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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H05K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H05K
管理番号 1338183
異議申立番号 異議2017-700825  
総通号数 220 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-04-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-09-01 
確定日 2018-03-26 
異議申立件数
事件の表示 特許第6089160号発明「高周波回路用銅箔、銅張積層板、プリント配線基板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6089160号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6089160号の請求項1ないし10に係る特許についての出願(以下「本件出願」という。)は、2016年8月9日(優先権主張2015年8月12日、日本国)を国際出願日とするものであって、平成29年2月10日に特許権の設定登録がなされ、その後、その特許に対し、特許異議申立人特許業務法人 藤央特許事務所(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審において平成29年10月26日付けで取消理由を通知し、平成29年12月26日に意見書が提出されたものである。

第2 本件発明
特許第6089160号の請求項1ないし10に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」ないし「本件特許発明10」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された事項により特定される発明であり、次のとおりのものである。

「【請求項1】
高周波電気信号の伝送用の銅箔であって、
少なくとも一方の面に形成され、粗化粒子からなる粗化粒子層と、
前記粗化粒子層の上に形成されるシランカップリング剤処理層と、
を具備し、
前記銅箔を幅方向に切断した断面において、粗化高さが0.5μm以上3μm以下の前記粗化粒子が、30μmの範囲に1個以上10個以下であり、かつ、粗化高さが0.1μm以上0.4μm以下の前記粗化粒子が、30μmの範囲に5個以上であることを特徴とする高周波回路用銅箔。
【請求項2】
前記銅箔を幅方向に切断した断面において、粗化高さが0.5μm以上3μm以下の前記粗化粒子が、30μmの範囲に1個以上5個以下であり、かつ、粗化高さが0.1μm以上0.4μm以下の前記粗化粒子が、30μmの範囲に7個以上であることを特徴とする請求項1記載の高周波回路用銅箔。
【請求項3】
前記銅箔の表面における輪郭曲面の二乗平均平方根勾配Sdqが45以上95以下であることを特徴とする請求項1記載の高周波回路用銅箔。
【請求項4】
前記銅箔の表面における輪郭曲面の二乗平均平方根勾配Sdqが55以上95以下であることを特徴とする請求項3記載の高周波回路用銅箔。
【請求項5】
前記銅箔を幅方向に切断した断面において、粗化高さが0.5μm以上3μm以下の前記粗化粒子が、30μmの範囲に2個以上10個以下であり、
粗化高さが0.5μm以上3μm以下の前記粗化粒子の断面形状が、逆滴状、柱状、針状、樹枝状のうち2つ以上の形状を含むことを特徴とする請求項1記載の高周波回路用銅箔。
【請求項6】
前記銅箔を幅方向に切断した断面において、粗化高さが0.5μm以上3μm以下の前記粗化粒子が、30μmの範囲に2個以上5個以下であり、
粗化高さが0.5μm以上3μm以下の前記粗化粒子の断面形状が、逆滴状、柱状、針状、樹枝状のうち2つ以上の形状を含むことを特徴とする請求項1記載の高周波回路用銅箔。
【請求項7】
前記粗化粒子が、銅又は銅合金からなることを特徴とする請求項1記載の高周波回路用銅箔。
【請求項8】
前記粗化粒子層と前記シランカップリング剤処理層との間にクロメート処理層を具備することを特徴とする請求項1記載の高周波回路用銅箔。
【請求項9】
請求項1記載の高周波回路用銅箔が、エポキシ、耐熱エポキシ、ビスマレイミド・トリアジンレジン、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンオキサイド、シアネートエステル系樹脂のいずれかの樹脂またはこれらの混合樹脂からなる樹脂基材の片面または両面に貼り付けられていることを特徴とする銅張積層板。
【請求項10】
請求項9記載の銅張積層板を有することを特徴とするプリント配線基板。」

