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審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
管理番号 1335366
審判番号 無効2016-800121  
総通号数 218 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-02-23 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-10-20 
確定日 2017-12-11 
事件の表示 上記当事者間の特許第5683010号発明「5-HT1A受容体サブタイプ作動薬」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第5683010号の請求項1ないし12に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

本件特許第5683010号に係る発明についての出願(以下、「本件特許出願」という。)は、2002年1月29日(パリ条約による優先権主張 2001年1月29日、米国(US))を国際出願日とする特願2002-560616号の一部を平成19年7月9日に新たな出願(特願2007-179275号)とし、さらにその一部を平成23年6月15日に新たな出願(特願2011-133032号)としたものであって、平成27年1月23日に特許権の設定登録がなされた。
これに対して、請求人は、平成28年10月20日差出の審判請求書により、本件特許を無効にすることについて本件特許無効審判を請求した。
以後の手続の経緯は次のとおりである。
平成29年2月6日付け 答弁書(被請求人)
同年4月20日付け 審理事項通知書(当審)
同年6月12日付け 口頭審理陳述要領書(請求人)
同年6月13日差出 口頭審理陳述要領書(被請求人)
同年6月27日 第1回口頭審理
同年7月18日付け 上申書(請求人)
同年7月18日付け 上申書(被請求人)
同年8月30日付け 審決の予告
同年9月26日付け 上申書(被請求人)
同年10月3日付け 上申書(被請求人)
なお、上記10月3日付け上申書(被請求人)の趣旨は、「被請求人は、本審決予告に対し訂正の請求も意見書の提出も行わないので、指定期間の満了を待たずして早期に本件特許の審決を受け取ることを希望する。」というものである。

第2 本件特許発明

本件特許の特許請求の範囲の請求項1?12に係る発明は、同特許の特許請求の範囲の請求項1?12に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明12」といい、まとめて「本件特許発明」ともいう。)。

「【請求項1】
クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症、認知障害を伴う難治性統合失調症、又は認知障害を伴う慢性統合失調症;クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害、難治性統合失調症に起因する認知障害、又は慢性統合失調症に起因する認知障害からなる群から選ばれた5-HT_(1A)受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害を治療するための医薬組成物であって、式(1):
【化1】


(カルボスチリル骨格の3位及び4位の間の炭素-炭素結合は、単結合又は二重結合である);
のカルボスチリル化合物、及び医薬として許容されるその塩又は溶媒和物の治療有効量を含む医薬組成物。
【請求項2】
障害が、クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症、認知障害を伴う難治性統合失調症又は認知障害を伴う慢性統合失調症である請求項1記載の医薬組成物。
【請求項3】
一般に入手し得る抗精神病薬が、クロルプロマジン、ハロペリドール及びペルフェナジンから選択される1つ乃至3つの定型抗精神病薬、及びリスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される1つの非定型抗精神病薬である、請求項2記載の医薬組成物。
【請求項4】
一般に入手し得る抗精神病薬が、クロルプロマジン、ハロペリドール及びペルフェナジンから選択される2つの定型抗精神病薬、及びリスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される1つの非定型抗精神病薬である、請求項2記載の医薬組成物。
【請求項5】
一般に入手し得る抗精神病薬が、クロルプロマジン及びハロペリドールから選択される1つ乃至2つの定型抗精神病薬、及びリスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される1つの非定型抗精神病薬である、請求項2記載の医薬組成物。
【請求項6】
一般に入手し得る抗精神病薬が、クロルプロマジン及びハロペリドールから選択される2つの定型抗精神病薬、及びリスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される1つの非定型抗精神病薬である、請求項2記載の医薬組成物。
【請求項7】
障害が、クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害、難治性統合失調症に起因する認知障害、慢性統合失調症に起因する認知障害である、請求項1記載の医薬組成物。
【請求項8】
一般に入手し得る抗精神病薬が、クロルプロマジン、ハロペリドール及びペルフェナジンから選択される1つ乃至3つの定型抗精神病薬、及びリスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される1つの非定型抗精神病薬である、請求項7記載の医薬組成物。
【請求項9】
一般に入手し得る抗精神病薬が、クロルプロマジン、ハロペリドール及びペルフェナジンから選択される2つの定型抗精神病薬、及びリスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される1つの非定型抗精神病薬である、請求項7記載の医薬組成物。
【請求項10】
一般に入手し得る抗精神病薬が、クロルプロマジン及びハロペリドールから選択される1つ乃至2つの定型抗精神病薬、及びリスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される1つの非定型抗精神病薬である、請求項7記載の医薬組成物。
【請求項11】
一般に入手し得る抗精神病薬が、クロルプロマジン及びハロペリドールから選択される2つの定型抗精神病薬、及びリスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される1つの非定型抗精神病薬である、請求項7記載の医薬組成物。
【請求項12】
カルボスチリル化合物が、7-{4-[4-(2,3-ジクロロフェニル)-1-ピペラジニル]ブトキシ}-3,4-ジヒドロカルボスチリルである、請求項1乃至11のいずれか一項に記載の医薬組成物。 」

第3 当事者の主張、及び、提出した証拠方法

1.請求人の主張する無効理由、及び、提出した証拠方法

請求人が提出した審判請求書、口頭審理陳述要領書及び平成29年7月18日付け上申書によれば、請求人は、本件特許第5683010号の特許請求の範囲1?12に記載された発明には、以下の無効理由1及び2が存在する旨を主張し、証拠方法として下記の書証を提出している。

[無効理由1]特許法第36条第4項第1号違反(特許法第123条第1項第4号)

特許第5683010号の特許請求の範囲請求項1の発明(以下「本件特許発明1」といい、請求項2以下も同様とする〔なお、本件特許発明1ないし12を総称して「本件特許発明」ということがある。〕。また、本件特許発明に係る特許を「本件特許」という。)は、
「クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症、認知障害を伴う難治性統合失調症、又は認知障害を伴う慢性統合失調症;クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害、難治性統合失調症に起因する認知障害、又は慢性統合失調症に起因する認知障害からなる群から選ばれた5-HT_(1A)受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害(請求人代理人注:以下、左記障害を「本件障害」という。)を治療するための医薬組成物(以下略)」
であるが、本件特許の発明の詳細な説明には、本件特許発明1の医薬組成物(以下「本件医薬組成物」という。)が、本件障害に対して治療効果があることの合理的な根拠が何ら示されていない。
それ故、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、当業者が発明を実施できる程度に明確かつ十分な記載であるとはいえない。
本件特許発明1の用途を若干限定しただけの本件特許発明2ないし12についても同様である。

[無効理由2]特許法第36条第6項第1号違反(特許法第123条第1項第4号)

本件特許発明1は、
「クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症、認知障害を伴う難治性統合失調症、又は認知障害を伴う慢性統合失調症;クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害、難治性統合失調症に起因する認知障害、又は慢性統合失調症に起因する認知障害からなる群から選ばれた5-HT_(1A)受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害を治療するための医薬組成物(以下略)」
であるが、本件特許の発明の詳細な説明には、本件医薬組成物が、本件障害に対して治療効果があることの合理的な根拠が何ら示されていない。
それ故、本件特許発明1は、本件特許の発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえない。
本件特許発明1の用途を若干限定しただけの本件特許発明2ないし12についても同様である。

[証拠方法]

・甲第1号証:欧州特許公報(EP1621198B1)〔本件特許の欧州対応特許〕
・甲第2号証:審決(DECISION of Technical Board of Appeal 3.3.01 of 8 July 2014)〔本件特許の欧州対応特許に対する欧州特許庁審判部の無効審決〕
・甲第3号証:Richard S.E.Keefe外「The Effects of Atypical Antipsychotic Drugs on Neurocognitive Impairment in Schizophrenia:A Review and Meta-analysis」(Appeal審決のD7、Schizophrenia Bulletin(1999),Vol.25 No.2, p.201-222)
・甲第4号証:MARK J.MILLAN外「Improving the Treatment of Schizophrenia : Focus on Serotonin(5-HT)_(1A) Receptors」(Appeal審決のD6、The Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics(2000), Vol.295 No.3, p.853-861)
・甲第5号証:Cindy P. Lawler外「Interactions of the Novel Antipsychotic Aripiprazole (OPC-14597) with Dopamine and Serotonin Receptor Subtypes」(Appeal審決のD36、Neuropsychopharmacology(1999),VOL.20 NO.6,p.612-627)
・甲第6号証:丹羽真一外「分裂病の臨床(2)- 診断・治療の進歩-」(日本医事新報(1997)3817, p.18-25)
・甲第7号証:青葉安里外「精神分裂病」(Clinical neuroscience(1997):15(6), p.653-656,「精神疾患の治療薬」)
・甲第8号証:ALFREDO MENESES外「A PHARMACOLOGICAL ANALYSIS OF SEROTONERGIC RECEPTORS:EFFECTS OF THEIR ACTIVATION OF BLOCKADE IN LEARNING」(Prog.Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 1997 Feb;21(2):p.273-296)
・甲第9号証:小山司外「抗精神病薬 治療効果の新しい視点 治療抵抗性分裂病の薬物療法」(臨床精神薬理(1998):1(2), p.125-132)
・甲第10号証:藤井康男「分裂病患者の認知機能障害の改善をめざして」(臨床精神薬理(1999):2(4), p.311-322)
・甲第11号証:J.Arnt外「Do Novel Antipsychotics Have Similar Pharmacological Characteristics? A Review of the Evidence」(NEUROPSYCHOPHARMACOLOGY(1998),VOL.18 NO.2, p.63-101)
・甲第12号証:Herbert Y.Meltzer外「The Role of Serotonin in Antipsychotic Drug Action」(NEUROPSYCHOPHARMACOLOGY(1999),VOL.21 NO.2S, p.106S-115S)
・甲第13号証:奥山茂「中枢神経系で期待の薬物治療を基礎から学ぶ 精神分裂病に関連する受容体と薬物治療」(Pharm D(1999),Vol.1 No.2,p.22-29)
・甲第14号証:村崎光邦「これからの分裂病治療薬」(こころの科学(2000), No.90, p.58-63 分裂病治療の現在)
・甲第15号証:Seiya Miyamoto外「Developing novel antipsychotic drugs:Strategies and goals」(Current Opinion in CPNS Investigational Drugs (2000), Vol.2, p.25-39)
・甲第16号証:Manuel J Cuesta外「Effects of olanzapine and other antipsychotics on cognitive function in chronic schizophrenia:a longitudinal study」(Schizophrenia research, 2001年, 48巻1号, p.17-28)
・甲第17号証:Andrew Farah,M.D.「Atypicality of Atypical Antipsychotics」(Primary care companion to the journal of clinical psychiatry , 2005年, 7巻6号, p.268-274)
・甲第18号証:Naveed Iqbal「米国でのaripiprazoleの臨床経験から」(臨床精神薬理, 2006年, 9巻12号, p.2503-2511)
・甲第19号証:Christoph U.Correll,M.D.「Assessing and Maximizing the Safety and Tolerability of Antipsychotics Used in the Treatment of Children and Adolescents」(J Clin Psychiatry(2008);69(suppl 4), p.26-36)
・甲第20号証の1:S.L.Mason 外「Clozapine has sub-micromolar affinity for 5-HT_(1A) receptors in human brain tissue」(Eur.J.Pharmacol.(1992),Vol.221,p.397-398)
・甲第20号証の2:A.Newman-Tancredi外「Rapid Communication Clozapine is a partial agonist at cloned,human serotonin 5-HT_(1A) receptotors」(Neuropharmacology(1996),Vol.35 No.1, p.119-121)
・甲第20号証の3:Takeshi Hashimoto外「Differential changes in serotonin 5-HT_(1A) and 5-HT_(2) receptor binding in patients with chronic schizophrenia」(Phychopharmacology(1993), Vol.112, pp.S35-S39)
・甲第20号証の4:Y.H.Chou外「OCCUPANCY OF 5-HT_(1A) RECEPTOR BY CLOZAPINE REVEALED BY POSITRON EMISSION TOMOGRAPHY IN THE PRIMATE
BRAIN」(Int.J.Neuropsychopharmacol.(2000),Vol.4(Suppl.3), pp.S130)
・甲第20号証の5:Tomiki Sumiyoshi「Effect of Adjunctive Treatment With Serotonin-1A Agonist Tandospirone on Memory Functions in Schizopherenia」(J.Clin.Pharmacol.(2000), Vol.20 No.3, p.386-388)
・甲第20号証の6:Mirjana Carli外「Stimulation of 5-HT_(1A) receptors in the dorsal raphe reverses the impairment of spatial learning caused by intrahippocampal scopolamine in rats」(Eur.J.Neurosci.(1998),Vol.10, p.221-230)
・甲第20号証の7:A.Meneses外「5-HT_(1A) Receptors Modulate the Consolidation of Leaning in Normal and Cognitively Impaired Rats」(Neurobiol.Learn.Mem.(1999),Vol.71, p.207-218)
・甲第21号証:医薬品インタビューフォーム(クロザピン)、2015年9月改訂
・甲第22号証:Jeffrey A.Lieberman,M.D「Atypical Antipsychotic Drugs as a First-Line Treatment of Schizophrenia: A Rationale and Hypothesis」(Appeal審決のD2、J Clin Psychiatry(1996):57(suppl 11), p.68-71)
・甲第23号証:意見書(平成25年7月12日付け)
・甲第24号証:大野泰雄「新医薬品開発にかかわる諸問題:薬物動態試験ガイドラインの現状と今後-『薬物動態試験ガイドライン』の役割と改定に向けての今後の予定-」、薬物動態、(1997):12(3)、p.235-239
・甲第25号証:書籍「生物薬剤学」、内藤俊一(著)、株式会社廣川書店、昭和47年、p.153,157
・甲第26号証:「SCRIP 5 August 2016」
(以上、審判請求書に添付して提出。)

・甲第27号証:乙第27号証の抄訳
・甲第28号証:乙第28号証の抄訳
・甲第29号証:甲第2号証の抄訳(19頁「4.5.2」の部分訳)
(以上、平成29年7月18日付け上申書に添付して提出。)

2.被請求人の主張、及び、提出した証拠方法

被請求人が提出した答弁書、口頭審理陳述要領書及び平成29年7月18日付け上申書によれば、被請求人は、本件特許には上記無効理由1及び2は存在しない旨を主張し、証拠方法として下記の書証を提出している。

[証拠方法]

・乙第1号証:Pathophysiology of Schizophrenia and the Role of Newer Antipsychotics, Pharmacotherapy, 16 (1 Pt 2), 11S (1996)
・乙第2号証:Mesocortical Dopaminergic Function and Human Cognition (Ann N Y Acad Sci. 1988_537_330-338)
・乙第3号証:統合失調症とセロトニン_(1A)受容体(「脳21」,2007, Vol.10 No.3, p.44(256)-48(260))
・乙第4号証:Preferential Activation of Cortical Dopamine Neurotransmission by Clozapine: Functional Significance (J Clin Psychiatry,September 1994, 55:9 (suppl B), p.27-29)
・乙第5号証:Acute Effects of Typical and Atypical Antipsychotic Drugs on the Release of Dopamine from Prefrontal Cortex,Nucleus Accumbens, and Striatum of the Rat:An In Vivo Microdialysis Study(J. Neurochem, 1990, Vol. 54 No. 5, p.1755-1760)
・乙第6号証:Preferential activation of dopamine overflow in prefrontal cortex produced by chronic clozapine treatment(Neuroscience Letters, 165(1994), p.41-44)
・乙第7号証:Effects of clozapine on the efflux of serotonin and dopamine in the rat brain: the role of 5-HT_(1A) receptors (Can J. Physiol. Pharmacol. (2002):80, p.1158-1166
・乙第8号証:Clozapine increases dopamine release in prefrontal cortex by 5-HT_(1A) receptor activation (European Jouranl of Pharmacology (1997):338, p.R3-R5)
・乙第9号証:Effects of antipsychotic drugs on dopamine and serotonin contents and metabolites, dopamine and serotonin transporters, and serotonin_(1A) receptors(J Neural Transm (1999):106, p.75-105)
・乙第10号証:The 5-HT1A receptor in schizophrenia: a promising target for novel atypical neuroleptics? (Journal of Psychopharmacology (2001):15(1), p.37-46)
・乙第11号証:Serotonin receptors: their key role in drugs to treat schizophrenia (Progress in Neuro-Psychopharmacology & Biological Psychiatry, (2003):27, p.1159-1172)
・乙第12号証:Improvement in Cognitive Functions and Psychiatric symptoms in Treatment-Refractory Schizophrenic Patients Receiving Clozapine (Biol. Psychiatry,(1993),Vol.34, pp.702-712)
・乙第13号証:The Effects of Clozapine on Cognitive Functioning in Treatment-Resistant Schizophrenic Patients (J. Neuropsychiatry Clin. Neurosci., (1997),Vol.9, pp.240-245)
・乙第14号証:Effects of Clozapine on Cognitive Function in Schizophrenia (J. Clin. Psychiatry ,1994, 55:9 (suppl B), p.82-87)
・乙第15号証:Treatment-Resistant Schizophrenia-The Role of Clozapine (Current Medical Research and Opinion, 1997, Vol. 14 No. 1, p.1-20)
・乙第16号証:The antipsychotic aripiprazole is a potent, partial agonist at the human 5-HT_(1A) receptor(European Journal of Pharmacology, (2002):441, p.137-140)
・乙第17号証:重症治療抵抗性患者への非定型抗精神病薬の適応はあるのか(臨床精神薬理, (1999):2, p.1371-1373)
・乙第18号証:Evaluation of Treatment-Resistant Schizophrenia (Schizophrenia bulletin, 1997, Vol.23 No.4, p.663-674)
・乙第19号証:Treatment-Resistant Schizophrenic Patients Respond to Clozapine after Olanzapine Non-Response (BIOL. PSYCHIATRY,(1999);46, p.73-77)
・乙第20号証:Comparative Efficacy of Risperidone and Clozapin in the Treatment of Patients With Refratory Schizophrenia or Schizoaffective Disorder: A Retrospecitve Analysis (J Clin Psychiatry,(July 2000), 61:7, p.498-504)
・乙第21号証:クロザピン 医薬品インタビューフォーム、2016年9月改訂
・乙第22号証:「物質特許・多項性-その理論と運用-」(昭和51年2月27日第1刷発行)(株)化学工業日報社、113頁?115頁、「イ.薬理効果等の記載」
・乙第23号証:Aripiprazole for Treatment-Resistant Schizophrenia: Results of a Multicenter, Randomized, Double-Blind, Comparison Study Versus Perphenazine (The Journal of Clinical Psychiatry, (2007): 68(2), p.213-223)
・乙第24号証:The Quality of Life Scale: An Instrument for Rating the Schizophrenic Deficit Syndrome (SCHIZOPHRENIA BULLETIN, 1984, VOL.10 NO.3, p.388-398)
・乙第25号証:治験総括報告書「統合失調症患者を対象としたアリピプラゾールIMデポ注射剤(OPC-14597IMD)の有効性及び安全性をアリピプラゾール錠剤と比較する多施設共同、実薬対照、二重盲検、並行群間比較試験」からの抜粋
・乙第26号証:特許庁 附属書A 記載要件に関する事例集 [事例10]
(以上、答弁書に添付して提出。)

・乙第27号証:Enhancement of Cognitive Performance in Schizophrenia by Addition of Tandospirone to Neuroleptic Treatment(Am J Psychiatry, October 2001,158:10, p.1722-1725)
・乙第28号証:The 5-HT_(1A) receptor in schizophrenia : a promising target for novel atypical Neuroleptics (Journal of Psychopharmacology, (2001):15(1), p.37-46)
(以上、口頭陳述要領書に添付して提出。)

・乙第29号証:Biochemical Profile of Risperidone, a New Antipsychotic(Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics, 1988, Vol.247 No.2, p.661-670)
・乙第30号証:5-HT_(2) and D_(2) dopamine receptor occupancy in the living human brain(Psychopharmacology,(1993):110, p.265-272)
・乙第31号証:Acute Risperidone Overdose (Clinical Neuropharmacology ,1997, Vol.20 No.1, p.82-85)
・乙第32号証:Risperidone: A New Agent for Psychosis(Drug Therapy, October 1993, p.59-60)
・乙第33号証:Dopamine- and serotonin-receptors in schizophrenia: results of imaging-studies and implications for pharmacotherapy in schizophrenia (Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci , 1999, 249:Suppl. 4, p. IV/83-IV/89)
・乙第34号証:Synthesis and Pharmacology of the Enantiomers of the Potential Atypical Antipsychotic Agents 5-OMe-BPAT and 5-OMe-(2,6-di-OMe)-BPAT (Bioorganic & Medicinal Chemistry, 1999, 7, p.1263-1271)
(以上、平成29年7月18日付け上申書に添付して提出。)

以下、書証は、その証拠番号により、甲第1号証、甲第2号証・・・をそれぞれ「甲1」、「甲2」・・・、乙第1号証、乙第2号証・・・をそれぞれ「乙1」、「乙2」・・・ともいう。

第4 甲号証の記載事項
各甲号証には、各々、以下の事項が記載されている。

[甲第3号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(甲3a)
「統合失調症における神経認知障害に対する非定型抗精神病薬の効果 レビューとメタアナリシス」(タイトル)

(甲3b)
「要約
認知障害は、統合失調症の精神病理の基本的な特徴である。しかし、統合失調症のこの症状における治療効果は不明であった。非定型抗精神病薬は、統合失調症に関連する神経認知障害を軽減することが報告されている。しかし、これらの化合物による認知機能改善の、パターンと程度の研究は方法論的に制限され、異なる結果が出ており、再現性のとれた知見はほとんどない。統合失調症患者における神経認知障害への非定型抗精神病薬の効果についての我々の理解を明確にするために、我々は、(1)統合失調症における認知機能に対する、治療効果研究の試験デザインのための新たに確立された基準について報告し、(2)このトピックに関する文献を検討し、これらの基準を満たす非定型抗精神病薬の効果に関する15の研究の範囲を決定し、(3)この15の研究のメタ解析を行ったが、これらの研究は、非定型抗精神病薬による一般的な認知機能向上を示した。そして、(4)これら薬剤の薬理学的プロフィールを述べ、それらの神経認知に対する効果の薬理学的基礎を考察した。最後に、我々は新たな治療戦略の開発の方向性を示唆している。」(211頁のAbstract)

(甲3c)
「神経認知機能における抗精神病薬効果の薬理学的基礎
現在利用可能なすべての抗精神病薬は、D_(2)ドパミン受容体拮抗作用という薬理学的性質を共有するが、抗精神病薬は、実質的にそれらの薬理学的プロファイルは異なる;それぞれが中枢神経系のさまざまな神経受容体へ影響を与える(表5)。この薬理学的特性の違いは、特定の抗精神病薬がもつ認知への選択的効果を含む、重要な臨床結果をもたらす可能性がある。しかしながら、親和性定数は、受容体の占有率を測る能力において限界があり、ヒトにおける薬効を予測する能力においてはより一層限界があることに、注意することが重要である。in vitro法におけるこれらの使用は、現在標準となっている、in vivoでの受容体占有率をより正確に測定するかもしれない、陽電子放出断層撮影(PET)のような他の技術が、近いうちにin vitro技術に取って代わるだろう。抗精神病薬によって影響を受ける神経伝達物質系には、コリン作動性、アドレナリン作動性、セロトニン作動性、およびドパミン作動性タイプが含まれている。これらの神経伝達物質のうちのほとんどにおいて、複数の受容体サブタイプが同定されている。5つのムスカリン性コリン作動性(M_(1)-M_(5))、4つのα-アドレナリン作動性(α_(1)、α_(2)A、α_(2)B、α_(2)C)、および5つのドパミン作動性(D_(1)-D_(5))受容体サブタイプは、今日までに特徴付けられている。7つの主要なクラスのセロトニン性受容体(5-HT_(1)-5-HT_(7))が同定されており、一部は異なるサブタイプ(5HT_(1A/1B/1D/1E/1F)、5HT_(2A/2B/2C)、5HT_(5A/5B))を持つ。
これらの受容体サブタイプによって機能が媒介される神経伝達物質系のうち、認知機能に関与しているのは一部のみであるようだ。したがって、受容体への親和性のちがいは、治療薬の活性の選択性全般、特に認知機能に関連する潜在的なメカニズムを提供する。しかし、現在のところ、受容体サブタイプと認知機能の関係はよくわかっていない。我々は、認知機能に対する抗精神病薬の推定される効果において、抗精神病薬の薬理学を検討することを試みてきた。包括的ではないが、このレビューは、認知と、特定の神経受容体における薬物活性との間の関係を理解する上で重要な問題に着目する。非定型抗精神病薬のような化合物の神経伝達への影響は、ほとんどの場合、非常に複雑である。よくある仮定は、ある受容体に親和性を有する化合物は、特異的な効果を発揮するというものだ。例えば、オランザピンは、M_(1)受容体に対する高い親和性を持つことから、記憶障害を生じさせることが期待されるかもしれない、しかし、この期待は満たされていない。薬剤の実際の臨床効果を、個々の神経伝達物質系への累積的な影響から推定することは困難だ。私たちが以下で検討するように、認知におけるこれらの薬物の効果を決定する際、神経伝達物質系間の相互作用は、多様性の一番大きい部分を担っているようである。」(211頁右欄下から8行目?212頁右欄上から7行目)

(甲3d)
「結論
非定型抗精神病薬は、従来の抗精神病薬とは対照的に、統合失調症患者の認知機能を改善する。しかし、この改善のメカニズムは明確にはほど遠い。複数の神経伝達物質系と脳領域は、人間の行動に必要な範囲の認知機能を補助する。神経心理学と神経解剖学の観点から、これらの機能の性質について多くのことがわかってきたが、それらの薬理学は解明され始めたばかりだ。つまり、統合失調症における認知病態の薬理学を考える上では、私たちの理解がきわめて限られているということを頭に置いておかねばならない。統合失調症における認知病態の正確かつ洗練された特性評価は、近年始まったばかりである。更に言うなら、認知障害の、優性で明確なプロファイルと既知の神経生理学をもつアルツハイマー病のような病気でさえ、利用可能な治療戦略は非常に限られている。そのため、私たちは統合失調症における能力と期待を見積もる際には用心深くならなければいけない。
抗精神病薬の薬理学的効果プロファイルは、特定の認知機能を損なうように見えるものと、認知機能のある側面を向上させると合理的に期待できるもの、を含んでいる。たとえば、それぞれ、ムスカリン性コリン作用、5HT_(2A/2C)セロトニン作用、α_(2A)アドレナリン作用、または、D_(1)/D_(2)ドパミン作用を弱める、または、5HT_(1A)セロトニン作用を強める薬は、認知機能障害を悪化させるだろう。ムスカリン性コリン作用、5HT_(2A/2C)セロトニン作用、α_(2A)アドレナリン作用を強める薬は認知機能を向上させるだろう。D_(1)ドパミン受容体を、治療域よりも低い程度まで強める薬もまた、認知機能を改善させる候補となる。薬物が神経伝達系に同時に影響する際に神経伝達系が相互作用する方法についての調査で示されたように(例、コリンセロトニン系、または、コリンドパミン系の相互作用)、最適な認知機能において最も肝心なのは、ある一つのシステムの機能と言うよりも、複数のシステム間のバランスだろう。よって、薬がもつ認知機能への効果が、受容体結合の研究結果のみから推測可能であるとは考えにくく、in vivoにおいて経験的に決定されるべきである。せいぜい、現在の研究は、ヒトにおける認知機能への薬の効果について仮説を立てるのに使われるぐらいだろう。私たちがより完全に受容体サブタイプを識別し、それらの機能的重要性と相互作用を理解するとき、統合失調症患者の認知機能に特異的な薬理学的プロファイルの臨床的関連性をより良く理解するだろう。
認知に関する非定型抗精神病薬の効果についての公表された研究は、主にクロザピンおよびリスペリドンに焦点を当てている。クエチアピンとオランザピンの認知機能に対する効果を評価しているデータは、要約の形で公表されており、近い将来、出版された形で利用可能になるに違いない。非定型抗精神病薬のプロトタイプである、クロザピンは、様々な神経受容体に高い親和性をもつ。M_(4)サブタイプムスカリン受容体を除き(この受容体には作動薬としてはたらく)、クロザピンは受容体機能と拮抗する。クロザピンの認知機能増強効果は、D_(1)への弱い親和性での拮抗作用、5HT_(3)への中程度の親和性での拮抗作用、M_(4)神経受容体への強い親和性での作動作用によって、説明できるかもしれない。クロザピンは5HT_(2A/2C)拮抗剤である。動物実験は、一般的に、これらの受容体への拮抗作用は認知機能を損なうと予想されるかもしれないことを示しているが、いくつかの研究では学習、記憶能力の改善が見られた。よって、5HT_(2A/2C)への作用はまだ可能性があるものの、クロザピンがもつ認知機能改善効果の説明としてはあまり期待できない。一方で、リスペリドンは5HT_(3)やムスカリン性コリン作動受容体へ作用しない。D_(1)への弱い拮抗作用と、5HT_(2A/2C)への強い親和性での拮抗作用の組み合わせが、リスペリドンのもつ認知機能改善効果についての説明になりうる。
統合失調症患者の日々の機能において神経認知障害が果たす中心的役割に関する最近の焦点は、これらの症状のためのより良い治療法を見つけることが重要であると強調する(Buchanan et al.,1994; Green,1996)。非定型抗精神病薬は、明確な利点を有すると思われるが、未解明の認知障害が依然として残っていることは明らかである。NMDA受容体作動薬、低用量の選択的D_(1)受容体拮抗薬、ムスカリン作動薬、およびアドレナリン作動薬など有望だが未踏の研究の道が数多くある。しかし、これらの治療開発のプロセスは、まだ初期段階であり、行くには長い道のりがある。」(216頁右欄1行目?217頁左欄37行)

[甲第4号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(甲4a)
「統合失調症の治療の改善:セロトニン(5-HT)_(1A)受容体に焦点をあてる」(タイトル)

(甲4b)
「要約
ハロペリドールなどの神経遮断薬による中脳辺縁系ドーパミンD_(2)受容体の拮抗作用は、統合失調症の陽性症状を減衰させるが、陰性および認知症状はほとんど緩和されないまま、かなりの数の「耐性」患者は応答しない。さらに、線条体D_(2)受容体の同時遮断は、錐体外路性運動副作用と関連している。クロザピンの優れた「非定型」抗精神病薬のプロファイルは、D_(2)受容体および他の多様なモノアミンサイトとの、広範囲な相互作用パターン内に存在するようだ。この点において、セロトニン作動機構は、ドーパミン作動性伝達の調整、および、気分、認知、運動行動においてそれらのキーとなる役割、の両方の観点から、特に関連している。最も多くの関心が、D_(2)受容体遮断に対する優先的な5-HT_(2A)の潜在的な利点に焦点を当ててきた一方、5-HT_(1A)受容体も同様に、改善された抗精神病薬の有効な標的を表す。この点において、選択剤よりも、5-HT_(1A)受容体とD_(2)受容体の両方に相互作用するリガンドが魅力的であるようだ。適度な効果、すなわち、高感度の5-HT_(1A)自己受容体に係合するのに十分かつ、低感度なシナプス後部の自己受容体を遮断する効果、が最適なように見える。このようなプロファイルは、陰性および認知症状に対抗し、気分を改善し、錐体外路5-HT_(1A)運動副作用を減少させ、そして、おそらく、不応性の患者における有効性を高めるだろう。注目すべきことに、5-HT_(1A)受容体におけるクロザピンの「部分的作動性」特性は、その独特の機能プロファイルに寄与しているかもしれない。しかし、実験データのこの魅力的な内容にもかかわらず、(うまくいけば改善された)統合失調症治療への本物の妥当性を確立するために、5-HT_(1A)の受容体と相互作用する抗精神病薬の臨床研究が必要とされる。」(853頁のAbstract)

(甲4c)
「統合失調症、ドーパミン受容体、および神経弛緩薬
統合失調症の非常に複雑で不均一な障害は、現実的に単一の、個別の神経解剖学や神経化学的病変に起因することができない症状の多様性によって特徴づけられる:陽性症状(妄想、幻覚など)、陰性症状(失語、引きこもりに影響を与える平坦化)、および認知的注意障害(感覚ゲーティング、作業記憶、および言語記憶、など)。これに対応して、薬物作用のいずれか一つのどの機構も、破壊的な副作用なしに、これらすべての症状を正すことは難しい。
従来、統合失調症は、おもにドーパミン作動系と相互作用する、ハロペリドールなどの神経弛緩薬で治療されている。機能亢進(または過反応)性中脳辺縁系ドーパミン作動性経路の関与を反映して、大脳辺縁系D_(2)受容体の遮断は、陽性症状を改善する。しかし、抵抗性のかなりの患者らが、正常な線条体D_(2)受容体を同時に阻害することで、錐体外路系運動障害を誘発する一方、いまだ治療に不応性のままである。さらに、陰性および認知症状は、ほとんど改善しない。これは、抗精神病薬が、少なくとも部分的に、中間皮質ドーパミン作動性突起の機能の抑制をもたらすためだろう。
主にドーパミン作動性機構と相互作用する新規薬剤を通して、改善された抗精神病薬のプロファイルを提供するかもしれない、いくつかの戦略がある。:1)強力かつゆっくりと解離する、ハロペリドールなどの「逆作動薬」と比べて、低親和性で迅速に解離かつ/または「ニュートラル」なD_(2)受容体拮抗薬。それは、基礎的ドーパミン活性を混乱させるがあまり顕著でなくかつ永続性も低い(Seeman and Tallerico,1999; Kapur et al,2000)。;2)中脳辺縁系ドーパミン作動性伝達の2重のシナプス前部(自己受容体を介した)およびとシナプス後部の減衰を可能にするD_(2) / D_(3)受容体部分作動薬(Lahti et al.,1998)。; 3)D_(2)に対してD_(3)に優先的な阻害薬。現在使用されているどの抗精神病薬もこれらを区別しない(Brunello et al.,1995)。;4)認知障害を考慮して、D_(4)受容体拮抗薬またはD_(1)受容体作動薬(Friedman et al.,1999)。
それにもかかわらず、近年は、非ドーパミン作動性機構が、病因と、潜在的な統合失調症の治療改善、において重要な役割を果たすというコンセプトへの傾倒が増加してきた(Brunello et al.,1995; Roth and Meltzer,1995)。この信念を支える1つの主要な要因は、非定型ベンゾジアゼピン、クロザピンである。」(p.853本文1行目?p.854左欄上から11行目)

(甲4d)
「クロザピン:多受容体作用性、モノアミン作動性、非定型抗精神病薬
クロザピンは、神経遮断薬に応答しない多くの患者に有効で、錐体外路系運動障害が実質的に無い状態で抗精神病活性を発揮する(非定型プロファイル)。さらに、クロザピンは、患者の亜集団における陰性症状と認知症状を緩和し、一般的に、気分を安定させる(Brunello et al.,1995; Meltzer et al.,1999)。しかしクロザピンの使用は、ムスカリン性、ヒスタミン性受容体の遮断によって顕著な心血管自律神経における副作用を引き起こす一方で、(ごく一部の患者において)重篤な血液障害と関連づけられており、理想的な薬というわけではない(Cunningham-Owens,1996)。
陽性症状のコントロールについて、クロザピンの中脳辺縁系D_(2)受容体における拮抗作用特性の重要性を無視すべきではない。実際、臨床に関連する用量で、クロザピンはハロペリドールより低い(そしておそらくより短期的な)D_(2)受容体占有を誘発するだろう(Seeman and Tallerion,1999; Kapur et al.,2000)、しかしこのような観察結果は、クロザピンのユニークな臨床プロファイルを説明するには不十分であり、単一の受容体のメカニズムに帰結することは出来ない。実際、クロザピンは、ドーパミン作動性、セロトニン作動性(およびアドレナリン作動性)受容体の広範な配列と相互作用し、この包括的な受容体プロファイルは、臨床活性の独特のパターンを説明することができる(図1)(Brunello et al.,1995; Millan et al.,1998a)。この様々な受容体への作用という枠組みの中で、D_(2)受容体機能におけるその弱い拮抗特性に比べ、特定の受容体タイプにおけるクロザピンの比較的顕著な相互作用は、その改善された機能プロファイルへの鍵であるかもしれない。
この概念によれば、D_(2)受容体における強い拮抗特性を保持しながら、活性の追加の構成要素を取り入れることが、有害な特性に対する有益な特性の最適化を可能にするだろう。この点において、セロトニン系のメカニズムがとくに関心を集めているが、今日までに同定された15の5-HTタイプが、新規抗精神病薬の幅広い潜在的標的を提供するという理由からではない(Roth and Meltzer,1995)。」(854頁左欄上から12行目?854頁右欄下から16行目)
(甲4e)
「明らかに、クロザピンの作用における5-HT_(1A)受容体の重要性を実証するために、さらなる研究が必要である。この点において、認知注意機能における影響について、5-HT_(1A)受容体の潜在的な関与は、まだ解明されていない。」(858頁左欄下から10行目?6行目)

