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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09K
審判 全部申し立て 2項進歩性  C09K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C09K
管理番号 1339169
異議申立番号 異議2017-700540  
総通号数 221 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-05-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-05-30 
確定日 2018-03-02 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6034690号発明「水中油型乳化物の品質保持剤、及び油脂含有組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6034690号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし7〕、8について訂正することを認める。 特許第6034690号の請求項1、3、4、6ないし8に係る特許を維持する。 特許第6034690号の請求項2、5に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6034690号の請求項1ないし8に係る特許についての出願は、平成24年12月19日の出願であり、平成28年11月4日にその特許権の設定登録がされ、平成29年5月30日に、その特許について特許異議申立人遠藤眞理子(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされ、平成29年8月31日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年11月1日に特許権者より意見書の提出及び訂正の請求があり、これに対し、同年12月21日付けで異議申立人より意見書が提出されたものである。

第2 訂正の適否

1 訂正事項

上記平成29年11月1日付け訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、本件特許請求の範囲を、上記訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを求めるものであって、その具体的訂正事項は次のとおりである。

(1)訂正事項1

特許請求の範囲の請求項1に「シデロフォアを有効成分とする水中油型乳化物の品質保持剤であって、
前記水中油型乳化物は鉄を含み、
前記鉄と前記シデロフォアとのモル比が1:0.25?1:2である品質保持剤」とあるのを、「デフェリフェリクリシンを有効成分とする水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤であって、
前記水中油型乳化物は鉄を含み、
前記水中油型乳化物に含まれる前記鉄に対する前記デフェリフェリクリシンのモル比が1:0.5?1:1となるように、前記水中油型乳化物に添加される水中油型乳化物の品質保持剤」と訂正する。

(2)訂正事項2

特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(3)訂正事項3

特許請求の範囲の請求項3に「請求項1又は2に記載の水中油型乳化物の品質保持剤」とあるのを、「請求項1に記載の水中油型乳化物の品質保持剤」と訂正する。

(4)訂正事項4

特許請求の範囲の請求項4に「請求項1?3のいずれか一項に記載の水中油型乳化物の品質保持剤」とあるのを、「請求項1又は3に記載の水中油型乳化物の品質保持剤」と訂正する。

(5)訂正事項5

特許請求の範囲の請求項5を削除する。

(6)訂正事項6

特許請求の範囲の請求項6に「請求項1?5のいずれか一項に記載の水中油型乳化物の品質保持剤」とあるのを、「請求項1、3、又は4に記載の水中油型乳化物の品質保持剤」と訂正する。

(7)訂正事項7

特許請求の範囲の請求項7に「前記水中油型乳化物の品質保持剤を0.0000000001?50重量%含む」とあるのを、「前記水中油型乳化物の品質保持剤を0.0044?0.0089w/v%含む」と訂正する。

(8)訂正事項8

特許請求の範囲の請求項8に「シデロフォアを有効成分とする水中油型乳化物の品質保持剤を0.0000000001?0.0178重量%含む油脂含有組成物」とあるのを、「デフェリフェリクリシンを有効成分とする水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤を0.0044?0.0089w/v%含む油脂含有組成物」と訂正する。

2 訂正事項の訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否

(1)訂正事項1について

ア 上記訂正事項1の内、「シデロフォア」を、「デフェリフェリクリシン」とする訂正(以下、「訂正事項1-1」という。)は、訂正前の「シデロフォア」を、シデロフォアの一種である「デフェリフェリクリシン」に限定するものであり、「水中油型乳化物の品質保持剤」を、「水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤」とする訂正(以下、「訂正事項1-2」という。)は、訂正前の「品質保持剤」との用途を、「水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための・・・品質保持剤」にさらに限定するものであり、訂正前の鉄とシデロフォアとのモル比の「1:0.25?1:2」を「1:0.5?1:1」とする訂正(以下、「訂正事項1-3」という。)は、訂正前の鉄とシデロフォア(デフェリフェリクリシン)とのモル比の範囲をさらに限定するものであるから、上記訂正事項1-1ないし1-3は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、上記訂正事項1の内、「前記鉄と前記シデロフォアとのモル比が・・・である品質保持剤」を、「前記水中油型乳化物に含まれる前記鉄に対する前記デフェリフェリクリシンのモル比が・・・となるように、前記水中油型乳化物に添加される水中油型乳化物の品質保持剤」とする訂正(以下、「訂正事項1-4」という。)は、訂正前の請求項1において、鉄とシデロフォアとのモル比が何に対する特定であるのか明らかでなかったものを、(品質保持剤が、)鉄に対するデフェリフェリクリシンのモル比が1:0.5?1:1となるように、水中油型乳化物に添加するものであることを明確にするものであるから、上記訂正事項1-4は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 上記訂正事項1-1は、願書に添付した明細書の段落【0017】及び【0018】の「シデロフォアの種類としては、・・・フェリクローム類が特に好ましい。」、「フェリクローム類は、3個のヒドロキサム酸を含む環状ペプチドの総称であり、その中でも・・・デフェリフェリクリシン(Dfcy)・・・が好ましく、Dfcyが特に好ましい。」等の記載に基づくものであり、上記訂正事項1-2は、同段落【0008】の「本発明は・・・高い乳化安定作用を発揮しながら、油の酸化も抑制することができる水中油型乳化物の品質保持剤を提供することを目的とする。」、同段落【0025】の「本発明の水中油型乳化物の品質保持剤は、油脂含有組成物の乳化状態を安定化させ、油脂の酸化を抑制することができるように、水中油型乳化物の種類に応じて適宜添加量を調整可能である」等の記載に基づくものである。
また、上記訂正事項1-3について、同段落【0033】には、「Dfcy及びEDTAは、理論上等モル数の鉄イオンをキレート可能である。そこで、卵黄由来の鉄(1.8mg)を半量キレートできるDfcy12mgを添加した試験溶液(実施例1)と、卵黄由来の鉄を全量キレートできるDfcy24mgを添加した試験溶液(実施例2)とを調製した。」との記載があり、上記訂正事項1-3は、鉄を半量キレートできる場合、鉄とDfcy(デフェリフェリクリシン)のモル比は1:0.5であり、鉄を全量キレートできる場合、鉄とDfcy(デフェリフェリクリシン)のモル比は1:1であることに基づくものである。
さらに、上記訂正事項1-4について、同段落【0033】の「卵黄由来の鉄(1.8mg)を半量キレートできるDfcy12mgを添加した試験溶液(実施例1)と、卵黄由来の鉄を全量キレートできるDfcy24mgを添加した試験溶液(実施例2)とを調製した。」との記載によれば、Dfcyを有効成分とする品質保持剤が、(水中油型乳化物に含まれる)鉄に対するデフェリフェリクリシンのモル比が所定量となるように添加されるものであることは明らかであるから、上記訂正事項1-1ないし1-4は、いずれも新規事項を追加するものではない。

ウ 上記訂正事項1は、訂正前の「シデロフォア」を限定するものであり、上記訂正事項1-2は、訂正前の「品質保持剤」との用途をさらに限定するものであり、上記訂正事項1-3は、訂正前の鉄とシデロフォア(デフェリフェリクリシン)とのモル比の範囲をさらに限定するものである。
また、上記訂正事項1-4は、明確でなかった「前記鉄と前記シデロフォアとのモル比が・・・である品質保持剤」との記載を、願書に添付した明細書の記載に基づいて、「前記水中油型乳化物に含まれる前記鉄に対する前記デフェリフェリクリシンのモル比が・・・となるように、前記水中油型乳化物に添加される水中油型乳化物の品質保持剤」と訂正し明確にするものであるから、いずれの訂正も、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

エ 上記訂正事項1-1ないし1-4は、いずれも一群の請求項ごとに請求されたものである。

(2)訂正事項2、5について

上記訂正事項2及び5は、それぞれ、請求項2及び5を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると共に、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(3)訂正事項3、4、6について

上記訂正事項3、4及び6は、請求項2及び5の削除に伴い、それぞれ請求項3が引用する請求項を、「請求項1又は2」から「請求項1」とするものであり、請求項4が引用する請求項を、「請求項1?3のいずれか一項」から「請求項1又は3」とするものであり、請求項6が引用する請求項を、「請求項1?5のいずれか一項」から「請求項1、3、又は4」とするものであり、請求項3、4及び6がそれぞれ引用する請求項数を減少させるものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると共に、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(4)訂正事項7

ア 上記訂正事項7は、水中油型乳化物中の品質保持剤の含有量を、「0.0000000001?50重量%」を、「0.0044?0.0089w/v%」との範囲に限定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。なお、含有量の単位が、重量%からw/v%に訂正されているが、上記訂正事項7では、含有量の範囲が訂正前に比べ相当限定されているものであるから、重量%からw/v%への単位の変更は、同訂正事項が特許請求の範囲の減縮を目的するものであるか否かの判断に影響を与えるものではない。

イ 願書に添付した明細書の段落【0032】には、「Dfcyの乳化安定作用を評価するために、下記の表1に示す配合割合でマヨネーズを作製した。先ず、生の卵黄30ml、及び食酢20ml・・をミキサーで撹拌混合し水相を調整した。次いで水相を撹拌しながら植物油220ml・・・を徐々に加えて乳化を行い、水中油型乳化物であるマヨネーズを調製した。」との記載があり、同段落【0033】には、「卵黄由来の鉄(1.8mg)を半量キレートできるDfcy12mgを添加した試験溶液(実施例1)と、卵黄由来の鉄を全量キレートできるDfcy24mgを添加した試験溶液(実施例2)とを調製した。」との記載がある。ここで、Dfcy(デフェリフェリクリシン)を添加する対象のマヨネーズは、卵黄30ml、食酢20ml及び植物油220mlを加えた270mlである。そして、Dfcyの含有量は12mg、24mgであり、いずれもマヨネーズに対して極めて微量であり、マヨネーズに添加してもDfcyによる体積増加は、w/v%の計算における有効数字の範囲では無視できる程度のものであることは明らかである。
そして、マヨネーズ270mlに対してDfcyを12mg添加する実施例1でのDfcyの含有量は、0.0044((12×10^(-3)/270)×100)w/v%となり、マヨネーズ270mlに対してDfcyを24mg添加する実施例2でのDfcyの含有量は、0.0089((24×10^(-3)/270)×100)w/v%となる。
そうすると、上記訂正事項7は、上述の実施例1及び実施例2のデフェリフェリクリシンの含有量に基づくものであるから、新規事項を追加するものではない。

