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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 B01D 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 B01D 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 B01D |
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管理番号 | 1336152 |
異議申立番号 | 異議2016-700808 |
総通号数 | 218 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2018-02-23 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2016-09-02 |
確定日 | 2017-11-24 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第5875201号発明「耐塩素性に優れた高流量水処理分離膜」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第5875201号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?7について訂正することを認める。 特許第5875201号の請求項1?4、6、7に係る特許を維持する。 特許第5875201号の請求項5に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第5875201号の請求項1?7に係る特許についての出願は、平成25年11月21日(パリ条約による優先権主張 2012年11月21日、韓国、2013年 1月14日 韓国)を国際出願日とする出願であって、平成28年1月29日にその特許権の設定登録がされ、登録後の経緯は以下のとおりである。 平成28年 9月 2日付け:特許異議申立人 東レ株式会社による特許 異議の申立て 同年12月12日付け:取消理由の通知 平成29年 3月15日付け:訂正請求書及び意見書の提出 (1) 同年 5月25日付け:特許異議申立人による意見書の提出(1) 同年 6月 6日付け:取消理由の通知(決定の予告) 同年 9月 5日付け:訂正請求書及び意見書の提出(2) 同年10月18日付け:特許異議申立人による意見書の提出(2) 第2 訂正の適否 平成29年3月15日付け訂正請求書(1)は、同年9月5日付け訂正請求書(2)が提出されたため、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。 以下、訂正請求書(2)について検討する。 (1)訂正の内容 ア.請求項1に係る訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に、 「多孔性支持体上にポリアミド活性層が形成され、 前記ポリアミド活性層を酸処理した後、フーリエ変換赤外線分光器(FTIR)を用いて測定したアミド基と結合したC=O二重結合(-CONH-)のピーク高さに対するカルボキシ基のC=O二重結合(-COOH)のピーク高さの比の最小値に対する最大値の比が1.2?4である」とあるのを、 「多孔性支持体上にポリアミド活性層が形成され、 前記ポリアミド活性層を酸処理した後、ATRフーリエ変換赤外線分光器(FTIR)を用いて測定したアミド基と結合したC=O二重結合(-CONH-)のピーク高さに対するカルボキシ基のC=O二重結合(-COOH)のピーク高さの比の最小値に対する最大値の比が1.2?4であり、 前記多孔性支持体は、高分子材料のコーティング層を有し、 前記高分子材料は、ポリスルホンであり、 前記ポリアミド活性層は、前記コーティング層の上に形成される」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2?7も同様に訂正する)。 イ.請求項5に係る訂正事項2 特許請求の範囲の請求項5を削除する。 ウ.