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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01L
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01L
管理番号 1338132
異議申立番号 異議2016-701028  
総通号数 220 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-04-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-11-01 
確定日 2018-02-09 
異議申立件数
事件の表示 特許第5939127号発明「炭化珪素半導体装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5939127号の請求項1ないし8に係る特許を取り消す。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5939127号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし8に係る特許出願についての手続の経緯は、以下のとおりである。
平成24年10月22日 特許出願
平成28年 4月11日 特許査定
平成28年 5月27日 特許権の設定登録
平成28年11月 1日 特許異議の申立て(特許異議申立人松野知紘)
平成29年 3月28日 取消理由通知
平成29年 5月29日 意見書提出(特許権者)(以下、「意見書1」という。)
平成29年 8月 8日 取消理由通知(決定の予告)
平成29年10月10日 意見書提出(特許権者)(以下、「意見書2」という。)

第2 取消理由についての判断
1 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)について
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、明細書のサポート要件の存在は、特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である(知財高判平成17年11月11日(平成17年(行ケ)10042号)「偏光フィルムの製造法」大合議判決を参照。) 。
以下、上記の観点に立って、本件のサポート要件について検討する。
(1)本件特許の特許請求の範囲
本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし8には、それぞれ以下のとおり記載されている(以下、本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし8に係る発明を、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明8」という。)。
「【請求項1】
半導体素子が設けられた素子領域と、平面視において前記素子領域を取り囲みかつ第1導電型を有するガードリング領域とを備え、
前記半導体素子は第1導電型とは異なる第2導電型を有するドリフト領域を含み、
前記ガードリング領域は、直線領域と前記直線領域と連接する曲率領域とを含み、
前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である、炭化珪素半導体装置。
【請求項2】
前記半導体素子は、前記ドリフト領域と接しかつ前記第2導電型を有するボディ領域を含み、
前記ボディ領域の厚みは、前記ガードリング領域の厚みよりも大きい、請求項1に記載の炭化珪素半導体装置。
【請求項3】
前記ガードリング領域は、前記ボディ領域に接しかつ第2導電型を有するJTE領域を含む、請求項2に記載の炭化珪素半導体装置。
【請求項4】
前記半導体素子は前記ボディ領域と接しかつ第1導電型を有するソース領域と、前記ソース領域に接するソース電極とを含み、
前記JTE領域は前記ソース電極と接している、請求項3に記載の炭化珪素半導体装置。
【請求項5】
前記ガードリング領域は前記素子領域と接しないガードリングを含む、請求項1?4のいずれか1項に記載の炭化珪素半導体装置。
【請求項6】
前記ガードリングは複数であり、
複数の前記ガードリングのうち、最内周の前記ガードリングの前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である、請求項5に記載の炭化珪素半導体装置。
【請求項7】
平面視において、前記ガードリング領域を取り囲みかつ前記第1導電型を有するフィールドストップ領域をさらに備えた、請求項1?6のいずれか1項に記載の炭化珪素半導体装置。
【請求項8】
平面視において、前記ガードリング領域の外周部の任意の位置において、前記ガードリング領域の前記外周部と前記フィールドストップ領域の内周部との距離が同じである、請求項7に記載の炭化珪素半導体装置。」
(2)本件特許明細書の発明の詳細な説明
本件特許の願書に添附した明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の発明の詳細な説明(以下、「本件特許明細書の発明の詳細な説明」という。)には、以下の記載がある。(当審注.下線は当審で付した。以下同じ。)
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は炭化珪素半導体装置に関し、より特定的には、ガードリング領域を有する炭化珪素半導体装置に関する。
【背景技術】
【0002】
MOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)などの半導体装置には、電界集中により半導体素子が破壊されることを抑制するために半導体素子が設けられている領域を囲うようにガードリング領域が形成される場合がある。
【0003】
たとえば特開2008-4643号公報(特許文献1)には、素子領域と、素領域を取り囲むように形成された終端領域とを有し、終端領域にガードリングが形成された珪素(シリコン)からなるMOSFETの構造が記載されている。特開2008-4643号公報に記載のMOSFETによれば、最外ベース領域のコーナー部において、ガードリング層および埋め込みガードリング層が同心円状となるように曲率をもって形成されている。また最外ベース領域のコーナー部での電界集中を抑制するために、最外ベース領域の曲率半径は、ドリフト層の厚さの2?4倍程度とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008-4643号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、珪素よりもバンドギャップの大きい炭化珪素を用いたMOSFETにおいて、最外ベース領域の曲率半径(言い換えば、最外ベース領域の端部に接して形成されているガードリングの曲率半径)がドリフト層の厚さの2?4倍程度であるMOSFETを製造した場合、ガードリングのコーナー部において電界が集中してMOSFETが破壊される場合があった。
【0006】
またガードリングのコーナー部における電界集中を緩和するため、ガードリングのコーナー部の曲率半径を大きくすることが考えられる。しかしながら、当該曲率半径を大きくすると素子領域の面積が小さくなるためオン電流が低下してしまう。
【0007】
そこで本発明の目的は、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供することである。」
イ 「【実施例】
【0060】
本実施例では、ガードリング3の内周部の曲率半径Rをドリフト領域12の厚みT1で除した値(以降、ドリフト層比と称す)を変化させて、オン電流と耐圧との関係を調査した。まず、炭化珪素からなり、ドリフト領域12の厚みT1が15μmである3種類のMOSFET1を実施の形態で説明した製造方法によって準備した。ドリフト領域12のn型不純物濃度を7.5×10^(15)cm^(-2)とした。MOSFET1のチップを1辺が3mmの正方形とした。
【0061】
当該MOSFET1に素子領域IRを取り囲むガードリング領域5を設けた。ガードリング領域5における不純物濃度を1.3×10^(13)cm^(-2)とした。MOSFET1のガードリング領域5の曲率領域Aの内周部2cの曲率半径Rをぞれぞれ50μm、125μmおよび1260μmとした。つまりドリフト層比が3.3、8.3および84.3である3種類のMOSFET1を準備した。それぞれのMOSFET1に対してオン電流と耐圧とを測定した。なお、ドリフト比が84.3であるMOSFETの素子領域IRの形状は平面視において円である。
【0062】
耐圧の測定は、MOSFETに逆方向電圧を印加して逆方向電流を測定することにより行われた。逆方向電圧を増加させたときに逆方向電流が急激に大きくなる電圧を耐圧とした。エミッション顕微鏡により破壊箇所を特定した。たとえばドリフト層比が3.3であるMOSFET1をエミッション顕微鏡で観察すると、逆方向電圧が1200Vである場合にガードリング領域5の曲率領域Aにおいて強い発光が観察された。つまり、ガードリング領域5の曲率領域Aにおいて破壊が起きていることが確認された。
【0063】
図11を参照して、MOSFET1のオン電流と耐圧との関係について説明する。ガードリング領域5の曲率領域Aの曲率半径Rが小さくなると曲率領域Aに電界が集中しやすくなるため耐圧が減少する。MOSFET1における耐圧のスペックの目安はたとえば1200Vである。ドリフト層比が3.3である場合、オン電流は13.6Aと高い値を示すが、耐圧は1100V程度でありスペックに満たない。耐圧が1200V以上であるドリフト層比は5以上であると考えられる。
【0064】
一方、ガードリング領域5の曲率領域Aの曲率半径Rが大きくなると電界集中が緩和されるため耐圧は増加する。しかしながら、曲率領域Aの面積を大きくすると素子領域IRの面積が小さくなるため、半導体素子7に流れるオン電流が小さくなる。MOSFET1においては、高い耐圧を有し、かつ高いオン抵抗を有する(つまり図11における右上方向の特性を有する)ことが望ましい。MOSFET1におけるオン抵抗(当審注 「オン電流」の誤記であると認める。)のスペックの目安はたとえば12Aである。ドリフト層比が8.3である場合の耐圧は1800Vであり、オン電流は12.8Aである。ドリフト層比が84.3である場合、耐圧は1900Vと高いが、耐圧(当審注 「オン電流」の誤記と認める。)は10A程度でありスペックに満たない。ドリフト層比が8.3を超えると耐圧はそれほど増加しないがオン電流が急減に減少する。耐圧(当審注 「オン電流」の誤記と認める。)が12A以上であるドリフト層比は10以下であると考えられる。つまり、オン電流と耐圧との両方のスペックを両立するドリフト層比は5以上10以下であると考えられる。