ウ 上記訂正事項7は、訂正前の水中油型乳化物中の品質保持剤の含有量の範囲をさらに限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(5)訂正事項8について

上記訂正事項8は、「シデロフォア」を、「デフェリフェリクリシン」とする訂正(以下、「訂正事項8-1」という。)、「水中油型乳化物の品質保持剤」を、「水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤」とする訂正(以下、「訂正事項8-2」という。)、水中油型乳化物中の品質保持剤の含有量を、「0.0000000001?0.0178重量%」を、「0.0044?0.0089w/v%」とする訂正(以下、「訂正事項8-3」という。)からなるものである。
そして、上記「訂正事項8-1」及び「訂正事項8-2」は、上記(1)の「訂正事項1-1」及び「訂正事項1-2」と同じ訂正であるから、「訂正事項の訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否」の判断は、上記(1)で述べたのと同じになる。
また、上記「訂正事項8-3」は、訂正前の品質保持剤の含有量の上限が0.0178重量%であるのが、上記「訂正事項7」では、50重量%である点で異なっているが、上記訂正事項7と同様に、「0.0044?0.0089w/v%」に訂正するものであるから、上記「訂正事項8-3」の「訂正事項の訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否」の判断は、上記(4)で述べた訂正事項7に関する判断と同じになる。

そうすると、上記訂正事項8-1ないし8-3は、それぞれ、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると共に、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

3 小括

上記「2」のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第4項の規定に従い、一群の請求項を構成する請求項〔1ないし7〕、単一の請求項である請求項8について訂正することを求めるものであり、それらの訂正事項はいずれも、特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものに該当し、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1ないし7〕、8について訂正することを認める。

第3 本件発明

上記「第2」のとおり、本件訂正は認容し得るものであるから、本件訂正後の請求項1ないし8に係る発明(以下、請求項1に係る発明を項番に対応して「本件発明1」、「本件発明1」に対応する特許を「本件特許1」などどいい、併せて「本件発明」、「本件特許」ということがある。)の記載は、次のとおりである。

「【請求項1】
デフェリフェリクリシンを有効成分とする水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤であって、
前記水中油型乳化物は鉄を含み、
前記水中油型乳化物に含まれる前記鉄に対する前記デフェリフェリクリシンのモル比が1:0.5?1:1となるように、前記水中油型乳化物に添加される水中油型乳化物の品質保持剤。
【請求項2】(削除)
【請求項3】
前記水中油型乳化物の酸化を抑制する作用を有する請求項1に記載の水中油型乳化物の品質保持剤。
【請求項4】
前記水中油型乳化物が酸性水中油型乳化物である請求項1又は3に記載の水中油型乳化物の品質保持剤。
【請求項5】(削除)
【請求項6】
請求項1、3、又は4に記載の水中油型乳化物の品質保持剤を含む油脂含有組成物。
【請求項7】
前記水中油型乳化物の品質保持剤を0.0044?0.0089w/v%含む請求項6に記載の油脂含有組成物。
【請求項8】
デフェリフェリクリシンを有効成分とする水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤を0.0044?0.0089w/v%含む油脂含有組成物。」

第4 平成29年8月31日付けで通知した取消理由、及びこの取消理由に採用しなかった特許異議の申立理由の概要

1 取消理由の概要

(1)特許法第29条第1項第3号・同法同条第2項

訂正前の請求項1ないし8に係る発明は、下記甲第1号証(以下、甲第1号証を「甲1」などという。)に記載された発明、周知の技術的事項(甲4、甲5)及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明できたものである。
また、訂正前の請求項8に係る発明は、下記甲2に記載された発明であるか、訂正前の請求項1ないし7に係る発明は、甲2に記載された発明及び周知の技術的事項(甲4、甲5)に基づいて、当業者が容易に発明できたものであり、訂正前の請求項8に係る発明は、甲2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものである。
そうすると、訂正前の請求項1ないし8に係る発明の特許は、特許法第29条第1項第3号又は同法同条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである(以下、「取消理由1」という)。

上記特許法第29条第1項第3号に関する理由は、特許異議申立て(以下、単に「異議申立て」という。)の甲2を主引例とする訂正前の請求項8に対する新規性欠如に関する理由と同趣旨である。
また、上記特許法第29条第2項に関する理由は、異議申立ての甲1を主引例とする訂正前の請求項1ないし8に対する進歩性欠如に関する理由と同趣旨であり、甲2を主引例とする訂正前の請求項1ないし4及び6ないし8に対する進歩性欠如に関する理由と同趣旨である。

(2)特許法第36条第6項第1号

ア 訂正前の請求項1ないし4及び6ないし8に係る発明は、要するに、品質保持剤の有効成分の特定が、「シデロフォア」に留まる点で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものであるとも、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいうことはできない。

イ 訂正前の請求項1ないし7に係る発明は、要するに、水中油型乳化物に含まれる鉄とシデロフォアとのモル比が1:0.25?1:2である点で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものであるとも、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいうことはできない。

ウ 訂正前の請求項7及び8は、それぞれ、要するに、油脂含有組成物に含まれる品質保持剤の含有量が0.0000000001?50重量%である点、及び0.0000000001?0.0178重量%である点で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものであるとも、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいうことはできない。

よって、訂正前の請求項1ないし8に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである(以下、「取消理由2」という)。

(3)特許法第36条第6項第2号

訂正前の請求項1には、「前記鉄と前記シデロフォアとのモル比が1:0.25?1:2である品質保持剤」との記載があったが、「前記鉄と前記シデロフォアとのモル比が1:0.25?1:2である」が、「品質保持剤」に対して何を特定しているのか明らかでないから、訂正前の請求項1?7に係る発明は、明確でない。

よって、訂正前の請求項1ないし8に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである(以下、「取消理由3」という)。



甲1:特開2008-201677号公報
甲2:欧州特許第2149308号明細書
甲4:Kenneth N. Raymond, Gertraud Muller and Berthold F. Matzanke、Complexation of Iron by Siderophores A Review of Their Solution and Structural Chemistry and Biological Function、Topics in Current Chemistry、1984年、Vol.123、Pages 49-102
甲5:特開2006-187277号公報
甲7:特開2006-232733号公報

異議申立てでは、上記の甲号証の他に、以下の甲号証も提出されている。

甲3:フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」の「マヨネーズ」
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%A8%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%BAのプリントアウト)
甲6:【みんなの知識ちょっと便利帳】計量スプーン・計量カップによる重量表
(http://www.benricho.org/doryoko_cup_spoon/のプリントアウト)
甲8:高校農業 農業実験
(http://weba6.gifu-net.ed.jp/^(~)contents/kou_nougyou/jikken/SubShokuhin/05/genri.htmlのプリントアウト)
甲9:特表2000-500153号公報

2 取消理由通知において採用しなかった申立理由の概要

(1)特許法第29条第1項3号

訂正前の請求項1ないし8に係る発明は、甲1に記載された発明であり、訂正前の請求項1ないし4及び6ないし7に係る発明は、甲2に記載された発明であり、訂正前の請求項1ないし8に係る発明の特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである(以下、「申立理由1」という)。

(2)特許法第36条第6項第1号

ア 訂正前の請求項1の「前記鉄と前記シデロフォアとのモル比が1:0.25?1:2である」について、シデロフォアが鉄の2倍量以上含まれていても、鉄とシデロフォアとのモル比が1:2同等ないしそれ以上の効果を奏することは明らかであるので、訂正前の請求項1の鉄とシデロフォアとのモル比の特定と、効果(性能)との関係に技術的な意味が存在しない点、また、上記の鉄とシデロフォアとのモル比の特定では、水中油型乳化物に含まれている鉄の量がごく僅かである場合には、シデロフォアもごく僅かしか含まれないことになり、水中油型乳化物の乳化安定性が得られるとはいえない点で、訂正前の請求項1ないし7に係る発明は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものであるとも、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいうことはできない(異議申立書第29?31頁)。

イ 訂正前の請求項8の、油脂含有組成物に含まれる品質保持剤の含有量の上限の「0.0178重量%」について、品質保持剤の含有量が「0.0178重量%」より多くても、上限と同等ないしそれ以上の乳化安定性が得られることが本件明細書の記載から読み取れるから、油脂含有組成物に含まれる品質保持剤の含有量と、効果(性能)との関係に技術的な意味が存在しない点、また、「水中油型乳化物の品質保持剤を0.0000000001?0.0178重量%含む油脂含有組成物」との特定では、水中油型乳化物に含まれている鉄の量が過多である場合には、品質保持剤の含有量の上限を考慮したとしても、0.0178重量%程度含まれるだけでは、水中油型乳化物に対して十分な抗酸化作用が発揮されるのか明らかでない点で、訂正前の請求項8に係る発明は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものであるとも、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいうことはできない。

よって、訂正前の請求項1ないし8に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである(以下、「申立理由2」という)。

(3)特許法第36条第6項第2号

ア 訂正前の請求項1の「シデロフォアを有効成分とする・・・品質保持剤」との特定では、品質保持剤にシデロフォア以外の有効成分でない成分を含み得ることとなるが、このシデロフォア以外の成分が明らかでない。また、訂正前の請求項8には、「シデロフォアを有効成分とする水中油型乳化物の品質保持剤を0.0000000001?0.0178重量%含む油脂含有組成物」との特定があるが、シデロフォア以外のいかなる成分(有効成分でない成分)が「品質保持剤」の構成成分に該当するものであるかが判別できなければ、発明の外延が不明確なものとなる。そうすると、訂正前の請求項1ないし8に係る発明は、明確でない。

イ 訂正前の請求項2及び3には、それぞれ、「前記水中油型乳化物の乳化状態を安定化させる作用を有する」及び「前記水中油型乳化物の酸化を抑制する作用を有する」との特定があるが、具体的にどの程度の「乳化状態を安定化させる作用」及び「酸化を抑制する作用」を有していれば、訂正前の請求項2及び3の、それぞれ、「前記水中油型乳化物の乳化状態を安定化させる作用を有する」及び「前記水中油型乳化物の酸化を抑制する作用を有する」に該当することになるのか明らかでない。そうすると、訂正前の請求項2及び3、訂正前の請求項2及び3を直接又は間接的に引用している訂正前の請求項4ないし7に係る発明は、明確でない。