請求項6に係る訂正事項3 特許請求の範囲の請求項6に、「請求項1?5までのいずれか一項に記載の水処理分離膜」とあるのを、「請求項1?4までのいずれか一項に記載の水処理分離膜」に訂正する(請求項6の記載を引用する請求項7も同様に訂正する)。 (2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、一群の請求項及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否 訂正事項1は、訂正前の請求項1に係る発明において、水処理分離膜がポリアミド活性層と多孔性支持体との間にポリスルホンからなるコーティング層を有するものである点を限定し、また、赤外線分光器の種類を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としている。そして、水処理分離膜がポリスルホンからなるコーティング層を有する点は、本件特許明細書の【0019】や【0081】実施例1等に記載されており、また、ATRフーリエ変換赤外線分光器を利用する点は、同明細書の【0060】や【0117】に記載されている。よって、訂正事項1は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。 次に、訂正事項2及び3は、訂正前の請求項5の削除と、請求項5を引用していた請求項6の引用請求項を削減する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。 そして、訂正前の請求項1?7は、請求項2?7が、訂正の請求の対象である請求項1の記載を直接又は間接的に引用する関係にあるから、訂正前において一群の請求項に該当するものである。 したがって、訂正の請求は、一群の請求項ごとにされたものである。 (小括) 上述のとおり、上記の訂正請求による訂正事項1?3は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び第9項で準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項1?7について訂正を認める。 第3 本件特許発明 特許第5875201号の請求項1?4、6、7に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」等という。)は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1?4、6、7に記載された以下のとおりのものと認める。 【請求項1】 多孔性支持体上にポリアミド活性層が形成され、 前記ポリアミド活性層を酸処理した後、ATRフーリエ変換赤外線分光器(FTIR)を用いて測定したアミド基と結合したC=O二重結合(-CONH-)のピーク高さに対するカルボキシ基のC=O二重結合(-COOH)のピーク高さの比の最小値に対する最大値の比が1.2?4であり、 前記多孔性支持体は、高分子材料のコーティング層を有し、 前記高分子材料は、ポリスルホンであり、 前記ポリアミド活性層は、前記コーティング層の上に形成される、水処理分離膜。 【請求項2】 前記アミド基と結合したC=O二重結合(-CONH-)のピーク高さに対するカルボキシ基のC=O二重結合(-COOH)のピーク高さの比の最小値は0.05?0.07である、 請求項1に記載の水処理分離膜。 【請求項3】 前記アミド基と結合したC=O二重結合(-CONH-)のピーク高さに対するカルボキシ基のC=O二重結合(-COOH)のピーク高さの比の最大値は0.17?0.19である、 請求項1に記載の水処理分離膜。 【請求項4】 前記酸処理は、前記ポリアミド活性層を塩酸水溶液に入れて行われる、請求項1から3までの何れか1項に記載の水処理分離膜。 【請求項5】 (削除) 【請求項6】 請求項1?4までのいずれか一項に記載の水処理分離膜を少なくとも一つ以上含む、 水処理モジュール。 【請求項7】 請求項6の水処理モジュールを少なくとも一つ以上含む、 水処理装置。 第4 甲各号証及び乙各号証の記載事項 特許異議申立人は、甲第1?9号証を、また、特許権者は、乙第1、2号証を提出した。 ここで、甲第1?4号証は、特許異議申立書に添付され、甲第5?7号証は、平成29年5月25日付けの意見書に添付され、甲第8、9号証は、同年10月18日付けの意見書に添付されたものである。 