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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02B
管理番号 1338594
審判番号 不服2017-5075  
総通号数 221 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-05-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-04-10 
確定日 2018-03-15 
事件の表示 特願2012-255640「光学フィルム,光学フィルム用転写体,画像表示装置」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 6月 5日出願公開,特開2014-102440〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
特願2012-255640号(以下「本件出願」という。)は,平成24年11月21日の出願であって,その手続の経緯は,概略,以下のとおりである。
平成28年 5月16日付け:拒絶理由通知書
平成28年 7月20日差出:意見書,手続補正書
平成28年12月16日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
平成29年 4月10日差出:審判請求書,手続補正書

第2 平成29年4月10日差出の手続補正書による補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成29年4月10日差出の手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 補正の内容
(1)本件補正後の特許請求の範囲
本件補正により,特許請求の範囲の請求項1及び請求項2の記載について補正がされた。そして,本件補正のうち,請求項1についての補正の内容は,以下のとおりである(下線部は,補正箇所である。)。
「 透明フィルムによる基材と,
直線偏光板としての機能を担う直線偏光板の光学機能層と,
1/4波長位相差板としての機能を担う1/4波長位相差板の光学機能層とが積層され,
前記1/4波長位相差板の光学機能層が,透過光に1/2波長分の位相差を付与する1/2波長板用位相差層と,透過光に1/4波長分の位相差を付与する1/4波長板用位相差層とを少なくとも有する多層構造であり,
波長が550nmの透過光に対する前記1/2波長板用位相差層の面内のリタデーションをR1(550)とし,
波長が550nmの透過光に対する前記1/4波長板用位相差層の面内のリタデーションをR2(550)とし,
前記直線偏光板の透過光の吸収軸に対する前記1/2波長板用位相差層の遅相軸の傾きをθ1とし,
前記直線偏光板の透過光の吸収軸に対する前記1/4波長板用位相差層の遅相軸の傾きをθ2とし,
前記1/2波長板用位相差層及び前記1/4波長板用位相差層の各遅相軸が前記直線偏光板の吸収軸に対して同じ方向に傾いているものとしたときに,
前記1/2波長板用位相差層及び前記1/4波長板用位相差層は,
同一の液晶材料から形成され,
2|θ1|+35°<|θ2|<2|θ1|+45°と,
2(R2(550)-20)<R1(550)≦2R2(550)との関係を満たすとともに,
L*a*b*表色系(JISZ8729)において,a*≦-0.2(-8≦a*を除く)と,b*≧-2.1(10≧b*を除く)との関係を満たすこと,
を特徴とする光学フィルム。」

(2)本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の,平成28年7月20日差出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1は,次のとおりである。
「 透明フィルムによる基材と,
直線偏光板としての機能を担う直線偏光板の光学機能層と,
1/4波長位相差板としての機能を担う1/4波長位相差板の光学機能層とが積層され,
前記1/4波長位相差板の光学機能層が,透過光に1/2波長分の位相差を付与する1/2波長板用位相差層と,透過光に1/4波長分の位相差を付与する1/4波長板用位相差層とを少なくとも有する多層構造であり,
波長が550nmの透過光に対する前記1/2波長板用位相差層の面内のリタデーションをR1(550)とし,波長が550nmの透過光に対する前記1/4波長板用位相差層の面内のリタデーションをR2(550)とし,前記直線偏光板の透過光の吸収軸に対する前記1/2波長板用位相差層の遅相軸の傾きをθ1とし,前記直線偏光板の透過光の吸収軸に対する前記1/4波長板用位相差層の遅相軸の傾きをθ2とし,前記1/2波長板用位相差層及び前記1/4波長板用位相差層の各遅相軸が前記直線偏光板の吸収軸に対して同じ方向に傾いているものとしたときに,
前記1/2波長板用位相差層及び前記1/4波長板用位相差層は,
同一の液晶材料から形成され,
2|θ1|+35°<|θ2|<2|θ1|+45°と,
2(R2(550)-20)<R1(550)≦2R2(550)との関係を満たすとともに,
L*a*b*表色系(JISZ8729)において,a*≦-0.2と,b*≧-2.1との関係を満たすこと,
を特徴とする光学フィルム。」

