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審決分類 |
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C12N 審判 全部申し立て 2項進歩性 C12N 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C12N 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C12N |
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管理番号 | 1337100 |
異議申立番号 | 異議2017-700784 |
総通号数 | 219 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2018-03-30 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2017-08-14 |
確定日 | 2018-02-19 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6079038号発明「新規なグルコース脱水素酵素」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6079038号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6079038号の請求項1ないし8に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成24年8月9日(優先権主張:平成23年8月11日 日本国 特願2011-175705号、平成23年10月6日 日本国 特願2011-222269号、平成23年10月6日 日本国 特願2011-222274号)の特許出願であって、平成29年1月27日にその特許権の設定登録がされ、同年2月15日に特許公報が発行され、その後、同年8月14日に特許異議申立人合同会社SAS(以下、「申立人」という。)より請求項1ないし8に対して特許異議の申立てがされ、同年10月30日付けで取消理由が通知され、同年12月28日(受理日:平成30年1月4日)に特許権者より意見書が提出されたものである。 第2 本件発明 本件特許の請求項1ないし8に係る発明(以下、順に「本件発明1」、「本件発明2」などという。)は、特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された、以下の事項により特定されるとおりのものである。 「【請求項1】 下記の特性(1)?(3)を備えるフラビン結合型グルコース脱水素酵素。 (1)分子量:SDS-ポリアクリルアミド電気泳動で測定した酵素のポリペプチド部分の分子量が約70kDa (2)Km値:D-グルコースに対するKm値が約20mM以下 (3)基質特異性:D-グルコースに対する反応性を100%としたときのD-キシロースに対する反応性が1.7%以下である 【請求項2】 更に下記の特性(4)を備える、請求項1に記載のフラビン結合型グルコース脱水素酵素。 (4)至適活性温度:37?45℃ 【請求項3】 更に下記の特性(5)?(7)から成る群より選択される1種以上の特性を備える、請求項1又は2に記載のフラビン結合多型グルコース脱水素酵素。 (5)至適活性pH:6.5 (6)pH安定性:pH5?7の範囲で安定 (7)温度安定性:40℃以下で安定 【請求項4】 更に下記の特性(8)を備える、請求項1?3のいずれかに記載のフラビン結合型グルコース脱水素酵素。 (8)由来:シルシネラ(Circinella)属に分類される微生物に由来する 【請求項5】 シルシネラ属に分類される微生物を培養すること、及びグルコース脱水素酵素を回収することを含む、請求項1?4のいずれかに記載のフラビン結合型グルコース脱水素酵素の製造方法。 【請求項6】 請求項1?4のいずれかに記載のフラビン結合型グルコース脱水素酵素をグルコースに作用させることを含む、グルコース濃度の測定方法。 【請求項7】 請求項1?4のいずれかに記載のフラビン結合型グルコース脱水素酵素を含むグルコースアッセイキット。 【請求項8】 請求項1?4のいずれかに記載のフラビン結合型グルコース脱水素酵素を含むグルコースセンサ。」 第3 申立人が申し立てた特許異議申立理由 申立人が申し立てた特許異議申立理由の概要及び証拠方法は以下のとおりである。 1.申立理由 (1)特許法第29条第1項第3号の申立 本件発明1、3ないし8は、甲第5号証によると、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1、3ないし8に係る特許は、同法第113条第2号の規定に該当し、取り消すべきものである。 (2)特許法第29条第2項の申立 本件発明1ないし8は、甲第1?9号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、請求項1ないし8に係る特許は、同法第113条第2号の規定に該当し、取り消すべきものである。 (3)特許法第36条第4項第1号、第6項第1号、第6項第2号の申立 本件特許は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に不備があるため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 本件特許は、特許請求の範囲の記載に不備があるため、特許法第36条第6項第1号、第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 よって、本件特許は、同法第113条第4号の規定に該当し、取り消すべきものである。 2.証拠方法 甲第1号証:国際公開第2010/140431号 甲第2号証:特願2012-177497号における平成28年7月13 日付け意見書 甲第3号証:国際公開第2013/051704号 甲第4号証:特許第5873796号公報 甲第5号証:生物試料分析,Vol.37,No.3,2014,228 ?240頁 甲第6号証:特許・実用新案審査ハンドブックの附属書B「特許・実用新 案審査基準」の特定技術分野への適用例,第2章 生物関連 発明第18頁,5.3 進歩性,(1)核酸及びポリペプチ ドに関する発明,bタンパク質 甲第7号証:特許・実用新案審査ハンドブックの附属書B「特許・実用新 案審査基準」の特定技術分野への適用例の[事例17] 進 歩性に関する事例 甲第8号証:特願平11-238284号における平成21年3月30日 付け拒絶理由通知書 甲第9号証:特開2009-225800号公報 第4 当審が通知した取消理由の概要 当審において平成29年10月30日付けで通知した取消理由の概要は、本件発明1ないし8は、甲第1号証(国際公開2010/140431号)に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1ないし8は、特許法第29条2項の規定に違反してされたものであり、その特許は取り消すべきものである、というものである。 第5 取消理由についての当審の判断 1.甲1号証に記載されている技術的事項(下線は当審で付与した。) 甲1-1 「(本発明のフラビン結合型GDHの酵素化学的特徴) 本発明のフラビン結合型GDHとして好ましい酵素の例としては、以下の酵素化学的特徴を有するものが挙げられる。 (1)作用:電子受容体存在下でGDH活性を示す (2)分子量:タンパク質のポリペプチド鎖部分の分子量が約80kDaである (3)基質特異性:D-グルコースに対する反応性と比較して、マルトース、D-ガラクトース、D-キシロースに対する反応性が低い (4)至適pH:pH6.5?7.0 (5)至適温度:37?40℃ (6)安定pH範囲:pH3.5?7.0 (7)熱安定性:40℃、15分間の熱処理後に80%以上の残存活性を有する (8)フラビン化合物を補酵素とする (9)Km値:D-グルコースに対するKm値が26?33mMである 上記のような酵素化学的特徴を有するGDHであれば、測定試料に含まれるマルトース、D-ガラクトース、D-キシロース等の糖化合物の影響を受けることなく、正確にD-グルコース量を測定することが可能となる。また、血糖値の測定等の臨床診断に応用するために好適なPH範囲、温度範囲で良好に作用するので、診断用測定試薬等の用途に好適に使用することができる。 なお、上記の諸性質パラメータは典型的な例であるが、所定の測定条件においてD-グルコースの測定を行う際に本発明の効果を達成可能である範囲で、上記パラメータのうちには、許容可能な変動め幅を有するものがある。例えば、安定pH範囲や至適pH範囲、至適温度範囲等のパラメータは、所定の測定条件を含む範囲で、上記の典型的な範囲よりやや広くてもよいし、逆に、上記の典型的な範囲よりやや狭い場合でも、測定条件において十分な活性および/または安定性が確保されていればよい。Km値は一般的には小さくなるほど基質特異性が良いとされるが、本発明の酵素としては、所定の測定条件において実質的に十分な基質の選択が実現される範囲の値を有していればよい。」([0016]) 「(f)熱安定性・・・ ・・・本発明のフラビン結合型GDHは、40℃、15分間の熱処理後に80%以上の残存活性を有しており、約40℃まで安定であることがわかった。」