【0065】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。」
(3)本件発明1について
ア 本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載より、本件発明1は、
「半導体素子が設けられた素子領域と、平面視において前記素子領域を取り囲みかつ第1導電型を有するガードリング領域とを備え、
前記半導体素子は第1導電型とは異なる第2導電型を有するドリフト領域を含み、
前記ガードリング領域は、直線領域と前記直線領域と連接する曲率領域とを含み、
前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である、炭化珪素半導体装置。」
であると認められる。
(4)本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された事項について
ア 上記(2)アより、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許に係る発明は、ガードリング領域を有する炭化珪素半導体装置に関するもので(【0001】)、MOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)などの半導体装置には、電界集中により半導体素子が破壊されることを抑制するために半導体素子が設けられている領域を囲うようにガードリング領域が形成される(【0002】)が、炭化珪素を用いたMOSFETにおいて、最外ベース領域の曲率半径(言い換えば、最外ベース領域の端部に接して形成されているガードリングの曲率半径)がドリフト層の厚さの2?4倍程度であるMOSFETを製造した場合、ガードリングのコーナー部において電界が集中してMOSFETが破壊される場合(【0005】)があり、またガードリングのコーナー部における電界集中を緩和するため、ガードリングのコーナー部の曲率半径を大きくすると、素子領域の面積が小さくなるためオン電流が低下してしまう(【0006】)という課題があり、この課題を解決し、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供すること(【0007】)を目的とすることが記載されている。
イ 上記(2)イより、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、
(ア)炭化珪素からなり(【0060】)、
(イ)ドリフト領域12の厚みT1が15μmであるMOSFET1について(【0060】)、
(ウ)ドリフト領域12のn型不純物濃度を7.5×10^(15)cm^(-2)とし(【0060】)、
(エ)MOSFET1のチップを1辺が3mmの正方形とし(【0060】)、
(オ)ガードリング領域5における不純物濃度を1.3×10^(13)cm^(-2)とし(【0061】)た、MOSFET1に素子領域IRを取り囲むガードリング領域5を設け(【0061】)、
(カ)MOSFET1のガードリング領域5の曲率領域Aの内周部2cの曲率半径Rをぞれぞれ50μm、125μmおよび1260μmとし、ドリフト層比が3.3、8.3および84.3である3種類のMOSFET1を準備し(【0061】)、
(キ)それぞれのMOSFET1に対してオン電流と耐圧とを測定し(【0061】)、
(ク)MOSFET1における耐圧のスペックの目安を1200V(【0063】)とし、
(ケ)MOSFET1におけるオン電流のスペックの目安を12A(【0064】)とし、
(コ)ドリフト層比が3.3である場合、耐圧は1100V程度であり、オン電流は13.6Aであり(【0063】)、
(サ)ドリフト層比が8.3である場合、耐圧は1800Vであり、オン電流は12.8Aであり(【0064】)、
(シ)ドリフト層比が84.3である場合、耐圧は1900Vであり、オン電流は10A程度であり(【0064】)、
(ス)ドリフト層比が3.3である場合、耐圧がスペックを満たさず(【0063】)、
(セ)ドリフト層比が84.3である場合、オン電流がスペックを満たさず(【0064】)、
(ソ)耐圧が1200V以上であるドリフト層比は5以上であるとし(【0063】)、
(タ)オン電流が12A以上であるドリフト層比は10以下であるとし(【0064】)、
(チ)オン電流と耐圧との両方のスペックを両立するドリフト層比は5以上10以下である(【0064】)としている
ことが記載されていると認められる。
(5)サポート要件についての検討
ア 本件発明1及びこれを引用する発明について
(ア)上記(3)アのとおり、本件の請求項1の記載より、本件発明1は、
「半導体素子が設けられた素子領域と、平面視において前記素子領域を取り囲みかつ第1導電型を有するガードリング領域とを備え、
前記半導体素子は第1導電型とは異なる第2導電型を有するドリフト領域を含み、
前記ガードリング領域は、直線領域と前記直線領域と連接する曲率領域とを含み、
前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である、炭化珪素半導体装置。」
であるから、本件発明1は、「炭化珪素半導体装置」において、「半導体素子が設けられた素子領域と、平面視において前記素子領域を取り囲みかつ第1導電型を有するガードリング領域とを備え、前記半導体素子は第1導電型とは異なる第2導電型を有するドリフト領域を含み、前記ガードリング領域は、直線領域と前記直線領域と連接する曲率領域とを含み、前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」、「前記曲率領域の内周部の曲率半径」と「前記ドリフト領域の厚み」の多数の組み合わせを包含すると認められる。
(イ)上記(4)イより、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、ドリフト領域の厚みを15μmとし、ドリフト領域のn型不純物濃度を7.5×10^(15)cm^(-2)とし、MOSFETのチップを1辺が3mmの正方形とし、ガードリング領域の不純物濃度を1.3×10^(13)cm^(-2)とした素子領域を取り囲むガードリング領域を設け、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径が125μmであり、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が8.3となる場合、耐圧が1800Vでオン電流が12.8Aであるから、耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たすことが記載され、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径が50μmと1260μmであり、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が3.3と84.3となる場合は、耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たさないとの結果が記載され、これらの結果から、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である場合、耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たし、この場合に「オン電流と耐圧との両方のスペックを両立する」と記載されていると認められる。
そして、「オン電流と耐圧との両方のスペックを両立する」ものとして、他にオン電流および耐圧の「スペック」に関する開示はない。
してみると、「オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供する」とは、すなわち「耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たすこと」であることを前提にして、本件特許明細書の発明の詳細な説明において発明が開示されていると認められる。
(ウ)しかし、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、ドリフト領域の厚みが15μm以外の厚みにおいて、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である場合、耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たすか否かについては記載されておらず、当該技術分野における技術常識を参酌しても、ドリフト領域の厚みが15μm以外の厚みにおいて、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である場合に、耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たすことが自明であるとは認められない。
(エ)また、一般に、MOSFETの耐圧やオン電流は、ドリフト領域の厚さ、ドリフト領域のn型不純物濃度、チップの大きさ、ガードリング領域の不純物濃度によっても変化すると認められ、上記(2)の発明の詳細な説明の記載をもって、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」「炭化珪素半導体装置」が、耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たすことが自明であるとは認められない。
(オ)そうすると、上記(4)アより、本件特許に係る発明は、ガードリング領域を有する炭化珪素半導体装置において、ガードリングのコーナー部の曲率半径が小さいとガードリングのコーナー部において電界が集中してMOSFETが破壊され、また、ガードリングのコーナー部の曲率半径を大きくすると素子領域の面積が小さくなるためオン電流が低下してしまうという課題を解決し、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上させることを目的とするものと認められるところ、本件特許明細書の発明の詳細な説明からは、上記(4)イ(ア)ないし(オ)を有する「炭化珪素半導体装置」において、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である場合に、上記(4)イ(ク)ないし(ケ)のスペックを満たし、すなわち、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供することが可能であることが認識できるにとどまり、当該技術分野における技術常識を参酌しても、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載からは、上記(4)イ(ア)および(ウ)ないし(オ)を有する「炭化珪素半導体装置」において、ドリフト領域の厚みが15μm以外の厚みを有するMOSFETについて、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である場合に、上記(4)イ(ク)ないし(ケ)のスペックを満たし、すなわち、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供することが可能であることが自明であるとは言えない。