2 補正の適否
(1)本件補正後の特許請求の範囲の請求項1における「a*≦-0.2(-8≦a*を除く)」とは,「a*<-8」のことである。また,同請求項1における「b*≧-2.1(10≧b*を除く)」とは,「b*>10」のことである。そうしてみると,当該補正は,L*a*b*表色系(JISZ8729)における,「a*≦-0.2と,b*≧-2.1との関係を満たすこと」という事項を,「a*<-8と,b*>10との関係を満たすこと」という事項へと変更するものである。そこで,本件補正により新たに規定された,a*及びb*に関する数値範囲が,本件出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,「当初明細書等」という。また,このうち明細書を「当初明細書」という。)に記載した事項の範囲内のものか,検討する。

(2)当初明細書等には,1/2波長板用位相差層及び1/4波長板用位相差層の,リタデーション並びに直線偏光板に対する傾きを,様々に異ならせた実施例1?実施例4が記載され(当初明細書の段落【0051】?【0054】を参照。),それらの色度評価として,8度正反射のa*及びb*の値が図6に示されている。そして,これらの実施例は,a*については,-0.6?-0.2の範囲内,また,b*については,-2.1?-0.4の範囲内の値を取るものである。すなわち,当初明細書等には,「a*<-8と,b*>10との関係を満たす」具体的な実施例は,記載されていない。したがって,当初明細書等には,「a*<-8と,b*>10との関係を満たす」光学フィルムは,明示的に記載されていない。

(3)また,当初明細書の段落【0004】には,従来技術の光学フィルムにおいては,「表示画面の法線に対して斜め方向から観察したときに,青味や,緑味等の色味が視認される場合があり,表示画面のより一層の外観向上が望まれている」と記載されている。すなわち,当初明細書等には,画像表示パネルに配置する光学フィルムに関して,斜め方向から観察したときに,色味が視認されないようにすることが,課題として記載されている。しかるに,そもそも,画像表示パネルを正面から観察したときに色味が視認されるようでは,斜め方向から観察したときの色味の視認を防止できようはずもないから,当該課題は,画像表示パネルを正面から観察したときに色味が視認されないことを当然の前提とするものである。このことは,当初明細書等において,各実施例における「8度正反射」のa*及びb*の値が示されていることからも裏付けられる。
ここで,L*a*b*表色系とは,L*により明度を表現し,a*及びb*の値により,彩度及び色相を表現するものであって,a*=0及びb*=0の場合が無彩色を示し,当該原点より遠くなるにつれて彩度が高くなることを表現するものである。そして,出願時の技術常識に照らせば,a*<-8及びb*>10なる範囲は,色味が視認されない範囲ということはできない(例えば,特開2005-283730号公報の段落【0016】,特開2010-8863号公報の段落【0025】,特開2010-181871号公報の段落【0063】を参照。)。
そうしてみると,出願時の技術常識に照らして,「a*<-8と,b*>10との関係を満たす」という事項が,当初明細書等に記載されているのと同然であるということはできない。

(4)本件補正についてのむすび
以上(2)及び(3)から,上記補正による「a*<-8と,b*>10との関係を満たす」という事項は,当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものである。したがって,本件補正は,当初明細書等に記載された事項の範囲内においてするものとはいえず,特許法17条の2第3項の規定に違反してなされたものであるから,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
よって,上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
平成29年4月10日差出の手続補正書による補正は,上記のとおり却下されたので,本件出願の請求項に係る発明は,本件補正前の,平成28年7月20日差出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?請求項4に記載された事項により特定されるものであるところ,その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,前記第2[理由]1(2)に記載のとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は,平成28年5月16日付け拒絶理由通知書,並びに,平成28年12月16日付け拒絶査定に示されたものであるところ,そのうちの1つは,引用文献2に記載された発明において,引用文献4及び5に記載されるような周知技術,並びに,引用文献6に記載されるような周知技術を採用して,本願発明とすることは,本件出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものである,というものである(上記拒絶理由通知書における理由2の(1)の1つ)。ここで,各引用文献は以下のとおりである。
引用文献2:国際公開第2006/132316号
引用文献4:特開2007-156234号公報
引用文献5:特開2004-226753号公報
引用文献6:特開2005-283730号公報