(甲4f)
「結論
結論として、選択的5-HT_(1A)受容体リガンドは、統合失調症の治療において有用である可能性は低い。それにもかかわらず、5-HT_(1A)受容体における部分的作動特性を有する(それぞれ、シナプス前および後の集団において、刺激と拮抗作用を可能にする)抗精神病薬は、利点を提供することができる。この点において、2重の5 HT_(1A)/ D_(2)受容体、および、様々な受容体へのリガンド、の両方が興味深い。臨床上の利益最適化のために必要な、5-HT_(1A)受容体における有効性及び有用性の正確な程度を定義するために、さらなる研究が必要である。5-HT_(1A)の受容体と相互作用する抗精神病薬は、すべての統合失調症患者の問題のない治療のための万能薬を提供する可能性は低く、そして、精神病性障害の管理におけるこの作用機序の利用可能性を、より正確に特徴付けるために、うまく設計され、徹底した、想像力に富んだ臨床試験が必要である。」(860頁の左欄の最終段落)

[甲第5号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(甲5a)
「新規抗精神病薬との相互作用 アリピプラゾール(OPC-14597)とドパミンおよびセロトニン受容体サブタイプ」(タイトル)

(甲5b)
「要約
OPC-14597{アリピプラゾール;7-(4-(4-(2,3-ジクロロフェニル)-1-ピペラジニル)ブチルオキシ)-3,4-ジヒドロ-2(1H)- キノリノン}は線条体ドパミンD_(2)様受容体に対して高い親和性を有する新規抗精神病薬の候補化合物であるが、錐体外路作用をほとんど引き起こさない。これらの研究は、クローン化された、各ドパミン受容体、5HT_(6)および5HT_(7)セロトニン受容体、における、OPC-14597、DM-1451(その主要なげっ歯類代謝物)、および関連するキノリノン誘導体OPC-4392の、分子薬理学を特徴付けた。3つの化合物すべてが、他の試験されたクローン化受容体と比較し、D_(2L)とD_(2S)受容体に対して最も高い親和性を示した。OPC-4392と OPC-14597の両化合物は、D_(2L)受容体において作動薬拮抗薬、二重の効果を実証したが、代謝物のDM-1451は、純粋な拮抗薬として作用した。これらのデータは、臨床的な非定型性はD_(3)やD_(4)受容体よりもD_(2L)/D_(2S)に選択性を示す薬物で起こりうること、および、in vivoでのOPC-14597の独特のプロファイル(シナプス前部作動薬およびシナプス後部拮抗薬)が、存在部位が異なる細胞の一つのドパミン受容体サブタイプ(D_(2))と相互作用する、この化合物の異なる機能的結果を反映しているかもしれないという可能性を高めうること、を示唆している。」(612頁上段の要約)

(甲5c)
「抗精神病薬の有効性に対する伝統的な見方は、D_(2)様受容体の薬理学的拮抗作用が根本的な役割であると断定する。しかし、ドパミンD_(2)受容体拮抗薬の有効性が実証可能であるにもかかわらず、かなりの数の患者(20%までのぼる)が、これらの定型抗精神病薬に応答しないと考えられている(Kane et al.1988)。また、定型抗精神病薬は、重大かつ深刻な副作用を持っており、最適な治療薬とはいえない(see Peacock and Gerlach 1996)。例えば、それらは、急性薬物誘発性パーキンソン症状を引き起こし(Arana and Hyman 1991)、統合失調症に伴う陰性症状を悪化させ(Lader 1993)、遅発性ジスキネジアとして知られる神経学的障害状態のリスクを高める(Jeste and Caligiuri 1993)。従来の抗精神病薬のこれらの限界を考えると、統合失調症のための代替薬物療法の開発に多くの関心が集まっている。さまざまな新しい「非定型」抗精神病薬が、最近導入され、あるいは現在臨床試験中である(see Fatemi et al.1996)。これら非定型化合物(例えば、クロザピン、オランザピン、リスペリドン)は、抗精神病薬効力を示し、定型薬(例えば、ハロペリドール、フルフェナジン)と比較して、望ましくない副作用がより少ない。
現時点では、臨床的非定型性に寄与する可能性のある生物学的メカニズムに関して一致した見解はない(see Amt and Skarsfeldt 1998)。ほとんどの非定型薬は、D_(2)受容体の拮抗薬であるが、しばしば、共動性のD_(1)、セロトニン5-HT_(2)、及びα_(1)アドレナリン受容体遮断作用、または、他のD_(2)様サブタイプに対する選択性、を含め、他の薬理学的特性を有する(Gerlach 1991)。」(613頁左欄15?46行)

[甲第6号証]


」(19頁の表3)

[甲第9号証]
(甲9a)
「治療抵抗性分裂病の薬物療法」(タイトル)

(甲9b)
「治療抵抗性分裂病に対するclozapineの有用性はその後の全ての研究で確認されているが、その効果は長期になるほど治療成績も上がり^(25))、認知機能の改善^(21))、自殺率の低下^(27))、就労可能性の増加^(22))、Quality of Lifeの向上^(25))などの社会的転帰も改善することが示唆されている。従来の分裂病治療に画期的ともいえる大きな改革を期待させる臨床効果といえよう。わが国では、1995年から治療抵抗性分裂病を対象とする第2相試験が実施されて、期待通りの成績をあげ、次の段階に向けて準備が進められている。」(129頁左欄12?22行)

(甲9c)
「こうして治療抵抗性分裂病の薬物療法が新しい局面を迎えるなか、clozapineの非定型性に関連する作用機序に関心が高まったのは当然の流れである。当初はD_(1)、D_(2)受容体遮断作用とムスカリン性ACh受容体への強い親和性によって、EPSがなく、高プロラクチン血症をきたさず、遅発性ジスキネジアを呈さないと考えられた。その後、受容体研究の進歩と相まって、表2に示すように、clozapineはD_(4)受容体と5-HA_(2A)受容体に特に強い親和性を示し、α_(1)、H_(1)受容体へも強く作用することが明らかとなった。その他、5-HT_(6)、5-HT_(7)への親和性も注目されている^(26))。いわゆる“ダーティ”な薬物であるが、これらの薬理プロフィールのうち何がclozapineの非定型性抗精神病薬としての作用に関連するかが本質的な課題となる。現在のところ、強い5-HT_(2A)受容体阻害能と相対的に弱いD_(2)受容体阻害能が関連するとする考え^(23,24))と、D_(4)受容体阻害能が関連するとする考え^(35))の2つの見解が重視されている。後述するように、前者からは新しい非定型抗精神病薬としてのSDA系抗精神病薬が数多く誕生し、現在の新規抗精神病薬開発の主流となったのである。また、筆者らは^(19))脳内透析法を用い、clozapineによる前頭前野皮質における優先的なドーパミン活性化作用を見出し、陰性症状に対する改善効果との関連を指摘した。その他、clozapineがドーパミン系とは異なる未知の作用機序を介して、抗精神病作用を発揮している可能性^(30))が否定できないことはいうまでもない。今後の精神薬理学的研究の進展に期待したい。」(129頁左欄37行?右欄24行、当審合議体による注;「SDA」は「serotonin-dopamine antagonist」を意味する。)

(甲9d)
「2.治療抵抗性分裂病に対するrisperidoneの効果
Clozapineに端を発したSDA系抗精神病薬は、現在わが国では、risperidoneがすでに承認され、perospironeはhaloperidolとの比較試験で有用度が有意に優れる結果となり申請中である他、clozapineを含め6剤が開発中である(表2)。前述したように、SDA系抗精神病薬の開発コンセプトは5-HT_(2A)受容体阻害能とD_(2)受容体阻害能の力価比にあった。表2のD_(2)/5-HT_(2A) ratioが示すように、quetiapineの1.5からperospironeの29.5まで約20倍の開きがある。わが国および欧米における開発状況を通覧すると、いずれのSDA系抗精神病薬とも、当初の期待通り、陰性症状に対する効果と低いEPS発現率が証明されつつあり、開発は順調に進んでいるようである。これらの結果から、どのD_(2)/5-HT_(2A) ratioが最適であるかの議論が成立しないといえる。これらの全ての治験に参加した筆者の経験でも、同じSDA系抗精神病薬であっても個々の薬物の臨床特性は皆異なっており、患者の示す個々の病態にどのSDA系薬物を選択するかを見極めることは今後の重要な検討課題となると思われる。
現時点においても、clozapineが治療抵抗性分裂病に対して他の抗精神病薬より優れていることが証明された唯一の抗精神病薬であるという事実には変わりがない。他の新規SDA系抗精神病薬にも同様な効果が期待できることは当然であるが、今後の二重盲検比較試験の展開を見守っていきたい。ここでは、少数例を対象としたオープン試験ではあるが、治療抵抗性分裂病に対するrisperidoneの効果について紹介することとする。Smithら^(37))はrisperidone単独投与で治療抵抗性分裂病の36%が改善したと報告した。対象のうちclozapine抵抗性の患者でrisperidoneに反応した者はなく、また重度の陰性症状が存在する場合はrisperidoneに反応しないことが多いことから、risperidoneは治療抵抗性分裂病の陽性症状のみを改善すると結論した。また、clozapineとrisperidoneの併用試験^(10))で、1年間以上のclozapineに反応しない治療抵抗性分裂病患者にrisperidoneを追加した結果、精神症状の有意な改善が確認され、clozapineとrisperidoneの併用は有効な治療法である可能性が示唆された。さらに、clozapineからrisperidoneへの切り替え試験^(39))では、長期間のclozapine投与に反応しないか副作用がみられる治療抵抗性分裂病患者を対象としてclozapineを中止してrisperidoneを投与したが、症状が改善した患者は1人もなく、半数の患者は精神病症状の憎悪か副作用のために試験が中止された。最終的な結論は今後の二重盲検試験の結果を待たなければならないが、治療抵抗性分裂病の陰性症状に対する効果はclozapineのそれを越えるものでないようである。(129頁右欄25行?130頁右欄7行、当審合議体による注;「EPS発現率」は「錐体外路症状(EPS: extra pyramidal symptom)発現率」を意味する。)

(甲9e)


」(130頁の表2)

(甲9f)
「3. その他の非定型抗精神病薬の開発
現在、SDA系抗精神病以外にも、非定型抗精神病薬としての臨床的優位性が期待されて開発中の新規抗精神病薬が多数存在している。それらを列記すると、ドーパミン自己受容体作動作用に加えD_(2)受容体遮断作用を併せもつaripiprazole(OPC14597)^(18))、選択的なsigma受容体拮抗薬であるNE-100^(29))、5-HT_(2A)受容体の選択的拮抗薬のMDL100,907^(31,38))、D_(4)受容体の選択的遮断薬であるPNU-101387Gなどが挙げられる。これらの新規薬物はいずれも非定型抗精神病薬としての臨床特性を証明すべく、現在まだ開発途上にあるが、治療抵抗性分裂病に対する薬物療法の選択肢として、将来おおいに期待できるであろう。」(130頁右欄8?21行)

[甲第20号証の1](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(甲20の1a)
「クロザピンはヒトの脳組織において5-HT_(1A)受容体に対しμM以下の親和性を有している」(タイトル)

(甲20の1b)
「ヒト海馬の5-HT_(1A)受容体での抗精神病薬の親和性範囲を決定した〈具体的には[^(3)H]8-OH-DPAT結合により定義した〉。クロザピンは最も高い親和性を示した;他のすべての抗精神病薬は、6.0未満のpKi値を示した。5-HT_(1A)受容体が、皮質のグルタミン酸作動性ニューロンに見つかり、これは統合失調症において起こり得る機能不全であった。この領域で結合することは、統合失調症患者の治療においてクロザピンのユニークな効力に寄与するメカニズムである可能性を示す。」(397頁の要約)

(甲20の1c)
「近年、クロザピンは統合失調症の治療に対するユニークな寄与について大きく注目されてきた。クロザピンが、古典的な抗精神病薬に示されているよりずっと少ない頻度で錐体外路の副作用の発生を引き起こす一方で、これらの薬に抵抗性を持つ多くの患者における統合失調症の陽性および陰性症状を緩和することは十分広く知られている(Baldessarini and Frankenburg, 1991)。
古典的な抗精神病薬の相対的な臨床効果は、ドーパミンD_(2)受容体を阻害する能力と相関しており、これが抗精神病に対する効果のメカニズムであると暗示している。クロザピンはD_(2)拮抗作用も示すけれども、そのユニークな臨床的活性は他の薬理学的メカニズムの関与を示す。実際に、クロザピンのD_(2)受容体への親和性は相対的に弱く、この受容体の生体内占有率は、古典的な抗精神病薬に示される率(?80%)より低い(40-60%)(Farde et al., 1989)。しかし、クロザピンは他のいくつかの神経伝達物質受容体に対する親和性を示し、これらの受容体のうちの1つ以上の相互作用は、その臨床効果の『非定型の』面のうちのいくつかと関連する。」(397頁左欄本文1?23行)
(甲20の1d)
「統合失調症の病態生理学を理解するための有益なモデルはフェンシクリジンによって与えられ、そのモデルは統合失調症の陽性及び陰性の両方の症状を導き出すことができる。フェンシクリジンの行動への効果は、少なくともある程度は、NMDA受容体を介したグルタミン酸機能を阻害する効果に起因する(Javitt and Zukin, 1991)。グルタミン酸作動性シナプスマーカーにおいて報告された変化は、特に統合失調症の患者の前頭前皮質で起き(Nishikawa et al., 1983; Deakin et al.,1989)、この変化は伝達物質システムの機能不全による神経化学的な証拠を与えるかもしれない。それゆえに、古典的な抗精神病薬に反応しない統合失調症の症状を有効に緩和する薬物はグルタミン酸システムとの相互作用によってそれを可能としているように思われる。近年、5?ヒドロキシトリプタミン_(1A)(5-HT_(1A))受容体がヒト皮質錐体ニューロンに豊富であることが示されている(Bowen et al., 1992)。これは、皮質のグルタミン酸作動性ニューロンの調整に関わる潜在的な受容体機構、これは5-HT_(1A)受容体との相互作用を増強し、正常なグルタミン酸作動性機能の復元を引き起こすものであるが、これがクロザピンのユニークな作用のメカニズムに寄与しているかもしれない。」(397頁左欄24行?右欄20行)

(甲20の1e)
「この研究において、5-HT_(1A)受容体に対するいくつかの効果的な抗精神病薬の親和性は、放射標識された8-hydroxy-2-(di-n-pro- pylamino)tetralin (8-OH-DPAT)の死後に採取されたヒトの海馬組織に対する特異的結合にとって代わる能力を測定することによって決定された。組織は、50 volumeの氷冷トリス緩衝液(50 nM、PH 7.4)でホモジナイズし、4℃、10min、48000 xgで遠心分離した。ペレットはフレッシュなバッファーで再懸濁した;さらに2回遠心、再懸濁を行った。リガンド結合は、1nM[^(3)H]8-OH-DPATを150 volumeのホモジネイト中500μlに加え15min、37℃でインキュベートした。3回実験を行った。特異的な結合は、10μMの5-HTによって置き換えられた値で定義された。必要な濃度範囲を決定するための初期実験の後に、6種の濃度の薬剤がIC_(50)値を引き出すためにテストされた。インキュベーションはGF/Cフィルタを通した急速濾過で終了させ、5mlの氷冷トリス緩衝液で洗った。結合したリガンドは、液体シンチレーションスペクトル測定により評価された。
結果は表1において示される。ほかの抗精神病薬のpKi値が6.0未満だったのに対し、クロザピンの受容体結合力はμM以下のレベルでおよそ血漿中の治療濃度に近かった(Baldessarini and Franken- burg, 1991)。一般的に処方されたクロザピンの1回投薬量を考慮すると、この相対的により強い親和性はクロルプロマジン当量によって測定されるものよりも大幅に高い。面白いことに、α-flupenthixolの親和性は、抗精神病活性を持たないβ立体異性体より10倍高かった。特に、ジベンゾキサゼピン、ロクサピンといった抗精神病薬は、クロザピンに構造が近いが、その『非定型』を共有せず、5-HT_(1A)サイトに対する結合量は10倍低かったことに注目すべきである。」(397頁右欄21行?398頁左欄最下行)

(甲20の1f)
「クロザピンは5-HT_(2)、D_(1)、ムスカリン様のサイトを含むほかの受容体に対する高い親和性を示し、そしてこれらの1つ、または他の受容体に対する結合力がクロザピン投与による錐体外路症状の発生率が低いことを評価する時に重要であるかもしれない(Reynolds, 1992)。しかし、これらおよび他の受容体への高い親和性は、また、古典的な抗精神病薬も示す。複数の受容体へのクロザピン特有の活性の重要性が除外できない一方で、他の治療には応答しない患者の統合失調症の症状を緩和するというこの薬のユニークな活性に対して5-HT_(1A)受容体を介するグルタミン酸作動性システムへの選択的活性が寄与していることが考えられる。」(398頁右欄1?14行)

[甲第20号証の2](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(甲20の2a)
「クロザピンはヒトのセロトニン5-HT_(1A)受容体に対する部分作動薬である」(タイトル)

(甲20の2b)
「要約
クロザピンは、チャイニーズハムスター卵巣細胞で発現させたヒト5-HT_(1A)受容体(CHO-h5-HT_(1A)) (K_(i)s = 160 and 1910 nM respectively)においてハロペリドールの10倍親和性が高かった。ハロペリドールが、CHO-h5HT_(1A)膜に対する[^(35)S]GTPyS基礎結合力を変化させなかったのに対して、クロザピンは、2320 nMのEC_(50)と49%の効率(5-HTと比較して)でそれを促進した。その促進は選択的5-HT_(1A)受容体アンタゴニストであるWAY100635(1mM)によって中和された。」(119頁の「Summary」)

(甲20の2c)
「ドーパミン作動性の受容体に加えて、統合失調症の病因学においてはアドレナリン作動性およびセロトニン作動性の受容体が重要である 。非定型抗精神病薬、クロザピンのセロトニン(5-HT)5-HT_(2A)と5-HT_(2c)受容体への拮抗作用 (Canton et al.,1994)は、古典的な神経弛緩薬、ハロペリドールに比べて特徴的である臨床プロフィールに寄与しているかもしれない。さらに、5-HT_(1A)受容体におけるクロザピンの相互作用は潜在的な重要性をもっている。第一に、クロザピンは、ラット(Lejeune eta1.,1994)およびネイティブ(Mason and Reynolds,1992)なヒト海馬の5-HT_(1A)受容体で顕著な親和性を示す。第二に、クロザピンは、5-HT_(1A)受容体作動薬のように抗不安薬の作用を持っている(Mansbach et al., 1988)。第三に、シナプス後部5-HT_(1A)受容体が、統合失調症の死後脳において発現増加していると報告された(Roth and Meltzer, 1995)。第四に、5-HT_(1A)作動薬はラットにおいて、ハロペリドールによるカタレプシーを改善し(Hicks,1990)、クロザピンは錐体外路症状の低い臨床発生を表している。これらの結果を考慮して、5-HT_(1A)受容体へクロザピンが作用する効果を定義することが重要である。今回の研究は、クローン化ヒト5-HT_(1A)受容体を安定して発現しているチャイニーズハムスター卵巣細胞[CHO-h5-HT_(1A) (Newman-Tancredi et al.,1992)]でのクロザピン誘発性G-タンパク質活性化を測定することによりこの問題を追及した。」(119頁左欄本文1行?最下行)

(甲20の2d)
「h5-HT_(1A)受容体の親和性は、[^(3)H]8-OH-DPAT(212Ci/mmol, Amersham)との競合実験によって決定された。CHO-h5-HT_(1A) membranes(20 μg protein) は2.5 hr, 22℃で以下のバッファー条件でインキュベートした。 HEPES 20 nM (pH 7.5) and MgS0_(4) 5 nM。3回実験を行った。非特異的結合は10 μM 5-HTで定義した。結合効率は[^(35)S]GTPySによる受容体とリンクしたGprotein活性の測定から求めた。CHO-h5-HT_(1A)膜(50μgタンパク質)は、20min、22℃で5-HT、クロザピン、ハロペリドール、またはWAY 100635と以下に示すバッファー中でインキュベートした。HEPES 20 ruM (pH 7.4), GDP 3 μM, MgS0_(4) 3mM and [^(35)S]GTPyS (1300Ci/mmol, NEN) 0.1 nM.。3回実験を行った。非特異的結合は10μMのGTPγSで決定した。インキュベーションは急速濾過と液体シンチレーションカウンターによって測定された放射線活性によって終了させた。結合等温線は非線形リグレッションによって解析され、結果はmean±SEM(サンプル数)で表した。
h5-HT_(1A)受容体での親和性は5-HTが[Ki= 0.6±0.2nM(3)]と高く、クロザピン[Ki = 160 14 nM (4)]は中程度なのに対して、ハロペリドール[Ki = 1910 ± 250 nM, (3), 図1(A)]は低かった。これらKi値はヒト海馬における5-HT_(1A)受容体のKi値の結果とよく一致している(Mason and Reynolds,1992)。5-HTとクロザピンによる[^(35)S]GTPγS結合活性化のEC_(50)値はそれぞれKi値の37倍、15倍大きかった。特に、基本的な[^(35)S]GTPγS結合は3000dpmだった。5HT濃度に依存して結合が11000dpmまで増加し、そのEC_(50)値は22.3±1.1nM (3)であった。それに対して、クロザピンが[^(35)S]GTPγS結合を活性化させるEC_(50)値は2320±770 nMであった。クロザピンによる最大活性は、5-HT(= 100%)と比較して49±4.6%(4)になっていた。クロザピンの活性化曲線は1nM WAY100635存在下で右にシフトしたが[EC_(50)= 48 ± 12μM、(3)]、WAY100635自体は基礎結合量を変化させなかった(data not shown)。同様に、ハロペリドールは、10nMまで濃度をあげても[^(35)S]GTPγSの基礎結合量を変えなかった(Fig. 1(B)) 。
これらの結果は、クロザピンがh5-HT_(1A)受容体に対し中程度の効果を持ち、セロトニンの効力の約半分でG-タンパク質活性化を刺激することができることを示す。選択的5-HT_(1A)拮抗薬である、WAY 100635により拮抗されることから、活性化はh5-HT_(1A)受容体により調整される(Fletcher et al., 1994)。アデニリルシクラーゼ抑制のための活性と有効性が、ラットの海馬膜で発見されたそれらと同様なので、CHO-h5-HT_(1A)受容体がシナプス後部5-HT_(1A)受容体のモデルを構成していることは言及されるべきである(Newman- Tancredi et al.,1992)。クロザピンはα_(1)アドレナリン受容体に高い親和性(Ki=6nM, Lejeune et al.,1994)で、拮抗作用を有するが、高度に受容体が備えられている縫線核の5-HT_(1A)自己受容体においては、完全な作動薬としてはたらく可能性があり、縫線に局在したセロトニン作動性ニューロンの活性調整もまた重要である。」(119頁左欄1行?120頁右欄11行)

(甲20の2e)
「ハロペリドールが5-HT_(1A)受容体(Ki= 1910 nM)と比べてD_(2)とD_(3)受容体に高い親和性(Kis of 0.4 and 2.9 nM respectively, Millan et al.,1995a)を持っているのに対して、クロザピンは、D2とD3受容体での中程度の親和性(Kis of 80 and 200 nM respectively, Mi11an et al.,1995b)を有するのに比べh5-HT_(1A)受容体にほぼ同等の親和性を有する(Ki = 160 nM)。これは、h5-HT_(1A)サイトでのクロザピンの振る舞いがその治療効果のために重要であるかもしれないことを示唆する。さらに、新規の抗精神病薬であるS16924(1- (benzodioxane-5y-3-[3-(4-fluorophenacyl) pyrrolidine]-1-oxapropane)) (実験モデル(Millan et al.,1995a)でクロザピンに似た「非定型的な」特徴を提示した)もまた、5-HT_(1A)受容体に対して部分的作動活性を有している(論文執筆中)。
要するに、錐体外路の副作用を伴わずに難治性患者を管理し、統合失調症の陰性症状を治療するにあたり、クロザピンの臨床の有効性には5-HT_(1A)受容体への部分的受容体活性化作用が重要な役割を果たしているのかもしれない。」(120頁右欄12?30行)

[甲第20号証の3](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(甲20の3a)
「慢性統合失調症患者におけるセロトニン5-HT_(1A)および5-HT_(2)受容体結合の特異な変化」(タイトル)

(甲20の3b)
「要約
慢性統合失調症患者とコントロール群の死後脳におけるセロトニン5-HT_(1A)と5-HT_(2)受容体について調査された。統合失調症患者の前頭前皮質において、コントロール群と比較して、5-HT_(2)受容体結合が減少していたが、5-HT_(1A)受容体の結合は増加した。5-HT_(1A)受容体結合の増加、または5-HT_(2)受容体結合の減少は、死亡時まで神経弛緩薬によって治療された患者、および、死亡の少なくとも2ヶ月前からそのような治療を受けなかった患者の両方で観察された。従って、5-HT受容体サブタイプの異常が、慢性統合失調症患者の脳に存在するようである。5-HT関連薬剤は統合失調症の治療に有益かもしれない。」(S35頁左欄のAbstract要約)

(甲20の3c)
「ほとんどの死後研究により統合失調症患者の脳のドーパミンD_(2)受容体の増加が明らかにされ(Lee et al.1978; Owen et al.1978; Seeman et al.1984; Mita et al.1986)、このことからドーパミン作動性の神経伝達の異常活発性が統合失調症に関連すると考えられている。このドーパミン仮説により統合失調症のすべての症状が説明できるわけではないこと、他の神経伝達物質系の異常もまたこの病の病態生理学に関連すること、を示唆する証拠は増えてきている(Van Kammen and Gelernter 1987; Bleich et al. 1988)。統合失調症における神経化学的研究は、セロトニン(5-HT)システムに焦点を当てているが、それはリゼルギン酸ジエチルアミド(LSD)などの幻覚剤と5HTシステムとの相互作用が発見されたためである。しかし、統合失調症における5-HTシステムを評価する研究からはしばしば矛盾するさまざまな結果が得られている。その一例が、5-HTおよびその代謝産物についての死後研究、および脳脊髄液中の代謝産物について得られている研究結果である(Bleich et al. 1988)。さまざまな反対作用と互恵的な機能を持つ5HT受容体の多様性を含む5HTシステムの複雑性からすると、これは驚くようなことではない (Glennon et al. 1991)。ヒトの脳における結合に基づいて、いくつかの5-HT受容体サブタイプの存在(5-HT_(1A)、5-HT_(lC)、5-HT_(1D)、5-HT_(2)、5-HT_(3))が報告された(Hover et al. 1986a,b; Pazos et al. 1987; Barnes et al. 1988)。従って、統合失調症における5-HTの潜在的な役割についての知見を得るために個々の5-HT受容体サブタイプを調査することが必要である。臨床試験結果を神経化学的研究と統合する際、特異的なリガンドを用いた5-HT受容体サブタイプの死後測定は、統合失調症の病態生理学のよりよい理解に寄与するだろう。」(S35頁左欄本文1行?右欄16行)
(甲20の3d)
「統合失調症における5-HT_(1A)受容体
5-HT_(1A)受容体は、Gタンパク連結型受容体スーパーファミリーの一員であり7つの膜貫通領域を持っている(Julius 1991)。5-HT_(1A)受容体はフォルスコリン刺激により促進されるアデニレートシクラーゼ活動を抑制することが報告されていた(De Vivo and Maayani 1986)。これらの受容体は、5-HT_(1A)の特異的作動薬である8-hydroxy-N,N-dipropy1-2アミノテトラリン(8-OH-DPAT)によって標識される(Gozlan et al. 1983; Hall et al. 1985) 。脳における8-OH-DPATの結合領域は不均一に分布しており、縫線核、海馬、および大脳皮質に比較的集中している(Gozlan et al. 1983; Hoyer et al. 1986a; Pazos et al. 1987; Hashimoto et al. 1991) 。5-HT_(1A)受容体は、中脳縫線の細胞体自己受容体として局在化されるが、特に海馬および大脳皮質にある、シナプス後部へ局在するという証拠がある(Hall et al. 1985; Lucki 1991)。
私達は、[^(3)H]8-OH-DPAT結合が、統合失調症患者の前頭葉前部(Broadmanのエリア10)および側頭葉皮質(エリア22)においてそれぞれ約40%および60%増大すると報告した(Hashimoto et al., 1991)。統合失調症患者の脳における結合[^(3)H]8-OH-DPATの増加は、領域特異的のようであり、海馬、扁桃核、帯状回(エリア22)、頭頂皮質(エリア7)、運動皮質(エリア4)または後頭皮質(エリア17)においては有意な差は発見されなかった。特異的な[^(3)H]8-OH-DPAT結合のスキャッチャード分析により、これらの変化が結合サイトの数(Bmax)の増加に起因するが、親和性(Kd)には起因しない(図1,左)ことが明らかにされた (Hashimo- to et al. 1991)。
5-HT_(1A)受容体結合の増加は神経弛緩薬による治療とは関連しないようであるが、それは(1)死亡直前に患者が神経弛緩薬投与を受けていたかどうかを問わずBmax値の増加が観察された(図1、左)、(2)ラットへのハロペリドールデカン酸投与(21日間)は、前頭皮質への[^(3)H]8-OH-DPAT結合に影響しなかった(表1)、(3)試験済みの領域間では、[^(3)H]8-OH-DPAT結合の増加は統合失調症の患者の前頭葉前部および側頭皮質においてのみ観察された(Hashimoto et al., 1991)ことによる。」(S35頁右欄17行?S36頁右欄4行)

(甲20の3e)
「5-HT受容体サブタイプ間の相互作用
5-HT_(1A)と5-HT_(2)受容体の間の潜在的で機能的な相互作用は、最近の興味深いトピックである。齧歯類において、1つの5-HT受容体サブタイプの刺激は別の5-HT受容体機能を調整する(Glennon et al. 1991)。8-OH-DPATおよび他の5-HT_(1A)作動薬(例えば、ブスピロン、ジェピロン、イプサピロン)の投与は、5-HT_(2)受容体の活性化により引き起こされた頭部けいれん反応を弱める(Glennon et al. 1991)。ラットへの5-HT_(1A)作動薬の慢性的投与が、5-HT_(2)受容体サイト数の減少を引き起こす(Eison and Yocca 1985; Wieland et al. 1990)。5-HT_(2)受容体を介した効果は5-HT_(1A)受容体による負の制御を受けているようである。
バッカスら(1990)は、5-HT_(2)拮抗薬(リタンセリン、ICI 170 809、ケタンセリン)が、5-HT_(1A)作動薬により誘発される行動を増強すると報告した。後に、いくつかの矛盾した結果が報告されたが、5-HT_(1A)受容体を介した効果が5-HT_(2)受容体の負の制御下にあるかもしれない(Arnt and Hytte1 1989; Glennon et al. 1991)。
動物からヒトへのデータの転換は注意すべきであるが(Hover 1986b)、統合失調症の前頭前皮質における5-HT受容体サブタイプの特異的な変化は、5-HT_(1A)と5-HT_(2)受容体間の連携における異常によるものかもしれないし、1つの受容体システムにおける最初の変化がもう一方の受容体での第2の変化につながるというプロセスを反映するのかもしれない。」(S37頁左欄下から4行?右欄24行)

(甲20の3f)
「5-HT_(1A)と5-HT_(2)受容体変化の臨床的意味
5-HT_(1A)アゴニストは、抗うつ作用および抗攻撃性作用も持っているような抗不安薬の新しいクラスである(Traber and Glaser 1987; Gerlach 1991 ; Lucki 1991)。ブスピロンはアザピロンの誘導体でありその作用機序は、主に5-HT_(1A)作動薬である(Jann 1988)。サタナンタンら(1975)は、非常に高用量のブスピロン投与を受けた10人の統合失調症の患者のうち、2人の患者が顕著な反応を示し、2人が中程度な応答、および6人が症状の悪化を示したと報告した。ブスピロンは、5-HT_(1A)作動活性だけでなくD_(2)自己受容体拮抗作用を持つことが知られており、様々な脳領域(Jann 1988)でドーパミン代謝回転を加速させ、ひいては統合失調症の陽性症状の悪化を引き起こすかもしれない。
神経弛緩薬と併用する時には、ブスピロンは、精神-社会的機能を改善することが報告されている(Sovner and Parne1l-Sovner 1989)。ゴフら(1991)は、ブスピロンの付加投与が、緊張(35%)、憂鬱(26%)の減少、および陽性症状(16%)、陰性症状(9%)のわずかな改善を反映するような、BPRS(Brief psychiatric Rating Scale)スコアにおける改善に関連することを見いだした。個々の反応は様々であったが、総合的な結果としては、付加的な療法としてのブスピロンが統合失調症の症例によっては、有益かもしれないと示唆している。すべての神経弛緩薬はD_(2)拮抗薬であり、ほとんどの神経弛緩薬が5-HT_(1A)受容体への親和性をもたないため、付加的な療法としてのブスピロンは、5-HT_(1A)受容体の刺激を介する臨床反応を発揮するのかもしれない。イプサピロン、ジェピロン、タンドスピロンなどの選択的な5-HT_(1A)作動薬によるさらなる検討が、統合失調症における5-HT_(1A)受容体の関与を明らかにするために必要である。
5-HT_(2)とD_(2)受容体を阻害する薬剤の臨床上の効果はより広く研究されてきている。5-HT_(2)およびD_(2)受容体拮抗薬であるリスペリドンは、陰性症状の緩和に効果的であると報告されている(Gerlach 1991)。5-HT_(2)、D_(1)、およびD_(2)受容体阻害能を有するクロザピンは、薬物耐性統合失調症患者に効力を持つことが知られている。特異的な5-HT_(2)受容体拮抗薬であるリタンセリンでの治療は、陰性症状を減少させる(Bleich et al. 1988; De Bleeker and Verslegers 1990)。総合的な結果としては、5-HT_(2)受容体拮抗薬は統合失調症の陰性症状の減少に効果的かもしれないことを示している。
統合失調症の症状における5-HT_(1A)作動薬と5-HT_(2)拮抗薬の考えられうる効果は、統合失調症において、5-HT_(1A)を介する神経伝達の減少、および5-HT_(2)を介する神経伝達の増加があるのかもしれないことを示唆する。私達の死後研究の結果から、5-HT_(1A)受容体の増加および5-HT_(2)受容体の減少は、5-HT_(1A)媒介神経伝達の減少および5-HT_(2)媒介神経伝達の増加を正常化するための順応的な変化であるかもしれない。統合失調症の症状を有する患者の治療のために、5-HT_(2)受容体拮抗薬は、5-HT_(1A)受容体作動薬とともに使われる時には有益かもしれない。」(S37頁右欄25行?S38頁左欄24行)

[甲第20号証の4](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「P.01.144霊長類脳におけるクロザピンによる5-HT_(1A)受容体の占有がポジトロン断層法により明らかにされる
目的:統合失調症の患者の治療におけるクロザピンの非定型プロファイルはまだ不明瞭である。5-HT_(1A)受容体サブタイプが統合失調症の病態生理学および薬学的治療上重要な役割を果たす可能性が示唆されてきた。5-HT_(1A)受容体は、クロザピンが適度な親和性を有しているいくつかの中枢系神経受容体のうちの一つである。このポジトロン断層法(PET)研究の目的は、in vivoにおけるクロザピンの静脈内注入後のカニクイザル脳の5-HT_(1A)受容体占有を決定することであった。
方法:4匹の健康なサル(A-D)のうちのそれぞれが同じ日に、3つのPET測定および放射リガンド[carbony-^(11)C]WAY-10635によって試験された。最初の測定はベースライン条件を示し、2番目の測定は低い投与量のクロザピン(1.5mg/Kg)、3番目の測定は4倍高い投与量のクロザピン(6mg/Kg)の条件で行われた。投与量選択のストラテジーは、患者の臨床管理で推奨された200-800mgの投与範囲をカバーする血漿中濃度として以前に得られたヒトとサルのデータを使った。脳組織の放射能活性は、3Dモードにおいて使われるシーメンスECAT EXACT HR47システムによって測定された。調査範囲(ROIs)は、合計PETイメージの前頭皮質、側頭皮質、および縫線核をもって決めた。5-HT_(1A)受容体占有は、平衡比率分析を使って計算した。

結果:試験したサルにおいて、5-HT_(1A)受容体占有率は、低用量クロザピンでは23%から34%で、高用量クロザピンでは36から49%であった。前頭皮質、側頭皮質、および縫線核間での領域による明らかな違いはなかった。データはクロザピンによる結合比率と占有率として示した。
結論:霊長類の脳においてクロザピンが5-HT_(1A)受容体を占有することを結果は示している。臨床的投与範囲での5-HT_(1A)受容体占有率は、クロザピン治療患者において以前に報告されたD_(2)ドーパミン受容体占有率と同じオーダーであった。この結果は、5-HT_(1A)受容体がクロザピンの非定型薬活性の潜在的なターゲットになっているということを支持する。」(S130頁の「P.01.144」の全文)

