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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C23F
管理番号 1337026
異議申立番号 異議2016-701152  
総通号数 219 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-03-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-12-16 
確定日 2017-12-22 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5970884号発明「防食方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5970884号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1、〔2?3〕について訂正することを認める。 特許第5970884号の請求項2?3に係る特許を維持する。 特許第5970884号の請求項1に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5970884号の請求項1?3に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成24年3月16日に特許出願され、平成28年7月22日に特許権の設定登録がされ、同年8月17日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、同年12月16日に特許異議申立人 柏木里実により特許異議の申立てがされ、当審において平成29年3月27日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年5月25日に意見書の提出及び訂正の請求があり、その訂正の請求に対して異議申立人から同年6月27日付けで意見書が提出され、同年7月11日付けで取消理由(決定の予告)が通知され、その指定期間内である同年9月7日に意見書の提出及び訂正の請求があり、この訂正の請求に対して特許異議申立人から同年10月13日に意見書が提出されたものである。
なお、平成29年9月7日に訂正の請求がされたため、特許法第120条の5第7項の規定により、同年5月25日にされた訂正の請求は、取り下げられたものとみなす。

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
平成29年9月7日付け訂正請求書による訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)による訂正の内容は以下の訂正事項1?3のとおりである(当審注:下線は訂正箇所を示すため合議体が付与した。)。
(1) 訂正事項1
請求項1を削除する。

(2) 訂正事項2
請求項2に「前記給水ポンプより上流側の給水配管からアルカリ剤を添加して、給水のpH値を9.0?10.5とする、請求項1に記載の防食方法。」とあるのを、「鋼材製エコノマイザと、該エコノマイザに給水を供給する給水配管を有する給水系と、を少なくとも備えるボイラのエコノマイザを防食する方法において、55?90℃の温度を有する給水に対して、給水系に設置された給水ポンプより上流側の給水配管から、エリソルビン酸、アスコルビン酸及びこれらの塩の中から選ばれる少なくとも1種の脱酸素剤を添加する、エコノマイザの防食方法であって、
前記給水ポンプより上流側の給水配管からアルカリ剤を添加して、給水のpH値を9.0?10.5とする、防食方法。」に訂正する(請求項2の記載を引用する請求項3も同様に訂正する。)。

(3) 訂正事項3
請求項3に「請求項1又は2に記載の防食方法」とあるのを、「請求項2に記載の防食方法」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、一群の請求項、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1) 訂正事項1について
訂正事項1による訂正は、請求項1を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、かつ、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2) 訂正事項2について
訂正事項2の請求項2に係る訂正は、引用関係の解消を目的とするものであり、かつ、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3) 訂正事項3について
訂正事項3の請求項3に係る訂正は、訂正事項1に伴い、引用請求項から請求項1を削除する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、かつ、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(4) 一群の請求項について
訂正前の請求項1?3は、請求項2及び3が、訂正の請求の対象である請求項1の記載を引用する関係にあるから、訂正前において一群の請求項に該当するものである。
したがって、本件訂正請求は、一群の請求項ごとにされたものである。
また、前記(2)及び(3)で検討したように、請求項2、3に係る訂正は認められるものであるところ、特許権者から、訂正後の請求項2、3について訂正が認められるときは、一群の請求項の他の請求項とは別の訂正単位として扱われることの求めがあったことから、訂正後の請求項1、〔2?3〕について請求項ごとに訂正することを認める。

(5) なお、訂正事項1、3は、いずれも特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるが、本件においては、訂正前の全ての請求項について特許異議申立てがされているので、特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないとの、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定は適用されない。

(6) まとめ
本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第4号に規定する事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項1、〔2?3〕について訂正を認める。