よって、訂正前の請求項1ないし8に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである(以下、「申立理由3」という)。

第5 取消理由1に関する当審の判断

1 甲号証に記載の事項

(1)甲1(特開2008-201677号公報)
甲1には、次の記載がある。

(1-1)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
シデロフォア及び/又はその鉄錯体を含む抗炎症剤。
【請求項2】
シデロフォアがフェリクローム類である請求項1に記載の抗炎症剤。
【請求項3】
フェリクローム類がデフェリフェリクリシンである請求項2に記載の抗炎症剤。
【請求項4】
炎症が消化管の炎症である請求項1?3のいずれかに記載の抗炎症剤。
【請求項5】
消化管の炎症が大腸炎である請求項4に記載の抗炎症剤。
【請求項6】
経口投与用である請求項1?5のいずれかに記載の抗炎症剤。
【請求項7】
シデロフォア及び/又はその鉄錯体を含む抗酸化剤。
【請求項8】
シデロフォアがフェリクローム類である請求項7に記載の抗酸化剤。
【請求項9】
フェリクローム類がデフェリフェリクリシンである請求項8に記載の抗酸化剤。
・・・」

(1-2)「【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性食品や医薬品の有効成分として用いられる抗炎症剤、特に消化管の炎症の予防又は治療剤に関する。また、本発明は、飲食品、化粧品、医薬品、試薬などに添加される抗酸化剤に関する。さらに本発明は、飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬からなる群より選ばれる物質又は組成物の酸化を抑制する方法、及び酸化が抑制されたこれらの物質又は組成物に関する。
・・・
【0003】
ここで、特許文献1には、デスフェリオキサミンのような3価鉄イオンキレーターがラジカル消去能を有し、ラジカルによる細胞の障害を低減させることが記載されている。しかし、従来公知の鉄イオンキレーターによる抗酸化活性は、活性酸素を生成する鉄イオンのキレート化作用によるものであることから、環境中に存在する鉄イオンをキレートすると抗酸化活性が無くなってしまう。このため、抗酸化活性が弱く、また長時間に亘り抗酸化活性が維持されない。特に、消化管内には鉄イオンが多く存在するため、鉄イオンキレーターを食品に添加して摂取したり、医薬品として経口投与したりすると、キレート化能が速やかに失われて、抗酸化活性が持続しない。また、従来の鉄イオンキレーターは、ヒトが摂取できる程度の十分な安全性が確立されていない。
・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、長時間に亘り効果が維持される安全な抗炎症剤及び抗酸化剤を提供することを主な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために本発明者は研究を重ね、以下の知見を得た。
(i) 消化管に炎症を有するラットやマウスに、デフェリフェリクリシンを経口投与すると、消化管の炎症が抑制される。
(ii) デフェリフェリクリシンは、in vitroで活性酸素の消去作用を有する。また、フェリクリシンも活性酸素消去作用を有することから、デフェリフェリクリシンの抗酸化作用には、3価鉄イオンのキレート作用だけでなくその他の作用も寄与していると考えられる。
・・・
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、シデロフォアがヒドロキシラジカルやスーパーオキサイドを消去する抗酸化活性を有し、また炎症(中でも消化管の炎症)を効果的に予防及び改善することが見出された。
詳述すれば、シデロフォアの抗酸化活性は、鉄イオンをキレートした後も残る。この点で、シデロフォアは従来の抗酸化剤とは異なるメカニズムで酸化を抑制していると考えられる。
【0008】
シデロフォアの抗酸化活性は鉄イオンをキレートした後も残ることから、シデロフォアは、飲食品や医薬品としてヒトが摂取する場合に、消化管に存在する鉄イオンによって抗酸化活性及び抗炎症活性が阻害されない。従って、経口投与することができ、消化管の炎症の予防又は治療剤や、消化管内の抗酸化剤として有効である。また、鉄は消化管を始めとする生体内に多く存在するが、シデロフォアは鉄イオンをキレートした後も抗炎症及び抗酸化活性を有することから、シデロフォアを含む本発明の抗炎症剤及び抗酸化剤は、投与量当たりの効果が高く、かつ長期に亘り抗炎症活性及び抗酸化活性が維持される。」

(1-3)「【0023】
<飲食品用添加剤>
本発明の抗炎症剤は、飲食品に添加する添加剤とすることができる。
<飲食品組成物>
・・・
【0025】
また、本発明の抗炎症剤は、シデロフォア及び/又はその鉄錯体を飲食品に添加して食品組成物として製造することもできる。シデロフォア及び/又はその鉄錯体は従来清酒に含まれている成分であり、食品の風味を損ねるような味や匂いを有さない。従って、食品の種類は特に限定されない。例えば、飴、ガム、ケーキ、パイ、クッキー、クラッカー、ゼリー、チョコレート、プディング、アイスクリーム、ポテトチップス、羊羹、煎餅、饅頭、中華饅頭のような菓子;酒類、茶類、コーヒー類、ドリンク剤(スポーツドリンク類、清涼飲料水など)、スープ、乳飲料のような飲料;ヨーグルト、バター、チーズのような乳製品;ハム、ソーセージ、蒲鉾、竹輪のような練り物;ソース、ドレッシング、マヨネーズ、醤油、味噌、酢、味醂、トマト加工品(ケチャップ、トマトペースト、トマトピューレ)、カレールウ、酒粕、顆粒だしのような調味料;ふりかけ、漬物、佃煮、塩昆布のような常備惣菜類;惣菜;麺、米飯、粥のような主食類などが挙げられる。中でも、飲料が好ましく、スポーツドリンク類、清涼飲料水のようなドリンク剤がより好ましい。
・・・
【0027】
このように、通常の飲食品にシデロフォア及び/又はその鉄錯体を添加する場合は、飲食品組成物中のシデロフォア及び/又はその鉄錯体の含有量は、シデロフォアの種類、投与対象の年齢、体重、状態等によって異なり一概に規定できないが、1日摂取量が、100?500mg程度になる量とすればよい。また、食品中のシデロフォア及び/又はその鉄錯体の濃度は、食品の種類などによって異なるが、固体状又はゲル状食品の場合は1?300mg/g程度が好ましく、1?100mg/g程度がより好ましく、2?50mg/g程度がさらにより好ましく、2?25mg/g程度がさらにより好ましい。ヨーグルトのような半固体状食品も、飲むものではなく食する上で流動性が必要とされない点で固体状食品に含まれる。液状又は流動状食品の場合は、0.1?20mg/ml程度が好ましく、0.2?10mg/ml程度がより好ましく、0.2?5mg/ml程度がさらに好ましい。食品の形態によって異なるが、一般的な固形状食品の1回の摂取量は10?50g程度であり、液体形状の食品の1回摂取量は50ml?500ml程度であることから、上記の含有量の範囲であれば、1日1回から数回の摂取により十分な炎症の予防又は改善などの効果が得られるとともに、副作用が現れる恐れがない。」

(1-4)「【0029】
(II)抗酸化剤
本発明の抗酸化剤は、シデロフォア及び/又はその鉄錯体を含み、特にこれを有効成分として含む。中でも、シデロフォアを含むものであることが好ましい。本発明の抗酸化剤は、スーパーオキサイドやヒドロキシラジカルのような活性酸素種を消去する作用を有することから、老化、発ガン、生活習慣病などを予防したり、進行を抑制したりすることができる。本発明の抗酸化剤は、特に消化管内での活性酸素種の消去作用に優れる。
従って、本発明の抗酸化剤は、シデロフォア及び/又はその鉄錯体を含む医薬製剤として製造することもでき、シデロフォア及び/又はその鉄錯体を含む機能性飲食品組成物として製造することもでき、シデロフォア及び/又はその鉄錯体を含む通常の飲食品組成物として製造することもできる。このときのシデロフォア及び/又はその鉄錯体の使用量やその他の成分の種類などは抗炎症剤の項目で説明した通りである。
【0030】
(III)酸化抑制方法
また、本発明の抗酸化剤は、飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬などの物質又は組成物に添加されてそれらの成分の酸化を抑制する添加剤であってもよい。添加量は、添加される飲食品などの成分の種類によって異なるが、例えば、酸化を抑制しようとする物質又は組成物に対して、0.02?0.2重量%程度、好ましくは0.04?0.1重量%程度とすればよい。
即ち、本発明は、飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬などの物質又は組成物にシデロフォアを添加することにより、これらの物質又は組成物の酸化を抑制する方法、及び飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬などの物質又は組成物にシデロフォアを添加することにより、酸化が抑制された物質又は組成物を製造する方法を提供する。」

(1-5)「【0059】
処方例
以下に、本発明の抗炎症剤、抗酸化剤の処方例を示す。
食品組成物
<処方例1 クッキー>
・・・
【0067】
<処方例9 マヨネーズ>
卵黄20gに食塩2.5g、蔗糖1.5g、マスタード1.5g、胡椒0.1g、レモン汁5g、デフェリフェリクリシン3.2gを加え、これに酢10gとサラダ油160gとを加えてよく攪拌してシデロフォア強化マヨネーズを得た。得られたマヨネーズには、デフェリフェリクリシンが16mg/g含まれていた。これは抗炎症剤、抗酸化剤として用いることができる。
・・・
【0088】
<処方例30 スープ>
・・・
【0089】
医薬組成物
<処方例31 錠剤>
・・・
【0092】
<処方例34 注射剤>
デフェリフェリクリシン1000mgとプロピレングリコール0.1ml、ポリエチレングリコール0.1ml、ベンジルアルコール0.1mlを日本薬局方に規定された注射用水50mlに溶解させ、濾過後、アンプルに充填して密封し、滅菌して抗炎症剤、抗酸化剤の注射剤を得た。」