([0060]) 甲1-2 「・・・各精製酵素についてMucor prainii NISL0103由来のGDHをMpGDH、Mucor javanicus NISLO111由来のGDHをMjGDH、Mucorcircinelloides f.circinelloides NISL0117由来のGDHをMcGDHと表記する。」([0050]) 「(h)分子量 スーパーセップエース10-20%(和光純薬工業社製)を用いたSDS-ポリアクリルアミド電気泳動によりMpGDH、MjGDHおよびMcGDHの分子量を求めた。・・・ 図6より、本発明のフラビン結合型GDHの分子量は、MpGDHで約90?130kDa、MjGDHで約100?150kDa、McGDHで約130?200kDaであり、・・・糖鎖を除去した後の分子量はMpGDH、MjGDHおよびMcGDHいずれも約80kDaであった。」 ([0062]?[0063]) 「(e)D-グルコースに対するKm値 前記活性測定法において、基質であるD-グルコース濃度を変化させて活性測定を行い、ラインウェーバー・パークプロットから、ミカエリス定数(Km)を求めた。この結果、D-グルコースに対するKm値は、MpGDHで31.1mM、MjGDHで26.4mM、McGDHで33.2mMであった。」([0059]) 「(i)基質特異性 実施例1の酵素活性測定方法に準じ、基質としてはD-グルコース、マルトース、D-ガラクトース、D-キシロース、マンノース、スクロース、トレハロース、マルトトリオース、マルトテトラオースをそれぞれ用いて、各基質に対する本発明のフラビン結合型GDHの活性を測定した。基質濃度は50mMとした。結果を表3に示す。 」([0064]?[0065]) 甲1-3 「(フラビン結合型GDHの由来) 上記の特徴を有する本発明のフラビン結合型GDHは、ケカビ亜門、好ましくは、ケカビ綱、より好ましくは、ケカビ目、さらに好ましくは、ケカビ科に分類される微生物から得ることができる。ケカビ亜門、好ましくは、ケカビ綱、より好ましくは、ケカビ目、さらに好ましくは、ケカビ科に分類される微生物としては、例えば、Mucor属、Absidia属、Actinomucor属等が挙げられる。・・・」([0025]) 「(フラビン結合型GDHの製造) 本発明のフラビン結合型GDHは、各種公知の酵素生産方法を用いて製造することができる。例えば、前述のフラビン結合型GDH生産微生物を培地中で培養して目的とするフラビン結合型GDHを産生させ、培養物あるいは培養菌体内部より酵素を採取することができる。・・・」([0034]) 甲1-4 「(フラビン結合型GDHのアミノ酸配列) 本発明のフラビン結合型GDHは、配列番号1又は配列番号3で示されるアミノ酸配列・・・を特徴とする。・・・ (フラビン結合型GDHをコードする遺伝子配列) 本発明のフラビン結合型GDHをコードする遺伝子とは、配列番号1又は配列番号3で示されるアミノ酸配列・・・を有するフラビン結合型GDHをコードするDNAをいう。または、本発明のフラビン結合型GDHをコードする遺伝子とは、配列番号2又は配列番号4で示される塩基配列からなるDNAをいう。・・・」([0027]?[0028]) 「(3)GDH遺伝子配列の決定・・・ 前記の方法に従って得られた複数のプラスミド中に含まれるDNA断片の塩基配列解析を行った結果、配列番号2および配列番号4に示す全鎖長1926bpのMucor prainii NISL0103由来GDH遺伝子配列が明らかとなった。当該遺伝子配列により予測した当該酵素遺伝子のアミノ酸配列を配列番号1および配列番号3に示す。」 ([0083]?[0085]) 甲1-5 「本発明のフラビン結合型GDHにより、測定試料に含まれるマルトース、D-ガラクトース、D-キシロース等の糖化合物の影響を受けることなく、正確にD-グルコース量を測定することが可能となる。これにより、マルトースを含む輸液の投与を受けている患者や、ガラクトース負荷試験およびキシロース吸収試験を実施中の患者の試料についても、正確に血糖値を測定することが可能となる。」([0012]) 「上記のような方法で製造された、本発明のフラビン結合型GDHは、爽雑糖化合物の存在下においても正確にグルコース量を測定できることから、グルコースセンサなどへの応用・実用化に好適に用いることができる。」 ([0040]) 「本発明のフラビン結合型GDHは、D-グルコースに対する基質特異性が非常に高く、D-グルコース以外の糖化合物(マルトース、D-ガラクトース、D-キシロース)への反応性が十分に低いため、D-グルコース以外の糖化合物を含有する試料を測定する場合でもD-グルコース濃度を精度良く定量することができるので、血糖値の測定や食品中のグルコース濃度の定量等の分野において有用である。」([0093]) 2.甲第1号証に記載された発明(以下、「甲1発明」という。) 甲1-1には、タンパク質のポリペプチド鎖部分の分子量が約80kDa(甲1-2よりSDS-ポリアクリルアミド電気泳動で測定した分子量である。)