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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C12M
審判 全部申し立て 2項進歩性  C12M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12M
管理番号 1336169
異議申立番号 異議2016-700703  
総通号数 218 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-02-23 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-08-09 
確定日 2017-12-08 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5854456号発明「癌細胞濃縮フィルター」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5854456号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1-6]について訂正することを認める。 特許第5854456号の請求項1ないし2、4ないし6に係る特許を維持する。 特許第5854456号の請求項3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5854456号の請求項1ないし6に係る特許についての出願は、平成23年8月23日の特許出願であって、平成27年12月18日にその特許権の設定登録がされ、平成28年2月9日に特許公報が発行され、その後、特許異議申立人永田静香(以下、「申立人」という。)により請求項1ないし6に対して特許異議の申立てがされ、同年10月31日付けで取消理由が通知され、平成29年1月4日(受理日:同年1月5日)に意見書が提出され、同年3月27日付けで取消理由通知(決定の予告)がされ、同年5月30日付け(受理日:同年5月31日)で意見書の提出及び訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)がされたので、申立人に対して、同年6月
23日付けで訂正請求があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)がされたところ、指定応答期間内に申立人から意見書が提出されなかったものである。

第2 訂正の適否
1.訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、次の訂正事項1?3のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示すものである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において、
「複数の貫通孔が形成された金属基板からなり、前記貫通孔の開口形状は、短辺の長さが5.0?15.0μmの長方形又は角丸長方形である、癌細胞濃縮フィルター」と記載されているのを、

「複数の貫通孔が形成された金属基板からなり、前記貫通孔の開口形状は、短辺の長さが5.0?15.0μmの長方形又は角丸長方形であり、前記貫通孔の平均開口率は、1?10%である、癌細胞濃縮フィルター(ただし、下記一般式(1)で表される構造単位を含むポリマーからなる癌細胞接着性向上剤で被覆されている癌細胞濃縮フィルターを除く


[式中、R^(1)は水素原子又はメチル基であり、R^(2)はメチル基又はエチル基であり、mは1?3である。])」
と訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4ないし6のそれぞれ引用する請求項から、請求項3を除く訂正をする。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の 存否
訂正事項1は、訂正前の請求項1に記載の「癌細胞濃縮フィルター」について、本件特許明細書(以下、「本件明細書」という。)の【0027】の「フィルタの貫通孔の平均開口率は・・・1?10%が最も好ましい。」との記載に基づき、「貫通孔の平均開口率は、1?10%」として限定し、さらに、取消理由(決定の予告)で引用されたPCT/JP2012/064932号(国際公開2012/173097号)の国際出願日における請求の範囲の請求項7等に記載された下記一般式(1)(式略)で表される構造単位を含むポリマーからなる癌細胞接着性向上剤で被覆されている癌細胞濃縮フィルター[式中、R^(1)は水素原子又はメチル基であり、R^(2)はメチル基又はエチル基であり、mは1?3である。]を訂正前の請求項1から除くものである。
したがって、訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
訂正事項2は、単に請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
訂正事項3は、請求項3を引用していた請求項4ないし6について、訂正事項2に伴い、請求項3の引用を除くものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

3.一群の請求項について
本件訂正は、訂正前の請求項1、3、4ないし6を対象とするものであるが、訂正前の請求項2ないし6は、請求項1の記載を直接又は間接に引用する関係にあるから、訂正前の請求項1ないし6は、一群の請求項に該当するものである。
したがって、訂正の請求は、一群の請求項になされたものである。

4.小括
訂正事項1?3による本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項の規定、及び同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項〔1-6〕について訂正を認める。