また、乙第1号証は、平成29年3月15日付けの意見書に添付されたものであり、乙第2号証は、同年9月5日付けの意見書に添付されたものである。 甲第1号証:特開平10-235173号公報 甲第2号証:甲第1号証の実施例9、10の複合半透膜の追試試験を行った実験成績証明書1 甲第3号証:甲第1号証の実施例10の複合半透膜の算術平均粗度(Ra)の追試試験を行った実験成績証明書2 甲第4号証:社団法人日本化学会編、「第5版 実験化学講座 3-基礎編III 物理化学-」、丸善株式会社、平成15年10月30日、67-74ページ 甲第5号証:甲第1号証の実施例9、10の複合半透膜の追試試験を行った実験成績証明書3 甲第6号証:乙第1号証に記載の条件にて甲第1号証の実施例9の複合半透膜の追試試験を行った実験成績証明書4 甲第7号証:甲第1号証の参考例1の繊維補強ポリスルホン支持膜において赤外吸光スペクトル測定を行った実験成績証明書5 甲第8号証:国立研究開発法人産業技術総合研究所「有機化合物のスペクトルデータベース SDBS」、「N,N-ジメチルホルムアミド」、印刷日2017/10/11、SDBS:http://sdbs.db.aist.go.jp 甲第9号証:国立研究開発法人産業技術総合研究所「有機化合物のスペクトルデータベース SDBS」、「クロロホルム」、印刷日2017/10/11、SDBS:http://sdbs.db.aist.go.jp 乙第1号証:甲第1号証の実施例9の複合半透膜の追試試験を行った実験成績証明書 乙第2号証:Sabine Vico et al.,"Hydration of a Polysulfone Anion- Exchange Membrane Studied by Vibrational Spectro-scopy", Langmuir, 19, p. 3282-3287, 2003 甲第1?9号証及び乙第1、2号証には、以下の記載がある。 (1)甲第1号証 a「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は、液状混合物の成分を選択透過分離するための高性能な複合半透膜およびその製造方法に関するものである。本発明によって得られる複合半透膜は特にカン水の脱塩・・・に用いることができる。・・・」 b「【0042】参考例1 本発明において使用した繊維補強ポリスルホン支持膜は、以下の手法により製造した。 【0043】タテ30cmヨコ20cmの大きさのポリエステル繊維からなるタフタ(タテ糸、ヨコ糸とも150デニールのマルチフィラメント糸、織密度タテ90本/インチ、ヨコ67本/インチ、厚さ160μm)をガラス板上に固定し、その上にポリスルホン(ユニオン・カーバイト社製のUdel-P3500)の15重量%ジメチルホルムアミド(DMF)溶液を200μmの厚みで室温(20℃)でキャストし、ただちに純水中に浸漬して5分間放置することによって繊維補強ポリスルホン支持膜(以下FR-PS支持膜と略す)を作製する。このようにして得られたFR-PS支持膜(厚さ210?215μm)の純水透過係数は、圧力1kg/cm^(2)、温度25℃で測定して0.005?0.01g/cm^(2)・sec・atmであった。 【0044】実施例1 参考例1に従って製造したFR-PS支持膜をm-フェニレンジアミン2重量%、N,N-ジイソプロピルホルムアミド1重量%を含む水溶液中に1分間浸漬した。該支持膜を垂直方向にゆっくりと引上げ、支持膜表面から余分な水溶液を取除いた後、トリメシン酸クロライド0.05重量%を含んだデカン溶液を表面が完全に濡れるように塗布して1分間静置した。次に膜を垂直にして余分な溶液を液切りして除去した後、膜面に残った溶媒を蒸発させるために膜表面での風速が8m/s、温度25℃の空気を1分間吹き付けた。この膜を炭酸ナトリウムの1重量%水溶液に5分間浸漬した。 【0045】このようにして得られた複合半透膜をpH6.5に調整した1500ppm食塩水を原水とし、7.5kg/cm^(2)、25℃の条件下で逆浸透テストした結果、表1に示した膜性能が得られた。さらに、1000ppmイソプロピルアルコール水溶液を原水とし、7.5kg/cm^(2)、25℃の条件下で逆浸透テストした結果、表1に示した膜性能が得られた。 