加えて、上記(4)イ(ア)ないし(オ)で示された「炭化珪素半導体装置」の値が、一部もしくは全て異なる「炭化珪素半導体装置」について、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である場合に、上記(4)イ(ク)ないし(ケ)のスペックを満たし、すなわち、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供することが可能であることが自明であるとは言えない。
そうすると、上記(4)アより、本件発明1は、ガードリング領域を有する炭化珪素半導体装置において、最外ベース領域の端部に接して形成されているガードリングの曲率半径がドリフト層の厚さの2?4倍程度であるMOSFETを製造した場合、ガードリングのコーナー部において電界が集中してMOSFETが破壊される場合があり、またガードリングのコーナー部における電界集中を緩和するため、ガードリングのコーナー部の曲率半径を大きくすると、素子領域の面積が小さくなるためオン電流が低下してしまうという課題を解決し、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供することを目的とするものと認められるところ、本願特許明細書の発明の詳細な説明の記載からは、ガードリング領域を有する炭化珪素半導体装置において、ドリフト領域の厚みを15μmとし、ドリフト領域のn型不純物濃度を7.5×10^(15)cm^(-2)とし、MOSFETのチップを1辺が3mmの正方形とし、ガードリング領域の不純物濃度を1.3×10^(13)cm^(-2)とした素子領域を取り囲むガードリング領域を設け、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径が125μmであり、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が8.3となる場合、耐圧が1800Vでオン電流が12.8Aであるから、耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たし、また、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径が50μmおよび1260μmであり、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が3.3および84.3となる場合は、耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たさないことから、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である場合、耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たすことがわかり、その結果、上記課題を解決することができ、上記目的を達成できることが認識できるにとどまり、当該技術分野における技術常識を参酌しても、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載からは、ドリフト領域の厚みが15μm以外のものや、ドリフト領域のn型不純物濃度を7.5×10^(15)cm^(-2)とし、MOSFETのチップを1辺が3mmの正方形とし、ガードリング領域の不純物濃度を1.3×10^(13)cm^(-2)とした以外のものにおいて、本件特許に係る発明における課題の解決と目的の達成とが可能であることを認識できるとは認められない。
(カ)上記(ア)のとおり、本件発明1は、「炭化珪素半導体装置」において、「半導体素子が設けられた素子領域と、平面視において前記素子領域を取り囲みかつ第1導電型を有するガードリング領域とを備え、前記半導体素子は第1導電型とは異なる第2導電型を有するドリフト領域を含み、前記ガードリング領域は、直線領域と前記直線領域と連接する曲率領域とを含み、前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」、「前記曲率領域の内周部の曲率半径」と「前記ドリフト領域の厚み」の多数の組み合わせを包含すると認められる。
他方、上記(イ)のとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明からは、ドリフト領域の厚みを15μmとし、ドリフト領域のn型不純物濃度を7.5×10^(15)cm^(-2)とし、MOSFETのチップを1辺が3mmの正方形とし、ガードリング領域の不純物濃度を1.3×10^(13)cm^(-2)とした素子領域を取り囲むガードリング領域を設け、ガードリング領域の曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である場合、耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たし、本件特許に係る発明における課題の解決と目的の達成とが可能であることを認識できるにとどまり、当該技術分野における技術常識を参酌しても、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載からは、ドリフト領域の厚みが15μm以外のものや、ドリフト領域のn型不純物濃度を7.5×10^(15)cm^(-2)とし、MOSFETのチップを1辺が3mmの正方形とし、ガードリング領域の不純物濃度を1.3×10^(13)cm^(-2)とした以外のものについてまで、本件発明1における課題の解決と目的の達成とが可能であることを認識できるとは認められない。
そうすると、「半導体素子が設けられた素子領域と、平面視において前記素子領域を取り囲みかつ第1導電型を有するガードリング領域とを備え、前記半導体素子は第1導電型とは異なる第2導電型を有するドリフト領域を含み、前記ガードリング領域は、直線領域と前記直線領域と連接する曲率領域とを含み、前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である、炭化珪素半導体装置」である本件発明1は、当業者が課題を解決できると認識できる範囲を超えるものといわざるを得ない。
(キ)以上から、本件特許の特許請求の範囲の請求項1は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)に適合するとはいえない。
そして、請求項1を引用する、本件特許の特許請求の範囲の請求項2ないし8も、同様の理由により、特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)に適合するとはいえない。
(6)特許権者の主張について
ア 意見書2について
(ア)特許権者は、本件発明1ないし8および本件特許明細書の発明の詳細な説明について、
「(2) 本件特許発明が解決しようとする課題
取消理由通知書<決定の予告>において、「してみると、「オン抵抗の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供する」とは、すなわち「耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たすこと」であることを前提として、本件特許明細書の発明の詳細な説明において発明が開示されていると認められる。」と記載されています。その上で、審判官殿は「ドリフト領域の厚みが15μm以外の厚みにおいて、ガードリング領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である場合に、耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たすことが自明であるとは認められない。」と主張されております。つまり、審判官殿は、本件特許発明が解決しようとする課題は、実質的に「耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たすこと」であると認定されています。
しかしながら、本件特許明細書の【実施例】が記載されている段落番号0063には、「MOSFET1における耐圧のスペックの目安はたとえば1200Vである。」と記載されています。つまり、当該段落番号に記載の「1200V」は、あくまでも「スペックの目安」であります。さらに段落番号0064においては「MOSFET1におけるオン抵抗のスペックの目安はたとえば12Aである。」と記載されております。つまり、当該段落番号に記載の「12A」は、あくまでも「スペックの目安」であります。さらに段落番号0065には、「今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。」と記載されています。つまり、実施例の記載は、あくまでも例示であって制限的なものでないことが明示的に記載されています。
また炭化珪素半導体装置には、実際には様々なスペックが存在します。耐圧に関しては、たとえば数百Vから数十kVのスペックがあります。オン電流に関しては、たとえば数Aから数百Aのスペックがあります。本件特許明細書の段落番号0063および段落番号0064に記載されている「耐圧が1200V以上」であり「オン電流が12A以上」であるとのスペックは、単に一つの実施例におけるスペックに過ぎません。実施例として「耐圧が1200V以上」であり「オン電流が12A以上」である炭化珪素半導体装置を作成するために、段落番号0060に記載のドリフト領域の厚み、ドリフト領域の不純物濃度およびチップサイズなどが設定され、段落番号0061に記載のガードリング領域の不純物濃度およびガードリング領域の曲率半径などが設定されています。つまり、本件特許発明が解決しようとする課題は、実施例に記載されているドリフト領域の厚み、ドリフト領域の不純物濃度、チップサイズ、ガードリング領域の不純物濃度およびガードリング領域の曲率半径を有する特定のサンプルの特性に限定される訳ではありません。