第3 取消理由の概要及び特許異議申立理由の概要
当審において通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
1 明確性(特許法第36条第6項第2号)について
本件特許発明1ないし10には、粗化高さの測定方法が明確に記載されていない。
また、本件特許発明1の粗化粒子の粗化高さに関する条件は、本件特許明細書に記載した事項と整合しておらず、出願時の技術常識を考慮しても、意味内容を理解できない。
よって、本件特許発明1ないし10は不明確であるから、特許法第36条第6項第2号の要件を満たしていない。

また、取消理由通知において採用しなかった特許異議申立人の主張する特許異議申立理由の要旨は、次のとおりである。
2 実施可能要件(特許法第36条第4項第1号)について
本件特許発明1ないし10には、粗化粒子がいかなる組成で構成されるものか記載されていない。そして、本件特許明細書の実施例において具体的に条件開示がある組成の粗化粒子以外のあらゆる組成の粗化粒子について、本件特許発明1で規定される粗化高さの分布条件を満たすための具体的な条件を見いだすこと、及び本件特許発明3及び4で規定される二乗平均平方根勾配Sdqの数値範囲を満たすための具体的な条件を見いだすことは容易ではなく、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要がある。
よって、本件の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1ないし10の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、特許法第36条第4項第1号の要件を満たさない。

3 サポート要件(特許法第36条第6項第1号)について
本件特許発明1ないし10においては、粗化粒子層が形成される元箔の表面粗さについての規定がない。元箔の表面粗さが過度に大きいと、本件特許発明の課題を解決することができないと考えられるから、元箔の表面粗さについて何ら制限のない本件特許発明1ないし10は、特許法第36条第6項第1号の要件を満たさない。


[証拠方法]
甲第1号証:特開2007-291448号公報
甲第2号証:特開2006-253424号公報
甲第3号証:特開2005-206915号公報

第4 判断
1 明確性(特許法第36条第6項第2号)について
(1)特許異議申立人は本件特許発明1ないし10について、「本件特許発明1では粗化粒子の粗化高さを規定している。しかしながら、本件特許明細書には粗化高さの定義がなく、如何なる方法にて粗化高さを測定するのか明確でない。本件特許明細書の段落0075?0079には、図3A?図3Eの説明の中で、『粗化粒子の高さ』という用語が登場するが、これと粗化高さの関係は記載されていない。仮に、粗化粒子の高さ=粗化高さであるとしても、図3A?図3Dの粗化高さhは理解できるものの、図3Eについては粗化高さをどのように測定するか記載されていない。また、図3A?図3D以外の粗化粒子についてどのように粗化高さを測定するかは何ら説明がない。」(特許異議申立書第8ページ第15行ないし第22行)と主張する。

しかしながら、本件特許発明1における粗化粒子の粗化高さが、本件特許明細書の段落【0075】及び図3Aないし図3Dにおける粗化粒子の高さhと同じものを示すことは明らかである。また、図3Aないし図3Dから、粗化粒子の基部から頂部までの高さを粗化粒子の高さhとすることが看取される。図3Eには粗化粒子の高さhを示す補助線は図示されていないが、図3Aないし図3Dにおける粗化粒子の高さhの類推から、その粗化粒子の基部から頂部までの高さを粗化粒子の高さhとすることも明らかである。図示のないその他の粗化粒子についての高さについても同様の類推が可能である。
また、粗化粒子の高さh(粗化高さ)の測定方法については、本件特許明細書の段落【0074】における、「粗化粒子9の形状及び個数の測定については、イオンミリング装置を用いて幅方向に断面加工を施し、HR-SEM(走査型電子顕微鏡)で、測定倍率3,000倍またはそれ以上の倍率で撮影した画像により測定することができる。」との記載から、当該測定方法を用いて、粗化粒子の形状の一パラメータである粗化粒子の高さhの測定が可能であることは明らかである。