【0046】実施例2?17、比較例1?4 多官能アミン水溶液に添加するアミドおよびホスホルアミドの種類と濃度を表1に示したような条件に変えた以外は実施例1と同様にして複合半透膜を作製した。このようにして得られた複合半透膜を実施例1と同様の条件下で逆浸透テストした結果、表1に示した膜性能が得られた。」 c 「【表1】 」 (2)甲第2号証 d「4.実験の方法および結果 (1)膜作製 甲第1号証実施例9および10の方法に準じて製膜を行った。」 e「(2)赤外吸光スペクトル測定 上記(1)で得た複合半透膜について、本件特許の[0117]に記載に準じて、以下の操作を行った。・・・ (3)結果 (3-1)甲第1号証の実施例9 ピーク高さの比の最小値は0.31(アミド基と結合したC=O二重結合のピーク高さ:0.033、カルボキシ基のC=O二重結合のピーク高さ:0.010)であり、比の最大値は0.70(アミド基と結合したC=O二重結合のピーク高さ:0.073、カルボキシ基のC=O二重結合のピーク高さ:0.052)であった。これらの数値から算出される最大値/最小値の比は2.3であった。 (3-2)甲第1号証の実施例10 ピーク高さの比の最小値は0.35(アミド基と結合したC=O二重結合のピーク高さ:0.036、カルボキシ基のC=O二重結合のピーク高さ:0.013)であり、比の最大値は0.67(アミド基と結合したC=O二重結合のピーク高さ:0.072、カルボキシ基のC=O二重結合のピーク高さ:0.048)であった。これらの数値から算出される最大値/最小値の比は1.9であった。」 (3)甲第3号証 f「1.目的 甲第1号証・・・に記載された複合半透膜が、本件特許・・・の請求項5の算術平均粗度(Ra)の条件を満たすことを確認する。」 (本願の請求項5が削除されたため、詳細は省略する。) (4)甲第4号証 g「1.2.4 全反射吸収測定の原理 (ア)・・・ATR法とは、・・・試料(屈折率n_(2))をゲルマニウムなどの屈折率のより大きな材料(屈折率n_(1)) に密着させ、赤外光を臨界角より大きな入射角で高屈折光学材料から資料に照射したときに起きる全反射(total reflection)を利用して赤外スペクトルを測定する方法である・・・ (イ)・・ただし、全反射条件下でも光電場の一部が疎な媒質2にしみ込み、いわゆるエバネッセント波(evanescent wave)を形成する.・・・ (ウ)・・臨界角付近でしみ込み深さが波長の数倍に達し入射角の増大で急激に減少する.」(上記摘記で「(ア)」?「(ウ)」は当審で付与した。(ア)は67ページ、(イ)は68ページ、(ウ)は69ページにそれぞれ記載されている。) h「・・・エバネッセント波の試料層への進入深さ(dp)は・・・λ=4μm(2500cm^(-1))に対してdp=0.49μm、λ=10μm(1000cm^(-1))に対してdp=1.21μmとなり・・・」」 (5)甲第5号証 甲第2号証において、特許権者によって開示が必要であると主張された数値を改めて開示したものであり、実質的に新たな理由及び証拠を提出するものではないため、省略する。 (6)甲第6号証 乙第1号証に記載の条件にて甲第1号証の実施例9の複合半透膜の追試試験を行った結果を開示したものである。 i「(3)結果 ピーク高さの比の最小値は0.174(アミド基と結合したC=O二重結合のピーク高さ:0.0227、カルボキシ基のC=O二重結合のピーク高さ:0.00395)であり、比の最大値は0.227(アミド基と結合したC=O二重結合のピーク高さ:0.0224、カルボキシ基のC=O二重結合のピーク高さ:0.00507)であった。これらの数値から算出される最大値/最小値の比は1.30であった。」 (7)甲第7号証 j「4.実験の方法および結果 (1)膜作製 甲第1号証の方法に準じて製膜を行った。 (a)繊維補強ポリスルホン支持膜 甲第1号証の[0043](参考例1)の記載に準じて、以下の操作を行った。・・・ (2)赤外吸光スペクトル測定 上記(1)で得たFR-PS支持膜について、フーリエ変換赤外線分光分析装置(ニコレー社製、Avatar360)、ATR-IRユニットを用いて、試料の表面において赤外吸収スペクトルを得た。・・・ (3)結果 得られたスペクトルは図1のとおりである。 」 k「5.結論 ポリスルホンはカルボニル基を含まないが、1650?1700cm^(-1)に吸収が見られる。」 (7)甲第8号証 l「 」上記の図は、N,Nジメチルホルムアルデヒド(DMF)のIRスペクトルデータを示す。 (8)甲第9号証 m「 」上記の図は、クロロホルムのIRスペクトルデータを示す。 (9)乙第1号証 l「4.実験の方法および結果 (1)膜作製 甲第1号証実施例9の方法に準じて製膜を行った。」 m「(2) 上記(1)で得られた複合半透膜について、本件特許の段落[0117]の記載に準じて、以下の操作を行った。・・・ (3)結果 ピーク高さの比の最小値は0.150(アミド基と結合したC=O二重結合のピーク高さ:0.0344、カルボキシ基のC=O二重結合のピーク高さ:0.00514)であり、比の最値は0.158(アミド基と結合したC=O二重結合のピーク高さ:0.297、カルボキシ基のC=O二重結合のピーク高さ:0.00469)あった。これらの最大値/最小値の比は1.05であった。」 (10)乙第2号証 n「Membrane Preparation. Membranes were cast from a solution of bromomethylated polysurfone in chloroform (省略) onto glass plates of known surface area. The solvent was removed by evapolation at room temperature.」 (当審仮訳) 「膜準備。膜は、クロロホルムを溶媒とするブロモメチル化ポリスルホン溶液を用いて、既知の表面領域を有するガラス板上に形成された。溶媒は、室温で蒸発により除去された。」 o「 」上記のFigure 2.は、ポリスルホン膜のIRスペクトルデータ(a)参照)を示す。なお、Figure 2.に記載された(a)のスペクトルを囲む枠と、タイトルの一部に付された下線は、特許権者により付与されたものである。 第5 当審の判断 1.特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)について 取消理由の通知及び取消理由の通知(決定の予告)で通知したことと、特許異議申立理由書で請求項ごとに申立てられたこととは共通しており、要するに、特許請求の範囲で特定された水処理分離膜の赤外線分光分析に係るパラメータについて、ポリアミド活性層のみならず、その下の下地層の影響を受け得ることが発明の詳細な説明に記載されていないため、当該下地層によらず、本件特許発明が、発明の詳細な説明に記載された課題を解決できるのか不明であることを問題とするものである。そこで、以下、これについて検討する。 本件特許発明は、「前記ポリアミド活性層を酸処理した後、フーリエ変換赤外線分光器(FTIR)を用いて測定したアミド基と結合したC=O二重結合(-CONH-)のピーク高さに対するカルボキシ基のC=O二重結合(-COOH)のピーク高さの比の最小値に対する最大値の比が1.2?4であ」ることを発明特定事項とする。 そして、上記フーリエ変換赤外線分光器(FTIR)を用いた測定について、本件特許明細書【0060】には、下記のとおり記載されている。 「【0060】 上記実験において、上記フーリエ変換赤外線分光器としては、ATR(Ge)FT-IR装置のFTS-7000(製造社:Varian)を使用しており、アミド基と結合したC=O二重結合のピークは1663cm^(-1)近傍、カルボキシ基のC=O二重結合のピークは1709cm^(-1)近傍で示された。」 ここで、アミド基と結合したC=O二重結合のピークを計測するATR法による赤外吸収の測定について、例えば、上記「第4(4)h」に、「エバネッセント波の試料層への侵入深さ(dp)は・・・λ=4μm(2500cm^(-1))に対してdp=0.49μm、λ=10μm(1000cm^(-1))に対してdp=1.21μmとなり・・・」と記載されるように、同法により得られた測定結果は、表面からμmないしサブμmの深さまでを反映すると認められる。 そして、本件特許発明のポリアミド活性層の厚さについて、本件特許明細書に明示の記載はないが、同ATR法で計測できる厚さであると解するのが自然であり、例えば【0003】にも、「非常に厚さが薄いポリアミド活性層が形成されるようになる」と記載されているから、その厚さは、数十?数百nm程度であると考えられる。 