• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  C08J
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  C08J
管理番号 1337050
異議申立番号 異議2017-700608  
総通号数 219 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-03-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-06-15 
確定日 2018-01-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6048019号発明「ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物成形品、その製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6048019号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。 特許第6048019号の請求項1ないし4、7に係る特許を維持する。 特許第6048019号の請求項5に係る特許についての特許異議の申し立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6048019号(以下、「本件特許」という。)に係る特許出願は、平成24年9月12日を出願日とする出願であって、平成28年12月2日に設定登録(登録時の請求項の数9)がされ、同年12月21日に特許掲載公報が発行され、その後、平成29年6月15日に特許異議申立人 末成幹生(以下、単に「特許異議申立人」という。)により本件特許の請求項1ないし5及び7に係る特許に対して特許異議の申立てがされ、同年8月29日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年10月25日(受理日:10月26日)に意見書の提出及び訂正請求がされ、同年12月4日付けで特許異議申立人により意見書の提出がされたものである。

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
平成29年10月25日付けでされた訂正の請求(以下、「本件訂正の請求」という。)による訂正の内容は、次のとおりである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部、(b)エポキシ基、カルボキシル基、酸無水物基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体0.1?10重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物」とあるのを、「(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部、(b)エポキシ基、カルボキシル基、酸無水物基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体0.1?10重量部、および(d)エポキシ基、アミノ基、イソシアネート基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するエポキシ樹脂およびシラン化合物から選択される少なくとも1種の化合物0.1?5重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物」に訂正する。請求項1の記載を引用する請求項2ないし4、6ないし9も同様に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項5を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項6の「請求項1?5のいずれかに記載の」を、「請求項1?4のいずれかに記載の」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項7の「請求項1?6のいずれかに記載の」を、「請求項1?4、6のいずれかに記載の」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項8の「請求項1?7のいずれかに記載の」を、「請求項1?4、6、7のいずれかに記載の」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、一群の請求項及び独立特許要件

(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1における、「(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部、(b)エポキシ基、カルボキシル基、酸無水物基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体0.1?10重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物」とあるのを、「(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部、(b)エポキシ基、カルボキシル基、酸無水物基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体0.1?10重量部、および(d)エポキシ基、アミノ基、イソシアネート基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するエポキシ樹脂およびシラン化合物から選択される少なくとも1種の化合物0.1?5重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物」と訂正することで、ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物をより具体的に特定し、更に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、当該訂正事項1は、特許掲載公報の請求項5の記載から、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項5を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。
そして、当該訂正事項2は、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)訂正事項3ないし5について
訂正事項3ないし5は、訂正事項2において請求項5が削除されたことに伴い、訂正前の請求項6ないし8における引用請求項において請求項5を引用しないようにするものであって、引用する請求項の一部を削除することになるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。
そして、当該訂正事項3ないし5は、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(4)一群の請求項について
訂正前の請求項1ないし9について、訂正前の請求項2ないし9は訂正前の請求項1を引用しているから、訂正前において一群の請求項である。
したがって、本件訂正の請求は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項ごとに請求されたものである。

(5)独立特許要件について
特許異議の申立ては、訂正前の請求項1ないし5、7に対してされているので、訂正後の請求項1ないし5、7に係る発明については、訂正を認める要件として、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。
他方、訂正後の請求項6、8及び9は、特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正がされた訂正後の請求項1を引用するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正がされたものである。そして、訂正前の請求項6、8及び9は特許異議の申立てがされていない請求項であるから、訂正後の請求項6、8及び9に係る発明については、訂正を認める要件として上記独立特許要件が課せられる。
そこで、訂正後の請求項6、8及び9に係る発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かについて、以下に検討する。