第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は認容されるので、本件特許の請求項1ないし6に係る発明(以下、順に「本件発明1」、「本件発明2」などという。)は、平成29年5月30日付け(受理日:同年5月31日)で提出された訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された以下の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】複数の貫通孔が形成された金属基板からなり、前記貫通孔の開口形状は、短辺の長さが5.0?15.0μmの長方形又は角丸長方形であり、前記貫通孔の平均開口率は、1?10%である、癌細胞濃縮フィルター(ただし、下記一般式(1)で表される構造単位を含むポリマーからなる癌細胞接着性向上剤で被覆されている癌細胞濃縮フィルターを除く

[式中、R^(1)は水素原子又はメチル基であり、R^(2)はメチル基又はエチル基であり、mは1?3である。])。

【請求項2】
前記金属基板は、金、銀、銅、アルミニウム、タングステン、ニッケル、クロム、ステンレス及びこれらの合金からなる群より選択される少なくとも1種の金属を主成分とするものである、請求項1に記載の癌細胞濃縮フィルター。

【請求項3】(削除)

【請求項4】
厚さは3?100μmである、請求項1又は2に記載の癌細胞濃縮フィルター。

【請求項5】
末梢血液、腹水又は胸水中の癌細胞用である、請求項1、2又は4のいずれか一項に記載の癌細胞濃縮フィルター。

【請求項6】
小細胞肺癌又は非小細胞肺癌の癌細胞用である、請求項1、2、4又は5のいずれか一項に記載の癌細胞濃縮フィルター。」

第4 申立人が申し立てた取消理由
申立人が申し立てた取消理由の概要および証拠方法は以下のとおりである。

1.申立理由
(1)特許法第29条第1項第3号の申立
本件特許の訂正前の請求項1、3ないし6に係る発明は、甲第4-1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1、3ないし6に係る特許は、同法第113条第2号の規定に該当し、取り消すべきものである。

(2)特許法第29条第2項の申立
本件特許の訂正前の請求項1ないし6に係る発明は、甲第1?7、9、11?14号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、請求項1ないし6に係る特許は、同法第113条第2号の規定に該当し、取り消すべきものである。

(3)特許法第29条の2の申立
本件特許の訂正前の請求項1ないし6に係る発明は、甲第8号証又は甲第10号証に記載された発明と同一であり、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないから、請求項1ないし6に係る特許は、同法第113条第2号の規定に該当し、取り消すべきものである。

(4)特許法第36条第4項第1号、第6項第1号の申立
本件特許の訂正前の請求項1ないし6に係る発明についての特許は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
本件特許の訂正前の請求項1ないし6に係る発明についての特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、請求項1ないし6に係る特許は、同法第113条第4号の規定に該当し、取り消すべきものである。

2.証拠方法
甲第1号証:米国特許第8551425号明細書、及びその抄訳
甲第2号証:Tech Dig IEEE Micro Electro Mech Syst、Vol.23rd、Vol.2、
2010年、935-938、及びその抄訳
甲第3号証:特開2011-95247号公報
甲第4-1号証:米国特許出願公開第2004/0142463号明細書
及びその抄訳
甲第4-2号証:米国特許出願公開第2003/0134416号明細書
及びその抄訳
甲第5号証:Analytical Chemistry、Vol.82、Vol.15、2010年、
6629?6635頁、及びその抄訳
甲第6号証:特表2008-538509号公報
甲第7号証:特表2010-520446号公報
甲第8号証:国際公開第2011/123655号及び
その抄訳としての特表2013-523135号公報
(特願2013-502849号)公報
甲第9号証:米国特許第7695966号明細書、およびその抄訳
甲第10号証:再公表WO2012/173097号公報
甲第11号証:特表2010-530234号公報
甲第12号証:特開2010-227011号公報
甲第13号証:特開平7-51521号公報
甲第14号証:特表2001-519716号公報
甲第15号証:甲第11号証及び甲第12号証、並びに記載不備に
関する説明資料

第5 当審が通知した取消理由(決定の予告)の概要
当審において平成29年3月27日付けで通知した取消理由(決定の予告)の概要は、本件発明1、2、4ないし6は、甲第10号証に対応する国際出願であるPCT/JP2012/064932号(国際公開第2012/173097号))(以下、「先願B」という。)の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲及び図面に記載された発明と同一であるから、本件発明1ないし2、4ないし6は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものであり、その特許は取り消すべきものである、というものである。

