端が摩耗した場合にベーン先端のエッジ部が環状ピストンに接触することになり、却ってベーンと環状ピストンの接触部における応力が増加してしまう。そうすると、ベーン幅が3.2mmである引用発明に引用例2に開示された技術を適用するにあたり、ベーン先端両側部の非摺動領域幅Wが約0.56mmよりもさらに少なくなり、かつベーン先端が摩耗した場合にもベーン先端のエッジ部が環状ピストンに接触しない程度のベーン先端曲率半径を設定することは、当業者が通常発揮する能力の範囲内のものである。
以上のとおりであるから、引用発明において、相違点4に係る本件補正発明の特定事項を備えるようにすることは、引用例2に開示された技術に基いて、当業者が容易に想到し得る事項である。
そして、これらの相違点を総合的に勘案しても、本件補正発明の奏する効果は、引用発明、引用例2に開示された技術及び上記慣用手段から当業者が予測される範囲内のものであって、格別顕著なものともいえない。
したがって、本件補正発明は、引用発明及び引用例2に開示された技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

なお、審判請求人は、審判請求書の【請求の理由】の(3-4)において、「要するに、引用文献1?2のいずれも、「前記冷媒は、R32冷媒、若しくは、R32冷媒を少なくとも25重量%以上含む混合冷媒であり」、「Wt=(W/2)-e×Rv/(Rv+Rro)・・・(A)、0.3mm≦Wt≦0.5mm・・・・・・・・・(B)」及び「ベーン幅をW、偏心部の偏心量をe、ベーン先端曲率半径をRv、環状ピストン半径をRro、ベーン先端両側部の非摺動領域幅をWtとすると、ベーン幅Wを3.2mmとするとともに、(A)式により定義されるベーン先端両側部の非摺動領域幅Wtが、(B)式を満足する値となるように、ベーン幅W及びベーン先端曲率半径Rvを設定する」ことについて開示も示唆もしておりません。
したがいまして、請求項1に記載された発明特有の構成であります「前記冷媒は、R32冷媒、若しくは、R32冷媒を少なくとも25重量%以上含む混合冷媒であり」、「Wt=(W/2)-e×Rv/(Rv+Rro)・・・(A)、0.3mm≦Wt≦0.5mm・・・・・・・・・(B)」及び「ベーン幅をW、偏心部の偏心量をe、ベーン先端曲率半径をRv、環状ピストン半径をRro、ベーン先端両側部の非摺動領域幅をWtとすると、ベーン幅Wを3.2mmとするとともに、(A)式により定義されるベーン先端両側部の非摺動領域幅Wtが、(B)式を満足する値となるように、ベーン幅W及びベーン先端曲率半径Rvを設定する」ことについての開示も示唆もない以上、引用文献1?2又はこれらの組み合わせに基づいて、請求項1に記載された発明を論理的に導き出すことはできないものと考えます。」と主張している。
しかしながら、先に検討したとおり、「R32冷媒、若しくは、R32冷媒を少なくとも25重量%以上含む混合冷媒」は、慣用されており、引用例2には、「ベーン幅をW、偏心部の偏心量をe、ベーン先端曲率半径をRv、環状ピストン半径をRro、ベーン先端両側部の非摺動領域幅をWtとすると、次の(A)式により定義されるベーン先端両側部の非摺動領域幅Wtが、所定の範囲を満足する値となるように、ベーン幅W及びベーン先端曲率半径Rvを設定する
Wt=(W/2)-e×Rv/(Rv+Rro)・・・(A)」点が実質的に開示されており、当該所定の範囲も、本件補正発明の「0.3mm≦Wt≦0.5mm」の範囲を包含する、0.1?0.8mmである。そして、ベーン幅が3.2mmである引用発明に引用例2に開示された技術を適用するにあたり、ベーン先端両側部の非摺動領域幅Wがどの程度の大きさになるベーン先端曲率半径を具体的に設定するかは、当業者が通常発揮する創作能力の範囲内で適宜選択し得る事項である。
したがって、審判請求人の主張は、採用することができない。

2-4.本件補正についてのむすび
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、前記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について

1.本願発明
平成28年8月5日付けの手続補正は、前記のとおり却下されたので、本願の請求項に係る発明は、平成27年6月10日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1及び2に係る発明(以下、まとめて「本願発明」という。)は、明細書及び図面の記載からみて、その請求項1及び2に記載された事項により特定される、前記「第2[理由]1-2.」に記載のとおりのものである。

2.原査定の拒絶の理由
一方、原査定の拒絶の理由の概要は、以下のものである。
「平成27年6月10日付けでした手続補正は、下記の点で願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