ア 訂正後の請求項6、8及び9に係る発明
訂正後の請求項6、8及び9は、訂正後の請求項1を引用するものであるから、まず、訂正後の請求項1に係る発明について検討する。
訂正後の請求項1に係る発明は、下記第3の【請求項1】に記載された事項により特定されるとおりのものである。
そして、下記第4及び第5のとおりであるから、訂正後の請求項1に係る発明は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由によって特許を受けることができないものではない。
そうすると、訂正後の請求項6、8及び9に係る発明は、下記第3の【請求項6】、【請求項8】及び【請求項9】に記載された事項により特定されるとおりのものであり、訂正後の請求項1を引用するものであって、訂正後の請求項1に係る発明をさらに限定するものであるから、訂正後の請求項1に係る発明と同様に、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由によって特許を受けることができないものではない。
また、他に訂正後の請求項6、8及び9に係る発明が特許を受けることができないとする理由も発見しない。

イ まとめ
したがって、訂正後の請求項6、8及び9に係る発明は特許出願の際独立して特許を受けることができるものである。

3 むすび
以上のとおりであるから、本件訂正の請求による訂正は特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項において読み替えて準用する同法第126条第5項ないし第7項の規定に適合するから、本件訂正の請求による訂正を認める。

第3 本件特許に係る発明
上記第2 3のとおり、本件訂正の請求による訂正は認容されるので、本件特許の請求項1ないし4、6ないし9に係る発明(以下、「本件発明1」ないし「本件特許発明4」、「本件特許発明6」ないし「本件特許発明9」という。)は、平成29年10月25日提出の訂正請求書に添付された特許請求の範囲の請求項1ないし4、6ないし9に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部、(b)エポキシ基、カルボキシル基、酸無水物基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体0.1?10重量部、および(d)エポキシ基、アミノ基、イソシアネート基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するエポキシ樹脂およびシラン化合物から選択される少なくとも1種の化合物0.1?5重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を金型温度130℃以上150℃以下で溶融成形した成形品に、100℃以上200℃以下の温度にて5分以上90時間以下の熱処理をして得られる成形品であって、昇温速度2℃/分、振幅±0.8℃、周期60秒の条件にて温度変調DSCを測定した際のノンリバースヒートフロー曲線において、ポリフェニレンスルフィド樹脂のガラス転移温度を超え、220℃以下の範囲に吸熱ピークを有すると共に、該吸熱ピークの熱量ΔHがポリフェニレンスルフィド樹脂を基準として0.01J/g以上3.00J/g以下であることを特徴とする成形品。
【請求項2】
熱処理後の成形品中における前記(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂の結晶化度が、35%を超え45%以下であることを特徴とする請求項1に記載の成形品。
【請求項3】
前記吸熱ピークが、前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の冷結晶化ピーク温度以上190℃以下の範囲であることを特徴とする請求項1?2のいずれかに記載の成形品。
【請求項4】
前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が、さらに(c)エチレンと炭素数3?20のα-オレフィンとを共重合して得られる官能基を含有しないエチレン/α-オレフィン共重合体0.1?10重量部を配合してなることを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の成形品。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が、さらに(e)ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂から選択される少なくとも1種の非晶性樹脂1?30重量部を配合してなることを特徴とする請求項1?4のいずれかに記載の成形品。
【請求項7】
成形品が流体配管部材であることを特徴とする請求項1?4、6いずれかに記載の成形品。
【請求項8】
成形品中における前記(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂の結晶化度が35%を超え45%以下である成形品を熱処理することを特徴とする請求項1?4、6、7のいずれかに記載の成形品の製造方法。
【請求項9】
熱処理する温度が100℃以上200℃以下かつ熱処理時間が5分以上90時間以下であることを特徴とする請求項8に記載の成形品の製造方法。」

第4 平成29年8月29日付けの取消理由通知について
1 取消理由の概要
当審において平成29年8月29日付けで通知した取消理由の概要は、

(1)本件特許の請求項1ないし4、7に係る発明は、本件特許の出願日前に頒布された下記甲1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、同法第113条第2号に該当する(以下、「取消理由1」という。)、

(2)本件特許の請求項1及び2に係る発明は、本件特許の出願日前に頒布された下記甲2に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、同法第113条第2号に該当する(以下、「取消理由2」という。)、