そうすると、本件特許発明1における粗化高さの定義と粗化高さの測定方法は共に明確であるから、同法第36条第6項第2号に規定する要件に違反しているとはいえない。
また、本件特許発明1を引用する本件発明2ないし10についても、同様に特許法第36条第6項第2号に規定する要件に違反しているとはいえない。

(2)特許異議申立人は本件特許発明1ないし10について、「また、図3A?図3Eに示される所定形状の粗化粒子であったとしても、これらは平坦な元箔の上に形成されている模式的な粗化粒子である。元箔にも凹凸があることが通常であり、本件特許明細書の段落0087の表2に記載された元箔のRzをみても、0.5μm?1.5μmであり、粗化粒子と同程度の高さの凹凸が存在していることがわかる。・・・(中略)・・・つまり、本件特許発明1に係る銅箔には、模式図のような平坦な元箔上に形成されていない粗化粒子も多数存在すると考えられる。このような場合、例えば元箔表面が斜めになっていると、上側の粗化粒子の基点を粗化高さの基準にするのか、下側の粗化粒子の基点を粗化高さの基準にするのかで粗化高さが変わってくる。また、元箔に凹凸による傾斜がある場合、どの方向に対して粗化高さを測定するのかも不明である。平坦な面に対する高さであれば平坦な面に垂直な方向を高さ方向とすることに合理性はあるが、元箔にうねりがあると基準となる平面は観念できず、粗化粒子の高さの方向は定まらない。更には、元箔のうねりが大きくなるほど元箔の銅粒子と粗化粒子の区別すら困難となる。
特に、本件特許発明においては、0.1μm以上0.4μm以下の粗化高さの粗化粒子と、0.5μm以上3μm以下の粗化高さの粗化粒子を識別して、個数を測定しなければならず、極めて微細な粒子の高さを取り扱うのであるから、その測定方法は厳密に定めなければならないというべきである。」(特許異議申立書第8ページ第23行ないし第10ページ第5行)と主張する。

本件特許発明1が対象とする粗化粒子のサイズに対し、元箔の表面粗さの凹凸は、粗化粒子のサイズに対して十分に大きいものである。したがって、仮に傾きによって粗化高さの基準や測定方向がずれたとしても、そのずれは粗化粒子の高さには影響しない。また、粗さ測定器によって得られる断面曲線は、うねり曲線と粗さ曲線に分けられ、表面粗さは、この粗さ曲線に基いて測定されるものであり、測定面のうねりは表面粗さには含まれないことは技術常識である。したがって、測定面に例えうねりが存在したとしても、粗化粒子の高さを測定することは可能である。

そうすると、本件特許発明1における粗化高さの測定方法は明確であるから、同法第36条第6項第2号に規定する要件に違反しているとはいえない。
また、本件特許発明1を引用する本件特許発明2ないし10についても、同様に特許法第36条第6項第2号に規定する要件に違反しているとはいえない。