3 引用例
(1)引用例1の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用された,本件出願の出願前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった国際公開第2006/132316号(以下「引用例1」という。)には,以下の事項が記載されている。なお,下線は,当合議体が付したものであり,引用発明の認定に活用した箇所を示す。
ア 「 技術分野
[0001] 本発明は液晶表示素子に係り,特に視角の広い液晶表示素子に関する。
背景技術
[0002] 液晶表示素子は,液晶の結晶方向を制御して光の透過を制御するため,良好な表示が得られる視角範囲は必ずしも広くない。
・・・(略)・・・
[0004] このような視角特性に関する問題を解決するため,特許文献1においては,偏光板や波長板を液晶層の上下に積層した構造が提案されている。すなわち,特許文献1には,透過型の液晶表示素子が示され,その概略断面図である図6に示すように偏光板(観察側)1,λ/2位相差板2,λ/4位相差板3,垂直に配向された配向膜4aおよび4bを両側に有する液晶層4,λ/4位相差板5,λ/2位相差板6,偏光板(バックライト側)7を上から下に順に積層配置した例が開示されており,液晶層を挟んで対称位置に配置された2枚のλ/2位相差板,および2枚のλ/4位相差板はそれらの遅相軸が直交するように配置されることが示されている。
特許文献1:特開2002-350853号公報

イ 「発明が解決しようとする課題
[0005] このような従来の構成では,同一波長の各位相差板は遅相軸が直交しているため,正面から見たコントラストは非常に良い。しかし,見る方向が正面から少しでもずれて視角が生じたときにはみかけの位相差が生じ,視角特性は必ずしも良好ではない。
[0006] 液晶表示素子が多く用いられる携帯型電話の場合,特に欧米では黒のバックグラウンド表示が好まれるため,より黒くするために図6に示すように,液晶層4と位相板3,5との間に補償フィルム8,9を設けることが必要になっている。この補償フィルムが必要なことで,材料費,製造工程がいずれも増加し,かつ製造工程を長びかせる原因となっている。
[0007] また,前述した構造に単に補償フィルムを追加したとしても,斜めから見た場合には十分な黒にならないことが起こりやすい。
[0008] 本発明は,このような問題を解決するためになされたもので,簡単な構成で視角の広い液晶表示素子を提供することを目的とする。
課題を解決するための手段
[0009] 本発明によれば,軸角度αの第1の偏光板と,軸角度βの第1のλ/2位相差板と,軸角度γの第1のλ/4位相差板と,2枚の基板間に挟持され垂直配向された液晶層と,前記第1のλ/4位相差板と平行(軸角度γ)に配置された第2のλ/4位相差板と,軸角度(2γ-β)の第2のλ/2位相差板と,軸角度(π/2-α+2γ)の第2の偏光板とを積層してなる液晶表示素子が提供される。
発明の効果
[0010] 本発明にかかる液晶表示素子では,2枚ずつの偏光板,λ/2位相差板,λ/4位相差板の軸角度を特殊な関係とし,特にλ/4位相差板を平行に配置することにより,広い角度にわたって輝度変化を減少させることができる。」

ウ 「図面の簡単な説明
[0011][図1]本発明にかかる液晶素子の実施形態における層構成の概略を示す断面図である。
[図2]本発明の第1の実施形態における層構成を詳細に説明する斜視図である。
[図3]本発明の第2の実施形態における層構成を詳細に説明する斜視図である。
[図4]第1及び第2の実施の形態における効果を比較例と比較して示すグラフである。
[図5]本発明の他の実施の形態にかかる液晶表示素子の概略構成を示す断面図である。
[図6]従来技術にかかる液晶表示素子の概略積層構成を示す断面図である。
符号の説明
[0012]1,11,21,7,17,27 偏光板
2,12,22,6.16.26 λ/2位相差板
3,13.23,5,15,25 λ/4位相差板
4,14,24 液晶層
4a,4b,14a,14b,24a,24b 配向膜」