というものである。

甲1:特開2004-59835号公報
甲2:特開平9-316327号公報
(甲1、2は、平成29年6月15日に、特許異議申立人が提出した特許異議申立書に甲1、2号証として添付されたものである。)

2 当合議体の判断
(1)取消理由1について
ア 引用発明1
甲1には、甲1の実施例2?8、比較例2、5より、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認める。

「PPS共重合体であるPPS-2を75重量%、エチレン/グリシジルメタクリレート=88/12重量%共重合体であるオレフィン-1を7重量%、エチレン/1-ブテン共重合体であるオレフィン-2を18重量%の割合で含むペレット、
PPS共重合体であるPPS-2を75重量%、エチレン/グリシジルメタクリレート=88/12重量%共重合体であるオレフィン-1を7重量%、エチレン/1-ブテン共重合体であるオレフィン-3を18重量%の割合で含むペレット、
PPS共重合体であるPPS-3を80重量%、エチレン/グリシジルメタクリレート=88/12重量%共重合体であるオレフィン-1を4重量%、エチレン/1-ブテン共重合体であるオレフィン-3を16重量%の割合で含むペレット、
PPS共重合体であるPPS-2を70重量%、エチレン/グリシジルメタクリレート=88/12重量%共重合体であるオレフィン-1を5重量%、エチレン/プロピレン共重合体であるオレフィン-4を25重量%の割合で含むペレット、
PPS共重合体であるPPS-2を85重量%、エチレン/グリシジルメタクリレート=88/12重量%共重合体であるオレフィン-1を5重量%、エチレン/1-ブテン共重合体であるオレフィン-3を10重量%の割合で含むペレット、
PPS共重合体であるPPS-2を90重量%、エチレン/グリシジルメタクリレート=88/12重量%共重合体であるオレフィン-1を3重量%、エチレン/1-ブテン共重合体であるオレフィン-3を7重量%の割合で含むペレット、
PPS重合体であるPPS-1を75重量%、エチレン/グリシジルメタクリレート=88/12重量%共重合体であるオレフィン-1を7重量%、エチレン/1-ブテン共重合体であるオレフィン-3を18重量%の割合で含むペレット、または、
PPS共重合体であるPPS-2を97重量%、エチレン/グリシジルメタクリレート=88/12重量%共重合体であるオレフィン-1を1重量%、エチレン/1-ブテン共重合体であるオレフィン-2を2重量%の割合で含むペレット、
を用い、射出成形(東芝機械社製IS100FA、シリンダー温度PPS(共)重合体の融解ピーク温度+20℃(230?300℃)、金型温度130℃)により、1mm厚の円盤状試験片(直径6cm)を作成し、130℃で30分間熱処理した円盤状試験片。」

イ 本件特許発明1について
(ア)対比
甲1発明の「PPS-2」、「PPS-3」は、PPS共重合体、すなわち、ポリフェニレンサルファイド共重合体樹脂であり、「PPS-1」は、PPS重合体、すなわち、ポリフェニレンサルファイド重合体樹脂であるから、いずれも、本件特許発明1の「ポリフェニレンスルフィド樹脂」に相当する。
甲1発明の「エチレン/グリシジルメタクリレート=88/12重量%共重合体であるオレフィン-1」について、エチレンはオレフィンであり、グリシジルメタクリレートはエポキシ基を有する単量体成分であって、エチレンとグリシジルメタクリレートが共重合したものであるから、本件特許発明1の「エポキシ基、カルボキシル基、酸無水物基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体」に相当する。
甲1発明の「ペレット」を形成している樹脂材料は、「PPS-2」、「PPS-3」または「PPS-1」、および、「オレフィン-1」を含むから、本特許発明1の「ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物」に相当する。
そして、甲1発明の各ペレットを形成している樹脂材料について、PPS-2、PPS-3またはPPS-1を100重量部として換算すると、オレフィン-1の割合は、9.3重量部、9.3重量部、5重量部、7.1重量部、5.9重量部、3.3重量部、9.3重量部、1.0重量部となるから、樹脂の配合割合について、甲1発明と本件特許発明1とは重複一致する。
甲1発明において、「射出成形(東芝機械社製IS100FA、シリンダー温度PPS(共)重合体の融解ピーク温度+20℃(230?300℃)、金型温度130℃)により、1mm厚の円盤状試験片(直径6cm)を作成」することが、本件特許発明1の「金型温度130℃以上150℃以下で溶融成形」することに相当する。
甲1発明において、「130℃で30分間熱処理」することが、本件特許発明1の「100℃以上200℃以下の温度にて5分以上90時間以下の熱処理」をすることに相当する。
甲1発明の「熱処理した円盤状試験片」は、射出成形された円盤状試験片が熱処理されているのであるから、本件特許発明1の「熱処理をして得られる成形品」に相当する。