また本件特許明細書の【発明が解決しようとする課題】が記載されている段落番号0007には「本発明の目的は、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供することである。」と記載されています。さらに本件特許明細書の【発明の効果】が記載されている段落番号0018には、「本発明によれば、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供することができる。」と記載されております。つまり、本件特許明細書には、本件特許発明が解決しようとする課題は、「オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供することである。」と直接的かつ明示的に記載されています。
さらに知財高判平成26年9月25日(平成26年(行ケ)第10008号)の審決取消請求事件においては、特許発明が解決しようとする課題は、実施例中のある特定のサンプルが有する特性を満たすことに限定されるのか、もしくは明細書の【課題を解決するための手段】および【発明の効果】の欄に記載されていた課題であるのかが争われました。当該事件においては、実施例中のある特定のサンプルが有する特性を満たすことではなく、明細書の【課題を解決するための手段】および【発明の効果】の欄に記載されていた課題が、当該特許発明が解決しようとする課題であると認定されています。
以上の状況を総合的に考慮すると、本件特許発明が解決しようとする課題は、「耐圧が1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たすこと」ではなく、「オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供すること」であります。つまり、取消理由通知書<決定の予告>における審判官殿の課題の認定には誤りがあります。取消理由通知書<決定の予告≫の(5)(ウ)?(カ)および(6)アおよびイに記載の理由付けは、上記誤った課題を前提としてなされています。そのため、取消理由通知書<決定の予告>の(5)(キ)および(6)(オ)に記載の結論は、妥当ではありません。」(第2頁9行乃至第4頁13行)
旨主張する。
しかしながら、特許権者の上記主張は採用できない。即ち、
a 特許権者の主張するとおり、本件特許明細書の【発明が解決しようとする課題】には、
「そこで本発明の目的は、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供することである。」(【0007】)
と記載されており、本件特許の解決しようとする課題は、「オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供すること」であると認められるが、この課題を解決する「炭化珪素半導体装置」として、「MOSFET1における耐圧のスペックの目安はたとえば1200Vである。」(【0063】)ことと、「MOSFET1におけるオン抵抗のスペックの目安はたとえば12Aである。」(【0064】)ことをスペックとする「炭化珪素半導体装置」以外は、本件特許明細書には記載されていない。
b また、本件特許明細書には、「【実施例】」として、「炭化珪素からなり」、「ドリフト領域12の厚みT1が15μm」、「ドリフト領域12のn型不純物濃度を7.5×10^(15)cm^(-2)」、「MOSFET1のチップを1辺が3mmの正方形」、「ガードリング領域5における不純物濃度を1.3×10^(13)cm^(-2)」の「MOSFET」(【0060】【0061】)について、「オン抵抗と耐圧との関係を示す図」(【図11】)において、「ドリフト層比」が「3.3」と「8.3」と「84.3」である場合の3点を示して、「ドリフト層比」が「8.3」である場合は、上記スペックを満たすと記載(【0063】,【0064】)しているだけである。
そして、本件特許1ないし8の「炭化珪素半導体装置」は「半導体素子」である以上、電流をオンオフするものであることは自明であり、オン時に何らかのオン電流を流し、オフ時に何らかの電圧に耐えることも自明である。
してみると、オン電流や耐圧の大小を評価するスペック無しに、単に「オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能」といっても無意味である。
本件特許の発明の詳細な説明においては、オン電流や耐圧の大小を評価するものとして、上記スペックしか提示されていないのであり、課題を解決できるかどうかを評価するには、上記スペックによるほかはない。
(イ)特許権者は、本件発明1ないし8および本件特許明細書の発明の詳細な説明について、
「(3) 本件特許明細書の記載および本件出願時の技術常識
(3-1) 本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載
本件特許明細書には、下記の事項が記載されております。
(a)「ガードリングのコーナー部における電界集中を緩和するため、ガードリングのコーナー部の曲率半径を大きくすることが考えられる」(段落番号0006)
(b)「当該曲率半径を大きくすると素子領域の面積が小さくなるためオン電流低下してしまう」(段落番号0006)
(c)「ガードリング領域5の曲率領域Aの曲率半径Rが小さくなると曲率領域Aに電界が集中しやすくなるため耐圧が減少する」(段落番号0063)
(d)「曲率領域Aの面積を大きくすると素子領域IRの面積が小さくなるため半導体素子7に流れるオン電流が小さくなる」(段落番号0063)
(e)「ガードリング領域5の曲率領域Aの曲率半径Rが大きくなると電界集中が緩和されるため耐圧は増加する」(段落番号0064)
(f)「曲率領域Aの面積を大きくすると素子領域IRの面積が小さくなるため、半導体素子7に流れるオン電流が小さくなる」(段落番号0064)
(g)「ドリフト層比が3.3である場合、オン電流は13.6Aと高い値を示すが、耐圧は1100V程度でありスペックに満たない」(段落番号0063)
(h)「ドリフト層比が8.3である場合の耐圧は1800Vであり、オン電流は12.8Aである」(段落番号0064)
(i)「ドリフト層比が84.3である場合、耐圧は1900Vと高いが、耐圧は10A程度でありスペックに満たない」(段落番号0064)
(3-2) 本件出願時の技術常識
ドリフト領域の厚みを大きくするほど、オフ時に逆バイアス電圧による空乏層が伸びる距離が大きくなるため耐圧が高くなることは、たとえば特開2006-332607号公報の段落番号0002および0003などに記載されているように本件出願時においては当業者にとって技術常識であります。また、上記特開2006-332607号公報に記載されているように、ドリフト領域の厚みを厚くするほど、オン抵抗が大きくなること、つまりデバイスの駆動電圧を一定の値であると想定した場合にドリフト領域の厚みを厚くするほどオン電流が小さくなることも、本件出願時においては当業者にとって技術常識であります。
また特開平09-266311号公報の段落番号0003には、ドリフト領域の不純物濃度を高くすることで、ドリフト抵抗が低くなりオン抵抗が下がる一方で、耐圧が低下することが記載されています。上述の通り、デバイスの駆動電圧を一定の値であると想定した場合、オン抵抗が低くなるとオン電流が大きくなります。つまり、ドリフト領域の不純物濃度を高くなると、オン電流は大きくなるけれども耐圧が低下することは、本件出願時において当業者にとって技術常識であります。
(3-3) 本件特許明細書の記載および本件出願時の技術常識から当業者が認識する事項
(a)オン電流の低下を抑制する主な手段は以下の通りです。
(ア)ドリフト領域の膜厚を減らす
(イ)ドリフト領域の不純物濃度を上げる
(ウ)ガードリング領域のコーナー部の曲率半径を小さくすることでチップ面積(有効領域)を増やす
(b)耐圧を向上させる主な手段は以下の通りです。
(ア)ドリフト領域の膜厚を増やす
(イ)ドリフト領域の不純物濃度を下げる
(ウ)ガードリング領域のコーナー部の曲率半径を大きくすることでガードリングコーナー部に電界が集中することを抑制する
つまり、オン電流の低下を抑制することと耐圧を向上させることはトレードオフの関係にあります。ガードリング領域のコーナー部の曲率半径で記述されるチップ面積をドリフト領域の膜厚で除した値には好適な範囲が存在します。たとえばシリコンMOSFETであれば、当該値は2?4(段落番号0003)とされています。一方、炭化珪素MOSFETであれば、当該値が2?4では耐圧が不足します(段落番号0005)。
上記(3-1)(g)?(i)に記載されているように、ドリフト層比(つまり、曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値)が大きくなると、耐圧は増加しますがオン電流は低下します。耐圧に関しては、ドリフト層比が8.3および84.3であれば、耐圧は相対的に高い値を示します(たとえば1800V?1900V程度)が、ドリフト層比が3.3になると耐圧は急激に減少します(たとえば1100V程度)。オン電流に関しては、ドリフト層比が3.3および8.3であれば、オン電流は相対的に高い値を示します(たとえば12.8A?13.6A程度)が、ドリフト層比が84.3になるとオン電流は急激に減少します(たとえば10A程度)。本件特許発明においては、以上の記載等に基づいて、ドリフト層比の好適な範囲は5以上10以下であると規定されています。
本件特許明細書の実施例に開示されたMOSFETにおいて、ドリフト領域の厚みのみを大きくする場合、オフ時に逆バイアス電圧により空乏層が伸びる距離が大きくなるため、耐圧の絶対値自体が大きくなりますが、ドリフト領域の厚み以外の構成は同じであるため、ドリフト層比と耐圧との関係の傾向(つまりドリフト層比が5未満になると耐圧が急激に低くなるけれども、ドリフト層比が5以上であれば耐圧は相対的に高い値を維持すること)は大きくは変化しません。このことは、本件特許明細書の記載および技術常識に基づけば当業者にとって自明な事項であります。
またドリフト領域の厚みのみを変化させた場合のオン電流について、ドリフト領域の厚みを大きくするとオン電流の絶対値自体が小さくなりますが、ドリフト層比とオン電流との関係の傾向(つまりドリフト層比が10よりも大きくなるとオン電流が急激に低くなるけれども、ドリフト層比が10以下であればオン電流は相対的に高い値を維持すること)も大きくは変化しません。このことも、本件特許明細書の記載および技術常識に基づけば当業者にとって自明な事項であります。