、D-グルコースに対するKm値が26?33mM、D-グルコースに対する反応性と比較してD-キシロースに対する反応性が低いフラビン結合型GDH(グルコース脱水素酵素)が記載されており、甲1-2によればMucor prainii NISL0103由来のフラビン結合型GDH(MpGDH)の分子量は、約80kDa、Km値は、31.1mM、D-グルコースに対する反応性を100%としたときのD-キシロースに対する反応性は、1.53%とされている。 以上の記載事項から、甲1には、「SDS-ポリアクリルアミド電気泳動で測定したタンパク質のポリペプチド鎖部分の分子量が約80kDa、D-グルコースに対するKm値が31.1mM、D-グルコースに対する反応性を100%としたときのD-キシロースに対する反応性が1.53%であるフラビン結合型グルコース脱水素酵素の発明」(甲1発明)が記載されている。 3.本件発明1と甲1発明の対比、判断 本件発明1(前者)と甲1発明(後者)を比較すると、 両者は、「D-グルコースに対する反応性を100%としたときのD-キシロースに対する反応性が1.7%以下であるフラビン結合型グルコース脱水素酵素(以下、「フラビン結合型グルコース脱水素酵素」を「FGDH」という。)」で一致し、 SDS-ポリアクリルアミド電気泳動で測定した酵素のポリペプチド部分の分子量について、前者が「約70kDa」であるのに対して後者が「約80KDa」である点(相違点1)、 D-グルコースに対するKm値について、前者が「約20mM以下」であるのに対して後者が「31.1mM」である点(相違点2) で相違している。 以下、この相違点1、2について、検討する。 <相違点1について> 甲1の配列表には、甲1-4に記載されるように、甲1発明のMucor prainii NISL0103由来のFGDHのアミノ酸配列が、配列番号1、3として掲載されている。これらのFGDHは、共に641個のアミノ酸から構成され、構成アミノ酸の分子量よりポリペプチドの分子量を算出すると、配列番号1の分子量は、69539Da、配列番号3の分子量は、69551Daとなる。 同様に、本件の配列表によれば、本件発明1のうち配列番号1で特定されるCircinella simplex NBRC6412由来のFGDHは、637個のアミノ酸から構成され、分子量が68208Da、配列番号16で特定されるCircinella RD055422由来のFGDHは、637個のアミノ酸から構成され、分子量が68266Daである。 そうすると、本件発明1と甲1発明のFGDHは、染色体DNAから配列決定されたcDNA配列をコードするアミノ酸配列のアミノ酸数、分子量において、概ね一致するものの、SDS-ポリアクリルアミド電気泳動で測定した分子量では、本件発明1の約70kDaに対し、甲1発明の約80kDaと、約10KDaの相違が認められる。 そして、本件の出願時の技術常識に照らしても、SDS-ポリアクリルアミド電気泳動による分子量測定において、約10KDaの誤差を伴うことが、一般的であるとは認められないので、当該相違は、操作方法、条件に伴う誤差によるものだけではなく、ポリペプチドの高次構造や電荷が異なること、すなわち、両者のFGDHの立体構造や電荷が異なることにも起因する可能性がある。 そうすると、申立人が主張するように、上記の分子量の相違が、自然な変動の範囲内であり、両者のFGDHが、実質的に同一のものであると、判断することはできない。 また、甲第1号証の特許請求の範囲の請求項1には、出願当初より、FGDHを特定する性質として、「(2)分子量:タンパク質のポリペプチド鎖部分の分子量が約80kDaである」が明記されており、発明の詳細な説明等を参照しても、約80kDa以外の分子量の採用を示唆する記載は存しないので、甲1発明の約80kDaを、約70kDaに置き換えることが、当業者に容易に想到し得たとすることはできない。 <相違点2について> 上記の通り、甲第1号証は、専ら、SDS-ポリアクリルアミド電気泳動による分子量が約80kDaのFGDHを対象としている。 一方で、甲1-3には、「本発明のフラビン結合型GDHは、ケカビ亜門、好ましくは、ケカビ綱、より好ましくは、ケカビ目、さらに好ましくは、ケカビ科に分類される微生物から得ることができる。ケカビ亜門、好ましくは、ケカビ綱、より好ましくは、ケカビ目、さらに好ましくは、ケカビ科に分類される微生物としては、例えば、Mucor属、Absidia属、Actinomucor属等が挙げられる」と記載され、甲第1号証には、Mucor prainii NISL0103以外の菌株からもFGDHを入手できることが記載されている。 しかし、甲第1号証には、本件発明1のFGDHの供給源である、シルシネラ(Circinella)属の微生物に関する記載は見当たらない。 