以上の点からみて、本件特許発明1と甲1発明とは、

[一致点]
「(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部、(b)エポキシ基、カルボキシル基、酸無水物基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体0.1?10重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を金型温度130℃以上150℃以下で溶融成形した成形品に、100℃以上200℃以下の温度にて5分以上90時間以下の熱処理をして得られる成形品。」
である点で一致し、

次の点で相違する。

[相違点1]
ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物について、本件特許発明1は「(d)エポキシ基、アミノ基、イソシアネート基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するエポキシ樹脂およびシラン化合物から選択される少なくとも1種の化合物0.1?5重量部を配合してなる」と特定するのに対し、甲1発明においては、そのような特定がない点

[相違点2]
成形品の物性に関し、本件特許発明1は「昇温速度2℃/分、振幅±0.8℃、周期60秒の条件にて温度変調DSCを測定した際のノンリバースヒートフロー曲線において、ポリフェニレンスルフィド樹脂のガラス転移温度を超え、220℃以下の範囲に吸熱ピークを有すると共に、該吸熱ピークの熱量ΔHがポリフェニレンスルフィド樹脂を基準として0.01J/g以上3.00J/g以下である」と特定するのに対し、甲1発明ではそのような特定がない点。

(イ)判断
甲1発明は、上記(d)の化合物を配合してなるものでないから、相違点1は実質的な相違点である。
そうすると、相違点2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明、すなわち、甲1に記載された発明ではない。

ウ 本件特許発明2ないし4、7について
本件特許発明2ないし4、7は、いずれも請求項1に係る発明を更に減縮したものであるから、上記本件特許発明1についての判断と同様の理由により、甲1に記載された発明ではない。

(2)取消理由2について
ア 引用発明2
甲2には、甲2の実施例1?15より、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認める。

「ポリフェニレンスルフィド(PPS 呉羽化学工業(株)製、商品名「フォートロンKPS」であり、温度310℃、剪断速度1200/秒の条件下での溶融粘度が140Pa・s)100質量部に対し、エチレン88質量%とメタクリル酸グリシジル12質量部%よりなるランダム共重合体(EGMA)を0.3?2.0質量部と、離型剤を添加し、更に市販のガラス繊維(径13μm、長さ3mm:GF)を0または70質量部加えて作ったペレットを、次いで射出成形機で、シリンダー温度320℃、金型温度150℃で物性測定用射出成型品を成形し、空気対流式オーブンにて、200℃で1時間熱処理した、射出成型品。」