[甲第20号証の5](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(甲20の5a)
「セロトニン-1Aアゴニストであるタンドスピロンの統合失調症における記憶機能に対する補助療法効果」(タイトル)

(甲20の5b)
「Editors
想起 、実行機能、および注意力を含む認識機能の衰えは生活全体の質、およびこの病気を持つ患者の社会復帰を制限する統合失調症のうちにいくつかの中心的な症状として認められていた 。ハロペリドールなどの従来の「定型」抗精神病薬は、認知機能を制限、もしくは有害な影響さえあったけれども、最近の研究により、非定型抗精神病薬であるクロザピンとリスペリドンは、統合失調症患者の認知機能をある範囲の改善効果と関連することが示された。セロトニン(5-HT)-5-HT_(2A)/ドーパミン(DA)-D_(2)受容体アンタゴニスト作用を持つこれらの非定型抗精神病薬は、おそらく統合失調症において大脳皮質のドーパミン作動性の放出促進により認知機能障害を改善することで、これらの薬物の効果と関連することが推定される。考案された作用機序は5-HT_(2A)アンタゴニストは5-HT作動系を阻害することにより、DAシステムのセロトニン作動系の抑制を外すというものである。
5-HT_(1A)受容体のアゴニストは、主に縫線核に存在する5-HT_(1A)タイプである細胞体樹状突起の自己受容体の作用を通じて、5-HT神経系の活性阻害によるDAシステムの脱阻害も行うと考えられる。これは、ブスピロンなどの5-HT_(1A)アゴニストの全身投与が前頭葉前部の大脳皮質の根本的なDAの放出増大を行うというラットの研究から見出されたものである。従って、抗精神病薬に加えて5-HT_(1A)アゴニストを治療のために併用することは大脳皮質のDA機能を改善することによって、統合失調症患者の認知機能のある範囲を改善することが推測される。私達の知る限りでは、5-HT_(1A)アゴニストと補助療法による統合失調症の記憶機能効果をはっきりさせる試みは全くなかった。
アザピロン由来のタンドスピロン(SM-3997)は、最近開発された化学構造がブスピロンのそれと密接に関連する選択的な5-HT_(1A)アゴニストである。薬理学的に、タンドスピロンは、5-HT刺激を受け取る前脳部分のシナプス後5-HT_(1A)受容体の部分アゴニストだけでなく、縫線核にある5-HT_(1A)自己受容体の完全アゴニストとして見なされる。この研究は、タンドスピロンを抗精神病薬の安定量に追加することが、慢性統合失調症患者の記憶能力へ有益な効果があるかどうかを決定するように計画された。
Methods
・・・全ての患者は、・・・ハロペリドール・・・及びビペリドンを投与されていた。・・・精神病理や記憶特性の現状を把握した後、患者はタンドスピロンの経口投与(30mg/day)を開始した。このタンドスピロンの投与量は4週間固定された。試験期間中、他の全ての抗精神病薬は、変更なく継続して用いられた。」(386頁左欄の「Editors」、及び「Methods」の第1段落)

(甲20の5c)
「Discussion
WMS-Rテストの注意力/集中力の両方に関連する数唱と視覚記憶スパンサブテストのスコアは、コントロール患者のベースラインのスコアと比較したときだけわずかに増加した。1週間以内に数唱と精神コントロールサブテストの試験-追試験の枠組みで測定したスコアに変化がなかったことは、定型抗精神病薬を安定量投与している慢性統合失調症患者に、同じ研究デザインを使って行った以前のWMSテストの研究の結果と一致するものである。 注意力と集中力と関連した認知機能への効果がないにも関わらず、タンドスピロン併用療法は、統合失調症患者の記憶能力と関係するWMS-Rサブテストのスコアを改善した。この効果は言語記憶の測定で最も明らかであった。全体としてのこれらの結果が、注意力や記憶力の衰えが統合失調症を有する被験者において互いに比較的関連がないという推測と一致する。定型抗精神病薬の安定量を投与されている慢性統合失調症患者において行った同じ4週間隔の試験-追試験の枠組みを使用した以前の研究で、学習に関連するWMSサブテストに大きな変化が観察されなかったため、タンドスピロンを投与された患者の練習効果の可能性は、少なくとも言語記憶の測定結果により除外することができた。ブキャナンと共同研究者は、長期間クロザピンによる治療を受けている統合失調症患者のスコアがWMS-R論理記憶サブテストで改善することを発見した。クロザピンはまた、5-HT_(1A)受容体に対して適度に高い親和性を持つため、認知機能、特に言葉記憶を改善するタンドスピロンの能力は、クロザピン固有の5-HT_(1A)のアゴニスト作用に類似しているかもしれない。従って、5-HT_(1A)アゴニストといくつかの非定型抗精神病薬である定型抗精神病模倣薬をわずかに適度に併用治療した結果から推察され、統合失調症において記憶機能障害のいくつかの側面を和らげることができるかもしれない。
少なくとも2つの統合失調症における記憶機能のためのタンドスピロンの効果を説明できる作用機序があると思われる。1つは、以前言及したように、5-HT_(1A)自己受容体に作用することによってセロトニン作動性の活動を変化させ大脳皮質のDA機能を促進させることである。もう1つは、タンドスピロンの大脳皮質および/または海馬にあるシナプス後5-HT_(1A)受容体への直接的な効果である。検死解剖から統合失調症患者の大脳皮質にある5-HT_(1A)受容体が増加するという徴候があり、シナプス後の事象に起因するセロトニン作動性の情報伝達で異常を示す。従って、タンドスピロンはシナプス後5-HT_(1A)受容体部分的アゴニスト作用を有し、大脳皮質および/または海馬のセロトニン作動性の情報伝達を正常化して統合失調症のある部分の認知機能を改善する可能性がある。
タンドスピロンとハロペリドールの薬物動態学的相互作用は議論する別の議題かもしれない。ゴフと共同研究者は、精神病理学のおよびハロペリドールなどの抗精神病薬を安定量投与している統合失調症患者の錐体外路症状に対する5-HT_(1A)アゴニストであるブスピロンの補助療法の効果を調査した。
彼らは、併用治療の4?6週後に、ハロペリドールの血漿濃度が上昇していることを発見した。しかし、抗精神病薬の血漿濃度における5-HT_(1A)アゴニストの報告された効果は、統合失調症の記憶能力を改善するタンドスピロンの能力に寄与するとは考えらない。なぜならば、前述のように、一般的にハロペリドールなどの定型抗精神病薬は認知機能に最小限の影響を持つからである。また、現在の研究では、タンドスピロンを投与した患者において、SASによる測定で錐体外路の副作用の有意な増加は観察されなかった。
この研究では精神病理とBPRSとSASのスコアで示した錐体外路症状において有意な変化を確認しなかった。被験者の多数を含めることは、精神病理および/または統合失調症の錐体外路症状を緩和するためのタンドスピロンの潜在的有効性の程度を明らかにするだろう。要約すると、いかなる解釈を行う際にも被験者の数が少ない場合、私たちの予備的研究は注意が必要であるが、結果は、抗精神病薬での治療に5-HT_(1A)アゴニストの併用は、統合失調症に関連する記憶機能障害の一部を改善するのに有効であることを示唆している。この知見は、認知機能の様々な態様の評価を含むさらなる対照試験により、再現に値するかもしれない。」(387頁左欄?388頁右欄の「Discussion」)

[甲第20号証の6](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(甲20の6a)
「ラットにおける海馬内スコポラミンの空間学習の損傷に対する背側縫線核5-HT_(1A)受容体の刺激による修復」(タイトル)

(甲20の6b)
「要約
この研究は、2-プラットホーム空間差別作業を行うラット脊椎海馬のCA1領域に注入された4μg/μLスコポラミンに起因する学習障害における背側縫線核の5-HT_(1A)受容体の刺激による影響を調査した。4μg/μLスコポラミンの両側海馬内注射の5分前に、それぞれの取得訓練の日に背側縫線核において1(しかし0.2ではない。)μg/0.5μLで投与される8-ヒドロキシ-2-(ジ-n-プロピルアミノ)テトラリン(8-OH-DPAT)(5-HT_(1A)受容体アゴニスト)は、選択の精度と遅延または過失に影響を及ぼさないで、海馬内スコポラミンによって完全に選択の精度の障害を無効にした。0.2および1μg/0.5μLで背側縫線核に投与したWAY 100635(5-HT_(1A)受容体拮抗剤)はラットの行動に関して、または海馬内スコポラミンに起因する障害に影響を及ぼさずに用量依存的に1μg/0.5μLの8-OH-DPATによりスコポラミンによって誘発された障害に効果を示した。結果は、背側縫線におけるシナプス前5-HT_(1A)受容体の刺激は、おそらく海馬への嗅内皮質から促進的な情報伝達を容易にすることによって、海馬内スコポラミンによって引き起こされる障害を修復させることを示している。シナプス後海馬5-HT_(1A)レセプターの遮断が2-プラットホーム空間差別作業(Caril et al.,1995b)で海馬内スコポラミンの作用を無効化した以前の研究とあわせて、結果は、5-HT_(1A)受容体において、これらの受容体での部分アゴニストのようにシナプス前を刺激し、シナプス後の遮断作用を有する薬剤は、海馬へのコリン作動性神経支配の喪失に関連した人間の記憶障害症状の治療において有用であり得ることを示唆している。」(221頁の「Abstract」)

(甲20の6c)
「5-HT_(1A)受容体は不均一に中枢神経系に分布され、その発現は、それらがシナプス前細胞体樹状突起5-HT受容体として作用する核縫線背側(DR)(Pazos et al.,1988)が高い(Sprouse&Aghajanian,1986)。これらの受容体の刺激は、種々の脳領域における5-HTの細胞外濃度を低下させ(Bonvento et al.,1992)、種々の動物モデルにおける不安のような効果などの動機付け行動の様々な状態変化を引き起こす(Cervo et al.,1988;Higgins et al.,1988;Handley,1995)。
どのようにして直接的に背側縫線の5-HT_(1A)受容体を刺激して影響を与えるか、またはコリン作動性伝達物質の減少により障害が起こるかという情報はない。最近の8-OH-DMTを腹腔内投与がオペラントのスコポラミンにより損なわれた遅延場所合わせ能力を改善したという事実はシナプス前5-HT_(1A)受容体を刺激する能力に起因していました(Cole et al.,1994)。しかしながら、この知見はStanhope et a1. (1995)による類似のモデルを用いた実験では再現しなかった。」(221頁右欄下から3行?222頁左欄14行)

(甲20の6d)
「神経機構がなんであれ今回の結果でDR内の8-OH-DPATの効果を媒介する脳領域とともにシナプス後5-HT_(1A)受容体の遮断とシナプス前5-HT_(1A)受容体を刺激すると同様の効果を有するという証拠は(Caril et al.,1995b)、5-HT1A受容体のシナプス前刺激し、シナプス後遮断作用を発揮する部分アゴニストは、アルツハイマー病における記憶障害症状の治療のための新規なアプローチを提供するかもしれない。これは明らかに2プラットフォーム空間識別タスクにおける海馬内のスコポラミンが誘発する空間学習の低下が痴呆症において記憶障害の主要な側面を模倣したという仮定に基づいている。」(229頁左欄27?37行)

[甲第20号証の7](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(甲20の7a)
「5-HT_(1A)受容体は正常および認知障害ラットにおける学習の定着を調整する」(タイトル)

(甲20の7b)
「試験は、認知が正常な動物および障害された動物でこれらの受容体の役割を評価することにより、学習の定着における5-HT_(1A)受容体の役割をさらに分析するためになされた。8-OH-DPATと5-HT_(1A)受容体拮抗薬である、WAY 100135、WAY 100635、およびS-UH-301、プラスコリン作動性およびグルタミン酸拮抗薬であるスコポラミンとジゾルシピン、の訓練後投与の効果が、それぞれ、自動反応形成学習タスクを使用して決定された。結果は、8-OH-DPATは条件反応の数を増加させ、一方でWAY100135、WAY100635、S-UH-301、および5-HTを減少させる物質であるp-クロロアンフェタミン(PCA)は、効果がなかったことを示した。 PCAは、5-HT_(1A)受容体拮抗薬の静かな特性を変更しなかった。PCA、WAY100635、およびS-UH-301は8-OH-DPATへの効果を逆転させたが、GR127935(5-HT_(1B / 1D)受容体拮抗薬)やMDL100907(5-HT_(2A)受容体拮抗薬)は、逆転させなかった。ケタンセリン(5-HT_(2A / 2C)受容体拮抗薬)とオンダンセトロン(5-HT_(3)受容体拮抗薬)は、単独で条件反応を増加させる投与量で、8-OH-DPATの効果を逆転させた。さらに、8-OH-DPATまたはS-UH-301は、スコポラミンおよびジゾルシピンによって誘発される学習障害を逆転させたが、WAY100635はスコポラミンによる障害のみを逆転させた。これらのデータは、学習の定着時のシナプス前部5-HT_(1A)受容体の役割を裏付け、セロトニン作動性、コリン作動性、およびグルタミン酸作動性システムが認知障害の動物で相互作用するという仮説を支持している。」(207頁上段の要約)

(甲20の7c)
「序論
学習と記憶に関与する脳領域(Meneses & Hong,1997a,1997b; Zola-Morgan & Squire,1993)へのセロトニン作動性経路のプロジェクト(Jacobs & Azmitia,1992; Zifa & Fi11ion,1992; Wright, Seroogy, Lundgren, Davis, & Jennes,1995)はよく確立されており、その5-ヒドロキシトリプタミン(5-HT)受容体作動薬および拮抗薬は、これらのプロセスを調整する (Altman & Normile,1988; Meneses & Hong,1997a)。学習および記憶におけるセロトニン作動系の病態生理学的および/または治療的役割を示唆する証拠が提供されている(Altman & Normile,1988; AzmitiaWhitaker,1995; Bartolomeo, Morris, Mover, & Boast,1996; Casse1 & Jeltsch,1995; Cliffe, Fletcher, & Dourish,1993; Cole, Jones, & Turner,1994; Fletcher, Forster, Bill, Brown,Cliffe, Hartley, Jones, McLenachan, Stanhope, Critchley, Childs, Middlefe11, Lanfumey, Corradetti, Laporte, Gozlan, Hamon, & Dourish,1996; Francis, Panga1os, Pearson, Midlemiss, Stratmann, & Bowen,1992; Harder, Maclean, Alder, Francis, & Ridley,1996; Herremans, Hijzen, Olivier, & Slangen,1995; Hodges, Sowinkski, Turner, &Fletcher,1996; Meneses & Hong,1994a, 1994b; Whitaker-Azmitia & Azmitia,1994; Zhang, Zeise, & Wang,1994)。5-HT受容体の複数のクラス(5-HT_(1-7))およびサブタイプ(5- HT_(1A / 1B / 1D / 1E / 1F)、5-HT_(2A / 2B / 2C)、5-HT_(3(a)/ 3(b))、5-HT _(4(a)/ 4(b))、5-HT_(5A / 5B)、5-HT_(7(a)/ 7(b)))はこれまでに哺乳類で特徴づけられており(Glennon & Dukat,1995; Hover, Hartig, & Humphrey,1994; Hover & Martin,1997) 、これらのうち、5-HT_(1A)サブタイプは、最も広く研究されている(レビューのために、Meneses & Hong,1997bを参照)。この広範な調査にもかかわらず、学習と記憶における5-HT1A受容体の役割は依然として不明である。例えば、(±)-8-ヒドロキシ-2-(ジ-n- プロピルアミノ)テトラリン塩酸塩(8-OH-DPAT)投与は学習に対して、増強したか、障害したか、またはまったく影響を与えず(Meneses & Hong,1997b)、これは、少なくとも部分的には、使用される薬剤の投与時間の違いに起因し得る。方法論的な観点から、研究者らが、学習課題および/または保持前フェーズの、前または後のどちらで5-HT_(1A)薬を投与しているかに留意することが必要であり、訓練前の投与が最も頻繁に使用される(Meneses & Hong,1997b)。これらの薬物投与のプロトコルそれぞれが、学習の異なる段階の研究を可能にする。例えば獲得、定着、および/または回復(McGaugh,1989; Meneses & Hong,1997a,1997b)。訓練前の注射によって誘導される効果は、非特異的な変化を反映するように見えるが、訓練後の注入によって生み出される効果は学習の変化に起因し得る(McGaugh,1989)。
8-OH-DPATの訓練前投与は、0.09-0.25 mg/kgで受動的および能動的回避において、そして1.0 mg/kgで遅延見本合わせタスクにおいて、学習を低下させる。0.003-0.3 mg/kgの8-OH-DPATは学習を強化するか、または、遅延見本合わせ、反復取得手順、遅延条件性弁別、消去、自動反応形成に対しては影響を与えない(Meneses & Hong,1997b, 参照)。 水中放射状迷路においては、8-OH- DPATは、0.1-0.25 mg/kgで混合した効果を生み出す。5-HT_(1A)受容体部分作動薬であるブスピロン、イプサピロン、ゲピロン、タンドスピロン、フレシノキサン、BMY7378、およびNAN-190の訓練前投与もまた、混合した効果をもたらす。WAY100665単独では、学習への効果がないが (Meneses & Hong,1997b)、8-OH-DPATの訓練前注射によって誘発される運動/動機づけの側面に対する非特異的な影響を排除することができることを強調しなければならない(Fletcher et al.,1996)。8-OH-DPATの訓練前または保持前投与は、0.09-0.5 mg/kgで受動的および能動的回避学習課題では減弱させるか影響がなく、対して0.015-0.62 mg/kgで自動反応形成や水迷路、消去作業における学習を改善した(Meneses & Hong,1997b) 。興味深いことに、学習定着が達成されると5-HT_(1A)受容体の刺激は効果がない(Meneses & Hong,1994a,1994b)。
上記の対照的な所見にもかかわらず、5-HT_(1A)受容体作動薬(Stanhope, McLenachan, & Dourish,1995)または拮抗薬は、学習および記憶機能障害の治療に有用である可能性があること(Cliffe et al.,1993; Fletcher et al.,1996)が提案されている(Azmitia & Whitaker,1995; Bartolomeo et al.,1996; Cliffe et al.,1993; Cole et al.,1994; Darman & Reeves,1996; Fletcher et al.,1993,1996; Francis et al.,1992; Herder et al.,1996; Meneses & Hong,1994a,1994b)。さらにこの仮説を検証するために、私たちは、認知的に正常なおよび障害された動物に対する5-HT_(1A)受容体作動薬および拮抗薬の効果を調べるための実験のグループを設計した。」(207頁本文1行?209頁2行)

(甲20の7d)
「考察
本研究の結果は、学習の定着における5-HT_(1A)受容体の役割を裏付けており、5-HT_(1A)受容体作動薬8-OH-DPATが学習の定着を強化し、対して、5-HT_(1A)受容体拮抗薬WAY100135、WAY100635、およびS-UH-301がそれ自体では効果をもたなかったが、8-OH-DPATの効果を有意に阻害した。さらに、これらのデータは、セロトニン作動性、グルタミン酸作動性、およびコリン作動性システムが認知障害の動物において相互作用するという仮説を支持します。PCA注射単独では学習の定着に影響を及ぼさず、学習の定着における5-HT_(1A)受容体拮抗薬の効果のなさを変化させなかったが、8-OH-DPATにより誘導される効果を阻害した。
パラクロロフェニルアラニン(PCPA)は、単独では自動反応形成における学習の定着に影響をおよぼさなかったという証拠 (Meneses & Hong, 1994b)、そしてPCAと5-HT_(1A)薬を用いた本知見を併せてみると、8-OH-DPATは、シナプス前部へ作用する(おそらく5-HTの放出を阻害する)ことにより、学習の定着を容易にすることが考えられ、これは、PCPAまたはPCAによる5-HTの枯渇が何の効果もなかったことを考えると逆説的かもしれない。それにもかかわらず、以下について考慮される必要がある。
(1)シナプス前部5-HT_(1A)受容体の活性化は、セロトニンの合成減少と放出減少をもたらし、一方、PCAはセロトニンを放出し細かい5-HT繊維の選択的損失を引き起こすが、つながった5-HT繊維では引き起こさない(Jacobs & Azmitia,1992)。
(2)背側縫線および海馬における、シナプス前部5-HT_(1A)受容体および後部5-HT1A受容体との間の特性の違いが報告されている(Blier, Lista, & De Montigny,1993)。例えば、以前の(Meneses & Hong,1994b)および今回の知見とは対照的に、PCPA治療は8-OH-DPATにより誘導される受動回避における障害(Samanin et al.,1994)および空間的判別における障害を変化させなかった。後者の効果は、5-HT_(1A)拮抗薬スピロキサトリンによって阻害された(Caril, Luschi, Garofa1o, & Samanin,1995)。これらのデータは、シナプス後部5-HT_(1A)受容体もまた、学習の獲得において参加することができることを示唆している。
(3)最後に、PCAとPCPAは認知的プロセスに一貫性のない証拠を生みだした(Altman & Normile, 1988; Meneses & Hong,1997a)。」(211頁下から18行?212頁下から3行)

(甲20の7e)
「5-HT_(1A)受容体遮断が脳弓離断(Harder et al.,1996)またはジゾシルピンによるNMDA拮抗作用によって誘発される認知障害を改善することが報告されており(Bartolomeo et al.,1996)、5-HT_(1A)受容体拮抗薬は、認知過程における障害の治療に有用であり得ることを示唆している(Cliffe et al.,1993; Cole et al.,1994; Darman & Reeves,1996; Fletcher et al.,1996; Fletcher,1991; Francis et al.,1992; Harden et al.,1996; Samanin, Luschi, Vezzani, & Caril,1994) 。一方、低用量の8-OH-DPATによって誘発される(より高用量ではされない)、シナプス前部5- HT_(1A)受容体の刺激は、覚醒、探索活動、順応、注意、意欲、学習、および記憶などのプロセスに関連する電気生理学的パターンである、海馬のシータ波を増加させました(Marrosu, Forna1, Metzler, & Jacobs, 1996)。同様に、S-100β(神経栄養因子)の皮質放出は、アストロサイト上の5 HT_(1A)または5-HT_( 7)受容体の刺激を介しているようであり、皮質の発達と神経可塑プロセスに重大な影響を持っている(Whitaker-Azmitia & Azmi- tia,1994)。過剰または不十分なS-100β活性は学習定着を損なうことが報告されている(O'Dowd, Zhao, Ng, & Robinson,1997)。要するに、これらのデータは、5-HT_(1A)受容体の活性化または遮断が、損なわれた学習および記憶の治療に有用であり得ることを示している。本研究のデータは、これらの明らかに対照的な結果のさらなる支持を提供しており、8-OH-DPATとS-UH-301の訓練後の注射はジゾシルピンとスコポラミンによって誘発される学習障害を同様に逆転させたのに対し、WAY100635はスコポラミンの効果のみを逆転させた。現時点では、我々はこれらの結果についての説明を持ち合わせていない。それにもかかわらず、電気生理学的研究により、WAY100635はα-アドレナリン拮抗薬として縫線核内の細胞発火を阻害するが、それに対してWAY100635ではなくS-UH-301がいくつかの脳領域において5-HT_(1A)の部分的作動薬として作用することが明らかになったことが注目に値する(Waszczak, Martin, & Jackson, 1996)。加えて、8-OH-DPATによる5-HT_(1A)受容体の活性化は、アセチルコリン(Ach)流出の増加に関与していると思われ、これは、基底状態での5-HTにより持続的に活性化されはしないようであったが、細胞外アセチルコリン濃度が異常に上昇したときにのみ動作する(Fujii, Yoshiwa, Nakai, Fujimoto, Suzuki, & Kawashima, 1997)。」(212頁下から2行?214頁8行)

(甲20の7f)
「以前の知見(Altman & Normile,1988; Casse1 & Jeltsch,1995; Cole etal.,1994; Fletcher et al.,1996; Herremans et al.,1995; Hodges et al.,1996; Meneses & Hong,1997a,1997b; Marrosu et al.,1996;O'Dowd et al.,1997; Riekkinen,1994; Riekkinen, To1onen, & Riekkinen,1994; Riekkinen, Sirvio, Toiven, & Riekkinen,1995; Sirvio, Riekkinen, Jakala, & Riekkinen,1994; Stanhope et al.,1995; Zhang et al.,1994) および今回の知見は、5-HT_(1A)を含む多様な5-HT受容体が、学習及び記憶プロセス中にコリン作動性およびグルタミン酸作動性神経伝達システムと相互作用することができることを示している。興味深いことに、コリン作動性、GABA作動性、およびグルタミン酸作動性システムへの5-HT受容体の影響には領域差がある(Agahajanian,1995; Riekkinen et al.,1994)。例えば(自己および/またはヘテロ)受容体として機能するシナプス前部5-HT_(1A)受容体は、縫線核、海馬、および大脳新皮質といった認知プロセスに関与する領域における、コリン作動性、グルタミン酸作動性、およびGABA作動性活性を調節することができる(Zola-Morgan & Squire,1993)。海馬および皮質にある5-HT_(1A)受容体は、それぞれ、5-HT_(2A-2C)および5-HT_(4)受容体と単一ニューロンで共発現されており(Andrade, 1992; Wright et al.,1995)、シナプス前部5-HTの自己受容体は、皮質においてNMDA誘発5-HT放出を調節する(Fink, Being, & Gothert,1996)。5-HT_(1A)、5-HT_(2A)および5-HT_(2C)受容体を介した行動が機能的相互作用の対象となる可能性が以下の知見、8-OH-DPAT、ケタンセリン、またはオンダンセトロンによって誘発される学習定着における促進的効果(Meneses&Hong,1997a)は、他のいずれか(この仕事)の適用によって逆転される、によって支持されている。このように、これらの5-HT受容体は、認知プロセスの間に逆の作用を有することを示している。したがって、5-HT受容体複合体のバランスの乱れが、学習における変化およびおそらくうつ病などの病気における変化 (Meneses & Hong,1997a)の原因である可能性が示唆されている(Berendsen,1995)。また、シナプス前部5-HT_(1A)受容体は学習定着に関与し、保持の悪さを逆転させることが出来、よって5-HT_(1A)受容体が認知プロセスの病理学的および治療的、だが正常ではない、メカニズムを媒介していることを示唆しているようである。」(214頁8行?215頁27行)

(甲20の7g)
「結論としては、初期の研究は、トレーニング前/後、保持前の5-HT_(1A)受容体刺激が学習を損なわせることを示したが、最近の研究は以下を証明している:(1)学習に関するこのような効果は、非特異的である(例えば、8-OH-DPATの訓練前注入は学習に影響を与えないが、動機付けと探索行動には影響を与える)(2)5-HT_(1A)受容体は、学習の獲得と定着に関与している。具体的には、シナプス前部5-HT_(1A)受容体の活性化は、学習の定着を強化するが、それは想起を乱すかどうかは依然として不明である。(3)通常の動物では、5-HT_(1A)受容体作動薬である8-OH-DPATは予見効果(すなわち、学習の定着を容易にする)をもつが、5-HT_(1A)受容体拮抗薬であるS-UH-301とWAY100635は沈黙している(すなわち、単独では効果がない)。対照的に、認知障害のある動物においては、8-OH-DPAT、S-UH-301、およびWAY100635は、認知機能を正常化した。確かに、本研究では、多くの問題を提起し、ほとんど答えを提供していない。したがって、これらの明らかに矛盾した所見を明確にするためにさらなる実験が必要とされる。それにもかかわらず、5-HT_(1A)受容体作動薬および拮抗薬を含む、5つの異なるセロトニン作動機構がアルツハイマー病や健忘症の治療において調査中であることを言及することは重要である(Meneses, 1998)。」(215頁28?45行)

[甲第22号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(甲22a)「統合失調症の第1選択薬(ファーストライン治療)としての非定型抗精神病薬:根拠と仮説」(タイトル)

(甲22b)
「クロザピンは、1950年代に従来の抗精神病薬が導入されて以来の、統合失調症の薬物療法における最初の重要な進歩の象徴である。その優れた有効性と実質的に統合失調症の罹患率を減少させ患者の転帰を改善する可能性にもかかわらず、クロザピンは、無顆粒球症の可能性のせいで、広い基本的な治療、またはファーストライン治療としては使われていない。リスペリドンの導入や他の非定型抗精神病薬(オランザピン、セルチンドール、クエチアピン、ジプラシドン)の差し迫った見通しでは、臨床医らは、統合失調症および関連する精神病性障害を治療する方法や様式を劇的に改善することができるかもしれない。私たちが、非定型抗精神病薬が優れた有効性、副作用の減少、およびより良いコンプライアンスの見通し、を提供するという前提に同意する場合は、その病気の初期に患者に使用するときに最大の効果が現れるだろう。以下の資料では、統合失調症のファーストライン治療として非定型抗精神病薬を使用する根拠と仮説を提供する。」(68頁上段の要約)

(甲22c)
「有効性の限界
過去半世紀の間、抗精神病薬は、広く研究されている。抗精神病薬が統合失調症の陽性症状を軽減し、その再発を防止することができることは明白に実証されている。従って、抗精神病薬は、統合失調症の急性および維持治療に有効な薬剤であることが示されている。しかし同時に、このクラスの化合物の限界及び負債は痛いほど明らかになってきている。まず、抗精神病薬は、非常に高い確率で、特に錐体外路経路への作用によって、副作用を引き起こし、パーキンソニズム、ジストニア、アカシジア、および遅発性ジスキネジアの兆候に至る。治療用量を受けた患者のうち半数以上がこれらの症候群の一つ以上を明示する。これらの副作用は、抗悪性腫瘍化学療法を除く、内科疾患のためのファーストライン治療で用いられる他のどのクラスの薬剤より、広範的かつ有害である。さらに、抗精神病薬による不快感や苦痛は、しばしば患者のコンプライアンス不良をおこし、精神病の再発につながる。第二に、抗精神病薬の治療の限界は、臨床医と患者を問わず、苛立たせる。すべての患者がこれらの薬剤に治療応答を経験するわけではない。実際、30%から60%の患者は、一部のみまたは全く治療応答がないと推定されている。さらに、統合失調症の症状のうちの一面(陽性症状)だけが、治療に応答すると期待できる。抗精神病薬は、統合失調症の陰性症状と認知機能障害に対しては、あまり効果がない、または全く効果が無い。最後に、抗精神病薬は、患者の生涯にわたって累積罹患率が最小になるように、効果的に疾患の経過を変更することはできない。それゆえに、抗精神病薬は統合失調症の治療において効果的な薬剤ではあるが、それらの重大な治療上の限界が、改善の余地を残している。」(68頁左欄下から3行?69頁左欄2行)

(甲22d)
「創薬および非定型抗精神病薬
統合失調症の私たちの治療で進行する主要な障害の一つは、創薬のゆっくりとしたペースであった。多くの新規化合物は、クロルプロマジンをきっかけに開発されたが、治療効果についてはわずかで漸進的な改善しかなかった(表1を参照)。私が第一世代抗精神病薬を呼ぶものうち、最もよかったのは、ロキサピンとピモジドだった。大部分において、これは、精神病の治療における重要な病態生理学的成分はドパミン-2(D_(2))受容体であったという見解に、薬剤開発が、支配されていたという事実によるものでした。その結果、開発された全ての抗精神病薬は、D_(2)受容体への強力な親和性と内因性リガンドのDAによる刺激を阻害する能力を有していた。この原理は基本的には好ましかったが、治療能力と抗精神病薬の限界の両方が内在した。D_(2)受容体においてDAの作用を阻害することにより、抗精神病薬は、錐体外路系障害(EPS)を生じさせる一方で、陽性症状を減少させることが出来ただけだった。これは、これらの異なる効果が異なる脳領域(抗陽性症状効果は中脳辺縁系と中間皮質系への作用、EPS効果は黒質線条体系への作用)での薬理作用によって生じるが、この2箇所における薬物用量反応関係が非常に類似しているためである。この必然的に配置された臨床医と患者におけるジレンマに対する解決策は、クロザピンの導入された1990年までなかった。
クロザピンはクロルプロマジン以降初めての、抗精神病薬の有効性における本物の進歩を提供した。クロルプロマジンは、1954年から1985年に続いて抗精神病薬の原型だったのと同じように、クロザピンもまた、より良い用語の欠如により非定型抗精神病薬と呼ばれる、次世代の化合物の原型となった。非定型抗精神病薬は、様々な前臨床および臨床的特性によって定義されている(表2)。著者により、非定型抗精神病薬として含めるためにこれらのプロパティのどれが必要な基準かは異なる。つまり、定義はより厳格か、より寛大である。一般的には、基準は次のようにまとめることが出来る:非定型抗精神病薬は、いくつかのより優れた抗精神病効果を持ち(たとえば、従来の抗精神病薬に不応性の一部の患者、陰性症状および/または神経認知障害に効果的である)、一方で、EPSが少なく、プロラクチンの持続的な上昇を生じない。
非定型抗精神病薬の作用機序は、製薬業界と精神薬理学の研究集団による集中的な研究努力の対象となっている。これらの研究努力は、種々の仮説により導かれ、(従来の抗精神病薬と比較して)新規の薬理学的プロフィールをもつ、非常に多くの推定上の非定型的化合物の開発につながった(表3)。これらの化合物には、選択的なDA受容体サブタイプアンタゴニスト(D_(1)、D_(2)、D_(3)、D_(4))、主にDAおよびセロトニン受容体拮抗薬、混合神経受容体アンタゴニスト、及び純粋なセロトニンアンタゴニストが含まれる。臨床試験と、その後実際に使用されていることで、そのあらゆる臨床的特性が知られつつある。したがって、私たちはクロザピン(効果と使用が自身の副作用で制限される)により設定された新しい治療標準、および、クロザピンのようだが無顆粒球症(その他、クロザピンのもつ厄介な副作用)を起こさないことを切望される多くの化合物、をもつ。これらの化合物は、現時点で入手可能で、半分または部分的な非定型抗精神病薬のようであるリスペリドンから、もうすぐ入手可能であるオランザピン、セルチンドール、クエチアピンおよび、開発の初期段階である他の化合物、までの範囲にある(表3)。これらの化合物の完全な臨床プロファイルおよびそれらの適応症は、慎重かつ制御された実験や大規模な臨床観察によって決定されずに残っている。」(69頁左欄3行?70頁左欄8行目)

(甲22e)


」(69頁右欄の「Table2.」)

(甲22f)


」(69頁右欄の「Table 3.」、当審合議体による注:上記表3の「OPC-14597」は本件特許発明の「アリピプラゾール」である(要すれば、甲第5号証の(甲5a)及び(甲5b)、甲第9号証の(甲9e)を参照)。)

(甲22g)


」(70頁左欄の「Table4.」)

[甲第29号証](Appeal判決(甲2)の本文19?21頁の「4.5.2」、原文(外国語)及び翻訳で示す。)

「The board does not find this line of argumentation to be convincing for the following reasons.:審判部はこの一連の論証が、以下の理由から、説得力があるとは思わない。」

「It is firstly noted that there must be some doubts as to whether parallels can be drawn between aripiprazole and clozapine, since their global receptor binding profiles, although exhibiting common aspects, also differ in others. :まず初めに、アリピプラゾールとクロザピンとの間で対比できるかどうかについていくつかの疑問が存在しなければならない、なぜなら、それらの全体的な受容体結合プロフィールは、共通の側面を示すが、その他において異なるからである。」

「According to document (6) and (7), it is the balance in clozapine's interactions with a broad array of receptors that may account for its clinical efficacy, and not only the specific receptor binding activities highlighted by the respondent.:書証(6)および(7)によると、クロザピンの臨床的有効性を説明するのは、その広範な受容体との相互作用におけるバランスであり、被控訴人(特許権者)によって強調された特定の受容体結合活性のみではない。」

「However, even were it to be accepted that, based on shared aspects of their receptor binding profile, parallels could indeed be drawn between aripiprazole and clozapine, the fact remains that there is a flaw in the respondent's chain of argumentation, since no evidence has been provided regarding the efficacy of clozapine in the medical indication as claimed, namely, in a third-line therapy of cognitive impairment in schizophrenic patients failing to respond to TADs and AADs.:しかし、受容体結合プロファイルの共通の側面に基づいて、アリピプラゾールとクロザピンとの間で実際に対比できることを受け入れたとしても、被控訴人(特許権者)の一連の論証には欠陥があるという事実は残る、なぜなら、請求項に記載された医学的適応症におけるクロザピンの有効性、すなわち、TAD(定型抗精神病薬)およびAAD(非定型抗精神病薬)に応答しない精神分裂病患者における認知障害のサードライン療法、に関する証拠が提示されていないからである。」

「All the references cited in the patent in suit and by the respondent in this respect refer to treatment resistance in general (see also document (35), point 40, last sentence). :この点について、本件特許中、および、被控訴人によって引用されているすべての参考文献は、一般的に治療抵抗性を指す。」