(3)特許異議申立人は本件特許発明1ないし10について、「また、本件特許発明1では『前記銅箔を幅方向に切断した断面において、粗化高さが0.5μm以上3μm以下の前記粗化粒子が、30μmの範囲に1個以上10個以下であり、かつ、粗化高さが0.1μm以上0.4μm以下の前記粗化粒子が、30μmの範囲に5個以上である』旨を規定する。
文言上、本件特許発明1に係る銅箔は、当該要件を常に満たすことが要求されるはずである。すなわち、銅箔を幅方向に切断した如何なる断面において観察したとしても、粗化高さが0.5μm以上3μm以下の前記粗化粒子が、30μmの範囲に1個以上10個以下であり、かつ、粗化高さが0.1μm以上0.4μm以下の前記粗化粒子が、30μmの範囲に5個以上であるという要件を満足することを意味していると考えられる。
そのように解釈しないと、偶然一か所の観察視野においてのみ上記要件を満足するだけで特許権侵害となってしまうことになり、不合理だからである。わずか30μmの範囲の一か所の観察視野においてのみ上記要件を満足したとしても、他の何れの観察視野においても上記要件を満足しない場合には、本件特許発明1の目的である樹脂基材との密着性に優れ、高周波伝送特性にも優れた銅箔等を提供することはできないことは明らかである。
一方で、本件特許明細書の段落0091には、実施例及び比較例に係る銅箔について、HR-SEM(日立ハイテク社製SU8020)で加速電圧3kV(2次電子像)を用いて、5万倍の断面観察を行い、銅箔の断面を、幅方向に任意の30μmにおいて粗化高さ0.5μm以上3μm以下の粒子数及び粗化高さ0.1μm以上0.4μm以下の粒子数をカウントしたことが記載されているのみである。しかしながら、銅箔の断面形状がその他の観察視野においても同じであるという保証はなく、むしろ、本件特許明細書の段落0056には『粗化ムラ』について述べられていることからみて、粗化粒子が高密度に形成されている箇所と低密度に形成されている箇所があることが示唆されており、変動すると考えるほうが合理的である。このため、本件特許明細書の段落0087の表2において記載されている粗化高さに関する測定値が銅箔全体を代表する数値であると理解することは困難である。
なお、本件特許明細書の段落0056には『このように、幅方向に限定した理由は、粗化処理を施す際、粗化ムラは引張方向にできるため、幅方向に測定した方が、安定して測定が可能であるためである。』と記載されており、幅方向に測定すれば粗化ムラは関係ないと誤解されるかもしれないが、引張方向に異なる複数の位置で幅方向に測定すると、粗化ムラが反映されて異なる測定値になる蓋然性が高いことに留意されたい。」(特許異議申立書第10ページ第9行ないし第11ページ第5行)と主張する。

本件特許明細書の段落【0091】には、「このようにして作成した銅箔の断面形状をイオンミリング装置(日立ハイテク社製IM4000)を用いて断面加工を施し、HR-SEM(日立ハイテク社製SU8020)で加工電圧3kV(2次電子像)を用いて、5万倍の断面観察を行い、幅方向に任意の30μmにおいて・・・(中略)・・・粒子数をカウントした。」との記載がある。ここで、「幅方向に任意の30μm」において断面観察を行う際に、何処の30μmの範囲を観察するかは「任意」、すなわち何処でもよいから、当該観察は恣意的な範囲のサンプリングに基づくものではなく、実質的にはランダムサンプリングに基づき行われるものと解される。
そうすると、本件特許明細書の段落【0087】の表2において記載されている粗化高さに関する測定値は、銅箔全体を代表する数値であると理解できる。

また、「粗化ムラ」については、銅箔の製造方法に由来する測定への影響を低減するためのものと認められる。銅箔製造時に使用されるロールの回転方向に沿った筋などがロール表面にできやすく、これが銅箔に転写された場合、ドラム回転方向(引張方向)に沿った銅箔の表面粗さ測定を行おうとすると、傷に沿った断面を観察する可能性がある。このような特異点で測定を行おうとすると、粗化粒子の高さの測定がしにくくなる。このため、本件特許発明1においては幅方向で測定した方が正確であることを示したものであって、引張方向に異なる複数の位置で幅方向に測定すると、粗化ムラが反映されて異なる測定値になるというものではない。

そうすると、本件特許発明1に対応する本件特許明細書の粗化高さに関する測定値は明確であるから、同法第36条第6項第2号に規定する要件に違反しているとはいえない。
また、本件特許発明1を引用する本件特許発明2ないし10についても、同様に特許法第36条第6項第2号に規定する要件に違反しているとはいえない。