イ 本件特許発明1について
(ア)対比
本件特許発明1と甲2発明を対比する。
甲2発明の「ポリフェニレンスルフィド」は、本件特許発明1の「ポリフェニレンスルフィド樹脂」に相当する。
甲2発明の「エチレン88質量%とメタクリル酸グリシジル12質量部%よりなるランダム共重合体(EGMA)」について、エチレンはオレフィンであり、メタクリル酸グリシジルはエポキシ基を有する単量体成分であって、エチレンとメタクリル酸グリシジルが共重合したものであるから、本件特許発明1の「エポキシ基、カルボキシル基、酸無水物基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体」に相当する。
甲2発明の「ペレット」は、「ポリフェニレンスルフィド」、および、「エチレン88質量%とメタクリル酸グリシジル12質量部%よりなるランダム共重合体(EGMA)」を含むから、本特許発明1の「ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物」に相当する。
そして、樹脂の配合割合について、質量部と重量部とは同等であるから、甲2発明と本件特許発明1とは重複一致する。
甲2発明において、「射出成形機で、シリンダー温度320℃、金型温度150℃で物性測定用射出成型品を成形」することが、本件特許発明1の「金型温度130℃以上150℃以下で溶融成形」することに相当する。
甲2発明において、「200℃で1時間熱処理」することが、本件特許発明1の「100℃以上200℃以下の温度にて5分以上90時間以下の熱処理」をすることに相当する。
甲2発明の「熱処理した、射出成型品」は、射出成形されたものであるから、本件特許発明1の「熱処理をして得られる成形品」に相当する。

以上の点からみて、本件特許発明1と甲2発明とは、

[一致点]
「(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部、(b)エポキシ基、カルボキシル基、酸無水物基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体0.1?10重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を金型温度130℃以上150℃以下で溶融成形した成形品に、100℃以上200℃以下の温度にて5分以上90時間以下の熱処理をして得られる成形品。」
である点で一致し、

次の点で一応相違する。

[相違点3]
ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物について、本件特許発明1は「(d)エポキシ基、アミノ基、イソシアネート基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するエポキシ樹脂およびシラン化合物から選択される少なくとも1種の化合物0.1?5重量部を配合してなる」と特定するのに対し、甲1発明においては、そのような特定がない点

[相違点4]
成形品の物性に関し、本件特許発明1は「昇温速度2℃/分、振幅±0.8℃、周期60秒の条件にて温度変調DSCを測定した際のノンリバースヒートフロー曲線において、ポリフェニレンスルフィド樹脂のガラス転移温度を超え、220℃以下の範囲に吸熱ピークを有すると共に、該吸熱ピークの熱量ΔHがポリフェニレンスルフィド樹脂を基準として0.01J/g以上3.00J/g以下である」と特定するのに対し、甲2発明ではそのような特定がない点。

(イ)判断
甲2発明は、上記(d)の化合物を配合してなるものでないから、相違点3は実質的な相違点である。
そうすると、相違点4について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2発明、すなわち、甲2に記載された発明ではない。

ウ 本件特許発明2について
本件特許発明2は、請求項1に係る発明を更に減縮したものであるから、上記本件特許発明1についての判断と同様の理由により、甲2に記載された発明ではない。

(3)小括
したがって、本件特許の請求項1ないし4、7に係る発明は、甲1に記載された発明ではなく、また、本件特許の請求項1及び2に係る発明は、甲2に記載された発明ではない。

第5 特許異議申立人が申し立てたその他の特許異議申立理由及び意見書における主張について
1 意見書における主張
その他の特許異議申立理由に関連して、特許異議申立人は、意見書において、「訂正後の請求項1?4,7に係る特許発明(本件特許発明1?4,7)は、依然として甲第1号証ないし甲第11号証に記載の発明により進歩性を有さず、取り消されるべきものである。」として、

・本件特許発明1ないし4、7は、甲1発明および甲3号証、甲10号証(以下、「甲3」、「甲10」という。)に記載された事項より進歩性有さない(以下「取消理由A」という。)
・本件特許発明1ないし4、7は、甲2発明および甲8号証、甲9号証(以下、「甲8」、「甲9」という。)に記載された事項より進歩性有さない(以下「取消理由B」という。)
・本件特許発明1ないし4、7は、甲3に記載された発明、甲10に記載された発明および甲1号証、甲20号証に記載された事項より進歩性有さない(以下「取消理由C」という。)

と主張している。

甲3:特開2010-195962号公報
甲8:特開2000-198923号公報
甲9:特開2006-63255号公報
甲10:特開2004-300272号公報
(甲3、8ないし10は、平成29年6月15日に、特許異議申立人が提出した特許異議申立書に甲3、8ないし10号証として添付されたものである。)