「As emphasised by the respondent, in particular with reference to document (2), at the priority date of the patent in suit, the term "treatment-resistance" was used to designate resistance to TADs.:被控訴人が特に文書(2)を参照して強調したように、本件特許の優先日において、「治療抵抗性」という用語はTAD(定型抗精神病薬)に対する抵抗性を示すために使用された。」

「Therefore, the known efficacy of clozapine in treating cognitive impairment in treatment-resistant schizophrenic patients (cf. also document (7), Table 1) must also be regarded as referring to a second-line treatment of patients that had failed to respond to TADs.:したがって、治療抵抗性統合失調症患者の認知障害の治療におけるクロザピンの既知の有効性(文書(7)表1を参照)は、TAD(定型抗精神病薬)に応答しなかった患者のセカンドライン治療を指すものとみなされなければならない。」

「The respondent did not provide any evidence to the contrary, despite being challenged on this point by the appellants.:被控訴人は、この点に関して控訴人が挑戦しているにもかかわらず、そうではないという証拠を提示しなかった。」

「The board notes in this context that the compounds listed in item (ii) (b), namely, risperidone, olanzapine, quetiapine, and amisulpride, are themselves classed as AADs, and are generally or specifically disclosed to improve cognitive function in patients with schizophrenia (see document (7), page 216, right- hand column, first sentence; page 217, left-hand column, first paragraph; Table 1; see also document (2), Table 2). :審判部はこの文脈において、項目(ii)(B)に列挙された化合物、すなわち、リスペリドン、オランザピン、クエチアピン、およびアミスルプリドは、それら自体がAADsとして分類され、一般的にまたは具体的に統合失調症患者における認知機能を改善することが開示されていることに注目する。」

「As emphasised by the respondent, the patients as defined in claim 1 as not responding to these drugs must be regarded as suffering from a particularly severe form of schizophrenia.:被控訴人によって強調されるように、これらの薬剤に応答していないとして、請求項1で定義された患者は統合失調症の特に重症型に罹患しているとみなされなければならない。」

「Efficacy in a second-line treatment of cognitive impairment cannot therefore provide a sound basis for inferring the same for a third-line treatment.:したがって、認知障害のセカンドライン療法における有効性は、サードライン療法への有効性を推論するための根拠ある基盤を提供することはできない。」

「Consequently, it is concluded that the disclosure in the patent in suit that aripiprazole displays 5-HT_(IA) partial agonist activity can only be seen as providing additional knowledge with respect to its known cognitive efficacy, but does not allow a plausible link to be established between aripiprazole and the medical indication as claimed.:結論として、アリピプラゾールが5-HT1A部分アゴニスト活性を示すという本件特許における開示は、その既知の認知効果に関する付加的な知識を提供するものとして見ることができるだけであり、もっともらしい繋がりをアリピプラゾールと請求項に記載された医学的適応との間に確立させるものではない。」

第5 乙号証の記載事項
各乙号証には、各々、以下の事項が記載されている。

[乙第1号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「ドパミン欠如が統合失調症の陰性症状(感情鈍麻、快感消失、非社交的、複雑な仕事を開始できず、完成するまで実行できない)に関与し、一方でドパミン過剰が陽性症状(幻覚、妄想、思考障害)の原因となる可能性がある。」(11頁上段の要約5?9行)

[乙第2号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「未治療の20名の統合失調症患者と25名の同様の年齢層の健常対照患者を対象とした試験において7、ウィスコンシンカード分類課題(WCS)実施中の前頭前野の局所脳血流(rCBF)とWCSのパフォーマンスとの関係は、統合失調症患者は正常なrCBFパターンを示さなかったものの(統合失調症患者は前頭前野において低代謝性である)、パーキンソン病の試験の項で記載したのと同様な結果であった(図5)。図3に示されるS状曲線の関係(年齢で理論的に調整)において、このグループはパーキンソン病患者より線状部分のより低いところに位置した。我々は、多様な神経精神障害における前頭前皮質の活性低下と前頭前皮質の認知機能の関係を調査した。パーキンソン病と統合失調症においてのみ、生理学と認知機能間に直接的な関係が認められた。パーキンソン病におけるこの関係の病態生理学的メカニズムがドパミン作動性求心路遮断であれば、同様のメカニズムにより統合失調症での知見が説明できるであろう。
rCBFデータに追加して、前頭前野のドパミン作動性活性が統合失調症において減少することを示唆する状況証拠が存在する。この証拠には、脳脊髄液中の低下したドパミン代謝物濃度(参考文献20を参照)、ドパミン模倣薬治療後のいわゆる異常又は陰性症状の改善、ドパミン模倣薬投与に続く減少した前頭前野のrCBFの回復などが含まれる21。実際、最近の本疾患の発症機序に関する理論的議論において、減少した前頭前野のドパミン作動性神経活性が本疾患発病における重要な要素であることが提唱されている20。」(337頁4?24行)

[乙第3号証](発行年:2007年)
(乙3a)
「統合失調症とセロトニン_(1A)受容体」(タイトル)

(乙3b)
「大脳皮質前頭前野でのドパミン神経伝達の低下が陰性症状並びに認知機能障害の発現に関与するという仮説、さらに、ドパミンD_(2)/5-HT_(2A)受容体遮断作用やドパミンD_(2)受容体部分アゴニスト作用が前頭皮質におけるドパミン神経伝達を亢進させることから、非定型抗精神薬の治療効果に5-HT_(1A)受容体活性化を介した大脳皮質前頭前野ドパミン遊離の上昇が関わっている可能性が考えられる。」(47(259)頁左欄6?14行)

[乙第4号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「前頭前皮質へのドパミン神経の投射は、本領域が適切に機能するのに必須であると考えられており、統合失調症の陰性症状に関与するとされている。げっ歯類での我々の試験から、陰性症状治療に最も効果的な非定型抗精神病薬であるクロザピンが、前頭前皮質へ投射しているドパミン神経終末からの基礎放出量の増加をもたらすことが示唆された。この発見は大脳基底核でのクロザピンの効果や前頭前皮質でのハロペリドールなどの定型抗精神病薬の効果とは対照的であった。前頭前皮質でのクロザピンによるドパミン放出増加能やある種のドパミン受容体に対する比較的弱い親和性から、クロザピンが前頭前皮質でのドパミン作動性機能を部分的に増加させることにより、その治療的影響をもたらすことが示された。」(27頁上段の要約)

[乙第5号証]
(乙5a)
「スルピリドやハロペリドールの効果とは対照的に、クロザピンの内側前頭前皮質(mPFC)における効果は広範囲であった。今回得られたデータより、異なるクラスの抗精神病薬が黒質線条体、中脳辺縁系、及び中脳皮質末端からのドーパミン放出に対し異なる効果を有していることが示唆された。」(1755頁の「Abstract」右欄2?6行)

(乙5b)
「結論として、今回我々が得たデータから、定型及び非定型の急性投与による終脳中心のドーパミンシステムの異なる活性化が示唆された。この差異は特にmPFCにおいて顕著であり、mPFCにおいてクロザピンは、試験した用量において、細胞外ドーパミンレベルの増強に対しスルピリドやハロペリドールよりもより広範な効果を示した。」(1759頁左欄34?40行)

[乙第6号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「複数の証拠により、クロザピンが、定型抗精神病薬とは異なり、ドパミンシステムとの相互作用を介してそのユニークな抗精神病作用を奏することが示唆された。例えば、電気生理学的試験の結果、ハロペリドールなどの定型抗精神病薬による長期治療では、A9(エリア9)及びA10(エリア10)領域でのドパミン細胞の脱分極性遮断が生じることが示された。しかしながら、クロザピンによる長期治療では、A10(エリア10)でのドパミン細胞の脱分極性遮断は生じたが、A9(エリア9)で生じなかった。さらに、生化学試験の結果、定型及び非定型抗精神病薬の急性投与により終脳中心のドパミンシステムの異なる活性化が生まれることが示された。この違いは特に内側前頭前皮質(mPFC)において顕著であり、mPFCにおいてクロザピンは皮質下領域よりも細胞外ドパミンレベル増加において大きく効果をもたらした。」(41頁左欄10?25行)

[乙第7号証](発行年;2002年12月,原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙7a)
「対照的にクロザピンの優れた臨床効果は、クロザピンが持つ前頭前皮質(PFC)での選択的ドパミン放出増加能と関与している可能性がある(Hertelら1996;Kurokiら1999;Millanら1998; Moghaddam及びBunney 1990; Volonteら1997; Youngrenら1999)」(1159頁左欄4?8行)

(乙7b)
「最近、クロザピンの5-HT_(1A)受容体作動作用がその臨床的特有性に重要不可欠である可能性が、広範な証拠により報告された(Ashby及びWang 1996;Ichikawa及びMeltzer 1999;Ichikawaら2001; Millanら2000;Newman-Tancrediら1996; Rollemaら1997)。」(1159頁左欄19?24行)

(乙7c)
「統合失調症はPFCにおけるドパミン作動性機能障害とまさに関係している可能性がある(Okuboら1997)。クロザピンの5-HT_(1A)受容体刺激によるPFCでのドパミン放出増強は、統合失調症の陰性症状や認知障害の治療に治療的価値をもたらすかもしれない。」(1164頁右欄11?16行、当審合議体による注:「PFC」は前頭前皮質(prefrontal cortex)を意味する。)

[乙第8号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙8a)
「クロザピン(1-10mg/kg s.c.)は、ラットの前頭前皮質でのドパミン放出の選択的増加をもたらし、斯かる増加は5-HT_(1A)受容体の活性化を介して大部分(?50%)が仲介される。クロザピンは中程度の5-HT_(1A)部分アゴニストであり、5-HT_(1A)受容体の活性化が陰性症状への効果及び錐体外路症状傾向の減少に寄与する可能性がある。従って、5-HT_(1A)受容体のアゴニスト活性は新しい抗精神病薬のデザインにおいて、望ましい特徴となりうるだろう。」(R3頁上段のAbstract)

(乙8b)
「クロザピンと5-HT_(1A)受容体との直接相互作用により、クロザピンのユニークな臨床有効性及び非定型抗精神病薬プロファイルが部分的に説明されることが示唆された。」(R4頁右欄22?25行)

[乙第9号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「今回の発見により、クロザピンが中枢の5-HT系に対し特異の作用を発揮すること、すなわち皮質領域での5-HT_(1A)受容体でのダウンレギュレーションを優先的に誘導することも示される。このような作用はハロペリドール治療後では認められない。最後に、クロザピンの治療効果のユニーク性には多くの仮説はあるものの、次に述べる3つの点が中枢の5-HT系に非常に密接にリンクしていると思われる。
1)クロザピンによる長期治療後、5-HT_(1A)受容体は複数の新皮質領域でダウンレギュレートされ、海馬のCA3領域でアップレギュレートされる。;これらの脳領域が統合失調症において重要な役割を担っていることが示唆された。
2)複数の試験から、げっ歯類でのカタレプシー発症の回復及び予防に対する5-HT_(1A)アゴニストの有益な効果が報告された。そしてこの効果は錐体外路症状の霊長類モデルで現在確認されている(Casey,1994; Liebermanら,1988)。
3)クロザピンによる長期治療後、背側新皮質、皮質領域及び海馬、並びに黒質および背側縫線核の5-HTトランスポーター標識の変化があった。これらのうち、後者二つの構造は、中枢ドパミン及び5-HT突起の起始核である。」(100頁9?24行)

[乙第10号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「さらに、5-HT_(1A)アゴニストは、げっ歯類の前頭前皮質でのドパミン放出を一貫して増加する。この作用が陰性症状を改善すると予測されている効果である。5-HT_(1A)アゴニストは抗精神病作用のラットモデルでの古典的神経遮断剤を増強し、治療的にグルタミン酸作動性のネットワークを仲介することができるかもしれない。」(37頁上段の要約)

[乙第11号証](発行年:2003年、原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「5-HT_(1A)受容体アゴニストは前頭皮質においてDAの放出を刺激することができ、DA放出におけるD_(2)受容体ブロッカーの効果を増強することもできる(Ichikawa及びMeltzer,1999)」(1165頁 の「2.3 Serotonin 5-HT1A receptors」の項右欄17?20行)

[乙第12号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙12a)
「クロザピン投与治療抵抗性統合失調症患者における認知機能及び精神症状の改善」(タイトル)

(乙12b)
「クロザピンの開始前、及び、6週間後及び6ヶ月後の36例の治療抵抗性統合失調症患者において、認知機能および精神病理を評価した。治療前には、26例の正常対照群と比較して、記憶、注意及び実行機能の各基準において認知障害がみられた。6週間と6カ月間の治療後の両方で、参照記憶からの検索の尺度である言語流暢性試験(Controlled Oral Word Association Test [COWAT])において有意な改善が生じた。カテゴリーインスタンス生成試験(Category Instance Generation Test)では、参照記憶からの検索のもう1つの尺度、及び、全てではないが一部の実行機能、注意、及び想起記憶のテストでは、6ヶ月で改善が認められた。クロザピン治療はまた、6週間評価点及び6ヶ月評価点の両方で、簡易精神症状評価尺度 (BPRS:Brief Psychiatric Rating Scale)の合計及び陽性症状スコアに有意な改善をもたらした。精神病理学と認知機能における改善との間の関係についてのいくつかの証拠となった。クロザピン治療中の認知機能の改善は、仕事能力及び社会的機能に影響を与える可能性がある。」(702頁上段の要約)

(乙12c)
「クロザピンでの治療における6週間後及び6ヵ月後の認知能力
クロザピン治療における6週間及び6ヵ月後の認知能力を表2に示した。ボンフェローニ補正αc (0.006) 以下の数値は有意とみなす。クロザピン治療6週間後、言語流暢性試験(Controlled Oral Word Association Test)においてスコアが有意に増加し(F=10.43、df=1,35、p=0.003)、子音トリグラム試験において減少し(F=10.43、df=1,34、p=0.05)、かつ、その他の全ての試験では変化しないままであった。クロザピン治療6ヶ月後、認知能力は言語流暢性試験におけるベースラインスコアと比較してさらに改善し(F=21.72、df=1,24、p=0.001)、数字符号試験(F=15.44、df=1,24、p=0.006)、WISC-R迷路試験(F=5.57、df=1,23、p=0.03)、カテゴリーインスタンス生成試験(F=4.97、df=1,24、p=0.03)、及び即時性言語リスト学習試験(F=4.84、df=1,23、p=0.04)でも同様であった。子音トリグラム及びウィスコンシンカード選抜(カテゴリ、固執性の誤りのパーセンテージの数)、又は言語リスト学習試験の回想遅延状態において、クロザピン治療6ヶ月後には統計的に有意な差はなかった。ウィスコンシンカード選抜試験の2つの指標を除く全ての試験において、6ヶ月後のスコアは6週間後のスコアより優れていた。」(705頁右欄下から21行?706頁左欄6行)

[乙第13号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙13a)
「治療抵抗性統合失調症患者での認知機能におけるクロザピンの効果」(タイトル)

(乙13b)
「この研究では、最小でも1年間のクロザピン治験後の、10例の治療抵抗性統合失調症患者の認知機能を調査した。結果は、ウェクスラー成人知能検査尺度(WAIS-R)の全ての尺度、口頭及び動作性IQ、及びWAIS-R類似性及び数字-符号サブテストでも有意な改善を示した。ウィスコンシンカード選別試験における改善についての傾向も見られた。クロザピン治療は、治療抵抗性統合失調症患者の全般的な認知改善と関連していると結論付けられる。クロザピン治療はまた、患者のサブセットにおけるウィスコンシンカード選別試験の成績を改善し得る。これらの改善は、典型的な神経遮断薬の中断時の認知効果の低下に関連していなかったとみられる。」(240頁左欄の要約)

[乙第14号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙14a)「統合失調症での認知機能におけるクロザピンの効果」(タイトル)

(乙14b)
「抗精神病薬であるクロザピン(CZP)の治療抵抗性(TR)統合失調症(SCZ)患者36例の認知機能に及ぼす影響を研究した。非治療抵抗性(NTR)のSCZ患者24例にCZPを投与し、23例に典型的な神経遮断薬を投与した。TR SCZ Sにおける認知機能は、5週間及び6カ月の治療後に研究され、一方のNTR Sも12カ月の治療で研究された。CZP治療は、認知機能のいくつかの領域、特にTRおよびNTR SCZの両方における注意および言語の流暢性を改善した。典型的な神経弛緩治療は、認知機能の改善を最小限に抑えた。注意および言語の流暢性のいくつかの試験に対するCZPの効果は、NTR SCZにおける典型的な神経弛緩治療の効果よりも有意に大きかった。CZP治療は、SCZにおける認知機能の改善において典型的な神経遮断薬よりも優れていた。」(82頁上段の要約)

[乙第15号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙15a)
「治療抵抗性統合失調症-クロザピンの役割」(タイトル)

(乙15b)
「表7 クロザピンの利点
・治療抵抗性患者での有効性
・神経遮断薬に部分的に反応する患者おける優れた結果
・以下に対して効果(利点)を有する
(a)陽性症状
(b)一次陰性症状
(c)協調性のなさ
(d)ある種の認知機能障害
(e)自殺傾向
(f)うつ
(g)攻撃性
・錐体外路症状の発症率の低さ
・遅発性ジスキネジア又はジストニアの発症例がない
・良い服薬コンプライアンス
・血清プロラクチンレベルの上昇がない」(12頁左欄の表7)

(乙15c)
「クロザピンが治療抵抗性患者に有効であることは十分に確立されている(表7)。治療抵抗性患者のうちの約60%が古典的な神経遮断薬よりもクロザピンに良い反応を示す。」(12頁左欄下から3行?右欄3行)

[乙第16号証](発行年:2002年4月、原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「表1
アリピピラゾール及び対照薬剤のh5-HT_(1A)受容体発現CHO細胞膜を用いた[^(35)S]GTPγS-結合アッセイにおける機能的パラメータの概算

アゴニスト効力(pEC_(50))及び相対固有活性(Emax、10μM 5HTにより生成されたパーセンテージとして表された基礎[^(35)S]GTPγS-結合における最大薬剤効果)を表1に示すデータの非線形回帰分析により概算した。非線形回帰は、5-HT、アリピプラゾール、ジプラシドン及びクロザピンそれぞれ10μM濃度に対して、0.01、0.1、1、10、50、100、500、1000、5000及び10,000 nMで試験したWAY-100635の阻害効力(pIC_(50))を概算するためにも使用した。R^(2)は観察された有効濃度データポイントとそれぞれの薬剤又は試験された薬剤の組み合わせに由来する非線形の機能の両方への適合度を表す。」(139頁左欄の表1)

[乙第17号証]
(乙17a)
「重症治療抵抗性患者への非定型抗精神病薬の適応はあるのか」(タイトル)

(乙17b)
「I.治療抵抗性分裂病の診断基準
ここでは治療抵抗性分裂病に対するrisperidone, olanzapineの有効性に関して簡単に検討するが,この種の議論を行う際には治療抵抗性分裂病という用語を厳密に定義する必要がある。というのは日常臨床の場では勿論,学問的な議論の場においてでさえもこれらの用語が曖昧に用いられる傾向があるからである。
現時点では治療抵抗性分裂病とはこれまで標準的な治療と見なされてきた定型抗精神病薬の投与に十分反応しないことを指す。そして,この定型抗精神病薬による治療の内容に基づいて,厳しいものから緩やかなものまで様々な診断基準が作成されている(図1)。これらのうち最も緩やかなものはQuitkinの基準13)である。この基準は1975年の治療抵抗性分裂病に対するfluphenazineの投与試験で用いられたもので,(1種類以上の)抗精神病薬による6週間の治療に反応しない患者を指す。一方,最も厳しいものはKaneの基準11)である。Kaneの基準は3種類の抗精神病薬をそれぞれ単剤で6週間ずつ投与したものの十分な治療効果が得られなかった患者を指す。この2つの基準の間にBroad Defensible Criteria(BDC)10)とEssockの基準5)の2つの診断基準が存在する。・・・よって図1に示したように,緩やかな基準を満たす患者は精神病理学症状が比較的軽く,厳密な基準を満たす患者は精神病理学的症状が特に重いと考えるのが妥当であろう。」(1371頁左欄1行?右欄18行)

(乙17c)


」(1372頁の図1)

(乙17d)
「II.治療抵抗性分裂病に対するrisperidone,olanzapineの臨床試験
治療抵抗性分裂病に対するrisperidone,olanzapineの投与は様々な研究者によって試みられているが、ここでは対照薬を限定した比較対照試験をのみをまとめ、治療抵抗性分裂病に対するrisperidone,olanzapineの有効性を検証することとする。
(中略)
これらから得られる結論としては、まず緩やかな基準の治療抵抗性分裂病、つまり治療抵抗性分裂病のうち比較的軽症の症例に対してはrisperidoneとolanzapineはclozapineに匹敵する有用性を示すと考えられる。しかし、その一方でより厳密な基準による治療抵抗性分裂病、つまり最重症症例に対するrisperidone、olanzapineの有効性は現時点では確立されていないと考えるのが妥当である。
Clozapineが現時点では治療抵抗性分裂病に対する有効性が最も確実に証明されている基本的な抗精神病薬であるが、現在日本ではこれを使用することはできない。本邦へのclozapineの導入に関しては、推進派と他の非定型抗精神病薬でclozapineの代替は可能とする不要派の2つが存在するようである。しかし、上で述べたように厳密な基準による治療抵抗性分裂病へのrisperidoneとolanzapineの有効性が確立されているとは言い難いので、clozapine不要論はあまりにも性急な意見ではないかと思われる。(1371頁右欄下から12行?1372頁右欄17行)

[乙第18号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「治療抵抗性統合失調症の現行診断基準として最も広く採用されているものとして最初に使用されたのがKaneら及び多施設クロザピン試験(MCT)における共同研究者による基準である。」(664頁左欄の「Defining Treatment Resistance」の1?4行)

[乙第19号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙19a)
「オランザピンに反応しなかった治療抵抗性統合失調症患者がクロザピンに反応した」(タイトル)

(乙19b)
「Discussion: 本試験において、二重盲検試験(n=15)、又はオープン試験(n=12)でオランザピンの治療を受けたが改善しなかった治療抵抗性の統合失調症患者がクロザピンのケースコントロールオープン試験に反応するか否かを試験した。我々の試験の結果、厳密に定義した治療抵抗性患者集団のうち、オランザピンの適格性試験に反応しなかった患者の41%(11/27)が、次のクロザピンに反応した。この反応率は他の公表されたクロザピンの反応率に類似し(Kane 1988, Pickar 1992, Buchanan 1998)、我々が以前同じ治療設定で観察した反応率と類似していた(Conley, 1997b)。これらのデータは、オランザピンに反応しなかった後でさえ、クロザピン治療の有用性及び必要性があることを示す。さらにこれらの結果から、治療抵抗性患者の臨床試験においてクロザピン反応性を示すための方法技術論が示唆される。従って本試験は、治療抵抗性患者の実際的ケア及び臨床試験デザインの両方において意義を持つ。」(75頁右欄下から3行?76頁左欄18行)

[乙第20号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙20a)
「難治性統合失調症患者又は統合失調性障害患者の治療におけるリスペリドンとクロザピンの効力比較」(タイトル)

(乙20b)


」(501頁の表3)

[乙第23号証](発行年;2007年,原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙23a)
「治療抵抗性統合失調症へのアリピプラゾール:ペルフェナジンを対照とした、多施設、無作為化二重盲検比較試験の結果」(タイトル)

(乙23b)
「目的:治療抵抗性統合失調症は主要な治療上の課題を提起する。この多施設二重盲検ランダム化試験では、統合失調症の治療抵抗性患者におけるアリピプラゾール及びペルフェナジンの有効性および安全性を比較した。
方法:抗精神病薬耐性の病歴を有する精神分裂病患者(DSM-IV診断)について、オランザピン又はリスペリドンでの4?6週間のオープンラベル治療を経て治療抵抗性を確認した。このオープンラベル期間を完了し、かつ応答しなかった(陽性及び陰性症候群スケール[PANSS]の合計スコアが20%未満の改善、又は臨床全体的印象-病気の重症度スコアが4以上)患者のみ、6週間の二重盲検治療段階に進んだ。結論として、治療抵抗性が確認された300人の患者にアリピプラゾール(15-30 mg /日)又はペルフェナジン(8-64 mg /日)にランダムに与えた。主要アウトカム指標は、ベースラインからのPANSSスコアの変化であった。この研究は、2000年8月30日から2002年3月18日の間に実施された。
結果:アリピプラゾール治療とペルフェナジン治療の両方が、ベースラインからのPANSS合計スコアの臨床的に関連する改善と関連した。6週間後、アリピプラゾール処置患者の27%及びペルフェナジン処置患者の25%が治療反応者であった(PANSS総スコア又は臨床全体的印象-改善(CGI-I)スコア1または2の30%以上の減少)。ペルフェナジン治療を受けた患者は、錐体外路症状関連有害事象の発生率が高く、錐体外路症状評価スケールスコアの平均上昇(すなわち悪化)、及びアリピプラゾールよりも高いプロラクチンレベルの割合(57.7%対4.4%、p< .001)を示した。アリピプラゾール処置患者の36%及びペルフェナジン処置患者の21%(p = 0.052)において、臨床的に適切であると考えられる生活の質の改善(QLSスコアの20%以上の改善)がみられた。
結論:アリピプラゾール及びペルフェナジンは、ここで使用された用量で、オランザピン又はリスペリドンに応答しなかった治療抵抗性の患者において、統合失調症の症状を改善することができる。」(213頁左欄の要約)

[乙第24号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「精神内部の基礎的項目(13,14,15,16,17,20,21)は、統合失調症欠陥症状のコア近くで見られる認知機能、意欲、情緒において精神要素の臨床判断を表す。したがって、患者の目的意識、動悸、好奇心、喜びを経験する能力、及び感情的関係を評価した。これらのキャパシティーは人間関係及び機械的役割が由来するビルディングブロックとして捉えられる。これらの領域の異常は他の3つのカテゴリーにおける障害に反映されると考えられる。」(390頁中央欄の「Theoretical Rationale for Categories」の第2段落)

[乙第27号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙27a)
「方法:定型抗精神病薬の安定量を服用している26名の統合失調症患者を、タンドスピロン30mg/日×6週間の投与群又はプラセボ6週間の投与群のいずれかに無作為に割り当てた。執行機能、言語記憶及び精神病理レーティングについて、ベースライン値と6週間投与後の値とを評価した。
結果:タンドスピロン投与群は、いずれの認知機能指標において有意な改善を示したのに対し、タンドスピロンを服用しなかった患者は変化を示さなかった。両群間で精神病理レーティングにおける有意な変化は認められなかった。」(1722頁上段の要約の「Method」及び「Results」)

(乙27b)
「患者は、ランダムにタンドスピロン30mg/日を投与された・・・他の全ての抗精神病薬は変更なく継続して投与された。」(1723頁左欄下から2行?右欄4行)

(乙27c)
「タンドスピロンを定型抗精神病薬での治療に6週間追加することにより、統合失調症患者において、精神病症状における変化や錐体外路障害が引き起こされることなく、実行機能(ウィスコンシンカードソーティングテストカテゴリにおける向上で示される)、および言語記憶の改善が認められた。どちらの認知測定の効果の程度も、中程度であった。プラセボ群では改善が見られなかったことから、練習による効果は除外される。精神病理に変化がなかったことは、認知測定の向上が、認知における一次的な効果であること、および陽性症状や陰性症状の減少による二次的な効果ではないことを示唆している。言語記憶に対するタンドスピロンの観察された効果は、私たちの以前の4週間の試験の結果を支持するものである(9)。
ドパミン、ノルエピネフリン、アセチルコリン、または、グルタミン神経伝達機構の薬理学的操作が、統合失調症における認知増強の可能性を実証することが示唆されている(15)。認知障害を改善する5-HT_(1A)受容体アゴニストの効果は、リスペリドン、ジプラシドン、クロザピンを含むいくつかの非定型抗精神病薬が有する5HT1A受容体部分アゴニスト作用と一致している(16,17)。本知見は、定型抗精神病薬を継続する統合失調症患者における認知及び社会的、職能的な機能の改善に対する含意を持つ。
本研究のいくつかの限界を考慮すべきである。まず、これは比較的短期間の小規模な研究であり、試験された一部の測定においてタイプIIエラーの可能性があげられる。より被験者の多いより長期間の試験によって、例えば精神病理において有意な差が見つかるかもしれない。第二に、改善が、持続するのかまたはより増強されるのかどうかを、より長い期間での治療で決定する価値があるだろう。」(1724頁 Discussion )

[乙第28号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙28a)
「しかし、神経遮断薬との併用において、5-HT_(1A)受容体作動性による前頭皮質ドパミン放出の利益は、神経遮断薬による前頭皮質のD_(1)および/またはD_(2)受容体における拮抗作用の効果に依存して、無くなったり維持されたりする。](41頁左欄10?14行)

(乙28b)
「7人の統合失調症患者におけるより短期間の研究では、ブスピロンが、どの症状群に対しても一貫したまたは有意な効果を持たなかったことが見いだされた(Brody et al.,1990)。最近の予備的な研究では、新しい選択的5-HT_(1A)受容体部分作動薬であるタンドスピロンが、ハロペリドール治療を受けている統合失調症患者らにおいて、記憶機能(最も明確であったのは言語記憶)のスコアを改善したことが見いだされた(Sumiyoshi et al.,2000)。2つのケース研究はブスピロンが顕著な不安を持つ統合失調症患者において有用だろうと示唆している(Sovner and Pamell-Sovner,1989; Pantelis and Barnes,1993)。しかしながら、後者の報告における患者らは、より高用量のブスピロンの期間に明らかに関連した精神病症状の急激な悪化も経験した。」(41頁右欄下から10行?42頁左欄2行)

(乙28c)
「クロザピンは5-HT_(1A)受容体アゴニストである
メタ分析により、クロザピンが、治療抵抗性、治療非抵抗性の両方の統合失調症患者の症状改善において、定型抗精神病薬よりも効果的であることが確認されている(Wahlbeck et al.,1999)。利点を示唆する一部のより長期の研究があるが、陰性症状に対する有効性に関する証拠はあまり明確ではない(Brar et al.,1997)。認知機能もまた改善されるだろう(McGurk,1999)。従来の抗精神病薬に較べ、クロザピンは錐体外路症状をほとんど起こさず、とくに、ジストニアや筋固縮がなく、アカシジアや振戦が少ない(Gerlach et al.,1996)。動物においては、クロザピンはカタレプシーを起こさず、さらに、他の抗精神病薬で引き起こされるカタレプシーを抑制することができる(Factor and Friedman,1997)。クロザピンのユニークなプロフィールに対する説明は不明であり、クロザピンの”豊富な”薬理学の多くの要素が探求されている。クロザピンは5-HT_(1A)受容体に対し、マイクロモーラー以下の親和性を有し(Mason and Reynolds,1992)、部分作動薬として作用することが発見されている(Newman-Tancredi et al.,1996)。」(42頁左欄3?21行)

(乙28d)
「クロザピンの5-HT_(1A)受容体への親和性(Ki=132±30nM)は、クロザピンのD_(2)受容体への親和性と同程度の強さである(Newman-Tancredi et al.,1998)。クロザピンのヒト5-HT_(1A)受容体への作動活性は、刺激されたGTPγ[^(35)S]結合から、細胞株で発現された受容体を用いて53%だが(Newman-Tancredi et al.,1998)、ヒト海馬組織からの受容体を用いた場合は20%のみであると計算されている(Elliott and Reynolds,2000)。」(42頁左欄21?28行)

(乙28e)
「Aseらの発見はクロザピンの5-HT_(1A)受容体アゴニストに続くダウンレギュレーションと整合する。Rollemaら(1997)の研究によりクロザピンがラットの前頭前皮質でのドパミン放出を増加させることが示された。高い選択性を有する5-HT_(1A)アンタゴニストによる前処理より、この効果の1/2は5-HT_(1A)受容体活性化により仲介されることが示唆された。クロザピンによるこの前頭前皮質ドパミン放出の増加は、ハロペリドールのような定型抗精神病薬によっては共有されない(Moghaddam,1994)。近年のPETスキャニング研究は、クロザピンが治療有効量で、サル(Chou et al.,2000)およびヒト(Bantick et al.,2000)において5-HT_(1A)受容体を占有することを報告している。」(42頁左欄下から15?4行)

(乙28f)
「クロザピンより強力な5-HT_(1A)受容体アゴニスト活性を有する他の推定される非定型抗精神病薬が、開発初期段階にある。これらの一つにS16924が挙げられ、複数のモノアミン受容体での作用はクロザピンと類似し、抗精神作用や錐体外路症状の多様な動物モデルにおいて同様のプロファイルを示す(Millan et al.,1998a,b)。」(42頁右欄21?27行)

(乙28g)
「D_(2)ドパミン受容体アンタゴニストである抗精神病薬は、中脳ドパミンシステムに作用することによって治療効果を、一方で、黒質線条体ドパミンシステムへの作用により面倒なパーキンソン様副作用を、もたらすと信じられている(Owens,1996)。さらに、定型抗精神病薬は陰性症状の改善を示さず、おそらく悪化させる(King,1998)。5-HT_(1A)受容体作動性が、ヒトにおいて、D_(2)拮抗薬の抗精神病効果を増強することができる、または、錐体外路症状や陰性症状を弱めることができる、という証拠は限定されている、この領域における臨床試験が不足している。しかし、上記に示された前臨床研究は、まだ答えられていない疑問も多くあるが、これらの効果が起こりうるだろうことを示唆している。」(42頁右欄「Discussion」の第1段落)

(乙28h)
「5-HT_(1A)受容体とドパミンの相互作用を考慮すると、5-HT_(1A)アゴニスト誘発性の線条体、辺縁系ドパミン放出のデータは依然として不明である。さらに注意深くデザインされた動物実験とヒトにおけるPET研究が是認される。前頭皮質ドパミン放出における5-HT_(1A)アゴニストの効果は、一方で、強固であり、新規神経弛緩薬に5-HT_(1A)アゴニズムを組み込むための理論的根拠を確かに提供する。」(42頁右欄「Discussion」の第2段落)

(乙28i)
「5-HT_(1A)受容体とグルタミンシステム間の関係は興味をそそるものである。新皮質5-HT_(1A)受容体の大部分は、錐体型グルタミン酸作動性細胞上に位置しており、その活性は抑制的である(Barnes and Sharp,1999)。統合失調症のグルタミン酸仮説によると、後シナプス受容体に作用する5-HT_(1A)受容体フルアゴニストは、統合失調症の症状を悪化させることが予測される。部分アゴニストは、部分アゴニスト自身の効力と内因性のセロトニンレベルに応じて、後シナプス受容体において、アゴニストとしてもアンタゴニストとしても作用することができる。しかしながら、ほかの一連の証拠は、統合失調症(とくに陽性症状)は、亢進したグルタミン機能を含むだろうということを示唆している。例えば、NMDAアンタゴニスト(例:フェンシクリジン、ケタミン)および5-HT_(2A)アゴニスト(例:LSD、シロシビン、メスカリン)の精神錯覚効果は、おそらく、非NMDA受容体に作用するグルタミン放出増加に起因するだろう(Aghajanian and Marek,1999; Krystal et al.,1999においてレビューされた)。抗グルタミン酸作動活性を減少させる薬理学的作用は、おそらく抗精神病的であるだろう。5-HT_(1A)受容体アゴニズムはグルタミンのネットワークを治療的に調整するような方法の1つになりうる(Deakin et al.,1997)。」(42頁右欄?左欄「Discussion」の第4段落)

(乙28j)
「結論として、5-HT_(1A)受容体は統合失調症の病態に関連しており、新しい抗精神病薬の開発のための根拠ある標的であるようだ。とくに、統合失調症患者において、死後研究で、前頭皮質における5-HT_(1A)受容体の増加がかなり一貫して見いだされている。さらに、5-HT_(1A)受容体作動薬は、錐体外路症状の軽減傾向(非定型性)、陰性症状に対する有効性、およびおそらくは抗精神病的効力の増強、をD_(2)受容体拮抗薬に、与える可能性があるという前臨床的証拠がある。最終的には、5-HT_(1A)作動性の臨床的関連性が、ジプラシドンのような、5-HT_(1A)受容体作動性とD_(2)拮抗性を併せ持つ、新規の抗精神病薬の導入によってより明らかになるだろう。」(42頁右欄?左欄「Discussion」の第7(最終)段落)

[乙第29号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙29a)
「非常に強力な5-HT_(2)受容体アンタゴニスト作用と強力なドパミンD_(2)受容体アンタゴニスト作用の適切な組み合わせは、明らかに有望な臨床的特性をもたらし、これは既存の神経遮断薬の単剤療法では達成できなかった。」(661頁左欄5?9行)

(乙29b)
「精神病患者の臨床試験では、リスペリドンは統合失調症の陽性症状、陰性症状を改善し、錐体外路症状の発生が低い傾向を示した(Janssen,1987a)。」(661頁左欄9行?12行)