第3 当審の判断
1 訂正後の請求項1?3に係る発明
本件訂正請求により訂正された請求項1?3の特許に係る発明(以下、「本件発明1?3」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】(削除)
【請求項2】
鋼材製エコノマイザと、該エコノマイザに給水を供給する給水配管を有する給水系と、を少なくとも備えるボイラのエコノマイザを防食する方法において、55?90℃の温度を有する給水に対して、給水系に設置された給水ポンプより上流側の給水配管から、エリソルビン酸、アスコルビン酸及びこれらの塩の中から選ばれる少なくとも1種の脱酸素剤を添加する、エコノマイザの防食方法であって、
前記給水ポンプより上流側の給水配管からアルカリ剤を添加して、給水のpH値を9.0?10.5とする、防食方法。
【請求項3】
前記脱酸素剤の添加位置からエコノマイザ入口までの給水の最大負荷運転時の平均滞留時間が0.5分以上である、請求項2に記載の防食方法。」

2 平成29年3月27日付けで取消理由通知に記載した取消理由(以下、単に「取消理由」という。)について
取消理由の要旨は、次のとおりである。
(1) 請求項1、3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるから、請求項1、3に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

(2) 請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

(3) 請求項2、3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に及び甲第3号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項2、3に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

なお、特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由は、全て取消理由に採用されている。

3 平成29年7月11日付け取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由(以下、「取消理由(決定の予告)」という。)について
取消理由(決定の予告)の要旨は、次のとおりである。
(1) 請求項1、3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるから、請求項1、3に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

(2) 請求項2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証及び甲第3号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、請求項2に係る特許は、取消理由に記載した取消理由によっては取り消すことはできない。また、他に請求項2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

甲第1号証:特公昭63-20305号公報
甲第2号証:特開2011-80725号公報
甲第3号証:「ボイラーの水管理<知識と応用>」、社団法人日本ボイラ協会、平成13年1月15日、p.229-231

4 甲号証の記載事項
(1) 本件特許に係る出願の出願日前に頒布された甲第1号証には、「蒸気発生装置の脱酸素方法」(発明の名称)に関して、以下の事項が記載されている(なお、下線は当合議体が付加したものであり、「・・・」は記載の省略を表す。以下、同様である。)。
(1a) 「1 pHを少なくとも5.0に中和したエリトルビン酸のアンモニウム塩またはアミン塩の脱酸素可能な量をボイラ供給水に添加することを特徴とする、ボイラ供給水から溶解酸素を除去し、かつボイラの金属表面を不働態化する方法。
2 中和したエリトルビン酸アンモニウム塩を使用する、特許請求の範囲第1項記載の方法。」(1頁1欄2?8行)

(1b) 「本発明はプリボイラ装置、ボイラおよび復水器系統を保護するために供給水を調整する方法に関し、これらは蒸気発生装置に属しており、動作中および運転休止中に腐食しないように保護する。
このような装置における腐食のもつとも共通な原因は、鋼材部分を酸素が侵食することである。不幸なことにこのような鋼材の酸素による腐食はボイラ装置内の好ましくない高い温度によつて促進されることである。また供給水のpHを酸性としてスケールの形成を制御しようとすると、鋼材に対する酸素の腐食がさらに促進されることである。」(1頁2欄9?21行)

(1c) 「本発明の改良された方法は中和したエリトルビン酸・・・のアンモニウム塩およびアミン塩からなる脱酸素剤でボイラ供給水を処理し、溶解酸素を除去しかつ金属表面を受動態化(当審注:「不動態化」の誤記である。)する方法である。」(2頁3欄38行?4欄9行)

(1d) 「本発明の脱酸素剤は通常の蒸気発生装置で測定される温度の全範囲にわたつて有効な脱酸素剤である。すなわちこの温度は一般に190?350°F(88?177℃)である。さらにこれらの化合物は190°F(88℃)より低い温度においても、また350°F(177℃)より高い温度においても有効であると信じられる。」(2頁4欄23?29行)

(1e) 「この中和したエリトルビン酸アンモニウムの25%濃度は室温および120°F(49℃)において、すぐれた活性度を保持することが判明した。120°F(49℃)は典型的なドラム缶における夏季の貯蔵条件に対応する。この120°F(49℃)の発見は重要である、なぜなれば従来はエリトルビン酸溶液が酸性pH条件においていつそう安定であると文献において教示されていたが、これとは反対である。」(3頁5欄1?9行)