第6 取消理由(決定の予告)についての当審の判断
1.先願Bの明細書、請求の範囲及び図面に記載されている技術的事項
(下線は当審で付与した。)

1-1.
「図1は、癌細胞濃縮フィルターの一実施形態を示す概略図である。フィルター100は、複数の貫通孔10が形成された基板20からなる。貫通孔10の開口形状は角丸長方形である。基板20の面30の表面にCTCが捕獲される。少なくとも面30の一部は癌細胞接着性向上剤で被覆されている。・・・」
([0071])

「一実施形態において、基板の材質や形状は特に制限されることなく、例えば多孔質体、繊維、不織布、フィルム、シート、チューブを使うことができる。基板の材質としては、木綿、麻等の天然高分子・・・合成高分子あるいはこれらの混合物が挙げられる。また、金属、セラミックス及びこれらの複合材料等も例示でき、複数の基板より構成されていてもよい。・・・価格や入手の容易さの観点から、ニッケル、銅及びこれらを主成分とする金属を用いることが好ましい。・・・」([0075]-[0076])

10…貫通孔、20…基板、30…面、100…フィルター。([0115」)

(図1)

実施例では、基板の材質としてニッケルが使用されている。

1-2.
下記一般式(1)で表される構造単位を含むポリマーからなる癌細胞接着性向上剤。

[式中、R^(1)は水素原子又はメチル基であり、R^(2)はメチル基又はエチル基であり、mは1?3である。])(特許請求の範囲の請求項1)

1-3.
「一般的なCTCの大きさは、直径10μm以上である。・・・血液の透過性とCTCの捕捉性能の観点から、癌細胞濃縮フィルターは、貫通孔の平均孔径が5μm以上30μm未満であり、平均開口率が5%以上50%未満であることが好ましい。また、平均孔径が5μm以上15μm未満であり、平均開口率が10%以上40%未満であることが更に好ましく、平均孔径が5μm以上10μm未満であり、平均開口率が20%以上40%未満であることが特に好ましい。ここで、開口率とは、フィルター全体の面積に対する貫通孔が占める面積をいう。平均開口率は、目詰まり防止の観点から、大きいほど好ましいが、上記上限値を超えると、フィルターの強度が低下したり、加工が困難になる場合がある。また5%より小さいとフィルターの癌細胞濃縮性能が低下する場合がある。・・・貫通孔の孔径は、例えば開口形状が長方形の場合には、その長方形の短辺の長さとなり、開口形状が多角形の場合には、その多角形の内接円の直径となる。開口形状が長方形や角丸長方形の場合、CTCや白血球が貫通孔に補足された場合であっても、開口部において、開口形状の長辺方向に隙間ができる。この隙間を通して液体が通過可能であるため、フィルターの目詰まりを防止することが可能になる。」
([0077]?[0078])

1-4.
「一実施形態において、本発明は、上記の癌細胞濃縮フィルターで試料を濾過する濾過工程を含む、癌細胞の存在を検出する方法を提供する。CTC等の癌細胞を濃縮する試料としては、骨髄、脾臓、肝臓等にプールされている血液、リンパ、組織液、臍帯血等を利用することも可能であるが、体内を循環している末梢血を使うことが最も簡便である。末梢血中のCTCの存在を検出することは、癌の病状進行を判断する有用な手段である。」
([0081]))