また、甲第1号証の記載から、シルシネラ(Circinella)属が属するとされるケカビ科の微生物より、26.4mM?33.2mMのKm値を示すFGDHが得られることは想定できるが、それよりも基質特異性に優れる約20mM以下のKm値を示すFGDHが得られることを示唆する記載は、甲第1号証に見当たらない。 そうすると、甲1発明に基づいて、「分子量が約70kDa」に加え「約20mM以下のKm値」の発明特定事項を備えるFGDHに至ることが、当業者に容易であったということはできない。 4.小括 本件発明1は、甲1発明と甲第1号証に記載された技術的事項を組み合わせても、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 また、本件発明2ないし8は、本件発明1を引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 第6 取消理由において採用しなかった特許異議申立理由について 1.特許法第29条第1項第3号の申立について 申立人は、本件発明1、3ないし8は、甲第1号証に記載されていると、主張するが、第5の3.で示したように、本件発明1、3ないし8と甲1発明は、相違点1、2で、発明特定事項が相違しているので、本件発明1、3ないし8が、甲第1号証に記載された発明ということはできない。 2.特許法第29条第2項の申立について 申立人は、下記(1)?(3)の理由を挙げ、本件発明1ないし8は、甲第1?9号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであると、主張する。 (1)分子量の記載に関して、本件発明のFGDHと甲1発明のFGDHは実質的に同一である。 (2)甲第3号証?甲第5号証によれば、微細なKm値の差を比較する際には、厳密に測定条件を揃え、繰り返し試験を重ねた場合でなければ、正確に比較することは難しいという当業者の認識を踏まえれば、本件発明1の「Kmが20mM」は、甲第1号証に記載のKm値の下限値「26mM」と、実質的に同一、もしくは、両数値は、測定による変動の範囲内に含まれうる値であるといえる。 (3)本件特許の配列番号1及び16以外のFGDHについてはKm値が約20mM以下であることを推認できず、本件発明1?8の全般が、甲第1号証の記載からみて格別顕著な効果を奏するとは認められない。 (1)について 第5の3.で示したように、本件発明1のFGDHと甲1発明のFGDHは、SDS-ポリアクリルアミド電気泳動による分子量で区別されるものであり、本件発明のFGDHと甲1発明のFGDHが、実質的に同一のものであるとはいえない。 (2)について 甲第3号証?甲第5号証には、以下の記載がある(下線は当審で付与した。) 甲第3号証 「(D-グルコースに対するKm値) Sc(十)BfGLDについて、前記活性測定法において、基質であるD-グルコース濃度を変化させて活性測定を行った。0.3mMから15mMまでのグルコース濃度における活性測定値からHanes-Woolfプロットによりミカエリス定数(Km値)を求めた結果、40.4mMだった。尚、Km値は、測定方法、グルコース濃度域や算出するプロットによって値が変動し易いため、Sc(十)BfGLDのKmは約30?60mMと考えられる。」([0083]) 甲第4号証 第15頁の表1に、甲第3号証に示された酵素と同一の酵素であるBfu-GDH(WT)のKm値が、「60.3mM」であることが記載されている。 甲第5号証 「Km値を求める時には0次反応条件以外の基質濃度で測定するため、通常より大きな測定誤差が発生し易いのです。LB plotにて作図しようとしても、x切片が求められないとか、事実より小さなKm値を推定することもあります(図1)。基質濃度を上げて求めるとKm値を小さく誤る傾向が強く、反対に希薄な基質濃度を用いると大きく見積もる傾向にあります。誤差を極力排除するため、Km値をまたいだ濃度(少なくとも4濃度以上)にて実験する必要があります。」(228頁下から8行?3行) しかるところ、甲第3号証?甲第5号証の記載のみから、直ちに、本件明細書及び甲第1号証に記載されるKm値の測定方法が、一般的に、約20mM程度の誤差を伴うものとは推認できない。 そして、甲第3号証の実施例8で、Km値40.4mMを、基質濃度0.3mM?15mM、甲第4号証の実施例6で、Km値60.3mMを、基質濃度1?40mMで測定していることからみて、甲第5号証が指摘する基質濃度について「Km値をまたいだ濃度にて・・・実験する」が通常の条件であるとはいえないうえ、本件の図7-2では、Km値(1/Km=0.12)をまたいだ基質濃度で測定が行われているから、本件明細書のKm値の測定方法、基質濃度の選定等で、意図的に誤差を生じさせる態様が含まれているとは認められない。 