(1f) 「本発明の脱酸素剤は蒸気発生装置のどの点において加えてもよいが、ボイラ供給水、好ましくは脱気器からくるボイラ供給水を処理するといつそう有効である。蒸気発生前の滞留時間を最大として腐食保護を最大にすることがよい。処理薬剤は2?3分のように短かい滞留時間であつてもよいが、処理すべき特殊な蒸気発生装置において行なうことができるのであれば、15?20分間以上滞留させることがさらに好ましい。
本発明の実際に使用する脱酸素剤は良好な酸素除去剤であることが判明したばかりでなく、鋼、合金鋼および他の金属の表面を不働態化するすぐれた薬剤であることも判明した。これらの化合物は不働態化においてヒドラジンおよび亜硫酸塩よりすぐれた性能を示し、また特に軟鋼および銅合金の表面に作用して不働態膜の形成を増大させる。」(3頁5欄10?26行)

(1g) 「実施例 1
この実施例においては、水酸化アンモニウムでpH6±0.5に調節したエリトルビン酸の25%溶液を、1500psig(106Kg/cm^(2))より高い圧力で動作する発電用ボイラにおける脱酸剤として、ヒドラジンと比較した。
発電用蒸気発生装置は負荷を種々に変えた。すなわち電力需要に応じて800000lb/h?約300000lb/h(363t/h?136t/h)の範囲とした。ボイラに脱気器を設けなかつた。ボイラの前に設置する装置は、一連の六段加熱器およびエコノマイザーであつた。
この試験の時にすでに存在した処理プログラムは次のとおりであつた。
(1) 脱酸素剤として、供給水ポンプの直前において、ヒドラジン35%溶液を供給した。
(2) ボイラのマツドドラムに供給するりん酸塩すなわちりん酸の一ナトリウム塩および/または三ナトリウム塩は50%か性ソーダとともに加えた。
この系の制御条件は次のとおりであつた。
(1) エコノマイザ入口におけるO_(2)量、5ppbより少なかつた。
(2) PO_(4)量、10?30ppm。
(3) SiO_(2)量、0.4ppmより少なかつた。
(4) Pアルカリ性、4?12ppm。
(5) ボイラ供給ポンプにおけるN_(2)H_(4)濃度、20?45ppb。
(6) エコノマイザ入口におけるN_(2)H_(4)濃度、10?25ppb。
水酸化アンモニウムで中和したエリトルビン酸は、まずヒドラジンと同一の場所において供給した。・・・
この蒸気発生装置における現在の処理プログラムは、ヒドラジン0.2?0.4ppmを使用して供給した。・・・アンモニアで中和したエリトルビン酸の処理は、同様な濃度において供給した時に、ヒドラジンよりもすぐれた酸素除去結果を示した。・・・すなわちアンモニアで中和したエリトルビン酸処理はこの系における腐食の防止を増大させることを示した。」(3頁5欄43行?4頁7欄5行)

(1h) 「実施例 3
この実施例においてエリトルビン酸ナトリウム塩および中和したエリトルビン酸アンモニウム塩の反応速度を試験した。その結果室温においてはエリトルビン酸ナトリウムおよび中和したエリトルビン酸アンモニウムはほぼ同じ速度で酸素と反応することが判明した。しかし高い温度たとえば160°F(72℃)をこえる温度においては、アンモニウム塩はナトリウム塩よりもほぼ30%速かに酸素と反応する。」(4頁8欄7?16行)

(2) 本件特許に係る出願の出願日前に頒布された甲第2号証には、「ボイラ装置の運転方法」(発明の名称)に関して、以下の事項が記載されている。
(2a) 「【請求項1】
給水タンクに、補給水と、負荷側で使用された発生蒸気の復水とを受け入れて、これらをボイラ給水として使用しているボイラ装置の運転方法であって、
前記ボイラ装置内に、アミン系の復水処理剤、又はヒドラジン以外の防食剤、又は前記アミン系復水処理剤及び前記ヒドラジン以外の防食剤の何れかが注入されている場合に、前記給水タンク内の水温を、微生物の繁殖を抑制する温度以上となるように制御することを特徴とするボイラ装置の運転方法。
【請求項2】
前記微生物の繁殖を抑制する温度は、45℃以上の温度であることを特徴とする請求項1記載のボイラ装置の運転方法。
・・・
【請求項4】
前記ヒドラジン以外の防食剤として、タンニン、タンニン酸又はその塩、エリソルビン酸又はその塩、アスコルビン酸又はその塩、単糖類、多糖類、アルドン酸(αグルコン酸、αグルコヘプトネート酸又はその塩)、1-アミノピリジン、1-アミノ-4-ピペラジン、N,N-ジメチルヒドロキシルアミン、及び、有機酸又はその塩のうちの何れか、又はこれらを組み合わせたものが使用されることを特徴とする請求項1又は2記載のボイラ装置の運転方法。」