2.先願Bの明細書、請求の範囲及び図面に記載された発明
先願Bの明細書、請求の範囲及び図面には、角丸長方形の貫通孔が形成された金属基板からなるCTCを捕獲する癌細胞濃縮フィルターが記載され(摘記1-1)、当該基板が、一般式(1)で表される構造単位を含むポリマーからなる癌細胞接着性向上剤で被覆されていること(摘記1-2)、貫通孔の平均孔径(長方形の場合、摘記1-3より「短辺の長さ」に相当する。)が5μm以上15μm未満の場合に平均開口率は10%以上40%未満であること(摘記1-3)、末梢血中に存在するCTCを検出して、癌の症状の進行を診断すること(摘記1-4)が記載されている。
以上の記載事項からすると、先願Bの明細書等には、
「複数の貫通孔が形成された金属基板からなり、前記貫通孔の開口形状は角丸長方形で、その短辺の長さと平均開口率の関係が、短辺が5μm以上15μm未満の場合に平均開口率は10%以上40%未満であり、上記の一般式(1)で表される構造単位を含むポリマーからなる癌細胞接着性向上剤で被覆された癌細胞濃縮フィルター」の発明(以下、「先願B発明」という。)が記載されている。

3.本件発明1ないし2、4ないし6と先願B発明の対比、判断
本件発明1(前者)と先願B発明(後者)を対比すると、両者は
「複数の貫通孔が形成された金属基板からなり、前記貫通孔の開口形状は、短辺の長さが5.0?15.0μmの角丸長方形であり、前記貫通孔の平均開口率が10%である、癌細胞濃縮フィルター」で一致し、
前者が、一般式(1)で表される構造単位を含むポリマーからなる癌細胞接着性向上剤で被覆されている癌細胞濃縮フィルターを除いているのに対し、後者の癌細胞濃縮フィルターが、一般式(1)で表される構造単位を含むポリマーからなる癌細胞接着性向上剤で被覆されている点で相違している。
この相違点について検討するに、先願Bの明細書に記載された発明は、[0010]等の記載からも理解できるように、癌細胞の接着性を向上させる癌細胞接着性向上剤の提供を目的とするものであり、先願Bの請求の範囲や実施例等に記載された癌細胞濃縮フィルターは、比較例I-1のニッケル基板を除くと、おしなべて癌細胞接着性向上剤によって被覆されている。
もっとも、比較例I-1の癌細胞接着性向上剤の被覆が無いニッケル基板は、図1の記載から、貫通孔の開口形状が角丸長方形であることは読み取れるが、短辺の長さが5.0?15.0μm、平均開口率が1?10%の要件を具備するものとは認定できない。
一方、本件明細書では、平均開口率1?10%が最も好ましい範囲として規定されるところ(【0027】)、平成29年5月30日付け意見書によれば、本件発明1は、平均開口率を1?10%(短辺の長さは本件明細書の実施例の記載から8μmと推察される。)と規定することで、癌細胞を高い回収率で回収できる一方、フィルターに残存する白血球を低減できるという効果を奏することが理解できる。
そうすると、本件発明1と先願B発明は、一般式(1)で表される構造単位を含むポリマーからなる癌細胞接着性向上剤で被覆されているか否かの相違点を有する他に、本件発明1は、貫通孔の短辺の長さ5.0?15.0μmと平均開口率1?10%という数値範囲の組合せにより、先願Bの明細書に記載がない癌細胞を高い回収率で回収できる一方、フィルターに残存する白血球を低減できるという新たな効果を奏するものであるから、上記両発明は、同一の発明であるとはいえない。
また、本件発明2、4ないし6は、本件発明1を引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、先願B発明と同一であるとはいえない。

4.小括
本件発明1ないし2、4ないし6は、先願Bの国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲及び図面に記載された発明と同一ではなく、特許法29条の2の規定により特許を受けることができないものではないから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2項に該当せず、取り消すべきものではない。