2 実施可能要件(特許法第36条第4項第1号)について
(1)特許異議申立人は本件特許発明1ないし10について、「つまり、本件特許発明ではわずか30μmという微細な範囲内で各粗化粒子の高さ及び個数の分布を1μm未満の高い精度で制御することを特徴としており、極めて精緻な制御が要求される技術である。
ここで、本件特許発明1には粗化粒子がいかなる組成で構成されるものか記載されていない。このため、本件特許発明1は、文言上は粗化粒子の組成に制限はない。・・・(中略)・・・しかしながら、実施例において具体的に製造例があるのは、銅、鉄、ニッケル、モリブデン、塩素を含有するヤケめっき液を用いて粗化粒子を形成した場合のみである。すなわち、本件特許明細書には銅、鉄、ニッケル、モリブデン、塩素を含有する銅合金で形成された粗化粒子しか具体的に記載されていない。・・・(中略)・・・そこで、本件特許明細書における発明の詳細な説明が、銅、鉄、ニッケル、モリブデン、塩素を含有する銅合金で形成された粗化粒子以外の粗化粒子についても、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているか否かについて検討する。
本件特許明細書には、粗化高さの高い粗化粒子と粗化高さの低い粗化粒子とが混在した形態を作成する方法として、以下の1及び2の方法が記載されている。
1 粗化粒子を形成する前の元箔の粗化処理面の表面粗さを粗くする(段落0060)。
2 粗化処理方法を適正な条件とする(段落0063)。
・複数回の粗化めっきを行う際に、前の粗化めっきよりも後の粗化めっきの電流密度を大きくする。
・複数回の粗化めっきにおいて、粗化めっき液中の添加元素を適宜選択する。
しかしながら、本件特許発明に係る銅箔を製造するには、本件特許発明1において規定される粗化粒子の粗化高さを精細に制御することが必要であり、粗化高さの高い粗化粒子と粗化高さの低い粗化粒子とが混在した形態を作製するだけでは不十分である。なぜならば、本件特許明細書に記載されている比較例2?4は、粗化高さの高い粗化粒子と粗化高さの低い粗化粒子とが混在した形態となっており、むしろ、粗化高さの高い粗化粒子と粗化高さの低い粗化粒子の分布を更に精密制御して初めて本件特許発明1の要件を満たし、所期の効果が得られるからである。
そうすると、実施例において具体的に条件開示のある銅、鉄、ニッケル、モリブデン、塩素を含有する銅合金で形成された粗化粒子の場合には、ヤケめっき液の組成、電流密度、元箔の表面粗さと、得られる粗化粒子の粗化高さの分布との関係が理解でき、当業者が実施できると言えるかもしれないが、それ以外のあらゆる組成の粗化粒子について本件特許発明1で規定される粗化高さの分布条件を満たすための具体的な条件を見いだすことは容易ではなく、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要がある。
本件特許明細書の段落0072には、粗化めっきに用いるニッケル及びモリブデンが粗化形状や粗化粒子のすき間の空き具合に影響を及ぼすことも記載されており、粗化粒子を構成する材質によって、粗化粒子の粗化高さの分布が変動することは明かである。このことからみても、実施例に記載されている組成とは異なる組成の粗化粒子の場合、どのような条件で形成すると、本件特許発明1で規定する粗化高さの分布条件を満たすことができるのか見出すことは当業者にとって容易ではない。
また、本件特許発明1で規定される粗化高さの分布条件が周知慣用であるという証拠も示されていない。
よって、本件の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本件特許発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということは言えないから、特許法第36条第4項第1号の要件を満たさない。本件特許発明1に従属する本件特許発明2?10についても同様である。」(特許異議申立書第5ページ第10行ないし第6ページ第31行)と主張する。