(乙29c)
「結論として、リスペリドンの臨床、薬理学及び生化学的特性は、リタンセリンやハロペリドールと比較して、強力なドパミン受容体遮断と組み合わせた優勢で強力な5-HT受容体遮断活性がリスペリドンの改善された治療活性を説明することを示唆する。」(670頁左欄最終段落)

[乙第30号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「統合失調症の治療において、5-HT_(2)及びD_(2)ドパミン受容体遮断の組み合わせは、D_(2)ドパミン受容体アンタゴニスト単独使用よりも優れていることが示唆された。In vitroで5-HT_(2)及びD_(2)受容体に高い親和性を有するリスペリドンは、この仮説に基づいて開発された新しい抗精神病薬である。」(265頁左欄1?7行)

[乙第31号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
「リスペリドンは最近上市された新規の抗精神病薬である。ハロペリドール等の従来の神経遮断薬とは異なり、ドパミンとセロトニンの両活性を有する。他の抗精神病薬に比べてリスペリドンは、忍容性の高い副作用プロフィールを有する。」(82頁の「Summary」1?3行)

[乙第32号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙32a)
「最近の研究の結果、セロトニン(5-HT)は統合失調症の病因において重要な役割を担っていることが示唆された。セロトニン(5-HT)とドパミン受容体アンタゴニストの併用が、統合失調症の陽性症状(幻覚、妄想、思考障害、及び奇妙な行動)並びに陰性症状(社会的及び感情的撤退、無関心、意欲喪失、感情鈍磨、思考の狭小化、言語の貧困)のコントロールに重要であり、従来の抗精神病薬よりも錐体外路症状(EPS)の発生を抑制する。」(59頁左欄11?25行)

(乙32b)
「統合失調症の治療におけるリスペリドンの作用機序はドパミンに対するセロトニンの調整作用に関連する。」(59頁中央欄の6?10行目)

(乙32c)
「選択的な5-HT_(2)とD_(2)受容体アンタゴニストであるリスペリドンは、統合失調症の治療に効果がある。」(60頁中央欄?右欄の「IN CONCLUSION」)

[乙第33号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙33a)
「非定型の非常に有力な抗精神病薬であるクロザピンは、5-HT_(1A)部分アゴニズムを示すという点で他の抗精神病薬と異なる。この5-HT_(1A)部分アゴニズムという点がクロザピンの臨床的ユニーク性において重要である。」(87頁左欄の「5-HT_(1A) receptors in schizophrenia」の項4?8行)

(乙33b)
「このように、単独でも又はドパミンD_(2)遮断剤と併用しても、5-HT_(1A)調節は統合失調症の治療に対しポテンシャルがある。」(87頁左欄の「5-HT_(1A) receptors in schizophrenia」の項13?15行)

[乙第34号証](原文は外国語のため、翻訳で示す。)
(乙34a)
「前臨床試験と臨床試験の両方の結果から、セロトニン5-HT_(1A)受容体アゴニストとドパミンD_(2)受容体アンタゴニストを組み合わせた化合物は、非定型抗精神病薬としての可能性があることが示唆される。」(1263頁左欄の「Introduction」1?5行)

(乙34b)
「興味深いことに、標準的な非定型抗精神病薬であるクロザピンは、in vivoでセロトニン5-HT_(1A)受容体部分アゴニストとして作動することが最近示された。このような特徴は、そのユニークな臨床プロファイルに寄与するであろう。さらに、いくつかの臨床的観察から統合失調症におけるセロトニン5-HT_(1A)受容体の役割が示唆される。」(1263頁右欄下から1?7行)

第6 無効理由1(特許法第36条第4項第1号違反:実施可能要件)について)

1.請求人が主張する無効理由1((特許法第36条第4項第1号違反(特許法第123条第1項第4号)、いわゆる実施可能要件違反)の論旨は、概略、以下のとおりである。

(1)本件特許発明1は、「クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症、認知障害を伴う難治性統合失調症、又は認知障害を伴う慢性統合失調症;クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害、難治性統合失調症に起因する認知障害、又は慢性統合失調症に起因する認知障害からなる群から選ばれた5-HT_(1A)受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害を治療するための医薬組成物」に係る発明である。
本件特許発明に係る本件医薬組成物は、それ自体公知の化合物であり(例えば、段落番号【0002】、【0035】ないし【0038】)、それ故、本件特許発明は、公知の化合物である本件医薬組成物について、上記医薬用途に用いた場合の有用性という点において、従来技術にはない技術的特徴を有することにより特許性が認められる、いわゆる医薬用途発明である。
なお、請求項2ないし12については、いずれも請求項1の従属請求項であり、その発明は、本件特許発明1における本件障害の内容を一部限定しただけのものである。

(2)他方、本件特許の発明の詳細な説明には、本件医薬組成物が本件障害に対して治療効果を有することを直接的に示す実施例等に基づく説明は一切存在しない。
本件特許の発明の詳細な説明における本件医薬組成物の有効性に係る説明の論理は、要するに、下記のようなものである。
(2-1)クロザピンは、治療抵抗性精神分裂病に対して有効な抗精神病薬である(段落番号【0022】、【0026】等)。
(2-2)5-HT_(1A)受容体作動作用は、クロザピンの臨床効果に関係していると思われる(但し、動物実験において、すべての報告が5-HT_(1A)受容体作動作用が認知障害に関連しているらしいことを必ずしも示唆してはいない(段落番号【0023】等)。
(2-3)5-HT_(1A)受容体作動作用は、治療抵抗性精神分裂病又は治療抵抗性精神分裂病に起因する認知障害を改善するのに重要である(段落番号【0027】)。
(2-4)本件医薬組成物である試験化合物(アリピプラゾール)について、10種類の異なった濃度(0.01、0.1、1、5、10、50、100、1000、10000、及び50000nM)で、3回、h5-HT_(1A)CHO細胞膜に対する基礎的[^(35)S]GTPγSの結合への効果を試験したところ、試験化合物は、CHO細胞膜のh5-HT_(1A)に対する高い親和性結合を示した(段落番号【0042】?【0053】)。
(2-5)それ故、本件医薬組成物は、本件障害に対し、有効な治療効果を有する。
上記のとおり、本件特許の発明の詳細な説明においては、「5-HT_(1A)受容体作動作用は、クロザピンの臨床効果に関係していると思われる」とされる一方、「動物実験において、すべての報告が5-HT_(1A)受容体作動作用が認知障害に関連しているらしいことを必ずしも示唆してはいない。」(段落番号【0023】)とされている。
そして、このように、クロザピンの臨床効果と5-HT_(1A)受容体作動作用との関係について曖昧な知見しか示さないまま、「5-HT_(1A)受容体作動作用は、治療抵抗性精神分裂病又は治療抵抗性精神分裂病に起因する認知障害を改善するのに重要である」(段落番号【0027】)と断定している。

(3)しかしながら、本件特許の優先権主張日当時において、クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬の作用機序は解明されていないというのが技術常識であり、その臨床効果がどの受容体に対する作用を原因とするものかはわかっていなかった。それ故、結局、どの受容体と親和性がある化合物が、治療抵抗性精神分裂病に起因するものも含め、認知障害に対し治療効果を有するかは不明であったにも拘らず、クロザピンが作用する多数の受容体のうち、ある1つの受容体への作動作用があることのみを根拠に、本件医薬組成物に本件障害に対する治療効果があるかの如くにいう上記の説明は、そもそもその大前提において根拠を欠いている。

(4)また、上記のとおりクロザピンの作用機序は解明されておらず、結局どの受容体と親和性がある化合物が治療抵抗性精神分裂病又は治療抵抗性精神分裂病に起因する認知障害に対し治療効果を有するかは不明であり、特定の受容体に対する作用のみで、クロザピンの臨床効果を説明することはできない。
そのため、クロザピンと本件医薬組成物とにおいて、5-HT_(1A)受容体への作用が共通していたとしても、その他の薬理作用が相当相違している以上、クロザピンと本件医薬組成物を同視することはできない。

(5)本件特許の欧州対応特許(EP 1 621 198 B1〔甲第1号証〕、以下「本件欧州対応特許」という。)につき、クロザピンと本件医薬組成物を同視することはできないとの理由により、欧州特許庁の審判部において、無効審決(DECISION of Technical Board of Appeal 3.3.01 of 8 July 2014〔甲第2号証〕。以下「本件Appeal審決」という。)がなされているところである。
すなわち、本件Appeal審決は、クロザピンとアリピプラゾールについて、5-HT_(1A)受容体作動作用において共通点は有するものの、他の部分で異なるため、統合失調症における認知機能障害に対する治療効果という点で、クロザピンとアリピプラゾールを比較できるかには疑問があるとした。
そして、それを前提に、アリピプラゾールにクロザピンと同様の治療効果があるという特許権者の論理には欠陥があり、本件欧州対応特許の発明の詳細な説明には開示の十分性がないとして、本件欧州対応特許につき無効審決がなされているところである(甲第2号証の「4.5.2」等)。

(6)本件特許の優先権主張日当時において、クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬の作用機序は解明されていないというのが技術常識であり、その臨床効果が生じる作用機序は明らかでなかった。
本件特許の発明の詳細な説明においては、「5-HT_(1A)受容体作動作用は、治療抵抗性精神分裂病又は治療抵抗性精神分裂病に起因する認知障害を改善するのに重要である」と断定しているが(段落番号【0027】)、本件特許の優先権主張日当時、クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬の作用機序は十分に解明されていないというのが技術常識であり、その臨床効果がどの受容体への作用を原因とするかについて確立した知見は存在していなかった。
すなわち、統合失調症(現在では、「精神分裂病」は「統合失調症」と呼ぶのが一般であり、以下では本件特許における「精神分裂病」を「統合失調症」と読み替えて表記する。)の症状として、陽性症状(幻覚、幻聴等)、陰性症状(感情鈍麻、自発性低下等)及び認知機能障害(短期記憶障害、注意機能障害等)がある。そして、一般に「定型」抗精神病薬は陽性症状に対して有効であるとされている(段落番号【0018】)が、陰性症状及び認知機能障害に対しては効果が無い、または悪化させることがあることが知られていた。
他方、クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬は、陽性症状だけでなく、陰性症状及び認知機能障害に対して有効であるとはされるものの、その作用機序については、本件Appeal審決で引用された本件特許の優先権主張日当時における多数の文献等に記載されているとおり、解明されていないというのが技術常識であった。
それ故、一般に、陰性症状及び認知機能障害に対しては、クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬が「定型」抗精神病薬よりも有効性が高いとはされているものの、その臨床効果がどの受容体への作用によるものであるかはわかっておらず、そのため、結局、どの受容体と親和性がある化合物が、治療抵抗性精神分裂病に起因するものも含め、認知障害に対し治療効果を有するかは明らかでなかった(甲第3号証から甲第5号証)。

(7)上記の他にも、抗精神病薬が多数の受容体に作用すること、それらのうちどの受容体への作用が認知機能障害にとって重要であるかは、本件特許の優先権主張日当時不明であったことは、多数の文献(甲第6号証から甲第16号証)に明記されているとおりである。なお、このことは優先権主張日後においても同様である(甲第17号証から甲第19号証)。

(8)本件特許の発明の詳細な説明の段落番号【0023】において引用されている文献においても、単に仮説として、クロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)と関係している可能性が示唆されているに過ぎず、クロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)受容体作動作用に基づくことを直接的に示すものは1つもない(甲第20号証の1から7)。

(9)クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬の治療効果は、甲第3号証に記載されているとおり、複数の受容体サブタイプへの作用の結果である可能性があるとされ、そのうち、どの受容体と親和性がある化合物が、統合失調症の認知機能障害に有効であるかについては、本件特許の優先権主張日当時において明らかではなかったのである。

(10)上記のとおり、クロザピンの統合失調症における認知機能障害に対する作用機序は解明されていないところ、クロザピンと本件医薬組成物とでは、薬理作用が相当に相違しており、5-HT_(1A)への作動作用が共通するからということだけで、クロザピンと本件医薬組成物を同視することはできない。クロザピンと本件医薬組成物(アリピプラゾール)とでは、その薬理作用において共通する部分はあるものの、作用する受容体の種類や結合親和性の程度等、その薬理作用は相当に異なっている(甲第22号証等)。

(11)被請求人は、審査経過において提出された平成25年7月12日付け意見書(甲第23号証)において、「アリピプラゾールは他の非定型抗精神病薬にはない、ドパミンD2受容体部分アゴニスト作用と5-HT1A受容体部分アゴニスト作用の2つのユニークな薬理作用から、治療抵抗性統合失調症、難治性統合失調症、慢性統合失調症、それらの認知障害を改善すると考えられます。」と述べており、アリピプラゾールの薬理作用がクロザピンを含む従来の非定型抗精神病薬とは相当に異なることを自認している。
一方で、上記のとおり、統合失調症における認知機能障害へは様々な受容体が影響しうることが知られていた。よって、たとえ5-HT_(1A)受容体への作用が共通していたとしても、他の受容体への作用が異なるならば、当業者にとって、その認知機能障害への影響の予測は困難であった。
前記のとおり、治療抵抗性統合失調症に起因するものも含め、認知機能障害に対する「非定型」抗精神病薬の作用機序は解明されておらず、どの受容体サブタイプへの作用の結果であるか不明であった。そして、様々な受容体が認知機能へ影響しうることが技術常識であったのだから、ある1つの受容体において作用や結合能力が共通していたとしても、クロザピンと本件医薬組成物を同視することはできない。

(12)そもそも本件特許の発明の詳細な説明には、単に in vitro(試験管内)の試験結果しか示されていないところ、医薬の分野においては、「in vitroの試験や動物実験で得られたこのような作用がそのまま患者でも現れる作用であると判断することは適切でない」というのが大原則である(甲第24号証:新医薬品開発にかかわる諸問題:薬物動態試験ガイドラインの現状と今後-『薬物動態試験ガイドライン』の役割と改定に向けての今後の予定-、甲第25号証:「生物薬剤学」及び甲第11号証:「NEUROPSYCHOPHARMACOLOGY 1998, VOL. 18 NO. 2」。なお、最近の例として、甲第26号証:「SCRIP 5 August 2016」)。
in vitroの試験結果のみをもって、しかもその作用機序が十分に解明されていない統合失調症における認知機能障害に対する治療効果に断定的に結び付ける本件特許の発明の詳細な説明における記載は、そもそもの前提において失当なものである。
なお、本件発明の詳細な説明の段落番号【0042】には「薬理学的試験」との表記はあるが、それはin vitroの試験にすぎず、さらに、本件発明は認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症等の治療薬ということであるから、その治療目的からしても、治療効果の確認試験からほど遠いものであり、実施可能要件を満たさないことは当然である。

(13)本件特許の欧州における本件欧州対応特許について、欧州特許庁において、これまで請求人が主張したのと同様の論理によって無効審決(本件Appeal審決)がなされている。
すなわち、本件Appeal審決は、クロザピンとアリピプラゾールについて、5-HT_(1A)受容体作動作用において共通点は有するものの、他の部分で異なるため、統合失調症における認知機能障害に対する治療効果という点で、クロザピンとアリピプラゾールを比較できるかには疑問があるとした。
そして、それを前提に、アリピプラゾールにクロザピンと同様の治療効果があるという特許権者の論理には欠陥があり、本件欧州対応特許の発明の詳細な説明には開示の十分性がないとして、本件欧州対応特許につき無効審決がなされているところである(甲第2号証の「4.5.2」等)。

(14)従って、本件特許の発明の詳細な説明には、本件医薬組成物が、本件障害に有効な治療効果を有することにつき、実施例等その他合理的な根拠に基づいた説明がなされておらず、それ故、本件特許発明には、実施可能要件違反の無効理由がある。
なお、本件特許発明2ないし12についても、障害の内容が若干限定されてはいるものの、本件医薬組成物を本件障害対して有効な治療効果を有するという点は同様であり、発明の詳細な説明には、かかる用途につき合理的な根拠が示されていないので、同様に、実施可能要件違反の無効理由が認められる。

2.被請求人が主張する、無効理由1に対する反論は、概略、以下のとおりである。

(1)「本件特許の優先権主張当時において、クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬の作用機序は解明されていないというのが技術常識である」との指摘について

(1-1)審判請求人は、本件特許の発明の詳細な説明の記載について、
「クロザピンの臨床効果と5-HT_(1A)受容体作動作用との関係について曖昧な知見しか示さないまま、「5-HT_(1A)受容体作動作用は、治療抵抗性精神分裂病又は治療抵抗性精神分裂病に起因する認知障害を改善するのに重要である。」(段落番号【0027】)と断定している。しかしながら、・・・本件特許の優先権主張日当時において、クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬の作用機序は解明されていないというのが技術常識であり、その臨床効果がどの受容体に対する作用を原因とするものかはわかっていなかった。それ故、結局、どの受容体と親和性がある化合物が、治療抵抗性精神分裂病に起因するものも含め、認知障害に対し治療効果を有するかは不明であったのである。」(審判請求書21頁4行?13行。)と主張する。
また審判請求人は、
「クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬の治療効果は、甲第3号証(D7)に記載されているとおり、複数の受容体サブタイプへの作用の結果である可能性があるとされ、そのうちどの受容体と親和性がある化合物が、統合失調症の認知機能障害に有効であるかについては、本件特許の優先権主張日当時において明らかではなかったのである。」(審判請求書34頁14行?18行。)と主張する。
しかしながら、そもそも本件特許明細書には(i)クロザピンが治療抵抗性精神分裂病患者における認知障害に対して有効であること、(ii)治療抵抗性精神分裂病及び認知障害に対するクロザピンの臨床効果と5-HT_(1A)受容体作動作用が関係していることについて、本件特許の優先日当時の技術常識を示した上で、次のように詳述されている。

「【0022】
現在、クロザピンが、治療抵抗性精神分裂病に対して有効な抗精神病薬である。クロザピン(クロザリルの名称で市販されている)は、標準的な抗精神病療法に適切に応答しない重症精神分裂病患者の治療及び管理用として、FDAによって1990年に許可された[M.W.Jann:Pharmacotherapy、Vol.11、pp.179、(1991)]。クロザピンは、治療抵抗性精神分裂病患者における認知障害に対して有効であることが報告された[C.Hagger、P.Buckley、J.T.Kenny、L.Friedman、D.Ubogy and H.Y.Meltzer:Biol.Psychiatry、Vol.34、pp.702、(1993);M.A.Lee、P.A.Thompson and H.Y.Meltzer:J.Clin.Psychiatry、Vol.55(Suppl.B)、pp.82、(1994);D.E.M.Fujii、I.Ahmed、M.Jokumsen and J.M.Compton:J.Neuropsychiatry Clin. Neurosci.、Vol.9、pp.240、(1997)]。例えば、クロザピンは、治療抵抗性精神分裂病患者における、注意力、応答時間、流暢な会話等の認知障害を改善することが報告されている[M.A.Lee、P.A.Thompson and H.Y.Meltzer:J.Clin.Psychiatry、Vol.55(Suppl.B)、pp.82、(1994)]。又、クロザピンは、ウェクスラー成人知能検査-改定フルスケールの客観的評価尺度において、認知障害の効果的な改善をもたらすことが報告されている[D.E.M.Fujii、I.Ahmed、M.Jokumsen and J.M.Compton:J.Neuropsychiatry Clin.Neurosci.、Vol.9、pp.240、(1997)]。
【0023】
5-HT_(1A)受容体は、治療抵抗性精神分裂病及び認知障害に対するクロザピンの治療効力における役割を演じていることが報告されている。この関係は、ヒト5-HT_(1A)受容体を用いた結合実験によって明らかにされた[S.L.Mason and G.P.Reynolds:Eur.J.Pharmacol.、Vol.221、pp.397、(1992)]。更に、分子薬理学の進歩により、5-HT_(1A)受容体作動作用或いは5-HT_(1A)受容体部分作動作用は、治療抵抗性精神分裂病及び認知障害において重要な役割を演じていることが明らかにされている[A.Newman-Tancredi、C.Chaput、 L.Verriele and M.J.Millan:Neuropharmacology、Vol.35、pp.119、(1996)]。更に加えて、5-HT_(1A)受容体の数が、治療抵抗性と分類された慢性精神病患者の前頭葉前部皮質で増加していることが報告されている。この観察は、慢性精神病の重症症状の発現が、機能低下した5-HT_(1A)受容体を介する、神経細胞機能の低下の結果による代償過程によって説明された[T.Hashimoto、N.Kitamura、Y.Kajimoto、Y.Shirai、O.Shirakawa、T.Mita、N.Nishino and C.Tanaka:Phycopharmacology、Vol.112、pp.S35、(1993)]。それ故、5-HT_(1A)受容体を通して仲介される神経細胞伝達の低下が、治療抵抗性精神分裂病患者において予測される。このように、クロザピンの臨床効力は、5-HT_(1A)受容体におけるその部分作動性効力に関係していると思われる[A.Newman-Tancredi、C.Chaput、 L.Verriele and M.J.Millan:Neuropharmacology、Vol.35、pp.119、(1996)]。」

(1-2)さらに、以下に示す本件特許の優先日前の多数の文献等には、上記クロザピンの薬理機序が記載されている。
すなわち、
(a)クロザピンの適応症である治療抵抗性統合失調症の陰性症状及び認知機能障害は前頭前皮質のドパミン作動性神経活性の低下によるドパミン放出の減少が関与しているが、
(b)このドパミン放出を増加させることについては、5-HT_(1A)受容体活性化が密接に関与し、重要な役割を果たしている。
(c)ここで、クロザピンは5-HT_(1A)受容体を活性化する作用を有し、これによってドパミン放出が増加し、治療抵抗性統合失調症の陰性症状及び認知機能障害に対する臨床効果を発揮している。かような薬理機序によって、現に、クロザピンは治療抵抗性統合失調症の陰性症状及び認知機能障害を改善する知見が多数示されている。以下、上記(a)ないし(c)について順序立てて説明する。

(1-2-a)前頭前皮質のドパミン作動性神経活性の低下によるドパミン放出の減少が陰性症状および認知機能障害を発現すること

乙第1号証には、ドパミン欠如が統合失調症の陰性症状に関与し、一方でドパミン過剰が陽性症状の原因となることが記載されている。
また、乙第2号証には、未治療の統合失調症において認知機能を評価するウィスコンシンカード分類課題を実施したところ、ウィスコンシンカード分類課題(WCS)実施中の前頭前野の局所脳血流(rCBF)とWCSのパフォーマンスとの関係はパーキンソン病患者で認められた関係と同様なものであったこと、パーキンソン病における前頭前皮質の活性低下と前頭前皮質の認知機能の関係の病態生理学的メカニズムがドパミン作動性求心路遮断で説明されるならば、統合失調症におけるも同様のメカニズムで説明し得ることが記載されている。

(1-2-b)クロザピン特有の治療抵抗性統合失調症に対する臨床効果(認知機能障害や陰性症状の改善効果)は、前頭前皮質でのドパミン放出作用によるものであり、このドパミン放出増加には5-HT_(1A)受容体活性化が密接に関与し重要な役割を果たしていること、及び、クロザピンが5-HT_(1A)受容体部分アゴニスト作用を有していること

まず乙第4号証には、クロザピンの統合失調症の陰性症状に対する治療効果は前頭前皮質でのドパミン放出量増加が関わっていることが記載されている。
しかも、乙第5号証には、内側前頭前皮質(mPFC)でのクロザピンの効果は、スルピリドやハロペリドールなどの定型抗精神病薬とは異なり、より広範であることが記載されている。
さらに乙第6号証においても、定型抗精神病薬とは異なり、クロザピンが、ドパミンシステムとの相互作用を介してその臨床効果を発揮すること、mPFCにおいてドパミンレベル増加に大きく効果をもたらすことが記載されている。
乙第7号証(当該文献自体は2002年公表の文献である)には、本件特許優先日前の複数の文献(Hertelら1996; Kurokiら1999; Millanら1998; Moghaddam及びBunney、1990; Volonteら1997; Youngrenら1999、Ashby及びWang 1996; Ichikawa及びMeltzer 1999; Ichikawaら2001; Millanら2000; Newman-Tancrediら1996; Rollemaら1997)を引用して、クロザピンの5-HT_(1A)受容体刺激作用による前頭前皮質からのドパミン放出の増強が統合失調症の陰性症状および認知機能障害に治療効果を示すことが言及されている。これにより、本件特許優先日前の時点において、クロザピンが5-HT_(1A)受容体部分アゴニスト作用を有し、ドパミン放出を増強させるとの知見が得られていた。
また乙第8号証では、クロザピンがラットの前頭前皮質でのドパミン放出の選択的増加をもたらし、斯かる選択的増加は5-HT_(1A)受容体の活性化を介して大部分が仲介されること、クロザピンと5-HT_(1A)受容体との直接相互作用によりクロザピンのユニークな臨床有効性及び非定型抗精神病薬プロファイルがもたらされること等が示唆されている。
そして、乙第9号証においても、ハロペリドールなどの定型抗精神病薬と異なり、クロザピンが皮質領域での5-HT_(1A)受容体でのダウンレギュレーションを優先的に誘導すること、統合失調症において重要な役割を担っている新皮質領域や海馬のCA3領域での5-HT_(1A)受容体のレギュレーションが、クロザピン特有の臨床効果に密接に関与し、重要な役割を果たしていることが記載されている。ここでダウンレギュレーションとは、ある受容体アゴニストがある受容体群を刺激し続けると、生体のホメオスターシスが働いて受容体の数を減少させる現象をいうところ、本件特許明細書段落【0023】に記載されるように、治療抵抗性と分類された慢性精神病患者の前頭葉前部皮質では5-HT_(1A)受容体の数が増加していること(アップレギュレーション)が報告されている。乙第9号証より、クロザピンは5-HT_(1A)受容体部分アゴニスト作用を介して皮質領域での5-HT_(1A)受容体のダウンレギュレーション(受容体数の減少)を発揮し、その特有の臨床効果を奏していると考えられる。
さらには、いみじくも審判請求人が挙げた甲第4号証にも、クロザピンが5-HT_(1A)部分アゴニストであること、クロザピンの5-HT_(1A)自己受容体でのアゴニスト作用は、錐体外路運動系の副作用を発現することなく陰性症状や気分の臨床的改善をもたらすことが記載されている。
乙第10号証には、クロザピンに限らず、前頭前皮質でのドパミン放出の増加に5-HT_(1A)刺激が関与していることが記載されている。
乙第11号証(当該文献自体は2003年公表の文献である)にも、本件特許優先日前の文献Ichikawa及びMeltzer 1999を引用して、当該文献にドパミンD_(2)受容体アンタゴニスト作用と5-HT_(1A)受容体アゴニスト作用の併合は前頭前皮質においてドパミンを遊離させることが示唆されていることを指摘している。
さらに、クロザピン特有の臨床効果を説明する作用機序が5-HT_(1A)受容体作動作用であることは、本件特許の出願日後に公表された文献(乙第3号証)でも確認することができる。

(1-2-c)クロザピンが治療抵抗性統合失調症の症状に含まれる認知機能障害や陰性症状を実際に改善したこと

乙第12号証?乙第15号証に、治療抵抗性統合失調症患者が認知機能障害を有していて、この認知機能障害がクロザピン投与によって改善されたことが示されている。これにより、クロザピンは、本件特許出願当時には、明細書段落【0022】にも説明されているとおり、治療抵抗性精神分裂病に対して有効な抗精神病薬であるとの知見が確立していたものである。
さらには、審判請求人が挙げた甲第9号証にも、129頁左欄12行目以下にクロザピンが認知機能改善に有効であることが開示されている。

(1-2-d)以上に述べたとおり、(a)クロザピンの適応症である治療抵抗性統合失調症の陰性症状及び認知機能障害は前頭前皮質でのドパミン放出の減少が関与しているが、(b)このドパミン放出を増加させることについては、5-HT_(1A)受容体活性化が密接に関与し、重要な役割を果たしている。ここで、クロザピンは5-HT_(1A)受容体を活性化する作用を有し、これによってドパミン放出が増加し、治療抵抗性統合失調症の陰性症状及び認知機能障害に対する臨床効果を発揮している。かような薬理機序によって、現に、(c)クロザピンは治療抵抗性統合失調症の陰性症状及び認知機能障害を改善することが、いずれも本件特許の優先日前の多数の文献に記載されている。とりわけ、クロザピン特有の臨床効果を説明する作用機序が5-HT_(1A)受容体作動作用であることは、乙第7号証、乙第8号証、乙第9号証及び甲第4号証に示されているように本件特許の優先権主張当時における技術常識であったことは明白であり、「本件特許の優先権主張当時において、クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬の作用機序は解明されていない。」とする審判請求人の主張は失当である。
特に、乙第7号証は、クロザピンの統合失調症の認知障害や陰性症状に対する臨床効果が5-HT_(1A)刺激による前頭前皮質からのドパミン放出により説明されることが本件特許の優先日前の複数の文献に記載されていることを指摘する。さらには、乙第8号証には、クロザピンと5-HT_(1A)受容体との直接相互作用によりクロザピンのユニークな臨床有効性及び非定型抗精神病薬プロファイルがもたらされること、乙第9号証には、5-HT_(1A)受容体部分アゴニスト作用を介して皮質領域での5-HT_(1A)受容体のダウンレギュレーション(受容体数の減少)を発揮しその特有の臨床効果を奏していること、甲第4号証には、クロザピンが5-HT_(1A)部分アゴニストであること、クロザピンの5-HT_(1A)自己受容体でのアゴニスト作用は、錐体外路運動系の副作用を発現することなく陰性症状や気分の臨床的改善をもたらすことが記載されている。従って、5-HT_(1A)受容体と親和性がある化合物が治療抵抗性統合失調症の認知障害や陰性症状に有効であることは、本件特許の優先権日当時明らかであったといえる。

(1-3)よって、「どの受容体と親和性がある化合物が、治療抵抗性統合失調症の認知機能障害に有効であるかについては、本件特許の優先権主張日当時において明らかではなかった」とする審判請求人の主張も失当であることは明らかである。

(2)「クロザピンと本件医薬組成物を同視することはできない」との指摘について

(2-1)審判請求人は、無効審判請求書において、「クロザピンと本件医薬組成物(アリピプラゾール)とでは、薬理作用が相当に相違しており、5-HT1Aへの作動作用が共通するからということだけで、クロザピンを本件医薬組成物を同視することはできない。」と主張する。
しかしながら、上記(1)の(1-2)にて詳述した通り、クロザピン特有の臨床効果は前頭前皮質でのドパミン放出作用によって説明され、当該前頭前皮質でのドパミン放出増加に5-HT_(1A)受容体活性化が密接に関与し重要な役割を果たしていることは本件特許の優先日当時における技術常識である。

(2-2)本件特許優先日前において、本件特許発明化合物であるアリピプラゾールはドパミンD_(2)受容体部分作動活性を有することが分かっていたが(本件特許明細書段落【0007】)、本件特許権者は、上記ドパミンD_(2)受容体部分作動活性に基づく機能的アンタゴニスト作用に加えて、本件特許発明化合物に5-HT_(1A)受容体部分作動活性を有することを新たに見出したものである。すなわち、本件特許明細書の実施例に記載のとおり、アリピプラゾールが「5-HT_(1A)受容体部分作動活性」を有することをCHO細胞膜内のh5-HT_(1A)受容体への基礎的[^(35)S]GTPγS結合を強く促進する活性を有することを実験によって見出したものである(本件特許明細書段落【0042】?【0053】)。
前述したとおり、ドパミンD_(2)受容体アンタゴニスト作用と5-HT_(1A)受容体アゴニスト作用の併合は前頭前皮質においてドパミンを遊離させることが本件特許の優先日前から示唆されていたところ(乙第11号証)、アリピプラゾールもドパミンD_(2)受容体部分作動活性に基づく機能的アンタゴニスト作用と5-HT_(1A)受容体部分作動活性を併せ持つことから、上記クロザピンと同様に前頭前皮質において適度なドパミン遊離亢進作用を発揮するものである。
そうすると、既に述べたように、クロザピンの治療抵抗性統合失調症の認知障害や陰性症状に対する臨床効果は5-HT_(1A)受容体刺激による前頭前皮質でのドパミン放出により説明される技術常識(乙第7号証)を踏まえれば、アリピプラゾールも、クロザピンと同様に、本件特許権者が見出したアリピプラゾールの5-HT_(1A)受容体刺激による前頭前皮質において適度なドパミン遊離亢進作用を発揮することで、治療抵抗性統合失調症の認知障害等に治療効果を発揮することは当然に理解されるところである。
すなわち、アリピプラゾールとクロザピンは、いずれも5-HT_(1A)受容体作動活性を主軸とした前頭前皮質でのドパミン遊離亢進作用発揮という薬理作用の点において共通しており、本件明細書におけるアリピプラゾールの強力な5-HT_(1A)受容体作動活性が開示されていることによって当業者はアリピプラゾールの当該作動活性作用を通じて治療抵抗性統合失調症の認知障害や陰性症状に治療効果をもたらすことを容易に認識及び把握することができる。従って、「クロザピンと本件医薬組成物を同視することはできない」とする審判請求人の主張は失当であることは明らかである。

(2-3)特許権者が平成25年7月12日付意見書(甲第23号証)において主張した「アリピプラゾールは他の非定型抗精神病薬にはない、ドパミンD2受容体部分作動活性と5-HT1A受容体部分作動活性の2つのユニークな薬理作用から、本件特許発明1に記載された一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害、難治性統合失調症に起因する認知障害、又は慢性統合失調症に起因する認知障害を改善すると考えられる。」という点は、アリピプラゾールがドパミンD_(2)受容体部分作動活性と5-HT_(1A)受容体部分作動活性を併せ持つ点が他の非定型抗精神病薬に見られないユニークな薬理作用を持つと説明したまでであって、アリピプラゾールの薬理作用がクロザピンを含む従来の非定型抗精神病薬とは相当に異なることを意図するものではない。
上述の通り、クロザピンとアリピプラゾールは5-HT_(1A)受容体作動活性を主軸とした前頭前皮質でのドパミン遊離亢進作用発揮という薬理作用の点において共通しており、当該作用を通じて治療抵抗性統合失調症の認知障害や陰性症状に治療効果をもたらすものであるが、クロザピンはドパミンD_(2)受容体への作用が完全拮抗活性を有する点においてD_(2)受容体部分作動活性を有するアリピプラゾールとは異なる点をふまえて、アリピプラゾールがドパミンD_(2)受容体部分作動活性と5-HT_(1A)受容体部分作動活性を併せ持つというのは、他の非定型抗精神病薬に見られないユニークな薬理作用であると先の意見書で表現したに過ぎない。
このように「アリピプラゾールの薬理作用がクロザピンを含む従来の非定型抗精神病薬とは相当に異なることを自認している。」との審判請求人の主張は、意見書作成者の意図を全く無視した曲解に基づくものであり失当である。

(2-4)なお、クロザピンが有するドパミンD_(2)受容体アンタゴニスト作用とアリピプラゾールが有するD_(2)受容体部分アゴニスト作用の異なる点については、以下の通りである。
ドパミンD_(2)受容体に着目すれば、統合失調症のドパミン過剰仮説よりドパミンは悪者にされているが、ドパミンは精神、運動、ホルモンなどの調節に密接にかかわる重要な神経伝達物質である。ドパミンD_(2)受容体アンタゴニストの用量を上げるとドパミンD_(2)受容体を介するドパミンの生理的反応を完全に遮断してしまう。クロザピンを含む既存の抗精神病薬(ドパミンD_(2)受容体アンタゴニスト)が生体に対して良い影響を与えるとは思われない。過剰なドパミンの反応を抑制しドパミン本来の生理機能を保つという観点より、アリピプラゾールのドパミンD_(2)受容体部分アゴニスト作用は、ドパミンD_(2)受容体に対する抗精神病薬の作用機序として理想的であると考えられる。
さらに乙第16号証によれば、ヒトの5-HT_(1A)受容体発現細胞を用いてクロザピンとアリピプラゾールの刺激作用の程度(固有活性、Emax)を比較したところ、クロザピンは64.7%であったのに対し、アリピプラゾールは68.1%であったことが報告されている(乙第16号証、139頁の表1)。このように、アリピプラゾールはクロザピンの作動作用よりも強力な5-HT_(1A)受容体作動作用を有している点からもユニークな薬理作用を有しているといえ、この点は本件特許明細書の段落【0028】にも記載されている。

(2-5)以上より、アリピプラゾールは、ドパミンD_(2)受容体に対して、アンタゴニストよりも理想的である部分アゴニスト性の作用を有し、更に、クロザピンより強力な5-HT_(1A)受容体部分アゴニスト作用を有しているので、クロザピンと同等以上の臨床効果をもたらすことが理解できる。