第7 取消理由(決定の予告)において採用しなかった特許異議の申立理由について

1.特許法第29条第1項第3号の申立について
(1)申立人の主張
申立人は、本件発明は、甲第4-1号証に記載されていると、主張する。

(2)判断(下線は当審で付与した。)
甲第4-1号証には、テーパー形状細孔を備える微細加工フィルターが記載され、フィルター材料が、ガラス、シリコン、セラミックス、金属、あるいはアクリル、ポリカーボネート、またはポリイミド等の硬質プラスチック等の硬質液体不透過性材料で構成されること(いずれも[0129])、フィルターにおける細孔はスロットと呼ばれ([0363])、約0.5?20μm、好ましくは約1?10μm、より好ましくは約2?約6μmの幅を有する長方形形状であること([0364])、細孔のろ過面積のパーセントは、約1?約70%、好ましくは約10?約50%、より好ましくは約15?約40%であること([0132])、当該フィルターを用いて血液検体の癌細胞を濃縮すること([0090]、[0647]?[0648])が記載されている。
しかし、甲第4-1号証には、上記フィルターを、金属基板で構成した具体例はなく、むしろ[0137]には、ガラス、シリコン、シリコンジオキサイド、又はポリカーボネート、ポリエステル等のポリマーを用いてフィルターを構成することが好ましい旨の記載もある。
加えて、甲第4-1号証には、スロットの幅(貫通孔の短辺の長さ)5.0?15.0μmとろ過面積(平均開口率)1?10%という数値範囲の組合せは明記されていない。
そうすると、本件発明1は、甲第4-1号証に記載された発明とは、金属基板を用いる点、貫通孔の短辺の長さが5.0?15.0μmの場合に平均開口率1?10%と規定している点で相違している。
また、本件発明2、4ないし6は、本件発明1を引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、甲第4-1号証に記載された発明とは異なるものである。
よって、申立人の1.(1)の主張は、理由がない。

2.特許法第29条第2項の申立について
(1)申立人の主張
申立人は、本件発明は、甲第1号証、甲第2号証、甲第4-1号証のいずれかを主引用例として、甲第1?7、9、11?15に記載された技術的事項と組み合わせることによって当業者が容易に発明をすることができたものであると、主張する。

(2)判断(下線は当審で付与した。)
甲第4-1号証には1.(2)で示したとおりの記載がある。
甲第1号証には、既定の形状および寸法を備える孔の配列を有するパリレン基板からなるメンブレンフィルターを備えるパリレンマイクロフィルター装置であり、そのメンブレンフィルター上の孔がそれぞれ寸法6μm×約40μmの矩形形状を有する循環腫瘍細胞を単離するためのシステム(クレーム1)が記載され、孔はその寸法が2?10ミクロン×30?60ミクロン、より好ましい実施形態において、孔は、6×40ミクロンであること(第8欄10?15行)、孔が複数存在することで、4%?25%・・・45?60%の範囲を含む4?60%の範囲を含む開口面積率が得られ、一実施形態においては、面積開口率は18%であること(第8欄65行?第9欄9行)、末梢血検体を含む血液検体等の体液から循環腫瘍細胞を単離すること(第7欄1行?9行)が記載されている。
甲第2号証には、人間の全血から生存循環腫瘍細胞(CTC)を捕獲するパリレンCメンブレンスロットフィルターが記載され(要約)、スロットの長さが40μm、スロットの幅が6μm、開口率が18%であること(935頁右欄30行?32行)、角丸長方形のスロットとすること(図2)が記載されている。
以上の記載から、本件発明1は、甲第1号証、甲第2号証、甲第4-1号証に記載された発明とは、(1)イで示した相違点、すなわち、金属基板を用いる点(相違点1)、貫通孔の短辺の長さ5.0?15.0μmの場合に平均開口率を1?10%と規定している点(相違点2)で相違している。