ドリフト領域の不純物濃度およびチップサイズについてもドリフト領域の厚みと同様です。つまり、ドリフト領域の不純物濃度およびチップサイズのいずれかのみを変化させた場合、耐圧の絶対値およびオン電流の絶対値自体は変化しますが、ドリフト層比と耐圧との関係の傾向およびドリフト層比とオン電流との関係の傾向は大きくは変化しません。このことも、本件特許明細書の記載および技術常識に基づけば当業者にとって自明な事項であります。
ガードリング領域の不純物濃度に関しては、耐圧の絶対値には影響しますが、ドリフト層比と耐圧との関係の傾向は大きく変化しません。またオン電流に関しては、ガードリング領域はオン電流の通電経路からは離れた終端部に位置するものであることから、オン電流の変化にガードリング領域の不純物濃度は実質的に無関係であります。そのため、ガードリング領域の不純物濃度を変化させた場合であっても、ドリフト層比とオン電流との関係の傾向も大きくは変化しません。
このように、本件特許明細書の実施例に記載したMOSFETの構成に対して、ドリフト領域の厚み、ドリフト領域の不純物濃度、チップサイズおよびガードリング領域の不純物濃度の各々を変化させた場合であっても、ドリフト層比と耐圧の関係の傾向およびドリフト層比とオン電流の関係の傾向が大きく変化しないことは、本件特許明細書に触れた当業者が容易に把握することができます。そのため、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下」と規定することで、本件特許明細書の実施例に記載した構成(曲率半径Rが125μm、ドリフト領域の厚みが15μm)以外の構成を有する炭化珪素半導体装置においても、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上させることが可能であることは、当業者にとって容易に認識できる事項であります。したがって、本件の特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明の記載および出願時の技術常識に照らして発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであります。」(第4頁14行乃至第8頁5行)
旨主張する。
a 特許権者の主張は、本件特許の発明の詳細な説明において提示されているスペックによる評価と関係なく「オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上させる」ことが課題であるという前提に立つもので、前記(ア)で述べたように、このこと自体すでに失当であるが、すすんで特許権者の主張について検討する。
「オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上させる」ということは、その程度はおいておくとしても、「オン電流」と「耐圧」の両立を図るということである。
そして、特許権者が自認するとおり(第6頁7行乃至8行)、両者はトレードオフの関係にあるから、特段の根拠無しに、当業者が「オン電流」と「耐圧」が一般的に両立できると認識することはない。
しかし、特許権者の主張する根拠は,「ドリフト層比と耐圧との関係の傾向が大きく変化しない」、「ドリフト層比とオン電流との関係の傾向は大きく変化しない」という命題を並立しているだけで、「オン電流」と「耐圧」が両立できることを論理的に示しておらず、当業者が「オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上させることが可能である」ということを認識できることの根拠になっていない。
なお、特許権者は「オン電流の低下を抑制することと耐圧を向上させることはトレードオフの関係にあります」に続けて「ガードリング領域のコーナ部の曲率半径で記述されるチップ面積をドリフト領域の膜厚で除した値には好適な範囲が存在します。」(第6頁7行乃至9行)と主張することで、あたかも、オン電流と耐圧のトレードオフを解消するために「好適な範囲が存在する」と示しているようであるが、「好適な範囲」が「オン電流」と「耐圧」の両立を図るためにあると解する理由はない。「ガードリング領域のコーナ部」は「チップ面積」の一部を占めるにすぎないから,「ガードリング領域のコーナ部の曲率半径で記述されるチップ面積」と一般的に解することはできない。
さらに、すすんで各論について検討する。
b 特許権者は「本件特許明細書の記載および本件出願時の技術常識から当業者が認識する事項」として、「耐圧に関しては、ドリフト層比が8.3および84.3であれば、耐圧は相対的に高い値を示します(たとえば1800V?1900V程度)が、ドリフト層比が3.3になると耐圧は急激に減少します(たとえば1100V程度)。」(第6頁15行乃至18行)旨主張するが、該主張は採用できない。
即ち、意見書1の参考図1によると、本件特許明細書の「【実施例】」において、ドリフト層比が3.3であるとき耐圧が1100V程度となり、耐圧のスペックである1200V以上を満たさなくなることはわかるが、「耐圧が急激に減少」するとは認められないし、「急激に減少する」ことの作用機序が不明であり、技術常識であるとも認められない。
c 特許権者は「本件特許明細書の記載および本件出願時の技術常識から当業者が認識する事項」として、「オン電流に関しては、ドリフト層比が3.3および8.3であれば、オン電流は相対的に高い値を示します(たとえば12.8A?13.6A程度)が、ドリフト層比が84.3になるとオン電流は急激に減少します(たとえば10A程度)。」(第6頁18行乃至21行)旨主張するが、該主張は採用できない。
即ち、意見書1の参考図2によると、本件特許明細書の「【実施例】」において、ドリフト層比が84.3であるときオン電流が10A程度となり、オン電流のスペックである12A以上を満たさなくなることはわかるが、「耐オン電流は急激に減少」するとは認められなし、「急激に減少する」ことの作用機序が不明であり、技術常識であるとも認められない。
d 特許権者は「本件特許明細書の記載および本件出願時の技術常識から当業者が認識する事項」として、「本件特許発明においては、以上の記載等に基づいて、ドリフト層比の好適な範囲は5以上10以下であると規定されています。」(第6頁21行乃至23行)旨主張しているが、該主張は、本件特許明細書の「【実施例】」には当てはまるが、本件発明1ないし8に係る「炭化珪素半導体装置」全てに当てはまるか否かは、特許権者の主張する「本件特許明細書の記載および本件出願時の技術常識から当業者が認識する事項」だけでは、自明であるとは言えない。
つまり、上記bで述べたように、本件特許明細書の「【実施例】」において、ドリフト層比が3.3であるとき耐圧が1100V程度となり、耐圧のスペックである1200V以上を満たさなくなることはわかるが、本件特許明細書の「【実施例】」においても「耐圧が急激に減少」するとは認められず、さらに、本件特許明細書の「【実施例】」以外の全ての「炭化珪素半導体装置」において、耐圧のスペックを満たすとは考えられない。
また、上記cで述べたように、本件特許明細書の「【実施例】」において、ドリフト層比が84.3であるときオン電流が10A程度となり、オン電流のスペックである12A以上を満たさなくなることはわかるが、本件特許明細書の「【実施例】」においても「耐オン電流は急激に減少」するとは認められず、さらに、本件特許明細書の「【実施例】」以外の全ての「炭化珪素半導体装置」において、オン電流のスペックを満たすとは考えられない。
そうすると、本件特許明細書の「【実施例】」において、ドリフト層比が3.3であること、および、84.3であることは、それぞれ、耐圧が1200V以上であることを満たさなくなること、および、オン電流が12V以上であることを満たさなくなることを示しているのであって、本件特許1ないし8に係る「炭化珪素半導体装置」において、「【実施例】」以外の「炭化珪素半導体装置」が全て、上記課題である「オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供すること」を解決すると判断できるとは認められない。
e 特許権者は「本件特許明細書の記載および本件出願時の技術常識から当業者が認識する事項」として、「本件特許明細書の実施例に開示されたMOSFETにおいて、ドリフト領域の厚みのみを大きくする場合、オフ時に逆バイアス電圧により空乏層が伸びる距離が大きくなるため、耐圧の絶対値自体が大きくなりますが、ドリフト領域の厚み以外の構成は同じであるため、ドリフト層比と耐圧との関係の傾向(つまりドリフト層比が5未満になると耐圧が急激に低くなるけれども、ドリフト層比が5以上であれば耐圧は相対的に高い値を維持すること)は大きくは変化しません。このことは、本件特許明細書の記載および技術常識に基づけば当業者にとって自明な事項であります。」(第6頁24行乃至第7頁2行)旨主張するが、該主張は採用できない。
本件特許明細書には、「ドリフト領域の厚みのみを大きくする場合」について記載されていないから、上記主張は本件特許明細書にもとづくものとは認められない。
また、ドリフト領域の厚みのみを大きくしドリフト領域以外の構成を同じにすれば曲率領域の曲率半径との比であるドリフト層比そのものが変動してしまうから、「ドリフト層比と耐圧との関係の傾向(つまりドリフト層比が5未満になると耐圧が急激に低くなるけれども、ドリフト層比が5以上であれば耐圧は相対的に高い値を維持すること)は大きくは変化しません。」とはいえない。
さらに、ドリフト層の厚みを大きくし、ドリフト層比も変えないとしても、ドリフト層の厚みに比例して曲率半径が大きくなるから、この耐圧に対する寄与は、ドリフト層の厚みと相乗することになるから、やはり「ドリフト層比と耐圧との関係の傾向(つまりドリフト層比が5未満になると耐圧が急激に低くなるけれども、ドリフト層比が5以上であれば耐圧は相対的に高い値を維持すること)は大きくは変化しません。」とはいえない。
そして、上記bで述べたように、本件特許明細書の「【実施例】」において、ドリフト層比が3.3であるとき耐圧が1100V程度となり、耐圧のスペックである1200V以上を満たさなくなることはわかるが、本件特許明細書の「【実施例】」以外の「炭化珪素半導体装置」において、ドリフト領域の厚みを薄くした場合(即ち、ドリフト層比が小さくなった場合)において、ドリフト層比が5未満になると耐圧が急激に低くなることが自明であるとは認められないから、特許権者の上記主張は、本件特許明細書の記載および本件出願時の技術常識から当業者が認識する事項であるとは認められない。
f 特許権者は「本件特許明細書の記載および本件出願時の技術常識から当業者が認識する事項」として、「またドリフト領域の厚みのみを変化させた場合のオン電流について、ドリフト領域の厚みを大きくするとオン電流の絶対値自体が小さくなりますが、ドリフト層比とオン電流との関係の傾向(つまりドリフト層比が10よりも大きくなるとオン電流が急激に低くなるけれども、ドリフト層比が10以下であればオン電流は相対的に高い値を維持すること)も大きくは変化しません。このことも、本件特許明細書の記載および技術常識に基づけば当業者にとって自明な事項であります。」(第7頁3行乃至9行)旨主張するが根拠が不明である。前記eと同様の理由であれば、前記eで述べたとおり、認められない。