エ 「発明を実施するための最良の形態
[0013] 以下,図面を参照して本発明の実施の形態を詳細に説明する。
[0014] 図1は本発明における液晶素子の一実施形態の層構成を示す断面図であり,ここでは従来例と同様に透過型の液晶表示素子を例にとって説明する。
[0015] 図1に示すように,本発明においては,前述した従来技術と同様に,上から第1の偏光板11,第1のλ/2位相差板12,第1のλ/4位相差板13,両面に配向層14a,14bを有する液晶層14,第2のλ/4位相差板15,第2のλ/2位相差板16,第2の偏光板17を積層した構成を有している。
[0016] このような層構成を図2を用いて詳細に説明する。図2においては,各層の遅相軸の軸角度も示されている。
[0017] まず,偏光板11は水平軸に対しα=73°の軸角度をもって配置される。次にλ/2位相差板12は236nmのリタデーションを有しており,β=57°の軸角度を有している。次のλ/4位相差板13は118nmのリタデーションを有しているが,水平軸と平行(角度γ=0°)をなしている。これらは右円偏光のパターンであるのでR1パターンとする。
[0018] 液晶層の下には上側と類似した層構成が設けられているが,いくつかの点で異なる。すなわち,液晶層の下に118nmのリタデーションを有し,水平軸と平行(角度0)をなしている第2のλ/4位相差板15,その下に236nmのリタデーションを有して,第1のλ/2位相差板と符号の異なる-57°の角度を有している第2のλ/2位相差板16,さらにその下に,17°の角度を有する第2の偏光板17を有している。これらは左円偏光であり,λ/2位相差板の遅相角がR1とは共役の関係にあるので,L2とする。
[0019] ここで,各位相差板について説明すると,ポリカーボネート樹脂,あるいはノルボルネン(R)(雲母の一種)を原材料とし,製造されたフィルム材料を所定方向に引っ張り,例えば43マイクロメータの厚さになるようにして得ることができる。
・・・(略)・・・
[0030] 図4はこれら第1及び第2の実施の形態における効果を示すグラフであって,視角を60°に固定し,方位を360°回転させたときの黒輝度の変化を示すものである。
[0031] 図4(a)は第1の実施の形態1に対応するR1とL2の組み合わせ,図4(b)は第2の実施の形態に対応するR2とL1の組み合わせの場合をそれぞれ示しており,最大光漏れは10%を超えることはない。なお,組み合わせられたものの位置を完全に入れ換えても全く同じ結果となる。
[0032] また,図4(c)はR1とL1の組み合わせ,図4(d)はR2とL2の組み合わせの場合を比較例として示している。これらの比較例では前述したように各対応位相差板は共役角形にあるため,図1で説明した従来例と同じ構成となる。
[0033] 図4(c)および(d)から,最大光漏れは20バーセントに達しており,本発明の適用により,視角依存性が小さくなることがわかった。
[0034] この結果,補償フィルムを用いる必要がなく,従来用いられている位相差板(フィルム)の積層構成だけで視角特性の良好な液晶表示素子を得ることができる。」

オ 「
[図1]


[図2]


[図4]



(2)引用発明
引用例1には,図1及び図2に示される実施形態として,以下の発明が記載されている(以下「引用発明」という。)。
「上から第1の偏光板11,第1のλ/2位相差板12,第1のλ/4位相差板13を積層し,
偏光板11側から見て,反時計まわりを軸角度のプラスの値として,偏光板11は水平軸に対しα=73°の軸角度をもって配置され,λ/2位相差板12は236nmのリタデーションを有しており,β=57°の軸角度を有し,λ/4位相差板13は118nmのリタデーションを有し,水平軸と平行(角度γ=0°)をなして,これらは右円偏光のパターンである層構成。」

4 対比
(1)本願発明と引用発明を対比する。
ア 「直線偏光板の光学機能層」について
引用発明の「第1の偏光板11」が直線偏光板であることは,技術常識から明らかである。また,「第1の偏光板11」は,「第1のλ/2位相差板12」及び「第1のλ/4位相差板13」と積層されるものであるから,「層」と呼ぶこともでき,光学的な機能を有することは明らかであるから,光学機能層と呼ぶことができる。
したがって,引用発明の「第1の偏光板11」は,本願発明の「直線偏光板としての機能を担う直線偏光板の光学機能層」に対応付けられるものである。