(相違点1について)
甲第3号証には、測定対象細胞(上皮細胞)は通過させず、それより小径の細胞(赤血球、白血球等)は通過させるフィルターが記載され(【0052】)、当該フィルターとして金属製のCVDで作製されたものを用いること(【0066】)、金属製のCVDフィルターが樹脂製のフィルターと比べて通孔の変形が少なく、開口率を高められるという利点があることが記載されているが(【0066】)、甲第3号証に記載のフィルターは、そもそも循環腫瘍細胞を単離するフィルターではない。
甲第4-2号証には、ガラス、シリコン、セラミックス、金属、あるいはアクリル、ポリカーボネート、またはポリイミド等の硬質プラスチック等の硬質液体不透過性材料で構成されるフィルター材料を用いること([0127])、甲第5号証には、CTC回収装置のサイズ選択性微小空洞配列が、ニッケルで作製されていること(6630頁右欄末3行?末行)、甲第7号証には、流体サンプルから固体画分を分離するための装置(【0007】)において、フィルターとして、金属等を用いること(【0051】)、甲第13号証には、金属薄板に微小孔が形成された血液検査用フィルターを用いること(特許請求の範囲)が、それぞれ記載されている。
しかし、甲第4-1号証では、金属が、フィルター材料の一例として列挙されているに過ぎないうえ、甲第1号証、甲第2号証に至っては、パリレン以外のフィルター材料を使用する旨の示唆は一切無い。
また、甲第3号証、甲第4-2号証、甲第5号証、甲第7号証、甲第13号証の記載をみても、単に各種フィルター材料に、金属が利用できることが示されているに過ぎず、甲第4-1号証、甲第1号証、甲第2号証に記載されている癌細胞の濃縮に向けたフィルター材料において、特に金属を選択させることを動機付ける記載は存しない。
一方、本件発明1は、癌細胞濃縮フィルターのフィルター材料として、特に金属基板を選択することで、吸引や加圧などによる外部からの力が加わってもそのサイズや形状が維持され、貫通孔よりも若干大きな血液成分(特に白血球)を変形させて通過させ、癌細胞の高精度の分離・濃縮が可能になるという本件明細書に記載の効果を奏するものである。
そうすると、甲第1号証、甲第2号証、甲第4-1号証に記載された発明において、相違点1として挙げた発明特定事項を想到することが、当業者に容易であったとはいえない。

(相違点2について)
甲第1号証には、短辺が2?10μm(例えば5.5μm)の長方形の貫通孔を有し、平均開口率が4?60%(例えば18%)であるフィルター、甲第2号証には、幅が6μmの角丸長方形のスロットを有し、スロットの開口率が18%であるフィルター、甲第4-1号証には、貫通孔の開口形状が、0.5?20μm、好ましくは約1?10μm、より好ましくは約2?約6μmの幅を有する長方形であり、.貫通孔の平均開口率が、1?70%、好ましくは10?50%、より好ましくは15?40%であるフィルターが記載されており、いずれもが平均開口率1?10%を、好ましい数値範囲として説明していない。
そして、甲第6号証(【0031】、【0035】)には、パリレンメンブレンフィルターにおいて各種の開口形状、開口面積率を採り得ること、甲第9号証(第4欄29行?48行)、甲第11号証(【0050】)には、フィルターに圧力をかけると粘弾性特性(変形能)の高い白血球の分離が行えること、、甲第12号証(【0077】)には、円形の孔がつまりやすく、角丸長方形の孔がつまりにくいこと、甲第15号証には、甲第11号証、甲第12号証に基づく説明等が記載されるが、いずれの証拠も、癌細胞濃縮フィルターにおいて貫通孔の短辺の長さ5.0?15.0μmと平均開口率1?10%という数値範囲の組合せを教示しない。
一方、 本件発明1は、貫通孔の短辺の長さ5.0?15.0μmと平均開口率1?10%という数値範囲の組合せにより、癌細胞を高い回収率で回収できる一方、フィルターに残存する白血球を低減できるという当業者の期待、予測を超える効果を奏するものである。
そうであれば、甲第1号証、甲第2号証、甲第4-1号証に記載された発明において、相違点2として挙げた発明特定事項を想到することが、当業者に容易であったとはいえない。