(2)甲2(欧州特許第2149308号明細書)(訳文は当審によるものである)
甲2には、次の記載がある。

(2-1)「Claims
1. An oxidatively stable mayonnaise comprising:
a mayonnaise base;
60 to 400 ppm of nicotianamine blended into the mayonnaise base, the nicotianamine effective to provide oxidative stability; and wherein the mayonnaise base is free of EDTA, and wherein the nicotianamine maintains the amount of heptadienal generated from the oxidatively stable mayonnaise to 1500 ppb or less after 7 weeks of storage at 43℃.」
(特許請求の範囲
請求項1.マヨネーズベースを含んでなる酸化的に安定なマヨネーズであって、
酸化安定性を提供するのに効果的である、ニコチアナミン60?400ppmが前記マヨネーズベースにブレンドされ、
前記マヨネーズベースはEDTAを含まず、
前記ニコチアナミンは、43℃で7週間貯蔵した後に、酸化的に安定なマヨネーズから生成されるヘプタジエナールの量を1500ppb又はそれ以下に維持する、マヨネーズ。)

(2-2)「[0003] Oxidation is a process that occurs in food products, causing foods to spoil and become unpleasing in taste and appearance. Oxidation reactions may occur when chemicals in food are exposed to oxygen in the air and free radicals are formed. It has been shown that free radicals may naturally occur, at least in part, due to the presence of iron- or copper-ion catalysts. Under normal conditions, animal and plant tissues naturally contain antioxidants which prevent oxidative damage. However, in foods many of these naturally occurring antioxidants break down and no longer impart their protective properties to the food. Oxidation of fat and oil in food can lead to rancidity and, in fruit, can cause discoloration. This oxidation ultimately leads to spoilage of the food and a corresponding loss of nutritional value and favorable organoleptic properties. As a result, removing free metal ions, such as iron and copper ions, present in food products can result in oxidative stability to foods that are more resistant to spoilage and have preserved flavor quality and improved color retention.」
([0003]酸化は食品中で生じる変化であり、食品の腐敗を生じさせ、味と見た目に悪影響を及ぼす。酸化反応は、食品中の化学物質が空気中の酸素に曝され、遊離基が形成されることにより生じ得る。遊離基は、鉄又は銅-鉄触媒の存在により、少なくとも部分的に、自然に生じる。通常の条件下では、動物及び植物組織は、天然に酸化損傷を防ぐ抗酸化物質を含む。しかしながら、食品中では、これらの天然に生じる抗酸化物質のうちの多くは分解され、もはや食品へその保護特性を付与しなくなる。食品中の脂質及び油の酸化によって酸化臭が生じ、果物においては変色が生じる。この酸化は、最終的には食品の腐敗や、栄養価及び官能特性の低下につながる。結果として、食品中に存在する鉄及び銅イオンなどの遊離金属イオンを除去することにより、食品の酸化安定性(腐敗に対する耐性)をもたらし、味の品質を維持し、色の保持力を改善する。)

(2-3)「[0004] Traditionally, ethylenediaminetetraacetic acid or EDTA has been used in food and beverage products to prevent oxidation and spoilage due to its capacity to chelate metals. This material generally enjoys widespread use in industry, medicine, and laboratory science due to its restively high capability to chelate metal ions. In the food and beverage industry, EDTA is often used to protect products from oxidation and spoilage and to improve flavor quality and color retention. EDTA, however, is a synthetic or artificial ingredient.
[0005] Recently, there have been increased desires for the removal of artificial ingredients in food and beverage products and their replacement with natural alternatives. For example, artificial preservatives, colors and flavors have been successfully replaced, in some instances, with natural counterparts. Owing to its effectiveness, reasonable cost, and lack of viable alternatives, however, EDTA has so far been one of the more difficult artificial ingredients to replace. Attempts so far to replace or remove EDTA from foods and beverages have thus far yielded somewhat disappointing results. For example, naturally produced siderophores (from yeast and fungi) are effective metal chelators, but unacceptably add color to foods and beverages.」
([0004]伝統的に、エチレンジアミン四酢酸又はEDTAは、金属をキレート化する能力によって、酸化及び腐敗を防止するために食料及び飲料製品に使用されてきた。この材料は、金属イオンをキレート化する高い能力によって、工業、医学、及び実験科学で広く使用されている。食料及び飲料産業では、EDTAは、酸化及び腐敗から製品を保護し、風味の質及び色の保持を向上させるために、しばしば使用される。しかしながら、EDTAは、合成又は人工的な材料である。
[0005]最近、食料及び飲料製品の人工材料を除去し、天然の代替物に置換する要求が増加している。例えば、人工防腐剤、着色剤及び香料は、いくつかの例で、うまく天然の対応物に置換されてきた。しかしながら、その有効性、合理的なコスト、及び実行可能な代替物の欠如のために、EDTAは、置き換えることがより困難な人工材料の一つであった。食料及び飲料でEDTAを置換し、除去する試みは、これまでのところ幾分残念な結果となっている。例えば、天然に産出されたシデロフォア(酵母及び真菌由来の)は、効果的な金属キレート化剤であるが、食料及び飲料に許容できない着色を与える。)

(2-4)「[0017] ・・・
In addition, the effective amounts of NA also do not impart any objectionable organoleptic changes to the foods, such as changes in color, taste, odor, or texture, such that the comestible with the NA has organoleptic properties similar to the comestible with EDTA.」
([0017]・・・
加えて、NAの効果的な量は、食料に、色、味、香り又は肌の変化のような不快な感覚的変化を与えない。そのようなNAとの食料品は、EDTAとの食料品と同様な官能特性を有する。)

(3)甲3(フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」の「マヨネーズ」)
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%A8%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%BA)
甲3には、マヨネーズ卵黄型の100gあたりの栄養価が示され、鉄分は0.9mgであることが示されている。
なお、出典は、文部科学省「日本食品標準成分表2015年版(七訂)」とされている。

(4)甲4(Complexation of Iron by Siderophores A Review of Their Solution and Structural Chemistry and Biological Function)
甲4には、各シデロフォアは、3価の鉄イオンとモル比1:1の錯体を形成することが記載されており(第51頁下から第11行?5行)、シデロフォアの具体例として、フェリクローム及びニコチアナミンが鉄と1:1の錯体を形成することを示す図が記載されている(第52頁図1右上の「Ferrichrome」、第54頁図3aの「b」)。

(5)甲5(特開2006-187277号公報)
甲5には、以下の記載がある。

(5-1)「【請求項1】
卵白加水分解物を含む、酸性水中油型乳化食品。
【請求項2】
請求項1において、
卵黄をさらに含む、酸性水中油型乳化食品。
・・・
【請求項11】
卵白をアスペルギルス属菌起源の中性プロテアーゼで処理して得られる卵白加水分解物
を含む、抗酸化材。」

(5-2)「【0022】
1.酸性水中油型乳化食品
本発明の酸性水中油型乳化食品は卵白加水分解物を含む。より具体的には、本発明の酸性水中油型乳化食品は、乳化剤の存在下で水相成分および油相成分を乳化して得ることができる。本発明の酸性水中油型乳化食品としては、特に限定されないが、例えばマヨネーズ類、ドレッシング類が挙げられる。以下、本発明の酸性水中油型乳化食品を構成する各成分について説明する。」

(5-3)「【0067】
5.1.酸化による風味劣化および乳化安定性低下のメカニズム
以下、酸性水中油型乳化食品における、酸化による風味劣化および乳化安定性低下のメカニズムについて、図1を参照して説明する。
【0068】
酸性水中油型乳化食品は一般に、酸化により乳化安定性が低下する。酸化の原因物質の一つとして、油脂が挙げられる。油脂は、酸性水中油型乳化食品の油相成分を構成する。
【0069】
油脂は、飽和結合のみを有する飽和脂肪酸と、不飽和結合(炭素-炭素二重結合)を有する不飽和脂肪酸とに大別される。不飽和脂肪酸の場合、不飽和結合の水素引抜反応より脂質ラジカルが生じて自動酸化反応が開始され、過酸化物(ハイドロパーオキサイド;1次酸化生成物)が生成する。過酸化物自体は一般に、特徴ある風味や臭気は有さない。しかしながら、過酸化物と、銅、鉄、マンガン、クロム、ニッケルなどの金属のイオンとが共存すると、(i)過酸化物がレドックス分解によりさらにラジカルを生じ、(ii)このラジカルが他の不飽和脂肪酸の不飽和結合を攻撃し、(iii)自動酸化反応が開始してさらに過酸化物が生成する、という(i)?(iii)の反応の連鎖が生じる。この場合、過酸化物が重合したり、反応部位において炭素鎖が切れてカルボニル化合物等の2次酸化生成物を生じたりする。また、この自動酸化反応は、同じ分子内の脂肪酸だけでなく、別の分子内の脂肪酸にも及ぶ。
【0070】
また、2次酸化生成物であるカルボニル化合物には、風味劣化の原因となるアルデヒド類が含まれる。このアルデヒド類が周囲のタンパク質等のアミノ基と反応することにより(アミノカルボニル反応)、3次酸化生成物(アミノカルボニル反応生成物)が生じる。この3次酸化生成物もまた、風味変化および物性変化の原因物質の一つである。
【0071】
特に、酸性水中油型乳化食品が卵黄を含む場合、上述の自動酸化反応は卵黄リン脂質の構成脂肪酸にも及ぶ。卵黄リン脂質は、主にタンパク質と結合したリポタンパク質の形で乳化剤として油滴の周囲を取り囲んでいると考えられている。しかしながら、上記のメカニズムにより、卵黄リン脂質の脂肪酸が酸化を受けて、化学修飾や炭素鎖の切断等が生じることにより、脂肪酸の形態および親油性と親水性とのバランスに変化が生じると、その規則性が著しく乱され、リポタンパク質の性質に変化が生じる。その結果、乳化粒子の安定性が低下することがある。また、酸化を受けて過酸化脂質となった卵黄リン脂質は親水性を増し、油滴界面から水相部分に引き抜かれるような挙動を示し、水相に存在する鉄イオン等の影響をさらに受けやすくなり、3次酸化生成物の産生が助長されると考えられる。
【0072】
さらに、上記メカニズムにより不安定になった乳化粒子は、高粘度の系ではかろうじて乳化状態を保持することができる。しかしながら、例えば、酸性水中油型乳化食品の保存容器に物理的衝撃が加わることによって、乳化粒子が乳化状態を維持できなくなり、その結果、油脂粒子の会合が生じて、酸性水中油型乳化食品中に分離が生じることがある。」