イ 「1/4波長位相差板の光学機能層」について
引用発明の「第1のλ/2位相差板12」及び「第1のλ/4位相差板13」が,広帯域のλ/4位相差板として機能することは,技術常識から明らかである。また,当該「第1のλ/2位相差板12」と「第1のλ/4位相差板13」からなる構成は,「第1の偏光板11」と積層されるものであるから,光学機能層と呼ぶこともできる。
また,「λ」とは波長のことにほかならないから,引用発明の「第1のλ/2位相差板12」及び「第1のλ/4位相差板13」は,それぞれ,透過光に1/2波長分,及び,1/4波長分の位相差を付与する位相差板である。更に,積層構造を形成することから,「層」と呼ぶことのできるものである。そうしてみると,引用発明の「第1のλ/2位相差板12」及び「第1のλ/4位相差板13」は,それぞれ,本願発明の「1/2波長板用位相差層」及び「1/4波長板用位相差層」に対応付けられるものである。
したがって,本願発明と引用発明は,直線偏光板と積層される「1/4波長位相差板としての機能を担う1/4波長位相差板の光学機能層」を有し,「前記1/4波長位相差板の光学機能層が,透過光に1/2波長分の位相差を付与する1/2波長板用位相差層と,透過光に1/4波長分の位相差を付与する1/4波長板用位相差層とを少なくとも有する多層構造であ」る点で共通する。

ウ 位相差層のリタデーションについて
引用発明の「リタデーション」とは本願発明の「面内のリタデーション」にほかならないところ,引用発明の「第1のλ/2位相差板12」のリタデーションは236nmであり,「第1のλ/4位相差板13」のリタデーションは118nmであるから,第1のλ/2位相差板12の面内のリタデーションをR1とし,第1のλ/4位相差板13の面内のリタデーションをR2としたときに,「2(R2-20)<R1≦2R2」という関係を満たしている。

エ 光学フィルムについて
引用発明が円偏光板として機能することは,技術常識から明らかである。また,引用例1の[0001],[0015]等の記載によると,引用発明の「層構成」は,液晶表示素子における液晶層14(一般に液晶セル等と呼称される部材)の表面に配置されるものである。しかるに,液晶表示素子における液晶層の表面に配置される円偏光板が,厚さが薄いフィルム状の物品として提供されるものであることは,技術常識から自明であるから,引用発明を「光学フィルム」ということができる。
したがって,引用発明は光学フィルムである点で,本願発明と一致する。

(2)一致点及び相違点
ア 一致点
上記(1)を踏まえると,本願発明と引用発明は,次の構成で一致する。
「 直線偏光板としての機能を担う直線偏光板の光学機能層と,
1/4波長位相差板としての機能を担う1/4波長位相差板の光学機能層とが積層され,
前記1/4波長位相差板の光学機能層が,透過光に1/2波長分の位相差を付与する1/2波長板用位相差層と,透過光に1/4波長分の位相差を付与する1/4波長板用位相差層とを少なくとも有する多層構造であり,
前記1/2波長板用位相差層の面内のリタデーションをR1とし,前記1/4波長板用位相差層の面内のリタデーションをR2とし,
前記1/2波長板用位相差層及び前記1/4波長板用位相差層は,
2(R2-20)<R1≦2R2との関係を満たすこと,
を特徴とする光学フィルム。」

イ 相違点
本願発明と引用発明とは,以下の点で相違する,あるいは,一応相違する。
(相違点1)
本願発明は,「透明フィルムによる基材」が,直線偏光板の光学機能層及び1/4波長位相差板の光学機能層と積層されるのに対して,引用発明は,透明フィルムによる基材を備えていない点。

(相違点2)
本願発明は,1/2波長用位相差層及び1/4波長用位相差層の面内リタデーションを,「波長が550nmの透過光に対する」値とした上で,「2(R2(550)-20)<R1(550)≦2R2(550)」の関係を満たすものであるのに対して,引用発明は,面内リタデーションが当該関係を満たすものの,当該面内リタデーションが,どのような波長の透過光に対するものであるか,明らかでない点。

(相違点3)
本願発明は,「前記直線偏光板の透過光の吸収軸に対する前記1/2波長板用位相差層の遅相軸の傾きをθ1とし,前記直線偏光板の透過光の吸収軸に対する前記1/4波長板用位相差層の遅相軸の傾きをθ2とし,前記1/2波長板用位相差層及び前記1/4波長板用位相差層の各遅相軸が前記直線偏光板の吸収軸に対して同じ方向に傾いているものとしたときに」,「2|θ1|+35°<|θ2|<2|θ1|+45°」の関係を満たすのに対して,引用発明はこれが明らかでない点。