したがって、本件発明1は、甲第1号証、甲第2号証、甲第4-1号証を主引用例とし、甲第1?7、9、11?15に記載された技術的事項を組み合わせても、当業者が容易に想到することはできない。
また、本件発明2、4ないし6は、本件発明1を引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、当業者が容易に想到し得たものではない。
よって、申立人の2.(1)の主張は、理由がない。

3.特許法第29条の2の申立について
(1)申立人の主張
申立人は、本件発明は、甲第8号証に記載の発明と同一であると、主張する。

(2)判断(下線は当審で付与した。)
甲第8号証には、体液中に含有されるCTCの大部分を捕捉し、白血球の大部分がフィルタを通過するように構成されているフィルタ(請求項1、[0026])であって、フィルタが複数の開口部を含む膜を有し(請求項2)、当該開口部が約5μm?10μmの幅又は約3?8μmの幅があり([0077]、[0078])、膜の多孔率(開口部の合わせた表面積対開口部を含む膜の全表面積の比)が少なくとも約25%であること([0076])、膜がケイ素が豊富な窒化ケイ素から構成されること([0084])、開口部が半径範囲の角を持つ長方形であること([0075])が記載されている。
以上の記載から、甲第8号証には、「複数の開口部を含む窒化ケイ素の膜を有し、当該開口部が、約5μm?10μmの幅又は約3?8μmの幅の角丸長方形で、多孔率が少なくとも約25%である、体液中のCTCの大部分を捕捉し、白血球の大部分を通過させるフィルタ」の発明(以下、「甲8発明」という。)が記載されている。
本件発明1は、甲8発明とは、フィルター材料を金属基板で構成している点(相違点1)、平均開口率を1?10%と規定している点(相違点2)で相違している。
まず、相違点1について検討する。甲第8号証には、窒化ケイ素以外にダイヤモンド状炭素材料(DLC)を膜に含ませることが記載されているが、膜を構成する素材として金属基板を使用することは一切記載されていない。そして、膜を金属基板で構成することが公知であったとしても、本件発明は、癌細胞濃縮フィルターのフィルター材料として金属基板を選択することで、吸引や加圧などによる外部からの力が加わってもそのサイズや形状が維持され、貫通孔よりも若干大きな血液成分(特に白血球)を変形させて通過させ、高精度の分離・濃縮が可能になるという新たな効果を奏するものである。
つぎに、相違点2について検討する。甲第8号証には、多孔率(平均開口率)の下限として約25%が記載され、これを約25%未満に設定することを示唆する記載もないところ、本件発明1は、平均開口率を約25%より低い1?10%に設定するこで、癌細胞を高い回収率で回収できる一方、フィルターに残存する白血球を低減できるという新たな効果を奏するものである。

そうすると、本件発明1と甲8発明は、相違点1、2において明確に相違し、これらの相違点は、課題解決のための具体化手段における微差にも該当しないので、両発明は同一の発明であるとはいえない。
また、本件発明2、4ないし6は、本件発明1を引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、甲8発明と同一ではない。
よって、申立人の3.(1)の主張は、理由がない。

4.特許法第36条第4項第1号、第6項第1号の申立について
(1)申立人の主張
(1-1)
申立人は、一般的な垂直ろ過では物理的な攪拌がなければ、白血球や赤血球が、孔と孔の間(以下、「余白」という。)や、ろ過フィルターの外周に残存し、本件明細書の実施例に記載される、フィルター上に残存する白血球数2657±730個、397±84個を達成するためには、余白に残る352836個又は9801個の白血球を取り除く構成が必要になるから、本件特許請求の範囲及び明細書の記載のみでは、実施例に記載の効果を達成できないと、主張する。

(1-2)
申立人は、フィルターの孔のつまり易さにより、白血球・癌細胞の捕捉率は大きく変動すること、フィルターに関連する各種要素(孔径、開口率、膜厚、濾過する血液の量、血中固形成分の濃度等)を請求項の範囲内において変化させた場合に、白血球の残存率・癌細胞の捕捉率に関して、本件明細書に記載されているのと同様な効果が得られるかは、不明であることから、本件発明の範囲は、明細書の開示に対して広すぎるとともに、本件発明の範囲全体まで、当業者は実施できない、と主張する。