(5-4)「【0075】
5.2.酸化の防止方法
ところで、食品中での鉄イオンや銅イオン等の金属イオンによる酸化を防止する方法としては、例えば、(i)原料中から金属イオンを可能な限り除去する方法と、(ii)食品中に存在する金属イオンを不活性化する方法との2つが考えられる。
・・・
【0077】
特に、(ii)の鉄イオン等を不活性化させる方法として、EDTAに代表される合成キレート剤(食品添加物)を添加する方法が広く知られている。この方法によれば、特に低pH領域においても強力なキレート効果を有する。このため、欧米では、酸性水中油型乳化食品(例えばマヨネーズ)の酸化防止のために、一般的に、EDTAのような合成キレート剤が使用されている。
・・・
【0079】
5.3.本発明の作用効果
本発明の酸性水中油型乳化食品によれば、卵白加水分解物を含むことにより、酸化の進行を抑制することができる。その作用機序について詳細は不明であるが、以下のメカニズムによって酸化の進行が抑制されると推察される。
【0080】
卵白加水分解物は、本発明の酸性水中油型乳化食品中において、鉄イオン等の金属イオンとキレートを形成していると考えられる。すなわち、本発明の酸性水中油型乳化食品中では卵白加水分解物によって金属イオンが捕捉されているため、金属イオンによる触媒作用が制限される。これにより、上述の酸化メカニズムにおいて2次酸化生成物の産生が中断され、上述の連鎖反応による油脂の劣化の拡大が抑えられる。その結果、酸化の進行を抑制することができる。さらに、卵白加水分解物は、本発明の酸性水中油型乳化食品中において、油脂の酸化により生じるラジカルおよび過酸化物、ならびに前記ラジカルや前記過酸化物より生じる活性酸素の消去に関与していると考えられる。すなわち、本発明の酸性水中油型乳化食品中では卵白加水分解物によって、前記ラジカル、前記過酸化物、および活性酸素が消去されることにより、上述の連鎖反応を中断させることができる。したがって、この機構によっても、油脂の劣化を防止することができる。
【0081】
さらに、酸化の進行が抑制されることにより、乳化破壊を防止することができるため、分離を防止することができる。さらに、この卵白加水分解物は、天然食品成分である卵白由来であるため、生体内で容易に消化吸収される。このため、金属イオンの生体内での利用を阻害することがない。」

(6)甲6(【みんなの知識ちょっと便利帳】計量スプーン・計量カップによる重量表)
(http://www.benricho.org/doryoko_cup_spoon/)
甲6には、水と比較したマヨネーズの重量が0.95であることが記載されている(第2頁第13行)

(7)甲7(特開2006-232733号公報)
甲7には、以下の記載がある。

(7-1)「【技術分野】
【0001】
本発明は、ニコチアナミンの製造方法に関する。
・・・
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、植物シデロフォアなどとして有用なニコチアナミンを、好収率で、且つ簡便な方法により工業的規模で安価に製造する方法を提供することができる。」

(8)甲8(高校農業 農業実験)
(http://weba6.gifu-net.ed.jp/^(~)contents/kou_nougyou/jikken/SubShokuhin/05/genri.html)
甲8には、EDTAは、金属イオンの価数に関係なくモル比1:1で結合し、安定なキレート化合物を生成することが記載されていると共に、EDTAが金属イオンと1:1で反応することを示す図が記載されている。

(9)甲9(特表2000-500153号公報)
甲9には、以下の記載がある。

(9-1)「1.遷移金属イオン、重炭酸イオンおよびかかる遷移金属をキレート化するキレート化剤との錯塩を含んで成る-但し、かかる組成物がエチレンジアミン四酢酸(EDTA)を含んで成るクリーム担体を包含する場合は、EDTAの量は当該担体の0.1%w/w以上である-局所塗布組成物。
・・・
9.該キレート化剤と該遷移金属イオンとの化学量論的比率がほぼ1:1である、前記請求項のうちの何れか一項において記載された組成物。」

2 刊行物に記載の発明

(1)甲1に記載された発明

甲1の上記適示(1-1)の【請求項7】を引用する【請求項8】をさらに引用する【請求項9】には、「デフェリフェリクリシン及び/又はその鉄錯体を含む抗酸化剤」が記載されているといえる。
ここで、上記適示(1-4)の段落【0030】の記載によれば、上記抗酸化剤は、飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬などの物質又は組成物に添加されてそれらの成分の酸化を抑制する添加剤で良く、その添加量は、酸化を抑制しようとする物質又は組成物に対して、0.02?0.2重量%であるといえる。
そうすると、甲1には、
「デフェリフェリクリシン及び/又はその鉄錯体を含み、飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬などの物質又は組成物に添加される抗酸化剤であって、前記デフェリフェリクリシン及び/又はその鉄錯体の添加量が、酸化を抑制しようとする物質又は組成物に対して、0.02?0.2重量%である、抗酸化剤。」(以下、「甲1A発明」という。)が記載されているといえる。

また、デフェリフェリクリシン及び/又はその鉄錯体が添加される、飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬などの物質又は組成物について見れば、甲1には、「デフェリフェリクリシン及び/又はその鉄錯体を含む抗酸化剤が、飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬などの物質又は組成物に対して0.02?0.2重量%添加された、飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬などの物質又は組成物。」(以下、「甲1B発明」という。)も記載されているといえる。

(2)甲2に記載された発明

甲2の上記摘示(2-1)には、
「マヨネーズベースを含んでなる酸化的に安定なマヨネーズであって、
酸化安定性を提供するのに効果的である、ニコチアナミン60?400ppmが前記マヨネーズベースにブレンドされ、
前記マヨネーズベースはEDTAを含まず、
前記ニコチアナミンは、43℃で7週間貯蔵した後に、酸化的に安定なマヨネーズから生成されるヘプタジエナールの量を1500ppb又はそれ以下に維持する、マヨネーズ。」(以下、「甲2B発明」という。)が記載されているが、マヨネーズに酸化安定性を提供しているといえる「ニコチアナミン」に着目すると、甲2には、
「マヨネーズに酸化安定性を提供するのに効果的であり、マヨネーズベースに60?400ppmブレンドされるニコチアナミンであって、43℃で7週間貯蔵した後に、酸化的に安定なマヨネーズから生成されるヘプタジエナールの量を1500ppb又はそれ以下に維持するニコチアナミン。」(以下、「甲2A発明」という。)も記載されているといえる。

3 対比・判断

(1)甲1に記載された発明を主引用発明として

ア 本件発明1について

(ア)本件発明1と甲1A発明との一致点・相違点

本件発明1と甲1A発明を対比する。

○本件明細書の段落【0024】の「本明細書中に記載される「品質保持」とは、食品、飲料、化粧品及び医薬品の品質を保持することであり、具体的には酸化による劣化(抗酸化)の抑制、乳化の再分離の抑制(乳化安定)、風味劣化の抑制、製品が有する生理的機能性の保持を意味する。」との記載によれば、甲1A発明の「抗酸化」は、「品質保持」の作用に含まれるものであるから、甲1A発明の「抗酸化剤」は、本件発明1の「水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための・・・品質保持剤」と、「品質保持剤」の点で共通する。

○甲1A発明の抗酸化剤は、デフェリフェリクリシン(及び/又はその鉄錯体)の抗酸化作用を利用するものであるから、デフェリフェリクリシン(及び/又はその鉄錯体)は、甲1A発明の抗酸化剤の「有効成分」であることは明らかである。

そうすると、本件発明1と甲1A発明は、「デフェリフェリクリシンを有効成分とする品質保持剤」の点で一致し、以下の点で相違しているといえる。

【相違点1】
品質保持剤が、本件発明1では、水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤であり、前記水中油型乳化物は鉄を含み、水中油型乳化物に含まれる鉄に対するデフェリフェリクリシンのモル比が1:0.5?1:1となるように、前記水中油型乳化物に添加されるものであるのに対し、甲1発明では、飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬などの物質又は組成物の抗酸化剤(品質保持剤)であり、その添加量が、酸化を抑制しようとする物質又は組成物に対して、0.02?0.2重量%である点。

(イ)相違点に関する判断

上記【相違点1】について検討する。
上記摘示(1-5)の段落【0067】には、デフェリフェリクリシンの処方例として、卵黄を原料とする「マヨネーズ」(卵黄型マヨネーズ)が記載されている。ここで、本件発明1の実施例で水中油型乳化物の具体例として、「マヨネーズ」が用いられている(段落【0032】)ように、「マヨネーズ」が、水中油型乳化物であることは技術的な常識であるが、甲1には、甲1A発明の「デフェリフェリクリシン」が、抗酸化作用を有する抗酸化剤であることは記載されているものの、「水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤」であることは、記載も示唆もなされていない。
また、甲1A発明は、デフェリフェリクリシンを組成物に対して、0.02?0.2重量%含むものであるが、デフェリフェリクリシンの分子量(747.76)を基にモル濃度に換算すると、26.75?267.5μmol/100gとなる。一方、甲1A発明において、飲食品として、卵黄を原料とする「マヨネーズ」(卵黄型マヨネーズ)を採用した場合、一般的な卵黄型マヨネーズは鉄を0.9mg/100g含んでいる(必要であれば、文部科学省 資源調査分科会報告「日本食品標準成分表2010」の「17 調味料及び香辛料類」のマヨネーズの欄、及び甲3の記載を参照。)ので、鉄の原子量(55.845)を基に換算すると、そのモル濃度は16.1μmol/100gとなる。そうすると、甲1A発明において、飲食品として、卵黄を原料とする「マヨネーズ」(卵黄型マヨネーズ)を採用した場合、鉄とデフェリフェリクリシンとのモル比は、1:1.66?1:16.6(16.1:26.75?16.1:267.5)となり、本件発明1の1:0.5?1:1の範囲と相違している。
よって、上記【相違点1】は、実質的な相違点となるものである。