(2b) 「【0009】
この発明は、以上の点に鑑み、発生した蒸気の復水がボイラ給水として再利用されるとともに、復水系やボイラ装置内の腐食が防止されることにより、ボイラ装置内でスライムが発生しやすい状況が形成されている場合であっても、スライムによる障害が発生するのを容易に防止できるボイラ装置の運転方法を提供することを目的とする。」

(2c) 「【0013】
この発明では、以上のような状況において、微生物が侵入して繁殖を開始する給水タンクの水温を微生物の繁殖を抑える温度以上としているので、給水タンクを介して微生物が繁殖するのが防止され、給水タンクや、その下流側のボイラの給水ラインでスライムが発生するのが防止される。
・・・
【0015】
この発明では、45℃以上の温度では、タンパク質の変性が生じやすく、微生物の繁殖が抑えられることに鑑み、給水タンクの水温を45℃以上となるように制御している。」

(2d) 「【0025】
ボイラ装置1は、図1で示されるように、ボイラ2と、給水タンク3と、給水ライン4と、水処理装置5と、第1薬注装置6と、第2薬注装置7と、蒸気分配ライン9と、加熱蒸気ライン10と、温度制御手段11を有している。なお、ボイラ装置1からの蒸気Sは、図1で示されるように、蒸気ライン100を介して、熱交換器等からなる蒸気負荷設備101に供給され、この蒸気負荷設備101で使用された後、一部が、蒸気回収設備102において凝縮され、復水W3として回収される。そして、この復水W3は、復水ライン103を通ってボイラ装置1の給水タンク3に供給されて、ボイラ給水W2として再利用される。」

(2e) 「【0028】
給水ライン4は、給水タンク3中のボイラ給水W2をボイラ2に供給するものであり、その配管42中には給水ポンプ40が設けられている。なお、給水ライン4の給水ポンプ40の上流側には、異物除去用のストレーナ41が設けられている。」

(2f) 「【0030】
第1薬注装置6は、薬注タンク60内の清缶剤Bを、薬注ポンプ61を使用して給水ライン4のボイラ給水W2中に注入するものである。清缶剤Bは、ボイラ缶水のpHを調整したり、ボイラ缶水中の硬度成分を分散させて、ボイラ外に排出できるようにするためのものである。この清缶剤Bは、pH調整剤や軟化剤と、スラッジ分散剤とが混ぜ合わせたものと考えられるが、pH調整剤や軟化剤には、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等が用いられ、スラッジ分散剤には、ポリアクリル酸などのカルボン酸系低分子ポリマーが用いられる。
【0031】
なお、pH調整剤は、ボイラ缶水のpHを、所定値以内の高値に維持させてボイラ内の腐食を防止し、軟化剤は、ボイラ缶水中で濃縮した硬度成分を不溶性の化合物(スラッジ)に変えて、これがボイラ2の伝熱面にスケールとして付着するのを防止し、スラッジ分散剤は、スラッジが、ボイラ2の伝熱面に付着してスケールとなるのを防止する。」

(2g) 「【0042】
このボイラ装置1の運転方法は、大気中や原水W0中から微生物が侵入して繁殖しようとする給水タンク3の水温、すなわち給水タンク3内のボイラ給水W2の温度を、微生物の繁殖が抑制される温度以上の温度になるように制御することである。スライムは、微生物の繁殖によってもたらされるものであるので、微生物が侵入して繁殖する給水タンク3の水温を、微生物の繁殖を抑制する温度とすればよいからである。具体的には、ほぼ45℃の温度で、タンパク質の変性が開始され、タンパク質の機能が失われるので、給水タンク3の水温をこの温度(45℃)以上とすることにより、微生物が不活化して、微生物の繁殖を防止(抑制)できる。なお、60℃以上の温度では、タンパク質の変性が充分に生じて、微生物の繁殖を確実に防止(抑制)できる。」