(2)判断
(2-1)
申立人の(1-1)の主張は、孔と孔の間隔を60μm、細胞の直径を10μmとし、2つの孔の間隔9801箇所の全てに36個又は1個の白血球が並ぶことを前提としたものである。
しかし、この前提となる事象が、他のフィルター等でも実際に生じていることを示す証拠は、何ら提示されてないうえ、本件明細書の実施例に記載のフィルターの余白に、352836個又は9801個の白血球が存在することも実証されてないから、本件明細書の実施例において、余白等に存在する白血球を除くための特別の処理が必要であったとはいえない。
したがって、フィルターの余白に存在する白血球を根拠に、本件明細書の実施例に記載の効果を達成できないと、解することはできないい。

(2-2)
本件明細書の実施例によれば、請求項に記載される発明特定事項により、癌細胞の濃縮、白血球との分離の効果が得られており、フィルターの目詰まりを防止する観点で、請求項で、開口形状や開口率等が適切な範囲に規定されている。
そして、本件発明の実施を妨げる技術的事項も、本件明細書には見出せないので、発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するための手段が請求項で反映されておらず、請求項の範囲が、明細書の開示に対して広すぎるということはできない。

したがって、申立人の4.(1)の(1-1)、(1-2)の主張は、いずれも理由がなく、本件明細書、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第4項第1号、第6項第1号の規定に違反しているとは認められない。

第8 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては、請求項1ないし2、4ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし2、4ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、請求項3に係る特許は、本件訂正の請求による訂正により削除されたため、請求項3に対する特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の貫通孔が形成された金属基板からなり、前記貫通孔の開口形状は、短辺の長さが5.0?15.0μmの長方形又は角丸長方形であり、前記貫通孔の平均開口率は、1?10%である、癌細胞濃縮フィルター(ただし、下記一般式(1)で表される構造単位を含むポリマーからなる癌細胞接着性向上剤で被覆されている癌細胞濃縮フィルターを除く

[式中、R^(1)は水素原子又はメチル基であり、R^(2)はメチル基又はエチル基であり、mは1?3である。])。
【請求項2】
前記金属基板は、金、銀、銅、アルミニウム、タングステン、ニッケル、クロム、ステンレス及びこれらの合金からなる群より選択される少なくとも1種の金属を主成分とするものである、請求項1に記載の癌細胞濃縮フィルター。
【請求項3】(削除)
【請求項4】
厚さは3?100μmである、請求項1又は2に記載の癌細胞濃縮フィルター。
【請求項5】
末梢血液、腹水又は胸水中の癌細胞用である、請求項1、2又は4のいずれか一項に記載の癌細胞濃縮フィルター。
【請求項6】
小細胞肺癌又は非小細胞肺癌の癌細胞用である、請求項1、2、4又は5のいずれか一項に記載の癌細胞濃縮フィルター。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-11-28 
出願番号 特願2011-181843(P2011-181843)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C12M)
P 1 651・ 121- YAA (C12M)
P 1 651・ 113- YAA (C12M)
P 1 651・ 537- YAA (C12M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 福澤 洋光  
特許庁審判長 大宅 郁治
特許庁審判官 福井 悟
松田 芳子
登録日 2015-12-18 
登録番号 特許第5854456号(P5854456)
権利者 国立大学法人東京農工大学 日立化成株式会社
発明の名称 癌細胞濃縮フィルター  
代理人 清水 義憲  
代理人 平野 裕之  
代理人 木元 克輔  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 清水 義憲  
代理人 木元 克輔  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 平野 裕之  
代理人 清水 義憲  
代理人 木元 克輔  
代理人 平野 裕之  
代理人 長谷川 芳樹  

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