してみれば、本件特許発明の、「前記ポリアミド活性層を酸処理した後、フーリエ変換赤外線分光器(FTIR)を用いて測定した・・・・(-CONH-)のピーク高さに対する・・・・(-COOH)のピーク高さの比の最小値に対する最大値の比」は、ポリアミド活性層による吸収以外に、その下地層による吸収の影響を受けるものといえる。 この点について、特許権者は、訂正請求書において、ポリアミド活性層の下の層がポリスルホンからなる高分子コーティング層である点を特定し、同日に提出された意見書において、ポリスルホンが(-CONH-)及び(-COOH)のピークと重なる位置で赤外線吸収特性を有しない旨を主張している。 そして、特許権者は、ポリスルホンの赤外線吸収特性を示すため、上記「第4(10)」に示す乙第2号証のFigure 2.において、ポリアミド活性層のフーリエ変換赤外線分光器で測定したポリスルホン膜のスペクトルでは、1650?1700cm^(-1)近傍で特徴的な赤外線吸収特性が観察されないことを根拠として、同波長域でピークが観察されている上記「第4(7)」に示す甲第7号証(特許異議申立人による本件特許発明に係るポリスルホン支持膜の追試試験)の結果について疑義を呈示している。 他方、特許異議申立人は、平成29年10月18日付け意見書において、本件特許明細書に記載された手法でポリスルホン支持体を作製するとDMF(N,N-ジメチルホルムアミド)が残存する可能性がある点を主張し、同DMFが1650?1700cm^(-1)近傍で特徴的な赤外線吸収特性を有する点を上記「第4(8)」に示す甲第8号証により説明している。そして、追加的に、乙第2号証のポリスルホン膜の作製には、溶媒としてクロロホルムが利用されている点を挙げ、クロロホルムを利用した場合には、1650?1700cm^(-1)近傍に赤外線吸収特性が観察されない点を、上記「第4(9)」に示す甲第9号証により説明している。 そこで、上記のピーク高さの比に対する、本件特許発明におけるポリアミド活性層の下地層の影響について、さらに検討を行う。 まず、訂正後の請求項1には、「・・・前記多孔体支持体は、高分子材料のコーティングを有し、前記高分子材料は、ポリスルホンであり・・・」と記載されている。そして、当該記載を文言どおりに解釈するならば、当該高分子材料は、不純物の混入が許容される余地はあるとしても、ポリスルホン単体である必要があり、ポリスルホンと他の素材との混合物等、部分的にしかポリスルホンを含有しない高分子材料は排除されると解される。そうであれば、下地層を構成する高分子材料自体からの影響があるとはいえない。 次に、下地層を作製する際に使用される溶媒の影響について検討する。本件特許明細書に記載された実施例を参照すると、【0081】には、「DMF(N,N-ジメチルホルムアミド)溶液に18重量%のポリスルホン固形分を入れ・・・均一の液相を得た。この溶液を・・・不織布上に厚さ45?50μmでキャストして多孔性ポリスルホン支持体を形成した。」と記載されているように、DMFは、ポリスルホンを不織布上に塗布するために溶媒として利用されていると解される。 そして、一般論として、高分子膜等の作製に利用される有機溶媒は、膜を形成しようとする高分子の濡れ性を確保するために利用されるものであり、溶液を乾燥させて膜状に仕上げる際には除去されることが想定されている。ここで、【0081】には、DMFの除去について明記されていないが、「多孔性ポリスルホン支持体を形成した。」との記載からみて、DMFは、積極的に支持体に残すものではないと考えるのが自然である。 さらに、【0082】には、上記【0081】の後工程として、特定の成分を有する水溶液に2分間入れてから取り出した後、支持体上における過剰の水溶液を25psiのローラーを用いて除去する旨も記載されており、仮にポリスルホン支持体にDMFが残存したとしても、その後の処理によってDMFが除去される蓋然性も高い。 つまり、発明の詳細な説明に記載されたポリスルホン支持体もまた、DMFの混入を排除するものと解される。 そうすると、本件特許発明1?4、6、7は、高分子コーティングにDMFを含有するものとは認められない。 よって、ポリアミド活性層に係る赤外線吸収特性について、下地層の影響は無視し得ると認められる。 以上をまとめると、本件特許発明1?4、6、7は、ポリスルホンのコーティングを有するものであるのに対し、発明の詳細な説明から把握される高分子コーティング膜もまた、ポリスルホン単体の膜であるから、特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であるといえる。 