2 当審の判断
ア 取消理由Aについて
第4 2(1)イ(ア)で述べたとおり、本件特許発明1と甲1発明とは、相違点1及び2において相違する。

甲3には、ポリフェニレンスルフィド樹脂が本来有する耐薬品性、耐熱性や機械的強度を大きく損なうことなく、低温靭性、特に-40℃での衝撃強度に極めて優れ、かつ、実使用条件における耐凍結性、耐クリープ性を高位でバランス化したポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる流体配管用部材を得ることを課題とし(段落【0011】)、ポリフェニレンスルフィド樹脂と、アミノ基、エポキシ基、イソシアネート基などの官能基を有するアルコキシシラン化合物、さらにカルボキシル基、酸無水物基、アミノ基、水酸基、メルカプト基などの官能基を有するオレフィン系樹脂を溶融混練することにより、-40℃におけるアイゾット衝撃強度が飛躍的に向上する(段落【0012】)ことが記載されている。
また、甲10には、ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)の優れた燃料バリヤー性を保持しつつ、さらに耐低温衝突性の改善されたプラスチック製燃料系部品を提供することを課題とし(段落【0004】)、ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)と熱可塑性エラストマー(B)に加えて、エポキシ基、アミノ基、水酸基、カルボキシル基、メルカプト基、イソシアネート基、ビニル基、或いは酸無水基、及びエステル基からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有する反応性化合物(C)、例えばエポキシ樹脂を併用することにより、樹脂組成物の相溶性、耐低温衝突性、燃料バリヤー性がさらに向上する(段落【0030】?【0033】)ことが記載されている。
ここで、甲1には、燃料バリア性に優れると共に、融点が低く成形加工時の熱安定性に優れた柔軟性及び耐衝撃性を有する射出成形に好適なPPS共重合体樹脂組成物を得ることを課題とすること(段落【0013】)が記載され、-40℃アイゾット衝撃強度を測定すること(段落【0089】、【表1】)が記載されている。
そして、低温での衝撃強度を向上させたPPS共重合体樹脂組成物とするため、甲1発明の燃料透過量を測定する円盤状試験片の材料を、甲3に記載されるアミノ基、エポキシ基、イソシアネート基などの官能基を有するアルコキシシラン化合物、甲10に記載されるエポキシ樹脂を配合したものとする動機付けはあるとはいえる。しかしながら、甲1発明の樹脂組成物に前記アルコキシシラン化合物、前記エポキシ樹脂を配合した材料から成形し、130℃で30分間熱処理した円盤状試験片とすることで、本件特許発明1に特定される特定の吸熱ピークと吸熱ピークの熱量ΔHの条件を満たすものとできるかは不明である。

さらに、本件特許発明1は低温での靱性と高温での耐クリープ性を両立したポリフェニレンスルフィド樹脂組成物成形品を提供することを目的とするところ(本件特許明細書の段落【0005】?【0008】)、本件特許明細書の記載から、低温での靱性が主には樹脂組成により制御され、高温での耐クリープ性は主に所定の熱処理により制御されることが見てとれる。
一方、甲1には、燃料透過量試験片の製造における熱処理の意味については何ら記載がなく、また、該熱処理により高温での耐クリープ性が向上することの示唆もないことから、甲1発明における該熱処理は高温での耐クリープ性の向上を目的として行うものとはいえない。また、他の各甲号証のいずれにも所定の熱処理により高温での耐クリープ性を向上させることは示されておらず、そのような技術常識があったともいえない。
そうすると、甲1発明において材料の配合を調整し得たとしても、そのことにより相違点2に係る本件特許発明1の構成を備えたものとできるかは不明であるし、また、本件特許発明1の高温での耐クリープ性の向上は各甲号証からは予測し得るものではない。
そして、本件特許発明1を更に限定する本件特許発明2?4、7についても同様である。

よって、本件特許発明1?4、7は、甲1に記載された発明および甲3、甲10に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ 取消理由Bについ
第4 2(2)イ(ア)で述べたとおり、本件特許発明1と甲2発明とは、相違点3及び4において相違する。