請求項1には、「ベーン幅Wを3.2mm以下とする」なる補正がなされている。
願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の内、段落0002には、従来のベーン幅Wとして、「(例えば、W=4mm)」であること、段落0040には、「ベーン幅Wが、従来よりも薄くなり、背圧によるベーン押付け力Pを20%小さくして、最大接触応力σmaxを小さくする」ことは、記載されてはいるものの、「ベーン幅Wを3.2mm以下とする」ことについては何ら記載されていない。
仮に、上記「(例えば、W=4mm)」、及び「背圧によるベーン押付け力Pを20%小さくして、」なる記載から、背圧によるベーン押付け力Pを20%小さくする分の全てをベーン幅Wに還元し、従来のベーン幅Wを薄くしたとする。
理論値として、背圧によるベーン押付け力は、ベーン幅Wの投影面積によるため、ベーン幅Wをベーン押付け力Pの20%分薄くしたとした場合、3.2mmまでは薄くすることは可能であると認められるところ、やはり、ベーン幅Wを3.2mm以下とすることまでは、記載されているとは認められない。
したがって、平成27年6月10日付けでした「ベーン幅Wを3.2mm以下とする」なる補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。」

3.当審の判断
平成27年6月10日付けでした手続補正により請求項1に加入された「ベーン幅Wを3.2mm以下とする」点が、願書に最初に添付した特許請求の範囲、明細書又は図面(以下、「当初明細書等」という。)のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものか否か検討する。
当初明細書等には、本願発明について、「ベーン幅Wを3.2mm以下とする」ことはおろか、ベーン幅Wの具体的な値は何ら記載されていない。
これに対し、審判請求人は、平成27年6月10日付けの意見書において、「請求項1の補正は、本願明細書の段落0002及び0040の記載に基づくものです(段落0002に記載されているように、従来のベーン幅Wは4mmです。段落0040に記載されているように、ベーン押付け力を20%小さくします。ベーン押付け力はベーン幅Wに比例するため、ベーン幅Wを従来よりも20%以上小さくすることになり、ベーン幅Wは3.2mm以下となります。)。」と主張している。
確かに、当初明細書等には、従来のロータリ圧縮機について、ベーン幅Wが「例えば、W=4mm」であること(段落0002)、及び本願発明について、ベーン先端両側部の非摺動領域幅Wtを0.3mm≦Wt≦0.6mmとすることにより、「ベーン幅Wが、従来よりも薄くなり、背圧によるベーン押付け力Pを20%小さくして、最大接触応力σmaxを小さくすることができる」こと(段落0040)が記載されている。ベーン幅W以外の条件が従来と全く同一であるとすれば、理論上、ベーン押付け力Pの減少は全てベーン幅の減少に起因するということができる。そうすると、従来のロータリ圧縮機におけるベーン幅Wである4mmを基準にして考え得るとすれば、当初明細書等には、本願発明においてベーン幅を4×(1-0.2)=3.2mmとすることが示唆されているということはできる。
しかしながら、従来のロータリ圧縮機におけるベーン幅ついて、当初明細書等には、前記の「例えば、W=4mm」以外には、具体的な値も、前記の4mmを基準にそれ以上又は以下の範囲を取り得るとも記載されていない。さらに、ベーン幅Wが従来よりも薄くなり、背圧によるベーン押付け力Pを小さくすることについても、当初明細書等には、前記の「ベーン幅Wが、従来よりも薄くなり、背圧によるベーン押付け力Pを20%小さく」すること以外には、具体的な値も、前記の20%がベーン押付け力Pの減少の最大値であるとも最小値であるとも記載されていない。してみると、従来のロータリ圧縮機におけるベーン幅Wを基準にして考え得るとしても、当初明細書等には、本願発明におけるベーン幅について、前記の3.2mm以外の具体的な値を取り得ること、あるいは前記の3.2mmを基準にそれ以上又は以下の範囲を取り得ることのいずれも示唆されているとはいえない。
したがって、平成27年6月10日付けでした手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された「ベーン幅Wを3.2mm以下とする」点は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものではない。
したがって、平成27年6月10日付けでした手続補正は、特許法第17条の2第3項の規定に違反するものである

4.むすび
以上のとおり、平成27年6月10日付けでした手続補正は特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていないから、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-07-18 
結審通知日 2017-07-25 
審決日 2017-08-07 
出願番号 特願2014-39064(P2014-39064)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (F04C)
P 1 8・ 55- Z (F04C)
P 1 8・ 121- Z (F04C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐藤 秀之  
特許庁審判長 藤井 昇
特許庁審判官 遠藤 尊志
久保 竜一
発明の名称 ロータリ圧縮機  
代理人 特許業務法人酒井国際特許事務所  

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