そして、発明の詳細な説明には、かかる本件特許発明1?4、6、7についての実施例が記載され、本件特許発明の解決すべき課題、すなわち、「別途の後処理工程を行うことなく高い比表面積を有するため耐塩素性の持続時間が向上し、高い塩除去率及び透過流量を維持することができる水処理分離膜及びその製造方法を提供する」(【0007】)という課題の解決が図られることが開示されているといえる。 よって、本件特許発明1?4、6、7が、発明の詳細な説明に記載された発明から拡張ないし一般化できるものではないとする理由は認められない。 2.特許法第29条第1項第3号及び同条第2項について (1)引用発明の認定 上記「第4(1)」に示す甲第1号証の摘示箇所a?cから、甲第1号証には、「繊維補強ポリスルホン支持膜を、εCL(ε-カプロラクタム)を2又は4重量%含む水溶液に浸漬して引上げた後、酸処理を経て得られるカン水等の液状混合物の成分を選択透過分離するための複合半透膜」(引用発明1)が記載されている。 (2)対比・判断 ア 本件特許発明1と引用発明1とを対比すると、引用発明1の「複合半透膜」は、本件特許発明1の「水処理分離膜」に相当し、また、「繊維補強ポリスルホン支持膜」はポリスルホンのコーティング層を有する「多孔性支持体」に相当する。 また、「εCL(ε-カプロラクタム)を2又は4重量%含む水溶液に浸漬して引上げた後、酸処理」を行うことは、ポリアミド活性層を形成し、当該活性層に酸処理することに相当する。 したがって、本件特許発明1と引用発明1とは、下記の点で一致し、下記の点で相違する。 一致点:「ポリスルホンのコーティング層を有する多孔性支持体上に酸処理されたポリアミド活性層を有する水処理分離膜。」 相違点:本件特許発明1は、ATRフーリエ変換赤外線分光器(FTIR)を用いて測定したアミド基と結合したC=O二重結合(-CONH-)のピーク高さに対するカルボキシ基のC=O二重結合(-COOH)のピーク高さの比の最小値に対する最大値の比が1.2?4であるのに対して、引用発明1は、当該パラメータを満たすか否か明らかでない点。 イ 相違点について、特許異議申立人は、甲第2号証又は甲第5号証を参照し、引用発明1が相違点に係る技術的事項も満たす旨を説明している。 しかしながら、特許権者から提出された上記「第4(9)」に示す乙第1号証(実験成績証明書)によれば、引用発明1が、相違点に係る技術的事項を満たすとはいえない。 そこで、本件特許発明1が相違点に係る技術的事項を特定している理由について、本件特許明細書を参照すると、まず、本件特許発明1は、所定の間隔で液滴を滴下させて、滴下された液滴が平坦化して形成されたアミン化合物との界面重合度が高い中心部と、同界面重合度が低い臨界領域を有するようにし、界面重合の厚さを異ならせたものであると解される(【0058】参照)。 そして、その重合度差を示す指標となるのが、ATRフーリエ変換赤外線分光器による分析結果であるといえる。 一方、引用発明1は、例えば、甲第1号証の【0029】に記載されるように、アミン水溶液が多孔性支持体表面に均一にかつ連続的に被覆されるものであり、換言すると、本件特許発明1のように、積極的にポリアミド活性膜の重合度に差を設けることを意図したものではないといえる。 そうすると、本件特許発明1と引用発明1とは、本質的に異なる発明であるといえるものであり、また、特許異議申立人と特許権者の両者から提出された実験成績証明書に示された膜は、いずれも甲第1号証実施例9の方法に準じて製造したものと認められるが、赤外線吸収特性に係るパラメータが相違することからみて、特許異議申立人は、引用発明1が本件特許発明で特定された赤外線吸収に係るパラメータの条件を満たすことを、客観的に明らかといえる程度にまで立証できたとはいえない。 まして、ポリアミド活性膜の重合度に差を設けるという技術思想や、赤外線吸収特性の分析値からポリアミド活性膜を評価するという技術思想が存在しない引用発明1に基づいて、本件特許発明1を導出することは、当業者といえども容易ではないと考えられる。 したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明ではないから、特許法第29条第1項第3号の規定により拒絶されるものではない。