(2h) 「【0045】
また、このボイラ装置1では、給水ポンプ40上流側の給水ライン4におけるスライムによる詰まりを防止できるので、清缶剤Bやアミン系復水処理剤Fを給水ポンプ40の上流側に注入できることになり、第1、及び第2薬注装置6,7の薬注ポンプ61,71の出力(注入圧力)を下げることができ、第1、及び第2薬注装置6,7の小型化や低コスト化等を達成することができる。また、このことにより、第1、及び第2薬注装置6,7で薬液の漏洩が生じても、注入圧が低い分、その危険性を低減することができる。」

(3) 本件特許に係る出願の出願日前に頒布された甲第3号証には、「給水系の処理」(標題)に関して、以下の事項が記載されている。
(3a) 「6.2.1 障害とその原因
給水系における障害は,そのほとんどが腐食である。低圧ボイラーの給水系は,比較的温度も低く,かつ,付属設備(例えば,脱気器など)もないため,従来は腐食が余り大きな問題とはなっていなかった。しかし,最近は省エネルギー対策の一環として,給水熱交換形連続ブロー装置及びエコノマイザの設置,更には復水の回収が積極的に行われるようになり,これらの装置及び配管などの腐食が問題となっている。
腐食の原因は,3章で述べたように水中の溶存酸素である。この腐食は,水温に大きく影響を受けることが知られている。例えば,軟化水中の鋼の腐食に対する温度の影響を図6.1^(3))に示すが,温度の上昇とともに腐食量は直線的に増加する。図6.2にエコノマイザ管の腐食事例(軟化水を給水として使用しているボイラーの例)を示す。このように給水系の中で,特に密閉系である連続ブロー装置及びエコノマイザにおいては,特に温度の上昇に比例して激しい腐食が発生する。これらの腐食を抑制するためには,溶存酸素の除去及びpHの調整だけでは十分な腐食効果は期待しにくく,ステンレス鋼管などの耐食材料の使用も考慮する必要がある。」(229頁6?18行)

(3b) 「腐食による鉄の溶出量は,pHを9.4までに調節することによって減少させることができる。」(230頁4?5行)

(3c) 「エコノマイザの伝熱管には,通常,炭素鋼(STB340,410など)が使用され,給水水質が正常な場合は,特に腐食の問題はないが,入口管寄せ部から約50cm以内の場所で激しい腐食が発生することがある。これはインレットアタック^(5))と呼ばれ,エコノマイザの管入口部に発生する乱渦流によるエロージョン・コロージョンである。図6.4及び図6.5にその腐食事例を示す。このようなエロージョン・コロージョンを防止するためには,物理的要因を除去しなければならないが,pHを高く保つことによって,これを最小限に抑制できる。炭素鋼のエロージョンに及ぼすpHの影響については,図3.42に示した。pHの上昇とともに腐食量は減少する^(6))。」(230頁下から7行?最下行)

5 甲第1号証に記載された発明
(1) 甲第1号証の前記(1g)には、水酸化アンモニウムでpH6±0.5に調節したエリトルビン酸を、発電用ボイラにおける脱酸素剤として、ヒドラジンと比較したこと、ボイラの前に設置する装置は、一連の六段加熱器及びエコノマイザーであること、脱酸素剤として、供給水ポンプの直前において、ヒドラジンを供給したこと、水酸化アンモニウムで中和したエルトリビン酸は、ヒドラジンと同一の場所において供給したこと、蒸気発生装置におけるアンモニアで中和したエルトリビン酸処理は、この系における腐食の防止を増大させることを示したことが記載されている。
以上の記載から、甲第1号証には、ボイラ、供給水ポンプ、及び、前記ボイラの前に設置された一連の六段加熱器及びエコノマイザーを有する蒸気発生装置における系の腐食を防止する方法であって、脱酸素剤は、水酸化アンモニウムでpH6±0.5に中和したエリトルビン酸からなり、前記給水ポンプの直前において、前記脱酸素剤を供給することにより、前記蒸気発生装置における系の腐食を防止する方法が記載されているといえる。