そして、上記cで述べたように、本件特許明細書の「【実施例】」においてドリフト層比が84.3であるときオン電流が10A程度となり、オン電流のスペックである12A以上を満たさなくなることはわかるが、本件特許明細書の「【実施例】」以外の「炭化珪素半導体装置」において、ドリフト領域の厚みを厚くした場合(即ち、ドリフト層比が大きくなった場合)において、ドリフト層比が10より大きくなるとオン電流が急激に低くなることが自明であるとは認められないから、特許権者の上記主張は、本件特許明細書の記載および本件出願時の技術常識から当業者が認識する事項であるとは認められない。
g 特許権者は「ドリフト領域の不純物濃度およびチップサイズについてもドリフト領域の厚みと同様です。つまり、ドリフト領域の不純物濃度およびチップサイズのいずれかのみを変化させた場合、耐圧の絶対値およびオン電流の絶対値自体は変化しますが、ドリフト層比と耐圧との関係の傾向およびドリフト層比とオン電流との関係の傾向は大きくは変化しません。このことも、本件特許明細書の記載および技術常識に基づけば当業者にとって自明な事項であります。
ガードリング領域の不純物濃度に関しては、耐圧の絶対値には影響しますが、ドリフト層比と耐圧との関係の傾向は大きく変化しません。またオン電流に関しては、ガードリング領域はオン電流の通電経路からは離れた終端部に位置するものであることから、オン電流の変化にガードリング領域の不純物濃度は実質的に無関係であります。そのため、ガードリング領域の不純物濃度を変化させた場合であっても、ドリフト層比とオン電流との関係の傾向も大きくは変化しません。」(第7頁10行乃至21行)旨主張するが、該主張は採用できない。
即ち、一般的に、オン電流は、チップのサイズに大きく依存しており、意見書1の参考図7にあるように、チップの一辺の長さが倍になれば、オン電流は概ね4倍となることは技術常識である。この場合、ガードリングの曲率領域の内部の曲率半径とドリフト領域の厚みは大きく変化しないから、ドリフト層比は変化しないが、ドリフト層比とオン電流との関係の傾向は大きく変化することとなり、特許権者の上記主張と矛盾する。
また、一般に、オン電流と耐圧はドリフト領域の不純物濃度に依存しており、ドリフト領域の不純物濃度のみを変化させても、オン電流と耐圧は変化する。この場合、ガードリングの曲率領域の内部の曲率半径とドリフト領域の厚みは変化しないから、ドリフト層比は変化しないが、ドリフト層比とオン電流および耐圧との関係の傾向は変化することとなり、特許権者の上記主張と矛盾する。
そうすると、特許権者の上記主張は採用することはできない。
h 特許権者は「このように、本件特許明細書の実施例に記載したMOSFETの構成に対して、ドリフト領域の厚み、ドリフト領域の不純物濃度、チップサイズおよびガードリング領域の不純物濃度の各々を変化させた場合であっても、ドリフト層比と耐圧の関係の傾向およびドリフト層比とオン電流の関係の傾向が大きく変化しないことは、本件特許明細書に触れた当業者が容易に把握することができます。そのため、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下」と規定することで、本件特許明細書の実施例に記載した構成(曲率半径Rが125μm、ドリフト領域の厚みが15μm)以外の構成を有する炭化珪素半導体装置においても、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上させることが可能であることは、当業者にとって容易に認識できる事項であります。したがって、本件の特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明の記載および出願時の技術常識に照らして発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであります。」(第7頁12行乃至第8頁5行)旨主張するが、該主張は採用できない。
即ち、上記dないしgで示したように、「本件特許明細書の実施例に記載したMOSFETの構成に対して、ドリフト領域の厚み、ドリフト領域の不純物濃度、チップサイズおよびガードリング領域の不純物濃度の各々を変化させた場合であっても、ドリフト層比と耐圧の関係の傾向およびドリフト層比とオン電流の関係の傾向が大きく変化しないこと」は、本件特許明細書に記載されていないし、技術常識でもないから、本件特許明細書に触れた当業者が容易に把握することができるとは認められない。
また、上記dないしgで示したように、「「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下」と規定することで、本件特許明細書の実施例に記載した構成(曲率半径Rが125μm、ドリフト領域の厚みが15μm)以外の構成を有する炭化珪素半導体装置においても、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上させることが可能であること」が、当業者にとって容易に認識できる事項であるとは認められない。
そうすると、本件の特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明の記載および出願時の技術常識に照らして発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められない。
(ウ)特許権者は、本件発明1ないし8および本件特許明細書の発明の詳細な説明について、
「(4) 当業者が本件特許発明の課題を解決できると認識できる範囲
当業者がたとえばMOSFET等の炭化珪素半導体装置を設計する場合には、通常、次の手順を取ります。まず、客先によってMOSFETの耐圧とオン電流のスペックの要求が決定されます。MOSFETの設計者は、当該耐圧とオン電流のスペックを満たすように、ドリフト領域およびガードリング領域などの設計を行います。具体的には、まずドリフト領域の膜厚、不純物濃度と、ガードリング領域の不純物濃度およびガードリング領域の本数を決定します。次に、ガードリング領域の曲率半径を決めます。つまり、チップの有効領域を決めます。このようにして、MOSFETの構成が決定されます。
以上の設計手順から分かるように、当業者は、耐圧とオン電流のスペックが決まれば、適切なドリフト領域の膜厚、ドリフト領域の不純物濃度、ガードリング領域の不純物濃度、ガードリング領域の本数およびガードリング領域の曲率半径などを、技術的に妥当な範囲で決定します。言い換えれば、1200Vの耐圧が要求されているときに、当業者であれば、通常ドリフト領域の膜厚を5μmに設定することはありませんし、ドリフト領域の膜厚を30μmに設定することもありません。つまり、当業者であれば、技術常識を考慮するため、ドリフト領域の厚みを極端に小さくしたり、極端に大きくしたりすることはありません。
審判官殿は、MOSFETの耐圧やオン電流は、ドリフト領域の厚さ、ドリフト領域の不純物濃度、チップの大きさ、ガードリング領域の不純物濃度によっても変化すると認められるから、「曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」「炭化珪素半導体装置」が、耐圧1200V以上、オン電流が12A以上であるスペックを満たすことが自明であるとは認められないとの論理を主張されています。しかしながら、この論理は当業者には当てはまりません。なぜなら、当業者のMOSFETの設計手順は、この論理とは全く逆なのです。つまり、当業者は、MOSFETの耐圧およびオン電流のスペックを満たすように、ドリフト領域の厚さ、ドリフト領域の不純物濃度、チップの大きさおよびガードリング領域の不純物濃度等のパラメータを技術的に妥当な範囲に設定するのであります。そのため、当業者であれば、たとえばドリフト領域の厚みが極端に小さい場合を想定して、耐圧が極端に小さくなるから本件特許発明の課題が解決できないと認識することはないのです。
すなわち、当業者であれば、本件特許の請求項1に規定されているように「曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」「炭化珪素半導体装置」という前提で、耐圧のスペックと、オン電流のスペックが決まれば、ドリフト領域の厚さ等のパラメータを技術的に妥当な範囲に想定することができます。そのため、ドリフト領域の厚さ、ドリフト領域の不純物濃度、チップの大きさおよびガードリング領域の不純物濃度等の各々のパラメータを具体的に変更して測定された耐圧およびオン電流の値が明細書に記載されていない場合であっても、当業者であれば、本件特許明細書の記載及び技術常識に基づいて、本件特許発明は「オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能」という課題を解決できることを認識できるものであります。」(第8頁6行乃至第9頁17行)旨主張する。
a 上記主張は、MOSFET等の炭化珪素半導体装置を設計する場合について述べているのであって、
「当業者がたとえばMOSFET等の炭化珪素半導体装置を設計する場合には、通常、次の手順を取ります。まず、客先によってMOSFETの耐圧とオン電流のスペックの要求が決定されます。MOSFETの設計者は、当該耐圧とオン電流のスペックを満たすように、ドリフト領域およびガードリング領域などの設計を行います。具体的には、まずドリフト領域の膜厚、不純物濃度と、ガードリング領域の不純物濃度およびガードリング領域の本数を決定します。次に、ガードリング領域の曲率半径を決めます。つまり、チップの有効領域を決めます。このようにして、MOSFETの構成が決定されます。
以上の設計手順から分かるように、当業者は、耐圧とオン電流のスペックが決まれば、適切なドリフト領域の膜厚、ドリフト領域の不純物濃度、ガードリング領域の不純物濃度、ガードリング領域の本数およびガードリング領域の曲率半径などを、技術的に妥当な範囲で決定します。」(第8頁7行乃至12行)
「つまり、当業者は、MOSFETの耐圧およびオン電流のスペックを満たすように、ドリフト領域の厚さ、ドリフト領域の不純物濃度、チップの大きさおよびガードリング領域の不純物濃度等のパラメータを技術的に妥当な範囲に設定するのであります。」(第9頁2行乃至5行)