また、同特許発明1は、引用発明1に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、特許法第29条第2項の規定により拒絶されるものでもない。 (2)本件特許発明2?4、6、7 本件特許発明2?4、6、7は、本件特許発明1を引用する発明であり、いずれも上記の相違点に係る技術的事項を包含している。 そうすると、本件特許発明2?4、6、7は、本件特許発明1と同様に、引用発明1との間において、上記の相違点について相違し、また、引用発明1において当該相違点に係る技術事項を満足させることは、当業者といえども容易に想到し得ないと認められる。 したがって、本件特許発明2?4、6、7は、甲第1号証に記載された発明ではないから、特許法第29条第1項第3号の規定により拒絶されるものではない。また、同特許発明2?4、6、7は、引用発明1に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、特許法第29条第2項の規定により拒絶されるものでもない。 第7 むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由又は特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、本件請求項1?4、6、7に係る特許を取り消すことはできない。 また、上記の理由の他に、本件請求項1?4、6、7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 さらに、請求項5に係る特許は、訂正により削除されたため、本件特許の請求項5に対して特許異議申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 多孔性支持体上にポリアミド活性層が形成され、 前記ポリアミド活性層を酸処理した後、ATRフーリエ変換赤外線分光器(FTIR)を用いて測定したアミド基と結合したC=O二重結合(-CONH-)のピーク高さに対するカルボキシ基のC=O二重結合(-COOH)のピーク高さの比の最小値に対する最大値の比が1.2?4であり、 前記多孔性支持体は、高分子材料のコーティング層を有し、 前記高分子材料は、ポリスルホンであり、 前記ポリアミド活性層は、前記コーティング層の上に形成される、 水処理分離膜。 【請求項2】 前記アミド基と結合したC=O二重結合(-CONH-)のピーク高さに対するカルボキシ基のC=O二重結合(-COOH)のピーク高さの比の最小値は0.05?0.07である、 請求項1に記載の水処理分離膜。 【請求項3】 前記アミド基と結合したC=O二重結合(-CONH-)のピーク高さに対するカルボキシ基のC=O二重結合(-COOH)のピーク高さの比の最大値は0.17?0.19である、 請求項1に記載の水処理分離膜。 【請求項4】 前記酸処理は、前記ポリアミド活性層を塩酸水溶液に入れて行われる、 請求項1から請求項3までの何れか1項に記載の水処理分離膜。 【請求項5】 (削除) 【請求項6】 請求項1?4までのいずれか一項に記載の水処理分離膜を少なくとも一つ以上含む、 水処理モジュール。 【請求項7】 請求項6の水処理モジュールを少なくとも一つ以上含む、 水処理装置。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2017-11-13 |
出願番号 | 特願2014-557582(P2014-557582) |
審決分類 |
P
1
651・
113-
YAA
(B01D)
P 1 651・ 121- YAA (B01D) P 1 651・ 537- YAA (B01D) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 富永 正史 |
特許庁審判長 |
新居田 知生 |
特許庁審判官 |
蛭田 敦 中澤 登 |
登録日 | 2016-01-29 |
登録番号 | 特許第5875201号(P5875201) |
権利者 | エルジー・ケム・リミテッド |
発明の名称 | 耐塩素性に優れた高流量水処理分離膜 |
代理人 | 龍華国際特許業務法人 |
代理人 | 特許業務法人酒井国際特許事務所 |
代理人 | 龍華国際特許業務法人 |