(相違点4)
本願発明は,1/2波長板用位相差層及び前記1/4波長板用位相差層が,「同一の液晶材料から形成され」るのに対して,引用発明は,当該構成を備えていない点。

(相違点5)
本願発明は,光学フィルムが,「L*a*b*表色系(JISZ8729)において,a*≦-0.2と,b*≧-2.1との関係を満たす」のに対して,引用発明は,当該構成を備えていない点。

5 判断
(1)相違点1について
偏光板と1/4波長位相差板を積層させてなる円偏光板について,透明フィルムによる基材に積層させることは,周知の技術である(以下「周知技術1」という。例えば,特開2007-334085号公報の段落【0045】,【0066】?【0067】,図7,特開2002-40243号公報の請求項1,段落【0128】を参照。)。
したがって,引用発明において,第1の偏光板11,第1のλ/2位相差板12及び第1のλ/4位相差板を,透明フィルムによる基材に積層させて,相違点1に係る本願発明の構成を具備させることは,当業者の随意である。

(2)相違点2について
1/4波長板や1/2波長板等の位相差板のリタデーションは,可視光領域の概ね中心波長であり,明所において人間の眼が最も強く感じる波長に概ね一致する「550nm」という波長における値で表示することが一般的であるところ(例えば,特開2003-270435号公報の請求項2,段落【0002】,特開2005-55902号公報の段落【0040】を参照。),たとえ引用例1に明記はなくとも,引用発明の「リタデーション」は,波長550nmにおける値と解するのが自然である。
また,仮に,引用発明の「リタデーション」が波長550nmにおけるリタデーションとまでは断言できないとしても,そもそも,引用発明の「第1のλ/2位相差板12」及び「第1のλ/4位相差板13」は,可視光波長範囲内の少なくともいずれかの波長(以下「基準波長」という。)において,透過光に1/2波長及び1/4波長にあたる位相差を付与するという機能を有する光学部材であるところ,1/2波長板や1/4波長板等の位相差板のリタデーションを「550nm」という波長における値で表示するのが一般的との事情に鑑みれば,引用発明において,基準波長を「550nm」に設定し,「第1のλ/2位相差板12」及び「第1のλ/4位相差板13」として当該基準波長におけるリタデーション(すなわち位相差)がそれぞれ1/2波長及び1/4波長であるような位相差板を用いることは,技術常識に基づいて,当業者が容易になし得たことである。
しかるに,そのような「第1のλ/2位相差板12」の「R1」と「第1のλ/4位相差板13」の「R2」とは,「236nm」及び「118nm」と同様,R1=2R2という関係にあり,本願発明の「2(R2-20)<R1≦2R2」との関係を満たしているから,前述した構成の変更に伴って新たな相違点が生じることはない。
したがって,相違点2は,実質的な相違点ではないか,少なくとも,技術常識に基づいて,当業者が容易になし得たことである。

(3)相違点3について
(ア)直線偏光板,1/2波長板,1/4波長板をこの順で積層した構成の円偏光板において,直線偏光板側からみて,直線偏光板による偏光軸の角度を0°とし,反時計まわりの方向をプラスとし,時計まわりの方向をマイナスとしたときに,1/2波長板を通過した直線偏光の偏光軸の角度は「2×(1/2波長板の遅相軸の角度)」となり(例えば,特開2007-334147号公報の段落【0077】?【0078】を参照。),当該偏光軸の角度が,略「(1/4波長板の遅相軸の角度)+45°」であれば,1/4波長板を通過した偏光は「左円偏光」となり,前記偏光軸の角度が,略「(1/4波長板の遅相軸の角度)-45°」であれば,1/4波長板を通過した偏光は「右円偏光」となることが,自然法則から明らかであり,円偏光板の技術分野における技術常識でもある(例えば,特開2002-151251号公報の段落【0020】?【0023】,【0026】?【0027】,図2?3,図6?7,特開2003-195036号公報の段落【0089】?【0091】,図1?2,国際公開第2011/136200号の段落[0075],[0080],図3(a),(d),図6を参照。)。