さらに、上記【相違点1】が、当業者が容易に想到し得るものであるのか否かについて検討するに、上記摘示(1-5)の段落【0067】には、デフェリフェリクリシンの処方例として、卵黄を原料とする「マヨネーズ」(卵黄型マヨネーズ)が記載されていることは、前述したとおりであるが、この処方例について、さらに検討すると、上記摘示(1-4)の段落【0030】には、甲1の抗酸化剤は、飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬などの物質又は組成物に添加されてそれらの成分の酸化を抑制する添加剤であってもよいことが記載される一方で、同摘示(1-4)の段落【0029】の「本発明の抗酸化剤は、スーパーオキサイドやヒドロキシラジカルのような活性酸素種を消去する作用を有することから、老化、発ガン、生活習慣病などを予防したり、進行を抑制したりすることができる。本発明の抗酸化剤は、特に消化管内での活性酸素種の消去作用に優れる。従って、本発明の抗酸化剤は、シデロフォア及び/又はその鉄錯体を含む医薬製剤として製造することもでき、シデロフォア及び/又はその鉄錯体を含む機能性飲食品組成物として製造することもでき、シデロフォア及び/又はその鉄錯体を含む通常の飲食品組成物として製造することもできる。このときのシデロフォア及び/又はその鉄錯体の使用量やその他の成分の種類などは抗炎症剤の項目で説明した通りである。」との記載によれば、特に消化管内での活性酸素種を消去するために、通常の飲食品組成物に添加されるものであるともいえる。
そこで、上記摘示(1-5)の段落【0067】のマヨネーズに対するデフェリフェリクリシンの処方例が、マヨネーズの酸化を抑制するために処方されているものであるのか、消化管内での活性酸素種を消去するために処方されているものであるかを検討するに、上記摘示(1-5)の段落【0067】には、「得られたマヨネーズには、デフェリフェリクリシンが16mg/g含まれていた。これは抗炎症剤、抗酸化剤として用いることができる。」と記載されている。そして、消化管内での活性酸素種を消去する場合のデフェリフェリクリシンの配合量について、上記摘示(1-4)の段落【0029】では、抗酸化剤を特に消化管内での活性酸素種を消去するため飲食品に配合する場合、その配合量は、抗炎症剤としての項目で説明したとおりとされており、その抗炎症剤としての項目である上記摘示(1-3)の段落【0027】の「また、食品中のシデロフォア及び/又はその鉄錯体の濃度は、食品の種類などによって異なるが、固体状又はゲル状食品の場合は1?300mg/g程度が好ましく、1?100mg/g程度がより好ましく、2?50mg/g程度がさらにより好ましく、2?25mg/g程度がさらにより好ましい。」との記載によれば、甲1に記載されるマヨネーズに対するデフェリフェリクリシンの処方例におけるデフェリフェリクリシンの配合量(16mg/g)は、消化管内での活性酸素種を消去するための配合量の範囲に合致している。一方、飲食品の酸化を抑制する場合の配合量である上記摘示(1-4)の段落【0030】に記載される「添加量は、添加される飲食品などの成分の種類によって異なるが、例えば、酸化を抑制しようとする物質又は組成物に対して、0.02?0.2重量%程度、好ましくは0.04?0.1重量%程度とすればよい。」とされる範囲には合致しない(16mg/g=1.6重量%)。
これを踏まえると、上記摘示(1-5)の段落【0067】のマヨネーズに対するデフェリフェリクリシンの処方は、消化管内での活性酸素種を消去するためのデフェリフェリクリシンの処方であるといえ、マヨネーズの酸化を抑制するためのものであるとはいえない。また、甲1において、マヨネーズは、上記摘示(1-5)の記載によれば、多数例示される食品組成物の1例であることから、甲1の記載に当業者が接したとしても、マヨネーズを水中油型乳化物と認識して、デフェリフェリクリシンが、水中油型乳化物の乳化状態を安定化させているものであることはもちろんのこと、水中油型乳化物の酸化を抑制しているものであると認識することができるとはいえない。
そうすると、甲5の上記摘示(5-3)及び(5-4)に記載されるように、酸性水中油型乳化食品おいて、酸化により乳化安定性が低下すること(段落【0068】)、食品中の鉄イオン等をキレート剤によりキレート化することにより、酸性水中油型乳化食品の酸化を防止できること(段落【0075】、【0077】)、卵白加水分解物を含む、酸性水中油型乳化食品において、卵白加水分解物の抗酸化作用によって、油脂の酸化の進行を抑制することにより、乳化破壊を防止し、分離を防止すること(段落【0080】、【0081】)が知られているとしても、甲1のデフェリフェリクリシンのマヨネーズに対する処方において、当業者は、デフェリフェリクリシンがマヨネーズに対する抗酸化作用を有しているとは理解できないのであるから、甲1のマヨネーズに含まれるデフェリフェリクリシンを、マヨネーズ(水中油型乳化食品)の乳化破壊を防止し、分離を防止しているものと理解することができるとはいえない。

さらに、上述したように、甲1からは、当業者は、デフェリフェリクリシンを水中油型乳化物に対し乳化状態を安定化し、酸化を抑制するためのものであると認識することができるとはいえないのであるから、乳化状態を安定化を考慮し、水中油型乳化物に含まれる鉄に対するデフェリフェリクリシンのモル比を、本件発明1に重複する範囲とすることが当業者ならば容易に想到し得るものであるともいえない。
また、上記甲5の他、甲2ないし4、6ないし9にも、水中油型乳化物に含まれるデフェリフェリクリシンが、水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるものであると共に酸化を抑制するものであることを示唆する記載はない。

そして、本件発明1は、本件明細書の段落【0010】の【発明の効果】として記載される「水中油型乳化物の乳化安定作用を高めるとともに、乳化安定後の水相に存在する酸素による油の酸化を効率的に抑制することができる。」という格別の効果を奏するものであるから、本件発明1は、甲1A発明及び甲2ないし4、6ないし9に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 本件発明3、4、6、7について

本件発明3、4、6、7は、本件発明1の発明特定事項をさらに限定したものであるか、または、本件発明1にさらに他の発明特定事項を付加したものであるから、本件発明1と同様に、本件発明3、4、6、7は、甲1A発明及び甲2ないし4、6ないし9に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ 本件発明8について

本件発明8と甲1B発明を対比する。

○上記ア(ア)で述べたのと同様に、甲1B発明の「抗酸化剤」は、本件発明8の「水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための・・・品質保持剤」と、「品質保持剤」の点で共通すると共に、甲1B発明のデフェリフェリクリシン(その鉄錯体)は、甲1B発明の抗酸化剤の「有効成分」であることは明らかである。

○甲1B発明の「飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬などの物質又は組成物」は、本件発明8の「油脂含有組成物」と、「組成物」の点で共通する。

そうすると、本件発明8と甲1B発明は、「デフェリフェリクリシンを有効成分とする品質保持剤を含む組成物」の点で一致し、以下の点で相違しているといえる。

【相違点1’】
品質保持剤、及び組成物が、本件発明1では、それぞれ、水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤、及び油脂含有組成物であり、品質保持剤が油脂含有組成物に0.0044?0.0089w/v%含まれているのに対し、甲1B発明では、抗酸化剤、及び飲食品、化粧品、医薬品、及び試薬などの物質又は組成物であり、抗酸化剤が酸化を抑制しようとする物質又は組成物に対して、0.02?0.2重量%含まれる点。

上記【相違点1’】について、以下検討する。
上記ア(イ)で述べたように、甲1の記載に当業者が接したとしても、当業者は、デフェリフェリクリシンが、水中油型乳化物(マヨネーズ)の乳化状態を安定化させるものであることはもちろんのこと、水中油型乳化物(マヨネーズ)の酸化を抑制するためのものであると認識することができるとはいえないから、甲2ないし4、6ないし9を考慮したとしても、甲1のマヨネーズに含まれるデフェリフェリクリシンを、水中油型乳化物の乳化破壊を防止し、分離を防止しているものと理解することができるとはいえない。

また、当業者は、甲1から、デフェリフェリクリシンを水中油型乳化物に対する乳化状態を安定化し、酸化を抑制するためのものであると認識することができるとはいえないのであるから、水中油型乳化物(油脂含有組成物)に含まれる品質保持剤(デフェリフェリクリシン)の含有量を、乳化安定性を考慮して、本件発明8に重複する範囲とすることが当業者ならば容易に想到し得るものであるともいえない。

よって、本件発明8は、甲1B発明及び甲2ないし4、6ないし9に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)甲2に記載された発明を主引用発明として

ア 本件発明1について

(ア)本件発明1と甲2A発明との一致点・相違点

○上記摘示(7-1)の記載によれば、甲2A発明の「ニコチアナミン」は、シデロフォアの一種であるから、同じくシデロフォアの一種である本件発明1の「デフェリフェリクリシン」と、「シデロフォア」の点で共通する。

○上記摘示(5-2)の記載によれば、「マヨネーズ」は、水中油型乳化食品の一種であることから、甲2A発明の「マヨネーズ」は、本件発明1の「水中油型乳化物」に相当する。また、マヨネーズに鉄が含まれることは技術的な常識である(必要であれば、文部科学省 資源調査分科会報告「日本食品標準成分表2010」の「17 調味料及び香辛料類」のマヨネーズの欄及び甲3を参照。)。

○甲2A発明の「ニコチアナミン」は、マヨネーズに酸化安定性を提供するものであるが、上記(1)ア(ア)で述べたように、「品質保持」には、食品等の酸化による劣化の抑制(酸化安定性の提供)も含まれるといえる。また、ニコチアナミンは、マヨネーズに酸化安定性を提供する上では、「有効成分」といえるものであるから、甲2発明の「マヨネーズに酸化安定性を提供するのに効果的であり・・・ニコチアナミン」は、本件発明1の「デフェリフェリクリシンを有効成分とする水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤」と、「シデロフォアを有効成分とする水中油型乳化物の品質保持剤」の点で共通する。

そうすると、本件発明1と甲2A発明は、「シデロフォアを有効成分とする水中油型乳化物の品質保持剤であって、前記水中油型乳化物は鉄を含み、前記水中油型乳化物に添加される水中油型乳化物の品質保持剤」の点で一致し、以下の点で相違しているといえる。

【相違点2】
シデロフォアが、本件発明1では、デフェリフェリクリシンであると共に、水中油型乳化物に含まれる鉄に対するデフェリフェリクリシン(シデロフォア)のモル比が1:0.5?1:1となるように添加されるものであるのに対し、甲2A発明では、ニコチアナミンである点。