そうすると、甲第1号証に記載されるFGDHを、本件明細書に記載される測定方法、条件で測定したところ、20mM以下のKm値を示すことを裏付ける実験データ等が提示されない以上、本件発明1の「20mM」と甲第1号証に記載の「26mM」が、実質的に同一である、もしくは、両数値が測定による変動の範囲内に含まれ得る値であると解することはできない。 (3)について 本件発明1ないし8は、配列番号1及び16以外のFGDHを含むものであるが、それらは、Km値が、約20mM以下のFGDHに限定されるものであり、しかもSDS-ポリアクリルアミド電気泳動で測定したポリペプチド部分の分子量において、甲1発明と相違するから、甲第6号証?甲第9号証を考慮に入れても、本件発明1ないし8は、甲1発明に基づき、当業者が容易に想到し得たものではなく、本件発明1ないし8の全般は、Km値の観点で甲1発明が奏しない効果を備えたものといえる。 したがって、申立人の主張する(1)?(3)は、いずれも理由がなく、本件発明1ないし8は、甲1発明と甲第1?9号証に記載された技術的事項を組み合わせても、当業者が容易に想到できたものではない。 3.特許法第36条第4項第1号、第6項第1号、第6項第2号の申立について 申立人は、本件明細書において、実際のデータでその特性が裏付けられているのは、NBRC6412及びRD055422の2菌株のみであるところ、 (1)この2菌株のFGDHは、第582位のアミノ酸でのみ相違し、Km値で約1.5倍の差があることから、たとえ請求項で由来の菌株を限定したとしても、所定の特性を有するFGDHを選択することは、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を必要とする (2)実施例において具体的に測定されたKm値は12.5mMと8.3mMの2点のみであるにも関わらず、上限を20mMに、そして下限を任意である範囲にまで拡張しており、合理的な裏付けを欠いている (3)本件発明は、新たな種類のFGDHではなく、甲第1号証の改良発明にあたり、特有の性質を有するFGDHはそのアミノ酸配列により特定されるものであるから、本件発明1ないし8は、FGDHを物質として十分に特定していない、と主張する。 (1)について 2菌株から得られるFGDHのアミノ酸配列に変異を加える等して、配列番号1及び16以外のFGDHを得ることは、格別の工夫を要するものとはいえないし、本件発明の特性の評価も一般的な手法、条件にて行えるので、申立人の提示した証拠からでは、本件発明1ないし8の実施に、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や実験等を要するとは認められない。 (2)について 12.5mMと8.3mMの実験結果から、甲第1号証に記載のKm値の下限値「26mM」よりも一定程度低い20mMを上限値とし、下限値を規定しない数値範囲を選択することは、合理性があり、かかる数値設定が裏付けを欠いたものとも認められない。 (3)について 本件発明1ないし8と甲1発明は、Km値の他に、SDS-ポリアクリルアミド電気泳動で測定したポリペプチド部分の分子量において相違しているから、本件発明1ないし8が、甲第1号証の改良発明という理由のみで、アミノ酸配列により特定されるべきということはできない。 したがって、申立人の主張する(1)?(3)は、いずれも理由がなく、本件明細書、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第4項第1号、第6項第1号、第6項第2号の規定に違反しているとは認められない。 第7 むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された申立理由によっては、請求項1ないし8に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に、申立人の提示した証拠からでは、請求項1ないし8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2018-02-06 |
出願番号 | 特願2012-177497(P2012-177497) |
審決分類 |
P
1
651・
537-
Y
(C12N)
P 1 651・ 113- Y (C12N) P 1 651・ 536- Y (C12N) P 1 651・ 121- Y (C12N) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 植原 克典 |
特許庁審判長 |
大宅 郁治 |
特許庁審判官 |
福井 悟 長井 啓子 |
登録日 | 2017-01-27 |
登録番号 | 特許第6079038号(P6079038) |
権利者 | 東洋紡株式会社 |
発明の名称 | 新規なグルコース脱水素酵素 |
代理人 | 特許業務法人三枝国際特許事務所 |