甲2発明の、射出成型品の熱処理は成形品の表面性を試験するための処理であるから、該熱処理は高温での耐クリープ性の向上を目的として行うものとはいえない。また、他の各甲号証のいずれにも所定の熱処理により高温での耐クリープ性を向上させることは示されておらず、そのような技術常識があったともいえない。
そうすると、甲2発明において材料の配合を調整し得たとしても、そのことにより相違点4に係る本件特許発明1の構成を備えたものとできるかは不明であるし、また、本件特許発明1の高温での耐クリープ性の向上は各甲号証からは予測し得るものではない。
そして、本件特許発明1を更に限定する本件特許発明2?4、7についても同様である。

よって、本件特許発明1?4、7は、甲2に記載された発明および甲8、甲9に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ 取消理由Cについて
特許異議申立人は、そもそも特許異議の申立てにおいて、甲3あるいは甲10を主引例とした場合の進歩性について、申立理由としていないから、取消理由Cは当審において検討すべきものではないし、検討しても、取消理由はない。

エ 小括
したがって、本件特許発明1?4、7は、甲1号証ないし甲第11号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

第6 むすび
したがって、取消理由通知に記載した取消理由並びに特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし4及び7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし4及び7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして、請求項5は、訂正により削除されたので、請求項5に係る特許に関しては、特許異議の申し立てを却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂100重量部、(b)エポキシ基、カルボキシル基、酸無水物基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するオレフィン系共重合体0.1?10重量部、および(d)エポキシ基、アミノ基、イソシアネート基から選択される少なくとも1種の官能基を含有するエポキシ樹脂およびシラン化合物から選択される少なくとも1種の化合物0.1?5重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を金型温度130℃以上150℃以下で溶融成形した成形品に、100℃以上200℃以下の温度にて5分以上90時間以下の熱処理をして得られる成形品であって、昇温速度2℃/分、振幅±0.8℃、周期60秒の条件にて温度変調DSCを測定した際のノンリバースヒートフロー曲線において、ポリフェニレンスルフィド樹脂のガラス転移温度を超え、220℃以下の範囲に吸熱ピークを有すると共に、該吸熱ピークの熱量ΔHがポリフェニレンスルフィド樹脂を基準として0.01J/g以上3.00J/g以下であることを特徴とする成形品。
【請求項2】
熱処理後の成形品中における前記(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂の結晶化度が、35%を超え45%以下であることを特徴とする請求項1に記載の成形品。
【請求項3】
前記吸熱ピークが、前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の冷結晶化ピーク温度以上190℃以下の範囲であることを特徴とする請求項1?2のいずれかに記載の成形品。
【請求項4】
前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が、さらに(c)エチレンと炭素数3?20のα-オレフィンとを共重合して得られる官能基を含有しないエチレン/α-オレフィン共重合体0.1?10重量部を配合してなることを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の成形品。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が、さらに(e)ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂から選択される少なくとも1種の非晶性樹脂1?30重量部を配合してなることを特徴とする請求項1?4のいずれかに記載の成形品。
【請求項7】
成形品が流体配管部材であることを特徴とする請求項1?4、6いずれかに記載の成形品。
【請求項8】
成形品中における前記(a)ポリフェニレンスルフィド樹脂の結晶化度が35%を超え45%以下である成形品を熱処理することを特徴とする請求項1?4、6、7のいずれかに記載の成形品の製造方法。
【請求項9】
熱処理する温度が100℃以上200℃以下かつ熱処理時間が5分以上90時間以下であることを特徴とする請求項8に記載の成形品の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-12-25 
出願番号 特願2012-200192(P2012-200192)
審決分類 P 1 652・ 121- YAA (C08J)
P 1 652・ 113- YAA (C08J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 中村 英司  
特許庁審判長 大島 祥吾
特許庁審判官 渕野 留香
上坊寺 宏枝
登録日 2016-12-02 
登録番号 特許第6048019号(P6048019)
権利者 東レ株式会社
発明の名称 ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物成形品、その製造方法  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