(2) 甲第1号証の前記(1b)の記載によれば、蒸気発生装置における腐食のもっとも共通な原因は、鋼材部分を酸素が浸食することであるといえるから、前記(1)における「蒸気発生装置における系の腐食を防止する方法」の「蒸気発生装置における系」とは、具体的には、蒸気発生装置の「鋼材部分」であるといえる。

(3) 甲第1号証の前記(1d)の記載によれば、前記(1)における「水酸化アンモニウムでpH6±0.5に中和したエリトルビン酸」は、通常の蒸気発生装置で測定される温度の全範囲である88?177℃にわたって有効であり、さらに、88℃より低い温度においても、また177℃より高い温度においても有効な脱酸素剤であるといえる。

(4) 甲第1号証の前記(1f)には、脱酸素剤は蒸気発生装置のどの時点で加えてもよいが、ボイラ供給水を処理すると有効であり、蒸気発生前の滞留時間を最大として腐食保護を最大にすることがよく、15?20分以上滞留させることがさらに好ましいことが記載されている。

(5) 以上から、脱酸素剤として、水酸化アンモニウムでpH6±0.5に中和したエリトルビン酸に注目すると、甲第1号証には、以下の発明が記載されていると認められる。
「ボイラ、供給水ポンプ、及び、前記ボイラの前に設置された一連の六段加熱器及びエコノマイザーを有する蒸気発生装置の鋼材部分の腐食を防止する方法であって、脱酸素剤は、水酸化アンモニウムでpH6±0.5に中和したエリトルビン酸からなり、前記蒸気発生装置で測定される温度の全範囲である88?177℃にわたって有効であり、さらに、88℃より低い温度においても、また177℃より高い温度においても有効な脱酸素剤であり、前記供給水ポンプの直前において、前記脱酸素剤を供給し、蒸気発生前の前記脱酸素剤の滞留時間を15?20分以上とすることにより、前記鋼材部分の腐食を防止する方法。」(以下、「甲1発明」という。)

6 取消理由についての判断
前記第2で検討したように、請求項1を削除する訂正は認められたから(当審注:請求項1を引用する請求項3も削除されている。)、前記第3の2における取消理由の(1)、(2)、及び、同3における取消理由(決定の予告)の(1)は、対象となる請求項が存在しなくなった。
そして、取消理由の対象として存在している請求項2、3に係る発明に対する、前記第3の2における取消理由の(3)については、同3における取消理由(決定の予告)の(2)において判断しているが、請求項2、3に係る発明については、本件訂正請求により訂正されているから、改めて、以下に検討する。

(1) 本件発明2と甲1発明との対比・判断
ア 甲1発明において、「ボイラ、供給水ポンプ、及び、前記ボイラの前に設置された一連の六段加熱器及びエコノマイザー」は、いずれも、「鋼材部分」を有していることは技術常識であるから、甲1発明の「エコノマイザー」は、本件発明2の「鋼材製エコノマイザ」に相当し、また、甲1発明の「前記鋼材部分の腐食を防止する方法」は、エコノマイザーの腐食も防止する方法であるといえるから、本件発明2の「エコノマイザの防食方法」に相当する。

イ 甲1発明の「供給水ポンプ」は、本件発明2の「給水ポンプ」に相当する。
また、甲1発明の「ボイラ、供給水ポンプ、及び、前記ボイラの前に設置された一連の六段加熱器及びエコノマイザーを有する蒸気発生装置」は、「供給水ポンプ」によって、「エコノマイザー」に給水を供給する給水配管を有する給水系を備えていることは自明の事項である。
そして、甲1発明の「ボイラ、供給水ポンプ、及び、前記ボイラの前に設置された一連の六段加熱器及びエコノマイザーを有する蒸気発生装置」は、全体としてボイラを構成するものといえるから、本件発明2の「鋼材製エコノマイザと、該エコノマイザに給水を供給する給水配管を有する給水系と、を少なくとも備えるボイラ」に相当する。