(3)統合失調症治療におけるクロザピンのサードラインとしての使用について

(3-1)治療抵抗性統合失調症の診断基準におけるクロザピンの位置づけ

治療抵抗性統合失調症の診断基準として最も厳しい分類は、Kaneの分類である(乙第17号証)。
また、治療抵抗性統合失調症の現行診断基準として最も広く採用されているものとして最初に使用されたのがKaneら及び多施設クロザピン試験(MCT)における共同研究者による基準であり、この基準に修正が加えられ、現在では乙第18号証表1に示す基準が採用されている。クロザピンが統合失調症治療においてサードラインとして使用されることがこの表1から読み取れる。乙第18号証の665頁左欄の表1「既知の抗精神病薬治療に不十分な反応を示す場合の治療戦略」には、1.に示す薬剤(クロルプロマジンに同等の薬剤、すなわち定型抗精神病薬)に反応しない場合2.に示す薬剤(リスペリドン、オランザピン、セルチンドール、クエチアピン)へ切り替え、2.に示す薬剤にも反応しない場合にはさらに3.のクロザピンに切り替えることが示されている。

(3-2)クロザピンの治療抵抗性統合失調症に対する臨床効果

オランザピン(非定型抗精神病薬の一つ)に反応しない治療抵抗性の統合失調症患者にクロザピンを用いたところ、改善が認められたとの報告がある(乙第19号証)。また、クロザピンがリスペリドン(非定型抗精神病薬の一つ)より優れるとの報告がある(乙第20号証)。
このように、クロザピンが治療抵抗性統合失調症に対するサードライン治療薬として用いられていることは本件特許優先日当時における技術常識である。
また、クロザピンの医薬品インタビューフォームにおいても、治療抵抗性統合失調症患者に対するクロザピンのサードライン治療薬としての薬効を裏付ける試験成績が掲載されている(乙第21号証)。すなわち、乙第21号証 9頁(2)、12頁の2.では、クロザピンの第3相試験において、リスペリドン、ベロスピロン、オランザピン、クエチアピンのうち2つ以上に反応性不良であった治療抵抗性の患者にクロザピンを投与したところ、改善率が67.4%であったと報告されている。

(4)被請求人が上記(2)で主張した通り、アリピプラゾールとクロザピンは、いずれも5-HT_(1A)受容体作動活性を主軸とした前頭前皮質でのドパミン遊離亢進作用発揮という薬理作用の点において共通しており、本件明細書におけるアリピプラゾールの強力な5-HT_(1A)受容体作動活性が開示されていることによって当業者はアリピプラゾールの当該作動活性作用を通じて治療抵抗性統合失調症の認知障害や陰性症状に治療効果をもたらすことを容易に認識及び把握することができる。
また上記(3)で主張した通り、クロザピンが治療抵抗性統合失調症に対するサードライン治療薬として用いられていることは本件特許優先日当時における技術常識であった。
よって、斯かるクロザピンと共通性を有するアリピプラゾールも、治療抵抗性統合失調症に対するサードライン治療薬として効果を奏するといえる。
(5)以上より、本件特許発明1に記載される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない「認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症、認知障害を伴う難治性統合失調症、又は認知障害を伴う慢性統合失調症」、「治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害、難治性統合失調症に起因する認知障害、又は慢性統合失調症に起因する認知障害」に対して、本件特許発明化合物であるアリピプラゾールがクロザピン同様サードライン治療薬として治療効果を発揮することは、実施例を含む本件特許明細書の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識より明確である。
従って、本件特許の発明の詳細な説明には、本件特許発明1である、「本件特許医薬化合物「アリピプラゾール」を治療有効量含有する、「認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症、認知障害を伴う難治性統合失調症、又は認知障害を伴う慢性統合失調症」、「治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害、難治性統合失調症に起因する認知障害、又は慢性統合失調症に起因する認知障害」を治療するための医薬組成物」の発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえるので、本件特許の発明の詳細な説明は、請求項1に関する実施可能要件を十分に具備する。同様に、本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明1を直接又は間接的に引用する本件特許発明2?12に関する実施可能要件も満たす。

(6)「in vitroの試験結果のみでは不十分である」との指摘について

(6-1)審判請求人は、「in vitroの試験結果のみをもって、しかもその作用機序が十分に解明されていない統合失調症における認知機能障害に対する治療効果に断定的に結びつける本件特許の発明の詳細な説明における記載は、そもそもの前提において失当なものである。」と主張する(審判請求書27頁下から5行目?2行目)。
なるほど新規医薬品開発の製造承認において要求されるデータという面からすれば、「in vitroの試験や動物実験で得られた作用がそのまま患者でも現れる作用であると判断することは適切ではない」であろう。
しかしながら、特許出願するにあたり、医薬用途発明の薬効をヒトを対象とした臨床試験でもって確認しなければらならないとしたら、先願主義のもと一日でも早く出願することが要求される出願人にあまりにも酷な話であり、特許制度の趣旨にもそぐわず不合理である。
元特許庁審判部長・社本一夫氏が在職中携わった物質特許多項制に関する資料である「物質特許・多項性-その理論と運用」(昭和51年2月27日第1刷発行)(株)化学工業日報社113頁?115頁 イ.薬理効果等の記載)(乙第22号証)に記載されるように、特許庁の審査実務においては、「出願当初から薬理効果の記載は必須であり、臨床試験結果より裏付けられていることを原則とする」ものの、「医薬発明の特殊性に鑑みて、試験管内試験および動物試験の結果が臨床試験の結果と対応することが明らかな分野では、また明らかでなくても推定できれば、臨床試験にかえてこれら試験管内試験や動物試験の裏付けをもって薬理効果確認の手段としてさしつかえない」とされている。そして「審査過程で人の病気への適応性が疑わしいとされたときには臨床試験の結果を提出させて、薬効を確認することが必要である。」とも述べらている。

(6-2)この点に関し、ペルフェナジンを対照としたアリピプラゾールの多施設無作為化二重盲検比較試験において、アリピプラゾールは、非定型抗精神病薬のオランザピン又はリスペリドンに応答しなかった治療抵抗性の患者において統合失調症の症状を改善したこと(PANSS総スコア及びCGI-Iスコアの改善)、アリピプラゾールはペルフェナジンよりも優れた安全性を示したこと、臨床的に適切であると考えられる生活の質の改善がみとめられたこと(QLSスコアの改善)が報告されている(乙第23号証)。このQLSスコアには認知機能の評価が含まれる(乙第24号証、390頁の中央欄「Theoretical Rationale for Categories 」の2段落目)。

(6-3)さらに、本件特許権者は、本件特許の出願後の国内臨床試験の結果として、乙第25号証:「本件特許発明化合物であるアリピプラゾールが有効成分として同一である持続性注射剤についての、臀部筋肉内投与にかかる「治験総括報告書」からの抜粋」を提出する。この資料より、本件特許発明化合物のアリピプラゾールをオランザピンに適切に反応しない認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症を罹患していた対象に投与したところ、認知機能障害の顕著な改善が認められたことが示されている。よって、アリピプラゾールの本件特許発明1に規定される治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害に対する効能はこの資料からも明らかであり、本件特許明細書に記載されるデータは臨床試験に代わる薬理効果確認の手段としての適格性を備えているといえる。

(6-4)また現行の特許庁の審査基準事例集10(乙第26号証)においても、「発明の詳細な説明には、物質Xが高いヒドロキシラジカル消去活性を有することを確認した実験結果が記載されており、また、ヒドロキシラジカル消去活性を有する物質が動脈硬化の予防に有効であることは、出願時の技術常識である。そうすると、物質Xが動脈硬化予防に有効であることを直接的に示す薬理試験方法及び薬理試験結果が記載されていなくても、物質Xを有効成分とする動脈硬化予防剤を使用できる程度に発明の詳細な説明が記載されているといえる。」との例が紹介されている。

(6-5)すなわち、出願時の技術常識により対象疾患の薬理機作が明確ならば、発明に係る物質の薬理効果を直接的に示す薬理データが発明の詳細な説明に記載されていなくても、実施可能要件を満たすと判断されるのが現在の特許庁の審査実務であることがこの事例からも理解できる。そして、この審査実務は上述のように、物質特許制度導入時期から一貫して採用されており、これはとりもなおさず裁判所も同様の判断基準を採用してきたと解することができる。

(7)本件Appeal(アピール)審決(本件欧州対応特許EP1 621 198B1の2014年7月8日付審決(甲第2号証)について

(7-1)審判請求人は、「本件Appeal審決は、クロザピンとアリピプラゾールについて、5-HT_(1A)受容体作動作用において共通点はあるものの、他の部分で異なるため、統合失調症における認知機能障害に対する治療効果という点で、クロザピンとアリピプラゾールを比較できるかには疑問があるとした。そして、それを前提に、アリピプラゾールにクロザピンと同様の治療効果があるという特許権者の論理には欠陥があり、本件欧州対応特許の発明の詳細な説明には開示の十分性がないとして、本件欧州対応特許につき無効審決がなされているところである。(甲第2号証の「4.5.2」等)」と主張する(審判請求書38頁13?20行)。
しかしながら、そもそも特許独立の原則から、欧州特許庁による判断は本審判と関連性がないものである。
それを措くとしても、審判請求人が引用する甲第2号証「4.5.2」の説示するところは、(a)クロザピンとアリピプラゾールとは、全体的な受容体プロファイルにおいて共通する面もあれば異なる面もあるので、両者を類似しているとするには疑問点があること、(b)しかし、もし両者が受容体プロファイルにおいて類似していると解したとしても、本件特許の特許請求の範囲に記載された「定型抗精神病薬及び非定型抗精神病薬に反応しない統合失調症に起因する認知障害へのサードライン療法」としてクロザピンの効能を示す証拠が特許権者より示されていないため、特許権者の主張は認められないこと、(c)特許権者が提出した証拠は定型抗精神病薬に反応しなかった治療抵抗性統合失調症患者に起因する認知障害へのクロザピンのセカンドライン療法であることを示すものの、サードライン療法であることを示す証拠は提出されていないこと、(d)よって上記をふまえると、アリピプラゾールが5-HT_(1A)受容体部分作動作用を示すとする本件特許明細書の開示は、アリピプラゾールの認知障害への効能を裏付けるものではあるが、本件特許の特許請求の範囲に記載された「定型抗精神病薬及び非定型抗精神病薬に反応しない統合失調症に起因する認知障害へのアリピプラゾールのサードライン療法」としての効能についての関連性までは確立できない、というものである。

(7-2)すなわち、本件アピール審決では、治療抵抗性統合失調症患者に起因する認知障害へのクロザピンのサードライン療法としての使用を示す十分な証拠を特許権者が提出していないと認定されたことが原因で対応欧州特許が無効となったものであり、当該審決ではアリピプラゾールの統合失調症における認知機能障害に対する治療効果についての本件欧州対応特許の発明の詳細な説明の開示の十分性は認められているのである。

(7-3)上述のように、本件特許権者はクロザピンの治療抵抗性統合失調症に対するサードライン治療薬としての使用は本件特許優先日当時における技術常識であったことを、複数の文献を提出して示した。よって、本件欧州対応特許の無効理由と同様の理由で本件特許が無効とされるべき根拠はもはや存在しない。

(8)請求人の主張「単に仮説として、クロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)と関連している可能性が示唆されているに過ぎず、クロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)受容体作動作用に基づくことを示すものは1つもない」について

(8-1)請求人は、本件特許の発明の詳細な説明の段落番号【0023】に挙げる文献(甲第20号証の1?7)において、単に仮説としてクロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)と関連している可能性が示唆されているに過ぎないと主張する(審判請求書33頁下から3行?34頁2行)。
しかしながら、甲第20号証の1?7は、全体としてクロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)受容体作動作用に基づくことを示し、5-HT_(1A)受容体が統合失調症の認知機能障害に関連すること及びクロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)受容体作動(アゴニスト)作用に基づくこと当業者が認識していたこと(すなわち技術常識であったこと)を明確に裏付けている。
さらには、審判請求人が挙げた甲第4号証にも、クロザピンが5-HT_(1A)部分アゴニストであること、クロザピンの5-HT_(1A)自己受容体でのアゴニスト作用は、錐体外路運動系の副作用を発現することなく陰性症状や気分の臨床的改善をもたらすことが記載されている。また、審判請求人が挙げた甲第9号証にも、129頁左欄12行目以下に、クロザピンが認知機能改善に有効であることが開示されている。

(8-2)審判請求人は、審判請求書において、甲第9号証、甲第11号証、甲第18号証、甲第19号証を含む複数の文献を引用して、非定型抗精神病薬が様々な受容体に親和性を有し、その結合親和性において異なっていると指摘したうえで、「本件特許の優先権主張日当時において、クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬の作用機序は解明されていないというのが技術常識である。」(審判請求書22頁7行?33頁下から3行)と主張する。
しかしながら、複雑多様な人体の全ての機能と役割の全てが明らかになっていない現在においては、どの疾病・疾患に対する治療(治療方法や治療薬)であっても、100%薬理機序が明らかになっていると見ることはできない。特に疾病・疾患の病態メカニズムが非常に複雑な精神分野ではなおさらである。したがって、ある疾患に対する治療薬の薬理機序を説明する仮説があった場合に、この仮説を指示するエビデンスが多数存在するのであれば、科学的な推論としては十分であり、単なる仮説を超えているといえるのである。そして、上述のように、多数の文献によるエビデンスから、「クロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)受容体作動(アゴニスト作用)に基づくこと及び5-HT_(1A)受容体が統合失調症の認知機能障害に関連すること」が示されているのであるから、当業者であればこれらの記載に基づき、クロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)と関連していることについてこれらのエビデンスを支持し、単なる仮説を超えていると判断するのである。つまり、これらの文献は、5-HT_(1A)受容体が統合失調症の認知機能障害に関連すること及びクロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)受容体作動(アゴニスト)作用に基づくことを当業者が認識していたこと(すなわち技術常識であったこと)を明確に裏付けている。

(8-3)上述のエビデンスによる認識が妥当であることは、クロザピンと同様の5-HT_(1A)受容体作動(アゴニスト)作用を有するアリピプラゾールが非定型抗精神病薬のオランザピン又はリスペリドンに応答しなかった治療抵抗性の患者において統合失調症の症状を改善したことからも明らかである(乙第23号証)。
さらに、本件特許権者は、本件特許の出願後の国内臨床試験の結果として、乙第25号証:「本件特許発明化合物であるアリピプラゾールが有効成分として同一である持続性注射剤についての、臀部筋肉内投与にかかる「治験報告書からの抜粋」」を提出する。この資料より、本件特許発明化合物のアリピプラゾールをオランザピンに適切に反応しない認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症を罹患していた対象に投与したところ、認知機能障害の顕著な改善が認められたことが示されている。

(8-4)乙第27号証には、抗精神病薬と5-HT_(1A)アゴニスト作用のあるタンドスピロンを併用することにより認知機能を改善することが記載されている。すなわち、上述の甲第20号証の5と同様、当該文献は、当業者が本願出願日前に、5-HT_(1A)が統合失調症の認知機能障害に関連することを認識していたことを明確に裏付けている。また、乙第27号証にはクロザピンの認知機能の改善は5-HT_(1A)アゴニストが関与していることも記載されている。

(8-5)乙第28号証には、被請求人が答弁書で主張した「クロザピンが5-HT_(1A)受容体部分アゴニスト作用を介して皮質領域での5-HT_(1A)受容体のダウンレギュレーション(受容体数の減少)を発揮しその特有の臨床効果を奏していること」(答弁書18頁最終3行)、及び「クロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)刺激による前頭前皮質からのドパミン放出により説明されること」(答弁書23頁下から3行?24頁9行)を裏付ける記載がある。
また、同号証には、クロザピンより強力な5-HT_(1A)受容体アゴニスト活性を有する非定型抗精神病薬の一つとしてS16924を挙げており、当該記載からも同号証の著者はクロザピンの作用の特徴が5-HT_(1A)であると考えていることが容易に理解できる。

(8-6)そして、乙第33号証においても、クロザピンの他の抗精神病薬と異なるメカニズムが5-HT_(1A)受容体への作用であり、当該作用がクロザピンの臨床的ユニーク性に重要である旨が記載されている。
さらに、乙第34号証においても、クロザピンが5-HT_(1A)受容体部分アゴニスト作用が特徴であり、当該作用がユニークな臨床プロファイルに寄与する旨が記載されている。

(8-7)以上より、5-HT_(1A)受容体が統合失調症の認知機能障害に関連すること及びクロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)受容体作動(アゴニスト)作用に基づくことが、本件特許の出願日当時の技術常識であったことは明らかである。

(9)まとめ
以上より、本件特許の発明の詳細な説明は、請求項1に関する実施可能要件を満たす。同様に、本件特許の発明の詳細な説明は、本件特許発明1を直接又は間接的に引用する本件特許発明2?12に関する実施可能要件も満たす。

3.当審の判断

当審合議体は、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえず、実施可能要件を満たしていないので、特許法第36条第4項第1号の規定により特許を受けることができない、と判断した。以下にその理由を詳述する。

(1)本件特許発明1の医薬用途

本件特許明細書の請求項1に記載の式(1)で表されるカルボスチリル化合物のうち、カルボスチリル骨格の3位及び4位の間の炭素-炭素結合が単結合である化合物である「(7-{4-[4-(2,3-ジクロロフェニル)-1-ピペラジニル]ブトキシ}-3,4-ジヒドロカルボスチリル」は、アリピプラゾール、又はOPC-14597、BMS-337,039及びOPS-31とも称される、本件特許出願日前に公知の化合物である(本件特許明細書の段落【0006】、【0007】、【0035】?【0038】)。
そして、本件特許発明1は、アリピプラゾールなどの上記式(1)で表される化合物(以下、「本件特許発明化合物」ともいう。)の治療有効量を含む医薬組成物を、 「クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症、認知障害を伴う難治性統合失調症、又は認知障害を伴う慢性統合失調症;クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害、難治性統合失調症に起因する認知障害、又は慢性統合失調症に起因する認知障害からなる群から選ばれた5-HT_(1A)受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害(以下、これらの疾患を総称して「治療抵抗性統合失調症」ともいう。)を治療するため」という用途に有効に適用することを特徴とする、いわゆる医薬用途発明である。
ここで、本件特許発明1は医薬組成物の発明であるから、特許法第2条第3項第1号にいう物の発明であり、物の発明における実施には、その物の使用をする行為が含まれる。そして、本件特許発明1におけるその物の使用とは、上記医薬組成物を治療抵抗性統合失調症の患者に投与し、治療抵抗性統合失調症を治療することにほかならない。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載が、実施可能要件を満たしている、すなわち、当業者が本件特許発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものといえるためには、上記発明の詳細な説明が、本件特許発明化合物の治療有効量を含む医薬組成物を患者に投与することによって治療抵抗性統合失調症が有効に治療できることを、当業者が認識できる程度に明確かつ十分に記載されている必要がある。
そこで、本件特許明細書の発明の詳細な説明(以下、単に「発明の詳細な説明」ともいう。)の記載について、以下に検討する。

(2)発明の詳細な説明に記載されている事項と、それに対する検討

(2-1)発明の詳細な説明に記載されている事項

発明の詳細な説明には、本件特許発明1の医薬組成物を「治療抵抗性統合失調症の治療」に適用し得ることについて、以下のような記載がある。

(ア)「【0002】
(関連技術)
米国特許第5,006,528号、欧州特許第367,141号及び特開平7-304740(1995)は、本発明におけるカルボスチリル誘導体として同じ化学構造式を包含しており、それらの薬理学的性質は、精神分裂病に対する治療に有益な薬物である。
(中略)
【0006】
アリピプラゾール(7-{4-[4-(2,3-ジクロロフェニル)-1-ピペラジニル]ブトキシ}-3,4-ジヒドロカルボスチリル、又は、OPC-14597、BMS-337,039及びOPS-31としても知られている)は、ドーパミンD_(2)受容体に強い親和性で結合し、ドーパミンD_(3)受容体及び5-HT_(7)受容体に中等度の親和性で結合することが報告されている(Masashi Sasaら、CNS Drug Reviews,Vol.3,No.1,pp.24-33)。
【0007】
更に、アリピプラゾールは、シナプス前ドーパミン自己受容体作動活性、シナプス後D_(2)受容体拮抗活性、及びD_(2)受容体部分作動活性を有すると報告されている[T.Kikuchi,K.Tottori,Y.Uwahodo,T.Hirose,T.Miwa,Y.Oshiro and S.Morita:J.Pharmacol.Exp.Ther.,Vol.274,pp.329,(1995);T.Inoue,M.Domae, K.Yamada and T.Furukawa:J.Pharmacol.Exp.Ther.,Vol.277,pp.137,(1996)]。
【0008】
しかしながら、本発明の化合物が、5-HT_(1A)受容体サブタイプにおける作動活性を有することは報告されていない。」(段落【0002】?【0008】)

(イ)「【0018】
これまで、精神分裂病は、脳内ドーパミン作動系における過剰活動に起因すると理解されてきた。この理由により、いくつかの薬物が、強力なドーパミン受容体遮断作用を有するものとして開発された。これら定型抗精神病薬は、幻覚、妄想等の精神分裂病の陽性症状の治療に効果的である。過去10年間に、クロザピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピンを含む種々の非定型抗精神病薬が開発された。これらの薬物は、錐体外路性副作用が少なく、DA受容体遮断作用に加えて他の活性を有している。クロルプロマジン、ハロペリドール等のような定型抗精神病薬とは対照的に、非定型抗精神病薬は、精神分裂病に関連した陰性症状及び認知障害に対して定型抗精神病薬よりも効果的であり、そして非定型抗精神病薬はまた、錐体外路性副作用がより少ないことが報告されている[S.Miyamoto,G.E.Duncan,R.B.Mailman and J.A.Lieberman:Current Opinion in CPNS Investigational Drugs,Vol.2,pp.25,(2000)]。しかしながら、非定型抗精神病薬が、精神分裂病に対して適切な薬物療法を提供したとしても、ある種の患者は、これら薬物の抗精神病療法に抵抗性である。これらの患者は、抗精神病療法に対して非応答性か、あるいは難治性になっているか(即ち、より不安を感じるか、抑鬱症であるか、或いは認知機能不全であるかであろう)のいずれかであると思われる。これら治療抵抗性患者は、いかに医師が適切な治療法を提供できるかという問題を提起している。
【0019】
現在、多くの治療抵抗性及び難治性精神分裂病患者が、定型或いは非定型抗精神病薬の種々の公知の有効な種類及び投与量に対して、適切に応答しない症状を示している。更に、これらの患者は、しばしば入院及び退院を繰り返す難治性の精神分裂病又は慢性精神分裂病患者である[R.R.Conely and R.W.Buchanan:Schizophr.Bull.,Vol.23,pp.663,(1997)]。
【0020】
治療抵抗性及び難治性精神分裂病患者に相当する患者の症状は、陽性症状のみならず、陰性症状及び情緒障害、並びに認知障害(即ち、認知機能不全又は認知障害)を含んでいる[K.Akiyama and S.Watanabe:Jpn.J.Clin.Psychopharmacol.,Vol.3,pp.423,(2000)]。」 (段落【0018】?【0020】)

(ウ)「【0022】
現在、クロザピンが、治療抵抗性精神分裂病に対して有効な抗精神病薬である。クロザピン(クロザリルの名称で市販されている)は、標準的な抗精神病療法に適切に応答しない重症精神分裂病患者の治療及び管理用として、FDAによって1990年に許可された[M.W.Jann:Pharmacotherapy,Vol.11,pp.179,(1991)]。クロザピンは、治療抵抗性精神分裂病患者における認知障害に対して有効であることが報告された[C.Hagger,P.Buckley,J.T.Kenny,L.Friedman,D.Ubogy and H.Y.Meltzer:Biol.Psychiatry,Vol.34,pp.702,(1993);M.A.Lee,P.A.Thompson and H.Y.Meltzer:J.Clin.Psychiatry,Vol.55(Suppl.B),pp.82,(1994);D.E.M.Fujii,I.Ahmed,M.Jokumsen and J.M.Compton:J.Neuropsychiatry Clin. Neurosci.,Vol.9,pp.240,(1997)]。例えば、クロザピンは、治療抵抗性精神分裂病患者における、注意力、応答時間、流暢な会話等の認知障害を改善することが報告されている[M.A.Lee,P.A.Thompson and H.Y.Meltzer:J.Clin.Psychiatry,Vol.55(Suppl.B),pp.82,(1994)]。又、クロザピンは、ウェクスラー成人知能検査-改定フルスケールの客観的評価尺度において、認知障害の効果的な改善をもたらすことが報告されている[D.E.M.Fujii,I.Ahmed,M.Jokumsen and J.M.Compton:J.Neuropsychiatry Clin.Neurosci.,Vol.9,pp.240,(1997)]。」(段落【0022】)

(エ)「【0023】
5-HT_(1A)受容体は、治療抵抗性精神分裂病及び認知障害に対するクロザピンの治療効力における役割を演じていることが報告されている。この関係は、ヒト5-HT_(1A)受容体を用いた結合実験によって明らかにされた[S.L.Mason and G.P.Reynolds:Eur.J.Pharmacol.,Vol.221,pp.397,(1992)]。更に、分子薬理学の進歩により、5-HT_(1A)受容体作動作用或いは5-HT_(1A)受容体部分作動作用は、治療抵抗性精神分裂病及び認知障害において重要な役割を演じていることが明らかにされている[A.Newman-Tancredi,C.Chaput, L.Verriele and M.J.Millan:Neuropharmacology,Vol.35,pp.119,(1996)]。更に加えて、5-HT_(1A)受容体の数が、治療抵抗性と分類された慢性精神病患者の前頭葉前部皮質で増加していることが報告されている。この観察は、慢性精神病の重症症状の発現が、機能低下した5-HT_(1A)受容体を介する、神経細胞機能の低下の結果による代償過程によって説明された[T.Hashimoto,N.Kitamura,Y.Kajimoto,Y.Shirai,O.Shirakawa,T.Mita,N.Nishino and C.Tanaka:Phycopharmacology,Vol.112,pp.S35,(1993)]。それ故、5-HT_(1A)受容体を通して仲介される神経細胞伝達の低下が、治療抵抗性精神分裂病患者において予測される。このように、クロザピンの臨床効力は、5-HT_(1A)受容体におけるその部分作動性効力に関係していると思われる[A.Newman-Tancredi,C.Chaput, L.Verriele and M.J.Millan:Neuropharmacology,Vol.35,pp.119,(1996)]。5-HT_(1A)受容体作動作用は、クロザピンの臨床効果に関係していると思われ、この仮説は、クロザピンが治療有効量で脳5-HT1A受容体と相互作用することを示した、霊長類における陽電子放射断層撮影法(PET)での研究によって支持されている[Y.H.Chou,C.Halldin and L.Farde:Int.J.Neuropsychopharmacol.,Vol.4(Suppl.3),pp.S130,(2000)]。更に、選択的5-HT_(1A)受容体作動薬として知られているタンドスピロンは、慢性精神分裂病患者において認知障害を改善した[T.Sumiyoshi,M.Matsui,I.Yamashita,S.Nohara,T.Uehara,M.Kurachi and H.Y.Meltzer:J.Clin.Pharmacol.、Vol.20,pp.386,(2000)]。もっとも、動物実験において、すべての報告が5-HT_(1A)受容体作動作用が認知障害に関連しているらしいことを必ずしも示唆してはいない。しかしながら、選択的5-HT_(1A)受容体作動薬として知られている8-OH-DPAT[8-ヒドロキシ-2-(ジ-n-プロピルアミノ)テトラリン]は、ムスカリン様受容体拮抗薬として知られているスコポラミンによって誘発される学習及び記憶障害を改善し、このことは5-HT_(1A)受容体作動作用と認知障害における改善が関連することを示唆している[M.Carli,P.Bonalumi,R.Samanin:Eur.J.Neurosci.,Vol.10,pp.221,(1998);A.Meneses and E.Hong:Neurobiol.Learn.Mem.,Vol.71,pp.207,(1999)]。」(段落【0023】)

(オ)「【0024】
非定型抗精神病薬、例えば、リスペリドン及びオランザピンはクロザピンの後に市販され、これらの薬物は、治療抵抗性精神分裂病あるいは治療抵抗性精神分裂病患者の認知障害を改善すると報告されている[M.F.Green、B.D.Marshall,Jr.,W.C.Wirshing,D.Ames,S.R.Marder,S.McGurck,R.S.Kern and J.Mintz:Am.J.Psychiatry,Vol.154、pp.799、(1997);G.Bondolifi,H.Dufour,M.Patris,J.P.May,U.Billeter,C.B.Eap and P.Baumann, on behalf of the risperidone Study Group:Am.J.Psychiatry,Vol.155,pp.499,(1998);A.Breier,S.H.Hamilton:Biol.Psychiatry,Vol.45,pp.403,(1999)]。
【0025】
クロザピンが、治療抵抗性精神分裂病に対して中等度に有効であったという報告とは対照的に、リスペリドン及びオランザピンは、治療抵抗性精神分裂病に対して、それらの効果において定型抗精神病薬より必ずしも一貫して優れているとは限らなかった。それ故、リスペリドン及びオランザピンは、ヒト5-HT_(1A)受容体に対して低い親和性で結合し[S.Miyamoto,G.E.Duncan,R.B.Mailman and J.A.Lieberman:Current Opinion in CPNS Investigational Drugs,Vol.2,pp.25,(2000)]、そしてそれらの薬物は、それだけでは臨床有効量においてヒト5-HT_(1A)受容体を通して活性を明らかに発揮することはできない。
【0026】
それ故に、現在、クロザピンが治療抵抗性精神分裂病に対して有効であると理解されている[D.W.Bradford,M.H.Chakos,B.B.Sheitman,J.A.Lieberman:Psychiatry Annals,Vol.28,pp.618,(1998);A.Inagaki:Jpn.J.Clin.Psychopharmacol.,Vol.3,pp.787,(2000)]。」(段落【0024】?【0026】)

(カ)「【発明が解決しようとする課題】
【0027】
上記で説明したように、5-HT_(1A)受容体作動作用は、治療抵抗性精神分裂病又は治療抵抗性精神分裂病に起因する認知障害を改善するのに重要である。クロザピンは、治療抵抗性精神分裂病に対して効果的であるが、しかしながら、その使用は、患者に定期的な血液検査を実施する必要がある顆粒球減少症を生じさせるという、重篤な副作用の故に限定される。このような状況下において、強力で、5-HT_(1A)受容体に完全に又は部分的に作動作用を有する安全な抗精神分裂病薬の開発が、真剣に望まれている。」(段落【0027】)

(キ)「【課題を解決するための手段】
【0028】
本発明のカルボスチリル化合物は、5-HT_(1A)受容体と高い親和性で結合し、強力な部分作動作用を表し、クロザピンと比較して高い固有の活性(約68%)を有している。それ故、本発明の化合物は、クロザピンの作動作用よりも強力な5-HT_(1A)受容体作動作用を有している。このように、本発明のカルボスチリル化合物は、その他の一般に入手できる薬物療法治療薬と比較して、治療抵抗性精神分裂病、治療抵抗性精神分裂病に起因する認知障害、難治性精神分裂病、難治性精神分裂病に起因する認知障害、慢性精神分裂病、慢性精神分裂病に起因する認知障害、その他を治癒するための、より強力で高い安全性を有する薬物となるものである。即ち、本発明の化合物は、クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン、アミスルプリド等のような、一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない、治療抵抗性精神分裂病、治療抵抗性精神分裂病に起因する認知障害、難治性精神分裂病、難治性精神分裂病に起因する認知障害、慢性精神分裂病、慢性精神分裂病に起因する認知障害等に対する、強力でより安全な薬物療法に用いられることを立証するものである。」(段落【0028】)

(ク)「【0040】
本発明のこれら医薬品製剤の投与量は、投与方法、患者の年齢、性別及びその他の因子、疾病の重症度及びその他の因子によって適切に選択される。しかしながら、一般的には、有効成分の化合物の一日当りの投与量は、好ましくは、体重1kg当り約0.0001乃至約50mgの範囲内である。有効成分の化合物は、約0.001から約1000mg、特に0.01から100mg、更に詳しくは0.1から50mg、より更に詳しくは1mgから20mgの量で各単位投与形態の中に含有されることが望ましい。」(段落【0040】)

(ケ)「 【実施例】
【0042】
薬理学的試験
1.材料と方法
1.1.試験化合物
7-{4-[4-(2,3-ジクロロフェニル)-1-ピペラジニル]ブトキシ}-3,4-ジヒドロカルボスチリル(アリピプラゾール)が、試験化合物として使用された。
【0043】
1.2.参照化合物
セロトニン(5-HT)及びWAY-100635(N-[2-[4-(2-メトキシフェニル)-1-ピペラジニル]エチル]-N-(2-ピリジニル)-シクロヘキサンカルボキサミド、5-HT_(1A)受容体拮抗薬、RBI(Natick,MA)製)が、参照化合物として使用された。
【0044】
1.3.溶剤
ジメチルスルホキシド(DMSO)(Sigma Chemicals Co.(St.Louis,MO)製)を溶剤として使用した。
【0045】
1.4.試験化合物及び参照化合物の調製
試験化合物を、100%ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解し、100μMの貯蔵溶液を得た(試験化合物を含有するすべての試験管中のDMSOの最終濃度は、1%、v/vであった)。すべてのその他の参照化合物は、DMSOでなく二回蒸留した水を用いて、同じ方法で調製された。
【0046】
1.5.[^(35)S]GTPγS結合アッセイの試験手順
試験化合物及び参照化合物を、10種類の異なった濃度(0.01、0.1、1、5、10、50、100、1000、10000、及び50000nM)で、3回、h5-HT_(1A)CHO細胞膜に対する基礎的[^(35)S]GTPγSの結合への効果を試験した。反応は、GDP(1μM)、[^(35)S]GTPγS(0.1nM)及びh5-HT_(1A)CHO細胞膜(10μgタンパク質/反応;NEN Life Science Products,Boston,MA;カタログ番号CRM035、ロット番号501-60024、GenBank No.X13556)を含有するバッファ(25mM TrisHCl、50mM NaCl,5mM MgCl_(2)、0.1mM EGTA、pH=7.4)792μlと混合した試験薬物/参照薬物、8μlを含有する5mlガラス試験管で行った。反応は、60分間、室温で進行させ、Brandelハーベスター及び4×3ml氷冷バッファ洗浄を使用して、WhatmanGF/B濾紙を通す急速濾過によって終了させた。濾紙に結合した^(35)S放射能を、液体シンチレーション計測(1272Clinigamma,LKB/Wallach)を使用して測定した。
【0047】
1.6.h5-HT_(1A)受容体における試験化合物(アリピプラゾール)の結合親和性を求めるための実験的手順
試験化合物を、10種類の異なった濃度(0.01、0.1、1、10、50、100、500、1000、5000及び10000nM)で3回、CHO細胞膜のh5-HT_(1A)受容体(15?20μgタンパク質;NEN Life Science Products,カタログ番号CRM035、ロット番号501-60024)に結合する[^(3)H]8-OH-DPAT(1nM;NEN Life Sciences;カタログ番号NET929、ロット番号3406035、比活性=124.9Ci/ミリモル)の置換を定量した。膜(396μl)を、[^(3)H]8-OH-DPAT(396μl)、試験化合物又は溶剤(8μl)及びバッファA(50mM Tris.HCl、10mM MgSO_(4)、0.5mM EDTA、0.1%(w/v) アスコルビン酸、pH=7.4)を含有する5mlガラス試験管中でインキュベートした。全てのアッセイは、60分間、室温で行われ、Brandelハーベスター及び4×1mlバッファBで氷冷洗浄を使用して、WhatmanGF/B濾紙(バッファBで前もって浸漬;50mM Tris.HCl)を通す急速濾過によって終了させた。非特異的結合は、10μM(+)8-OH-DPATの存在下で求めた。
【0048】
1.7.定量されたパラメーター
セロトニン(5-HT)は、組換えCHO細胞膜で、h5-HT_(1A)受容体に結合する基礎的[^(35)S]GTPγSの増加を促進する、完全5-HT_(1A)受容体作動体である。試験化合物を10種類の濃度で試験して、それらの基礎的[^(35)S]GTPγSの結合への効果を10μM5-HTによって得られた効果と比較して定量した。相対活性(EC_(50)、95%信頼区間)及び固有作動作用(10μM5-HTに対するE_(max)の%)を、完全濃度-効果データのコンピュータ化した非線形回帰分析によって、各化合物につき計算した。h5-HT_(1A)受容体における試験化合物の結合親和性は、この受容体を発現するCHO細胞膜に結合する[^(3)H]8-OH-DPATを妨げる能力によって定量した。競合結合データの非線形回帰分析を使用して、[^(3)H]8-OH-DPATによって特異的に結合されたh5-HT_(1A)部位の半分を占拠する試験化合物の濃度である、阻害定数(IC_(50)、95%信頼区間)を計算した。試験化合物に対するh5-HT_(1A)受容体の親和性(Ki、95%信頼区間)は、式、Ki=(IC_(50))/(1+([[^(3)H]8-OH-DPAT]/Kd)、ここでh5-HT_(1A)における[^(3)H]8-OH-DPATのKd=0.69nM(NEN Life Sciences)、によって計算した。h5-HT_(1A)受容体における薬物結合親和性、力価及び固有の効果の全ての推定値は、Windows(登録商標)用のGraphPad Prism ver.3.00(GrapPad Software,San Diego,CA)を使用して計算した。
【0049】
2.結果
試験化合物及び5-HTは、基礎的[^(35)S]GTPγS結合以上に濃度依存的に増加をもたらした。1%DMSOのみでの試験では、基礎的又は薬物誘発[^(35)S]GTPγS結合には効果がなかった。
【0050】
試験化合物(EC_(50)=2.12nM)及び5-HT(EC_(50)=3.67nM)は、基礎的[^(35)S]GTPγS結合を強く促進した。推定された力価及び固有の作動薬効能は、各例において、相関係数(r^(2))>0.98を有する非線形回帰分析によって導かれた(表1)。試験化合物は、65?70%の範囲で部分作動薬効能を発揮した。WAY-100635は、試験した全ての濃度で、基礎的[^(35)S]GTPγS結合における有意な変化を生じなかった(非対スチューデントt-検定)(表1)。しかし、WAY-100635は、CHO細胞膜のh5-HT_(1A)への[^(35)S]GTPγS結合に際して5-HT及び試験化合物の効果を完全に阻害した(表2)。表1及び2を以下に示す。
【0051】
試験化合物は、CHO細胞膜のh5-HT_(1A)に対する高い親和性結合を立証した(IC_(50)=4.03nM、95%信頼区間=2.67?6.08nM;Ki=1.65nM、95%信頼区間=1.09?2.48nM)。」(段落【0042】?【0051】)