(イ)引用発明は,「偏光板11は水平軸に対しα=73°の軸角度をもって配置され,λ/2位相差板12は・・・,β=57°の軸角度を有し,λ/4位相差板13は・・・,水平軸と平行(角度γ=0°)をなして」いる。
ここで,引用例1には,引用発明の「偏光板11」の「軸角度」が,偏光軸の角度なのか,それとも偏光軸と直交する方向(吸収軸又は反射軸の角度)なのかについてや,「第1のλ/2位相差板12」及び「第1のλ/4位相差板13」の「軸角度」が遅相軸と進相軸のどちらを指すのかについての明記はないものの,引用発明は「右円偏光のパターン」であるのだから,前記(ア)で述べた事項に照らせば,偏光板11側からみて,「偏光板11」の偏光軸は,第1のλ/2位相差板12の遅相軸から時計まわりの方向に74°(=90°-α+β)の角度を有しており,第1のλ/2位相差板12を通過した直線偏光の偏光軸は,λ/2位相差板12の遅相軸に対して反時計まわりの方向に74°という角度をなすとともに,第1のλ/4位相差板13の遅相軸に対して反時計まわりに131°(=74°+β-γ)の角度,すなわち,時計まわりの方向に49°(=180°-131°)という角度をなしていることが明らかである。
そうすると,引用発明において,「偏光板11」の偏光軸と直交する方向(偏光板11の吸収軸又は反射軸の角度)に対する「第1のλ/2位相差板12」の遅相軸の傾きθ1の絶対値は「16°」(=90°-74°)であり,「偏光板11」の偏光軸と直交する方向(偏光板11の吸収軸又は反射軸の角度)に対する「第1のλ/4位相差板13」の遅相軸の傾きθ2の絶対値は「73°」(=16°+β-γ)であるところ,当該θ1とθ2は,本願発明の「2|θ1|+35°<|θ2|<2|θ1|+45°」という関係を満たしている。

(ウ)前記(イ)で述べた事項によれば,相違点3は,結局のところ,
本願発明の直線偏光板が,「吸収軸」を有する直線偏光板,すなわち,吸収型の直線偏光板であるのに対し,引用発明の偏光板11が吸収型の直線偏光板であるのか,反射型の直線偏光板であるのかが特定されていない点,
という相違点に換言されることとなる。
しかるに,円偏光板を構成するための偏光素子として,吸収型偏光素子を用いることは常套手段である。そうしてみると,引用発明においても,偏光板11は吸収型の偏光板である蓋然性が高い。あるいは,偏光板11として吸収型偏光板を用いることは,当業者の随意である。
したがって,相違点3は,実質的な相違点でないか,少なくとも,当業者が容易になし得たことである。

(4)相違点4について
直線偏光板,λ/2位相差板及びλ/4位相差板からなる円偏光素子のように,2つの位相差板を,その光学軸が所定の角度となるように積層させてなる光学フィルムに関して,低コストかつ高精度で実現する方法として,当該2つの位相差板を,同一の液晶材料から形成することは,周知の技術である(以下「周知技術2」という。例えば,特開2007-156234号公報の段落【0005】?【0008】,【0028】?【0030】,【0052】?【0055】,【0146】?【0148】,特開2007-187741号公報の段落【0061】?【0064】,【0079】?【0082】,【0091】?【0092】を参照。)。
製造コストの低減,並びに,製造時の精度向上は,当然に要請されることであるから,引用発明において,上記の周知技術2を採用して,λ/2位相差板12及びλ/4位相差板13を,同一の液晶材料から形成することは,当業者が容易になし得たことである。
したがって,引用発明において,相違点4に係る本願発明の構成を具備させることは,当業者が容易に発明できたことである。

(5)相違点5について
表示装置に用いる光学フィルムに関して,着色を防止することは,周知の課題であり,当該課題を解決するために,光学フィルムの反射光の色度をL*a*b*表色系で評価して,a*≦-0.2及びb*≧-2.1の条件を満たすようにすることは,周知の技術である(以下「周知技術3」という。例えば,特開2005-283730号公報の段落【0191】の【表2】の試料No.1及び6,段落【0192】,特開2005-301245号公報の段落【0170】の【表1】のA及びC,段落【0171】を参照。)。
引用発明は,液晶表示素子における液晶層の表面に配置される円偏光板であるところ,このような引用発明においても,着色を防止することが必要なことは,当業者には自明である。また,引用例1には,偏光板及び位相差板からなる光学フィルムを,表示装置に用いる際に,黒のバックグラウンド表示を十分に黒くすることが記載されている(段落[0006]?[0007]を参照。)。
したがって,引用発明に係る光学フィルムを無色として,相違点5に係る本願発明の関係式を満足するように設計することは,当業者の通常の創作能力の発揮においてなし得たことである。