ウ 甲1発明の「エリトルビン酸」は、本件発明2の「エリソルビン酸」に相当する。
また、甲1発明の「前記供給水ポンプの直前において」、「水酸化アンモニウムでpH6±0.5に中和したエリトルビン酸からな」る「脱酸素剤を供給」することは、給水系に設置された供給水ポンプより上流側の給水配管から、エリトルビン酸の塩からなる脱酸素剤を添加することといえるから、本件発明2の「給水系に設置された給水ポンプより上流側の給水配管から、エリソルビン酸、アスコルビン酸及びこれらの塩の中から選ばれる少なくとも1種の脱酸素剤を添加する」こととは、給水系に設置された給水ポンプより上流側の給水配管から、エリソルビン酸の塩からなる脱酸素剤を添加する点で共通する。

エ 甲1発明では、「前記蒸気発生装置で測定される温度の全範囲」は、「88?177℃」であるから、「給水ポンプ」の給水温度も「88?177℃」の範囲内であるといえる。
そうすると、本件発明2と甲1発明とは、給水の温度が「88?90℃」である点で共通する。

オ 以上から、本件発明2と甲1発明とは、「鋼材製エコノマイザと、該エコノマイザに給水を供給する給水配管を有する給水系と、を少なくとも備えるボイラのエコノマイザを防食する方法において、88?90℃の温度を有する給水に対して、給水系に設置された給水ポンプより上流側の給水配管から、エリソルビン酸の脱酸素剤を添加する、エコノマイザの防食方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1:本件発明2では、「給水系に設置された給水ポンプより上流側の給水配管から、エリソルビン酸、アスコルビン酸及びこれらの塩の中から選ばれる少なくとも1種の脱酸素剤を添加する」とともに、「前記給水ポンプより上流側の給水配管からアルカリ剤を添加して、給水のpH値を9.0?10.5とする」のに対し、甲1発明では、「前記給水ポンプの直前において、」「水酸化アンモニウムでpH6±0.5に中和したエリトルビン酸からな」る「脱酸素剤を供給」しているものの、アルカリ剤を添加することについては不明である点。

カ 前記相違点1について検討するに、甲第1号証の前記(1c)の記載によれば、甲1発明は、「水酸化アンモニウムでpH6±0.5に中和したエリトルビン酸」からなる「脱酸素剤」でボイラ供給水を処理することによって、溶解酸素を除去しかつ金属表面を不動態化するものであるから、甲1発明は、「水酸化アンモニウムでpH6±0.5に中和したエリトルビン酸」からなる「脱酸素剤」を用いることに技術的特徴を有するものである。
そうすると、甲1発明において、「前記供給水ポンプの直前において」、「水酸化アンモニウムでpH6±0.5に中和したエリトルビン酸からな」る「脱酸素剤を供給」すること、すなわち、給水系に設置された供給水ポンプより上流側の給水配管から、エリトルビン酸の塩からなる脱酸素剤を添加することに加えて、アルカリ剤を添加して、給水のpHを9.0?10.5とすると、結果的に、上記脱酸素剤のpHは6±0.5から9.0?10.5に変更されることになり、そうすると、上記技術的特徴が損なわれることとなるから、甲1発明において、給水系に設置された供給水ポンプより上流側の給水配管から、エリトルビン酸の塩からなる脱酸素剤を添加するとともに、上記供給水ポンプより上流側の給水配管から、アルカリ剤を添加して、給水のpHを9.0?10.5とすることには阻害要因があるといえる。
そして、甲第1号証?甲第3号証のいずれの記載をみても、この阻害要因を覆すような記載は見当たらない。
また、本件明細書の【0027】の記載によれば、本件発明2は、給水のpH値を9.0以上とすることで、脱酸素剤として用いられるエリソルビン酸若しくはその塩、又は、アスコルビン酸若しくはその塩が、溶存酸素と反応して有機酸を生じることを防止するとともに、腐食生成物の溶解性が低下して、金属表面に耐食性被膜を形成するとの効果を奏するものであり、また、給水のpH値を10.5以下とすることで、後段で濃縮が行われるボイラ水系のpH値を高くしすぎることによる、後段の装置の運転への影響を防止するという効果を奏するものであって、これらの効果は、甲第1号証?甲第3号証の記載からは予測し得ないものである。
よって、本件発明2は、甲1発明、甲第2号証及び甲第3号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に想到し得るものであるとはとはいえない。