(コ)「【0052】【表1】



(サ)「【0053】【表2】

(当審合議体による注:表2中の「WAY-100635」は、選択的5-HT_(1A)受容体アンタゴニストである。要すれば(甲20の2b)を参照。)」

(2-2)発明の詳細な説明に記載されている事項に対する検討

以上の記載からみて、発明の詳細な説明には、アリピプラゾールが5-HT_(1A)受容体に対する高い親和性結合を有し、65?70%の範囲で部分作動薬効能を発揮することを示すin vitroの実験結果(実施例、摘記(ケ)?(サ))、及び本件特許発明化合物の治療有効量の好ましい範囲(摘記(ク))が記載されている。
そして、本件特許の原出願日後である「2002年4月」に発行された刊行物である乙16の「表1 アリピピラゾール及び対照薬剤のh5-HT_(1A)受容体発現CHO細胞膜を用いた[^(35)S]GTPγS-結合アッセイにおける機能的パラメータの概算」にも、アリピプラゾールが5-HT_(1A)受容体に対する高い親和性結合を有し、68.1%の相対固有活性を示す実験結果が記載されている。
しかしながら、まず第一に、発明の詳細な説明には、アリピプラゾールなどの本件特許発明化合物の治療有効量を含む医薬組成物を実際に患者に投与して、治療抵抗性統合失調症を有効に治療できたことを示す臨床試験結果は記載されていないのであるから、当業者は、上記医薬組成物を患者に投与することによって、治療抵抗性統合失調症を有効に治療できることを、臨床試験結果から直接認識することはできない。
ただ、このように臨床試験結果が示されていない場合であっても、発明の詳細な説明の記載及び本件特許の原出願日当時の技術常識を参酌して、アリピプラゾールが5-HT_(1A)受容体に対する高い親和性結合を有し、65?70%の範囲で部分作動薬効能を発揮することを根拠として、アリピプラゾールの治療有効量を含む医薬組成物を患者に投与することによって、治療抵抗性統合失調症を有効に治療できることを当業者が認識できると認められる場合は、発明の詳細な説明は、アリピプラノールなどの本件特許発明化合物の治療有効量を含む医薬組成物を患者に投与することによって、治療抵抗性統合失調症を有効に治療できることを、当業者が認識できるに足るものであるといえる。
そこで、以下に検討する。
なお、現在では「精神分裂病」を「統合失調症」と呼ぶのが一般的であるため、以下では「精神分裂病」を「統合失調症」と読み替えて表記することがある。
また、「本件特許の原出願日当時の当業者」及び「本件特許の原出願日当時の技術常識」を、ぞれぞれ「当業者」及び「技術常識」と略して記載することもある。

(3)本件特許の原出願日当時の技術常識についての検討

発明の詳細な説明には、5-HT_(1A)受容体作動作用は治療抵抗性統合失調症または治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害を改善するのに重要であること(摘記(カ))、そして、アリピプラゾールが5-HT_(1A)受容体と高い親和性で結合し、強力な部分作動作用を表し、クロザピンと比較して高い固有の活性を有しているので、アリピプラゾールが治療抵抗性統合失調症の治療に対する強力でより安全な薬物療法に有効に適用できること、が記載されている(摘記(キ))。
そこで、以下では「(3-1)アリピプラゾールの作用機序」、「(3-2)抗精神病薬の治療効力」、「(3-3)クロザピンが治療抵抗性統合失調症の治療に有効な抗精神病薬であること」、「(3-4)治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力における5-HT_(1A)受容体作動作用について、発明の詳細な説明に記載されている事項及び引用されている甲20の1ないし甲20の7に記載されている事項」、「(3-5)治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力における5-HT_(1A)受容体作動作用について、他の号証に記載されている事項」について順次検討し、発明の詳細な説明の記載及び本件特許の原出願日当時の技術常識からみて、アリピプラゾールの治療有効量を含む医薬組成物を患者に投与することによって、治療抵抗性統合失調症を有効に治療できることを、当業者が認識できるといえるか否かを判断する。

(3-1)アリピプラゾールの作用機序

発明の詳細な説明には、アリピプラゾールは、ドーパミンD_(2)受容体に強い親和性で結合し、ドーパミンD_(3)受容体及び5-HT_(7)受容体に中等度の親和性で結合すること、更に、シナプス前ドーパミン自己受容体作動活性、シナプス後D_(2)受容体拮抗活性、及びD_(2)受容体部分作動活性を有すると報告されていたが、5-HT_(1A)受容体サブタイプにおける作動活性を有することは報告されていなかったことが記載されている(摘記(ア))。
また、甲5には、アリピプラゾールが、線条体ドパミンD_(2)様受容体に対して高い親和性を有する新規抗精神病薬の候補化合物であること(甲5b)、甲9には、アリピプラゾール(aripiprazole(OPC14597))が、ドーパミン自己受容体作動作用に加えD_(2)受容体遮断作用を併せもつこと(甲9f)、甲22には、アリピプラゾール(OPC-14597)の薬理機構は「D2,D3拮抗薬;D2部分的拮抗薬」であること(甲22f)が、それぞれ記載されている。

これらの記載からみて、当業者は、アリピプラゾールが、ドーパミンD_(2)受容体に強い親和性で結合しD_(2)受容体部分的拮抗薬であること、ドーパミンD_(3)受容体及び5-HT_(7)受容体に中等度の親和性で結合し、D_(3)拮抗薬であることを、技術常識として認識していたといえる。

(3-2)抗精神病薬による治療効力

発明の詳細な説明には、統合失調症は、脳内ドーパミン作動系における過剰活動に起因すると理解され、強力なドーパミン受容体遮断作用を有する「定型抗精神病薬」が開発され、これら定型抗精神病薬は、幻覚、妄想等の統合失調症の陽性症状の治療に効果的であること、そして、過去10年間に開発された、クロザピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピンを含む種々の非定型抗精神病薬は、錐体外路性副作用が少なく、ドーパミン受容体遮断作用に加えて他の活性を有していること、また、クロルプロマジン、ハロペリドール等のような定型抗精神病薬とは対照的に、非定型抗精神病薬は、統合失調症に関連した陰性症状及び認知障害に対して定型抗精神病薬よりも効果的であり、そして非定型抗精神病薬はまた、錐体外路性副作用がより少ないことが報告されていることが、記載されている(摘記(イ))。
そして、このような「定型抗精神病薬」と「非定型抗精神病薬」の作用については、例えば甲3、甲4、甲6、甲22、乙1、乙2、乙4?乙6、乙29?34にも記載されている。
ここで、甲6の表3、甲9の表2(甲9e)及び甲22の表3(甲22f)には、1つの抗精神病薬が複数の受容体サブタイプに作用することが記載されている。
そして、甲3には、抗精神病薬によって影響を受ける神経伝達物質系には、コリン作動系、アドレナリン作動系、セロトニン作動系、およびドパミン作動性タイプが含まれているが、これらの神経伝達物質のうちのほとんどにおいて複数の受容体サブタイプが同定されており、受容体サブタイプと認知機能の関係はよくわかっていないこと(甲3c)、最適な認知機能において最も肝心なのは、ある一つのシステムの機能というよりも、複数のシステム間のバランスであるので、薬が持つ認知機能への効果が、受容体結合の研究結果のみから推測可能であるとは考えにくく、in vivoにおいて経験的に決定されるべきであること(甲3d)、「クロザピンは、様々な神経受容体に高い親和性をもつ。M_(4)サブタイプムスカリン受容体を除き(この受容体には作動薬としてはたらく)、クロザピンは受容体機能と拮抗する。クロザピンの認知機能増強効果は、D_(1)への弱い親和性での拮抗作用、5HT_(3)への中程度の親和性での拮抗作用、M_(4)神経受容体への強い親和性での作動作用によって、説明できるかもしれない。クロザピンは5HT_(2A/2C)拮抗剤である。動物実験は、一般的に、これらの受容体への拮抗作用は認知機能を損なうと予想されるかもしれないことを示しているが、いくつかの研究では学習、記憶能力の改善が見られた。よって、5HT_(2A/2C)への作用はまだ可能性があるものの、クロザピンがもつ認知機能改善効果の説明としてはあまり期待できない」こと(甲3d)、「統合失調症患者の日々の機能において神経認知障害が果たす中心的役割に関する最近の焦点は、これらの症状のためのより良い治療法を見つけることが重要であると強調する(Buchanan et al.,1994; Green,1996)。非定型抗精神病薬は、明確な利点を有すると思われるが、未解明の認知障害が依然として残っていることは明らかである。NMDA受容体作動薬、低用量の選択的D_(1)受容体拮抗薬、ムスカリン作動薬、およびアドレナリン作動薬など有望だが未踏の研究の道が数多くある。しかし、これらの治療開発のプロセスは、まだ初期段階であり、行くには長い道のりがある」こと(甲3d)が、記載されている。
また、甲4には「しかし、実験データのこの魅力的な内容にもかかわらず、(うまく改善された)統合失調症治療への本物の妥当性を確立するために、5-HT_(1A)の受容体と相互作用する抗精神病薬の臨床研究が必要とされる。」(甲4b)及び「臨床上の利益最適化のために必要な、5-HT_(1A)受容体における有効性及び有用性の正確な程度を定義するために、さらなる研究が必要である。5-HT_(1A)の受容体と相互作用する抗精神病薬は、すべての統合失調症患者の問題のない治療のための万能薬を提供する可能性は低い、そして、精神病性障害の管理におけるこの作用機序の利用可能性を、より正確に特徴付けるために、うまく設計され、徹底した、想像力に富んだ臨床試験が必要である。」(甲4f)と記載されている。
さらに、甲9には「これら全ての治験に参加した筆者の経験でも、同じSDA系抗精神病薬であっても個々の薬物の臨床特性は皆異なっており、患者の示す個々の病態にどのSDA系薬物を選択するかを見極めることは今後の重要な検討課題となると思われる。」(甲9d)と記載され、甲22には「したがって、私たちはクロザピン(効果と使用が自身の副作用で制限される)により設定された新しい治療標準、および、クロザピンのようだが無顆粒球症(その他、クロザピンのもつ厄介な副作用)を起こさないことを切望される多くの化合物、をもつ。これらの化合物は、現時点で入手可能で、半分または部分的な非定型抗精神病薬のようであるリスペリドンから、もうすぐ入手可能であるオランザピン、セルチンドール、クエチアピンおよび、開発の初期段階である他の化合物、までの範囲にある(表3)。これらの化合物の完全な臨床プロファイルおよびそれらの適応症は、慎重かつ制御された実験や大規模な臨床観察によって決定されずに残っている。」(甲22e)と、記載されている。

これらの記載からみて、当業者は、抗精神病薬による治療効力は、ある一つのシステムの機能というよりも複数の受容体サブタイプに対する作用とのバランスにより生じるものであるので、個々の受容体に対する結合の研究結果のみから、in vivoの実験で示される作用や、臨床試験で示される治療効力を推測することは困難であることを、技術常識として認識していたといえる。

(3-3)クロザピンが「治療抵抗性統合失調症の治療」に有効な抗精神病薬であること

発明の詳細な説明には、治療抵抗性及び難治性統合失調症患者に相当する患者の症状は、陽性症状のみならず、陰性症状及び情緒障害、並びに認知障害(即ち、認知機能不全又は認知障害)を含んでいることが記載され(摘記(イ))、また、標準的な抗精神病療法に適切に応答しない重症統合失調症患者の治療及び管理用として、FDAによって1990年に許可されたクロザピン(クロザリルの名称で市販されている)について、以下のように記載されている(摘記(ウ)及び(オ))。

「クロザピンは、治療抵抗性精神分裂病患者における認知障害に対して有効であることが報告された[C.Hagger,P.Buckley,J.T.Kenny,L.Friedman,D.Ubogy and H.Y.Meltzer:Biol.Psychiatry,Vol.34,pp.702,(1993)(当審合議体による注:乙12に該当する。);M.A.Lee,P.A.Thompson and H.Y.Meltzer:J.Clin.Psychiatry,Vol.55(Suppl.B),pp.82,(1994)(当審合議体による注:乙14に該当する。);D.E.M.Fujii,I.Ahmed,M.Jokumsen andJ.M.Compton:J.Neuropsychiatry Clin. Neurosci.,Vol.9,pp.240,(1997)(当審合議体による注:乙13に該当する。)]。例えば、クロザピンは、治療抵抗性統合失調症患者における、注意力、応答時間、流暢な会話等の認知障害を改善することが報告されている[M.A.Lee,P.A.Thompson and H.Y.Meltzer:J.Clin.Psychiatry,Vol.55(Suppl.B),pp.82,(1994)(当審合議体による注:乙14に該当する。)]。又、クロザピンは、ウェクスラー成人知能検査-改定フルスケールの客観的評価尺度において、認知障害の効果的な改善をもたらすことが報告されている[D.E.M.Fujii,I.Ahmed,M.Jokumsen and J.M.Compton:J.Neuropsychiatry Clin.Neurosci.,Vol.9,pp.240,(1997)(当審合議体による注:乙13に該当する。)]。」(以上、摘記(ウ))
「クロザピンが、治療抵抗性精神分裂病に対して中等度に有効であったという報告とは対照的に、リスペリドン及びオランザピンは、治療抵抗性精神分裂病に対して、それらの効果において定型抗精神病薬より必ずしも一貫して優れているとは限らなかった。・・・それ故に、現在、クロザピンが治療抵抗性精神分裂病に対して有効であると理解されている」(以上、摘記(オ))

これらの記載からみて、発明の詳細な説明には、クロザピンが治療抵抗性統合失調症に対して有効な治療効力を有することが記載されている。
また、摘記(ウ)で引用された乙12ないし乙14には、クロザピンが治療抵抗性統合失調症の治療に有効に作用する抗精神病薬であることを裏付ける臨床試験結果がそれぞれ記載されている。
さらに、乙15には「クロザピンが治療抵抗性患者に有効であることは十分に確立されている(表7)。治療抵抗性患者のうちの約60%が古典的な神経遮断薬よりもクロザピンに良い反応を示す。」(乙15c)と記載され、乙17には「Clozapineが現時点では治療抵抗性分裂病に対する有効性が最も確実に証明されている基本的な抗精神病薬である」(乙17d)と記載され、乙19には「厳密に定義した治療抵抗性患者集団のうち、オランザピンの適格性試験に反応しなかった患者の41%(11/27)が、次のクロザピンに反応した。この反応率は他の公表されたクロザピンの反応率に類似し(Kane 1988, Pickar 1992, Buchanan 1998)、我々が以前同じ治療設定で観察した反応率と類似していた(Conley,1997b)。これらのデータは、オランザピンに反応しなかった後でさえ、クロザピン治療の有用性及び必要性があることを示す。」(乙19b)と記載され、乙20の表3には難治性統合失調症患者又は統合失調性障害患者の治療において、クロザピンはリスペリドンよりも優れた効力を示したこと(乙20b)が記載され、さらに、甲9には「現時点においても、clozapineが治療抵抗性分裂病に対して他の抗精神病薬より優れていることが証明された唯一の抗精神病薬であるという事実には変わりがない。」(甲9d)と記載されている。
このように、当業者は、クロザピンが治療抵抗性統合失調症の治療に有効であることは臨床試験によって裏付けられた技術常識であると認識していたといえる。

(3-4)治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力における5-HT_(1A)受容体作動作用について、発明の詳細な説明に記載されている事項及び引用されている甲20の1ないし甲20の7に記載されている事項

(3-4-a)発明の詳細な説明には、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力における、5-HT_(1A)受容体作動作用について、以下のように記載されている(摘記(エ))。

「5-HT_(1A)受容体は、治療抵抗性精神分裂病及び認知障害に対するクロザピンの治療効力における役割を演じていることが報告されている。この関係は、ヒト5-HT_(1A)受容体を用いた結合実験によって明らかにされた[S.L.Mason and G.P.Reynolds:Eur.J.Pharmacol.,Vol.221,pp.397,(1992)(当審合議体による注:甲20の1に該当する。)]。更に、分子薬理学の進歩により、5-HT_(1A)受容体作動作用或いは5-HT_(1A)受容体部分作動作用は、治療抵抗性精神分裂病及び認知障害において重要な役割を演じていることが明らかにされている[A.Newman-Tancredi,C.Chaput, L.Verriele and M.J.Millan:Neuropharmacology,Vol.35,pp.119,(1996)(当審合議体による注:甲20の2に該当する。)]。更に加えて、5-HT_(1A)受容体の数が、治療抵抗性と分類された慢性精神病患者の前頭葉前部皮質で増加していることが報告されている。この観察は、慢性精神病の重症症状の発現が、機能低下した5-HT_(1A)受容体を介する、神経細胞機能の低下の結果による代償過程によって説明された[T.Hashimoto,N.Kitamura,Y.Kajimoto,Y.Shirai,O.Shirakawa,T.Mita,N.Nishino and C.Tanaka:Phycopharmacology,Vol.112,pp.S35,(1993)(当審合議体による注:甲20の3に該当する。)]。それ故、5-HT_(1A)受容体を通して仲介される神経細胞伝達の低下が、治療抵抗性精神分裂病患者において予測される。このように、クロザピンの臨床効力は、5-HT_(1A)受容体におけるその部分作動性効力に関係していると思われる[A.Newman-Tancredi,C.Chaput,L.Verriele and M.J.Millan:Neuropharmacology,Vol.35,pp.119,(1996)(当審合議体による注:甲20の2に該当する。)]。5-HT_(1A)受容体作動作用は、クロザピンの臨床効果に関係していると思われ、この仮説は、クロザピンが治療有効量で脳5-HT_(1A)受容体と相互作用することを示した、霊長類における陽電子放射断層撮影法(PET)での研究によって支持されている[Y.H.Chou,C.Halldin and L.Farde:Int.J.Neuropsychopharmacol.,Vol.4(Suppl.3),pp.S130,(2000)(当審合議体による注:甲20の4に該当する。)]。更に、選択的5-HT_(1A)受容体作動薬として知られているタンドスピロンは、慢性精神分裂病患者において認知障害を改善した[T.Sumiyoshi,M.Matsui,I.Yamashita,S.Nohara,T.Uehara,M.Kurachi and H.Y.Meltzer:J.Clin.Pharmacol.、Vol.20,pp.386,(2000)(当審合議体による注:甲20の5に該当する。)]。もっとも、動物実験において、すべての報告が5-HT_(1A)受容体作動作用が認知障害に関連しているらしいことを必ずしも示唆してはいない。しかしながら、選択的5-HT_(1A)受容体作動薬として知られている8-OH-DPAT[8-ヒドロキシ-2-(ジ-n-プロピルアミノ)テトラリン]は、ムスカリン様受容体拮抗薬として知られているスコポラミンによって誘発される学習及び記憶障害を改善し、このことは5-HT_(1A)受容体作動作用と認知障害における改善が関連することを示唆している[M.Carli,P.Bonalumi,R.Samanin:Eur.J.Neurosci.,Vol.10,pp.221,(1998)(当審合議体による注:甲20の6に該当する。);A.Meneses and E.Hong:Neurobiol.Learn.Mem.,Vol.71,pp.207,(1999)(当審合議体による注:甲20の7に該当する。)]。」
これらの記載からみて、当業者は、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力において、5-HT_(1A)受容体作動作用が重要な役割を演じている可能性が「示唆されている」ことを理解できるといえる。
しかし、発明の詳細な説明には「もっとも、動物実験において、すべての報告が5-HT_(1A)受容体作動作用が認知障害に関連しているらしいことを必ずしも示唆してはいない。」という記載もあるので、発明の詳細な説明に接した当業者が、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力は5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、動物実験や臨床試験によって裏付けられていると認識できるとは言い難い。

そこで、摘記(エ)で引用された甲20の1ないし甲20の7に記載された事項について、さらに検討する。

(3-4-b1)甲20の1について

甲20の1には、クロザピンがヒト脳の海馬組織における5-HT_(1A)受容体に対して他の抗精神病薬よりも高い親和性(pKi値)を有することが示され、5-HT_(1A)受容体に対する高い親和性がクロザピンのユニークな作用のメカニズムに寄与している可能性が示唆されている(甲20の1b、甲20の1d、甲20の1e、甲20の1f)。
特に「複数の受容体へのクロザピン特有の活性の重要性が除外できない一方で、他の治療には応答しない患者の統合失調症の症状を緩和するというこの薬のユニークな活性に対して5-HT_(1A)受容体を介するグルタミン酸作動性システムへの選択的活性が寄与していることが考えられる」(甲20の1f)との記載からみて、甲20の1にはクロザピンによる治療抵抗性統合失調症の治療効力において5-HT_(1A)受容体作動作用が寄与している可能性が示唆されているといえる。
しかし、「クロザピンは他のいくつかの神経伝達物質受容体に対する親和性を示しこれらの受容体のうち1つ以上の相互作用は、その臨床効果の『非定型の』面のうちのいくつかと関連する」(甲20の1c)、「複数の受容体へのクロザピン特有の活性の重要性が除外できない一方で、」(甲20の1f)との記載からみて、甲20の1は、クロザピンによる非定型抗精神病薬としての作用機序においては、クロザピンが親和性を有する複数の受容体に対する作用のうち1つ以上の相互作用が重要であることを前提として記載されたものであると解すべきである。
そうすると、甲20の1は、クロザピンによる治療抵抗性統合失調症の治療効力における5-HT_(1A)受容体作動作用は、あくまでも他の複数の受容体に対する作用との相互作用の一部として寄与している可能性を示唆するものにすぎないのであるから、甲20の1において、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力は5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。

(3-4-b2)甲20の2について

甲20の2は、チャイニーズハムスター卵巣細胞に発現させたヒト5-HT_(1A)受容体において、ハロペリドールは弱い親和性(K_(i)s)を示すが作動活性([^(35)S]GTPyS基礎結合力)を示さなかったのに対し、クロザピンは中程度の親和性を示し、かつセロトニン(5-HT)の49%の作動活性を示したこと(甲20の2b?甲20の2d)、錐体外路の副作用を伴わずに難治性患者を管理し、統合失調症の陰性症状を治療するにあたり、クロザピンの臨床の有効性には5-HT_(1A)受容体への部分的受容体活性化作用が重要な役割を果たしているのかもしれない(may play an important role)こと(甲20の2e)が記載されている。
しかし、「ドーパミン作動性の受容体に加えて、統合失調症の病因学においてはアドレナリン作動性およびセロトニン作動性の受容体が重要である。非定型抗精神病薬、クロザピンのセロトニン(5-HT)5-HT_(2A)と5-HT_(2c)受容体への拮抗作用 (Canton et al.,1994)は、古典的な神経弛緩薬、ハロペリドールに比べて特徴的である臨床プロフィールに寄与しているかもしれない。さらに、5-HT_(1A)受容体におけるクロザピンの相互作用は潜在的な重要性をもっている。」(甲20の2c)、「クロザピンはα_(1)アドレナリン受容体に高い親和性(Ki=6nM, Lejeune et al.,1994)で、拮抗作用を有するが、高度に受容体が備えられている縫線核の5-HT_(1A)自己受容体においては、完全な作動薬としてはたらく可能性があり、縫線に局在したセロトニン作動性ニューロンの活性調整もまた重要である。」(甲20の2d)との記載からみて、甲20の2では、クロザピンの特徴的な臨床プロフィールには、5-HT_(1A)受容体への部分的受容体活性化作用だけでなく、クロザピンのセロトニン(5-HT)5-HT_(2A)と5-HT_(2c)受容体への拮抗作用や、α_(1)アドレナリン受容体に高い親和性で拮抗作用を有することが寄与している可能性も示唆されているといえる。
そうすると、甲20の2では、クロザピンによる治療抵抗性統合失調症の治療効力において5-HT_(1A)受容体作動作用が重要な役割を果している可能性が示唆されている一方で、上記治療効力は、5-HT_(1A)受容体作動作用だけではなく、他の複数の受容体に対する作用との相互作用によって生じる可能性も示唆されているのであるから、甲20の2において、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力は5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。

(3-4-b3)甲20の3について

甲20の3には、慢性統合失調症患者とコントロール群の死後脳におけるセロトニン5-HT_(1A)と5-HT_(2)受容体について調査したところ、統合失調症患者の前頭前皮質において、コントロール群と比較して、5-HT_(2)受容体結合が減少していたが、5-HT_(1A)受容体の結合は増加したこと、5-HT受容体サブタイプの異常が、慢性統合失調症患者の脳に存在するようであり、5-HT関連薬剤は統合失調症の治療に有益かもしれないこと(甲20の3b)、統合失調症の症状における5-HT_(1A)作動薬と5-HT_(2)拮抗薬の考えられうる効果は、統合失調症において、5-HT_(1A)を介する神経伝達の減少、および5-HT_(2)を介する神経伝達の増加があるのかもしれないことを示唆すること、統合失調症の症状を有する患者の治療のために、5-HT_(2)受容体拮抗薬は、5-HT_(1A)受容体作動薬とともに使われる時には有益かもしれないこと(甲20の3f)が記載されており、5-HT_(2)受容体拮抗薬と5-HT_(1A)受容体作動薬との併用による有益性が示唆されている。
しかし、クロザピンについては「5-HT_(2)、D_(1)、およびD_(2)受容体阻害能を有するクロザピンは、薬物耐性統合失調症患者に効力を持つことが知られている。」(甲20の3f)と記載されているように、甲20の3では、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力における、クロザピンが有する5-HT_(1A)受容体作動作用の役割については言及されていない。
そうすると、甲20の3において、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力は5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。

(3-4-b4)甲20の4について

甲20の4には、in vivoにおけるクロザピンの静脈内注入後のカニクイザル脳の5-HT_(1A)受容体占有を決定することにより、 霊長類の脳でクロザピンが5-HT_(1A)受容体を占有する結果が示されたこと、臨床的投与範囲での5-HT_(1A)受容体占有率は、クロザピン治療患者において以前に報告されたD_(2)ドーパミン受容体占有率と同じオーダーであったこと、これらの結果は、5-HT_(1A)受容体がクロザピンの非定型薬活性の潜在的なターゲットになっているということを支持するものであることが記載されている。
しかし、甲20の4では、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力における、クロザピンが有する5-HT_(1A)受容体作動作用の役割については言及されておらず、また、5-HT_(1A)受容体がクロザピンの非定型薬活性の潜在的なターゲットになっていることと、クロザピンによる治療抵抗性統合失調症に対する治療効力が5-HT_(1A)受容体作動作用によるものであることが同義であるとは言い難い。
そうすると、甲20の4において、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力は5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。

(3-4-b5)甲20の5について

甲20の5には、 セロトニン-1Aアゴニストであるタンドスピロンを、ハロペリドールとビペリドンに併用して患者に投与した結果から、抗精神病薬での治療における5-HT_(1A)アゴニストの併用は、統合失調症に関連する記憶機能障害の一部を改善するのに有効であることを示唆していること(甲20の5b及び5c)が記載されている。
しかし、甲20の5には、統合失調症に対するタンドスピロン単独の治療効力についての記載はないし、ましてや、治療抵抗性統合失調症に対するタンドスピロンの治療効力については何ら記載されているとはいえない。
そうすると、クロザピンが5-HT_(1A)受容体作動作用を有することが他の号証に記載されていることを考慮しても、甲20の5において、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力は5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。

(3-4-b6)甲20の6について

甲20の6には、 ラットにおける海馬内スコポラミン投与による空間学習の損傷に対する背側縫線核5-HT_(1A)受容体の刺激による影響を調査した結果により、5-HT_(1A)受容体において、これらの受容体での部分アゴニストのようにシナプス前を刺激し、シナプス後の遮断作用を有する薬剤は、海馬へのコリン作動性神経支配の喪失に関連した人間の記憶障害症状の治療において有用であり得ることが示唆されたこと(甲20の6a、甲20の6b)が記載されている。
しかし、甲20の6には、治療抵抗性統合失調症の症状が、海馬内スコポラミン投与による空間学習の損傷と同様の機構によって生じることが記載されているわけではないから、治療抵抗性統合失調症の治療効力が5-HT_(1A)受容体作動作用によるものであることまで記載されているとはいえない。
そうすると、クロザピンが5-HT_(1A)受容体作動作用を有することが他の号証に記載されていることを考慮しても、甲20の6において、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力は5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。

(3-4-b7)甲20の7について

甲20の7には、認知障害ラットにおける学習の定着についての実験により、 5-HT_(1A)を含む多様な5-HT受容体が、学習及び記憶プロセス中にコリン作動性およびグルタミン酸作動性神経伝達システムと相互作用することができることが示されたこと(甲20の7f)が記載されている。
しかし、甲20の7には、上記認知障害ラットが、治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害モデルであることが記載されているわけではないから、治療抵抗性統合失調症の治療効力が5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことまで記載されているとはいえない。
そうすると、クロザピンが5-HT_(1A)受容体作動作用を有することが他の号証に記載されていることを考慮しても、甲20の7において、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力は5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。

(3-4-c)まとめ

以上のように、クロザピンが5-HT_(1A)受容体作動作用を有すること、そして、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンによる治療効力において5-HT_(1A)受容体作動作用が寄与している可能性が示唆されていることを、当業者は認識していたといえる。
しかし、上記(3-4-a)で検討したように、発明の詳細な説明には「もっとも、動物実験において、すべての報告が5-HT_(1A)受容体作動作用が認知障害に関連しているらしいことを必ずしも示唆してはいない。」(摘記(エ))との記載があり、また、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンによる治療効力において5-HT_(1A)受容体作動作用が寄与している可能性が示唆されていることについて引用された甲20の1ないし甲20の7には、上記(3-4-b1)?(3-4-b7)で検討したように、クロザピンによる治療抵抗性統合失調症の治療効力において5-HT_(1A)受容体作動作用が重要な役割を果している可能性が示唆されているものの、上記治療効力は、5-HT_(1A)受容体作動作用だけではなく、他の複数の受容体に対する作用との相互作用によって生じる可能性も示唆されており、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力は5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。
さらに、上記「(3-2)」で検討したように、抗精神病薬による治療作用は、ある一つのシステムの機能というよりも複数の受容体サブタイプに対する作用とのバランスにより生じるものであること、そして、個々の受容体に対する結合の研究結果のみからin vivoにおける作用を推測することは困難であることを、当業者は技術常識として認識していたことを考慮すると、なおのこと、甲20の1ないし甲20の7の記載を参酌しても、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力が5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。

(3-5)治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力における5-HT_(1A)受容体作動作用について、他の号証に記載されている事項

(3-5-1)クロザピンによる5-HT_(1A)受容体作動活性を主軸とした前頭前皮質でのドパミン遊離亢進作用について

被請求人は、「アリピプラゾールとクロザピンは、いずれも5-HT_(1A)受容体作動活性を主軸とした前頭前皮質でのドパミン遊離亢進作用発揮という薬理作用の点において共通しており、本件明細書におけるアリピプラゾールの強力な5-HT_(1A)受容体作動活性が開示されていることによって当業者はアリピプラゾールの当該作動活性作用を通じて治療抵抗性統合失調症の認知障害や陰性症状に治療効果をもたらすことを容易に認識及び把握することができる。」と反論している(上記「2.(2)の(2-1)」)。
そこで、上記反論について、以下に検討する。

乙10に「さらに、5-HT_(1A)アゴニストは、げっ歯類の前頭前皮質でのドパミン放出を一貫して増加する。この作用が陰性症状を改善すると予測されている効果である。」と記載され、乙11に「5-HT_(1A)受容体アゴニストは前頭皮質においてDAの放出を刺激することができ、DA放出におけるD_(2)受容体ブロッカーの効果を増強することもできる(Ichikawa及びMeltzer,1999)」と記載され、さらに乙28に「Rollemaら(1997)の研究によりクロザピンがラットの前頭前皮質でのドパミン放出を増加させることが示された。高い選択性を有する5-HT_(1A)アンタゴニストによる前処理より、この効果の1/2は5-HT_(1A)受容体活性化により仲介されることが示唆された。」(乙28e)と記載されていることを参酌すると、当業者は、クロザピンが有する5-HT_(1A)受容体作動活性作用によって前頭前皮質でのドパミン遊離亢進が生じる可能性があることを認識できたといえる。
さらに、乙4に「前頭前皮質でのクロザピンによるドパミン放出増加能やある種のドパミン受容体に対する比較的弱い親和性から、クロザピンが前頭前皮質でのドパミン作動性機能を部分的に増加させることにより、その治療的影響をもたらすことが示された。」と記載され、乙5に「結論として、今回我々が得たデータから、定型及び非定型の急性投与による終脳中心のドーパミンシステムの異なる活性化が示唆された。この差異は特にmPFCにおいて顕著であり、mPFCにおいてクロザピンは、試験した用量において、細胞外ドーパミンレベルの増強に対しスルピリドやハロペリドールよりもより広範な効果を示した。」(乙5b)と記載され、乙6に「複数の証拠により、クロザピンが、定型抗精神病薬とは異なり、ドパミンシステムとの相互作用を介してそのユニークな抗精神病作用を奏することが示唆された。・・・さらに、生化学試験の結果、定型及び非定型抗精神病薬の急性投与により終脳中心のドパミンシステムの異なる活性化が生まれることが示された。この違いは特に内側前頭前皮質(mPFC)において顕著であり、mPFCにおいてクロザピンは皮質下領域よりも細胞外ドパミンレベル増加において大きく効果をもたらした。」と記載され、乙7に「対照的にクロザピンの優れた臨床効果は、クロザピンが持つ前頭前皮質(PFC)での選択的ドパミン放出増加能と関与している可能性がある(Hertelら1996;Kurokiら1999;Millanら1998; Moghaddam及びBunney 1990; Volonteら1997; Youngrenら1999)」(乙7a)、「最近、クロザピンの5-HT_(1A)受容体作動作用がその臨床的特有性に重要不可欠である可能性が、広範な証拠により報告された(Ashby及びWang 1996;Ichikawa及びMeltzer 1999;Ichikawaら2001; Millanら 2000;Newman-Tancrediら1996; Rollemaら1997)。」(乙7b)、「統合失調症はPFCにおけるドパミン作動性機能障害とまさに関係している可能性がある(Okuboら1997)。クロザピンの5-HT_(1A)受容体刺激によるPFCでのドパミン放出増強は、統合失調症の陰性症状や認知障害の治療に治療的価値をもたらすかもしれない。」(乙7c)、さらに乙28に「Aseらの発見はクロザピンの5-HT_(1A)受容体アゴニストに続くダウンレギュレーションと整合する。Rollemaら(1997)の研究によりクロザピンがラットの前頭前皮質でのドパミン放出を増加させることが示された。高い選択性を有する5-HT_(1A)アンタゴニストによる前処理より、この効果の1/2は5-HT_(1A)受容体活性化により仲介されることが示唆された。」(乙28e)と記載されているように、クロザピンの優れた臨床効果に、5-HT_(1A)受容体作動作用による前頭前皮質でのドパミン遊離亢進が関与している可能性があることを当業者は認識していたといえる。
しかし、上記乙10、乙28、乙4?7の記載及び他の号証の記載を参酌しても、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力が、5-HT_(1A)受容体作動作用による前頭前皮質でのドパミン遊離亢進のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえないのであるから、仮に、アリピプラノールの5-HT_(1A)受容体作動活性作用によって、前頭前皮質でのドパミン遊離亢進がクロザピンと同様に生じるのだとしても、治療抵抗性統合失調症に対して、アリピプラゾールがクロザピンと同様に有効な治療効力を有することを、当業者が認識できたとはいえない。