本件特許明細書には、元箔を製箔する際のドラム表面の粗さの調整、製箔時のめっき液に添加するブライトナーとレベラーの濃度や比率の調整、製箔後の銅箔の表面を化学的に溶解(エッチング)する際のエッチング時間を長くすることにより、粗化粒子を形成する前の元箔の粗化処理面の表面粗さを粗くすること(段落【0060】及び【0061】)や、複数回の粗化めっきを行う際に、前の粗化めっきよりも後の粗化めっきの電流密度を大きくする、複数回の粗化めっきにおいて、粗化めっき液中の添加元素を適宜選択する等、粗化処理方法を適正な条件とすること(段落【0063】)等の、粗化高さの高い粗化粒子と粗化高さの低い粗化粒子とが混在した形態を作成するための一般的な方法が記載されている。
仮に本件特許明細書に、実施例において具体的な開示がない組成の粗化粒子を用いて本件特許発明1に規定される粗化高さの分布条件を満たす高周波回路用銅箔を作成するための一般的な方法が何ら記載されていない場合は、実施例において具体的な開示がない組成の粗化粒子を用いて本件特許発明1に規定される粗化高さの分布条件を満たす高周波回路用銅箔を作成する際に、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等を要する可能性がある。
しかしながら、上記のとおり、本件特許明細書には粗化高さの高い粗化粒子と粗化高さの低い粗化粒子とが混在した形態を作成するための一般的な方法が記載されており、当業者であれば、当該方法に従って実験等を行えば、例え実施例に具体的な開示がない組成の粗化粒子を用いたとしても、本件特許発明1に規定される粗化高さの分布条件を満たす高周波回路用銅箔を作成することができるものと認められる。

そうすると、本件の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえるから、特許法第36条第4項第1号の要件に違反しているとはいえない。本件特許発明1に従属する本件特許発明2ないし10についても同様である。

(2)特許異議申立人は本件特許発明3及び4について、「一方、本件特許明細書の段落0072には、粗化粒子の傾斜の制御方法について、以下のように記載されている。
『粗化粒子の形状(傾斜)については、例えば粗化めっきに用いるめっき液中に含まれる添加元素により調整することができる。一例としては、粗化めっきにおけるヤケめっき液に含まれるニッケルは粗化形状に影響を及ぼし、ニッケル濃度が高くなると丸味を帯び、ニッケル濃度が低くなると細く尖った形状となる。また、他にはヤケめっき液に含まれるモリブデンは粗化粒子のすき間の空き具合に影響を及ぼし、モリブデン濃度が低いと粗化粒子がまばらに存在する状態となる。また、他にはヤケめっき液の液温も粗化粒子のすき間の空き具合に影響を及ぼし、液温が高いと粗化粒子がまばらに分布した状態となる。』
しかしながら、実施例においては、ニッケル及びモリブデンが含まれているヤケめっき液しか具体的に開示されておらず、めっき液温度を高くするだけで、如何なる組成の粗化粒子であっても、本件特許発明3及び4で規定する二乗平均平方根勾配Sdqの数値範囲を満たすことができるのか理解できない。
そうすると、実施例において具体的に条件開示のある銅、鉄、ニッケル、モリブデン、塩素を含有する銅合金で形成された粗化粒子の場合には、ヤケめっき液の組成、電流密度、元箔の表面粗さと、得られる粗化粒子の形状の関係が理解でき、当業者が実施できると言えるかもしれないが、それ以外のあらゆる組成の粗化粒子について本件特許発明3及び4で規定される二乗平均平方根勾配Sdqを満たすための具体的な条件を見いだすことは容易ではなく、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要がある。
よって、本件の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本件特許発明3及び4の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということは言えないから、特許法第36条第4項第1号の要件を満たさない。」(特許異議申立書第7ページ第4行ないし第28行)と主張する。