「すなわち、当業者であれば、本件特許の請求項1に規定されているように「曲率領域の内周部の曲率半径をドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」「炭化珪素半導体装置」という前提で、耐圧のスペックと、オン電流のスペックが決まれば、ドリフト領域の厚さ等のパラメータを技術的に妥当な範囲に想定することができます。」(第9頁8行乃至11行)
と主張しているように、MOSFET等の炭化珪素半導体装置を設計する場合は、MOSFETの耐圧とオン電流のスペックを満たすために、ドリフト領域の膜厚およびガードリング領域の曲率半径以外に、ドリフト領域の不純物濃度、チップの大きさ、ガードリング領域の不純物濃度およびガードリング領域の本数等を決定する必要があることは、特許権者の上記主張からも明らかである。
b そして、上記主張からも、ドリフト領域の不純物濃度、チップの大きさ、ガードリング領域の不純物濃度およびガードリング領域の本数等に、多数の組み合わせを包含する、
「半導体素子が設けられた素子領域と、平面視において前記素子領域を取り囲みかつ第1導電型を有するガードリング領域とを備え、
前記半導体素子は第1導電型とは異なる第2導電型を有するドリフト領域を含み、
前記ガードリング領域は、直線領域と前記直線領域と連接する曲率領域とを含み、
前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である、炭化珪素半導体装置。」
である、本件発明1が必ずしも、「オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供する」という課題を解決するものでないことは明らかである。
c また、本件発明1を引用する本件発明2ないし8も同様の理由により、必ずしも「オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上可能な炭化珪素半導体装置を提供する」という課題を解決するものでないことは明らかである。
d したがって、特許権者の上記主要は採用できない。
イ 意見書1について
(ア)特許権者は、本件発明1および本件特許明細書の発明の詳細な説明について、
「(5-3) 本件特許明細書の記載および技術常識から当業者が認識する事項
本件特許明細書の実施例に開示されたMOSFETにおいて、ドリフト領域の厚みのみを厚くする場合、オフ時に逆バイアス電圧により空乏層が伸びる距離が大きくなるため、耐圧の絶対値自体が大きくなりますが、ドリフト領域の厚み以外の構成は同じであるため、参考図1に示したドリフト層比と耐圧との関係の傾向は大きくは変化しません。このことは、本件特許明細書の記載および技術常識に基づけば当業者に取り自明な事項であります。また、この点は参考図3に示したシミュレーション結果からも明らかであります。なお、参考図3は、耐圧(耐電圧)が1200V仕様のMOSFETにおいて、ドリフト領域の厚みを8μm、10μm、12μmと変化させた場合の耐圧とドリフト層比(R/T)との関係を示しており、横軸がドリフト層比、縦軸が耐圧(V)を示しています。
また、ドリフト領域の厚みを変化させた場合のオン電流について、ドリフト領域の厚みを厚くするとオン電流が小さくなりますが、上記耐圧の場合と同様の理由により参考図2に示したオン電流とドリフト層比との関係の傾向も大きくは変化しません。このことも、本件特許明細書の記載および技術常識に基づけば当業者に取り自明な事項であります。また、この点は参考図4に示したシミュレーション結果からも明らかであります。なお、参考図4は、耐圧(耐電圧)が1200V仕様のMOSFET(サイズ3mm角)において、ドリフト領域の厚みを8μm、10μm、12μmと変化させた場合のオン電流とドリフト層比との関係を示しており、横軸がドリフト層比、縦軸がオン電流(A)を示しています。
このように、本件特許明細書の実施例に記載したMOSFETの構成に対して、ドリフト領域の厚みを変化させた場合であっても、耐圧およびオン電流とドリフト層比との関係は大きく変化しないことは、本件特許明細書に触れた当業者が容易に把握できます。そのため、本件の請求項1に係る発明において規定するように「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下」とすることで、本件特許明細書の実施例に記載した構成(曲率半径Rが125μm、ドリフト領域の厚みが15μm)以外の構成を有する炭化珪素半導体装置においても、オン電流と耐圧とのバランスをとることが可能であることは、当業者に取り容易に認識できる事項であります。
したがって、本件の請求項1に係る特許は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」のもの以外を含むものではありません。」(第5頁28行乃至第7頁1行)旨主張する。
しかし、特許権者の主張は採用できない。その理由は、以下のとおりである。
すなわち、ドリフト領域の厚みを厚くすると耐圧の絶対値自体が大きくなること、および、ドリフト領域の厚みを厚くするとオン電流が小さくなることは、当業者にとって自明な事項であるが、ドリフト領域の厚みを15μm以外の値とした場合に、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」ことをもって、炭化珪素半導体装置において、耐圧が1200V以上、オン電流が12V以上であるスペックを満たして、オン電流と耐圧とのバランスをとることが可能であるとは言えない。
そして、意見書1の参考図3および4は、特許権者が自認するところでは、シミュレーション結果であり、特定のモデルを用いて計算によってはじめて得られるものであるから、その内容自体は普遍性をもたないし、当業者に自明であるとは言えない。
これをおくとしても、たとえば、意見書1の参考図3において、耐圧(耐電圧)が1200V仕様のMOSFETにおいて、ドリフト領域の厚みを8μmにした場合の耐圧とドリフト層比(R/T)との関係が示されているが、ドリフト層の厚みを8μm未満(たとえば5μm)とした場合、前記当業者にとって自明な事項から、ドリフト層比5では、耐圧が1200V未満となり、オン電流と耐圧とのバランスが取れないことは明らかである。
また、意見書1の参考図4において、耐圧(耐電圧)が1200V仕様のMOSFET(サイズ3mm角)において、ドリフト領域の厚みを12μmとした場合のオン電流とドリフト層比との関係が示されているが、ドリフト領域の厚みを12μmより厚くした(たとえば20μm)場合、前記当業者にとって自明な事項から、ドリフト層比10では、オン電流が12A未満となり、オン電流と耐圧とのバランスが取れないことは明らかである。
そうすると、たとえ前記当業者にとって自明な事項を前提としても、本件発明1は、本件特許に係る発明における課題の解決と目的の達成とが可能でないものを含んでいるから、特許権者の上記主張は採用できない。
そして、上記(5)のとおり、本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は、本件特許明細書の発明の発明の詳細な説明に記載された発明の範囲を超えるものと言わざるをえない。
(イ)特許権者は、本件発明1および本件特許明細書の発明の詳細な説明について、
「(6) 取消理由Bについて
「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」ことをもって、発明の詳細な説明に記載されたものを特定できる根拠について、ご指摘頂いた「ドリフト領域の厚さ」、「ドリフト領域のn型不純物濃度」、「チップの大きさ」、「ガードリング領域5の不純物濃度」のそれぞれに関して以下ご説明いたします。
(6-1) ドリフト領域の厚さについて
上記(5-3)および参考図3、4に示すように、ドリフト領域の厚さを変更しても、オン電流や耐圧の絶対値は変化するものの、耐圧およびオン電流とドリフト層比との関係は大寺くは変化せず、同じ傾向の関係を維持しています。また、(5-2)に示した本件特許に係る炭化珪素半導体装置において想定されるサイズなどの緒元の範囲においては、炭化珪素半導体装置の素子領域とガードリング領域との相対的な位置関係などが本件特許明細書に開示した半導体装置と劇的に変わるということも考えられません。そのため、当業者であれば、本件特許発明において想定される炭化珪素半導体装置において、ドリフト領域の厚さがある程度変化しても、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」ことを満足すればオン電流と耐圧とのバランスが取れた炭化珪素半導体装置を実現できると認識できます。
(6-2) ドリフト領域のn型不純物濃度について
参考図5は、耐圧(耐電圧)が1200V仕様のMOSFETにおいて、ドリフト領域の不純物濃度を6×10^(15)cm、7.5×10^(15)cm^(-3)、9×10^(15)cm^(-3)と変化させた場合の耐圧とドリフト層比(R/T)との関係のシミュレーション結果を示しており、横軸がドリフト層比、縦軸が耐圧(V)を示しています。参考図6は、耐圧(耐電圧)が1200V仕様のMOSFETにおいて、ドリフト領域の不純物濃度を6×10^(15)cm^(-3)、7.5×10^(15)cm^(-3)、9×10^(15)cm^(-3)と変化させた場合のオン電流とドリフト層比(R/T)との関係のシミュレーション結果を示しています。
参考図5、6に示すように、ドリフト領域の不純物濃度を変更しても、オン電流や耐圧の絶対値は変化するものの、耐圧およびオン電流とドリフト層比との関係は大きくは変化せず、同じ傾向の関係を維持しています。また、(5-2)に示した本件特許に係る炭化珪素半導体装置において想定されるサイズなどの緒元の範囲においては、炭化珪素半導体装置の素子領域とガードリング領域との相対的な位置関係などが本件特許明細書に開示した半導体装置と劇的に変わるということも考えられません。そのため、上述したドリフト領域の厚さの場合と同様に、当業者であれば、本件特許発明において想定される炭化珪素半導体装置において、ドリフト領域の不純物濃度がある程度変化しても「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」ことを満足すればオン電流と耐圧とのバランスが取れた炭化珪素半導体装置を実現できると認識できます。
(6-3) チップの大きさについて
耐圧の値は、ドリフト領域の厚さや不純物濃度、ガードリングなどのチップ端部の構造などにより影響を受け得るものですが、チップサイズ自体によっては大きな影響を受けません。つまり、チップサイズとは独立して耐圧の値を調整することができ、この点は当業者に取り技術常識であります。
また、オン電流については、参考図7に示すように、チップサイズを変更しても、オン電流の絶対値は変化するものの、オン電流とドリフト層比との関係は大きくは変化せず、同じ傾向の関係を維持しています。なお、参考図7は、耐圧(耐電圧)が1200V仕様のMOSFETにおいて、チップサイズを3mm角、4mm角、5mm角、6mm角と変化させた場合のオン電流とドリフト層比(R/T)との関係のシミュレーション結果を示しています。