なお、本件特許の原出願日(2002年1月29日)後の2007年に発行された、「統合失調症とセロトニン_(1A)受容体」についての総説である乙3に、非定型抗精神病薬の5-HT_(1A)受容体アゴニスト作用について「大脳皮質前頭前野でのドパミン神経伝達の低下が陰性症状並びに認知機能障害の発現に関与するという仮説、さらに、ドパミンD_(2)/5-HT_(2A)受容体遮断作用やドパミンD_(2)受容体部分アゴニスト作用が前頭皮質におけるドパミン神経伝達を亢進させることから、非定型抗精神薬の治療効果に5-HT_(1A)受容体活性化を介した大脳皮質前頭前野ドパミン遊離の上昇が関わっている可能性が考えられる。」(乙3b)と記載されているように、乙3には、非定型抗精神薬の治療効果に5-HT_(1A)受容体活性化を介した大脳皮質前頭前野ドパミン遊離の上昇が関わっている可能性が示唆されていたものの、治療抵抗性統合失調症の治療については何らの記載もなく、2007年当時、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力が5-HT_(1A)受容体作動作用による大脳皮質前頭前野ドパミン遊離の上昇のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされていたとはいえないのであるから、2007年より数年前である本件特許の原出願日(2002年1月29日)当時であればなおのこと、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力が5-HT_(1A)受容体作動作用による大脳皮質前頭前野ドパミン遊離の上昇のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされていたとはいえない。

(3-5-2)乙第7?9号証、甲第4号証に記載された事項

被請求人は、乙第7?9号証及び甲第4号証の記載を根拠として、「とりわけ、クロザピン特有の臨床効果を説明する作用機序が5-HT_(1A)受容体作動作用であることは、乙第7号証、乙第8号証、乙第9号証及び甲第4号証に示されているように本件特許の優先権主張当時における技術常識であったことは明白」であること、「5-HT_(1A)受容体と親和性がある化合物が治療抵抗性統合失調症の認知障害や陰性症状に有効であることは、本件特許の優先権日当時明らかであったといえる」ことを主張している(上記「2.(1)(1-2-d)」)。
そこで、上記各号証に記載された事項について検討する。

乙7には、クロザピンの優れた臨床効果は、クロザピンが持つ前頭前皮質(PFC)での選択的ドパミン放出増加能と関与している可能性があること(Hertelら1996;Kurokiら1999;Millanら1998; Moghaddam及びBunney 1990; Volonteら1997; Youngrenら1999)(乙7a)、クロザピンの5-HT_(1A)受容体作動作用がその臨床的特有性に重要不可欠である可能性が、広範な証拠により報告されたこと(Ashby及びWang 1996;Ichikawa及びMeltzer 1999;Ichikawaら2001; Millanら2000;Newman-Tancrediら1996; Rollemaら1997)(乙7b)、統合失調症はPFCにおけるドパミン作動性機能障害とまさに関係している可能性がある(Okuboら1997)こと、クロザピンの5-HT_(1A)受容体刺激によるPFCでのドパミン放出増強は、統合失調症の陰性症状や認知障害の治療に治療的価値をもたらすかもしれないこと(乙7c)が、記載されている。
乙8には、クロザピン(1-10mg/kg s.c.)は、ラットの前頭前皮質でのドパミン放出の選択的増加をもたらし、斯かる増加は5-HT_(1A)受容体の活性化を介して大部分(?50%)が仲介され、クロザピンは中程度の5-HT_(1A)部分アゴニストであり、5-HT_(1A)受容体の活性化が陰性症状への効果及び錐体外路症状傾向の減少に寄与する可能性があること(乙8a)、クロザピンと5-HT_(1A)受容体との直接相互作用により、クロザピンのユニークな臨床有効性及び非定型抗精神病薬プロファイルが部分的に説明されることが示唆されたこと(乙8b)が、記載されている。
乙9には、クロザピンの治療効果のユニーク性には多くの仮説はあるものの、1)クロザピンによる長期治療後、5-HT_(1A)受容体は複数の新皮質領域でダウンレギュレートされ、海馬のCA3領域でアップレギュレートされる。;これらの脳領域が統合失調症において重要な役割を担っていることが示唆された。2)複数の試験から、げっ歯類でのカタレプシー発症の回復及び予防に対する5-HT_(1A)アゴニストの有益な効果が報告された。そしてこの効果は錐体外路症状の霊長類モデルで現在確認されている(Casey,1994; Liebermanら,1988)。3)クロザピンによる長期治療後、背側新皮質、皮質領域及び海馬、並びに黒質および背側縫線核の5-HTトランスポーター標識の変化があった。これらのうち、後者二つの構造は、中枢ドパミン及び5-HT突起の起始核である、という3つの点が、中枢の5-HT系に非常に密接にリンクしていると思われることが記載されている。
しかし、乙7?乙9のいずれにも、治療抵抗性統合失調症の治療については何らの記載もなく、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力が5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。

甲4には、「適度な効果、すなわち、高感度の5-HT_(1A)自己受容体に係合するのに十分かつ、低感度なシナプス後部の自己受容体を遮断する効果、が最適なように見える。このようなプロファイルは、陰性および認知症状に対抗し、気分を改善し、錐体外路5-HT_(1A)運動副作用を減少させ、そして、おそらく、不応性の患者における有効性を高めるだろう。注目すべきことに、5-HT_(1A)受容体におけるクロザピンの「部分的作動性」特性は、その独特の機能プロファイルに寄与しているかもしれない。」(甲4b)と記載されているように、クロザピンの5-HT_(1A)受容体部分的作動性が、クロザピンの独特の機能プロファイルに寄与している可能性が示唆されている。
しかし、甲4には「クロザピンの優れた「非定型」抗精神病薬のプロファイルは、D_(2)受容体および他の多様なモノアミンサイトとの、広範囲な相互作用パターン内に存在するようだ。」(甲4b)、「しかし、実験データのこの魅力的な内容にもかかわらず、(うまくいけば改善された)統合失調症治療への本物の妥当性を確立するために、5-HT_(1A)の受容体と相互作用する抗精神病薬の臨床研究が必要とされる。」(甲4b)、「実際、クロザピンは、ドーパミン作動性、セロトニン作動性(およびアドレナリン作動性)受容体の広範な配列と相互作用し、この包括的な受容体プロファイルは、臨床活性の独特のパターンを説明することができる(図1)(Brunello et al.,1995; Millan et al.,1998a)。この様々な受容体への作用という枠組みの中で、D_(2)受容体機能におけるその弱い拮抗特性に比べ、特定の受容体タイプにおけるクロザピンの比較的顕著な相互作用は、その改善された機能プロファイルへの鍵であるかもしれない。」(甲4d)、「明らかに、クロザピンの作用における5-HT_(1A)受容体の重要性を実証するために、さらなる研究が必要である。この点において、認知注意機能における影響について、5-HT_(1A)受容体の潜在的な関与は、まだ解明されていない。」(甲4e)、「臨床上の利益最適化のために必要な、5-HT_(1A)受容体における有効性及び有用性の正確な程度を定義するために、さらなる研究が必要である。5-HT_(1A)の受容体と相互作用する抗精神病薬は、すべての統合失調症患者の問題のない治療のための万能薬を提供する可能性は低い、そして、精神病性障害の管理におけるこの作用機序の利用可能性を、より正確に特徴付けるために、うまく設計され、徹底した、想像力に富んだ臨床試験が必要である。」(甲4f)と記載されているから、甲4には、クロザピンの5-HT_(1A)受容体への作用と抗精神病の治療効力との関連性は研究途上であることが記載されているにすぎない。
したがって、甲4には、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力が5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。

(3-5-3)乙第27号証及び乙第28号証に記載された事項

被請求人は、乙第27号証には、抗精神病薬と5-HT_(1A)アゴニスト作用のあるタンドスピロンを併用することにより認知機能を改善すること、及びクロザピンの認知機能の改善は5-HT_(1A)アゴニストが関与していることが記載されていると主張している(上記「2.(8)の(8-4)」)。
また、被請求人は、乙第28号証には、被請求人が答弁書で主張した「クロザピンが5-HT_(1A)受容体部分アゴニスト作用を介して皮質領域での5-HT_(1A)受容体のダウンレギュレーション(受容体数の減少)を発揮しその特有の臨床効果を奏していること」(答弁書18頁最終3行)、及び「クロザピンの臨床効果が5-HT_(1A)刺激による前頭前皮質からのドパミン放出により説明されること」(答弁書23頁下から3行?24頁9行)を裏付ける記載があり、同号証には、クロザピンより強力な5-HT_(1A)受容体アゴニスト活性を有する非定型抗精神病薬の一つとしてS16924を挙げており、当該記載からも同号証の著者はクロザピンの作用の特徴が5-HT_(1A)であると考えていることが容易に理解できる旨を主張している(上記「2.(8)の(8-5)」)。
そこで、上記各号証に記載された事項について検討する。

乙27には、タンドスピロンを投与した統合失調症患者の認知機能が改善されたこと(乙27a)、「ドパミン、ノルエピネフリン、アセチルコリン、または、グルタミン神経伝達機構の薬理学的操作が、統合失調症における認知増強の可能性を実証することが示唆されている(15)。認知障害を改善する5-HT_(1A)受容体アゴニストの効果は、リスペリドン、ジプラシドン、クロザピンを含むいくつかの非定型抗精神病薬が有する5-HT_(1A)受容体部分アゴニスト作用と一致している(16,17)。」こと(乙27c)が記載されているように、5-HT_(1A)受容体アゴニスト作用による、統合失調症の認知障害を改善する効果について示唆されている。
しかし、乙27では、タンドスピロンを他の抗精神病薬と併用して投与しているので(乙27b)、統合失調症に対するタンドスピロン単独の治療効力についての記載はないし、ましてや、治療抵抗性統合失調症に対するタンドスピロンの治療効力については何ら記載されているとはいえない。また、「本研究のいくつかの限界を考慮すべきである。まず、これは比較的短期間の小規模な研究であり、試験された一部の測定においてタイプIIエラーの可能性があげられる。より被験者の多いより長期間の試験によって、例えば精神病理において有意な差が見つかるかもしれない。第二に、改善が、持続するのかまたはより増強されるのかどうかを、より長い期間での治療で決定する価値があるだろう。」(乙27c)と記載されているように、乙27には比較的短期間の小規模な研究結果が示されているにすぎない。
そうすると、クロザピンが5-HT_(1A)受容体作動作用を有することが他の号証に記載されていることを考慮しても、乙27に、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力は5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。
また、乙28には、クロザピンは5-HT_(1A)受容体アゴニストであること(乙28c)が記載され、5-HT_(1A)受容体は統合失調症の病態に関連しており、新しい抗精神病薬の開発のための根拠ある標的であることが示唆されている(乙28j)が、その一方で、「5-HT_(1A)受容体とドパミンの相互作用を考慮すると、5-HT_(1A)アゴニスト誘発性の線条体、辺縁系ドパミン放出のデータは依然として不明である。」(乙28h)及び「最終的には、5-HT_(1A)作動性の臨床的関連性が、ジプラシドンのような、5-HT_(1A)受容体作動性とD_(2)拮抗性を併せ持つ、新規の抗精神病薬の導入によってより明らかになるだろう。」(乙28j)と記載されているように、5-HT_(1A)作動性の臨床的関連性については研究途上であることが記載されているにすぎない。しかも、乙28には、治療抵抗性統合失調症に対する治療については何らの記載もない。
そうすると、クロザピンが5-HT_(1A)受容体作動作用を有することを考慮しても、乙28に、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力は5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。

(3-5-4)乙33及び乙34に記載された事項

被請求人は、平成29年7月18日付け上申書(6?7頁)で、乙第33号証及び乙第34号証においても、クロザピンが5-HT_(1A)受容体部分アゴニスト作用が特徴であり、当該作用がユニークな臨床プロファイルに寄与する旨を主張している(上記「2.(8)の(8-6)」)。
そこで、上記各号証に記載された事項について検討する。

乙33には、非定型の非常に有力な抗精神病薬であるクロザピンは、5-HT_(1A)部分アゴニズムを示すという点で他の抗精神病薬と異なること、この5-HT_(1A)部分アゴニズムという点がクロザピンの臨床的ユニーク性において重要であること、5-HT_(1A)調節は、単独でも又はドパミンD_(2)遮断剤と併用しても、統合失調症の治療に対しポテンシャルがあることが、記載されている。
また、乙34には、前臨床試験と臨床試験の両方の結果から、セロトニン5-HT_(1A)受容体アゴニストとドパミンD_(2)受容体アンタゴニストを組み合わせた化合物は、非定型抗精神病薬としての可能性があることが示唆されること、標準的な非定型抗精神病薬であるクロザピンは、in vivoでセロトニン5-HT_(1A)受容体部分アゴニストとして作動することが最近示され、このような特徴は、そのユニークな臨床プロファイルに寄与するであろうこと、さらに、いくつかの臨床的観察から統合失調症におけるセロトニン5-HT_(1A)受容体の役割が示唆されることが記載されている。
このように、乙33及び乙34には、クロザピンの5-HT_(1A)受容体部分アゴニスト作用がクロザピンの臨床的ユニーク性において重要であること、セロトニン5-HT_(1A)受容体アゴニストとドパミンD_(2)受容体アンタゴニストを組み合わせた化合物は、非定型抗精神病薬としての可能性があることが示唆されているが、あくまでも可能性の示唆にとどまる。しかも、乙33及び乙34には、治療抵抗性統合失調症については何らの記載もない。
したがって、乙33及び乙34に記載された事項を参酌しても、当業者が、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力が5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。

(3-5-5)甲第9号証に記載された事項

甲9は「治療抵抗性分裂病の薬物療法」に関する文献である(甲9a)。 そして、甲9には、「現時点においても、clozapineが治療抵抗性分裂病に対して他の抗精神病薬よりも優れていることが証明された唯一の抗精神病薬であるという事実に変わりがない。」(甲9d)との記載、clozapineの非定型性に関連する作用機序についての「当初はD_(1)、D_(2)受容体遮断作用とムスカリン性ACh受容体への強い親和性によって、EPSがなく、高プロラクチン血症をきたさず、遅発性ジスキネジアを呈さないと考えられた。その後、受容体研究の進歩と相まって、表2に示すように、clozapineはD_(4)受容体と5-HA_(2A)受容体に特に強い親和性を示し、α_(1)、H_(1)受容体へも強く作用することが明らかとなった。その他、5-HT_(6)、5-HT_(7)への親和性も注目されている^(26))。いわゆる“ダーティ”な薬物であるが、これらの薬理プロフィールのうち何がclozapineの非定型性抗精神病薬としての作用に関連するかが本質的な課題となる。現在のところ、強い5-HT_(2A)受容体阻害能と相対的に弱いD_(2)受容体阻害能が関連するとする考え^(23,24))と、D_(4)受容体阻害能が関連するとする考え^(35))の2つの見解が重視されている。後述するように、前者からは新しい非定型抗精神病薬としてのSDA系抗精神病薬が数多く誕生し、現在の新規抗精神病薬開発の主流となったのである。また、筆者らは^(19))脳内透析法を用い、clozapineによる前頭前野皮質における優先的なドーパミン活性化作用を見出し、陰性症状に対する改善効果との関連を指摘した。その他、clozapineがドーパミン系とは異なる未知の作用機序を介して、抗精神病作用を発揮している可能性^(30))が否定できないことはいうまでもない。今後の精神薬理学的研究の進展に期待したい。」(甲9c)と記載されている。
これらの記載からみて、甲9には、治療抵抗性統合失調症の治療薬であるクロザピンはD_(4)受容体と5-HA_(2A)受容体に特に強い親和性を示し、α_(1)、H_(1)受容体へも強く作用することが明らかとなり、その他、5-HT_(6)、5-HT_(7)への親和性も注目されていること、現在のところ、強い5-HT_(2A)受容体阻害能と相対的に弱いD_(2)受容体阻害能が関連するとする考えと、D_(4)受容体阻害能が関連するとする考えの2つの見解が重視されていること、さらに、クロザピンによる前頭前野皮質における優先的なドーパミン活性化作用を見出し、陰性症状に対する改善効果との関連が指摘されたことが記載されているといえる。
しかし、甲9には、クロザピンが5-HT_(1A)受容体作動作用を有することについては記載されていない。
このように、甲9は、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力が5-HT_(1A)受容体作動作用以外の他の複数の受容体に対する作用によるものであるという前提で記載されたものであり、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力が5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない。
なお、甲9の「3. その他の非定型抗精神病薬の開発」の項目には、「現在、SDA系抗精神病以外にも、非定型抗精神病薬としての臨床的優位性が期待されて開発中の新規抗精神病薬が多数存在している。それらを列記すると、ドーパミン自己受容体作動作用に加えD_(2)受容体遮断作用を併せもつaripiprazole(OPC14597)^(18))、選択的なsigma受容体拮抗薬であるNE-100^(29))、5-HT_(2A)受容体の選択的拮抗薬のMDL100,907^(31,38))、D_(4)受容体の選択的遮断薬であるPNU-101387Gなどが挙げられる。これらの新規薬物はいずれも非定型抗精神病薬としての臨床特性を証明すべく、現在まだ開発途上にあるが、治療抵抗性分裂病に対する薬物療法の選択肢として、将来おおいに期待できるであろう。」(甲9f)との記載があり、アリピプラゾールaripiprazole(OPC14597)が、将来、治療抵抗性統合失調症の治療薬の候補になる可能性を示唆する記載がある。
しかし、甲9におけるアリピプラゾールは、あくまでも臨床的優位性が期待されて開発途上にある非定型抗精神病薬として記載されているにすぎず、アリピプラゾールが実際に治療抵抗性統合失調症の治療効力を有することを裏付ける動物実験や臨床試験は記載されていないのであるから、将来治療抵抗性統合失調症の治療薬の候補になる可能性を示唆する記載があることを根拠として、甲9の記載に接した当業者が、アリピプラノールが実際に治療抵抗性統合失調症の治療効力を有すると認識できたとはいえない。

(3-6)まとめ

以上(3-1)?(3-5)で検討したように、本件特許の原出願日当時の技術常識について、以下のことが認められる。

(a)当業者は、アリピプラゾールが、ドーパミンD_(2)受容体に強い親和性で結合しD_(2)受容体部分的拮抗薬であること、ドーパミンD_(3)受容体及び5-HT_(7)受容体に中等度の親和性で結合し、D_(3)拮抗薬であることを、技術常識として認識していた。

(b)当業者は、抗精神病薬による治療効力は、ある一つのシステムの機能と言うよりも複数の受容体サブタイプに対する作用とのバランスにより生じるものであるので、個々の受容体に対する結合の研究結果のみから、in vivoの実験で示される作用や、臨床試験で示される治療効力を推測することは困難であることを、技術常識として認識していた。

(c)当業者は、クロザピンが治療抵抗性統合失調症の治療に有効であることは臨床試験によって裏付けられた技術常識であると認識していた。

(d)当業者は、クロザピンが5-HT_(1A)受容体作動作用を有しており、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンによる治療効力に5-HT_(1A)受容体作動作用が寄与している可能性が示唆されていることを認識していた。

(e)しかし、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力が5-HT_(1A)受容体作動作用のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされていたとはいえない。

(f)そうすると、5-HT_(1A)受容体作動作用を有する抗精神病薬であれば、治療抵抗性統合失調症に対してクロザピンと同様に有効な治療効力を有することを、当業者が認識できるとはいえない。

(g)当業者は、クロザピンが有する5-HT_(1A)受容体作動活性作用によって前頭前皮質でのドパミン遊離亢進が生じる可能性があることを認識できたといえるが、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの治療効力が、5-HT_(1A)受容体作動作用による前頭前皮質でのドパミン遊離亢進のみによるものであるとか、主に同作用によるものであるといったことが、明らかにされているとはいえない

以上(a)?(g)からみて、発明の詳細な説明の記載に加え、本件特許の原出願日当時の技術常識を参酌しても、アリピプラゾールが「5-HT_(1A)受容体に対する高い親和性結合を有し、65?70%の範囲で部分作動薬効能を発揮する」ことを示すin vitroの実験結果のみから、アリピプラゾールの治療有効量を含む医薬組成物を患者に投与することによって、治療抵抗性統合失調症を有効に治療できることを、当業者が認識できたとはいえない。
(4)小括

以上のように、発明の詳細な説明は、本件特許明細書の請求項1に記載の式(1)で表されるカルボスチリル化合物のうち、カルボスチリル骨格の3位及び4位の間の炭素-炭素結合が単結合である化合物である「(7-{4-[4-(2,3-ジクロロフェニル)-1-ピペラジニル]ブトキシ}-3,4-ジヒドロカルボスチリル」(すなわち、アリピプラゾール)の治療有効量を含む医薬組成物を患者に投与することによって、治療抵抗性統合失調症を有効に治療できることを、当業者が認識できる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
そして、発明の詳細な説明には、本件特許明細書の請求項1に記載の式(1)で表される化合物のうち、カルボスチリル骨格の3位及び4位の間の炭素-炭素結合が二重結合である化合物が5-HT_(1A)受容体に対する作用を有することを確認したin vitroの実験は記載されておらず、当該化合物の治療有効量を含む医薬組成物を患者に投与することによって、治療抵抗性統合失調症を有効に治療できることを直接確認できる臨床試験結果も記載されていない。
したがって、発明の詳細な説明は、本件特許発明化合物の治療有効量を含む医薬組成物を患者に投与することによって、治療抵抗性統合失調症を有効に治療できることを、当業者が認識できる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
よって、発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。

さらに、本件特許発明2及び本件特許発明7は本件特許発明1における「障害」を限定したものであり、本件特許発明3?6は本件特許発明2における「一般に入手し得る抗精神病薬」を限定したものであり、本件特許発明8?11に係る発明は本件特許発明7における「一般に入手し得る抗精神病薬」を限定したものであり、本件特許発明12は本件特許発明1?11における「カルボスチリル化合物」を「7-{4-[4-(2,3-ジクロロフェニル)-1-ピペラジニル]ブトキシ}-3,4-ジヒドロカルボスチリル」(すなわち、アリピプラゾール)に限定したものであるが、本件特許発明1と同様の理由により、アリピプラゾールが「5-HT_(1A)受容体に対する高い親和性結合を有し、65?70%の範囲で部分作動薬効能を発揮する」ことを示すin vitroの実験結果のみから、本件特許発明2?12における本件特許発明化合物の治療有効量を含む医薬組成物を、本件特許発明2?12における特定の医薬用途に有効に適用できることを、当業者が認識できたとはいえない。
よって、発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明2?12の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。

以上のように、発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1?12の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえず、実施可能要件を満たしていないので、特許法第36条第4項第1号の規定により特許を受けることができない。

なお、被請求人は、アリピプラゾールの治療有効量を含む医薬組成物を「治療抵抗性統合失調症の治療」に有効に適用できることの根拠として、オランザピン又はリスペリドンに応答しなかった治療抵抗性の患者において、アリピプラゾールが統合失調症の症状を改善したことを示す臨床試験結果が記載された乙23を提出し、さらに乙25として「治験総括報告書の抜粋」を提出している(上記「2.(8)の(8-3)」)。
乙23は本件特許の原出願日より後の2007年に発行された刊行物であり、乙25は本件特許の原出願日後の国内臨床試験の結果を示すとされるものであるが、既に検討したように、発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1?12の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないものであり、乙23及び乙25に記載の臨床試験結果が本件特許の原出願日後に提出されることによって、発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)を満たすとすることは、いわゆる先願主義を採用する我が国の特許制度に照らし許されるものではない。してみれば、乙23及び乙25の記載を参酌することはできない。

第7 無効理由2(サポート要件違反)について

1.請求人が主張する無効理由2(サポート要件違反)の論旨は、概略、以下の(1)?(3)のとおりである。

(1)本件特許発明1については、特許請求の範囲において、「クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症、認知障害を伴う難治性統合失調症、又は認知障害を伴う慢性統合失調症;クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン及びアミスルプリドから選択される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害、難治性統合失調症に起因する認知障害、又は慢性統合失調症に起因する認知障害からなる群から選ばれた5-HT_(1A)受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害を治療するための医薬組成物(以下略)」として発明が特定されている一方、発明の詳細な説明には、本件医薬組成物が本件障害に対し治療効果を有することにつき全く合理的な根拠が示されていない。
そして、本件特許の優先権主張日当時において、クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬の作用機序は解明されていないことが技術常識であり、どの受容体と親和性のある化合物が、統合失調症の認知機能障害に有効であるかについては明らかではなかったものである。このような技術常識を前提とすると、クロザピンとアリピプラゾールが5-HT_(1A)受容体作動作用において共通するということのみを根拠に、本件医薬組成物の本件障害に対する治療効果を説明する発明の詳細な説明の記載から、当業者が本件特許発明の課題を解決できると認識できたとは到底認められず、本件特許発明にはサポート要件違反の無効理由が存すると言わざるを得ない。

(2)この点につき、本件欧州対応特許につき、本件Appeal審決により、クロザピンとアリピプラゾールを統合失調症の治療効果の点で同視することはできないことを理由に、本件欧州対応特許の発明の詳細な説明は「開示が不十分である」として無効審決がなされていることは既に指摘したとおりである。従って、本件特許発明1は、サポート要件違反の無効理由も認められる。

(3)なお、本件特許発明2ないし12についても、障害の内容が若干限定されてはいるものの、本件医薬組成物が本件障害に対して有効な治療効果を有するという点は同様であり、発明の詳細な説明には、かかる用途につき合理的な根拠が示されていないので、同様に、サポート要件違反の無効理由が認められる。

2.被請求人が主張する、無効理由1(サポート要件違反)に対する反論は、概略、以下のとおりである。

(1)「無効理由1」についての反論で詳述したとおり、(a)クロザピンの適応症である治療抵抗性統合失調症の陰性症状及び認知機能障害は前頭前皮質でのドパミン放出の減少が関与しているが、(b)このドパミン放出を増加させることについては、5-HT_(1A)受容体活性化が密接に関与し、重要な役割を果たしている。ここで、クロザピンは5-HT_(1A)受容体を活性化する作用を有し、これによってドパミン放出が増加し、治療抵抗性統合失調症の陰性症状及び認知機能障害に対する臨床効果を発揮している。かような薬理機序によって、現に、(c)クロザピンは治療抵抗性統合失調症の陰性症状及び認知機能障害を改善することが、いずれも本件特許の優先日前の多数の文献に記載されている。とりわけ、クロザピン特有の臨床効果を説明する作用機序が5-HT_(1A)受容体作動作用によるドパミン放出増強にあることは、乙第7号証、乙第8号証、乙第9号証及び甲第4号証に示されているように本件特許の優先権主張当時における技術常識であったことは明白であり、「本件特許の優先権主張当時において、クロザピンを含む「非定型」抗精神病薬の作用機序は解明されていない。」とする審判請求人の主張は失当である。

(2)特に、乙第7号証は、クロザピンの統合失調症の認知障害や陰性症状に対する臨床効果が5-HT_(1A)刺激による前頭前皮質からのドパミン放出により説明されることが本件特許の優先日前の複数の文献に記載されていることを指摘する。さらには、乙第8号証には、クロザピンと5-HT_(1A)受容体との直接相互作用によりクロザピンのユニークな臨床有効性及び非定型抗精神病薬プロファイルがもたらされること、乙第9号証には、5-HT_(1A)受容体部分アゴニスト作用を介して皮質領域での5-HT_(1A)受容体のダウンレギュレーション(受容体数の減少)を発揮しその特有の臨床効果を奏していること、甲第4号証には、クロザピンが5-HT_(1A)部分アゴニストであること、クロザピンの5-HT_(1A)自己受容体でのアゴニスト作用は、錐体外路運動系の副作用を発現することなく陰性症状や気分の臨床的改善をもたらすことが記載されている。従って、5-HT_(1A)受容体と親和性がある化合物が治療抵抗性統合失調症の認知障害や陰性症状に有効であることは、本件特許の優先権日当時明らかであったといえる。
よって、「どの受容体と親和性がある化合物が、治療抵抗性統合失調症の認知機能障害に有効であるかについては、本件特許の優先権主張日当時において明らかではなかった」とする審判請求人の主張も失当であることは明らかである。

(3)本件特許発明化合物であるアリピプラゾールはドパミンD_(2)受容体部分作動活性を有しており(本件特許明細書段落【0007】)、シナプス前部位ドーパミン自己受容体にはアゴニストとして働いてドパミン遊離を抑制し、かつD_(2)受容体アンタゴニストのように代償性のドパミン遊離を亢進しない状況をシナプス間隙に作り出すと考えられる。さらに、上記ドパミンD_(2)受容体部分作動活性に基づく機能的アンタゴニスト作用に加えて、本件特許権者は本件特許発明化合物に5-HT_(1A)受容体部分作動活性を有することを見出した。すなわち、本件特許明細書の実施例では、アリピプラゾールが「5-HT_(1A)受容体部分作動活性」を有することをCHO細胞膜内のh5-HT_(1A)受容体への基礎的[^(35)S]GTPγS結合を強く促進する活性を有する実験結果とともに記載している(本件特許明細書段落【0042】?【0053】)。
ここで、ドパミンD_(2)受容体アンタゴニスト作用と5-HT_(1A)受容体アゴニスト作用の併合は前頭前皮質においてドパミンを遊離させることが本件特許の優先日前から示唆されており(乙第11号証)、アリピプラゾールもドパミンD_(2)受容体部分作動活性に基づく機能的アンタゴニスト作用と5-HT_(1A)受容体部分作動活性を併せ持つことから、上記クロザピンと同様に前頭前皮質において適度なドパミン遊離亢進作用を発揮すると考えられる。

(4)そして先にも述べたように、クロザピンの統合失調症の認知障害や陰性症状に対する臨床効果は、5-HT_(1A)受容体刺激による前頭前皮質でのドパミン放出により説明される(乙第7号証)のであるから、アリピプラゾールもクロザピンと同様に前頭前皮質において適度なドパミン遊離亢進作用を発揮することで、治療抵抗性統合失調症の認知障害等に治療効果を発揮することは当然に理解されるところである。

(5)アリピプラゾールとクロザピンは、いずれも5-HT_(1A)受容体作動活性を主軸とした前頭前皮質でのドパミン遊離亢進作用発揮という薬理作用の点において共通しており、本件明細書におけるアリピプラゾールの強力な5-HT_(1A)受容体作動活性が開示されていることによって当業者はアリピプラゾールの当該作動活性作用を通じて治療抵抗性統合失調症の認知障害や陰性症状に治療効果をもたらすことを容易に認識及び把握することができる。
さらに、上述の通りクロザピンが治療抵抗性統合失調症に対するサードライン治療薬として用いられていることは本件特許優先日当時における技術常識であった。
よって、斯かるクロザピンと共通性を有するアリピプラゾールも、治療抵抗性統合失調症に対するサードライン治療薬として効果を奏するといえる。
(6)以上より、本件特許発明1に記載される一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない「認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症、認知障害を伴う難治性統合失調症、又は認知障害を伴う慢性統合失調症」、「治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害、難治性統合失調症に起因する認知障害、又は慢性統合失調症に起因する認知障害」に対して、本件特許発明化合物であるアリピプラゾールがクロザピン同様サードライン治療薬として治療効果を発揮することは、実施例を含む本件特許明細書の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識より明確である。

(7)従って、上記のような発明の詳細な説明の記載及び本件特許の優先日当時の技術常識を考慮すると、発明の詳細な説明には、「本件特許医薬化合物「アリピプラゾール」を治療有効量含有する、「認知障害を伴う治療抵抗性統合失調症、認知障害を伴う難治性統合失調症、又は認知障害を伴う慢性統合失調症」、「治療抵抗性統合失調症に起因する認知障害、難治性統合失調症に起因する認知障害、又は慢性統合失調症に起因する認知障害」を治療するための医薬組成物」を提供するという発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているといえる。

3.当審の判断

本件特許明細書の特許請求の範囲の記載が、明細書の特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆるサポート要件)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載に接した当業者が、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるのか否か、また、その記載や示唆がなくても当業者が本件特許の原出願日当時の技術常識を参酌すれば当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
本件特許明細書の記載からみて、本件特許発明が解決すべき課題は、強力で、5-HT_(1A)受容体に完全に又は部分的に作動作用を有する安全な治療抵抗性統合失調症の抗精神分裂病薬を開発すること、である(本件特許明細書の段落【0027】)。
そして、本件特許明細書には、当該課題を解決するための手段について、アリピプラゾールが、5-HT_(1A)受容体と高い親和性で結合し、クロザピンよりも強力な5-HT_(1A)受容体作動作用を有しているため、アリピプラゾールが、その他の一般に入手できる薬物療法治療薬と比較して、治療抵抗性精神分裂病、治療抵抗性精神分裂病に起因する認知障害、難治性精神分裂病、難治性精神分裂病に起因する認知障害、慢性精神分裂病、慢性精神分裂病に起因する認知障害、その他を治癒するための、より強力で高い安全性を有する薬物となるものである、即ち、本発明の化合物は、クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、フルフェナジン、ペルフェナジン、チオリダジン、ピモジド、ゾテピン、リスペリドン、オランザピン、ケチアピン、アミスルプリド等のような、一般に入手し得る抗精神病薬に適切に反応しない、治療抵抗性精神分裂病、治療抵抗性精神分裂病に起因する認知障害、難治性精神分裂病、難治性精神分裂病に起因する認知障害、慢性精神分裂病、慢性精神分裂病に起因する認知障害等に対する、強力でより安全な薬物療法に用いられること、が記載されている(段落【0028】)。
しかし、「第5」で検討したように、発明の詳細な説明には、アリピプラゾールが「5-HT_(1A)受容体に対する高い親和性結合を有し、65?70%の範囲で部分作動薬効能を発揮する」ことを示すin vitroの実験結果(実施例、摘記(ケ)?(サ))、及び本件特許発明化合物の治療有効量の好ましい範囲(摘記(ク))が記載されているが、アリピプラゾールの治療有効量を含む医薬組成物を患者に投与して治療抵抗性統合失調症を有効に治療できたことを示す臨床試験結果は記載されていないので、当業者は、本件特許発明化合物の治療有効量を含む医薬組成物を患者に投与することによって治療抵抗性統合失調症を有効に治療できることを、臨床試験結果によって直接確認することができない。
そして、発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明化合物の治療有効量を含む医薬組成物を患者に投与することによって治療抵抗性統合失調症を有効に治療できることを、当業者が認識できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえず、本件特許の原出願日当時の技術常識を参酌しても、当業者が、本件特許発明化合物の治療有効量を含む医薬組成物を患者に投与することによって、治療抵抗性統合失調症を有効に治療できることを認識できるとはいえない。
そうすると、発明の詳細な説明の記載により、当業者が本件特許発明の課題を解決できると認識できる範囲や、その記載や示唆がなくとも、当業者が本件特許の原出願日当時の技術常識を参酌して、本件特許発明の課題を解決できると認識できる範囲は存在しないと解されるにもかかわらず、本件特許明細書の特許請求の範囲には本件特許発明が記載されているから、本件特許明細書の特許請求の範囲の記載は、明細書のサポート要件に適合するものとはいえない。

なお、被請求人は、アリピプラゾールの治療有効量を含む医薬組成物を「治療抵抗性統合失調症の治療」に有効に適用できることの根拠として、オランザピン又はリスペリドンに応答しなかった治療抵抗性の患者において、アリピプラゾールが統合失調症の症状を改善したことを示す臨床試験結果が記載された乙23を提出し、さらに乙25として「治験総括報告書の抜粋」を提出している(上記「2.(8)の(8-3)」)。
乙23は本件特許の原出願日より後の2007年に発行された刊行物であり、乙25は本件特許の原出願日後の国内臨床試験の結果を示すとされるものであるが、既に検討したように、本件特許明細書の特許請求の範囲の記載は、明細書のサポート要件に適合するものとはいえないものであり、乙23及び乙25に記載の臨床試験結果が本件特許の原出願日後に提出されることによって、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)を満たすとすることは、いわゆる先願主義を採用する我が国の特許制度に照らし許されるものではない。してみれば、乙23及び乙25の記載を参酌することはできない。

第8 むすび

以上のとおりであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号の規定により特許を受けることができず、また、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、本件特許は同法第123条第1項第4項に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-10-17 
結審通知日 2017-10-19 
審決日 2017-10-31 
出願番号 特願2011-133032(P2011-133032)
審決分類 P 1 113・ 537- Z (A61K)
P 1 113・ 536- Z (A61K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 鳥居 福代  
特許庁審判長 内藤 伸一
特許庁審判官 前田 佳与子
山本 吾一
登録日 2015-01-23 
登録番号 特許第5683010号(P5683010)
発明の名称 5-HT1A受容体サブタイプ作動薬  
代理人 川端 さとみ  
代理人 原 悠介  
代理人 特許業務法人浅村特許事務所  
復代理人 井上 洋一  
代理人 小松 陽一郎  
代理人 中原 明子  
代理人 藤野 睦子  
代理人 前嶋 幸子  
復代理人 弓削 麻理  
復代理人 浅村 昌弘  
代理人 大住 洋  
代理人 山崎 道雄  

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