本件特許明細書には、粗化粒子を形成する際の粗化めっき条件として、一例としてヤケめっき液の組成やめっき液温度を適正化することにより、二乗平均平方根勾配Sdqを適正化することができる(段落【0072】、【0073】)という、二乗平均平方根勾配Sdqを調整するための一般的な方法が記載されている。
また、ヤケめっき液の温度の制御のみでは、本件特許発明3及び4で規定する二乗平均平方根勾配Sdqの数値範囲を満たす高周波回路用銅箔を作成できないとする合理的な理由は存在しない。
仮に本件特許明細書に、実施例において具体的な開示がない組成の粗化粒子を用いて本件特許発明3及び4に規定される二乗平均平方根勾配Sdqの数値範囲を満たす高周波回路用銅箔を作成するための一般的な方法が何ら記載されていない場合は、実施例において具体的な開示がない組成の粗化粒子を用いて本件特許発明3及び4に規定される二乗平均平方根勾配Sdqの数値範囲を満たす高周波回路用銅箔を作成する際に、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等を要する可能性がある。
しかしながら、上記のとおり、本件特許明細書には二乗平均平方根勾配Sdqを調整するための一般的な方法が記載されており、当業者であれば、当該方法に従って実験等を行えば、例え実施例に具体的な開示がない組成の粗化粒子を用いたとしても、本件特許発明3及び4に規定される二乗平均平方根勾配Sdqの数値範囲を満たす高周波回路用銅箔を作成することができるものと認められる。

そうすると、本件の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明3及び4の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえるから、特許法第36条第4項第1号の要件に違反しているとはいえない。

3 サポート要件(特許法第36条第6項第1号)について
特許異議申立人は本件特許発明1ないし10について、「本件特許発明1においては、粗化粒子層が形成される元箔の表面粗さについての規定がない。しかしながら、本件特許明細書の段落0062には『元箔の粗化処理面の表面粗さについては、粗い方が粗化粒子の粗化高さに高低差をつけやすくなるが、粗くなり過ぎると粗化粒子の粗化高さが全体的に高くなってしまい、伝送特性への悪影響を及ぼすことがある。元箔の粗化処理面の10点平均粗さRzは、1.5μm以下が好ましく、1.3μm以下がより好ましく、1.1μm以下が更に好ましい。』と記載されている。実際、実施例を見ても、元箔の表面粗さRzは最大でも1.5μmである。
また、高周波の信号を伝送する場合、表皮効果によって電流が導体表面部分に集中して流れようとすることから、導体表面の平滑化が必要であることは本件特許出願当時の当業者にとって周知の事実となっている。例えば、特開2007-291448号公報(甲第1号証)の段落0004?0005、特開2006-253424号公報(甲第2号証)の段落0004、特開2005-206915号公報(甲第3号証)の段落0011を参照されたい。
そうすると、元箔の表面粗さが過度に大きいと、樹脂基材との密着性に優れ、高周波伝送特性にも優れた銅箔等を提供するという本件特許発明の課題を解決することはできないと考えられることから、元箔の表面粗さについて何ら制限のない本件特許発明1は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えており、特許法第36条第6項第1号の要件を満たしていない。本件特許発明1に従属する請求項2?10についても同様である。」(特許異議申立書第7ページ第30行ないし第8ページ第13行)と主張する。

しかしながら、元箔は本件特許発明1の高周波回路用銅箔を作成するために用いられる材料であって、元箔の表面の微細な凹凸形状(表面粗さ)は形成された粗化粒子の一部ともなるから、元箔の表面粗さの程度は粗化粒子形成後の高周波回路用銅箔においては必ずしも明らかではない。そうすると、元箔の表面粗さは高周波回路用銅箔の構成とは直接関係しないから、本件特許発明1の高周波回路用銅箔の構成を特定するにあたり、元箔の表面粗さを特定する必要はない。
したがって、本件特許発明1は、発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているとはいえないから、特許法第36条第6項第1号の要件に違反しているとはいえない。本件特許発明1に従属する本件特許発明2ないし10についても同様である。

第5 むすび
以上のとおり、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許発明1ないし10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許発明1ないし10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-03-13 
出願番号 特願2016-567962(P2016-567962)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (H05K)
P 1 651・ 537- Y (H05K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 小林 大介  
特許庁審判長 平田 信勝
特許庁審判官 小関 峰夫
滝谷 亮一
登録日 2017-02-10 
登録番号 特許第6089160号(P6089160)
権利者 古河電気工業株式会社
発明の名称 高周波回路用銅箔、銅張積層板、プリント配線基板  
代理人 井上 誠一  
復代理人 山内 輝和  

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