キ 特許異議申立人は、平成29年10月13日に提出した意見書の2頁1行?3頁2行において、甲第1号証の実施例1の給水系におけるPアルカリ性が4?12ppmであるとの記載に基づけば、甲第1号証には、エコノマイザに供給される給水のpHが8.3を超えることが開示されているといえ、さらにそのpHが9.0?10.5の範囲に含まれる蓋然性が高いと理解することができ、甲1号証には、給水のpHを9.0?10.5の範囲とすることの阻害要因はないから、甲第2号証及び甲第3号証の記載に基づけば、甲1発明において、本件発明2のように、「給水ポンプより上流側の給水配管からアルカリ剤を添加して、給水のpH値を9.0?10.5とする」ことは、当業者が容易になし得たことである旨主張している。
そこで検討するに、甲第1号証の前記(1g)には、給水系の制御条件として、(1)?(6)の制御条件が記載されており、そのうちの「(4) Pアルカリ性、4?12ppm。」は、その次の「(5) ボイラ供給ポンプにおけるN_(2)H_(4)濃度、20?45ppb。
(6) エコノマイザ入口におけるN_(2)H_(4)濃度、10?25ppb。」との記載からすると、上記(1)?(6)の制御条件は、N_(2)H_(4)、すなわち、ヒドラジンを用いた給水系の制御条件であるといえる。
そして、同(1g)には、(1)?(6)の制御条件に関する記載の次に、水酸化アンモニウムで中和したエルトリビン酸を、ヒドラジンと同一の場所において供給すると、当該エルトリビン酸の処理は、同様な濃度において供給した時に、ヒドラジンよりもすぐれた酸素除去結果を示し、この系における腐食の防止を増大させることを示したことが記載されているものの、当該エルトリビン酸を用いた給水系の制御条件について、特に、Pアルカリ性については、何ら記載も示唆もされていない。
そうすると、甲第1号証には、エルトリビン酸を用いた給水系の制御条件として、Pアルカリ性が4?12ppmであること、すなわち、エコノマイザに供給される給水のpHが8.3を超えることが開示されているとはいえない。
したがって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

(2) 本件発明3について
本件発明3は、本件発明2の全ての発明特定事項を有しているから、前記(1)で検討したのと同様の理由により、本件発明3は、甲1発明とは、少なくとも相違点1で相違しており、また、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証及び甲第3号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易になし得るものとはいえない。

(3) まとめ
以上のとおりであるから、本件発明2、3は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証及び甲第3号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

第4 むすび
したがって、取消理由通知に記載した取消理由によっては、請求項2?3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項2?3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして、請求項1に係る特許は、訂正により削除されたため、本件特許の請求項1に対して、特許異議申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】(削除)
【請求項2】
鋼材製エコノマイザと、該エコノマイザに給水を供給する給水配管を有する給水系と、を少なくとも備えるボイラのエコノマイザを防食する方法において、55?90℃の温度を有する給水に対して、給水系に設置された給水ポンプより上流側の給水配管から、エリソルビン酸、アスコルビン酸及びこれらの塩の中から選ばれる少なくとも1種の脱酸素剤を添加する、エコノマイザの防食方法であって、
前記給水ポンプより上流側の給水配管からアルカリ剤を添加して、給水のpH値を9.0?10.5とする、防食方法。
【請求項3】
前記脱酸素剤の添加位置からエコノマイザ入口までの給水の最大負荷運転時の平均滞留時間が0.5分以上である、請求項2に記載の防食方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-12-12 
出願番号 特願2012-60497(P2012-60497)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C23F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 向井 佑  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 宮本 純
河本 充雄
登録日 2016-07-22 
登録番号 特許第5970884号(P5970884)
権利者 栗田工業株式会社
発明の名称 防食方法  
代理人 有永 俊  
代理人 大谷 保  
代理人 片岡 誠  
代理人 有永 俊  
代理人 片岡 誠  
代理人 大谷 保  

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