【相違点3】
品質保持剤について、本件発明1では、「水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための」ものであるのに対し、甲2A発明では、マヨネーズ(水中油型乳化物)に酸化安定性を提供するものである点。

(イ)相違点に関する判断

上記【相違点2】について、まず検討する。
上記摘示(2-3)によれば、食料及び飲料産業で、EDTAは、酸化及び腐敗から製品を保護し、風味の質及び色の保持を向上させるのに広く使用されてきたが、合成又は人工的な材料であることから、この材料を、天然の代替物に置換する試みがなされてきた。これに対し、天然に産出されたシデロフォア(酵母及び真菌由来の)は、効果的な金属キレート化剤であるが、食料及び飲料に許容できない着色を与えるなど、その結果が不十分であるという課題があったことがわかる。そして、甲2A発明は、その課題を、EDTAに代替してニコチアナミンを使用することで解決したものである。
そうすると、甲2A発明において、「ニコチアナミン」は、必須の構成要件であって、甲1に、シデロフォアに含まれるデフェリフェリクリシンが食料に対する抗酸化作用を有することが記載されているとしても、甲2A発明の「ニコチアナミン」を「デフェリフェリクリシン」に置換することを、当業者が容易に想到し得るとはいえない。
また、当業者が、甲3ないし甲9を見たとしても、甲2A発明の「ニコチアナミン」を「デフェリフェリクリシン」に置換することを、容易に想到し得るとはいえない。
そして、甲2A発明の「ニコチアナミン」を「デフェリフェリクリシン」に置換することを、当業者が容易に想到し得るとはいえないのであるから、当然、水中油型乳化物に含まれる鉄に対するデフェリフェリクリシンのモル比を、1:0.5?1:1にすることを、当業者が容易に想到し得るとはいえない。

そうすると、上記【相違点3】を検討するまでもなく、本件発明1の上記【相違点2】に係る事項を、当業者が容易に想到し得るとはいえないし、本件発明1は、本件明細書の段落【0010】の【発明の効果】として記載される「水中油型乳化物の乳化安定作用を高めるとともに、乳化安定後の水相に存在する酸素による油の酸化を効率的に抑制することができる。」という格別の効果を奏するものであるから、本件発明1は、甲2A発明及び甲1及び3ないし9に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 本件発明3、4、6、7について

本件発明3、4、6、7は、本件発明1の発明特定事項をさらに限定したものであるか、または、本件発明1にさらに他の発明特定事項を付加したものであるから、本件発明1と同様に、本件発明3、4、6、7は、甲2A発明及び甲1及び3ないし9に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ 本件発明8について

本件発明8と甲2B発明を対比する。

○上記ア(ア)で述べたように、甲2B発明の「ニコチアナミン」は、本件発明8の「デフェリフェリクリシン」と、「シデロフォア」の点で共通し、甲2B発明の「マヨネーズ」は、本件発明1の「水中油型乳化物」及び「油脂含有組成物」に相当する。

○上記ア(ア)で述べたように、甲2発明の「マヨネーズに酸化安定
性を提供するのに効果的であり・・・ニコチアナミン」は、本件発明1の「デフェリフェリクリシンを有効成分とする水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤」と、「シデロフォアを有効成分とする水中油型乳化物の品質保持剤」の点で共通する。

そうすると、本件発明1と甲2B発明は、「シデロフォアを有効成分とする水中油型乳化物の品質保持剤を含む油脂含有組成物」の点で一致し、以下の点で相違しているといえる。

【相違点2’】
本件発明8では、シデロフォアが、デフェリフェリクリシンであると共に、油脂含有組成物に対してデフェリフェリクリシンを有効成分とする品質保持剤を0.0044?0.0089w/v%含むのに対し、甲2B発明では、ニコチアナミンである点。

【相違点3】
品質保持剤について、本件発明8では、「水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための」ものであるのに対し、甲2B発明では、マヨネーズ(水中油型乳化物)に酸化安定性を提供するものである点。

上記【相違点2’】について、まず検討する。

上記アで述べたように、甲2B発明において、「ニコチアナミン」は、必須の構成要件であって、甲1に、シデロフォアに含まれるデフェリフェリクリシンが食料に対する抗酸化作用を有することが記載されているとしても、甲2B発明の「ニコチアナミン」を「デフェリフェリクリシン」に置換することを、当業者が容易に想到し得ることができるとはいえない。また、当業者が、甲3ないし9を見たとしても、甲2A発明の「ニコチアナミン」を「デフェリフェリクリシン」に置換することを、容易に想到し得るとはいえない。
そして、甲2B発明の「ニコチアナミン」を「デフェリフェリクリシン」に置換することを、当業者が容易に想到し得るとはいえないのであるから、当然、油脂含有組成物に対する、ニコチアナミンを有効成分とする品質保持剤の含有量を、本件発明8に特定される0.0044?0.0089w/v%の範囲にすることを、当業者が容易に想到し得るとはいえない。

そうすると、上記【相違点3】を検討するまでもなく、本件発明1の上記【相違点2’】に係る事項が、当業者が容易に想到し得るとはいえないから、本件発明8は、甲2B発明であるといえないことはもちろんのこと、甲2B発明及び甲1及び3ないし9に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

第6 取消理由2及び3に関する当審の判断

1 取消理由2について

本件明細書の段落【0029】?【0045】に記載される実施例では、シデロフォアとして、「デフェリフェリクリシン(Dfcy)」を使用し、水中油型乳化物としてマヨネーズを例として、卵黄由来の鉄(1.8mg)を半量キレートできるDfcy12mgを添加した試験溶液(実施例1)と、卵黄由来の鉄を全量キレートできるDfcy24mgを添加した試験溶液(実施例2)(段落【0033】)について、油相分離試験によるデフェリフェリクリシンの乳化安定作用、及び油相酸化の抑制効果を確認し、デフェリフェリクリシンは、高い乳化安定作用を備えている(段落【0035】?【0037】)と共に、水中油型乳化物に対する高い抗酸化作用を備えている(段落【0038】?【0041】)ことを示している。ここで、実施例1及び2の鉄とデフェリフェリクリシンとのモル比は、それぞれ、1:0.5及び1:1であり、実施例1及び2のマヨネーズに含まれるデフェリフェリクリシンの含有量は、第2、2(4)イで述べたように、それぞれ、0.0044w/v%及び0.0089w/v%である。
そうすると、本件訂正により、本件発明1で、シデロフォアが「デフェリフェリクリシン」に特定され、鉄とデフェリフェリクリシンとのモル比が、効果が確認された実施例1及び2の間の範囲である1:0.5?1:1の範囲に特定され、本件発明7及び8で、油脂含有組成物に含まれる品質保持剤の含有量が、実施例1及び2の間の範囲である0.0044?0.0089w/v%に特定されることにより、本件発明1ないし8は、高い乳化安定作用を備えていると共に、水中油型乳化物に対する高い抗酸化作用を備えている、すなわち本件発明の課題を解決できることを示している実施例の範囲に対応するものとなった。
そうすると、上記第4、1(2)アないしウの点で、本件発明1、3、4、6ないし8を、「発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものであるとも、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいうことはできない」とすることはできない。

2 取消理由3について

本件訂正により、本件発明1は、「前記水中油型乳化物に含まれる前記鉄に対する前記デフェリフェリクリシンのモル比が1:0.5?1:1となるように、前記水中油型乳化物に添加される水中油型乳化物の品質保持剤」と訂正されることにより、品質保持剤が、水中油型乳化物に含まれる鉄に対するデフェリフェリクリシンのモル比が1:0.5?1:1となるように、水中油型乳化物に添加されるものであることが明確になった。これにより、上記第4、1(3)の点で、本件発明1、3、4、6ないし8を、明確でないとすることはできない。

第7 申立理由1ないし3に関する当審の判断

1 申立理由1について

上記第5、3(1)アないしウで述べたように、本件発明1ないし8と甲1に記載された発明(甲1A発明、甲1B発明)との間には、実質的な相違点(【相違点1】、【相違点1’】)が存在し、また、上記第5、3(2)アないしウで述べたように、本件発明1ないし4及び6ないし7と甲2に記載された発明(甲2A発明、甲2B発明)との間には、実質的な相違点(【相違点2】、【相違点2’】)が存在する。
そうすると、本件発明1ないし8は、甲1に記載された発明であるということはできないし、本件発明1ないし4及び6ないし7は、甲2に記載された発明であるということはできない。

2 申立理由2について

(1)第4、2(2)アの点について

上記第6、1で述べたように、鉄とデフェリフェリクリシン(シデロフォア)とのモル比は、乳化安定化作用及び抗酸化作用の点で効果が確認されている実施例1及び2の範囲とされている。
そして、サポート要件の判断は、本件発明1で特定された「前記鉄に対する前記デフェリフェリクリシンのモル比が1:0.5?1:1」の範囲において、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるか否かを判断するものであって、この範囲以外において、上記作用が劣っている必要があるというものではない。また、本件明細書の段落【0014】には、「シデロフォアは、酸化を促進する鉄イオンをキレートして、酸化の発生を抑制する」との記載があり、デフェリフェリクリシン(シデロフォア)は、水中油型乳化物の鉄イオンと関係があることが理解でき、鉄とシデロフォアとのモル比の特定と、効果(性能)との関係に技術的な意味が存在しないとはいえない。
さらに、「水中油型乳化物に含まれている鉄の量がごく僅かである場合には、シデロフォアもごく僅かしか含まれないことになり、水中油型乳化物の乳化安定性が得られるとはいえない」点については、実際に、どの程度僅かである場合に乳化安定性が得られないのか、客観的な根拠が不明である。しかも、本件発明1は、本件明細書の段落【0012】の記載によれば、まず、水中油型乳化物の油相の酸化を抑制するものであり、同段落【0014】の記載によれば、酸化は鉄イオンにより促進されるものとされているから、本件発明1は、水中油型乳化物の酸化を促進する程度の鉄イオンを含む水中油型乳化物を対象とし、鉄イオンによる酸化が促進されないような、鉄イオンを極めて微量しか含まない極端な場合は実質的に想定されていないというべきである。
さらに、仮に、水中油型乳化物に含まれている鉄の量が微量で、それに対応してデフェリフェリクリシンの含有量が微量になったとしても、デフェリフェリクリシンが含まれていない場合に比較すれば、相応の上記効果が得られることは、当業者であれば容易に理解できることであるといえる。