(6)本願発明の効果について
本願発明は,表示画面の法線に対する斜め方向からの観察における表示画面の外観を向上することができるという効果を有する(本件出願の明細書の段落【0015】)。
一方,引用発明も,パネルを斜めから見た場合でも,黒のバックグラウンド表示を十分に黒くする効果を有している(引用例1の段落[0006]?[0007],[0030]?[0034],図4を参照。)。
したがって,本願発明の効果は,引用発明も有する効果である。

(7)上記(1)?(6)より,本願発明は,引用発明並びに周知技術1?周知技術3に基づいて,当業者が容易に発明することができたものである。

(8)なお,上記(3)では,波動が進行してゆく方向から眺めて,当該波動の電場ベクトルの先端が時計まわりに回転する場合に,右円偏光と称することを前提としている。当該規定は光学の多くの教科書で用いられるものであるが,その逆の規定(波動が進行してゆく方向から眺めて,電場ベクトルの先端が反時計まわりに回転する場合に,右円偏光と称する。)もあり得る。そこで,引用発明の「右円偏光」が,前記逆の規定によるものとした場合について,予備的に判断する。
引用例1には,第1の偏光板11,第1のλ/2位相差板12及び第1のλ/4位相差板13からなる光学フィルムに加えて,第2の偏光板17,第2のλ/2位相差板16及び第2のλ/4位相差板15からなる層構成も記載されている(引用例1の段落【0018】,図1?2を参照。)。そして,後者の層構成は,「左円偏光であ」る。当該後者の層構成(以下「引用発明2」という。)と本願発明を対比すると,両者は,上記4(2)イで指摘した,相違点1?相違点5で相違する,あるいは,一応相違する。
そこで,右円偏光及び左円偏光に関する上記逆の規定を前提として,本願発明と引用発明2との間の相違点3について検討する。この場合には,1/2波長板により回転した直線偏光板の偏光軸の角度が,略「(1/4波長板の遅相軸の角度)-45°」であれば,1/4波長板を通過した偏光は「左円偏光」となる。そうすると,上記(3)(イ)と同様の議論により,第2の偏光板17側からみて,第2の偏光板17の偏光軸は,第2のλ/2位相差板16の遅相軸から時計まわりに74°の角度を有しており,第2のλ/2位相差板17を通過した直線偏光の偏光軸は,λ/2位相差板17の遅相軸に対して反時計まわりの方向に74°という角度をなすとともに,第2のλ/4位相差板15の遅相軸に対して時計まわりに49°の角度をなしていることが明らかである。そうすると,「第2の偏光板17」の偏光軸と直交する方向(偏光板17の吸収軸又は反射軸の角度)に対する「第2のλ/2位相差板16」の遅相軸の傾きθ1の絶対値は「16°」であり,「第2の偏光板17」の偏光軸と直交する方向(偏光板17の吸収軸又は反射軸の角度)に対する「第2のλ/4位相差板15」の遅相軸の傾きθ2の絶対値は「73°」であるところ,当該θ1とθ2は,本願発明の「2|θ1|+35°<|θ2|<2|θ1|+45°」という関係を満たしている。したがって,相違点3は,実質的な相違点でないか,少なくとも,当業者が容易になし得たことである。
また,引用発明2に基づいても,相違点1,相違点2,相違点4及び相違点5についての判断は,上記(1),(2),(4)及び(5)と同様である。
以上より,右円偏光及び左円偏光に関する規定を反対にした場合であっても,本願発明は,引用発明2並びに周知技術1?周知技術3に基づいて,当業者が容易に発明することができたものである。

6 むすび
以上のとおり,本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は拒絶されるべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-01-12 
結審通知日 2018-01-16 
審決日 2018-01-29 
出願番号 特願2012-255640(P2012-255640)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 後藤 亮治  
特許庁審判長 中田 誠
特許庁審判官 清水 康司
佐藤 秀樹
発明の名称 光学フィルム、光学フィルム用転写体、画像表示装置  
代理人 芝 哲央  
代理人 林 一好  
代理人 正林 真之  

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