また、(5-2)に示した本件特許に係る炭化珪素半導体装置において想定されるサイズなどの緒元の範囲においては、炭化珪素半導体装置の素子領域とガードリング領域との相対的な位置関係などが本件特許明細書に開示した半導体装置と劇的に変わるということも考えられません。そのため、上述したドリフト領域の厚さの場合と同様に、当業者であれば、本件特許発明において想定される炭化珪素半導体装置において、チップサイズがある程度変化しても、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」ことを満足すればオン電流と耐圧とのバランスが取れた炭化珪素半導体装置を実現できると認識できます。
(6-4) ガードリング領域の不純物濃度について
耐圧に関して、ガードリング領域の不純物濃度や位置などは必要な耐圧の値に基づき最適化されるものであります。したがって、当業者であれば、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」ことを満足したオン電流と耐圧とのバランスが取れた炭化珪素半導体装置を実現する際、当該不純物濃度についても耐圧に基づき適宜最適化することが可能であります。
また、オン電流に関して、ガードリング領域はオン電流の通電経路からは離れた終端部に位置するものであることから、オン電流の変化にガードリング領域の不純物濃度は無関係であります。
上記の説明からも明らかなように、本件の請求項1における「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」ことをもって、発明の詳細な説明に記載されたものを特定できると確信致します。
以上の次第で、本件の請求項1に係る発明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものであります。」(第7頁2行乃至第9頁18行)旨主張する。
しかし、特許権者の主張は採用できない。その理由は、以下のとおりである。
a ドリフト領域の厚さについて
上記(ア)のとおり、意見書1の参考図3および4に示されているとおり、ドリフト領域の厚さを変化させると、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下であ」っても、耐圧が1200V未満となる場合や、オン電流が12A未満となる場合があるから、オン電流と耐圧とのバランスが取れない場合があることは明らかである。
b ドリフト領域のn型不純物濃度について
意見書1の参考図5には、耐圧(耐電圧)が1200V仕様のMOSFETにおいて、ドリフト領域の不純物濃度を9×10^(15)cm^(-3)とした場合の耐圧とドリフト層比(R/T)との関係が示されているが、ドリフト領域の不純物濃度を2×10^(16)cm^(-3)とした場合、耐圧とドリフト層比との関係が大きくは変化せず、同じ傾向の関係を維持しているとすると、ドリフト層比5では、耐圧が1200V未満となることは明らかである。
また、意見書1の参考図6には、耐圧(耐電圧)が1200V仕様のMOSFETにおいて、ドリフト領域の不純物濃度を6×10^(15)cm^(-3)とした場合のオン電流とドリフト層比(R/T)との関係が示されているが、ドリフト領域の不純物濃度を7×10^(14)cm^(-3)とした場合、オン電流とドリフト層比との関係が大きくは変化せず、同じ傾向の関係を維持しているとすると、ドリフト層比10では、オン電流が12A未満となることは明らかである。
そうすると、意見書1の参考図5および6から、ドリフト領域の不純物濃度を変化させると、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下であ」っても、耐圧が1200V未満となる場合や、オン電流が12A未満となる場合があるから、オン電流と耐圧とのバランスが取れない場合があることは明らかである。
c チップの大きさについて
意見書1の参考図7には、チップサイズを3mmとした場合のオン電流とドリフト層比との関係が示されており、ドリフト層比10の場合のオン電流が如何なる値であるのか、参考図7からは把握できないが、仮に12A以上であるとしても、チップサイズを2mmとした場合、オン電流とドリフト層比との関係が大きくは変化せず、同じ傾向の関係を維持しているとすると、ドリフト層比10では、オン電流が12A未満となることは明らかである。
そうすると、意見書1の参考図7から、チップサイズを変化させると、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下であ」っても、オン電流が12A未満となる場合があるから、オン電流と耐圧とのバランスが取れない場合があることは明らかである。
d ガードリング領域の不純物濃度について
特許権者は、「耐圧に関して、ガードリング領域の不純物濃度や位置などは必要な耐圧の値に基づき最適化されるものであります。したがって、当業者であれば、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」ことを満足したオン電流と耐圧とのバランスが取れた炭化珪素半導体装置を実現する際、当該不純物濃度についても耐圧に基づき適宜最適化することが可能であります。」旨主張しているが、この主張は、ガードリング領域の不純物濃度や位置に基づいて必要な耐圧を得ることができるとの主張であり、本件発明1の「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下」とすることにより、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上させることを目的とすることと矛盾する。
そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明の【実施例】に記載された、ガードリング領域5の曲率領域Aの内周部2cの曲率半径Rを125μmとしたものの、ガートリング領域の不純物濃度は、「耐圧に関して、ガードリング領域の不純物濃度や位置などは必要な耐圧の値に基づき最適化されるもの」であるから、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下」とすることにより、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上させることができるのは、ガードリング領域5における不純物濃度を最適化した1.3×10^(13)cm^(-2)とした場合のみであり、その他のガードリング領域5における不純物濃度を含む、本件発明1は、本件特許に係る発明における課題の解決と目的の達成とが可能でないものを含んでいると認められる。
さらに、言及すると、「耐圧に関して、ガードリング領域の不純物濃度や位置などは必要な耐圧の値に基づき最適化されるもの」であるとすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の【実施例】の記載は、ガードリング領域5の曲率領域Aの内周部2cの曲率半径Rを125μmとしたものに最適化されたものであると考えられ、ガードリング領域5の曲率領域Aの内周部2cの曲率半径Rをぞれぞれ50μmおよび1260μmにおいて最適化されたものではないとなるから、「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下」とすることにより、オン電流の低下を抑制しつつ耐圧を向上させることができるとする、本件特許の課題解決手段と矛盾する。
e 小括
そうすると、上記aないしdで検討したとおり、本件発明1は、本件特許に係る発明における課題の解決と目的の達成とが可能でないものを含んでいるから、特許権者の上記主張は採用できない。
(ウ)特許権者は、本件発明2ないし8について、
「(7) 取消理由Cについて
本件の請求項2?8に係る発明は、本件の請求項1に係る発明を引用する発明であるため、上記請求項1に係る発明と同様の理由により、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものであります。」(第9頁19行乃至22行)旨主張する。
しかし、本件発明2ないし8は、本件発明1を引用する発明であるが、本件発明2ないし8は、本件発明1の「ドリフト領域の厚み」,「ドリフト領域のn型不純物濃度」,「チップの大きさ」および「ガードリング領域の不純物濃度」について限定した発明でないから、上記(ア)および(イ)で検討したように、本件発明2ないし8は、オン電流と耐圧とのバランスが取れない場合があることは明らかである。
してみると、本件発明2ないし8は、本件特許に係る発明における課題の解決と目的の達成とが可能でないものを含んでいるから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすとは認められない。
そうすると、特許権者の上記主張は採用できない。

第3 その他の特許異議申立て理由について
特許異議申立人は、本件発明1ないし8は、甲第3号証及び甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の要件を満たさないと主張している。
しかし、本件発明1ないし8の発明特定事項である「前記曲率領域の内周部の曲率半径を前記ドリフト領域の厚みで除した値が5以上10以下である」について、甲第3号証及び甲第4号証には記載も示唆もない。
したがって、かかる主張は理由がない。

第4 結語
本件特許の特許請求の範囲は、特許法第36条第6項第1号の規定に適合しない。
したがって、請求項1ないし8に係る特許は、特許法第113条第4号に該当し、取り消しされるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-12-26 
出願番号 特願2012-232604(P2012-232604)
審決分類 P 1 651・ 121- Z (H01L)
P 1 651・ 537- Z (H01L)
最終処分 取消  
前審関与審査官 大橋 達也恩田 和彦  
特許庁審判長 深沢 正志
特許庁審判官 小田 浩
飯田 清司
登録日 2016-05-27 
登録番号 特許第5939127号(P5939127)
権利者 住友電気工業株式会社
発明の名称 炭化珪素半導体装置  
代理人 二島 英明  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  

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