(2)第4、2(2)イの点について

上記第6、1で述べたように、油脂含有組成物に対するデフェリフェリクリシンを有効成分とする品質保持剤の含有量は、乳化安定化作用及び抗酸化作用の点で効果が確認されている実施例1及び2の範囲とされている。
そして、上記(1)で述べたように、サポート要件の判断においては、本件発明7、8で特定されるデフェリフェリクリシンを有効成分とする品質保持剤の含有量の範囲において、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるか否かを判断するものであって、仮に、品質保持剤の含有量が「0.0178重量%」より多い範囲で、「0.0178重量%」と同等ないしそれ以上の上記効果が得られたとしても、本件発明7、8にサポート要件がないということにはならない。
また、「水中油型乳化物に含まれている鉄の量が過多である場合には、品質保持剤が、0.0178重量%程度含まれるだけでは十分な抗酸化作用が発揮されるのか明らかでない」との点については、鉄の量がどの程度過多であれば、十分な抗酸化作用が発揮されないのか、客観的な根拠が不明である。さらに、甲1の上記摘示(1-2)の段落【0007】の「シデロフォアの抗酸化活性は、鉄イオンをキレートした後も残る。この点で、シデロフォアは従来の抗酸化剤とは異なるメカニズムで酸化を抑制していると考えられる。」等の記載によれば、デフェリフェリクリシン(シデロフォア)の抗酸化活性は、鉄イオンをキレートした後も残るのであるから、鉄イオンが過多であったとしても、良好な抗酸化作用を発揮することが推認される。
さらに、仮に、水中油型乳化物に含まれている鉄の量が過多である場合を想定したとしても、デフェリフェリクリシンが含まれていない場合に比較すれば、0.0178重量%でもデフェリフェリクリシンが含まれていれば、相応の上記効果が得られることは、当業者であれば容易に理解できることであるといえる。

(3)小括

そうすると、上記(1)及び(2)の点で、本件発明1、3、4、6ないし8を、「発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものであるとも、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいうことはできない」とすることはできない。

3 申立理由3について

(1)第4、2(3)アの点について

本件発明の乳化安定性及び抗酸化作用との関係でいえば、デフェリフェリクリシン(シデロフォア)が発揮する作用が、そのまま品質保持剤の作用になるのであるから、仮に品質保持剤にデフェリフェリクリシン以外の成分が含有されるとしても、それらの成分を特定しなければ、本件発明が明確でないということはない。
また、本件発明の実施例1及び2では、デフェリフェリクリシンがそのまま、品質保持剤となっているように、本件明細書によれば、品質保持剤に必要とされる作用に見合うだけのデフェリフェリクリシンが品質保持剤に含有されていることが理解できるから、油脂含有組成物における品質保持剤とデフェリフェリクリシンの含有量が大きく解離することは考え難く、デフェリフェリクリシンではなく品質保持剤の含有量を特定し、また、仮に品質保持剤がデフェリフェリクリシン以外の成分を含んでいたとしても、それでもって本件発明が不明確となるほどのことではない。

(2)第4、2(3)イの点について

デフェリフェリクリシンは、本件明細書の記載によれば、水中油型乳化物の抗酸化作用及び乳化安定化作用を有するから、デフェリフェリクリシンが存在すれば、相応の抗酸化作用及び乳化安定化作用を有することになる。そして、本件発明1は、デフェリフェリクリシンの含有量に関し、「前記水中油型乳化物に含まれる前記鉄に対する前記デフェリフェリクリシンのモル比が1:0.5?1:1となるように、前記水中油型乳化物に添加される」との特定がなされているから、本件発明1の「乳化状態を安定化させる」、及び本件発明3の「水中油型乳化物の酸化を抑制する作用」は、この含有量において発揮される水中油型乳化物の抗酸化作用及び乳化安定化作用を意味しているといえる。
なお、本件発明8にも、「乳化状態を安定化させる」との特定があるが、この乳化安定化作用は、デフェリフェリクリシンを有効成分とする品質保持剤を0.0044?0.0089w/v%含むことにより発揮される作用を意味しているといえる。
そうすると、本件発明1(本件発明8)の「乳化状態を安定化させる」との特定、本件発明3の「水中油型乳化物の酸化を抑制する作用を有する」との特定において、その基準が明らかでないということにはならない。

(3)小括

よって、上記(1)及び(2)の点で、本件発明1ないし8を、明確でないとすることはできない。

第8 異議申立人の平成29年12月21日付け意見書(以下、単に「意見書」という。)における主な主張について

1 取消理由1について

異議申立人は、「そもそも甲1発明におけるシデロフォアは、デフェリフェリクリシンを含んでおり(甲第1号証、請求項3)、図2をはじめとする実施例においてデフェリフェリクリシンにより顕著な抗酸化作用を奏することが示されております。そして、甲第5号証には、「酸性水中油型乳化食品は一般に、酸化により乳化安定性が低下すること」(段落【0068】)「酸化のメカニズムにより、酸性水中油型乳化食品の分離が生じることもあること」(段落【0072】)「酸化の進行が抑制されることにより、乳化破壊を防止することができるため、分離を防止することができること」(段落【0081】)が記載されており、抗酸化剤は水中油型乳化物の乳化安定剤としても作用することは、当業者に公知であると考えられます。従いまして、たとえ被申立人が主張するように、本件発明1が乳化安定化効果を目的とする用途に限定された発明であるとしても、デフェリフェリクリシンの抗酸化作用に付随して、必然的に乳化安定化効果も発揮されることは容易に推測することが出来ます。よって、水中油型乳化物の乳化状態を安定化させる目的でデフェリフェリクリシンを配合させることは、当業者が極めて容易に想到し得ることと言えます。」と主張している(意見書第3、4頁)。

しかしながら、上記の主張は、甲1に記載される発明におけるデフェリフェリクリシンが、水中油型乳化物に対する抗酸化剤であることを前提としているが、第5、3(1)ア(イ)で述べたように、甲1には、デフェリフェリクリシンを食品に配合した多数の処方例の一つに「マヨネーズ」の処方があるだけであり、デフェリフェリクリシンの配合量を見ても、この処方は、マヨネーズの抗酸化を目的としたものであるとはいえないから、結局のところ、甲1に記載される発明におけるデフェリフェリクリシンは、水中油型乳化物に対する抗酸化剤であると理解することができるものではなく、上記の異議申立人の主張は、その前提において当を得ないものである。
そうすると、異議申立人の上記の主張は、採用できない。

2 取消理由2について

異議申立人は、「デフェリフェリクリシンが鉄より多く含まれている場合に、1:0.5などデフェリフェリクリシンが鉄より少ない場合と比較して優れた乳化安定化作用を奏することは明らかと言えます。以上の議論は、主に本件訂正発明1,3,4,6,7に関して妥当するものですが、そのような限定が全く存在しない(より権利範囲が広い)本件訂正発明8にも当て嵌まることは言うまでもありません。
以上のとおり、本件訂正を踏まえても、本件訂正発明の構成とそれによって得られる効果(性能)との関係の技術的な意味は全く存在せず、本件訂正発明がいずれもサポート要件に違反していることは明らかと言えます。」と主張している(意見書第6頁)。

しかしながら、第7、2(1)で述べたように、サポート要件の判断は、本件発明1で特定された「前記鉄に対する前記デフェリフェリクリシンのモル比が1:0.5?1:1」の範囲において、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるか否かを判断するものであって、この範囲以外において、効果(作用)が劣っている必要があるというものではない。そして、この範囲は、本件明細書に記載される実施例1及び2によって発明の課題が解決できることが示されているのであるから、本件発明がサポート要件に違反しているとすることはできない。
そうすると、異議申立人の上記の主張は、採用できない。

第9 むすび

上記「第5」ないし「第8」で検討したとおり、本件特許1、3、4、6ないし8は、特許法第29条第1項第3号及び同法同条第2項の規定に違反してされたものであるということはできないし、同法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできず、同法第113条第2号又は第4号に該当するものではないから、上記取消理由1ないし3及び上記申立理由1ないし3によっては、本件特許1、3、4、6ないし8を取り消すことはできない。
また、他に本件特許1、3、4、6ないし8を取り消すべき理由を発見しない。
そして、本件特許2、5は、本件訂正請求により削除されているので、本件特許2、5についての特許異議の申立てを却下する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
デフェリフェリクリシンを有効成分とする水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤であって、
前記水中油型乳化物は鉄を含み、
前記水中油型乳化物に含まれる前記鉄に対する前記デフェリフェリクリシンのモル比が1:0.5?1:1となるように、前記水中油型乳化物に添加される水中油型乳化物の品質保持剤。
【請求項2】(削除)
【請求項3】
前記水中油型乳化物の酸化を抑制する作用を有する請求項1に記載の水中油型乳化物の品質保持剤。
【請求項4】
前記水中油型乳化物が酸性水中油型乳化物である請求項1又は3に記載の水中油型乳化物の品質保持剤。
【請求項5】(削除)
【請求項6】
請求項1、3、又は4に記載の水中油型乳化物の品質保持剤を含む油脂含有組成物。
【請求項7】
前記水中油型乳化物の品質保持剤を0.0044?0.0089w/v%含む請求項6に記載の油脂含有組成物。
【請求項8】
デフェリフェリクリシンを有効成分とする水中油型乳化物の乳化状態を安定化させるための水中油型乳化物の品質保持剤を0.0044?0.0089w/v%含む油脂含有組成物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-02-22 
出願番号 特願2012-277336(P2012-277336)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C09K)
P 1 651・ 537- YAA (C09K)
P 1 651・ 113- YAA (C09K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 中野 孝一  
特許庁審判長 冨士 良宏
特許庁審判官 阪▲崎▼ 裕美
原 賢一
登録日 2016-11-04 
登録番号 特許第6034690号(P6034690)
権利者 月桂冠株式会社
発明の名称 水中油型乳化物の品質保持剤、及び油脂含有組成物  
代理人 沖中 仁  
代理人 沖中 仁  
代理人 田添 由紀子  
代理人 田添 由紀子  

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